【実施例】
【0034】
以下、実施例を挙げて本発明について更に具体的に説明する。ただし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0035】
実施例1〜3において得られた化合物の構造は、
1H−NMR(JEOL,JNM−AL−300)、質量分析(FAB−MS,JEOL,The MStation JMS−700)で確認した。
【0036】
実施例1:ジクロロリン(V)テトラキス(4−メトキシフェニル)ポルフィリンクロライド(Cl
2P(V)TMPP)の合成
【0037】
【化6】
【0038】
5,10,15,20−テトラキス(4−メトキシフェニル)ポルフィリン(東京化成工業株式会社製)200mgを12mLの乾燥ピリジンに溶かした。そこに、4.2gの塩化ホスホリルを加え、72時間加熱還流した。このとき、塩化カルシウム管を還流管上部に取り付け、空気中の水分の混入を避けた。その後、反応液の溶媒をロータリーエバポレーターを用いて留去した。展開溶媒をクロロホルム:メタノール=4:1としたシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて反応物を精製し、ジクロロリン(V)テトラキス(4−メトキシフェニル)ポルフィリンクロライド(Cl
2P(V)TMPP)を230mg得た。
1H-NMR(CDCl
3,TMS):δ4.03(s,12H,meso-phenyl-OCH
3),7.30(d,8H,J
H-H=7.5Hz,meso-m-phenyl-H),7.90(d,8H,J
H-H=7.5Hz,meso-o-phenyl-H),9.12(d,8H,J
H-H=3.0Hz,βH).
FAB-MS:m/z833.2(M
+).
【0039】
実施例2:ジメトキシリン(V)テトラキス(4−メトキシフェニル)ポルフィリンクロライド(MeO
2P(V)TMPP)の合成
【0040】
【化7】
【0041】
実施例1で得られたCl
2P(V)TMPP(55mg)を、0.5mLの乾燥ピリジンを含む5mLの乾燥メタノールの混合液に溶かし、78℃で10時間加熱還流した。その後、反応液の溶媒をロータリーエバポレーターを用いて留去した。展開溶媒をクロロホルム:メタノール=5:1としたシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて、反応物を精製し、ジメトキシリン(V)テトラキス(4−メトキシフェニル)ポルフィリンクロライド(MeO
2P(V)TMPP)を52mg得た。
1H-NMR(CDCl
3,TMS):δ-1.86(d,6H,J
P-H=27Hz,P-OCH
3),4.04(s,12H,meso-phenyl-OCH
3),7.30(d,8H,J
H-H=9.0Hz,meso-m-phenyl-H),7.86(d,8H,J
H-H=9.0Hz,meso-o-phenyl-H),9.06(d,8H,J
H-H=3.0Hz,βH).
FAB-MS:m/z825.3(M
+).
【0042】
実施例3:ジエチレングリコキシリン(V)テトラキス(4−メトキシフェニル)ポルフィリンクロライド(EG
2P(V)TMPP)の合成
【0043】
【化8】
【0044】
実施例1で得られたCl
2P(V)TMPP(70mg)を2mLの乾燥エチレングリコールと1mLの乾燥ピリジンとの混合液に溶かし、145℃で3時間加熱還流した。その後、反応液の溶媒をロータリーエバポレーターを用いて留去した。次いで、分液ロートを用いた水とクロロホルムの液−液抽出により、残渣から反応物を分離した。展開溶媒をクロロホルム:メタノール=5:1としたシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて、反応物を精製し、ジエチレングリコキシリン(V)テトラキス(4−メトキシフェニル)ポルフィリンクロライド(EG
2P(V)TMPP)を73mg得た。
1H−NMR(CDCl
3,TMS):δ-2.30〜-2.22(m,4H,P-OCH
2CO),0.71(brs,4H,P-OCCH
2O),1.25(s,2H,P-OCCOH),3.99(s,12H,meso-phenyl-OCH
3),7.25(d,8H,J
H-H=9.0Hz,meso-m-phenyl-H),7.91(d,8H,J
H-H=9.0Hz,meso-o-phenyl-H),9.00(brs,8H,βH).
FAB-MS:m/z885.3(M
+).
【0045】
<Cl
2P(V)TMPP、MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPの物性値評価>
(吸収スペクトル)
Cl
2P(V)TMPP、MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPの吸収スペクトルを、分光光度計(島津製作所,UV−1650PC)を用いて測定した。測定には、10mMリン酸緩衝液(pH7.6)を使用した。
【0046】
(蛍光分析)
Cl
2P(V)TMPP、MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPについて、蛍光極大波長、蛍光量子収率を測定した。測定は、分光蛍光光度計(株式会社日立ハイテクフィールディング製,F−4500)を用い、10mMリン酸緩衝液(pH7.6)中で行った。
【0047】
(蛍光寿命測定)
Cl
2P(V)TMPP、MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPについて、蛍光寿命τ
fを測定した。測定は、蛍光寿命測定装置(株式会社堀場製作所製、TemPro)を用い、10mMリン酸緩衝液(pH7.6)中で行った。
【0048】
(一重項酸素生成量子収率)
Cl
2P(V)TMPP、MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPの一重項酸素生成量子収率を、以下の方法により算出した。すなわち、近赤外発光分光測定装置(浜松ホトニクス株式会社製,NIR−PIIシステム)により、蒸留水中における一重項酸素の発光強度を測定した。測定された発光強度の、メチレンブルーによる一重項酸素の発光強度(蒸留水中での一重項酸素生成量子収率0.52)に対する相対的な比率を一重項酸素生成量子収率とした。なお、発光強度の測定には、10mMリン酸緩衝液(pH7.6)を使用した。
【0049】
(水への溶解性)
Cl
2P(V)TMPP、MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPの25℃の蒸留水に対する溶解度を測定した。
【0050】
Cl
2P(V)TMPP、MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPの水に対する溶解度C、吸収極大波長λ
Amax、蛍光極大波長λ
fmax、蛍光量子収率Φ
f、蛍光寿命τ
f、一重項酸素生成量子収率Φ
Δを表1に示す。また、測定した吸収スペクトルを
図1に示す。
【0051】
【表1】
【0052】
表1及び
図1に示すように、Cl
2P(V)TMPP、MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPは、550〜670nm付近に吸収極大波長を有していることが確認された。また、MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPの吸収波長は、Cl
2P(V)TMPPよりも更に長波長側にシフトしていることが確認された。さらに、表1に示すように、いずれの化合物も高い蛍光量子収率を有し、蛍光寿命も十分長いことが確認された。また、一重項酸素生成量子収率の値から、いずれの化合物も、赤色光を照射することにより一重項酸素を発生できることが確認された。MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPは、水に対する高い溶解度を有することも確認された。
【0053】
<タンパク質に対する光損傷作用の評価>
Cl
2P(V)TMPP、MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPの光損傷作用を以下の方法により評価した。
【0054】
(電子移動寄与率)
5μMのCl
2P(V)TMPPと10μMのヒト血清アルブミン(水溶性タンパク質、HSA)をそれぞれ含む1.2mLの10mMリン酸緩衝液(pH7.6)を、Cl
2P(V)TMPPの評価用溶液1として調製した。同様にして、MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPそれぞれについて、評価用溶液1を調製した。
【0055】
光損傷作用の作用機構を確認するため、上記評価用溶液1(1.2mL)それぞれに一重項酸素の消去剤であるアジ化ナトリウム(0.78mg)を添加し、評価用溶液2を作製した。
【0056】
Cl
2P(V)TMPP、MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPの評価用溶液1及び2に対し、赤色発光ダイオード光源(CCS株式会社製、ISL−150X150−RR、極大波長:659nm、2mW・cm
−2)を用いて赤色光を照射し、そのときのHSA中のトリプトファン残基の自家蛍光を分光蛍光光度計(株式会社日立ハイテクフィールディング製、650−60)を用いて測定した。この自家蛍光強度は、評価用溶液に含まれる損傷されていないHSA量に比例する。赤色光の照射前の自家蛍光強度と比較した自家蛍光強度の減少量から、HSAの損傷量を求めた。
図2は、評価用溶液1に対する赤色光の照射時間とHSAの損傷量との関係を示すグラフである。赤色光の照射時間と自家蛍光強度との関係から、HSAの単位時間当たりの損傷量(損傷速度、
図2のグラフの傾き)を算出した。評価用液2におけるHSA損傷が全て電子移動機構によるものとみなし、評価用液1におけるHSA損傷速度に対する、評価用液2におけるHSA損傷速度の比率を、電子移動寄与率として算出した。
【0057】
(タンパク質損傷の量子収率)
下記式により、タンパク質損傷の量子収率Φ
Dを算出した。
Φ
D=(HSAの損傷速度)/(リンポルフィリン化合物が単位時間当たりに吸収する光子数)
HSAの損傷速度は、
図2のグラフの近似直線の傾きから計算した。Cl
2P(V)TMPP、MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPが単位時間当たりに吸収する光子数は、各化合物の吸収スペクトルと赤色発光ダイオード光源の発光スペクトルの重なりから計算した。
【0058】
表2に評価結果を示す。表2には、非特許文献1に記載されている光増感剤(MeO
2P(V)TPP及びH
2TMPyP)のタンパク質損傷の量子収率Φ
Dをあわせて示す。
【0059】
【表2】
【0060】
表2に示すように、Cl
2P(V)TMPP、MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPは高いタンパク質損傷の量子収率を有していることが確認された。Cl
2P(V)TMPP、MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPのタンパク質損傷の量子収率は、MeO
2P(V)TPP及びH
2TMPyPのタンパク質損傷の量子収率(文献値)よりも遥かに高い。また、一重項酸素の消去剤を用いた測定結果から、Cl
2P(V)TMPP及びMeO
2P(V)TMPPのタンパク質に対する光損傷作用は、主に電子移動機構によるものであり、EG
2P(V)TMPPのタンパク質に対する光損傷作用は、一重項酸素機構及び電子移動機構の両方によるものであることが支持された。
【0061】
(ヒト血清アルブミン含有時の蛍光寿命測定)
評価用液1を用いて、ヒト血清アルブミン(10μM)含有時のCl
2P(V)TMPP、MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPの蛍光寿命τ
f*(短寿命成分τ
f1*、長寿命成分τ
f2*)を測定した。その結果と、それぞれの化合物単独の蛍光寿命τ
fに基づいて、下記式を用いて電子移動速度定数k
etを算出した。
【0062】
【数1】
【0063】
Cl
2P(V)TMPP、MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPの蛍光寿命τ
f、ヒト血清アルブミン(10μM)含有時のCl
2P(V)TMPP、MeO
2P(V)TMPP及びEG
2P(V)TMPPの蛍光寿命τ
f*(短寿命成分τ
f1*、長寿命成分τ
f2*)及び電子移動速度定数k
etを表3に示す。
【0064】
【表3】
【0065】
リンポルフィリン化合物単独の試料に関しては、単一の蛍光寿命の成分が確認された。一方、ヒト血清アルブミン(HSA)を含む試料の場合、蛍光寿命τ
fよりも長い寿命の成分、及び蛍光寿命τ
fよりも短い寿命の成分が観測された。長い寿命の成分は、リンポルフィリン化合物とタンパク質分子との相互作用により、励起状態の振動緩和が抑制されて寿命が長くなった成分であると考えられる。短い寿命の成分は、ポルフィリンの励起一重項状態の蛍光寿命が、タンパク質のトリプトファン残基から電子を引き抜くことにより短縮された成分であると考えられる。すなわち、これらの結果は、リンポルフィリン化合物が、電子移動機構によるタンパク質の損傷を生じさせていることを支持している。