【実施例】
【0034】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0035】
実施例1
(方法)
ORD(オブジェクト・リトリーバル・ディテュア試験:object retrieval with detour test)は、霊長類の実行機能(注意機能・衝動性)を評価する方法として報告されている。本発明者らは、同方法がADHD評価モデル実験法として有用であることを見出し、以下の通り実験を行った。
体重250〜450gである雌雄のコモン・マーモセット(common marmoset)を使用した。ハロペリドール、クロザピン、オランザピン、リスペリドン、さらにルラシドン塩酸塩をそれぞれ0.5% メチルセルロース(MC)にて懸濁し、マーモセットに対し投与液量5mL/kgの懸濁液として経口投与に供した。また、D
4アンタゴニストであるL−745,870、D
4アゴニストであるRo 10−5824は、それぞれ生理食塩水に溶解させ、投与液量0.5mL/kgの溶液として大腿部に筋肉内投与を行った。
【0036】
文献(Psychopharmacology (2008) 196:643-648)記載の手法を一部改変し、以下の要領でORD試験を行った。(
図1参照)。
(ORD試験トレーニング)
図1の太枠にて模式的に示すように、1面のみ開口した透明アクリル製の立方体の箱(
図1の太枠部)(寸法4cm×4cm×4cm)を設置し、0.3〜0.5gのバームクーヘン(
図1の三角形)を報酬として、該アクリル箱内で、かつ
図1で示された三角形の位置に、それぞれ置く。マーモセットは、檻(点線部分)から手を伸ばし、該アクリル箱に入った報酬の獲得行動を起こすことができる。
図1は、真上から見た図であり、図示された箱の向きと報酬の位置の組み合わせのうち、5つのパターン(視線 line of sight、左外側 left outside、左内側 left inside、右外側 right outside、右内側 right inside)を易(
easy task)と定義、残り2つのパターン(左深部 left deep、右深部 right deep)を難(
difficult task)と定義する。被検動物が手を伸ばし、1回の試みで報酬を取得できた場合を正解(正答)、2回目以降での取得を不正解とする。
【0037】
各施行の間で時間的間隔をあけることなく下表に示された順序でORD試験を行い、これを1セットとしてマーモセットに1日1回の訓練をする。
【表2】
【0038】
上記ORD試験を訓練として最低10回行ったマーモセットを訓練終了として、以下の本試験に用いた。
ORD本試験は以下の要領で行った。
【0039】
(1)各被験薬剤投与前にORD試験を行う(前値)。以下、ORD試験とは、上記で行われた訓練と同じ17回の施行を1セットとして試験することである。
(2)各被験薬剤投与の2時間後に再び同じORD試験を行う(後値)。なお併用投与の場合は、第一の薬剤(ルラシドン塩酸塩)を投与して、その1時間後に第二の薬剤(D
4アンタゴニストまたはD
4アゴニスト)を投与し、さらにその1時間後にORD試験を行う。
(3)下記の式より難(difficult task)の正答率の変化(%)を求め、各薬剤の効果を評価する。例えば、投与前の正答数(前値)が3回であり、薬剤投与によって正答数(後値)が5回となれば、各試験での難(difficult task)の施行回数は8回であることから、(5-3)÷8×100=25%の正答率の上昇となる。
正答率の変化(%)=
{難(difficult task)の正答数の差(後値−前値)}÷8×100
(4)バームクーヘンの量は1セットあたり0.5g×17=8.5g、かつマーモセットは1日に最大で2セット試験されるので、すなわち1日に最大17gのバームクーヘンを摂取することになるが、全てのマーモセット個体で17gのバームクーヘンでは食欲が満たされないことを確認している。
(5)薬剤を投与されたマーモセットを再度用いる場合、休薬期間を2週間設け、さらに次のORD本試験前に予備のORD試験を行い、前回の投薬による影響がないことを確認している。
(6)1群あたり、5ないし6頭のマーモセットを使用した。薬剤の影響によって、嘔吐あるいはカタレプシー様症状で無動となり、ORD試験の実施が不可能であったマーモセットの個体はデータから除いた。また1つの薬剤評価試験において、実験日が2日間に及んだ場合、各実験日にて溶媒投与(対照群)を行うことから、対照群に6頭×2回分=最大12頭のデータを含む場合がある。
【0040】
(結果1)
図2から5までに示すように、ハロペリドール、クロザピン、リスペリドンおよびオランザピンは、それぞれ単独投与によって、ORD試験の正答率を用量依存的に減少させた。一方、
図6に示すように、ルラシドン塩酸塩はORD試験の正答率の用量依存的な上昇を示した。すなわち、ルラシドン塩酸塩は単独で、ADHDにおける注意機能を改善し、かつ衝動性を抑制し得ることが示された。
【0041】
(結果2)
図7に示す通り、D
4アンタゴニストであるL−745,870に関しては、10mg/kg筋注、単独投与ではORDの試験成績に影響を与えなかったのに対して、ルラシドン塩酸塩の単独投与によって正答率は上昇したが(前記)、L−745,870(3mg/kg筋注)をルラシドン塩酸塩(10mg/kg経口投与)と併用投与することで正答率減少(成績の降下)を引き起こした。これらのことから、ルラシドン以外のSDA(セロトニン・ドパミン拮抗薬)が強いD
4/D
2受容体拮抗作用を有するのに対して、ルラシドンのD
4拮抗作用が弱いことに起因して、ルラシドンのみがORD試験の成績降下を引き起こさなかったものと考えられる。
【0042】
(結果3)
図8に示す通り、D
4アゴニストであるRo 10−5824の単独投与によって用量依存的にORDの試験成績は上昇した。また正答率に影響を与えない3mg/kgのルラシドン塩酸塩の経口投与に、同じく正答率に影響を与えない0.3mg/kgのRo 10−5824を筋注にて併用投与することによって、ORDの試験成績の有意な上昇が認められた。これらのことから、ADHDの治療において、ルラシドンをD
4アゴニストとの併用剤として適用することで治療効果を増強できることが示された。またSDAとしての作用にD
4アゴニスト作用を併せ持つ化合物がADHDの適用薬となる可能性を示唆している。ADHDの症状である注意機能障害のうち、とりわけ持続的集中力、迅速な反応、視覚的および知覚的探索に関して改善効果が期待できる。
【0043】
実施例2
Neuropharmacology. 2006 Aug;51(2):238-50. Epub 2006 May 6.またはBrain Res Cogn Brain Res. 2004 Apr;19(2):123-3.に記載された方法に準じて5肢選択反応時間課題試験(five-choice serial reaction time task test;5−CSRT試験)を行うことにより、本願発明の化合物、もしくは本願発明の併用薬について、ADHDの症状である注意機能障害のうち、とりわけ持続的集中力、迅速な反応、視覚的および知覚的探索に関して改善効果を確認できる。
(使用動物)
体重250〜450gである雌雄のコモン・マーモセットを使用する。
(認知障害誘発方法)
マーモセットに、1.0〜3.0mg/kgのケタミン塩酸塩を筋肉内注射することによって一過性の認知機能の低下を引き起こし、投与15分後に5−CSRT試験を開始する。
(使用薬剤・調製方法および投与方法)
ルラシドン塩酸塩を0.5%メチルセルロース(MC)にて懸濁し、該懸濁液0.1〜30mg/kgをマーモセットに対して経口投与に供する。また、D
4アンタゴニストL−745,870、およびD
4アゴニストRo 10−5824は、生理食塩水に溶解させ、それぞれ、0.1〜10mg/kg、および0.1〜3mg/kgの用量を大腿部に筋肉内投与を行う。これら薬剤は、ケタミン投与の1〜2時間前に投与する。
(5−CSRT試験)
上記文献(Neuropharmacology. 2006 Aug;51(2):238-50. Epub 2006 May 6.)の記載の手法を一部改変し、以下の要領で5−CSRT試験を行う。
パーソナルコンピューターで制御されたモニター画面上で課題を負荷し、正答であれば報酬を与えるシステム、CANTAB(カンタブ;Cambridge Neuropsychological Test Automated Battery)を用いる。0.1〜0.3gのバームクーヘンを報酬として、課題に正答した場合にCANTAB装置から個体(マーモセット)に与えられるようにする。マーモセットは、檻から手を伸ばし、CATNTAB装置に提示される課題に答え、報酬の獲得行動を起こす。
5−CSRT試験の課題は、1辺が10cmの正五角形の各頂点に、直径が3cmの白線の円形が提示され、その5つの円のうちの1つのみ、白線の内側が黄色に点灯し、0.2〜1.0秒まで点灯、その後黄色のシグナルは消滅する。マーモセットは点灯していた円にタッチすることで、黄色の点灯中もしくは消灯から15秒以内に円にタッチできれば正答として報酬が与えられる。5秒の間隔をおいて次の課題が提示され、合計で最大30課題、最長10分間の試験を行い、正答数、誤答数、見逃し数(omission)および課題に対する反応時間を記録し、薬剤の影響を評価する。
【0044】
実施例3
ADHDの注意機能障害を評価しうる適切なデザインの臨床試験として、Continuous Performance Test(連続遂行課題;CPT)(参考URL1)、Test of Variables of Attention(注意変数検査;T.O.V.A)があり(参考URL2)、あるいはNIH(National institute of health;国立衛生研究所)のNIDCD(National institute on deafness and other communication disorders)プログラムが実施したNIH Test of Attention(NIH注意テスト;参考URL2)、およびCPTを改良したnew CPT(参考URL3)に準ずる臨床試験により、本願発明の化合物、もしくは本願発明の併用薬について、ADHDの注意機能障害に関して改善効果を確認できる。
参考URL1
ClinicalTrials.gov Identifier: NCT00546910
http://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT00546910
参考URL2
ClinicalTrials.gov Identifier: NCT00776737 http://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT00776737
参考URL3
ClinicalTrials.gov Identifier: NCT00646464
http://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT00646464
【0045】
実施例4
ADHDの注意機能障害を評価しうる適切なデザインの臨床試験として、以下の参考文献1または参考文献2に記載された方法に準ずる臨床試験により、本願発明の化合物、もしくは本願発明の併用薬について、ADHDの注意機能障害に関して改善効果を確認できる。
参考文献1:臨床精神薬理、12巻9号 Page1957-1964(2009.09)
参考文献2:臨床精神薬理、12巻9号 Page1965-1977(2009.09)
より具体的には、例えば、6歳以上18歳未満のDSM−IV(精神疾患の診断・統計マニュアル第IV版;Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th. Edition)によるADHD診断基準を満たす患者において、一定の投与期間(これに限定されないが、例えば8週間が挙げられる)本願発明の化合物、もしくは本願発明の併用薬を投与し、投与期間前後のADHD RS−IV(ADHD評価尺度 IV;ADHD Rating Scale−IV,日本語版(医師用))の総スコアを比較することにより、ADHDの症状である注意機能障害に関して改善効果を確認できる(参考文献1、Page 1958-1960)。
上記試験において、対象患者、投与期間、薬剤の投与量、評価方法等の条件は適宜変更可能である。例えば、ADHD RS−IV総スコアに加えて、ADHD RS−IVの不注意サブスケール(Inattention Subscale)の9項目からなるスコアによる評価、多動性−衝動性サブスケール(Hyperactivity-Impulsivity Subscale)の9項目からなるスコアによる評価、および/またはADHD概括重症度(CGI-ADHD-S)による評価を加えることもできる。また、参考文献1もしくは参考文献2に記載された他の試験方法、およびこれら文献に引用された文献に記載の試験方法、さらに、それら試験方法を適宜条件変更した試験方法も用いることができる。
【0046】
実施例5
若年の脳卒中易発症高血圧自然発症ラット(SHRSP)を用いるY字迷路試験(Y-maze test)によって、自発的交替行動を注意力または集中力の指標として用い、注意機能に対するルラシドン塩酸塩の効果を評価することが可能である(Behav Brain Funct. 2005 Jul 15;1:9)。さらには、ADHDの中核症状の1つである多動性に対するルラシドン塩酸塩の効果を、Y字迷路試験におけるアーム進入(Arm Entries)の総数によって確認することができる。
【0047】
(SHRSPラットを用いるY字迷路試験)
方法:
不注意行動を評価するために、ADHDモデルとして雄性若年SHRSPラットを、さらに対照としてWKYラットを用いる(生後4週間、n=8〜10/群)。これらの動物は、日本チャールスリバー株式会社または(株)星野試験動物飼育所から市販されている。ルラシドン塩酸塩(例えば、0.01、0.03、0.1、0.3、1、3および10mg/kg;大日本住友製薬株式会社により製造)は0.5%メチルセルロースおよび0.2% Tween80に溶解され、評価の30分前に1ml/kgの液量で腹腔内投与される。
Y字迷路試験の方法は他でも既に報告されていたものである[Behav Pharmacol. 2002 Feb;13(1):1-13]。「アーム進入」は4つの足全てが1つのアーム(走行路)に進入したことを意味する。「交替行動」(つまり、試験での実際の交替行動)は異なる3つのアームへ連続的にアーム進入することを意味する。試験は1セッションあたり8分間行われ、ラットがアーム進入する総数(総アーム進入数)をカウントする。「最大交替行動数(Maximum Alternations)」は、総アーム進入数から2を引いたものを意味する。注意力の指標は交替行動率(%)として、以下の通り算出される。
交替行動率(%)=(交替行動の総数)/(最大交替行動数)×100
【0048】
結果:
WKYラットに比べてSHRSPラットでは、総アーム進入数の増加および交替行動率の低下が観察され、これらは各々、SHRSPにおける多動性および不注意行動を示すものである。SHRSPに0.1、0.3および1.0mg/kgのルラシドン塩酸塩を投与するとSHRSPラットの交替行動が改善し、特に、0.3(p=0.0124)mg/kgで統計的有意に改善した。さらに、0.1、0.3および1.0mg/kgの用量でルラシドン塩酸塩が投与されたSHRSPにおいて総アーム進入数の減少が見られ、特に、0.3(p=0.0096)および1(p=0.0047)mg/kgで統計的有意な減少が見られ、これはSHRSPにおける多動性が軽減されたことを示唆する。従って、ルラシドン塩酸塩は、SHRSPにおける不注意行動および多動性を改善したと結論付けられる。
【表3】
【表4】
【0049】
実施例6
SHRSPを用いる高架式十字迷路法(elevated-plus maze)によって、ADHDの主な症状の1つである衝動性に対するルラシドン塩酸塩の効果を評価することが可能である(Behav Brain Funct. 2005 Jul 15;1:9)。特に、衝動性に対するルラシドン塩酸塩の効果を、高架式十字迷路における壁の無いアーム(走行路)(open arm)滞在時間および/または壁の無いアームに進入する回数を測定することによって確認することが可能である。WKYラットを正常動物(対照)として利用可能である。
【0050】
(SHRSPラットを用いる高架式十字迷路法)
方法:
前述の方法に従い、高架式十字迷路における壁の無いアーム(走行路)(open arm)滞在時間は、衝動性の様な行動の指標として用いることができる(Behav Pharmacol. 2002 Feb;13(1):1-13)。衝動性の評価のために、ADHDモデルとして雄性若年SHRSPラットを、さらに対照としてWKYラットを用いる(生後5週間、n=8〜10/群)。これらの動物は、日本チャールスリバー株式会社または(株)星野試験動物飼育所から市販されている。ルラシドン塩酸塩(例えば、0.01、0.03、0.1、0.3、1、3および10mg/kg;大日本住友製薬株式会社により製造)は0.5%メチルセルロースおよび0.2% Tween80に溶解され、評価の30分前に1ml/kgの液量で腹腔内投与される。壁の無いアーム(open arm)および壁のあるアーム(close arm)(50cm×10cm)をそれぞれ2つずつ有する十字迷路を床から50cm上に設置する。ルラシドン塩酸塩の投与後、SHRSPまたはWKYラットは中心部分に置かれ、10分間、それぞれのアームに自由に進入できるようにさせる。解析はビデオトラッキングソフトウェアのEthoVision@XT(Noldus Information Technology)を用いて行い、ここで「アーム進入」は体心が進入することを意味する。
【0051】
壁のあるアーム滞在時間に関しては、SHRSPおよびWKYの間で有意な違いが無いものの、壁の無いアームに関しては、SHRSPの方がより長い時間を滞在する。このことは、SHRSPにおける衝動性行動および/または不安低減を示唆する。化合物投与されたSHRSPにおける、高架式十字迷の壁の無いアーム滞在時間の減少は、該化合物によって衝動性が改善されることを示唆する。このようにして、衝動性に対するルラシドン塩酸塩の改善効果を評価することができる。