特許第6471006号(P6471006)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6471006-遊動環型メカニカルシール 図000002
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6471006
(24)【登録日】2019年1月25日
(45)【発行日】2019年2月13日
(54)【発明の名称】遊動環型メカニカルシール
(51)【国際特許分類】
   F16J 15/34 20060101AFI20190204BHJP
   F04B 53/00 20060101ALI20190204BHJP
   F04D 29/12 20060101ALI20190204BHJP
【FI】
   F16J15/34 F
   F16J15/34 D
   F04B53/00 F
   F04D29/12 B
【請求項の数】3
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-45740(P2015-45740)
(22)【出願日】2015年3月9日
(65)【公開番号】特開2016-166624(P2016-166624A)
(43)【公開日】2016年9月15日
【審査請求日】2017年10月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000229737
【氏名又は名称】日本ピラー工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000280
【氏名又は名称】特許業務法人サンクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 優司
(72)【発明者】
【氏名】西 崇伺
【審査官】 杉山 悟史
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−156294(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/161704(WO,A1)
【文献】 特開2005−302856(JP,A)
【文献】 特開2003−147527(JP,A)
【文献】 特開平05−106744(JP,A)
【文献】 特開平09−256993(JP,A)
【文献】 特表2014−529052(JP,A)
【文献】 特開2005−249131(JP,A)
【文献】 特開2005−315392(JP,A)
【文献】 特開2002−321991(JP,A)
【文献】 特開2012−251617(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/34
F04B 53/00
F04D 29/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸に設けられた回転環と、シールケースに軸線方向移動可能に且つ前記回転環方向に付勢された状態で設けられた静止環との間に、遊動環が、前記静止環に対する相対回転が阻止された状態で挟圧保持されている遊動環型メカニカルシールであって、
前記回転環は、SiCの焼結体又は超硬合金で作製されており、
前記回転環における前記遊動環と摺動するシール面に、ダイヤモンド膜が形成されており
前記回転環の外周面、及び、前記回転環における前記シール面と反対側の面である背面に、前記シール面のダイヤモンド膜と連続するダイヤモンド膜が形成されており、且つ、
前記外周面に形成されたダイヤモンド膜の外周に伝熱リングが設けられている、遊動環型メカニカルシール。
【請求項2】
回転軸に設けられた回転環と、シールケースに軸線方向移動可能に且つ前記回転環方向に付勢された状態で設けられた静止環との間に、遊動環が、前記静止環に対する相対回転が阻止された状態で挟圧保持されている遊動環型メカニカルシールであって、
前記回転環は、SiCの焼結体又は超硬合金で作製されており、
前記回転環における前記遊動環と摺動するシール面に、ダイヤモンド膜が形成されており
前記回転環の内周面、及び、前記回転環の外周面に、前記シール面のダイヤモンド膜と連続するダイヤモンド膜が形成されており、且つ、
前記外周面に形成されたダイヤモンド膜の外周に伝熱リングが設けられている、遊動環型メカニカルシール。
【請求項3】
前記ダイヤモンド膜の熱伝導率が1000〜2000W/m・kである、請求項1又は請求項2に記載の遊動環型メカニカルシール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は遊動環型メカニカルシールに関する。さらに詳しくは、回転軸に設けられた回転環と、シールケースに設けられた静止環との間に遊動環を挟圧保持させた遊動環型メカニカルシールに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば火力発電所のボイラーに給水をするBFP(ボイラー フィード ポンプ)のように高圧・高温条件下で使用される軸封手段として、従来、種々の遊動環型メカニカルシールが提案されている(例えば、特許文献1〜2参照)。
【0003】
かかる遊動環型メカニカルシールは、図5に示されるように、回転軸101に設けられた回転環102と、シールケース103に設けられた静止環104と、遊動環105とを備えている。静止環104は、軸線方向(図5において左右方向)移動可能に、且つ、回転環102に向かう方向に付勢された状態でシールケース103に設けられている。静止環104は、シールケース103に取り付けられたスプリングリテーナ106に形成された凹所107内に配設されるスプリング108により、回転環102に向かう方向に付勢されている。なお、図5において、符号109はポンプケーシングを示し、符号110及び111は、それぞれシールケース103に形成されたフラッシング液Fの給路及び排路を示す。また、符号112は、同じくシールケース103に形成されたドレンを示す。
【0004】
遊動環105は、静止環104に対する相対回転が阻止された状態で、当該静止環104と、回転環102との間に挟圧保持されている。そして、図5に示される遊動環型メカニカルシールでは、回転環102と遊動環105との接触面であるシール面102a,105aの相対回転摺接作用により、当該相対回転摺接部分の外周側領域である被密封流体領域Aと、その内周側領域である非密封流体領域(大気領域)Bとを遮蔽シールするように構成されている。
【0005】
このような遊動環型メカニカルシールでは、回転環102との相対回転摺接作用によりシール機能を発揮する遊動環105が、回転環102と静止環104との間に挟圧保持されており且つ軸方向両端部がほぼ対称形状を呈することから、被密封流体領域の流体圧力による影響を軸線方向においてバランスよく受けることができる。すなわち、遊動環105に生じる圧力歪は両端部でほぼ同一であり、軸線に対して大きく歪むことがない。したがって、PV値(MPa/m/s。シール面の回転速度V(m/s)と、シール面間の接触圧P(MPa)との積)が大きい高負荷条件下においても、遊動環105のシール面105aが回転環102のシール面102aに対して傾くことがなく、両シール面102a,105aの平行性が確保され、良好なシール機能を発揮することができる。
【0006】
しかし、例えばPV=20MPa/m/s以上の厳しい負荷条件下でポンプを運転する場合、回転環102のシール面102aに大きな摩擦熱が発生する。このような状態でポンプを運転すると、回転環102のシール面102aと当該回転環102の他の部分、特に前記シール面102aから離れている背面(シール面102aと反対側の面)102bとの間で温度差が生じ、この温度差に起因して前記回転環102に熱歪が発生する虞がある。回転環102に熱歪が発生すると、当該回転環102のシール面102aと、遊動環105のシール面105aとの平行性を保つことができなくなり、その結果、シール機能が低下する虞がある。
【0007】
これに対し、特許文献3記載のメカニカルシールは、遊動環を備えたメカニカルシールではないが、回転軸の外周に固定されたスリーブの外周面に回転環と静止環との摺動面に向かう空気流を発生させる溝を形成し、この空気流により摺動面を冷却している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−249131号公報
【特許文献2】特開2009−156294号公報
【特許文献3】特開2012−251617号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献3記載の冷却機構を遊動環型メカニカルシールに適用すると、摺動面についてある程度の冷却効果は期待でき、結果として摺動面と背面との温度差を少しは緩和できるものの、スリーブの外周面に所定方向の流体流れを生じさせる溝加工を施すのは容易ではない。
【0010】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、回転環のシール面と他の部位、特に背面との温度差に起因して当該回転環に生じる熱歪を効果的に防止又は抑制することができ、メカニカルシールの適用又は使用範囲を拡大する遊動環型メカニカルシールを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
(1)本発明の第1の観点に係る遊動環型メカニカルシール(以下、単に「メカニカルシール」ともいう)は、回転軸に設けられた回転環と、シールケースに軸線方向移動可能に且つ前記回転環方向に付勢された状態で設けられた静止環との間に、遊動環が、前記静止環に対する相対回転が阻止された状態で挟圧保持されている遊動環型メカニカルシールであって、
前記回転環は、SiCの焼結体又は超硬合金で作製されており、
前記回転環における前記遊動環と摺動するシール面に、ダイヤモンド膜が形成されており、且つ、
前記回転環の外周面、及び、前記回転環における前記シール面と反対側の面である背面に、前記シール面のダイヤモンド膜と連続するダイヤモンド膜が形成されている。
【0012】
本発明の第1の観点に係るメカニカルシールでは、回転環の外周面、及び、当該回転環における前記シール面と反対側の面である背面に、前記シール面のダイヤモンド膜と連続するダイヤモンド膜がされている。ダイヤモンド膜は1000〜2000W/m・kという大きな熱伝導率を有している。このため、回転環の摺動面であるシール面で発生した摩擦熱を速やかに当該回転環の外周面に形成されたダイヤモンド膜を経由して回転環の背面に形成されたダイヤモンド膜に伝えることができる。これにより、回転環のシール面と背面との間の温度差を緩和し、前記温度差に起因する熱歪が回転環に生じるのを防止又は抑制することができる。その結果、回転環のシール面と、遊動環のシール面との平行性を保つことができ、高負荷条件下においても長期に亘り安定した摺動特性を発揮させることができる。
【0013】
(2)本発明の第2の観点に係るメカニカルシールは、回転軸に設けられた回転環と、シールケースに軸線方向移動可能に且つ前記回転環方向に付勢された状態で設けられた静止環との間に、遊動環が、前記静止環に対する相対回転が阻止された状態で挟圧保持されている遊動環型メカニカルシールであって、
前記回転環は、SiCの焼結体又は超硬合金で作製されており、
前記回転環における前記遊動環と摺動するシール面に、ダイヤモンド膜が形成されており、且つ、
前記回転環の内周面、及び、前記回転環における前記シール面と反対側の面である背面に、前記シール面のダイヤモンド膜と連続するダイヤモンド膜が形成されている。
【0014】
本発明の第2の観点に係るメカニカルシールでは、回転環の内周面、及び、当該回転環における前記シール面と反対側の面である背面に、前記シール面のダイヤモンド膜と連続するダイヤモンド膜がされている。ダイヤモンド膜は1000〜2000W/m・kという大きな熱伝導率を有している。このため、回転環の摺動面であるシール面で発生した摩擦熱を速やかに当該回転環の内周面に形成されたダイヤモンド膜を経由して回転環の背面に形成されたダイヤモンド膜に伝えることができる。これにより、回転環のシール面と背面との間の温度差を緩和し、前記温度差に起因する熱歪が回転環に生じるのを防止又は抑制することができる。その結果、回転環のシール面と、遊動環のシール面との平行性を保つことができ、高負荷条件下においても長期に亘り安定した摺動特性を発揮させることができる。
【0015】
(3)本発明の第3の観点に係るメカニカルシールは、回転軸に設けられた回転環と、シールケースに軸線方向移動可能に且つ前記回転環方向に付勢された状態で設けられた静止環との間に、遊動環が、前記静止環に対する相対回転が阻止された状態で挟圧保持されている遊動環型メカニカルシールであって、
前記回転環は、SiCの焼結体又は超硬合金で作製されており、
前記回転環における前記遊動環と摺動するシール面に、ダイヤモンド膜が形成されており、且つ、
前記回転環の内周面、及び、前記回転環の外周面に、前記シール面のダイヤモンド膜と連続するダイヤモンド膜が形成されている。
【0016】
本発明の第3の観点に係るメカニカルシールでは、回転環の内周面、及び、当該回転環の外周面に、前記シール面のダイヤモンド膜と連続するダイヤモンド膜がされている。ダイヤモンド膜は1000〜2000W/m・kという大きな熱伝導率を有している。このため、回転環の摺動面であるシール面で発生した摩擦熱を速やかに当該回転環の内周面及び外周面に形成されたダイヤモンド膜を経由して回転環の内周側及び外周側に伝えることができる。これにより、回転環のシール面と外周面と内周面の各々の間の温度差を緩和し、前記温度差に起因する熱歪が回転環に生じるのを防止又は抑制することができる。その結果、回転環のシール面と、遊動環のシール面との平行性を保つことができ、高負荷条件下においても長期に亘り安定した摺動特性を発揮させることができる。
【0017】
(4)前記(1)又は(3)のメカニカルシールにおいて、前記外周面に形成されたダイヤモンド膜の外周に伝熱リングが設けられていることが好ましい。この場合、外周面のダイヤモンド膜に加え、伝熱リングを経由して回転環のシール面で発生した摩擦熱を当該回転環の背面に伝えることができ、回転環のシール面と背面との間の温度差をより効果的に緩和することができる。また、伝熱リングによって、メカニカルシールに伝わる機械振動からダイヤモンド膜を保護することもできる。
(5)前記(1)〜(4)のメカニカルシールにおいて、前記ダイヤモンド膜の熱伝導率を1000〜2000W/m・kとすることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明のメカニカルシールによれば、回転環のシール面と他の部位、特に背面との温度差に起因して当該回転環に生じる熱歪を効果的に防止又は抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明のメカニカルシールの第1実施形態の縦断面説明図である。
図2図1に示されるメカニカルシールの要部拡大説明図である。
図3】本発明のメカニカルシールの第2実施形態の要部拡大説明図である。
図4】本発明のメカニカルシールの第3実施形態の要部拡大説明図である。
図5】従来のメカニカルシールの一例の縦断面説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、添付図面を参照しつつ、本発明のメカニカルシールの実施の形態を詳細に説明する。
〔第1実施形態〕
図1は、本発明の第1実施形態に係るメカニカルシールMの縦断面説明図であり、図2は、図1に示されるメカニカルシールMの要部拡大説明図である。なお、図2〜4においては、分かりやすくするために、ダイヤモンド膜の膜厚を誇張して描いている。
本実施形態に係るメカニカルシールMは、シールすべき流体の圧力が高く且つ運転状況により大きな圧力変動が生じ得る、例えば火力発電所のボイラーに給水をするBFP(ボイラー フィード ポンプ)等の軸封手段として好適に使用される遊動環型メカニカルシールである。
【0021】
メカニカルシールMは、ポンプケーシング1に取り付けられたシールケース2と、ポンプケーシング1を貫通して当該ポンプケーシング1から突出する回転軸3の外周に固定されたスリーブ4と、スリーブ4に設けられた回転環5と、回転環5に対向して設けられた静止環6と、シールケース2と静止環6との間に配設されたスプリング7と、回転環5と静止環6との間に挟圧保持された遊動環8と、メカニカルシールMを機器に取り付けるときにシールケース2とスリーブ4とを連結し、回転環5、静止環6及び遊動環8を所定の位置に配置するセットプレート9とを備えている。メカニカルシールMは、回転環5と遊動環8との相対回転摺接作用により、当該相対回転摺接部分の外周側領域である被密封流体領域(BFPの機内領域に連通する領域)Aと、前記相対回転摺接部分の内周側領域である非密封流体領域(BFPの機外領域である大気領域)Bとを遮断シールするように構成されたカートリッジ型のメカニカルシールである。なお、以下の説明において、図1〜2の左側を機外側又は後側といい、右側を機内側又は前側という。
【0022】
シールケース2は、ポンプケーシング1から突出する回転軸部分3aを同心状に取り囲んだ状態で当該ポンプケーシング1の端部に取り付けられている。シールケース2は、円筒体形状を呈しており、本体部21、壁部22及びスプリングリテーナ23を備えている。本体部21は、円筒状の部材であり、その一端部がポンプケーシング1に当接して当該ポンプケーシング1と係合する。壁部22は、本体部21の他端部(ポンプケーシング1と係合する側の端部と反対側の端部)の内周に当該本体部21と一体形成された円環状の部材である。スプリングリテーナ23は、壁部22の内面側に取り付けられている。スプリングリテーナ23は、壁部22に取り付けられた円環状のスプリング保持部23aと、当該スプリング保持部23aから機内側に突出する円筒状の静止環保持部23bとで構成されている。ポンプケーシング1には、フラッシング液(水)Fの給路24及び排路25が形成されている。また、シールケース2にはドレン26が形成されている。
【0023】
スリーブ4は、前記回転軸部分3aに挿通される円筒状の本体部41と、本体部41の先端部(機内側端部)に形成された円環状の第1保持部42と、第1保持部42の外周部から機外側に突出する円筒状の第2保持部43とで構成されている。スリーブ4は、本体部41の基端部分(後端部分。機外側に位置する部分)を除き、シールケース2内に位置させた状態で、回転軸3の外周に固定されている。より詳細には、シールケース2から機外側に突出する本体部41の基端部分に、回転軸3に挿通させたストッパーリング10を複数の第1セットスクリュー11aにより固定するとともに、当該ストッパーリング10を複数の第2セットスクリュー11bにより回転軸3に固定することによって、スリーブ4が回転軸3に着脱自在に固定されている。第1保持部42の内周にはOリング溝12が形成されており、このOリング溝12内に配設されたOリング13により、回転軸3とスリーブ4との間がシール(二次シール)されている。なお、スリーブ4の先端部には、フラッシング液と循環するためのポンピングリング14がキャップボルト15により取り付けられている。
【0024】
回転環5は、複数のOリング16、17を介して、当該Oリング16、17の弾性変形範囲において軸線方向(回転軸3の軸線の方向)及び径方向に変位ないし変形可能な状態で回転軸3に保持されている。なお、回転環5の内周面とこれと対向するスリーブ4の本体部41の外周面との間には、図2に示されるように、回転環5の径方向の変位ないし変形を許容する環状の隙間18が形成されている。回転環5は、SiCの焼結体で作製されており、この焼結体は、例えばSiCの常温焼結又は反応焼結により得ることができる。得られるSiCの焼結体の熱伝導率は、70〜120W/mKである。また、回転環5は超硬合金(WC)で作製してもよい。
【0025】
静止環6は、シールケース2にOリング19及びドライブピン20を介して軸線方向移動可能に且つ相対回転不能に保持されている。より詳細には、静止環6は、その基端部分をスプリングリテーナ23の静止環保持部23aにOリング19を介して遊嵌させることにより、シールケース2に保持されている。静止環6は、シールケース2との間をOリング19によりシール(二次シール)された状態で当該シールケース2に軸線方向移動可能に保持されている。また、静止環6は、その基端部に軸線と平行な複数のドライブピン20を突設し、各ドライブピン11をスプリングリテーナ23のスプリング保持部23aに形成された複数の係合凹部31に係合させることにより、所定範囲内での軸線方向の移動が許容された状態でシールケース2に対する相対回転が阻止されている。静止環6は、例えばステンレスなどの硬質の金属で作製することができる。
【0026】
スプリング7は、スプリングリテーナ23のスプリング保持部23bに周方向に沿って等間隔で形成された複数の係合凹部32に保持されている。スプリング7は静止環6の背面(後端面)に当接しており、当該静止環6を回転環方向に押圧付勢している。
【0027】
遊動環8は、円環状の本体部81と、当該本体部81の内周側の前後端部に一体形成されたほぼ同一の円環状を呈する押圧部82及びシール部83とで構成されている。遊動環8は、押圧部82の端面である押圧面82aが静止環6の先端面(後端面)である押圧面6aに接触するとともに、シール部83の端面であるシール面83aが回転環5の先端面(後端面)であるシール面5aに接触する状態で、スプリング7による付勢力によって、回転環5と静止環6との間に挟圧保持されている。
【0028】
遊動環8は、静止環6の前端部に周方向に沿って等間隔で突設された複数のドライブピン33を本体部81に形成された係合孔34に係合させることにより、静止環6に、軸線方向及び径方向に所定範囲での相対変位が許容された状態で、相対回転不能に保持されている。静止環6と、遊動環8の本体部81との軸線方向における対向端面間には、当該静止環6及び遊動環8間をシール(二次シール)するOリング35が配設されている。遊動環8の本体部81には、周方向に沿って等間隔で複数の貫通孔36が形成されている。遊動環8は、回転環5を構成する材料よりも軟質の材料、例えばカーボンで作製することができる。
【0029】
本実施形態では、回転環5における前記遊動環8と摺動するシール面5aにダイヤモンド膜d1が形成されるとともに、当該回転環5の外周面5b及び背面5cに、前記シール面5aのダイヤモンド膜d1と連続するダイヤモンド膜d2及びダイヤモンド膜d3がそれぞれ形成されている。このため、シール面5aの耐摩耗性が向上するだけでなく、ダイヤモンド膜d1、d2は1000〜2000W/m・kという大きな熱伝導率を有していることから、回転環5の摺動面であるシール面5aで発生した摩擦熱を、シール面5aのダイヤモンド膜d1から速やかに外周面5bに形成されたダイヤモンド膜d2を経由して回転環5の背面5cに形成されたダイヤモンド膜d3に伝えることができる。これにより、回転環5のシール面5aと背面5cとの温度差を緩和し、前記温度差に起因する熱歪が回転環5に生じるのを防止又は抑制することができる。換言すれば、熱伝導率が大きいダイヤモンド膜を介して回転環5のシール面5aで発生した摩擦熱を速やかに当該回転環5の背面5cに伝えることにより、回転環5の熱バランス(シール面5a側部分と背面5c側部分との間の熱バランス)が崩れるのを防止又は抑制することができる。その結果、回転環5のシール面5aと、遊動環8のシール面8aとの平行性を保つことができ、例えばPV=20MPa/m/s以上の高負荷条件下においても長期に亘り安定した摺動特性を発揮させることができる。
【0030】
ダイヤモンド膜は、例えばマイクロ波CVD法、熱フィラメントCVD法等の一般的な製造技術を用いて作製することができる。また、ダイヤモンド膜の厚さは、本発明において特に限定されるものではないが、通常、3〜20μm、好ましくは3〜10μmである。回転環5のシール面5aで発生した摩擦熱が当該回転環5の母材であるSiC焼結体に移動する前に外周面5bのダイヤモンド膜d2に移動させるという観点からは、3μm以上の厚さであることが望ましい。また、ダイヤモンド膜が厚くなる程膜の表面粗度も大きくなり、精密な機械部品であるメカニカルシールのシール面として使用するのが困難になるのに加えて、ダイヤモンド膜の残留応力を極力小さくするという観点からは、10μm以下であることが望ましい。
【0031】
ダイヤモンド膜d1とダイヤモンド膜d2、d3とは同じ厚さであってもよいが、互いに異なる厚さであってもよい。回転環5のシール面5aで発生した摩擦熱を速やかに外周面5bのダイヤモンド膜d2に移動させるという観点からは、外周面5bのダイヤモンド膜d2の膜厚がシール面5aのダイヤモンド膜d1の膜厚以上であることが望ましい。
【0032】
本実施形態では、回転環5の外周面5bに形成されたダイヤモンド膜d2のさらに外周に伝熱リング37が設けられている。この伝熱リング37は、例えばチタン、SUS403等の金属で作製されており、前記ダイヤモンド膜d2の外周に焼嵌めされている。チタン及びSUS403の熱伝導率は、それぞれ17.4W/m・k及び24.9〜25.7W/m・kであり、ダイヤモンドやSiCに比べて小さいが、このような伝熱リング37をダイヤモンド膜d2の外周に焼嵌めすることにより、ダイヤモンド膜d1から伝わってくる熱を、ダイヤモンド膜d2に加えて当該伝熱リング37及びスリーブ4の第1保持部42を経由して回転環5の背面5cに伝えることができ、回転環5のシール面5aと背面5cとの温度差をより効果的に緩和することができる。また、ダイヤモンド膜d2は脆性であるが、伝熱リング37をダイヤモンド膜d2の外周に設けることで、メカニカルシールMに伝わる機械振動から当該ダイヤモンド膜d2を保護することができる。
【0033】
〔第2実施形態〕
図3は、本発明の第2実施形態に係るメカニカルシールの要部拡大説明図である。第2実施形態及び後述する第3実施形態に係るメカニカルシールと、第1実施形態に係るメカニカルシールMとは、回転環の構成が異なるだけであり、他の静止環や遊動環等の構成は共通している。したがって、共通する構成要素には同一の参照符号を付し、簡単のため、それらについての説明は省略する。
【0034】
本実施形態では、回転環5における前記遊動環8と摺動するシール面5aにダイヤモンド膜d1が形成されるとともに、当該回転環5の内周面5d及び背面5cに、前記シール面5aのダイヤモンド膜d1と連続するダイヤモンド膜d4及びダイヤモンド膜d4と連続するダイヤモンド膜d3がそれぞれ形成されている。このため、シール面5aの耐摩耗性が向上するだけでなく、回転環5の摺動面であるシール面5aで発生した摩擦熱を、シール面5aのダイヤモンド膜d1から速やかに内周面5dに形成されたダイヤモンド膜d4を経由して回転環5の背面5cに形成されたダイヤモンド膜d3に伝えることができる。これにより、回転環5のシール面5aと背面5cとの温度差を緩和し、前記温度差に起因する熱歪が回転環5に生じるのを防止又は抑制することができる。換言すれば、熱伝導率が大きいダイヤモンド膜を介して回転環5のシール面5aで発生した摩擦熱を速やかに当該回転環5の背面5cに伝えることにより、回転環5の熱バランスが崩れるのを防止又は抑制することができる。その結果、回転環5のシール面5aと、遊動環8のシール面8aとの平行性を保つことができ、高負荷条件下においても長期に亘り安定した摺動特性を発揮させることができる。
【0035】
また、本実施形態では、回転環5の背面5c、より詳細には当該背面5cに形成されたダイヤモンド膜d3に当接してガスケット38が配設されている。ガスケット38は、硬度Hsが40〜90の材料で作製されている。かかる材料の例としては、例えば膨張黒鉛、耐熱シリコーンゴム等をあげることができる。比較的やわらかいガスケット38を回転環5の背面5cに配設することにより、当該ガスケット38と回転環5の背面5cに形成されたダイヤモンド膜d3とを密着させることができる。ダイヤモンド膜は、通常、その表面を平坦に形成することが難しいが、比較的やわらかいガスケット38を用いることで、ダイヤモンド膜の表面の粗さを吸収することができる。
【0036】
〔第3実施形態〕
図4は、本発明の第3実施形態に係るメカニカルシールの要部拡大説明図である。本実施形態では、回転環5のシール面5a、外周面5b及び内周面5dにそれぞれダイヤモンド膜d1、d2及びd4が形成されている。ダイヤモンド膜d1、d2及びd4は互いに連続して形成されている。この場合、回転環5の摺動面であるシール面5aで発生した摩擦熱を速やかに当該回転環5の内周面5d及び外周面5bに形成されたダイヤモンド膜d4、d2を経由して回転環5の内周側及び外周側に伝えることができ、回転環5のシール面5aと外周面と内周面の各々の間の温度差をより効果的に緩和することができる。
【0037】
また、本実施形態では、第1実施形態と同様に、回転環5の外周面5bに形成されたダイヤモンド膜d2のさらに外周に伝熱リング37が設けられている。伝熱リング37をダイヤモンド膜d2の外周に焼嵌めすることにより、ダイヤモンド膜d1から伝わってくる熱を、ダイヤモンド膜d2に加えて当該伝熱リング37を経由して回転環5の背面5cに伝えることができ、回転環5のシール面5aと背面5cとの温度差をより効果的に緩和することができる。また、ダイヤモンド膜d2は脆性であるが、伝熱リング37をダイヤモンド膜d2の外周に設けることで、メカニカルシールMに伝わる機械振動から当該ダイヤモンド膜d2を保護することができる。
【0038】
また、本実施形態では、第2実施形態と同様に、回転環5の背面5c、より詳細には当該背面5cに形成されたダイヤモンド膜d3に当接してガスケット38が配設されている。かかるガスケット38を回転環5の背面5cに配設することにより、当該ガスケット38と回転環5の背面5cとを密着させることができる。
【0039】
〔その他の変形例〕
なお、本発明のメカニカルシールは前述した実施の形態に限定されるものではなく、種々の変更が可能である。
【符号の説明】
【0040】
1 :ポンプケーシング
2 :シールケース
3 :回転軸
4 :スリーブ
5 :回転環
5a:シール面
5b:外周面
5c:背面
5d:内周面
6 :静止環
6a:押圧面
7 :スプリング
8 :遊動環
9 :セットプレート
10 :ストッパーリング
11a:第1セットスクリュー
11b:第2セットスクリュー
12 :Oリング溝
13 :Oリング
14 :ポンピングリング
15 :キャップボルト
16 :Oリング
17 :Oリング
18 :隙間
19 :Oリング
20 :ドライブピン
21 :本体部
22 :壁部
23 :スプリングリテーナ
23a:静止環保持部
23b:スプリング保持部
24 :給路
25 :排路
26 :ドレン
31 :係合凹部
32 :係合凹部
33 :ドライブピン
34 :係合孔
35 :Oリング
36 :貫通孔
37 :放熱リング
38 :ガスケット
41 :本体部
42 :第1保持部
43 :第2保持部
81 :本体部
82 :押圧部
83 :シール部
101 :回転軸
102 :回転環
103 :シールケース
104 :静止環
105 :遊動環
106 :スプリングリテーナ
107 :凹所
108 :スプリング
F :フラッシング液
M :メカニカルシール
d1:ダイヤモンド膜
d2:ダイヤモンド膜
d3:ダイヤモンド膜
d4:ダイヤモンド膜



図1
図2
図3
図4
図5