(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6471145
(24)【登録日】2019年1月25日
(45)【発行日】2019年2月13日
(54)【発明の名称】鎮静用の自律神経調整剤及び日周リズム改善剤
(51)【国際特許分類】
A61K 35/20 20060101AFI20190204BHJP
A61K 35/747 20150101ALI20190204BHJP
A61K 36/064 20060101ALI20190204BHJP
A61P 25/20 20060101ALI20190204BHJP
A61P 25/02 20060101ALI20190204BHJP
A61K 8/98 20060101ALI20190204BHJP
A61K 8/99 20170101ALI20190204BHJP
A61Q 13/00 20060101ALI20190204BHJP
C11B 9/00 20060101ALI20190204BHJP
A23C 9/12 20060101ALN20190204BHJP
【FI】
A61K35/20
A61K35/747
A61K36/064
A61P25/20
A61P25/02 103
A61K8/98
A61K8/99
A61Q13/00 101
C11B9/00 Z
!A23C9/12
【請求項の数】8
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-506135(P2016-506135)
(86)(22)【出願日】2015年3月3日
(86)【国際出願番号】JP2015001098
(87)【国際公開番号】WO2015133122
(87)【国際公開日】20150911
【審査請求日】2018年2月8日
(31)【優先権主張番号】特願2014-41728(P2014-41728)
(32)【優先日】2014年3月4日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】596126465
【氏名又は名称】アサヒ飲料株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【弁理士】
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(74)【代理人】
【識別番号】100133042
【弁理士】
【氏名又は名称】佃 誠玄
(72)【発明者】
【氏名】川口 恭輔
(72)【発明者】
【氏名】小谷 恵
(72)【発明者】
【氏名】水野 征一
【審査官】
馬場 亮人
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2013/073424(WO,A1)
【文献】
特開昭51−015676(JP,A)
【文献】
特開平07−075521(JP,A)
【文献】
国際公開第98/005343(WO,A1)
【文献】
国際公開第2005/094849(WO,A1)
【文献】
川口恭輔 他,発酵乳の嗜好性向上に与える乳酸菌および酵母の役割,日本農芸化学会大会講演要旨集,2012年,Vol.2012,2J15p11
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/20
A61K 8/98
A61K 8/99
A61K 35/747
A61K 36/064
A61P 25/02
A61P 25/20
A61Q 13/00
C11B 9/00
A23C 9/12
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳、乳酸菌及び酵母を原料とする発酵乳由来成分を有効成分とし、当該有効成分を嗅覚に作用させることを特徴とする、鎮静用の自律神経調整剤であって、
乳酸菌がラクトバチルス・ヘルベティカス(L. helveticus)であり、酵母がサッカロマイセス・セレビシエ(S. cerevisiae)であることを特徴とする自律神経調整剤。
【請求項2】
乳が脱脂乳であることを特徴とする、請求項1に記載の鎮静用の自律神経調整剤。
【請求項3】
乳、乳酸菌及び酵母を原料とする発酵乳由来成分を有効成分とし、当該有効成分を嗅覚に作用させることを特徴とする、日周リズム改善剤であって、
乳酸菌がラクトバチルス・ヘルベティカス(L. helveticus)であり、酵母がサッカロマイセス・セレビシエ(S. cerevisiae)であることを特徴とする日周リズム改善剤。
【請求項4】
乳が脱脂乳であることを特徴とする、請求項3に記載の日周リズム改善剤。
【請求項5】
嗅覚に作用させる、鎮静用の自律神経調整剤の製造方法であって、乳を乳酸菌によって発酵した後に、酵母によって発酵することを特徴とする、自律神経調整剤の製造方法であって、
乳酸菌がラクトバチルス・ヘルベティカス(L. helveticus)であり、酵母がサッカロマイセス・セレビシエ(S. cerevisiae)であることを特徴とする製造方法。
【請求項6】
嗅覚に作用させる、日周リズム改善剤の製造方法であって、乳を乳酸菌によって発酵した後に、酵母によって発酵することを特徴とする、日周リズム改善剤の製造方法であって、
乳酸菌がラクトバチルス・ヘルベティカス(L. helveticus)であり、酵母がサッカロマイセス・セレビシエ(S. cerevisiae)であることを特徴とする製造方法。
【請求項7】
乳、乳酸菌及び酵母を原料とする発酵乳由来成分を含有する付香組成物であって、
乳酸菌がラクトバチルス・ヘルベティカス(L. helveticus)であり、酵母がサッカロマイセス・セレビシエ(S. cerevisiae)であることを特徴とする付香組成物。
【請求項8】
乳が脱脂乳であることを特徴とする、請求項7に記載の鎮静用の付香組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鎮静用の自律神経調整剤及び日周リズム改善剤に関する。より詳細には、乳を乳酸菌及び酵母によって発酵して得られる発酵乳由来成分を有効成分とし、当該有効成分を嗅覚に作用させることを特徴とする、鎮静用の自律神経調整剤及び日周リズム改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
地球上の生物は体内時計と呼ばれる24時間の環境周期に同調する日周リズムを持っているが、ストレス下では、自律神経のバランスの乱れ(自律神経失調)により、日周リズムの乱れが生じるため、それに起因する種々の疾患に対する有効な治療対策が急がれている。
【0003】
従来、酵母を用いて植物性素材を発酵させて得た香気組成物が嗅覚に作用して自律神経調整作用を有することが報告されているが(特許文献1)、乳などの動物性素材を発酵させて得た香気組成物の効果や、本香気組成物の日周リズム改善作用については報告されていない。また、発酵乳の嗜好性向上に与える乳酸菌および酵母の役割に関する報告があるが(非特許文献1)、自律神経や日周リズムの乱れに与える効果は報告されていない。
【0004】
乳を主原料とした乳ペプチド及びハーブ含有飲料がリラックス効果に影響を与えることや、乳酸菌体が自律神経活動に影響を与えることが報告されている。しかし、これらの報告は(体内に)摂取して効果を発揮することを特徴としており、嗅覚に作用して効果を発揮するという報告はない。また、日周リズム改善作用においては、摂取形態を問わず報告事例はない(特許文献2及び非特許文献2)。
【0005】
安全で有効な日周リズム改善作用を持つ優れた化合物としてアスタキサンチンやアラキドン酸が報告されているが、その効果を得るためには成分を(体内に)摂取する必要があり、その利用形態に制限がある(特許文献3及び4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−104067号公報
【特許文献2】特開2003−102380号公報
【特許文献3】WO01/087291号パンフレット
【特許文献4】特表2006−521369号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】川口恭輔 他、発酵乳の嗜好性向上に与える乳酸菌および酵母の役割 Effect of lactic acid bacteria and yeast on the fermented milk taste、日本農芸化学会大会講演要旨集、Vol.2012、2012.03.05、2J15P11
【非特許文献2】谷田守 他、肥満研究、2006、Vol.12、No.3、p247−250
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、摂取(投与)することを必要とせず、嗅覚に作用させることにより、自律神経調整作用、日周リズム改善作用を有する剤及び付香製品(芳香剤、香粧品、食品、医薬品、飼料添加物、繊維製品用洗剤、繊維製品等)を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、上記課題解決のために鋭意検討し、乳酸菌と酵母によって発酵して得られる発酵乳由来成分の匂いに、自律神経調整作用、日周リズム改善作用があることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は以下の[1]〜[15]に関する。
[1] 乳を乳酸菌及び酵母によって発酵して得られる発酵乳由来成分を有効成分とし、当該有効成分を嗅覚に作用させることを特徴とする、鎮静用の自律神経調整剤;
[2] 乳酸菌がラクトバチルス属の微生物であることを特徴とする、[1]に記載の鎮静用の自律神経調整剤;
[3] 乳酸菌がラクトバチルス・ヘルベティカス(L. helveticus)であることを特徴とする、[2]に記載の鎮静用の自律神経調整剤;
[4] 酵母がサッカロマイセス属の微生物であることを特徴とする、[1]〜[3]のいずれか1項に記載の鎮静用の自律神経調整剤;
[5] 酵母がサッカロマイセス・セレビシエ(S. cerevisiae)であることを特徴とする、[1]〜[4]のいずれか1項に記載の鎮静用の自律神経調整剤;
[6] 乳が脱脂乳であることを特徴とする、[1]〜[5]のいずれか1項に記載の鎮静用の自律神経調整剤;
[7] 乳を乳酸菌及び酵母によって発酵して得られる発酵乳由来成分を有効成分とし、当該有効成分を嗅覚に作用させることを特徴とする、日周リズム改善剤;
[8] 乳酸菌がラクトバチルス属の微生物であることを特徴とする、[7]に記載の日周リズム改善剤;
[9] 乳酸菌がラクトバチルス・ヘルベティカス(L. helveticus)であることを特徴とする、[8]に記載の日周リズム改善剤;
[10] 酵母がサッカロマイセス属の微生物であることを特徴とする、[7]〜[9]のいずれか1項に記載の日周リズム改善剤;
[11] 酵母がサッカロマイセス・セレビシエ(S. cerevisiae)であることを特徴とする、[7]〜[10]に記載の日周リズム改善剤;
[12] 乳が脱脂乳であることを特徴とする、[7]〜[11]のいずれか1項に記載の日周リズム改善剤;
[13] 嗅覚に作用させる、鎮静用の自律神経調整剤の製造方法であって、乳を乳酸菌によって発酵した後に、酵母によって発酵することを特徴とする、自律神経調整剤の製造方法;
[14] 嗅覚に作用させる、日周リズム改善剤の製造方法であって、乳を乳酸菌によって発酵した後に、酵母によって発酵することを特徴とする、日周リズム改善剤の製造方法;[15] 乳を乳酸菌及び酵母によって発酵して得られる発酵乳由来成分を含有する付香組成物。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ストレス等による自律神経のバランスの乱れ(自律神経失調)、及び日周リズムの乱れを改善し、あるいはこれらに起因する睡眠、体温、血圧、ホルモン分泌、摂食、代謝、精神活動等の生理活動の障害、又は肥満、うつ病等の種々の症状や疾患を緩和、予防、又は治療することができる。
【0012】
本発明の自律神経調整剤及び日周リズム改善剤は、体内に摂取(投与)することを必要とせず、嗅覚に作用することで効果を奏するため、安全性が高い。そのため、広範囲に使用でき、芳香剤、香粧品、食品、医薬品、飼料添加物、繊維製品用洗剤、繊維製品等、様々な製品に添加して使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、乳酸菌と酵母で発酵させた発酵乳Aの匂い刺激による、ラット副腎交感神経活動の変化(開始時を100とした場合の変化率(%))を示す。
【
図2】
図2は、乳酸菌と酵母で発酵させた発酵乳Aの匂い刺激による、ラット胃副交感神経活動の変化(開始時を100とした場合の変化率(%))を示す。
【
図3】
図3は、乳酸菌と酵母で発酵させた発酵乳Aの匂い刺激後のラットの総活動量を示す。
【
図4】
図4は、乳酸菌と酵母で発酵させた発酵乳Aの匂い刺激後のラットの明期活動率を示す。
【
図5】
図5は、乳酸菌発酵させた発酵乳Bの匂い刺激後のラットの総活動量を示す。
【
図6】
図6は、酵母発酵させた発酵乳Cの匂い刺激後のラットの総活動量を示す。
【
図7】
図7は、脱脂乳の匂い刺激後のラットの総活動量を示す。
【
図8】
図8は、乳酸菌発酵させた発酵乳Bの匂い刺激後のラットの明期活動率を示す。
【
図9】
図9は、酵母発酵させた発酵乳Cの匂い刺激後のラットの明期活動率を示す。
【
図10】
図10は、脱脂乳の匂い刺激後のラットの明期活動率を示す。
【
図11】
図11は、発酵乳A、発酵乳B、発酵乳C及び脱脂乳の匂い刺激後のコントロールに対する明期活動比率を示す。
【0014】
本明細書は、本願の優先権の基礎である特願2014−041728号の明細書に記載された内容を包含する。
【発明を実施するための形態】
【0015】
自律神経調整剤
自律神経は、交感神経と副交感神経の2つの神経系からなる。交感神経活動の亢進時や副交感神経活動の抑制時には、ストレス状態(興奮)であることが一般的に知られている。また、交感神経活動の抑制時や副交感神経活動の亢進時には、リラックス状態(鎮静)であることが一般的に知られている。
【0016】
本発明の「自律神経調整剤」は、乳を乳酸菌及び酵母によって発酵して得られる発酵乳由来成分を有効成分とし、当該有効成分を嗅覚に作用させることで、自律神経を調整し、鎮静効果を発揮する。
【0017】
例えば、本発明の「自律神経調整剤」は、副腎交感神経等の交感神経活動を抑制させて、ストレスの緩和・低減、血圧低下や血糖低下作用などの効果を発揮する。また、胃副交感神経等の副交感神経を亢進させて、消化管機能の改善やそれに伴うリラックス様の効果を発揮する。
【0018】
日周リズム改善剤
「日周リズム」とは、一昼夜を周期として表れる生活リズムで、日内リズムとも称される。ヒトでは明るい期間(明期)が活動期間であり、暗い期間(暗期)が休眠期間である(ラットでは明期が休眠期、暗期が活動期であり、ヒトと逆である)。自律神経の乱れ等に起因するストレス状態では、日周リズムに乱れが生じる。
【0019】
本発明の「日周リズム改善剤」は、乳を乳酸菌及び酵母によって発酵して得られる発酵乳由来成分を有効成分とし、当該有効成分を嗅覚に作用させることで、日周リズムを改善(正常化)する。
【0020】
例えば、本発明の「日周リズム改善剤」は、ストレス状態を緩和し、日周リズムを改善することで、これに起因する睡眠、体温、血圧、ホルモン分泌、摂食、代謝、精神活動等の生理活動の障害、又は肥満、うつ病等の種々の症状や疾患を改善する効果を発揮する。
【0021】
発酵乳由来成分
本発明の自律神経調整剤及び日周リズム改善剤の「有効成分」である「発酵乳由来成分」は、上記発酵乳の匂い成分、すなわち、常温付近又はそれ以上の通常使用される温度で揮発性の成分である。
【0022】
嗅覚に作用
発酵乳由来成分は「嗅覚に作用」することで自律神経調整剤及び日周リズム改善剤としての効果(機能)を発揮する。すなわち、「嗅覚に作用」とは、有効成分である発酵乳の匂い成分が揮発し、嗅覚を刺激することを意味する。こうして、発酵乳由来の匂いが嗅覚を刺激し、信号となって脳に伝わることで、自律神経の乱れや日周リズムの乱れが調整される。なお、嗅覚への作用は、鼻先から匂いが吸い込まれるオルソネーザル経路であっても、口腔内に含んだ匂いが鼻腔内に入り込むレトロネーザル経路であっても本発明の範囲に含まれる。
【0023】
発酵乳
本発明で用いられる「発酵乳」は、乳を乳酸菌と酵母を用いて発酵して液状または糊状にした酸性の乳であり、乳等省令で定める発酵乳や乳酸菌飲料等を含む。
【0024】
本発明で用いられる「乳」としては、ウシ、ラクダ、ロバ、ヤギ、ウマ、トナカイ、羊、水牛、及びヤクなどの哺乳動物の乳、並びにその加工乳が挙げられるが、特に牛乳又はその加工乳が好ましく、特に牛乳を原料とする脱脂乳が好ましい。脱脂乳とは、乳から脂肪分(一般には脂肪と脂溶性ビタミン)が全部(乳脂肪0.5%未満)又は一部除かれたものを意味する。また、脱脂乳は脱脂粉乳を還元した還元乳でもよい。
【0025】
本発明で用いられる「乳酸菌」としては、ラクトバチルス属、ストレプトコッカス属、ビフィドバクテリウム属、エンテロコッカス属、ロイコノストック属、ラクトコッカス属、ペディオコッカス属、及びワイセラ属に属する微生物が挙げられ、特にラクトバチルス属が好ましい。
【0026】
「ラクトバチルス属の微生物」としては、ラクトバチルス・ヘルベティカス、ラクトバチルス・デルブルッキ サブスピーシーズ ブルガリカス、ラクトバチルス・アシドフィルス、ラクトバチルス・カゼイ、ラクトバチルス・アミロボラス、ラクトバチルス・ガセリ、ラクトバチルス・パラカゼイ、ラクトバチルス・ゼアエ、ラクトバチルス・ラムノーサス、ラクトバチルス・ロイテリ、ラクトバチルス・クリスパタス、ラクトバチルス・ガリナーラム、ラクトバチルス・ブレビス、ラクトバチルス・ファーメンタム、ラクトバチルス・プランタラム、及びラクトバチルス・ジョンソニー等が挙げられ、特にラクトバチルス・ヘルベティカス(L. helveticus)が好適に使用できる。
【0027】
本発明で用いられる「酵母」としては、サッカロマイセス属、シゾサッカロマイセス属、チゴサッカロマイセス属、クリベロマイセス属に属する微生物が挙げられ、特にサッカロマイセス属が好ましい。
【0028】
「サッカロマイセス属の微生物」としては、サッカロマイセス・セレビシエ、サッカロマイセス・パストリアヌス、サッカロマイセス・マンジニ、サッカロマイセス・バヤヌス、クリベロマイセス・ラクチス、クリベロマイセス・マルキシアヌス、チゴサッカロマイセス・ルキシ、シゾサッカロマイセス・ポンベが挙げられ、特にサッカロマイセス・セレビシエ(S. cerevisiae)が好適に使用できる。
【0029】
発酵乳の製造方法
本発明は、上記した嗅覚に作用させる、鎮静用の自律神経調整剤あるいは日周リズム改善剤の製造方法であって、乳を乳酸菌によって発酵した後に、酵母によって発酵することを特徴とする、自律神経調整剤あるいは日周リズム改善剤の製造方法も提供する。
【0030】
上記製法は、乳酸菌による発酵工程、酵母による発酵工程のほか、滅菌工程、製剤化工程、例えば嗅覚への作用を高めるために、一種の保留剤として使用される、プロピレングリコール、グリセリン、油脂類のような添加剤や物質、また、加熱処理工程等での匂いの劣化やロスを低減させるビタミンEや各種植物の抽出物のような添加剤や物質を添加する工程を含んでいてもよい。また、嗅覚に作用させることを特徴とする、鎮静用の自律神経調整剤又は日周リズム改善剤である旨の表示を製品の外装に付す工程を含んでいてもよい。
【0031】
発酵工程は、通常の発酵乳製造に使用される発酵方法で行えばよく、静置発酵、攪拌発酵、振とう発酵、通気発酵などが挙げられる。本発明の製造方法は、乳を乳酸菌によって発酵する工程を経た後に、酵母によって発酵する工程を経ることを特徴とするため、適宜、後述する発酵温度や発酵時間、発酵促進物を設定することが好ましい。
【0032】
上記乳に乳酸菌あるいは酵母の菌体培養物又は乾燥菌体等の菌体処理物をスターターとして添加し、公知の発酵条件にて行う。また、乳酸菌あるいは酵母は、混合スターターを使用してもよいし、個々のスターターを使用してもよい。また、乳にスターターを接種するタイミングは特に限定されず、同時に接種してもよいし、個々に接種してもよい。
【0033】
得られた発酵乳は、濾過滅菌、放射性殺菌、加熱式殺菌、加圧式殺菌などの公知の殺菌処理を施すことができる。また、加熱式殺菌の場合には、一定時間(例えば1秒〜1時間程度)、高温処理(例えば80〜150℃)してもよい。
【0034】
発酵温度は、乳酸菌の場合は、20℃から50℃、好ましくは25℃から45℃、より好ましくは30℃から40℃であり、酵母の場合は、5℃から40℃、好ましくは8℃から30℃、より好ましくは10℃から25℃である。温度条件は、恒温槽、マントルヒーター、ジャケットなどにより調整することができる。
【0035】
発酵時間は特に限定されないが、乳酸菌発酵は、3時間から96時間、好ましくは6時間から72時間、より好ましくは12時間から48時間、酵母発酵は、3時間から192時間、好ましくは6時間から96時間、より好ましくは12時間から72時間である。
【0036】
乳には、乳酸菌や酵母の発酵を促進するような添加物、例えばグルタミン酸などのアミノ酸、ブドウ糖やショ糖などの糖類、ミネラル類、ビタミン類、酵母エキス等を加えてもよい。
【0037】
乳酸菌の添加量は、特に限定されず、菌体培養物をスターターとして添加する際には、乳酸菌を1×10
7(個/mL)以上含む菌体培養物を、1〜10質量%、好ましくは1.5〜7質量%、より好ましくは2〜5質量%添加する。酵母の添加量も、特に限定されず、酵母を1×10
5(個/mL)以上含む菌体培養物を、1〜10質量%、好ましくは1.5〜7質量%、より好ましくは2〜5質量%添加する。
【0038】
製剤・処方
本発明の自律神経調整剤及び日周リズム改善剤は、上記発酵後に得られる発酵乳をそのまま懸濁液の形態で用いてもよいし、本発明の目的を損なわない範囲で、滅菌等の処理を施してもよい。剤形としては、液剤のほか、用時溶解あるいは添加して使用されるカプセル剤、顆粒剤、散剤、粉剤、ドライシロップ剤などの形態であってもよい。
【0039】
本発明の自律神経調整剤及び日周リズム改善剤には、医薬、飲食品等に通常用いられる賦形剤、崩壊剤、結合剤、湿潤剤、安定剤、緩衝剤、滑沢剤、保存剤、界面活性剤、甘味料、矯味剤、芳香剤、酸味料、着色剤などの添加剤を配合してもよい。例えば、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、水溶性デキストリン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、ゼラチン、寒天、グリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン、マンニトール、ソルビトール、ラクトース、医薬添加物として許容される界面活性剤などを配合できる。
【0040】
さらに、本発明の自律神経調整剤及び日周リズム改善剤には、各種油脂(例えば、大豆油、コーン油、サフラワー油、オリーブ油などの植物油、牛脂、イワシ油などの動物油脂)、生薬(例えばロイヤルゼリー、人参など)、アミノ酸(例えばグルタミン、システイン、ロイシン、アルギニンなど)、多価アルコール(例えばエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン、糖アルコール、例としてソルビトール、エリスリトール、キシリトール、マルチトール、マンニトールなど)、天然高分子(例えばアラビアガム、寒天、水溶性コーンファイバー、ゼラチン、キサンタンガム、カゼイン、グルテン又はグルテン加水分解物、レシチン、澱粉、デキストリンなど)、ビタミン(例えばビタミンC、ビタミンB群など)、ミネラル(例えばカルシウム、マグネシウム、亜鉛、鉄など)、食物繊維(例えばマンナン、ペクチン、ヘミセルロースなど)、界面活性剤(例えばグリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステルなど)、精製水、賦形剤(例えばブドウ糖、コーンスターチ、乳糖、デキストリンなど)、安定剤、pH調製剤、酸化防止剤、甘味料、呈味成分、酸味料、着色料及び香料などを添加してもよい。
【0041】
本発明は、上記した嗅覚に作用させる、鎮静用の自律神経調整剤あるいは日周リズム改善剤の製造方法であって、乳を乳酸菌によって発酵した後に、酵母によって発酵することを特徴とする、自律神経調整剤の製造方法も提供する。
【0042】
上記製法は、乳酸菌による発酵工程、酵母による発酵工程のほか、滅菌工程、製剤化工程、例えば嗅覚への作用を高めるために、一種の保留剤として使用される、プロピレングリコール、グリセリン、油脂類のような添加剤や物質、また、加熱処理工程等での匂いの劣化やロスを低減させるビタミンEや各種植物の抽出物のような添加剤や物質を添加する工程を含んでいてもよい。また、嗅覚に作用させることを特徴とする、鎮静用の自律神経調整剤又は日周リズム改善剤である旨の表示を製品の外装に付す工程を含んでいてもよい。
【0043】
本発明自律神経調整剤及び日周リズム改善剤は、発酵乳から常温付近又はそれ以上の温度で揮発性の匂い成分を水蒸気蒸留法や減圧蒸留法、溶剤抽出法等を用いて抽出した抽出物、発酵乳や抽出物を蒸発法や膜濃縮法等を用いて濃縮した濃縮物、及び、それらの抽出物や濃縮物を製剤化した形態であってもよい。また、芳香剤、香粧品、医薬品、食品、飼料添加物、繊維製品用洗剤、繊維製品等に添加して利用されてもよい。さらに、口腔内に一定期間留まる飲料や食品等はレトロネーザル経路を介して嗅覚に作用するものであってもよい。
【0044】
付香組成物
本発明は、乳を乳酸菌及び酵母によって発酵して得られる発酵乳由来成分を含有する「付香組成物」も提供する。本発明の付香組成物は、発酵乳から常温付近又はそれ以上の温度で揮発性の匂い成分を水蒸気蒸留法や減圧蒸留法、溶剤抽出法等を用いて抽出した抽出物、発酵乳や抽出物を蒸発法や膜濃縮法等を用いて濃縮した濃縮物、及び、それらの抽出物や濃縮物を製剤化した香料等の形態で、芳香剤、香粧品、医薬品、食品、飼料添加物、繊維製品用洗剤、繊維製品等に添加して使用される。
【実施例】
【0045】
以下、実施例及び比較例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0046】
実施例1:乳酸菌と酵母で発酵させた発酵乳による自律神経調整作用
1.材料・方法
1.1 発酵乳A (乳酸菌+酵母) の調製
殺菌脱脂乳100質量%に、乳酸菌(L. helveticus)と酵母(S. cerevisiae)を含む混合スターター3質量%を接種して、37℃、24時間発酵を行った。その後、ショ糖を添加し、25℃、24時間発酵を行った後、加熱殺菌処理を行い、発酵乳Aを調製した。
【0047】
1.2 ラットの自律神経調整作用
(1)供試試料:発酵乳A、水(コントロール)
(2)試験動物:Wistar系ラット(n=3)を12時間毎の明暗周期下(8時より12時間点灯)、24℃の恒温条件の下、餌及び水を自由摂取させ一週間以上予備飼育し、体重約300gの個体を試験に供した。
(3)試験方法:
試験当日は3時間絶食させた後、ラットをウレタン麻酔下(1g / kgのウレタン水溶液を腹腔内投与)で開腹した後、各自律神経の遠心枝について電気活動の変化を測定した。具体的には開腹したラットの各自律神経の遠心枝を、実体顕微鏡下で銀製記録電極で釣り上げて行った。乾燥を防ぐ為に電極は予め液体パラフィンとペトロレウムゼリーの混合物に十分浸しておいた。得られた神経の電気活動はコンデンサー式差動増幅器にて増幅し、オッシロスコープにてモニターし、磁気テープに記録した。全ての神経活動は、その生データをバックグランド・ノイズと分離するためにスライサーとウィンドウ・ディスクリミネーターを用いて標準パルスに変換した後に解析した。放電頻度はレイトメーターにより5秒間のリセットタイムにてペンレコーダー上に表示した。なお、手術開始から実験終了までチューブを気管に挿入して気道を確保し、保温装置にて体温(ラットの直腸温)を35℃±0.5℃に保つようにした。匂い刺激は、プラスチック容器(直径4.5cm、高さ5cm)の底に入れた医薬用カット綿(4cm×4cm×0.5cm)に発酵乳Aの100倍水希釈液もしくは水を4mL注入してカット綿に浸し、その容器の口をラットの鼻孔に10分間あてて実施した。データは5分間毎の5秒あたりの発火頻度(pulse / 5s)の平均値にて解析し、匂い刺激直前(0分値)を100%と百分率で示した。有意差に関する統計学的検定はanalysis of variance (ANOVA) with repeated measuresにより行った。
【0048】
2.試験結果
発酵乳Aの匂い刺激はコントロールと比較して副腎交感神経活動を低下させ(
図1)、胃副交感神経活動を上昇させた(
図2)。このことから発酵乳Aの嗅覚を介した匂い刺激は鎮静様の自律神経調整作用を有することが明らかとなった。
【0049】
実施例2:乳酸菌と酵母で発酵させた発酵乳による日周リズム改善作用
1.材料・方法
1.1 発酵乳A(乳酸菌+酵母)の調製
実施例1に記載した方法で発酵乳Aを調製した。
【0050】
1.2 ラットの日周リズム改善作用
(1)供試試料:発酵乳A、水(コントロール)
(2)試験動物:7週齢(♂)のWistar系ラット(n=6)を一週間予備飼育後、更に一週間試験環境で馴致した後、9週齢で試験に供した。
(3)試験方法:
12時間毎の明暗周期下(8時より12時間点灯)に24℃の恒温条件にて飼育し、餌及び水は自由摂取とした。最初の一週間はコントロールである水の匂い刺激期間とし、次の一週間は発酵乳Aの匂い刺激期間とした。毎日14時より30分間匂い刺激を行い、動物が赤外線を横切る回数の測定による自発活動量測定を行った。自発活動量は経時的に測定し、一日活動量、明期(昼間)活動量、暗期活動量などを算出した。また、それらの値から明期活動率[明期活動量×100 / 一日活動量]及び暗期活動率[暗期活動量×100 / 一日活動量]を計算した。なお、匂い刺激はポンプを用いて水又は発酵乳Aの1000倍希釈液50mLをバブリングして液の匂いを含む風を各動物飼育ケージに送風した。有意差に関する統計学的検定はWilcoxon signed-rank testにより行った。なお、ヒトでは明るい期間(明期)が活動期間であり、暗い期間(暗期)が休眠期間であるが、ラットでは明期が休眠期、暗期が活動期であり、ヒトと逆である。
【0051】
2.試験結果
発酵乳Aの匂い刺激はコントロールと比較して総活動量に影響を及ぼさなかったが(
図3)、明期活動率を低下させた(
図4)。このことから発酵乳Aの嗅覚を介した匂い刺激により日周リズムを改善させる作用があることが明らかとなった。
【0052】
比較例1:乳酸菌発酵乳、酵母発酵乳、及び脱脂乳による日周リズム改善作用
1.材料・方法
1.1 発酵乳B(乳酸菌)、発酵乳C(酵母)、脱脂乳の調製
殺菌脱脂乳100質量%に、乳酸菌(L. helveticus)スターター3質量%を接種して、37℃、24時間発酵を行った後、加熱殺菌処理を行い、発酵乳Bを調製した。
殺菌脱脂乳100質量%に、酵母(S. cerevisiae)スターター3質量%を接種して、ショ糖を添加し、25℃、24時間発酵を行った。その後、加熱殺菌処理を行い、発酵乳Cを調製した。
市販の脱脂粉乳を9%(w/w)に溶解した後、加熱殺菌処理を行い、脱脂乳を調製した。
【0053】
1.2 ラットの日周リズム改善作用
(1)供試試料:発酵乳B、発酵乳C、脱脂乳、水(コントロール)
(2)試験動物:7週齢(♂)のWistar系ラット(n=6)を一週間予備飼育後、更に一週間試験環境で馴致した後、9週齢で試験に供した。
(3)試験方法:
実施例2にしたがい、ラットへの匂い刺激による日周リズム改善作用を評価した。
【0054】
2.試験結果
発酵乳B、発酵乳C、及び脱脂乳の匂い刺激はコントロールと比較して総活動量(
図5、
図6、
図7)、明期活動率に影響を及ぼさなかった(
図8、
図9、
図10)。このことから発酵乳B、発酵乳C、及び脱脂乳の嗅覚を介した匂い刺激は日周リズムを改善させる作用はないことが明らかとなった。よって、日周リズム改善作用は発酵乳Aに特徴的な効果と考えられた(
図11)。
【0055】
実施例3:乳酸菌と酵母で発酵させた発酵乳によるリラックス効果(官能評価)
1.材料・方法
1.1 発酵乳A(乳酸菌+酵母)、発酵乳B(乳酸菌)、脱脂乳の調製
発酵乳A、発酵乳B、脱脂乳は、上記実施例及び比較例に従って調製した。
【0056】
1.2 発酵乳A'(乳酸菌+酵母)の調製
殺菌脱脂乳100質量%に、乳酸菌(L. helveticus CM4株 受託番号:FERM BP-6060)スターターを3質量%接種して、37℃、24時間乳酸発酵を行い、乳酸菌発酵乳を調製した。次いで得られた乳酸菌発酵乳に酵母(S. cerevisiae JCM7255株)スターターを3質量%接種した後、ショ糖を添加し、25℃、24時間発酵を行った後、加熱殺菌処理を行い、発酵乳A'を調製した。
【0057】
1.3 ヒトのリラックス効果(官能評価)
(1)試験試料:発酵乳A、発酵乳A'、発酵乳B、脱脂乳
(2)被験者:訓練された分析型パネラー10名
(3)試験方法:
50mLプラスチックカップに各試験試料をそれぞれ30mL入れ被験者に提示し、自然曝露した匂いに関して官能評価を実施した。匂いの評価にはVisual Analogue Scale(VAS)法を用いた。
【0058】
2.試験結果
発酵乳A及び発酵乳A'の匂いは発酵乳Bや脱脂乳の匂いと比較して快であり、リラックス(鎮静)効果を有することが示された(表1)。
【0059】
【表1】
【0060】
以上の結果から、乳酸菌及び酵母によって発酵して得られる発酵乳の匂いには自律神経調整作用(鎮静作用)、日周リズム改善作用、ヒトをリラックスさせる効果があることが確認された。上記効果は、乳酸菌発酵乳、酵母発酵乳、脱脂乳には認められず、乳酸菌及び酵母によって発酵して得られる発酵乳に特有のものである。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の自律神経調整剤及び日周リズム改善剤は、ストレス等による自律神経のバランス及び日周リズムの乱れを改善し、これらに起因する血圧や血糖の上昇、消化管機能の異常、睡眠障害等の種々の症状・疾患の緩和、予防、治療に有用である。
本発明の自律神経調整剤及び日周リズム改善剤は、体内に摂取(投与)することを必要とせず、嗅覚に作用することで効果を奏するため、安全性が高く、芳香剤、香粧品、食品、医薬品、飼料添加物、繊維製品用洗剤、繊維製品等、様々な製品に付香組成物として添加して使用することができる。
【0062】
本明細書中で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願をそのまま参考として本明細書中にとり入れるものとする。