【実施例】
【0058】
以下、本発明の試料ホルダーの実施例を説明するが、本発明は、それら実施例に限定して解釈されるものではない。また、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することが可能であることは言うまでもない。
【0059】
実施例1
以下、図面を参照して、本発明の試料ホルダーの一実施例を以下に説明する。
【0060】
図1は、本発明の一実施態様における一例の試料ホルダー10の断面図を示す図である。
図1において、1は試料設置部、2は試料ホルダーの外筒部、3は試料ホルダー軸部、4は熱ドリフト調節部、5は硬球、6は押圧部材、7は冷却手段、8は冷媒をそれぞれ示す。試料設置部1は、試料設置部1は、代替的に試料メッシュ設置部であってもよく、試料設置部と試料メッシュ設置部との組み合わせであってもよい。
【0061】
第一の実施例において、硬球5は、熱ドリフト調節部4の試料中心1cの方向への移動を制御する制御手段の一例である。
【0062】
第一の実施例において、押圧部材6は、試料ホルダー軸部3を試料中心1cの方向(図(1)中の矢印の方向)へ押し出す作用をなすもので、例えば、ばね、弾性部材を用いることができる。
【0063】
第一の実施例において、硬球5は、熱収縮した分を押圧部材6(例えば、スプリング)で押し出された試料ホルダー軸部3を止める熱収縮の基準となることができる。外筒部2の内面に形成されたテーパーアングル(又はテーパー部)に硬球5を押し当てることで、基準となる。さらに、テーパー部にボールが食い込むことで、しっかりと先端を保持し、液体窒素のバブリングなどの外的影響による振動の影響を止め、高分解能中のナノレベルの振動も抑制することができる。なお、この例においては、試料ホルダー軸部3に、凹凸部を備えることができ、硬球5を受け止める形としてもよい。
【0064】
また、硬球5として、ある程度の硬度を備え、熱伝導の低い(又は熱絶縁性の高い)ボール形状とした部材を用いることで、熱絶縁性を高める。硬球5は、外筒部2のテーパー部と接触している部位が点接触となり、外筒部2経由の熱流入を可能な限り抑えるので、試料ホルダー10における温度安定性が向上する。硬球の材料として、ジルコニア、TI(チタン)64、セラミックスなどの硬度を有し、熱膨張が少なく、かつ熱伝導の低い材料が好ましい。しかしながら、ボール形状であれば、特に材料は限定せず、樹脂ボールやガラスボールでも可能である。硬球の硬度は、試料ホルダーの構造上の安定性の範囲で設定され得る。
【0065】
また、第一の実施例において、冷却手段7の容器内には、冷媒8として、液体窒素を用いてもよい。
【0066】
また、第一の実施例において、少なくとも外筒部2の内面は、鏡面仕上げとしてもよい。例えば、表面粗さのパラメータの値として、Ra値は、0.2um以下とすることができる。
【0067】
実施例2
図2は、第二の実施例を示す。この第二の実施例では、試料ホルダー軸部は、冷却手段を横断するように設けた。そして、この態様では、試料ホルダー軸部は、試料設置部1に隣接して熱伝導回転兼Y軸傾斜カムシャフト31と、冷却手段7側の熱伝導回転駆動シャフト33とを備える。そして、熱伝導回転駆動シャフト33は、冷媒8を収容する容器と熱伝搬クランプ部材35を介して接続されてある。熱伝搬クランプ部材35は、冷媒(例えば、液体窒素)の温度を試料ホルダー軸部3に伝える。また、
図2の試料ホルダーは、試料ホルダー軸部3の一端にY軸傾斜駆動モーター9を備える。X軸傾斜を行う場合には、当該Y軸傾斜駆動モータ―9をX軸傾斜駆動モータ―として用いてもよく、当該駆動モーターによって、X軸又はY軸傾斜用に、試料ホルダー軸を回転させることができる。
【0068】
第二の実施例においても、硬球5を含んだ、外筒部2における試料ホルダー軸部3の保持構造は、温度安定性の達成に貢献している。
【0069】
そして、本発明の試料ホルダーは、材料の熱膨張係数の差を利用して熱ドリフトを抑制又は抑止する熱ドリフト調節部4を備える。熱ドリフトの調節の基本的な例1を次に説明する。
【0070】
熱ドリフト調節の例1
(1)試料ホルダー軸の材料Aと熱ドリフト調節部の材料Bの熱膨張係数(熱収縮)時の比率と、材料Aの長さαと材料Bの長さβの比率を対比させる(
図1(1)を参照。後述する
図3(2)又は
図4(2)も同様。)。
(2)一例として、材料Aの熱膨張係数:6.0×10−6/℃、材料Bの熱膨張係数:17.3×10−6/℃であるとすると、材料Aと材料Bの熱膨張の比率は6:17.3である。
(3)この例の場合、材料Bが相対的に縮みやすく、材料Aが相対的に縮みにくいといえる。本発明の試料ホルダーは、材料Bの縮みに対して、後ろから押圧部材6で縮んだ分を試料設置部方向に出す構造を備える(
図1(1)中の矢印を参照。後述する、
図3(2)及び
図4(2)も同様。)。
(4)そこで、一例として、材料Bの縮んだ分を押し出す距離と材料Aが縮む距離が同じになるように、材料Aの長さαと材料Bの長さβを決定する。
(5)すなわち、伸びる量+縮む量=0と設定すると、計算上ドリフトが無くなる。
【0071】
ここで、設計(ジオメトリー)上材料Aの長さαをある程度決定しておく必要がある。この場合の熱ドリフト抑制の例2を次に説明する。
【0072】
熱ドリフト調節の例2
(1)試料ホルダー軸の材料Aの長さαを23mmとすることで、熱ドリフト調節部の材料Bの長さβを求められ、基準面(試料ホルダー軸部3を止める熱収縮の基準となる、硬球5が接する面)の位置も決定できる。
(2)先端冷却時の温度を輻射熱や入熱を考慮して、−170℃と仮定する。そして、室温を+20℃と仮定すると、材料Aの長さαが23mmである場合の−170℃時の縮み量は、
6.0(−170−20)×10−6×23 = −0.02622mm
である。
この時、材料Bの縮む量を−0.02622mmとする場合を、以下の等式で示す。
17.3(−170−20)×10−6×材料Bの長さβ=−0.02622
この式から、材料Bの長さβとして、7.977mmが得られる。
【0073】
このように、例えば、材料Aの長さを23mm、材料Bの長さを7.977mmで作製すれば、材料Aが縮む距離、材料Bが押し出る距離が一定となりドリフトを抑制することができる。既存のホルダーは温度が安定するのに、何時間も待ち、熱平衡するのを待ち、液体窒素が無くなる瞬間(冷やす能力がなくなった瞬間)でしか、原子分解能の像は取得できず、どんなに早くても延べ3時間ぐらいかかっていた。しかしながら、本発明においては、本構造は、所望により、つねに熱収縮の影響をゼロにすることも可能であるため、冷やし出し直後からでも高い倍率での像が取得できることが大きな特徴といえる。したがって、本発明によれば、データー取得までの時間を非常に短くすることができ、生産性を圧倒的に向上させることが可能である。
【0074】
また、従来においては、原子分解能像でEDS分析(通称EDSマッピング・カラムマッピング)を行うにはドリフトがあると取得できないという問題があった。EDS分析を行うのに少なくとも、1時間以上はドリフトゼロ状態を保つ必要があるため、上記理由により既存のホルダーでは EDS分析取得できていないが、本発明の構造ではEDSマッピングの取得も可能となり、研究発展に大きな貢献が期待できる機構である。
【0075】
なお、上記例1及び例2のように熱変動による熱ドリフトを厳格にプラスマイナスゼロにせずに、試料の可視化、画像形成、又は解析の実用上有効な範囲を、熱ドリフト調節量を適宜設定してもよい。また、上記例2では、冷却によるドリフト調節を説明したが、冷却に限らず、加熱によるドリフト調節に応用できる。
【0076】
なお、本発明の試料ホルダーの熱ドリフト調節は熱膨張係数の違いを利用した手法であり、材料A及び材料Bは、適宜選択可能であり、限定されない。
【0077】
実施例3
図3は、本発明の第三の実施例を示す。この第三の実施例は、
図1及び
図2に示す試料ホルダー10と同様の熱ドリフト抑制機構に加えて、試料設置部1のY軸傾斜(試料ホルダー軸部の軸方向に直交する軸周りに回転する傾斜。二軸傾斜、β傾斜ともいう。)を実施する機構を備えるものである。この試料ホルダーでは、熱伝導回転駆動シャフト31は、試料ホルダー軸部を兼ねることができる。この例において、前記熱伝導回転駆動シャフトの外側と、外筒部2との間には、内部筒部40を有する。内部筒部40は、前記熱伝導回転駆動シャフトが、回転可能に設置されており、かつ前記シャフトの熱も内部筒部40へ伝導可能となっている(
図3(1)及び
図3(2))。上述の実施例1の試料ホルダー軸部の役割を果たす内部筒部40の熱は、当該内部筒部40の外側に配置された熱ドリフト調節部41へ伝わる。試料ホルダーは、熱伝導回転兼Y軸傾斜カムシャフト31の中心軸からオフセットされたクランクピン11を備えるので、熱伝導回転兼Y軸傾斜カムシャフト31が回転すると、試料設置部1の試料中心1cにおけるY軸が傾斜する。いいかえると、この試料ホルダーは、熱ドリフト抑制機構を備える、2軸傾斜冷却ホルダーとしての応用が可能となるものである。
図3(3)及び
図3(4)は、熱伝導回転兼Y軸傾斜カムシャフト31が90度回転したときの試料設置部1の傾斜イメージを示す。この例の場合、試料ホルダー軸部の役割を果たす内部筒部40と、熱ドリフト調節部41とが、一部接触・固定の構造を取る。
【0078】
なお、32の接触面を増やすことで、熱伝導回転駆動シャフトから材料AとBに熱を伝える効率を上げることが可能となる。また、34等の面、凹凸形状を設けることにより押出手段の圧力を材料A及びBを伝えることができ、さらに接触面が増えるために材料A及びBへの熱を伝える効率も上げることができる。
【0079】
また、この例においては、
図1の試料ホルダー軸部に対応する内部筒部40に、凹凸部を備えることができ、硬球5を受け止める形としてもよい。
【0080】
実施例4
図4は、本発明の第四の実施例を示す。この第四の実施例は、熱ドリフト調節部51を備えた試料ホルダー機構の応用例として、通常TEM装置で行う試料傾斜(X軸傾斜であり、試料ホルダー軸部の軸周りに回転する傾斜をいう。一軸傾斜、α傾斜ともいう。通常、TEM側の装置において傾斜可能となっている。)を試料ホルダーで実施可能としたものである。この例において、熱ドリフト調節部51に加えて回転機構を備える。この構造により、試料ホルダー全体を回転させることなく、内部の軸のみを回転させて、試料を傾斜させることが可能となる。さらに、回転角度に制限が無いため、高傾斜(トモグラフィーデータ取得)はもちろん、初期観察面の裏側の面も冷却しながら観察することが可能となる。また、この例においては、
図1の試料ホルダー軸部に対応する内部筒部50に、凹凸部を備えることができ、硬球5を受け止める形としてもよい。また、この例の場合、試料ホルダー軸部の役割を果たす内部筒部50と、熱ドリフト調節部51とが、一部接触・固定の構造を取る。
【0081】
上述のように、X軸傾斜は、本来は、TEM等のゴニオ(ステージ)で制御することができるが、本発明の試料ホルダーの有利は以下の通りである。TEMで傾斜させた場合、液体窒素のタンクも一緒に傾くため、液体窒素がこぼれたり、バブリングしたりするため、高傾斜は不可能であったが、本発明の試料ホルダーのように、当該試料ホルダー内の軸を回転させることで、タンク等を傾けることなしに、高傾斜が可能となる点である。すなわち、本発明においては、液体窒素をこぼさずにX軸傾斜が可能となる。
【0082】
第四の実施例としてのX軸傾斜型試料ホルダーにおいては、軸受37として利用することができる(
図4(2))。軸受37により、安定した状態で試料ホルダー軸部の回転が可能となる。
【0083】
次に、本発明の試料ホルダー10をTEMに用いて、いわゆる真空引きを実施する態様について説明する。
図5において、グレーの領域は、本発明の試料ホルダー10においてデュワー真空方法を実施する場合に真空が及ぶエリアを示す。試料ホルダー10では、TEMで全ての真空引きを実施すると、デュワー筐体内部から、軸部と外筒部との間の領域全てにおいて実用上同一の真空度を保つことができるので、輻射熱のムラによる影響がない。いいかえると、試料ホルダー10が受ける輻射熱は、実質均一となる。そして、外筒部内に、従来技術におけるシール部91(
図6)がないため、試料ホルダー10へのTEM等の装置からの入熱を非常に少なくできる。さらに、従来技術において、予備準備であったゼオラム95の加熱真空引きは、本発明の試料ホルダー10では不要となる。
【0084】
本発明の試料ホルダー10において、少なくとも外筒部2の内面を鏡面仕上げとすると、TEM側での真空排気を利用した真空引きが可能になる。
【0085】
以上のように、本発明の試料ホルダーでは、熱収縮の影響を実用上不便のない程度又はゼロにできるため、冷やし出し直後からでも高い倍率での像が取得できることが大きな特徴で、データ取得までの時間を非常に短くすることができ、生産性を圧倒的に向上させることが可能である。本発明の試料ホルダーでは、EDSマッピングの取得も可能となり、研究発展に大きな貢献が期待できる機構である。
【0086】
このような、Y軸又はX軸の回転機構を持ち冷却等が可能な試料ホルダーは、従来得られなかった。さらに、本発明の試料ホルダーは、熱ドリフト調節を実現して熱ドリフトの悪影響を抑制又は抑止するので、試料の可視化、画像形成又は分析において高分解能も取得可能なホルダーとなる。