(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6471259
(24)【登録日】2019年1月25日
(45)【発行日】2019年2月13日
(54)【発明の名称】毛髪再生用の細胞製剤
(51)【国際特許分類】
A61K 35/28 20150101AFI20190204BHJP
A61K 35/35 20150101ALI20190204BHJP
A61L 27/38 20060101ALI20190204BHJP
A61P 17/14 20060101ALI20190204BHJP
A61K 35/33 20150101ALI20190204BHJP
A61K 38/18 20060101ALI20190204BHJP
A61K 38/19 20060101ALI20190204BHJP
A61K 38/39 20060101ALI20190204BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20190204BHJP
A61L 27/22 20060101ALI20190204BHJP
A61L 27/24 20060101ALI20190204BHJP
A61L 27/54 20060101ALI20190204BHJP
C12N 5/0775 20100101ALN20190204BHJP
C12N 5/077 20100101ALN20190204BHJP
【FI】
A61K35/28
A61K35/35
A61L27/38 200
A61P17/14
A61K35/33
A61K38/18
A61K38/19
A61K38/39
A61K45/00
A61L27/22
A61L27/24
A61L27/54
!C12N5/0775
!C12N5/077
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2018-121324(P2018-121324)
(22)【出願日】2018年6月26日
(62)【分割の表示】特願2015-514878(P2015-514878)の分割
【原出願日】2014年5月2日
(65)【公開番号】特開2018-171478(P2018-171478A)
(43)【公開日】2018年11月8日
【審査請求日】2018年7月25日
(31)【優先権主張番号】特願2013-97026(P2013-97026)
(32)【優先日】2013年5月2日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】512047117
【氏名又は名称】佐伯 正典
(74)【代理人】
【識別番号】110002402
【氏名又は名称】特許業務法人テクノテラス
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 正典
【審査官】
鳥居 福代
(56)【参考文献】
【文献】
特表2005−519591(JP,A)
【文献】
特表2007−533396(JP,A)
【文献】
特表2005−519883(JP,A)
【文献】
国際公開第2012/019103(WO,A2)
【文献】
特表2008−505072(JP,A)
【文献】
医学のあゆみ,2009年,Vol.231, No.11,p.1107-1111
【文献】
Journal of Dermatological Science,2010年,Vol.57, No.2,p.134-137
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00−35/768
A61L 27/00−27/60
C12N 5/077
C12N 5/0775
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂肪組織から採取された脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞を含有すると共に、
さらに、薬学的に許容される担体、賦形剤、消炎剤、鎮痛剤、免疫抑制剤、コラーゲン、線維芽細胞、成長因子、増殖因子、サイトカイン、PRP、又は、組織再生作用を有する他の細胞製剤のいずれか少なくとも1つを含有する、毛髪再生用の細胞製剤。
【請求項2】
脂肪組織から採取された脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞に対して、抗原性を除去するための処理を行う、脂肪組織から採取された脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞を含有する毛髪再生用の細胞製剤の調製方法。
【請求項3】
前記抗原性を除去するための処理がγ線照射を含む、請求項2に記載の毛髪再生用の細胞製剤の調製方法。
【請求項4】
採取された脂肪組織から、不純物を除去し、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞を含有する脂肪組織を得ることからなる、毛髪再生用の細胞製剤の調製方法。
【請求項5】
前記不純物としては、麻酔薬、老化した脂肪細胞、血液、又は、組織液の中の少なくとも1つが含まれる、請求項4に記載の毛髪再生用の細胞製剤の調製方法。
【請求項6】
以下の第1〜第3工程を有する、毛髪再生用の細胞製剤の調製方法。
採取された脂肪組織から液体画分を除去し、細胞画分を得る第1工程、
前記第1工程で得られた細胞画分から不純物を除去し、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞の濃縮物を得る第2工程、
前記第2工程で得られた濃縮物の一部から脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞を分離し、得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞を、さらに前記第2工程で得られた濃縮物の一部に混合する第3工程。
【請求項7】
以下の第1〜第3工程を有する、毛髪再生用の細胞製剤の調製方法。
採取された脂肪組織から液体画分を除去し、細胞画分を得る第1工程、
前記第1工程で得られた細胞画分から不純物を除去し、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞の濃縮物を得る第2工程、
前記第2工程で得られた濃縮物中の脂肪細胞を微細化し、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び微細化された脂肪細胞の混合物として分離する第3工程。
【請求項8】
請求項7記載の毛髪再生用の細胞製剤の調製方法において、さらに、以下の第4工程を有する、毛髪再生用の細胞製剤の調製方法。
前記第3工程で得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞及び微細化された脂肪細胞の混合物の一部から脂肪組織由来間葉系幹細胞を分離し、得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞を、前記第2工程で得られた濃縮物、又は、前記第3工程で得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞及び微細化された脂肪細胞の混合物の一部に混合する第4工程。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、毛髪再生用の細胞製剤に関する。より具体的には、本発明は、再生医療によって毛髪を再生させるための細胞製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生活環境の変化やストレス等に起因するホルモン分泌バランスの不均衡等が原因となって、男女を問わず、薄毛や抜け毛で悩む人が多く存在している。そのため、発毛促進、毛髪成長、脱毛抑制等に有効な育毛剤の開発への期待や社会的要求が高まっている。従来、低分子化合物、植物エキス、植物素材の発酵物等を配合した育毛剤が種々報告されている(例えば、特許文献1及び2等参照)。また、近年では、ミノキシジル、塩化カプロニウム、トランス-3,4'-ジメチル-3-ヒドロキシフラバノン、ニコチン酸アミド、ピロクトンオラミン、アデノシン等を配合した育毛剤が実用化されている。しかしながら、従来の育毛剤では、毛乳頭細胞の増殖促進や賦活化を行っているに過ぎず、その効果は個人差に大きく左右され、限界があるといわれている。
【0003】
一方、近年、多能性幹細胞を利用した再生医療の技術の進歩に伴って、毛髪再生医療の研究も精力的に行われている。例えば、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用い、毛髪を作り出す組織「毛包」を部分的に再生できたことが報告されている。更に、毛包幹細胞から人工的に毛包原器を作製し、これを皮膚内に移植することによって毛包を再生させ得ることも報告されている。
【0004】
しかしながら、従来報告されている幹細胞を利用した再生医療の技術では、幹細胞を含む細胞製剤を、発毛が望まれる部位に投与することによって毛髪再生させる技術については十分に確立できていないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011−132812号公報
【特許文献2】特開2010−265252号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、幹細胞を利用した毛髪再生医療を実現すべく、幹細胞を利用して毛髪再生が可能な細胞製剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、前記課題を解決すべく鋭意検討を行ったところ、脂肪組織由来間葉系幹細胞を脂肪細胞と共存させた状態にして、これを発毛が望まれる部位に移植することにより、当該部位において発毛が認められ、毛髪が再生できることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて更に検討することにより完成したものである。
【0008】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の毛髪再生用の細胞製剤を提供する:
項1. 脂肪
組織から採取された脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞を含有すると共に、
さらに、薬学的に許容される担体、賦形剤、消炎剤、鎮痛剤、免疫抑制剤、コラーゲン、線維芽細胞、成長因子、増殖因子、サイトカイン、PRP、又は、組織再生作用を有する他の細胞製剤のいずれか少なくとも1つを含有する、毛髪再生用の細胞製剤。
項2. 脂肪
組織から採取された脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞に対して、抗原性を除去するための処理を行う、
脂肪組織から採取された脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞を含有する毛髪再生用の細胞製剤の調製方法。
項3. 前記抗原性を除去するための処理がγ線照射を含む、項2に記載の毛髪再生用の細胞製剤の調製方法。
項4. 採取された脂肪組織から、液体画部及び不純物を除去し、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞を含有する脂肪組織を得ることからなる、毛髪再生用の細胞製剤の調製方法。
項5. 前記不純物としては、麻酔薬、老化した脂肪細胞、血液、又は、組織液の中の少なくとも1つが含まれる、項4に記載の毛髪再生用の細胞製剤の調製方法。
項6. 以下の第1〜第3工程を有する、毛髪再生用の細胞製剤の調製方法。
採取された脂肪組織から液体画分を除去し、細胞画分を得る第1工程、
前記第1工程で得られた細胞画分から不純物を除去し、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞の濃縮物を得る第2工程、
前記第2工程で得られた濃縮物の一部から脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞を分離し、得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞を、さらに前記第2工程で得られた濃縮物の一部に混合する第3工程。
項7. 以下の第1〜第3工程を有する、毛髪再生用の細胞製剤の調製方法。
採取された脂肪組織から液体画分を除去し、細胞画分を得る第1工程、
前記第1工程で得られた細胞画分から不純物を除去し、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞の濃縮物を得る第2工程、
前記第2工程で得られた濃縮物中の脂肪細胞を微細化し、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び微細化された脂肪細胞の混合物として分離する第3工程。
項8. 項7に記載の毛髪再生用の細胞製剤の調製方法において、さらに、以下の第4工程を有する、毛髪再生用の細胞製剤の調製方法。
前記第3工程で得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞及び微細化された脂肪細胞の混合物の一部から脂肪組織由来間葉系幹細胞を分離し、得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞を、前記第2工程で得られた濃縮物、又は、前記第3工程で得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞及び微細化された脂肪細胞の混合物の一部に混合する第4工程。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、脂肪組織由来間葉系幹細胞(adipose tissue-derived mesenchymal stem cell; AD-MSC, AT-MSC)及び脂肪細胞を含む細胞製剤を、これを発毛が望まれる部位に移植するという簡便な手法によって、当該部位において効率的に毛包を再生させて発毛させることができる。また、本発明は、細胞製剤をそのまま移植に使用でき、一旦、毛包を形成した上での組織移植を要しないため、移植部位に痕跡を殆ど残すことなく毛髪を再生できるという利点もある。
【0010】
更に、本発明によれば、毛母細胞と共に色素細胞(メラノサイト)を誘導させることができるので、白髪ではなく、黒色の自然な毛髪を再生させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の細胞製剤の投与前後において、被験者Bの右前頭部の発毛状態を観察した結果である。
【
図2】本発明の細胞製剤の投与前後において、被験者Cの右前頭部の発毛状態を観察した結果である。
【
図3】本発明の細胞製剤の投与前後において、被験者Eの右前頭部の発毛状態を観察した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の細胞製剤は、毛髪再生用として使用されるものであって、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞を含有することを特徴とする。以下、本発明の細胞製剤について詳述する。
【0013】
<脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞>
脂肪組織由来間葉系幹細胞とは、主に、脂肪組織、筋肉細胞、骨、軟骨、靭帯、皮膚細胞、神経細胞に分化できる幹細胞である。本発明で使用される脂肪組織由来間葉系幹細胞は、生体の脂肪組織から採取されたものであってもよく、また生体の脂肪組織から採取された脂肪組織由来間葉系幹細胞を培養したものであってもよい。本発明で使用される脂肪組織由来間葉系幹細胞として、免疫反応の抑制という観点から、好ましくは生体から採取されたものが挙げられる。特に、皮下脂肪組織内に存在する脂肪組織由来間葉系幹細胞は、比較的低襲撃で容易に採取できる、比較的多量に採取でき培養による増殖の必要が無い、効率的に毛髪を再生できる、脂肪細胞と同時に採取できる、等の利点があり、本発明において好適に使用される。
【0014】
脂肪組織由来間葉系幹細胞の取得方法については、特に制限されないが、好ましくは、後述する「細胞製剤の調製方法」の欄に記載の方法が挙げられる。
【0015】
脂肪細胞(fat cell)とは、脂肪を合成、貯蔵、放出する機能を有し、脂肪組織を形成する細胞である。また、脂肪細胞は、完全に分化しているため細胞分裂を起こさない。脂肪細胞には、白色脂肪細胞及び褐色脂肪細胞が存在するが、本発明では、これらのいずれを用いてもよく、両者の混合物を使用してもよい。本発明で使用される脂肪細胞としては、脂肪細胞を単離した状態で使用してもよく、また脂肪細胞周辺に存在する細胞外基質(extracellular matrix:ECM)と脂肪細胞の混合物を使用してもよい。具体的には、本発明では、脂肪細胞として、採取された脂肪組織をそのまま使用してもよく、また採取された脂肪組織から細胞外基質を取り除いたものを使用してもよい。
【0016】
また、本発明の細胞製剤における脂肪組織由来間葉系幹細胞の濃度については、特に制限されないが、効率的に毛髪再生を促すという観点から、例えば、細胞製剤1mL当たりに含まれる脂肪組織由来間葉系幹細胞の数として、1万個以上、好ましくは10万個以上、更に好ましくは15万個以上、特に好ましくは15〜20万個が挙げられる。
【0017】
また、本発明の細胞製剤における脂肪細胞の濃度については、特に制限されないが、効率的に毛髪再生を促すという観点から、例えば、細胞製剤1mL当たりに含まれる脂肪細胞の数として、1,000個以上、好ましくは5,000個以上、更に好ましくは1万個以上、特に好ましくは1万〜2万個が挙げられる。
【0018】
本発明の細胞製剤において、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞の比率については、特に制限されず、脂肪組織由来間葉系幹細胞の含有量が多いほどより一層優れた毛髪再生効果が得られると考えられるが、例えば、脂肪細胞1個に対して脂肪組織由来間葉系幹細胞が、少なくとも1個以上、好ましくは5個以上、より好ましくは1〜10個、更に好ましくは5〜10個が挙げられる。
【0019】
本発明の細胞製剤において、自家移植を目的として、投与される患者由来の脂肪細胞及び脂肪組織由来間葉系幹細胞)を使用することにより、免疫拒絶反応を回避することもできる。但し、本発明の細胞製剤は、投与される患者以外の人由来の脂肪細胞及び/又は脂肪組織由来間葉系幹細胞を用いて調製し、他家移植に使用することを制限するものではない。投与される患者以外の人由来の脂肪細胞及び/又は脂肪組織由来間葉系幹細胞を使用する場合は、移植前に他人から採取した脂肪細胞(脂肪細胞周辺に存在する細胞外基質(ECM)を含む)に対し、例えばγ線照射等の抗原性を除去するための処理を行うことが好ましい。また、脂肪組織由来間葉系幹細胞は通常免疫原性を有さない細胞であるが、必要に応じて、前記処理に供したものを使用してもよい。
【0020】
また、脂肪組織には、通常、脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞が含まれているため、本発明の細胞製剤として、採取された脂肪組織をそのまま使用してもよく、また、採取された脂肪組織から不純物(例えば、脂肪採取の際に注入される麻酔液(所謂チュメセント液)、老化した脂肪細胞、血液、組織液等)を除去したもの、採取された脂肪組織から不純物と一部の脂肪細胞を除去したもの等を使用してもよい。当該細胞製剤の調製方法の好適な例としては、後述する方法(a)〜(c)が挙げられる。
【0021】
<他の含有成分>
また、本発明の細胞製剤には、必要に応じて従来公知の薬学的に許容される担体、賦形剤、消炎剤、鎮痛剤、免疫抑制剤等を添加することができる。更に、本発明の効果を損なわない範囲でコラーゲン、線維芽細胞、成長因子、増殖因子、サイトカイン等を添加してもよい。
【0022】
また、本発明の効果を損なわない限り、例えば、PRP(Platelet Rich Plasma:多血小板血漿)等の組織再生作用が知られている他の細胞製剤を、本発明の細胞製剤と併用してもよい。但し、毛髪再生効率をより一層高める観点から、トランスフォーミング増殖因子β1(TGFβ1)を除去して使用することが好ましい。
【0023】
また、本発明の細胞製剤には、脂肪幹細胞等の細胞が含まれていてもよい。
【0024】
<用途・投与方法>
本発明の細胞製剤は、毛髪再生が必要とされる部位の真皮や皮下組織に、投与することによって、当該部位において発毛を促し、毛髪を再生させることができる。本発明の細胞製剤は、びまん性脱毛症、分娩後脱毛症、男性型脱毛症、脂漏性脱毛症、老人性脱毛症、円形脱毛症、瘢痕性脱毛症、精神疾患に起因する抜毛症等による薄毛を改善することができる。
【0025】
本発明の細胞製剤の投与量については、投与部位の毛髪量、患者の性別、体格等に応じて適宜設定されるが、例えば、投与部位1cm
2当たり、脂肪細胞数に換算して1,000〜10万個程度、好ましくは1,000〜5万個程度、更に好ましくは5,000〜1万個程度が挙げられる。また、例えば、下記方法(c)で得られる細胞製剤を用いる場合であれば、例えば投与部位1cm
2当たり、0.1〜1.0mL、好ましくは0.1〜0.5mL、更に好ましくは0.2〜0.5mLが挙げられる。
【0026】
本発明の細胞製剤を毛髪再生が必要とされる部位に投与する方法については、特に制限されず、従来公知の投与方法を採用することができ、例えば、シリンジ、カニューレ等で注入する方法が挙げられる。
【0027】
本発明の細胞製剤の毛髪再生効果については、個人差があるが、通常、投与後2〜6週間程度で発毛が認められ、当該部位において毛髪が再生される。
【0028】
<細胞製剤の調製方法>
本発明の細胞製剤は、脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞をそれぞれ採取して混合したものを使用してもよく、また脂肪組織から脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞の混合物として採取したものを使用してもよい。とりわけ、脂肪組織から液体画分(体液等)を除去して脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞の濃縮物を得て、本発明の細胞製剤とすることが好ましい。また、より簡便には、本発明の細胞製剤として採取された脂肪組織をそのまま使用してもよい。
【0029】
脂肪組織から本発明の細胞製剤を調製する場合、好ましい方法として、下記方法(a)〜(c)が挙げられる。当該方法(a)〜(c)に従えば、脂肪組織から液体画分(体液等)を除去して脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞の濃縮物を得ることができる。以下、方法(a)〜(c)についてそれぞれ詳述する。
【0030】
方法(a)
本発明の細胞製剤を調製する方法(a)は、(1a)採取された脂肪組織から液体画分を除去し、細胞画分を得る工程を含む。
【0031】
ここで、採取された脂肪とは、脂肪吸引、脂肪切除、除脂術等により脂肪組織から採取された、脂肪組織由来の細胞画分及び液体画分の混合物を指す。細胞画分には、脂肪細胞、脂肪幹細胞及び不純物(血球、死活細胞、老化細胞等)が含まれる。また、液体画分には、チュメセント液、細胞組織液等が含まれる。
【0032】
液体画分と細胞画分の分離は、簡便には、採取された脂肪を静置することによって細胞画分を沈降させて分離することができる。液体画分の除去方法は特に限定されないが、例えば、デカンテーション、吸引等が挙げられる。また、必要に応じて遠心分離、濾過等を行ってもよい。
【0033】
遠心分離及び濾過の条件は、脂肪細胞及び脂肪組織由来間葉系幹細胞を損傷せず、且つ不純物を除去できれば特に限定されないが、例えば、700〜2500×gで1〜15分間、好ましくは2000〜2200×gで5〜10分間の条件が挙げられる。
【0034】
また、濾過を行う場合であれば、採取された脂肪を、例えば10〜300μm、好ましくは10〜150μm、より好ましくは10〜100μm、更に好ましくは15〜20μmの穴大きさを有する網目状フィルターを通過させることにより血液、組織液、脂肪を採取する箇所に投与された麻酔薬(チュメセント液)等を除去してフィルター上に脂肪細胞及び脂肪組織由来間葉系幹細胞の混合物を得ることができる。また、このような網目状フィルターを備えた容器に、採取された不純物を含む脂肪を充填し、遠心分離に供してもよい。
【0035】
斯して、液体画分が除去された、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞(細胞外基質を含む)を含む脂肪組織を得ることができ、これを本発明の細胞製剤として使用することができる。
【0036】
方法(b)
本発明の細胞製剤を調製する方法(b)は、下記工程(1b)〜(3b)を含む。
(1b)採取された脂肪組織から液体画分を除去し、細胞画分を得る工程、
(2b)前記工程(1b)で得られた細胞画分の少なくとも一部から脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞を分離する工程、及び
(3b)前記工程(1b)で得られた細胞画分の一部又は前記工程(2b)で得られた脂肪細胞の一部と、前記工程(2b)で得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞とを混合する工程。
【0037】
ここで、工程(1b)は上記方法(1a)に記載の通りである。工程(2b)では、工程(1b)で得られた細胞画分の少なくとも一部、好ましくは半量から脂肪組織由来間葉系幹細胞を分離する。そして、工程(3b)において、工程(2b)で得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞を、工程(1b)で得られた細胞画分の一部又は前記工程(2b)で得られた脂肪細胞の一部に添加することによって、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞を含む細胞製剤とすることができる。
【0038】
ここで、脂肪組織由来間葉系幹細胞を分離する方法としては、例えば、特表2005−519883号公報に記載の方法が挙げられる。より具体的には、細胞間の結合を分解することにより脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞を分離しやすくするために、細胞画分にタンパク質分解酵素を添加する。タンパク質分解酵素としては、コラゲナーゼ、トリプシン、リパーゼ等が例示され、これらから選択される1種を単独で使用してもよく、2種以上を組合せて使用することもできる。
【0039】
酵素処理された細胞画分から脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞を分離する方法としては、特に限定されず、従来公知の方法から適宜選択され得るが、例えば、遠心分離、濾過等が挙げられる。遠心分離の条件としては、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞を傷つけることなく分離できるものであれば特に限定されないが、例えば、100〜500×gで1〜20分、好ましくは100〜300×gで5〜10分間の条件が挙げられる。
このような遠心分離に供することによって、脂肪組織由来間葉系幹細胞が沈殿物として得られ、上清中に脂肪細胞が濃縮される。また、濾過を行う場合であれば、細胞画分又はその懸濁液を10〜100μm、好ましくは10〜50μm、更に好ましくは15〜20μmの穴大きさを有する網目状フィルターを通過させることによりフィルター上に脂肪組織由来間葉系幹細胞を得ることができ、濾液中に脂肪細胞を得ることができる。
【0040】
酵素処理された脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞は、分離後、洗浄処理に供されることが好ましく、洗浄はリン酸緩衝溶液(PBS)、生理食塩水、リンゲル液、デキストラン等により行うことができる。洗浄処理は、必要に応じて複数回繰り返してもよく、洗浄後に細胞を回収する際、必要に応じて遠心分離に供してもよい。遠心分離の条件としては前記の酵素処理された細胞画分から脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞を分離する際に採用される条件に従えばよい。
【0041】
このようにして調製される細胞製剤は、脂肪細胞と共に、脂肪組織由来間葉系幹細胞を高濃度で含んでおり、卓越した毛髪再生効果を奏することができる。
【0042】
方法(c)
本発明の細胞製剤を調製する方法(c)は下記工程(1c)及び(2c)を含む。
(1c)採取された脂肪組織から液体画分を除去し、細胞画分を得る工程;及び
(2c)前記工程(1c)で得られた細胞画分から不純物を除去し、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞の濃縮物を得る工程。
【0043】
ここで、工程(1c)については、上記方法(1a)に記載の通りである。工程(2c)では、細胞画分から不純物を除去して濃縮する。不純物除去及び濃縮の方法としては特に限定されず、従来公知の方法から適宜選択され得るが、簡便には、例えば特表2007−533396号公報に記載されるウェイトフィルターを備えたシリンジを使用することにより、壊れた脂肪細胞から遊離したフリーオイル、死活細胞、老化細胞等の不純物が除去され、健全な脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞の濃縮物が得られる。このようなシリンジは商業的に入手可能であり、具体的にはLIPOMAX−SC用に製造されたシリンジ(Medikan Corp.製,韓国 ソウル)が例示される。
【0044】
より具体的には、内部にフィルターが備えられたシリンジ中に採取された脂肪を充填し、遠心分離によって脂肪を液体画分と細胞画分に分離し、更にフィルターによって、フリーオイル(排液オイル)が分離される。ここで分離される液体画分は、工程(1c)において完全に分離されずに細胞画分中に混在していたものである。即ち、シリンジ中に、上層にフリーオイル、中間層に脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞の濃縮物ならびに下層に液体画分が分離され、中間層以外を廃棄することによって健全な脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞の濃縮物を得ることができ、これを本発明の細胞製剤として使用することができる。このようにして得られる細胞製剤は、健全な脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞が選択、濃縮されていることから、移植後の壊死、石灰化等を生じにくく、骨間接合部の疾患の症状の緩和及び治療、並びに損傷した筋肉の修復及び筋肉損傷による疼痛の緩和に一層有用である。
【0045】
前記脂肪を液体画分と細胞画分に分離するための遠心分離の条件としては、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞を損傷することなく、且つ不純物と脂肪組織由来間葉系幹細及び脂肪細胞とが分離され得る条件であれば特に限定されないが、例えば、700〜2500×gで1〜15分間、好ましくは2000〜2200×gで5〜10分間の条件が挙げられる。
【0046】
また、フィルターの穴大きさは、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び脂肪細胞が通過せず、且つ不純物が通過できる程度であれば特に限定されないが、例えば10〜300μm、好ましくは10〜150μm、より好ましくは10〜100μm、更に好ましくは15〜20μmである。
【0047】
また、本方法(c)は、工程(2c)で得られた濃縮物の一部から脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞を分離し、得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞を、更に前記工程(2c)で得られた濃縮物の一部に混合する工程(3c')を含んでもよい。脂肪組織由来間葉系幹細胞の分離の方法は、上記方法(b)の工程(2b)について記載される通りである。本工程(3c')において、タンパク質分解酵素を用いて脂肪組織由来間葉系幹細胞を分離した場合、工程(2c)で得られた濃縮物1ccあたり通常約70万個以上、好ましくは約150万個以上、更に好ましくは約200万個以上の脂肪組織由来間葉系幹細胞を得ることができる。本工程(3c')を経て調製される細胞製剤は、健全な脂肪細胞が選択、濃縮されていることに加え、脂肪組織由来間葉系幹細胞をさらに高濃度で含むことから、卓越した毛髪再生効果を奏することができる。
【0048】
また、本方法(c)は、前記工程(2c)の後、得られた濃縮物中の脂肪細胞を微細化し、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び微細化された脂肪細胞の混合物として分離する工程(3c'')を含んでもよい。脂肪細胞を微細化は、当該技術分野において通常採用される方法により行うことができ、特に限定されないが、例えば、必要に応じてドリル等によって脂肪細胞をカッティングした後、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び微細化された脂肪細胞の混合物を分離する。分離方法としては、前記遠心分離の条件を採用することができる。本工程(3c'')を行う際、前記工程(2c)の後、濃縮物をシリンジに充填したまま、脂肪細胞の微細化及び遠心分離に供してもよい。遠心分離後、シリンジ中にフリーオイルと、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び微細化された脂肪細胞の混合物とが分離されるため、フリーオイルを廃棄し、脂肪組織由来間葉系幹細胞及び微細化された脂肪細胞の混合物を得ることができる。
【0049】
このような分離工程を経ることにより、脂肪組織由来間葉系幹細胞と共に、微細化された脂肪細胞を高濃度で含有する細胞製剤を調製することができる。ここで、微細な脂肪細胞とは、26〜30ゲージ、好ましくは18〜30ゲージの注射針を通過できる程度の大きさを有する脂肪細胞を指す。本工程(3c'')において、脂肪細胞を微細化する処理を少なくとも1回、好ましくは1〜数回、より好ましくは1〜2回行うことができる。脂肪細胞を微細化することによって、細胞製剤の単位容積あたりの脂肪幹細胞の濃度を高くすることができ、毛髪再生果をより一層顕著に奏することができる。
【0050】
また、工程(3c'')で得られた微細化された脂肪組織由来間葉系幹細胞及び微細化された脂肪細胞の混合物の一部から脂肪組織由来間葉系幹細胞を分離し、得られた脂肪組織由来間葉系幹細胞を、前記工程(2c)で得られた濃縮物、又は工程(3c'')で得られた微細化された脂肪組織由来間葉系幹細胞及び微細化された脂肪細胞の混合物の一部に混合する工程(4c'')を含んでもよい。脂肪幹細胞の分離の方法は、上記方法(b)の工程(2b)について記載される通りである。
【0051】
本方法(c)において、特表2007−533396号公報に記載されるシリンジを使用することにより、細胞を外気に接触させることなく全ての工程を実施することができる。例えば、特表2007−533396号公報に記載されるシリンジにカニューレ等を装
着して脂肪吸引により採取された脂肪を充填し、そのまま不純物の除去及び濃縮処理等に供し、細胞製剤を得ることができる。その後、細胞製剤を投与する際も、シリンジから直接、細胞製剤を注入するためのシリンジに移し、患部に投与することができるため、汚染等の問題のない安全性の高い細胞製剤とすることができる。簡便には、本方法(c)を商業的に入手可能なキットを使用して行うこともでき、そのようなキットとしては、具体的には、LIPOMAX−SC(MEDIKAN Corp.製)等が例示される。
【0052】
以上のいずれの方法によっても、本発明の細胞製剤を得ることができるが、好ましくは方法(b)又は(c)で得られる細胞製剤、更に好ましくは方法(c)で得られる細胞製剤、より好ましくは工程(3c'')を含む方法(c)で得られる細胞製剤、特に好ましくは工程(3c'')及び工程(4c'')を含む方法(c)で得られる細胞製剤が挙げられる。工程(3c'')、又は工程(3c'')及び工程(4c'')を含む方法(c)を経て得られる細胞製剤は、不純物が除去され、脂肪組織由来間葉系幹細胞と共に、微細化された健全な脂肪細胞を高濃度で含有するものであり、顕著な毛髪再生効果を奏することができる。
【実施例1】
【0053】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されて解釈されるものではない。
【0054】
(1)細胞製剤の調製
細胞製剤の調製には、LIPOMAX−SC(Medikan Corp.製,韓国 ソウル)キットを使用した。本細胞製剤の調製工程においては、細胞を全く外気に触れさせることなく行うことが可能であった。具体的な方法は以下の通りである。
【0055】
シリンジ(LIPOMAX−SC用に製造されたシリンジ:Medikan Corp.製,韓国 ソウル)を用いて、各被験者から脂肪吸引を行った。採取された脂肪を含むシリンジを約10分間室温(約25℃)で静置して細胞画分と液体画分に分離し、チュメセント液が含まれる液体画分を廃液した。その後、シリンジを2200×gで8分間遠心分離にかけた。遠心分離により、上層(フリーオイル)、中間層(脂肪細胞及び脂肪組織由来間葉系幹細胞)、下層(細胞組織液等の液体画分)の三層に分離した。その後、中間層のみをシリンジ内に残して上下層を廃棄することにより、脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞の濃縮物を得た。この濃縮物に対してジェリリング(Gelling)処理を行い、比較的大きな脂肪細胞の微細化を行った。ジェリリング処理は、1〜3回行った。ジェリリングには、ドリル(FillerGellerカッター:MEDIKAN社製)を用い、脂肪細胞をカッティングして微細化し、更に2200×gで5分間遠心分離することにより、脂肪組織由来間葉系幹細胞と微細化された脂肪細胞を含む細胞製剤を得た。
【0056】
なお、脂肪細胞及び脂肪幹細胞は各患者由来のものを使用したため、上述の操作を各患者について行った。得られた細胞製剤中の脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞の細胞数は、患者によって異なるが、細胞製剤1ml当たり脂肪組織由来間葉系幹細胞が約15〜20万個、脂肪細胞が約1万〜2万個含まれていた。
【0057】
(2)毛髪再生効果の確認
表1に示す、脱毛症等で前頭部が薄毛になっている被験者5名に対して、前記で得られた細胞製剤2.5mlを、薄毛になっている右前頭部(約12.5cm
2)の皮下にシリンジを用いて注入した。
【0058】
細胞製剤投与から1〜2ヵ月後に投与部位での発毛状況を観察した結果を表1に示す。また、被験者B、C、及びEについて、投与前後における投与部位の発毛状況を観察した結果を、それぞれ
図1〜3に示す。この結果から、脂肪組織由来間葉系幹細胞と脂肪細胞を含む細胞製剤には、薄毛部位において発毛を促して毛髪を再生させる作用があることが確認された。
【0059】
【表1】