【実施例】
【0083】
  実施例に基づいて、本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらのみに限定されるものではない。
【0084】
  1H NMRスペクトル及び
13C{
1H} NMRスペクトルは、JEOL AL-400 spectrometer(
1H: 400MHz、
13C: 100MHz)、又はJEOL ECA 500 II spectrometer(
13C: 125MHz)を用いて、溶媒としてCDCl
3又はDMSO-d
6中で測定した。
1H NMRスペクトルの化学シフトは、内部標準(CHCl
3 δ 7.26、DMSO δ 2.50)として溶媒の残留プロトンを用いてδppmで表記し、
13C NMRスペクトルの化学シフトは、内部標準(CDCl
3 δ 77.16、DMSO-d
6 δ 73.78)として溶媒のシグナルを用いて報告した。マススペクトルは、Thermo Fisher Scientific Exactive spectrometerによるエレクトロスプレーイオン化(ESI)法により測定した。薄層クロマトグラフィー(TLC)は、シリカゲル60F
254(Merck)を0.25mmの厚さで塗布し、UV(254nm)又は塩基性過マンガン酸塩染色で可視化したプレート上で行った。カラムクロマトグラフィーは、中性シリカゲルPSQ100B(富士シリシア化学(株))を用いて行った。リサイクル分取ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)は、溶離液としてCHCl
3を用いたポリスチレンゲルカラム(JAIGEL 1H及び2H、日本分析工業(株))を備えたLC-918(日本分析工業(株))を用いて行った。無水CH
2Cl
2は関東化学(株)から購入し、Glass Contour Solvent Systemsで精製した。化合物1a(Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 4508.)、化合物1b(Chem. Asian J. 2015, 10, 553.)、化合物1c(Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 10975.)、6-ヒドロキシ-tert-ブチルヘキサノエート(J. Org. Chem. 1984, 49, 2144.)、11-ヒドロキシ-tert-ブチルドデカノエート(Tetrahedron 1995, 51, 10531.)、及びシクロペンタジエニルカルボニルコバルトジヨージド([Cp*Co(CO)I
2];Adv. Synth. Catal. 2014, 356, 1491.)は、既報にしたがって合成した。AgSbF
6及び酢酸カリウム(KOAc)は試薬会社から購入しグローブボックスに保管した。乾燥ピリジンは和光純薬工業(株)から購入し、4ÅのLinde molecular sieves上で保管した。他の全ての試薬は、試薬会社から購入しそのまま使用した。特に制限のない限り、全ての反応はアルゴン又は窒素雰囲気下で行った。
【0085】
【化10】
【0086】
  3a-アザピレン-4-オン骨格は、CoIII触媒を用いて、以前に報告されているC-Hアルキル化/環化カスケードによって容易に合成した(Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 4508.)。概略としては、市販のベンゾ[h]キノリン及び対応するジアゾマロン酸エステルのtert-ブチル保護された長鎖ωカルボン酸(3a及び3b))をC-H活性化反応に付して、3a-アザピレン-4-オン誘導体を得た。続いて、過剰のトリフルオロ酢酸での処理による保護基の遊離により、所望の生成物(1-C6及び1-C12)を得た。C-H活性化に使用したジアゾマロネートは、対応するアルコール及び塩化マロニルから2段階で調製し、続いてマロン酸をジアゾ化した。各合成の詳細は以下に示す。
【0087】
  参考例1:化合物1a
【0088】
【化11】
【0089】
  既報(Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 4508.)に記載の化合物を化合物1aとした。
【0090】
  参考例2:化合物1b
【0091】
【化12】
【0092】
  既報(Chem. Asian J. 2015, 10, 553.)に記載の化合物を化合物1bとした。
【0093】
  参考例3:化合物1c
【0094】
【化13】
【0095】
  既報(Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 10975.)に記載の化合物を化合物1cとした。
【0096】
  合成例1:化合物2aの合成
  無水CH
2Cl
2(50.0mL)中の6-ヒドロキシ-tert-ブチルヘキサノエート(3.10g, 16.5mmol)及び無水ピリジン(1.60mL, 19.8mmol)の溶液に、塩化マロニル(730μL, 1.06g, 7.51mmol)を添加した。混合物を室温で19時間撹拌し、水でクエンチした。水層をCH
2Cl
2で抽出し、合わせた有機抽出物を飽和NH
4Cl溶液、水及びブラインで洗浄した。有機層をNa
2SO
4で乾燥し、ろ過し、減圧下に濃縮した。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン/酢酸エチル= 10: 1)で精製し、無色オイルとして化合物2aを得た(1.63g, 3.68mmol, 49%)。
【0097】
【数1】
【0098】
  合成例2:化合物2bの合成
  無水CH
2Cl
2(20.0mL)中の12-ヒドロキシ-tert-ブチルドデカノエート(4.55g, 16.7mmol)及び無水ピリジン(1.45mL, 18.0mmol)の溶液に、無水CH
2Cl
2(20.0mL)中の塩化マロニル(730μL, 1.06g, 7.51mmol)の溶液を、室温で15分間かけて添加した。混合物を室温で16時間撹拌し、水でクエンチした。水層をCH
2Cl
2で抽出し、合わせた有機抽出物を水及びブラインで洗浄した。有機層をNa
2SO
4で乾燥し、ろ過し、減圧下に濃縮した。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン/酢酸エチル= 10: 1)で精製し、無色オイルとして化合物2bを得た(3.65g, 5.95mmol, 79%)。
【0099】
【数2】
【0100】
  合成例3:化合物3aの合成
  アセトニトリル(15.0mL)中の合成例1で得た化合物2a(1.41g, 3.18mmol)及び4-アセトアミドベンゼンスルホニルアジド(p-ABSA; 965mg, 4.02mmol)の懸濁液に、トリエチルアミン(630μL, 4.52mmol)を添加した。混合物を室温で3日間撹拌した。CH
2Cl
2をこの懸濁液に添加し、セライトのプラグでろ過した。ろ液を減圧下に濃縮し、CH
2Cl
2に溶解し、飽和NH
4Cl水溶液、水及びブラインで洗浄した。合わせた有機層をNa
2SO
4で乾燥し、ろ過し、減圧下に濃縮した。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(CH
2Cl
2)、次いでGPC(CHCl
3)で精製し、黄色オイルとして化合物3aを得た(1.40g, 2.97mmol, 93%)。なお、この反応は大気中で行った。
【0101】
【数3】
【0102】
  合成例4:化合物3bの合成
  アセトニトリル(15.0mL)中の合成例2で得た化合物2b(3.09g, 5.04mmol)及び4-アセトアミドベンゼンスルホニルアジド(p-ABSA; 1.44g, 5.60mmol)の懸濁液に、トリエチルアミン(1.05mL, 7.53mmol)を添加した。混合物を室温で40時間撹拌した。この懸濁液に追加のトリエチルアミン(500μL, 3.59mmol)を加え、混合物をさらに2日間撹拌した。CH
2Cl
2をこの懸濁液に添加し、セライトのプラグでろ過した。ろ液を減圧下に濃縮し、CH
2Cl
2に溶解し、水及びブラインで洗浄した。合わせた有機抽出物をNa
2SO
4で乾燥し、ろ過し、減圧下に濃縮した。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン/酢酸エチル= 9: 1)で精製し、黄色オイルとして化合物3bを得た(2.64g, 4.13mmol, 82%)。なお、この反応は大気中で行った。
【0103】
【数4】
【0104】
  合成例5:化合物1dの合成
  アルゴン雰囲気下、オーブン乾燥したSchlenkフラスコに、AgSbF
6(20.6mg, 60μmol)及び酢酸カリウム(KOAc; 11.8mg, 120μmol)を添加した。次いで、ここに、トリフルオロエタノール(TFE; 6.0mL)中のシクロペンタジエニルカルボニルコバルトジヨージド([Cp*Co(CO)I
2]; 14.3mg, 30μmol)、ベンゾ[h]キノリン(109mg, 0.608mmol)及び合成例3で得た化合物3a(419mg, 0.890mmol)の溶液を添加した。得られた懸濁液を80℃で16時間撹拌した。混合物を減圧下に濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(CH
2Cl
2/アセトン= 10: 1、次いで4: 1)で精製した。次いで、分取GPC(CHCl
3)でさらに精製し、赤色固体として化合物1dを得た(97.9mg, 0.226mmol, 38%)。
【0105】
【数5】
【0106】
  合成例6:化合物1eの合成
  アルゴン雰囲気下、オーブン乾燥したSchlenkフラスコに、AgSbF
6(35.0mg, 0.102mmol)及び酢酸カリウム(KOAc; 20.3mg, 0.207mmol)を添加した。次いで、ここに、トリフルオロエタノール(TFE; 5.0mL)中のシクロペンタジエニルカルボニルコバルトジヨージド([Cp*Co(CO)I
2]; 23.8mg, 50μmol)、ベンゾ[h]キノリン(91.6mg, 0.511mmol)及び合成例4で得た化合物3b(478mg, 0.749mmol)の溶液を添加した。得られた懸濁液を80℃で16時間撹拌した。混合物を減圧下に濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(CH
2Cl
2/アセトン= 20: 1、次いで4: 1)で精製した。次いで、分取GPC(CHCl
3)でさらに精製し、赤色固体として化合物1eを得た(80.1mg, 0.155mmol, 30%)。
【0107】
【数6】
【0108】
  比較例1:化合物1-C6の合成
  トリフルオロ酢酸(TFA; 5.0mL)及びCH
2Cl
2(5.0mL)中の合成例5で得た化合物1d(76.2mg, 0.176mmol)の溶液を室温で12時間撹拌した。この溶液に水を添加し、有機層を分離した。水層をCH
2Cl
2で抽出し、合わせた有機抽出物に飽和NaHCO
3水溶液を添加した。水層をCH
2Cl
2で洗浄し、塩酸を加えて水層を酸性にした。CH
2Cl
2を加えて沈殿物を溶解し、水層をCH
2Cl
2で洗浄した。合わせた有機抽出物をNa
2SO
4で乾燥し、ろ過し、減圧下に濃縮した。得られた粗生成物を少量のCHCl
3中に懸濁させ、ろ過して赤色固体として化合物1-C6を得た(12.3mg, 32.6μmol)。これとは別に、ろ液を減圧下に濃縮し、少量のCH
2Cl
2中に懸濁させた。懸濁液をろ過し、固体を回収して、赤色固体として、別途化合物1-C6を得た(22.7mg, 60.1μmol; 合計収率53%)。
【0109】
【数7】
【0110】
  実施例1:化合物1-C12の合成
  トリフルオロ酢酸(TFA; 2.0mL)及びCH
2Cl
2(2.0mL)中の合成例6で得た化合物1e(54.6mg, 0.106mmol)の溶液を室温で12時間撹拌した。この溶液に水を添加し、有機層を分離した。水層をCH
2Cl
2で抽出し、合わせた有機抽出物をブラインで洗浄し、Na
2SO
4で乾燥し、ろ過し、減圧下に濃縮した。得られた粗生成物を少量のCH
2Cl
2中に懸濁させ、ろ過して赤色固体を得た。得られた固体をオーブン(100℃)で乾燥し、赤色固体として化合物1-C12を得た(24.9mg, 53.9μmol, 51%)。
【0111】
【数8】
【0112】
  光物理的性質測定
  紫外可視吸収スペクトルを、0.5nmの分解能を有するShimadzu UV-3510 spectrometerで記録した。試料溶液の定常状態の蛍光スペクトルを、0.5nmの分解能を有するHitachi F-4500 spectrometerで記録した。1cm四方の石英キュベット中に濃度10
-5Mの試料溶液を入れた。蛍光測定のために、試料溶液を各化合物の吸収極大波長で励起した。絶対蛍光量子収率は、多チャンネル分光計(PMA-11)を備えたHamamatsu C9920-02較正積分球システムで測定した。
【0113】
  耐光性測定
  耐光性は、水性緩衝液(HEPES, pH7.4, 1%DMSO共溶媒)又は大豆油(和光純薬工業(株)製1%)中での吸収強度の変化により、光安定性をモニターした。1cm四方の石英キュベット中の溶液に、460nm又は480nmバンドパスフィルターを備えた300W Xeランプ(Asahiスペクトル、MAX-302)を照射した。照射強度は300Wm
-2とした。各サンプルの460nm(化合物1a〜1c及び化合物NBD-C6)又は480nm(化合物1a及びBODIPY)の吸光度を同様の範囲に調整した。
【0114】
  試験例1:負の溶媒効果の評価
  参考例1の化合物1aについて測定した結果を
図4及び表1に示す。吸収極大波長はトルエン、CH
2Cl
2、CHCl
3、DMSO、アセトニトリル、メタノール、水の順に大きく、蛍光極大波長はトルエン、DMSO、CH
2Cl
2、CHCl
3、アセトニトリル、メタノール、水の順に大きかった。この結果から、光物理学的性質の徹底的な研究により、全ての溶媒中で高い蛍光量子収率を保持しながら、化合物1aが有意な負の溶媒効果を示すことが明らかになった。吸収極大波長は溶媒の違いにより急激にシフトし、蛍光極大波長は有意であるがより緩やかな変化が観察された。蛍光量子収率及び寿命は全ての溶媒で同様であり、最も低い励起状態の性質は溶媒の極性にかかわらず類似していることが示された。
【0115】
【表1】
【0116】
  負の溶媒効果の起源についてさらに洞察するため、短波長シフトの程度が溶媒の極性及び水素結合の両方によって有意に影響されることを明確にする一連の実験を行った。本発明者らは、溶媒の配向分極率(Δf)に対して波数に換算して吸収極大をプロットした(Principles of Fluorescence Spectroscopy, 3rd Ed. Springer, 2006.)。Δfは物理的パラメータ、すなわち屈折率及び誘電率のみを考慮するため、Δfは化学的相互作用を考慮することなく溶媒の極性とみなすことができる。結果を
図5に示す。興味深いことに、有意な水素結合供与能を有さない溶媒の場合には良好な線形相関が観察された。メタノール、水等の水素結合を有する溶媒の存在下では、線形相関からは大きくずれ、水素結合の影響が示唆されている。このことから、水、メタノールのように水素結合を有する溶媒によっては、溶媒の極性のみならず水素結合の存在によって吸収極大がさらに増大することが示唆される。
【0117】
  アザピレン化合物のカルボニル基に隣接する炭素原子には異なる置換基を導入することが可能であるため、化合物1aの光物性を、既に報告されている化合物1b及び化合物1cと比較した。結果を表2及び
図6に示す。CH
2Cl
2と水性緩衝液の両方について、発光及び吸収の極大波長及び蛍光量子収率の微妙な差しか観察されなかったことから、本発明のアザピレン化合物又はその塩も同様に負の溶媒効果を有することが示唆される。一方、光退色性については顕著な差が観察された。明らかに、電子求引性エステル基又はその類似基の存在は、光安定性を大きく改善することが示唆されており、本発明のアザピレン化合物又はその塩も同様に光安定性に優れることが示唆される。
【0118】
【表2】
【0119】
  試験例2:PH依存性
【0120】
【化14】
【0121】
  化合物1aは2つの正準構造として表すことができるため、本発明者らは、化合物1aが酸性領域のpHでプロトン化されるかどうかを評価した。様々な生理学的に関連するpHにおける励起極大及び蛍光極大の両方がモニターされた場合、化合物1aのpH依存性は無視できる程度であった。結果を
図7〜8に示す。この結果はまた、化合物1aが双性イオンカノニカル構造として表され得るが、カルボニル基の塩基性は、少なくとも生理的pH内でプロトン化事象が起こらないほど十分に低いことを示す。このようなpH依存性の欠如から、化合物1aを極性プローブの優れた候補とすることができる。
【0122】
  大型単層ベシクル(LUV)の調製
  大きな単層ベシクルは、既報(Biochim. Biophys. Acta 1985, 812, 55.)の手順に従って調製した。乾燥した脂質フィルムを、1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DOPC)と実施例1で得た化合物1-C12のモル比200: 1のクロロホルム溶液から調製した。このフィルムをリン酸緩衝液(pH7.4)で水和させて脂質の最終濃度を1mMとし、超音波処理を用いてマルチラメラベシクルを調製した。得られたベシクル溶液を100nmの孔径のポリカーボネートフィルターを通して10回押し出した。LUV溶液は、動的光散乱(DLS)測定によって特徴付けた。
【0123】
  試験例3:モデルシステム中の光物理的性質
  極性及び水素結合による環境応答を評価するため、本発明者らは、水性媒体中の自由分散状態、(細胞質に相当)、蛍光色素に水分子が部分的に接近可能な膜結合状態(細胞膜に相当)、及び水分子が存在しない油性環境(脂肪滴に相当)を区別できるかどうかを確認した。具体的には、長鎖脂肪酸アナログとして、水性緩衝液中の化合物1a、化合物1-C6及び化合物1-C12;大きな単層ベシクル(LUV);並びに大豆油の蛍光スペクトル及び励起スペクトルを測定した。結果を
図9〜10に示す。興味深いことに、3つのモデル系の励起最大値は大きく異なっており、化合物1-C12は細胞質、小胞体及び関連膜(細胞膜)、並びに脂質液滴(脂肪滴)を区別できることが分かる。化合物1a、化合物1-C6、及び化合物1-C12がほとんど同一の蛍光スペクトル及び励起スペクトルを有していたため、ミセル凝集体は形成されていないことを示唆している。水性緩衝液とLUVとの間に顕著な差異が観察されたことから、化合物1-C12はおそらく脂質二重層内に取り込まれているが、LUVと大豆油とも有意差を示したため蛍光色素が表面近傍に存在する可能性がある。特に、LUVの励起極大が純粋なメタノール(Principles of Fluorescence Spectroscopy, 3rd Ed. Springer, 2006.)と同様であることを考慮して、水はおそらく蛍光色素に接近し、水素結合を形成し、励起極大波長の有意な短波長シフトを引き起こすことが示唆される。これらの結果をすべて考慮して、化合物1-C12は、細胞中に代謝される3つの異なる環境である細胞膜、細胞質及び脂肪滴を区別できることが示唆される。
【0124】
  細胞イメージングへの3a-アザピレン-4-オン骨格の適用性を確実にするために、化合物1aの光退色性を、脂質滴染色及び脂質類似体の染色のために一般的に使用される蛍光色素であるBODIPY493/503(4,4-ジフルオロ-1,3,5,7,8-ペンタメチル-4-ボラ-3a,4a-ジアザ-s-インダセン)及びNBD-C6(6-(7-ニトロベンゾフラザン-4-イルアミノ)ヘキサン酸)と比較した。結果を
図11に示す。大豆油では、化合物1aは両方の蛍光色素と比較して優れた光安定性を示した。上記の結果から、本願発明のアザピレン化合物又はその塩は化合物1aと同様に蛍光が維持することが示唆される。
【0125】
  細胞培養
  HeLa細胞(RIKEN Cell Bank, Japan)、HepG2細胞(RIKEN Cell Bank, Japan)、及び3T3-L1細胞(JCRB Cell Bank, Japan)を、10%ウシ胎仔血清(FBS, Gibco)と、抗生物質/有糸分裂阻害剤(AA; ペニシリン、ストレプトマイシン及びアムホテリシンB; Wako chemical)とを含むダルベッコ変法イーグル培地(DMEM, Sigma)中で37℃、5%CO
2/95%空気インキュベーター中で培養した。細胞がコンフルエンスに達した2日後に、3T3-L1脂肪細胞分化を開始させるために、培地をDMEM(10%FBS, 1%AA, 10μg/mLインスリン, 2.5μMデキサメタゾン, 0.5mM 3-イソブチル-メチルキサンチン)に交換し、3日間インキュベートした。次いで培養培地をDMEM(10%FBS, 1%AA, 10μg/mLインスリン)に交換し、培地を2日ごとに交換した。他の細胞については、培養培地を2日又は3日ごとに交換した。
【0126】
  細胞生存率
  生細胞に対する化合物1-C12の細胞傷害性を評価するために、MTTアッセイを行った。HeLa細胞を96ウェルプレートに播種し、様々な濃度の化合物1-C12又は化合物1a(0.5μM, 1μM, 2μM, 5μM, 10μM, 15μM又は20μM)を含有するDMEM中、37℃で24時間、CO
2インキュベーターでインキュベートした。次いで、MTT試薬(最終濃度= 0.5mg/mL)を各ウェルに添加し、プレートをCO
2インキュベーター中でさらに1時間インキュベートした。ホルマザンを溶解するためにDMSOを各ウェルに添加した後、600nmの波長(波長は化合物1-C12からの干渉を避けるために選択した)でSpectraMaxi3(Molecular Devices)により各ウェルの吸光度を測定した。
【0127】
  細胞染色及び蛍光イメージング
  HepG2細胞を単一ウェルガラス底皿(Matsunami Glass)で培養した。蛍光イメージングの前に、HepG2細胞を、1mMの脂肪酸(オレイン酸/パルミチン酸塩2: 1)と2%ウシ血清アルブミン(本質的に脂肪酸を含まない)とを含むDMEM(10%FBS, 1%AA)で、CO
2インキュベーターで24時間インキュベートした。細胞をPBS(0.5%BSA)及びPBS(-)でリンスした。次いで、細胞を、5μMのBODIPY-C12、化合物1-C6、又は化合物1-C12を含むDMEM(フェノールレッドフリー、1%AA)でインキュベートした。阻害実験のために、細胞を、培地中の200mMのフロレチンで30分間処理した後、フロレチンの存在下で5μMの化合物1-C12とともにインキュベートした。同時染色実験には、化合物1-C12で染色された細胞を、1μMのLipiDye又は1μMのER Tracker Redで15〜30分間さらにインキュベートした。
【0128】
  HeLa細胞を単一ウェルガラス底ディッシュ(Matsunami Glass)で培養した。細胞を5μMの化合物1-C12を含むDMEM(フェノールレッドフリー、1%AA)で、2時間インキュベートした。培地をカルシウム及びマグネシウムを含まないハンクス平衡塩類溶液(HBSS, Wako Chemical)でリンスし、細胞をHBSS中の1μM ER Tracker Redとともにさらに15分間インキュベートした。
【0129】
  完全に分化した3T3-L1細胞(8〜11日目)を単一ウェルガラス底皿(Matsunami Glass)で培養した。細胞を、5μMの化合物1-C12を含有するDMEM(フェノールレッドフリー、1%AA)でインキュベートした。阻害実験には、細胞を培地中1.2mMの2-ブロモオクタン酸又は4mMのWortmanninで30分間処理した後に、阻害剤の存在下で5μMの化合物1-C12とともにインキュベートした。
【0130】
  試験例4:細胞染色実験
  化合物1-C12が蛍光長鎖脂肪酸アナログとして作用するかどうかを調べるために、周囲の環境に対して著しく応答する負のソルバトクロミック蛍光色素として化合物1aを確立した。HepG2細胞は天然の状態では脂質液滴(脂肪滴)をあまり含んでいない(Hepatology 2008, 47, 1905.)ので、脂質液滴(脂肪滴)の成長を促進するために、1mMの脂肪酸(オレアート:パルミテート  2: 1、ウシ血清アルブミンと混合)とともに24時間プレインキュベートした。いくつかの条件のスクリーニングにより、5μMの化合物1-C12とともにインキュベートすると良好なシグナルが得られることが分かった。化合物1-C12とともに1時間インキュベートした細胞を473nm及び559nmのレーザーで励起すると、異なる染色パターンが観察された。結果を
図12に示す。473nmレーザーで励起すると、膜様構造(細胞膜)が観察された(脂肪滴の蛍光は見られない)のに対し、559nmレーザーでは膜様構造(細胞膜)とともに脂質液滴(脂肪滴)からの蛍光も観察された。インキュベーション時間を延長すると、脂質液滴(脂肪滴)からのシグナルが増強し、化合物1-C12がHepG2細胞によって脂質液滴(脂肪滴)にゆっくりと代謝されることが示唆される。この結果を
図13に示す。さらに、フロレチン処理細胞を染色すると、蛍光強度が有意に低下しており、化合物1-C12が代謝的に処理されたことを示唆している。この結果を
図14〜15に示す。この結果は、上記のモデル実験のように、水性からより疎水性の媒体に入ると励起極大波長の短波長シフトが生じたことを示している。膜様構造(細胞膜)が両方のレーザーにより励起でき、脂質液滴(脂肪滴)は559nmのレーザーのみによって励起できるという事実も以前の観察と一致する。
【0131】
  重要なことに、化合物1aが高度に細胞毒性であったにもかかわらず、化合物1-C12の細胞傷害性は低かった。この結果を
図16〜17に示す。HeLa細胞を用いたMTTアッセイにより決定された化合物1-C12及び化合物1aの細胞生存率は、化合物1-C12は20μMまでほぼ無毒であったが、化合物1aは1μMの濃度で有意に細胞傷害性であった。
【0132】
  化合物1-C12とは対照的に、化合物1-C6は、感知できる細胞内蛍光を発しなかった。結果を
図18に示す。5μMの化合物1-C6で1時間インキュベートすると、HepG2細胞の染色はごくわずかであった。この染色の違いは、おそらく、短鎖脂肪酸アナログが天然脂肪酸アナログとして取り込まれる可能性が低いという事実に起因する。事実、BODIPY誘導体による脂肪酸取り込み速度論の比較により、短いアシル鎖が細胞による取り込みを大幅に減少又は無視できる結果をもたらすことも知られている(J. Biol. Chem. 1983, 258, 2034.及びMethods Enzymol. 2014, 538, 107.)。このように、アルキル鎖が短いために、化合物1-C6の親水性が大幅に増強されると、化合物1-C6が原形質膜を通過することを抑制し得る。
【0133】
  一連の共染色実験は、化合物1-C12が小胞体(ER;細胞膜)及び脂質液滴(脂肪滴)の両方に局在化することを立証した。まず、両方の励起波長によって観察される膜様シグナルがER染色に起因することを確認するために、ER tracker redとの共局在化実験を行った。脂質液滴様構造からのシグナルによる合併症を最小限にするために、脂肪酸による前処理をしないHepG2細胞を使用した。 HepG2細胞を化合物1-C12とともに1時間インキュベートした後、ER Tracker Redとともに30分間インキュベートすると、良好な共局在が観察された。結果を
図19に示す。レーザー強度及び検出波長は、ER tracker redが存在しない場合、559nm励起チャネルから有意な蛍光シグナルが観察されないように調整した。
【0134】
  HepG2細胞は高度に発達したER膜を有するので、本質的にほとんどの細胞区画は染色されたようである。ERの局在をさらに確認するために、HeLa細胞を用いて共染色実験を行った。結果を
図19に示す。予想通り、HeLa細胞中の化合物1-C12も良好な共局在を示した。これらの実験から、化合物1-C12からの赤色及び緑色信号の重なりがERから生じると結論付けられる。
【0135】
  前述したように、脂肪酸処理したHepG2細胞の場合、化合物1-C12は脂質液滴様構造(脂肪滴)を染色し、これは559nmの励起でのみ観察された。脂質液滴マーカーLipiDyeとの同時染色の結果から、実際に赤色シグナルが脂質液滴(脂肪滴)から生じることを確認できた(
図13)。上記の結果と合わせて、化合物1-C12が473nm及び559nmのレーザーによって励起されるERと、559nmレーザーによってのみ励起される脂質液滴(脂肪滴)とを染色することを確立した。
【0136】
  化合物1-C12の局在パターンを確認し、化合物1-C12が本当に有用な蛍光プローブであるかどうかを確認するため、BODIPY 500/510-C12(以下、「BODIPY-C12」と称する)と比較し、化合物1-C12は良好な耐光漂白性を有することを確認した。HepG2細胞をBODIPY-C12又は化合物1-C12とともにインキュベートし、強力なレーザー強度(20%)で複数の画像を撮影した。結果を
図20〜21に示す。30個の連続した画像を撮影した細胞内蛍光の比較により、化合物1-C12は初期蛍光の76±8%を保持し、BODIPY-C12は初期値の59±6%しか保持しなかったことが明らかになった。この結果は、化合物1-C12が脂肪酸代謝を追跡するのに十分な光安定性を有することを意味する。
【0137】
  蛍光脂肪酸アナログとしての化合物1-C12の可能性をさらに評価するために、3T3-L1脂肪細胞様細胞を用いて一連の実験を行ったが、これはHepG2細胞と比較してより単純な系である。3T3-L1細胞による化合物1-C12の細胞内取り込みを追跡することから始めた。完全に分化した3T3-L1細胞を5μMの化合物1-C12で処理し、膜様構造(ERと推定される)への即時取り込みが観察された。結果を
図22に示す。さらにインキュベートすると、脂質液滴(脂肪滴)への蛍光シグナルの迅速な蓄積が生じ、化合物1-C12が細胞内に機械的にTAGに迅速にプロセシングされたことが示唆された。重要なことに、脂質液滴(脂肪滴)からの蛍光シグナルは、559nmレーザーによる励起時にのみ観察され、化合物1-C12は非常に非極性の環境に存在し、脂質液滴表面における優勢な局在を除外していることが示された。
【0138】
  試験例5:天然の脂質アナログとしての化合物1-C12
  3T3-L1細胞による遊離脂肪酸の取り込みは、PI-3キナーゼの阻害によって減少することが知られており(PLOS One 2015, 10, e0120289.)、化合物1-C12について類似の挙動が観察され、化合物1-C12は生物学的輸送経路を介して少なくとも部分的に3T3-L1細胞に取り込まれることが確認された。完全に分化した3T3-L1細胞を、既知のPI-3キナーゼ阻害剤である4μMのWortmanninで処理し、次いで化合物1-C12とともに60分間インキュベートした。結果を
図23に示す。対照細胞との細胞内蛍光強度の比較の結果から、実際にWortmanninでの処理が化合物1-C12の取り込みを減少させることが明らかである。特に、両方のチャネルのシグナルは、Wortmanninで処理すると減少し、代謝されずに脂肪酸の取り込みが阻害されることが示唆される。同様の現象がBODIPY-C12で観察されるので、結果は、化合物1-C12が天然脂肪酸アナログとして挙動することを示唆している。
【0139】
  3T3-L1細胞をTAG合成阻害剤(DGAT阻害剤)である2-ブロモオクタン酸(J. Biol. Chem. 1985, 260, 6528.及びTraffic 2008, 9, 338.)で処理した場合、異なる結果が観察された。ジアシルグリセリド(DAG)からトリアシルグリセリド(TAG)への変換は、3T3-L1細胞が高レベルで発現する酵素DGAT(ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ)によって触媒される(
図3)。したがって、3T3-L1細胞は、外因的に組み込まれた脂肪酸をTAGに迅速に変換するが、この経路を阻害することで、外因性脂肪酸が大幅に残存するはずである。このような期待に沿って、1.2mMの2-ブロモオクタン酸で処理した細胞をインキュベートすると、化合物1-C12の脂質液滴(脂肪滴)への蓄積が大幅に減少した。Wortmanninとは異なり、脂質小滴(脂肪滴)以外の細胞全体からの強いシグナルが473nm励起で得られることから、化合物1-C12は細胞に取り込まれ非常に極性の高い培地に残っていることを示している。この結果を
図24に示す。2-ブロモオクタン酸は、化合物1-C12の対応するTAGへの変換を阻害するが、取り込みは阻害しないので、観察された蛍光は、おそらくは細胞質中の、おそらく活性コエンザイムA(CoA)形態としての化合物1-C12に由来する蛍光である可能性が高い。長期インキュベーションが細胞質シグナルを減少させ、脂質液滴(脂肪滴)シグナルを増加させるという事実からも理解できる。このことは、ヘキサデカペンテン酸にいて観察されている(Traffic 2008, 9, 338.)ように、化合物1-C12が脂肪酸取り込み阻害剤(DGAT阻害剤)及び脂肪酸代謝阻害剤を識別することができることを実証する。
【0140】
  結論として、本発明のアザピレン化合物又はその塩は、異なる励起波長で局所脂質環境を区別するための負のソルバトクロミック蛍光色素である。非極性溶媒から極性溶媒に入ったときに観察された顕著な短波長シフト、及び蛍光量子収率が維持されることは、この達成に不可欠であった。本発明のアザピレン化合物又はその塩の低い毒性及び良好な光安定性は、この分子を実用的な蛍光色素とし得る。さらに、本発明のアザピレン化合物又はその塩は異なる励起波長で細胞質、細胞膜及び脂肪滴を区別する能力を有していた。脂質環境を識別するこの独特の能力は、例えば、脂肪酸の取り込み及び代謝のための新しい阻害剤を見出しそして区別するのに有用である。最後に、本発明者らの知る限りでは、これは負の溶媒効果を活用した蛍光色素の初めての例である。