特許第6472068号(P6472068)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人名古屋大学の特許一覧

(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6472068
(24)【登録日】2019年2月1日
(45)【発行日】2019年2月20日
(54)【発明の名称】アザピレン化合物又はその塩
(51)【国際特許分類】
   C07D 455/03 20060101AFI20190207BHJP
   C09K 9/02 20060101ALI20190207BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20190207BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20190207BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20190207BHJP
   G01N 21/64 20060101ALI20190207BHJP
   C09K 11/06 20060101ALI20190207BHJP
【FI】
   C07D455/03
   C09K9/02 Z
   G01N33/48 P
   G01N33/50 Z
   G01N33/15 Z
   G01N21/64 F
   C09K11/06
【請求項の数】11
【全頁数】29
(21)【出願番号】特願2018-37807(P2018-37807)
(22)【出願日】2018年3月2日
(65)【公開番号】特開2018-145423(P2018-145423A)
(43)【公開日】2018年9月20日
【審査請求日】2018年6月25日
(31)【優先権主張番号】特願2017-39334(P2017-39334)
(32)【優先日】2017年3月2日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)「統合1細胞解析のための革新的技術基盤」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山口 茂弘
(72)【発明者】
【氏名】多喜 正泰
(72)【発明者】
【氏名】大崎 博司
【審査官】 神谷 昌克
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−241874(JP,A)
【文献】 特開2010−90268(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/121356(WO,A1)
【文献】 特開2014−169263(JP,A)
【文献】 米国特許第5338854(US,A)
【文献】 中国特許出願公開第106866654(CN,A)
【文献】 中国特許出願公開第106946881(CN,A)
【文献】 STASYUK,A.J. et al.,Synthesis of Fluorescent Naphthoquinolizines via Intramolecular Houben-Hoesch Reaction,Chemistry - An Asian Journal,2015年,Vol.10,p.553-558,ISSN 1861-4728, 全文
【文献】 ZHAO,D. et al.,Cobalt(III)-Catalyzed Directed C-H Coupling with Diazo Compounds: Straightforward Access towards Ext,Angewandte Chemie, International Edition,2015年,Vol.54,p.4508-4511,ISSN 1433-7851, 全文
【文献】 KIM,J.H. et al.,RhIII-Catalyzed C-H Activation with Pyridotriazoles: Direct Access to Fluorophores for Metal-Ion Det,Angewandte Chemie, International Edition,2015年,Vol.54,p.10975-10979,ISSN 1433-7851, 全文
【文献】 PERONI,E. et al.,A new lipophilic fluorescent probe for interaction studies of bioactive lipopeptides with membrane m,Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters,2002年,Vol.12,p.1731-1734,ISSN 0960-894X, 全文
【文献】 SAKURAI,K. et al.,Design and synthesis of fluorescent glycolipid photoaffinity probes and their photoreactivity,Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters,2016年,Vol.26,p.5110-5115,ISSN 0960-894X, 全文
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D
G01N
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1):
【化1】
[式中、R1は水素原子、置換若しくは非置換アルキル基、又はシアノ基を示す。R2は炭素数6以上の2価の炭化水素基を示す。Y1は酸素原子又は硫黄原子を示す。Y2は単結合、酸素原子又は−NH−で表される基を示す。]
で表されるアザピレン化合物又はその塩。
【請求項2】
前記R1が水素原子である、請求項1に記載のアザピレン化合物又はその塩。
【請求項3】
前記Y1が酸素原子である、請求項1又は2に記載のアザピレン化合物又はその塩。
【請求項4】
前記Y2が酸素原子である、請求項1〜3のいずれかに記載のアザピレン化合物又はその塩。
【請求項5】
前記R2が分岐鎖を有さない2価の鎖状炭化水素基である、請求項1〜4のいずれかに記載のアザピレン化合物又はその塩。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のアザピレン化合物又はその塩を含有する蛍光色素。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載のアザピレン化合物又はその塩を含有するソルバトクロミック蛍光色素。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれかに記載のアザピレン化合物又はその塩を含有する細胞染色剤。
【請求項9】
脂肪滴、細胞膜及び細胞質よりなる群から選ばれる少なくとも1種の染色剤である、請求項8に記載の細胞染色剤。
【請求項10】
請求項1〜5のいずれかに記載のアザピレン化合物又はその塩を含有するアッセイキット。
【請求項11】
被検化合物の存在下と非存在下で、請求項1〜5のいずれかに記載のアザピレン化合物又はその塩の蛍光を比較し、前記被検化合物のDGAT阻害活性の有無を判定する工程
を備える、抗脂肪薬のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アザピレン化合物又はその塩に関する。
【背景技術】
【0002】
ソルバトクロミック蛍光色素は、周辺環境の極性を区別することができるため、蛍光プローブに広く利用されている。しかしながら、従来から思料されているソルバトクロミック蛍光色素は、溶媒の極性の大小により吸収極大波長及び蛍光極大波長が変化する蛍光色素であるが、水等の極性が非常に大きな溶媒中では蛍光量子収率が著しく小さい。
【0003】
ソルバトクロミック蛍光色素は、正の溶媒効果を有する蛍光色素と、負の溶媒効果を有する蛍光色素とに分けられる。大部分のソルバトクロミック蛍光色素は、正の溶媒効果を有しており、図1左図のように、溶媒の極性が増大するにつれて吸収極大波長及び蛍光極大波長が長波長シフトする。逆に、負の溶媒効果を有するソルバトクロミック蛍光色素は、典型的には、図1右図のように、溶媒の極性が増大するにつれて吸収極大波長及び蛍光極大波長が短波長シフトする。
【0004】
脂質代謝は、分子が水性媒体から出発し、非常に無極性の培地で終わる典型的な例である。生存細胞による長鎖脂肪酸アナログの代謝の際には、図2に示されるように、まず、遊離脂肪酸が直ちに活性コエンザイムA(CoA)形態に変換されることに起因する外因性長鎖脂肪酸の取り込みから始まる。これらの長鎖脂肪酸が変換されたアシルCoAは、ジアシルグリセリド及びトリアシルグリセリド(DAG及びTAG)、リン脂質、又はコレステリルエステルに容易に代謝される。ここでは、TAG、つまり、脂肪細胞を保存することが好ましい細胞中では、外因性脂肪酸は迅速にTAGに変換され、脂質液滴中に貯蔵される。このため、ソルバトクロミック蛍光色素を用いて、脂肪細胞による長鎖脂肪酸の代謝における各代謝プロセスを視覚化することが期待される。
【0005】
今日まで、様々な蛍光性脂肪酸類縁体が報告されており、そのうちのいくつかは商業化されている。蛍光色素は、生物学的分布及び脂肪酸の処理に混乱を与えてはならないので、小分子で且つ非極性の構造である必要がある。このため、フルオレセイン化合物、ローダミン化合物、シアニン化合物等のような一般的に使用される明るい蛍光色素は細胞毒性等のために使用できない。このような制約のなか、通常、双性イオン構造に起因する全体的に中性の分子であるBODIPY化合物及びNBD化合物が知られている。
【0006】
【化1】
【0007】
長鎖脂肪酸が付加されたBODIPY化合物(BODIPY C12等)は、脂質代謝を可視化するために最も広く使用されている蛍光色素であり、研究用ツールとして技術が確立されている。しかしながら、BODIPY化合物(BODIPY C12等)は長鎖脂肪酸アナログとして細胞内に取り込まれ、細胞膜や脂肪滴に代謝されるものの、BODIPY化合物(BODIPY C12等)は溶媒の極性に応じて吸収極大波長及び蛍光極大波長が変化しないため、脂質代謝酵素系によってリン脂質に変換されて細胞膜に移動した脂肪酸と、脂質代謝酵素系によってトリグリセリドに変換された後に細胞内脂肪滴を形成した脂肪酸とを区別することができない。一方、NBD化合物は溶媒の極性に応じて吸収極大波長及び蛍光極大波長が変化するが、水性媒体等の極性溶媒中では蛍光強度が著しく弱くほとんど蛍光しないため細胞質中の脂肪酸を検出すること自体ができない。また、NBD化合物は、代謝が遅い化合物であることも問題視されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように、脂質代謝酵素系によってリン脂質に変換されて細胞膜に移動した脂肪酸と、脂質代謝酵素系によってトリグリセリドに変換された後に細胞内脂肪滴を形成した脂肪酸とを区別することができる蛍光色素は現在のところ存在しない。そこで、本発明は、細胞外から細胞内への脂肪酸の輸送や、細胞内に存在する脂質代謝酵素系によって脂肪酸からリン脂質、ジアシルグリセリド、トリグリセリド等の脂質への変換を行わせることが可能であり、また、脂質代謝酵素系によってリン脂質に変換されて細胞膜に移動した脂肪酸と、脂質代謝酵素系によってトリグリセリドに変換された後に細胞内脂肪滴を形成した脂肪酸とを区別することが可能な蛍光色素を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を鑑み、鋭意検討した結果、本発明者らは、特定のアザピレン骨格を有する化合物に長鎖脂肪酸骨格を導入した化合物は、負の溶媒効果を有する蛍光色素であり、水性溶媒等の極性溶媒中でも強く蛍光することを見出した。また、この化合物は、細胞外から細胞内への脂肪酸の輸送や、細胞内に存在する脂質代謝酵素系によって脂肪酸からリン脂質、ジアシルグリセリド、トリグリセリド等の脂質への変換を行わせることができ、且つ、上記した脂質代謝酵素系によってリン脂質に変換されて細胞膜に移動した脂肪酸と上記した脂質代謝酵素系によってトリグリセリドに変換された後に細胞内脂肪滴を形成した脂肪酸とを区別することが可能であることも見出した。本発明は、このような知見に基づきさらに研究を重ね、完成させたものである。すなわち、本発明は以下の構成を包含する。
【0010】
項1.一般式(1):
【0011】
【化2】
【0012】
[式中、R1は水素原子、置換若しくは非置換アルキル基、又はシアノ基を示す。R2は炭素数6以上の2価の炭化水素基を示す。Y1は酸素原子又は硫黄原子を示す。Y2は単結合、酸素原子又は-NH-で表される基を示す。]
で表されるアザピレン化合物又はその塩。
【0013】
項2.前記R1が水素原子である、項1に記載のアザピレン化合物又はその塩。
【0014】
項3.前記Y1が酸素原子である、項1又は2に記載のアザピレン化合物又はその塩。
【0015】
項4.前記Y2が酸素原子である、項1〜3のいずれかに記載のアザピレン化合物又はその塩。
【0016】
項5.前記R2が分岐鎖を有さない2価の鎖状炭化水素基である、項1〜4のいずれかに記載のアザピレン化合物又はその塩。
【0017】
項6.項1〜5のいずれかに記載のアザピレン化合物又はその塩を含有する蛍光色素。
【0018】
項7.項1〜5のいずれかに記載のアザピレン化合物又はその塩を含有するソルバトクロミック蛍光色素。
【0019】
項8.項1〜5のいずれかに記載のアザピレン化合物又はその塩を含有する細胞染色剤。
【0020】
項9.脂肪滴、細胞膜及び細胞質よりなる群から選ばれる少なくとも1種の染色剤である、項8に記載の細胞染色剤。
【0021】
項10.項1〜5のいずれかに記載のアザピレン化合物又はその塩を含有するアッセイキット。
【0022】
項11.被検化合物の存在下と非存在下で、項1〜5のいずれかに記載のアザピレン化合物又はその塩の蛍光を比較し、前記被検化合物のDGAT阻害活性の有無を判定する工程
を備える、抗脂肪薬のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明のアザピレン化合物又はその塩は、長鎖脂肪酸骨格を有するため、脂肪酸アナログとして、細胞外から細胞内への脂肪酸の輸送や、細胞内に存在する脂質代謝酵素系によって脂肪酸からリン脂質、ジアシルグリセリド、トリグリセリド等の脂質への変換を行わせることが可能である。
【0024】
また、本発明のアザピレン化合物又はその塩は負の溶媒効果を有しており、溶媒の極性が増大するとともに吸収極大波長及び蛍光極大波長が短波長シフトする化合物であり、水性溶媒等の極性溶媒中でも強く蛍光する。この際、照射する光の波長を調整することにより、脂肪滴、細胞膜及び細胞質の所望のものを蛍光させることが可能である。このため、脂肪滴、細胞膜及び細胞質を区別することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】正の溶媒効果と、負の溶媒効果を説明する概略図である。
図2】細胞中の脂質代謝を説明する概略図である。
図3】Wortmannin(PI-3阻害剤)又は2-ブロモオクタン酸(DGAT阻害剤)で阻害された経路の模式図である。Wortmannin(PI-3阻害剤)は脂肪酸取り込みそれ自体を阻害するが、2-ブロモオクタン酸(DGAT阻害剤)はDGATをブロックすることによってアシルCoAのTAGへの変換を阻害する。
図4】様々な溶媒中の化合物1aの紫外可視吸収スペクトル及び蛍光スペクトルである。
図5】溶媒の配向分極率(Δf)に対する吸収極大波長をプロットである。プロットは、水素結合を有する溶媒の存在下(右図)及び非存在下(左図)で測定した。
図6】化合物1a〜1cのCH2Cl2中での耐光性の結果を示す。460nmバンドパスフィルターを備えた300W Xeランプを試料に照射した。
図7】異なるpHにおける化合物1aの励起スペクトル(破線)及び蛍光スペクトル(実線)である。
図8】異なるpHにおける化合物1aの励起極大(下側)及び蛍光極大(上側)である。
図9】水性緩衝液(リン酸, pH7.4)、LUV及び大豆油中の化合物1-C12の励起スペクトル(左図)及び蛍光スペクトル(右図)である。
図10】水性緩衝液中の化合物1a、化合物1C-6、及び化合物1-C12の励起スペクトル(左図)及び蛍光スペクトル(右図)である。
図11】化合物1aと、BODIPY493/503(左図)及びNBD-C6(右図)との耐光性試験の結果である。試料は480nm(左図)又は460nm(右図)のバンドパスフィルターを備えた300W Xeランプを試料に照射した。
図12】HepG2細胞の共焦点顕微鏡写真である。細胞を5μMの化合物1-C12で1時間染色した。矢印は脂質液滴(脂肪滴)を示す。A)λex= 473nm; λem= 490〜590nm。B)λex= 559nm; λem= 570〜670nm。C)合成画像。D)明視野。
図13】HepG2細胞の共焦点顕微鏡写真である。細胞を5μMの化合物1-C12で4時間染色し、次にLipiDyeで15分間染色した。矢印は脂質液滴(脂肪滴)を示す。A)λex= 473nm; λem= 490〜590nm。B)λex= 559nm; λem= 570〜670nm。C)明視野。D)LipiDye。λex= 405nm; λem= 430〜530nm。E)A及びBの合成画像。
図14】HepG2細胞の200μMフロレチンによる前処理30分間を行った細胞(E〜H)及び行っていない細胞(A〜D)の共焦点顕微鏡写真である。細胞を5μMの化合物1-C12で1時間染色した。A, E)明視野。スケールバー= 10μm。B, F)λex= 473nm; λem= 490〜590nm。C, G)λex= 559nm; λem= 570〜670nm。D, H)合成画像。
図15】化合物1-C12の蛍光の比較により測定された、フロレチンによるHepG2細胞の脂肪酸代謝の阻害結果である。共焦点顕微鏡を用いて画像を取得し、脂質液滴(脂肪滴;ηex= 559nm)の蛍光強度を比較した。エラーバーは標準偏差(n= 20)を表す。不均等分散を有する両側Student’s t-testを用いて統計解析を行った:P= 2.7×10-10
図16】MTT試薬を用いた細胞生存率アッセイの結果である。HeLa細胞を所定の濃度の化合物1-C12で24時間インキュベートした。エラーバー:標準偏差(n= 4)
図17】MTT試薬を用いた細胞生存率アッセイの結果である。HeLa細胞を所定の濃度の化合物1aで24時間インキュベートした。エラーバー:標準偏差(n= 4)
図18】HepG2細胞の共焦点顕微鏡写真である。細胞を5μMの化合物1-C6で1時間染色した。A)λex= 473nm; λem= 490〜590nm。B)λex= 559nm; λem= 570〜670nm。C)明視野。
図19】HepG2細胞(A〜D)及びHeLa細胞(E〜H)の共焦点顕微鏡写真である。細胞を5μMの化合物1-C12で2時間染色し、次いでER tracker redで15分間染色した。A, E)λex= 473nm; λem= 490〜590nm。B, F)λex= 559nm; λem= 570〜620nm。C, G)合成画像。D, H)明視野。
図20】生細胞中における光退色性試験の結果である。HepG2細胞を5μMの化合物1-C12(A〜D)又はBODIPY-C12(E〜H)で染色した共焦点顕微鏡写真である。画像は30回撮影した。A, E)1回目。B, F)10回目。C, G)30回目。D, H)明視野。スケールバー= 10μm。λex= 473nm; λem= 490〜590nm。
図21図20の細胞内強度の比較の結果である。第1の画像に対する蛍光強度を示す。エラーバーは標準偏差である(n= 10)。
図22】3T3-L1細胞の共焦点顕微鏡写真である。細胞を5μMの化合物1-C12で染色し、所定時間に撮影した。A)λex= 473nm; λem= 490〜590nm。B)λex= 559nm; λem= 570〜670nm。C)合成画像。
図23】4μMのWortmanninで20分間処理した場合(A〜B)としなかった場合(C〜D)の3T3-L1細胞の共焦点顕微鏡写真である。細胞を5μMの化合物1-C12で1時間染色した。A, C)λex= 473nm; λem= 490〜590nm。B, D)λex= 559nm; λem= 570〜670nm。E)脂質液滴(脂肪滴)の蛍光強度の比較(ηex= 559nm)。エラーバーは標準偏差である(n= 20)。不均等分散を有する両側Student’s t-testを用いて統計解析を行った:P<2×10-10
図24】1.2mMの2-ブロモオクタン酸で30分間処理した3T3-L1細胞の共焦点顕微鏡写真である。2-ブロモオクタン酸の存在下、細胞を5μMの化合物1-C12で所定時間染色した。A)λex= 473nm; λem= 490〜590nm。B)λex= 559nm; λem= 570〜670nm。C)合成画像。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本明細書において、「含有」は、「含む(comprise)」、「実質的にのみからなる(consist essentially of)」、及び「のみからなる(consist of)」のいずれも包含する概念である。本明細書において、数値範囲をA〜Bで表記する場合、A以上B以下を示す。
【0027】
1.アザピレン化合物又はその塩
本発明のアザピレン化合物又はその塩は、一般式(1):
【0028】
【化3】
【0029】
[式中、R1は水素原子、置換若しくは非置換アルキル基、又はシアノ基を示す。R2は炭素数6以上の2価の炭化水素基を示す。Y1は酸素原子又は硫黄原子を示す。Y2は単結合、酸素原子又は-NH-で表される基を示す。]
で表される化合物又はその塩である。この一般式(1)で表されるアザピレン化合物又はその塩は、文献未記載の新規化合物である。
【0030】
一般式(1)において、R1で示されるアルキル基としては、直鎖アルキル基及び分岐鎖アルキル基のいずれも採用できる。直鎖アルキル基としては、例えば、炭素数1〜6(特に1〜4)の直鎖アルキル基が好ましく、具体的には、メチル基、エチル基、n-プロピル基、n-ブチル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基等が挙げられる。分岐鎖アルキル基としては、例えば、炭素数3〜6(特に3〜5)の分岐鎖アルキル基が好ましく、具体的には、イソプロピル基、イソブチル基、tert-ブチル基、sec-ブチル基、ネオペンチル基、イソヘキシル基、3-メチルペンチル基等が挙げられる。
【0031】
R1で示されるアルキル基は、置換基を有していてもよい。アルキル基が有していてもよい置換基としては、特に制限はなく、水酸基、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等)等が挙げられる。置換基を有する場合の置換基の数は、特に制限されず、1〜6個が好ましく、1〜3個がより好ましい。
【0032】
なかでも、R1としては、溶媒の極性が増大するとともに吸収極大波長及び蛍光極大波長がより短波長シフトするとともに、水性溶媒等の極性溶媒中でもより強く蛍光し、脂肪滴、細胞膜及び細胞質の所望のものをより強く蛍光させることが可能である観点から、水素原子、ハロゲン化アルキル基(トリフルオロメチル基等)、シアノ基等が好ましく、水素原子がより好ましい。
【0033】
一般式(1)において、R2で示される2価の炭化水素基としては、溶媒の極性が増大するとともに吸収極大波長及び蛍光極大波長がより短波長シフトするとともに、水性溶媒等の極性溶媒中でもより強く蛍光し、脂肪滴、細胞膜及び細胞質の所望のものをより強く蛍光させることが可能である観点から、分岐鎖を有さない炭化水素基(特に分岐鎖を有さない2価の鎖状炭化水素基)が好ましく、例えば、アルキレン基、アルケニレン基、アルキニレン基等が挙げられる。
【0034】
アルキレン基としては、例えば、-(CH2)6-、-(CH2)7-、-(CH2)8-、-(CH2)9-、-(CH2)10-、-(CH2)11-、-(CH2)12-、-(CH2)13-、-(CH2)14-、-(CH2)15-、-(CH2)16-、-(CH2)17-、-(CH2)18-等の炭素数6〜40、特に8〜30のアルキレン基が挙げられる。アルケニレン基としては、例えば、-CH=CH(CH2)4-、-CH=CH(CH2)5-、-CH=CH(CH2)6-、-CH=CH(CH2)7-、-CH=CH(CH2)8-、-CH=CH(CH2)9-、-CH=CH(CH2)10-、-CH=CH(CH2)11-、-CH=CH(CH2)12-、-CH=CH(CH2)13-、-CH=CH(CH2)14-、-CH=CH(CH2)15-、-CH=CH(CH2)16-等の炭素数6〜40、特に8〜30のアルケニレン基が挙げられる。アルキニレン基としては、例えば、-C≡C(CH2)4-、-C≡C(CH2)5-、-C≡C(CH2)6-、-C≡C(CH2)7-、-C≡C(CH2)8-、-C≡C(CH2)9-、-C≡C(CH2)10-、-C≡C(CH2)11-、-C≡C(CH2)12-、-C≡C(CH2)13-、-C≡C(CH2)14-、-C≡C(CH2)15-、-C≡C(CH2)16-等の炭素数6〜40、特に8〜30のアルキニレン基が挙げられる。これらの2価の炭化水素基は、置換基を有していてもよい。2価の炭化水素基が有していてもよい置換基としては、特に制限はなく、水酸基、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等)等が挙げられる。置換基を有する場合の置換基の数は、特に制限されず、1〜6個が好ましく、1〜3個がより好ましい。
【0035】
なかでも、R2で示される2価の炭化水素基としては、溶媒の極性が増大するとともに吸収極大波長及び蛍光極大波長がより短波長シフトするとともに、水性溶媒等の極性溶媒中でもより強く蛍光し、脂肪滴、細胞膜及び細胞質の所望のものをより強く蛍光させることが可能である観点から、分岐鎖を有さないアルキレン基が好ましい。
【0036】
Y1としては、溶媒の極性が増大するとともに吸収極大波長及び蛍光極大波長がより短波長シフトするとともに、水性溶媒等の極性溶媒中でもより強く蛍光し、脂肪滴、細胞膜及び細胞質の所望のものをより強く蛍光させることが可能である観点から、酸素原子が好ましい。
【0037】
Y2としては、溶媒の極性が増大するとともに吸収極大波長及び蛍光極大波長がより短波長シフトするとともに、水性溶媒等の極性溶媒中でもより強く蛍光し、脂肪滴、細胞膜及び細胞質の所望のものをより強く蛍光させることが可能である観点から、酸素原子が好ましい。
【0038】
このような条件を満たす本発明のアザピレン化合物としては、例えば、
【0039】
【化4】
【0040】
等が挙げられる。
【0041】
本発明のアザピレン化合物は、塩の状態で存在することもできる。このような塩としては、例えば、一般式(1’):
【0042】
【化5】
【0043】
[式中、R1、R2、Y1及びY2は前記に同じである。]
で表される塩が挙げられる。
【0044】
また、本発明のアザピレン化合物は、水和物又は溶媒和物として存在する場合もあるが、これらの物質はいずれも本発明の範囲に包含される。
【0045】
このような本発明のアザピレン化合物又はその塩は、長鎖脂肪酸骨格を有するため、脂肪酸アナログとして、細胞外から細胞内への脂肪酸の輸送や、細胞内に存在する脂質代謝酵素系によって脂肪酸からリン脂質、ジアシルグリセリド、トリグリセリド等の脂質への変換を行わせることが可能である。また、本発明のアザピレン化合物又はその塩は負の溶媒効果を有しており、溶媒の極性が増大するとともに吸収極大波長及び蛍光極大波長が短波長シフトする化合物であり、水性溶媒等の極性溶媒中でも強く蛍光する。この際、照射する光の波長を調整することにより、脂肪滴、細胞膜及び細胞質の所望のものを蛍光させることが可能である。このため、脂肪滴、細胞膜及び細胞質を区別することが可能である。
【0046】
2.アザピレン化合物又はその塩の製造方法
本発明のアザピレン化合物又はその塩は、特に制限されず、例えば、Y1及びY2が酸素原子であるアザピレン化合物(1A)は、以下の反応式1:
【0047】
【化6】
【0048】
[式中、R1及びR2は前記に同じである。R3は保護基を示す。]
にしたがって合成することができる。
【0049】
式中、R3で示される保護基としては、例えば、置換若しくは非置換アルキル基が挙げられる。アルキル基としては、上記したものを採用することができる。アルキル基が有し得る置換基の種類及び数も同様である。
【0050】
なお、Y1が硫黄原子であるアザピレン化合物は一般式(3)で表される化合物の代わりに適切な基質:
【0051】
【化7】
【0052】
等を用いることにより合成することができ、Y2が単結合であるアザピレン化合物は一般式(3)で表される化合物の代わりに適切な基質:
【0053】
【化8】
【0054】
等を用いることにより合成することができる。
【0055】
(2−1)化合物(2)及び(3)→化合物(4)
本工程では、例えば、有機溶媒中で、コバルト触媒、銀化合物及び塩基の存在下に、化合物(2)と化合物(3)とを反応させることができる。
【0056】
なお、化合物(2)及び(3)は、公知又は市販の化合物を用いることもでき、合成することもできる。化合物(2)を合成する場合は既報にしたがって合成することができる。また、化合物(3)を合成する場合は、例えば、反応式2:
【0057】
【化9】
【0058】
[式中、R2及びR3は前記に同じである。X1及びX2は同一又は異なって、ハロゲン原子を示す。]
にしたがって合成することができる。例えば、有機溶媒(ピリジン、ジクロロメタン等)中で化合物(5)と化合物(6)とを反応させて化合物(7)を得た後に、有機溶媒(クロロホルム等)中で塩基(トリエチルアミン等)の存在下に化合物(7)とアジド化合物(p-ABSA; 4-アセトアミドベンゼンスルホニルアジド等)とを反応させることで合成することができる。なお、化合物(6)の使用量は化合物(5)1モルに対して1.5〜3モルが好ましく、アジド化合物の使用量は化合物(7)1モルに対して0.5〜2モルが好ましく、塩基の使用量は化合物(7)1モルに対して1〜2モルが好ましい。
【0059】
上記反応式1において、化合物(3)の使用量は、合成のしやすさ、収率等の観点から、化合物(2)1モルに対して0.5〜3モルが好ましく、1〜2モルがより好ましい。
【0060】
コバルト触媒としては、コバルト金属の他、ハロゲン(塩素、臭素、ヨウ素等)、水酸化物イオン、一酸化炭素(CO)、1,5-シクロオクタジエン、ジベンジリデンアセトン、ビピリジン、フェナントロリン、ベンゾニトリル、イソシアニド、アセチルアセトナト、シクロペンタジエニル(Cp*)、エチレンジアミン等の配位子が配位したコバルト触媒も挙げられる。本発明では、合成のしやすさ、収率等の観点から、Cp*Co(CO)I2が好ましい。これらコバルト触媒は単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。
【0061】
上記反応式1において、コバルト触媒の使用量は、合成のしやすさ、収率等の観点から、化合物(2)1モルに対して0.01〜0.5モルが好ましく、0.02〜0.2モルがより好ましい。
【0062】
銀化合物としては、特に制限されず、酢酸銀、ピバル酸銀(AgOPiv)、トリフルオロメタンスルホン酸銀(AgOTf)、安息香酸銀(AgOCOPh)等の有機銀化合物;硝酸銀、フッ化銀、塩化銀、臭化銀、ヨウ化銀、硫酸銀、酸化銀、硫化銀、テトラフルオロホウ酸銀(AgBF4)、ヘキサフルオロリン酸銀(AgPF6)、ヘキサフルオロアンチモン酸銀(AgSbF6)等の無機銀化合物等が挙げられ、合成のしやすさ、収率等の観点から、無機銀化合物が好ましく、テトラフルオロホウ酸銀(AgBF4)、ヘキサフルオロリン酸銀(AgPF6)、ヘキサフルオロアンチモン酸銀(AgSbF6)等がより好ましく、ヘキサフルオロアンチモン酸銀(AgSbF6)がさらに好ましい。これらの銀化合物は、単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。
【0063】
上記反応式1において、銀化合物の使用量は、合成のしやすさ、収率等の観点から、化合物(2)1モルに対して0.02〜1モルが好ましく、0.05〜0.5モルがより好ましい。
【0064】
塩基としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸セシウム、リン酸カリウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム等が挙げられ、本工程では、収率及び合成の容易さの観点から、酢酸カリウムが好ましい。これらの塩基は、単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。
【0065】
上記反応式1において、塩基の使用量は、合成のしやすさ、収率等の観点から、化合物(2)1モルに対して0.05〜1モルが好ましく、0.1〜0.5モルがより好ましい。
【0066】
本工程において使用され得る有機溶媒としては、公知のものを採用することができ、本工程では、例えば、2-フルオロエタノール、2,2’-ジフルオロエタノール、2,2’,2’’-トリフルオロエタノール等のフルオロアルコール、2,2,3,3,3-ペンタフルオロ-1-プロパノール、2,2,3,3,4,4-ヘキサフルオロ-1-ブタノール、2,2,3,3,4,4,4-ヘプタフルオロ-1-ブタノール、2,2,3,3,4,4,5,5-オクタフルオロ-1-ペンタノール、1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノール、1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-フェニル-2-プロパノール等の含フッ素アルコール;2,2,3,3,4,4-ヘキサフルオロ-1,5-ペンタンジオール、2,2,3,3,4,4,5,5-オクタフルオロ-1,6-ヘキサンジオール等の含フッ素ジオール;ジクロロエタン、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素等が挙げられる。これらの有機溶媒は、単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。
【0067】
また、反応条件は、反応が十分に進行する程度が好ましく、例えば、反応雰囲気は不活性ガス雰囲気(窒素ガス雰囲気、アルゴンガス雰囲気等)が好ましく、反応温度は0〜150℃、特に50〜100℃が好ましく、反応時間は5分〜36時間、特に10分〜24時間が好ましい。
【0068】
反応終了後は、必要に応じて常法にしたがって精製処理をすることもできる。また、精製処理を施さずに次の工程を行うこともできる。
【0069】
(2−2)酸化反応(化合物(4)→化合物(1A))
本工程では、例えば、有機溶媒中で、上記反応式1における化合物(4)に対して、酸化反応を引き起こすことができる。
【0070】
酸化反応には、例えば、塩化水素(塩酸)、硫酸、ギ酸、酢酸、トリフルオロ酢酸(TFA)、無水トリフルオロ酢酸、三フッ化ホウ素ジエチルエーテル錯体、トリフルオロメタンスルホン酸等の酸を使用することができる。これらの酸は、単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。
【0071】
上記反応式1において、酸の使用量は、合成のしやすさ、収率等の観点から、過剰量(溶媒量)使用することが好ましい。
【0072】
本工程において使用され得る有機溶媒としては、公知のものを採用することができ、本工程では、例えば、ジクロロメタン、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素;テトラヒドロフラン、ジオキサン等の環状エーテル化合物;ジメチルスルホキシド(DMSO)等が挙げられる。これらの有機溶媒は、単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。
【0073】
また、反応条件は、反応が十分に進行する程度が好ましく、例えば、反応雰囲気は不活性ガス雰囲気(窒素ガス雰囲気、アルゴンガス雰囲気等)が好ましく、反応温度は-50〜100℃、特に0〜50℃が好ましく、反応時間は5分〜36時間、特に10分〜24時間が好ましい。
【0074】
このようにして、一般式(1)で表されるアザピレン化合物を得ることができ、必要に応じて通常の単離及び精製工程を経て使用することもできる。
【0075】
なお、上記では、本発明のアザピレン化合物の一態様の合成方法の一例について記載したが、この製造方法に限定されることはなく、様々な合成方法で合成することができる。
【0076】
3.蛍光色素及び細胞染色剤
本発明の蛍光色素は、上記の本発明のアザピレン化合物又はその塩を含有する。
【0077】
本発明の蛍光色素は、溶媒の極性が増大するとともに吸収極大波長及び蛍光極大波長が短波長シフトする負の溶媒効果を有している。この際、溶媒の極性によっては蛍光量子収率はあまり変化しない。このことから、溶媒の極性が増大するとともに吸収極大波長及び蛍光極大波長が短波長シフトするという特徴を有しつつも、水性溶媒のように非常に極性の大きい溶媒中であっても強く蛍光することができる。このため、本発明の蛍光色素は、負の溶媒効果を有するソルバトクロミック蛍光色素として有用である。
【0078】
また、本発明の蛍光色素は、長鎖脂肪酸骨格を有するため、脂肪酸アナログとして、細胞外から細胞内への脂肪酸の輸送や、細胞内に存在する脂質代謝酵素系によって脂肪酸からリン脂質、ジアシルグリセリド、トリグリセリド等の脂質への変換を行わせることが可能である。これにより、細胞中の脂肪滴、細胞膜及び細胞質を必要に応じて染色させることが可能である。本発明のアザピレン化合物又はその塩は、上記のとおり、周囲の環境によって吸収極大波長及び蛍光極大波長が変化する化合物であるから、蛍光させようとするものにあわせた波長の光を照射することにより、所望の蛍光を得ることができる。例えば、波長が473nmの光を照射した場合には、脂肪滴中の本発明のアザピレン化合物又はその塩はほとんど励起されないため蛍光しない。このことから、波長が473nmの光を照射した場合には、細胞質及び細胞膜を蛍光させることが可能である。一方、波長が559nmの光を照射した場合には、細胞質中の本発明のアザピレン化合物又はその塩はほとんど励起されないため蛍光しない一方、脂肪滴中の本発明のアザピレン化合物又はその塩は強く蛍光する。このことから、波長が559nmの光を照射した場合には、脂肪滴を強く蛍光させ、また、細胞膜を蛍光させることが可能である。特に、脂質代謝酵素系における脂質代謝において、本発明のアザピレン化合物又はその塩は脂肪酸として認識されることから、脂肪滴内部に存在しやすく、脂肪滴の蛍光がより強くなる傾向がある。このように、本発明のアザピレン化合物又はその塩を使用した場合には、細胞中の脂肪滴、細胞質及び細胞膜を必要に応じて染色するとともに、染め分けることが可能である。このため、本発明のアザピレン化合物又はその塩を使用することにより、細胞中に脂肪細胞ができた場合の挙動や、脂肪細胞がどのように変化するのか解析が可能である。なお、従来から使用されている長鎖脂肪酸が付加されたBODIPY化合物(BODIPY C12等)を用いた場合は周囲の環境によって吸収極大波長及び蛍光極大波長が変化しない化合物であるために脂肪滴、細胞質及び細胞膜を染め分けることはできず上記のような解析はできない。
【0079】
4.アッセイキット及びスクリーニング方法
本発明のアッセイキット(特に、脂肪滴、細胞質及び細胞膜蛍光染色キット)は、本発明のアザピレン化合物又はその塩を含有する。その他、必要に応じて、多数(6個、24個、96個、384個等)のウェル(穴)を有するプレート、洗浄液、固定液、使用説明書等を含有することもできる。
【0080】
本発明のアザピレン化合物又はその塩は、上記のとおり、例えば波長が559nmの光を照射した場合には、脂肪滴を強く蛍光させ、また、細胞膜を蛍光させることが可能であるが、DGAT阻害剤を使用した場合には図3に示されるように、本発明のアザピレン化合物又はその塩がトリアシルグリセリド(TAG)へ変換して脂肪滴内部に偏在することを抑制することができ、脂肪滴の蛍光を抑制することが可能である。このため、本発明のアザピレン化合物又はその塩とDGAT阻害剤とを併用した場合には、脂肪滴由来の蛍光(559nm励起)が観測されなくなる一方、脂肪質由来の蛍光(473nm励起)は観測できる。一方、脂肪酸取り込み阻害剤やアシルCoA合成阻害剤等を使用した場合は、細胞質由来の蛍光(473nm励起)及び脂肪滴由来の蛍光(559nm励起)ともに観測されなくなる。この違いを活用すれば、被検化合物がDGAT阻害活性を有するか否かを判断することが可能である。
【0081】
このため、本発明のアッセイキットを用いれば、被検化合物がDGAT阻害活性を有するか否かを分析することができる。具体的には、被検化合物の存在下と非存在下で、本発明のアザピレン化合物又はその塩の蛍光を比較し、その蛍光の違いを検出することで被検化合物のDGAT阻害活性の有無を判定することができる。この際、被検化合物の存在下で脂肪滴由来の蛍光が見られなる一方細胞質由来の蛍光は観測できる場合にはDGAT阻害活性を有すると判断することができる。
【0082】
この判定方法を利用すれば、被検化合物がDGAT阻害活性を有するか否か、つまり、トリアシルグリセリド(TAG)へ変換して脂肪滴内部に偏在するか否かを判定することが可能であるため、このことを利用して抗脂肪薬のスクリーニングを行うことも可能である。
【実施例】
【0083】
実施例に基づいて、本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらのみに限定されるものではない。
【0084】
1H NMRスペクトル及び13C{1H} NMRスペクトルは、JEOL AL-400 spectrometer(1H: 400MHz、13C: 100MHz)、又はJEOL ECA 500 II spectrometer(13C: 125MHz)を用いて、溶媒としてCDCl3又はDMSO-d6中で測定した。1H NMRスペクトルの化学シフトは、内部標準(CHCl3 δ 7.26、DMSO δ 2.50)として溶媒の残留プロトンを用いてδppmで表記し、13C NMRスペクトルの化学シフトは、内部標準(CDCl3 δ 77.16、DMSO-d6 δ 73.78)として溶媒のシグナルを用いて報告した。マススペクトルは、Thermo Fisher Scientific Exactive spectrometerによるエレクトロスプレーイオン化(ESI)法により測定した。薄層クロマトグラフィー(TLC)は、シリカゲル60F254(Merck)を0.25mmの厚さで塗布し、UV(254nm)又は塩基性過マンガン酸塩染色で可視化したプレート上で行った。カラムクロマトグラフィーは、中性シリカゲルPSQ100B(富士シリシア化学(株))を用いて行った。リサイクル分取ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)は、溶離液としてCHCl3を用いたポリスチレンゲルカラム(JAIGEL 1H及び2H、日本分析工業(株))を備えたLC-918(日本分析工業(株))を用いて行った。無水CH2Cl2は関東化学(株)から購入し、Glass Contour Solvent Systemsで精製した。化合物1a(Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 4508.)、化合物1b(Chem. Asian J. 2015, 10, 553.)、化合物1c(Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 10975.)、6-ヒドロキシ-tert-ブチルヘキサノエート(J. Org. Chem. 1984, 49, 2144.)、11-ヒドロキシ-tert-ブチルドデカノエート(Tetrahedron 1995, 51, 10531.)、及びシクロペンタジエニルカルボニルコバルトジヨージド([Cp*Co(CO)I2];Adv. Synth. Catal. 2014, 356, 1491.)は、既報にしたがって合成した。AgSbF6及び酢酸カリウム(KOAc)は試薬会社から購入しグローブボックスに保管した。乾燥ピリジンは和光純薬工業(株)から購入し、4ÅのLinde molecular sieves上で保管した。他の全ての試薬は、試薬会社から購入しそのまま使用した。特に制限のない限り、全ての反応はアルゴン又は窒素雰囲気下で行った。
【0085】
【化10】
【0086】
3a-アザピレン-4-オン骨格は、CoIII触媒を用いて、以前に報告されているC-Hアルキル化/環化カスケードによって容易に合成した(Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 4508.)。概略としては、市販のベンゾ[h]キノリン及び対応するジアゾマロン酸エステルのtert-ブチル保護された長鎖ωカルボン酸(3a及び3b))をC-H活性化反応に付して、3a-アザピレン-4-オン誘導体を得た。続いて、過剰のトリフルオロ酢酸での処理による保護基の遊離により、所望の生成物(1-C6及び1-C12)を得た。C-H活性化に使用したジアゾマロネートは、対応するアルコール及び塩化マロニルから2段階で調製し、続いてマロン酸をジアゾ化した。各合成の詳細は以下に示す。
【0087】
参考例1:化合物1a
【0088】
【化11】
【0089】
既報(Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 4508.)に記載の化合物を化合物1aとした。
【0090】
参考例2:化合物1b
【0091】
【化12】
【0092】
既報(Chem. Asian J. 2015, 10, 553.)に記載の化合物を化合物1bとした。
【0093】
参考例3:化合物1c
【0094】
【化13】
【0095】
既報(Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 10975.)に記載の化合物を化合物1cとした。
【0096】
合成例1:化合物2aの合成
無水CH2Cl2(50.0mL)中の6-ヒドロキシ-tert-ブチルヘキサノエート(3.10g, 16.5mmol)及び無水ピリジン(1.60mL, 19.8mmol)の溶液に、塩化マロニル(730μL, 1.06g, 7.51mmol)を添加した。混合物を室温で19時間撹拌し、水でクエンチした。水層をCH2Cl2で抽出し、合わせた有機抽出物を飽和NH4Cl溶液、水及びブラインで洗浄した。有機層をNa2SO4で乾燥し、ろ過し、減圧下に濃縮した。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン/酢酸エチル= 10: 1)で精製し、無色オイルとして化合物2aを得た(1.63g, 3.68mmol, 49%)。
【0097】
【数1】
【0098】
合成例2:化合物2bの合成
無水CH2Cl2(20.0mL)中の12-ヒドロキシ-tert-ブチルドデカノエート(4.55g, 16.7mmol)及び無水ピリジン(1.45mL, 18.0mmol)の溶液に、無水CH2Cl2(20.0mL)中の塩化マロニル(730μL, 1.06g, 7.51mmol)の溶液を、室温で15分間かけて添加した。混合物を室温で16時間撹拌し、水でクエンチした。水層をCH2Cl2で抽出し、合わせた有機抽出物を水及びブラインで洗浄した。有機層をNa2SO4で乾燥し、ろ過し、減圧下に濃縮した。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン/酢酸エチル= 10: 1)で精製し、無色オイルとして化合物2bを得た(3.65g, 5.95mmol, 79%)。
【0099】
【数2】
【0100】
合成例3:化合物3aの合成
アセトニトリル(15.0mL)中の合成例1で得た化合物2a(1.41g, 3.18mmol)及び4-アセトアミドベンゼンスルホニルアジド(p-ABSA; 965mg, 4.02mmol)の懸濁液に、トリエチルアミン(630μL, 4.52mmol)を添加した。混合物を室温で3日間撹拌した。CH2Cl2をこの懸濁液に添加し、セライトのプラグでろ過した。ろ液を減圧下に濃縮し、CH2Cl2に溶解し、飽和NH4Cl水溶液、水及びブラインで洗浄した。合わせた有機層をNa2SO4で乾燥し、ろ過し、減圧下に濃縮した。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(CH2Cl2)、次いでGPC(CHCl3)で精製し、黄色オイルとして化合物3aを得た(1.40g, 2.97mmol, 93%)。なお、この反応は大気中で行った。
【0101】
【数3】
【0102】
合成例4:化合物3bの合成
アセトニトリル(15.0mL)中の合成例2で得た化合物2b(3.09g, 5.04mmol)及び4-アセトアミドベンゼンスルホニルアジド(p-ABSA; 1.44g, 5.60mmol)の懸濁液に、トリエチルアミン(1.05mL, 7.53mmol)を添加した。混合物を室温で40時間撹拌した。この懸濁液に追加のトリエチルアミン(500μL, 3.59mmol)を加え、混合物をさらに2日間撹拌した。CH2Cl2をこの懸濁液に添加し、セライトのプラグでろ過した。ろ液を減圧下に濃縮し、CH2Cl2に溶解し、水及びブラインで洗浄した。合わせた有機抽出物をNa2SO4で乾燥し、ろ過し、減圧下に濃縮した。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン/酢酸エチル= 9: 1)で精製し、黄色オイルとして化合物3bを得た(2.64g, 4.13mmol, 82%)。なお、この反応は大気中で行った。
【0103】
【数4】
【0104】
合成例5:化合物1dの合成
アルゴン雰囲気下、オーブン乾燥したSchlenkフラスコに、AgSbF6(20.6mg, 60μmol)及び酢酸カリウム(KOAc; 11.8mg, 120μmol)を添加した。次いで、ここに、トリフルオロエタノール(TFE; 6.0mL)中のシクロペンタジエニルカルボニルコバルトジヨージド([Cp*Co(CO)I2]; 14.3mg, 30μmol)、ベンゾ[h]キノリン(109mg, 0.608mmol)及び合成例3で得た化合物3a(419mg, 0.890mmol)の溶液を添加した。得られた懸濁液を80℃で16時間撹拌した。混合物を減圧下に濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(CH2Cl2/アセトン= 10: 1、次いで4: 1)で精製した。次いで、分取GPC(CHCl3)でさらに精製し、赤色固体として化合物1dを得た(97.9mg, 0.226mmol, 38%)。
【0105】
【数5】
【0106】
合成例6:化合物1eの合成
アルゴン雰囲気下、オーブン乾燥したSchlenkフラスコに、AgSbF6(35.0mg, 0.102mmol)及び酢酸カリウム(KOAc; 20.3mg, 0.207mmol)を添加した。次いで、ここに、トリフルオロエタノール(TFE; 5.0mL)中のシクロペンタジエニルカルボニルコバルトジヨージド([Cp*Co(CO)I2]; 23.8mg, 50μmol)、ベンゾ[h]キノリン(91.6mg, 0.511mmol)及び合成例4で得た化合物3b(478mg, 0.749mmol)の溶液を添加した。得られた懸濁液を80℃で16時間撹拌した。混合物を減圧下に濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(CH2Cl2/アセトン= 20: 1、次いで4: 1)で精製した。次いで、分取GPC(CHCl3)でさらに精製し、赤色固体として化合物1eを得た(80.1mg, 0.155mmol, 30%)。
【0107】
【数6】
【0108】
比較例1:化合物1-C6の合成
トリフルオロ酢酸(TFA; 5.0mL)及びCH2Cl2(5.0mL)中の合成例5で得た化合物1d(76.2mg, 0.176mmol)の溶液を室温で12時間撹拌した。この溶液に水を添加し、有機層を分離した。水層をCH2Cl2で抽出し、合わせた有機抽出物に飽和NaHCO3水溶液を添加した。水層をCH2Cl2で洗浄し、塩酸を加えて水層を酸性にした。CH2Cl2を加えて沈殿物を溶解し、水層をCH2Cl2で洗浄した。合わせた有機抽出物をNa2SO4で乾燥し、ろ過し、減圧下に濃縮した。得られた粗生成物を少量のCHCl3中に懸濁させ、ろ過して赤色固体として化合物1-C6を得た(12.3mg, 32.6μmol)。これとは別に、ろ液を減圧下に濃縮し、少量のCH2Cl2中に懸濁させた。懸濁液をろ過し、固体を回収して、赤色固体として、別途化合物1-C6を得た(22.7mg, 60.1μmol; 合計収率53%)。
【0109】
【数7】
【0110】
実施例1:化合物1-C12の合成
トリフルオロ酢酸(TFA; 2.0mL)及びCH2Cl2(2.0mL)中の合成例6で得た化合物1e(54.6mg, 0.106mmol)の溶液を室温で12時間撹拌した。この溶液に水を添加し、有機層を分離した。水層をCH2Cl2で抽出し、合わせた有機抽出物をブラインで洗浄し、Na2SO4で乾燥し、ろ過し、減圧下に濃縮した。得られた粗生成物を少量のCH2Cl2中に懸濁させ、ろ過して赤色固体を得た。得られた固体をオーブン(100℃)で乾燥し、赤色固体として化合物1-C12を得た(24.9mg, 53.9μmol, 51%)。
【0111】
【数8】
【0112】
光物理的性質測定
紫外可視吸収スペクトルを、0.5nmの分解能を有するShimadzu UV-3510 spectrometerで記録した。試料溶液の定常状態の蛍光スペクトルを、0.5nmの分解能を有するHitachi F-4500 spectrometerで記録した。1cm四方の石英キュベット中に濃度10-5Mの試料溶液を入れた。蛍光測定のために、試料溶液を各化合物の吸収極大波長で励起した。絶対蛍光量子収率は、多チャンネル分光計(PMA-11)を備えたHamamatsu C9920-02較正積分球システムで測定した。
【0113】
耐光性測定
耐光性は、水性緩衝液(HEPES, pH7.4, 1%DMSO共溶媒)又は大豆油(和光純薬工業(株)製1%)中での吸収強度の変化により、光安定性をモニターした。1cm四方の石英キュベット中の溶液に、460nm又は480nmバンドパスフィルターを備えた300W Xeランプ(Asahiスペクトル、MAX-302)を照射した。照射強度は300Wm-2とした。各サンプルの460nm(化合物1a〜1c及び化合物NBD-C6)又は480nm(化合物1a及びBODIPY)の吸光度を同様の範囲に調整した。
【0114】
試験例1:負の溶媒効果の評価
参考例1の化合物1aについて測定した結果を図4及び表1に示す。吸収極大波長はトルエン、CH2Cl2、CHCl3、DMSO、アセトニトリル、メタノール、水の順に大きく、蛍光極大波長はトルエン、DMSO、CH2Cl2、CHCl3、アセトニトリル、メタノール、水の順に大きかった。この結果から、光物理学的性質の徹底的な研究により、全ての溶媒中で高い蛍光量子収率を保持しながら、化合物1aが有意な負の溶媒効果を示すことが明らかになった。吸収極大波長は溶媒の違いにより急激にシフトし、蛍光極大波長は有意であるがより緩やかな変化が観察された。蛍光量子収率及び寿命は全ての溶媒で同様であり、最も低い励起状態の性質は溶媒の極性にかかわらず類似していることが示された。
【0115】
【表1】
【0116】
負の溶媒効果の起源についてさらに洞察するため、短波長シフトの程度が溶媒の極性及び水素結合の両方によって有意に影響されることを明確にする一連の実験を行った。本発明者らは、溶媒の配向分極率(Δf)に対して波数に換算して吸収極大をプロットした(Principles of Fluorescence Spectroscopy, 3rd Ed. Springer, 2006.)。Δfは物理的パラメータ、すなわち屈折率及び誘電率のみを考慮するため、Δfは化学的相互作用を考慮することなく溶媒の極性とみなすことができる。結果を図5に示す。興味深いことに、有意な水素結合供与能を有さない溶媒の場合には良好な線形相関が観察された。メタノール、水等の水素結合を有する溶媒の存在下では、線形相関からは大きくずれ、水素結合の影響が示唆されている。このことから、水、メタノールのように水素結合を有する溶媒によっては、溶媒の極性のみならず水素結合の存在によって吸収極大がさらに増大することが示唆される。
【0117】
アザピレン化合物のカルボニル基に隣接する炭素原子には異なる置換基を導入することが可能であるため、化合物1aの光物性を、既に報告されている化合物1b及び化合物1cと比較した。結果を表2及び図6に示す。CH2Cl2と水性緩衝液の両方について、発光及び吸収の極大波長及び蛍光量子収率の微妙な差しか観察されなかったことから、本発明のアザピレン化合物又はその塩も同様に負の溶媒効果を有することが示唆される。一方、光退色性については顕著な差が観察された。明らかに、電子求引性エステル基又はその類似基の存在は、光安定性を大きく改善することが示唆されており、本発明のアザピレン化合物又はその塩も同様に光安定性に優れることが示唆される。
【0118】
【表2】
【0119】
試験例2:PH依存性
【0120】
【化14】
【0121】
化合物1aは2つの正準構造として表すことができるため、本発明者らは、化合物1aが酸性領域のpHでプロトン化されるかどうかを評価した。様々な生理学的に関連するpHにおける励起極大及び蛍光極大の両方がモニターされた場合、化合物1aのpH依存性は無視できる程度であった。結果を図7〜8に示す。この結果はまた、化合物1aが双性イオンカノニカル構造として表され得るが、カルボニル基の塩基性は、少なくとも生理的pH内でプロトン化事象が起こらないほど十分に低いことを示す。このようなpH依存性の欠如から、化合物1aを極性プローブの優れた候補とすることができる。
【0122】
大型単層ベシクル(LUV)の調製
大きな単層ベシクルは、既報(Biochim. Biophys. Acta 1985, 812, 55.)の手順に従って調製した。乾燥した脂質フィルムを、1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DOPC)と実施例1で得た化合物1-C12のモル比200: 1のクロロホルム溶液から調製した。このフィルムをリン酸緩衝液(pH7.4)で水和させて脂質の最終濃度を1mMとし、超音波処理を用いてマルチラメラベシクルを調製した。得られたベシクル溶液を100nmの孔径のポリカーボネートフィルターを通して10回押し出した。LUV溶液は、動的光散乱(DLS)測定によって特徴付けた。
【0123】
試験例3:モデルシステム中の光物理的性質
極性及び水素結合による環境応答を評価するため、本発明者らは、水性媒体中の自由分散状態、(細胞質に相当)、蛍光色素に水分子が部分的に接近可能な膜結合状態(細胞膜に相当)、及び水分子が存在しない油性環境(脂肪滴に相当)を区別できるかどうかを確認した。具体的には、長鎖脂肪酸アナログとして、水性緩衝液中の化合物1a、化合物1-C6及び化合物1-C12;大きな単層ベシクル(LUV);並びに大豆油の蛍光スペクトル及び励起スペクトルを測定した。結果を図9〜10に示す。興味深いことに、3つのモデル系の励起最大値は大きく異なっており、化合物1-C12は細胞質、小胞体及び関連膜(細胞膜)、並びに脂質液滴(脂肪滴)を区別できることが分かる。化合物1a、化合物1-C6、及び化合物1-C12がほとんど同一の蛍光スペクトル及び励起スペクトルを有していたため、ミセル凝集体は形成されていないことを示唆している。水性緩衝液とLUVとの間に顕著な差異が観察されたことから、化合物1-C12はおそらく脂質二重層内に取り込まれているが、LUVと大豆油とも有意差を示したため蛍光色素が表面近傍に存在する可能性がある。特に、LUVの励起極大が純粋なメタノール(Principles of Fluorescence Spectroscopy, 3rd Ed. Springer, 2006.)と同様であることを考慮して、水はおそらく蛍光色素に接近し、水素結合を形成し、励起極大波長の有意な短波長シフトを引き起こすことが示唆される。これらの結果をすべて考慮して、化合物1-C12は、細胞中に代謝される3つの異なる環境である細胞膜、細胞質及び脂肪滴を区別できることが示唆される。
【0124】
細胞イメージングへの3a-アザピレン-4-オン骨格の適用性を確実にするために、化合物1aの光退色性を、脂質滴染色及び脂質類似体の染色のために一般的に使用される蛍光色素であるBODIPY493/503(4,4-ジフルオロ-1,3,5,7,8-ペンタメチル-4-ボラ-3a,4a-ジアザ-s-インダセン)及びNBD-C6(6-(7-ニトロベンゾフラザン-4-イルアミノ)ヘキサン酸)と比較した。結果を図11に示す。大豆油では、化合物1aは両方の蛍光色素と比較して優れた光安定性を示した。上記の結果から、本願発明のアザピレン化合物又はその塩は化合物1aと同様に蛍光が維持することが示唆される。
【0125】
細胞培養
HeLa細胞(RIKEN Cell Bank, Japan)、HepG2細胞(RIKEN Cell Bank, Japan)、及び3T3-L1細胞(JCRB Cell Bank, Japan)を、10%ウシ胎仔血清(FBS, Gibco)と、抗生物質/有糸分裂阻害剤(AA; ペニシリン、ストレプトマイシン及びアムホテリシンB; Wako chemical)とを含むダルベッコ変法イーグル培地(DMEM, Sigma)中で37℃、5%CO2/95%空気インキュベーター中で培養した。細胞がコンフルエンスに達した2日後に、3T3-L1脂肪細胞分化を開始させるために、培地をDMEM(10%FBS, 1%AA, 10μg/mLインスリン, 2.5μMデキサメタゾン, 0.5mM 3-イソブチル-メチルキサンチン)に交換し、3日間インキュベートした。次いで培養培地をDMEM(10%FBS, 1%AA, 10μg/mLインスリン)に交換し、培地を2日ごとに交換した。他の細胞については、培養培地を2日又は3日ごとに交換した。
【0126】
細胞生存率
生細胞に対する化合物1-C12の細胞傷害性を評価するために、MTTアッセイを行った。HeLa細胞を96ウェルプレートに播種し、様々な濃度の化合物1-C12又は化合物1a(0.5μM, 1μM, 2μM, 5μM, 10μM, 15μM又は20μM)を含有するDMEM中、37℃で24時間、CO2インキュベーターでインキュベートした。次いで、MTT試薬(最終濃度= 0.5mg/mL)を各ウェルに添加し、プレートをCO2インキュベーター中でさらに1時間インキュベートした。ホルマザンを溶解するためにDMSOを各ウェルに添加した後、600nmの波長(波長は化合物1-C12からの干渉を避けるために選択した)でSpectraMaxi3(Molecular Devices)により各ウェルの吸光度を測定した。
【0127】
細胞染色及び蛍光イメージング
HepG2細胞を単一ウェルガラス底皿(Matsunami Glass)で培養した。蛍光イメージングの前に、HepG2細胞を、1mMの脂肪酸(オレイン酸/パルミチン酸塩2: 1)と2%ウシ血清アルブミン(本質的に脂肪酸を含まない)とを含むDMEM(10%FBS, 1%AA)で、CO2インキュベーターで24時間インキュベートした。細胞をPBS(0.5%BSA)及びPBS(-)でリンスした。次いで、細胞を、5μMのBODIPY-C12、化合物1-C6、又は化合物1-C12を含むDMEM(フェノールレッドフリー、1%AA)でインキュベートした。阻害実験のために、細胞を、培地中の200mMのフロレチンで30分間処理した後、フロレチンの存在下で5μMの化合物1-C12とともにインキュベートした。同時染色実験には、化合物1-C12で染色された細胞を、1μMのLipiDye又は1μMのER Tracker Redで15〜30分間さらにインキュベートした。
【0128】
HeLa細胞を単一ウェルガラス底ディッシュ(Matsunami Glass)で培養した。細胞を5μMの化合物1-C12を含むDMEM(フェノールレッドフリー、1%AA)で、2時間インキュベートした。培地をカルシウム及びマグネシウムを含まないハンクス平衡塩類溶液(HBSS, Wako Chemical)でリンスし、細胞をHBSS中の1μM ER Tracker Redとともにさらに15分間インキュベートした。
【0129】
完全に分化した3T3-L1細胞(8〜11日目)を単一ウェルガラス底皿(Matsunami Glass)で培養した。細胞を、5μMの化合物1-C12を含有するDMEM(フェノールレッドフリー、1%AA)でインキュベートした。阻害実験には、細胞を培地中1.2mMの2-ブロモオクタン酸又は4mMのWortmanninで30分間処理した後に、阻害剤の存在下で5μMの化合物1-C12とともにインキュベートした。
【0130】
試験例4:細胞染色実験
化合物1-C12が蛍光長鎖脂肪酸アナログとして作用するかどうかを調べるために、周囲の環境に対して著しく応答する負のソルバトクロミック蛍光色素として化合物1aを確立した。HepG2細胞は天然の状態では脂質液滴(脂肪滴)をあまり含んでいない(Hepatology 2008, 47, 1905.)ので、脂質液滴(脂肪滴)の成長を促進するために、1mMの脂肪酸(オレアート:パルミテート 2: 1、ウシ血清アルブミンと混合)とともに24時間プレインキュベートした。いくつかの条件のスクリーニングにより、5μMの化合物1-C12とともにインキュベートすると良好なシグナルが得られることが分かった。化合物1-C12とともに1時間インキュベートした細胞を473nm及び559nmのレーザーで励起すると、異なる染色パターンが観察された。結果を図12に示す。473nmレーザーで励起すると、膜様構造(細胞膜)が観察された(脂肪滴の蛍光は見られない)のに対し、559nmレーザーでは膜様構造(細胞膜)とともに脂質液滴(脂肪滴)からの蛍光も観察された。インキュベーション時間を延長すると、脂質液滴(脂肪滴)からのシグナルが増強し、化合物1-C12がHepG2細胞によって脂質液滴(脂肪滴)にゆっくりと代謝されることが示唆される。この結果を図13に示す。さらに、フロレチン処理細胞を染色すると、蛍光強度が有意に低下しており、化合物1-C12が代謝的に処理されたことを示唆している。この結果を図14〜15に示す。この結果は、上記のモデル実験のように、水性からより疎水性の媒体に入ると励起極大波長の短波長シフトが生じたことを示している。膜様構造(細胞膜)が両方のレーザーにより励起でき、脂質液滴(脂肪滴)は559nmのレーザーのみによって励起できるという事実も以前の観察と一致する。
【0131】
重要なことに、化合物1aが高度に細胞毒性であったにもかかわらず、化合物1-C12の細胞傷害性は低かった。この結果を図16〜17に示す。HeLa細胞を用いたMTTアッセイにより決定された化合物1-C12及び化合物1aの細胞生存率は、化合物1-C12は20μMまでほぼ無毒であったが、化合物1aは1μMの濃度で有意に細胞傷害性であった。
【0132】
化合物1-C12とは対照的に、化合物1-C6は、感知できる細胞内蛍光を発しなかった。結果を図18に示す。5μMの化合物1-C6で1時間インキュベートすると、HepG2細胞の染色はごくわずかであった。この染色の違いは、おそらく、短鎖脂肪酸アナログが天然脂肪酸アナログとして取り込まれる可能性が低いという事実に起因する。事実、BODIPY誘導体による脂肪酸取り込み速度論の比較により、短いアシル鎖が細胞による取り込みを大幅に減少又は無視できる結果をもたらすことも知られている(J. Biol. Chem. 1983, 258, 2034.及びMethods Enzymol. 2014, 538, 107.)。このように、アルキル鎖が短いために、化合物1-C6の親水性が大幅に増強されると、化合物1-C6が原形質膜を通過することを抑制し得る。
【0133】
一連の共染色実験は、化合物1-C12が小胞体(ER;細胞膜)及び脂質液滴(脂肪滴)の両方に局在化することを立証した。まず、両方の励起波長によって観察される膜様シグナルがER染色に起因することを確認するために、ER tracker redとの共局在化実験を行った。脂質液滴様構造からのシグナルによる合併症を最小限にするために、脂肪酸による前処理をしないHepG2細胞を使用した。 HepG2細胞を化合物1-C12とともに1時間インキュベートした後、ER Tracker Redとともに30分間インキュベートすると、良好な共局在が観察された。結果を図19に示す。レーザー強度及び検出波長は、ER tracker redが存在しない場合、559nm励起チャネルから有意な蛍光シグナルが観察されないように調整した。
【0134】
HepG2細胞は高度に発達したER膜を有するので、本質的にほとんどの細胞区画は染色されたようである。ERの局在をさらに確認するために、HeLa細胞を用いて共染色実験を行った。結果を図19に示す。予想通り、HeLa細胞中の化合物1-C12も良好な共局在を示した。これらの実験から、化合物1-C12からの赤色及び緑色信号の重なりがERから生じると結論付けられる。
【0135】
前述したように、脂肪酸処理したHepG2細胞の場合、化合物1-C12は脂質液滴様構造(脂肪滴)を染色し、これは559nmの励起でのみ観察された。脂質液滴マーカーLipiDyeとの同時染色の結果から、実際に赤色シグナルが脂質液滴(脂肪滴)から生じることを確認できた(図13)。上記の結果と合わせて、化合物1-C12が473nm及び559nmのレーザーによって励起されるERと、559nmレーザーによってのみ励起される脂質液滴(脂肪滴)とを染色することを確立した。
【0136】
化合物1-C12の局在パターンを確認し、化合物1-C12が本当に有用な蛍光プローブであるかどうかを確認するため、BODIPY 500/510-C12(以下、「BODIPY-C12」と称する)と比較し、化合物1-C12は良好な耐光漂白性を有することを確認した。HepG2細胞をBODIPY-C12又は化合物1-C12とともにインキュベートし、強力なレーザー強度(20%)で複数の画像を撮影した。結果を図20〜21に示す。30個の連続した画像を撮影した細胞内蛍光の比較により、化合物1-C12は初期蛍光の76±8%を保持し、BODIPY-C12は初期値の59±6%しか保持しなかったことが明らかになった。この結果は、化合物1-C12が脂肪酸代謝を追跡するのに十分な光安定性を有することを意味する。
【0137】
蛍光脂肪酸アナログとしての化合物1-C12の可能性をさらに評価するために、3T3-L1脂肪細胞様細胞を用いて一連の実験を行ったが、これはHepG2細胞と比較してより単純な系である。3T3-L1細胞による化合物1-C12の細胞内取り込みを追跡することから始めた。完全に分化した3T3-L1細胞を5μMの化合物1-C12で処理し、膜様構造(ERと推定される)への即時取り込みが観察された。結果を図22に示す。さらにインキュベートすると、脂質液滴(脂肪滴)への蛍光シグナルの迅速な蓄積が生じ、化合物1-C12が細胞内に機械的にTAGに迅速にプロセシングされたことが示唆された。重要なことに、脂質液滴(脂肪滴)からの蛍光シグナルは、559nmレーザーによる励起時にのみ観察され、化合物1-C12は非常に非極性の環境に存在し、脂質液滴表面における優勢な局在を除外していることが示された。
【0138】
試験例5:天然の脂質アナログとしての化合物1-C12
3T3-L1細胞による遊離脂肪酸の取り込みは、PI-3キナーゼの阻害によって減少することが知られており(PLOS One 2015, 10, e0120289.)、化合物1-C12について類似の挙動が観察され、化合物1-C12は生物学的輸送経路を介して少なくとも部分的に3T3-L1細胞に取り込まれることが確認された。完全に分化した3T3-L1細胞を、既知のPI-3キナーゼ阻害剤である4μMのWortmanninで処理し、次いで化合物1-C12とともに60分間インキュベートした。結果を図23に示す。対照細胞との細胞内蛍光強度の比較の結果から、実際にWortmanninでの処理が化合物1-C12の取り込みを減少させることが明らかである。特に、両方のチャネルのシグナルは、Wortmanninで処理すると減少し、代謝されずに脂肪酸の取り込みが阻害されることが示唆される。同様の現象がBODIPY-C12で観察されるので、結果は、化合物1-C12が天然脂肪酸アナログとして挙動することを示唆している。
【0139】
3T3-L1細胞をTAG合成阻害剤(DGAT阻害剤)である2-ブロモオクタン酸(J. Biol. Chem. 1985, 260, 6528.及びTraffic 2008, 9, 338.)で処理した場合、異なる結果が観察された。ジアシルグリセリド(DAG)からトリアシルグリセリド(TAG)への変換は、3T3-L1細胞が高レベルで発現する酵素DGAT(ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ)によって触媒される(図3)。したがって、3T3-L1細胞は、外因的に組み込まれた脂肪酸をTAGに迅速に変換するが、この経路を阻害することで、外因性脂肪酸が大幅に残存するはずである。このような期待に沿って、1.2mMの2-ブロモオクタン酸で処理した細胞をインキュベートすると、化合物1-C12の脂質液滴(脂肪滴)への蓄積が大幅に減少した。Wortmanninとは異なり、脂質小滴(脂肪滴)以外の細胞全体からの強いシグナルが473nm励起で得られることから、化合物1-C12は細胞に取り込まれ非常に極性の高い培地に残っていることを示している。この結果を図24に示す。2-ブロモオクタン酸は、化合物1-C12の対応するTAGへの変換を阻害するが、取り込みは阻害しないので、観察された蛍光は、おそらくは細胞質中の、おそらく活性コエンザイムA(CoA)形態としての化合物1-C12に由来する蛍光である可能性が高い。長期インキュベーションが細胞質シグナルを減少させ、脂質液滴(脂肪滴)シグナルを増加させるという事実からも理解できる。このことは、ヘキサデカペンテン酸にいて観察されている(Traffic 2008, 9, 338.)ように、化合物1-C12が脂肪酸取り込み阻害剤(DGAT阻害剤)及び脂肪酸代謝阻害剤を識別することができることを実証する。
【0140】
結論として、本発明のアザピレン化合物又はその塩は、異なる励起波長で局所脂質環境を区別するための負のソルバトクロミック蛍光色素である。非極性溶媒から極性溶媒に入ったときに観察された顕著な短波長シフト、及び蛍光量子収率が維持されることは、この達成に不可欠であった。本発明のアザピレン化合物又はその塩の低い毒性及び良好な光安定性は、この分子を実用的な蛍光色素とし得る。さらに、本発明のアザピレン化合物又はその塩は異なる励起波長で細胞質、細胞膜及び脂肪滴を区別する能力を有していた。脂質環境を識別するこの独特の能力は、例えば、脂肪酸の取り込み及び代謝のための新しい阻害剤を見出しそして区別するのに有用である。最後に、本発明者らの知る限りでは、これは負の溶媒効果を活用した蛍光色素の初めての例である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24