特許第6472085号(P6472085)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6472085組み換えタンパク質、組み換え遺伝子、組み換えベクター、形質転換体、ピルビン酸含有複合型糖鎖の製造方法、ピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質の製造方法、ピルビン酸含有複合型糖鎖およびピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6472085
(24)【登録日】2019年2月1日
(45)【発行日】2019年2月20日
(54)【発明の名称】組み換えタンパク質、組み換え遺伝子、組み換えベクター、形質転換体、ピルビン酸含有複合型糖鎖の製造方法、ピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質の製造方法、ピルビン酸含有複合型糖鎖およびピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/10 20060101AFI20190207BHJP
   C12N 15/54 20060101ALI20190207BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20190207BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20190207BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20190207BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20190207BHJP
   C12P 19/28 20060101ALI20190207BHJP
   C08B 37/00 20060101ALI20190207BHJP
【FI】
   C12N9/10
   C12N15/54ZNA
   C12N1/15
   C12N1/19
   C12N1/21
   C12N5/10
   C12P19/28
   C08B37/00 K
【請求項の数】16
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2015-534183(P2015-534183)
(86)(22)【出願日】2014年8月22日
(86)【国際出願番号】JP2014072064
(87)【国際公開番号】WO2015029911
(87)【国際公開日】20150305
【審査請求日】2017年7月12日
(31)【優先権主張番号】特願2013-180698(P2013-180698)
(32)【優先日】2013年8月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100146879
【弁理士】
【氏名又は名称】三國 修
(72)【発明者】
【氏名】竹川 薫
【審査官】 川合 理恵
(56)【参考文献】
【文献】 J. Biol. Chem., 1996, Vol. 271, No. 42, pp. 25945-25949
【文献】 Trends Glycosci. Glycotechnol., 2012, Vol. 24, No. 135, pp. 24-42
【文献】 FEBS Lett., 2013, Vol. 587, pp. 917-921
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
C12N 9/10
C08B 37/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)又は(b)である、組み換えタンパク質:
(a)配列番号1〜13のいずれか一つに示されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号1〜13のいずれか一つに示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号168位以外の部位において1乃至数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつガラクトース特異的にピルビン酸転移活性を有するタンパク質。
【請求項2】
請求項1に記載の何れかのタンパク質をコードする、組み換え遺伝子。
【請求項3】
請求項2に記載の遺伝子を含む、組み換えベクター。
【請求項4】
請求項3に記載の組み換えベクターを含む、形質転換体。
【請求項5】
請求項1に記載の組み換えタンパク質を用いて、糖鎖末端に位置するガラクトースに、ピルビン酸を転移させる工程を有する、ピルビン酸含有複合型糖鎖の製造方法。
【請求項6】
請求項4に記載の形質転換体を用いて、糖鎖末端に位置するガラクトースに、ピルビン酸を転移させる工程を有する、ピルビン酸含有複合型糖鎖の製造方法。
【請求項7】
前記糖鎖末端に位置するガラクトースと結合している糖が、N−アセチルグルコサミンである、請求項5又は6に記載のピルビン酸含有複合型糖鎖の製造方法。
【請求項8】
前記糖鎖末端が、ヒト型糖鎖である、請求項5〜7のいずれか一項に記載のピルビン酸含有複合型糖鎖の製造方法。
【請求項9】
請求項1に記載の組み換えタンパク質を用いて、糖鎖の末端に位置するガラクトースに、ピルビン酸を転移させる工程を有する、ピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質の製造方法。
【請求項10】
請求項4に記載の形質転換体を用いて、糖鎖の末端に位置するガラクトースに、ピルビン酸を転移させる工程を有する、ピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質の製造方法。
【請求項11】
前記糖鎖末端に位置するガラクトースのタンパク質側に結合している糖が、N−アセチルグルコサミンである、請求項9又は10に記載のピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質の製造方法。
【請求項12】
前記糖鎖末端が、ヒト型糖鎖である、請求項9〜11のいずれか一項に記載のピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質の製造方法。
【請求項13】
ガラクトースにピルビン酸が結合してなるピルビン酸化ガラクトースを備えた糖鎖構造を含み、該糖鎖構造が下記式(1)に示されるアスパラギン結合型の糖鎖の基本構造を有する、ヒト型のピルビン酸含有複合型糖鎖。
【化1】
【請求項14】
前記ピルビン酸化ガラクトースが、前記ヒト型糖鎖の糖鎖末端に位置する、請求項13に記載のピルビン酸含有複合型糖鎖。
【請求項15】
前記ピルビン酸化ガラクトースに結合している糖が、N−アセチルグルコサミンである、請求項13又は請求項14に記載のピルビン酸含有複合型糖鎖。
【請求項16】
請求項13〜15のいずれか一項に記載のピルビン酸含有複合型糖鎖を有する、ピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は組み換えタンパク質、組み換え遺伝子、組み換えベクター、形質転換体、ピルビン酸含有複合型糖鎖の製造方法、ピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質の製造方法、ピルビン酸含有複合型糖鎖およびピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質に関する。
【背景技術】
【0002】
高等動物が生産する血液中の全てのタンパク質には複合型糖鎖が付加されている。その複合型糖鎖にはシアル酸が付加されており、血液中の微弱なシアリダーゼ活性によりシアル酸が除去される。シアル酸除去により、むきだしになったガラクトースに、肝臓中のガラクトースを認識するレクチンが結合し、血液中の糖タンパク質の寿命を決定している。
【0003】
そのため、血液中に導入されたホルモンなどの糖タンパク質はどうしても数週間おきに投与せざるを得ない。実際に糖タンパク性ホルモンであるエリスロポエチンに対しては、付加される糖鎖の数を増やしたり、糖鎖にポリエチレングリコール処理を施したりして、血液中の滞留時間を伸ばす試みがさかんに行われている(非特許文献1参照)。このように、糖タンパク質医薬品に適用可能な、血液中の滞留時間が長い糖鎖が求められている。
【0004】
真核微生物である分裂酵母はヒトと同様にタンパク質に糖鎖を付加する能力を有している。分裂酵母の糖鎖もヒト型糖鎖とその構成成分はほとんど同様であるが、ヒト型糖鎖とは糖鎖構造が異なっており、抗原性を持つ恐れがあるため、タンパク質医薬品としては有用でないという問題がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Eliott S, Pham E, Macdougall IC: Erythropoietins: a common mechanism of action. Exp Hematol 36, 1573−1584 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、複合型糖鎖の構造を有し、血中の分解酵素の影響を受けにくい糖鎖、該糖鎖を有する糖タンパク質、該糖鎖及び該糖タンパク質の製造方法、並びに該製造方法に用いられる、組み換えタンパク質、組み換え遺伝子、組み換えベクター及び形質転換体の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、分裂酵母のシゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)のピルビン酸転移酵素のアミノ酸配列中の特定のアミノ酸を改変させたアミノ酸配列からなる組み換えタンパク質又は該組み換えタンパク質が発現した形質転換体を用いることで、ヒト複合型糖鎖の末端に位置するガラクトースに付加されているシアル酸に代わり、ピルビン酸を転移させることが可能となることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、下記の特徴を有する組み換えタンパク質、組み換え遺伝子、組み換えベクター、形質転換体、ピルビン酸含有複合型糖鎖の製造方法、ピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質の製造方法、ピルビン酸含有複合型糖鎖およびピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質を提供するものである。
【0009】
(1)以下の(a)又は(b)である、組み換えタンパク質:
(a)配列番号1〜13のいずれか一つに示されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号1〜13のいずれか一つに示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号168位以外の部位において1乃至数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつガラクトース特異的にピルビン酸転移活性を有するタンパク質。
(2)前記(1)に記載の何れかのタンパク質をコードする、組み換え遺伝子。
(3)前記(2)に記載の遺伝子を含む、組み換えベクター。
(4)前記(3)に記載の組み換えベクターを含む、形質転換体。
【0010】
(5)前記(1)に記載の組み換えタンパク質を用いて、糖鎖末端に位置するガラクトースに、ピルビン酸を転移させる工程を有する、ピルビン酸含有複合型糖鎖の製造方法。
(6)前記(4)に記載の形質転換体を用いて、糖鎖末端に位置するガラクトースに、ピルビン酸を転移させる工程を有する、ピルビン酸含有複合型糖鎖の製造方法。
(7)前記糖鎖末端に位置するガラクトースと結合している糖が、N−アセチルグルコサミンである、前記(5)又は(6)に記載のピルビン酸含有複合型糖鎖の製造方法。
(8)前記糖鎖末端が、ヒト型糖鎖である、前記(5)〜(7)のいずれか一つに記載のピルビン酸含有複合型糖鎖の製造方法。
【0011】
(9)前記(1)に記載の組み換えタンパク質を用いて、糖鎖の末端に位置するガラクトースに、ピルビン酸を転移させる工程を有する、ピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質の製造方法。
(10)前記(4)に記載の形質転換体を用いて、糖鎖の末端に位置するガラクトースに、ピルビン酸を転移させる工程を有する、ピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質の製造方法。
(11)前記糖鎖末端に位置するガラクトースのタンパク質側に結合している糖が、N−アセチルグルコサミンである、前記(9)又は(10)に記載のピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質の製造方法。
(12)前記糖鎖末端が、ヒト型糖鎖である、前記(9)〜(11)のいずれか一つに記載のピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質の製造方法。
【0012】
(13)ガラクトースにピルビン酸が結合してなるピルビン酸化ガラクトースを備えた糖鎖構造を含み、該糖鎖構造が下記式(1)に示されるアスパラギン結合型の糖鎖の基本構造を有する、ヒト型のピルビン酸含有複合型糖鎖。
【化1】
14)前記ピルビン酸化ガラクトースが、前記ヒト型糖鎖の糖鎖末端に位置する、前記(13)に記載のピルビン酸含有複合型糖鎖。
15)前記ピルビン酸化ガラクトースに結合している糖が、N−アセチルグルコサミンである、前記(13)又は(14)に記載のピルビン酸含有複合型糖鎖。
16)前記(13)〜(15)のいずれか一つに記載のピルビン酸含有複合型糖鎖を有する、ピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、血液中においても非常に安定なピルビン酸含有複合型糖鎖、及び該糖鎖を有する糖タンパク質が得られる。したがって、本発明のピルビン酸含有複合型糖鎖を糖タンパク質医薬品に適用することで、血液中における滞留時間が飛躍的に向上した極めて有用な糖タンパク質医薬品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例1および比較例1におけるピルビン酸転移の結果を示すHPLC分析結果の図である。
図2】実施例2および比較例2で用いたPA001の糖鎖の構造を示す模式図である。
図3】比較例2におけるピルビン酸転移の結果を示すHPLC分析結果の図である。
図4】実施例2におけるピルビン酸転移の結果を示すHPLC分析結果の図である。
図5】弱酸、100℃の条件で処理により得られた反応液との比較による、実施例2において得られた反応後の反応液中のピルビン酸化されたPA001の存在を示すHPLC分析結果の図である。
図6】β−ガラクトシダーゼ処理により得られた反応液との比較による、実施例2において得られた反応後の反応液中のピルビン酸化されたPA001の存在を示すHPLC分析結果の図である。
図7】レクチンアレイに固定化したレクチンの起源、入手先、特異性の特徴をまとめた表である。
図8】レクチンアレイに固定化したレクチンの起源、入手先、特異性の特徴をまとめた表である。
図9A】実施例3においてCy3でラベルしたピルビン酸化糖ペプチド(PVGP)をレクチンアレイに加えて行った実験結果である。
図9B】実施例3においてCy3でラベルしたシアリル糖ペプチド(SGP)をレクチンアレイに加えて行った実験結果である。
図10A】実施例3において10μg/mlのPVGPを使って得られた実験データを数値化したグラフである。
図10B】実施例3において1μg/mlのPVGPを使って得られた実験データを数値化したグラフである。
図11A】実施例3において10μg/mlのSGPを使って得られた実験データを数値化したグラフである。
図11B】実施例3において1μg/mlのSGPを使って得られた実験データを数値化したグラフである。
図12】ガラクトースにα2,6結合したシアル酸と、ガラクトースがピルビン酸化したものとの構造上の類似性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明において「複合型糖鎖」とは、多種の糖と元々の2分子より多くのN-アセチルグルコサミンを有するN−結合型糖鎖を意味する。複合型糖鎖は、ピルビン酸転移酵素の認識対象であるガラクトースを含有することが好ましく、ヒト型糖鎖であることがより好ましい。「ヒト型糖鎖」は本来ヒトの生体内に存在する糖鎖、又はヒトの生体内に存在する糖鎖構造を基準としてヒトに対して抗原性を持たない範囲内において1〜数個の糖又は官能基が欠失若しくは付加された糖鎖であってもよい。
前記複合型糖鎖としては、ガラクトースに加えて「アスパラギン結合型の糖鎖の基本構造」を有することがより好ましく、このアスパラギン結合型の糖鎖の基本構造としては、下記式(1)に示されるマンノース(Man)α1→6(Manα1→3)Manβ1→4N−アセチルグルコサミン(GlcNAc)β1→4GlcNAcの糖鎖構造が挙げられる。
【0016】
【化1】
【0017】
複合型糖鎖中のガラクトースは、ピルビン酸が結合可能なように配置されていることが好ましく、ピルビン酸が結合可能なようヒト複合型糖鎖の末端に位置することがより好ましい。また、ピルビン酸が結合し得る複合型糖鎖中のガラクトースは、N−アセチルグルコサミンと結合していることがより好ましい。
本明細書中において、前記複合型糖鎖が前記ヒト型糖鎖である場合、該糖鎖を「ヒト複合型糖鎖」と呼ぶ。すなわち、本発明における「ヒト複合型糖鎖」は、上記式(1)で表される糖鎖構造及び下記式(2)で表される糖鎖構造を有するものであってもよい。
【0018】
【化2】
【0019】
ヒト複合型糖鎖としては、具体的には、下記式(3−1)〜下記式(3−3)で表される糖鎖を例示できる。
【0020】
【化3】
【0021】
【化4】
【0022】
【化5】
【0023】
また、本発明における「ヒト複合型糖鎖」は、上記式(1)で表される糖鎖構造及びラクトースの構造(D−galactopyranosylβ1→4D−glucose)を有していてもよい。ラクトースの構造は、糖鎖構造の末端に位置していることが好ましい。
【0024】
<ピルビン酸含有複合型糖鎖および糖タンパク質>
本発明のピルビン酸含有複合型糖鎖は、前記複合型糖鎖が、ガラクトースにピルビン酸が結合してなるピルビン酸化ガラクトース(以下、PvGalとする)を含むものである。PvGalは、下記式(4)で表される化合物である。
【0025】
【化6】
[式中、Rは、水素原子又は糖を表す。]
【0026】
したがって、本発明のピルビン酸含有複合型糖鎖の一例としては、下記式(5−1)で表される糖鎖が挙げられる。
【0027】
【化7】
【0028】
本発明のピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質は、本発明のピルビン酸含有ヒト複合型糖鎖を有する糖タンパク質である。上記式(1)で表される「アスパラギン結合型の糖鎖の基本構造」を有する糖鎖は、ヒト生体内において、タンパク質を構成するアスパラギン(Asn)に結合して存在している。そのため、本発明のピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質が有する糖鎖は、例えば下記式(6)で表されるように、ピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質を構成するアスパラギンに結合している状態を例示できる。
【0029】
【化8】
【0030】
高等動物が生産する血液中の全てのタンパク質には複合型糖鎖が付加されている。その複合型糖鎖にはシアル酸が付加されており、このシアル酸が、シアリダーゼ活性により除去されると、提示されたガラクトースが糖タンパク質のいわば劣化シグナルとなり、糖タンパク質の血液中滞留期間の減少の要因となる。
本発明のピルビン酸含有複合型糖鎖に含まれるガラクトースには、シアル酸の代わりにピルビン酸が付加されている。血中にはピルビン酸をガラクトースから除去する酵素が存在しないため、本発明のピルビン酸含有複合型糖鎖を有する本発明のピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質は、血液中における滞留時間が飛躍的に向上することとなり、糖タンパク質医薬品の価値を格段に高めることができる。
【0031】
本発明のピルビン酸含有複合型糖鎖を有する糖タンパク質のタンパク質部分としては、特に制限されず、ヒト由来の糖タンパク質のタンパク質部分の他、異種由来の糖タンパク質のタンパク質部分であってもよい。本発明の糖タンパク質は、血中における滞留時間が向上されているとの観点から、ヒトの体内で血中に含まれることのあるタンパク質が好ましい。糖タンパク質の機能や種類は特に制限されず、酵素、ホルモン、サイトカイン、抗体等のいずれのものも使用できる。具体的な糖タンパク質の例としては、インターフェロン、黄体形成ホルモン、卵胞刺激ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、エリスロポエチン、などが挙げられる。
【0032】
<組み換えタンパク質>
糖タンパク質の血液中滞留期間が短いことは、糖鎖末端に位置するガラクトースに結合するシアル酸が、シアリダーゼにより除去されることが一因となっている。このことから、本発明者らは、複合型糖鎖のガラクトースに結合するシアル酸の代わりに、別の化合物をガラクトースに転移させることで、糖タンパク質の血中滞留時間を延長させることに思い至った。
分裂酵母はヒトと同様にタンパク質に糖鎖を付加する能力を持っており、その糖鎖を構成する糖の種類も、ヒト型糖鎖を構成する糖の種類とほぼ同様である。しかし、分裂酵母の糖鎖にはヒト型糖鎖には存在しないピルビン酸化ガラクトースが存在する。
そこで、ヒト複合型糖鎖の糖鎖末端に位置するガラクトースにピルビン酸を転移させることを試みた。
【0033】
分裂酵母のガラクトースをピルビン酸化させるピルビン酸転移酵素と推測されるタンパク質をコードする遺伝子はPvg1と名付けられ、Andreishevaによって示唆されていた(Andreishcheva E N et al. J. Biol. Chem. 2004;279:35644-35655参照)。
しかし、この分裂酵母のPvg1遺伝子がコードするタンパク質は、細菌のピルビン酸転移酵素と推測されるタンパク質と比較して低い相同性しかなく、実際にピルビン酸転移活性を有するかどうか不明であった。そこで本発明者らは、Pvg1タンパク質を精製して酵素活性を測定し、Pvg1がピルビン酸転移酵素活性を有することを明らかにした(Yoritsune K. et al. FEBS lett. (2013)参照)。
【0034】
本発明において、本発明者らは、上記の分裂酵母Pvg1タンパク質では、ヒト複合型糖鎖の末端に位置するガラクトースにはピルビン酸を転移させることができないことを明らかにした(後述の比較例2参照)。そこで、本発明者らはPvg1タンパク質の改変を行い、複合型糖鎖の糖鎖末端に位置するガラクトースにピルビン酸を転移させることができる、以下の配列番号1〜13のアミノ酸配列からなるタンパク質を選定するに至った。
【0035】
本発明の組み換えタンパク質は、以下の(a)又は(b)である。
(a)配列番号1〜13のいずれか一つに示されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号1〜13のいずれか一つに示されるアミノ酸配列のアミノ酸番号168位以外の部位において1乃至数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつガラクトース特異的にピルビン酸転移活性を有するタンパク質。
【0036】
上記(a)又は(b)のアミノ酸配列からなるタンパク質は、上記の分裂酵母Pvg1タンパク質のアミノ酸配列が改変された組み換えタンパク質であり、複合型糖鎖の糖鎖末端に位置するガラクトースにピルビン酸を転移させる活性を有する。
これら組み換えタンパク質の中でも、酵素活性が高いという観点から、配列番号1、6、8、9、10、11、13に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質が好ましく、配列番号6、10、11、13に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質がより好ましい。
上記(a)又は(b)のアミノ酸配列からなるタンパク質によれば、ピルビン酸化ガラクトースを含む複合型糖鎖、および該糖鎖を有する糖タンパク質を得ることができる。
【0037】
<組み換え遺伝子>
また、上記(a)又は(b)のアミノ酸配列からなるタンパク質は、当該タンパク質をコードする下記の(c)〜(f)のいずれかの塩基配列からなる組み換え遺伝子から翻訳されてもよい。
したがって、本発明の組み換え遺伝子は、以下の(c)〜(f)のいずれかの塩基配列からなるDNAである。
(c)配列番号14〜26で表される塩基配列からなるDNA、
(d)配列番号14〜26で表される塩基配列において、1〜数個の塩基が欠失、置換又は付加されている塩基配列からなり、かつガラクトース特異的にピルビン酸転移活性を有するタンパク質をコードする分裂酵母由来のDNA、
(e)配列番号14〜26で表される塩基配列と相同性(塩基配列の同一性)が80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上である塩基配列からなり、かつガラクトース特異的にピルビン酸転移活性を有するタンパク質をコードする分裂酵母由来のDNA、又は、
(f)配列番号14〜26で表される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができる塩基配列からなり、かつガラクトース特異的にピルビン酸転移活性を有するタンパク質をコードする分裂酵母由来のDNA。
【0038】
ここで、欠失、置換、又は付加されてもよい塩基の数としては、1 〜30個が好ましく、1 〜15個がより好ましく、1 〜10個が特に好ましく、1 〜 5個が最も好ましい。
【0039】
本発明及び本願明細書において、「ストリンジェントな条件下」とは、例えば、Molecular Cloning−A LABORATORY MANUAL THIRD EDITION(Sambrookら、Cold Spring Harbor Laboratory Press)に記載の方法が挙げられる。例えば、5×SSC(20×SSCの組成:3M 塩化ナトリウム,0.3Mクエン酸溶液,pH7.0)、0.1重量% N−ラウロイルサルコシン、0.02重量%のSDS、2重量%の核酸ハイブルダイゼーション用ブロッキング試薬、及び50%フォルムアミドから成るハイブリダイゼーションバッファー中で、55〜70℃で数時間から一晩インキュベーションを行うことによりハイブリダイズさせる条件を挙げることができる。なお、インキュベーション後の洗浄の際に用いる洗浄バッファーとしては、好ましくは0.1重量%SDS含有1×SSC溶液、より好ましくは0.1重量%SDS含有0.1×SSC溶液である。
【0040】
<組換えベクター>
本発明の組換えベクターは、上述した本発明の組み換え遺伝子を含むものであり、具体的には、本発明の組換えベクターは、前記(c)〜(f)のいずれかの塩基配列からなるDNAを含むものである。
本発明の組み換えベクターは、前記(c)〜(f)のいずれかの塩基配列からなるDNAを含むものであれば特に制限されず、任意の発現ベクターに前記(c)〜(f)のいずれかの塩基配列からなるDNAを挿入させて、取得されたものであってもよい。当該DNAを発現ベクターに挿入する際、該DNAの5’末端に開始コドンATGを付加してもよく、ガラクトース特異的にピルビン酸転移活性が維持される付加の範囲であれば、ヒスチジンタグ等の配列を5’又は3’末端に付加して、組み換えタンパク質を発現させてもよい。
【0041】
前記発現ベクターとしては、宿主細胞に適した公知の発現ベクターを適宜選択すればよい。例えば、大腸菌においてはpBR322誘導体に代表されるColE系プラスミド、p15Aオリジンを持つpACYC系プラスミド、pSC系プラスミド、Bac系等のF因子由来ミニFプラスミドが挙げられる。その他、trcやtac等のトリプトファンプロモーター、lacプロモーター、T7プロモーター、T5プロモーター、T3プロモーター、SP6プロモーター、アラビノース誘導プロモーター、コールドショックプロモーター、テトラサイクリン誘導性プロモーター等を有する発現ベクターも挙げられる。
無細胞系ベクターとしては、細胞系ベクターにおいて挙げられたT7プロモーターを有する発現ベクターやT3プロモーターを有する発現ベクター;SP6プロモーター又はT7プロモーターを有するpEU系プラスミド等の小麦無細胞タンパク質合成用ベクター等が挙げられる。
【0042】
また、酵母を宿主として用いる場合、好ましい発現ベクターとしては、例えば、YEp、YCp、YIp系等の発現ベクターが挙げられ、その他の公知の酵母において用いることが可能な発現ベクターを選択することができる。
【0043】
また、前記発現ベクターとしては、無細胞系ベクターを用いてもよい。その場合、無細胞系ベクターを用いたタンパク質合成においては、先ず、転写系を用いてcDNAを転写して、mRNAを合成する。係る転写系としては、RNAポリメラーゼにより転写させる従来公知のものが挙げられる。RNAポリメラーゼとしては、例えばT7RNAポリメラーゼが挙げられる。
次いで、翻訳系である無細胞タンパク質合成系を用いて、mRNAを翻訳し、タンパク質を合成する。この系にはリボゾーム、翻訳開始因子、翻訳伸長因子、解離因子、アミノアシルtRNA合成酵素等、翻訳に必要な要素が含まれている。このようなタンパク質翻訳系として、大腸菌抽出液、ウサギ網状赤血球抽出液、小麦胚芽抽出液等が挙げられる。
更に、上記翻訳に必要な要素が独立に精製された因子のみからなる再構成型無細胞タンパク質合成系が挙げられる。
尚、細胞系ベクターを用いたタンパク質合成については、<形質転換体>において後述する。
細胞系ベクター又は無細胞系ベクターを用いて合成されたタンパク質から、本発明の組み換えタンパク質を精製して用いることができる。精製方法としては、塩析法や各種クロマトグラフィーを用いた方法が挙げられる。発現ベクターが目的タンパク質のN末端又はC末端にヒスチジンタグ等のタグ配列を発現するように設計されている場合には、ニッケルやコバルト等、このタグに親和性を有する物質を用いたアフィニティーカラムによる精製方法が挙げられる。その他、イオン交換クロマトグラフィーやゲルろ過クロマトグラフィー等、適宜組み合わせて精製することにより、本発明の組み換えタンパク質の純度を高めることができる。
【0044】
<形質転換体>
本発明の形質転換体は、本発明の組換えベクターを含むものである。本発明の形質転換体を得る方法として、本発明の組み換えベクターを宿主に導入して当該形質転換体を得てもよい。本発明の形質転換体は、本発明の組み換え遺伝子を発現していることが好ましい。すなわち「組み換えベクターを含む」とは、宿主の細胞内にベクターが存在した形態であっても、宿主ゲノムにベクター由来の配列が挿入された形態であってもよく、宿主ゲノムへと挿入される場合は、ベクターの一部の本発明の組み換え遺伝子を含んだ領域が宿主ゲノムへと挿入されたものであればよい。
【0045】
本発明に用いられる宿主としては、細菌、真菌、動物細胞、植物細胞、およびこれらの細胞からなるヒト以外の多細胞生物のいずれも用いることができる。
複合型糖鎖又はヒト複合型糖鎖を得ようとするとき、宿主として、これらの複合型糖鎖の生合成能を有さないものを用いる場合、上記のように、本発明の組み換えタンパク質を宿主細胞内又は宿主細胞外への分泌物から得る目的で用いることが好ましい。
【0046】
宿主として、ヒト複合型糖鎖の生合成能を有するものを用いる場合、後述の<糖鎖の製造方法>又は<糖鎖修飾タンパク質の製造方法>においても説明するように、本発明の組み換えタンパク質を宿主細胞内で機能させ、ヒト型糖鎖又はヒト型糖鎖修飾タンパク質を得ることが可能となる。このような宿主としてはヒト由来の細胞の他、本来はヒト型糖鎖の生合成能のない細菌、真菌、動物細胞、植物細胞、又はこれらの細胞からなる多細胞生物に対して、あらかじめヒト型糖鎖の生合成系の構成因子が導入された形質転換体を宿主として用いてもよい。
【0047】
細胞への組み換えベクターの導入方法としては、当該細胞に核酸を導入する方法であれば特に制限されず、従来公知の方法を用いることができる。例えば、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、インジェクション法、パーティクルガン法、ウイルス又は細菌による感染を利用する方法等を挙げることができる。
【0048】
<ピルビン酸含有複合型糖鎖の製造方法>
本発明のピルビン酸含有複合型糖鎖の製造方法は、本発明の組み換えタンパク質又は本発明の形質転換体を用いて、糖鎖末端に位置するガラクトースに、ピルビン酸を転移させる工程を有する。当該組み換えタンパク質は、上記において説明した通り、本発明の組換えベクターを用いて、タンパク質を細胞系又は無細胞系において翻訳させることで得られる。前記糖鎖がヒト型糖鎖である場合、ピルビン酸含有ヒト複合型糖鎖の製造が実現される。
前記ピルビン酸を転移させる工程は、ピルビン酸化する対象(アクセプター基質)の糖又は糖鎖を、ピルビン酸供与体(ドナー基質)の存在下で、本発明の組み換えタンパク質又は本発明の形質転換体と反応させることにより実施することができる。
【0049】
ピルビン酸を転移させる工程を本発明の組み換えタンパク質と反応させることにより行う場合、反応は、水溶液中で行うことが好ましく、当該水溶液の温度、反応時間、アクセプター基質濃度、ドナー基質濃度等の反応条件は、基質の種類などを考慮して適当な条件を適宜選択することが可能である。好ましい反応条件としては、pHがpH5.0〜7.0の範囲であることが好ましく、pH5.5〜6.5の範囲であることがより好ましく、pH5.5〜6.0の範囲であることがさらに好ましい。反応温度は25〜45℃の範囲であることが好ましく、30〜40℃の範囲であることがより好ましく、33〜38℃の範囲であることがさらに好ましい。反応時間は0.1〜12時間の範囲であることが好ましく、0.1〜5時間の範囲であることがより好ましく、0.1〜1時間の範囲であることがさらに好ましい。アクセプター基質濃度は、5〜50μmol/mlの範囲であることが好ましく、20〜50μmol/mlの範囲であることがより好ましく、40〜50μmol/mlの範囲であることがさらに好ましい。ドナー基質濃度についても、2〜10μmol/mlの範囲であることが好ましく、5〜10μmol/mlの範囲であることがより好ましく、8〜10μmol/mlの範囲であることがさらに好ましい濃度範囲として例示できる。アクセプター基質に対するドナー基質のモル濃度比は、0.1〜10倍の範囲であることが好ましく、1〜10倍の範囲であることがより好ましく、1〜5倍の範囲であることがさらに好ましい。ドナー基質又はアクセプター基質に対する本発明の組み換えタンパク質のモル濃度比は、1〜10倍の範囲であることが好ましく、2〜10倍の範囲であることがより好ましく、5〜10倍の範囲であることがさらに好ましい。
【0050】
ピルビン酸を転移させる工程を本発明の形質転換体と反応させることにより行う場合、反応は、形質転換体の細胞内で行われることとなり、当該細胞内に存在するアクセプター基質及びドナー基質が、形質転換体内で翻訳された本発明の組み換えタンパク質と反応することで行われる。反応条件は、形質転換体の好ましい培養、飼育等の条件と同様であり、形質転換体の種類に応じ、好ましい条件を選択すればよい。
【0051】
<ピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質の製造方法>
本発明のピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質の製造方法は、本発明の組み換えタンパク質又は本発明の形質転換体を用いて、糖鎖末端に位置するガラクトースに、ピルビン酸を転移させる工程を有する。
前記ピルビン酸を転移させる工程は、ピルビン酸化する対象(アクセプター基質)の糖又は糖鎖を、ピルビン酸供与体(ドナー基質)の存在下で、本発明の組み換えタンパク質又は本発明の形質転換体と反応させることにより実施することができる。
この時、アクセプター基質としては、複合型糖鎖を有する糖タンパク質であってもよいし、複合型糖鎖であってもよい。アクセプター基質の糖鎖又は糖タンパクが有する糖鎖がヒト型糖鎖である場合、ピルビン酸含有ヒト複合型糖鎖の製造が実現される。
【0052】
複合型糖鎖をアクセプター基質として用いる場合、得られたピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質を任意のタンパク質へと付加して、ピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質を製造してもよい。この場合、糖転移付加活性を有する酵素を用いることが例示でき、具体的な酵素としてはEndo−M等の既知のエンド型グリコシダーゼを例示することができる。
【0053】
複合型糖鎖を有する糖タンパク質を基質として用いる場合、該糖タンパクが有する糖鎖に含まれるガラクトースに対してピルビン酸を付加して、ピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質を製造してもよい。
【0054】
本発明のピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質の製造には、本発明の組み換えタンパク質又は本発明の形質転換体のどちらを用いてもよい。組み換えタンパク質又は本発明の形質転換体を用いる場合の好ましい反応条件は、上記のピルビン酸含有複合型糖鎖の製造方法に準じた方法を選択することが好ましい。
本発明のピルビン酸含有複合型糖鎖修飾タンパク質の製造には、形質転換体が用いられることがより好ましい。これは、形質転換体内で、糖鎖の合成、ピルビン酸の転移、糖タンパク質の合成などの一連の反応が行われ、該糖鎖修飾タンパク質の取得が大変容易になるとの観点からである。
【実施例】
【0055】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0056】
<組み換え遺伝子、組み換えベクターおよび形質転換体の作製>
発明者らは鋭意研究の結果、分裂酵母のPvg1タンパク質の基質認識に関与すると思われるアミノ酸を推定した。この情報をもとに、配列番号1〜13に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子のDNAを得た。このうち、配列番号1に示されるアミノ酸配列であって、本来の分裂酵母Pvg1タンパク質の168番目のアミノ酸配列であるヒスチジンをアラニンに変えた組み換え遺伝子をPvg1H168Aと表記する。
【0057】
同様に、配列番号2に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168G、配列番号3に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168V、配列番号4に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168I、配列番号5に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168M、配列番号6に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168P、配列番号7に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168S、配列番号8に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168T、配列番号9に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168N、配列番号10に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168Q、配列番号11に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168C、配列番号12に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168D、配列番号13に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168Eと表記する。
【0058】
これらのPvg1H由来の組み換え遺伝子をpET32b−HRV3Cベクターに周知の手法に準じて挿入し、当該遺伝子を含む計13種類の組み換えベクターを作製した。
得られた当該組み換えベクターを既存の方法によって大腸菌(BL21株)に形質転換し、組み換えベクターを含む大腸菌を選抜し、計13種類の形質転換体を得た。
【0059】
<組み換えタンパク質の生産>
上記のPvg1由来の組み換え遺伝子がコードする計13種類の組み換えタンパク質の生産を行った。代表として、Pvg1H168A遺伝子の場合を挙げる。上記のPvg1H168A遺伝子を発現する形質転換大腸菌を培養することで、Pvg1H168Aタンパク質を菌体内で大量生産させた。次いで、形質転換大腸菌を濁度(OD600 nm)が0.5になるまで30℃で振盪培養し、その後、IPTGを最終濃度0.1 mMになるように添加、15℃で振盪培養を48時間行った。培養液を遠心分離して菌体を取得して破砕バッファーに懸濁した。破砕バッファーは0.5 M MOPS−NaOH, pH 7.4; 0.1% Triton X−100; complete EDTA−free (Roche社製)を50mlに対して1錠添加したものである。
その後、氷上で超音波破砕装置(UD−201, TOMY社製)を使用し、菌体を破砕した。破砕条件は OUTPUT 5. Duty 50で10秒破砕後、10秒氷上静置で、これを9回繰り返した。破砕終了後、15000 rpm 5分遠心して上清を得た。
上記の方法で得られたPvg1H168Aタンパク質はHISタグを有しているので、HisTrap TM FF 1ml (GE healthcare社)のプロトコールに従って精製を行い、精製されたPvg1H168Aタンパク質を得た。
【0060】
<ガラクトースへのピルビン酸の転移>
次に、上記Pvg1H168Aタンパク質のガラクトースへのピルビン酸の転移活性を確認した。ピルビン酸のドナー基質としては、ホスホエノールピルビン酸(PEP)を用いた。ピルビン酸の転移を受けるアクセプター基質としては、Gal‐β1,4‐GlcNAc‐pNPを用いた。反応は、以下の条件で行った。
【0061】
[実施例1]
反応液は、以下の組成で調整した。反応液は合計50μLになるよう水で調整した。
反応バッファー: 1 M MOPS buffer (pH 6.0) 5 μL
ドナー基質: 50 mM PEP 5 μL
アクセプター基質: 50 mM Gal‐β1,4‐GlcNAc‐pNP
(コスモ・バイオ社、N501255) 5 μL
ピルビン酸転移酵素: Pvg1H168A 10 μL
反応温度: 30℃
反応時間: 10〜30分
【0062】
また、以下の参考例1〜2、比較例1においてピルビン酸転移酵素として分裂酵母の野生型のPvg1タンパク質を用いた。また、アクセプター基質として、以下の基質を用いて反応を行った。その他の反応条件は実施例1と同様に行った。
【0063】
[参考例1]アクセプター基質:50 mM Gal‐β‐pNP (生化学工業社製 No 130555) 5 μL
[参考例2]アクセプター基質:50 mM Gal‐β1,4‐Glc‐pNP(Sigma社 N1752) 5 μL
[比較例1]アクセプター基質:50 mM Gal‐β1,4‐GlcNAc‐pNP
5 μL
実施例1および参考例1〜2、比較例1において用いた基質および酵素を表1に示す。
【0064】
【表1】
【0065】
反応前と反応後の各反応液を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により分析した。HPLC装置はGL7410(GL Science社製、ポンプGL−7410, UV検出器GL−7451)を用い、COSMOSIL カラム(Nakalai tesque、Cosmosil, Code No. 39103−31, 5C18−P, 4.6× 150 mm)を用いた。実施例1および比較例1における反応結果を図1に示す。図1中、番号1のピークはGal‐β1,4‐GlcNAc‐pNPを表し、番号2のピークはPvGal‐β1,4‐GlcNAc‐pNPを表す。図1に示される結果から明らかなように、ピルビン酸転移酵素としてPvg1H168Aを用いた実施例1は、ピルビン酸転移酵素として野生型Pvg1を用いた比較例1と比較して、PvGal‐β1,4‐GlcNAc‐pNPの生成量が大幅に増加し、その増加は比較例1で生成されたPvGal‐β1,4‐GlcNAc‐pNP量に対して約20倍の増加であった。
実施例1、参考例1〜2、比較例1の反応の結果から算出された各アクセプター基質に対するピルビン酸の転移活性を表1に併記する。転移活性は、HPLCの分析結果の波形面積から算出した。転移活性は、参考例1の値を100%としたときの相対値を表す。
【0066】
参考例2と比較例1の比較によれば、野生型Pvg1タンパク質のピルビン酸転移活性は、アクセプター基質中のGalと結合している糖がGlcNAcの場合、Glcの場合と比較して値が著しく低下することがわかる。しかし、実施例1の結果から明らかなように、Pvg1H168Aのピルビン酸転移活性は、アクセプター基質中のGalと結合している糖がGlcNAcの場合であっても、高い値を実現することができた。
【0067】
上記の通り、Pvg1H168Aに加えて、Pvg1H168G、Pvg1H168V、Pvg1H168I、Pvg1H168M、Pvg1H168P、Pvg1H168S、Pvg1H168T、Pvg1H168N、Pvg1H168Q、Pvg1H168C、Pvg1H168D及びPvg1H168Eの計13種類の組み換えタンパク質の生産を行った。
また、比較対象として、本来の分裂酵母Pvg1タンパク質の168番目のアミノ酸配列であるヒスチジンを、夫々ロイシン、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、アルギニン及びリシンに変えた組み換え遺伝子であるPvg1H168L、Pvg1H168F、Pvg1H168W、Pvg1H168Y、Pvg1H168R及びPvg1H168Kを含むベクターを作製し、上記と同様にしてPvg1H168L、Pvg1H168F、Pvg1H168W、Pvg1H168Y、Pvg1H168R及びPvg1H168Kタンパク質を得た。
これらの計19種の組み換えタンパク質の、Gal‐β1,4‐GlcNAc‐pNPに対するピルビン酸の転移活性をそれぞれ計測した。計測結果を表2に示す。活性の値は、野生型Pvg1の当該活性を100%としたときの、相対値で表す。
【0068】
【表2】
【0069】
<PA001へのピルビン酸の転移>
次に、PA001の糖鎖に含まれるガラクトースへの、上記Pvg1H168Aタンパク質のピルビン酸の転移活性を検証した。
[実施例2]
反応液は、以下の組成で調整した。反応液は合計50μLになるよう水で調整した。
反応バッファー: 1 M MOPS buffer (pH 6.0) 5 μL
ドナー基質: 10 mM PEP 1 μL
アクセプター基質: 50 mM PA001 (タカラバイオ社製) 3 μL
ピルビン酸転移酵素:Pvg1H168A 50 μg
反応温度: 30℃
反応時間: 2時間
【0070】
PA001は、ヒト複合型糖鎖の構造を有する標準糖鎖試薬であり、ピリジルアミノ(PA)化されたPA末端を有する。PA001の糖鎖の構造を図2に示す。
【0071】
また、以下の比較例2において、ピルビン酸転移酵素として分裂酵母の野生型のPvg1タンパク質を用い、アクセプター基質として、上記PA001を用い、その他の条件は実施例2と同様にして反応を行った。
【0072】
実施例2および比較例2において用いた基質および酵素を表3に示す。
【0073】
【表3】
【0074】

反応前と反応後の各反応液を上記実施例1と同様に分析した。

実施例2および比較例2における反応結果を図3及び図4に示す。図3及び図4中、番号3のピークはPA001を表し、番号4のピークはPA001にピルビン酸が1つ転移されたと推定される(Pv)PA001を表し、番号5のピークはPA001にピルビン酸が2つ転移されたと推定される(Pv)PA001を表す。図3のデータから明らかなように、ピルビン酸転移酵素として野生型Pvg1を用いた比較例2ではPA001にピルビン酸を転移することができないか、ピルビン酸転移酵素活性が著しく低いのに対し、図4に示すピルビン酸転移酵素としてPvg1H168Aを用いた実施例3ではPA001がピルビン酸化されたと推定できる顕著なピークが観察された。
【0075】

(ピルビン酸化の確認(1))

PvGalには、弱酸、100℃条件で、ピルビン酸が外れるという性質がある。この性質を利用し、上記実施例2で得られた番号5のピークの物質がピルビン酸化されたものであるかを、以下の反応条件により検証した。

反応温度: 100 ℃

反応時間: 6時間

反応溶液:0.02M HCl、

基質 :実施例2で得られた反応液を精製して得られた前記ピーク5の溶出物
【0076】

上記の弱酸、100℃条件処理後の反応液のHPLCによる分析結果を図5に示す。また、対照のため、反応溶液に上記0.02M HClの代わりに水を用いた場合の結果も併せて示す。図5の結果からわかるように、図5中の番号5のピークは弱酸、100℃条件処理後には見られなくなり、番号1のピルビン酸化されていないPA001のピーク(番号3のピークと同位置のピーク)へと戻った。このことから、図5中の番号5のピークが示す物質は、ピルビン酸化されたPA001であることが強く示唆された。
【0077】

(ピルビン酸化の確認(2))

また、PvGalはβ‐ガラクトシダーゼによって分解されないという性質がある。この性質を利用し、上記実施例2で得られた番号3〜5のピークの物質がピルビン酸化されたものであるかを以下の反応条件により検証した。

反応温度: 37℃

反応時間: 12時間

酵素 : β‐ガラクトシダーゼ(Wako Pure Chemicals社製)10U

基質 : 実施例2で得られた反応液
【0078】

上記のとおりに反応させて得られたβ‐ガラクトシダーゼ処理後の反応液に対する、HPLCによる分析結果を図6に示す。この結果から、図6中の番号5のピークのみ、ピークのシフトが見られないことがわかる。これは、分子中のガラクトースがピルビン酸化されていることを示している。また、図6中の番号3及び番号4のピークはそれぞれ番号3’および番号4’へとピークがシフトしたと考えられる。番号4のピークのシフト幅は、番号3のピークのシフト幅に対して小さいことから、番号4のピークが示す分子中のガラクトースは部分的にピルビン酸化されていると考えられる。したがって、図6中の番号4及び番号5のピークが示す物質は、ピルビン酸化されたPA001であることが確認された。
【0079】

以上で説明した各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であり、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。また、本発明は各実施形態によって限定されることはなく、請求項(クレーム)の範囲によってのみ限定される。
【0080】
<ピルビン酸化糖ペプチドのレクチンアレイ解析による特性分析>
次に、ピルビン酸化糖ペプチドを、レクチンアレイ解析によって特性分析を行った。
[実施例3] 下記化学式のシアリル糖ペプチド(伏見製薬所製)からシアル酸を除去し、アシアロ糖ペプチドを調製し、これを用いて以下の組成の反応液中でピルビン酸化糖ペプチドを調製した。
反応バッファー:0.2M MOPSバッファー(pH7.5)
ドナー基質:40mM ホスホエノールピルビン酸
アクセプター基質:1 mg アシアロ糖ペプチド
ピルビン酸転移酵素:Pvg1変異体 0.5 mg
反応温度:30℃
反応時間:16時間
【0081】
【化9】
【0082】
次に、シアリル糖ペプチド(SGP)と、上に合成したピルビン酸化糖ペプチド(PVGP)とを、蛍光物質であるCy3でラベル化した。
【0083】
図7及び図8に特定される、96種類の糖特異性を有するレクチンアレイ(96種類のレクチンは38種類が大腸菌等で生産した組換え体であるが、他のレクチンに関しては市販のものや植物等から精製を行なったものである。レクチンの由来についてはTateno et al, J. Biol. Chem., 286, 20345-20353 (2011)やHirabayashi et al, Electrophoresis, 32, 1118-1128 (2011)などに記載されている)に、上でラベル化した蛍光糖ペプチドを加え、20℃で一晩インキュベートした。アレイをプロービングバッファー(2.7 mM KCl, 1mM CaCl2, 1 mM MnCl2, 1% Triton X-100を含む25 mM Tris-HCl, pH 7.5, 140 mM NaCl (TBS)バッファー)で洗浄し、アレイの各スポットの蛍光を、GlycoStation Reader 1200 (Glycotechnica社製)で測定した(図9A図9B)。得られた生データを数値化し、これをグラフ化した(図10A図10B図11A図11B)。
【0084】
(結果)
上記の分析により、以下の事柄が判明した。
(1)ピルビン酸化糖ペプチドはSNA, SSA, TJAI, rPSL1aなどのα2,6-結合した末端シアル酸を認識するレクチンと相互作用する。
(2)ピルビン酸化糖ペプチドはMAL, MAH, ACG, rACG, rGal8Nなどのα2,3-結合のシアル酸を認識するレクチンとは全く相互作用しない。
(3)これらの結果は、ピルビン酸化ガラクトースは、シアル酸がガラクトースにα2,6結合したものの構造と類似していることをさらに明確に示す(図12参照)。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明のピルビン酸含有複合型糖鎖は、ガラクトースを有するあらゆる糖タンパク質医薬品に適用可能である。また、ピルビン酸含有度合いを制御することにより、作用期間が適切に制御された有用な医薬品を提供できる可能性がある。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9A
図9B
図10A
図10B
図11A
図11B
図12
【配列表】
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