【実施例】
【0055】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0056】
<組み換え遺伝子、組み換えベクターおよび形質転換体の作製>
発明者らは鋭意研究の結果、分裂酵母のPvg1タンパク質の基質認識に関与すると思われるアミノ酸を推定した。この情報をもとに、配列番号1〜13に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子のDNAを得た。このうち、配列番号1に示されるアミノ酸配列であって、本来の分裂酵母Pvg1タンパク質の168番目のアミノ酸配列であるヒスチジンをアラニンに変えた組み換え遺伝子をPvg1H168Aと表記する。
【0057】
同様に、配列番号2に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168G、配列番号3に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168V、配列番号4に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168I、配列番号5に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168M、配列番号6に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168P、配列番号7に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168S、配列番号8に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168T、配列番号9に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168N、配列番号10に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168Q、配列番号11に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168C、配列番号12に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168D、配列番号13に示されるアミノ酸配列をコードする組み換え遺伝子をPvg1H168Eと表記する。
【0058】
これらのPvg1H由来の組み換え遺伝子をpET32b−HRV3Cベクターに周知の手法に準じて挿入し、当該遺伝子を含む計13種類の組み換えベクターを作製した。
得られた当該組み換えベクターを既存の方法によって大腸菌(BL21株)に形質転換し、組み換えベクターを含む大腸菌を選抜し、計13種類の形質転換体を得た。
【0059】
<組み換えタンパク質の生産>
上記のPvg1由来の組み換え遺伝子がコードする計13種類の組み換えタンパク質の生産を行った。代表として、Pvg1H168A遺伝子の場合を挙げる。上記のPvg1H168A遺伝子を発現する形質転換大腸菌を培養することで、Pvg1H168Aタンパク質を菌体内で大量生産させた。次いで、形質転換大腸菌を濁度(OD600 nm)が0.5になるまで30℃で振盪培養し、その後、IPTGを最終濃度0.1 mMになるように添加、15℃で振盪培養を48時間行った。培養液を遠心分離して菌体を取得して破砕バッファーに懸濁した。破砕バッファーは0.5 M MOPS−NaOH, pH 7.4; 0.1% Triton X−100; complete EDTA−free (Roche社製)を50mlに対して1錠添加したものである。
その後、氷上で超音波破砕装置(UD−201, TOMY社製)を使用し、菌体を破砕した。破砕条件は OUTPUT 5. Duty 50で10秒破砕後、10秒氷上静置で、これを9回繰り返した。破砕終了後、15000 rpm 5分遠心して上清を得た。
上記の方法で得られたPvg1H168Aタンパク質はHISタグを有しているので、HisTrap TM FF 1ml (GE healthcare社)のプロトコールに従って精製を行い、精製されたPvg1H168Aタンパク質を得た。
【0060】
<ガラクトースへのピルビン酸の転移>
次に、上記Pvg1H168Aタンパク質のガラクトースへのピルビン酸の転移活性を確認した。ピルビン酸のドナー基質としては、ホスホエノールピルビン酸(PEP)を用いた。ピルビン酸の転移を受けるアクセプター基質としては、Gal‐β1,4‐GlcNAc‐pNPを用いた。反応は、以下の条件で行った。
【0061】
[実施例1]
反応液は、以下の組成で調整した。反応液は合計50μLになるよう水で調整した。
反応バッファー: 1 M MOPS buffer (pH 6.0) 5 μL
ドナー基質: 50 mM PEP 5 μL
アクセプター基質: 50 mM Gal‐β1,4‐GlcNAc‐pNP
(コスモ・バイオ社、N501255) 5 μL
ピルビン酸転移酵素: Pvg1H168A 10 μL
反応温度: 30℃
反応時間: 10〜30分
【0062】
また、以下の参考例1〜2、比較例1においてピルビン酸転移酵素として分裂酵母の野生型のPvg1タンパク質を用いた。また、アクセプター基質として、以下の基質を用いて反応を行った。その他の反応条件は実施例1と同様に行った。
【0063】
[参考例1]アクセプター基質:50 mM Gal‐β‐pNP (生化学工業社製 No 130555) 5 μL
[参考例2]アクセプター基質:50 mM Gal‐β1,4‐Glc‐pNP(Sigma社 N1752) 5 μL
[比較例1]アクセプター基質:50 mM Gal‐β1,4‐GlcNAc‐pNP
5 μL
実施例1および参考例1〜2、比較例1において用いた基質および酵素を表1に示す。
【0064】
【表1】
【0065】
反応前と反応後の各反応液を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により分析した。HPLC装置はGL7410(GL Science社製、ポンプGL−7410, UV検出器GL−7451)を用い、COSMOSIL カラム(Nakalai tesque、Cosmosil, Code No. 39103−31, 5C18−P, 4.6× 150 mm)を用いた。実施例1および比較例1における反応結果を
図1に示す。
図1中、番号1のピークはGal‐β1,4‐GlcNAc‐pNPを表し、番号2のピークはPvGal‐β1,4‐GlcNAc‐pNPを表す。
図1に示される結果から明らかなように、ピルビン酸転移酵素としてPvg1H168Aを用いた実施例1は、ピルビン酸転移酵素として野生型Pvg1を用いた比較例1と比較して、PvGal‐β1,4‐GlcNAc‐pNPの生成量が大幅に増加し、その増加は比較例1で生成されたPvGal‐β1,4‐GlcNAc‐pNP量に対して約20倍の増加であった。
実施例1、参考例1〜2、比較例1の反応の結果から算出された各アクセプター基質に対するピルビン酸の転移活性を表1に併記する。転移活性は、HPLCの分析結果の波形面積から算出した。転移活性は、参考例1の値を100%としたときの相対値を表す。
【0066】
参考例2と比較例1の比較によれば、野生型Pvg1タンパク質のピルビン酸転移活性は、アクセプター基質中のGalと結合している糖がGlcNAcの場合、Glcの場合と比較して値が著しく低下することがわかる。しかし、実施例1の結果から明らかなように、Pvg1H168Aのピルビン酸転移活性は、アクセプター基質中のGalと結合している糖がGlcNAcの場合であっても、高い値を実現することができた。
【0067】
上記の通り、Pvg1H168Aに加えて、Pvg1H168G、Pvg1H168V、Pvg1H168I、Pvg1H168M、Pvg1H168P、Pvg1H168S、Pvg1H168T、Pvg1H168N、Pvg1H168Q、Pvg1H168C、Pvg1H168D及びPvg1H168Eの計13種類の組み換えタンパク質の生産を行った。
また、比較対象として、本来の分裂酵母Pvg1タンパク質の168番目のアミノ酸配列であるヒスチジンを、夫々ロイシン、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、アルギニン及びリシンに変えた組み換え遺伝子であるPvg1H168L、Pvg1H168F、Pvg1H168W、Pvg1H168Y、Pvg1H168R及びPvg1H168Kを含むベクターを作製し、上記と同様にしてPvg1H168L、Pvg1H168F、Pvg1H168W、Pvg1H168Y、Pvg1H168R及びPvg1H168Kタンパク質を得た。
これらの計19種の組み換えタンパク質の、Gal‐β1,4‐GlcNAc‐pNPに対するピルビン酸の転移活性をそれぞれ計測した。計測結果を表2に示す。活性の値は、野生型Pvg1の当該活性を100%としたときの、相対値で表す。
【0068】
【表2】
【0069】
<PA001へのピルビン酸の転移>
次に、PA001の糖鎖に含まれるガラクトースへの、上記Pvg1H168Aタンパク質のピルビン酸の転移活性を検証した。
[実施例2]
反応液は、以下の組成で調整した。反応液は合計50μLになるよう水で調整した。
反応バッファー: 1 M MOPS buffer (pH 6.0) 5 μL
ドナー基質: 10 mM PEP 1 μL
アクセプター基質: 50 mM PA001 (タカラバイオ社製) 3 μL
ピルビン酸転移酵素:Pvg1H168A 50 μg
反応温度: 30℃
反応時間: 2時間
【0070】
PA001は、ヒト複合型糖鎖の構造を有する標準糖鎖試薬であり、ピリジルアミノ(PA)化されたPA末端を有する。PA001の糖鎖の構造を
図2に示す。
【0071】
また、以下の比較例2において、ピルビン酸転移酵素として分裂酵母の野生型のPvg1タンパク質を用い、アクセプター基質として、上記PA001を用い、その他の条件は実施例2と同様にして反応を行った。
【0072】
実施例2および比較例2において用いた基質および酵素を表3に示す。
【0073】
【表3】
【0074】
反応前と反応後の各反応液を上記実施例1と同様に分析した。
実施例2および比較例2における反応結果を
図3及び
図4に示す。
図3及び
図4中、番号3のピークはPA001を表し、番号4のピークはPA001にピルビン酸が1つ転移されたと推定される(Pv)PA001を表し、番号5のピークはPA001にピルビン酸が2つ転移されたと推定される(Pv)
2PA001を表す。
図3のデータから明らかなように、ピルビン酸転移酵素として野生型Pvg1を用いた比較例2ではPA001にピルビン酸を転移することができないか、ピルビン酸転移酵素活性が著しく低いのに対し、
図4に示すピルビン酸転移酵素としてPvg1H168Aを用いた実施例3ではPA001がピルビン酸化されたと推定できる顕著なピークが観察された。
【0075】
(ピルビン酸化の確認(1))
PvGalには、弱酸、100℃条件で、ピルビン酸が外れるという性質がある。この性質を利用し、上記実施例2で得られた番号5のピークの物質がピルビン酸化されたものであるかを、以下の反応条件により検証した。
反応温度: 100 ℃
反応時間: 6時間
反応溶液:0.02M HCl、
基質 :実施例2で得られた反応液を精製して得られた前記ピーク5の溶出物
【0076】
上記の弱酸、100℃条件処理後の反応液のHPLCによる分析結果を
図5に示す。また、対照のため、反応溶液に上記0.02M HClの代わりに水を用いた場合の結果も併せて示す。
図5の結果からわかるように、
図5中の番号5のピークは弱酸、100℃条件処理後には見られなくなり、番号1のピルビン酸化されていないPA001のピーク(番号3のピークと同位置のピーク)へと戻った。このことから、
図5中の番号5のピークが示す物質は、ピルビン酸化されたPA001であることが強く示唆された。
【0077】
(ピルビン酸化の確認(2))
また、PvGalはβ‐ガラクトシダーゼによって分解されないという性質がある。この性質を利用し、上記実施例2で得られた番号3〜5のピークの物質がピルビン酸化されたものであるかを以下の反応条件により検証した。
反応温度: 37℃
反応時間: 12時間
酵素 : β‐ガラクトシダーゼ(Wako Pure Chemicals社製)10U
基質 : 実施例2で得られた反応液
【0078】
上記のとおりに反応させて得られたβ‐ガラクトシダーゼ処理後の反応液に対する、HPLCによる分析結果を
図6に示す。この結果から、
図6中の番号5のピークのみ、ピークのシフトが見られないことがわかる。これは、分子中のガラクトースがピルビン酸化されていることを示している。また、
図6中の番号3及び番号4のピークはそれぞれ番号3’および番号4’へとピークがシフトしたと考えられる。番号4のピークのシフト幅は、番号3のピークのシフト幅に対して小さいことから、番号4のピークが示す分子中のガラクトースは部分的にピルビン酸化されていると考えられる。したがって、
図6中の番号4及び番号5のピークが示す物質は、ピルビン酸化されたPA001であることが確認された。
【0079】
以上で説明した各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であり、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。また、本発明は各実施形態によって限定されることはなく、請求項(クレーム)の範囲によってのみ限定される。
【0080】
<ピルビン酸化糖ペプチドのレクチンアレイ解析による特性分析>
次に、ピルビン酸化糖ペプチドを、レクチンアレイ解析によって特性分析を行った。
[実施例3] 下記化学式のシアリル糖ペプチド(伏見製薬所製)からシアル酸を除去し、アシアロ糖ペプチドを調製し、これを用いて以下の組成の反応液中でピルビン酸化糖ペプチドを調製した。
反応バッファー:0.2M MOPSバッファー(pH7.5)
ドナー基質:40mM ホスホエノールピルビン酸
アクセプター基質:1 mg アシアロ糖ペプチド
ピルビン酸転移酵素:Pvg1変異体 0.5 mg
反応温度:30℃
反応時間:16時間
【0081】
【化9】
【0082】
次に、シアリル糖ペプチド(SGP)と、上に合成したピルビン酸化糖ペプチド(PVGP)とを、蛍光物質であるCy3でラベル化した。
【0083】
図7及び
図8に特定される、96種類の糖特異性を有するレクチンアレイ(96種類のレクチンは38種類が大腸菌等で生産した組換え体であるが、他のレクチンに関しては市販のものや植物等から精製を行なったものである。レクチンの由来についてはTateno et al, J. Biol. Chem., 286, 20345-20353 (2011)やHirabayashi et al, Electrophoresis, 32, 1118-1128 (2011)などに記載されている)に、上でラベル化した蛍光糖ペプチドを加え、20℃で一晩インキュベートした。アレイをプロービングバッファー(2.7 mM KCl, 1mM CaCl2, 1 mM MnCl2, 1% Triton X-100を含む25 mM Tris-HCl, pH 7.5, 140 mM NaCl (TBS)バッファー)で洗浄し、アレイの各スポットの蛍光を、GlycoStation Reader 1200 (Glycotechnica社製)で測定した(
図9A、
図9B)。得られた生データを数値化し、これをグラフ化した(
図10A、
図10B、
図11A、
図11B)。
【0084】
(結果)
上記の分析により、以下の事柄が判明した。
(1)ピルビン酸化糖ペプチドはSNA, SSA, TJAI, rPSL1aなどのα2,6-結合した末端シアル酸を認識するレクチンと相互作用する。
(2)ピルビン酸化糖ペプチドはMAL, MAH, ACG, rACG, rGal8Nなどのα2,3-結合のシアル酸を認識するレクチンとは全く相互作用しない。
(3)これらの結果は、ピルビン酸化ガラクトースは、シアル酸がガラクトースにα2,6結合したものの構造と類似していることをさらに明確に示す(
図12参照)。