特許第6472389号(P6472389)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6472389
(24)【登録日】2019年2月1日
(45)【発行日】2019年2月20日
(54)【発明の名称】ピストンリング及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16J 9/26 20060101AFI20190207BHJP
   F02F 5/00 20060101ALI20190207BHJP
【FI】
   F16J9/26 C
   F02F5/00 F
   F02F5/00 N
【請求項の数】10
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2015-560038(P2015-560038)
(86)(22)【出願日】2015年1月30日
(86)【国際出願番号】JP2015052680
(87)【国際公開番号】WO2015115601
(87)【国際公開日】20150806
【審査請求日】2017年6月16日
(31)【優先権主張番号】特願2014-16344(P2014-16344)
(32)【優先日】2014年1月31日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2014-201838(P2014-201838)
(32)【優先日】2014年9月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】390022806
【氏名又は名称】日本ピストンリング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100117226
【弁理士】
【氏名又は名称】吉村 俊一
(72)【発明者】
【氏名】小崎 琢也
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 宏幸
【審査官】 佐々木 佳祐
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−297477(JP,A)
【文献】 特開2007−232026(JP,A)
【文献】 特開2000−128516(JP,A)
【文献】 特開2012−202522(JP,A)
【文献】 特開2003−042293(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 1/00−10/04
F02F 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンリング基材の少なくとも外周摺動面上に形成された硬質炭素膜を有し、
前記硬質炭素膜は、透過型電子顕微鏡(TEM)に電子エネルギー損失分光法(EELS)を組み合わせたTEM−EELSスペクトルで測定されたsp成分比が40%以上80%以下の範囲内であり、水素含有量が0.1原子%以上5原子%以下の範囲内であり、表面に表れるマクロパーティクル量が面積割合で0.1%以上10%以下の範囲内であり、
前記硬質炭素膜は、前記ピストンリング基材側に、該硬質炭素膜の成膜条件のうち、該成膜条件よりも低速成膜条件で形成された硬質炭素下地膜の上に形成されている、ことを特徴とするピストンリング。
【請求項2】
前記硬質炭素下地膜の厚さが、0.05μm以上0.5μm以下の範囲内である、請求項1に記載のピストンリング。
【請求項3】
前記硬質炭素下地膜は、前記硬質炭素膜の形成時のアーク電流値の80%以下のアーク電流値で形成されてなる、請求項1又は2に記載のピストンリング。
【請求項4】
前記硬質炭素膜は、一定の成膜条件で形成された単層膜、又は、複数の成膜条件で形成されたナノ積層膜である、請求項1〜3のいずれか1項に記載のピストンリング。
【請求項5】
前記ピストンリング基材上には、チタン又はクロムの下地膜が形成されている、請求項1〜4のいずれか1項に記載のピストンリング。
【請求項6】
硬質炭素膜の表面に表れるマクロパーティクル量が面積割合で0.1%以上10%以下の範囲内であるピストンリングの製造方法であって、
ピストンリング基材の少なくとも外周摺動面上に物理的気相蒸着法で形成された硬質炭素下地膜を、下記硬質炭素膜形成工程の成膜条件のうち、該成膜条件よりも低速成膜条件で形成する硬質炭素下地膜形成工程と、
前記硬質炭素下地膜上に前記と同じ物理的気相蒸着法で形成された硬質炭素膜を、TEM−EELSスペクトルで測定されたsp成分比が40%以上80%以下の範囲内であり、水素含有量が0.1原子%以上5原子%以下の範囲内となる成膜条件で形成する硬質炭素膜形成工程と、を有することを特徴とするピストンリングの製造方法。
【請求項7】
前記第硬質炭素下地膜形成工程での低速成膜条件のうちのアーク電流値が、前記硬質炭素膜形成工程でのアーク電流値の80%以下である、請求項6に記載のピストンリングの製造方法。
【請求項8】
前記硬質炭素下地膜形成工程前には、ピストンリング基材上にチタン又はクロムを形成する下地膜形成工程を有する、請求項6又は7に記載のピストンリングの製造方法。
【請求項9】
前記硬質炭素膜形成工程で形成する硬質炭素膜は、一定の成膜条件で形成された単層膜、又は、複数の成膜条件で形成されたナノ積層膜である、請求項6〜8のいずれか1項に記載のピストンリングの製造方法。
【請求項10】
前記ナノ積層膜が、2種以上の異なるバイアス電圧を交互に加えて形成されてなる、請求項9に記載のピストンリングの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗性に優れた硬質炭素膜を備えたピストンリング及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関に用いられるピストンリングは、近年ますます高温且つ高圧の厳しい環境下で使用されており、耐摩耗性、初期なじみ性、及び低摩擦性等の更なる向上が要求されている。こうした要求に対し、例えば特許文献1には、低フリクションと耐摩耗性を有する炭素系皮膜を備えたピストンリングが提案されている。具体的には、硬度の異なる2種類の層が2層以上積層された積層皮膜であって、その2種類の層の硬度差は500〜1700HVで、硬度の高い層が硬度の低い層の厚さと同一又はそれ以上の厚さを有し、皮膜全体の厚さが5.0μm以上であるピストンリングが提案されている。このとき、低硬度層はスパッタリングで成膜され、高硬度層はイオンプレーティングで成膜されている。
【0003】
また、特許文献2には、ピストンリング基材との密着性に優れ、高硬度で耐摩耗性に優れた非晶質硬質炭素皮膜を有したピストンリングが提案されている。具体的には、ピストンリング基材の表面に形成され、水素をほとんど含まず実質的に炭素のみからなる第1の非晶質硬質炭素層と、第1の非晶質硬質炭素層の表面に形成され実質的に炭素のみからなる第2の非晶質硬質炭素層とから構成され、断面から見たとき、第1の非晶質硬質炭素層の透過型電子顕微鏡像が第2の非晶質硬質炭素層の透過型電子顕微鏡像より明るいピストンリングが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012−202522号公報
【特許文献2】特開2007−169698号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1の技術は、硬度の異なる層を異なる成膜手段で交互に繰り返して積層した多層構造であり、成膜が煩雑であった。また、硬度の高い層の厚さが5〜90nmでは、必ずしも最表面に高硬度の層が維持できるとは限らないため、耐摩耗性を維持することが難しい。また、特許文献2の技術は、透過型電子顕微鏡での明るさと密度の関係と密着性について記載されているものの、高硬度で耐摩耗性に優れた非晶質硬質炭素層であるかどうかは十分検討されていなかった。
【0006】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的は、成膜が容易で、耐摩耗性に優れた硬質炭素膜を有するピストンリング及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)上記課題を解決するための本発明に係るピストンリングは、ピストンリング基材の少なくとも外周摺動面上に形成された硬質炭素膜を有し、前記硬質炭素膜は、透過型電子顕微鏡(TEM)に電子エネルギー損失分光法(EELS)を組み合わせたTEM−EELSスペクトルで測定されたsp成分比が40%以上80%以下の範囲内であり、水素含有量が0.1原子%以上5原子%以下の範囲内であり、表面に表れるマクロパーティクル量が面積割合で0.1%以上10%以下の範囲内であることを特徴とする。
【0008】
この発明によれば、ピストンリング基材の少なくとも外周摺動面上に形成された硬質炭素膜は、その表面に表れるマクロパーティクル量が面積割合で0.1%以上10%以下の範囲内であるので、その表面の凹凸が小さくなっている。その結果、最終加工として行われる例えばラッピングやバフ加工等の表面平滑化処理が不要になり、低コストのピストンリングを提供できる。また、硬質炭素膜は、TEM−EELSスペクトルで測定されたsp成分比が40%以上80%以下の範囲内であるので、耐摩耗性に優れたピストンリングを提供できる。
【0009】
本発明に係るピストンリングにおいて、前記硬質炭素膜は、前記ピストンリング基材側に低速成膜条件で形成された厚さ0.05μm以上0.5μm以下の範囲内の硬質炭素下地膜の上に形成されている。
【0010】
この発明によれば、硬質炭素膜のピストンリング基材側には、低速成膜条件で形成された厚さ0.05μm以上0.5μm以下の範囲内の硬質炭素下地膜が形成されているので、その硬質炭素下地膜は、核形成が抑制されるとともに核成長も抑制される。その結果、その硬質炭素下地膜上に形成されている硬質炭素膜は、マクロパーティクルの増加が抑制され、表面凹凸の小さい平滑な膜を形成することができるので、耐摩耗性を向上させることができる。
【0011】
本発明に係るピストンリングにおいて、前記硬質炭素下地膜は、前記硬質炭素膜の形成時のアーク電流値の80%以下のアーク電流値で形成されてなることが好ましい。
【0012】
この発明によれば、硬質炭素下地膜は硬質炭素膜の形成時のアーク電流値の80%以下のアーク電流値で形成されてなるので、急激なアーク電流の増加による核形成や核成長が起こらず、密着不良を抑制することもできる。
【0013】
本発明に係るピストンリングにおいて、前記硬質炭素膜は、一定の成膜条件で形成された単層膜、又は、複数の成膜条件で形成されたナノ積層膜であってもよい。
【0014】
本発明に係るピストンリングにおいて、前記ピストンリング基材上には、チタン又はクロムの下地膜が形成されていてもよい。
【0015】
(2)上記課題を解決するための本発明に係るピストンリングの製造方法は、硬質炭素膜の表面に表れるマクロパーティクル量が面積割合で0.1%以上10%以下の範囲内であるピストンリングの製造方法であって、
ピストンリング基材の少なくとも外周摺動面上に物理的気相蒸着法で形成された硬質炭素下地膜を、下記硬質炭素膜形成工程の成膜条件よりも低速成膜条件で形成する硬質炭素下地膜形成工程と、
前記硬質炭素下地膜上に前記と同じ物理的気相蒸着法で形成された硬質炭素膜を、TEM−EELSスペクトルで測定されたsp成分比が40%以上80%以下の範囲内であり、水素含有量が0.1原子%以上5原子%以下の範囲内となる成膜条件で形成する硬質炭素膜形成工程と、を有する。
【0016】
この発明によれば、ピストンリング基材の少なくとも外周摺動面上に硬質炭素下地膜を形成しているが、この硬質炭素下地膜を硬質炭素膜形成工程の成膜条件よりも低速成膜条件で形成したので、形成された硬質炭素膜は、その表面に表れるマクロパーティクル量を面積割合で0.1%以上10%以下の範囲内にすることができ、その表面の凹凸を小さくすることができる。その結果、最終加工として行われる例えばラッピングやバフ加工等の表面平滑化処理が不要になり、耐摩耗性に優れたピストンリングを低コストで製造することができる。また、硬質炭素膜を硬質炭素下地膜上に形成したので、TEM−EELSスペクトルで測定されたsp成分比が40%以上80%以下の範囲内の耐摩耗性に優れたピストンリングを製造することができる。
【0017】
本発明に係るピストンリングの製造方法において、前記硬質炭素下地膜形成工程での低速成膜条件のうちのアーク電流値が、前記硬質炭素膜形成工程でのアーク電流値の80%以下であることが好ましい。
【0018】
本発明に係るピストンリングの製造方法において、前記硬質炭素下地膜形成工程前には、ピストンリング基材上にチタン又はクロムを形成する下地膜形成工程を有していてもよい。
【0019】
本発明に係るピストンリングの製造方法において、前記硬質炭素膜形成工程で形成する硬質炭素膜は、一定の成膜条件で形成された単層膜、又は、複数の成膜条件で形成されたナノ積層膜であるように構成してもよい。
【0020】
本発明に係るピストンリングの製造方法において、前記ナノ積層膜が、2種以上の異なるバイアス電圧を交互に加えて形成されるように構成してもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、成膜が容易で、耐摩耗性に優れた硬質炭素膜を有するピストンリング及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明に係るピストンリングの例を示す模式的な断面図である。
図2】本発明に係るピストンリングの摺動面の一例を示す模式的な断面図である。
図3】本発明に係るピストンリングの摺動面の他の一例を示す模式的な断面図である。
図4】本発明に係るピストンリングの摺動面のさらに他の例を示す模式的な断面図である。
図5】成膜条件によってマクロパーティクル量が異なる硬質炭素膜の表面写真である。
図6】単層膜からなる硬質炭素膜(A)と、ナノ積層膜からなる最表面膜(B)の断面図である。
図7】ディスク型試験片を使用した摩擦摩耗試験の構成原理図である。
図8】SRV試験結果を示す写真である。
図9】回転式平面滑り摩擦試験機を使用した摩耗試験及びスカッフ荷重測定の構成原理図である。
図10】摩耗試験結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明に係るピストンリング及びその製造方法について、図面を参照しつつ説明する。本発明は、その技術的特徴を有する限り、以下の実施形態に限定されない。
【0024】
本発明に係るピストンリング10は、図1図4に示すように、ピストンリング基材1の少なくとも外周摺動面11上に形成された硬質炭素膜4を有している。そして、その硬質炭素膜4は、TEM−EELSスペクトルで測定されたsp成分比が40%以上80%以下の範囲内であり、水素含有量が0.1原子%以上5原子%以下の範囲内であり、表面に表れるマクロパーティクル量が面積割合で0.1%以上10%以下の範囲内であることに特徴がある。
【0025】
このピストンリング10は、少なくとも外周摺動面11上に形成された硬質炭素膜4の表面に表れるマクロパーティクル量が面積割合で0.1%以上10%以下の範囲内であるので、その表面の凹凸が小さくなっている。その結果、最終加工として行われる例えばラッピングやバフ加工等の表面平滑化処理が不要になり、低コストのピストンリングとして提供できるという利点がある。また、硬質炭素膜4は、TEM−EELSスペクトルで測定されたsp成分比が40%以上80%以下の範囲内であるので、耐摩耗性に優れている。
【0026】
以下、ピストンリング及びその製造方法の構成要素について詳しく説明する。
【0027】
(ピストンリング基材)
ピストンリング基材1としては、ピストンリング10の基材として用いられている各種のものを挙げることができ、特に限定されない。例えば、各種の鋼材、ステンレス鋼材、鋳物材、鋳鋼材等を適用することができる。これらのうち、マルテンサイト系ステンレス鋼、クロムマンガン鋼(SUP9材)、クロムバナジウム鋼(SUP10材)、シリコンクロム鋼(SWOSC−V材)等を挙げることができる。
【0028】
ピストンリング基材1には、予め窒化処理を施して窒化層(図示しない)が形成されていてもよいし、予めCr−N系、Cr−B−N系、Cr−B−V−N系、Ti−N系等の耐摩耗性皮膜(図示しない)を形成してもよい。しかしながら、本発明に係るピストンリング10は、後述するように、硬質炭素膜4を均一に成膜できるという格別の利点があるので、これらの窒化処理やCr系又はTi系の耐摩耗性皮膜の形成を行わなくても十分に優れた耐摩耗性を示す。そのため、窒化処理やCr系又はTi系の耐摩耗性皮膜の形成は必ずしも必要ではない。
【0029】
なお、ピストンリング基材1には、必要に応じて前処理を行ってもよい。前処理としては、表面研磨して表面粗さを調整することが好ましい。表面粗さの調整は、例えばピストンリング基材1の表面をダイヤモンド砥粒でラッピング加工して表面研磨する方法等で行うことが好ましい。こうした表面粗さの調整によって、ピストンリング基材1の表面粗さをJIS B 0601(2001)ISO4287:1997における算術平均粗さRaで0.02μm以上、0.07μm以下の好ましい範囲内に調整することができる。このように調整したピストンリング基材1は、硬質炭素下地膜3を形成する前の前処理として、又は、硬質炭素下地膜3を形成する前に予め設ける下地膜2の前処理として、好ましく適用することができる。
【0030】
(下地膜)
ピストンリング基材1には、図4に示すように、チタン又はクロム等の下地膜2が設けられていてもよい。下地膜2は、必ずしも設けられていなくてもよく、その形成は任意である。チタン又はクロム等の下地膜2は、各種の成膜手段で形成することができ、例えば、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法等の成膜手段を適用することができる。下地膜2の厚さは特に限定されないが、0.05μm以上、2μm以下の範囲内であることが好ましい。なお、下地膜2は、ピストンリング10がシリンダライナー(図示しない)に接触して摺動する外周摺動面11に少なくとも形成されることが好ましいが、その他の面、例えばピストンリング10の上面12、下面13、内周面14に形成されていてもよい。
【0031】
下地膜2の形成は、例えば、ピストンリング基材1をチャンバ内にセットし、チャンバ内を真空にした後、予熱やイオンクリーニング等を施して不活性ガスを導入し、真空蒸着法やイオンプレーティング法等の手段によって行うことができる。
【0032】
この下地膜2は、図4に示すように、ピストンリング基材1上に直接形成され、その下地膜2上には、後述する硬質炭素下地膜3が形成されていることが望ましい。下地膜2は、ピストンリング基材1と、硬質炭素下地膜3及び硬質炭素膜4との密着性を向上させ、その下地膜2上に硬質炭素下地膜3を形成することによって、その硬質炭素下地膜3を低速成膜する場合の核形成や核成長をより一層抑制することができる。その結果、その硬質炭素下地膜3上に形成する硬質炭素膜4を表面凹凸の小さい平滑な膜として形成できる。
【0033】
(硬質炭素下地膜)
硬質炭素下地膜3は、ピストンリング基材1上に設けられている。具体的には、硬質炭素下地膜3は、ピストンリング10がシリンダライナー(図示しない)に接触して摺動する外周摺動面11に少なくとも形成されるが、その他の面、例えばピストンリング10の上面12、下面13、内周面14にも任意に形成できる。
【0034】
硬質炭素下地膜3は、図1図3に示すように、ピストンリング基材1上に直接設けられていてもよいし、図4(A)(B)に示すように、ピストンリング基材1上に設けられたチタン膜等の下地膜2上に設けられていてもよい。なお、その硬質炭素下地膜3の上には、後述する硬質炭素膜4が他の膜を介在させないで直接設けられている。
【0035】
硬質炭素下地膜3は、後述する硬質炭素膜4の成分と同じであり、硬質炭素膜4を形成する際の前段階の形成工程で成膜される。硬質炭素下地膜3は、カーボンターゲットを用いた真空アーク放電によるイオンプレーティング法等の成膜手段で形成することができる。例えば真空アーク放電によるイオンプレーティング法(以下、「アークイオンプレーティング法」という。)で硬質炭素下地膜3を成膜する場合、具体的には、ピストンリング基材1、又は予め下地膜2が設けられたピストンリング基材1をチャンバ内にセットし、そのチャンバ内を真空にした後、カーボンターゲットを閉塞するシャッターを開放してカーボンターゲットからカーボンプラズマを放出させて成膜することができる。
【0036】
硬質炭素下地膜3は、後述する硬質炭素膜4の成膜条件のうち、成膜速度を低下させるように制御して形成される。すなわち、低速成膜条件で成膜される。成膜条件を低下させる方法としては、アークイオンプレーティング法において、アーク電流の低下を挙げることができる。なかでも、アーク電流が40A〜100Aの範囲内、パルスバイアス電圧が−2000V〜−100Vの範囲内のアークイオンプレーティング法で成膜することが好ましい。
【0037】
この硬質炭素下地膜3を成膜するときの上記したアーク電流は、後述する硬質炭素膜4を成膜する際のアーク電流よりも小さい。そのため、ピストンリング基材1上に硬質炭素下地膜3を成膜しないで硬質炭素膜4を成膜する場合に起こり易い急激なアーク電流の増加による密着不良を抑制することができる。さらに、小さいアーク電流での硬質炭素下地膜3の成膜は、核形成を抑制できるとともに核成長も抑制でき、マクロパーティクルが増加するのを抑えることができる。こうしたマクロパーティクルの増加の抑制は、後述する硬質炭素膜4を、硬質炭素下地膜3の影響を受けない表面凹凸の小さい平滑な膜として形成することができる。
【0038】
アーク電流を低下させる場合は、硬質炭素膜4の形成時のアーク電流値の80%以下のアーク電流値にすることが好ましい。80%以下のアーク電流値で形成したときに、硬質炭素下地膜3としての機能を効果的に発現することができる。すなわち、低速成膜条件で形成された硬質炭素下地膜3は、核形成が抑制されるとともに核成長も抑制される。そのため、その硬質炭素下地膜3上に形成される硬質炭素膜4は、急激なアーク電流の増加による密着不良を抑制でき、さらにマクロパーティクルが増加するのを抑制することができる。マクロパーティクルの増加の抑制は、硬質炭素膜4を、硬質炭素下地膜3の影響を受けない表面凹凸の小さい平滑な膜として形成することができる。その結果、耐摩耗性を向上させることができる。なお、このときのアーク電流値は、硬質炭素下地膜3として好ましく作用させるために、硬質炭素膜4の形成時のアーク電流値の50%を下限とすることが好ましい。
【0039】
低速成膜条件で形成された硬質炭素下地膜3の上記の作用は、厚さ0.05μm以上0.5μm以下の範囲内で効果的に実現することができる。その厚さが薄すぎると、マクロパーティクルの抑制効果が得られないという難点があり、その厚さが厚すぎると、硬質炭素膜の成膜速度が遅くなり、コスト高になるという難点がある。
【0040】
なお、こうして成膜される硬質炭素下地膜3の硬度は、ビッカース硬さHVで1500〜2500程度の範囲内になっている。なお、硬質炭素下地膜3は薄すぎ、それ自体のビッカース硬度測定は困難であるので、同じ成膜条件で5μm程度に厚く形成した場合のビッカース硬度で評価した、その測定は、ビッカース硬さ試験機(株式会社アカシ製)等を用いて測定することができ、「HV(0.05)」は、50gf荷重時のビッカース硬度を示すことを意味している。また、ナノインデンテーション法での測定は、例えば、株式会社エリオニクス製のナノインデンテーションを用いて測定することができる。
【0041】
(硬質炭素膜)
硬質炭素膜4は、図1図2及び図4(A)に示すように、ピストンリング10がシリンダライナー(図示しない)に接触して摺動する外周摺動面11に少なくとも形成されるが、その他の面、例えばピストンリング10の上面12、下面13、内周面14にも任意に形成されていてもよい。
【0042】
硬質炭素膜4は、アモルファス状の炭素膜のことをいい、相手材に対する摩擦係数が低く、相手材に対する耐摩耗性が良好な皮膜である。具体的には、炭素の他に、水素を0.1原子%以上、5原子%以下の範囲内で含んでいる。
【0043】
こうした硬質炭素膜4も上記した硬質炭素下地膜3の成膜方法と同じアークイオンプレーティング法で形成する。同じアークイオンプレーティング法での形成は、異なる方法での成膜に比べて製造上有利である。硬質炭素膜4の厚さは、薄膜を形成する場合は0.5μm以上、2μm未満の範囲内であり、厚膜で形成する場合は2μm以上、10μm以下の範囲内であることが好ましい。硬質炭素膜4の厚さがこの範囲内であることにより、薄膜では、初期なじみ性を向上させ、かつ、耐摩耗性を向上させることができる。厚膜では、その効果がさらに持続するという利点がある。なお、さらに好ましい範囲として、薄膜では0.6μm以上、1.5μm以下の範囲内であり、厚膜では、2.5μm以上、6μm以下の範囲内であることがより好ましい。
【0044】
本発明においては、この硬質炭素膜4の形成と上述した硬質炭素下地膜3の形成において、水素成分を含まない条件で成膜している。硬質炭素下地膜3と硬質炭素膜4の形成は、カーボンターゲットを用い、成膜原料に水素原子を含まないアークイオンプレーティング法で好ましく成膜できる。その結果、硬質炭素下地膜3と硬質炭素膜4は、その中に水素成分を含まないか、実質的に含まない。実質的に含まないとは、硬質炭素下地膜3や硬質炭素膜4に含まれる水素含有量が5原子%以下であることを意味している。
【0045】
硬質炭素膜4は、低速成膜条件で形成して核形成や核成長を抑制し且つマクロパーティクルの増加を抑えた硬質炭素下地膜3の上に直接設けられているので、表面凹凸の小さい平滑な膜として形成することができる。硬質炭素膜4の表面に表れるマクロパーティクル量は、面積割合で0.1%以上10%以下の範囲内である。その結果、耐摩耗性と初期なじみ性を優れたものとすることができる。なお、図5は、成膜条件によってマクロパーティクル量が異なる硬質炭素膜の表面写真である。図5(A)マクロパーティクルの面積割合が少ない例であり、図5(B)はマクロパーティクルの面積割合が多い例である。
【0046】
マクロパーティクル量の面積割合は、レーザーテック株式会社製の共焦点顕微鏡(OPTELICS H1200)を用いて画像解析を行って得ることができる。具体的には、ピストンリング外周を撮影し(対物レンズ100倍、モノクロコンフォーカル画像)、自動二値化を実施して行った。閾値決定法は、判別分析法で行い、研磨キズ等を除外するように調整を行った上で二値化された画像から面積率を抽出した。マクロパーティクルの面積割合は、皮膜の任意の箇所を5点測定し、その平均値とした。
【0047】
硬質炭素膜4は、アーク電流が80A(ただし、硬質炭素下地膜3のアーク電流よりも大きい。)〜120Aの範囲内、パルスバイアス電圧が−2000V〜−100Vの範囲内のアークイオンプレーティング法で成膜することが好ましい。
【0048】
硬質炭素膜4は、その表面に表れるマクロパーティクル量を面積割合で0.1%以上10%以下の範囲内にすることができる。その結果、耐摩耗性を優れたものとすることができる。マクロパーティクル量の面積割合は、上記同様の方法で得ることができる。マクロパーティクル量が面積割合で10%を超えると、表面の凹凸が大きくなり、優れた耐摩耗性を実現することができないことがある。一方、マクロパーティクル量が面積割合で0.1%未満の場合は、優れた耐摩耗性を実現することができるが、成膜自体が難しいことがあり、製造管理とコスト面でやや難点がある。
【0049】
この硬質炭素膜4は、図6(A)に示すように、単一の成膜条件で設けられた単一膜であってもよいし、最表面膜5について示す図6(B)に示すように、複数の成膜条件で形成されたナノ積層膜であってもよい。この場合のナノ積層膜は、例えば、経時的にアーク電流やバイアス電流等の成膜条件を繰り返し変化させることにより、図6(B)に筋状の層が厚さ方向に積層した形態で表れる膜を設けることができる。
【0050】
硬質炭素膜4がナノ積層膜である場合、そのナノ積層膜は、2種以上の異なるバイア電圧をパルス状に交互に加えて形成してもよい。その例としては、1)所定の低バイアス電圧と所定の高バイアス電圧とをパルス状に交互に印加することができ、例えば、−140Vの低バイアス電圧と−220Vの高バイアス電圧とをパルス状に交互に加えて成膜してもよい。2)所定の低バイアス電圧と漸増するバイアス電圧とをパルス状に交互にパルス電圧として印加することができ、例えば、−140Vの低バイアス電圧と、−220Vから−160Vずつ漸増する高バイアス電圧とをパルス状に交互に加えて成膜してもよい。3)所定の低バイアス電圧と所定の高バイアス電圧とをパルス状に交互に印加することができ、例えば、−140Vの低バイアス電圧と−220Vの高バイアス電圧と−150Vの低バイアス電圧と−1800Vの高バイアス電圧とをそのサイクル順でパルス状に加えて成膜してもよい。なお、2種以上の異なるバイアス電圧をパルス状に交互に加えて成膜する例は、上記1)〜3)に限定されず、他の例を適用してもよい。なお、ナノ積層膜の厚さは、上記した範囲内になるようにパルスバイアスの繰り返し数が設定される。
【0051】
上記したナノ積層膜で構成した硬質炭素膜4が硬質炭素下地膜3上に設けられている場合は、単一膜で構成した耐摩耗性の高い硬質炭素膜4が硬質炭素下地膜3上に設けられている場合に比べて、皮膜剥がれをより一層抑制できるという利点がある。その理由は、単一膜で構成した耐摩耗性の高い硬質炭素膜4が硬質炭素下地膜3上に設けられている場合では、その硬質炭素膜4が丈夫なので、ピストンリングに加わる負荷が、ピストンリング基材1と硬質炭素下地膜3との界面又は下地膜2と硬質炭素下地膜3との界面に加わるようになり、硬質炭素膜4が剥がれる可能性が少し残る。しかし、上記のようなナノ積層膜で構成した硬質炭素膜4は、異なる2種以上のバイアス電圧のうち低いバイアス電圧で成膜された膜が応力緩和膜として機能することから、ピストンリング基材1と硬質炭素下地膜3との界面に加わる負荷を軽減するように作用する。また、下地膜2が形成されている場合には、下地膜2と硬質炭素下地膜3との界面に加わる負荷を軽減するように作用する。
【0052】
こうした硬質炭素膜4を設けたピストンリング10では、温度が加わって当たりが強くなる合い口部の皮膜剥離を無くすことができる点で特に好ましい。
【0053】
硬質炭素膜4の硬度は、ビッカース硬さHVで1500〜2500程度の範囲内になっている。また、硬質炭素膜4の硬さは、ナノインデンテーション法で測定したとき、15GPa以上、30GPa以下の範囲内になっている。なお、ビッカース硬度は、微小ビッカース硬さ試験機(株式会社アカシ製)等を用いて測定することができ、「HV(0.05)」は、50gf荷重時のビッカース硬度を示すことを意味している。また、ナノインデンテーション法での測定は、上記同様の方法で行うことができる。
【0054】
硬質炭素膜とは、グラファイトに代表される炭素結合sp結合と、ダイヤモンドに代表される炭素結合sp結合とが混在する膜である。sp成分比とは、硬質炭素膜のグラファイト成分(sp)及びダイヤモンド成分(sp)に対するグラファイト成分(sp)の成分比(sp/(sp+sp))を示すものである。
【0055】
硬質炭素膜4は、透過型電子顕微鏡(TEM)に電子エネルギー損失分光法(EELS)を組み合わせたTEM−EELSによる測定により、sp成分比が40%以上80%以下の範囲内であることが好ましい。sp成分比が40%未満では、ダイヤモンド成分(sp)が主になるため、膜質は、緻密であるが靱性が低く、硬質炭素膜の形成としては好ましくない。sp成分比が80%を超えると、グラファイト成分(sp)が主になるため、硬質炭素膜の形成が困難になり、好ましくない。こうした共有結合割合は、EELS分析装置(Gatan製、Model863GIF Tridiem)によって測定することができる。この測定は以下の手順で行うことができる。
【0056】
先ず、(1)EELS分析装置によってEELSスペクトルを測定する。測定されたEELSスペクトルに対し、ピーク前を一次関数でフィットさせ、ピーク後を三次関数でフィットさせ、ピーク強度を規格化する。(2)その後、ダイヤモンドのデータとグラファイトのデータと照らし合わせ、ピークの開始位置を揃えてエネルギー校正を行う。(3)校正済みのデータに対し、280eV〜310eVの範囲内の面積を求める。(4)280eV〜295eVの範囲で2つのピーク(一つはspのピークであり、もう一つはCHやアモルファスのピークである。)に分離し、285eV付近のピーク面積を求める。(5)上記(3)の280eV〜310eVの範囲内の面積と、上記(4)の285eV付近のピーク面積をとる。この面積比について、グラファイトを100とし、ダイヤモンドを0とし、相対値からsp成分比を求める。こうして求められた値を、sp成分比としている。
【0057】
なお、硬質炭素膜のsp2成分比については、その硬質炭素膜が単層膜であってもナノ積層膜であっても、それぞれの膜の厚さ方向に等間隔で複数点を測定ポイントとして求め、評価する。その測定ポイントの数は特に限定されないが、後述の実施例1,2のように2点でもよいし、実施例5のように、10点であってもよい。本願において、複数の測定ポイントで得た「sp成分比」については、特に測定点を示していない場合には、膜の平均値として定義する。
【0058】
(最表面膜)
最表面膜5は、上記した硬質炭素膜4上に必要に応じて任意に形成することができる。最表面膜5は、図3図4(B)及び図6(B)に示すように、薄い硬質炭素膜(ナノ薄膜)を積層したもの(ナノ積層膜とも言う。)である。この最表面膜5は、初期なじみ性をより高めるように作用する。
【0059】
ナノ積層膜である最表面膜5は、アークイオンプレーティング法での高バイアス電圧処理と低バイアス電圧処理とを所定の間隔で複数回繰り返すことにより成膜される。具体的には、最表面膜5は、アークイオンプレーティング法での成膜において、アーク電流を硬質炭素膜4の成膜条件と同程度の100A〜150Aに維持したまま、パルスバイアス電圧を−2000V〜−800Vの範囲内の高バイアス電圧処理と、パルスバイアス電圧を−200V〜−100Vの範囲内の低バイアス電圧処理とを所定の間隔で複数回繰り返して成膜することが好ましい。所定の間隔とは、1秒以上10秒以下程度の間隔である。こうして形成された最表面膜5は、図6(B)に示すように、薄い薄膜が積層されたものであり、硬度が高く、靭性が増してクラックや欠けを防止するとともに、初期なじみ性が良好になる。
【0060】
最表面膜5は、こうした条件で所望の厚さになるまで積層される。なお、最表面膜5の合計厚さは、0.05μm以上、1μm以下程度の範囲内で形成される。その厚さが薄すぎると、初期なじみ性の効果が得られないという難点があり、その厚さが厚すぎても、初期なじみ性の効果は変わらない。なお、最表面膜5を構成する各層の厚さは、0.01μm以上、0.02μm以下程度の範囲内であり、その範囲内の厚さの層が複数積層されて構成されている。こうした最表面膜5の厚さは、透過型電子顕微鏡(TEM)で測定することができる。
【0061】
最表面膜5の工程処理後の最表面の硬度が、ビッカース硬さHVで2000程度に形成されると好適である。
【0062】
以上説明したように、本発明に係るピストンリング10は、硬質炭素下地膜3を低速成膜条件で薄く形成するので、その硬質炭素下地膜3は、核形成が抑制されるとともに核成長も抑制される。そのため、その硬質炭素下地膜3上に形成される硬質炭素膜4は、急激なアーク電流の増加による密着不良を抑制でき、さらにマクロパーティクルが増加するのを抑制することができる。マクロパーティクルの増加の抑制は、硬質炭素膜4を、表面凹凸の小さい平滑な膜として形成することができる。その結果、耐摩耗性を向上させることができる。
【実施例】
【0063】
以下に、本発明に係るピストンリングについて、実施例と比較例と従来例を挙げてさらに詳しく説明する。
【0064】
[実施例1]
C:0.55質量%、Si:1.35質量%、Mn:0.65質量%、Cr:0.70質量%、Cu:0.03質量%、P:0.02質量%、S:0.02質量%、残部:鉄及び不可避不純物からなるJIS規格でSWOSC−V材相当のピストンリング基材1を使用した。このピストンリング基材1上に、下地膜2として、厚さ0.3μmのチタン膜を、イオンプレーティング法にて、不活性ガス(Ar)を導入して形成した。
【0065】
次に、その下地膜2上に、アモルファス炭素膜からなる硬質炭素下地膜3を成膜した。成膜は、アークイオンプレーティング装置を用い、炭素ターゲットを使用し、1.0×10−3Pa以下の高真空チャンバ内で、アーク電流90A、パルスバイアス電圧−130Vにて12分の条件で厚さ0.2μmになるように形成した。その硬質炭素下地膜3の上に、同じアークイオンプレーティング装置を用い、アーク電流120A、パルスバイアス電圧−1800Vにて312分で厚さ5.2μmになるように形成した。硬質炭素膜4の表面に表れるマクロパーティクル面積率は1.8%であった。sp成分比は2点で測定し、表面側の分析点では52%であった。
【0066】
[実施例2]
実施例1において、硬質炭素膜4上に、最表面膜5をアーク電流90A、パルスバイアス電圧−1800Vと−150Vとを3秒間隔で720回繰り返し、厚さ0.6μmになるように形成した。最表面膜5の表面に表れるマクロパーティクル面積率は1.5%であった。sp成分比は2点で測定し、表面側の分析点では46%であった。なお、この最表面膜5は、図6(B)に示すように、約3nm程度の薄い薄膜が積層されたものである。
【0067】
[比較例1]
実施例1で得たピストンリング基材1上に、実施例1と同様に下地膜2を設け、硬質炭素下地膜3を設けることなく、硬質炭素膜4のみを、アーク電流120A、パルスバイアス電圧−2500Vにて324分で5.4μmで形成した。マクロパーティクル面積率は13.2%であり、sp成分比は2点で測定し、表面側の分析点では73%であった。
【0068】
[比較例2]
実施例1で得たピストンリング基材1上に、実施例1と同様に下地膜2を設け、硬質炭素下地膜3を設けることなく、硬質炭素膜4のみを、アーク電流180A、パルスバイアス電圧−100Vにて300分で5.0μmで形成した。マクロパーティクル面積率は34.3%であり、sp成分比は2点で測定し、表面側の分析点では10%であった。
【0069】
[比較例3]
実施例1で得たピストンリング基材1上に、実施例1と同様に下地膜2を設け、さらに硬質炭素下地膜3を設け、硬質炭素膜4のみを、アーク電流180A、パルスバイアス電圧−100Vにて300分で5.0μmで形成した。マクロパーティクル面積率は9.3%であり、sp成分比は2点で測定し、表面側の分析点では12%であった。
【0070】
[sp成分比]
sp成分比は以下の(1)〜(5)の手順で算出した。(1)EELS分析装置(Gatan製、Model863GIF Tridiem)によってEELSスペクトルを測定する。測定されたEELSスペクトルに対し、ピーク前を一次関数でフィットさせ、ピーク後を三次関数でフィットさせ、ピーク強度を規格化する。(2)その後、ダイヤモンドのデータとグラファイトのデータと照らし合わせ、ピークの開始位置を揃えてエネルギー校正を行う。(3)校正済みのデータに対し、280eV〜310eVの範囲内の面積を求める。(4)280eV〜295eVの範囲で2つのピーク(一つはspのピークであり、もう一つはCHやアモルファスのピークである。)に分離し、285eV付近のピーク面積を求める。(5)上記(3)の280eV〜310eVの範囲内の面積と、上記(4)の285eV付近のピーク面積との面積比をとる。この面積比について、グラファイトを100とし、ダイヤモンドを0とし、相対値からsp成分比を求める。こうして求められた値を、sp成分比とした。硬質炭素膜と最表面膜については、それぞれの膜の厚さ方向に等間隔(表面、表面側分析点1、底面側分析点2、底面のそれぞれの間隔が等間隔)の2箇所(分析点1,2)について分析した。図5(A)は、実施例1の表面写真であり、図5(B)は、比較例1の表面写真である。
【0071】
【表1】
【0072】
[摩擦摩耗試験(SRV試験)]
リング直径φ80mmのピストンリング基材1(JIS規格のSWOSC−V材相当材、実施例1材料)の表面(外周摺動面11)にイオンプレーティング法によって、チタン膜を0.3μm形成した。このピストンリング基材1に、実施例1,2及び比較例1,2で説明したそれぞれの構成で硬質炭素皮膜等を成膜し、図7に示す態様で摩擦摩耗試験(SRV試験/Schwingungs Reihungund und Verschleiss)を行い、摩滅の有無を観察した。
【0073】
試験条件は以下のとおりである。硬質炭素皮膜の水素含有量は、0.3原子%とし、ピストンリングを長さ20mmに切り出して摺動側試験片(ピン型試験片)20として使用した。相手側試験片(ディスク型試験片)21としては、JIS G4805に高炭素クロム軸受鋼鋼材として規定されるSUJ2鋼から、寸法φ24×7.9mm(硬さHRC62以上)の試験片を切り出して使用し、下記条件によるSRV試験を実施した。結果を表2に示した。なお、図7中の符号Yは摺動方向を示し、その摺動方向の摺動幅を3mmとした。
【0074】
・試験装置:SRV試験装置(図7参照)
・荷重:100N,200N,300N,500N
・周波数:50Hz
・試験温度:80℃
・摺動幅:3mm
・潤滑油:5W−30,125mL/hr
・試験時間:10分
【0075】
【表2】
【0076】
試験結果は、表2に示すように、硬質炭素下地膜が形成されていない比較例1,2において、比較例1では、荷重300N、比較例2では、荷重200Nでそれぞれ摩滅が観察されたのに対し、硬質炭素下地膜が形成されている実施例1及び2では、荷重500Nでも摩滅は確認されず、良好な耐摩耗性を有することが確認された。なお、表2において「○」は摩滅が確認されなかったことを示す。
【0077】
[摩擦摩耗試験結果]
図8は、図7に示すSRV試験装置で試験した結果を示す写真である。図8(A)は、実施例1のピストンリングを荷重300Nで10分間試験したときの写真であり、図8(B)は、実施例2のピストンリングを荷重500Nで10分間試験したときの写真である。いずれの場合も摩滅は見られなかった。また、図8(C)は、比較例1のピストンリングを荷重300Nで10分間試験したときの写真であり、摩滅が見られた。
【0078】
[実施例3]
実施例1で得たピストンリング基材1上に、厚さ30μmのCrN皮膜をイオンプレーティング法にて成膜した。ラッピング研磨により表面粗さを調整し、その後、実施例1と同様の下地膜2(チタン膜)を実施例1と同様の条件でイオンプレーティング法にて厚さ0.08μm成膜し、その上に実施例1と同様の厚さ0.2μmの硬質炭素下地膜3を実施例1と同様の条件で成膜した。その硬質炭素下地膜3上に、厚さ0.8μmの単一膜からなる硬質炭素膜4を成膜した。この硬質炭素膜4の成膜条件は実施例1と同様であるが、厚さは成膜時間で調整した。
【0079】
[実施例4]
実施例1で得たピストンリング基材1上に、厚さ30μmのCrN皮膜をイオンプレーティング法にて成膜した。ラッピング研磨により表面粗さを調整し、その後、実施例1と同様の下地膜2(チタン膜)を実施例1と同様の条件でイオンプレーティング法にて厚さ0.08μm成膜し、その上に実施例1と同様の厚さ0.2μmの硬質炭素下地膜3を実施例1と同様の条件で成膜した。その硬質炭素下地膜3上に、厚さ0.8μmのナノ積層膜からなる硬質炭素膜4を成膜した。このときのナノ積層膜は、アーク電流120Aとし、所定の低バイアス電圧と所定の高バイアス電圧とをパルス状に交互に印加したものであり、具体的には、条件A:−140Vの低バイアス電圧と−220Vの高バイアス電圧を各1秒ずつ(計1000秒)と条件B:−150Vの低バイアス電圧と−1800Vの高バイアス電圧を各1秒ずつ(計350秒)とをAとBの順で1サイクルとしてのパルス状に加えて成膜した。なお、最終的には、条件Aは計1000秒とし、条件Bは計350秒とした。この硬質炭素膜4の厚さはサイクルの繰り返し数で調整した。
【0080】
[実施例5]
実施例4において、硬質炭素膜4の厚さを5μmとした他は、実施例4と同様にした。なお、この硬質炭素膜4の厚さはサイクルの繰り返し数で調整した。この硬質炭素膜4はナノ積層膜であり、それぞれの膜の厚さ方向に等間隔の10箇所について分析した。その結果を表3に示した。表3の結果より、sp成分比の平均は、45.6%であった。sp成分比の平均値の範囲は、既述したように、40%〜80%の範囲内であることが好ましいが、この結果によれば、40%〜50%の範囲内であることがより好ましいといえる。
【0081】
【表3】
【0082】
[摩耗試験]
図9に示すアムスラー型摩耗試験機30を用いて摩耗試験を行った。実施例1〜5及び比較例1〜3で得た試料を、ピストンリングに相当する直方体形状の測定試料31(7mm×8mm×5mm)とし、相手材(回転片)32にはドーナツ状(外径40mm、内径16mm、厚さ10mm)のものを用いて測定試料31と相手材32とを接触させ、荷重Pを負荷して以下の試験条件によって行い、固定片の摩耗比率を測定した。なお、相手材32の下半分は、潤滑油33に浸す状態とした。結果を図10に示す。
【0083】
・試験装置:アムスラー型摩耗試験機
・潤滑油:0W−20
・油温:80℃
・周速:1.0m/s
・荷重:196N
・試験時間:7時間
・相手材:ボロン鋳鉄
・下地膜:イオンプレーティング法にてTi層を0.3μm成膜
【0084】
図10に示すように、硬質炭素下地膜が形成されていない比較例2の固定片の摩耗結果を1とした場合に、硬質炭素下地膜が形成されている実施例1〜5は、固定片の摩耗が1/2以下になっており、良好な耐摩耗性を有することが確認された。
【符号の説明】
【0085】
1 ピストンリング基材
2 下地膜
3 硬質炭素下地膜
4 硬質炭素膜(単一膜又はナノ積層膜)
5 最表面膜(ナノ積層膜)
10,10A,10B ピストンリング
11 摺動面(外周摺動面)
12 上面
13 下面
14 内周面
20 摺動側試験片(ピン型試験片)
21 相手側試験片(ディスク型試験片)
30 回転式平面滑り摩擦試験機
31 測定試料
32 相手材
33 潤滑油
P 荷重
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10