(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記窒化層のビッカース硬度HNav(HV0.1)が900以上であり、かつ、前記圧力リング本体部の断面に存在する最大長さが3μm以上である炭化物粒子の粒子数が、577個/mm2以上であることを特徴とする請求項1に記載の圧力リング。
質量%で、C:0.7%〜1.6%、Si:0.6%〜1.2%、Mn:0.3%〜0.7%、P:0%〜0.04%、S:0%〜0.09%、Ni:0.3%〜0.6%、Cr:7.5%〜9.0%、Mo:0.7%〜1.0%、V:0%〜0.5%、W:0.2%〜0.5%、Cu:0.2%〜0.6%、Al:0.1%〜0.5%、Nb:0.05%〜0.15%、残部Feおよび不純物からなる組成を有し、
ビッカース硬度H2av(HV0.1)が435〜510であることを特徴とする圧力リング用線材。
質量%で、C:0.7%〜1.6%、Si:0.6%〜1.2%、Mn:0.3%〜0.7%、P:0%〜0.04%、S:0%〜0.09%、Ni:0.3%〜0.6%、Cr:7.5%〜9.0%、Mo:0.7%〜1.0%、V:0%〜0.5%、W:0.2%〜0.5%、Cu:0.2%〜0.6%、Al:0.1%〜0.5%、Nb:0.05%〜0.15%、残部Feおよび不純物からなる組成を有する線材を、1030度〜1050度の範囲内の温度で焼き入れする焼き入れ工程と、
前記焼き入れ工程を経た前記線材を640度〜690度の範囲内の温度で焼き戻しする焼き戻し工程と、
を少なくとも経て、ビッカース硬度H2av(HV0.1)が435〜510である圧力リング用線材を製造することを特徴とする圧力リング用線材の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本実施形態の圧力リングは、アルミニウム合金製シリンダブロックおよびアルミニウム合金製ピストンを少なくとも備えた内燃機関(以下、「主要部がアルミニウム合金製の内燃機関」と称す場合がある)に用いられ、合い口を有するリング状の圧力リング本体部を備える。そして、圧力リング本体部を構成する母材が、質量%で、C:0.7%〜1.6%、Si:0.6%〜1.2%、Mn:0.3%〜0.7%、P:0%〜0.04%、S:0%〜0.09%、Ni:0.3%〜0.6%、Cr:7.5%〜9.0%、Mo:0.7%〜1.0%、V:0%〜0.5%、W:0.2%〜0.5%、Cu:0.2%〜0.6%、Al:0.1%〜0.5%、Nb:0.05%〜0.15%、残部Feおよび不純物からなる組成を有し、母材のビッカース硬度H1av(HV0.1)が435〜510であり、圧力リング本体部の軸方向の一方側の面および他方側の面に窒化層が形成されていることを特徴とする。以下に、Feおよび不純物以外の母材を構成する各成分の詳細について説明する。
【0018】
(1)C:0.7質量%〜1.6質量%(以下、単に「%」と記す。)
Cは、一部が基地中に固溶し、硬さや疲労強度の向上に寄与し、他の一部は炭化物を生成して耐摩耗性の向上に寄与する元素である。しかし、Cの含有量が多すぎると冷間加工性が低下する。よって、Cの含有量は0.7%〜1.6%であることが必要である。
【0019】
(2)Si:0.6%〜1.2%
Siは、高温時の強度を高める作用を有する元素である。しかし、Siの含有量が多すぎると冷間加工性、靱延性の低下を引き起こし、また、熱間加工性および熱伝導性を損なうこととなる。よって、Siは0.6%〜1.2%であることが必要である。
【0020】
(3)Mn:0.3%〜0.7%
Mnは、鋼の溶解時の脱酸剤として働く元素である。Mnは焼入れ性を高め、強度を増加し、熱間加工性を高めるが、Mnの含有量が多すぎると被削性が劣化する。よって、Mnの含有量は0.3〜0.7%であることが必要である。
【0021】
(4)P:0%〜0.04%
Pは、靱性を阻害する元素である。Pの含有量は0%〜0.04%であることが必要であり、0%が最も好ましいが、通常、Pは母材中に不可避的に含有されるため、Pの含有量も通常は0%を超え0.04%以下である。
【0022】
(5)S:0%〜0.09%
Sは自己潤滑性の向上に寄与し、耐スカッフ性、切削性を向上させるが、Sの含有量が多すぎると耐食性および加工性を低下させる。よって、Sの含有量は、0%〜0.09%であることが必要である。なお、Sの含有量は0%でもよく、あるいは、0%を超え0.09%以下でもよい。
【0023】
(6)Ni:0.3%〜0.6%
Niは、硬さの維持に寄与する元素である。しかし、Niの含有量が多すぎると、焼入れおよび焼戻し前の焼鈍状態における被削性が劣化する。よって、Niの含有量は0.3%〜0.6%であることが必要である。
【0024】
(7)Cr:7.5%〜9.0%
Crは、Cと結合して炭化物を形成するとともに、窒化処理時に形成される窒化層の硬さを増す効果を有し、窒化層の耐摩耗性向上に寄与する。また、Crは、その一部は基地に固溶し、耐食性を高め、基地の焼入れ性、焼戻し軟化抵抗を高める元素である。しかし、Crの含有量が多すぎると粗大な炭化物が増加し被削性が劣化したり、熱伝導率低下、耐スカッフィング性を阻害する。よって、Crの含有量は7.5%〜9.0%であることが必要である。
【0025】
(8)Mo:0.7%〜1.0%
Moは、複合炭化物として耐摩耗性の向上に寄与するとともに、基地中に固溶して材料の強靭化、耐熱性を付与する。しかし、Moの含有量が多すぎると熱伝導性、被削性、靱性が低下する。よって、Moの含有量は0.7%〜1.0%であることが必要である。
【0026】
(9)V:0%〜0.5%
Vは、焼戻し時に炭化物、窒化物を形成し、焼入れ時にこれらの炭化物、窒化物が結晶粒の粗大化を抑制し、靱性の低下を抑制する。しかし、Vの含有量が多すぎると熱伝導性、被削性、靱性が低下する。よって、Vの含有量は、0%〜0.5%であることが必要である。なお、Vの含有量は0%でもよく、あるいは、0%を超え0.5%以下でもよい。
【0027】
(10)W:0.2%〜0.5%
Wは、複合炭化物として耐摩耗性の向上に寄与するとともに、基地中に固溶して材料の強靭化、耐熱性を付与する。しかし、Wの含有量が多すぎると被削性、靱性が低下し、コストも高くなる。よって、Wの含有量は0.2%〜0.5%であることが必要である。
【0028】
(11)Cu:0.2%〜0.6%
Cuは、鋼の強度、耐蝕性、自己潤滑性の向上に寄与する元素である。しかし、Cuの含有量が多すぎると赤熱脆化を招き、熱間加工性が劣化する。よって、Cuの含有量は0.2%〜0.6%であることが必要である。
【0029】
(12)Al:0.1%〜0.5%
AlはNi等と金属間化合物を形成し、析出硬化して強度を増す元素である。また窒化するとAlNを形成し、表面を著しく硬化する作用を有する元素である。しかし、Alの含有量が多すぎると、Alは強力なフェライト化元素であるため、組織中のフェライトを増加させ硬さを阻害する。よって、Alの含有量は0.1%〜0.5%であることが必要である。
【0030】
(13)Nb:0.05%〜0.15%
Nbは、高温強さ、クリープ強さ、硬化を増す元素である。しかし、Nbの含有量が多すぎると焼入れ性、被削性を低下させる。よって、Nbの含有量は0.05〜0.15%であることが必要である。
【0031】
上記組成からなる母材は、マルテンサイト組成の合金鋼であり、室温〜200℃の範囲内における平均線膨張係数が12.7×10
−6/℃前後程度である。一方、主要部がアルミニウム合金製の内燃機関のアルミニウム合金製シリンダブロックの線膨張係数は、一般的に15×10
−6/℃〜21×10
−6/℃程度であり、上記母材の平均線膨張係数との差は小さい。それゆえ、アルミニウム合金製シリンダブロックが高温となり、熱膨張した場合でも、圧力リングは、アルミニウム合金製シリンダブロックの膨張に十分に追従して熱膨張できる。この場合、圧力リングの合い口すき間の増大が抑制されることとなり、その結果、燃焼室内のガスが圧力リングの合い口すき間を経由して外部に漏れるブローバイガスの発生量が抑制され、さらには、ブローバイガス量の増大に起因する内燃機関の出力低下および燃費悪化も抑制できる。
【0032】
すなわち、本実施形態の圧力リングは、主要部がアルミニウム合金製の内燃機関の使用初期の段階からブローバイガス量を小さくできるため、主要部がアルミニウム合金製の内燃機関と極めて相性が良い。
【0033】
なお、本願明細書において、アルミニウム合金製シリンダブロックは、全体がアルミニウム合金からなるシリンダブロック、および、主要部がアルミニウム合金からなるシリンダブロックを含む。ここで、主要部がアルミニウム合金からなるシリンダブロックとしては、鋳鉄製のシリンダライナをアルミニウム合金で鋳ぐるむことにより製造されたシリンダブロックが例示できる。
【0034】
また、本実施形態の圧力リングでは、母材のビッカース硬度H1av(HV0.1)を510以下とすることにより、コイリング時の線材の折損を大幅に低減できる。また、母材のビッカース硬度H1av(HV0.1)を435以上とすることにより、コイリング後に得られた合い口を有するリング状部材に対して、窒化層を形成すべく窒化処理した後に得られる圧力リング本体部の寸法ばらつきを小さくできる。このため、本実施形態の圧力リングは、製造時の歩留まりが高く、生産性に優れる。なお、母材のビッカース硬度H1av(HV0.1)は435〜498が好ましく、480〜498がより好ましい。また、本願明細書において、母材のビッカース硬度H1av(HV0.1)とは、圧力リング本体部のうち窒化層が形成されていない部分を測定して得られた平均値を意味し、圧力リング本体部の作製に用いた圧力リング用線材のビッカース硬度H2av(HV0.1)と実質同一の値である。
【0035】
なお、本発明者らは、組成と密接不可分の関係にある線膨張係数がアルミニウム合金製シリンダブロックの線膨張係数に近い点に着目して、特許文献1に開示された摺動部品と略同一の組成を持つ母材を選択した。また、耐摩耗性や高い疲労強度が得られる観点では、母材の硬さも特許文献1に開示されているように52HRC以上58HRC未満(ビッカース硬度(HV0.1)換算で、545以上655未満)であることがより有利であると考えられる。
【0036】
一方、圧力リングの外周面は、シリンダライナの内周面との激しい摺動に曝され、圧力リングの軸方向の一方側の面および他方側の面(以下、各々、「上面」、「下面」と称す場合がある)は、アルミニウム合金製ピストンの外周面に設けられた環状溝の上側内壁面および下側内壁面(アルミニウム合金製ピストンの軸方向に対して、環状溝の一方側の内壁面および他方側の内壁面)との摺動に曝される。そして、外周面、上面および下面のいずれにおいても、摩耗の進行は極力抑制される必要がある。しかし、仮に52HRC以上58HRC未満の硬さを有する母材自体で外周面、上面および下面を構成しても、上述した摺動環境下では耐摩耗性が不足するため、経時的な摩耗の進行を十分に抑制できない。したがって、母材そのものの耐摩耗性に依らずに上述した摺動環境にも耐え得る優れた耐摩耗性を確保するためには、圧力リングを構成する圧力リング本体部の上面および下面には窒化処理により窒化層を形成し、圧力リング本体部の外周面には窒化処理により窒化層を形成するか、あるいは、圧力リング本体部の外周面を被覆する硬質被膜を形成する必要がある。
【0037】
したがって、本発明者らは上述した事情を踏まえて、圧力リングに要求される耐摩耗性については、圧力リング本体部の上面および下面に窒化層を形成した上で、圧力リング本体部の外周面には、窒化層を形成するか、あるいは、硬質被膜で被覆することにより対応することとした。この場合、窒化処理されていない母材自体の組成および硬さに起因する耐摩耗性は重要ではなくなる。このため、本発明者らは主に生産性の観点で母材自体の硬度を見直し、母材のビッカース硬度H1av(HV0.1)を435〜510の範囲内に設定した。
【0038】
本実施形態の圧力リングでは、窒化層が、圧力リング本体部の上面および下面に形成されている。圧力リング本体部の上面および下面に窒化層を形成することで、アルミニウム合金製ピストンの外周面に設けられた環状溝の上側内壁面および下側内壁面と、圧力リングとが摺動しても、長期に渡って、圧力リングと環状溝との双方の摩耗を抑制できる。このような効果は、環状溝に陽極酸化被膜が設けられている場合も同様である。このため、本実施形態の圧力リングでは、アルミニウム合金製ピストンの環状溝と、圧力リングとの間のシール性を長期に渡って維持できるため、摩耗の進行による経時的なブローバイガス量の増大を抑制できる。
【0039】
また、窒化層のビッカース硬度HNav(HV0.1)は900以上であることが好ましい。これにより、より効果的に圧力リングと環状溝との双方の摩耗を抑制できる。また、環状溝の上側内壁面および下側内壁面の過度の摩耗を抑制するために、窒化層のビッカース硬度HNav(HV0.1)は1300以下であることが好ましい。
【0040】
なお、炭素鋼に含まれる各種の元素のうち、窒化層の硬度の向上には、Al、Cr、Mo、Ti、V、Mn、Siが窒化層の硬度の向上に寄与することが知られているが、本実施形態の圧力リングでは、これら元素のうち特にCr(7.5%〜9.0%)が多量に含まれると共に、Alも0.1%〜0.5%含まれている。このため、窒化層のビッカース硬度HNav(HV0.1)を容易に900以上とすることができる。なお、窒化層は、必要に応じて圧力リング本体部の外周面に形成されていてもよい。
【0041】
また、窒化層のビッカース硬度HNav(HV0.1)は900以上である場合において、圧力リング本体部の断面に存在する最大長さが3μm以上である炭化物粒子の数が577個/mm
2以上であることが好ましく、1058個/mm
2以上であることがより好ましく、1538個/mm
2以上であることがさらに好ましい。炭化物粒子の数を577個/mm
2以上とすることにより圧力リング本体部に形成された窒化層表面において、当該表面における摩耗を改善するのみならず、窒化層表面と接触摺動する相手材の摩耗も低減することが容易になる。ここで、窒化層表面が圧力リングの上面および下面である場合、相手材は、アルミニウム合金製ピストンの外周面に設けられた環状溝の上側内壁面および下側内壁面を構成するアルミニウム合金、あるいは、上側内壁面および下側内壁面に形成された陽極酸化被膜である。
【0042】
なお、最大長さが3μm以上である炭化物粒子の数の上限は特に限定されないが、多すぎる場合は、炭化物に沿ったクラックの発生や、加工性の低下を招く場合もあるため、実用上は2000個/mm
2以下であることが好ましい。また、本実施形態の圧力リングでは、母材の組成等に起因して、最大長さが3μm以上である炭化物粒子の数を577個/mm
2以上とすることが容易である。
【0043】
次に本実施形態の圧力リングの形状・断面構造等について、より詳細に説明する。
図1は、本実施形態の圧力リングの外観図であり、圧力リングを上面または下面から見た図である。なお、
図1中、符号Cは圧力リングの中心軸である。
図1に示す圧力リング10は合い口Gを有するリング状を成している。なお、
図1中、硬質被膜については記載を省略してある。また、
図2は、本実施形態の圧力リングの断面構造の一例を示す模式端面図であり、具体的には、
図1中の符号A1−A2間の断面構造について示した図である。
【0044】
図2(A)、
図2(B)および
図2(C)に示すように、圧力リング10は、合い口Gを有するリング状の圧力リング本体部20と、この圧力リング本体部20の外周面22を被覆する硬質被膜30とを有し、圧力リング本体部20の上面側部分24Uおよび下面側部分24Bには、窒化層40が形成されている。なお、この窒化層40は、
図2(A)、
図2(B)および
図2(C)に示すように、圧力リング本体部20の内周面側部分24Lにも形成されていてもよく、
図2(C)に示すように、圧力リング本体部20の外周面側部分24Rにも形成されていてもよい。
図1および
図2に示す圧力リング10をアルミニウム合金製ピストンの環状溝に装着して使用した場合、硬質被膜30の表面32が、圧力リング10の外周摺動面12として、シリンダ内壁面と接触し、圧力リング本体部20の上面26および下面28が、圧力リング10の上面14および下面16として環状溝の上側内壁面および下側内壁面と接触する。
【0045】
圧力リング本体部20の上面側部分24Uおよび下面側部分24Bに形成される窒化層40(側面部窒化層)の厚みは、10μm以上であることが好ましく、20μm以上であることがより好ましい。側面部窒化層の厚みの上限は特に限定されないが、実用上200μm以下であることが好ましい。また、
図2(C)に例示したように圧力リング本体部20の外周面側部分24Rを窒化処理することによって、外周面側部分24Rにも窒化層40(外周面部窒化層)を設けてもよい。なお、外周面部窒化層の厚みも側面部窒化層の厚みと同様とすることができる。また、外周面部窒化層が設けられる場合は、硬質被膜30を省略してもよい。硬質被膜としては、公知の硬質被膜であればいずれも採用できるが、たとえば、DLC皮膜やCrN系被膜などを挙げることができる。
【0046】
本実施形態の圧力リング10は、アルミニウム合金製シリンダブロックと、アルミニウム合金製シリンダブロックのシリンダボア内に配置されたアルミニウム合金製ピストンとを少なくとも備えた内燃機関に用いられる。ここで、圧力リング10は、アルミニウム合金製ピストンの外周面に、アルミニウム合金製ピストンの周方向に沿って設けられた環状溝内に配置される。なお、環状溝の上側内壁面および下側内壁面は、アルミニウム合金製ピストンの本体部分と同一の材質で構成されていてもよいが、上側内壁面および下側内壁面の少なくとも一部に陽極酸化被膜が形成されていてもよく、上側内壁面および下側内壁面の全面に陽極酸化被膜が形成されていてもよい。
【0047】
本実施形態の圧力リング10は、圧力リング本体部20を構成する母材と同一の組成およびビッカース硬度(HV0.1)を有する圧力リング用線材を用いてコイリング、窒化処理の各種工程を実施することで作製することができる。ここで窒化処理による窒化層の形成方法としては特に限定されないが、ガス窒化処理、塩浴窒化処理あるいはイオン窒化処理(プラズマ窒化処理)などが利用できる。ガス窒化処理の場合は、コイリングにより得られたリング状部材に対して、窒素を含むガス雰囲気中にて加熱処理を行うことで窒化層を形成する。窒化層の厚み、表面硬度は、加熱温度・時間、雰囲気ガス組成等を適宜選択することで制御できる。なお、窒素を含むガスとしては、たとえばNH
3とN
2とを含む混合ガスなどが挙げられ、処理温度としては、たとえば500度〜600度程度の範囲内で適宜選択でき、処理時間としては、たとえば2時間〜10時間程度の範囲内で適宜選択できる。塩浴窒化処理の場合は、たとえば、シアン化ナトリウムの塩浴中にコイリングにより得られたリング状部材を浸漬処理することで窒化層を形成する。また、イオン窒化処理の場合は、真空中でのグロー放電を利用して窒化層を形成することができる。さらに、圧力リング10が硬質被膜30を有する場合は、PVD(Physical vapor deposition)法などにより硬質被膜を成膜する工程をさらに実施する。
【0048】
また、圧力リング用線材は、圧力リング本体部20を構成する母材と同一の組成を有する線材を、1030度〜1050度の範囲内の温度で焼き入れする焼き入れ工程と、焼き入れ工程を経た線材を640度〜690度の範囲内の温度で焼き戻しする焼き戻し工程と、を少なくとも経て作製することができる。このような製造プロセスにおいて、焼き戻し時の温度を640度〜690度の範囲内とすることで、圧力リング用線材のビッカース硬度H2av(HV0.1)を、435〜510の範囲内に調整することができる。なお、圧力リング用線材のビッカース硬度H2av(HV0.1)は、435〜498が好ましく、480〜498がより好ましい。また、焼き戻し時の温度は、650度〜690度が好ましく、650度〜660度がより好ましい。
【実施例】
【0049】
以下に本発明を実施例により説明するが、本発明は以下の実施例にのみ限定されるものでは無い。
【0050】
1.折損および寸法バラツキの評価
(1)サンプル作製
質量%で、C:1.1%、Si:0.7%、Mn:0.5%、P:0.02%、S:0.03%、Ni:0.4%、Cr:8.41%、Mo:0.9%、V:0.1%、W:0.3%、Cu:0.4%、Al:0.2%、Nb:0.09%、残部Feおよび不純物からなる組成を有する線材を、1040度±10度の範囲内の温度で焼き入れした。次に、焼き入れ処理した後の線材について630度〜700度の範囲内において10度毎に温度を変えて焼き戻し処理することで、実施例A1〜A7および比較例A1〜A2の圧力リング用線材を得た。各実施例および比較例の圧力リング用線材作成時の焼き戻し温度を表1に示す。
【0051】
次に、各実施例および比較例の圧力リング用線材を用いて同一条件でコイリングを実施することで、筒状に巻回された状態の圧力リング用線材を得た。なお、筒状に巻回された状態の圧力リング用線材としては、外径80.5mmの部材および外径50mmの部材の2種類を作製した。なお、圧力リング用線材の巻回数は、原則として外径80.5mmの場合は400回とし、外径50mmの場合は300回とした。但し、コイリング時の折損の発生頻度が高い場合は、所定の巻回数に達する前にコイリングを中止した。
【0052】
その後、筒状に巻回された圧力リング用線材から合い口を有するリング状部材を作製し、各実施例および各比較例のリング状部材を用いて、いずれの実施例および比較例のリング状部材においても窒化層表面のビッカース硬度(HV0.2)が1000以上となるように、同一条件でガス窒化処理を行った。これにより圧力リング本体部を得た。なお、窒化層の形成位置は、
図2(C)に示した場合と同様である。
【0053】
(2)圧力リング用線材および窒化層上面のビッカース硬度測定
ビッカース硬度の測定は、JIS Z 2244「ビッカース硬度試験−試験方法」に基づいて測定した。
【0054】
ここで、圧力リング用線材のビッカース硬度(HV0.1)は、圧力リング用線材の断面(線材の長手方向と直交する断面)を鏡面研磨した後、鏡面研磨された断面の略中央部を、マイクロビッカース硬度計を用いて試験力0.9807N、試験力の保持時間15sの条件にて測定することで求めた。測定に際しては、各実施例および比較例の圧力リング用線材につき、測定位置を変えて5カ所測定した。まず、5カ所の各測定点P1〜P5の各々において5回測定を行い、各々の測定点Pnにおける1次平均値hnを求めた(nは1〜5の整数である)。続いて、5つの1次平均値h1〜h5に基づいてさらに平均値H2av(2次平均値)を求めた。結果を表1に示す。なお、参考までに、5つの1次平均値h1〜h5中の最小値H2minおよび最大値H2maxも表1に示した。
【0055】
なお、窒化層が形成された各実施例および比較例の圧力リング本体部についても圧力リング本体部の断面(周方向と直交する断面)を鏡面研磨した後、鏡面研磨された断面の略中央部(すなわち、窒化層が形成されていない部分)を、上記と同様の測定条件にてビッカース硬度(HV0.1)の平均値H1av、最大値H1max、最小値H1minを求めた。その結果、圧力リング本体部を構成する母材のビッカース硬度(HV0.1)の平均値H1av、最大値H1max、最小値H1minも、各々、圧力リング用線材のビッカース硬度(HV0.1)の平均値H2av、最大値H2max、最小値H2minと実質同一であることが確認された。
【0056】
また、圧力リング本体部に形成された窒化層のビッカース硬度(HV0.2)については、以下の手順で測定サンプルを準備し、測定を実施した。まず、各実施例および比較例の圧力リング本体部の上面26を研磨した。そして、研磨された上面について、周方向に対して合い口Gが設けられた位置を0度とした場合において、90度、180度および270度の位置の3カ所について、マイクロビッカース硬度計を用いて試験力1.961N、試験力の保持時間15sの条件にて測定し、3箇所の測定位置でのビッカース硬度の平均値が1000以上となっているか否かを確認した。その結果、圧力リング本体部に形成された窒化層のビッカース硬度(HV0.2)は、いずれの実施例および比較例においても1000以上であることが確認された。
【0057】
(3)コイリング時の折損評価
コイリング時の巻回数(コイリング本数)当たりの折損本数を評価した。なお、折損本数のカウントに際しては、圧力リング1本分の長さ毎に折損が存在するか否かを判定し、圧力リング1本分の長さ範囲内に2箇所以上の折損箇所が存在する場合でも折損数は1つとしてカウントした。また、折損本数が0本の試験例については、筒状に巻回された状態の圧力リング用線材を軸方向の両側に僅かに引き延ばして、圧力リング1本分の長さに相当する各リング部分について、軸方向に隣り合うリング部分同士の間隔が均等(均等ピッチ)であるのか、不均等(不均等ピッチ)であるのかを確認した。評価結果を表1に示す。なお、表1中に示す折損評価の評価基準は以下の通りである。
A:コイリング本数100本(巻回数100回)当たりの折損数が0本であり、かつ、均等ピッチである。
B:コイリング本数100本(巻回数100回)当たりの折損数が0本であり、かつ、不均等ピッチである。
C:コイリング本数100本(巻回数100回)当たりの折損数が1本以上である。
【0058】
(4)窒化処理後の寸法ばらつき評価
外径が80.5mmとなるようにコイリング後に、窒化層40が形成された後の圧力リング本体部について、各実施例および比較例につき、20本の圧力リング本体部の自由合い口すきま変化量を測定し、ばらつきを評価した。なお、比較例A1については、折損が発生しなかった圧力リング本体部を自由合い口すきま変化量の測定に用いた。自由合い口すきま変化量の測定は、圧力リングの自由状態における厚さ寸法a1の中心線上における両合い口端部間の距離mを測定し、各々の圧力リングが許容される自由合い口すきま変化量のばらつきの管理範囲内(0.5mm以下)に収まるか否かを確認して判断した。評価結果を表1に示す。なお、表1中に示す寸法ばらつきの評価基準は以下の通りである。
A:20本の圧力リング本体部の自由合い口すきま変化量のばらつきが、全て管理範囲をさらに半分に狭めた範囲内に収まっている。
B:20本の圧力リング本体部の自由合い口すきま変化量のばらつきが、全て管理範囲内に収まっている。
C:20本の圧力リング本体部のうち、少なくとも1本以上の圧力リング本体部の自由合い口すきま変化量のばらつきが、管理範囲外である。
【0059】
【表1】
【0060】
2.摩耗量の評価
(1)サンプル作製
リング状部材として、実施例A4と同一の条件にて作製したリング状部材(実施例B1)を準備した。また、圧力リング用線材として日立金属製のHPM31を用いてコイリングすることで作製したリング状部材(比較例B1)、および、圧力リング用線材としてSKD61を用いてコイリングすることで作製したリング状部材(比較例B2)も準備した。なお、HPM31およびSKD61共に、実施例B1とは母材の組成が異なるが、窒化層の形成および硬度に大きく影響する母材中のCr含有量が、本実施形態の圧力リングを構成する母材中のCr含有量と比較的に近い鋼材である。
【0061】
続いて、これら3種類のリング状部材に対して、雰囲気ガスとしてNH
3とN
2とを含む混合ガスを用いてガス窒化処理を実施した。この際、いずれのリング状部材に形成される窒化層のビッカース硬度HNav(HV0.1)も略同一となるように処理温度:500〜600℃、処理時間:2時間〜10時間の範囲内にて、適宜窒化処理条件を選択した。これにより、圧力リング本体部のみからなる圧力リングサンプルを得た。なお、窒化層は、
図2(C)に例示した場合と同様に圧力リングサンプルの表面全面に形成した。各実施例および比較例の圧力リングサンプルを構成する母材中のCr含有量および窒化層のビッカース硬度HNav(HV0.1)を表2に示す。
【0062】
(2)窒化層断面のビッカース硬度測定
なお、ビッカース硬度の測定は、JIS Z 2244「ビッカース硬度試験−試験方法」に基づいて測定した。ここで、窒化層断面のビッカース硬度(HV0.1)については、以下の手順で測定サンプルを準備し、測定を実施した。まず、周方向に対して合い口Gが設けられた位置を0度とした場合において、90度、180度および270度の位置の3カ所について、圧力リングサンプルを切断し、3カ所の切断面を研磨した。次に、各々の切断面について、切断面を除く最表面から深さ10μmの位置(窒化層が形成されている範囲内の位置)について、マイクロビッカース硬度計を用いて試験力0.9807N、試験力の保持時間15sの条件にて測定した。そして、3カ所の切断面における測定値の平均値HNavを求めた。
【0063】
(3)炭化物粒子数の測定
炭化物粒子数は、圧力リングサンプルの断面(圧力リングの周方向と直交する断面)について表面を研磨、マーブル試薬によるエッチング処理等した後に金属顕微鏡観察を行うことで測定した。ここで、金属顕微鏡観察は、圧力リング本体部の断面について、任意の9カ所を測定し、各々の測定位置における金属顕微鏡写真の視野サイズ(0.088mm×0.066mmのサイズ、面積:0.0058mm
2)を400倍に拡大した組織写真内に存在する炭化物粒子の数を目視でカウントした。この際、カウントの対象とした炭化物粒子は、最大長さが3μm以上である炭化物粒子のみとした。そして、9カ所の測定位置の視野サイズ(合計面積:0.052mm
2)内に存在する炭化物粒子の総数に基づいて、単位面積当たりの炭化物粒子数(個/mm
2)を求めた。結果を表2に示す。
【0064】
(3)耐摩耗性試験
耐摩耗性試験には、
図3に示す往復動摩擦試験機100を使用した。この往復動摩擦試験機100は、試験片102を、スプリング荷重により荷重Pを加えてプレート104に押し付け、プレート104が往復動することにより両者が摺動するよう構成されている。
【0065】
ここで試験片102としては圧力リングサンプルと同材質のピンタイプ試験片を使用し、試験片102の先端部には、窒化層が形成されている。ここで、窒化層は、圧力リングサンプルと同条件でガス窒化処理を行うことで形成した。また、プレート104としてはアルミニウム合金製ピストンの環状溝の上側内壁面および下側内壁面と同材質のアルミニウム合金製プレートを使用した。なお、プレート104として使用したアルミニウム合金製プレートは、その表面に陽極酸化被膜が形成されている。摺動に際しては、試験片102の窒化層が形成された先端部をプレート104の表面(陽極酸化被膜が形成された面)と接触させると共に、チュービングポンプやエアディスペンサーを用いて潤滑油を供給した。耐摩耗性試験の試験条件を以下に示す。
【0066】
耐摩耗性試験は、各実施例および比較例について3回実施し、試験片102の摩耗量の平均値およびプレート104の摩耗量の平均値を求めた。耐摩耗性試験の結果を表2に示す。
【0067】
−試験条件−
・荷重P :50N
・プレート104の往復動の平均速度 :300rpm
・プレート104の往復動のストローク:50mm
・試験時間 :120min
・潤滑油 :5w−30エンジンオイル
・潤滑油の滴下量 :1ml/hr
・プレート104の材質 :アルミニウム合金製プレート(AC8A)(表面は陽極酸化被膜が形成されている)
【0068】
【表2】
主要部がアルミニウム合金製の内燃機関に用いられ、合い口を有するリング状の圧力リング本体部を構成する母材が、質量%で、C:0.7〜1.6%、Si:0.6〜1.2%、Mn:0.3〜0.7%、P:0〜0.04%、S:0〜0.09%、Ni:0.3〜0.6%、Cr:7.5〜9.0%、Mo:0.7〜1.0%、V:0〜0.5%、W:0.2〜0.5%、Cu:0.2〜0.6%、Al:0.1〜0.5%、Nb:0.05〜0.15%、残部Fe及び不純物からなる組成を有し、母材のビッカース硬度が435〜510であり、圧力リング本体部の上下面に窒化層が形成されている圧力リング、これを用いた内燃機関、これに用いる圧力リング用線材および圧力リング用線材の製造方法。