特許第6473077号(P6473077)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6473077
(24)【登録日】2019年2月1日
(45)【発行日】2019年2月20日
(54)【発明の名称】神経分化誘導用の多能性幹細胞
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0735 20100101AFI20190207BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20190207BHJP
   C12N 5/0793 20100101ALI20190207BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20190207BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20190207BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20190207BHJP
   A61P 21/02 20060101ALI20190207BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20190207BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20190207BHJP
   A61K 35/545 20150101ALI20190207BHJP
【FI】
   C12N5/0735
   C12N5/10
   C12N5/0793
   C12N15/09 Z
   C12Q1/02
   A61K45/00
   A61P21/02
   A61P25/00
   A61P43/00 105
   A61K35/545
【請求項の数】12
【全頁数】48
(21)【出願番号】特願2015-506871(P2015-506871)
(86)(22)【出願日】2014年3月24日
(86)【国際出願番号】JP2014058142
(87)【国際公開番号】WO2014148646
(87)【国際公開日】20140925
【審査請求日】2017年2月10日
(31)【優先権主張番号】特願2013-58922(P2013-58922)
(32)【優先日】2013年3月21日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2013-159375(P2013-159375)
(32)【優先日】2013年7月31日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2014-5507(P2014-5507)
(32)【優先日】2014年1月15日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092901
【弁理士】
【氏名又は名称】岩橋 祐司
(72)【発明者】
【氏名】井上 治久
(72)【発明者】
【氏名】今村 恵子
(72)【発明者】
【氏名】近藤 孝之
【審査官】 飯室 里美
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/025963(WO,A1)
【文献】 特開2010−260873(JP,A)
【文献】 Proceedings of the National Academy of Sciences, 2012, Vol.109, No.9, p.3383-3388
【文献】 Molecular Therapy, 2007, Vol.15, No.1, p.139-145
【文献】 Stem Cells, 2007, Vol.25, p.1707-1712
【文献】 Gene Therapy, 2001, Vol.8, p.864-873
【文献】 Nat. Biotechnol., 2004, Vol.22, no.5, p.589-594
【文献】 臨床神経,2008,Vol.48, p.966-969
【文献】 Molecular Therapy, 2011, Vol.19, p.1905-1912
【文献】 Plos One, 2012, Vol.7, p.1-13
【文献】 遺伝子医学MOOK,2012, vol.22, p.98-102
【文献】 Nature Neuroscience,2013 July, Vol.18, No.9, p.1219-1227
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C12N 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞から運動神経細胞を製造する方法であって、下記工程;
(1)多能性幹細胞にLhx3、Ngn2、及びIsl1をコードする核酸を導入後、前記Lhx3、Ngn2、及びIsl1遺伝子の発現を多能性幹細胞内で誘導する工程、
(2)Lhx3、Ngn2、及びIsl1の発現を3日間以上維持する工程、
を(1)−(2)の順番で含む、多能性幹細胞から運動神経細胞を製造する方法。
【請求項2】
前記核酸の導入が、トランスポゾンを用いて導入する、
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記トランスポゾンが、piggyBacトランスポゾンである、
請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記工程(2)が、前記核酸を薬剤応答性プロモーターで発現させる工程である、
請求項1−3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記薬剤応答性プロモーターがテトラサイクリン応答性プロモーターである、
請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記核酸を、Lhx3、Ngn2、及びIsl1をポリシストロニックに発現させる、
請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記核酸が、Lhx3、Ngn2、及びIsl1をコードする核酸が2A配列により結合された核酸である、
請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記工程(2)において、Lhx3、Ngn2、及びIsl1の発現を維持する期間が7日間以上である、
請求項1−7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
前記多能性幹細胞が、ヒト人工多能性幹細胞である、
請求項1−8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
前記多能性幹細胞が、変異型SOD1遺伝子を有する多能性幹細胞である、
請求項1−9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
下記工程(1)−(5)を含む、筋萎縮性側索硬化症の治療薬をスクリーニングする方法;
(1)筋萎縮性側索硬化症患者から単離した体細胞から製造した人工多能性幹細胞から、請求項1−8のいずれかに記載の方法によって運動神経細胞を製造する工程、
(2)前記工程(1)で得られた運動神経細胞を、被験物質と接触させる工程、
(3)前記工程(2)で前記被験物質と接触させた運動神経細胞、及び前記被験物質を接触させなかった運動神経細胞(すなわち、対照細胞)を培養する工程、
(4)前記工程(3)で得られた運動神経細胞の細胞数及び/又は神経突起長を測定する工程、
(5)前記被験物質と接触させた運動神経細胞の細胞数及び/又は神経突起長が、対照よりも高値であった被験物質を、筋萎縮性側索硬化症の治療薬として選択する工程。
【請求項12】
前記筋萎縮性側索硬化症患者から単離した体細胞が、SOD1変異を有する体細胞である、
請求項11に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【関連出願】
【0001】
本出願は、2013年3月21日付け出願の日本国特許出願2013−58922号、2013年7月31日付け出願の日本国特許出願2013−159375号、及び2014年1月15日付け出願の日本国特許出願2014−5507号の優先権を主張しており、ここに折り込まれるものである。
【技術分野】
【0002】
本発明は、多能性幹細胞から運動神経細胞又は神経細胞を製造する方法に関する。さらに、本発明は、薬剤処理によって速やかに運動神経細胞又は神経細胞に分化し得る多能性幹細胞に関する。
【背景技術】
【0003】
特定の神経細胞が障害されることで引き起こされる神経変性疾患や脊髄損傷では、当該神経細胞を患者から採取することができないため、発症機構の研究及び治療法の開発はモデル動物を用いた解析系に大きく依存している。ところが、近年、モデル動物に対し有効であった薬剤がヒト臨床試験では有効性を示さないケースが多発しており、モデル動物を用いた研究の限界が指摘されている。そのため、ヒト由来多能性幹細胞(すなわち、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)、特許文献1、2参照)を分化させることで得られるヒト由来神経細胞に、解析系や薬剤スクリーニング系、さらには細胞製剤として多大な期待が寄せられている。
【0004】
多能性幹細胞から神経系の細胞を分化誘導する方法としては、これまでは、無血清培地中で胚様体(神経前駆細胞を含む細胞塊)を形成させて分化させる方法(SFEB法)(非特許文献1)、ストローマ細胞上で胚性幹細胞を培養して分化させる方法(SDIA法)(非特許文献2)、マトリゲル上に薬剤を添加して培養する方法(非特許文献3)、サイトカインの代替物として低分子化合物を用いる方法(特許文献1)のように、細胞外からのシグナルによって細胞の運命付けを行う方法が主に用いられていた。しかしながら、これらの方法では、目的の神経細胞を得るのに数カ月という非常に長い時間を要する上に、分化の同調性がとても低いので、均一な細胞集団が得られないという問題があった。このことは、上記方法で作製した神経細胞を薬剤スクリーニングや細胞移植に用いた場合に結果が安定しないことの原因として指摘されている。さらに、これらの方法で得られた神経細胞が本来の神経細胞の性質を十分に備えていなかったり、特に神経変性疾患患者由来の多能性幹細胞から作製された神経細胞では該疾患に特徴的な現象(病態)が再現されない例も多く報告されている。
【0005】
そこで、発生の過程で神経系の細胞系譜で特異的に発現する転写因子を強制的に発現させることで、多能性幹細胞から短期間で神経細胞を作製する方法が試みられている。非特許文献4では、ヒト由来胚性幹細胞又は人工多能性幹細胞からSFEB法で作製した神経前駆細胞に、3種類の(運動)神経細胞系譜特異的転写因子(Ngn2,Lhx3,及びIsl1)を導入・発現させることで、11日後には運動神経細胞が得られることを報告している。また、非特許文献5では、ヒト胚性幹細胞に3種類の神経細胞系譜特異的転写因子(Ascl1,Brn2,及びMytl1)を導入・発現させることで、約6日後に神経細胞が得られることを報告している。
【0006】
このように、外来遺伝子の発現によって分化誘導された神経細胞は、前記細胞外からのシグナルによって分化誘導された神経細胞と区別するために“誘導された神経細胞(Induced neuron、iNと略記)”と呼ばれており、当該神経細胞が運動神経細胞の場合には“誘導された運動神経細胞(Induced motor neuron、iMNと略記)”と呼ばれている。前述した通り、iMN及びiNは、従来の運動神経細胞/神経細胞を製造する方法と比べて極めて短期間で得られるが、分化の同調性は十分とは言えず、さらに、本来の(特に疾患患者における)運動神経細胞/神経細胞由来の性質をどこまで再現しているかについては厳しい意見が聞かれる。
【0007】
このような事情から、本来の運動神経細胞/神経細胞の性質を十分に備え、且つ、疾患患者の病態をも再現し得る運動神経細胞/神経細胞を、多能性幹細胞から迅速且つ同調させて製造する方法が切望されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】USP5,843,780
【特許文献2】WO2007/069666
【特許文献3】WO2011/019092
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Watanabe K, et al. Nat.Neurosci.,8:288-296,2005
【非特許文献2】Kawasaki H, et al. Neuron,28:31-40,2000
【非特許文献3】Chambers SM, et al. Nat.Biotechnol.,27:275-280,2009
【非特許文献4】Hester ME, et al. Mol.Therapy,19:1905-1912,2011
【非特許文献5】Pang ZP, et al. Nature,476:220-223,2012
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、従来技術が抱える上記課題に鑑みてなされたものであり、本来の(特に、疾患患者の)運動神経細胞/神経細胞の性質を良く再現した運動神経細胞又は神経細胞を、多能性幹細胞から迅速且つ同調させて製造する方法の提供を目的としている。
さらに、本発明は、本来の運動神経細胞/神経細胞の性質を良く再現した運動神経細胞又は神経細胞に、薬剤処理によって迅速且つ同調して分化することができる多能性幹細胞の提供を目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、多能性幹細胞にLhx3、Ngn2、及びIsl1遺伝子を導入して発現させると、神経前駆細胞内で該3遺伝子を発現させるよりも短い期間で、且つ、同調して運動神経細胞に分化誘導できることを見出した。そして、当該方法を用いて筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者由来iPS細胞から作製した運動神経細胞は、自発的に細胞死に向かうだけでなく、該細胞死が既存のALS治療薬で効果的に抑制されることが確認された。
さらに、前記3種類の遺伝子のうちNgn2のみを多能性幹細胞に導入して発現させると迅速且つ同調して神経細胞へと分化すること、及び、アルツハイマー型認知症患者由来iPS細胞から該方法で作製した神経細胞は該疾患に特徴的なAβ産生を行うことが確認された。
本発明者は、これらの知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、以下を包含する。
[1] 多能性幹細胞から運動神経細胞を製造する方法であって、下記工程;
(1)多能性幹細胞に、Lhx3、Ngn2、及びIsl1をコードする核酸を導入する工程、
(2)Lhx3、Ngn2、及びIsl1の発現を3日間以上維持する工程、
を(1)−(2)の順番で含む、多能性幹細胞から運動神経細胞を製造する方法。
[2] 前記核酸の導入が、トランスポゾンを用いて導入する、[1]に記載の方法。
[3] 前記トランスポゾンが、piggyBacトランスポゾンである、[2]に記載の方法。
[4] 前記工程(2)が、前記核酸を薬剤応答性プロモーターで発現させる工程である、[1]−[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 前記薬剤応答性プロモーターがテトラサイクリン応答性プロモーターである、[4]に記載の方法。
[6] 前記核酸を、Lhx3、Ngn2、及びIsl1をポリシストロニックに発現させる、[1]に記載の方法。
[7] 前記核酸が、Lhx3、Ngn2、及びIsl1をコードする核酸が2A配列により結合された核酸である、[6]に記載の方法。
[8] 前記工程(2)において、Lhx3、Ngn2、及びIsl1の発現を維持する期間が7日間以上である、[1]−[7]のいずれかに記載の方法。
[9] 前記工程(2)において、前記工程(1)で得られた細胞を動物体内に導入する工程をさらに含み、該動物体内で前記薬剤応答性プロモーターに対応する薬剤と接触させる、[6]−[8]のいずれかに記載の方法。
[10] 前記工程(1)において、前記核酸が導入された多能性幹細胞を、血球細胞に分化誘導する工程をさらに含む、[1]−[9]のいずれかに記載の方法。
[11] 前記血球細胞が、単球及び/又はマクロファージである、[10]に記載の方法。
[12] 前記血球細胞に分化誘導する工程が、前記核酸が導入された多能性幹細胞を、骨髄由来間質細胞と共培養し、さらに幹細胞因子、マクロファージ−コロニー刺激因子、及びインターロイキン−3存在下で培養することで血球細胞に分化誘導する工程である、[10]又は[11]に記載の方法。
[13] 前記多能性幹細胞が、ヒト人工多能性幹細胞である、[1]−[12]のいずれかに記載の方法。
[14] 前記多能性幹細胞が、変異型SOD1遺伝子を有する多能性幹細胞である、[1]−[13]のいずれかに記載の方法。
[15] 下記工程(1)−(3)を含むことを特徴とする、運動神経変性疾患又は神経損傷の治験薬に対して治療効果が認められた被験者(すなわち、応答者)又は治療効果が認められなかった被験者(すなわち、非応答者)に特異的なマーカーを同定する方法;
(1)前記応答者及び非応答者から単離した体細胞から、人工多能性幹細胞を製造する工程、
(2)前記工程(1)で得られた人工多能性幹細胞から、[1]−[8]のいずれかに記載の方法によって、運動神経細胞を製造する工程、
(3)前記工程(2)で得られた応答者に由来する運動神経細胞と非応答者に由来する運動神経細胞の遺伝子産物の発現を測定する工程、及び
(4)応答者に由来する運動神経細胞において、非応答者より発現量が多い遺伝子産物を応答者に特異的なマーカーとして同定する工程、又は、応答者に由来する運動神経細胞において、非応答者より発現量が少ない遺伝子産物を非応答者に特異的なマーカーとして同定する工程。
[16] 下記工程(1)−(3)を含むことを特徴とする、治療薬が有効である対象を選別する方法;
(1)被験者から単離した体細胞から、人工多能性幹細胞を製造する工程、
(2)前記工程(1)で得られた人工多能性幹細胞から、[1]−[8]のいずれかに記載の方法によって、運動神経細胞を製造する工程、
(3)前記工程(2)で得られた運動神経細胞において、[15]に記載の方法によって同定された応答者及び/又は非応答者に特異的なマーカーを検出する工程、
(4)前記応答者に特異的なマーカーが検出された運動神経細胞、又は前記非応答者に特異的なマーカーが検出されなかった運動神経細胞が由来する被験者を、対応する治療薬が有効である対象として選別する工程。
[17] 外来性のLhx3、Ngn2、及びIsl1をコードする核酸が、染色体に挿入された多能性幹細胞。
[18] 前記核酸が、誘導可能なプロモーターの制御下に、Lhx3、Ngn2、及びIsl1をポリシストロニックに発現する核酸である、[17]に記載の多能性幹細胞。
[19] 前記核酸が、トランスポゾンによって染色体に挿入された核酸である、[18]に記載の多能性幹細胞。
[20] 前記トランスポゾンが、piggyBacトランスポゾンである、[19]に記載の多能性幹細胞。
[21] 前記核酸が、薬剤応答性プロモーターに機能的に連結された核酸である、[17]−[20]のいずれかに記載の多能性幹細胞。
[22] 前記薬剤応答性プロモーターがテトラサイクリン応答性プロモーターである、[21]に記載の多能性幹細胞。
[23] 前記核酸が、Lhx3、Ngn2、及びIsl1をコードする配列を2A配列で結合した核酸である、[18]−[22]のいずれかに記載の多能性幹細胞。
[24]
前記多能性幹細胞が、ヒト人工多能性幹細胞である、[17]−[23]のいずれかに記載の多能性幹細胞。
[25] 前記多能性幹細胞が、変異型SOD1遺伝子を有する多能性幹細胞である、[17]−[24]のいずれかに記載の多能性幹細胞。
[26] [17]−[24]のいずれかに記載の多能性幹細胞から分化誘導した血球細胞。
[27] 前記血球細胞が単球及び/又はマクロファージである、[26]に記載の血球細胞。
[28] [17]−[24]のいずれかに記載の多能性幹細胞を有効成分として含む、運動神経変性疾患又は神経損傷の治療用組成物。
[29] 前記運動神経変性疾患が、筋萎縮性側索硬化症である、[28]に記載の治療用組成物。
[30] [26]又は[27]に記載の血球細胞を有効成分として含む、運動神経変性疾患又は神経損傷の治療用組成物。
[31] 前記運動神経変性疾患が、筋萎縮性側索硬化症である、[30]に記載の治療用組成物。
[32] 下記工程(1)−(5)を含む、筋萎縮性側索硬化症の治療薬をスクリーニングする方法;
(1)筋萎縮性側索硬化症患者から単離した体細胞から製造した人工多能性幹細胞から、[1−8のいずれかに記載の方法によって運動神経細胞を製造する工程、
(2)前記工程(1)で得られた運動神経細胞を、被験物質と接触させる工程、
(3)前記工程(2)で前記被験物質と接触させた運動神経細胞、及び前記被験物質を接触させなかった運動神経細胞(すなわち、対照細胞)を培養する工程、
(4)前記工程(3)で得られた運動神経細胞の細胞数及び/又は神経突起長を測定する工程、
(5)前記被験物質と接触させた運動神経細胞の細胞数及び/又は神経突起長が、対照よりも高値であった被験物質を、筋萎縮性側索硬化症の治療薬として選択する工程。
[33] 前記筋萎縮性側索硬化症患者から単離した体細胞が、SOD1変異を有する体細胞である、[32]に記載の方法。
[34] 多能性幹細胞から神経細胞を製造する方法であって、下記工程;
(1)多能性幹細胞に、Ngn2をコードする核酸を、トランスポゾンを用いて導入する工程、
(2)前記プロモーターの活性化を誘導して、Ngn2の発現を3日間以上維持する工程、
を(1)−(2)の順番で含む、多能性幹細胞から神経細胞を製造する方法。
[35]
前記トランスポゾンが、piggyBacトランスポゾンである、[34]に記載の方法。
[36] 前記工程(2)が、前記核酸を、薬剤応答性プロモーターで発現させる工程である、[34]又は[35]に記載の方法。
[37] 前記薬剤応答性プロモーターがテトラサイクリン応答性プロモーターである、[36]に記載の方法。
[38] 前記工程(2)において、Ngn2の発現を維持する期間が7日間以上である、[34]−[37]のいずれかに記載の方法。
[39] 前記工程(2)において、前記工程(1)で得られた細胞を動物体内に導入する工程をさらに含み、該動物体内で前記薬剤応答性プロモーターに対応する薬剤と接触させる、[34]−[38]のいずれかに記載の方法。
[40] 前記多能性幹細胞が、ヒト人工多能性幹細胞である、[34]−[39]のいずれかに記載の方法。
[41] 前記ヒト人工多能性幹細胞が、アルツハイマー型認知症患者から単離した体細胞より製造された人工多能性幹細胞である、[40]に記載の方法。
[42] 前記ヒト人工多能性幹細胞が、プレセニリン1遺伝子に変異を有するヒト人工多能性幹細胞である、[40]に記載の方法。
[43] 下記工程(1)−(3)を含むことを特徴とする、アルツハイマー型認知症の治験薬に対して治療効果が認められた被験者(すなわち、応答者)又は治療効果が認められなかった被験者(すなわち、非応答者)に特異的なマーカーを同定する方法;
(1)前記応答者及び非応答者から単離した体細胞から、人工多能性幹細胞を製造する工程、
(2)前記工程(1)で得られた人工多能性幹細胞から、[34]−[38]のいずれかに記載の方法によって、神経細胞を製造する工程、
(3)前記工程(2)で得られた応答者に由来する神経細胞と非応答者に由来する神経細胞の遺伝子産物の発現を測定する工程、及び
(4)応答者に由来する運動神経細胞において、非応答者より発現量が多い遺伝子産物を応答者に特異的なマーカーとして同定する工程、又は、応答者に由来する運動神経細胞において、非応答者より発現量が少ない遺伝子産物を非応答者に特異的なマーカーとして同定する工程。
[44] 下記工程(1)−(3)を含むことを特徴とする、治療薬が有効である対象を選別する方法;
(1)被験者から単離した体細胞から、人工多能性幹細胞を製造する工程、
(2)前記工程(1)で得られた人工多能性幹細胞から、[34]−[38]のいずれかに記載の方法によって、神経細胞を製造する工程、
(3)前記工程(2)で得られた運動神経細胞において、[43]に記載の方法によって同定された応答者及び/又は非応答者に特異的なマーカーを検出する工程、
(4)前記応答者に特異的なマーカーが検出された神経細胞、又は前記非応答者に特異的なマーカーが検出されなかった神経細胞が由来する被験者を、対応する治療薬が有効である対象として選別する工程。
[45] 外来性のNgn2をコードする核酸が、トランスポゾンによって染色体に挿入された多能性幹細胞。
[46] 前記トランスポゾンが、piggyBacトランスポゾンである、[44]に記載の多能性幹細胞。
[47] 前記核酸が、薬剤応答性プロモーターに機能的に連結された核酸である、[45]又は[46]に記載の多能性幹細胞。
[48] 前記薬剤応答性プロモーターがテトラサイクリン応答性プロモーターである、[47]に記載の多能性幹細胞。
[49] 前記多能性幹細胞が、ヒト人工多能性幹細胞である、[45]−[48]のいずれかに記載の多能性幹細胞。
[50] 前記ヒト人工多能性幹細胞が、アルツハイマー型認知症患者から単離された体細胞から製造されたヒト人工多能性幹細胞である、[49]に記載の多能性幹細胞。
[51] 前記ヒト人工多能性幹細胞が、プレセニリン1遺伝子に変異を有するヒト人工多能性幹細胞である、[49]に記載の方法。
[52] 下記工程(1)−(4)を含む、アルツハイマー型認知症の治療薬をスクリーニングする方法;
(1)アルツハイマー型認知症患者から単離した体細胞から製造した人工多能性幹細胞から、前記[34]−[38]のいずれかに記載の方法によって神経細胞を製造する工程、
(2)前記工程(1)で得られた神経細胞を、被験物質と接触させる工程、
(3)前記工程(2)で前記被験物質と接触させた神経細胞、及び接触させなかった神経細胞(すなわち、対照細胞)を培養し、培地中のAβ42の含有量を測定する工程、
(4)前記被験物質と接触させた神経細胞の培地中のAβ42の含有量が、前記対照細胞の培地中のAβ42の含有量よりも低値であった被験物質を、アルツハイマー型認知症の治療薬として選択する工程。
[53] [52]に記載された方法において、
前記工程(3)において、培地中のAβ40の含有量をさらに測定し、及び、
前記工程(4)において、
前記被験物質と接触させた神経細胞の培地中のAβ42の含有量をAβ40の含有量で除した値(すなわち、Aβ42の含有量/Aβ40の含有量)が、前記対照細胞の培地中のAβ42の含有量/Aβ40の含有量よりも低値であった被験物質を、アルツハイマー型認知症の治療薬として選択する工程である、
アルツハイマー型認知症の治療薬をスクリーニングする方法
【発明の効果】
【0013】
本発明により、多能性幹細胞から迅速且つ同調して、本来の神経細胞の性質を良く備えた運動神経細胞又は神経細胞を製造することができる。特に、神経変性疾患患者由来多能性幹細胞から本方法によって得られる運動神経細胞及び神経細胞は、該疾患に特徴的な現象を良く再現し得るため、該疾患治療薬のスクリーニング系として非常に好適である。
また、本発明により、薬剤処理等によって迅速且つ同調して運動神経細胞又は神経細胞へ分化し得る多能性幹細胞及び/又は血球細胞が提供される。当該多能性幹細胞及び血球細胞は、生体内で運動神経細胞又は神経細胞へ分化誘導できるため、神経変性疾患又は神経損傷の治療用組成物(移植療法剤)として好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1A:実施例1で用いたテトラサイクリン誘導性MN化因子発現ベクター(一部)の模式図を示す。図中、Tet-OはTREを有するテトラサイクリン応答性プロモーター、Lhx3、Ngn2、Isl1、mCherryは各遺伝子のコード配列、Frtは組み換え酵素Flippaseの標的配列を表す。図1B図1Aに記載のベクターを導入した293T細胞をDOXを添加(DOX+)/非添加(DOX-)で24時間培養し、Lhx3、Ngn2、Isl1タンパク質の発現を解析した結果(ウェスタンブロット)を示す。図1C図1Aに記載のベクターが導入されたマウスES細胞に対して免疫染色を行い、未分化マーカー(Nanog及びSSEA1)の発現を調べた結果を示す。図1D図1Aに記載のベクターを導入したマウスES細胞(右図)及び非導入細胞(左図)にDOXを添加(DOX+)/非添加(DOX-)し、18時間後にmCherryの蛍光観察を行った結果を示す。図1E図1Aに記載のベクターを導入したマウスES細胞にDOXを添加(DOX+)/非添加(DOX-)し、18時間後のLhx3、Ngn2及びIsl1のmRNA量をリアルタイムPCR法で測定した結果を示す。図1F:マウスES細胞から運動神経細胞(iMN)を誘導する工程の模式図を示す。図1G図1Aに記載のベクターが導入されたマウスES細胞にDOXを添加し、3日後の免疫染色結果(HB9と、β-III tubulin、MAP2、又はChATとの二重免疫染色像)を示す。図1H図1Aに記載のベクターを導入したマウスES細胞にDOXを添加(DOX+)/非添加(DOX-)し、HB9及びChATのmRNA量をリアルタイムPCR法で測定した結果を示す。
図2図2A図1Aに記載のベクターを導入したマウスES細胞をiMNへ分化誘導する際の培地の条件を検討した結果を示す。図2B:DOXの添加期間を検討した工程の模式図を示す。図2C図2BにおいてDay7の時点の細胞に対し、各遺伝子の発現量をリアルタイムPCR法で解析した結果を示す。“dox withdraw”は、Day3でDOXを除去された細胞、“dox(+)”は、DOXを除去されることなく7日間DOX含有培地で培養された細胞を表す。
図3図3A図1Aに記載のベクターを導入したマウスES細胞を、C2C12細胞と共培養下でiMNへ分化誘導(すなわち、DOX添加)して得られた共培養物の位相差像(左図)及びαBTX/SV2の免疫染色像を示す。図3B図3Aの共培養物におけるカルシウムイメージングの結果を示す。図3C:パッチクランプ法で測定した電位記録(カレントクランプ)を示す。図3D:神経伝達物質(グルタミン酸及びGABA)を添加した際の内向き電流記録(ボルテージクランプ)を示す。
図4図4A:外来遺伝子として野生型ヒトSOD1遺伝子(SOD1WT)又は変異型ヒトSOD1遺伝子(SOD1G93A)を有するトランスジェニックマウス組織、該マウスから調製したMEF、及び該MEFから樹立したiPS細胞におけるヒトSOD1遺伝子の存在を、PCR法で解析した結果を示す。図4B:前記樹立したiPS細胞が有する外来性ヒトSOD1遺伝子について、当該変異部位のシークエンス結果を示す。図4C:前記樹立したマウスiPS細胞におけるES細胞マーカー遺伝子(Eras、Esg1、Rex1、Oct3/4及びSox2)の発現量をPCR法で測定した結果を示す。図4D:前記樹立したマウスiPS細胞における初期化因子(Oct3/4、Sox2、Klf4及びc-Myc)の発現量を定量的PCRで測定した結果を示す。
図5】前記樹立したマウスiPS細胞からin vitroで誘導された三胚葉マーカー(外胚葉(β-III tubulin)、中胚葉(α-smooth muscle actin)及び内胚葉(α-fetoprotein))の免疫染色像を示す。
図6図6A:実施例2−8で用いた、テトラサイクリン誘導性MN化因子発現ベクター(一部)を示す模式図である。TRは、piggyBacトランスポザーゼの標的配列(すなわち、逆方向末端反復配列)を表す。図6B図6Aに記載のベクターが導入された、前記マウスiPS細胞(明細書中でマウスWT由来iPS細胞、マウスG93A由来iPS細胞と略記される細胞)の未分化マーカー(Nanog及びSSEA1)に対する免疫染色像を示す。図6C図6Aに記載のベクターが導入されたマウスiPS細胞にDOXを添加して3日後におけるβ-III tubulin、またはHB9及びChATに対する免疫染色像を示す。図6D図6Aに記載のベクターが導入されたマウスiPS細胞にDOXを添加して3日後におけるミスフォールドSOD1、Neurofilament(NF-H)及びDAPIに対する免疫染色像を示す。図6E図6Aに記載のベクターが導入されたマウスiPS細胞から分化誘導された運動神経細胞(アストロサイト非存在下)の生存率(すなわち、DOX添加から6日後のHB9及びβ-III tubulin陽性細胞数/4日後のHB9及びβ-III tubulin陽性細胞数)を示す。図6F図6Aに記載のベクターが導入されたマウスiPS細胞(SOD1WT及びSOD1G93A)に対し、DOX添加から4日後の培地中のLDH量に対する6日後の培地中のLDH量の比を示す。図6G図6Aに記載のベクターが導入されたマウスiPS細胞(SOD1WT及びSOD1G93A)から(アストロサイト存在下で)分化誘導された運動神経細胞の生存率(すなわち、誘導から6日後のHB9及びβ-III tubulin陽性細胞数/4日後のHB9及びβ-III tubulin陽性細胞数)を示す。図6H図6Aに記載のベクターが導入されたマウスiPS細胞(SOD1WT及びSOD1G93A)から分化誘導された運動神経細胞の、DOX添加から4日後と6日後における神経突起の長さの平均値を示す。
図7図7A図6Aに記載のベクターを導入したヒト正常対照由来iPS細胞に対し、未分化マーカー(Nanog及びSSEA1)に対する免疫染色を行った結果を示す。図7B図7AのiPS細胞からiMNを誘導する工程の模式図を示す。図7C図7AのiPS細胞にDOXを添加し、7日後におけるHB(蛍光)と、β-III tubulinまたはChATとに対する免疫染色像を示す。図7D図6Aに記載のベクターを導入したヒトiPS細胞におけるDOXの添加(DOX+)または非添加(DOX-)後のHB9及びChATの発現量をPCR法で測定した結果を示す。図7E図6Aに記載のベクターを導入したヒトiPS細胞から誘導した運動神経細胞とC2C12細胞の、共培養後の位相差像(左図)及びαBTX/SV2の染色像を示す。図7F:パッチクランプ法で測定した電位記録(カレントクランプ)を示す。図7G:神経伝達物質(グルタミン酸、カイニン酸及びGABA)を添加した際の内向き電流記録(ボルテージクランプ)を示す。
図8図8A図1Aに記載のベクターを導入したマウスES細胞をOP9細胞上で培養して5日目の像を示す。図8B図1Aに記載のベクターを導入したマウスES細胞をOP9細胞上で培養して5日目のFACSの結果を示す。FLK-1は中胚葉のマーカーであり、SSEA-1は未分化細胞のマーカーである。図8C図1Aに記載のベクターを導入したマウスES細胞から得られた単球またはマクロファージの染色像を示す。
図9図9図1Aに記載のベクターを導入したマウスES細胞由来の血球から誘導した神経細胞の免疫染色像を示す。図中、Tuj1陽性は神経細胞であることを示し、HB9陽性は運動神経細胞であることを示す。
図10図10A:SOD1遺伝子にL144FVX変異(上図:SOD1-L144FVX)、又はG93S変異(下図:SOD1-G93S)を有するヒトALS患者から樹立したiPS細胞に対し、SOD1遺伝子の(当該変異部位の)シークエンスを行った結果を示す。図10B図10Aで樹立したiPS細胞から運動神経を分化誘導する工程と解析の関係を示す。細胞生存解析は、Day7からDay14の細胞数の変化の解析により行った。図10C:誘導から7日後の各iPS細胞由来の運動神経細胞の免疫染色像を示す。図10D:ミスフォールドSOD1の染色像を示す。図10E:分化誘導から7−14日後における運動神経細胞の生存率(すなわち、14日後のβ-III tubulin陽性細胞数/7日後のβ-III tubulin陽性細胞数)を示す。
図11図11A図6Aのベクターが導入された正常マウス由来iPS細胞において、DOX投与後の未分化マーカー(SSES1)、神経細胞特異的マーカー(NCAM)の発現、及び細胞形態について、72時間後までの変化を調べた結果である。図11B図6Aのベクターが導入された正常ヒト由来iPS細胞において、DOX投与から7日後までの間に、神経細胞特異的マーカー(NCAM)を発現し、且つ、神経細胞様形態を有する細胞(すなわち、iMN)の数を計測した結果である。
図12図12A図6Aのベクターが導入された3種類のマウス(遺伝子非改変マウス、野生型SOD1トランスジェニックマウス、及び変異型SOD1トランスジェニックマウス)由来iPS細胞において、DOX投与から10日後までのiMNの細胞数を計測した結果である。縦軸は培養ウェルあたりのiMN数を示す。
図13図13A図6Aのベクターが導入されたSOD1L144FVX変異を有するALS患者由来iPS細胞において、DOX投与から7日後にリルゾール(0, 10, 50μM)を投与し、14日後にβ-III tubulinの免疫染色を行った結果である。図13B図13Aの培養系において、DOX投与から14日後のiMN数を計測した結果を示す。縦軸は、ウェルにおけるMN数の相対値である。
図14図14:本発明に係るMN化因子導入iPS細胞を用いた薬剤スクリーニング系の概要を示したものである。
図15図15A図14で示したスクリーニング系の精度について検定した結果である。 図15B図15Aで検定したスクリーニング系を用いて、約1200種類の既存薬化合物を検討した結果である。縦軸は、各化合物投与ウェルで得られたiMN数を、陰性コントロールウェルで得られたiMN数に対する相対値で表した値である。
図16図16A:N化因子導入マウス由来iPS細胞に対し、DOX投与後の未分化マーカー(SSES1)・神経細胞特異的マーカー(Tuj1、NCAM)の発現を調べた結果である。図16B:Ngn2の発現誘導開始から11日目の細胞の位相差像を示す。細胞死はあまり確認されず、解析に用いることが可能である。図16C:上段のグラフは、Ngn2発現誘導開始から3〜5日目、5〜7日目、7〜9日目及び9〜11日目の培養上清中に含まれるAβ40及びAβ42ペプチドの含有量の解析結果を示す。図16Cの中段及び下段は、Ngn2発現誘導開始から7〜9日目(中段)又は9〜11日目(下段)の培養上清中の、対照、BSI IV及びSulfide Slindacを添加した場合のAβ40及びAβ42ペプチドの含有量の解析結果を示す。
図17図17:HB9::GFPが導入されたMN化因子導入マウスES細胞をNOGマウスの脊髄に移植し、DOXを経口投与して2週後の投与部位における免疫染色像を示す。当該マウスES細胞は、HB9の発現と連動してGFPを発現するため、GFP陽性細胞は、移植されたマウスES細胞由来の運動神経細胞(iMN)を表す。
図18図18:N化因子導入マウスiPS細胞をNOGマウスの海馬に移植し、DOXを経口投与して4週後の投与部位における免疫染色像を示す。hNCAM染色細胞は、移植したヒトiPS細胞由来の神経細胞(iN)を示す。
図19図19:本発明で得られるiPS細胞を活用した、より精度の高い臨床試験について説明した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の好適な実施形態について詳述する。
なお、以降の記載では、本発明に係る方法で得られる運動神経細胞、神経細胞を、本来の(すなわち、生来の)運動神経細胞、神経細胞と区別するために、各々iMN、iNと呼ぶ場合がある。また、前記Lhx3、Ngn2、及びIsl1遺伝子を合わせて運動神経細胞化因子(又は、MN化因子)、Ngn2遺伝子のみを神経細胞化因子(又は、N化因子)と呼ぶ場合がある。
【0016】
<多能性幹細胞から運動神経細胞又は神経細胞を製造する方法>
本発明により、多能性幹細胞に、Lhx3、Ngn2、及びIsl1をコードする核酸を導入し、該3遺伝子の発現を3日間以上維持することで、運動神経細胞へと迅速且つ同調して分化させる方法が提供される。前記3遺伝子の発現誘導は、培養下、又は動物体内のいずれで行ってもよい。さらに、前記発現ベクターが導入された多能性幹細胞を、培養下で血球細胞へと分化誘導した後に前記3遺伝子の発現誘導を行い、血球細胞経由で運動神経細胞を製造することもできる。
また、本発明により、多能性幹細胞に、Ngn2をコードする核酸をトランスポゾンを用いて導入し、該遺伝子の発現を3日間以上維持することで、神経細胞へと迅速且つ同調して分化させる方法が提供される。前記Ngn2遺伝子の発現誘導は、培養下、又は動物体内のいずれで行うことができる。
以下に、これらの方法を構成する技術について詳述する。
【0017】
<多能性幹細胞>
本発明において、多能性幹細胞とは、生体に存在するすべての細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、増殖能をも併せもつ幹細胞のことである。例として、以下に限定するものではないが、胚性幹(ES)細胞、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹(ntES)細胞、精子幹細胞(「GS細胞」)、胚性生殖細胞(「EG細胞」)、人工多能性幹(iPS)細胞、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の多能性細胞(Muse細胞)などが含まれる。これらのうち、本発明に用いるのに好ましい多能性幹細胞は、ES細胞、ntES細胞、及びiPS細胞である。以下、各幹細胞について説明する。
【0018】
(A)胚性幹細胞
ES細胞は、ヒトやマウスなどの哺乳動物の初期胚(例えば胚盤胞)の内部細胞塊から樹立された、多能性と自己複製による増殖能を有する幹細胞である。
ES細胞は、受精卵の8細胞期、桑実胚後の胚である胚盤胞の内部細胞塊に由来する胚由来の幹細胞であり、成体を構成するあらゆる細胞に分化する能力、いわゆる分化多能性と、自己複製による増殖能とを有している。ES細胞は、マウスで1981年に発見され(M.J. Evans and M.H. Kaufman(1981), Nature 292:154-156)、その後、ヒト、サルなどの霊長類でもES細胞株が樹立された(J.A. Thomson et al.(1998), Science 282:1145-1147; J.A. Thomson et al.(1995), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92:7844-7848;J.A. Thomson et al.(1996), Biol. Reprod., 55:254-259; J.A. Thomson and V.S. Marshall(1998), Curr. Top. Dev. Biol., 38:133-165)。
【0019】
ES細胞は、対象動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。また、継代培養による細胞の維持は、白血病抑制因子(leukemia inhibitory factor(LIF))、塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor(bFGF))などの物質を添加した培養液を用いて行うことができる。ヒト及びサルのES細胞の樹立と維持の方法については、例えばUSP5,843,780; Thomson JA, et al.(1995), Proc Natl. Acad. Sci. U S A. 92:7844-7848; Thomson JA, et al.(1998), Science. 282:1145-1147; H. Suemori et al.(2006),Biochem. Biophys. Res. Commun., 345:926-932; M. Ueno et al.(2006), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103:9554-9559; H. Suemori et al.(2001), Dev. Dyn., 222:273-279; H. Kawasaki et al.(2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99:1580-1585;Klimanskaya I, et al.(2006), Nature. 444:481-485などに記載されている。
【0020】
ES細胞作製のための培養液として、例えば0.1mM 2-メルカプトエタノール、0.1mM 非必須アミノ酸、2mM L-グルタミン酸、20% KSR及び4ng/ml bFGFを補充したDMEM/F-12培養液を使用し、37℃、2% CO2/98% 空気の湿潤雰囲気下でヒトES細胞を維持することができる(O. Fumitaka et al.(2008), Nat. Biotechnol., 26:215-224)。また、ES細胞は、3〜4日おきに継代する必要があり、このとき、継代は、例えば1mM CaCl2及び20% KSRを含有するPBS中の0.25% トリプシン及び0.1mg/mlコラゲナーゼIVを用いて行うことができる。
ES細胞の選択は、一般に、アルカリホスファターゼ、Oct-3/4、Nanogなどの遺伝子マーカーの発現を指標にしてReal-Time PCR法で行うことができる。特に、ヒトES細胞の選択では、OCT-3/4、NANOG、ECADなどの未分化細胞に特異的な遺伝子マーカーの発現を指標とすることができる(E. Kroon et al.(2008), Nat. Biotechnol., 26:443-452)。
【0021】
ヒトES細胞株は、例えばWA01(H1)及びWA09(H9)は、WiCell Reserch Instituteから、KhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所(京都、日本)から入手可能である。
【0022】
(B)精子幹細胞
精子幹細胞は、精巣由来の多能性幹細胞であり、精子形成のための起源となる細胞である。この細胞は、ES細胞と同様に、種々の系列の細胞に分化誘導可能であり、例えばマウス胚盤胞に移植するとキメラマウスを作出できるなどの性質をもつ(M. Kanatsu-Shinohara et al.(2003) Biol. Reprod., 69:612-616; K. Shinohara et al.(2004), Cell, 119:1001-1012)。神経膠細胞系由来神経栄養因子(glial cell line-derived neurotrophic factor(GDNF))を含む培養液で自己複製可能であるし、またES細胞と同様の培養条件下で継代を繰り返すことによって、精子幹細胞を得ることができる(竹林正則ら(2008),実験医学,26巻,5号(増刊),41〜46頁,羊土社(東京、日本))。
【0023】
(C)胚性生殖細胞
胚性生殖細胞は、胎生期の始原生殖細胞から樹立される、ES細胞と同様な多能性をもつ細胞であり、LIF、bFGF、幹細胞因子(stem cell factor)などの物質の存在下で始原生殖細胞を培養することによって樹立しうる(Y. Matsui et al.(1992), Cell, 70:841-847; J.L. Resnick et al.(1992), Nature, 359:550-551)。
【0024】
(D)人工多能性幹細胞
人工多能性幹(iPS)細胞は、特定の初期化因子を、DNA又はタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能、を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(K. Takahashi and S. Yamanaka(2006) Cell, 126:663-676; K. Takahashi et al.(2007), Cell, 131:861-872; J. Yu et al.(2007), Science, 318:1917-1920; Nakagawa, M.ら,Nat. Biotechnol. 26:101-106(2008);国際公開WO 2007/069666)。初期化因子は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-cording RNA又はES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-cording RNA、あるいは低分子化合物によって構成されてもよい。初期化因子に含まれる遺伝子として、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3又はGlis1等が例示され、これらの初期化因子は、単独で用いても良く、組み合わせて用いても良い。初期化因子の組み合わせとしては、WO2007/069666、WO2008/118820、WO2009/007852、WO2009/032194、WO2009/058413、WO2009/057831、WO2009/075119、WO2009/079007、WO2009/091659、WO2009/101084、WO2009/101407、WO2009/102983、WO2009/114949、WO2009/117439、WO2009/126250、WO2009/126251、WO2009/126655、WO2009/157593、WO2010/009015、WO2010/033906、WO2010/033920、WO2010/042800、WO2010/050626、WO 2010/056831、WO2010/068955、WO2010/098419、WO2010/102267、WO 2010/111409、WO 2010/111422、WO2010/115050、WO2010/124290、WO2010/147395、WO2010/147612、Huangfu D, et al.(2008), Nat. Biotechnol., 26: 795-797、Shi Y, et al.(2008), Cell Stem Cell, 2: 525-528、Eminli S, et al.(2008), Stem Cells. 26:2467-2474、Huangfu D, et al.(2008), Nat Biotechnol. 26:1269-1275、Shi Y, et al.(2008), Cell Stem Cell, 3, 568-574、Zhao Y, et al.(2008), Cell Stem Cell, 3:475-479、Marson A,(2008), Cell Stem Cell, 3, 132-135、Feng B, et al.(2009), Nat Cell Biol. 11:197-203、R.L. Judson et al.,(2009), Nat. Biotech., 27:459-461、Lyssiotis CA, et al.(2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:8912-8917、Kim JB, et al.(2009), Nature. 461:649-643、Ichida JK, et al.(2009), Cell Stem Cell. 5:491-503、Heng JC, et al.(2010), Cell Stem Cell. 6:167-74、Han J, et al.(2010), Nature. 463:1096-100、Mali P, et al.(2010), Stem Cells. 28:713-720、Maekawa M, et al.(2011), Nature. 474:225-9.に記載の組み合わせが例示される。
【0025】
上記初期化因子には、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸(VPA)、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNA及びshRNA(例、HDAC1 siRNA Smartpool(商標)(Millipore)、HuSH 29mer shRNA Constructs against HDAC1(OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤など]、MEK阻害剤(例えば、PD184352、PD98059、U0126、SL327及びPD0325901)、Glycogen synthase kinase-3阻害剤(例えば、Bio及びCHIR99021)、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、5-azacytidine)、ヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、BIX-01294等の低分子阻害剤、Suv39hl、Suv39h2、SetDBl及びG9aに対するsiRNA及びshRNA等の核酸性発現阻害剤など)、L-channel calcium agonist(例えばBayk8644)、酪酸、TGFβ阻害剤又はALK5阻害剤(例えば、LY364947、SB431542、616453及びA-83-01)、p53阻害剤(例えばp53に対するsiRNA及びshRNA)、ARID3A阻害剤(例えば、ARID3Aに対するsiRNA及びshRNA)、miR-291-3p、miR-294、miR-295及びmir-302などのmiRNA、Wnt Signaling(例えばsoluble Wnt3a)、神経ペプチドY、プロスタグランジン類(例えば、プロスタグランジンE2及びプロスタグランジンJ2)、hTERT、SV40LT、UTF1、IRX6、GLISl、PITX2、DMRTBl等の樹立効率を高めることを目的として用いられる因子も含まれており、本明細書においては、これらの樹立効率の改善目的にて用いられた因子についても初期化因子と別段の区別をしないものとする。
【0026】
初期化因子は、タンパク質の形態の場合、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチド(例えば、HIV由来のTAT及びポリアルギニン)との融合、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入してもよい。
【0027】
一方、DNAの形態の場合、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクター、リポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入することができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター(以上、Cell, 126, pp.663-676, 2006; Cell, 131, pp.861-872, 2007; Science, 318, pp.1917-1920, 2007)、アデノウイルスベクター(Science, 322, 945-949, 2008)、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター(WO 2010/008054)などが例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)などが含まれる。プラスミドとしては、哺乳動物細胞用プラスミドを使用しうる(Science, 322:949-953, 2008)。ベクターには、核初期化物質が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイトなどの制御配列を含むことができるし、さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、緑色蛍光タンパク質(GFP)、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。また、上記ベクターには、体細胞への導入後、初期化因子をコードする遺伝子もしくはプロモーターとそれに結合する初期化因子をコードする遺伝子を共に切除するために、それらの前後にLoxP配列を有してもよい。
【0028】
また、RNAの形態の場合、例えばリポフェクション、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入しても良く、分解を抑制するため、5-メチルシチジン及びpseudouridine(TriLink Biotechnologies)を取り込ませたRNAを用いても良い(Warren L,(2010) Cell Stem Cell. 7:618-630)。
【0029】
iPS細胞誘導のための培養液としては、例えば、10〜15%FBSを含有するDMEM、DMEM/F12又はDME培養液(これらの培養液にはさらに、LIF、penicillin/streptomycin、puromycin、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)又は市販の培養液[例えば、マウスES細胞培養用培養液(TX-WES培養液、トロンボX社)、霊長類ES細胞培養用培養液(霊長類ES/iPS細胞用培養液、リプロセル社)、無血清培地(mTESR、Stemcell Technology社)]などが含まれる。
【0030】
培養法の例としては、たとえば、37℃、5%CO2存在下にて、10%FBS含有DMEM又はDMEM/F12培養液上で体細胞と初期化因子とを接触させ約4〜7日間培養し、その後、細胞をフィーダー細胞(たとえば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上にまきなおし、体細胞と初期化因子の接触から約10日後からbFGF含有霊長類ES細胞培養用培養液で培養し、該接触から約30〜約45日又はそれ以上ののちにiPS様コロニーを生じさせることができる。
【0031】
あるいは、37℃、5% CO2存在下にて、フィーダー細胞(たとえば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上で10%FBS含有DMEM培養液(これにはさらに、LIF、ペニシリン/ストレプトマイシン、ピューロマイシン、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)で培養し、約25〜約30日又はそれ以上ののちにES様コロニーを生じさせることができる。望ましくは、フィーダー細胞の代わりに、初期化される体細胞そのものを用いる(Takahashi K, et al.(2009), PLoS One. 4:e8067又はWO2010/137746)、もしくは細胞外基質(例えば、Laminin-5(WO2009/123349)及びマトリゲル(BD社))を用いる方法が例示される。
【0032】
この他にも、血清を含有しない培地を用いて培養する方法も例示される(Sun N, et al.(2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:15720-15725)。さらに、樹立効率を上げるため、低酸素条件(0.1%以上、15%以下の酸素濃度)によりiPS細胞を樹立しても良い(Yoshida Y, et al.(2009), Cell Stem Cell. 5:237-241又はWO2010/013845)。
上記培養の間には、培養開始2日目以降から毎日1回新鮮な培養液と培養液交換を行う。また、核初期化に使用する体細胞の細胞数は、限定されないが、培養ディッシュ100cm2あたり約5×103〜約5×106細胞の範囲である。
【0033】
iPS細胞は、形成したコロニーの形状により選択することが可能である。一方、体細胞が初期化された場合に発現する遺伝子(例えば、Oct3/4、Nanog)と連動して発現する薬剤耐性遺伝子をマーカー遺伝子として導入した場合は、対応する薬剤を含む培養液(選択培養液)で培養を行うことにより樹立したiPS細胞を選択することができる。また、マーカー遺伝子が蛍光タンパク質遺伝子の場合は蛍光顕微鏡で観察することによって、発光酵素遺伝子の場合は発光基質を加えることによって、また発色酵素遺伝子の場合は発色基質を加えることによって、iPS細胞を選択することができる。
【0034】
なお、本明細書中で使用する「体細胞」なる用語は、卵子、卵母細胞、ES細胞などの生殖系列細胞又は分化全能性細胞を除くあらゆる動物細胞(好ましくは、ヒトを含む哺乳動物細胞)をいう。体細胞には、非限定的に、胎児(仔)の体細胞、新生児(仔)の体細胞、及び成熟した健全なもしくは疾患性の体細胞のいずれも包含されるし、また、初代培養細胞、継代細胞、及び株化細胞のいずれも包含される。具体的には、体細胞は、例えば(1)神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)、(2)組織前駆細胞、(3)リンパ球、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞(皮膚細胞等)、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞及び脂肪細胞等の分化した細胞などが例示される。
【0035】
また、病態のモデル細胞を作製するという観点から、疾患性の体細胞を用いてもよい。ここで疾患とは、神経変性疾患が例示される。上述した運動神経細胞を製造する方法を用いて病態のモデル細胞を作製する場合、運動ニューロン病の患者由来の体細胞を用いてiPS細胞を製造してもよい。ここで、「運動ニューロン病」とは、運動神経細胞の変性を起こす病気のことであり、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脊髄性筋萎縮症(SMA)、及び球脊髄性筋萎縮症などが例示される。例えば、筋萎縮性側索硬化症の患者の体細胞とは、SOD1遺伝子に変異がある体細胞が例示され、より詳細には、G93A、G93S及びL144FVXなどのSOD1遺伝子の変異が挙げられるが、特にこれらへ限定されない。同様に、上述した神経細胞を製造する方法を用いて病態のモデル細胞を作製する場合、神経変性疾患の患者由来の体細胞を用いてiPS細胞を製造してもよい。ここで、「神経変性疾患」とは、神経細胞の変性又は欠損により起きる病気のことであり、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病、レビー小体型認知症、ハンチントン病、及び脊髄小脳変性症などが例示される。例えば、アルツハイマー型認知症の患者の体細胞とは、プレセニリン1遺伝子又はプレセリニン2遺伝子に変異がある体細胞が例示され、プレセニリン1の変異はこれまで30以上の変異が報告されており(Price DL, Sisodia SS., Annu Rev Neurosci. 1998;21:479-505.)、例えば、D257又はD385をアラニン、又はグルタミン酸に置換した変異が挙げられるが、特にこれらへ限定されない。
【0036】
(E)核移植により得られたクローン胚由来のES細胞
nt ES細胞は、核移植技術によって作製されたクローン胚由来のES細胞であり、受精卵由来のES細胞とほぼ同じ特性を有している(T. Wakayama et al.(2001), Science, 292:740-743; S. Wakayama et al.(2005), Biol. Reprod., 72:932-936; J. Byrne et al.(2007), Nature, 450:497-502)。すなわち、未受精卵の核を体細胞の核と置換することによって得られたクローン胚由来の胚盤胞の内部細胞塊から樹立されたES細胞がnt ES(nuclear transfer ES)細胞である。nt ES細胞の作製のためには、核移植技術(J.B. Cibelli et al.(1998), Nature Biotechnol., 16:642-646)とES細胞作製技術(上記)との組み合わせが利用される(若山清香ら(2008),実験医学,26巻,5号(増刊), 47〜52頁)。核移植においては、哺乳動物の除核した未受精卵に、体細胞の核を注入し、数時間培養することで初期化することができる。
【0037】
(F)Multilineage-differentiating Stress Enduring cells(Muse細胞)
Muse細胞は、WO2011/007900に記載された方法にて製造された多能性幹細胞であり、詳細には、線維芽細胞又は骨髄間質細胞を長時間トリプシン処理、好ましくは8時間又は16時間トリプシン処理した後、浮遊培養することで得られる多能性を有した細胞であり、SSEA-3及びCD105が陽性である。
【0038】
本発明においては、病態のモデル細胞を作製するという観点から、疾患の原因となる遺伝子を導入した多能性幹細胞を用いることができる。原因となる遺伝子とは、筋萎縮性側索硬化症モデル細胞の場合、SOD1、C9ORF72、TDP43、FUS、PRN1、EPH4N、ANG、UBQLN及びHNPNPAが例示され、これらの変異遺伝子を有する多能性幹細胞が望ましい。例えば、変異型SOD1(A4V、G37R、G41D、H46R、G85R、D90A、G93A、G93S、I112T、I113T、L114F又はS134N変異が例示される)を導入して得られたiPS細胞又は筋萎縮性側索硬化症の患者の体細胞を単離して製造されたiPS細胞が挙げられる。アルツハイマー型認知症モデルマウスの場合、プレセニリン1遺伝子又はプレセニリン2遺伝子に変異がある体細胞が例示され、これらの変異遺伝子を有する多能性幹細胞が望ましい。変異遺伝子を有する多能性幹細胞として、アルツハイマー型認知症の患者の体細胞を単離して製造されたiPS細胞が挙げられる。
本発明において、筋萎縮性側索硬化症モデル細胞又はアルツハイマー型認知症モデル細胞とは、当該多能性幹細胞から上述した方法によって得られる、運動神経細胞又は神経細胞を含む。本発明において、好ましい病態のモデル細胞は、マウス又はヒト細胞である。
【0039】
<運動神経細胞>
本発明において運動神経細胞とは、HB9、ChAT(choline acetyltransferase)等の運動神経細胞のマーカー遺伝子を1以上発現する細胞、あるいは、β-III tubulin、NCAM、MAP2等の神経細胞のマーカー遺伝子を1以上発現し、且つ、神経突起(ニューライトとも呼ばれる)と十分に肥厚した細胞体とを有する細胞、と定義される。前記神経細胞のマーカー遺伝子を1以上発現し、且つ、神経突起と十分に肥厚した細胞体とを有する細胞では、HB9又はChATの発現が認められることを確認しているからである。よって、本発明に係る方法で製造された運動神経細胞(すなわち、iMN)の判定基準もこれに従う。そして、本発明において運動神経細胞を製造するとは、上記定義を満たす細胞を含有する細胞集団を得ることを意味し、好ましくは、該細胞を5%、15%、又は20%以上含有する細胞集団を得ることである。
【0040】
<神経細胞>
本発明において神経細胞とは、β-III tubulin、NCAM、MAP2等の神経細胞のマーカー遺伝子を1以上発現し、且つ、神経突起を有する細胞と定義される。よって、本発明に係る方法で製造された神経細胞(すなわち、iN)の判定基準もこれに従う。さらに、本発明において製造される神経細胞は、グルタミン酸作動性であることが好ましい。そして、本発明において神経細胞を製造するとは、上記定義を満たす細胞を含有する細胞集団を得ることを意味し、好ましくは、該細胞を50%、60%、70%、80%、又は90%以上含有する細胞集団を得ることである。
なお、Tuj1は抗β-III tubulinであることから、前記β-III tubulinを発現している細胞を、Tuj1陽性細胞と呼ぶ場合がある。
【0041】
<Lhx3、Ngn2、及びIsl1をコードする核酸>
本発明においてLhx3とは、Lhx3(LIM homeobox 3)遺伝子及びLhx3タンパク質のことである。そして、Lhx3をコードする核酸とは、NCBIのアクッセッション番号:NM_001039653(マウス)もしくはNM_014564又はNM_178138(ヒト)で示されるポリヌクレオチドにコードされる遺伝子、及びその転写変異体、スプライシング変異体及びホモログ、又はこれらの核酸の相補鎖配列にストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる程度の相補関係を有する核酸であってもよい。
また、本発明においてNgn2とは、Ngn2(Neurogenin 2)遺伝子及びNgn2タンパク質のことである。そして、Ngn2をコードする核酸とは、NCBIのアクッセッション番号:NM_009718(マウス)又はNM_024019(ヒト)で示されるポリヌクレオチド又はその転写変異体、スプライシング変異体及びホモログ、又はこれらの核酸の相補鎖配列にストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる程度の相補関係を有する核酸であってもよい。
そして、本発明においてIsl1とは、Isl1(Islet 1)遺伝子及びIsl1タンパク質のことである。そして、Isl1をコードする核酸とは、NCBIのアクッセッション番号:NM_021459(マウス)又はNM_002202(ヒト)で示されるポリヌクレオチド又はその転写変異体、スプライシング変異体及びホモログ、又はこれらの核酸の相補鎖配列にストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる程度の相補関係を有する核酸であってもよい。
【0042】
上記において、ストリンジェントな条件は、Berger and Kimmel(1987, Guide to Molecular Cloning Techniques Methods in Enzymology, Vol.152, Academic Press, San Diego CA)に教示されるように、複合体或いはプローブを結合する核酸の融解温度(Tm)に基づいて決定することができる。例えばハイブリダイズ後の洗浄条件として、通常「1×SSC、0.1%SDS、37℃」程度の条件を挙げることができる。相補鎖はかかる条件で洗浄しても対象とする正鎖とハイブリダイズ状態を維持するものであることが好ましい。特に制限されないが、より厳しいハイブリダイズ条件として「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」程度の洗浄条件、さらに厳しくは「0.1×SSC、0.1%SDS、65℃」程度の洗浄条件で洗浄しても正鎖と相補鎖とがハイブリダイズ状態を維持する条件を挙げることができる。具体的には、このような相補鎖として、対象の正鎖の塩基配列と完全に相補的な関係にある塩基配列からなる鎖、並びに該鎖と少なくとも90%、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、いっそう好ましくは98%以上、特に好ましくは99%以上の同一性を有する塩基配列からなる鎖を例示することができる。
【0043】
本発明において、Lhx3をコードする核酸、Ngn2をコードする核酸、及びIsl1をコードする核酸は、DNAであっても、RNAであっても、DNA/RNAキメラであってもよい。また、該核酸は二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。二本鎖の場合、二本鎖DNA、二本鎖RNAもしくはDNA:RNAハイブリッドのいずれであってもよい。好ましくは、二本鎖DNA又は一本鎖RNAである。例えば、Lhx3、Ngn2、及びIsl1をコードする核酸が二本鎖DNAの場合(本明細書においてLhx3遺伝子、Ngn2遺伝子、及びIsl1遺伝子という場合もある)は、該核酸は適当な発現ベクターに挿入された形態で、多能性幹細胞に導入され得る。一方、Lhx3、Ngn2、及びIsl1をコードする核酸が一本鎖RNAの場合、当該RNAは、分解を抑制するため、5-メチルシチジン及びpseudouridine(TriLink Biotechnologies)を取り込ませたRNAを用いても良く、フォスファターゼ処理による修飾RNAであってもよい。なお、本明細書では、Lhx3をコードするRNA及びLhx3タンパク質を包括してLhx3遺伝子産物という場合がある(Ngn2、及びIsl1についても同様とする)。
【0044】
本発明に係る運動神経細胞、又は神経細胞を製造する方法では、前記MN化因子による運動神経細胞誘導、又は前記N化因子による神経細胞誘導を阻害しない限り、他の神経発生に関わる転写因子をコードする核酸を、MN化因子又はN化因子とともに多能性幹細胞に導入してもよい。そのような転写因子として、例えば、Ascl1をコードする核酸、Brn2をコードする核酸、Myt1lをコードする核酸、及びHB9をコードする核酸等が挙げられる。
【0045】
<核酸の導入方法>
Lhx3をコードする核酸、Ngn2をコードする核酸、及びIsl1をコードする核酸を多能性幹細胞に導入する方法は特に限定されないが、例えば、以下の方法を用いることができる。
【0046】
前記核酸がDNAの形態の場合、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクターに導入した形態で、リポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって多能性幹細胞内に導入することができる。
ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクターなどが例示される。また、プラスミドベクターとしては、哺乳動物細胞用プラスミドを使用することができる。そして、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)などが挙げられる。このうち、プラスミドベクター、及び人工染色体ベクターが好ましく、最も好ましくはプラスミドベクターである。
これらのベクターには、Lhx3、Ngn2、又はIsl1遺伝子が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイトなどの制御配列を含むことができ、さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、蛍光タンパク質、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。
【0047】
他の態様として、上記ベクターには、前記遺伝子をコードする核酸を染色体内に挿入するため、又は染色体に挿入された該核酸を必要に応じて切除するために、この発現カセット(プロモーター、遺伝子配列及びターミネーターを含む遺伝子発現単位)の前後にトランスポゾン配列を有していてもよい。トランスポゾン配列として特に限定されないが、piggyBacが例示される。トランスポゾンを用いて染色体内に発現カセットを導入するためには、トランスポゼースを当該発現カセットを有するベクターと供に同細胞へ導入することが望ましい。本発明において、トランスポゼースを導入するためには、前述のベクターに当該トランスポゼースをコードする核酸を含有させてもよく、また、他のベクターに当該トランスポゼースをコードする核酸を含有させ、同時に細胞へ導入しても良い。さらに、当該トランスポゼースをコードする遺伝子産物を直接導入しても良い。本発明において、好ましいトランスポゼースは、上述のトランスポゾン配列へ対応するトランスポゼースであり、好ましくはpiggyBacトランスポゼースである。
【0048】
本発明では、Lhx3、Ngn2、及びIsl1を同時に発現させるために、該3遺伝子をポリシストロニックに発現させる様式を用いてもよい。例として、Lhx3、Ngn2、及びIsl1をコードする配列の間に、IRES又は2Aコード配列を挿入することで、該3遺伝子をポリシストロニックに発現させることができる(Nat. Biotech., 5, 589-594, 2004)。当該2Aコード配列はいずれのウイルス由来のものを用いてもよいが(J. General Virology, 89, 1036-1042, 2008)、好適には口蹄病ウイルス(FMDV)の2Aコード配列である。
【0049】
神経誘導因子がRNAの形態の場合、例えばエレクトロポレーション、リポフェクション、マイクロインジェクションなどの手法によって多能性幹細胞内に導入しても良い。
【0050】
神経誘導因子がタンパク質の形態の場合、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチド(例えば、HIV由来のTAT及びポリアルギニン)との融合、マイクロインジェクションなどの手法によって多能性幹細胞内に導入してもよい。
【0051】
<Lhx3、Ngn2、及びIsl1の発現誘導>
Lhx3をコードする核酸、Ngn2をコードする核酸、及びIsl1をコードする核酸は、誘導可能なプロモーターに機能的に接合させることで、所望の時期に、Lhx3、Ngn2、又はIsl1の発現を誘導することができる。そのような誘導可能なプロモーターとしては、薬剤応答性プロモーターを挙げることができ、その好適な例として、テトラサイクリン応答性プロモーター(tetO配列が7回連続したテトラサイクリン応答配列(TRE)を有するCMV最小プロモーター)が挙げられる。該プロモーターは、リバーステトラサイクリン制御性トランス活性化因子(rtTA;reverse tetR(rTetR)とVP16ADから構成される融合タンパク質)の発現下において、テトラサイクリン又はその誘導体が供給されることにより活性化されるプロモーターである。よって、テトラサイクリン応答性プロモーターを用いて前記遺伝子の発現誘導を行う場合には、前記活性化因子を発現する様式を併せ持つベクターを用いるとさらに好適である。前記テトラサイクリンの誘導体としては、ドキシサイクリン(doxycycline、本願では以降、DOXと略記する)を好適に用いることができる。
また、上記以外の薬剤応答性プロモーターを用いた発現誘導系としては、エストロゲン応答性プロモーターを用いた発現誘導システム(例として、WO2006/129735)、RSL1によって誘導されるプロモーターを用いたRheoSwitch哺乳類誘導性発現システム(New England Biolabs社)、cumateによって誘導されるプロモーターを用いたQ-mateシステム(Krackeler Scientific社)又はCumate誘導性発現システム(National Research Council(NRC)社)、及びエクジソン応答性配列を有するプロモーターを用いたGenoStat誘導性発現システム(Upstate cell signaling solutions社)等が挙げられる。
【0052】
上記に示されるような薬剤応答性プロモーターに基づく発現誘導システムを備えた発現ベクター(すなわち、薬剤応答性誘導ベクター)を用いる場合、当該プロモーターの活性化を誘導し得る薬剤(例えば、前記テトラサイクリン応答性プロモーターを含むベクターの場合には、テトラサイクリン又はDOX)を培地に所望の期間添加し続けることで、Lhx3、Ngn2、及びIsl1の発現を維持することができる。そして、培地から当該薬剤を除去する(例えば、該薬剤を含まない培地に置換する)ことで、前記遺伝子の発現を停止させることが可能である。
【0053】
さらに、Lhx3、Ngn2、及びIsl1の発現誘導は、当該遺伝子を構成的プロモーターに機能的でない形で接合させておき、所望の時期に当該接合状態を機能的な接合状態に変換することで誘導してもよい。このような例としては、前記構成的プロモーターと前記遺伝子をコードする配列の間に、LoxP配列で挟まれた特定の配列(例えば、薬剤耐性遺伝子をコードする配列や転写終結を誘導する配列)を配しておき、所望の時期にCreを作用させて前記LoxP配列で挟まれた配列を除去することで、前記接合状態を機能的な接合状態に変換する方法等が挙げられる。さらに、前記LoxP配列の代わりにFRT配列又はトランスポゾン配列を、前記Creの代わりにFLP(flipase)又は当該トランスポゾンを用いてもよい。なお、この目的で好適に用いることができるトランスポゾンとして、piggyBacトランスポゾンが挙げられる。
上記目的で用いることができる構成的プロモーターとしては、SV40プロモーター、 LTRプロモーター、CMV(cytomegalovirus)プロモーター、RSV(Rous sarcoma virus)プロモーター、MoMuLV(Moloney mouse leukemia virus) LTR、HSV-TK(herpes simplex virus thymidine kinase)プロモーター、EF-αプロモーター、及びCAGプロモーター等が挙げられる。
上記のようにCre、FLP、トランスポゾンを用いて接合状態を変換することで発現誘導を行った場合には、所望の期間経過後に再度Cre、FLP、トランスポゾンを作用させて前記配列(LoxP配列、FRT配列、又はトランスポゾン配列)で挟まれた配列を除去することで、前記遺伝子の発現を停止させることもできる。
また、別の態様として、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウィルスベクター、センダイウイルスベクターやプラスミド、エピソーマルベクターなどの、容易に細胞内から消失させ得るベクターを用いることで前記遺伝子の発現期間を制御することも可能である。
【0054】
運動神経細胞の製造において、導入したLhx3、Ngn2、及びIsl1の発現は、3日間以上維持されることが好ましく、4日間、5日間、6日間、7日間のいずれにおいても本発明の効果を奏することができ、特に好ましくは7日間である。当該発現を維持する期間が長期になることで運動神経細胞の製造に不利益を生じることはないが、好ましくは3日以上14日以下、特に好ましくは7日以上14日以下である。
神経細胞の製造においても同様に、導入したNgn2の発現は、3日間、4日間、5日間、6日間、7日間のいずれにおいても本発明の効果を奏することができ、長期になることで神経細胞の製造に不利益を生じることはないが、好ましくは3日以上14日以下、特に好ましくは7日以上14日以下である。
【0055】
<培養条件>
本発明において、前記Lhx3、Ngn2、及びIsl1をコードする核酸が導入された多能性幹細胞を、培養下で運動神経細胞に分化誘導する際に用いる培地としては、基本培地にレチノイン酸、SHHシグナル刺激剤、及び神経栄養因子を添加した培地(培養液)を用いることができる。そのような基本培地としては、例えば、Glasgow's Minimal Essential Medium(GMEM)培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle's Minimum Essential Medium(EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco's modified Eagle's Medium(DMEM)培地、Ham's F12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、Neurobasal Medium(ライフテクノロジーズ)及びこれらの混合培地などが包含される。基本培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。必要に応じて、培地は、例えば、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、アルブミン、トランスフェリン、アポトランスフェリン、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3'-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよく、また、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、セレン酸、プロゲステロン及びプトレシンなどの1つ以上の物質も含有することができる。
このうち、本発明において好ましい基本培地は、インスリン、アポトランスフェリン、セレン酸、プロゲステロン及びプトレシンを含有するDMEM及びF12の混合培地であり、特に好ましくは、N3培地(100 μg/ml apotransferrin、5 μg/ml insulin、30 nM selenite、20 nM progesterone及び100 nM putrescineを添加したDMEM/F12))である。そして、当該N3培地に、1μMレチノイン酸(RA)、1μM sonic hedgehog(Shh)、10ng/ml BDNF、10ng/ml GDNF、及び10ng/ml NT3を配合した培地を、運動神経細胞の分化誘導培地として特に好適に用いることができる。
なお、上記N3培地の代わりにN2培地を用いた場合には、iMNへの分化の同調性、及びALSモデルマウス由来iMNの細胞死の同調性が低下する傾向が認められる場合がある。
【0056】
本発明において、SHH(Sonic hedgehog)シグナル刺激剤とは、SHHが受容体であるPatched(Ptch1)に結合して引き起こされるSmoothened(Smo)の脱抑制及びさらに続くGli2の活性化を引き起こす物質として定義され、例えば、SHH、Hh-Ag1.5(Li, X., e t al., Nature Biotechnology, 23, 215-221, 2005))、Smoothened Agonist、SAG(N-Methyl-N-(3-pyridinylbenzyl)-N’-(3-chlorobenzo[b]thiophene-2-carbonyl)-1,4-diaminocyclohexane)、20a-hydroxycholesterol、Purmorphamine及びこれらの誘導体などが例示される(Stanton BZ, Peng LF, Mol Biosyst. 6:44-54, 2010)。
【0057】
本発明で使用されるSHHシグナル刺激剤は、好ましくは、Purmorphamineであり得る。
培養液中におけるPurmorphamineの濃度は、Gli2を活性化する濃度であれば特に限定されないが、例えば、1nM以上、10nM以上、50nM以上、100nM以上、500nM以上、750nM以上、又は1μM以上で、50μM以下、40μM以下、30μM以下、25μM以下、20μM以下、15μM以下、又は10μM以下の範囲で適宜選択することができ、通常1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μMなどで使用され得るが、これらに限定されない。好ましくは、2μMである。
【0058】
本発明において、神経栄養因子とは、運動ニューロンの生存と機能維持に重要な役割を果たしている膜受容体へのリガンドであり、例えば、Nerve Growth Factor(NGF)、Brain-derived Neurotrophic Factor(BDNF)、Neurotrophin 3(NT-3)、Neurotrophin 4/5(NT-4/5)、Neurotrophin 6(NT-6)、basic FGF、acidic FGF、FGF-5、Epidermal Growth Factor(EGF)、Hepatocyte Growth Factor(HGF)、Insulin、Insulin Like Growth Factor 1(IGF 1)、Insulin Like Growth Factor 2(IGF 2)、Glia cell line-derived Neurotrophic Factor(GDNF)、TGF-b2、TGF-b3、Interleukin 6(IL-6)、Ciliary Neurotrophic Factor(CNTF)及びLIFなどが挙げられる。本発明において好ましい神経栄養因子は、GDNF、及びBDNFから成るグループより選択される因子である。
【0059】
本発明において、前記Ngn2をコードする核酸が導入された多能性幹細胞を、培養下で神経細胞に分化誘導する際に用いる培地としては、基本培地のみ、又は、神経栄養因子を添加した基本培地を用いることができる。そのような基本培地としては、例えば、Glasgow's Minimal Essential Medium(GMEM)培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle's Minimum Essential Medium(EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco's modified Eagle's Medium(DMEM)培地、Ham's F12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、Neurobasal Medium(ライフテクノロジーズ)及びこれらの混合培地などが包含される。基本培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。必要に応じて、培地は、例えば、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、アルブミン、トランスフェリン、アポトランスフェリン、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3'-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよく、また、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、セレン酸、プロゲステロン及びプトレシンなどの1つ以上の物質も含有してもよい。
このうち、B27サプリメントを含有するNeurobasal Medium、又は、インスリン、アポトランスフェリン、セレン酸、プロゲステロン及びプトレシンを含有するDMEM及びF12の混合培地を基本培地として好適に用いることができる。
本発明の方法においては、神経細胞の分化誘導の際に、マウス細胞、特に、マウスのグリア細胞と共培養しなくとも神経細胞に誘導可能である。よって、夾雑物を混入させないことを目的として、マウス細胞との共培養を行わないことが望ましい。
【0060】
本発明の運動神経細胞及び神経細胞の分化誘導を行う際の培養温度は、特に限定されないが、約30〜40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO2濃度は、好ましくは約2〜5%である。
【0061】
<神経筋接合部を含有する細胞培養物>
本発明において、多能性幹細胞から運動神経細胞を製造する工程において、筋管細胞を混在させることで、筋管細胞と運動神経細胞とが接着した神経筋接合部を有する細胞培養物を得ることができる。神経筋接合部とは、運動神経細胞の突起末端よりアセチルコリンが放出され、筋管細胞に存在する受容体が受け取ることができる構造を意味する。神経筋接合部の存在は、例えば、免疫染色や蛍光顕微鏡観察を行い、運動神経細胞が発現するシナプス小胞タンパク質(例えば、SV2)と筋管細胞が発現するアセチルコリン受容体が共局在することによって確認することができる。当該神経筋接合部を含有する細胞培養物は、神経筋接合部の形成不全によって引き起こされる病態(例えば、重症筋無力症及びLambert-Eaton筋無力症)の病態のモデル系として、非常に有用である。
【0062】
<外来性核酸が染色体内に挿入された多能性幹細胞>
本発明により、Lhx3をコードする核酸、Ngn2をコードする核酸、及びIsl1をコードする外来性の核酸が染色体内に挿入された多能性幹細胞が提供される。当該核酸は誘導可能なプロモーターの制御下にあることが好ましく、より好ましくは、薬剤応答性プロモーターの制御下である。当該多能性幹細胞は、前記プロモーターが応答する薬剤と接触させることにより、迅速且つ同調して運動神経細胞へと分化し得る細胞である。
また、本発明により、Ngn2をコードする外来性の核酸が染色体内に挿入された多能性幹細胞が提供される。当該核酸は誘導可能なプロモーターの制御下にあることが好ましく、より好ましくは、薬剤応答性プロモーターの制御下である。当該当該多能性幹細胞は、前記プロモーターが応答する薬剤と接触させることにより、迅速且つ同調して神経細胞へと分化し得る細胞である。
これらの外来性核酸が染色体内に挿入された多能性幹細胞は、未分化能と高い増殖能を維持しており、前記形質を保持したまま増殖させることできる。さらに凍結保存を行っても前記形質が失われないことから、細胞株として安定に維持することが可能である。
前記外来性核酸が染色体内に挿入された多能性幹細胞が神経変性疾患患者に由来する場合には、該疾患の治療薬のスクリーニング系として好適に用いることができる。また、健常人に由来する場合には、運動神経変性疾患又は神経損傷の治療用組成物として、又はヒト由来運動神経細胞/神経細胞を保持するモデル動物の作製に好適に用いることができる。以下、各用途について詳述する。
【0063】
<筋萎縮性側索硬化症の治療薬のスクリーニング方法>
本発明では、次の工程(1)−(5)を含む筋萎縮性側索硬化症の治療薬をスクリーニングする方法を提供する。
(1)筋萎縮性側索硬化症患者から単離した体細胞から製造した人工多能性幹細胞から、前述の方法によって運動神経細胞を製造する工程、
(2)前記工程(1)で得られた運動神経細胞を、被験物質と接触させる工程、
(3)前記工程(2)で前記被験物質と接触させた運動神経細胞、及び前記被験物質を接触させなかった運動神経細胞(すなわち、対照細胞)を培養する工程、
(4)前記工程(3)で得られた運動神経細胞の細胞数及び/又は神経突起長を測定する工程、
(5)前記被験物質と接触させた運動神経細胞の細胞数及び/又は神経突起長が、対照よりも高値であった被験物質を、筋萎縮性側索硬化症の治療薬として選択する工程。
【0064】
本発明では、筋萎縮性側索硬化症患者に由来する多能性幹細胞として、家族性及び弧発性の患者に由来する多能性幹細胞を用いることができる。このうち、好適には家族性の患者に由来する多能性幹細胞であり、特に好適には、SOD1遺伝子に変異を有する家族性の患者由来多能性幹細胞である。
【0065】
本発明において、被験物質(すなわち、候補薬剤)は、例えば、細胞抽出物、細胞培養上清、微生物発酵産物、海洋生物由来の抽出物、植物抽出物、精製タンパク質又は粗タンパク質、ペプチド、非ペプチド化合物、合成低分子化合物、及び天然化合物が例示される。
また、本発明において、被験物質は、(1)生物学的ライブラリー、(2)デコンヴォルーションを用いる合成ライブラリー法、(3)「1ビーズ1化合物(one-bead one-compound)」ライブラリー法、及び(4)アフィニティクロマトグラフィ選別を使用する合成ライブラリー法を含む当技術分野で公知のコンビナトリアルライブラリー法における多くのアプローチのいずれかを使用して得ることができる。アフィニティクロマトグラフィー選別を使用する生物学的ライブラリー法はペプチドライブラリーに限定されるが、その他のアプローチはペプチド、非ペプチドオリゴマー、又は化合物の低分子化合物ライブラリーに適用できる(Lam(1997) Anticancer Drug Des. 12: 145-67)。分子ライブラリーの合成方法の例は、当技術分野において見出され得る(DeWitt et al.(1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90: 6909-13; Erb et al.(1994) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 91: 11422-6;Zuckermann et al.(1994) J. Med. Chem. 37: 2678-85; Cho et al.(1993) Science 261: 1303-5; Carell et al.(1994) Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 33: 2059; Carell et.al.(1994) Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 33: 2061; Gallop et al.(1994) J. Med. Chem. 37: 1233-51)。化合物ライブラリーは、溶液(Houghten(1992) Bio/Techniques 13: 412-21を参照のこと)又はビーズ(Lam(1991) Nature 354: 82-4)、チップ(Fodor(1993) Nature 364: 555-6)、細菌(米国特許第5,223,409号)、胞子(米国特許第5,571,698号、同第5,403,484号、及び同第5,223,409号)、プラスミド(Cull et al.(1992) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 89: 1865-9)若しくはファージ(Scott and Smith(1990) Science 249: 386-90; Devlin(1990) Science 249: 404-6; Cwirla et al.(1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87: 6378-82; Felici(1991) J. Mol. Biol. 222: 301-10; 米国特許出願公開第2002/0103360号)として作製され得る。
【0066】
本発明の筋萎縮性側索硬化症の治療薬のスクリーニング方法において用いられる、運動神経細胞は、他の細胞種と混合した状態で用いられても良い。
運動神経細胞の細胞数は、当業者に公知の方法を用いて免疫染色を行い、HB9、β-III tubulin、ChAT等の神経細胞又は運動神経細胞のマーカー遺伝子を発現する細胞の数として計測することができ、細胞画像解析装置(インセルアナライザー)を用いて自動的に計測してもよい。また、当該細胞数は、死細胞の数の逆数として算出してもよい。死細胞の数の測定は、例えば、LDHの活性を測定する方法、MTT 法、WST-1法、WST-8法を用いて吸光度を測定する方法、又は、TO(thiazole orange) 、PI( propidium iodide)、7AAD、カルセインAM、又はエチジウムホモダイマー1(EthD-1)を用いて染色し、フローサイトメーターを用いて計数する方法等によって行うことができ、さらに細胞画像解析装置(インセルアナライザー)を用いて自動的に行うこともできる。
本発明においては、前記被験物質と接触させた運動神経細胞の細胞数及び/又は神経突起長が、前記対照細胞の細胞数及び/又は神経突起長と比べて、1.5倍以上、1.6倍以上、1.7倍以上、1.8倍以上、1.9倍以上、2倍以上、2.5倍以上又は3倍以上である場合に“高値”と判断してもよい。なお、本願における前記対照細胞には、被験物質と接触させなかった運動神経細胞、及び有効性がないことが確認されている薬剤を接触させた運動神経細胞が包含される。
【0067】
本発明において、前記工程(3)における培養は、前記被験物質の存在下で行ってよい。当該培養期間は、前記対照細胞において細胞数が測定可能であれば特に限定されないが、例えば、1日以上、2日以上、3日以上、4日以上、5日以上、6日以上、7日以上、8日以上、9日以上又は10日以上が挙げられ、特に好ましくは、7日である。
【0068】
神経突起の長さを測定する方法は、目視によって行うこともでき、また、細胞画像解析装置(インセルアナライザー)等を用いて測定してもよい。このとき、神経突起長は、神経突起の画像上における面積として測定してもよい。また、運動神経細胞を特異的に認識できるように、前記工程(1)の多能性幹細胞に、HB9のプロモーターの下流に蛍光物質(例えば、GFPなど)を発現させるベクターを導入した後、前記工程(2)−(5)を行ってもよい。
【0069】
<アルツハイマー型認知症の治療薬をスクリーニング方法>
本発明では、次の工程を含むアルツハイマー型認知症の治療薬をスクリーニングする方法を提供する。
(1)アルツハイマー型認知症患者から単離した体細胞から製造した人工多能性幹細胞から、前述の方法によって神経細胞を製造する工程、
(2)前記工程(1)で得られた神経細胞を、被験物質と接触させる工程、
(3)前記工程(2)で前記被験物質と接触させた神経細胞、及び接触させなかった神経細胞(すなわち、対照細胞)を培養し、培地中のAβ42の含有量を測定する工程、
(4)前記被験物質と接触させた神経細胞の培地中のAβ42の含有量が、前記対照細胞の培地中のAβ42の含有量よりも低値であった被験物質を、アルツハイマー型認知症の治療薬として選択する工程。
【0070】
本発明では、アルツハイマー型認知症患者に由来する多能性幹細胞として、家族性及び弧発性の患者に由来する多能性幹細胞を用いることができる。このうち、好適には家族性の患者に由来する多能性幹細胞であり、特に好適には、プレセニリン1遺伝子に変異を有する家族性の患者由来多能性幹細胞である。
【0071】
本発明において、培養上清のAβ42を測定する方法は、当業者に汎用されている方法を用いて行うことができ、特に限定されないが、回収した培養上清を用いてELISA法によって計測することによって行ってもよく、例えば、MSD Abeta 3 plex(38, 40, 42)assay plate(Meso Scale Discovery)、ヒト/ラットβアミロイド(42)ELISAキットワコー(WAKO)などを用いて行う方法が挙げられる。
その際、Aβ42の測定値を指標として用いてもよく、Aβ40の値で除した値(Aβ42/Aβ40)を指標として用いてもよい。培養上清の回収は、例えば、培地交換後、2日間培養した上清を用いてもよい。
アルツハイマー型認知症の治療剤の被験物質(すなわち、候補薬剤)としては、上述した筋萎縮性側索硬化症治療薬のスクリーニング方法における被験物質と同様の物質を用いることができる。
【0072】
<運動神経変性疾患又は神経損傷の治療用組成物>
健常人に由来し、且つ、本発明に係る方法によって外来性核酸(Lhx3をコードする核酸、Ngn2をコードする核酸、及びIsl1をコードする核酸が2A配列を介して結合され、且つ、薬剤応答性プロモーターに機能的に接合された外来性の核酸)が染色体内に組み込まれた多能性幹細胞、及び該多能性幹細胞を分化誘導することで得られる運動神経細胞(途中の分化段階のものも含む)は、運動神経変性疾患又は神経損傷の治療用組成物(移植療法剤)として用いることができる。好適な対象疾患は、運動神経細胞が欠損又は損傷することによって引き起こされる疾患であり、例えば、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脊髄性筋萎縮症(SMA)、及び球脊髄性筋萎縮症等が挙げられる。
上記治療用組成物として用いる細胞は、移植後の組織内での生着率の高さから、前記多能性幹細胞及び/または運動神経細胞への分化途中の細胞が好ましく、特に好ましくは前記多能性幹細胞である。
【0073】
本発明に係る治療用組成物は、前記多能性幹細胞及び/又は運動神経細胞を常套手段にしたがって医薬上許容される担体と混合するなどして、注射剤、懸濁剤、点滴剤等の非経口製剤として製造することができる。当該非経口製剤に含まれ得る医薬上許容される担体としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液(例えば、D-ソルビトール、D-マンニトール、塩化ナトリウムなど)などの注射用の水性液を挙げることができる。当該製剤は、例えば、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカインなど)、安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコールなど)、保存剤、酸化防止剤などと配合してもよい。例えば、水性懸濁液剤として製剤化する場合には、上記水性液に約1×10〜1×108細胞/mLとなるように、前記細胞を懸濁させればよい。
【0074】
前記治療用組成物の移植は、例えば、上記水性懸濁液剤を神経変性又は神経損傷の病変部に注入して行うことができる。投与される細胞数は病変の程度等により適宜変更され得るが、例えば、ヒトALS患者の場合、約1×10〜1×108細胞を投与することができる。そして、当該移植患者に対し、前記薬剤応答性プロモーターが応答する薬剤を投与することにより、前記多能性幹細胞及び/又は(分化途中の)運動神経細胞が病変部位で運動神経細胞へと変換されて治療を行うことができる。例えば、薬剤応答性プロモーターとしてテトラサイクリン応答性プロモーターを用いた場合には、該プロモーターの活性化に十分且つ医薬上許容される量のテトラサイクリン又はDOXを、前記移植と同時又は移植前から投与することにより、効果的に行うことができる。テトラサイクリン又はDOXは、注射剤、懸濁剤、点滴剤等の非経口製剤、又は経口製剤として投与してもよい。
【0075】
さらに、上記移植治療は薬物療法と併用してもよい。併用薬としては、例えば対象疾患がALSの場合には、既存のALS治療薬であるリルゾール(商品名:リルテック(登録商標)(サノフィ社))や、WO2012/029994に記載の1,3-ジフェニル尿素誘導体又はマルチキナーゼ阻害剤、WO2011/074690に記載のHMG-CoA還元酵素阻害剤、あるいは、アナカジン酸(Egawa, N et al, Sci Transl Med.4(145):145ra104.doi:10.1126)等を挙げることができる。これらの薬剤は、例えば、ALSの治療に通常使用される投与量・投与経路で使用することができる。
【0076】
同様に、健常人に由来し、且つ、本発明に係る方法によって外来性核酸(Ngn2をコードする核酸が薬剤応答性プロモーターに機能的に接合された外来性の核酸)が染色体内に組み込まれた多能性幹細胞、及び該多能性幹細胞を分化誘導することで得られる神経細胞(途中の分化段階のものも含む)は、神経変性疾患又は神経損傷の移植療法剤として利用することができる。好適な対象疾患は、アルツハイマー型認知症等が挙げられる。当該多能性幹細胞及び/又は運動神経細胞は、前述した外来性核酸(Lhx3をコードする核酸、Ngn2をコードする核酸、及びIsl1をコードする核酸が2A配列を介して結合され、且つ、薬剤応答性プロモーターに機能的に接合された外来性の核酸)が染色体内に組み込まれた多能性幹細胞及び/又は運動神経細胞と同じ態様で、前記疾患又は神経損傷の移植療法剤として利用することができる。
【0077】
<外来性核酸が染色体内に挿入された多能性幹細胞から得られる血球細胞>
本発明において、運動神経細胞及び神経細胞を製造するにあたり、上述した薬剤応答性プロモーターにて発現を誘導することができる運動神経誘導因子又は神経誘導因子を導入した多能性幹細胞を体細胞に分化誘導した後、前記薬剤応答性プロモーターに対応する薬剤と接触させることによって、運動神経細胞及び神経細胞を製造しても良い。分化誘導させる体細胞は特に限定されないが、マイクログリア細胞、血球細胞など遊走能を有する細胞であることが望ましい。特に好ましくは、単球及び/又はマクロファージである。
本発明では、前記外来性核酸(Lhx3をコードする核酸、Ngn2をコードする核酸、及びIsl1をコードする核酸が2A配列を介して結合され、且つ、薬剤応答性プロモーターに機能的に接合された外来性の核酸)を染色体内に含む多能性幹細胞から誘導された血球細胞を提供する。当該血球細胞は、前記プロモーターが応答する薬剤と接触させることにより、運動神経細胞へと変換することができる細胞である。血球細胞、特に炎症細胞は、運動神経変性疾患又は神経損傷の病変部に浸潤し、運動神経細胞の欠損部位に集積する性質があるので、当該欠損部位で運動神経に変換させることにより、効果的に運動神経細胞を補充することができる。
よって、健常人に由来し、且つ、前記外来性核酸(Lhx3をコードする核酸、Ngn2をコードする核酸、及びIsl1をコードする核酸が2A配列を介して結合され、且つ、薬剤応答性プロモーターに機能的に接合された外来性の核酸)を染色体内に含む多能性幹細胞から分化誘導された血球細胞は、運動神経変性疾患又は神経損傷の移植療法剤として、非常に有益である。対象となる運動神経変性疾患は、運動神経細胞が欠損又は損傷することによって引き起こされる病態を有するものであり、例えば、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脊髄性筋萎縮症(SMA)、及び球脊髄性筋萎縮症が挙げられる。
【0078】
本発明において、血球細胞としては、単球、マクロファージ、好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球が例示される。好ましくは、単球又はマクロファージである。
【0079】
血球細胞を誘導する方法としては、当業者に周知の方法を用いることができ、例えば、Senju et al. Stem Cells, 27:1021-1031, 2009、WO2006/022330、WO2012/074106、Saeki K et al., Stem Cells. 27:59-67, 2009、Nishimura T et al. Cell Stem Cell. 12:114-126, 2013に記載の方法を用いることができる。
また、特に限定されないが、OP9細胞(Nakano T, et al. Science 265:1098-1101, 1994)上で当該多能性幹細胞を培養する、又は、胚様体を形成し、培養液中へ産出された血球細胞を採取し、各マーカー(例、CD68、CD14、CD11c、CD11b、CD32、CD43、CD69、CD44、CD154、CD19、CD20、CD4、CD8等)を指標として所望する血球細胞を単離することによって得ることができる。本発明において、好ましい血球細胞は、くは、少なくともCD14を発現する単球及び/又はマクロファージであり、例えば、WO2012/115276に記載の方法を適宜参照して、製造することができる。より好ましくは、多能性幹細胞を骨髄由来間質細胞と共培養し、さらに幹細胞因子、マクロファージ−コロニー刺激因子、及びインターロイキン−3存在下で培養する方法である。
【0080】
上記のようにして得られた血球細胞は、前述の水性液に懸濁させて非経口製剤として、例えば静脈内注射や動脈内注射によって患者の体内に投与することができる。そして、前述と同様に、当該投与患者に前記薬剤応答性プロモーターが応答する薬剤を投与することにより、前記血球細胞が運動神経細胞へと変換されて治療を行うことができる。例えば、薬剤応答性プロモーターとしてテトラサイクリン応答性プロモーターを用いた場合には、前述と同様の態様でテトラサイクリン又はDOXを投与することができるが、病変部位特異的に運動神経細胞を補充することを期待して、該部位に局所投与してもよい。さらに、前記血中に投与された血球細胞が病変部位(運動神経細胞の欠損部位)に集積するのに要する期間を経た後に、該病変部位に局所投与してもよい。
前記血球細胞を有効成分として含む治療用組成物は、必要に応じて複数回投与してもよく、あるいは自体公知の手法を用いて、持続放出可能な製剤形態に調製して用いることもできる。また、前述と同様に、他の神経変性疾患又は神経損傷の治療薬と適宜併用してもよい。
【0081】
現在、ALS治療薬として認可された薬剤は、リルゾールのみである。近年、リルゾールが、cAMP応答配列(CRE)結合タンパク質(CREB)のリン酸化を促進して、グリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)遺伝子のプロモーター(CREを有するプロモーター)を活性化し、該遺伝子の発現を誘導することが報告された(Tsuchioka, M et al, Brain Res. 1384: 1-8 2011)。よって、本発明において、薬剤応答性プロモーターとして前記CREを1以上有するプロモーターを使用して、MN化因子をコードする核酸が該プロモーターに機能的に接合された外来性の核酸が染色体内に挿入された多能性幹細胞を作製すれば、該多能性幹細胞をリルゾールと接触させることでMN化因子が発現誘導されることが期待される。従って、そのような多能性幹細胞、及び該細胞から分化させた血球細胞を有効成分として含む治療用組成物を作製すれば、ALS患者に対し、当該治療用組成物とリルゾールの併用によって(テトラサイクリンのような薬剤を追加することなく)運動神経細胞が補充されて治療効果を奏することが期待できる。
【0082】
<ヒト由来運動神経細胞/神経細胞を保持するモデル動物>
本発明では、運動神経細胞及び神経細胞を製造するにあたり、上述した薬剤応答性プロモーターにて発現を誘導することができる運動神経誘導因子又は神経誘導因子を導入した多能性幹細胞を動物体内に導入する工程をさらに含み、該動物体内で前記薬剤応答性プロモーターに対応する薬剤と接触させることによって、動物体内で運動神経細胞及び神経細胞を製造しても良い。本発明において、動物とは、哺乳動物であり、より好ましくは、ヒト、マウス、ラット等の哺乳動物である。
そして、本発明では、前述した手法に従って、前記外来性核酸が染色体内に組み込まれた多能性幹細胞、及び該多能性幹細胞から分化誘導して得られる細胞を動物に移植することにより、ヒト由来運動神経細胞又は神経細胞が生着した動物を作製することができる。当該動物は、薬物や外的ストレスがヒト運動神経細胞又は神経細胞に及ぼす影響をより自然な状態で解析するための好適なモデル動物である。
【0083】
<治療効果特異的マーカーの同定方法>
本発明は、運動神経変性疾患又は神経損傷の治験薬に対して治療効果が認められた被験者(すなわち、応答者)又は治療効果が認められなかった被験者(すなわち、非応答者)に特異的なマーカーを同定する方法または検出する方法を提供する。
【0084】
本方法では、次の(1)から(4)の工程を含む方法によって成し得る;
(1)前記応答者及び非応答者から単離した体細胞から、人工多能性幹細胞を製造する工程、
(2)前記工程(1)で得られた人工多能性幹細胞から、上述の方法によって、運動神経細胞を製造する工程、
(3)前記工程(2)で得られた応答者に由来する運動神経細胞と非応答者に由来する運動神経細胞の遺伝子産物の発現を測定する工程、及び
(4)応答者に由来する運動神経細胞において、非応答者より発現量が多い遺伝子産物を応答者に特異的なマーカーとして同定する工程、又は、応答者に由来する運動神経細胞において、非応答者より発現量が少ない遺伝子産物を非応答者に特異的なマーカーとして同定する工程。
【0085】
本発明において特異的なマーカーとは、治療効果が認められた被験者と治療効果が認められなかった被験者とを区別することが可能である、対象細胞(ここでは、応答者に由来する運動神経細胞)において対象細胞と比して発現量が異なる遺伝子産物であり、当該遺伝子産物としては、mRNA、MicroRNA、又はタンパク質が例示される。本発明において、遺伝子産物は、任意の遺伝子産物であってよく、mRNAとして、例えば、遺伝子発現差異解析に用いられるDNAマイクロアレイチップに搭載されているmRNAが例示される。DNAマイクロアレイチップは、アジレント社、GEヘルスケアバイオサイエンス社等から市販されているものが例示される。タンパク質として、細胞表面タンパク質が例示され、このようなタンパク質として、日本BD社から販売されているBD Lyoplate(登録商標)に含有されているタンパク質が例示される。
【0086】
運動神経変性疾患又は神経損傷の治験薬とは、運動神経変性疾患又は神経損傷に対して治療効果が認められると想定される任意の薬剤であり、例えば、リルゾール、ペントキシフィリン、ベラパミル、アザチオプリン、トピラマート、アマンタジン、アセチルシステイン、フィソスチミン、ビタミンC、シクロスポリン、セレコキシブ、グアニジン、ラモトリギン、ミノサイクリン、チロロン、ガバペンチン、ケンパウロンが挙げられるが、これらに限定されない。
【0087】
本発明において、遺伝子産物の発現を測定にあたっては、当業者に公知の方法によって行うことができ、例えば、PCR、ノーザンブロット法、ウェスタンブロット法、免疫染色法、マイクロアレイ法等が挙げられる。
【0088】
本発明はさらに、アルツハイマー型認知症の治験薬に対して治療効果が認められた被験者(すなわち、応答者)又は治療効果が認められなかった被験者(すなわち、非応答者)に特異的なマーカーを同定する方法を提供する。
【0089】
本方法では、次の(1)から(4)の工程を含む方法によって成し得る;
(1)前記応答者及び非応答者から単離した体細胞から、人工多能性幹細胞を製造する工程、
(2)前記工程(1)で得られた人工多能性幹細胞から、上述の方法によって、神経細胞を製造する工程、
(3)前記工程(2)で得られた応答者に由来する神経細胞と非応答者に由来する神経細胞の遺伝子産物の発現を測定する工程、及び
(4)応答者に由来する運動神経細胞において、非応答者より発現量が多い遺伝子産物を応答者に特異的なマーカーとして同定する工程、又は、応答者に由来する運動神経細胞において、非応答者より発現量が少ない遺伝子産物を非応答者に特異的なマーカーとして同定する工程。
【0090】
アルツハイマー型認知症の治験薬とは、アルツハイマー型認知症に対して治療効果が認められると想定される任意の薬剤であり、例えば、塩酸ドネベシル、メマンチン、ガランタミン等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0091】
<治療薬が有効である対象を選別する方法>
本発明は、さらに、前述の治療効果特異的マーカーを用いて当該対応する治療薬が有効である対象を選別する方法を提供する。
【0092】
本発明において、治療薬が有効である対象を選別する方法は、以下の工程(1)−(3)を含むことを特徴とする;
(1)被験者から単離した体細胞から、人工多能性幹細胞を製造する工程、
(2)前記工程(1)で得られた人工多能性幹細胞から、上述の方法によって、運動神経細胞を製造する工程、
(3)前記工程(2)で得られた運動神経細胞において、上述の方法によって同定された応答者及び/又は非応答者に特異的なマーカーを検出する工程、及び
(4)前記応答者に特異的なマーカーが検出された運動神経細胞、又は前記非応答者に特異的なマーカーが検出されなかった運動神経細胞が由来する被験者を、対応する治療薬が有効である対象として選別する工程。
【0093】
本発明はさらに、アルツハイマー型認知症に対する治療薬が有効である対象を選別する方法;
(1)被験者から単離した体細胞から、人工多能性幹細胞を製造する工程、
(2)前記工程(1)で得られた人工多能性幹細胞から、上述の方法によって、神経細胞を製造する工程、
(3)前記工程(2)で得られた運動神経細胞において、上述の方法によって同定された応答者及び/又は非応答者に特異的なマーカーを検出する工程、及び
(4)前記応答者に特異的なマーカーが検出された神経細胞、又は前記非応答者に特異的なマーカーが検出されなかった神経細胞が由来する被験者を、対応する治療薬が有効である対象として選別する工程。
【実施例】
【0094】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、本願では以降、テトラサイクリンに応答してLhx3、Ngn2、及びIsl1を発現するベクターを“テトラサイクリン誘導性MN化因子発現ベクター”、テトラサイクリンに応答してNgn2を発現するベクターを“テトラサイクリン誘導性N化因子発現ベクター”と呼ぶ場合がある。そして、当該ベクターにおいて、2つのFrt配列又はトランスポゾン配列で挟まれた領域を各々、MN化因子発現カセット領域、N化因子発現カセット領域、と呼び、当該領域が染色体内に挿入された細胞を各々、MN化因子導入細胞、N化因子導入細胞と呼ぶ場合がある。
また、以下の実施例において、テトラサイクリン応答性プロモータの活性化を誘導することを目的として培地に添加したdoxycycline(以降、DOXと略記する)の濃度は、特に断りがない限り終濃度1μg/mlである。
【0095】
[実施例1:マウス由来多能性幹細胞からの運動神経細胞(iMN)の製造]
前述したように、多能性幹細胞からiMNを製造する方法としては、多能性幹細胞から約10日かけて分化させた神経前駆細胞に、Lhx3、Ngn2、及びIsl1遺伝子をアデノウィルスベクターを用いて導入・発現させることで、神経前駆細胞から約11日でiMNを得る方法が報告されている(非特許文献4)。上記3種類の遺伝子のうちLhx3及びIsl1は、従来法で多能性幹細胞から運動神経細胞を分化誘導する過程では、神経前駆細胞より後の分化段階で発現が誘導される転写因子である(非特許文献4)。
よって、未分化な細胞内ではこれらの転写因子が本来の機能を発揮できない可能性が十分考えられたが、マウス由来ES細胞に導入してその効果を調べてみることにした。
【0096】
マウス由来ES細胞には、ColA1座の下流にFrt配列を有し、内在性のR26プロモーターの制御下でリバーステトラサイクリン制御性トランス活性化因子であるM2rtTAを発現するKH2株を用いた(Beard C, et al., Genesis 2006;44:23-28)。そして、pDEST31発現ベクター(Invitrogen Life Technologies社製)をベースとして、Lhx3、Ngn2、及びIsl1をコードする核酸が2A配列を介して連結され、さらにIRES配列を介してmCherryも連結された核酸が、テトラサイクリン応答性プロモーターに機能的に接合されたテトラサイクリン誘導性MN化因子発現ベクターを作製した(図1AにFRT配列で挟まれる領域のみを示す)。当該ベクターはテトラサイクリンに応答してLhx3、Ngn2、Isl1、及びmCherryをポリシストロニックに発現するベクターである。そして、当該4遺伝子を含む発現カセットの前後にFrt配列を有するため、当該ベクターをflipaseをコードする核酸とともにKH2細胞に導入することで、前記2つのFrt配列で挟まれた領域(すなわち、MN化因子発現カセット領域)が該細胞の染色体内に挿入された細胞を容易に得ることができる。
このベクターを293T細胞にリポフェクション法で導入し、DOXを培地に添加して24時間後に解析した結果、DOX添加によってLhx3、Ngn2、及びIsl1タンパク質の発現が誘導されることが確認された(図1B)。
【0097】
・マウス由来ES細胞へのDNA導入
前記ベクターをflipaseをコードする核酸とともにKH2細胞にエレクトロポレーション法で導入し、前記MN化因子発現カセット領域が染色体内に組み込まれたKH2細胞(すなわち、MN化因子導入マウスES細胞)を選別した。当該細胞をMEF(マウス胎児繊維芽細胞)フィーダー細胞上でマウスES細胞用培地(15%FBS、LIF、β-mercaptoethanol、L-glutamine、nonessential amino acids及びpenicillin/streptomycinを添加したDMEM)を用いて培養し、免疫染色を行ったところ、未分化マーカー遺伝子(NANOG及びSSEA1)の発現が観察され(図1C)、多能性を保持していることが確認された。また、DOX添加群特異的にmCherryの蛍光が観察され(図1D)、DOX添加に遺伝子発現が誘導されることが確認された。さらに、DOX添加によってLhx3、Ngn2、及びIsl1のmRNA合成が誘導されることも確認された(図1E)。
【0098】
・Lhx3、Ngn2、及びIsl1遺伝子の発現誘導
前記MN化因子導入マウスES細胞に対し、図1Fに示した工程に従って、Lhx3、Ngn2、及びIsl1の発現誘導を行った。当該細胞を0.25% trypsinを用いて解離させた後、マトリゲルコートディッシュ上へ播種し、DOXを含有する培地(すなわち、1μg/ml DOX、1μMレチノイン酸(RA)、1μM sonic hedgehog(Shh)、10ng/ml BDNF、10ng/ml GDNF及び10ng/ml NT3を含有するN3培地(100 μg/ml apotransferrin、5 μg/ml insulin、30 nM selenite、20 nM progesterone及び100 nM putrescineを添加したDMEM/F12))中で培養することで前記3遺伝子の発現を誘導した。誘導開始から36時間後には、神経細胞様に形態変化した細胞が認められた。そして、72時後には、神経細胞マーカー(β-III tubulin及びMAP2)に加えて、運動神経細胞マーカー(HB9及びChAT)を発現し、且つ、形態的にも成熟した細胞が多数観察された(図1G)。HB9及びChATの発現をリアルタイムPCR法で解析したところ、DOX添加によってそれらの発現量が増大することが確認された(図1H)。
従って、マウス由来多能性幹細胞に、Lhx3、Ngn2、及びIsl1遺伝子を導入して発現を誘導すると、僅か3日で、運動神経細胞特異的なタンパク質を発現し、形態的にも成熟した神経細胞(iMN)が得られることが明らかとなった。
【0099】
・運動神経細胞の誘導条件の検討
本発明において運動神経細胞の誘導により適した条件を探すため、DOXを含有させる培地の検討を行った。前記MN化因子導入マウスES細胞を、下記4種類の培地にDOXを添加又は非添加して3日間培養した後、β-III tubulin陽性細胞数を計測した。
(1)10% KSRを含有するDMEM/F12培地
(2)10% KSR、1μM RA及び1μM Shhを含有するDMEM/F12培地
(3)N3培地
(4)1μM RA及び1μM Shhを含有するN3培地
その結果、(4)の培地にDOXを添加した場合に、β-III tubulin陽性細胞数が最も多くなることが明らかとなった(図2A)。よって、以降の実施例において運動神経細胞を培養下で分化誘導する場合には、特に断りがない限り、当該(4)の培地に10ng/ml BDNF、10ng/ml GDNF、及び10ng/ml NT3を添加した培地を用いることとし、さらにDOX(特に断りが無い限り、1μg/ml)を添加した培地を“DOX含有培地”と呼ぶことにした。
【0100】
さらに、DOXを添加する期間の検討も行った(図2B)。前記MN化因子導入マウスES細胞を前記DOX含有培地中で3日間培養した後、DOX不含培地又はDOX含有培地に置換してさらに4日間培養を行い、HB9、ChAT、Isl1の発現量をリアルタイムPCR法で解析した。Isl1については、内在性mRNAのみを検出することができないので、内在性mRNAと外来性mRNA(前記MN化因子発現カセット領域から転写されるmRNA)の総和(図2C中の“Isl1”)、又は外来性mRNAのみ(図2C中の“2A-Isl1”)を各々解析した。その結果(図2C)、運動神経細胞のマーカー遺伝子(HB9、ChAT、及びIsl1)の発現量は、DOXを3日間だけ添加した細胞群(dox withdraw)と7日間継続して添加した細胞群(dox(+))とで有意差はなく、4日目以降DOXの添加をやめても運動神経細胞のマーカー遺伝子の発現は低下しないことが確認された。これに対し、“2A-Isl1”の発現量は、DOXを3日間だけ添加した細胞群(dox withdraw)では大幅に低下することがわかり、培地からDOXを除去することで前記ベクターからのMN化因子の発現は速やかに停止することが確認された。
よって、多能性幹細胞を運動神経細胞へ分化誘導するためにLhx3、Ngn2、及びIsl1遺伝子の発現を誘導する期間は、3日で十分であることがわかった。
【0101】
・iMNの性質評価
上記方法によってマウスES細胞から作製した運動神経細胞(iMN)の機能を評価するために、C2C12細胞(マウス横紋筋由来細胞株、Science, 230, 758-, 1985)とのシナプス形成能を解析した。C2C12細胞は、0.5% FBS、10 μg/ml insulin、5.5 μg/ml apotransferrin、30 nM selenite及び1mM L-glutamineを含有するDMEM/F12中で7日間培養することで、筋管へ誘導したものを用いた。当該筋管の培養系に、前記MN化因子導入マウスES細胞を(該筋管の上に)播種し、DOX含有培地で培養して運動神経細胞への分化誘導を行った。免疫染色の結果、iMNから伸びたsynaptic vesicle protein 2(SV2)陽性の神経突起が、α-bungarotoxinで標識されたアセチルコリン受容体と共局在することが確認された(図3A)。このことは、本発明の方法によってマウス多能性幹細胞から作製した運動神経細胞(iMN)が、筋肉細胞とシナプスを形成(すなわち、神経筋接合部を形成)できることを示す結果である。さらに、カルシウムイメージング法を用いてC2C12細胞のカルシウム流入量を測定したところ、iMNと共培養させた場合にのみ、カルシウム流入量が有意に増加することが確認された(図3B)。
よって、マウス由来多能性幹細胞から本発明に係る方法で得られるiMNは、本来の運動神経細胞と同様に、筋肉細胞との間で機能的なシナプスを形成する能力を備えていることが示された。
【0102】
次に、運動神経細胞に分化した細胞を視覚化できる系を作製して、iMNの電気生理学的性質を解析した。前記MN化因子導入マウスES細胞に、HB9遺伝子のプロモーターにGFP遺伝子のコード配列を機能的に連結させたDNA断片(HB9::GFP、詳細は、Lee SK, et al., Development, 131, 3295, 2004を参照)をpiggyBacトランスポゾンを用いて導入し、HB9プロモーターの活性化に連動してGFPを発現するようにした。この細胞に対し、DOXを添加して分化誘導したとこと、誘導開始から3日後にGFPの蛍光を発するGFP陽性細胞が観察された(図1G)。そこで、DOX添加から5−7日後のGFP陽性細胞に対し、全細胞記録によるパッチクランプ法による解析を行ったところ、解析したすべてのGFP陽性細胞(10細胞)においてNa+/K+電流が認められ、90%の細胞で活動電位が測定された(図3C)。さらに、グルタミン酸又はGABAを培地に添加すると内向き電流が誘導されることから(図3D)、当該興奮性及び抑制性の神経伝達物質に対する受容体を発現していることが確認された。
よって、本発明に係る方法でマウス由来多能性幹細胞から製造したiMNは、本来の運動神経細胞と同様の電気生理学的特性を備えていることが示された。
【0103】
以上の結果より、マウス由来多能性幹細胞に、Lhx3、Ngn2、及びIsl1遺伝子を導入して発現させることにより、形態的且つ機能的にも本来の運動神経細胞の性質を良く備えたiMNが得られることが明らかとなった。
【0104】
[実施例2:ALSモデルマウス由来多能性幹細胞からの運動神経細胞(iMN)の製造]
次に、ALSモデルマウス由来多能性幹細胞からiMNを作製し、本来の運動神経細胞との類似性について解析することにした。
【0105】
・ALSモデルマウスからのiPS細胞の樹立
ヒトSOD1遺伝子(G93A変異型SOD1遺伝子、又は野生型SOD1遺伝子)を有するトランスジェニックマウスからマウス胎児繊維芽細胞(MEF)を調製し、Okita K et al., Nature. 2007, vol.448, pp.313-317に記載の方法に従ってiPS細胞を樹立した。当該iPS細胞が前記ヒトSOD1遺伝子を有していることを、当該遺伝子のシークエンスによって確認した(図4A及びB)。そして、これらのiPS細胞が、ES細胞のマーカー遺伝子(Eras、Esg1、Rex1、Oct3/4及びSox2)を発現していること、初期化因子の発現が抑制されていること、及び、3胚葉へ分化誘導され得ることを確認した(図4C、4D及び図5)。本願では以降、前記G93A変異型SOD1遺伝子、又は野生型SOD1遺伝子を有するトランスジェニックマウスから樹立したiPS細胞をそれぞれ、マウスG93A由来iPS細胞、マウスWT由来iPS細胞と呼ぶことにする。
【0106】
・iPS細胞へのDNA導入
前記マウスG93A由来iPS細胞、マウスWT由来iPS細胞に、非特許文献4と同様にアデノウィルスベクターを用いてLhx3、Ngn2及びIsl1遺伝子を導入したところ、細胞死が高い頻度で起こり、さらにiMNへの分化の同調性も十分ではなかった。そこで、本発明者は、上記以外の方法でiPS細胞に遺伝子導入を行う方法を検討した。試行錯誤の末、トランスポゾン、特にpiggyBacトランスポゾン(Woltjen K, et al, Nature. 2009, 458:766-70を参照)を用いると、細胞死の程度も低く、さらに、iMNへ同調して分化させられることを見出した。なお、ヒト由来iPS細胞においても同様の結果が得られたので、本願では、MN化因子の導入には主にトランスポゾンを用いることにした。
【0107】
図6Aに、前記マウス由来iPS細胞に導入したテトラサイクリン誘導性MN化因子発現ベクターを示す。図1Aに示したベクターと同様に、テトラサイクリンに応答してMN化因子とmCherryをポリシストロニックに発現するベクターだが、Frt配列の代わりにpiggyBACトランスポゾン配列(TR)を有しているので、該ベクターをpiggyBACトランスポゼースをコードする核酸とともに細胞に導入することで、当該MN化因子発現カセット領域が染色体に挿入された細胞を容易に得ることが可能である(Woltjen K, et al, Nature. 2009, 458:766-70)。なお、図6AにはMN化因子とともにmCherryをポリシストロニックに発現させるベクターを示したが、本願ではmCherryをコードしないベクターも使用しており、該ベクターを用いても本発明の効果が得られることを確認している。
【0108】
図6Aに示したベクターを、piggyBACトランスポゼースをコードする核酸とともに、前記マウスG93A由来iPS細胞、及びマウスWT由来iPS細胞に導入し、当該MN化因子発現カセット領域が染色体に挿入された細胞を選別した。当該細胞(MN化因子導入−マウスG93A由来iPS細胞、MN化因子導入−マウスWT由来iPS細胞)は、未分化マーカー(SSEA1及びNANOG)の発現を維持しており(図6B)、また前記ベクター導入前のiPS細胞と同等の高い増殖能を維持していた。
【0109】
・MN化因子の発現誘導
前記MN化因子導入−マウスG93A由来iPS細胞、及びMN化因子導入−マウスWT由来iPS細胞をDOX含有培地で培養したところ、前述のマウスES細胞の場合と同様に、3日後には多数のHB9、β-III tubulin及びChAT陽性細胞が確認された(図6C)。一方、アストロサイトのマーカーであるGFAPを発現する細胞は確認されなかった。
よって、ヒトSOD1遺伝子(G93A変異型SOD1遺伝子、又は野生型SOD1遺伝子)を有するトランスジェニックマウス由来iPS細胞からも、MN化因子を導入して発現誘導することで、僅か3日で運動神経細胞が得られることが確認された。
【0110】
・iMNの性質評価
G93A変異型ヒトSOD1遺伝子を有するトランスジェニックマウスでは、運動神経細胞内で変異型SOD1タンパク質がミスフォールド及び凝集することが知られており、そのことが運動神経細胞死と密接に関わると考えられている。そこで、当該トランスジェニックマウスに由来するiPS細胞から本発明に係る方法で作製したiMNについて、SOD1タンパク質のミスフォールド/凝集の有無を調べることにした。抗ミスフォールドSOD1抗体(A5C3、B8H10及びC4F6、いずれもMEDIMABS社製、野生型・変異型を問わずミスフォールドしたSOD1タンパク質を認識し得る抗体)を用いて免疫染色を行ったところ、MN化因子導入−マウスWT由来iPS細胞から作製されたiMNでは何も認識されなかったが、MN化因子導入−マウスG93A由来iPS細胞から作製されたiMNでは、該抗体で認識される凝集体が細胞内に多数観察された(図6D)。
次に、細胞死の有無について解析した。前記細胞をDOX含有培地で4日間培養した後にDOX不含培地でさらに2日間培養し、DOXによる誘導開始から4日後と6日後におけるHB9及びβ-III tubulin陽性細胞数(すなわち、iMN数)を測定した。図6Eに、6日目のiMN数を4日目のiMN数で除した値(すなわち、6日目のHB9及びβ-III tubulin陽性細胞数/4日目のHB9及びβ-III tubulin陽性細胞数)をiMNの生存率として示した結果を示す。該図より、MN化因子導入−マウスWT由来iPS細胞から作製されたiMNと異なり、MN化因子導入−マウスG93A由来iPS細胞から作製されたiMNは、誘導開始から4−6にかけて大規模な細胞死を起こすことが明らかとなった(図6E)。さらに、誘導開始から4日後と6日後における培地中のLDH量を測定したところ、MN化因子導入−マウスG93A由来iPS細胞から誘導した培養の方が、MN化因子導入−マウスWT由来iPS細胞から誘導した培養よりもLDH量が有意に高いことが確認された(図6F)。そして、前記誘導開始から4日後と6日後におけるHB9及びβ-III tubulin陽性細胞の神経突起の長さを測定したところ、MN化因子導入−マウスWT由来iPS細胞から作製したiMNでは顕著に増加する(すなわち、盛んな突起伸展が起こる)のに対し、MN化因子導入−マウスG93A由来iPS細胞から作製したiMNではほとんど増加しない(すなわち、突起伸展が停止する)ことも明らかとなった(図6H)。
従って、変異型ヒトSOD1遺伝子を有するALSモデルマウス由来iPSから本発明に係る方法で作製したiMNでは、当該マウス脊髄内の運動神経細胞と同様に、SOD1タンパク質のミスフォールド・凝集が自発的に起こり、細胞死へと向かうことが明らかとなった。さらに、当該細胞死の指標として、培地中のLDH値や神経突起長の測定結果を使用できることが示された。
【0111】
G93A変異型ヒトSOD1遺伝子を有するマウスの運動神経細胞は、野生型のグリア細胞(アストロサイト)と共存させることにより、当該細胞死を軽減できることが報告されている。そこで、前記MN化因子導入−マウスG93A由来iPS細胞を、野生型マウス由来アストロサイトの共存下でiMNへと分化誘導して、前述と同様にiMNの生存率(すなわち、6日目のHB9及びβ-III tubulin陽性細胞数/4日目のHB9及びβ-III tubulin陽性細胞数)を測定した(図6G)。図6E(アストロサイト非存在下での分化誘導)と比べると、図6G(アストロサイト共存下での分化誘導)の方が、MN化因子導入−マウスG93A由来iPS細胞から得られるiMNの生存率が高いことがわかる。よって、MN化因子導入−マウスG93A由来iPS細胞から得られるiMNの細胞死は、野生型アストロサイトの共存によって軽減されることが示された。
【0112】
以上の結果より、本発明に係る方法を用いることにより、ALSモデルマウス由来多能性幹細胞から、該疾患に特徴的な病態を自発的に呈するiMNが得られることが明らかとなった。
【0113】
前述したように、近年のヒト臨床試験の結果から、解析系としてヒト由来神経細胞を用いることへの関心が高まっている。そこで、本発明に係る方法を用いてヒト由来多能性幹細胞からiMNを作製し、その性質評価を行うことにした。
【0114】
[実施例3:ヒト(正常対照)由来多能性幹細胞からのiMN作製]
・ヒト由来iPS細胞へのDNA導入
ヒト由来iPS細胞(Takahashi K, et al., Cell. 2007, vol 131, pp 861-872.)に、前述と同様に図6Aに示したベクターを導入して、MN化因子導入−ヒト正常対照由来iPS細胞を得た。そして、当該細胞をSNL細胞上で4 ng/ml basic fibroblast growth factorを添加したprimate embryonic stem cell medium(ReproCELL)を用いて培養し、未分化マーカー(NANOG及びSSEA4)を発現していること(図7A)、及び、前記DNA導入前のiPS細胞と同等の高い増殖能を維持していることを確認した。
【0115】
・MN化因子の発現誘導
前記MN化因子導入−ヒト正常対照由来iPS細胞をAcutaseを用いて解離し、マトリゲルをコートしたディッシュへ移し、DOX含有培地で培養して運動神経細胞への分化誘導を行った。(図7B)。誘導開始から7日後には、HB9、β-III tubulin、及びChAT陽性で、形態的にも成熟した神経細胞様細胞が多数観察された(図7C)。さらにHB9及びChATの発現量をPCRによって測定したところ、DOX添加によってそれらの発現量が増大することが確認された(図7D)。
従って、ヒト由来多能性幹細胞にMN化因子を導入して発現させると、運動神経細胞特異的なタンパク質を発現し、形態的にも成熟したiMNが約7日で得られることが明らかとなった。
【0116】
・iMNの性質評価
前記MN化因子導入−ヒト正常対照由来iPS細胞から得られたiMNに対し、前述の方法を用いて、C2C12細胞とのシナプス形成能を解析した。すると、分化誘導開始から10日後に、前記iMNから伸びたSV2陽性の神経突起がα-bungarotoxinで標識されたアセチルコリン受容体と共局在することが確認された(図7E)。また、前述と同様に、さらに前記HB9::GFPが染色体に挿入されたMN化因子導入−ヒト正常対照由来iPS細胞を作製し、該細胞をマウス由来初代アストロサイトの共存下DOX含有培地中で8−14日間培養した後、全細胞記録によるパッチクランプ法による電気生理学的解析を行った。その結果、解析したすべてのGFP陽性細胞(10細胞)においてNa+/K+電流が認められ、且つ、活動電位が測定された(図7F)。さらに、グルタミン酸又はGABAを培地に添加すると内向き電流が誘導されることから(図3D)、当該興奮性及び抑制性の神経伝達物質に対する受容体を発現していることが確認された(図7G)。
よって、本発明に係る方法でヒト由来多能性幹細胞から製造したiMNは、本来の運動神経細胞と同様の電気生理学的特性を備えていることが確認された。
【0117】
これらの結果より、ヒト由来多能性幹細胞に、Lhx3、Ngn2、及びIsl1遺伝子を導入して発現させることにより、形態的且つ機能的にも本来の運動神経細胞の性質を良く再現したiMNが得られることが示された。
【0118】
[実施例4:ヒト(ALS患者)由来iPS細胞からのiMN作製]
次に、ヒトALS患者由来多能性幹細胞からiMNを作製し、本来の運動神経細胞との類似性について解析することにした。
・ヒト由来iPS細胞の樹立
ヒト正常対照2名(Control1及びControl2)、及び、SOD1遺伝子に変異を有するALS患者2名から、患者の同意を得て採取した皮膚由来の線維芽細胞に、Okita K, et al, Nat Methods. 2011, 8:409-12に記載の方法に従って、エピソーマルベクターにてOCT3/4、SOX2、KLF4、L-MYC、LIN28及びp53に対するsmall haipin RNAを導入することによってiPS細胞を樹立した(Kondo T, et al, Cell Stem Cell. 2013, 12:487-96参照のこと)。図10Aに、前記ALS患者から樹立したiPS細胞のSOD1遺伝子が当該変異を有していることを示す。
なお、前記2名のALS患者が有するSOD1遺伝子の変異は、L144FVX変異(144番目のアミノ酸であるロイシン以降が、フェニルアラニン-バリン-終止コドンに置換する変異、SOD1-L144FVXと記載することもある)、又はG93S変異(93番目のアミノ酸であるグリシンがセリンに置換する変異、SOD1-G93Sと記載することもある)である。そして、本願では以降、前記Control 1、Control 2、SOD1-L144FVX変異又はSOD1-G93S変異を有する患者から樹立されたiPS細胞を各々、Control1来iPS細胞、Control2由来iPS細胞、L144FVX由来iPS細胞、G93S由来iPS細胞、と呼ぶことにする。
【0119】
・ヒト由来iPS細胞へのDNA導入
上記方法で得られた4種類のiPS細胞に、前述と同様に図6Aに示したベクターを導入し、前記MN化因子発現カセット領域が染色体に挿入された細胞を得た。前記Control1由来iPS細胞、Control2由来iPS細胞、L144FVX由来iPS細胞、G93S由来iPS細胞から得られた細胞を各々、MN化因子導入−Control1来iPS細胞、MN化因子導入−Control2由来iPS細胞、MN化因子導入−L144FVX由来iPS細胞、MN化因子導入−G93S由来由来iPS細胞、と呼ぶことにする。
【0120】
・MN化因子の発現誘導とiMNの性質評価
上記方法で作製された4種類のMN化因子導入iPS細胞をDOX含有培地で培養してMN化因子の発現誘導を行った。図10Bに当該誘導工程の模式図を示す。誘導開始から7日後に免疫染色を行ったところ、HB9及びβ-III tubulin陽性細胞が約50%程度認められた(図10C)。また、前述の抗ミスフォールドSOD1抗体を用いた免疫染色では、MN化因子導入−L144FVX由来iPS細胞、及びMN化因子導入−G93S由来由来iPS細胞から得られたiMNでのみ、該抗体で認識される凝集体が観察された(図10D)。そして、7日後と14日後のβIII Tublin陽性細胞数をiMNの細胞数として計測し、14日後のiMN細胞数を7日後のiMN細胞数で除した値をiMNの生存率としてグラフ化した(図10E)。図10Eより、MN化因子導入−Control1来iPS細胞、MN化因子導入−Control2由来iPS細胞から得られるiMNでは7日後と14日後の細胞数はほぼ一定だが、MN化因子導入−L144FVX由来iPS細胞、及びMN化因子導入−G93S由来由来iPS細胞から得られるiMNは、7−14日後の間に細胞数が大幅に減少すること、すなわち細胞死を起こすことがわかった。
【0121】
従って、本発明に係る方法によって、モデルマウスのみならず、家族性ALS患者由来由来多能性幹細胞からも、SOD1タンパク質のミスフォールド・凝集体形成や自発的な細胞死といった疾患に特徴的な性質を良く再現したiMNが得られることが示された。
【0122】
[実施例5:多能性幹細胞からiMNへの分化の同調性]
次に、本発明に係る方法でiMNが産生されるタイムコースについて詳細に解析した。
【0123】
・マウス由来iPS細胞からのiMN産生タイムコース
野生型マウス由来iPS細胞株(201B7株、Takahashi K, et al, Cell. 2007, 131:861-72.参照)から、実施例2と同じ方法を用いて、前記MN化因子発現カセット領域が染色体内に挿入された細胞を得た。得られた細胞を96ウェルプレートに播種し、前記DOX含有培地で培養してMN化因子の発現を誘導した。誘導開始から、10、24、36、48、72時間後に免疫染色を行い、SSES1又はNCAM陽性細胞数を計測した。そして、NCAM陽性で、且つ、神経突起と十分に肥厚した細胞体を有する細胞をiMNとして当該細胞数を計測した。さらに、DAPI染色も行って総細胞数を計測した。結果を図11Aに示す。
図11Aから明らかなように、誘導開始後、SSES1陽性細胞(すなわち、未分化能を有する細胞)は速やかに減少し、48時間後には完全に消失した。これに対し、誘導開始直後からNCAM陽性細胞(すなわち、神経細胞への分化途中の細胞)が現れ、その後24時間後くらいから、NCAM陽性で且つ肥厚した細胞体と神経突起を有する細胞(すなわち、iMN)が現れることがわかる。そして、24−72時間後にかけてiMNの数は急増し、72時間後には約50%の細胞がiMNとなり、以降iMN数はほとんど増えないことが明らかとなった。なお、72時間後にiMNと判定されない細胞は、SSES1、NCAMともに陰性であり、神経細胞以外に変化した細胞と考えられる。
よって、本発明に係るMN化因子導入多能性幹細胞からiMNへの分化誘導は同調性が非常に高く、マウス由来多能性幹細胞では、MN化因子の発現誘導後速やかにiPS細胞としての性質を失い、約50%が2−3日後にかけてiMNになることが明らかとなった。
【0124】
・ヒト由来iPS細胞からのiMN産生タイムコース
同様の解析を、実施例3で作製したMN化因子導入−ヒト正常対照由来iPS細胞に対して行った。図11Bに示されるように、神経突起と十分に肥厚した細胞体を有するNCAM陽性細胞(すなわち、iMN)は、誘導開始から5日後ではほとんど認めらなかったが、その後急激に増加し、7日後には約25%に達していた。よって、ヒト由来多能性幹細胞では、MN化因子の発現誘導から5−7日後の間に同調してiMNになることが明らかとなった。なお、5日後の時点でもNCAMやβ-III tubulin陽性で長い突起を有する細胞は多数認められたが、細胞体の厚みが不十分(比較的扁平)であり、そのような細胞ではHB9の発現が不十分であることを確認している。
【0125】
以上より、本発明に係るMN化因子発現カセット領域を染色体内に含む多能性幹細胞は、MN化因子の発現誘導後、iMNへと速やかに、且つ、同調して分化することが明らかとなった。
【0126】
本方法によって上記のような高い同調性が得られた理由としては、一つには、MN化因子の導入システムとしてトランスポゾンを用いたことが考えられる。一般に、ウィルスベクターは目的遺伝子の迅速且つ高発現を実現し得るので、分化誘導を目的とした系では最も好んで使用されている。しかしながら、予想に反し、本発明において、多能性幹細胞にNgn2,Lhx3,及び/又はIsl1遺伝子を導入・発現させる場合には、トランスポゾンを用いた方が分化の同調性が高い結果となった(データは非開示)。
なお、本願実施例では、多能性幹細胞に薬剤応答性MN化因子発現するベクターを導入して当該MN因子発現カセット領域がゲノムに挿入された多能性幹細胞を得た後、該多能性幹細胞をクローン化することなく(すなわち、当該発現カセットの挿入部位や挿入されたコピー数が異なるヘテロな細胞集団のまま)、各実験に使用した。よって、本方法において、さらに、前記多能性幹細胞のクローン化を行い、前記外来性DNAの挿入部位や挿入コピー数が揃った細胞集団を用いれば、iMNへの分化の同調性及び分化効率はより一層高くなることが期待される。
【0127】
[実施例6:ALS患者/モデルマウス由来iMNの細胞死の同調性]
次に、ALSモデルマウス由来iPS細胞から誘導されるiMNが細胞死に至るタイムコースについて詳細に解析した。
実施例2で作製したMN化因子導入−マウスG93A由来iPS細胞、又は、MN化因子導入−マウスWT由来iPS細胞を96ウェルプレートに播種し、前記DOX含有培地で培養してMN化因子の発現を誘導した。誘導から4、6、10日後に免疫染色(β-III tubulin)と形態観察を行い、iMNの細胞数を計測した。結果を表1及び図12Aに示す。
【0128】
【表1】
【0129】
表1及び図12Aより、遺伝子非改変マウス及び野生型ヒトSOD1遺伝子トランスジェニックマウス由来iPS細胞から作製したMN化因子導入細胞では、MN化因子の発現誘導から4−10日後でiMN数にあまり変化がなく、細胞死はほとんど起こらないことがわかる。これに対し、変異型ヒトSOD1遺伝子トランスジェニックマウス由来iPS細胞から作製したMN化因子導入細胞では、MN化因子の発現誘導から4日後のiMN数に対して6日後には約54.7%、10日後には約18.6%にまで減少することが示された。
【0130】
よって、変異型ヒトSOD1遺伝子を有するALSモデルマウスに由来し、且つ、誘導可能なプロモーターの制御下にMN化因子をコードする外来性の核酸を染色体内に保持する多能性幹細胞は、MN化因子の発現誘導から2−3日後にかけてiMN数が最大となるが、その後は速やかに細胞死へと向かい、8−10日後には大部分が死に至ることが明らかとなった。
【0131】
さらに、実施例4で作製したMN化因子導入−Control1由来iPS細胞、及びMN化因子導入−L144FVX由来iPS細胞についても同様の解析を行った。結果を表2及び図12Bに示す。
【0132】
【表2】
【0133】
表2及び図12Bより、正常対照に由来するMN因子導入iPS細胞に対してMN因子の発現誘導を行った場合には、誘導開始から7−14日後の細胞数にほとんど変化がなく、細胞死が実質的に起こらないことがわかる。これに対し、SOD1-L144FVX変異を有するALS患者に由来するMN因子導入iPS細胞に対して発現誘導を行った場合には、7日をピークに産生されたiMNがその後速やかに細胞死へと向かい、14日後には7日後のiMN数の約4.6%にまで減少することが明らかとなった。
なお、本願では割愛したが、SOD1-G93S変異を有するALS患者に由来するMN化因子導入iPS細胞を用いた場合にも、上記SOD1-L144FVX変異を有するALS患者に由来する細胞を用いた場合と同様の結果を得ている。
【0134】
以上より、変異型SOD1遺伝子を有するヒト及びマウスから作製したMN化因子導入iPS細胞は、MN化因子の発現誘導によって運動神経細胞(iMN)へと分化した直後から自動的に細胞死へと向かうことが示された。この運動神経細胞死は外的な細胞死シグナルによるものではなく、変異型SOD1遺伝子を発現していることに起因する自律的な細胞死である。これまでの変異型SOD1遺伝子を有する患者由来の運動神経細胞/iMN細胞培養系では、自律的に大規模な細胞死が誘導されることがなく、なんらかの外的要因を加える必要があった。さらに、それらの系における運動神経細胞死は、ALSの治療薬として唯一認可されているリルゾールによって実質的に抑制することができず、本来の(ALS患者体内の)運動神経細胞との違いが懸念されていた。
そこで、本発明に係るMN細胞死に対するリルゾールの効果を解析することにした。
【0135】
[実施例7:ALS患者由来iMNの薬剤感受性]
実施例6と同様に、前述のMN化因子導入−L144FVX由来iPS細胞を96ウェルに播種し、DOX含有培地で培養してMN化因子の発現を誘導した(この日をDay0とする)。7日後(=Day7)に種々の濃度のリルゾールを投与し(0, 12.5, 25, 50, 100μM)、14日後(=Day14)に前述の方法に従ってiMN数を測定した。図13Aに、7日後と14日後の細胞を抗β-III tubulin抗体で免疫染色した結果を示す。リルゾールを投与したウェルでは、非投与ウェルに比べてiMNの細胞死が有意に抑制されていることがわかる。
iMN数を測定した結果を表3及び図13Bに示す。リルゾールの濃度が50μMまでは濃度依存的にiMNの細胞死が抑制されることが明らかとなった。
【0136】
【表3】
【0137】
このように、SOD1遺伝子変異を有するALS患者に由来し、且つ、本発明に係る外来性の核酸(すなわち、MN化因子をコードする核酸が薬剤応答性プロモーターに機能的に接合された核酸)を染色体内に含むiPS細胞から得られるiMNは、該変異を有する患者体内の運動神経細胞と同様に、変異型SOD1遺伝子産物の毒性自体によって細胞死が誘導され、且つ、その細胞死はALS治療薬(リルゾール)で効果的に抑制されることが示された。このように、リルゾールによって効果的に抑制される運動神経細胞又はiMN細胞死の系は、これまでに報告されていない。
よって、本発明に係るiMN細胞死の系は、ALS治療・予防薬のスクリーニング系及び評価系として非常に有益と思われる。
【0138】
[実施例8:ALS患者由来iMNを用いた薬剤スクリーニング]
本発明に係る変異型SOD1遺伝子を有するMN化因子導入iPS細胞を用いたALS治療・予防薬のスクリーニング系の概要を図14に示す。
【0139】
まず、ALS患者由来iPS細胞又はALSに関わる変異遺伝子を導入した細胞から作製したヒトiPS細胞に、図6Aに例示されるDNA(すなわち、誘導可能なプロモーターによって制御されるMN化因子をコードしたDNA)を導入し、該DNAが導入されたiPS細胞を得る。当該iPS細胞は、未分化能、多分化能、及び高い増殖能を維持したまま、安定に培養することが可能である。
【0140】
このMN化因子導入iPS細胞を96ウェルプレートに播種し(=Day0)、DOXを培地に添加してiMNへの分化を誘導する。DOX添加から6-7日後にかけてMNが産生されるが、産生後速やかに細胞死へと向かう。そこで、DOX添加後7日目(=Day7)付近で試験化合物を投与し、14日目(=Day14)以降におけるiMN数を計測することで、当該試験化合物のMN細胞死抑制効果を評価することができる。当該iMN数の計測は、細胞イメージアナライザー等の機器を用いることにより自動的に計測することが可能である。
【0141】
本発明に係るMN細胞死の系を用いて、既存薬のスクリーニングを行った。
まず、本解析系の精度を評価した。前述のSOD1-L144FVX変異を有するALS患者由来のMN化因子導入iPS細胞を96ウェルに播種し、前記DOX含有培地で培養してMN化因子の発現を誘導した(=Day0)。7日後(=Day7)、陰性コントロールとしてDMSO、陽性コントロールとしてSOD1変異を有するALS患者由来iPS細胞から誘導したMNの生存率を上げることが報告されているケンパウロン(50μM、Cell Stem Cell, vol. 12, pp. 1-14, 2013)をコントロールウェルに投与し、14日目に細胞を固定してβ-III tubulinの免疫染色を行った。染色像をIN Cell Analyzer 6000(GEヘルスケア)を用いて解析し、iMN数を測定した。結果を図15Aに示す。本解析におけるZ’値は0.65で、0.5以上であることから、当該実験系によって得られる値はばらつきが非常に小さく、精度が非常に高い実験系であることが示された。
【0142】
次に、この系を用いて既存薬化合物(約1200種類)のスクリーニングを行った。上記において、Day7において試験化合物をウェルに投与し、Day14におけるiMN数を測定した。結果を図15Bに示す。図15Bから明らかなように、リルゾールは濃度依存的にiMNの細胞死を抑制することが改めて確認された。
また、当該既存薬化合物には、ALSモデルマウスに対して治療効果が認められたにも関わらず、ヒトを用いた臨床試験では有意な治療効果が認められなかった化合物が含まれていた。これらの化合物の結果を図15Bに示す(化合物名の下にアンダーラインの無い15種類)。いずれの化合物も、前記iMNの細胞死を効果的には抑制できないことがわかる。
【0143】
これらの結果より、本発明に係る変異型SOD1遺伝子を有するMN化因子導入iPS細胞を用いた細胞死の解析系は、信頼度及び精度の高いALS治療・予防薬のスクリーニング系になり得ることが示された。さらに、本発明に係る方法で作製されるALS患者由来iMNは、ヒト臨床試験で解析された数種類の薬剤に対し、当該試験結果と相関した感受性を示すことが明らかとなった。
【0144】
[実施例9:多能性幹細胞から血球細胞経由でiMNを製造する方法]
血球細胞は、動物個体に最も導入し易い細胞である。特に、単球やマクロファージのような遊走能を有する細胞は、動物個体の深部まで自律的に移動することが可能である。そこで、本発明者は、本発明に係るDNAを導入した多能性幹細胞を、血球細胞経由で運動神経細胞に分化させることができないか、検討することにした。
実施例1で作製したMN化因子導入マウス由来ES細胞をOP9細胞上に播種し(0日目)、10%FBSを含有するαMEM培地中で培養した。培養開始5日目(図8A)に、FACSを用いて、Flk-1陽性かつSSEA-1陰性の細胞を収集した(図8B)。収集した細胞をOP9細胞上に播種し、100ng/ml mSCF、20ng/ml mIL-3及び10ng/ml mM-CSFを添加したαMEMを用いて培養した。7日後(培養開始から12日目)にギムザ染色を行ったところ、単球/マクロファージの存在が確認され(図8C)、前記多能性幹細胞が血球細胞に分化誘導されることが確認された。
【0145】
得られた単球/マクロファージをaccumaxにより解離させ、マトリゲルでコートしたディッシュ上に播種し、N3培地で培養した。翌日、培地に1μg/ml Doxycycline、1μM レチノイン酸及び 1μM Smoothened Agonist(SAG)を添加したN3培地で培養した。8日後、神経細胞の誘導について免疫染色で評価した。その結果、運動神経細胞が確認された(図9)。
よって、本発明に係るMN化因子導入多能性幹細胞を血球細胞に分化させた後に、該MN化因子の発現を誘導することで、7日程度でiMNに分化させられることが示された。
【0146】
[実施例10:マウス由来多能性幹細胞からのiN作製]
前項までは、神経細胞の中でもALSやSMAの研究対象として注目される運動神経細胞に注目し、多能性幹細胞から該細胞を製造する方法に係る発明を記載した。一方で、一般的な神経細胞も、研究上大変需要の高い細胞である。本発明者も、これまでは、従来法(接着法)によって多能性幹細胞から約2ヶ月かけて得られる神経細胞を用いて、アルツハイマー型痴呆症の研究を行っていた。そして、前記iMNの製造方法を模索する過程で、MN化因子のうち、Ngn2遺伝子のみを多能性幹細胞に導入・発現させると、非常に迅速且つ高効率でiNへと誘導できることを見出したのである。
【0147】
・テトラサイクリン応答性プロモーターの制御下にNgn2遺伝子をコードするDNA
多能性幹細胞に導入するDNAとして、テトラサイクリン応答性プロモーターによって発現が制御されるようにNgn2と連結されたカセット、及び同時にrtTAを発現するようにプロモーター(EF1α)と連結させたカセットをpiggybacトランスポゾンシステムで導入できるようにTerminal repeat(TR)で5’側と3’側を挟んだコンストラクト(Tanaka A,et al, PLoS One. 2013, 8:e61540参照のこと)として作製した。以下、当該DNAを、テトラサイクリン応答性プロモーターの制御下にNgn2遺伝子をコードするDNAと呼ぶことにする。
【0148】
・マウス由来iPS細胞からのiN作製
野生型マウス由来iPS細胞株(201B7株、Takahashi K, et al, Cell. 2007, 131:861-72.参照)に、前記テトラサイクリン応答性プロモーターの制御下にNgn2遺伝子をコードするDNAを、トランスポゼース(Woltjen K, et al, Nature. 2009, 458:766-70)をコードする核酸とともに導入し、前記DNAがゲノムに挿入された安定発現株(以下、201B7_Ngn2と略記する)を樹立した。続いて、この201B7_Ngn2をシングルセルへ分離し、マトリゲル(BD)をコートしたディッシュへ播種し、DOX含有培地(すなわち、1μg/ml DOX、10ng/ml BDNF、10ng/ml GDNF及び10ng/ml NT3を含有するN3培地)で培養することでNgn2の発現誘導を開始した。発現誘導開始から2日後にはβIII tublin陽性細胞が僅かに認められ、3日後には約90%の細胞がβIII tublin、MAP2及びvGLT1陽性となり(すなわち、グルタミン作動性神経細胞となり)、4日後以降にはβIII tublin陽性細胞数はほとんど増加しないことが観察された(図16A)。
よって、マウス由来多能性幹細胞にNgn2遺伝子を導入して発現させることにより、ほぼすべての細胞が2−3日後にかけて同調してiNになることが明らかとなった。
【0149】
[実施例11:ヒト由来多能性幹細胞からのiN作製]
次に、アルツハイマー型痴呆症患者に由来する多能性幹細胞からiNを作製することを試みた。
・アルツハイマー型痴呆症患者からのiPS細胞の樹立
ヒトiPS細胞(N112E14(正常対照由来)、AD8K213(孤発型アルツハイマー患者由来)、AD15E11(プレセニリン(PS1)変異体)、APP1E211(APP-E693delta))は、次の方法を用いて製造した。AD8K213及びAPP1E211は、Okita K, et al, Nat Methods. 2011, 8:409-12に記載の方法に従って、エピソーマルベクターにてOCT3/4、SOX2、KLF4、L-MYC、LIN28及びp53に対するsmall haipin RNAを、患者の同意を得て採取した皮膚由来の線維芽細胞へ導入することによって作製した(Kondo T, et al, Cell Stem Cell. 2013, 12:487-96参照のこと)。N112E14及び AD15E11についても同様に、健常者又は患者の同意を得て採取した皮膚由来の線維芽細胞よりエピソーマルベクターを用いて作製した。
【0150】
・アルツハイマー型痴呆症患者由来iPS細胞からのiN作製
上記方法で得られた4種類のヒトiPS細胞に、前記テトラサイクリン応答性プロモーターの制御下にNgn2遺伝子をコードするDNAを前記方法に従って導入し、該DNAがゲノムに挿入された安定発現株(すなわち、N化因子導入細胞株)を樹立した。得られた4種類の安定発現株をAccutase(Thermo)を用いて分離し、マトリゲル(BD)及び0.01mg/ml human fibronectin(BD)をコートした12well plateへ30×104/wellを播種した。DOX含有培地(すなわち、2 μg/μl DOX及びB-27 Supplement Minus AO(Life Technologies)を添加したNeurobasal medium(Life Technologies))中で培養することにより、Ngn2の発現誘導を開始した。5日後に同じ組成の培養液にて培地交換した。Ngn2の発現誘導開始から4日後までは、βIII tublin陽性細胞はほとんど認められなかったが、5−7日後にかけて当該陽性細胞数が急増し、8日後以降はほとんど増えないことが観察された。また、βIII tublin陽性細胞が出現するタイムコースは、前記4種類の安定発現株間で有意な差は認められなかった。
よって、ヒト由来多能性幹細胞にNgn2遺伝子を導入して発現させることにより、5−7日後にかけて高い同調性でiNが得られることが明らかとなった。
【0151】
・アルツハイマー型痴呆症患者由来iPS細胞から得られたiNの性質評価
アルツハイマー型痴呆症患者の脳では、APPタンパクのプロセシングが変化して、Aβ40ペプチド及びAβ42ペプチド産生が増加する傾向があることが報告されている。特にAβ42ペプチドは凝集性が高く細胞毒性を有するので、該疾患の治療薬(候補)として、Aβ42ペプチドの産生を抑制し得る化合物の探索が精力的に行われている。
そこで、前記患者由来多能性幹細胞から得られたiNについて、前記2種類のAβペプチドの分泌量を解析することにした。
【0152】
前記4種類の安定発現株に対し、Ngn2の発現誘導開始から7日後に3群に分けて下記1)−3)のいずれかの処理を行い、さらに4日間培養を行った(この時点の細胞の写真を図16Bに示す)。
1)DMSO添加群(陰性対照)
2)1 μM BSI IV添加群
3)100 μM Sulindac sulfide添加群
(N112E14(正常対照由来)、AD8K213(孤発型アルツハイマー患者由来)、AD15E11(プレセニリン(PS1)変異体)、APP1E211(APP-E693delta))
そして、Ngn2の発現誘導開始から5日目、7日目、9日目、11日目に培養上清を回収し、MSD Abeta 3 plex(38, 40, 42)assay plate(Meso Scale Discovery)を用いて当該培養上清中に含まれるAβ40及びAβ42ペプチドの含有量を測定した(図16C)。図16Bの上段に、各Aβペプチドの含有量の経時変化を示す。これより、2名のアルツハイマー型痴呆症患者(AD8K213、AD15E11)に由来するiNの培養上清には、正常対照(N112E14)由来iNの培養上清よりも、多量のAβ42ペプチドが含まれていることがわかる。特に、Aβ42ペプチドの産生量を増加させる変異を有するAD15E11由来iNでは、培養上清中のAβ42ペプチド量が最も高い結果となった。これに対し、APP1E211由来iNの培養上清には、患者由来であるにも関わらずAβ42ペプチドがほとんど検出されないが、当該変異を有する神経細胞ではAβ42ペプチドが細胞外に分泌されずに細胞内に蓄積することが報告されている。よって、これら3名の患者に由来するiNは、いずれも本来の神経細胞の性質を良く再現していると考えることができる。また、Aβ42ペプチドをほとんど分泌しないAPP1E211由来iN以外のiNではいずれも、Ngn2の発現誘導開始から9日目の培養上清(すなわち、7日目から9日目の間に培地に分泌されたペプチド量)でAβの測定量が最大になることが明らかとなった。
【0153】
次に、前記4種類のiNについて、既存のAβ40及び/又はAβ42産生阻害剤に対する感受性を解析した(図16C中段、下段)。いずれのiNにおいても、β-セクレターゼ阻害剤であるBSIを添加した場合には、7−9日目(図16C下段)及び9−11日目(図16C下段)の間に培地に分泌されるAβ40及びAβ42ペプチド量が大幅に減少することがわかる。これに対し、Aβ40産生よりもAβ42産生をより強く阻害し得るγ-セクレターゼモジュレーターであるSulindac Sulfide(Takahashi Y, et al, The Journal of Biological Chemistry, 2003, 278:18664-18670を参照)を添加した場合には、特に患者(AD8K213、AD15E11)由来iNにおいて、Aβ40産生よりもAβ42産生の方が強く阻害される傾向が認められた(図16C中段、下段)。すなわち、Ngn2の発現誘導から7−9日後には、これらのAβ40及び/又はAβ42産生阻害剤に対し、本来の神経細胞と同様の感受性を示すようになることが明らかとなった。
【0154】
これらの結果より、アルツハイマー型痴呆症患者由来多能性幹細胞から本発明に係る方法で作製したiNは、誘導から9日後には、当該疾患に特徴的なAβ産生を十分に行い、Aβ産生経路の阻害剤スクリーニング系として好適に用いることができると考えられる。これまでの方法(例えば、前記接着法)では、多能性幹細胞からこのような成熟した状態の神経細胞を得るのに約2ヶ月を要したことを考えると、本発明の効果は非常に大きいと思われる。
【0155】
[実施例12:多能性幹細胞からiMNへの生体内での分化誘導]
本願実施例1−11では、薬剤応答性プロモーターの制御下にMN化因子又はNgn2をコードするDNAを導入した多能性幹細胞に対し、培養下で、当該プロモーターの活性化を誘導する薬剤を培地に添加することで、MN化因子又はNgn2の発現を誘導した。そこで、次に、当該誘導工程を生体内で行えないか、検討することにした。
実施例1において、iMNに分化した細胞を視覚化するために作製したマウスES細胞(すなわち、図1Aに示したDNA、及び、HB9遺伝子のプロモーターにGFP遺伝子のコード配列を連結させたDNA断片(HB9::GFP)がゲノムに挿入されたKH2細胞)を、NOGマウスの脊髄に移植した。そして、当該マウスにDOXの飲水投与とレチノイン酸の腹腔内投与を行い、移植から2週間後に投与部位の免疫染色を行った。その結果、移植の1週間前からDOXとレチノイン酸の投与を行ったマウスで、最も多くのGFP陽性細胞(すなわち、iMN)が確認された(図17)。さらに、当該GFP陽性細胞はTuj1陽性で、且つ、神経突起を伸展させており、移植したマウスの脊髄内で生着していることが確認された(図17)。
よって、本発明に係る多能性幹細胞(すなわち、薬剤応答性プロモーターの制御下にMN化因子をコードするDNAが導入された多能性幹細胞)は、動物体内においても運動神経細胞へ変換できることが確認された。実施例9の結果(すなわち、本発明に係る多能性幹細胞を血球細胞に分化させた後に、MN化因子の発現を誘導することで、iMNへと変換できること)を参酌すると、本発明に係る多能性幹細胞自体を動物体内に直接導入するのではなく、該多能性幹細胞から誘導した血球細胞を動物体内に移植し、それからiMNに分化誘導させる方法も可能と思われる。
【0156】
[実施例13:多能性幹細胞からiNへの生体内での分化誘導]
同様に、実施例5において作製したN化因子導入マウスiPS細胞(201B7_Ngn2細胞)を、DOXを飲水投与して1週後のNOGマウスの海馬へ移植し、移植後4週間後に投与部位の細胞を免疫染色にて観察した(図18)。hNCAM陽性細胞が確認されマウスの脳内で神経細胞へと変換され、且つ、生着できることが確認された。
【0157】
以上より、本発明を用いることで、マウス脳あるいは脊髄で、ES/iPS細胞由来神経細胞あるいは運動神経細胞を誘導でき、候補医薬品をin vivoで検査するためのヒト細胞を保有するモデルマウスを作製できることが示唆された。さらに、多能性幹細胞の状態で所望の部位に移植した後に運動神経細胞又は神経細胞へin vivoで変換させることで、より当該部位に生着しやすいことが示唆された。
【0158】
[実施例14]
iPS細胞技術はこれまで、疾患モデルの作製や移植用組織・細胞の作製を主目的として開発が進められている。そして、創薬・治験の分野では、健常人由来のiPS細胞を用いて安全性試験を行い、患者由来のiPS細胞を用いて試験薬の有効性を評価することで、新たな候補治療薬を生み出すことが想定されている。すなわち、iPS細胞を用いた実験系で候補薬を探索・開発し、その後ヒトを対象とした臨床試験を行う、という流れがこれまで想定されている。
【0159】
しかしながら、前述の誘導性MN化因子が導入されたALS患者(2名)由来iPS細胞を用いた既存薬の解析では、(本願では結果の開示を割愛したが)異なる患者に由来するiPS細胞間で反応性が顕著に異なる化合物も認められた。当該化合物は、患者間での反応性のばらつきが大きく、有意性なしと結論されたものである。
この結果は、本発明に係るMN解析系を用いれば、細胞提供者(個体)間の薬剤反応性の違いを詳細に解析し、その違いをもたらす理由を解明できる可能性があることを示唆している。さらに、特定の薬剤が有効な被験者群(=レスポンダー)と有効でない被験者群(=非レスポンダー)、あるいは実際の臨床試験後に、レスポンダーと非レスポンダーが判明した場合、レスポンダー、非レスポンダーからiPS細胞を樹立し、本発明に係る方法でMNに分化誘導・解析することで、各群に共通する何らかの特徴(=マーカー)を見出せる可能性も考えられる。そして、このようなマーカーが見つかれば、当該マーカーを有するレスポンダーに対してのみ第二相試験を行うことで、比較的少数の被験者数で精度の高い治験が行えるはずである。
【0160】
図19に、レスポンダー/非レスポンダー マーカーを用いた治験の概念図を示す。従来の第二相試験の結果“有効性なし”と判定された試験薬について、まず、有効であった被験者(=レスポンダー)と有効でなかった被験者(=非レスポンダー)から細胞の提供を受け、各々iPS細胞株を樹立する。次に、これらのiPS細胞及び/又は当該iPS細胞から作製した細胞・組織に対し、種々の解析(トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボローム、エピジェネティクス解析等)を行うことにより、レスポンダー又は非レスポンダーに共通する特徴(=マーカー)を見つける。そして、当該レスポンダー・マーカーを有する被験者のみ、又は非レスポンダー・マーカーを有さない被験者のみを集めて第二相試験を再度行う。有効であった場合には、当該レスポンダー・マーカーを有するヒトに有効な治療薬として、第三相試験に進む。
【0161】
すなわち、ヒトを対象とした臨床試験の結果から解析対象を分類し、iPS細胞を用いた実験系で解析する、というこれまで想定されていた方法とは逆のiPS細胞技術の利用方法である。
【産業上の利用可能性】
【0162】
本発明によれば、多能性幹細胞から効率良く均一な運動神経細胞又は神経細胞を誘導することができるので、神経変性疾患や神経損傷の優れた細胞モデルを提供することができ、当該疾患の治療薬の探索に有用である。また、運動神経細胞へと誘導することが可能な多能性幹細胞から誘導された血球細胞は、直接運動神経細胞へと誘導が可能であり、かつ運動神経細胞の欠損部位に集積する性質があることから、当該血球細胞は神経変性疾患または神経損傷の治療に有用である。
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