(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6473085
(24)【登録日】2019年2月1日
(45)【発行日】2019年2月20日
(54)【発明の名称】クラッチ用摩擦材
(51)【国際特許分類】
F16D 13/62 20060101AFI20190207BHJP
【FI】
F16D13/62 A
【請求項の数】6
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-535525(P2015-535525)
(86)(22)【出願日】2014年9月5日
(86)【国際出願番号】JP2014073437
(87)【国際公開番号】WO2015034033
(87)【国際公開日】20150312
【審査請求日】2017年8月10日
(31)【優先権主張番号】特願2013-186787(P2013-186787)
(32)【優先日】2013年9月9日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000149033
【氏名又は名称】株式会社エクセディ
(73)【特許権者】
【識別番号】513227734
【氏名又は名称】エクセディ フリクション マテリアル カンパニー リミテッド
【氏名又は名称原語表記】EXEDY Friction Material Co.,Ltd.
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000202
【氏名又は名称】新樹グローバル・アイピー特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】山田 剛
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 修康
(72)【発明者】
【氏名】森 広樹
(72)【発明者】
【氏名】竹原 隆
(72)【発明者】
【氏名】雲母亀 伸也
(72)【発明者】
【氏名】吉田 一誠
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 豪
(72)【発明者】
【氏名】波田野 将史
(72)【発明者】
【氏名】大曽根 竜也
【審査官】
岡澤 洋
(56)【参考文献】
【文献】
特開平03−255235(JP,A)
【文献】
特開平07−224872(JP,A)
【文献】
特表2009−534590(JP,A)
【文献】
特開平03−255234(JP,A)
【文献】
特開2007−45860(JP,A)
【文献】
特開昭62−106135(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 13/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゴム材料及び熱硬化性樹脂を含む母材と、
前記母材の上に接して形成され、前記母材内の熱硬化性樹脂が熱硬化することによって生じたガラス状炭素構造またはグラファイト構造を含む中間層と、
前記中間層の上に接して形成され、前記母材内のゴム及び樹脂成分が熱分解することによって生じた熱分解生成物を含む最外表面層と、
を備え、
前記母材は中心軸を有するリング状に形成されており、
前記最外表面層の表面には、前記中心軸を中心として放射状に延びる複数の溝が形成されている、
クラッチ用摩擦材。
【請求項2】
前記母材は加硫剤をさらに含む、請求項1に記載のクラッチ用摩擦材。
【請求項3】
前記母材は補強繊維及び摩擦係数調整材をさらに含む請求項2に記載のクラッチ用摩擦材。
【請求項4】
前記中間層は1μm以上3μm以下の範囲の厚さを有する、請求項1から3のいずれか1項に記載のクラッチ用摩擦材。
【請求項5】
前記最外表面層は10μmから15μmの範囲の厚さを有する、請求項1から4のいずれか1項に記載のクラッチ用摩擦材。
【請求項6】
前記複数の溝は円周方向に等角度間隔で配置されている、請求項1から5のいずれか1項に記載のクラッチ用摩擦材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摩擦材、特に動力伝達を断接する自動車、産業機械のクラッチに使用されるクラッチ用摩擦材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の動力伝達システム、特に自動車の動力伝達システムの分野では、種々のクラッチが使用されている。最近では、ガソリンエンジンと電気モータとを併用するハイブリッド自動車(HEV)においても、変速機入力軸と、電気モータ出力軸またはエンジン出力軸と、の間にクラッチが設置されている。このクラッチは、モータ駆動モードとエンジン駆動モードとの間で駆動モードを切り替える。そして、ここでは、安定して動力を伝達することができる湿式多板クラッチが使用されている。
【0003】
このような湿式多板クラッチでは、動力伝達経路にオイルが介在する。このため、回生時、すなわち制動のためにモータを発電機として使用するときに、効率が低下する問題がある。また、オイルが介在することによって、動力伝達性が安定し、寿命を長くすることできるが、環境に対して負荷を与える場合がある。このため、ハイブリッド自動車においても、動力伝達経路にオイルが介在しない、乾式多板クラッチを使用することが検討されている。
【0004】
従来の乾式多板クラッチでは、摩擦板の摩擦係数が大きい。このために、ハイブリッド自動車に乾式多板クラッチを使用すると、モータ駆動モードからエンジン駆動モードへの切り替え時のクラッチ係合初期過程で急激に過大なトルクを伝えることがあり、またトルクを安定して伝達することができないことがある。このため、駆動系が原因の車体振動(ジャダー)が生じたり、クラッチの鳴き(異音)が生じることがある。これら、車体振動および/または異音は、搭乗者に伝わり、搭乗者に不快感を与えることがある。特にハイブリッド自動車は、エンジン駆動車と異なり、電気モータによる静かな発進をするので、搭乗者は、このような振動および/または異音をより感じ易い。
【0005】
このような振動および/または異音は、クラッチシステムが比較的新品の状態の時や疲労期に生じ易いことが分かっている。
【0006】
ここで、特許文献1には、ハイブリッド自動車の駆動力伝達装置において、乾式多板式クラッチが使用されることが示されている。この特許文献1では、駆動力伝達装置を収容するフロントカバーに、乾式クラッチからの摩耗粉を外部に放出するための外気排出穴が設けられている。そして、この外気排出穴から密閉空間に水が侵入することを防止している。
【0007】
特許文献2には、配合ゴムを含有する乾式摩擦材において、摩擦材の反摩擦面側に、配合ゴムの反応ガスを排出するための孔や溝を形成することが開示されている。
【0008】
特許文献3には、摩耗性を改善した摩擦材が開示されている。
【0009】
特許文献4には、高回転、高温条件下での耐摩耗性が良好であり、高摩擦係数を維持できる乾式摩擦材が開示されている。
【0010】
特許文献5には、バースト強度、摩耗率およびカシメ孔加工性が劣化しない摩擦材用素材の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2013−119899
【特許文献2】特開2013−44357
【特許文献3】特開2004−144301
【特許文献4】特開2000−256652
【特許文献5】特開2000−37797
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献2〜5に記載されているように、乾式および湿式摩擦材に関する発明は多数提案されている。しかし、いずれの発明も摩擦材の耐久性および摩擦係数を強化することを目的とするものである。
【0013】
ここで、上記の様な車体振動および/または異音の原因は、摩擦材とその相手部材との間の摩擦界面で発生する摩擦振動によるものである。
【0014】
そこで本発明者らは、上記のような振動および/または異音の問題を解決するために、クラッチ用摩擦材について鋭意研究を進めたところ、従来のクラッチ用摩擦材の問題を解決できる摩擦材、特に、摩擦材の使用初期において問題解決に有効な発明をするに至ったものである。
【0015】
本発明の目的は、摩擦界面で発生する摩擦振動が発生しにくい、使用開始直後でも早期に安定した摩擦特性を得られるクラッチ用摩擦材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の一側面に係るクラッチ摩擦材は、母材と、中間層と、最外表面層と、を備えている。母材はゴム材料及び熱硬化性樹脂を含む。中間層は、母材の上に形成され、母材内の熱硬化性樹脂が熱硬化することによって生じたガラス状炭素構造またはグラファイト構造を含む。最外表面層は、中間層の上に形成され、母材内のゴム及び樹脂成分が熱分解することによって生じた熱分解生成物を含む。
【0017】
好ましくは、母材は加硫剤をさらに含む。
【0018】
好ましくは、母材は補強繊維及び摩擦係数調整材をさらに含む。
【0019】
好ましくは、中間層は1μm以上3μm以下の範囲の厚さを有する。
【0020】
好ましくは、最外表面層は10μmから15μmの範囲の厚さを有する。
【0021】
好ましくは、中間層及び最外表面層は、母材を250℃以上295℃以下の範囲の間で2時間以上10時間以下の間加熱処理することによって得られる。
【0022】
好ましくは、一方側の表面に形成された複数の溝をさらに備えている。
【0023】
好ましくは、母材は中心軸を有するリング状に形成されている。そして、複数の溝は中心軸を中心として放射状に延びて形成されている。
【0024】
好ましくは、複数の溝は円周方向に等角度間隔で配置されている。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係わる摩擦材によれば、ゴム及び樹脂が熱変性された層を外側に有し、この層は、使用初期でも使用時間の長い摩擦材と同様な安定した摩擦特性を有する。このため、摩擦振動を発生しにくく、摩擦振動の結果生じるクラッチの異音やジャダーの発生を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明の一実施形態によるクラッチ用摩擦材の正面図。
【
図3】
図1に示す摩擦材を製造する方法の1例を示すフローチャート。
【
図4】本発明の一実施形態による摩擦材とドリブンプレートとの関係の変化を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、添付図面を参照し、本発明の実施形態について説明する。この実施形態は、単に発明を説明するためのものにすぎず、発明は、図面に示し、以下詳細な説明に示す実施形態だけに限定されるものではない。
【0028】
図1は本発明の一実施形態による摩擦材10の正面図を、
図2はその断面を示している。摩擦材10は、リング状に形成されており、両表面には複数の溝10aが形成されている。複数の溝10aは、中心軸を中心として放射状に延び、かつ円周方向に等角度間隔で形成されている。
【0029】
摩擦材10は、摩擦材のベースとなる母材20と、母材20の上に形成された中間層30と、この中間層30の上に形成された最外表面層40と、を備える。
【0030】
母材20は、アクリロニトリル−ブタジエンゴム(NBR)、スチレン−ブタジエンゴム(SBR)のそれぞれ単独及びこれらの組み合わせを含む、ゴム材料を主成分として含み、補強繊維、熱硬化性樹脂、摩擦係数調整剤、加硫剤等の添加剤を更に含む。
【0031】
補強繊維として、天然パルプ、合成繊維、炭素繊維(例えば、アラミド繊維、カーボンファイバー等)、ガラス繊維または金属繊維等を単独またはこれらの2種以上の組み合わせを使用できる。これら繊維は、チョップ状、ヤーン状、リボン状、不織布状またはこれらの組み合わせのいずれでもよく、これら繊維が、チョップ状となっている場合には、繊維は、ゴム材料及び添加剤に対し均一に分布することが好ましい。
【0032】
熱硬化性樹脂として、フェノール系樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、フタレート樹脂を単独またはこれらの2種以上を組み合わせて使用できる。
【0033】
摩擦係数調整材として、炭素粒子(例えば、カーボンブラック、グラファイト)、無機粉末物質(例えば、活性炭、珪藻土、タルク)、有機粉末物質(例えばカシューナッツ粉)を単独またはその組み合わせて使用できる。
【0034】
母材20には、ゴム成分を硬化するための加硫成分が更に含まれる。
【0035】
図3のフローチャートに示されるように、本発明の一実施形態による摩擦材は、次の方法で製造される。
【0036】
まず、アクリロニトリル−ブタジエンゴム(NBR)と、フェノール樹脂と、繊維と、摩擦調整材と、を混合し、加圧成形することによって硬化(キュア)させ、リング状の母材20を製造する。なお、この際に、複数の溝10aも同時に成形する。この母材20の少なくとも一方の面を研磨し、リング状の摩擦材10を製造する。
【0037】
このように製造された摩擦材10を2枚の金属板の間に挟持した状態で加熱炉に装入し、2時間かけて280℃まで温度を上げ、この温度を4時間維持し、炉内温度が150℃となったところで摩擦材10を取り出す。
【0038】
以上のようにして得られた摩擦材10を切断し、断面の成分を分析したところ、摩擦材10には、母材20の上に成分の異なる2層が形成されていることが判明した。すなわち最も外側に位置する最外表面層40と、その最外表面層40と母材20との間に位置する中間層30と、が形成されていることが判明した。
【0039】
最外表面層40は、厚さが約10μmであった。TG−DTA分析により(TG−DTAの場合であれば熱挙動をし、成分分析とする場合は他の分析法、例えばガス質量分析法により)成分分析をしたところ、最外表面層40では、元々母材に含まれていたゴム成分の一部が熱分解し、熱硬化性樹脂の一部が熱分解すると共に熱硬化していた。
【0040】
一方最外表面層40と母材20との間に位置する中間層30は、厚さが約2μmであり、成分分析をしたところ、母材に含まれていた熱硬化性樹脂成分が熱硬化し、ガラス状炭素構造を形成していたり、グラファイト構造になっていることが判った。
【0041】
上記構造および成分分析に加え、上記熱処理(リキュア)を施した摩擦材に対して摩擦振動確認試験を行った結果を
図4に示す。
図4に示されるように、初期段階(a)では、ドリブンプレート60が摩擦材10の最外表面層40を削り、摩耗粉50を排出しながら移行期に移行する。この移行期では、ドリブンプレート60の突起が摩耗し、摩耗粉50を排出する(b)。その後安定期になると、ドリブンプレート60に安定皮膜62が形成され(c)、主に摩擦材10が摩耗することが判った。
【0042】
また、上記と同じ組成の母材を使用し、異なる条件での加熱処理を施した摩擦材と加熱処理を施さない摩擦材(従来品)に対し摩擦振動確認試験を行った。その結果、加熱温度は250℃から295℃、加熱時間は2時間から10時間の範囲で同様の効果を確認することができた。なお、加熱温度が250℃から295℃で、加熱時間を2時間から10時間の範囲で処理を行った場合、中間層は1μm以上3μm以下の範囲で形成され、最外表面層は10μm以上15μm以下の範囲で形成される。
【0043】
また、上記のように加熱処理をした、本発明の摩擦材を芯金の一方または両面に接着した複数の摩擦板と、この摩擦板にギャップをもって対向的に配置された複数のドリブンプレートとから構成された多板乾式クラッチを製造し、ハイブリッド自動車に実装し、走行テストを実行した結果、加熱処理品は、未処理品に対して、クラッチから伝達されるトルクが非常に安定化しており、ジャッダーや鳴きなどの異音が生じる事がないことが判明した。
【0044】
また、摩擦材10の表面に複数の溝10aが形成されているために、摩耗粉を摩擦面から効果的に外周に放出でき、さらにドラグが軽減される。
【0045】
[他の実施形態]
(a)前記実施形態の摩擦材は、乾式クラッチに使用するものとして記載したが、用途は乾式クラッチだけに限定されず、湿式クラッチにも有効である。
【0046】
(b)本発明の摩擦材は、ハイブリッド自動車に使用される多板乾式クラッチ用摩擦材に限定されず、エンジン駆動車両及び電気モータ駆動車両にも使用できる。
【0047】
(c)前記実施形態では、摩擦材をリング状に形成したが、摩擦材の形状はこれに限定されない。例えば、円弧状に形成してもよく、また矩形等の形状にしてもよい。円弧状に形成した場合は、複数の摩擦材を円周状に並べて配置し、前記実施形態と同様のクラッチ用摩擦材とすることができる。
【0048】
(d)本発明では、摩擦材に溝を形成することは必須ではない。また、溝の形状や配置についても、前記実施形態に限定されない。
【産業上の利用可能性】
【0049】
このクラッチ用摩擦材では、ゴム及び樹脂層が熱変性された層が、使用初期でも使用時間の長い摩擦材と同様な安定した摩擦特性を有する。このため、摩擦振動を発生しにくく、摩擦振動の結果生じるクラッチの異音やジャダーの発生を低減できる。
【符号の説明】
【0050】
10 摩擦材
10a 溝
20 母材
30 中間層
40 最外表面層
50 摩耗粉
60 ドリブンプレート
62 安定皮膜