(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1記載の減肉検査方法であって、前記領域内において設定される複数の測定箇所は、前記壁部のうち既知の肉厚をもつ参照部位に対応する参照用測定箇所と、前記検査対象部位に対応する検査用測定箇所と、を含み、前記参照用測定箇所における前記壁部の表面と前記基準面とを密着させながら前記参照部位について採取された前記検出信号と、前記検査用測定箇所における前記壁部の表面と前記基準面とを密着させながら前記検査対象部位について採取された前記検出信号と、の対比に基いて当該検査対象部位の減肉の判定が行われる、減肉検査方法。
請求項2記載の減肉検査方法であって、前記検査対象部位において前記渦電流の持続時間について採取したデータと、前記参照部位において前記渦電流の持続時間について採取したデータと、の対比により、前記検査対象部位における減肉状態の判定が行われる、減肉検査方法。
請求項1〜4のいずれかに記載の減肉検査方法であって、前記壁部は前記領域として円筒状の周面を有する領域を含み、前記複数の測定箇所は前記領域内において前記円筒状の周面の軸方向及び周方向の少なくとも一方の方向に互いに離れた箇所に設定される、減肉検査方法。
【背景技術】
【0002】
構造物の中には、例えばその一部が土やアスファルトからなる地盤その他の基礎部分に埋められた状態で設置された一部埋設構造物のように、その腐食による減肉の進行が外部から観察することが困難なものがある。特に、前記の一部埋設構造物は、その埋め込まれた部分のうち前記基礎部分の表面に近い部分である際部分に海塩粒子や結露水等の腐食因子が集中すること、あるいは地上と地中の電位差が生じることによるマクロ腐食現象により、当該際部分で前記板状体の局部的な腐食による減肉が進むことがある。このような腐食による構造物の減肉は、当該構造物全体の強度を低下させる要因となり得るのに加え、外部観察が困難であることから進行し易く、よってその早期発見のための検査が要望される。
【0003】
従来、このような検査を行う方法として、パルス渦電流探傷法、超音波探傷法、電磁誘導式膜厚測定法といった、いわゆる非破壊検査法が知られている。これらの非破壊検査法は、測定対象である構造物や当該構造物が埋められている基礎部分を破壊することなく比較的短時間で当該構造物における減肉を検査することができる利点がある。
【0004】
例えば特許文献1には、パルス渦電流探傷法を用いた減肉検査方法が開示されている。この検査方法は、パイプ等の被検査物において減肉等の欠陥が想定される部分の表面に、渦電流を生じさせるための送信器であって励磁コイルを含むものと当該渦電流の減衰を検知するための受信器とを備えた装置(いわゆる測定プローブ)を前記被検査物の検出対象部位の表面に当てることと、当該励磁コイルに直流のパルス電流を流した後の渦電流の減衰を前記受信器によって検出することと、その検出した渦電流の減衰と既知の壁厚をもつ部位について予め検出された渦電流の減衰とを比較することにより、前記検出対象部位の肉厚を推定することと、を含む。
【0005】
この方法では、前記励磁コイルに直流のパルス電流が流されることにより、磁界の急激な変化が生じて前記被検査物の表面に渦電流が生じ、この渦電流は減衰しながら徐々に被検査物の内側に浸透し、最終的に、被検査物の裏面まで到達した時点で当該渦電流の減衰が急激に加速する。従って、当該渦電流の減衰の加速が始まるまでの時間を計測することにより、前記検出対象部位の肉厚の推定が可能となる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前記の非破壊式の減肉検査方法において、高い検査精度を得るためには、検出信号(例えば渦電流の減衰を示す信号)と実際の肉厚との間に良好な線形性が保たれることが重要である。しかしながら、検査状況によっては前記肉厚に対応する検出信号に大きなばらつきが生じ、両者の間に十分な線形性が得られなくなる場合が存することが判明した。
【0008】
本発明は、このような事情に鑑み、構造物の減肉についての非破壊検査を高精度で行うことができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記非破壊検査の精度を低下させる要因として、検査対象である構造物に対する測定プローブの姿勢のばらつきに着目した。例えば、前記検査対象部位の表面が曲面である場合や、当該検査対象部位に対して前記測定プローブが傾いた姿勢で当該測定プローブを当てなければならない場合、当該検査対象部位に対する当該測定プローブの姿勢を正確に繰返し復元することは難しく、当該姿勢にばらつきが生じやすい。この姿勢のばらつき、換言すれば、構造物に対する測定プローブの相対角度のばらつきは、当該測定プローブによって測定される壁部の肉厚を実質上変動させ、当該測定プローブの検出信号と実際の肉厚との間の線形性を悪化させる要因となる。
【0010】
本発明は、このような構造物の検査対象部位に対する測定プローブの姿勢を安定させることにより、高い検査精度の確保を実現する方法を提供するものである。提供されるのは、肉厚を有し、かつ、表面の形状が均一である領域を含む壁部を備えた構造物の当該壁部の減肉状態を検査するための方法であって、前記検査のための検査信号の発信及びこれに対応する前記壁部からの検出信号の受信を行う測定プローブであって、励磁コイルを有していて当該励磁コイルにパルス電流を流すことにより前記構造物の壁部に渦電流を生じさせる励磁信号を発信するとともにその渦電流の強さについての検出信号を受信する測定プローブを用意することと、前記測定プローブを前記構造物の前記領域内の前記壁部の表面に対して前記壁部の表面の法線方向に対して当該測定プローブが傾斜する傾斜姿勢に保ったまま当該測定プローブの周囲において当該壁部の表面上に流動性を有しかつ固化することが可能な成形材料を供給しその供給後に当該成形材料を固化することにより、当該表面に密着可能な基準面を有しかつ当該表面に当該基準面が密着した状態で当該表面に対して前記測定プローブを前記
傾斜姿勢で保持するプローブ保持用型材を成形することと、前記領域内において設定された複数の測定箇所における前記壁部の表面に前記プローブ保持用型材の前記基準面を順次密着させてその密着状態で前記測定プローブによる前記検査信号の送信及び前記検出信号の受信をそれぞれ行うことと、前記複数の測定箇所でそれぞれ受信した検出信号に基いて、前記領域内またはその近傍に位置する検査対象部位の減肉状態の判定を行うことと、を含む。ここで「密着」とは、プローブ保持用型材に保持される測定プローブの壁部に対する相対姿勢を特定できる程度に当該プローブ保持用型材の基準面が当該壁部の表面に密接した状態をいう。
【0011】
この方法では、構造物の壁部の表面が特定の領域内で均一であることを利用し、当該壁部の表面を基準に測定プローブの姿勢を特定することにより、当該壁部の表面に対する当該測定プローブの姿勢を安定させることができる。具体的には、前記領域内における表面と特定の姿勢にある測定プローブの周囲に成形材料を供給することにより成形されたプローブ保持用型材の基準面を前記領域内における壁部の表面に密着させることにより、当該プローブ保持用型材を媒介にして前記測定プローブの姿勢を前記壁部の表面を基準に特定することができる。このことは、前記領域内における壁部の表面に対する当該測定プローブの姿勢を安定させ、これにより、当該測定プローブが受信する検出信号と実際の壁厚との相関関係を良好にして検査精度を向上させることを可能にする。また、前記のようにして成形されたプローブ保持用型材の基準面は、実際の構造物の壁部が保有する表面の形状に確実に整合するので、当該基準面と前記領域内での壁部の表面との高い密着性が保障される。
【0012】
なお、前記プローブ保持用型材の成形は、前記構造物が設置された現場で行われてもよいし、当該構造物が当該現場に施工される前の段階で、例えば工場内で行われてもよい。
【0013】
前記領域内において設定される複数の測定箇所、つまり壁部の表面とプローブ保持用型材の基準面との密着が行われる箇所は、その全てが前記検査対象部位に対応する箇所であってもよいし、検査対象部位に対応する箇所以外の箇所を含んでいてもよい。例えば、当該複数の測定箇所が、前記壁部のうち既知の肉厚をもつ参照部位に対応する参照用測定箇所と、前記検査対象部位に対応する検査用測定箇所と、を含み、前記参照用測定箇所における前記壁部の表面と前記基準面とを密着させながら前記参照部位について採取された前記検出信号と、前記検査用測定箇所における前記壁部の表面と前記基準面とを密着させながら前記検査対象部位について採取された前記検出信号との対比に基いて当該検査対象部位の減肉の判定が行われてもよい。
【0014】
例えば
、前記検査対象部位において前記渦電流の持続時間について採取したデータと、前記参照部において前記渦電流の持続時間について採取したデータと、の対比により、前記検査対象部位における減肉状態の判定を行う場合に、本発明は非常に有効である。
【0015】
また、本発明は、前記測定プローブの前記特定姿勢が、前記壁部の表面の法線方向に対して当該測定プローブが傾斜する姿勢である場合に、特に有効である。このような傾いた姿勢を単純な手作業で正確に復元することは困難であるが、前記のようにして成形されたプローブ保持用型材を用いれば、その基準面を壁部の表面に密着させるだけの簡単な作業で前記の傾斜姿勢を容易にかつ正確に復元することが可能である。
【0016】
例えば、前記構造物はその一部が基礎部分に埋められた一部埋設構造物であり、前記検査対象部位は当該一部埋設構造物の壁部のうち前記基礎部分の表面から特定深さまで当該基礎部分内に埋められた部分である際部分である場合、前記検査用測定箇所が前記基礎部分の表面の近傍の際部分検査箇所を含み、前記測定プローブが、その励磁コイルの中心軸を前記際部分に指向させるように当該中心軸が前記壁部の表面に対して予め決められた特定傾斜角度で傾斜する姿勢で前記際部分検査箇所にセットされれば、この状態で前記励磁コイルにパルス電流を流すことにより、前記際部分が前記基礎部分内に埋め込まれているにもかかわらずその表面に前記渦電流を形成することが可能である。そして、この場合に、前記プローブ保持用型材を用いて前記壁部の表面に対する前記測定プローブの傾斜姿勢を安定させることにより、前記際部分の減肉の検査を高精度で行うことができる。
【0017】
本発明は、前記壁部が前記領域として円筒状の周面を有する領域を含む場合に、好適である。このような円筒状の周面を有する領域内では、当該周面を軸方向から見た曲率が一定であるため、当該領域内であれば、当該周面の軸方向及び周方向の少なくとも一方の方向に互いに離れた任意の箇所を前記測定箇所として選定することが可能である。
【発明の効果】
【0018】
以上のように、本発明によれば、構造物の減肉についての非破壊検査を高精度で行うことができる方法が、提供される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】一般のパルス渦電流探傷法の原理を説明するための断面図である。
【
図2】前記パルス渦電流探傷法に用いられる測定プローブの例を示す断面図である。
【
図3】前記パルス渦電流探傷法における渦電流の形成を示す斜視図である。
【
図4】前記パルス渦電流探傷法における渦電流検出信号の強度の時間変化を示すグラフである。
【
図5】本発明の実施の形態に係る円筒状構造物の際部分の減肉検査方法を示す断面正面図である。
【
図6】前記減肉検査方法において成形されるプローブ保持用型材の基準面が前記円筒状構造物の周壁の外周面に密着した状態を示す一部断面平面図である。
【
図8】
図6に示す状態を下方から見た一部断面斜視図である。
【
図9】前記プローブ保持用型材を下から見た斜視図である。
【
図10】前記プローブ保持用型材を成形する工程を示す一部断面斜視図である。
【
図11】前記プローブ保持用型材を成形する工程を示す一部断面側面図である。
【
図12】前記プローブ保持用型材を参照用測定箇所において円筒状構造物の周壁の外周面に当てた状態を示す一部断面斜視図である。
【
図13】前記プローブ保持用型材を検査用測定箇所において円筒状構造物の周壁の外周面に当てた状態を示す一部断面斜視図である。
【
図14】前記実施の形態に係る減肉検査方法の実効性を検証するための模擬試験に用いられる供試体を示す一部断面正面図である。
【
図15】前記模擬試験において比較例について得られた減肉量と渦電流持続時間との関係を示すグラフである。
【
図16】前記模擬試験において実施例について得られた減肉量と渦電流持続時間との関係を示すグラフである。
【
図17】基礎部分であるコンクリート等の壁に一部が埋められた構造物を示す一部断面正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の好ましい実施の形態を、図面を参照しながら説明する。なお、以下に説明する実施形態は、パルス渦電流探傷法を用いた構造物の際部分の減肉の非破壊検査に本発明方法が適用されたものであるが、本発明に係る方法は、パルス渦電流探傷法以外の非破壊検査方法、例えば超音波探傷法や、電磁誘導式膜厚測定法にも適用することが可能である。
【0021】
1)パルス渦電流探傷法の原理について
本発明の実施の形態を説明するにあたり、まず、一般に知られているパルス渦電流探傷法的による減肉検査の態様及び原理を、
図1〜
図4を参照しながら説明する。
【0022】
図1は、一般的なパルス渦電流探傷法において被検査物10の表面に測定プローブ20が当てられた状態を示している。
【0023】
図1に例示される被検査物10は、母材12と、その表面を覆う保温材14と、を有し、母材12は電磁誘導によって渦電流の発生が可能な材料、すなわち、導電性を有する材料(例えば鋼材)により構成される。前記保温材14は、絶縁材料からなる。このような保温材14に例示される表面層が母材12の表面を覆っていない場合は勿論、覆っている場合にも測定可能であることがパルス渦電流探傷法の利点の一つである。
【0024】
前記測定プローブ20は、
図2及び
図3に示す励磁コイル22及び検出コイル24と、を内蔵し、これらのコイル22,24が一体に走査されることが可能である。この測定プローブ20は、後述のように、前記実施の形態に係る減肉検査方法にもそのまま流用されることが可能なものである。この測定プローブ20は、発信部及び受信部を備える。発信部は、前記励磁コイル22と、
図2に示される電流供給回路26であって前記励磁コイル22に直流のパルス電流を流す回路を含む発信部と、を含み、前記受信部は、前記検出コイル24と、これに接続される検出信号作成回路28と、を含む。前記検出コイル24は、前記励磁コイル22と同軸に配置されており、前記被検査物10の母材12に渦電流が形成されたときに電磁誘導によって当該渦電流の大きさに対応した大きさの電流が前記検出コイル24に流れる。前記検出信号作成回路28は、当該検出コイル24に流れる電流に基づき、前記渦電流の強度に対応した検出信号を作成して出力する。
【0025】
前記測定プローブ20の検出部は、前記検出コイル24を含むものに限られない。例えば、前記励磁コイル22の近傍の磁場を直接電気信号に変換する磁場検出素子であってもよい。あるいは、前記検出部は、前記励磁コイル22のインピーダンスの変化を監視することによって当該励磁コイル22を検出部の一部に利用するものでもよい。
【0026】
図1に示すような一般的なパルス渦電流探傷法では、前記励磁コイル22の中心軸が前記被検査物10の表面の法線方向と合致する姿勢で当該表面に当てられる。この状態で前記励磁コイル14に直流のパルス電流が流されると、これにより形成される磁束の急激な変化によって前記被検査物10の表面、より正確には母材12の表面に
図3に示すような渦電流16が生じ、この渦電流16は減衰しながら徐々に被検査物10の裏面18まで浸透する。このように被検査物10の裏面18まで到達した時点で当該渦電流の減衰が急激に加速する。従って、前記渦電流18が形成されてからその減衰の加速が始まるまでの時間を計測することにより、肉厚の推定が可能である。
【0027】
図4は、前記渦電流の検出信号の時間変化の例を示したグラフである。
図1の左側に示される健全部、つまり減肉が生じていない部位、において励磁コイル22にパルス電流が流されると、
図4の実線に示されるように、母材12に形成される渦電流の検出信号の強度は、しばらくは直線的にかつ緩やかに減少するが、当該渦電流が母材12の裏面に到達した時点で急激に減少するため、図示のような変曲点P0、すなわち時間減少率が急変する点が認められる。従って、前記渦電流が発生してから前記変曲点P0を迎えるまでの経過時間を当該健全部における渦電流持続時間T0として特定することができる。
【0028】
一方、
図1の右側に示されるように腐食等によって母材12の肉厚が減少している減肉部分において励磁コイル22にパルス電流が流された場合も、
図4に二点鎖線で示されるように前記と傾向を同じくする渦電流の検出信号強度の減少が認められるが、肉厚が小さい分だけ渦電流が裏面18に到達するまでの時間が短いため、健全部に比べて早い時期に変曲点P1を迎え、よって特定される渦電流持続時間T1は健全部に係る渦電流持続時間T0よりも短くなる。この渦電流持続時間の長さから被検査物10の(母材12の)肉厚を推定することが可能である。
【0029】
2)パルス渦電流探傷法による際部分の減肉の検査について
以上示したように、一般に知られているパルス渦電流探査法は、例えば
図1に示される被検査物10の表面のように、欠陥の有無を判定すべき部位の表面に対してこれと垂直に(つまり励磁コイル22の中心軸が前記表面の法線方向と合致する向きに)測定プローブを当てるものであるため、いわゆる際部分、すなわち、地盤等の基礎部分に埋められている部分、を含む構造物について、その際部分の減肉の検査を行うことはできない。しかし、当該測定プローブ20における励磁コイル22の中心軸が斜め下方を向く傾斜姿勢で前記円筒状構造物の周面にあてがうことにより、地上での当該測定プローブ20の操作によって地中に埋められた前記際部分の減肉の検査を行うことが可能である。
【0030】
例えば、
図5に示されるように地盤Gに立設された構造物30であって円筒状の壁部である周壁32を含みその下部が当該地盤Gに埋められた構造物30の際部分34、すなわち、地盤の表面GSから特定深さまで埋められた部分、の減肉の判定を行う場合、前記測定プローブ20における励磁コイル22の中心軸が前記際部分34の表面に指向するように当該励磁コイル22の中心軸を斜め下に向けながら当該測定プローブ20を地盤の表面GSの直上の検査用測定箇所である際部分検査箇所にて前記構造物30の周壁32の外周面(すなわち根元部分の外周面)に当てた傾斜姿勢で前記励磁コイル22にパルス電流を流すことにより、前記際部分34に渦電流を形成することが可能であり、かつ、その渦電流の強さを検出コイル24によって経時的に検出することができる。そして、この検出コイル24が生成する検出信号の強度の時間変化から、
図4に示される例と全く同様にして、前記渦電流の持続時間を特定することができる。
【0031】
ただし、このような傾斜した姿勢での測定では、前記測定プローブ20の励磁コイル22と際部分34の表面との間の距離が励磁コイル22の半径方向の位置によって異なるのに加え、当該励磁コイル22の中心軸の傾斜角度によって大きく変動するため、構造物30を構成する壁部である周壁32の肉厚の絶対値を普遍的に特定することは難しい。しかし、前記構造物30の表面に対する前記励磁コイル22の中心軸の傾斜角度を予め定められた特定傾斜角度αに固定し、つまり、当該励磁コイル22を含む測定プローブ20の構造物30に対する姿勢を前記の傾斜姿勢に固定し、前記特定傾斜角度αと同じ角度で前記測定プローブ20を適当な高さ位置(構造物30の腐食による減肉が生じにくい位置、例えば
図5に示すように地盤の表面GSよりも上側の特定の高さ位置である参照用測定箇所)で当該構造物30の部位すなわち減肉がないと推定される健全部に当て、ここで前記と同様に渦電流を形成してその残存時間を測定した結果を参照データとして取得しておき、この参照データと、前記のように際部分測定箇所で際部分34について渦電流の残存時間を測定した結果と、を対比することにより、当該際部分34の肉厚の相対的な評価、すなわち減肉の有無の判定、が可能である。
【0032】
なお、前記参照用測定箇所では前記測定プローブ20と前記構造物30との間に土やコンクリートなどからなる地盤Gではなく大気が介在することになるが、当該地盤G及び大気のいずれも非磁性で絶縁性の高い物質であるため、測定条件に本質的な差異は生じない。従って、
図5に示す参照用測定箇所での測定結果と際部分測定箇所での測定結果との比較は有効であり、その比較に基いて際部分34での減肉の有無の判定が可能である。具体的には、前記参照用測定箇所において特定された渦電流の持続時間に対する前記際部分検査箇所において特定された渦電流の持続時間の割合、あるいはこの割合を100%から減じた減少率を演算し、例えばこの減少率が一定以上の場合に減肉が生じていると判定することができる。前記参照データは、あるいは、前記構造物30が工場から出荷される前(つまり腐食による減肉が始まる前)に当該工場内で採取されることも可能である。
【0033】
3)プローブ保持用型材の成形について
前記のように傾斜姿勢で測定プローブ20を構造物30の周壁32の周面にあてがう方法では、前記特定傾斜角度αが一定であることが前提である。当該特定傾斜角度αの変動は、前記測定プローブ20により測定される肉厚を実質的に変動させ、これにより測定結果に著しい影響を及ぼす。しかしながら、この特定傾斜角度αを単純な手作業で精度よく復元することは事実上困難である。
【0034】
ここに説明される実施の形態は、前記の課題、つまり特定傾斜角度αの復元が困難であるという課題、を、前記周壁32の実際の形状を基準とした
図6〜
図9に示すプローブ保持用型材50の成形によって解決するものである。このプローブ保持用型材50は、前記周壁32の外周面に密着可能な基準面52を有するとともに、当該基準面52が前記周壁32の外周面に密着した状態で前記測定プローブ20を前記傾斜姿勢に保持する形状を有する。このプローブ保持用型材50には、前記測定プローブ20の検出面(斜め下方を向く下面)29を前記周壁32の外周面に露出させるための検出用孔54が形成されている。
【0035】
このプローブ保持用型材50の成形は、次のようにして行われる。
【0036】
まず、前記測定プローブ20が前記構造物30の周壁32の外周面に対し、前記特定傾斜角度αに相当する傾斜姿勢に保持される。この保持は、手で行われてもよいし、
図10及び
図11に示すような仮保持用の治具40が用いられてもよい。この治具40は、前記周壁32の外周面に概略対応した垂直方向に延びる湾曲面42と、前記測定プローブ20が載置される平面である傾斜面44と、水平な平面である底面46と、を有する。つまり、治具40は側方からみて略直角三角形状をなす。また、当該湾曲面42と当該傾斜面44との間には側方から見て前記特定傾斜角度αの補角に相当する角度β(=90°−α)が与えられている。
【0037】
この治具40は、あくまで仮保持用のものであるため、前記湾曲面42と前記周壁32の外周面との間に高精度の密着は要求されない。つまり、当該湾曲面42と当該周壁32の外周面との間に精密な整合は求められない。従って、当該治具40は前記構造物30とは全く独立して工場で生産されることも可能である。
【0038】
前記のような仮保持状態、すなわち、前記特定傾斜角度αに対応する傾斜姿勢で前記測定プローブ20が保持された状態で、当該測定プローブ20の周囲に成形材料が供給される。この成形材料は、流動性を有し、かつ前記供給後に固化することが可能なものであればよく、例えば2液混合タイプの常温硬化型シリコーン樹脂や、アルギン酸塩印象材、寒天などの適用が可能である。
【0039】
図10及び
図11に示す例では、これらの図に二点鎖線56で示されるように、前記成形材料が、前記測定プローブ20の外面のうち前記治具40の傾斜面44に接している検出面29を除く面を外側から覆うように供給される。このような形状をもって与えられた前記成形材料は、そのまま固化することにより、前記
図6〜
図9に示すプローブ保持用型材50となる。このようにしてプローブ保持用型材50が成形された後、前記治具40が前記プローブ保持用型材50から取り外されることにより、当該治具40の形状に対応した前記検出用孔54が前記プローブ保持用型材50に残される。
【0040】
4)プローブ保持用型材を利用した減肉の検査について
前記プローブ保持用型材50の使用は、前記参照用測定箇所及び前記検査用測定箇所(際部分検査箇所)のいずれにおいても前記特定傾斜角度αをもつ前記測定プローブ20の傾斜姿勢を容易にかつ高い精度で復元することを可能にし、これにより際部分34の減肉の検査精度を飛躍的に高める。具体的に、作業者は、
図12に示す参照用測定箇所及び
図13に示す検査用測定箇所のそれぞれにおいて、前記プローブ保持用型材50を把持しながらその基準面52を構造物30の周壁32の外周面に密着させるだけでよい。これにより、前記プローブ保持用型材50に保持される測定プローブ20の姿勢は前記特定傾斜角度αをもつ傾斜姿勢に確実に合致する。従って、当該密着状態で前記測定プローブ20の励磁コイル22による検査信号(渦電流形成信号)の送信及び当該渦電流の強さについての前記検出信号の受信がそれぞれ行われることにより、前記際部分34における減肉状態の判定が適正に行われる。
【0041】
5)模擬試験について
前記プローブ保持用型材50の成形を含む減肉検査方法の有効性は、以下に説明する模擬試験の結果によってより明らかとなる。
【0042】
この模擬試験では、検査対象となる構造物の模擬体として、
図14に示すような供試体60が用いられる。この供試体60は、外径D=140mm及び全長Le=500mmを有する鋼管からなり、これを構成する板状体は、厚みto=4.5mmを有する円筒状の周壁62である。この周壁62の適所に、具体的には、地上存在領域の寸法に相当する寸法L1=350mmだけ上端から離れた部位に、腐食により減肉された部分を模擬するための模擬減肉部64が形成されている。この模擬減肉部64は、外周側の減肉によって前記厚みtoよりも小さい厚みt1を有するように、換言すれば、他の部分との対比において設定された減肉量Δt(=to−t1)を有するように、前記周壁62の外周面を例えば旋盤による切削加工で除去することにより形成されたもので、軸方向についての寸法である一定の幅L2=50mmをもつ。この供試体60のうち前記模擬減肉部64の上端よりも下側の部分が、種々の材質(土、コンクリート及びアスファルト)をもつ模擬地盤内に埋め込まれる。また、他の態様として前記部分が模擬地盤に埋め込まれないもの(換言すれば模擬地盤が空気であるもの)も用意される。
【0043】
このように種々の模擬地盤に下部が埋め込まれた供試体60に対し、実施例として、前述のプローブ保持用型材50を用いた減肉検査方法が実行される。具体的には、特定傾斜角度αが30°、減肉量が0mm、0.5mm、1.1mm及び2.3mmのそれぞれに設定された場合について、前記模擬地盤の表面近傍の検査用測定箇所であって周方向に等間隔で並ぶ8つの際部分検査箇所において前記プローブ保持用型材50の基準面52を前記供試体60の周壁62の外周面に密着させるように当該供試体60に前記プローブ保持用型材50が当てられ、この状態で、前記プローブ保持用型材50に保持された測定プローブ20の励磁コイル22
にパルス電流を流すことによる渦電流の形成と、当該渦電流の強さの測定と、これに基づく当該渦電流の持続時間の特定と、が行われる。そして、このように前記8箇所において特定された持続時間の平均値がとか当該持続時間の代表値として採用される。
【0044】
また、前記実施例とは別に、(前記プローブ保持用型材50を成形することなく)
図10及び
図11に示した簡易な治具40を用いた検査方法が比較例として実行される。具体的には、当該治具40の底面46が前記模擬地盤の表面に接触し、かつ、当該治具40の湾曲面42が前記供試体60の周壁62の外周面に接触(この接触は必ずしも密着ではない)する位置で前記実施例と同様に励磁コイル22にパルス電流を流すことによる渦電流の形成と、当該渦電流の強さの測定と、これに基づく当該渦電流の持続時間の特定と、が前記8箇所において同様に行われ、その平均値が当該持続時間の代表値として採用される。
【0045】
以上のようにして行われた比較例及び実施例についての模擬試験の結果をそれぞれ
図15及び
図16に示す。
【0046】
図15に示すように、前記比較例では、模擬地盤の材質にかかわらず供試体60に与えられた実際の減肉量と測定された渦電流持続時間との間に良好な線形性が認められず、この傾向は、模擬地盤が土である場合に特に著しい。これは、測定プローブ20を支持する治具40の位置及び姿勢が当該治具40の底面46と模擬地盤の表面との接触に依存しており、前記供試体60に対する前記治具40及びこれに支持される前記測定プローブ20の姿勢が直接的には特定されていないため、当該姿勢が安定せず、特に当該模擬地盤の材質が土のように凹凸の激しいものではその上に載せられる治具40の姿勢のばらつきが大きくなることに起因するものと推察される。
【0047】
これに対して実施例では、
図16に示すように、模擬地盤の材質にかかわらず供試体60に与えられた実際の減肉量と測定された渦電流持続時間との間に良好な線形性が認められ、比較例との差は歴然としている。これは、前記測定プローブ20を保持するプローブ保持用型材50の姿勢が当該プローブ保持用型材50の基準面52と供試体60の周壁62の外周面との密着によって確実に特定され、その結果、当該プローブ保持用型材50に保持される測定プローブ20の前記供試体60に対する相対姿勢が正確に特定されることに起因すると推察される。
【0048】
6)その他の実施の形態について
本発明は以上説明した実施の形態に限定されない。本発明は、例えば次のような態様を含む。
【0049】
A)測定プローブの姿勢について
本発明に係る検査方法では、測定プローブの姿勢は限定されない。当該姿勢は、前記の傾斜姿勢に限られず、例えば
図1に示すように被検査物10の壁部の表面に対して垂直に当てられる場合にも有効である。すなわち、このような場合であっても、前記壁部の表面が湾曲している場合には当該表面に対する測定プローブ20の姿勢は安定しないが、前記のプローブ保持用型材の成形によって当該姿勢は飛躍的に安定化する。
【0050】
B)検査対象である構造物について
本発明では、検査対象たる構造物の具体的な形状及び構造を問わない。当該構造物は、
図5等に示されるように全体が一様な円筒状の構造物に限られない。本発明は、肉厚を有し、かつ、表面の形状が均一である領域を含む壁部を備えた構造物の減肉検査に広く適用されることが可能である。例えば、構造物はその一部にのみ円筒状の壁部を有しているものであってもよく、その円筒状の部分の減肉について本発明方法が有効に適用される。また、円筒状の内周面を有する壁部や、球状の表面を有する壁部の減肉検査も、当該内周面や球状表面に密着するような基準面を有するプローブ保持用型材を成形することによって、前記と同様に高い精度で行われることが、可能である。あるいは、当該構造物は壁部のみからなるもの、つまり壁材のみで構成されたもの、であってもよい。
【0051】
また、検査対象が一部埋設構造物である場合において、当該構造物が埋められる基礎部分は地盤に限られない。本発明は、例えば
図17に示すように、コンクリート壁等からなる基礎部分70に一部が埋め込まれた鋼管等からなる構造物72であって、当該基礎部分70から垂直方向以外の方向(
図17では水平方向)に突出するように設けられたものの際部分74(
図17では基礎部分70の表面から所定深さに至るまでの部分)の減肉検査についても有効に適用することが可能である。具体的には、少なくとも
図14に矢印で示される検査用測定箇所、つまり前記基礎部分70の表面の近傍の箇所、において測定プローブがプローブ保持用型材を介して傾斜姿勢でセットされればよい。
【0052】
C)検査箇所について
本発明による検査の対象となる箇所は、前記のような際部分の外周面に限られない。本発明は、際部分以外の部分の減肉や、構造物の内周面の減肉の検査にも適用されることが可能である。また、本発明において設定される複数の測定箇所は、
図5に示すように構造物の軸方向に離れた参照用測定箇所及び検査用測定箇所に限られない。例えば、周方向に並ぶ複数の検査用測定箇所において測定プローブのセットを行う必要がある場合にも、当該セットを前記のようなプローブ保持用型材の基準面と構造物の壁部の外周面との密着を利用して行うことにより、各測定箇所での測定プローブの構造物に対する姿勢を安定させることができ、これにより、高精度での減肉検査が可能になる。