特許第6474077号(P6474077)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6474077層状物質を層間剥離する方法およびそのための装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6474077
(24)【登録日】2019年2月8日
(45)【発行日】2019年2月27日
(54)【発明の名称】層状物質を層間剥離する方法およびそのための装置
(51)【国際特許分類】
   C01B 32/05 20170101AFI20190218BHJP
   C01B 32/20 20170101ALI20190218BHJP
   H01G 11/86 20130101ALI20190218BHJP
   H01G 13/00 20130101ALI20190218BHJP
【FI】
   C01B32/05
   C01B32/20
   H01G11/86
   H01G13/00 381
【請求項の数】6
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2015-48083(P2015-48083)
(22)【出願日】2015年3月11日
(65)【公開番号】特開2016-169114(P2016-169114A)
(43)【公開日】2016年9月23日
【審査請求日】2017年12月22日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】312016056
【氏名又は名称】ハリマ化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100190067
【弁理士】
【氏名又は名称】續 成朗
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】唐 捷
(72)【発明者】
【氏名】張 坤
(72)【発明者】
【氏名】林 悦賢
(72)【発明者】
【氏名】松葉 頼重
(72)【発明者】
【氏名】畑 憲明
【審査官】 神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−009151(JP,A)
【文献】 特開2009−148762(JP,A)
【文献】 特開2014−105123(JP,A)
【文献】 特開2014−118315(JP,A)
【文献】 特許第4371332(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/05
C01B 32/20
H01G 11/86
H01G 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グラファイトを分散媒に懸濁させた懸濁液を高圧処理して、原料導入部から供給する工程、
前記原料導入部から供給された前記懸濁液を層間剥離モジュールに通過させて、前記グラファイトの層間剥離を行う工程、および
前記層間剥離モジュールを通過した後の前記懸濁液を回収部で回収する工程を含む層間剥離方法であって、
前記原料導入部前記層間剥離モジュール、前記回収部、前記原料導入部と前記層間剥離モジュールの間、および前記層間剥離モジュールと前記回収部の間は、前記懸濁液のジェット流を発生させるための部材を有さず、前記懸濁液が流れる通液路の内径が0.15mm以上であり、内径が0.15mm未満である通液路を有さず、
前記層間剥離モジュールは、2つ以上の通液剥離部材を直列的に連結した構造を有し、前記懸濁液の流れに関して上流側の通液剥離部材の通液路の内径よりも下流側の通液剥離部材の通液路の内径が大きいことを特徴とするグラファイトの層間剥離方法。
【請求項2】
前記懸濁液を5MPa以上の圧力で高圧処理することを特徴とする請求項1に記載のグラファイトの層間剥離方法。
【請求項3】
前記層間剥離モジュールは、前記懸濁液が流れる通液路の内径が0.2mm以上であることを特徴とする請求項1または2に記載のグラファイトの層間剥離方法。
【請求項4】
前記回収部で回収した前記懸濁液を前記原料導入部に再び供給して、前記層間剥離モジールを通過させる工程をさらに含むことを特徴とする請求項1から3のうちのいずれか一項に記載のグラファイトの層間剥離方法。
【請求項5】
グラファイトを分散媒に懸濁させた懸濁液を高圧処理して供給する原料導入部、
前記原料導入部から供給された前記懸濁液を通過させて、前記グラファイトの層間剥離を行う層間剥離モジュール、および
前記層間剥離モジュールを通過した後の前記懸濁液を回収する回収部を備える層間剥離装置であって、
前記原料導入部前記層間剥離モジュール、前記回収部、前記原料導入部と前記層間剥離モジュールの間、および前記層間剥離モジュールと前記回収部の間は、前記懸濁液のジェット流を発生させるための部材を有さず、前記懸濁液が流れる通液路の内径が0.15mm以上であり、内径が0.15mm未満である通液路を有さず、
前記層間剥離モジュールは、2つ以上の通液剥離部材を直列的に連結した構造を有し、前記懸濁液の流れに関して上流側の通液剥離部材の通液路の内径よりも下流側の通液剥離部材の通液路の内径が大きいことを特徴とするグラファイトの層間剥離装置。
【請求項6】
前記層間剥離モジュールは、前記懸濁液が流れる通液路の内径が0.2mm以上であることを特徴とする請求項5に記載のグラファイトの層間剥離装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、層状物質を層間剥離する方法およびそのための装置に関するものであり、より詳細には、グラファイトを層間剥離することによる単層もしくは数層のグラフェンを製造する方法およびそのための装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
グラフェンは、炭素原子の六員環が連なった平面状の二次元物質であり、グラファイト(黒鉛)の層状構造の基本構成をなすものである。グラフェンは、電気・電子的特性、機械的特性、光学的特性、熱的特性、力学的特性等に優れていることから、例えば、電子デバイス、蓄電デバイス、構造材料への応用のほか、生物工学、バイオ、医療等、幅広い分野において様々な用途展開が期待されている。
【0003】
グラフェンを製造する方法としては、グラファイトを層間剥離する手法が一般的であり、代表的な例としては、強酸化条件で酸化した酸化グラファイトを剥離する方法(ハマーズ法)が挙げられる。また、強酸化処理工程を要しないグラフェンの製造方法としては、例えば、グラファイトの分散溶液を超音波処理したり、グラファイトの分散溶液に撹拌羽根等を挿入して高速回転させたりして、グラファイトを層間剥離する方法等が提案されている。
【0004】
さらに、近年、工業的量産化に適した製造方法とする観点から、高圧乳化法を利用して、グラファイトを層間剥離する方法が提案されている(特許文献1)。
【0005】
高圧乳化法は、化粧品、食品、製薬等の幅広い分野で利用されている技術であり、原料を含む液体(原料溶液)に高圧をかけて、ノズルやオリフィス等の狭い隙間(細孔、隘路等ともいう)を通すことによって高速流(ジェット流)を発生させ、せん断力、衝撃力、摩砕力等により、乳化、分散、均質化、微細化等を行うものである。
【0006】
高圧乳化法やそのための装置に関しては、これまでに様々な改良の提案がなされている。例えば、特許文献2では、原料溶液にせん断力を付加して所望の原料を乳化・分散させて乳化分散液を生成する際に、原料溶液に付加する圧力(背圧)の大きさを制御し、かつ生成された乳化分散液の背圧を複数の減圧部材により多段階で降圧させることによって、バブリングの発生を抑制する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2014−9151号公報
【特許文献2】特許第4371332号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載されるように、高圧乳化法をグラファイトの剥離に適用するにあたっては、原料溶液中のグラファイト粒子の面方向に対してせん断力を作用させる観点から、貫通型方式を採用することが考慮される。
【0009】
ところで、特許文献1に記載の高圧乳化機や特許文献2に記載の乳化分散装置を含む従来の高圧乳化装置は、圧力発生装置(ポンプ部)と、流路を著しく狭くした部分を有するパーツ(例えばノズルやオリフィスであり、以下「ノズル部」ともいう。)とを備えており、これらは高圧乳化法を行うために必須の構成要素である。ポンプ部からの圧力は、ノズル部でジェット流に変換され、ノズル部から噴射された液体は、吸収セルと呼ばれる部材を通過しながら乱流となり、衝撃力やせん断力が加えられる。このように、原料溶液にせん断力を付加することができる点に着目して、高圧乳化法をグラファイトの剥離に応用することを試みたものが、特許文献1に記載の方法である。
【0010】
しかしながら、このような従来の高圧乳化装置を用いてグラファイトの層間剥離を行った場合には、超音波処理や機械的撹拌による剥離と同様に、得られるグラフェンの層厚にバラつきが生じ、目的とする単層もしくは数層のグラフェンの収率が数パーセント程度であるなど、一定の精度で安定的にグラファイトを剥離することが困難であるという課題があった。
【0011】
また、高圧乳化法では、上述したように、もともと、衝撃力や摩砕力等を複合的に組み合わせて原料溶液に作用させることによって原料をより小さい粒径に破砕しながら均質化することを想定して装置構成が設計されている。そのため、グラファイトのような層状物質に対して高圧乳化法を適用した場合には、面方向への衝撃力が加わることにより二次元構造が破壊されて、得られる生成物(例えば、グラフェン)は、面方向の粒径が原料のグラファイトの約半分ほど(例えば、数μm)の小さなフレーク状もしくはフラグメント状となり、その結果、上記生成物が本来発揮し得るほどの優れた特性が得られない場合があるという課題もあった。
【0012】
このため、上記のようなこれまでの様々な試みにも関わらず、従来の高圧乳化法および高圧乳化装置をそのまま適用しても、層状物質を層間剥離して所望の生成物を精度良くかつ高い収率で得ることは困難であり、依然として、さらなる改良が求められている。
【0013】
本発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであり、剥離精度に優れ、かつ高い収率で目的物を得ることのできる、工業的量産化に適した、層状物質を層間剥離する方法およびそのための装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の目的を達成するために鋭意検討した結果、本発明者等は、従来知られている高圧乳化法からは到底想定し得ない解決手段に想到した。すなわち、本発明者等は、従来の高圧乳化装置において必須の構成要素であった上記ノズル部への原料溶液の通液操作によってジェット流が発生する過程において、層状物質の面方向に過度の衝撃力が付加されていること、つまり、所望の原料を乳化・分散させて乳化分散液を生成するという高圧乳化法の最も根幹をなすジェット流の発生条件は、層状物質を層間剥離するという観点からは必ずしも適切ではないことを見出した。
【0015】
そこで、本発明者等は、従来の高圧乳化法の特徴を生かしつつ、層状物質の層間剥離により適した方法に改良することによって、従来の剥離方法と比較して高精度かつ高収率で、グラファイトを単層もしくは数層のグラフェンに層間剥離することができることを見出した。また、グラファイト以外の層状物質についても、当該層状物質を所望の層厚に層間剥離することができることを見出した。
【0016】
これらの新規な知見に基づき、本発明者等は、さらに研究を重ね、本発明を完成させるに至ったものである。
【0017】
すなわち、本発明は、以下の態様を包含する。
(1)層状物質を分散媒に懸濁させた懸濁液を高圧処理して、原料導入部から供給する工程、前記原料導入部から供給された前記懸濁液を層間剥離モジュールに通過させて、前記層状物質の層間剥離を行う工程、および前記層間剥離モジュールを通過した後の前記懸濁液を回収部で回収する工程を含む層間剥離方法であって、前記原料導入部および前記層間剥離モジュールは、前記懸濁液が流れる通液路の内径が0.15mm以上であり、内径が0.15mm未満である通液路を有さないことを特徴とする層状物質の層間剥離方法。
(2)前記懸濁液を5MPa以上の圧力で高圧処理することを特徴とする(1)に記載の層状物質の層間剥離方法。
(3)前記層間剥離モジュールが、2つ以上の通液剥離部材を直列的に連結した構造を有し、前記懸濁液の流れに関して上流側の通液剥離部材の通液路の内径よりも下流側の通液剥離部材の通液路の内径が大きいことを特徴とする(1)または(2)に記載の層状物質の層間剥離方法。
(4)前記回収部で回収した前記懸濁液を前記原料導入部に再び供給して、前記層間剥離モジュールを通過させる工程をさらに含むことを特徴とする(1)から(3)のうちのいずれか一項に記載の層状物質の層間剥離方法。
(5)前記層状物質がグラファイトであることを特徴とする(1)から(4)のうちのいずれか一項に記載の層状物質の層間剥離方法。
(6)層状物質を分散媒に懸濁させた懸濁液を高圧処理して供給する原料導入部、前記原料導入部から供給された前記懸濁液を通過させて、前記層状物質の層間剥離を行う層間剥離モジュール、および前記層間剥離モジュールを通過した後の前記懸濁液を回収する回収部を備える層間剥離装置であって、前記原料導入部および前記層間剥離モジュールは、前記懸濁液が流れる通液路の内径が0.15mm以上であり、内径が0.15mm未満である通液路を有さないことを特徴とする層状物質の層間剥離装置。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、剥離精度に優れ、かつ高い収率で目的物を得ることのできる、工業的量産化に適した、層状物質を層間剥離する方法およびそのための装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の一実施形態に係る層状物質の層間剥離装置を示す模式図である。
図2】実施例1で得られたグラフェンのSEM観察結果を示す画像である。(a)パターン4、(b)パターン5、(c)パターン6、(d)パターン1、(e)パターン2。
図3】実施例1で得られたグラフェンおよび原料のグラファイトについて、比表面積および細孔分布の分析をBET法により行った結果を示すグラフである。(a)グラファイト、(b)パターン4、(c)パターン5、(d)パターン6、(e)パターン1。
図4】実施例2で得られたグラフェンのTEM観察結果を示す画像である。
図5】実施例2で得られたグラフェンおよび原料のグラファイトについて、ラマン分光分析により得られたラマンスペクトルである。
図6】実施例2で得られたグラフェンを用いて作製したスーパーキャパシタについての特性評価結果である。(a)原料のグラファイトを用いた作製したキャパシタ(比較用セル)のサイクリックボルタモグラム(CV曲線)、(b)サンプルグラフェンを用いた作製したスーパーキャパシタ(テスト用セル)のCV曲線、(c)比較用セルおよびテスト用セルの電気化学インピーダンス測定結果を示すグラフ、(d)比較用セルおよびテスト用セルの充放電特性を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ詳細に説明する。ここでは、本発明の実施形態の代表例として、層間剥離の対象となる層状物質(以下、「原料」ともいう。)としてグラファイトを想定した場合を例にして説明する。
【0021】
本実施形態では、原料の面方向の平均粒径は特に制限されないが、層間剥離の効果をより高い精度で得る観点からは、原料の面方向の平均粒径を200μm以下とすることが好ましく考慮され、また、原料の面方向の平均粒径を100μm以下とすることがより好ましく考慮される。なお、原料の面方向の平均粒径が200μm以上の場合であっても、本実施形態による層間剥離の効果を得ることができる。
【0022】
原料の懸濁液の調製に用いる分散媒は、原料の層状物質に応じて適宜選択することができ、例えば、水、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール類、ジメチルホルムアミド、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)等のアミド類、およびこれらの混合溶媒が挙げられる。なお、分散媒は、本発明の目的、効果を阻害しない範囲において、原料と分散媒との親和性等を考慮して、原料をより均一に分散させることを目的に、例えば、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、ドデシル硫酸ナトリウム、コール酸ナトリウム、デオキシコール酸ナトリウム等が分散剤として添加されていてもよく、また、所要の目的に応じてその他の添加剤が添加されていてもよい。
【0023】
原料懸濁液における原料の濃度は特に制限されないが、例えば、2〜100mg/mLであり、好ましくは5〜50mg/mLであり、より好ましくは10〜30mg/mLである。原料濃度が上記の範囲内であると、層間剥離の効果をより高い精度で得ることができる。なお、原料濃度が100mg/mL以上の場合であっても、本実施形態による層間剥離の効果を得ることができる。
【0024】
なお、ノズル部を備える従来の高圧乳化装置では、高粘度の溶液を適用することは困難であったが、本実施形態に係る層間剥離装置1では、後述するようにノズル部を有さない構成であるため、原料懸濁液の粘性が高い場合であっても、原料の層状物質を層間剥離して、目的の生成物を得ることができる。
【0025】
以下の表1に、原料がグラファイトである場合の原料懸濁液の組成の一例を示す。
【0026】
【表1】
【0027】
図1は、本発明の一実施形態に係る層状物質の層間剥離装置を示す模式図である。
【0028】
本実施形態に係る層間剥離装置1は、図1に示すように、その主要な構成として、原料導入部2、層間剥離モジュール3および回収部4を備えている。
【0029】
このような層間剥離装置1を用いて行う、本実施形態に係る層状物質の層間剥離方法は、層状物質を分散媒に懸濁させた懸濁液を高圧処理して、原料導入部2から供給する工程、原料導入部2から供給された前記懸濁液を層間剥離モジュール3に通過させて、前記層状物質の層間剥離を行う工程、および層間剥離モジュール3を通過した後の前記懸濁液を回収部4で回収する工程を含む。
【0030】
原料導入部2では、原料の層状物質を分散媒に懸濁させた懸濁液を高圧処理して、層間剥離モジュール3に供給する。より具体的には、原料導入部2では、図1に示すように、溶液タンク21に貯えられた原料懸濁液を、高圧ポンプ22により高圧処理して、層間剥離モジュール3に供給する。
【0031】
高圧ポンプ22によって原料懸濁液に付加する圧力は、原料の面方向の平均粒径、原料懸濁液における原料の濃度、目的の生成物の用途等に応じて適宜設定することができる。原料がグラファイトである場合には、圧力は、例えば、5〜150MPaであり、好ましくは10〜125MPaであり、より好ましくは20〜100MPaである。なお、後述するように原料懸濁液を層間剥離モジュール3に複数回通過させる場合には、その都度、上記の範囲内で圧力を調節するようにしてもよい。
【0032】
上記の高圧処理工程では、高圧ポンプ22による原料懸濁液への圧力の付加によって、分散媒の分子が原料の層状物質の層間に浸透する作用が強まる。このとき、分散媒分子が浸透する力が層状物質の層間に作用している力(例えば、ファンデルワールス力)を上回ると、分散媒分子が層状物質の層間に次々と入り込んでいく(インターカレートする)ことができるようになる。このようにして、高圧処理工程では、原料の層状物質の層間に多数のギャップが形成されて、層状物質の層間に働いている相互作用が弱められることにより、後述する層間剥離工程において、層間剥離が効率的かつ効果的に進行する。
【0033】
層間剥離モジュール3では、原料導入部2から供給された原料懸濁液を通過させて、原料の層状物質の層間剥離を行う。
【0034】
より具体的には、層間剥離モジュール3は、2つ以上の通液剥離部材を直列的に連結した構造を有し、図1では、層間剥離モジュール3が3つの通液剥離部材31、32、33を直列的に連結した構造を有する形態を例示している。
【0035】
通液剥離部材31、32、33としては、例えば、従来の高圧乳化装置において吸収セルとして使用されるストレートチューブ、スパイラルチューブ等を適用することができる。
【0036】
また、図1に示す層間剥離モジュール3では、層間剥離モジュール3を通過する原料懸濁液の流れに関して上流側の通液剥離部材の通液路の内径よりも下流側の通液剥離部材の通液路の内径が大きく構成されている。すなわち、通液剥離部材31、32、33の通液路の内径を、それぞれD31、D32、D33とすると、D31<D32<D33の関係が成り立つ。
【0037】
通液剥離部材31、32、33の長さは、原料の面方向の平均粒径、原料懸濁液における原料の濃度、目的の生成物の用途等に応じて適宜設定することができる。原料がグラファイトである場合には、例えば、5〜100cmの範囲内を一応の目安とすることができる。なお、通液剥離部材31、32、33の長さは、後述する通液時間や通液回数に応じて適宜調節することが好ましく考慮される。
【0038】
本実施形態において、原料導入部2および層間剥離モジュール3は、原料懸濁液が流れる通液路の内径が0.15mm以上であり、好ましくは0.15mm〜1mmの範囲内である。また、原料導入部2および層間剥離モジュール3は、内径が0.15mm未満である通液路を有さない。すなわち、本実施形態に係る層間剥離装置1においては、従来の高圧乳化装置において必須の構成要素であったノズル部を有さない構成とすることによって、原料の層状物質の面方向に対して意図しない衝撃力が加わることを抑制している。
【0039】
上記の層間剥離工程では、層間剥離モジュール3の通液路を原料懸濁液が通過する際に、流体力学に従ってせん断力が付加される。このせん断力は、上述した高圧処理工程において層状物質の層間に形成されたギャップに作用して、層状物質の層間に働いている相互作用がさらに弱められる。そして、単層もしくは数層のフレーク状の構造体が、層状物質から持ち上げられ剥がれ落ちるようにして、次々と剥離される。剥離された生成物は、その表面に分散媒分子が速やかに吸着することによって安定化され、生成物同士が再び集積して積層化することが抑制される。
【0040】
このように、本実施形態に係る層状物質の層間剥離方法では、原料懸濁液の高圧処理工程と、その後の層間剥離工程を連続的に行うことによって、層状物質が効率的かつ効果的に剥離され、目的の生成物を高い収率で得ることができる。
【0041】
層間剥離モジュール3を通過する際の原料懸濁液の流速は、原料の面方向の平均粒径、原料懸濁液における原料の濃度、目的の生成物の用途等に応じて適宜設定することができる。なお、層間剥離モジュール3を通過する際の原料懸濁液の速度は、後述する通液時間や通液回数に応じて適宜調節することが好ましく考慮される。
【0042】
また、層間剥離モジュール3では原料懸濁液に大きなせん断力がかかるため、通液中に懸濁液の温度が上昇することがある。そのため、原料の過度な加熱による変質や剥離の抑制、回収部4での懸濁液の沸騰等を防ぐことを目的に、層間剥離モジュール3を冷却手段(図示せず)により冷却することができる。
【0043】
回収部4では、層間剥離モジュール3を通過した後の原料懸濁液を回収する。
【0044】
回収した原料懸濁液は、これを取り出して、そのまま目的の生成物の分散液とすることができ、希釈または濃縮することで所望の濃度にすることができる。また、回収した原料懸濁液に残存する層間剥離が進行しなかった原料は、遠心分離等の一般に公知の分離法によって除去することができる。また、回収した原料懸濁液を、ろ過または遠心分離等で固液分離した後、乾燥することによって、目的の生成物を得ることができる。
【0045】
また、本実施形態では、回収部4で回収した原料懸濁液を原料導入部2に再び供給して、層間剥離モジュール3を通過させることもできる。このように、層間剥離モジュール3を複数回通過させることによって、層状物質の剥離精度がより向上し、目的の生成物をより高い収率で得ることができる。なお、上述したように、本実施形態に係る層間剥離装置1はノズル部を有さない構成であるため、原料懸濁液を層間剥離モジュール3に複数回通過させた場合であっても、原料の層状物質の面方向に対して意図しない衝撃力が加わることを抑制しつつ、層状物質の層間剥離を行うことができる。
【0046】
原料懸濁液を層間剥離モジュール3に通過させる時間、すなわち、層間剥離工程を行う時間(通液時間)は、原料の面方向の平均粒径、原料懸濁液の濃度、目的物の用途等に応じて適宜設定することができる。原料がグラファイトである場合には、例えば、15秒〜180分間であり、好ましくは30秒〜150分間であり、より好ましくは1〜120分間である。なお、通液時間に伴って、層間剥離工程を行う回数(通液回数)が適宜調節されることが理解される。
【0047】
このように、本実施形態に係る層状物質の層間剥離方法および層間剥離装置1を用いることにより、層状物質を優れた精度で剥離することができ、例えば、原料としてグラファイトを用いた場合には、単層もしくは数層のグラフェンを高い収率で得ることができる。
【0048】
このようにして得られるグラフェンは面方向の二次元構造の破壊が抑制されているので、グラフェンが本来有している電気伝導性、透明性、機械的特性等がより効果的に発揮され、透明電極等の電子材料、および高速充電・高出力・大容量を実現するスーパーキャパシタとしての応用が期待される。
【0049】
また、本実施形態に係る層状物質の層間剥離方法および層間剥離装置1によれば、従来の層間剥離方法や装置と比較して、バッチ処理および連続処理のいずれにおいても、より大スケールでの実施が可能となることが期待される。
【0050】
なお、本実施形態に係る層状物質の層間剥離方法および層間剥離装置1は、グラファイトを原料とする場合に限定されるものではなく、他の層状物質に対しても適用することができる。他の層状物質としては、例えば、硫化モリブデン(IV)(MoS)、窒化ホウ素(BN)等が挙げられる。ここで、上記で説明した各種の条件は、原料の層状物質の種類、性質等に応じて、適宜設計することができることが理解される。
【0051】
以上、本発明の実施形態を詳述してきたが、上記の構成要件の説明は、本発明の実施形態の一例(代表例)であり、具体的な形態はこれらの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計の変更等があっても本発明に含まれる。
【実施例】
【0052】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0053】
本実施例では、図1に例示した層間剥離装置1の層間剥離モジュール3を表2に示すとおりに構成して、グラファイトの層間剥離試験を行った。なお、通液剥離部材31、32、33として用いたストレートチューブおよびスパイラルチューブは、長さ30cmのものを用いた。
【0054】
【表2】
【0055】
本実施例では、SEM観察用のサンプルは、Siウエハ上にグラフェンの分散液を数mL滴下して調製した。SEM観察は、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM、JSM−6500、JEOL社)を用いて行った。
【0056】
TEM観察用のサンプルは、ホーリーカーボングリッド上にグラフェンの分散液を数mL滴下して調製した。TEM観察は、JEOL 2100(JEOL社)を用いて200kVにて行った。
【0057】
<実施例1>
表2に示す各々のパターンの層間剥離モジュールを備える層間剥離装置を用いて、表1に示す原料懸濁液No.2を、圧力100MPaで原料供給部から供給して、層間剥離モジュールを連続的に10回通液させた。
【0058】
回収した原料懸濁液を6000rpmで60分間遠心分離して、層間剥離されなかったグラファイトの沈殿物を除去することにより、グラフェンの分散液とした。また、得られた分散液を真空ろ過して分散媒を除去し、残渣を120℃で乾燥して、グラフェンの粉末を得た。
【0059】
得られたグラフェンのSEM観察結果を図2に示す。図2(a)〜(e)は、それぞれ、表2に示すパターン4〜6およびパターン1〜2に対応する((a)パターン4、(b)パターン5、(c)パターン6、(d)パターン1、(e)パターン2)。
【0060】
図2の結果から、ノズル部を有するパターン4〜6(図2(a)〜(c))と比較して、ノズル部を有さないパターン1および2(図2(d)、(e))の場合には、面方向の粒径がより大きいグラフェンが得られていることがわかる。
【0061】
また、得られたグラフェンおよび原料のグラファイトについて、比表面積および細孔分布の分析をBET法により行った結果を図3に示す。図3(a)〜(e)は、それぞれ、グラファイト、表2に示すパターン4〜6およびパターン1に対応する((a)グラファイト、(b)パターン4、(c)パターン5、(d)パターン6、(e)パターン1)。なお、本分析は、AUTOSORB(カンタクローム・インスツルメンツ社)を用いて行った。
【0062】
図3の結果から、原料のグラファイトの比表面積は19.6m/gであり(図3(a))、ノズル部を有するパターン4〜6(図3(b)〜(d))の場合には、グラフェンの比表面積は30.0〜37.0m/g程度にとどまっているのに対して、ノズル部を有さないパターン1(図3(e))では、63.5m/gと高い比表面積を有するグラフェンが得られていることがわかる。
【0063】
このように、ノズル部を有さない層間剥離モジュールを用いて、高圧処理したグラファイトの懸濁液を通過させることによって、グラファイトの層間剥離が精度よく行うことができることが確認された。
【0064】
<実施例2>
表2に示すパターン2の層間剥離モジュール3を備える層間剥離装置1を用いて、表1に示す原料懸濁液No.2を、圧力100MPaで原料供給部から供給して、層間剥離モジュールを連続的に120分間通液させた。なお、通液時の原料懸濁液の流速は、約140ml/minであった。
【0065】
回収した原料懸濁液を6000rpmで60分間遠心分離して、層間剥離されなかったグラファイトの沈殿物を除去することにより、グラフェンの分散液とした。また、得られた分散液を真空ろ過して分散媒を除去し、残渣を乾燥(120℃)して、グラフェンの粉末を得た。得られたグラフェンの収率は約15%(約1.5mg/mLの濃度に相当)であった。
【0066】
図4は、得られたグラフェンのTEM観察結果を示す画像である。図4より、実施例2で得られたグラフェンは、層方向の厚さが4nm未満であり、少なくとも10層未満の薄層グラフェンであることがわかる。
【0067】
また、得られたグラフェンについて、以下のようにしてラマン分光分析を行った。
【0068】
分析用サンプルとして、Siウエハ上にグラフェンを蒸着させた。また、原料のグラファイトを用いて比較用サンプルを作製した。
【0069】
図5に、比較用サンプル(a)および分析用サンプル(b)のラマンスペクトルを示す。
【0070】
図5(a)に示すように、比較用サンプル(原料のグラファイト)では、2つの特徴的なピークが1580cm−1(Gピーク)および2714cm−1(2Dピーク)に確認され、加えて、グラファイトのクリスタライト層の境界に帰属される弱いバンドが1355cm−1(Dピーク)に確認される。一方、図5(b)に示すように、分析用サンプル(本実施例で得られたグラフェン)では、上記のDピークの強度が顕著に増加していることがわかる。
【0071】
ここで、DピークとGピークとの比(I/I)を算出すると、原料のグラファイトでは0.15であり、本実施例で得られたグラフェンでは0.55と計算される。このI/I値は、これまでに還元型酸化グラフェンについて報告された値(I/I>1)よりも有意に小さく、このことは、本発明に係る層状物質の層間剥離方法が、層状物質の基礎となる面方向の二次元構造の破壊を有効に抑制していることを示している。
【0072】
原料のグラファイトと比較して本実施例で得られたグラフェンのI/I値がわずかに増加しているのは、得られたグラフェンのエッジ効果によるものであると考えられる。
【0073】
また、図5(a)と図5(b)とを比較すると、本実施例で得られたグラフェンでは2Dピークに変化が見られることがわかる。
【0074】
原料のグラファイトの2Dピークでは、2714cm−1にピーク、2693cm−1にショルダーを有しており、これらはグラファイトの積層構造に特徴的なピークプロファイルである。一方、本実施例で得られたグラフェンの2Dピークでは、わずかに低波数側にシフト(2697cm−1)しており、かつ対称的な形状を有している。このことは、本実施例で得られたグラフェンが、単層もしくは数層のフレーク状構造体で占められていることを強く示唆している。
【0075】
<スーパーキャパシタの作製と特性評価>
実施例2で得られたグラフェン(以下、「サンプルグラフェン」という。)を用いて、以下の手順に従ってスーパーキャパシタを作製し、その特性を評価した。
【0076】
サンプルグラフェンとポリ(テトラフルオロエチレン)(PTFE)とを、質量比90:10の割合で、NMP中で混合した。次いで、この溶液を、多孔質膜(Hydrophilic、0.2μm PTFE)上で吸引ろ過して電極膜を形成した。この電極膜を25℃で24時間真空乾燥させた後、直径15mmにカットして、重さが約0.8mgの電極を作製した。
【0077】
テスト用セルとして、電解液にはイオン液体(1−エチル−3−メチルイミダゾリウム−ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、EMI−TFSI)を用い、セパレーターにはガラス繊維を用い、電流コレクターには導電物として炭素が塗布されたアルミ箔(ExopackTM 0.5mil 両面塗布)を用いた。なお、テスト用セルは、アルゴンガス雰囲気下のグローブボックス内で組み立てた。また、サンプルグラフェンの代わりに原料のグラファイトを用いて比較用セルを作製した。
【0078】
テスト用セルおよび比較用セルについて、VMP3 マルチチャンネル ポテンショスタット/ガルバノスタット(Biologic社)を用いて、サイクリックボルタンメトリー(CV)、電気化学インピーダンス測定(EIS)およびガルバノスタティック測定(GC)を行った。
【0079】
図6に、特性評価結果をまとめて示す。図6(a)は原料のグラファイトを用いた作製したキャパシタ(比較用セル)のサイクリックボルタモグラム(CV曲線)であり、(b)はサンプルグラフェンを用いた作製したスーパーキャパシタ(テスト用セル)のCV曲線である。図6(c)は比較用セルおよびテスト用セルの電気化学インピーダンス測定結果を示すグラフであり、(d)は比較用セルおよびテスト用セルの充放電特性を示すグラフである。
【0080】
特筆すべき点として、図6(d)に示すように、比較用セルの比キャパシタンスが12F/gであったのに対して、テスト用セルでは、75F/gの比キャパシタンスを示した。このように、テスト用セルについて確認された比キャパシタンスの増大は、実施例1に関して示した図3からも理解されるように、原料のグラファイトに比べてサンプルグラフェンの比表面積が大きいことによってもたらされたものであると考えられる。
【符号の説明】
【0081】
1 層間剥離装置
2 原料導入部
21 溶液タンク
22 高圧ポンプ
3 層間剥離モジュール
31、32、33 通液剥離部材
4 回収部

図1
図2
図3
図4
図5
図6