【実施例】
【0071】
実施例1 FR3に荷電アミノ酸残基を導入した抗体の作製
抗インスリン抗体及び抗甲状腺刺激ホルモン受容体(TSHR)抗体のFR3の3つ又は5つのアミノ酸残基を荷電アミノ酸残基に置換して、各抗体の変異体を作製した。
【0072】
(1) 野生型抗インスリン抗体及び野生型抗TSHR抗体の遺伝子の取得
[試薬]
ISOGEN(株式会社ニッポンジーン)
SMARTer(登録商標)RACE 5'/3'キット(clontech社)
10x A-attachment mix(東洋紡株式会社)
pcDNA(商標)3.4 TOPO(登録商標)TAクローニングキット(Thermo Fisher社)
Competent high DH5α(東洋紡株式会社)
QIAprep Spin Miniprepキット(QIAGEN社)
KOD plus neo(東洋紡株式会社)
Ligation high ver.2(東洋紡株式会社)
【0073】
(1.1) 野生型抗インスリン抗体の遺伝子の取得
(1.1.1) 抗体産生ハイブリドーマからのトータルRNAの抽出
ヒトインスリンを抗原に用いて、Kohler及びMilstein, Nature, vol.256, p.495-497, 1975に記載される方法により、野生型のマウス抗ヒトインスリン抗体を産生するハイブリドーマを作製した。このハイブリドーマの培養物(10 mL)を1000 rpmで5分間遠心処理した後、上清を除去した。得られた細胞をISOGEN(1mL)で溶解し、室温で5分静置した。ここに、クロロホルム(200μL)を添加し、15秒間撹拌した後、室温で3分間静置した。そして、これを12000×Gで10分間、4℃にて遠心処理して、RNAを含む水相(500μL)を回収した。回収した水相にイソプロパノール(500μL)を添加して混合した。得られた混合物を室温で5分間静置した後、12000×Gで10分間、4℃にて遠心処理した。上清を除去して、得られた沈殿物(トータルRNA)に70%エタノール(1mL)を添加し、7500×Gで10分間、4℃にて遠心処理した。上清を除去し、RNAを風乾させ、RNaseフリーの水(20μL)に溶解した。
【0074】
(1.1.2) cDNAの合成
上記(1.1.1)で得られた各トータルRNAを用いて、以下の組成のRNAサンプルを調製した。
[RNAサンプル]
トータルRNA (500 ng/μL) 1μL
RTプライマー 1μL
脱イオン水 1.75μL
合計 3.75μL
【0075】
調製したRNAサンプルを72℃にて3分間加熱した後、42℃にて2分間インキュベートした。そして、RNAサンプルに12μM SMARTerIIAオリゴヌクレオチド(1μL)を添加してcDNA合成用サンプルを調製した。このcDNA合成用サンプルを用いて、以下の組成の逆転写反応液を調製した。
[逆転写反応液]
5x First-Strandバッファー 2μL
20 mM DTT 1μL
10 mM dNTP mix 1μL
RNAaseインヒビター 0.25μL
SMARTScribe RT(100 U/μL) 1μL
cDNA合成用サンプル 4.75μL
合計 10μL
【0076】
調製した逆転写反応液を42℃にて90分間反応させた。そして、反応液を70℃にて10分間加熱し、トリシン-EDTA(50μL)を添加した。得られた溶液をcDNAサンプルとして用いて、以下の組成の5'RACE反応液を調製した。
[5'RACE反応液]
10x PCRバッファー 5μL
dNTP mix 5μL
25 mM Mg
2SO
4 3.5μL
cDNAサンプル 2.5μL
10x Universal Primer Mix 5μL
3'-プライマー 1μL
KOD plus neo (1 U/μL) 1μL
精製水 27μL
合計 50μL
【0077】
調製した5'RACE反応液を下記の反応条件でRACE反応に付した。なお、下記の「Y」は、軽鎖については90秒であり、重鎖については150秒である。
[反応条件]
94℃で2分、
98℃で10秒、50℃で30秒、及び68℃でY秒を30サイクル、及び
68℃で3分。
【0078】
上記の反応で得られた5’RACE産物を用いて、以下の組成の溶液を調製した。該溶液を60℃にて30分間反応させて、5’RACE産物の末端にアデニンを付加した。
5’RACE産物 9μL
10x A-attachment mix 1μL
合計 10μL
【0079】
得られたアデニン付加産物及びpcDNA(商標)3.4 TOPO(登録商標)TAクローニングキットを用いて、以下の組成のTAクローニング反応液を調製した。該反応液を室温にて10分間インキュベートして、アデニン付加産物をpCDNA3.4にクローニングした。
[TAクローニング反応液]
アデニン付加産物 4μL
salt solution 1μL
pCDNA3.4 1μL
合計 6μL
【0080】
(1.1.3) トランスフォーメーション、プラスミド抽出及びシーケンスの確認
上記(1.1.2)で得られたTAクローニングサンプル(3μL)をDH5α(30μL)に添加して、氷上で30分静置した後、混合物を42℃にて45秒間加熱してヒートショックを行った。再度、氷上で2分静置した後、全量をアンピシリン含有LBプレートに塗布した。該プレートを37℃にて16時間インキュベートした。プレート上のシングルコロニーをアンピシリン含有LB液体培地中に取り、37℃にて16時間振とう培養(250 rpm)した。培養物を5000×Gで5分間遠心処理して、大腸菌の形質転換体を回収した。回収した大腸菌からQIAprep Spin Miniprepキットを用いてプラスミドを抽出した。具体的な操作は、該キットに添付のマニュアルに従って行った。得られたプラスミドの塩基配列を、pCDNA3.4ベクタープライマーを用いて確認した。以下、このプラスミドを、哺乳動物細胞発現用プラスミドとして用いた。
【0081】
(1.2) 野生型抗TSHR抗体の遺伝子の取得
ジェンスクリプトジャパン株式会社に野生型ヒト抗TSHR抗体の遺伝子の合成を委託して、野生型ヒト抗TSHR抗体の遺伝子を取得した。
【0082】
(2) 各抗体の変異体の遺伝子の取得
(2.1) プライマーの設計及びPCR
各抗体の軽鎖における、Chothia法で定義されるFR3に変異を導入するため、上記(1.1.3)で得られた野生型抗インスリン抗体の遺伝子を含むプラスミド、(1.2)で得た野生型抗TSHR抗体の遺伝子及び下記の塩基配列で示されるプライマーを用いてPCRを実施した。なお、D5変異体とは、FR3の5つのアミノ酸残基がアスパラギン酸残基に変異された変異体であり、E5変異体とは、FR3の5つのアミノ酸残基がグルタミン酸残基に変異された変異体であり、K5変異体とは、FR3の5つのアミノ酸残基がリジン残基に変異された変異体であり、R5変異体とは、FR3の5つのアミノ酸残基がアルギニン残基に変異された変異体であり、R3変異体とは、FR3の3つのアミノ酸残基がアルギニン残基に変異された変異体である。
【0083】
[抗インスリン抗体のプライマー]
配列1 D5変異体 REV: 5’ TTCGTATTCGGTCCCTTCCCCTTCGCCTTCAAAGCGAGCA 3’ (配列番号1)
配列2 E5変異体 REV: 5’ ATCGTAATCGGTCCCATCCCCATCGCCATCAAAGCGAGCA 3’ (配列番号2)
配列3 K5変異体 REV: 5’ CTTGTACTTGGTCCCCTTCCCCTTGCCCTTAAAGCGAGCA 3’ (配列番号3)
配列4 R5変異体 REV: 5’ TCTGTATCTGGTCCCTCTCCCTCTGCCTCTAAAGCGAGCA 3’ (配列番号4)
配列5 FOR: 5’CTCACAATCAGCTGATTG 3’ (配列番号5)
配列6 R3変異体 REV: 5’ TCTCCCTCTGCCTCTAAAGCGAGCA 3’ (配列番号6)
配列7 R3変異体 FOR: 5’ GGGACCAGATACAGA 3’ (配列番号7)
【0084】
配列5のプライマーは、配列1〜4のプライマーに共通のフォワードプライマーとして用いた。また、配列7のプライマーは、配列6のプライマーに対するフォワードプライマーとして用いた。
【0085】
[抗TSHR抗体のプライマー]
配列8 D5変異体 FOR: 5’ GGCACAGACGCCGACCTGGCAATCA 3’ (配列番号8)
配列9 D5変異体 REV: 5’ GTCCCGGTCTCCGTCAAACCGGTCG 3’ (配列番号9)
配列10 E5変異体 FOR: 5’ GGCACAGAGGCCGAGCTGGCAATCA 3’ (配列番号10)
配列11 E5変異体 REV: 5’ CTCCCGCTCTCCCTCAAACCGGTCG 3’ (配列番号11)
配列12 K5変異体 FOR: 5’ GGCACAAAGGCCAAGCTGGCAATCA 3’ (配列番号12)
配列13 K5変異体 REV: 5’ CTTCCGCTTTCCCTTAAACCGGTCG 3’ (配列番号13)
配列14 R5変異体 FOR: 5’ GGCACAAGGGCCAGGCTGGCAATCA 3’ (配列番号14)
配列15 R5変異体 REV: 5’ CCTCCGCCTTCCCCTAAACCGGTCG 3’ (配列番号15)
【0086】
上記(1.3)で得られたプラスミドを鋳型として用いて、以下の組成のPCR反応液を調製した。
[PCR反応液]
10x PCRバッファー 5μL
25 mM Mg
2SO
4 3μL
2mM dNTP mix 5μL
フォワードプライマー 1μL
リバースプライマー 1μL
鋳型プラスミド(40 ng/μL) 0.5μL
KOD plus neo (1 U/μL) 1μL
精製水 33.5μL
合計 50μL
【0087】
調製したPCR反応液を下記の反応条件でPCR反応に付した。
[反応条件]
98℃で2分、
98℃で10秒、54℃で30秒、及び68℃で4分を30サイクル、及び
68℃で3分。
【0088】
得られたPCR産物(50μL)に2μLのDpnI(10 U/μL)を添加して、PCR産物を断片化した。DpnI処理済みPCR産物を用いて、以下の組成のライゲーション反応液を調製した。該反応液を16℃にて1時間インキュベートして、ライゲーション反応を行った。
[ライゲーション反応液]
DpnI処理済みPCR産物 2μL
Ligation high ver.2 5μL
T4ポリヌクレオチドキナーゼ 1μL
精製水 7μL
合計 15μL
【0089】
(2.2) トランスフォーメーション、プラスミド抽出及びシーケンスの確認
ライゲーション反応後の溶液(3μL)をDH5α(30μL)に添加して、上記(1.1.3)と同様にして、大腸菌の形質転換体を得た。得られた大腸菌からQIAprep Spin Miniprepキットを用いてプラスミドを抽出した。得られた各プラスミドの塩基配列を、pCDNA3.4ベクタープライマーを用いて確認した。以下、これらのプラスミドを、哺乳動物細胞発現用プラスミドとして用いた。
【0090】
(3) 哺乳動物細胞での発現
[試薬]
Expi293(商標)細胞(Invitrogen社)
Expi293(商標) Expression培地(Invitrogen社)
ExpiFectamine(商標)293トランスフェクションキット(Invitrogen社)
【0091】
(3.1) トランスフェクション
Expi293細胞は、5%CO2雰囲気下、37℃にて振とう培養(150 rpm)して増殖させた。サンプル数に応じた数の30 mLの細胞培養物(3.0 x 106 cells/mL)を準備した。FR3の各変異体をコードするプラスミド及び野生型の抗体をコードするプラスミドを用いて、以下の組成のDNA溶液を調製し、5分間静置した。
[DNA溶液]
軽鎖プラスミド溶液 15μgに相当する量(μL)
重鎖プラスミド溶液 15μgに相当する量(μL)
Opti-MEM(商標) 適量(mL)
合計 1.5 mL
【0092】
以下の組成のトランスフェクション試薬を調製し、5分間静置した。
ExpiFectamine試薬 80μL
プラスミド溶液 1420μL
合計 1.5 mL
【0093】
調製したDNA溶液及びトランスフェクション試薬を混合して、20分間静置した。得られた混合液(3mL)を細胞培養物(30 mL)に添加して、5%CO
2雰囲気下、37℃にて20時間振とう培養(150 rpm)した。20時間後、各培養物に、ExpiFectamine(商標)トランスフェクションエンハンサー1及び2をそれぞれ150μL及び1.5 mLを添加して、5%CO
2雰囲気下、37℃にて6日間振とう培養(150 rpm)した。
【0094】
(3.2) 抗体の回収及び精製
各細胞培養物を3000 rpmで5分間遠心処理して、培養上清を回収した。培養上清には、トランスフェクションされたExpi293(商標)細胞から分泌された各抗体が含まれる。得られた培養上清を再度、15000×Gで10分間遠心処理して、上清を回収した。得られた上清(30 mL)に対して100μLの抗体精製用担体Ab-Capcher Mag(プロテノバ社)を添加して、室温にて2時間反応させた。担体を集磁して上清を除去し、PBS(1mL)を添加して担体を洗浄した。担体に100 mM Gly-HCl(pH 2.8)を400μL添加して、担体に捕捉された抗体(IgG)を溶出した。この溶出操作を合計3回行った。得られた溶出液を、100 mM Tris-HCl(pH 8.0)を用いて中和して、抗体溶液を取得した。
【0095】
(4) 結果
野生型抗インスリン抗体及び野生型抗TSHR抗体におけるChothia法で定義される軽鎖FR3の63番目、65番目、67番目、70番目及び72番目のセリン残基を、荷電アミノ酸残基(アスパラギン酸残基、グルタミン酸残基、リジン残基又はアルギニン残基)に置換した抗体を得た。また、野生型抗インスリン抗体におけるChothia法で定義される軽鎖FR3の63番目、65番目及び67番目のセリン残基を、荷電アミノ酸残基(アルギニン残基)に置換した抗体を得た。
【0096】
実施例2 FR3に荷電アミノ酸残基を導入した抗体の親和性の測定
実施例1で作製した各変異体の抗原に対する親和性が、野生型に比べて、どのように変化するかを検討した。
【0097】
(1) 抗体の断片化
Pierce(商標) Mouse IgG1 Fab and F(ab')2 Preparationキット(Thermo Fisher社)を用いて、実施例1で得られた各抗体をFab断片にした。具体的な操作は、該キットに添付のマニュアルに従って行った。得られた反応液を、Superdex 200 Increase 10/300 GL(GEヘルスケア社)を用いて、ゲルろ過精製した。50 kDa溶出フラクションを回収し、得られたフラクションをFab断片含有溶液として、以降の実験に用いた。
【0098】
(2) 親和性の測定
(2.1) SPR技術による親和性の測定
野生型抗インスリン抗体及びその変異体の抗原に対する親和性を、次のようにしてSPR技術により測定した。抗インスリン抗体の抗原として、ヒューマリンR注100単位(イーライリリー社)を用いた。Biacore(登録商標)用センサーチップSeries S Sensor Chip CM5(GEヘルスケア社)に抗原を固定化した(固定化:100RU)。抗インスリン抗体のFab断片含有溶液を希釈して、50 nM、25 nM、12.5 nM、6.25 nM及び3.13 nMの溶液を調製した。各濃度のFab断片含有溶液をBiacore(登録商標)T200(GEヘルスケア社)に送液した(association time 120秒及びdissociation time 1200秒)。測定データをBiacore(登録商標) Evaluationソフトウェアを用いて解析し、抗インスリン抗体の親和性に関するデータを取得した。
【0099】
(2.2) ELISA法による親和性の評価
野生型抗TSHR抗体及びその変異体の抗原に対する親和性を、次のようにしてELISA法により測定した。
【0100】
(2.2.1) 捕捉用抗体の固相化
捕捉用抗体として、マウスモノクローナル抗TSHR抗体である4E31抗体(RSR社)を用いた。4E31抗体(5μg)をPBSで希釈して、抗体溶液を得た。この抗体溶液を、NUNC-イムノモジュール(Cat No.469949、NUNC社製。以下、「プレート」と呼ぶ)の各ウェルに100μLずつ添加した。このプレートを室温にて3時間静置して、4E31抗体をウェルに固相化した。抗体溶液を除去して、プレートの各ウェルにブロッキング溶液(1% BSA含有PBS)を300μLずつ添加した。4℃にて20時間以上ブロッキングを行った。
【0101】
(2.2.2) 一次反応
抗TSHR抗体の抗原として、Detergent solubilized cell membrane preparation containing the TSHR (RSR社)を用いた。この抗原を1% BSA含有PBSで500倍に希釈して、抗原溶液を得た。4E31抗体を固相化したプレートからブロッキング液を除去し、各ウェルに抗原溶液を50μLずつ添加した。このプレートを室温にて60分間振とうして、抗原抗体反応を行った。
【0102】
(2.2.3) 二次反応
検出用抗体として、野生型抗TSHR抗体、D5変異体及びR5変異体を用いた。各抗体を1% BSA含有PBSで段階的に希釈して、1000 pM、100 pM、10 pM、1pM及び0.1 pMの濃度の抗体溶液を得た。また、二次抗体として、HRP標識抗ヒトIgG (Fc特異的)抗体を用いた。この二次抗体を1% BSA含有PBSで希釈して、0.2μg/mLの濃度の二次抗体溶液を得た。各濃度の抗体溶液(50μL)と二次抗体溶液(50μL)とを混合して、抗体の混合液を得た。上記のプレートから抗原溶液を除去して、各ウェルに洗浄液(1% BSA含有PBS)を300μLずつ添加した。そして、プレートから洗浄液を除去して、各ウェルに洗浄液を300μLずつ添加して洗浄を行った。この洗浄操作を3回繰り返した。プレートから洗浄液を除去して、各ウェルに上記の抗体の混合液を100μLずつ添加した。このプレートを室温にて60分間振とうして、抗原抗体反応を行った。反応後、上記の洗浄操作を3回繰り返した。
【0103】
(2.2.4) 検出
基質溶液として、1-Step Ultra TMB-ELISA Substrate Solution (Thermo Fisher Scientific社)を用いた。プレートから洗浄液を除去して、基質溶液を100μL/ウェルで添加した。このプレートを室温にて5分間静置した。5分後、プレートの各ウェルに停止液(0.1 M H
2SO
4)を100μLずつ添加して、反応を停止させた。そして、プレートの各ウェルについて、450 nmでの吸光度を測定した。
【0104】
(3) 結果
抗インスリン抗体について得られた結合速度定数(k
on)及び解離速度定数(k
off)から、解離定数(K
D)を算出した。また、抗TSHR抗体を用いたELISA法の測定値から、解離定数(K
D)を算出した。各抗体の動力学的パラメータを表3及び表4、並びに
図1A及び
図1Bに示した。図中、「正電荷」は、R5変異体のK
D値を示し、「負電荷」は、D5変異体のK
D値を示す。表3中、グローバルフィッティングにより得られた値は「平均値±標準誤差」である。
【0105】
【表3】
【0106】
【表4】
【0107】
表3及び
図1Aより、抗インスリン抗体のR3変異体、R5変異体及びK5変異体のK
D値は、野生型のK
D値よりも低くなった。また、D5変異体及びE5変異体のK
D値は、野生型のK
D値よりも高くなった。よって、抗インスリン抗体については、FR3の3つ又は5つのアミノ酸残基を塩基性アミノ酸残基に変異させることにより、野生型と比べ、抗原に対する親和性が向上した抗体が作製できることがわかった。また、FR3の5つのアミノ酸残基を酸性アミノ酸残基に変異させることにより、野生型と比べ、抗原に対する親和性が低下した抗体が作製できることがわかった。
【0108】
表4及び
図1Bより、抗TSHR抗体のD5変異体のK
D値は、野生型のK
D値よりも高くなった。抗TSHR抗体については、FR3の5つのアミノ酸残基を酸性アミノ酸残基に変異させることにより、野生型と比べ、抗原に対する親和性が低下した抗体が作製できることがわかった。一方、抗TSHR抗体のR5変異体のK
D値は、野生型のK
D値と同程度であった。すなわち、抗TSHR抗体については、FR3の5つのアミノ酸残基を塩基性アミノ酸残基に変異させても、親和性は変化しないことが示唆される。
【0109】
実施例3 CDRのアミノ酸配列の電気的特性と抗原に対する親和性との関連
実施例2より、抗インスリン抗体は、FR3への変異導入により親和性を向上及び低下させることができた。一方で、抗TSHR抗体は、FR3へ変異を導入しても親和性を低下させることはできたが、親和性を向上させることはできなかった。そこで、FR3への変異導入による抗体の抗原結合部位の表面電荷への影響を検討した。
【0110】
(1) 変異導入による抗体の表面電荷の変化の検討
実施例1で作製した各種のFab断片の表面電荷分布を、Discovery Studiou (ダッソー・システムズ・バイオビア株式会社)を用いて分析した。抗インスリン抗体のFab断片及び抗原としてのインスリンの表面電荷分布図を
図2Aに示す。抗TSHR抗体のFab断片及び抗原としてのTSHRの表面電荷分布図を
図2Bに示す。図中、矢印は、抗原結合部位を示し、PIは、等電点の値を示す。ここで、抗原結合部位は、CDRと同じである。また、図中、表面電荷分布は色で示されており、青色の部分は正電荷、赤色の部分は負電荷、白色の部分は電気的に中性であることを示す。
【0111】
図2Aより、野生型の抗インスリン抗体では、抗原結合部位の表面電荷は中性であることがわかった。FR3に塩基性アミノ酸残基を導入した変異型(正電荷変異)では、抗原結合部位を含む広い範囲の表面電荷が正となっていた。ここで、抗原であるインスリンは負電荷のタンパク質であるところ、
図1Aより、正電荷変異を導入した変異型の抗原に対する親和性が向上していた。一方、FR3に酸性アミノ酸を導入した変異型(負電荷変異)では、抗原結合部位を含む広い範囲の表面電荷が負となっていた。
図1Aより、負電荷変異を導入した変異型の抗原に対する親和性が低下していた。これらのことから、野生型の抗インスリン抗体では、FR3に導入した荷電アミノ酸残基による表面電荷への寄与が広範囲に及ぶことがわかる。
【0112】
図2Bより、野生型の抗TSHR抗体では、抗原結合部位の表面電荷は負であることがわかった。FR3に塩基性アミノ酸を導入した変異型(正電荷変異)では、抗原結合部位を除く範囲の表面電荷は正になったが、抗原結合部位の表面電荷はあまり変化しなかった。ここで、抗原であるTSHRは負電荷のタンパク質であるが、
図1Bより、正電荷変異を導入した変異型の抗原に対する親和性に変化はなかった。一方、FR3に酸性アミノ酸を導入した変異型(負電荷変異)では、抗原結合部位を含む広い範囲の表面電荷が負となっていた。
図1Bより、負電荷変異を導入した変異型の抗原に対する親和性が低下していた。これらのことから、野生型の抗TSHR抗体では、FR3に導入した酸性アミノ酸残基による表面電荷への寄与が広範囲に及ぶことがわかる。一方、野生型の抗TSHR抗体のFR3に塩基性アミノ酸残基を導入しても、表面電荷が局所的に異なることがわかる。
【0113】
(2) CDRのアミノ酸配列の電気的特性と親和性の制御との関連
本発明者らは、抗体のFR3への荷電アミノ酸残基の導入によって、抗原に対する親和性がどのように変化するかは、該抗体のCDRの電気的特性が関係すると考えた。ここで、本発明者らは、CDRの電気的特性を下記の式(I)により定義した。
【0114】
X=[CDRのアミノ酸配列中の塩基性アミノ酸残基の数]−[CDRのアミノ酸配列中の酸性アミノ酸残基の数] ・・・(I)
(式中、Xが−1、0又は1であるとき、CDRの電気的特性は中性であり、
Xが2以上であるとき、CDRの電気的特性は正電荷であり、
Xが−2以下であるとき、CDRの電気的特性は負電荷である)
【0115】
表5に、野生型の抗TSHR抗体の軽鎖CDRのアミノ酸配列を示す(配列番号16及び17)。なお、これらのCDRのアミノ酸配列は、Chothia法で定義される配列である。
【0116】
【表5】
【0117】
抗インスリン抗体のCDRには、塩基性アミノ酸残基(アルギニン)が1つあり、酸性アミノ酸残基は存在しないので、CDRの電気的特性は中性(X=1)と定義される。表5に示されるように、抗TSHR抗体のCDRには、酸性アミノ酸残基(アスパラギン酸)が5つあり、塩基性アミノ酸残基は存在しないので、CDRの電気的特性は負電荷(X=−5)と定義される。
図2A及びBからわかるように、式(I)により決定した抗インスリン抗体及び抗TSHR抗体のCDRの電気的特性は、Discovery Studiouで分析した抗原結合部位の表面電荷と一致する。このように、抗体によって、CDRの電気的特性及び抗原結合部位の表面電荷に偏りがあることがわかった。
【0118】
(3) 結果
実施例2及び実施例3の分析から、CDRの電気的特性が中性である抗体では、FR3への荷電アミノ酸残基の導入による寄与が大きいことが示唆される。また、CDRの電気的特性が中性である抗体では、該導入により生じる静電相互作用によって、抗原結合部位の配向制御が可能であることが示唆される。一方、CDRの電気的特性が負電荷である抗体は、FR3へ塩基性アミノ酸残基を導入しても、静電相互作用による効果が局所的であることが示唆される。しかし、CDRの電気的特性が負電荷である抗体では、FR3に酸性アミノ酸残基を導入すると、静電気的斥力により抗原に対する親和性を低下させることが可能であることが示唆される。
【0119】
実施例4 FR3に荷電アミノ酸残基を導入した抗体の熱安定性の検討
実施例1で作製した抗インスリン抗体の各変異体の熱安定性が、野生型に比べて、どのように変化するかを検討した。
【0120】
(1) ゲルろ過によるバッファーの置換
実施例2で得たFab断片含有溶液の溶媒を、ゲルろ過により、示差走査熱量計(DSC)での測定に用いるバッファー(リン酸緩生理食塩水:PBS)に置換した。ゲルろ過の条件は下記のとおりである。
[ゲルろ過の条件]
バッファー:PBS
使用したカラム:Superdex 200 Increase 10/300 (GEヘルスケア社)
カラム体積(CV):24 mL
サンプル体積:500μL
流速:1.0 mL/min
溶出量:1.5 CV
フラクション体積:500μL
【0121】
(2) 変性温度(Tm)の測定
Fab断片を含むフラクションをPBSで希釈して、Fab断片含有サンプル(終濃度5μM)を調製した。MicroCal VP-Capillary DSC (Malvern Instruments Ltd社)を用いて、各Fab断片のTmを測定した。測定条件は下記のとおりである。
[DSC測定条件]
サンプル量:400μL
測定範囲:30℃〜90℃
昇温速度:60℃/時間
【0122】
(3) 結果
DSC測定により取得したTm値及び解析ピークを、それぞれ表6及び
図3に示す。
【表6】
【0123】
D5変異体は、野生型に比べて熱安定性が最も低下したが、その低下は13%程度に留まった。ほとんどの変異体において、熱安定性は野生型からほとんど変化しないことがわかった。よって、FR3への荷電アミノ酸残基の導入は、抗体の熱安定性にはほとんど影響しないことが示唆される。
【0124】
実施例5 抗リゾチーム抗体の抗原に対する親和性の制御
CDRの電気的特性に基づいて抗リゾチーム抗体のFR3に変異を導入し、得られた変異体のリゾチームに対する親和性を確認した。
【0125】
(1) 抗リゾチーム抗体のCDRの電気的特性
ジェンスクリプトジャパン株式会社に抗リゾチーム抗体の遺伝子の合成を委託して、野生型抗リゾチーム抗体の遺伝子を含むプラスミドDNAを取得した。該遺伝子の塩基配列に基づいて、抗リゾチーム抗体のアミノ酸配列を決定した。表7に、野生型の抗リゾチーム抗体の軽鎖及び重鎖CDRのアミノ酸配列を示す(配列番号18〜23)。なお、これらのCDRのアミノ酸配列は、Chothia法で定義される配列である。
【0126】
【表7】
【0127】
表7に示されるように、抗リゾチーム抗体の軽鎖及び重鎖のCDRには、塩基性アミノ酸残基が2つあり、酸性アミノ酸残基が3つある。よって、抗リゾチーム抗体のCDRの電気的特性は中性(X=−1)と定義される。
【0128】
(2) 抗リゾチーム抗体の変異体の作製
ジェンスクリプトジャパン株式会社に抗リゾチーム抗体のR5変異体及びD5変異体の遺伝子の合成を委託して、抗リゾチーム抗体の変異型の遺伝子を含むプラスミドDNAを取得した。ここで、抗リゾチーム抗体のR5変異体は、野生型抗体におけるChothia法で定義される軽鎖FR3の63番目、65番目及び67番目のセリン残基、70番目のアスパラギン酸残基、及び72番目のスレオニン残基を、アルギニン残基に置換した抗体である。また、抗リゾチーム抗体のD5変異体は、野生型抗体におけるChothia法で定義される軽鎖FR3の63番目、65番目及び67番目のセリン残基、70番目のアスパラギン酸残基、及び72番目のスレオニン残基を、アスパラギン酸残基に置換した抗体である。
【0129】
得られたプラスミドを用いて、実施例1と同様にして、Expi293(商標)細胞に各抗体を発現させ、得られた培養上清を精製して、抗リゾチーム抗体の野生型、R5変異体及びD5変異体のそれぞれの溶液を取得した。
【0130】
(3) 変異体の抗原に対する親和性の測定
抗リゾチーム抗体の抗原として、ニワトリ卵白由来リゾチーム(シグマアルドリッチ社)を10 mM酢酸ナトリウム溶液(pH 5.0)に溶解した溶液(200 ng/mL)を用いた。Biacore(登録商標)用センサーチップSeries S Sensor Chip CM5(GEヘルスケア社)に抗原を固定化した(41 RU又は33 RU)。各抗体の溶液をHBS EP+バッファー(GEヘルスケア社)で希釈して、種々の濃度の溶液を調製した。これらの溶液をBiacore(登録商標)T200(GEヘルスケア社)に送液した。各溶液における抗体濃度及び測定条件は、下記のとおりである。測定データをBiacore(登録商標) Evaluationソフトウェアを用いて解析し、各抗体の親和性に関するデータを取得した。
【0131】
[抗体濃度]
野生型:30 nM、15 nM、7.5 nM、3.75 nM及び1.875 nM
D5変異体:30 nM、15 nM、7.5 nM、3.75 nM及び1.875 nM
R5変異体:2 nM、1 nM、0.5 nM、0.25 nM及び0.125 nM
【0132】
[測定条件]
Association:30μL/min, 60 sec, 120 sec
Dissociation:30μL/min, 60 sec, 1200 sec
Regeneration:Gly-HCl (pH 2.0) / 60μL/min, 40 sec
【0133】
(4) 結果
抗リゾチーム抗体の野生型及び変異体について得られた結合速度定数(k
on)及び解離速度定数(k
off)から、解離定数(K
D)を算出した。各抗体の動力学的パラメータを表8及び
図4に示す。図中、「負電荷」は、D5変異体のK
D値を示し、「正電荷」は、R5変異体のK
D値を示す。
【0134】
【表8】
【0135】
表8及び
図4より、抗リゾチーム抗体のR5変異体のK
D値は、野生型のK
D値よりも低くなった。また、D5変異体のK
D値は、野生型のK
D値よりも高くなった。よって、抗リゾチーム抗体については、FR3の5つの中性アミノ酸残基を塩基性アミノ酸残基に変異させることにより、野生型と比べ、抗原に対する親和性が向上した抗体が作製できることがわかった。また、FR3の5つの中性アミノ酸残基を酸性アミノ酸残基に変異させることにより、野生型と比べ、抗原に対する親和性が低下した抗体が作製できることがわかった。これらの結果は、実施例2の抗インスリン抗体の変異体と同様であった。よって、CDRの電気的特性が中性である抗体では、FR3への荷電アミノ酸残基の導入により生じる静電相互作用によって、抗原結合部位の配向制御が可能であることが示唆される。
【0136】
実施例6 抗HBsAg抗体の抗原に対する親和性の制御
CDRの電気的特性に基づいて抗HBsAg抗体のFR3に変異を導入し、得られた変異体のリゾチームに対する親和性を確認した。
【0137】
(1) 抗HBsAg抗体のCDRの電気的特性
組換え型HBsAgを抗原に用いて、Kohler及びMilstein, Nature, vol.256, p.495-497, 1975に記載される方法により、マウス抗HBsAg抗体を産生するハイブリドーマを作製した。実施例1と同様にして、このハイブリドーマのRNAから、野生型の抗HBsAg抗体の遺伝子を含むプラスミドDNAを取得した。該遺伝子の塩基配列に基づいて、抗HBsAg抗体のアミノ酸配列を決定した。野生型の抗HBsAg抗体における、Chothia法で定義される軽鎖及び重鎖CDRには、塩基性アミノ酸残基が2つあり、酸性アミノ酸残基が10個あることがわかった。よって、抗HBsAg抗体のCDRの電気的特性は負電荷(X=−8)と定義される。
【0138】
(2) 抗HBsAg抗体の変異体の作製
Chothia法で定義される軽鎖FR3に変異を導入するため、上記(1)で得た野生型抗HBsAg抗体の遺伝子及び下記の塩基配列で示されるプライマーを用いて、実施例1と同様にしてPCRを実施した。
【0139】
[抗HBsAg抗体のプライマー]
D5変異体 FOR: 5’ GGGACCGATTATGATCTCACAATCAGTCGAATGGAG 3’ (配列番号24)
D5変異体 REV: 5’ ATCCCCATCGGCATCGAAACGAACAGGGACTCCAGAAGC 3’ (配列番号25)
【0140】
得られたPCR産物を用いて、実施例1と同様にして、変異体又は野生型の軽鎖をコードする遺伝子を含むプラスミドと、野生型の重鎖をコードする遺伝子を含むプラスミドとを取得した。これらのプラスミドを用いて、実施例1と同様にして、Expi293(商標)細胞に各抗体を発現させ、得られた培養上清を精製して、抗HBsAg抗体の野生型及びD5変異体のそれぞれの溶液を取得した。ここで、抗HBsAg抗体のD5変異体は、野生型抗体におけるChothia法で定義される軽鎖FR3の63番目、65番、67番目及び70番目のセリン残基、及び72番目のフェニルアラニン残基を、アスパラギン酸残基に置換した抗体である。
【0141】
(3) 変異体の抗原に対する親和性の測定
(3.2) 捕捉用抗体の固相化
捕捉用抗体として、上記(1)で得たハイブリドーマとは異なるハイブリドーマから産生されるマウス抗HBsAg抗体を用いたこと以外は、実施例2と同様にして、この捕捉用抗体をプレート(NUNC-イムノモジュール、Cat No.469949、NUNC社製)の各ウェルに固相化した。また、実施例2と同様にして、プレートの各ウェルをブロッキング溶液(1% BSA含有PBS)でブロッキングした。
【0142】
(3.3) 一次反応
抗HBsAg抗体の抗原として、HISCL(登録商標) HBsAg キャリブレータ(HBsAg濃度0.025 IU/mL、シスメックス株式会社)を用いた。捕捉用抗体を固相化したプレートからブロッキング液を除去し、各ウェルに抗原溶液を50μLずつ添加した。このプレートを室温にて60分間振とうして、抗原抗体反応を行った。
【0143】
(3.3) 二次反応及び検出
検出用抗体として、抗HBsAg抗体の野生型及びD5変異体を用いた。各抗体を1% BSA含有PBSで段階的に希釈して、400 nM、80 nM、16 nM、3.2 nM、640 pM、128 pM、25.6 pM及び5.12 pMの濃度の抗体溶液を得た。また、二次抗体として、HRP標識抗マウスIgG (Fc特異的)抗体を用いた。これらを用いて、実施例2と同様にして抗原抗体反応を行った。そして、基質溶液として、1-Step Ultra TMB-ELISA Substrate Solution (Thermo Fisher Scientific社)を用いて、実施例2と同様にして、プレートの各ウェルについて450 nmでの吸光度を測定した。
【0144】
(4) 結果
抗HBsAg抗体の野生型及びD5変異体を用いたELISA法の測定値から、解離定数(K
D)を算出した。結果を表9及び
図5に示す。図中、「負電荷」は、D5変異体のK
D値を示す。
【0145】
【表9】
【0146】
表9及び
図5より、抗HBsAg抗体のD5変異体のK
D値は、野生型のK
D値よりも高くなった。また、D5変異体のK
D値は、野生型のK
D値よりも高くなった。よって、抗HBsAg抗体については、FR3の5つの中性アミノ酸残基を酸性アミノ酸残基に変異させることにより、野生型と比べ、抗原に対する親和性が低下した抗体が作製できることがわかった。これらの結果は、実施例2の抗TSHR抗体のD5変異体及びE5変異体と同様であった。よって、CDRの電気的特性が負電荷である抗体では、FR3への酸性アミノ酸残基の導入により生じる静電的斥力によって、抗原に対する親和性を低下させることが可能であることが示唆される。