(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
血液や体液などの生体組織液から、細胞、生理活性物質、タンパク質などの標的物質を選択的に分離・回収する方法、また、生体組織液から細菌やウイルスなどを分離、除去する方法などの分離・回収技術は、自己免疫疾患、AIDSおよび移植後の急性拒絶反応防止等に利用されている。また、CD34
+ を発現している造血系の幹細胞の分離・回収、自己免疫疾患治療を目的とした自己反応性抗原受容体をもったリンパ球の捕集、骨髄移植用細胞からのリンパ球の除去などは、造血系の悪性腫瘍、癌治療等の際に有効に利用される。
さらに、白血病細胞の検出、治療などを代表とする細胞医療にとって細胞の分離は重要な技術である。近年、幹細胞があらゆる臓器に分化増殖することが示され、幹細胞や前駆細胞、各種分化誘導因子・増殖因子などの細胞や生理活性物質に損傷を与えることなく分離・回収することは再生医療、遺伝子治療、病気の診断の分野にとって欠かせない技術である。
現在用いられている細胞や生理活性物質の分離方法には、膜分離法、遠心分離法、電気的分離法、標的細胞以外の細胞を死滅させる方法、標的細胞に親和性を有するリガンドを固定化した担体に、目的細胞を結合させる方法、磁気ビーズによる分離法等があり、それぞれ特定の用途に使用されている。
【0003】
また、細胞を選択的に吸着する素材により細胞を分離する方法として、特許文献1には、高分子基材と刺激応答性高分子と対象細胞を選択的に吸着する部位とを有する細胞分離用吸着剤が示されている。
上記生体組織液から標的物質を選択的に分離回収する従来の技術のうち、特に特定の細胞を分取する技術については、それぞれ細胞の分離に使用する原理に起因する問題点があり、必ずしも一般的に使用できるものとはいえない。
例えば、膜分離法や遠心分離法は、細胞の大きさや比重の違いによって分離する方法であるため、白血球、赤血球及び血小板のように物理的性質に大きな相違がある場合には分離が可能であるが、白血球の亜集団の分離(例えば、T、B細胞の分離)など、対象となる物質間での物理的な差が小さい場合には使用できず、特異性が低い欠点がある。
また、電気的分離法は、電場中の細胞の荷電特性、誘電特性の違いを利用するものであるが、同じく細胞の選択性に限界がある。標的細胞以外の細胞を死滅させる方法は種々検討され、開発されているが、標的細胞がダメージを受ける場合があり、副作用の原因となる。
磁気ビーズ法は、細胞混合液を抗体を結合させた磁気ビーズと共にインキュベートすることにより、目的細胞を磁気ビーズでラベルし、磁気装置を用いてラベルされていない細胞から、ラベルした細胞を分離する方法である。この方法の場合、ビーズと標的細胞を効率よく結合させるために長時間のインキュベートが必要であり、その結果、標的以外の細胞の非特異的な吸着が生じて目的細胞の純度低下を招く恐れがあり、また、 小さな磁気ビーズに吸着した目的細胞を回収することが困難である。
免疫吸着カラム法は、標的細胞の膜抗原に対する抗体等のリガンドをビーズ等の基材表面に固定化し、これをカラムに充填して細胞分離を行うものである。このような免疫吸着等のリガンド間の相互作用を利用したものとしては、ビオチン−アビジン間の結合を利用したものが開示されているが、ビオチン−アビジン間の結合力が非常に強いため、分離した細胞を回収することが困難であり、回収効率が低下する等の欠点を有する。これらの方法は、抗体を用いるため、標的細胞への選択性が高いことが利点であるが、吸着細胞の回収にプロテアーゼやパパインなどの酵素を用いるため、回収率が低く、細胞自体への損傷が大きいという欠点を有している。
【0004】
他方、所望の標的物質を選択的に分離・回収した後の血液や体液などの生体組織液を再び人体に戻すことを考慮した場合には、当該分離・回収の際に医療機器に接触した血液や体液が悪影響を受けることを避ける必要が生じる。医療機器に接触時に、血液成分の粘着が少ないとされる公知の表面には、2−ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)やポリビニルアルコールを主成分とする医療用材料が知られており(中林宣男, 石原一彦, 岩崎泰彦:バイオマテリアル, コロナ社(1999)、または、Tsuruta, T. Adv. Polym. Sci.Contemporary topics in polymeric materials for biomedical applications 1996, 126, 1-51.)、ソフトコンタクトレンズのほか、人工硝子体、ドラッグデリバリーシステムの担体として利用されている。しかし、ヒドロキシル基を有するため、補体系の活性化が起こり問題とされている。また、電気泳動用ゲルとして用いられている親水性ゲルであるポリアクリルアミドを導入した表面では、血液との接触時に血小板が活性化され、その血液が体内に返血されると、血栓形成を誘発するため問題であった。
その他の医療用材料には、ポリエチレングリコール(poly(ethylene glycol), PEG)
(Mori, Y.; Nagaoka, S.; Takiguchi T, Kikuchi, T, Noguchi N, Tanzawa, H.; Noishiki, Y. A new antithrombogenic material with long polyethylene oxide chains, Trans. ASAIO. 1982, 28, 459-463. または、Harris JM, ed, Poly(ethylene glycol) chemistry, Biotechnical and Biomedical Applications Plenum Press, New York (1992).)がある。PEGは非常に優れた生体適合性を有しており、医療分野への応用研究も多くなされている。しかし、目標となる生体物質等を、選択的に吸着することはできなかった。
【0005】
また、特許文献2,3、非特許文献1には、主に高分子材料の表面構造に着目して、人体に対する適応性が高い材料の活用が記載されている。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者が、体内の血液や体液内に存在する様々な細胞について、各種の物質への吸着性を検討した結果、当該物質の表面に形成される表面水層の状態に応じて、当該表面に吸着を生じる際の細胞の吸着頻度が変化すると共に、そのような表面水層の状態と細胞の吸着頻度との相関が、細胞の種類によって大きく変化することを見いだした。そして、この現象を利用することにより、体内の体液内に存在する種々の細胞を選択的に吸着して分離可能とすることが可能となり、本願発明を完成するに至った。以下、詳しく説明する。
各種の物質を水と接触させることにより、当該物質の表面に一定量の水が所定の形態で拘束されることにより物質表面が含水して水和し、その表面には所定の構造を有する表面水層が形成されることが知られている。また、この表面水層の構造や厚さは、当該物質の表面付近の構造に依存して変化することが知られている。このように、その表面に一定量の水を拘束して水和することが可能な水和性組成物として、典型的にはゼラチンやコラーゲンのように多量の水と水和可能な物質の他にも、各種の有機物、無機物がその表面に水和により一定量の水を拘束して表面水層を形成可能であることが知られている。
【0013】
これらの表面水層が形成された水和性組成物の一例としてのポリ(2−メトキシエチル アクリレート(PMEA))について、示差走査熱量計(DSC)による測定を行った際の特徴的な測定結果について
図1に示す。
図1は、9wt%の水を含水したポリ(2−メトキシエチル アクリレート(PMEA))を−100℃まで冷却した後、−100℃から50℃まで毎分2.5℃の割合で昇温した際に観察される吸発熱の様子を示す。
図1に示されるように、所定量の水を含水した水和性組成物を一旦十分に冷却し、その後に比較的ゆっくりした速度で加熱した場合に、0℃以下の特定の温度域において所定の発熱を生じると共に、−10℃近辺から0℃までの広い温度範囲において吸熱が観察されることが明らかにされている(例えば、非特許文献1等を参照)。
図1においては、−40℃近辺において顕著な発熱を生じている。通常の凍結状態の水(氷)を加熱した際には、その融点である0℃において融解熱としての吸熱を生じて液体の水に変態を生じるのに対して、水和性組成物で観察される上記の現象は、含水した水和性組成物表面の表面水層に拘束されている水が特異な挙動をすることに起因すると理解されている。また、水和性組成物の表面水層を十分な低温から0℃以上に加熱した際にDSC測定で測定される全吸熱量(=吸熱量−発熱量)が、当該水和性組成物の含水量と一致しないことから、加熱や冷却によって変態を生じないことでDSC測定の測定に関わらない水が存在することも知られている。
【0014】
図2には、PMEAにそれぞれ異なる量の水を含水させたものについてDSC測定を行った結果を示す。含水量が1.8wt%以下の場合には、上記の−40℃近辺における発熱が観察されない一方で、含水量が7wt%程度になるまで当該発熱量が増加するが、更に含水量が増加しても発熱量が飽和して変化しないことが観察されている。他方、含水量が7wt%以上となることで0℃付近における吸熱が顕著になることなど、PMEAへの含水の形態がその含水量によって変化することが知られている。
上記−40℃近辺の発熱に関して、PMEAのガラス転移点が−40℃近辺に存在することが知られていることから、上記発熱は過冷却により準安定な状態で凝固していた水が、当該PMEAのガラス転移点以上に加熱されたことで規則化(コールドクリスタリゼーション)を生じたことに起因するものと推察されている。また、当該コールドクリスタリゼーションに伴う発熱量は、規則化を生じている水の量に比例するものと推察され、この発熱量を測定することで水和性組成物の表面の状態が評価できるものと考えられる。
図2に示した各DSC測定の結果より求めたコールドクリスタリゼーションに伴う発熱量(ΔH
CC)と、−20℃〜0℃の間で見られる吸熱量(ΔHm)を表1に示す。
【0016】
表1から明らかなように、含水量が1.8wt%以下の場合には、当該含水された水に起因する潜熱が観察されないのに対し、それ以上の含水量となった場合にはコールドクリスタリゼーションに伴う発熱量(ΔH
CC)とほぼ同一の量の吸熱(ΔH
m)が観察されるようになる。更に、含水量が7.0wt%以上になるとコールドクリスタリゼーションに伴う発熱量が一定のままで、0℃近辺の吸熱量(ΔH
m)が大きくなることが分かる。
【0017】
上記の知見に基づいて、本発明者らは、水和性組成物の表面に存在する表面水層が有する構造について明らかにしてきた。
図3、
図4には、本発明者らが明らかにした水和性組成物の表面の表面水層が有する構造の概要について示す。
図3に示すように、含水した水和性組成物の表面には、組成物表面との強い相互作用で拘束されることにより、少なくとも−100℃〜室温の範囲では凍結/融解等の相変態を生じない水の層が形成され、発明者らは、この層に属する水を「不凍水」と定義している。
図4に示すとおり、この不凍水は水和性組成物の表面との間で何らかの結合を形成して強く拘束されており、水としての自由な挙動を行えないため、-100℃〜室温の範囲で凍結/融解等の相変態を生じないものと考えられている。一方で、乾燥雰囲気での強加熱により脱離することで飽和含水量の一部を成していると推察される。
【0018】
また、上記不凍水の外側には、組成物表面や不凍水との相互作用により拘束された「中間水」の層が存在するものと推察されている(
図4)。中間水が組成物表面や不凍水との間で有する相互作用の詳細は明らかでないが、種々の知見に基づけば、0℃以上においては中間水として含有される水分子が一定の自由度を持って流動することが可能である一方、少なくても−40℃付近以下の温度においては、組成物表面や不凍水との相互作用により規則化する傾向を強く有するものと推察されている。そして、当該規則化する強い傾向の存在により、不規則な状態で凝固した状態からの加熱において、−40℃付近で規則化に伴う発熱を生じると共に、−10℃近辺から0℃の範囲で再び不規則化して吸熱を生じるものと推察されている。
更に、上記中間水の外側に弱く拘束された「自由水」の層が存在し、これが上記DSC測定の際に0℃における鋭い吸熱ピークを生じさせるものと推察されている(
図4)。水和性組成物を水中に設置した際には、この自由水は、周囲の水相中の水(バルク水)と比較的自由に交換可能である一方で、中間水などとの相互作用により表面から除去されにくく、表面水層を形成するものと考えられている。
【0019】
また、上記PMEAのDSC測定の結果により特徴付けられるPMEAの表面における表面水層の構造は、PMEA以外の水和性組成物においても観察されている。また、表面水層を構成する不凍水、中間水、自由水のそれぞれの量は、水和性組成物の種類に応じて変化することが知られている。
図5には、上記で用いた2−メトキシエチル・アクリレート(MEA)と、2−ヒドロキシエチル・メタクリレート(HEMA)との割合を変化させて常法により共重合して得られるランダム共重合体について、上記と同様にDSC測定を行った結果を示す。MEAに対してHEMAの割合が増加することにより、−40℃付近に見られるコールドクリスタリゼーションに伴う発熱のピークが平坦化すると共に、50mol%以上のHEMAを含むものにおいては、当該ピークが観察されないようになる。
図6には、
図5に示したMEAとHEMAを各割合で混合して得られた共重合体における不凍水、中間水、自由水の含有量を示す。当該不凍水、中間水、自由水の各含有量は、
図2に示したような含有量の変化に伴うコールドクリスタリゼーションに伴う発熱ピークの挙動と、全含水量から求めることができる。
図6に示されるように、MEAとHEMAの共重合体においては、その割合を適宜変化することにより、各共重合体に含まれる不凍水、中間水、自由水の量やその割合を変化することができる。
【0020】
そして、本発明は、以下の実施例において示すとおり、水和性組成物の表面に存在する中間水の量に応じて各種細胞等の吸着頻度が変化することを見出したことに基づくものである。つまり、ほとんど水和性を示さず表面水層を形成しない物質や、水和性組成物であっても表面水層が不凍水や自由水から構成されていて中間水が実質的に存在しない物質の表面においては、試験を行った全ての細胞や血漿タンパク質について高い吸着頻度で吸着を生じる一方で、中間水量が多い水和性組成物の表面においてはそれらの細胞や血漿タンパク質の吸着頻度が低下する傾向が観察された。また、吸着頻度が低下する中間水量が細胞等の種類により大きく変化することから、目的に応じて適宜の中間水量を有する水和性組成物を選択して細胞等の吸着材として用いることにより、選択的に細胞を吸着・回収することが可能となる。
【0021】
水和性組成物の表面に存在する中間水の量に応じて細胞などの吸着頻度が変化する理由は明らかでないが、中間水は水和性組成物の表面との弱い相互作用によりその運動の自由度が制限された状態で存在すると推察され、細胞等が直接的に水和性組成物の表面に接触することを防止する一種のクッション材の作用を果たすことが原因と推察される。つまり、細胞やタンパク質などの生体成分は血液中や体液中で水和殻を形成し安定化されており、この水和殻が異物表面やその不凍水などに直接に接触して攪乱あるいは破壊されると、生体成分の材料表面への吸着・活性化の引き金となると考えられるが、中間水の存在により当該吸着が抑制され、また吸着の強度に影響を与えているものと推察される(
図2)。
【0022】
各種の細胞等を良好に吸着するのに適した水和性組成物表面の中間水量は、その細胞の種類や吸着の目的などにより変化するが、いわゆるがん細胞や幹細胞などの比較的大きな細胞を吸着する場合には、水和性組成物が水中で十分に含水した際の中間水の量が水和性組成物の30wt%以下となる水和性組成物を用いることで吸着が可能になり、特に中間水の量が10wt%以下となる水和性組成物を用いることで、吸着頻度が飽和して高い吸着能を有することができる。また、血小板のように比較的小さな浮遊系の細胞や血漿タンパク質を吸着しようとする場合には、中間水の量が3wt%以下となる水和性組成物を用いることで、十分な吸着頻度での吸着が可能になる。
一方、中間水の量が過剰に少ない水和性組成物を用いた場合には、吸着された細胞が水和性組成物の表面や、そこに存在する不凍水の影響でダメージを受ける可能性があるため、特に吸着分離した細胞を培養などして使用する際には好ましくない。他方、中間水の量が1wt%以上となる水和性組成物を用いることで、血小板や血漿タンパク質の吸着を回避しつつ、がん細胞や幹細胞などにダメージを加えることなく吸着を行うことが可能となる。特に、中間水の量が3wt%以上となる水和性組成物を用いることで、血小板や血漿タンパク質の吸着を有効に回避しつつ、がん細胞や幹細胞などを変質することなく吸着を行うことが可能となる。
【0023】
本発明により分離回収が可能な物質は、血液中や体液中で水和殻を形成して存在している物質であれば特に制限はなく、例えば、血液等に含まれる転移性のがん細胞、白血病細胞などの腫瘍細胞。幹細胞、血小板、血管内皮細胞、神経細胞、マクロファージ、樹状細胞、単核球、好中球、平滑筋細胞、繊維芽細胞、心筋細胞、骨格筋細胞、肝実質細胞、肝非実質細胞、膵ラ島細胞などの機能細胞の他、血漿タンパク質等に対する適用も可能である。
【0024】
また、本願発明で用いる水和性組成物としては、目的に応じた中間水量を有していると共に、吸着した細胞等に悪影響を及ぼさないものであればよく、例えば、所定の中間水を有する有機高分子やシリカゲルなどの無機物、ゼラチン、コラーゲン、アルブミン等のタンパク質、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸等の多糖類等が挙げられる。また、生体適合性高分子として知られるポリエチレングリコール(PEG)やポリビニルピロリドン(PVP)、ポリビニルメチルエーテル(PVME)、ポリ(2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)、ポリテトラヒドロフルフリルアクリレート等であれば、人体への影響を抑制した状態で使用可能である。更に、好ましい高分子の例としては、下記の式(1)で表される、ポリ(2−エトキシエチル アクリレート)、ポリ(2−メトキシエチル アクリレート)、ポリ[2−(2−メトキシエトキシ)エチル メタクリレート]、ポリ[2−(2−エトキシエトキシ)エチル アクリレート]、ポリ[2−(2−メトキシエトキシ)エトキシ]エチル メタクリレート]、ポリ[2−(2−(2−メトキシエトキシ)エトキシ)エチル アクリレート]、ポリ[2−(2−エトキシエトキシ)エチル メタクリレート]、ポリエチレングリコール(PEG)やポリビニルピロリドン(PVP)、ポリビニルメチルエーテル(PVME)、メトキシエチル(メタ) アクリルアミド、メトキシエチルビニルエーテル、ポリテトラヒドロフルフリル(メタ)アクリレート等が含まれる。
【化1】
[式中、R
1は、水素原子又はメチル基であり、R
2は、メチル基又はエチル基であり、mは1から3であり、nは繰り返し単位である]
これらの高分子の中でも、下記の式(2)で表されるポリ(2−メトキシエチル・アクリレート(PMEA))等が生体適合性に優れる点で特に好ましい。
【化2】
また、これらの高分子を構成するモノマーを他のモノマーと混合して共重合体とすることにより、所望の中間水量を有する材料として用いても良い。
【0025】
上述の高分子は、極性基としてエーテル結合とエステル結合を有しているだけであり、これらの極性基は窒素原子(アミノ基、イミノ基)やカルボキシル基などと異なり、生体成分と強い静電相互作用を持たない。このため、上述の高分子は、血液に対して活性が低く、さらに大きな疎水性基を持たないことから疎水性相互作用も小さい。以上のことから、上述の高分子は、優れた生体適合性を発現するものと推測される。例えば、合成高分子材料表面と生体内組織や血液中のタンパク質との接触を考えると、なるべくタンパク質の吸着変性や活性化が起こらない表面が好ましく、物質間に働く大きな相互作用である疎水性相互作用や静電的相互作用を小さくすることが有用であると考えられる。よってこのことからも、上述の高分子を材料として用いた本発明の接着器具、医療機器は、好適な表面構造を備え得る。
【0026】
また、上述の高分子を材料として用いた医療機器等の表面は、水酸基が存在することなく、適度な親水性を有している。このため、血液浄化等の目的で使用される医療機器の材料として使用した場合、血液と接したときに血小板の粘着が軽微となり、優れた血液適合性を発現することとなる。さらには、水酸基に起因した水素結合による生体成分との相互作用、吸着タンパク質の変性なども防止できる。
【0027】
本発明に係る細胞分離方法において水和性組成物に吸着されることにより体液などの水溶液から分離された細胞等は、適宜の方法により水和性組成物から脱離されて、例えば、がん細胞であれば培養することで抗がん剤のスクリーニングに使用したり、幹細胞であれば所望の臓器への分化増殖等に使用することが可能である。このように、吸着された細胞を様々な用途に使用する場合には、細胞を水和性組成物から脱離する際のダメージを抑制することが好ましいが、例えば、水和性組成物に細胞を吸着した後に温度等を変化させることで、水和性組成物の中間水量を増加させて吸着した細胞を水和性組成物から脱離することも好ましい。
【0028】
例えば、poly [2-(2-ethoxyethoxy)ethyl acrylate](PEEA)は、優れた生体適合性と共に、14℃の下限臨界共溶温度(LCST)を有して、これ以下の温度において水溶液中に溶解する特徴を有している。このため、例えば、人体から採取した血液中から、体温とほぼ等しい温度下で、主としてPEEAを主成分とする水和性組成物に細胞を吸着させた場合、14℃よりも低い温度まで接着器具等を冷却させることで、容易に細胞を接着器具等から脱離させることができる。このように、特別な反応を生じさせることなく、得られた細胞等の目標生体物質、あるいは目標生理活性物質を速やかに水和性組成物から脱離することにより、細胞等が血液中に含まれていたときのままの状態で、その後の試験、評価等に活用することができる。また、それ以外にも、特許文献2に記載されるような、下限臨界共溶温度(LCST)を有することで、温度に応じて疎水性から親水性に変化する物質を水和性組成物として使用することが可能である。
【0029】
他方、血小板などの血球細胞の吸着を生じにくい一方で血管内皮細胞を選択的に吸着して血液から分離する水和性組成物を使用した場合には、特に内径の小さな人工血管等を形成する際に有利となる。つまり、血液中に含まれる血管内皮細胞が血管の内壁に付着することで、血小板機能や凝固線溶系が制御されて血栓の形成が防止されているが、人工的に製造される血液を流通させるための管においては必ずしも血管内皮細胞の付着が良好に生じないために血栓の形成が生じやすく、特に内径の小さな人工血管等においては血栓による詰まりを生じやすいという問題を有していた。これに対し、例えば、中間水の量が3〜10wt%となる水和性組成物を少なくても血液に接触する面の一部に設けることにより、血管内皮細胞を血管の内壁に選択的に付着させることが本発明により可能となり、血栓による詰まりを生じにくい人工血管等とすることができる。これは、内径が10mm以下の微細な人工血管等を形成する際に有効であり、特に、内径が4mm程度の人工血管等を形成する際に非常に有効である。
【0030】
本発明に係る細胞分離方法は、所定の中間水量を有する水和性組成物をそのまま用いたり、所定の基材上にコーティングする等の方法により、血中の転移性がん細胞の検出キット、免疫クロマトグラフィーなどの各種の生体物質および/または生理活性物質を検出するための検出器具、細胞分離システムなどに適用して用いることができる。また、人工血管、血管系ステント、人工心肺等に適用することで、所望の付加価値を付与することができる。
【0031】
また、本発明に係る細胞分離方法は、人体中において所定の細胞を吸着分離するために用いられる他、体外において人体から取り出した血液や体液から所定の細胞を吸着分離するために用いることが可能である。更に、人体から取り出したガン組織等について、組織に含まれる複数種の細胞をばらばらに遊離させて適切な支持液に分散させた溶液において、所望の細胞を吸着分離するために使用することも可能である。
【0032】
本発明において使用する水和性組成物を適用する基材の材質や形状は特に制限されることなく、例えば、多孔質体、繊維、不織布、粒子、フィルム、シート、チューブ、中空糸や粉末等いずれでも良い。その材質としては木綿、麻等の天然高分子、ナイロン、ポリエステル、ポリアクリロニトリル、ポリオレフィン、ハロゲン化ポリオレフィン、ポリウレタン、ポリアミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリ(メタ)アクリレート、エチレンーポリビニルアルコール共重合体、ブタジエン-アクリロニトリル共重合体等の合成高分子あるいはこれらの混合物が挙げられる。また、金属、セラミクスおよびそれらの複合材料等が例示でき、複数の基材より構成されていても構わない。
【0033】
上述の水和性組成物を医療機器表面等に保持させる方法としては、コーティング法、放射線、電子線および紫外線によるグラフト重合、基材の官能基との化学反応を利用して導入する方法等の公知の方法がある。この中でも特にコーティング法は製造操作が容易であるため、実用上好ましいい。さらにコーティング方法についても、塗布法、スプレー法、ディップ法等があるが、特に制限なくいずれも適用できる。
例えば、該水和性組成物の塗布法によるコーティング処理は、適当な溶媒に該共重合体を溶解したコーティング溶液に、濾材を浸漬した後、余分な溶液を除き、ついで風乾させるなどの簡単な操作で実施できる。また、濾材に該水和性組成物をより強固に固定化させるために、コーティング後のフィルター濾材に熱を加え、濾材と該水和性組成物との接着性を更に高めることもできる。また、表面を架橋することで固定化しても良い。架橋する方法として、コモノマー成分として架橋性モノマ−を導入しても良い。また、電子線、γ線、光照射によって架橋しても良い。
以下、実施例を参照して、本発明について具体的に説明する。なお、本発明は、下記の実施例により制限されるものではない。
【実施例】
【0034】
1,試料の調製
(1)Sample A:ポリ(2−メトキシエチルアクリレート)(PMEA)材の作製
2−メトキシエチルアクリレート15gを1,4−ジオキサン60g中でアゾビスイソブチロニトリル(0.1重量%)を開始剤として、窒素バブリングしながら75℃で10時間重合を行った。重合反応終了後、n−ヘキサンに滴下し沈殿させ、生成物を単離した。生成物をテトラヒドロフランに溶解し、さらに2回n−ヘキサンを用いて精製を行った。精製物を一昼夜減圧乾燥した。無色透明で水飴状のポリマーが得られた。収量(収率)は12.3g(82.0%)であった。得られたポリマー構造は、
1H−NMRによって確認した。GPCの分子量分析の結果から、数平均分子量(Mn)が26,000であり分子量分布(Mw/Mn)は3.27であった。得られたポリマー(ポリ(2−メトキシエチルアクリレート)(PMEA))をメタノールに溶解した0.2重量%溶液をポリエチレンテレフタレート(PET)製の円板上にキャストし、スピンコーターを用いて2回コーティングを行った。水の静的接触角とX-ray Photoelectron Spectroscopy(XPS)測定により、PET表面上にPMEAが被覆されていることを確認した。
【0035】
(2)Sample B:MEA−HEMA共重合材の作製
2−メトキシエチルアクリレート(MEA)と、2−ヒドロキシエチル・メタクリレート(HEMA)を、HEMAの割合が10,20,30,40,50,100mol%であって、合計で15gとなるように混合した混合物を用いた他は、上記PMEA材と同様に重合してポリマーを得た。得られたポリマーをメタノールに溶解した0.2重量%溶液をPET製の円板上にキャストし、スピンコーターを用いて2回コーティングを行った。
【0036】
(3)Sample C:ポリ(2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)(PMPC)材の作製
2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)のエタノール溶液をPET製の円板上にキャストし、スピンコーターを用いてコーティングを行ったものに対して、
60Coを放射線源として、80 kGy(10kGy/hで8時間) のγ線を照射して架橋を行い水不溶性としたポリ(2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)(PMPC)を作製した。
【0037】
2,中間水量の測定
上記で作製した水和性組成物試料(Sample A〜C)について、含湿雰囲気への暴露や、最高で7日間の水中へ浸漬により飽和含水を与える等の方法によりそれぞれ適量の水を含水させた。含水後の各試料の所定量を取り、あらかじめ重量を測定した酸化アルミパンの底に薄く広げた。示差走査熱量計(DSC-8230, リガク社製) を用いて、室温から-100℃まで冷却し、ついで10分間ホールドした後、昇温速度2.5℃/min.で−100℃から50℃まで加熱を行う過程での吸発熱量の測定を行った。なお、予め各試料の基材に用いたPET基板は有意な量の含水を生じないことを確認した。
各試料について、DSC測定後にアルミパンにピンホールをあけて真空乾燥後、その重量減少分を含水量として求めた。含水量(WC)は、基材に用いたPET基板の質量を除外した上で、以下の式(I)で求めた。
含水量(WC) = (W
1−W
0 ) / W
0 (I)
(W
0:試料の乾燥重量(g)、W
1:試料の含水重量(g))
【0038】
次に、各Sample A〜C毎(Sample Bについては、各組成毎)に、各含水量におけるコールドクリスタリゼーションに伴う発熱量と0℃付近の吸熱量の関係から、Sample A〜Cにおける不凍水と中間水の最大量を求めてW
0で除することにより、それぞれのSampleにおける不凍水量と中間水量とした。表2に各試料の中間水量を示す。なお、Sample Bの50 mol%HEMAと、100mol%HEMAでは、DSC測定において有意な量の中間水が観察されなかったため、中間水量を0wt%とした。
【0039】
【表2】
【0040】
3,血小板の吸着試験
飽和含水させたSample A〜Cと、対照材としてのガラス基板とガラス基板を用いて、クエン酸ナトリウムで抗凝固した人新鮮多血小板血漿と試料表面とを37℃、60分間接触させた後、リン酸緩衝溶液でリンスし、グルタルアルデヒドで固定した。その後、試料表面1×10
4μm
2に粘着した血小板数を電子顕微鏡で観察した。血小板の粘着形態変化の進行度により、I(正常)、II(偽足形成)、III(伸展)型に分類して血液との適合性の評価を行った。
PETに吸着した全血小板を1000とした場合の、各試料における粘着血小板の相対数を各試料における中間水の量に対して
図7に示す。
【0041】
4,がん細胞の吸着試験
飽和含水させたSample A,Cと、対照材としてのガラス基板とPET基板を用いて、がん細胞の吸着試験を行った。ウシ胎児血清を添加した培地で培養したヒト線維肉腫細胞(HT-1080)に、各試料を37℃、60分間接触させた後、リン酸緩衝溶液でリンスし、ホルムアルデヒドで固定した。細胞の核をDAPI、アクチン骨格をphalloidin抗体、ビンキュリン接着班を抗vinculin抗体でそれぞれ染色して共焦点レーザー顕微鏡を用いて接着細胞数の計測を行った。
PETに吸着した癌胞数を1000とした場合の、各試料における吸着癌細胞数の相対数を各試料における中間水の量に対して
図7に合わせて示す。なお、Sample CであるPMPC表面上では、がん細胞の接着が弱く、リン酸緩衝溶液でのリンス時にほとんどのがん細胞の剥離が観察されたため、
図7には概数を記入した。
【0042】
5,血管内皮細胞の吸着試験
飽和含水させたSample A,Cと、対照材としてのガラス基板とPET基板を用いて、ヒト血管内皮細胞の吸着試験を行った。ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)は、ウシ胎児血清、へパリン、endothelial cell growth supplementを添加した培地で培養したものを用いた。各試料を血管内皮細胞の培養液に37℃、60分間接触させた後、リン酸緩衝溶液でリンスし、ホルムアルデヒドで固定した。細胞の核をDAPI、アクチン骨格をphalloidin抗体、ビンキュリン接着班を抗vinculin抗体でそれぞれ染色して共焦点レーザー顕微鏡を用いて接着細胞数の計測を行った。
PETに吸着した血管内皮細胞数を1000とした場合の、各試料における吸着血管内皮細胞数の相対数を各試料における中間水の量に対して
図7に合わせて示す。なお、Sample CであるPMPC表面上では、血管内皮細胞の接着が弱く、リン酸緩衝溶液でのリンス時にほとんどの細胞の剥離が観察されたため、
図7には概数を記入した。
【0043】
6,歯根膜由来(幹)細胞の吸着試験
飽和含水させたSample A,Cと、対照材としてのガラス基板とPET基板を用いて、ヒト歯根膜由来細胞の吸着試験を行った。ヒト歯根膜由来細胞(PDL)は、ウシ胎児血清を添加した培地で培養したものを用いた。各試料を血管内皮細胞の培養液に37℃、60分間接触させた後、リン酸緩衝溶液でリンスし、ホルムアルデヒドで固定した。細胞の核をDAPI、アクチン骨格をphalloidin抗体、ビンキュリン接着班を抗vinculin抗体でそれぞれ染色して共焦点レーザー顕微鏡を用いて接着細胞数の計測を行った。
PETに吸着した歯根膜由来細胞数を1000とした場合の、各試料における吸着歯根膜由来細胞数の相対数を各試料における中間水の量に対して
図7に合わせて示す。なお、Sample CであるPMPC表面上では、歯根膜由来細胞の接着が弱く、リン酸緩衝溶液でのリンス時にほとんどの細胞の剥離が観察されたため、
図7には概数を記入した。
【0044】
7,血漿タンパク質の吸着試験
飽和含水させたSample A,Cと、対照材としてのガラス基板とPET基板を用いて、ヒト新鮮血より遠心分離機により分離した血漿に37℃、60分間浸漬した。浸漬後、リン酸緩衝溶液でリンスし、各基材表面に吸着した血漿タンパク質の量を、金コロイドドットプロット法により求めた。結果を表3に示す。
【0045】
【表3】
【0046】
PMEAならびにPMPC表面上への血漿タンパク質の吸着量は、ほぼ単層に血漿タンパク質が吸着したレベルに該当する程度の少ない量であった。一方、ガラスならびにPET表面上には、血漿タンパク質が多層に吸着していると思われる量のタンパク質吸着が観測された。
【0047】
8,各試料の中間水量と細胞の吸着頻度
図7において、PET基板以外の試料については、PET基板への各細胞の吸着数を1000とした場合の相対数により各細胞の吸着数を示している。このため、各試料表面に各細胞が接触した回数と、当該細胞がPET基板に接触した回数が同等であることを考慮すれば、
図8におけるそれぞれの値は、各細胞が各試料に吸着を生じる頻度(確率)を示すものである。
【0048】
血小板については、DSC測定によってはほとんど中間水が観察されなかったMEA−HEMA共重合材上においても吸着頻度が急激に減少した後、中間水量の増加に伴って緩やかに減少した。一方、がん細胞、血管内皮細胞、幹細胞では、いずれも中間水量が10wt%程度までほとんど吸着頻度が低下しない一方で、中間水量が45wt%のPMPC表面上ではほとんど吸着を生じないことが観察された。このように、本発明によれば、適切な量の中間水を有する水和性組成物を使用することで、血小板とその他の細胞間で吸着頻度の傾向に大きな差を生じることを利用することにより、特に血液中から所望の細胞を分取することが可能となる。また、特に血管内皮細胞については、血小板がほとんど吸着しない中間水量の範囲においても高い吸着頻度を維持できることから、人工血管の表面の中間水の量を考慮することにより血栓の発生を抑制可能な人工血管を得ることが可能となる。