(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記重回帰分析における前記残差は単純残差であり、前記主成分分析における前記残差は単純残差の二乗和であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の設備の劣化状態判定システム。
複数種類の機器を備えた設備に設けられ異なる物理量を検出可能な複数種類の検出手段によって検出された計測値に統計処理を施して得られた残差を指標として設備の劣化状態を判定する設備の劣化状態判定方法であって、
コンピュータによって、
前記設備を構成する機器ごとに取得された計測値に対して重回帰分析を実行するとともに、
前記設備を構成する機器を問わず取得された複数種類の計測値に対して主成分分析を実行し、前記重回帰分析の結果が状態変化なしであっても、前記主成分分析の結果が状態変化ありの場合には、判定値の絶対値を小さくして再度前記重回帰分析を実行して設備の劣化状態を判定することを特徴とする設備の劣化状態判定方法。
【背景技術】
【0002】
従来、変電所の設備機器のメンテナンスは、変圧器や整流器等の機器種別ごとに定めた一律周期による保全(TBM:時間基準保全)、具体的には所定時間の稼働や所定期間の経過(例えば1年毎)で行なうのが一般的であった。
しかし、実際には使用環境や機器の個体差などにより劣化状態は機器ごとに異なる。そのため、劣化の有無に拘わらず検査・取替を行う上記一律周期の保全方式にあっては、無駄な検査が行われることでメンテナンスコストの増大を招く課題がある。従って、設備毎に機器個々の状態を把握しそれに基づいた検査・取替を行う保全(CBM:状態基準保全)が望ましい。
【0003】
従来、変電所の機器の状態を監視する技術としては例えば特許文献1に記載されているものが、また、発電所の機器の状態を監視する技術として例えば特許文献2に記載されているものがある。さらに、本発明に関連する分析技術としては例えば特許文献3に記載されているものがある。
このうち、特許文献1の機器状態監視技術は、機器動作時間ファイル、動作回数ファイル及び保守情報ファイルを備え、遮断器又は断路器の制御情報を変電所の配電盤に出力した出力時刻と、制御により配電盤からの遮断器又は断路器の動作終了情報を受信した受信時刻を受信して機器動作時間ファイル及び動作回数ファイルに機器動作時間及び動作回数のデータを蓄積して予防保全管理を行うというものである。
【0004】
一方、特許文献2の発電所に関する機器状態監視技術は、振動測定データ記憶手段に記憶された実機の転がり軸受の経過時間と振動測定データとの関係に基づいて、転がり軸受の振動の上昇傾向と転がり軸受の状態がメンテナンスを要するまでの期間を予測して、転がり軸受の状態がメンテナンスを要する時期までの保全計画を作成するというものである。
また、特許文献3には、多様な評価システムに利用可能な重回帰式の抽出方法に関する発明が開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1に開示されている変電所の機器状態を監視する技術は、遠隔地で遮断器または断路器の動作回数および動作時間のデータを蓄積し、実際に故障が発生したときの動作回数および動作時間を機器の使用限界点として決定するというものであり、比較的軽微な故障や故障の予兆となる設備状態の変化を検出してメンテナンス時期を決定することは困難であるという課題がある。
【0007】
特許文献2に開示されている機器状態を監視する技術は、発電所に設けられているタービンやポンプ、モータ等の振動を伴う回転機器の動作状態を監視し保全することに向けられたもので、振動を伴わない機器の動作状態の監視、保全には適用が難しいという課題がある。また、特許文献3に開示されている発明は、少ない労力で精度の高い重回帰式を抽出する方法に関するもので、重回帰式を利用した具体的な設備における機器の劣化状態を判定する技術を開示するものではない。
【0008】
本発明は、上記課題を解決するためになされたもので、変電所等の設備の劣化状態や異常の予兆をとらえてメンテナンス時期を決定することができ、それによってメンテナンスに要するコストを低減することができる変電所等の設備の劣化状態判定システムおよび劣化状態判定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明は、
複数種類の機器を備えた設備に設けられ異なる物理量を検出可能な複数種類の検出手段と、前記複数の検出手段からの信号を収集するデータ収集手段と、前記データ
収集手段によって収集された計測値に統計処理を施して得られた残差を指標として設備の劣化状態を判定する分析装置と、を備えた設備の劣化状態判定システムにおいて、
前記分析装置は、
前記設備を構成する機器ごとに取得された計測値に対して重回帰分析を実行するとともに、
前記設備を構成する機器を問わず取得された複数種類の計測値に対して主成分分析を実行し、前記重回帰分析の結果および前記主成分分析の結果に基づいて設備の劣化状態を判定して判定結果を表示装置に表示可能に構成したものである。
【0010】
上記した構成によれば、重回帰分析と主成分分析のそれぞれの長所を生かすことで、設備の劣化、異常の予兆を検出することができ、メンテナンス時期を決定することができる。その結果、メンテナンスに要するコストを低減することができる。
【0011】
また、望ましくは、前記計測値には、各機器の温度、圧力および電流と設備周辺の気温とが含まれ、
前記分析装置は、前記温度および圧力を目的変数とし、前記電流および気温を説明変数として、前記設備を構成する機器ごとに重回帰分析を実行するように構成する。
これにより、設備の劣化、異常の予兆が発生している機器を特定することが可能となり、効率的な修理、点検が可能となる。
【0012】
さらに、望ましくは、前記分析装置は、取得された計測値を、前記設備を構成する同一種類の機器に関する計測値をまとめたグループと、前記設備を構成する機器を問わず同一種類の計測値をまとめたグループとに分類し、
前記分類されたそれぞれグループの計測値に対して主成分分析を実行して設備の劣化状態を判定するように構成する。
これにより、重回帰分析では把握することができないような軽微な状態変化が生じた場合でも、主成分分析により複数の因子の網羅的な関係の変化を見つけることで上記のような状態変化を把握することが可能となる。
【0013】
また、望ましくは、前記重回帰分析における前記残差は単純残差であり、前記主成分分析における前記残差は単純残差の二乗和であるようにする。
これによって、より的確に状態変化を把握することが可能となる。
【0014】
さらに、望ましくは、前記分析装置は、
前記重回帰分析における前記単純残差の移動平均
が増加傾向にあるか否かの判定と、前記主成分分析における前記単純残差の移動平均の二乗和
が増加傾向にあるか否かの判定と、を実行可能であるように構成する。
これにより、収集したデータに含まれるノイズ(周期成分)を除去することができるため、より高い精度で、設備の劣化、異常の予兆を検出することができる。
【0015】
また、本出願の他の発明は、
複数種類の機器を備えた設備に設けられ異なる物理量を検出可能な複数種類の検出手段によって検出された計測値に統計処理を施して得られた残差を指標として設備の劣化状態を判定する設備の劣化状態判定方法において、
コンピュータによって、
前記設備を構成する機器ごとに取得された計測値に対して重回帰分析を実行するとともに、
前記設備を構成する機器を問わず取得された複数種類の計測値に対して主成分分析を実行し、前記重回帰分析の結果が状態変化なしであっても、前記主成分分析の結果が状態変化ありの場合には、判定値
の絶対値を小さくして再度前記重回帰分析を実行して設備の劣化状態を判定するようにしたものである。
【0016】
上記した手段によれば、重回帰分析と主成分分析のそれぞれの長所を生かすことで、設備の劣化、異常の予兆を検出することができ、メンテナンス時期を決定することができるとともに、劣化や異常が発生している機器を特定し易くすることが可能となる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、変電所等の設備の劣化状態や異常の予兆をとらえてメンテナンス時期を決定することができ、それによってメンテナンスに要するコストを低減することができるという効果を有する。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係る変電所の設備状態判定システムおよび判定方法の実施形態について、図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態における変電所の設備状態判定を行うシステムの構成を示した図である。
図1に示すように、本実施形態のシステムは、変電所10に設けられている各種機器の状態を検出する各種計測器と、計測器により検出された計測値を送信する送信器(子局)21と、複数の変電所の送信器から送信されてくるデータを受信する親局22と、親局22によって収集されたデータに統計処理を施して設備の状態を分析するコンピュータからなる分析装置30などから構成される。
【0020】
変電所10に設けられている監視対象の機器としては、落雷や短絡などの事故発生時に回路を切り離して安全を保つために電流を遮断する遮断器11や、電力会社から供給される6600Vの交流電圧を鉄道車両の動力源に適した1500Vのような直流電圧に変換する変圧器12、交流を直流に変換する整流器13、直流変流器などにより検出された電流値に基づいて遮断器11を制御する制御機14などがある。一般に、1つの変電所には、遮断器11や変圧器12、整流器13などからなるチャンネル(ユニット)が複数設けられている。
変圧器などの変電所設備機器の状態を検出する計測器としては、電流値を測定する電流計41の他、温度センサ42や圧力センサ43などがある。
図1では、1つの変圧器に設けられている電流計41、温度センサ42および圧力センサ43のみが図示されているが、他の変圧器12や遮断器11、整流器13にも、同様に電流計、温度センサ、圧力センサが設けられている。
【0021】
送信器(子局)21と親局22との間のデータ通信は、ケーブルを使用した有線方式でも良いし無線方式の通信でも良い。親局22と分析装置30との間のデータ通信も同様であり、LAN(ローカルエリアネットワーク)を介して接続しても良い。
従来より、変電所システムには、TBM保全(時間基準保全)のための計測器と、計測値を送信する送信器(子局)やデータを受信する親局が設けられているので、従来のシステムによって収集されたデータを利用して変電所設備の劣化状態や異常の予兆を判定する分析を行うようにしても良い。
本実施形態では、送信器(子局)21と親局22とによってデータ(計測値)を収集するデータ収集手段が構成される。送信器(子局)21による計測値の取得および親局22へのデータの送信は、特に限定されるものではないが、例えば1時間に1回などとすることが考えられる。
【0022】
分析装置30は、収集したデータや分析用のソフトウェア(分析ツール)等を記憶する半導体メモリあるいは磁気ディスク装置などからなるデータ記憶装置31、データを分析するための演算等を行なう演算制御装置32、キーボードやマウスなどの入力装置33、液晶モニタのような表示装置34などを備えて構成されている。なお、演算制御装置32は、マイクロコンピュータのようなデータ処理装置によって構成することができる。後に説明する重回帰分析や主成分分析に使用する分析ツールについては、従来より種々のものが提供されており、それらを利用することができる。
本実施形態の分析装置30においては、予め変電所から収集された正常時のデータに基づいて、後述の統計的解析手法により統計モデルを構築しておいて、リアルタイムで収集されたデータを統計処理して得られた値(残差)を指標として設備の状態変化を抽出して、設備(機器)の劣化や異常の予兆を判別できるように構成されている。
【0023】
次に、分析装置30におけるモデルの構築の仕方およびデータ分析処理の内容について説明する。
本発明者ら、変電所の設備機器の計測値を分析して設備(機器)の劣化や異常の予兆を判別するのに好適な分析手法について検討を行なった。その結果、以下に説明する理由から、KPI型重回帰分析法と主成分分析法の組み合わせが望ましいとの結論に達した。
ここでは、先ず、重回帰分析について説明する。
【0024】
KPI型重回帰分析では、取得したデータが例えば
図2(A)に示すように分布しているとき、KPI(Key Performance Indicator)と入力因子の関係を、例えばy=a+bxのような一次式で近似(モデリング)する。そして、
図2(B)に示すように、正常状態の範囲から外れているデータの正常状態からの距離(回帰式から予測される値と実際の計測値との差)を残差と定義して、この残差を指標として相関の崩れすなわち機器の劣化の程度を判断することができる。
なお、重回帰分析は、目的変数と説明変数の関係を簡素な線形式で表すため、変電所の設備に適用する場合、設備(機器)単体における電流,圧力,温度等の物理因子の基本的な関係を記述できるので、この関係の変化を伴う機器の状態変化(例:ガス漏れ,異常発熱)を把握するのに適していると考えた。
【0025】
ただし、重回帰分析は変数が多くなると多重共線性等の問題が生じてモデルの再現性が低下するおそれがあること、現状の変電所システムで取得している電流,圧力及び温度の計測値について、因子間の相関係数を算出して行なった検討の結果から、これらの間に相関関係が存在することが明らかになったこと等の理由から、モデル構築に使用する目的変数及び説明変数は、設備機器単体ごとに、次の表1に示すような因子を使用することとした。「気温」は設備周辺の気温である。
【表1】
【0026】
次に、主成分分析について説明する。
一般に、観測しているシステムから得られるデータの種類が複数あり、データが高次元になるときには、データを可視化することが難しい。一方でこのようなデータは、データ間に相関関係が存在することがある。したがって、このようなデータをまとめることによって、データの次元を減らすことが可能になる。
例えば
図3(A)に示すような2次元のデータは、x
1軸成分とx
2軸成分の間の相関が強く、1つの直線上に並んでいるように見える。このような場合、2次元のデータも1次元のデータとして扱うことができる。
【0027】
2次元のデータを1次元のデータとして扱うということは、2次元のデータを、ある直線の上に射影(投影)することと等価である。
図3(A)では、データを直交軸x
1,x
2に射影した様子を示している。
一方、2次元の平面上に1次元の直線を引く方法は無数に存在する。仮に
図3(B)に示すu
2の方向の直線上にデータを射影してみると、データが固まって分布してしまい、データが本来持つ情報量が失われてしまうので、このような射影は意味がない。最もよい射影の仕方は、データを射影した時にそのデータの散らばり(分散)が最も大きい時であり、
図3(B)のu
1軸のように2つの軸方向を適当に合成した方向に射影するのがよいということが分かる。
【0028】
主成分分析は、多変量のデータの中から互いに相関のある因子を潜在因子として抽出する手法であり、データの分布のうち、分散が最大になるような軸を取り出し、データ分布をその軸上の分布に射影することで、データの次元を落とすことから定式化される。そして、この性質を利用することで、関係性の崩れを容易に抽出することができる。
具体的には、
図4に示すように、主成分軸u
1から貢献度1%以下の軸が正常時にはほぼ0となる成分であると考え、これを残差成分軸u
2とする。そして、この軸u
2へ投影した値の二乗和を残差とし、この残差を指標として相関の崩れすなわち設備の劣化の程度を判断することとした。因みに、正常時には上記の残差がほぼ0であるため、残差に何らかの傾向が生じた場合(≒0でなくなった場合)には変電所の設備状態に変化が生じていると判断することができる。なお、二乗和をとった値である残差と、二乗和をとる前の残差とを区別する場合、本明細書では後者を単純残差と称する。
【0029】
上述したように、主成分分析によれば、データ全体の特徴を現す指標(主成分と残差)を抽出できるため、正常時に類似した挙動を示す同一種類の設備機器間における関係の変化を伴う設備状態変化(例:同一種類の設備機器の中で、ある設備機器だけが他と違う挙動を示す場合)の把握に適していると考えられる。
本発明者らは、上記表1に示す因子間の相関係数を網羅的に調べて相関について分析をした。その結果、比較的相関の高い、遮断器,変圧器等の同一種類の設備機器に関する因子をまとめたグループ(以下、設備グループと称する)と、温度,圧力等の同一種類のデータ(物理量)に関する因子をまとめたグループ(以下、データ種グループと称する)の2つの因子グループ毎にモデルを作成することで望ましい分析結果が得られることを見出した。各グループの詳細を次の表2に示す。なお、表2において、「GIS」は遮断器や断路器を内蔵したガス絶縁開閉装置である。
【0031】
ところで、前述したように、重回帰分析の特徴から、機器単体における基本的な物理的関係の変化については重回帰分析で充分に網羅することができる。つまり、重回帰分析によれば、劣化が起きている機器を特定し易いという利点がある。しかし、重回帰分析で把握できないような軽微な状態変化が生じた場合でも、主成分分析により複数の因子の網羅的な関係の変化を見つけることで上記のような状態変化を把握できる可能性がある。
逆に、主成分分析では、因子間の関係性が保たれたまま全設備機器が一律に劣化していく状態変化を把握できないおそれがある。そこで、本実施形態では、重回帰分析と主成分分析のそれぞれの短所を補い、長所を生かすために、両方式を併用して設備の劣化、異常の予兆を判定することとした。
【0032】
さらに、本発明者らは、既存の変電所のデータ収集システムで収集した次の表3に示すデータに対して、上述した手法によりモデルを構築したところ、正常時の残差が完全に0付近に分布せず周期性のある成分が残ることを見い出した。そして、これは、既存のシステムで取得できるデータの種類(電流,温度,圧力)では完全に説明しきれない変動をモデル化できなかったためであると考えた。
そこで、長期的な残差の傾向を確実に把握するために、公知の移動平均の手法を取り入れて、上記残差の単純移動平均をとることにより周期成分の除去を行なった。そして、移動平均幅(平均をとる期間)は、複数の値で試行した結果、今回のシステムでは8週間を選定することで概ね周期成分を除去できることが分かった。なお、移動平均をとる前のデータを分析すれば、突発的な異常(故障)を見つけることができる。
【0034】
次に、上記試行結果から導かれた重回帰分析と主成分分析を用いた本実施形態の変電所の設備状態判定システムにおけるデータ分析、状態判定処理の手順について、
図5のフローチャートを使用して説明する。
図5に示すように、このデータ分析処理においては、先ず、重回帰分析と主成分分析を用いて正常時に取得したデータから正常な変電所の設備状態を表すモデルを構築する(ステップS1)。次に、リアルタイムで収取したデータを上記ステップS1で構築したモデルに当てはめて残差を算出する(ステップS2)。そして、「0」から大きく外れている残差があるか否か判定し(ステップS3)、「0」から大きく外れている残差があれば突発的な異常発生と判定し、例えば表示装置の画面上に異常が発生した設備(変電所、機器)を特定する情報やメンテナンスの必要性を知らせる表示を行なう(ステップS4)。
【0035】
一方、ステップS3で、「0」から大きく外れている残差がないと判定すると、ステップS5へ移行して、残差に残る周期性分を除去するため移動平均を算出する。続いて、ステップS5で算出した移動平均とステップS2で算出した残差とを比較して残差が増加傾向にあるか否か判定し(ステップS6)、残差が増加傾向にあると分かった場合には変電所設備状態に変化が生じたと判定し、表示装置の画面上に状態変化が生じた設備(変電所、機器)や詳細検査の必要性を知らせる表示を行なう(ステップS7)。
なお、ステップS6での判断では、重回帰分析と主成分分析のいずれか一方の分析結果から異常または状態変化が発生した可能性があると判定した場合に、その旨を表示装置34の表示画面に表示する。
【0036】
次に、本発明者らが行なった上記データ分析方法の有効性の評価について説明する。
本発明者らは、本発明の有効性を確認するために、前術のような手法で構築したモデルが、設備状態の変化を検出できるか否かの評価を行なった。
変電所設備は一般に10年以上の長い年月をかけて劣化していくため、現状のデータ収集システムにおいて収集できるデータだけで設備状態の変化を把握できるか否かを検証することは困難である。そこで、表4に示すように、正常時のデータから機器の劣化傾向を模擬した疑似異常データを作成して評価に使用した。
ここで、評価に使用した疑似異常データを作成するに当っての基本的な考え方は、
(1)変電所に設けられている電流や電圧の急激な変化から電気回路を保護するための保護リレー等の警報が動作しない緩やかな変化であること
(2)実設備における特性を考慮した異常を模擬できること
である。考え方の詳細は表4に示す。上記(1),(2)を考慮して、正常データの期間内(4〜12か月分)で正常値に対して、徐々に表4の変化を加えた。
【0038】
評価方法は、前述したように、残差の移動平均を行うことにより長期的な劣化傾向をより確実に把握できるようになることから、評価の指標には残差の移動平均を用いた。異常データは時間経過とともに設備状態が悪化していく状態を模擬しているため、残差の分布が時間経過とともに0付近から離れていく傾向が表れれば設備状態の変化をとらえたと考えることができる。
そこで、評価基準を下記(1),(2)とし、これらを全て満たす場合に判定を「良」、そうでない場合を「不良」とした。
(1) 異常データの残差が増加傾向にあること。具体的には、
・Xa(月)が2ヶ月連続で減少していない
・Xa(最初の月) < Xa(最後の月)
(2) 各月でXa > Xn が満たされること。
なお、上記条件式中の記号σ、Xn、Xaの意味は以下の通りである。
・σ:学習データ(正常データ)における残差の標準偏差
・Xn(月):その月の学習データ(正常データ)の残差のkσ
・Xa(月):その月の異常データの残差のkσ超過率(%)
【0039】
係数kの値については、kを小さくとればXaが大きくなり検知率が高くなるが誤検知率も高くなる。kを大きくとればXaが小さくなり誤検知率が低下するが検知率も低下する。kの最適値の設定は監視対象のシステムに応じて適宜決定すればよく、本実施形態では、誤検知率が十分低くなるよう正規分布における信頼区間99.7%に相当する±3σに対応させて、「k=3」とした。
また、参考として、既存の変電所A〜Hから得られた実計測データに対して、上記定量評価結果と目視による判定結果との比較を行なった。後者は、人の目による判定であるため若干のあいまいさは含まれるが、以下の基準(a),(b)に合致するものを「良」、そうでないものを「不良」とした。
(a) 異常データにおける残差が上昇(圧力は下降)傾向にある
(b) 正常データよりも異常データが顕著に±kσを越える
【0040】
上記基準により行なった各異常データに対する評価結果を表5に示す。
【表5】
表5より分かるように、評価結果は、異常データ10件中8件を把握可能というものであった。また、目視における判定結果も概ね一致していたことから、上述した評価基準は概ね妥当な基準であったと考えられる。主成分分析で把握不可となった2件(A,G)も残差に増加傾向があるため、kを適切な値に設定すれば把握可能になると予想される。
【0041】
また、ある変電所の配電用変圧器の温度の分析結果を
図7に示す。
図7において、(A)は収集した生のデータを、時間軸を横軸にとってプロットしたもの、(B)は重回帰分析の残差(単純残差)の移動平均を示したもの、(C)は主成分分析の単純残差の移動平均を二乗和したものを示したものである。
図7(A),(B)の縦軸は温度、
図7(C)の縦軸は情報の大きさを表す。
なお、
図7(A)の生データを表すオリジナルのグラフでは、正常データをドットで示し異常データを×印で示している。また、
図7(A)のグラフの下部には、正常データと異常データの差分が示されており、この差分データを見ると、僅かずつではあるが差分が増加しているのが見て取れる。
【0042】
図7を参照すると、使用した疑似異常データ(表4)における変化が非常に小さいため、
図7(A)の生データでは異常データが正常データに埋もれてしまって判別できないが、
図7(B),(C)より、異常データにおける残差の移動平均は0から徐々にではあるが明らかに増加する傾向を有しているので、適切に判定値を設定すれば設備機器の劣化を判定できる可能性があることが分かる。
ところで、残差に基づく状態変化が設備の異常に相当する大きさになったか否かを監視する最適な判定値(判定のためのしきい値)は、変電所や設備機器毎に異なる。最初は暫定的に上記のように設定した設定値(±3σ)で監視を行なって残差の移動平均に変化が生じた時点で検査を行ない、検査結果に応じて判定値を見直すことで判定精度を向上させることができる。
【0043】
(変形例)
次に、上述した変電所の設備状態判定システムにおけるデータ分析方法の変形例を説明する。
前述したように、重回帰分析は状態変化が生じた機器を特定するのに有効であり、主成分分析は重回帰分析で見つけるのが困難な複数の因子の網羅的な関係の変化を見つけるのに有効である。そこで、本変形例は、重回帰分析で異常なしと判定された場合でも、主成分分析で異常ありと判定された場合には、重回帰分析の結果を判定するための判定値を下げて再度判定を行うようにしたものである。
【0044】
具体的には、
図6に示すように、ステップS6aで、重回帰分析で残差に増加傾向があるか否か判定し、残差(移動平均)に増加傾向があると判定した場合は、ステップS7へ移行して異常発生の表示を行う。また、ステップS6aで、重回帰分析で残差に増加傾向がないと判定すると、ステップS6bへ進み、主成分分析で残差に増加傾向があるか否か判定し、残差に増加傾向があると判定した時は、ステップS8へ移行して判定値を1段下げて、再度重回帰分析で残差に増加傾向があるか否か判定し(ステップS9)、残差に増加傾向があると判定した時は、ステップS7へ移行して異常発生の表示を行う。
これにより、重回帰分析で異常があると判定されれば、異常の発生した機器を特定できる可能性が高くなる。
【0045】
以上、本発明を実施例に基づいて説明したが、本発明は上記実施例に限定されるものではない。例えば上記実施例では、重回帰分析と主成分分析を併用して変電所の設備状態を判定するようにしたものについて説明したが、少なくともいずれか一方の分析手法を使用して判定するようにしても良い。また、監視対象の変電所の設備機器として遮断器,変圧器,整流器を選択したが、制御機についても電流や温度等を測定するようにしても良い。さらに、測定項目に関しても、電流、温度、圧力の他、電圧や振動、遮断器の開閉時間、湿度等を含ませるようにしても良い。
【0046】
また、上記実施例では、一例として変電所の設備状態判定を例にとって説明したが、本発明は変電所の設備状態判定に限定されず、発電所やプラントなど変電所と類似した機器を備える他の設備にも適用することができる。
さらに、上記実施例では、残差に対する移動平均として単純移動平均をとったものに対して
増加傾向の判定処理を行うと説明したが、移動平均は単純移動平均に限定されず、適用するシステムに応じて加重移動平均や指数移動平均など他の種類の移動平均や、無限インパルス応答フィルタの一種であるカルマンフィルタによるフィルタリング処理等を施したものに重回帰分析や主成分分析など
における残差の増加傾向の判定処理を行うようにしても良い。
また、移動平均をとる期間に関しても、監視するシステムに応じて期間を変えられるように構成すると良い。