【実施例】
【0041】
ここでは、原料ガスから水素を選択的に分離する水素分離体及びその水素分離体を備えた水素製造装置の実施例について説明する。
a)まず、本実施例の水素分離体の構成について説明する。
【0042】
図3に示すように、本実施例の水素分離体1は、原料ガス(例えば天然ガスと水蒸気を触媒に接触させ生成した改質ガス)から、水素を選択的に分離する試験管形状の部材であり、先端側(同図上方)が閉塞されるとともに基端側(同図下方)が開放され、その軸中心に中心孔3を有している。
【0043】
この水素分離体1は、基本的な構成として、その先端側に試験管形状の多孔質支持体5を備えるとともに、その基端側に筒状の緻密質支持体7を備えており、多孔質支持体5と緻密質支持体7とは同軸に配置されて一体のセラミック支持体9を構成している。
【0044】
なお、水素分離体1の寸法は、例えば長さ300mm×内径6mm×外径10mmである。
このうち、多孔質支持体5は、例えばイットリア安定化ジルコニア(YSZ)からなり、原料ガスを透過可能な通気性を有する多孔質セラミックス製の支持体である。
【0045】
一方、緻密質支持体7は、YSZからなる緻密質セラミックス製の支持体、即ち、通気性が無い支持体である。
そして、後述するように、セラミック支持体9の外表面には、その大部分を(基端側を除いて)を覆うように、層状の表面構造11が形成されている。
【0046】
この表面構造11としては、
図4に要部(
図3のA部)を拡大して示すように、多孔質支持体5の表面を覆う内側多孔質層13と、内側多孔質層13の表面を覆う外側多孔質層(以下保護層と称する)15と、内側多孔質層13及び保護層15に渡って(その一部分に)形成された水素分離層17とを備えている。なお、内側多孔質層13と保護層15とから多孔質層19が構成され、多孔質支持体5と多孔質層19とから多孔質体20が構成されている。以下、各構成について説明する。
【0047】
前記内側多孔質層13は、多孔質支持体5の外周面全体と、緻密質支持体7の(多孔質支持体5)端部側の外周面を覆うように構成されている。
この内側多孔質層13は、YSZからなり、原料ガスを透過可能な通気性を有する多孔質セラミックス製の被覆層である。
【0048】
前記保護層15は、内側多孔質層13の外側の全表面を覆うように形成されている。また、保護層15の基端側は、緻密質支持体7の先端側の外周面に密着して接合するように形成されている。
【0049】
この保護層15は、YSZからなり、水素ガスを透過可能な通気性を有する多孔質セラミックス製の被覆層である。
この保護層15は、水素分離層17の外側(
図4上方)にも広がっているので、外部から水素分離層17を損なうような汚染物質(例えばFe)が、水素分離層17に付着することを防止している。
【0050】
前記水素分離層17は、内側多孔質層13においてその保護層15側の内側層17aと、保護層15においてその内側多孔質層13側の外側層17bとから構成されている。この水素分離層17は、多孔質層19内において、水素分離体1の厚み方向(内側から外側)におけるガスの流路を全て覆うように、多孔質層19が広がる全平面にわたって形成されている。なお、水素分離層17の厚み(
図4の上下方向の寸法)は、0.1〜10μmの範囲(例えば4.0μm)である。
【0051】
詳しくは、この水素分離層17は、
図5に(
図4を更に)拡大して模式的に示す様に、YSZからなる内側多孔質層13や保護層15の細孔21、23内に、水素透過性金属(本実施例ではPdAg合金)である水素分離金属が充填されたものである。この水素分離金属は、原料ガスから水素のみを選択して透過させることによって、原料ガスから水素を分離する金属である。
【0052】
つまり、水素分離層17は、セラミックからなる内側多孔質層13及び保護層15(即ち多孔質層19)のうち、水素分離金属が充填されたセラミック部分(
図3の左右方向の幅の範囲)と、その細孔21、23内に充填された水素分離金属とから構成されている。
【0053】
なお、以下では、水素分離層17の細孔21、23内に充填された水素分離金属からなる部分を水素分離金属部27と称する。
特に、本実施例では、多孔質層19(詳しくは水素分離層17)における水素分離金属の充填の割合を示す指標である充填率εと、水素分離層17の厚み方向における水素の透過経路の長さの程度を示す指標である屈曲度τとの比(ε/τ)が、0.2〜0.6の範囲である。
【0054】
b)次に、前記水素分離体1を備えた水素分離装置である水素製造装置について、簡単に説明する。
この水素製造装置としては、例えば特開2012−7727号公報に記載の装置を採用できる。
【0055】
具体的には、
図6に示す様に、水素製造装置31は、水素分離体1と、水素分離体1の開放端側が挿入された筒状の取付金具33と、水素分離体1の外周面と取付金具33の内周面との間に配置された円筒形の(ガスシールを行う)シール層35と、水素分離体1に外嵌されてシール層35の先端側を押圧する円筒形の押圧金具37と、押圧金具37に外嵌されて取付金具33に螺合する筒状の固定金具39とを備えている。なお、
図6では、表面構造11は省略してある。
【0056】
前記取付金具33は、先端側筒状部41と鍔部43等を備えており、軸中心には、ガスの流路となる貫通孔(中空部)45が形成され、中空部45には、水素分離体1の基端側の端部が収容されている。前記固定金具39は、押圧板47と筒状部49とを備えている。前記押圧金具37は、取付金具33と水素分離体1との間の空間50内にて、(膨張黒鉛からなる)シール層35と隣接して配置されている。
【0057】
ここでは、取付金具33、押圧金具37、固定金具39によって、金属継手51が構成されており、水素分離体1(従って水素製造装置31)は、この金属継手51によって、ステンレス製の金属容器53に固定されて収容されている。なお、金属容器53に収容された水素製造装置31によって、水素分離モジュール55が構成されている。
【0058】
そして、上述した水素分離モジュール55では、例えば水素分離体1の外側(従って金属容器53内)に原料ガスが供給されると、水素分離体1にて原料ガスから水素に分離され、その水素は、水素分離体1の中心孔3を介して外部に取り出される。
【0059】
なお、原料ガスとしては、メタンなどの炭化水素ガスと水蒸気との混合ガスや、少なくとも水素ガスを含む混合ガスが挙げられる。
c)次に、本実施例の水素分離体1の製造方法について説明する。
<第1粉末充填工程>
本実施例では、
図7(a)に示す様な型枠61を用いてプレス成形を行う。この型枠61の筒状のゴム型63の軸中心には、水素分離体1の外形に対応した円柱形の内部孔65が形成されており、この内部孔65の軸中心には、水素分離体1の中心孔3の形状に対応した円柱状(試験管形状)の中心ピン67が立設されている。これにより、略円筒形状の型枠孔69が形成されている。
【0060】
そして、このゴム型63の型枠孔69内に、緻密質支持体7を形成する材料として、YSZ造粒粉を充填し、円筒状の緻密質形成部71を作製した。
<第2粉末充填工程>
次に、
図7(b)に示す様に、同様に、ゴム型63の型枠孔69内において、緻密質形成部71の上に、多孔質支持体5を形成する材料として、造孔材として有機ビーズを48体積%添加したYSZ造粒粉を充填した。
<加圧工程>
次に、
図7(c)に示す様に、ゴム型63の上部に、上部金型73を固定した。
【0061】
そして、この状態でゴム型63の外周側より、100MPaにて加圧してプレス成形することにより、
図7(d)に示す様な、水素分離体1の形状に対応した有底円筒形状成形体79を作製した。
<焼成工程>
次に、ゴム型63より取り出した有底円筒形状成形体79を脱脂し、その後、大気中で1500℃にて1時間焼成することにより、
図8(a)に示す様に、φ10mm×長さ300mmのセラミック焼成体85を得た。なお、このセラミック焼成体85は、緻密質支持体7と多孔質支持体5とからなる
<内側多孔質層形成工程>
次に、YSZ粉末を有機溶媒中に分散させたスラリーを作製し、ディップコーティング法によって、セラミック焼成体85の表面(即ち多孔質支持体5の表面)にスラリーを付着させた。
【0062】
そして、このスラリーを付着させたセラミック焼成体85を、大気中にて1150℃で2時間焼き付けて、
図8(b)に(
図8(a)のB部を拡大して)示す様に、セラミック焼成体85の表面(即ち多孔質支持体5の表面)を覆う内側多孔質層13を形成した。
<Pd金属核形成工程>
次に、内側多孔質層13を備えた多孔質支持体5(その外側)を、Snイオン溶液に浸漬し、Snイオンを内側多孔質層13の表面側(
図8(b)の右側)に吸着させ、水洗後、Pdイオン溶液に浸漬させて、SnイオンとPdイオンの交換反応によりPdイオンを吸着させた。
【0063】
その後、ヒドラジン溶液に浸漬させることにより、Pdイオンを還元しPd金属核(メッキ核)とした。つまり、内側多孔質層13の細孔21の内周面に、Pd金属核を付着させた。
<保護層形成工程>
次に、Pd金属核を付着させた内側多孔質層13に対して、再度上述したYSZスラリーをディップコーティングした後に、大気中で1500℃にて2時間焼き付けることにより、
図8(c)に示す様に、保護層15を形成した。
【0064】
これによって、多孔質支持体5の表面に内側多孔質層13及び保護層15が形成された水素分離中間体87が得られた。
<無電解メッキ工程>
次に、
図8(d)に示す様に、無電解メッキ法(化学メッキ法)により、内側多孔質層13の細孔21内に付着させたPd金属核を成長させ、細孔21の一部を埋めるようにして、内側多孔質層13の表面側(保護層15側:
図8(d)の右側)に、3.0μmの厚みでPdからなる無電解メッキ層91を形成した。
【0065】
この無電解メッキ法では、多孔質支持体5の内側多孔質層13や保護層15で覆われた部分を、浴温60℃の無電解Pdメッキ液(パラジウム化合物:濃度2g/L)中にセットし、20分にわたり無電解メッキを行って、無電解メッキ層91を形成した。
<電解メッキ工程>
次に、電解メッキによって、無電解メッキ層91の表面側(保護層15側)に、
図8(e)に示す様に、電解メッキによって電解メッキ層93を形成した。
【0066】
詳しくは、
図9に示す様に、水素分離中間体87の中心孔3に、濃度6.0mol/LのNaCl水溶液(NaCl飽和水溶液)を電解液として導入した。
また、NaCl電解液中に給電電極95を挿し込んだ後、水素分離中間体87を、予め対極97の配置された浴温30℃の電解Agメッキ液(硝酸銀溶液:濃度37g/L)中にセットした。なお、電解Agメッキ液は、保護層15の外側(
図9の右図の右側)に供給される。
【0067】
そして、電流値(電流密度)0.3A/dm
2にて定電流電解メッキを2.0分間実施し、無電解メッキ層91上にAgメッキ膜である厚さ1.0μmの電解メッキ層93を形成し、(後に水素分離金属部27となる)金属部形成体101を作製した。
【0068】
なお、電解メッキ層93は、保護層15の内側の一部にも形成されるが、製品としては、メッキ金属が充填されていない外側の多孔質部分が実質的に保護層15として機能する。
【0069】
また、この電解メッキでは、多孔質支持体5の内側の中心孔3(従って多孔質支持体5の細孔103)に供給された電解液を介して、無電解メッキ層91に電子が供給され、保護層15の外側(従って保護層15の細孔23)に供給された電解Agメッキ液を介して、無電解メッキ層91の外側にメッキ金属(ここではAg)が供給される。
<合金化工程>
洗浄後に、金属部形成体101に対して、窒素中750℃で熱処理を行い、PdとAgとを合金化し、厚み4μmのPdAg合金からなる水素分離金属部27とした。これにより、厚み4μmの水素分離層17が形成された。
【0070】
これらの工程によって、水素分離体1が完成した。また、この水素分離体1に金属継手51を取り付けて、水素分離装置31を完成した。
e)次に、本実施例の効果について説明する。
【0071】
本実施例では、後述する実験例からも明らかなように、多孔質体20における水素分離金属の充填の割合を示す指標である充填率εと、水素分離層17の厚み方向における水素の透過経路の長さの程度を示す指標である屈曲度τとの比(ε/τ)が、0.2〜0.6の範囲であるので、高い水素透過性能と高い耐剥離性とを両立できる。
【0072】
また、本実施例では、水素分離層17の厚みが0.1μm以上であるので、(原料ガス等から)分離される水素の純度が高い。また、水素分離層17の厚みが10μm以下であるので、水素透過性能が高いという効果がある。
[実験例]
次に、本発明の効果を確認するために行った実験例について説明する。
【0073】
実験に使用する水素分離体として、下記表1に示す実施例1〜5の試料を作製した。また、比較例として、比較例1〜6の試料を作製した。なお、製造方法(製造条件)は、下記表1に示す内容以外は、上述した実施例と同様である。
【0074】
そして、これらの試料に対して、上述した方法によって、水素分離層における、充填率ε、屈曲度τ、厚みd、水素透過性能を調べた。また、水素分離層の厚み方向の界面における剥離の有無を拡大鏡によって調べた。
【0075】
なお、水素透過性能は、下記の方法によって測定した。
温度550℃の条件下で、水素分離体の外側(供給側)に水素ガスを供給して内側(透過側)に水素ガスを透過させて、外側と内側との圧力差を0.1MPaとなるよう調整し、湿式ガスメーターを用いて、内側に透過してくる水素ガスの単位面積[cm
2]及び単位時間[min]当たりの透過量[cc]を測定した。
【0076】
その結果を、下記表1及び
図10に示す。なお、
図10の縦軸は水素透過性能(Hydrogen permeability)を示し、横軸は充填率εと屈曲度τとの比(ε/τ)を示す。
【0077】
【表1】
【0078】
また、下記表2〜5には、実施例1〜3、比較例1における屈曲度τの算出手順を示した。なお、表2〜5において、直線部経路長とは
図1における白線の(上下方向の)垂線部分の長さ(円内は除く)であり、斜線部経路長とは傾斜した部分の長さであり、円周部経路長とは円の半円部分の長さであり、全経路長とはこれらの3種の長さを合計した長さであり、屈曲度τとは全経路長を層厚みdで割ったものである。
【0079】
なお、表1中の層厚みと下記表2、3、4中の平均厚みが若干異なっているが、表1中は、上述した充填率εを求める方法を説明する箇所で示したルールに基づき切り出された測定領域の水素分離層の厚み方向の長さであり、他方、表2〜4中の各No.1〜5の水素分離層厚みは、上述した経路長の長さを求める方法を説明した箇所に記載のようにスタート時の空孔は除外している。このため、両者の層厚みに若干の差が存在する場合があるが、1%程度の差であり、屈曲度τに与える影響は非常に小さく無視できるレベルであるため、問題はない。
<実施例1>
実施例1では、画像解析による水素分離層における面積比は、空孔1.2%、YSZ47.1%、PdAg51.7%、厚み4.48μmである。
【0080】
【表2】
【0081】
<実施例2>
実施例2では、画像解析による水素分離層における面積比は、空孔1.5%、YSZ56.2%、PdAg42.3%、厚み3.96μmである。
【0082】
【表3】
【0083】
<実施例3>
実施例3では、画像解析による水素分離層における面積比は、空孔1.3%、YSZ64.1%、PdAg34.6%、厚み4.71μmである。
【0084】
【表4】
【0085】
<比較例1>
比較例1では、画像解析による水素分離層における面積比は、空孔1.3%、YSZ72.5%、PdAg26.2%、厚み4.92μmである。
【0086】
【表5】
【0087】
表1及び
図10から明らかなように、充填率εと屈曲度τとの比(ε/τ)が、0.2以上の試料(実施例1〜5)では、水素透過性能が18.7[cc/min/cm
2]以以上と高く好適である。
【0088】
なお、この水素透過性能は、15[cc/min/cm
2]以上が好適であり、これを下回ると、水素製造装置として使用する際に、十分な水素量(従って水素製造量)を得る為に必要な膜面積が多くなる(水素透過性能NG)。即ち、装置が大きくなる且つコストが高くなるため好ましくない。
【0089】
また、充填率εと屈曲度τとの比(ε/τ)が、0.6以下の試料(実施例1〜5)では、水素分離層の界面における剥離が見られず好適である。
つまり、この実験から、充填率εと屈曲度τとの比(ε/τ)が、0.2〜0.6の範囲の場合(実施例1〜5)には、高い水素透過性能と高い耐剥離性とを両立できることが分かる。
【0090】
それに対して、比較例1〜3では、充填率εと屈曲度τとの比(ε/τ)が、0.2未満であるので、水素透過性能が低く好ましくない。また、比較例4〜6では、充填率εと屈曲度τとの比(ε/τ)が、0.6を上回るので、剥離が発生しており好ましくない(剥離NG)。
【0091】
尚、本発明は前記実施形態や実施例になんら限定されるものではなく、本発明を逸脱しない範囲において種々の態様で実施しうることはいうまでもない。
(1)例えば、水素分離金属層中の充填率は、層厚方向で片側から反対側へ傾斜していてもよく、中央部で充填率が高くなるよう傾斜していてもよく、また充填率の異なる複数の層で構成されていてもよい。
【0092】
(2)また、上述した内部給電方式の電解めっき以外に、通常の電解めっきを採用できる。この場合は、全多孔質層内に形成したPd金属層等に対して、導通を取るようにクリップ等によって一方の電極を取り付け、通常の様に電解めっきを行うことができる。
【0093】
つまり、(一方の電極が取り付けられた)金属層等と他方の電極との間にめっき液を供給し、両電極間に電圧を印加することによって電解めっきを行うことができる。
(3)更に、内部給電方式の場合には、セラミック支持体の外側に電解液を供給するとともに、内側に電解めっき液を供給し、内側(中心孔側)よりめっき金属を析出させてもよい。
【0094】
(4)また、前記各実施例の水素分離体中(例えば多孔質支持体内など)に、天然ガス等の原料ガスを改質(例えば水蒸気改質)して、水素リッチの改質ガスとする(Ni等の)改質触媒を加えてもよい。