【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の態様は、表面に塗装下地としての化成皮膜を形成し、該化成皮膜上に水性塗料による塗膜を形成するためのアルミニウム材であって、該アルミニウム材の表面の電位と表面に存在する金属間化合物の電位との電位差が0.28V以下であり、かつ、前記金属間化合物の粒子の円相当径が10μm以下であることを特徴とする水性塗料塗装用のアルミニウム材にある
。
【0012】
本発明の第2の態様は、前記水性塗料塗装用のアルミニウム材の表面に塗装下地としての化成皮膜が形成されていることを特徴とする水性塗料塗装用の化成処理アルミニウム材にある
。
【0013】
本発明の第3の態様は、前記水性塗料塗装用の化成処理アルミニウム材の前記化成皮膜上に水性塗料による塗膜が形成されていることを特徴とする水性塗料塗装アルミニウム材にある
。
【0014】
本発明者は、鋭意研究の結果、アルミニウム材の表面の電位と表面に存在する金属間化合物の電位との電位差が、アルミニウム材表面の化成皮膜上に水性塗料による塗膜を形成する際の塗膜の膨れ発生に大きく関係していることを見出した。この関係性については、以下のように推測される。
【0015】
すなわち、アルミニウム材には、鋳造時に生成される金属間化合物が母相(Al)中に分散されている。金属間化合物の周囲には、母相(Al)との硬さの相違から、圧延中に隙間が生じる場合がある。この場合、化成処理後の乾燥が不十分であると、化成処理液が金属間化合物周囲の隙間に残存する。一方、アルミニウム材の表面には、その表面に存在する金属間化合物と母相(Al)との電位差によって局部電池が形成される。
【0016】
このような状態において、化成皮膜上に塗布した水性塗料の焼き付けを行うと、金属間化合物周囲の隙間に残存する化成処理液の温度が上昇し、母相(Al)の溶解反応(Al→Al
3++3e)と金属間化合物上での水素の還元反応(2H
++2e→H
2)とが起こる(つまり、水素ガスが発生する)。水性塗料の焼き付け時、塗膜表面は硬化している状態にあるため、発生した水素ガスが塗膜中に残存し、塗膜の膨れの原因となる。
【0017】
ここで、一般的に、金属の溶解反応(M→M
n++ne)の反応速度(=電流)は、平衡電位からのズレ(過電圧:η)を用いて、下記の数式1に示す理論式(Butler−Volmerの式)で表される。電流値(電流密度:i)は、過電圧に対して指数関数的に増加する。したがって、前述の電位差が大きいほど(過電圧が大きいほど)、電流値が増加する。つまり、母相(Al)の溶解反応が促進され、さらには金属間化合物上での水素の還元反応が促進される。その結果、水素ガスの発生量が多くなり、塗膜の膨れも発生しやすくなる。
【0018】
【数1】
なお、上記の数式1において、i:電流密度(A/cm
2)、i
0:交換電流密度(A/cm
2)、α:0.3〜0.7の値をとる定数(無次元)、F:ファラデー定数(9.65×10
4C/mol)、R:気体定数(8.314J/K・mol)、T:温度(K)である。また、n:金属元素の価数であり、アルミニウムの場合、n=3である。
【0019】
このようなことから、前記水性塗料塗装用のアルミニウム材(以下、適宜、単にアルミニウム材という)は、該アルミニウム材の表面の電位と表面に存在する金属間化合物の電位との電位差を前記特定の値以下(0.28V以下)としている。これにより、水性塗料の焼き付け時に、水素ガスの発生を抑制することができ、塗膜の膨れを防止することができる。
【0020】
また、前記アルミニウム材において、金属間化合物の粒子の円相当径を10μm以下としている。そのため、金属間化合物と母材との間に生じる隙間が小さくなり、化成処理液が残存しにくくなる。また、金属間化合物の各粒子の表面積が小さくなるため、金属間化合物上での水素の還元反応を抑制し、水素ガスの発生量を低減することができる。これにより、塗膜の膨れをより確実に防止することができる。
【0021】
また、前記水性塗料塗装用の化成処理アルミニウム材(以下、適宜、単に化成処理アルミニウム材という)は、前述と同様の理由により、化成皮膜上に水性塗料による塗膜を形成する際の塗膜の膨れを防止することができる。
【0022】
また、前記水性塗料塗装アルミニウム材は、前述と同様の理由により、水性塗料による塗膜の膨れを防止したものとなる。これにより、耐食性が高く、外観に優れたものとなる。
【0023】
このように、本発明によれば、水性塗料による塗膜形成時の塗膜の膨れを防止することができる水性塗料塗装用のアルミニウム材及び化成処理アルミニウム材、並びに水性塗料塗装アルミニウム材を提供することができる。
【0024】
前記水性塗料塗装用のアルミニウム材において、前述のとおり、該アルミニウム材の表面の電位と表面に存在する金属間化合物の電位との電位差が0.28V以下である。この電位差が0.28Vを超える場合には、水性塗料による塗膜形成時の水素ガスの発生量が多くなり、塗膜の膨れを十分に防止することができない。
【0025】
また、アルミニウム材において、前述のとおり、金属間化合物の粒子の円相当径が10μm以下である。金属間化合物は、鋳造時に生成されるが、その後の熱間圧延や冷間圧延により分断化されていく。しかしながら、金属間化合物の粒子の円相当径が10μmを超える場合には、金属間化合物と母材との間に生じる隙間が大きくなり、化成処理液が残存しやすくなると共に、金属間化合物の各粒子の表面積が大きくなる。そのため、水性塗料による塗膜形成時に水素ガスの発生量が多くなり、塗膜の膨れを十分に防止することができない。
【0026】
また、金属間化合物の粒子の円相当径を制御する方法としては、例えば、鋳造時の冷却速度を上げる、均質化処理温度を上げる、均質化処理時間を長くする、熱間圧延の圧下率を上げる、冷間圧延の圧下率を上げる等の方法がある。特に、鋳造時の冷却速度を上げること、熱間圧延の圧下率を上げることが効果的である。
【0027】
なお、アルミニウム材の表面の電位は、自然電位法を用いて測定することができる。例えば、アルミニウム材を所定濃度の水酸化ナトリウム水溶液に所定時間浸漬し、さらに所定濃度の硝酸に所定時間浸漬して表面を洗浄した後、所定濃度の塩化ナトリウム水溶液中で飽和カロメル電極に対する自然浸漬電位を測定して求めることができる。
【0028】
また、アルミニウム材の表面に存在する金属間化合物の電位は、例えば、EPMA(電子線マイクロアナライザ)を用いてアルミニウム材の表面における金属間化合物の組成を分析した結果と、各種金属間化合物の酸化還元電位の文献値とを用いて求めることができる。
【0029】
また、金属間化合物の粒子の円相当径は、例えば、走査型電子顕微鏡を用いて、アルミニウム材の表面の反射電子組成像を観察し、撮影した写真から画像解析処理により金属間化合物の粒子の面積を測定し、面積=πr
2(r:半径)の式から円相当径(=2r)を求めることができる。
【0030】
また、前記アルミニウム材は、少なくともMn及びFeを含有し、前記金属間化合物中のMn及びFeの合計原子濃度に対するMnの原子濃度の比が0.25以上であることが好ましい
。この場合には、アルミニウム材の表面の電位と表面に存在する金属間化合物の電位との電位差をより小さくすることができる。
【0031】
すなわち、MnやFeを含むアルミニウム材には、鋳造時において、Al
6(Mn,Fe)、Al
12(Mn,Fe)
3Si、Al
3Fe等の金属間化合物が生成する。金属間化合物中のMnやFeの原子濃度の割合は、金属間化合物の電位に大きく影響する(例えば、Al
6Mn:−0.67V(vs.SCE)、Al
3Fe:−0.55V(vs.SCE))。したがって、前記原子濃度の比を調整することにより、アルミニウム材の表面の電位と表面に存在する金属間化合物の電位との電位差をより小さくすることができる。
【0032】
前記金属間化合物中のMn及びFeの合計原子濃度に対するMnの原子濃度の比(以下、適宜、Mn/(Mn+Fe)のように表す。この場合、「Mn」はMn元素の原子濃度(at%)、「Fe」はFe元素の原子濃度(at%)である。)が0.25未満の場合には、アルミニウム材の表面の電位と表面に存在する金属間化合物の電位との電位差が大きくなり、水性塗料による塗膜形成時の塗膜の膨れを防止するという効果を十分に得ることができないおそれがある。
【0033】
なお、金属間化合物中のMn及びFeの合計原子濃度に対するMnの原子濃度の比:Mn/(Mn+Fe)は、例えば、EPMA(電子線マイクロアナライザ)を用いてアルミニウム材の表面における金属間化合物の組成を分析して求めることができる。
【0034】
前記水性塗料塗装用の化成処理アルミニウム材において、前記化成皮膜は、リン酸クロメート皮膜であってもよい
。この場合には、アルミニウム材の耐食性を高めることができる。また、化成皮膜上に形成される水性塗料による塗膜とアルミニウム材との密着性を向上させることができる。
【0035】
なお、化成皮膜とは、アルミニウム材の表面に化成処理によって形成される皮膜であり、アルミニウム材に高度の耐食性を付与したり、化成皮膜上に形成される塗膜とアルミニウム材との密着性を向上させたりするものである。化成皮膜としては、前述のリン酸クロメート皮膜以外にも、例えば、リン酸ジルコニウム皮膜、リン酸チタニウム皮膜等が挙げられる。
【0036】
前記水性塗料塗装アルミニウム材において、前記水性塗料の塗布量は、100mg/dm
2以上であることが好ましい
。すなわち、水性塗料による塗膜形成時の塗膜の膨れは、特に水性塗料の塗布量が多い場合に発生しやすくなる。よって、この場合、水性塗料による塗膜形成時の塗膜の膨れを防止するという効果をより有効に発揮することができる。