(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6475242
(24)【登録日】2019年2月8日
(45)【発行日】2019年2月27日
(54)【発明の名称】ホウ素添加細胞低温保存培地
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20190218BHJP
C12N 1/04 20060101ALI20190218BHJP
A01N 1/02 20060101ALI20190218BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N1/04
A01N1/02
【請求項の数】1
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2016-536064(P2016-536064)
(86)(22)【出願日】2014年8月13日
(65)【公表番号】特表2016-527917(P2016-527917A)
(43)【公表日】2016年9月15日
(86)【国際出願番号】TR2014000316
(87)【国際公開番号】WO2015026307
(87)【国際公開日】20150226
【審査請求日】2017年8月10日
(31)【優先権主張番号】2013/09923
(32)【優先日】2013年8月20日
(33)【優先権主張国】TR
(73)【特許権者】
【識別番号】512081166
【氏名又は名称】イェディテペ・ウニヴェルシテシ
【氏名又は名称原語表記】YEDITEPE UNIVERSITESI
(74)【代理人】
【識別番号】100081422
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 光雄
(74)【代理人】
【識別番号】100084146
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100156122
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 剛
(72)【発明者】
【氏名】フィクレッティン・シャヒン
(72)【発明者】
【氏名】セラミ・デミルジ
(72)【発明者】
【氏名】アイシェギュル・ドアン
【審査官】
坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】
特表2012−517823(JP,A)
【文献】
国際公開第2012/089337(WO,A1)
【文献】
特表平11−500421(JP,A)
【文献】
特開平11−352125(JP,A)
【文献】
特開2004−350615(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2011/0081363(US,A1)
【文献】
欧州特許出願公開第00367271(EP,A1)
【文献】
Biological Trace Element Research,2013年,Vol.153,p.419-427
【文献】
Biological Trace Element Research,2011年,Vol.144,p.306-315
【文献】
Pharmaceutical Research,1998年,Vol.15, No.8,p.1215-1221
【文献】
Cryobiology,2014年,Vol.68, No.1,p.139-146
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/071
A01N 1/02
C12N 1/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/WPIDS/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
− 20μg/ml 五ホウ酸ナトリウム五水和物(NaB)、
− 20% ウシ胎仔血清(FBS)、
− 1% ペニシリン・ストレプトマイシン・アムホテリシン(PSA)、および
− 10%、7%、5%または3% ジメチルスルホキシド(Me2SO)
を含む歯胚幹細胞用の低温保存培地であって、
保管される細胞を主成分としてコラーゲンを含む担体に付着させる場合に、用いられないことを特徴とする前記培地。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞株、組織試料、精子、卵母細胞および胚の長期保管に用いることができる低温保存(cryopreservation)(凍結)培地に関する。
【背景技術】
【0002】
低温保存(凍結)プロセスは、適当な条件下および化学物質の存在下で摂氏0度未満の温度で細胞、組織または生物体全体を保存している。それは、低温度での酵素および化学反応を停止させ、かつ損傷することなく材料を保管すること目的とする。すべての生物活性を停止させ、かつ最も有効な生物学的凍結プロセスを実現するために、液体窒素(−196℃)および蒸気が好ましい。この目的のために開発され、凍結される材料を凍結解凍ストレスから保護する凍結保護物質が存在する。凍結プロセスの最も重要な有害作用は、温度低下による氷晶形態における細胞間および細胞内領域中の生体系での水の蓄積である(カーペンターおよびハンゼン(Carpenter and Hansen)、1992年)。凍結および解凍プロセスは、温度の徐々の低下により、生物活性を停止させ、次いで、急速に暖めて通常培地に移すことにより行なう。この適用中に生じ、有害作用を有することが知られている事象の1つは、「溶液効果」(培地効果)である。この効果は、氷形成後に残存する少量の液体培地に蓄積する代謝産物によって引き起こされる。緩慢凍結プロセス後、細胞は、長期間、これらの代謝産物に曝露される(スタケキ(Stachecki)ら、1998年)。もう一つの有害作用は、緩慢凍結適用の結果として細胞から流出し、細胞間領域内に氷晶を形成する細胞内液である。グリセロール、ジメチルスルホキシド(Me2SO)および1,2−プロパンジオール(PrOH)のごとき化学物質は、凍結プロセス中に用いられ、それらは細胞から流出することができる水を置換する。これは、凍結プロセスの有害作用の除去のために用いられる(スタケキ(Stachecki)ら、1998年)。凍結プロセスを徐々に行うのと同程度に、解凍プロセスを急速に行うべきである。急速に解凍する細胞は、凍結プロセスに用いた化学物質の毒性作用を取り除くために健全な培地に迅速に移されるべきである(ブキャナン(Buchanan)ら、2004年)。この場合、無毒で、細胞生存率を増加でき、有効な保護を提供できる凍結培地および方法が必要である。有効な細胞低温保存プロセスは、胚、精子および卵子ならびに幹細胞のごとき重要な細胞株に必要とされる。幹細胞、特に、間葉系幹細胞の保管および樹立幹細胞バンクは、治療適用に必要である(ウッズ(Woods)ら、2009年)。適当な条件下の幹細胞の保管は、療法においてそれらを有効に用いることができるために非常に重要である。長期的な凍結および保管は、細胞がそれらの多能性特性を維持し、多数で貯蔵され、容易に輸送するために必要とされる(ゴンダ(Gonda)、2008年)。ホウ素は、特に植物に重要であることが知られている微量元素である。哺乳動物系において、それは細胞膜糖タンパク質およびホウ酸ジエステル複合体を形成し、酸化還元調節因子として機能し、また、膜の構造および機能に影響する(ゴールドバッチ(Goldbach)、2007年)。
【0003】
欧州特許文献EP0813361B1は、細胞、特に、血液中の赤血球前駆細胞の凍結のために用いる培地に関する。
【0004】
米国特許文献US20130059381A1は、非プログラム化細胞低温保存に用いることができる細胞低温保存溶液に関する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、細胞生存率を損うことなく、細胞を凍結することを可能にする培地を提供することである。
【0006】
本発明のもう一つの目的は、凍結中に生じるストレスを減少させ、ジメチルスルホキシド(Me2SO)濃度を低減する低温保存(凍結)培地を提供することである。
【0007】
本発明のさらなる目的は、Me2SO量の低減により細胞生存率を増加させる低温保存培地を提供することである。
【0008】
本発明のもう一つの目的は、細胞の保管、輸送および貯蔵を促進する低温保存培地を提供することである。
【0009】
本発明のさらなる目的は、細胞の長期的な凍結および保管、それらの多分化能特性の保護および多数でそれらを貯蔵することを可能にする低温保存培地を提供することである。
【0010】
本発明のもう一つの目的は、精子、卵子、胚、植物の細胞および材料、癌および感受性細胞株、幹細胞(胚性および間葉系)、血液および血液細胞ならびに生体材料および生体器官を凍結し保管することを促進する低温保存培地を提供することである。
【0011】
本発明のさらなる目的は、凍結中に細胞内液が細胞から流出し、細胞間領域で氷晶を形成するのを防止する低温保存培地を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の目的を満たすために開発した「ホウ素添加細胞低温保存培地」を添付図面に示す。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、3日間の細胞生存率に対する五ホウ酸ナトリウム五水和物の効果を示す図である(nc:陰性対照、pc:陽性対照 *p<0.05)。
【
図2】
図2は、反復および長期の凍結後の細胞生存率に対する低温保存培地を含有するNaBの効果を示す図である(nc:陰性対照、NaB:五ホウ酸ナトリウム五水和物、FT:凍結解凍プロセス *p<0.05)。
【
図3】
図3は、フォン・コッサ(A)、アルシアンブルー(B)およびオイルレッド(C)染色後のヒト歯胚幹細胞の最後の状態を示す図である。(フォン・コッサは歯原性分化を示し、アルシアンブルーは軟骨形成性分化を示し、また、オイルレッドは脂肪生成性分化を示す)。(C(5):5%Me2SOで凍結した対照、N:NaB+5%Me2SO、C(10):10%Me2SOで凍結した標準対照群)(拡大尺:400μm)
【
図4】
図4は、免疫細胞化学分析での骨、軟骨および脂肪の分化を示す。Col Iおよびオステオカルシンは骨分化を示し、Col IIは軟骨分化を示し、また、FABP4は脂肪分化を示す。(C(5):5%Me2SOで凍結した対照、N:NaB+5%Me2SO、C(10):10%Me2SOで凍結した標準対照群)(拡大尺:100μm)
【発明を実施するための形態】
【0014】
実験的研究
細胞毒性分析
五ホウ酸ナトリウム五水和物がヒト歯胚幹細胞に対する毒性作用を有するかどうかを示すために、5μg/ml〜700μ/mlの範囲の13の種々の濃度で細胞生存率分析を行った。保存溶液は、10mg/mlの五ホウ酸ナトリウム五水和物培地に溶かし、0.22μmフィルターを介してろ過することにより準備した。細胞に適用される中間の濃度を細胞培養培地中で調製し、ヒト歯胚幹細胞に適用した。
【0015】
凍結手順
凍結プロセス中に、その標準プロトコールと異なり、20μg/ml NaBを細胞低温保存培地に添加した。対照群を標準低温保存培地により培養した。その細胞の凍結中に、20μg/ml NaBに加えて、種々の量のMe2SO(10%、7%、5%および3%Me2SO)を20% FBS(ウシ胎仔血清)および1% PSA(ペニシリン・ストレプトマイシン・アムホテリシン)を含有した培地に添加した。長期間(6か月)凍結した群を除いて、その他の細胞を4回の反復凍結解凍プロセスに付した。各凍結プロセス中に、100万個の細胞を1つの凍結用チューブに入れ、凍結タンクを用いて−80℃に凍結した。凍結用チューブは、1日後に−196℃の液体窒素蒸気に移した。各凍結プロセス後、細胞を37℃水浴中で急速に溶かし、生存率分析をトリパンブルーで行った。
【0016】
分化試験
長期間凍結した細胞を解凍し、標準手順とは異なる凍結プロセス中に用いた20μg/mlのNaBが、間葉細胞分化にいずれかの効果を有するかどうかを把握するためにその細胞を分化実験に付した。骨形成性、軟骨形成性および脂肪生成性の分化誘導細胞を染色(フォン・コッサ、アルシアンブルーおよびオイルレッド)および免疫細胞化学(Col I、Col II、オステオカルシン、FABP4)分析に付して、分化後に差異を形成しないことを示した。
【0017】
統計分析
統計分析は、スチューデントのt検定およびグラフパッドプリズムプログラムを用いて行った。
【0018】
実験結果
細胞生存率を完成させて、凍結実験の開始前に適用されるべき適当な五ホウ酸塩五水和物の濃度を決定した。毒性作用を200μg/mlおよびそれを超える濃度で3日間観察した(
図1)。細胞生存率にいずれのネガティブな影響も有しなかった濃度のうち、20μg/mlのNaBを選択して、凍結実験に用いた。反復凍結した細胞および凍結し長期間貯蔵した細胞の細胞生存率分析の結果として、5%Me2SOの存在下の20μg/ml NaBの使用が、毒性作用を減少させることを観察した。かくして、低温保存培地中の5%Me2SOの使用は、細胞生存率を増加させることを可能にした。第2の凍結解凍プロセスの間およびそのプロセス後に細胞生存率が増加し始めることを観察した(
図2)。5%Me2SOを適用した群における細胞は、長期間の凍結実験後に解凍し、それらの間葉系特性を特徴付けるために細胞に対して分化試験を行った。分化実験に続いて、増加を歯原性および軟骨形成性系統への細胞の分化において観察し、一方、わずかな減少を脂肪組織への幹細胞分化において観察した。染色および免疫細胞化学的分析によれば、細胞の分化能における有意な変化は存在しないことが判明した(
図3〜4)。
【0019】
本発明の適用
本発明は、凍結解凍プロセス中に細胞および組織に生じ得る損傷を防ぐ凍結防止の凍結用(低温保存)培地である。本発明は、膵島、皮膚、角膜、心臓弁、静脈、血液および血液細胞、臍帯血ならびに移植療法に重要である組織、器官および組織片のごとき生体組織を保管するために用いる。加えて、本発明は、造血幹細胞、間葉系幹細胞、胚性幹細胞、iPS細胞(人工多能性幹細胞)のごとき組織再生および遺伝子治療に用いることができる幹細胞の長期保管に用いることもできる。本発明は、実験的研究に用いられる癌細胞、初代細胞系(繊維芽細胞、角化細胞等)および不死化細胞株を保管するために用いることができる。本発明は、体外受精目的の使用のために保管できるヒトおよび動物の精子、卵子、精巣および卵巣の組織の保管に用いることができる。
【0020】
参考文献
Buchanan, S. S., Gross, S. A., Acker, J. P., Toner, M., Carpenter, J. F.およびPyatt, D. W. (2004). Cryopreservation of stem cells using trehalose:evaluation of the method using a human hematopoietic cell line. Stem cells and development, 13(3), 295-305.
【0021】
Carpenter, J. F.およびHansen, T. N. (1992). Antifreeze protein modulates cell survival during cryopreservation:mediation through influence on ice crystal growth. Proceedings of the NationalAcademy of Sciences, 89(19), 8953-8957.
【0022】
Goldbach, H. E., Huang, L.およびWimmer, M. A. (2007).Boron functions in plants and animals:recent advances in boron research and open questions.InAdvances in Plant and Animal Boron Nutrition (pp. 3-25). Springer Netherlands.
【0023】
Gonda, K., Shigeura, T., Sato, T., Matsumoto, D., Suga, H., Inoue, K.およびYoshimura, K. (2008).Preserved proliferative capacity and multipotency of human adipose-derived stem cells after long-term cryopreservation. Plastic and reconstructive surgery, 121(2), 401-410.
【0024】
Stachecki, J. J., Cohen, J.およびWilladsen, S. (1998).Detrimental effects of sodium during mouse oocyte cryopreservation. Biology of reproduction, 59(2), 395-400.
【0025】
Woods, E. J., Perry, B. C., Hockema, J. J., Larson, L., Zhou, D., およびGoebel, W. S. (2009).Optimized cryopreservation method for human dental pulp-derived stem cells and their tissues of origin for banking and clinical use. Cryobiology, 59(2), 150-157.