(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6475500
(24)【登録日】2019年2月8日
(45)【発行日】2019年2月27日
(54)【発明の名称】軟骨伝導補聴器
(51)【国際特許分類】
H04R 25/00 20060101AFI20190218BHJP
A61F 11/00 20060101ALI20190218BHJP
【FI】
H04R25/00 F
H04R25/00 G
H04R25/00 Z
A61F11/00 310
【請求項の数】6
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2015-9631(P2015-9631)
(22)【出願日】2015年1月21日
(65)【公開番号】特開2016-134843(P2016-134843A)
(43)【公開日】2016年7月25日
【審査請求日】2017年12月27日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度医工連携事業化推進事業「新構造の振動子を用いた世界初の軟骨伝導による補聴器の開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】507126487
【氏名又は名称】公立大学法人奈良県立医科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000115636
【氏名又は名称】リオン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110881
【弁理士】
【氏名又は名称】首藤 宏平
(72)【発明者】
【氏名】西村 忠己
(72)【発明者】
【氏名】綿貫 敬介
【審査官】
渡邊 正宏
(56)【参考文献】
【文献】
特開2002−199495(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61F 9/00− 9/08
A61F 11/00−11/14
H04R 1/10
H04R 25/00−25/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも外耳道の形状に適合するイヤモールドを具備し、
前記イヤモールドには、電気信号に基づいて振動を発生する振動部が設けられ、
前記イヤモールドを前記外耳道に挿入した状態で、前記イヤモールドが耳軟骨に対向する表面領域には、水よりも粘性が高く、人体に近い音響インピーダンスを有する液体状又は半固体状の塗布剤が塗布されていることを特徴とする軟骨伝導補聴器。
【請求項2】
前記塗布剤は、水を主成分とすることを特徴とする請求項1に記載の軟骨伝導補聴器。
【請求項3】
前記イヤモールドは、前記外耳道及びその開口周辺の形状に適合する表面形状を有することを特徴とする請求項1又は2に記載の軟骨伝導補聴器。
【請求項4】
前記振動部は、磁気回路を用いて前記電気信号を機械振動に変換する電気機械変換器により構成されることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の軟骨伝導補聴器。
【請求項5】
前記振動部に前記電気信号を供給する補聴器本体を具備し、前記振動部と前記補聴器本体とが前記電気信号を伝送する配線を介して電気的に接続されていることを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の軟骨伝導補聴器。
【請求項6】
前記補聴器本体には、少なくとも、外部から到来する音を前記電気信号に変換するマイクロホンが設けられていることを特徴とする請求項5に記載の軟骨伝導補聴器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気信号に応じた振動を耳軟骨に伝達させるように構成された軟骨伝導補聴器に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、外耳道閉鎖症などの難聴者は、気導補聴器を使用することができないため、例えば、頭蓋骨を振動させることで音を伝達する骨導補聴器を用いる必要がある。しかし、骨導補聴器は、振動子を例えば側面骨の一部に圧着させる構造を有するため、長時間の装用時に圧迫感や痛みが生じる欠点がある。このような欠点を克服するため、近年では軟骨伝導の経路を補聴器に利用することが期待されている。また、従来から種々の手法が提案されており、例えば、特許文献1には、骨伝導ドライバを内蔵した骨伝導スピーカを備え、外耳道の開口とその近傍にスピーカ頭部を当接した状態で用いられる耳かけ型補聴器が開示されている。また例えば、特許文献2には、外耳道の形状に成形されたイヤモールドの外端部に内蔵される構造の骨導スピーカが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−192975号公報
【特許文献2】特開2000−166959号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一般に補聴器の使用に際しては、イヤホンから外耳道に出力された音が補聴器のマイクロホンにフィードバックされることに起因するハウリングの発生を抑制することが課題であり、軟骨伝導補聴器の場合もハウリングの発生を抑制することが要請されるのは当然である。しかし、上記特許文献1の耳かけ型補聴器は、外耳道の開口とその近傍に当接されるスピーカ頭部が略円形断面を有する形状に形成されるが、使用者の耳甲介腔の形状は多様であって、略円形断面のスピーカ頭部ではフィットしない場合が多い。そのため、骨伝導スピーカから出力された音がスピーカ頭部の周囲から外部に放出され、ハウリングが発生しやすくなる。また、上記特許文献2の骨導スピーカは、イヤモールドが外耳道の形状に適合するものの、実際にはイヤモールドと皮膚との接触状態に起因して、骨導スピーカの振動に伴う放出音が発生することにより、ハウリングが発生する場合がある。
【0005】
本発明はこれらの問題を解決するためになされたものであり、外耳道に挿入されるイヤモールドを具備する軟骨伝導補聴器におけるハウリングの発生を効果的に抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明は、少なくとも外耳道(20)の形状に適合するイヤモールド(12)を具備し、このイヤモールドには、電気信号に基づいて振動を発生する振動部(13)が設けられ、イヤモールドを外耳道に挿入した状態で、イヤモールドが耳軟骨に対向する表面領域には、水よりも粘性が高く、人体に近い音響インピーダンスを有する液体状又は半固体状の塗布剤としてのジェル(30)が塗布されていることを特徴としている。
【0007】
本発明の軟骨伝導補聴器によれば、人体への装着時にイヤモールドを外耳道に挿入すると、イヤモールドの表面と人体との間隙部が塗布剤で埋められた状態で振動部により発生した振動が外耳道付近に位置する軟骨(以下、「耳軟骨」という)に伝達される。よって、水より粘性が高く音響インピーダンスが人体に近い塗布剤が介在することにより、振動部の振動に伴う放射音を低減してハウリングの発生を効果的に抑制することが可能となる。
【0008】
前記塗布剤は、水よりも粘性が高く、人体に近い音響インピーダンスを有する特性を満たす限り、多様な成分を含んでいてもよい。ただし、主成分の水に他の成分を混ぜることにより、前述の特性を満たす塗布剤を容易に得ることができる。
【0009】
前記イヤモールドは、外耳道及びその開口周辺の形状に適合する表面形状に形成することが望ましい。これにより、外耳道から外部に出力される放射音の経路を塗布剤により確実にカバーし、軟骨伝導補聴器のハウリング防止効果を高めることができる。
【0010】
前記振動部は、磁気回路を用いて電気信号を機械振動に変換する電気機械変換器により構成することができる。例えば、磁気回路を用いてアーマチュアを変位させるバランスド・アーマチュア型の振動子を採用することができる。
【0011】
本発明は、耳かけ型や耳あな型などの多様な構造の軟骨伝導補聴器に対して適用することができる。耳かけ型の軟骨伝導補聴器としては、例えば、振動部に電気信号を供給する補聴器本体を具備し、前記振動部と前記補聴器本体とが前記電気信号を伝送する配線を介して電気的に接続されている構造を採用することができる。この場合、補聴器本体には、少なくとも、外部から到来する音を電気信号に変換するマイクロホンを設けることができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、振動部からの振動を耳軟骨に伝達させる軟骨伝導補聴器を装着する際、水よりも粘性が高く、人体に近い音響インピーダンスを有する塗布剤を表面に塗布したイヤモールドを外耳道に挿入するようにしたので、振動部の振動に伴う放射音を減少させて、軟骨伝導補聴器におけるハウリングの発生を効果的に抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本実施形態の軟骨伝導補聴器の全体的な構造を示す斜視図である。
【
図2】
図1の軟骨伝導補聴器を装着した状態における模式的な断面構造を示す図である。
【
図3】本実施形態の軟骨伝導補聴器の効果を検証するための測定結果を示す図である。
【
図4】イヤモールドの表面に塗布されるジェルの濃度と音圧の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の好適な実施形態について添付図面を参照しながら説明する。ただし、以下に述べる実施形態は本発明を適用した形態の一例であって、本発明が本実施形態の内容により限定されることはない。以下では、電気信号に応じた振動を耳軟骨に伝達させるように構成された軟骨伝導補聴器に対して本発明を適用した形態について説明する。
【0015】
以下、
図1及び
図2を参照して、本実施形態の軟骨伝導補聴器の基本構造について説明する。
図1は、軟骨伝導補聴器1の全体構造を示す斜視図であり、
図2は、
図1の軟骨伝導補聴器1を装着した状態における模式的な断面構造を示す図である。
図1に示すように、本実施形態の軟骨伝導補聴器1は、補聴器本体10と、チューブ11と、イヤモールド12とを備えて構成される。
【0016】
図1の構成において、補聴器本体10は、耳介の後部に装着可能な形状を有する樹脂等からなる筐体の内部に、外部の音を電気信号に変換するマイクロホン、このマイクロホンから出力される電気信号に所定の補聴処理などの信号処理を施すDSP(Digital Signal Processor)等の信号処理部、軟骨伝導補聴器1の各部に電源を供給する電池などが内蔵されている。なお、補聴器本体10の表面には、軟骨伝導補聴器1を操作する操作部10aや、電池を着脱自在に収納する電池ホルダ(不図示)などが設けられている。また、チューブ11は、一端が補聴器本体10に接続されるとともに、他端がイヤモールド12に接続される。チューブ11は、柔軟性を有する合成樹脂などの材料により形成され、その内部に補聴器本体10からイヤモールド12の振動部13(
図2)に電気信号を伝送する配線が収納されている。
【0017】
図2に示すように、イヤモールド12は、外耳道20及びその開口の周辺の形状に適合するように成形された樹脂等の材料からなる。イヤモールド12のチューブ11寄りの略中央の位置には、補聴器本体10からチューブ11を介して伝送された電気信号に応じた振動を発生する振動部13が内蔵されている。振動部13を構成する振動子としては、電磁型や動電型の電気機械変換器を用いることができる。例えば、磁気回路を用いてアーマチュアを変位させるバランスド・アーマチュア型の振動子により振動部13を構成することができる。
【0018】
軟骨伝導補聴器1は、音の伝導経路として軟骨伝導経路を利用する点が特徴である。そのため、
図2に示すように、イヤモールド12を外耳道20に挿入した状態で、イヤモールド12の所定の表面領域が耳軟骨21に対向する配置としている。これにより、振動部13が発生した振動がイヤモールド12の表面領域から耳軟骨に伝達される結果、使用者が音として認識することができる。なお、本実施形態の軟骨伝導補聴器1は、イヤモールド12の先端部が外耳道20内の空間に面しているため、前述の軟骨伝導経路に加えて、イヤモールド12から鼓膜に至る気導経路も利用することができる。
【0019】
また、本実施形態の軟骨伝導補聴器1においては、イヤモールド12のうち耳軟骨21に対向する表面領域に、液体状又は半固体状の塗布剤としてのジェル30を塗布した点が特徴である。すなわち、イヤモールド12を外耳道20に挿入した状態で、イヤモールド12の表面領域と人体(外耳道20及びその開口周辺の皮膚)の間にジェル30が埋め込まれた状態となっている。ジェル30の役割は、振動部13を含むイヤモールド12の振動を人体に確実に伝えることにある。そのため、本実施形態においては、水よりも粘性が高く、人体に近い音響インピーダンスを有するジェル30を用いる必要がある。このようなジェル30を用いない場合は、振動部13の振動に伴う放射音を減少できず、軟骨伝導補聴器1にハウリングが生じる恐れがある。このようなハウリングを防止すべく、本実施形態では、外耳道20に挿入されるイヤモールド12の所定の表面領域にジェル30を塗布する方策を採用している。
【0020】
図3は、上記の効果を検証するため、本実施形態で想定される条件の下で間隙部G(
図2)に発生する音の大きさの周波数特性の測定結果を示す図である。具体的には、予め採取した被験者の耳型を用いて、外耳道20を完全に閉鎖できる耳栓(イヤモールド)を作成し、耳栓に固定した振動子により音を耳軟骨21に伝達した際に、耳栓から外部に向かって約5mmの距離に発生する音をマイクロホンで測定した。耳栓の表面には、ジェル30として、音響インピーダンスが人体に近いソノゼリー(登録商標)(東芝医療用品株式会社製)を用いた。
図3に示すように、広い周波数範囲にわたって、耳栓にジェル30を塗布しない場合とジェル30を塗布する場合のそれぞれについて、被験者5人の音圧レベルの平均値を比較した。その結果、特に高い周波数領域においてジェル30を塗布することによる音圧レベルの低下が認められ、ハウリング音の発生の抑制効果を確認することができた。
【0021】
次に
図4は、本実施形態のジェル30の条件のうち粘性に着目し、主成分である水の重量比と前述の音圧レベルとの関係を示す図である。すなわち、
図3と概ね同様の測定条件下で、前述のソノゼリーに水を加えて濃度を変更したジェル30を前述の耳栓に塗布し、前述のようにして音圧レベルの測定を行った。具体的には、ソノゼリーの重量比が0%(水のみ)、60%、100%の3つを比較した。なお、ソノゼリー自体も水成分を含んでいるので、例えば、ソノゼリーの重量比60%の場合であっても実際の水の比率は40%より大きいことに注意を要する。
【0022】
図4から明らかなように、ソノゼリーの重量比0%に対応する水のみを塗布した場合は、重量比60%、100%の場合に比べ、特に高い周波数領域において音圧レベルが上昇している。水自体の音響インピーダンスは比較的人体に近いことが知られているが、水の粘性が低過ぎるために耳栓と人体との間隙部G(
図2)を満たした状態を維持することが難しいため、音圧レベルの上昇を招くと考えられる。従って、ハウリングの抑制効果を得るために、耳栓に塗布するジェル30の粘性を水よりも十分に高くすることが望ましい。
【0023】
以上説明したように、本実施形態の軟骨伝導補聴器1を採用することにより、振動による放射音が低減されるので、軟骨伝導補聴器1におけるハウリングの発生を抑制することができる。特に、気導補聴器を使用できない外耳道閉鎖症などの難聴者にとっては、本実施形態の軟骨伝導補聴器1を使用する場合の顕著な効果を享受できる。また、軟骨伝導補聴器1において、ハウリングを抑制できる分だけ、軟骨伝導補聴器1の電気信号に対する利得を高める余地ができ、使用者にとって十分な音量を確保することができる。
【0024】
なお、本実施形態の軟骨伝導補聴器1において、イヤモールド12に塗布されるジェル30は、液体状又は半固体状の塗布剤であり、所定の時間が経過すると失われる可能性がある。この場合、所望の時間間隔でイヤモールド12にジェル30を塗布し直すことにより、常に十分な量のジェル30を維持することができる。
【0025】
以上、本実施形態に基づき本発明の内容を具体的に説明したが、本発明に係る軟骨伝導補聴器1は上述の実施形態で開示した構造には限られず、その要旨を逸脱しない範囲で多様な変更を施すことができる。例えば、
図2では、イヤモールド12の表面形状が外耳道20及びその開口周辺の形状に適合する例を示したが、外耳道20に挿入可能であれば、表面形状のうち開口周辺の部分を除去して小型化したイヤモールド12を用いてもよい。また例えば、本実施形態においては、耳かけ型の軟骨伝導補聴器に本発明を適用する場合を説明したが、表面にジェル30が塗布されるイヤモールド12を具備していれば、耳あな型の軟骨伝導補聴器に対しても本発明の適用が可能である。
【符号の説明】
【0026】
1…軟骨伝導補聴器
10…補聴器本体
11…チューブ
12…イヤモールド
13…振動部
20…外耳道
21…耳軟骨
30…ジェル