【実施例】
【0059】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0060】
[実験例1]
(タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の樹立)
PHGPx欠損細胞死のメカニズムを明らかにするために、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株を樹立した。この細胞は、タモキシフェンを培地に加えると24時間以内にCre−loxPシステムによりPHGPxゲノム遺伝子が欠失する。
【0061】
具体的には、PHGPx遺伝子ノックアウトマウス(PHGPx
−/−)に、loxP配列に挟まれたPHGPx遺伝子(loxP−PHGPx)を遺伝子導入(Tg)した、Tg(loxP−PHGPx):PHGPx
−/−マウスと、PHGPx
+/−マウスを交配させた。続いて、遺伝子型がTg(loxP−PHGPx):PHGPx
−/−である13.5日胚から、マウス胎仔線維芽細胞(MEF)を調製した。続いて、得られた細胞にSV40ウイルスのT抗原遺伝子を遺伝子導入することにより不死化した。続いて、得られた細胞にタモキシフェン誘導型CreERT2遺伝子を導入した。これにより、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株が得られた。
【0062】
なお、CreERT2とは、エストロゲン受容体と融合タンパク質にしたCre(CreER)を、エストロゲンに反応せず、タモキシフェンに反応するように変異させたものである。タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地にタモキシフェンを添加すると、CreER2のエストロゲン受容体部分にタモキシフェンが結合し、エストロゲン受容体の核移行シグナルが露出する。その結果、CreER2が核内へ移行し、loxPで挟まれたPHGPxゲノム遺伝子が破壊される。添加するタモキシフェンの濃度は終濃度1μM程度でよい。
【0063】
[実験例2]
(タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株へのタモキシフェンの投与)
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。続いて、タモキシフェン添加から0、24及び48時間後の細胞を回収し、抗PHGPx抗体を用いたウエスタンブロッティングにより、各細胞サンプル中のPHGPxタンパク質の量を測定した。
【0064】
図2は、PHGPxタンパク質を検出するウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。その結果、タモキシフェン投与から24時間以内にPHGPxタンパク質の発現量が減少することが確認された。
【0065】
[実験例3]
(PHGPx欠損細胞におけるリン脂質ヒドロペルオキシドの検出)
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、生成されるリン脂質ヒドロペルオキシドを検出した。検出には、液体クロマトグラフィー(LC)−エレクトロスプレーイオン化質量分析(ESI−MS)/質量分析(MS)を用いた。
【0066】
液体クロマトグラフィーには、ACQUITY UPLC装置(ウォーターズ社)を用い、質量分析には、四重極リニアイオントラップ質量分析システム(商品名4000 Q−TRAP、エービー・サイエックス社)を用いた。液体クロマトグラフィーのカラムには、ACQUITY UPLC(商標)BEH C18カラム(0.17μm、150mm×1.0mm)を使用した。
【0067】
タモキシフェン添加から、0、12、24、36及び48時間後の各細胞から抽出した全リン脂質画分のサンプルをオートサンプラーに供し、移動相A(アセトニトリル/メタノール/水=2:2:1(v/v)、0.1%ほう酸、0.028%アンモニア):移動相B(イソプロパノール、0.1%ほう酸、0.028%アンモニア)の100:0(0〜5分)、50:50(5〜25分)、50:50(25〜49分)、100:0(59〜60分)及び100:0(60〜75分)のステップグラジエント、流量70μL/分、カラム温度30℃の条件で分離した。
【0068】
MS/MS解析は、MRM(Multi Reaction Monitoring)の手法を用いてネガティブイオンモードで実施した。イオンスプレー電圧は、−4500Vに設定した。窒素ガスを障壁ガス及びコリジョンガスとして使用した。酸化リン脂質の検出において、コリジョンエネルギーは20−65eVに設定した。装置のスキャンレンジは、m/z 50〜950、スキャンスピード1000Th/秒に設定した。Q0トラッピングをオンにし、リニアイオントラップフィルタイムを10ミリ秒に設定した。デクラスタリングポテンシャルを−105Vに設定した。Q1の解像度を「ユニット」に設定した。ホスファチジルコリンヒドロペルオキシド(18:0:20:4由来)の特徴的なフラグメンテーションパターンは、ドウェル タイム50ミリ秒、デクラスタリングポテンシャルを−80Vに設定した。Q1及びO3の解像度はユニットに設定し、Q1は886m/z、O3は283m/z(コリジョンエネルギー−60eV)及び335m/z(コリジョンエネルギー−45eV)に設定した。
【0069】
図3は、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加後、0、12、24、36及び48時間後の細胞内で、18:0(ステアリン酸)、20:4(アラキドン酸)をもつホスファチジルコリン(PC)から酸化により生成した酸化一次生成物であるリン脂質ヒドロペルオキシド(PCOOH)の生成量を経時的に示したグラフである。タモキシフェンの添加から24時間後をピークに、アラキドン酸を含むリン脂質の酸化一次生成物であるリン脂質ヒドロペルオキシドが生成された。DHAを含むリン脂質の酸化一次生成物であるリン脂質ヒドロペルオキシドでも同様な結果が得られている(図なし)。
【0070】
[実験例4]
(PHGPx欠損細胞のMTTアッセイ)
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、MTTアッセイにより、細胞の生存率を測定した。また、タモキシフェンと同時に終濃度200μMのビタミンE添加群についても同様の検討を行った。
【0071】
より具体的には、タモキシフェンの添加から24、48及び72時間後の細胞の培地にMTT(3−[4,5−dimethylthiazol−2−yl]−2,5−diphenyl tetrazolium bromid)を添加し、4時間後に各細胞をジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解し、540nmにおける吸光度を測定した。
【0072】
図4は、MTTアッセイの結果を示すグラフである。タモキシフェン添加から48時間後から72時間の間に細胞死が起こることが明らかとなった。また、ビタミンEの添加により細胞死が完全に抑制されることが明らかとなった。
【0073】
[実験例5]
(リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死とアポトーシスとの比較)
リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死(PHGPx欠損による細胞死)が、アポトーシスによる細胞死経路を介しているのか否かについて詳細に検討した。
【0074】
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に、カスパーゼ阻害剤であるZ−VAD−FMKを終濃度50μM、ミトコンドリアタンパク質であるアポトーシス誘導因子(AIF)の放出阻害剤であるDHIQを終濃度300μM、ビタミンE誘導体であるトロロックスを終濃度400μM添加したもの、及び、対照として何も添加していない細胞を用意した。各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを同時に添加した。タモキシフェン、阻害剤添加3日後にKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。対物レンズにPlan Flour ELWD20x0.45(Nicon)を用いて10倍で観察した(一視野 877.5μm×661.2μm)。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加せずに、3日培養した時の細胞数を100%として表した。
【0075】
結果を
図5(a)に示す。カスパーゼ阻害剤、AIF系の阻害剤では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制することができなかった。一方ビタミンE誘導体であるトロロックスは細胞死を抑制することができた。
【0076】
次に、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地にアポトーシス誘導試薬であるスタウロスポリンを終濃度0.5μMで添加したものと、タモキシフェンを終濃度1μMで添加したものを用意した。5時間後、24時間後、48時間後に、各細胞を、蛍光免疫染色し、シトクロムC及び活性化カスパーゼ3を染色した。また、TUNEL(TdT−mediated dUTP nick end labeling)法によりアポトーシスの特徴であるDNAの断片化を検出した。
【0077】
結果を
図5(b)に示す。スタウロスポリン処理では、5時間後にシトクロムCの放出が観察され、カスパーゼ3が活性化し、24時間後にはTUNEL陽性の細胞死(アポトーシス)が観察された。一方、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死では、シトクロムCの放出やカスパーゼ3の活性化は観察されなかった(図では48時間後を示したが、60時間後でも観察されなかった)。TUNEL染色のみ、核内にドット状の染色が観察されたが、DNAラダーは検出されなかった。
【0078】
以上のことから、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死は、典型的なアポトーシスとは異なることが明らかとなった。
【0079】
[実験例6]
(リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死とネクローシスとの比較)
リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が、ネクローシスによるものか否かについて詳細に検討した。
【0080】
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地にタモキシフェンを終濃度1μMで添加し、細胞死の瞬間をタイムラプス解析で検討した。しかしながら、細胞死の瞬間にネクローシスの特徴である細胞の膨潤は観察されなかった。細胞死の直前に細胞が形を変形し、最後はシャーレよりはがれて突然致死となった(図示せず。)。
【0081】
続いて、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に、ネクローシス誘導剤であるtert−ブチルヒドロペルオキシドを終濃度300mMで添加したものと、タモキシフェンを終濃度1μMで添加したものを用意した。30分後(tert−ブチルヒドロペルオキシド添加群)及び48時間後(タモキシフェン添加群)に、各細胞を、蛍光免疫染色し、ネクローシスの特徴であるHMGB1(High Mobility Group Box1)タンパク質の細胞質への放出を観察した。また、核をHoechstで染色した。
【0082】
図6(a)は、tert−ブチルヒドロペルオキシド添加30分後の結果を示す写真であり、
図6(b)は、タモキシフェン添加48時間後の結果を示す写真である。その結果、tert−ブチルヒドロペルオキシド添加による細胞死では、ネクローシスの指標であるHMGB1の核から細胞質への放出が観察されたのに対し、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死では、HMGB1は核にとどまっており細胞質への放出が認められなかった。
【0083】
以上のことから、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死は、ネクローシスとは異なることが明らかとなった。
【0084】
[実験例7]
(リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死とオートファジー性細胞死との比較)
リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が、オートファジー性細胞死によるものか否かについて詳細に検討した。オートファジー性細胞死を起こすためにはATG5遺伝子が必須であることが知られている。
【0085】
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、ATG5特異的shRNA(short hairpin RNA)を導入し、ATG5の発現をノックダウンした細胞を用意した。ATG5特異的shRNAとしては、ATG5 shRNA−3(配列番号1)及びATG5 shRNA−4(配列番号2)の2種類のshRNAを使用した。また、対照として、shRNA発現ベクターのみを導入した細胞を用意した。これらの細胞の培地に、タモキシフェンを終濃度1μMで添加し、24、36、48、60及び72時間後の細胞を、Keyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、それぞれの時間の生細胞数の割合の変化を細胞生存率(%)として表した。
【0086】
結果を
図7(a)及び
図7(b)に示す。ATG5の発現をノックダウンしても、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制することはできなかった。また、
図7(b)に示すように、RT−PCRの結果から、shRNAの導入により、ATG5遺伝子の発現がノックダウンされたことが確認された。
【0087】
以上のことから、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死は、オートファジー性細胞死とは異なることが明らかとなった。
【0088】
[実験例8]
(リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死とネクトローシスとの比較)
リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が、ネクトローシスによるものか否かについて詳細に検討した。ネクトローシスは、プログラムされたネクローシスとして知られる細胞死の1形態である。また、receptor−interacting protein kinase 1(Rip1)のノックダウンにより、ネクトローシスが顕著に抑制されることが知られている。
【0089】
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Rip1特異的shRNA(small hairpin RNA)を導入し、Rip1の発現をノックダウンした細胞を用意した。Rip1特異的shRNAとしては、Rip1 shRNA−4(配列番号3)を使用した。また、対照として、shRNA発現ベクターのみを導入した細胞、及び培地中に終濃度400μMでトロロックスを添加した細胞を用意した。これらの細胞の培地に、タモキシフェンを終濃度1μMで添加し、24時間後、72時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、72時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として表した。
【0090】
結果を
図8(a)及び
図8(b)に示す。Rip1の発現をノックダウンしても、PHGPx欠損による細胞死を抑制することはできなかった。また、
図8(b)に示すように、ウエスタンブロッティングの結果から、shRNAの導入により、Rip1タンパク質の発現がノックダウンされたことが確認された。
【0091】
以上のことから、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死は、ネクトローシスとは異なることが明らかとなった。すなわち、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死は、アポトーシス、ネクローシス、オートファジー性細胞死、ネクトローシスとは異なる新規の細胞死であることが明らかとなった。
【0092】
図9に、発明者らの解析により明らかとなった、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死経路のモデル図を示す。PHGPxが欠損すると、24時間後をピークとしてリン脂質の酸化一次生成物であるリン脂質ヒドロペルオキシドが上昇する。その下流でCDK4が活性化し、36時間後以降にMAPキナーゼ経路のMEK、ERKがリン酸化され、48時間後から72時間の間で細胞死を引き起こす。
【0093】
発明者らは更に、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株を利用した検討の結果、ビタミンE、CDK4阻害剤である3−ATA(3−アミノ−9−チオ[10H]−アクリドン)又はMEK阻害剤であるU−0126(1,4−ジアミノ−2,3−ジシアノ−1,4−ビス[2−アミノ−フェニルチオ]ブタジエン)を培地中に添加することにより、PHGPxの欠損により誘導されるリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制できることを見出した。
【0094】
[実験例9]
(レンチウイルスshRNAライブラリーを用いた、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子の同定)
リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子を同定するために、レンチウイルス網羅的shRNAライブラリー(SBI社)を用いたスクリーニングを行った。このシステムでは、shRNAの配列が、Genechip(商品名、アフィメトリクス社)に結合するように作成されているため、shRNAの配列の同定にGenechipを利用することができる。
【0095】
図10は、shRNAライブラリーのスクリーニング手順の概要を示す図である。まず、網羅的shRNAを発現することができるプール型のレンチウイルスを、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞に感染させ、shRNA発現細胞を作製した。このshRNA発現細胞の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、通常であれば完全に細胞死が起きる96時間後に生き残っていた細胞を回収した。回収した細胞からRNAを抽出し、細胞に導入されていたshRNA配列を含むcDNAを数回増幅し、Genechipのプローブを作成し、マイクロアレイ解析を行った。
【0096】
2回の実験により、2つに分けたレンチウイルス感染細胞をタモキシフェン添加後96時間後にも生存していた細胞と、タモキシフェン未添加状態で96時間後に生存している全ての細胞に含まれるshRNA配列を増幅したプローブを用いてGenechip解析を行い、タモキシフェン添加細胞で未添加細胞よりも濃縮されたプローブを検出した。2回の実験で濃縮された共通の細胞死実行因子の同定を試みた結果、細胞死実行因子の候補として151個の遺伝子を得た。
【0097】
[実験例10]
(レトロウイルス感染系を用いた単独shRNAの発現による、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子の候補遺伝子の確定)
同定されたリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子の候補遺伝子151遺伝子それぞれをノックダウンし、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制効果を検討した。
【0098】
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞に、候補遺伝子のshRNA発現ベクターを、レトロウイルス感染系を用いて1種類ずつ導入し、各候補遺伝子をノックダウンした細胞を作製した。各細胞の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、96時間後の細胞死の抑制効果を測定した。具体的には、タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
【0099】
図11は、151個の候補遺伝子について、タモキシフェンの添加から24時間後の細胞数に対する、タモキシフェンの添加から96時間後の細胞数の割合(細胞生存率(%))が高い順に並べた結果を示すグラフである。
【0100】
リアルタイムPCRにより目的遺伝子の発現抑制を確認でき、ノックダウンすることによりリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制できる遺伝子を37個見出した。これらの37個の遺伝子には、アポトーシス等の既知の細胞死に関与する遺伝子は全く含まれていなかった。この結果は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が新規の細胞死であることを更に支持するものである。以下、これらの候補遺伝子の中から、プロテアソーム関連タンパク質である、Rbx1、Ube2d1及びUbe2a;熱ショックタンパク質であるDnajc9;鉄・硫黄クラスター関連タンパク質であるNubp2;核小体タンパク質であるFbl;WDリピートファミリータンパク質であるWdfy1について、詳細に検討した。
【0101】
[実験例11]
(Rbx1タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子である)
レトロウイルスでshRNAを発現させることにより、Rbx1のノックダウン細胞を作成し、Rbx1タンパク質がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であるか否かについて検討した。
【0102】
図12は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Rbx1特異的shRNA(配列番号4)を導入し、Rbx1をノックダウンした細胞を用意した(Rbx1 KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。更に、これらの細胞にRbx1発現ベクター(Rbx1)又は対照としてベクターのみ(mock)を導入した。なお、Rbx1発現ベクターに組み込んだRbx1のcDNAには、Rbx1特異的shRNAによりノックダウンされないようサイレント変異を導入したものを用いた。
【0103】
続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
【0104】
その結果、Rbx1のノックダウン細胞(Rbx1 KD/mock)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。また、Rbx1をノックダウンしたうえで、Rbx1遺伝子を再導入した細胞(Rbx1 KD/Rbx1)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が回復した。
【0105】
以上の結果から、Rbx1タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子であることが明らかとなった。
【0106】
ここで、Rbx1のノックダウン及び再導入(再発現)についてより詳細に説明する。Rbx1のノックダウンは次のようにして行った。まず、
図13(a)に示す、shRNAベクター(piMG−drU6)のU6プロモーターの下流にRbx1特異的shRNA(配列番号4)をコードするDNA断片を組み込んだ。続いて、レトロウイルス感染系を利用して上記shRNAの発現カセットを対象細胞のゲノムに組み込み、Rbx1特異的shRNAを発現させ、Rbx1をノックダウンした細胞を得た。
【0107】
図13(b)は、発現したshRNAからsiRNAが形成され、標的RNAが破壊される過程を示すモデル図である。shRNAベクターは、東京大学医学部 廣瀬謙三先生、名古屋大学医学部 菅生厚太郎先生より頂いた。上述した実験例7、8で使用したATG5及びRip1のノックダウン細胞、並びに後述するRbx1以外の遺伝子をノックダウンした細胞も同様の方法により作製した。
【0108】
(Rbx1の再発現)
再発現実験に用いたレトロウイルス感染系の高発現ベクターとしては、
図14に示すpMXs−IRベクターを用いた。pMXs−IRベクターは、東京大学医科学研究所 北村俊雄先生に頂いた。後述する、Rbx1以外の遺伝子の発現も同様の方法により行った。
【0109】
(PlatE細胞への遺伝子導入)
shRNAベクター及びpMXs−IRベクターからのレトロウイルスの調製には、PlatE細胞を使用した。PlatE細胞とは、ヒト胎児由来腎臓上皮細胞である293T細胞に、gag−pol遺伝子及びenv遺伝子が組み込まれた細胞である。
【0110】
PlatE細胞は、10%FCS、2mMグルタミン(GIBCO)、100units/mlペニシリン(GIBCO)、100μg/mlストレプトマイシン(GIBCO)を含むダルベッコ変法イーグル培地(DMEM、日水製薬)を用いて、37℃にてCO
2インキュベーターで培養した。
【0111】
PlatE細胞を5×10
5cells/シャーレで6cmシャーレ(CORNING)にまき、1日培養した。1.5mLチューブにDMEM FCS(−)を200μL、生成したプラスミドDNA(目的遺伝子を組み込んだshRNAベクター又はpMXs−IRベクター)を2μg/2μL、Plus Reagent(invitrogen、製品番号11514−015)8μLを加え、15分間室温放置した。次に、DMEM FCS(−)50μLとLipofectamine Reagent(invitrogen、製品番号18324−020)12μLをあらかじめ混ぜておいたものを上記の反応液に加え、15分室温放置した。リン酸緩衝液(PBS)で細胞を洗浄し、DMEM FCS(−)を1.728mL加えた。続いて、上記の反応液を細胞に添加し、37℃にて3時間CO
2インキュベーター中に放置し、遺伝子導入を行った。その後、DMEM 10%FCS 6mLで反応液を置き換えて、37℃にて約48時間培養した。
【0112】
(ウイルス液の調製)
続いて、培養上清を15mLチューブ(CORNING)に移し、3,000rpm、5分、4℃の条件で遠心した。上清を新しいチューブに移し、ウイルス液とした。
【0113】
(ウイルスの感染)
ウイルス感染させる前日にタモキシフェン誘導型PHGPx欠損細胞を6cm シャーレ(CORNING)に1×10
5cells/シャーレでまき、1日培養した。最終濃度が8μg/mLになるようにPolybrene(商標)(Hexadimethrine bromide、SIGMA、カタログ番号H9268)を加えたウイルス液5mLを、細胞の培地を置き換えることにより感染させ、24時間培養後に培地を交換した。なお、Polybrene(商標)は、クリーンベンチ内において、滅菌水で10mg/mLとなるように溶解してフィルター滅菌し、使用時に希釈して用いた。
【0114】
[実験例12]
(Ube2d1タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子である)
実験例11と同様の手法により、Ube2d1タンパク質がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であるか否かについて検討した。
【0115】
図15は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Ube2d1特異的shRNA(配列番号5)を導入し、Ube2d1をノックダウンした細胞を用意した(Ube2d1 KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。更に、これらの細胞にUbe2d1発現ベクター(Ube2d1)又は対照としてベクターのみ(mock)を導入した。なお、Ube2d1発現ベクターに組み込んだUbe2d1のcDNAには、Ube2d1特異的shRNAによりノックダウンされないようサイレント変異を導入したものを用いた。
【0116】
続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
【0117】
その結果、Ube2d1のノックダウン細胞(Ube2d1 KD/mock)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。また、Ube2d1をノックダウンしたうえで、Ube2d1遺伝子を再導入した細胞(Ube2d1 KD/Ube2d1)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が回復した。
【0118】
以上の結果から、Ube2d1タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子であることが明らかとなった。
【0119】
[実験例13]
(Ube2aタンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子である)
実験例11と同様の手法により、Ube2aタンパク質がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であるか否かについて検討した。
【0120】
図16は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Ube2a特異的shRNA(配列番号6)を導入し、Ube2aをノックダウンした細胞を用意した(Ube2a KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。
【0121】
続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
【0122】
その結果、Ube2aのノックダウン細胞(Ube2a KD)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。
【0123】
続いて、Ube2aをノックダウンしたうえで、Ube2a遺伝子を細胞に再導入した。なお、Ube2a発現ベクターに組み込んだUbe2aのcDNAには、Ube2a特異的shRNAによりノックダウンされないようサイレント変異を導入したものを用いた。その結果、細胞の培地にタモキシフェンを添加していないにもかかわらず、Ube2a遺伝子を細胞に再導入しただけで細胞死が誘導された。
【0124】
Ube2a遺伝子の再導入により細胞死が誘導される理由は明らかではないが、以上の結果から、Ube2aタンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であることが明らかとなった。
【0125】
[実験例14]
(Dnajc9タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子である)
実験例11と同様の手法により、Dnajc9タンパク質がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であるか否かについて検討した。
【0126】
図17は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Dnajc9特異的shRNA(配列番号7)を導入し、Dnajc9をノックダウンした細胞を用意した(Dnajc9 KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。更に、これらの細胞にDnajc9発現ベクター(Dnajc9)又は対照としてベクターのみ(mock)を導入した。なお、Dnajc9発現ベクターに組み込んだDnajc9のcDNAには、Dnajc9特異的shRNAによりノックダウンされないようサイレント変異を導入したものを用いた。
【0127】
続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
【0128】
その結果、Dnajc9のノックダウン細胞(Dnajc9 KD/mock)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。また、Dnajc9をノックダウンしたうえで、Dnajc9遺伝子を再導入した細胞(Dnajc9 KD/Dnajc9)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が回復した。
【0129】
以上の結果から、Dnajc9タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子であることが明らかとなった。
【0130】
[実験例15]
(Nubp2タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子である)
実験例11と同様の手法により、Nubp2タンパク質がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であるか否かについて検討した。
【0131】
図18は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Nubp2特異的shRNA(配列番号8)を導入し、Nubp2をノックダウンした細胞を用意した(Nubp2 KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。
【0132】
続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
【0133】
その結果、Nubp2のノックダウン細胞(Nubp2 KD)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。
【0134】
続いて、Nubp2をノックダウンしたうえで、Nubp2遺伝子を細胞に再導入した。なお、Nubp2発現ベクターに組み込んだNubp2のcDNAには、Nubp2特異的shRNAによりノックダウンされないようサイレント変異を導入したものを用いた。その結果、細胞の培地にタモキシフェンを添加していないにもかかわらず、Nubp2遺伝子を細胞に再導入しただけで細胞死が誘導された。
【0135】
Nubp2遺伝子の再導入により細胞死が誘導される理由は明らかではないが、以上の結果から、Nubp2タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であることが明らかとなった。
【0136】
[実験例16]
(Fblタンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子である)
実験例11と同様の手法により、Fblタンパク質がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であるか否かについて検討した。
【0137】
図19は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Fbl特異的shRNA(配列番号9)を導入し、Fblをノックダウンした細胞を用意した(Fbl KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。
【0138】
続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
【0139】
その結果、Fblのノックダウン細胞(Fbl KD)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。
【0140】
続いて、Fblをノックダウンしたうえで、Fbl遺伝子を細胞に再導入した。なお、Fbl発現ベクターに組み込んだFblのcDNAには、Fbl特異的shRNAによりノックダウンされないようサイレント変異を導入したものを用いた。その結果、細胞の培地にタモキシフェンを添加していないにもかかわらず、Fbl遺伝子を細胞に再導入しただけで細胞死が誘導された。
【0141】
Fbl遺伝子の再導入により細胞死が誘導される理由は明らかではないが、以上の結果から、Fblタンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であることが明らかとなった。
【0142】
[実験例17]
(Wdfy1タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子である)
実験例11と同様の手法により、Wdfy1タンパク質がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であるか否かについて検討した。
【0143】
図20は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Wdfy1特異的shRNA(配列番号10)を導入し、Wdfy1をノックダウンした細胞を用意した(Wdfy1 KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。
【0144】
続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
【0145】
その結果、Wdfy1のノックダウン細胞(Wdfy1 KD)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。
【0146】
続いて、Wdfy1をノックダウンしたうえで、Wdfy1遺伝子を細胞に再導入した。なお、Wdfy1発現ベクターに組み込んだWdfy1のcDNAには、Wdfy1特異的shRNAによりノックダウンされないようサイレント変異を導入したものを用いた。その結果、細胞の培地にタモキシフェンを添加していないにもかかわらず、Wdfy1遺伝子を細胞に再導入しただけで細胞死が誘導された。
【0147】
Wdfy1遺伝子の再導入により細胞死が誘導される理由は明らかではないが、以上の結果から、Wdfy1タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であることが明らかとなった。
【0148】
[実験例18]
(リン脂質ヒドロペルオキシドの生成の検討)
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株において、Rbx1、Ube2d1、Ube2a、Dnajc9、Nubp2、Fbl及びWdfy1をそれぞれノックダウンし、培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した場合のPHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成について検討した。
【0149】
まず、Rbx1、Ube2d1、Ube2a、Dnajc9、Nubp2、Fbl、Wdfy1をそれぞれノックダウンしたタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞、及び対照としてのタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞を用意した。
【0150】
続いて、これらの細胞の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、26時間インキュベート後、リン脂質ヒドロペルオキシドの生成を検出できる蛍光色素であるH2DCFDAで染色し、フローサイトメトリーを用いてリン脂質ヒドロペルオキシドの生成について検討した。
【0151】
結果を表1に示す。表1では、ノックダウンによりPHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成が抑制された場合を「○」、PHGPx欠損によりリン脂質ヒドロペルオキシドが生成された場合を「×」と示す。
【0152】
その結果、Ube2aのノックダウン細胞及びNubp2のノックダウン細胞において、PHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成が抑制されていることが明らかとなった。これら以外のノックダウン細胞においては、PHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成が認められた。
【0153】
[実験例19]
(ERKのリン酸化の検討)
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、抗リン酸化ERK抗体で蛍光染色すると、タモキシフェンの添加から36時間後以降では、ERKのリン酸化が亢進した細胞を検出することができる。
【0154】
そこで、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株において、Rbx1、Ube2d1、Ube2a、Dnajc9、Nubp2、Fbl及びWdfy1をそれぞれノックダウンし、培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した場合のERKのリン酸化の亢進を検討した。
【0155】
まず、Rbx1、Ube2d1、Ube2a、Dnajc9、Nubp2、Fbl、Wdfy1をそれぞれノックダウンしたタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞、及び対照としてのタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞を用意した。
【0156】
続いて、各細胞の培地に、終濃度1μMのタモキシフェンを添加、未添加細胞を準備し、36時間後に抗リン酸化ERK抗体で蛍光染色した。続いて、蛍光顕微鏡観察により、ERKのリン酸化について検討した。
【0157】
結果を表1に示す。表1では、ノックダウンによりPHGPx欠損によるERKのリン酸化が抑制された場合を「○」、PHGPx欠損によりERKがリン酸化された場合を「×」と示す。
【0158】
その結果、Dnajc9のノックダウン細胞及びWdfy1のノックダウン細胞において、ERKのリン酸化の亢進が確認された。これら以外のノックダウン細胞においては、ERKのリン酸化の抑制が認められた。
【0159】
【表1】
【0160】
表1の結果から、Rbx1タンパク質、Ube2d1タンパク質及びFblタンパク質は、PHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成の下流かつERKのリン酸化の上流で機能していると考えられた。
【0161】
また、Ube2aタンパク質及びNubp2タンパク質は、PHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成の上流で機能していると考えられた。
【0162】
また、Dnajc9タンパク質及びWdfy1タンパク質は、ERKのリン酸化の下流、又は、PHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成−ERKのリン酸化の経路とは関連のない経路で機能している可能性が考えられた。
【0163】
[実験例20]
(心筋特異的PHGPx欠損マウスは発生過程の17.5日で心筋細胞死により致死となる)
PHGPx欠損マウスは、発生過程の7.5日で致死になることが知られている。ここでは、心臓特異的にPHGPxを欠損させたマウスを作製し、その影響を解析した。まず、PHGPx
+/−マウスと、心臓特異的プロモーターである筋肉クレアチンキナーゼプロモーター(Muscle creatine kinase)の下流にCre遺伝子を有するマウス(Cre
+/+)との交配を繰り返し、Cre
+/+PHGPx
+/−マウスを得た。
【0164】
続いて、Cre
+/+PHGPx
+/−マウスと、上述したTg(loxP−PHGPx)
+/+:PHGPx
−/−マウスとを交配することにより、Cre
+/−Tg(loxP−PHGPx)
+/−:PHGPx
−/−マウスを得た。このマウスは、心臓特異的にPHGPxを欠損する。
【0165】
このようにして得られた心臓特異的PHGPx欠損マウスを観察したところ、発生過程の16.5日までは正常に生育したが、17.5日に心筋細胞が突然死を起こし、18.5日には浮腫を引き起こして致死となった。
図21(a)は、発生過程の17.5日(17.5dpc)及び18.5日(18.5dpc)における、野生型マウス(Control)及び心臓特異的PHGPx欠損マウス(KO)の写真である。
【0166】
また、
図21(b)は、発生過程17.5日目のマウスの心臓の組織切片を、DAPI染色及びTUNEL染色(TUNEL)した結果を示す写真である。心臓特異的PHGPx欠損マウス(KO)の心臓組織では、TUNEL染色陽性の細胞(細胞死)が多数認められた。母親にビタミンE添加食(50mgビタミンE/100g餌)を毎日与えた時、発生過程17.5日目の心臓特異的PHGPx欠損マウス(KO)の心臓組織の細胞死は完全に抑制され、正常に心臟特異的PHGPx欠損マウスが産まれた。通常食で母親マウスを飼育していたときに17.5日の心臓特異的PHGPx欠損マウス胎児で起きる心筋細胞死においても、カスパーゼ3の活性化やDNAのラダーは観察されず、またリン脂質の酸化体の蓄積が観察された(図なし)。このことからこの心筋細胞死も脂質酸化を介した新規細胞死が誘導されていると考えられた。
【0167】
また、
図21(c)は、発生過程17.5日目のマウスの心臓におけるPHGPxタンパク質の発現をウエスタンブロッティングにより検出した結果を示す写真である。心臓特異的PHGPx欠損マウス(KO)では、PHGPxタンパク質が欠損していることが確認された。
【0168】
[実験例21]
(CDK4阻害剤3−ATAの母親マウス腹腔への投与は、心臟特異的PHGPx欠損マウス18.5日胎仔の致死を抑制する)
CDK4阻害剤3−ATAを母親マウス腹腔に投与することにより、心臟特異的PHGPx欠損マウスの致死を抑制することができるか否かについて検討した。
【0169】
心臟特異的PHGPx欠損マウス胎仔の発生過程14.5日、15.5日、16.5日、17.5日に、母親マウスの腹腔に1.5mg/kg体重の3−ATAを投与し、発生過程18.5日目の胎仔を観察した。
【0170】
その結果、10匹の心臟特異的PHGPx欠損マウスのうち、8匹で浮腫が抑制されていた。残りの2匹には浮腫が観察された。また、浮腫が抑制されていた8匹のうち、2匹は生存していた。残りの6匹は死亡していた。
【0171】
図22(a)〜(c)は、発生過程18.5日のマウス胎仔の写真である。
図22(a)は、野生型マウスの写真であり、
図22(b)は、3−ATAを投与しなかった心臟特異的PHGPx欠損マウスの写真であり(心臓PHGPx KO 3−ATA(−))、
図29(c)は、3−ATAを投与した心臟特異的PHGPx欠損マウスの写真である(心臓PHGPx KO 3−ATA(+))。
【0172】
[実験例22]
(心臓特異的PHGPx欠損マウスはビタミンE添加食により正常に育つが、通常食に変えると10日前後で突然死を引きおこす)
心臟特異的PHGPx欠損マウスの胎仔期において、母親にビタミンE添加食を与えると、致死が完全に抑制された。また、誕生した心臟特異的PHGPx欠損マウスにビタミンE添加食(50mgビタミンE/100g餌)を毎日与え続けると、正常に生育することが明らかとなった。
【0173】
ここで、ビタミンE添加食は、一日量当たり130mg/kg体重のビタミンEを含んでいた。また、通常食は、一日量当たり13mg/kg体重のビタミンEを含んでいた。
【0174】
図23(a)は、ビタミンE添加食を与えることにより、正常に生育した心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を、通常食に変えてからの生存率を示すグラフである。正常に生育した心臟特異的PHGPx欠損マウスの食事を通常食に変えると、10日前後で突然死を引き起こすことが明らかとなった。
【0175】
図23(b)は、ビタミンE添加食を与えた心臟特異的PHGPx欠損マウス(ビタミンE添加食)、食餌を通常食に変えることにより死亡した心臟特異的PHGPx欠損マウス(通常食KO(死亡))、及び通常食を与えた野生型マウス(通常食wild)の心臓中のビタミンEの量を測定した結果を示すグラフである。ビタミンE添加食を与えた心臟特異的PHGPx欠損マウスの心臓中には、心臓1g当たり約24nmolのビタミンEが含まれていた。通常食では心臓1g当たり約4nmolのビタミンEが含まれていた。このマウス致死モデルでは、心臟のビタミンE量の低下により、脂質酸化が起因となる心筋細胞死が誘導される(図なし)。
【0176】
図23(c)は、ビタミンE添加食を与えた心臟特異的PHGPx欠損マウス(ビタミンE添加食心臓KO)、及び食餌を通常食に変えて10日目の心臟特異的PHGPx欠損マウス(通常食心臓KO)の死直前の心電図を示すグラフである。食餌を通常食に変えた心臟特異的PHGPx欠損マウスの心電図には不整脈が見られ、不整脈性の突然死(心不全)が認められた。
【0177】
[実験例23]
(CDK4阻害剤3−ATAは、ビタミンE添加食から通常食に変えて起きる心臟特異的PHGPx欠損マウスの心不全による突然死を延命することができる)
ビタミンE添加食を与えた心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変えた後、CDK4阻害剤3−ATAを投与した場合の影響を検討した。
【0178】
図23は、心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変えたマウス(Vit.E−)、心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変え、更に食餌を通常食に変えてから4日目から1日1回、2mg/kg体重の3−ATAを腹腔内投与したマウス(Vit.E−,3−ATA+)、及び心臟特異的PHGPx欠損マウスにビタミンE添加食を与え、更に実験開始後4日目から1日1回、2mg/kg体重の3−ATAを腹腔内投与したマウス(Vit.E+,3−ATA+)の生存率を示すグラフである。
【0179】
心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変えたマウス(Vit.E−)(n=23)の実験開始からの生存期間の中央値は10日であった。また、心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変え、更に食餌を通常食に変えてから4日目から1日1回、2mg/kg体重の3−ATAを腹腔内投与したマウス(Vit.E−,3−ATA+)(n=6)の実験開始からの生存期間の中央値は18日であった。これらの結果には、1%未満の危険率で有意差が認められた。
【0180】
以上の結果から、CDK4阻害剤3−ATAは、心臟特異的PHGPx欠損マウスをビタミンE添加食から通常食に変えた場合に起きる、心不全による突然死を延命することができることが示された。
【0181】
発明者らの別の検討において、3−ATAの代わりに、MEK阻害剤であるU−0126を投与した場合においても、心臟特異的PHGPx欠損マウスをビタミンE添加食から通常食に変えた場合に起きる、心不全による突然死を延命することができることが示された。
【0182】
以上の結果は、Rbx1、Ube2d1、Ube2a、Dnajc9、Nubp2、Fbl及びWdfy1の発現抑制剤を投与することによっても、心臟特異的PHGPx欠損マウスをビタミンE添加食から通常食に変えた場合に起きる、心不全による突然死を延命することができることを示す。