特許第6475550号(P6475550)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6475550リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の検出方法及びキット、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤、並びにリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6475550
(24)【登録日】2019年2月8日
(45)【発行日】2019年2月27日
(54)【発明の名称】リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の検出方法及びキット、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤、並びにリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20180101AFI20190218BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20190218BHJP
   A61P 9/04 20060101ALI20190218BHJP
   A61K 31/7088 20060101ALI20190218BHJP
   A61K 31/713 20060101ALI20190218BHJP
   A61K 31/7105 20060101ALI20190218BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20190218BHJP
   G01N 33/68 20060101ALI20190218BHJP
   C12N 15/113 20100101ALN20190218BHJP
【FI】
   C12Q1/68ZNA
   A61P43/00 105
   A61P9/04
   A61K31/7088
   A61K31/713
   A61K31/7105
   G01N33/53 M
   G01N33/68
   G01N33/53 D
   !C12N15/113 Z
【請求項の数】5
【全頁数】33
(21)【出願番号】特願2015-76961(P2015-76961)
(22)【出願日】2015年4月3日
(65)【公開番号】特開2016-195567(P2016-195567A)
(43)【公開日】2016年11月24日
【審査請求日】2018年1月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】今井 浩孝
(72)【発明者】
【氏名】松岡 正城
【審査官】 山本 匡子
(56)【参考文献】
【文献】 医学のあゆみ,2014年 3月29日,第248巻第13号,第1075−1083頁
【文献】 Free Radical Biology & Medicine ,2008年,Vol.45,p.855-865
【文献】 Biochemical and Biophysical Research Communications,2003年,p.278-286,Vol.305
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00−3/00
C12N 15/00−90
C12N 5/00−28
A61K 38/00−58
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/REGISTRY/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞中の、プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質の活性化状態を検出する工程を備え
前記プロテアソーム関連タンパク質が、Rbx1、Ube2d1及びUbe2aからなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質であり、
前記熱ショックタンパク質がDnajc9であり、
前記鉄・硫黄クラスター関連タンパク質がNubp2であり、
前記核小体タンパク質がFblであり、
前記WDリピートファミリータンパク質がWdfy1であり、
前記検出は、前記タンパク質のmRNAレベルでの発現量を測定すること、前記タンパク質のタンパク質レベルでの発現量を測定すること、又は、前記タンパク質の発現抑制による細胞死の抑制を測定することにより行われる、
ン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の検出方法。
【請求項2】
リン酸化した又はリン酸化していない、プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質に対する抗体、
プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質のmRNA増幅用プライマー、あるいは
プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質のmRNAに対する、siRNA、shRNA、リボザイム又はアンチセンス核酸、
を備え
前記プロテアソーム関連タンパク質が、Rbx1、Ube2d1及びUbe2aからなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質であり、
前記熱ショックタンパク質がDnajc9であり、
前記鉄・硫黄クラスター関連タンパク質がNubp2であり、
前記核小体タンパク質がFblであり、
前記WDリピートファミリータンパク質がWdfy1である、
ン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の検出用キット。
【請求項3】
プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質のmRNAに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を有効成分とし、
前記プロテアソーム関連タンパク質が、Rbx1、Ube2d1及びUbe2aからなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質であり、
前記熱ショックタンパク質がDnajc9であり、
前記鉄・硫黄クラスター関連タンパク質がNubp2であり、
前記核小体タンパク質がFblであり、
前記WDリピートファミリータンパク質がWdfy1である、
ン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤。
【請求項4】
プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質のmRNAに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を有効成分とし、
前記プロテアソーム関連タンパク質が、Rbx1、Ube2d1及びUbe2aからなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質であり、
前記熱ショックタンパク質がDnajc9であり、
前記鉄・硫黄クラスター関連タンパク質がNubp2であり、
前記核小体タンパク質がFblであり、
前記WDリピートファミリータンパク質がWdfy1である、
ン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤。
【請求項5】
前記リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患は、心不全である、請求項4に記載の予防又は治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の検出方法及びキット、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤、並びにリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
生体膜を構成するリン脂質は、2位に不飽和脂肪酸を有している。図1に示すように、鉄を介したフェントン反応により、スーパーオキシド又は過酸化水素から生成したヒドロキシラジカルが上記不飽和脂肪酸と反応すると、リン脂質ヒドロペルオキシドが生じることが知られている。
【0003】
リン脂質ヒドロペルオキシドグルタチオンペルオキシダーゼ(phospholipid hydroperoxide glutathione peroxidase、以下「PHGPx」という場合がある。)は、グルタチオンを補酵素として、生成したリン脂質ヒドロペルオキシドを直接還元し、リン脂質ヒドロキシ体に変換する酵素である。このPHGPx遺伝子のノックアウトマウスは、胎性致死であることが知られていた(例えば、非特許文献1を参照)。しかしながら、PHGPx欠損による細胞死のメカニズムは不明であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Imai H, et al., Early embryonic lethality caused by targeted disruption of the mouse PHGPx gene, Biochem Biophys Res Commun., 305, 278-86, 2003.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、PHGPx欠損による細胞死の経路に関与する因子を明らかにし、上記細胞死(以下、「リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死」という。)の検出方法及びキット、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤、並びにリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下の通りである。
(1)細胞中の、プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質の活性化状態を検出する工程を備える、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の検出方法。
(2)前記検出は、前記タンパク質の細胞内の局在状態を測定すること、前記タンパク質のmRNAレベルでの発現量を測定すること、前記タンパク質のタンパク質レベルでの発現量を測定すること、前記タンパク質のリン酸化率を測定すること及び上記タンパク質の発現抑制による細胞死の抑制を測定することからなる群より選択される少なくとも1つにより行われる(1)に記載の検出方法。
(3)前記プロテアソーム関連タンパク質が、Rbx1、Ube2d1及びUbe2aからなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質である(1)又は(2)に記載の検出方法。
(4)前記熱ショックタンパク質がDnajc9である(1)〜(3)のいずれかに記載の検出方法。
(5)前記鉄・硫黄クラスター関連タンパク質がNubp2である(1)〜(4)のいずれかに記載の検出方法。
(6)前記核小体タンパク質がFblである(1)〜(5)のいずれかに記載の検出方法。
(7)前記WDリピートファミリータンパク質がWdfy1である(1)〜(6)のいずれかに記載の検出方法。
(8)リン酸化した又はリン酸化していない、プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質に対する抗体、プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質のmRNA増幅用プライマー、あるいはプロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質のmRNAに対する、siRNA、shRNA、リボザイム又はアンチセンス核酸、を備える、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の検出用キット。
(9)前記プロテアソーム関連タンパク質が、Rbx1、Ube2d1及びUbe2aからなる群より選択される少なくとも1つである(8)に記載のキット。
(10)前記熱ショックタンパク質がDnajc9である(8)又は(9)に記載のキット。
(11)前記鉄・硫黄クラスター関連タンパク質がNubp2である(8)〜(10)のいずれかに記載のキット。
(12)前記核小体タンパク質がFblである(8)〜(11)のいずれかに記載のキット。
(13)前記WDリピートファミリータンパク質がWdfy1である(8)〜(12)のいずれかに記載のキット。
(14)プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質のmRNAに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を有効成分とする、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤。
(15)前記プロテアソーム関連タンパク質が、Rbx1、Ube2d1及びUbe2aからなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質である(14)に記載のリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤。
(16)前記熱ショックタンパク質がDnajc9である(14)又は(15)に記載のリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤。
(17)前記鉄・硫黄クラスター関連タンパク質がNubp2である、(14)〜(16)のいずれかに記載のリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤。
(18)前記核小体タンパク質がFblである(14)〜(17)のいずれかに記載のリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤。
(19)前記WDリピートファミリータンパク質がWdfy1である(14)〜(18)のいずれかに記載のリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤。
(20)プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質のmRNAに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を有効成分とする、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤。
(21)前記プロテアソーム関連タンパク質が、Rbx1、Ube2d1及びUbe2aからなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質である(20)に記載の予防又は治療剤。
(22)前記熱ショックタンパク質がDnajc9である(20)又は(21)に記載の予防又は治療剤。
(23)前記鉄・硫黄クラスター関連タンパク質がNubp2である(20)〜(22)のいずれかに記載の予防又は治療剤。
(24)前記核小体タンパク質がFblである(20)〜(23)のいずれかに記載の予防又は治療剤。
(25)前記WDリピートファミリータンパク質がWdfy1である(20)〜(24)のいずれかに記載の予防又は治療剤。
(26)前記リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患は、心不全である(20)〜(25)のいずれかに記載の予防又は治療剤。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の検出方法及びキットを提供することができる。また、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤を提供することができる。また、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】生体膜新脂質酸化反応とその代謝経路を説明する図である。
図2】PHGPxタンパク質を検出するウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。
図3】PHGPx欠損MEF細胞内で生成されたリン脂質ヒドロペルオキシド(18:0、20:4ホスファチジルコリン由来のヒドロペルオキシド)の量の経時変化を示すグラフである。
図4】タモキシフェン添加によりPHGPx欠損MEF細胞が致死となるMTTアッセイの結果を示すグラフである。
図5】(a)は、アポトーシス阻害剤を用いた時のリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制効果を細胞生存率(%)で示した結果を示すグラフである。(b)は、スタウロスポリン処理とタモキシフェン処理の際のアポトーシスの指標の蛍光免疫染色の結果を示す写真である。
図6】(a)は、tert−ブチルヒドロペルオキシド添加30分後のHMGB1の蛍光免疫染色の結果を示す写真であり、図6(b)は、タモキシフェン添加48時間後のHMGB1の蛍光免疫染色結果を示す写真である。
図7】(a)は、オートファジー関連因子ATG5のノックダウンによるリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死に対する細胞生存率(%)の結果を示すグラフである。(b)は、RT−PCRによるATG5の発現抑制の結果を示す写真である。
図8】(a)は、ネクロトーシス関連因子Rip1のノックダウン細胞によるリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死に対する細胞生存率(%)の結果を示すグラフである。(b)は、ウエスタンブロッティングによるRip1の発現低下の結果を示す写真である。
図9】発明者らの解析により明らかとなった、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死経路のモデル図である。
図10】shRNAライブラリーのスクリーニング手順の概要を示す図である。
図11】151個の候補遺伝子について、ノックダウンによりリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制効果が高い順に並べた結果を示すグラフである。
図12】Rbx1のノックダウンによるリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死に対する細胞生存率(%)の結果を示すグラフである。
図13】(a)は、piMG−drU6ベクターの構造を示す図である。(b)は、shRNAが発現し、siRNAが形成され、標的RNAが破壊される過程を示すモデル図である。
図14】pMXs−IRベクターの構造を示す図である。
図15】Ube2d1のノックダウンによるリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死に対する細胞生存率(%)の結果を示すグラフである。
図16】Ube2aのノックダウンによるリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死に対する細胞生存率(%)の結果を示すグラフである。
図17】Dnajc9のノックダウンによるリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死に対する細胞生存率(%)の結果を示すグラフである。
図18】Nubp2のノックダウンによるリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死に対する細胞生存率(%)の結果を示すグラフである。
図19】Fblのノックダウンによるリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死に対する細胞生存率(%)の結果を示すグラフである。
図20】Wdfy1のノックダウンによるリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死に対する細胞生存率(%)の結果を示すグラフである。
図21】(a)は、発生過程17.5日目、18.5日目の野生型マウス(Control)及び心臓特異的PHGPx欠損マウス(KO)の写真である。(b)は、発生過程17.5日目のマウスの心臓の組織切片を、DAPI及びTUNEL染色(TUNEL)した結果を示す写真である。(c)は、発生過程17.5日目のマウスの心臓におけるPHGPxタンパク質の発現をウエスタンブロッティングにより検出した結果を示す写真である。
図22】(a)〜(c)は、3−ATAの効果を検討した際の発生過程18.5日のマウス胎仔の写真である。
図23】(a)は、餌のビタミンE量の低下により引き起こされる不整脈性突然死(心不全)のモデルマウスの説明図、ビタミンE添加食から通常食に換えると約10日で突然死を起こすことを示したマウスの生存率を示すグラフである。(b)は、心臓中のビタミンEの量を測定した結果を示すグラフである。(c)は、マウスの心電図を示すグラフである。
図24】ビタミンE低下により引き起こされる心不全による突然死マウスモデルに対する3−ATAの抑制効果を示したグラフである。
図25】ビタミンE低下により引き起こされる心不全による突然死マウスモデルに対するU−0126の抑制効果を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の検出方法]
1実施形態において、本発明は、細胞中の、プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質の活性化状態を検出する工程を備える、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の検出方法を提供する。
【0010】
後述するように、発明者らは、アポトーシス、ネクローシス、オートファジー性細胞死、ネクトローシスとは明確に異なる新規の経路による細胞死(リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死)を見出した。更に、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死に、プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質が関与していることを明らかにした。
【0011】
本実施形態の検出方法において、プロテアソーム関連タンパク質としては、Rbx1(ring−box 1、GenBankアクセッション番号:BC027396)、Ube2d1(ubiquitin−conjugating enzyme E2D 1、GenBankアクセッション番号:BC019464)、Ube2a(ubiquitin−conjugating enzyme E2A、GenBankアクセッション番号:NM019668)等が挙げられる。
【0012】
Rbx1タンパク質は、キュリン(cullin)と相互作用することが知られている。Rbx1タンパク質はユビキチン化反応において独特な役割を果たし、キュリン−1とヘテロ二量体を形成することによってユビキチンの重合を触媒することが明らかにされている。また、タンパク質の代謝回転の調節にも関与する可能性が指摘されている。
【0013】
Ube2d1タンパク質は、代謝回転の早いタンパク質の分解の際のユビキチン化に関与するユビキチンE2リガーゼである。P53やHIF−1αの代謝に関与することが報告されている。また、Ube2aタンパク質はユビキチンE2リガーゼである。
【0014】
本実施形態の検出方法において、熱ショックタンパク質としては、Dnajc9(DnaJ(Hsp40)homolog,subfamily C,member 9、GenBankアクセッション番号:NM_134081)等が挙げられる。Dnajc9タンパク質は、HSP70と相互作用し、シャペロンとして働くことが報告されている。
【0015】
本実施形態の検出方法において、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質としては、Nubp2(nucleotide binding protein 2、GenBankアクセッション番号:NM_011956)等が挙げられる。Nubp2タンパク質は、NUBP/MRPスーパーファミリーのメンバーであり、ATP結合型タンパク質である。Cytosolic Fe−S cluster assembly factorとして知られている。
【0016】
本実施形態の検出方法において、核小体タンパク質としては、Fbl(rRNA 2’−O−methyltransferase fibrillarin、GenBankアクセッション番号:NM_007991)等が挙げられる。Fblタンパク質は、プレリボソーマルRNA(pre−rRNA)の最初のステップの切り出しに関与しており、核小体に存在している。N末端部分にグリシン及びアルギニンリッチなドメインを有している。
【0017】
本実施形態の検出方法において、WDリピートファミリータンパク質としては、Wdfy1(WD repeat and FYVE domain containing 1、GenBankアクセッション番号:NM_001111279)等が挙げられる。Wdfy1タンパク質が有するFYVEドメインは、PI3P(ホスファチジルイノシトール3リン酸)を含む膜への輸送を仲介することが知られている。Wdfy1タンパク質はエンドソームに局在するといわれている。
【0018】
細胞中のこれらのタンパク質の活性化状態を検出することにより、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を検出することができる。本実施形態の方法により、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が進行中であるか否かを検出することもできるし、細胞死が生じた後に当該細胞死がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死経路を介していたか否かを判断することもできる。
【0019】
細胞としては、例えば、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ヤギ、ブタ、イヌ、ネコ、サル等の細胞が挙げられる。これらの細胞において、活性化状態を検出するタンパク質としては、上述したタンパク質のそれぞれの種におけるホモログを検出すればよい。
【0020】
上記タンパク質の活性化状態の検出は、例えば、上記タンパク質の細胞内の局在状態を測定すること、上記タンパク質のmRNAレベルでの発現量を測定すること、上記タンパク質のタンパク質レベルでの発現量を測定すること、上記タンパク質のリン酸化率を測定すること及び上記タンパク質の発現抑制による細胞死の抑制を測定することからなる群より選択される少なくとも1つにより行うことができる。
【0021】
細胞内の局在状態は、例えば、対象の細胞を固定し、上記因子に対する蛍光標識抗体で染色し、蛍光顕微鏡で観察することにより、測定することができる。あるいは、対象細胞内で、上記因子と蛍光タンパク質との融合タンパクを発現させ、融合タンパク質の蛍光を蛍光顕微鏡で観察することにより、上記因子の細胞内の局在状態を測定することができる。ここで、蛍光タンパク質としては、緑色蛍光タンパク質(GFP)、青色蛍光タンパク質(BFP)、黄色蛍光タンパク質(YFP)、シアン蛍光タンパク質(CFP)、赤色蛍光タンパク質(RFP)等が挙げられる。
【0022】
上記タンパク質の細胞内の局在状態の測定の結果、例えば、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が進行中でない正常細胞と比較して、上記タンパク質の局在状態に変化が認められた場合に、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を検出することができる。
【0023】
上記タンパク質のmRNAレベルでの発現量は、例えば、リアルタイムPCR、ノーザンブロッティング等により測定することができる。例えば、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が進行中でない正常細胞と比較して、上記タンパク質のmRNAレベルでの発現量に変化が認められた場合に、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を検出することができる。
【0024】
上記タンパク質のタンパク質レベルでの発現量は、例えば、上記タンパク質に対する抗体を用いたウエスタンブロッティング等により測定することができる。例えば、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が進行中でない正常細胞と比較して、上記タンパク質のタンパク質レベルでの発現量に変化が認められた場合に、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を検出することができる。
【0025】
上記タンパク質のリン酸化率は、例えば、リン酸化した上記因子に特異的な抗体を用いたウエスタンブロッティング等により測定することができる。例えば、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が進行中でない正常細胞と比較して、上記タンパク質のリン酸化率に変化が認められた場合に、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を検出することができる。
【0026】
また、上記タンパク質の発現を抑制することにより、細胞死を抑制することができた場合、当該細胞死には、上記タンパク質が関与すると判断することができる。したがって、このような場合には、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を検出することができる。
【0027】
上記タンパク質の発現の抑制は、例えば、上記因子に対するsiRNA、shRNA、リボザイム、アンチセンス核酸等を細胞に導入することにより行うことができる。また、細胞死の抑制の測定は、例えば、上記タンパク質の発現抑制を行った場合と行わなかった場合における細胞の生存率を測定することにより行うことができる。細胞の生存率の測定は、例えば、MTTアッセイや顕微鏡撮影による生細胞数の変化の計算により行うことができる。
【0028】
siRNA(small interfering RNA)は、RNA干渉による遺伝子サイレンシングのために用いられる21〜23塩基対の低分子2本鎖RNAである。細胞内に導入されたsiRNAは、RNA誘導サイレンシング複合体(RISC)と結合する。この複合体はsiRNAと相補的な配列を持つmRNAに結合し切断する。これにより、配列特異的に遺伝子の発現を抑制する。
【0029】
siRNAは、センス鎖及びアンチセンス鎖オリゴヌクレオチドをDNA/RNA自動合成機でそれぞれ合成し、例えば、適当なアニーリング緩衝液中、約90〜約95℃で約1分程度変性させた後、約30〜70℃で約1〜8時間アニーリングさせることにより調製することができる。
【0030】
shRNA(short hairpin RNA)は、RNA干渉による遺伝子サイレンシングのために用いられるヘアピン型のRNA配列である。shRNAは、ベクターによって細胞に導入し、U6プロモーター又はH1プロモーターで発現させてもよいし、shRNA配列を有するオリゴヌクレオチドをDNA/RNA自動合成機で合成し、siRNAと同様の方法によりセルフアニーリングさせることによって調製してもよい。細胞内に導入されたshRNAのヘアピン構造は、siRNAへと切断され、RNA誘導サイレンシング複合体(RISC)と結合する。この複合体はsiRNAと相補的な配列を持つmRNAに結合し切断する。これにより、配列特異的に遺伝子の発現を抑制する。
【0031】
リボザイムは、触媒活性を有するRNAである。リボザイムには種々の活性を有するものがあるが、RNAを切断する酵素としてのリボザイムの研究により、RNAの部位特異的な切断を目的とするリボザイムの設計が可能となっている。リボザイムは、グループIイントロン型、RNasePに含まれるM1RNA等の400ヌクレオチド以上の大きさのものであってもよく、ハンマーヘッド型、ヘアピン型等と呼ばれる40ヌクレオチド程度のものであってもよい。
【0032】
アンチセンス核酸は、標的配列に相補的な核酸である。アンチセンス核酸は、三重鎖形成による転写開始阻害、RNAポリメラーゼによって局部的に開状ループ構造が形成された部位とのハイブリッド形成による転写抑制、合成の進みつつあるRNAとのハイブリッド形成による転写阻害、イントロンとエクソンとの接合点でのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、スプライソソーム形成部位とのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、mRNAとのハイブリッド形成による核から細胞質への移行抑制、キャッピング部位やポリ(A)付加部位とのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、翻訳開始因子結合部位とのハイブリッド形成による翻訳開始抑制、開始コドン近傍のリボソーム結合部位とのハイブリッド形成による翻訳抑制、mRNAの翻訳領域やポリソーム結合部位とのハイブリッド形成によるペプチド鎖の伸長阻止、核酸とタンパク質との相互作用部位とのハイブリッド形成による遺伝子発現抑制等により、標的遺伝子の発現を抑制することができる。
【0033】
本実施形態において、siRNA、shRNA、リボザイム及びアンチセンス核酸は、安定性や活性を向上させるために、種々の化学修飾を含んでいてもよい。例えば、ヌクレアーゼ等の加水分解酵素による分解を防ぐために、リン酸残基を、例えば、ホスホロチオエート(PS)、メチルホスホネート、ホスホロジチオネート等の化学修飾リン酸残基に置換してもよい。また、少なくとも一部がペプチド核酸(PNA)等の核酸類似体により構成されていてもよい。
【0034】
[リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の検出用キット]
1実施形態において、本発明は、リン酸化した又はリン酸化していない、プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質に対する抗体;プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質のmRNA増幅用プライマー;あるいはプロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質のmRNAに対する、siRNA、shRNA、リボザイム又はアンチセンス核酸;を備える、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の検出用キットを提供する。
【0035】
本実施形態のキットにおいて、プロテアソーム関連タンパク質としては、Rbx1、Ube2d1、Ube2a等が挙げられる。熱ショックタンパク質としては、Dnajc9等が挙げられる。鉄・硫黄クラスター関連タンパク質としては、Nubp2等が挙げられる。核小体タンパク質としては、Fbl等が挙げられる。WDリピートファミリータンパク質としては、Wdfy1等が挙げられる。
【0036】
リン酸化した又はリン酸化していない上記タンパク質に対する抗体は、上記タンパク質の細胞内の局在状態の測定、上記タンパク質のタンパク質レベルでの発現量の測定、上記タンパク質のリン酸化率の測定等に好適である。
【0037】
上記タンパク質のmRNA増幅用プライマーは、上記タンパク質のmRNAレベルでの発現量の測定等に好適である。
【0038】
上記タンパク質に対する、siRNA、shRNA、リボザイム又はアンチセンス核酸は、上記タンパク質の発現の抑制に好適である。
【0039】
本実施形態のキットを用いることにより、対象とする細胞におけるリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を簡便に検出することができる。
【0040】
[リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤]
1実施形態において、本発明は、プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質のmRNAに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を有効成分とする、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤を提供する。
【0041】
後述するように、発明者らは、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死に、プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質が関与することを明らかにした。
【0042】
したがって、プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質の発現抑制剤は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤として使用することができる。
【0043】
本実施形態の抑制剤において、プロテアソーム関連タンパク質としては、Rbx1、Ube2d1、Ube2a等が挙げられる。熱ショックタンパク質としては、Dnajc9等が挙げられる。鉄・硫黄クラスター関連タンパク質としては、Nubp2等が挙げられる。核小体タンパク質としては、Fbl等が挙げられる。WDリピートファミリータンパク質としては、Wdfy1等が挙げられる。
【0044】
本実施形態の抑制剤において、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質の発現を抑制することができるものであれば特に制限されない。
【0045】
本実施形態の抑制剤において、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸の投与量は、培養細胞の培地に添加する場合には、例えば、50nM〜10μMが好ましく、例えば、50〜200nMが好ましい。また、動物に投与する場合には、例えば1回あたり50〜500mg/kg体重を1日1回投与することが好ましい。
【0046】
本実施形態の抑制剤において、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、それ自体を投与してもよいし、適宜の薬理学的に許容される添加剤と混合した医薬組成物として製剤化したものを投与してもよい。
【0047】
(医薬組成物)
医薬組成物の剤型としては、例えば注射剤が挙げられる。医薬組成物は、カチオン性脂質等のビヒクル、安定剤、酸化防止剤、防腐剤等の添加剤等を含有していてもよい。また、医薬組成物は、例えば、凍結乾燥等により溶媒を除去した粉末状態であってもよく、液体状態であってもよい。医薬組成物が粉末状態である場合には、使用前に薬学的に許容される媒体に懸濁又は溶解させて注射剤として用いることができる。医薬組成物が液体状態である場合には、そのままで又は薬学的に許容される媒体に懸濁又は溶解させて注射剤として用いることができる。
【0048】
薬学的に許容される媒体としては、例えば生理食塩水、ブドウ糖、その他の補助薬、例えばD−ソルビトール、D−マンノース、D−マンニトール、塩化ナトリウムを含む等張液が挙げられ、適当な溶解補助剤、例えばアルコール、具体的にはエタノール、ポリアルコール、例えばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、非イオン性界面活性剤、例えばポリソルベート80(商標)、HCO−50と併用してもよい。
【0049】
組成物の患者への投与は、例えば、動脈内注射、静脈内注射、皮下注射等により行うことができる。組成物の投与量は、投与対象、対象臓器、症状、投与方法等により変動するが、当業者であれば適当な投与量を適宜選択することが可能である。
【0050】
本実施形態の抑制剤による治療効果が期待される好適な例として、心不全、不整脈性突然死等が挙げられる。
【0051】
[リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤]
1実施形態において、本発明は、プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質のmRNAに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を有効成分とする、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤を提供する。
【0052】
別の実施形態において、本発明は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療のための、プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質のmRNAに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸を提供する。
【0053】
別の実施形態において、本発明は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤の製造のためのプロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質のmRNAに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸の使用を提供する。
【0054】
別の実施形態において、本発明は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤の製造のためのプロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質のmRNAに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸の有効量を、治療を必要とする患者に投与することを含む、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療方法を提供する。
【0055】
後述するように、発明者らは、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死に、プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質が関与することを明らかにした。したがって、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤の製造のためのプロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質及びWDリピートファミリータンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質のmRNAに対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤として使用することができる。
【0056】
本実施形態の予防又は治療剤において、プロテアソーム関連タンパク質としては、Rbx1、Ube2d1、Ube2a等が挙げられる。熱ショックタンパク質としては、Dnajc9等が挙げられる。鉄・硫黄クラスター関連タンパク質としては、Nubp2等が挙げられる。核小体タンパク質としては、Fbl等が挙げられる。WDリピートファミリータンパク質としては、Wdfy1等が挙げられる。
【0057】
プロテアソーム関連タンパク質、熱ショックタンパク質、鉄・硫黄クラスター関連タンパク質、核小体タンパク質又はWDリピートファミリータンパク質に対する、siRNA、shRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸は、それ自体を投与してもよいし、適宜の薬理学的に許容される添加剤と混合した医薬組成物として製剤化したものを投与してもよい。医薬組成物の好ましい形態は、上述したものと同様である。
【0058】
上述した、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患としては、例えば心不全、不整脈性突然死等が挙げられる。
【実施例】
【0059】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0060】
[実験例1]
(タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の樹立)
PHGPx欠損細胞死のメカニズムを明らかにするために、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株を樹立した。この細胞は、タモキシフェンを培地に加えると24時間以内にCre−loxPシステムによりPHGPxゲノム遺伝子が欠失する。
【0061】
具体的には、PHGPx遺伝子ノックアウトマウス(PHGPx−/−)に、loxP配列に挟まれたPHGPx遺伝子(loxP−PHGPx)を遺伝子導入(Tg)した、Tg(loxP−PHGPx):PHGPx−/−マウスと、PHGPx+/−マウスを交配させた。続いて、遺伝子型がTg(loxP−PHGPx):PHGPx−/−である13.5日胚から、マウス胎仔線維芽細胞(MEF)を調製した。続いて、得られた細胞にSV40ウイルスのT抗原遺伝子を遺伝子導入することにより不死化した。続いて、得られた細胞にタモキシフェン誘導型CreERT2遺伝子を導入した。これにより、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株が得られた。
【0062】
なお、CreERT2とは、エストロゲン受容体と融合タンパク質にしたCre(CreER)を、エストロゲンに反応せず、タモキシフェンに反応するように変異させたものである。タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地にタモキシフェンを添加すると、CreER2のエストロゲン受容体部分にタモキシフェンが結合し、エストロゲン受容体の核移行シグナルが露出する。その結果、CreER2が核内へ移行し、loxPで挟まれたPHGPxゲノム遺伝子が破壊される。添加するタモキシフェンの濃度は終濃度1μM程度でよい。
【0063】
[実験例2]
(タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株へのタモキシフェンの投与)
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。続いて、タモキシフェン添加から0、24及び48時間後の細胞を回収し、抗PHGPx抗体を用いたウエスタンブロッティングにより、各細胞サンプル中のPHGPxタンパク質の量を測定した。
【0064】
図2は、PHGPxタンパク質を検出するウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。その結果、タモキシフェン投与から24時間以内にPHGPxタンパク質の発現量が減少することが確認された。
【0065】
[実験例3]
(PHGPx欠損細胞におけるリン脂質ヒドロペルオキシドの検出)
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、生成されるリン脂質ヒドロペルオキシドを検出した。検出には、液体クロマトグラフィー(LC)−エレクトロスプレーイオン化質量分析(ESI−MS)/質量分析(MS)を用いた。
【0066】
液体クロマトグラフィーには、ACQUITY UPLC装置(ウォーターズ社)を用い、質量分析には、四重極リニアイオントラップ質量分析システム(商品名4000 Q−TRAP、エービー・サイエックス社)を用いた。液体クロマトグラフィーのカラムには、ACQUITY UPLC(商標)BEH C18カラム(0.17μm、150mm×1.0mm)を使用した。
【0067】
タモキシフェン添加から、0、12、24、36及び48時間後の各細胞から抽出した全リン脂質画分のサンプルをオートサンプラーに供し、移動相A(アセトニトリル/メタノール/水=2:2:1(v/v)、0.1%ほう酸、0.028%アンモニア):移動相B(イソプロパノール、0.1%ほう酸、0.028%アンモニア)の100:0(0〜5分)、50:50(5〜25分)、50:50(25〜49分)、100:0(59〜60分)及び100:0(60〜75分)のステップグラジエント、流量70μL/分、カラム温度30℃の条件で分離した。
【0068】
MS/MS解析は、MRM(Multi Reaction Monitoring)の手法を用いてネガティブイオンモードで実施した。イオンスプレー電圧は、−4500Vに設定した。窒素ガスを障壁ガス及びコリジョンガスとして使用した。酸化リン脂質の検出において、コリジョンエネルギーは20−65eVに設定した。装置のスキャンレンジは、m/z 50〜950、スキャンスピード1000Th/秒に設定した。Q0トラッピングをオンにし、リニアイオントラップフィルタイムを10ミリ秒に設定した。デクラスタリングポテンシャルを−105Vに設定した。Q1の解像度を「ユニット」に設定した。ホスファチジルコリンヒドロペルオキシド(18:0:20:4由来)の特徴的なフラグメンテーションパターンは、ドウェル タイム50ミリ秒、デクラスタリングポテンシャルを−80Vに設定した。Q1及びO3の解像度はユニットに設定し、Q1は886m/z、O3は283m/z(コリジョンエネルギー−60eV)及び335m/z(コリジョンエネルギー−45eV)に設定した。
【0069】
図3は、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加後、0、12、24、36及び48時間後の細胞内で、18:0(ステアリン酸)、20:4(アラキドン酸)をもつホスファチジルコリン(PC)から酸化により生成した酸化一次生成物であるリン脂質ヒドロペルオキシド(PCOOH)の生成量を経時的に示したグラフである。タモキシフェンの添加から24時間後をピークに、アラキドン酸を含むリン脂質の酸化一次生成物であるリン脂質ヒドロペルオキシドが生成された。DHAを含むリン脂質の酸化一次生成物であるリン脂質ヒドロペルオキシドでも同様な結果が得られている(図なし)。
【0070】
[実験例4]
(PHGPx欠損細胞のMTTアッセイ)
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、MTTアッセイにより、細胞の生存率を測定した。また、タモキシフェンと同時に終濃度200μMのビタミンE添加群についても同様の検討を行った。
【0071】
より具体的には、タモキシフェンの添加から24、48及び72時間後の細胞の培地にMTT(3−[4,5−dimethylthiazol−2−yl]−2,5−diphenyl tetrazolium bromid)を添加し、4時間後に各細胞をジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解し、540nmにおける吸光度を測定した。
【0072】
図4は、MTTアッセイの結果を示すグラフである。タモキシフェン添加から48時間後から72時間の間に細胞死が起こることが明らかとなった。また、ビタミンEの添加により細胞死が完全に抑制されることが明らかとなった。
【0073】
[実験例5]
(リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死とアポトーシスとの比較)
リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死(PHGPx欠損による細胞死)が、アポトーシスによる細胞死経路を介しているのか否かについて詳細に検討した。
【0074】
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に、カスパーゼ阻害剤であるZ−VAD−FMKを終濃度50μM、ミトコンドリアタンパク質であるアポトーシス誘導因子(AIF)の放出阻害剤であるDHIQを終濃度300μM、ビタミンE誘導体であるトロロックスを終濃度400μM添加したもの、及び、対照として何も添加していない細胞を用意した。各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを同時に添加した。タモキシフェン、阻害剤添加3日後にKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。対物レンズにPlan Flour ELWD20x0.45(Nicon)を用いて10倍で観察した(一視野 877.5μm×661.2μm)。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加せずに、3日培養した時の細胞数を100%として表した。
【0075】
結果を図5(a)に示す。カスパーゼ阻害剤、AIF系の阻害剤では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制することができなかった。一方ビタミンE誘導体であるトロロックスは細胞死を抑制することができた。
【0076】
次に、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地にアポトーシス誘導試薬であるスタウロスポリンを終濃度0.5μMで添加したものと、タモキシフェンを終濃度1μMで添加したものを用意した。5時間後、24時間後、48時間後に、各細胞を、蛍光免疫染色し、シトクロムC及び活性化カスパーゼ3を染色した。また、TUNEL(TdT−mediated dUTP nick end labeling)法によりアポトーシスの特徴であるDNAの断片化を検出した。
【0077】
結果を図5(b)に示す。スタウロスポリン処理では、5時間後にシトクロムCの放出が観察され、カスパーゼ3が活性化し、24時間後にはTUNEL陽性の細胞死(アポトーシス)が観察された。一方、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死では、シトクロムCの放出やカスパーゼ3の活性化は観察されなかった(図では48時間後を示したが、60時間後でも観察されなかった)。TUNEL染色のみ、核内にドット状の染色が観察されたが、DNAラダーは検出されなかった。
【0078】
以上のことから、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死は、典型的なアポトーシスとは異なることが明らかとなった。
【0079】
[実験例6]
(リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死とネクローシスとの比較)
リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が、ネクローシスによるものか否かについて詳細に検討した。
【0080】
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地にタモキシフェンを終濃度1μMで添加し、細胞死の瞬間をタイムラプス解析で検討した。しかしながら、細胞死の瞬間にネクローシスの特徴である細胞の膨潤は観察されなかった。細胞死の直前に細胞が形を変形し、最後はシャーレよりはがれて突然致死となった(図示せず。)。
【0081】
続いて、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株の培地に、ネクローシス誘導剤であるtert−ブチルヒドロペルオキシドを終濃度300mMで添加したものと、タモキシフェンを終濃度1μMで添加したものを用意した。30分後(tert−ブチルヒドロペルオキシド添加群)及び48時間後(タモキシフェン添加群)に、各細胞を、蛍光免疫染色し、ネクローシスの特徴であるHMGB1(High Mobility Group Box1)タンパク質の細胞質への放出を観察した。また、核をHoechstで染色した。
【0082】
図6(a)は、tert−ブチルヒドロペルオキシド添加30分後の結果を示す写真であり、図6(b)は、タモキシフェン添加48時間後の結果を示す写真である。その結果、tert−ブチルヒドロペルオキシド添加による細胞死では、ネクローシスの指標であるHMGB1の核から細胞質への放出が観察されたのに対し、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死では、HMGB1は核にとどまっており細胞質への放出が認められなかった。
【0083】
以上のことから、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死は、ネクローシスとは異なることが明らかとなった。
【0084】
[実験例7]
(リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死とオートファジー性細胞死との比較)
リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が、オートファジー性細胞死によるものか否かについて詳細に検討した。オートファジー性細胞死を起こすためにはATG5遺伝子が必須であることが知られている。
【0085】
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、ATG5特異的shRNA(short hairpin RNA)を導入し、ATG5の発現をノックダウンした細胞を用意した。ATG5特異的shRNAとしては、ATG5 shRNA−3(配列番号1)及びATG5 shRNA−4(配列番号2)の2種類のshRNAを使用した。また、対照として、shRNA発現ベクターのみを導入した細胞を用意した。これらの細胞の培地に、タモキシフェンを終濃度1μMで添加し、24、36、48、60及び72時間後の細胞を、Keyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、それぞれの時間の生細胞数の割合の変化を細胞生存率(%)として表した。
【0086】
結果を図7(a)及び図7(b)に示す。ATG5の発現をノックダウンしても、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制することはできなかった。また、図7(b)に示すように、RT−PCRの結果から、shRNAの導入により、ATG5遺伝子の発現がノックダウンされたことが確認された。
【0087】
以上のことから、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死は、オートファジー性細胞死とは異なることが明らかとなった。
【0088】
[実験例8]
(リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死とネクトローシスとの比較)
リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が、ネクトローシスによるものか否かについて詳細に検討した。ネクトローシスは、プログラムされたネクローシスとして知られる細胞死の1形態である。また、receptor−interacting protein kinase 1(Rip1)のノックダウンにより、ネクトローシスが顕著に抑制されることが知られている。
【0089】
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Rip1特異的shRNA(small hairpin RNA)を導入し、Rip1の発現をノックダウンした細胞を用意した。Rip1特異的shRNAとしては、Rip1 shRNA−4(配列番号3)を使用した。また、対照として、shRNA発現ベクターのみを導入した細胞、及び培地中に終濃度400μMでトロロックスを添加した細胞を用意した。これらの細胞の培地に、タモキシフェンを終濃度1μMで添加し、24時間後、72時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、72時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として表した。
【0090】
結果を図8(a)及び図8(b)に示す。Rip1の発現をノックダウンしても、PHGPx欠損による細胞死を抑制することはできなかった。また、図8(b)に示すように、ウエスタンブロッティングの結果から、shRNAの導入により、Rip1タンパク質の発現がノックダウンされたことが確認された。
【0091】
以上のことから、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死は、ネクトローシスとは異なることが明らかとなった。すなわち、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死は、アポトーシス、ネクローシス、オートファジー性細胞死、ネクトローシスとは異なる新規の細胞死であることが明らかとなった。
【0092】
図9に、発明者らの解析により明らかとなった、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死経路のモデル図を示す。PHGPxが欠損すると、24時間後をピークとしてリン脂質の酸化一次生成物であるリン脂質ヒドロペルオキシドが上昇する。その下流でCDK4が活性化し、36時間後以降にMAPキナーゼ経路のMEK、ERKがリン酸化され、48時間後から72時間の間で細胞死を引き起こす。
【0093】
発明者らは更に、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株を利用した検討の結果、ビタミンE、CDK4阻害剤である3−ATA(3−アミノ−9−チオ[10H]−アクリドン)又はMEK阻害剤であるU−0126(1,4−ジアミノ−2,3−ジシアノ−1,4−ビス[2−アミノ−フェニルチオ]ブタジエン)を培地中に添加することにより、PHGPxの欠損により誘導されるリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制できることを見出した。
【0094】
[実験例9]
(レンチウイルスshRNAライブラリーを用いた、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子の同定)
リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子を同定するために、レンチウイルス網羅的shRNAライブラリー(SBI社)を用いたスクリーニングを行った。このシステムでは、shRNAの配列が、Genechip(商品名、アフィメトリクス社)に結合するように作成されているため、shRNAの配列の同定にGenechipを利用することができる。
【0095】
図10は、shRNAライブラリーのスクリーニング手順の概要を示す図である。まず、網羅的shRNAを発現することができるプール型のレンチウイルスを、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞に感染させ、shRNA発現細胞を作製した。このshRNA発現細胞の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、通常であれば完全に細胞死が起きる96時間後に生き残っていた細胞を回収した。回収した細胞からRNAを抽出し、細胞に導入されていたshRNA配列を含むcDNAを数回増幅し、Genechipのプローブを作成し、マイクロアレイ解析を行った。
【0096】
2回の実験により、2つに分けたレンチウイルス感染細胞をタモキシフェン添加後96時間後にも生存していた細胞と、タモキシフェン未添加状態で96時間後に生存している全ての細胞に含まれるshRNA配列を増幅したプローブを用いてGenechip解析を行い、タモキシフェン添加細胞で未添加細胞よりも濃縮されたプローブを検出した。2回の実験で濃縮された共通の細胞死実行因子の同定を試みた結果、細胞死実行因子の候補として151個の遺伝子を得た。
【0097】
[実験例10]
(レトロウイルス感染系を用いた単独shRNAの発現による、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子の候補遺伝子の確定)
同定されたリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子の候補遺伝子151遺伝子それぞれをノックダウンし、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制効果を検討した。
【0098】
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞に、候補遺伝子のshRNA発現ベクターを、レトロウイルス感染系を用いて1種類ずつ導入し、各候補遺伝子をノックダウンした細胞を作製した。各細胞の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、96時間後の細胞死の抑制効果を測定した。具体的には、タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
【0099】
図11は、151個の候補遺伝子について、タモキシフェンの添加から24時間後の細胞数に対する、タモキシフェンの添加から96時間後の細胞数の割合(細胞生存率(%))が高い順に並べた結果を示すグラフである。
【0100】
リアルタイムPCRにより目的遺伝子の発現抑制を確認でき、ノックダウンすることによりリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死を抑制できる遺伝子を37個見出した。これらの37個の遺伝子には、アポトーシス等の既知の細胞死に関与する遺伝子は全く含まれていなかった。この結果は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が新規の細胞死であることを更に支持するものである。以下、これらの候補遺伝子の中から、プロテアソーム関連タンパク質である、Rbx1、Ube2d1及びUbe2a;熱ショックタンパク質であるDnajc9;鉄・硫黄クラスター関連タンパク質であるNubp2;核小体タンパク質であるFbl;WDリピートファミリータンパク質であるWdfy1について、詳細に検討した。
【0101】
[実験例11]
(Rbx1タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子である)
レトロウイルスでshRNAを発現させることにより、Rbx1のノックダウン細胞を作成し、Rbx1タンパク質がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であるか否かについて検討した。
【0102】
図12は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Rbx1特異的shRNA(配列番号4)を導入し、Rbx1をノックダウンした細胞を用意した(Rbx1 KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。更に、これらの細胞にRbx1発現ベクター(Rbx1)又は対照としてベクターのみ(mock)を導入した。なお、Rbx1発現ベクターに組み込んだRbx1のcDNAには、Rbx1特異的shRNAによりノックダウンされないようサイレント変異を導入したものを用いた。
【0103】
続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
【0104】
その結果、Rbx1のノックダウン細胞(Rbx1 KD/mock)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。また、Rbx1をノックダウンしたうえで、Rbx1遺伝子を再導入した細胞(Rbx1 KD/Rbx1)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が回復した。
【0105】
以上の結果から、Rbx1タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子であることが明らかとなった。
【0106】
ここで、Rbx1のノックダウン及び再導入(再発現)についてより詳細に説明する。Rbx1のノックダウンは次のようにして行った。まず、図13(a)に示す、shRNAベクター(piMG−drU6)のU6プロモーターの下流にRbx1特異的shRNA(配列番号4)をコードするDNA断片を組み込んだ。続いて、レトロウイルス感染系を利用して上記shRNAの発現カセットを対象細胞のゲノムに組み込み、Rbx1特異的shRNAを発現させ、Rbx1をノックダウンした細胞を得た。
【0107】
図13(b)は、発現したshRNAからsiRNAが形成され、標的RNAが破壊される過程を示すモデル図である。shRNAベクターは、東京大学医学部 廣瀬謙三先生、名古屋大学医学部 菅生厚太郎先生より頂いた。上述した実験例7、8で使用したATG5及びRip1のノックダウン細胞、並びに後述するRbx1以外の遺伝子をノックダウンした細胞も同様の方法により作製した。
【0108】
(Rbx1の再発現)
再発現実験に用いたレトロウイルス感染系の高発現ベクターとしては、図14に示すpMXs−IRベクターを用いた。pMXs−IRベクターは、東京大学医科学研究所 北村俊雄先生に頂いた。後述する、Rbx1以外の遺伝子の発現も同様の方法により行った。
【0109】
(PlatE細胞への遺伝子導入)
shRNAベクター及びpMXs−IRベクターからのレトロウイルスの調製には、PlatE細胞を使用した。PlatE細胞とは、ヒト胎児由来腎臓上皮細胞である293T細胞に、gag−pol遺伝子及びenv遺伝子が組み込まれた細胞である。
【0110】
PlatE細胞は、10%FCS、2mMグルタミン(GIBCO)、100units/mlペニシリン(GIBCO)、100μg/mlストレプトマイシン(GIBCO)を含むダルベッコ変法イーグル培地(DMEM、日水製薬)を用いて、37℃にてCOインキュベーターで培養した。
【0111】
PlatE細胞を5×10cells/シャーレで6cmシャーレ(CORNING)にまき、1日培養した。1.5mLチューブにDMEM FCS(−)を200μL、生成したプラスミドDNA(目的遺伝子を組み込んだshRNAベクター又はpMXs−IRベクター)を2μg/2μL、Plus Reagent(invitrogen、製品番号11514−015)8μLを加え、15分間室温放置した。次に、DMEM FCS(−)50μLとLipofectamine Reagent(invitrogen、製品番号18324−020)12μLをあらかじめ混ぜておいたものを上記の反応液に加え、15分室温放置した。リン酸緩衝液(PBS)で細胞を洗浄し、DMEM FCS(−)を1.728mL加えた。続いて、上記の反応液を細胞に添加し、37℃にて3時間COインキュベーター中に放置し、遺伝子導入を行った。その後、DMEM 10%FCS 6mLで反応液を置き換えて、37℃にて約48時間培養した。
【0112】
(ウイルス液の調製)
続いて、培養上清を15mLチューブ(CORNING)に移し、3,000rpm、5分、4℃の条件で遠心した。上清を新しいチューブに移し、ウイルス液とした。
【0113】
(ウイルスの感染)
ウイルス感染させる前日にタモキシフェン誘導型PHGPx欠損細胞を6cm シャーレ(CORNING)に1×10cells/シャーレでまき、1日培養した。最終濃度が8μg/mLになるようにPolybrene(商標)(Hexadimethrine bromide、SIGMA、カタログ番号H9268)を加えたウイルス液5mLを、細胞の培地を置き換えることにより感染させ、24時間培養後に培地を交換した。なお、Polybrene(商標)は、クリーンベンチ内において、滅菌水で10mg/mLとなるように溶解してフィルター滅菌し、使用時に希釈して用いた。
【0114】
[実験例12]
(Ube2d1タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子である)
実験例11と同様の手法により、Ube2d1タンパク質がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であるか否かについて検討した。
【0115】
図15は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Ube2d1特異的shRNA(配列番号5)を導入し、Ube2d1をノックダウンした細胞を用意した(Ube2d1 KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。更に、これらの細胞にUbe2d1発現ベクター(Ube2d1)又は対照としてベクターのみ(mock)を導入した。なお、Ube2d1発現ベクターに組み込んだUbe2d1のcDNAには、Ube2d1特異的shRNAによりノックダウンされないようサイレント変異を導入したものを用いた。
【0116】
続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
【0117】
その結果、Ube2d1のノックダウン細胞(Ube2d1 KD/mock)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。また、Ube2d1をノックダウンしたうえで、Ube2d1遺伝子を再導入した細胞(Ube2d1 KD/Ube2d1)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が回復した。
【0118】
以上の結果から、Ube2d1タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子であることが明らかとなった。
【0119】
[実験例13]
(Ube2aタンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子である)
実験例11と同様の手法により、Ube2aタンパク質がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であるか否かについて検討した。
【0120】
図16は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Ube2a特異的shRNA(配列番号6)を導入し、Ube2aをノックダウンした細胞を用意した(Ube2a KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。
【0121】
続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
【0122】
その結果、Ube2aのノックダウン細胞(Ube2a KD)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。
【0123】
続いて、Ube2aをノックダウンしたうえで、Ube2a遺伝子を細胞に再導入した。なお、Ube2a発現ベクターに組み込んだUbe2aのcDNAには、Ube2a特異的shRNAによりノックダウンされないようサイレント変異を導入したものを用いた。その結果、細胞の培地にタモキシフェンを添加していないにもかかわらず、Ube2a遺伝子を細胞に再導入しただけで細胞死が誘導された。
【0124】
Ube2a遺伝子の再導入により細胞死が誘導される理由は明らかではないが、以上の結果から、Ube2aタンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であることが明らかとなった。
【0125】
[実験例14]
(Dnajc9タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子である)
実験例11と同様の手法により、Dnajc9タンパク質がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であるか否かについて検討した。
【0126】
図17は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Dnajc9特異的shRNA(配列番号7)を導入し、Dnajc9をノックダウンした細胞を用意した(Dnajc9 KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。更に、これらの細胞にDnajc9発現ベクター(Dnajc9)又は対照としてベクターのみ(mock)を導入した。なお、Dnajc9発現ベクターに組み込んだDnajc9のcDNAには、Dnajc9特異的shRNAによりノックダウンされないようサイレント変異を導入したものを用いた。
【0127】
続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
【0128】
その結果、Dnajc9のノックダウン細胞(Dnajc9 KD/mock)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。また、Dnajc9をノックダウンしたうえで、Dnajc9遺伝子を再導入した細胞(Dnajc9 KD/Dnajc9)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が回復した。
【0129】
以上の結果から、Dnajc9タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の実行因子であることが明らかとなった。
【0130】
[実験例15]
(Nubp2タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子である)
実験例11と同様の手法により、Nubp2タンパク質がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であるか否かについて検討した。
【0131】
図18は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Nubp2特異的shRNA(配列番号8)を導入し、Nubp2をノックダウンした細胞を用意した(Nubp2 KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。
【0132】
続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
【0133】
その結果、Nubp2のノックダウン細胞(Nubp2 KD)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。
【0134】
続いて、Nubp2をノックダウンしたうえで、Nubp2遺伝子を細胞に再導入した。なお、Nubp2発現ベクターに組み込んだNubp2のcDNAには、Nubp2特異的shRNAによりノックダウンされないようサイレント変異を導入したものを用いた。その結果、細胞の培地にタモキシフェンを添加していないにもかかわらず、Nubp2遺伝子を細胞に再導入しただけで細胞死が誘導された。
【0135】
Nubp2遺伝子の再導入により細胞死が誘導される理由は明らかではないが、以上の結果から、Nubp2タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であることが明らかとなった。
【0136】
[実験例16]
(Fblタンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子である)
実験例11と同様の手法により、Fblタンパク質がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であるか否かについて検討した。
【0137】
図19は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Fbl特異的shRNA(配列番号9)を導入し、Fblをノックダウンした細胞を用意した(Fbl KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。
【0138】
続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
【0139】
その結果、Fblのノックダウン細胞(Fbl KD)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。
【0140】
続いて、Fblをノックダウンしたうえで、Fbl遺伝子を細胞に再導入した。なお、Fbl発現ベクターに組み込んだFblのcDNAには、Fbl特異的shRNAによりノックダウンされないようサイレント変異を導入したものを用いた。その結果、細胞の培地にタモキシフェンを添加していないにもかかわらず、Fbl遺伝子を細胞に再導入しただけで細胞死が誘導された。
【0141】
Fbl遺伝子の再導入により細胞死が誘導される理由は明らかではないが、以上の結果から、Fblタンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であることが明らかとなった。
【0142】
[実験例17]
(Wdfy1タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子である)
実験例11と同様の手法により、Wdfy1タンパク質がリン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であるか否かについて検討した。
【0143】
図20は、検討結果を示すグラフである。まず、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、Wdfy1特異的shRNA(配列番号10)を導入し、Wdfy1をノックダウンした細胞を用意した(Wdfy1 KD)。対照として、ベクターのみを導入した細胞を用意した(Control)。
【0144】
続いて、各細胞に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した。タモキシフェンの添加から24時間後、96時間後の生細胞をKeyence社のオールインワン顕微鏡にて、ランダムに20枚の写真を撮り、付着している生細胞の数をカウントした。細胞生存率(%)は、タモキシフェンを添加後24時間後の細胞数を100(%)とし、96時間後の付着している生細胞数の割合を細胞生存率(%)として計算した。
【0145】
その結果、Wdfy1のノックダウン細胞(Wdfy1 KD)では、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が抑制された。
【0146】
続いて、Wdfy1をノックダウンしたうえで、Wdfy1遺伝子を細胞に再導入した。なお、Wdfy1発現ベクターに組み込んだWdfy1のcDNAには、Wdfy1特異的shRNAによりノックダウンされないようサイレント変異を導入したものを用いた。その結果、細胞の培地にタモキシフェンを添加していないにもかかわらず、Wdfy1遺伝子を細胞に再導入しただけで細胞死が誘導された。
【0147】
Wdfy1遺伝子の再導入により細胞死が誘導される理由は明らかではないが、以上の結果から、Wdfy1タンパク質は、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の関連因子であることが明らかとなった。
【0148】
[実験例18]
(リン脂質ヒドロペルオキシドの生成の検討)
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株において、Rbx1、Ube2d1、Ube2a、Dnajc9、Nubp2、Fbl及びWdfy1をそれぞれノックダウンし、培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した場合のPHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成について検討した。
【0149】
まず、Rbx1、Ube2d1、Ube2a、Dnajc9、Nubp2、Fbl、Wdfy1をそれぞれノックダウンしたタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞、及び対照としてのタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞を用意した。
【0150】
続いて、これらの細胞の培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、26時間インキュベート後、リン脂質ヒドロペルオキシドの生成を検出できる蛍光色素であるH2DCFDAで染色し、フローサイトメトリーを用いてリン脂質ヒドロペルオキシドの生成について検討した。
【0151】
結果を表1に示す。表1では、ノックダウンによりPHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成が抑制された場合を「○」、PHGPx欠損によりリン脂質ヒドロペルオキシドが生成された場合を「×」と示す。
【0152】
その結果、Ube2aのノックダウン細胞及びNubp2のノックダウン細胞において、PHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成が抑制されていることが明らかとなった。これら以外のノックダウン細胞においては、PHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成が認められた。
【0153】
[実験例19]
(ERKのリン酸化の検討)
タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株に、終濃度1μMのタモキシフェンを添加し、抗リン酸化ERK抗体で蛍光染色すると、タモキシフェンの添加から36時間後以降では、ERKのリン酸化が亢進した細胞を検出することができる。
【0154】
そこで、タモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞株において、Rbx1、Ube2d1、Ube2a、Dnajc9、Nubp2、Fbl及びWdfy1をそれぞれノックダウンし、培地に終濃度1μMのタモキシフェンを添加した場合のERKのリン酸化の亢進を検討した。
【0155】
まず、Rbx1、Ube2d1、Ube2a、Dnajc9、Nubp2、Fbl、Wdfy1をそれぞれノックダウンしたタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞、及び対照としてのタモキシフェン誘導型PHGPx欠損MEF細胞を用意した。
【0156】
続いて、各細胞の培地に、終濃度1μMのタモキシフェンを添加、未添加細胞を準備し、36時間後に抗リン酸化ERK抗体で蛍光染色した。続いて、蛍光顕微鏡観察により、ERKのリン酸化について検討した。
【0157】
結果を表1に示す。表1では、ノックダウンによりPHGPx欠損によるERKのリン酸化が抑制された場合を「○」、PHGPx欠損によりERKがリン酸化された場合を「×」と示す。
【0158】
その結果、Dnajc9のノックダウン細胞及びWdfy1のノックダウン細胞において、ERKのリン酸化の亢進が確認された。これら以外のノックダウン細胞においては、ERKのリン酸化の抑制が認められた。
【0159】
【表1】
【0160】
表1の結果から、Rbx1タンパク質、Ube2d1タンパク質及びFblタンパク質は、PHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成の下流かつERKのリン酸化の上流で機能していると考えられた。
【0161】
また、Ube2aタンパク質及びNubp2タンパク質は、PHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成の上流で機能していると考えられた。
【0162】
また、Dnajc9タンパク質及びWdfy1タンパク質は、ERKのリン酸化の下流、又は、PHGPx欠損によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成−ERKのリン酸化の経路とは関連のない経路で機能している可能性が考えられた。
【0163】
[実験例20]
(心筋特異的PHGPx欠損マウスは発生過程の17.5日で心筋細胞死により致死となる)
PHGPx欠損マウスは、発生過程の7.5日で致死になることが知られている。ここでは、心臓特異的にPHGPxを欠損させたマウスを作製し、その影響を解析した。まず、PHGPx+/−マウスと、心臓特異的プロモーターである筋肉クレアチンキナーゼプロモーター(Muscle creatine kinase)の下流にCre遺伝子を有するマウス(Cre+/+)との交配を繰り返し、Cre+/+PHGPx+/−マウスを得た。
【0164】
続いて、Cre+/+PHGPx+/−マウスと、上述したTg(loxP−PHGPx)+/+:PHGPx−/−マウスとを交配することにより、Cre+/−Tg(loxP−PHGPx)+/−:PHGPx−/−マウスを得た。このマウスは、心臓特異的にPHGPxを欠損する。
【0165】
このようにして得られた心臓特異的PHGPx欠損マウスを観察したところ、発生過程の16.5日までは正常に生育したが、17.5日に心筋細胞が突然死を起こし、18.5日には浮腫を引き起こして致死となった。図21(a)は、発生過程の17.5日(17.5dpc)及び18.5日(18.5dpc)における、野生型マウス(Control)及び心臓特異的PHGPx欠損マウス(KO)の写真である。
【0166】
また、図21(b)は、発生過程17.5日目のマウスの心臓の組織切片を、DAPI染色及びTUNEL染色(TUNEL)した結果を示す写真である。心臓特異的PHGPx欠損マウス(KO)の心臓組織では、TUNEL染色陽性の細胞(細胞死)が多数認められた。母親にビタミンE添加食(50mgビタミンE/100g餌)を毎日与えた時、発生過程17.5日目の心臓特異的PHGPx欠損マウス(KO)の心臓組織の細胞死は完全に抑制され、正常に心臟特異的PHGPx欠損マウスが産まれた。通常食で母親マウスを飼育していたときに17.5日の心臓特異的PHGPx欠損マウス胎児で起きる心筋細胞死においても、カスパーゼ3の活性化やDNAのラダーは観察されず、またリン脂質の酸化体の蓄積が観察された(図なし)。このことからこの心筋細胞死も脂質酸化を介した新規細胞死が誘導されていると考えられた。
【0167】
また、図21(c)は、発生過程17.5日目のマウスの心臓におけるPHGPxタンパク質の発現をウエスタンブロッティングにより検出した結果を示す写真である。心臓特異的PHGPx欠損マウス(KO)では、PHGPxタンパク質が欠損していることが確認された。
【0168】
[実験例21]
(CDK4阻害剤3−ATAの母親マウス腹腔への投与は、心臟特異的PHGPx欠損マウス18.5日胎仔の致死を抑制する)
CDK4阻害剤3−ATAを母親マウス腹腔に投与することにより、心臟特異的PHGPx欠損マウスの致死を抑制することができるか否かについて検討した。
【0169】
心臟特異的PHGPx欠損マウス胎仔の発生過程14.5日、15.5日、16.5日、17.5日に、母親マウスの腹腔に1.5mg/kg体重の3−ATAを投与し、発生過程18.5日目の胎仔を観察した。
【0170】
その結果、10匹の心臟特異的PHGPx欠損マウスのうち、8匹で浮腫が抑制されていた。残りの2匹には浮腫が観察された。また、浮腫が抑制されていた8匹のうち、2匹は生存していた。残りの6匹は死亡していた。
【0171】
図22(a)〜(c)は、発生過程18.5日のマウス胎仔の写真である。図22(a)は、野生型マウスの写真であり、図22(b)は、3−ATAを投与しなかった心臟特異的PHGPx欠損マウスの写真であり(心臓PHGPx KO 3−ATA(−))、図29(c)は、3−ATAを投与した心臟特異的PHGPx欠損マウスの写真である(心臓PHGPx KO 3−ATA(+))。
【0172】
[実験例22]
(心臓特異的PHGPx欠損マウスはビタミンE添加食により正常に育つが、通常食に変えると10日前後で突然死を引きおこす)
心臟特異的PHGPx欠損マウスの胎仔期において、母親にビタミンE添加食を与えると、致死が完全に抑制された。また、誕生した心臟特異的PHGPx欠損マウスにビタミンE添加食(50mgビタミンE/100g餌)を毎日与え続けると、正常に生育することが明らかとなった。
【0173】
ここで、ビタミンE添加食は、一日量当たり130mg/kg体重のビタミンEを含んでいた。また、通常食は、一日量当たり13mg/kg体重のビタミンEを含んでいた。
【0174】
図23(a)は、ビタミンE添加食を与えることにより、正常に生育した心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を、通常食に変えてからの生存率を示すグラフである。正常に生育した心臟特異的PHGPx欠損マウスの食事を通常食に変えると、10日前後で突然死を引き起こすことが明らかとなった。
【0175】
図23(b)は、ビタミンE添加食を与えた心臟特異的PHGPx欠損マウス(ビタミンE添加食)、食餌を通常食に変えることにより死亡した心臟特異的PHGPx欠損マウス(通常食KO(死亡))、及び通常食を与えた野生型マウス(通常食wild)の心臓中のビタミンEの量を測定した結果を示すグラフである。ビタミンE添加食を与えた心臟特異的PHGPx欠損マウスの心臓中には、心臓1g当たり約24nmolのビタミンEが含まれていた。通常食では心臓1g当たり約4nmolのビタミンEが含まれていた。このマウス致死モデルでは、心臟のビタミンE量の低下により、脂質酸化が起因となる心筋細胞死が誘導される(図なし)。
【0176】
図23(c)は、ビタミンE添加食を与えた心臟特異的PHGPx欠損マウス(ビタミンE添加食心臓KO)、及び食餌を通常食に変えて10日目の心臟特異的PHGPx欠損マウス(通常食心臓KO)の死直前の心電図を示すグラフである。食餌を通常食に変えた心臟特異的PHGPx欠損マウスの心電図には不整脈が見られ、不整脈性の突然死(心不全)が認められた。
【0177】
[実験例23]
(CDK4阻害剤3−ATAは、ビタミンE添加食から通常食に変えて起きる心臟特異的PHGPx欠損マウスの心不全による突然死を延命することができる)
ビタミンE添加食を与えた心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変えた後、CDK4阻害剤3−ATAを投与した場合の影響を検討した。
【0178】
図23は、心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変えたマウス(Vit.E−)、心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変え、更に食餌を通常食に変えてから4日目から1日1回、2mg/kg体重の3−ATAを腹腔内投与したマウス(Vit.E−,3−ATA+)、及び心臟特異的PHGPx欠損マウスにビタミンE添加食を与え、更に実験開始後4日目から1日1回、2mg/kg体重の3−ATAを腹腔内投与したマウス(Vit.E+,3−ATA+)の生存率を示すグラフである。
【0179】
心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変えたマウス(Vit.E−)(n=23)の実験開始からの生存期間の中央値は10日であった。また、心臟特異的PHGPx欠損マウスの食餌を通常食に変え、更に食餌を通常食に変えてから4日目から1日1回、2mg/kg体重の3−ATAを腹腔内投与したマウス(Vit.E−,3−ATA+)(n=6)の実験開始からの生存期間の中央値は18日であった。これらの結果には、1%未満の危険率で有意差が認められた。
【0180】
以上の結果から、CDK4阻害剤3−ATAは、心臟特異的PHGPx欠損マウスをビタミンE添加食から通常食に変えた場合に起きる、心不全による突然死を延命することができることが示された。
【0181】
発明者らの別の検討において、3−ATAの代わりに、MEK阻害剤であるU−0126を投与した場合においても、心臟特異的PHGPx欠損マウスをビタミンE添加食から通常食に変えた場合に起きる、心不全による突然死を延命することができることが示された。
【0182】
以上の結果は、Rbx1、Ube2d1、Ube2a、Dnajc9、Nubp2、Fbl及びWdfy1の発現抑制剤を投与することによっても、心臟特異的PHGPx欠損マウスをビタミンE添加食から通常食に変えた場合に起きる、心不全による突然死を延命することができることを示す。
【産業上の利用可能性】
【0183】
本発明により、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の検出方法及びキットを提供することができる。また、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死の抑制剤を提供することができる。また、リン脂質ヒドロペルオキシド依存性細胞死が関連する疾患の予防又は治療剤を提供することができる。
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【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]