(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6475862
(24)【登録日】2019年2月8日
(45)【発行日】2019年2月27日
(54)【発明の名称】アニオン交換膜及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B01J 47/12 20170101AFI20190218BHJP
B01J 41/02 20060101ALI20190218BHJP
B01J 41/18 20060101ALI20190218BHJP
H01B 1/06 20060101ALI20190218BHJP
H01B 13/00 20060101ALI20190218BHJP
H01M 8/1016 20160101ALI20190218BHJP
【FI】
B01J47/12
B01J41/02
B01J41/18
H01B1/06 A
H01B13/00 Z
H01M8/1016
【請求項の数】17
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-549096(P2017-549096)
(86)(22)【出願日】2015年3月24日
(65)【公表番号】特表2018-514371(P2018-514371A)
(43)【公表日】2018年6月7日
(86)【国際出願番号】JP2015001683
(87)【国際公開番号】WO2016151628
(87)【国際公開日】20160929
【審査請求日】2018年2月20日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、センター・オブ・イノベーション事業「共進化社会システム創成拠点」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001379
【氏名又は名称】特許業務法人 大島特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】スティーブン、エム・ライス
(72)【発明者】
【氏名】トーマス、バイヤー
【審査官】
富永 正史
(56)【参考文献】
【文献】
特表2007−529404(JP,A)
【文献】
特開2012−166989(JP,A)
【文献】
国際公開第2005/102924(WO,A1)
【文献】
特表2012−500179(JP,A)
【文献】
特表2011−500488(JP,A)
【文献】
特開2013−079176(JP,A)
【文献】
特開2014−216059(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2013/0180912(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 39/00−49/90
C01B 32/00−32/991
H01B 1/06
H01B 13/00
H01M 8/02
H01M 8/1016
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素含有官能基を有する酸化カーボンを含み、前記酸素含有官能基の少なくとも一部の水素カチオンがアルカリまたはアルカリ土類金属カチオンにより置換されているアニオン交換膜であって、前記酸化カーボンは単層または複数層の酸化グラフェンを含むアニオン交換膜。
【請求項2】
前記酸素含有官能基の少なくとも一部の前記水素カチオンがアルカリ金属カチオンにより置換されている、請求項1に記載のアニオン交換膜。
【請求項3】
前記アルカリ金属カチオンはLi+及びK+の少なくとも一つを含む、請求項2に記載のアニオン交換膜。
【請求項4】
前記酸化カーボンは、酸化グラフェン、酸化グラファイト、酸化カーボンナノチューブ及び酸化フラーレンの少なくとも一つを含む、請求項1に記載のアニオン交換膜。
【請求項5】
前記酸素含有官能基はカルボン酸基、ヒドロキシル基及びエポキシ基の少なくとも一つを含む、請求項1に記載のアニオン交換膜。
【請求項6】
酸素含有官能基を有する酸化カーボンを塩基性溶液で処理することを含む、アニオン交換膜の製造方法であって、前記酸化カーボンは単層または複数層の酸化グラフェンを含むアニオン交換膜の製造方法。
【請求項7】
前記塩基性溶液の塩基はアルカリ及びアルカリ土類金属の水酸化物、酸化物、水素化物及び炭酸塩からなる群から選択された少なくとも一つである、請求項6に記載のアニオン交換膜の製造方法。
【請求項8】
前記塩基性溶液の塩基はアルカリ金属の水酸化物、酸化物、水素化物及び炭酸塩からなる群から選択された少なくとも一つである、請求項6に記載のアニオン交換膜の製造方法。
【請求項9】
前記アルカリ金属はLiとKの少なくとも一つを含む、請求項8に記載のアニオン交換膜の製造方法。
【請求項10】
前記酸化カーボンは、酸化グラフェン、酸化グラファイト、酸化カーボンナノチューブ及び酸化フラーレンの少なくとも一つを含む、請求項6に記載のアニオン交換膜の製造方法。
【請求項11】
前記酸素含有官能基はカルボン酸基、ヒドロキシル基及びエポキシ基の少なくとも一つを含む、請求項6に記載のアニオン交換膜の製造方法。
【請求項12】
酸素含有官能基を有する酸化カーボンを含み、前記酸化カーボンが塩基性溶液で処理されたものであるアニオン交換膜であって、前記酸化カーボンは単層または複数層の酸化グラフェンを含むアニオン交換膜。
【請求項13】
前記塩基性溶液の塩基はアルカリ及びアルカリ土類金属の水酸化物、水素化物、酸化物及び炭酸塩からなる群から選択された少なくとも一つである、請求項12に記載のアニオン交換膜。
【請求項14】
前記塩基性溶液の塩基はアルカリ金属の水酸化物、酸化物、水素化物及び炭酸塩からなる群から選択された少なくとも一つである、請求項12に記載のアニオン交換膜。
【請求項15】
前記アルカリ金属はLiとKの少なくとも一つを含む、請求項14に記載のアニオン交換膜。
【請求項16】
前記酸化カーボンは、酸化グラフェン、酸化グラファイト、酸化カーボンナノチューブ及び酸化フラーレンの少なくとも一つを含む、請求項12に記載のアニオン交換膜。
【請求項17】
前記酸素含有官能基はカルボン酸基、ヒドロキシル基及びエポキシ基の少なくとも一つを含む、請求項12に記載のアニオン交換膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アニオン交換膜及びその製造方法に関する。特に、本発明は、高いイオン伝導度、高い機械的強度及び高いガスバリア特性を有し、固体高分子電解質膜形燃料電池(Polymer Electrolyte Membrane Fuel Cell:PEMFC)(固体高分子形燃料電池(Polymer Electrolyte Fuel Cell:PEFC)とも呼ばれる)、電解セル(または電解槽)、バッテリ、加湿装置等に用いることのできる酸化カーボンベースのアニオン交換膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は効率及び電力密度が高く、また、水素を燃料として用いた場合には排ガスは水だけであるため、将来の有望なエネルギー供給技術である。アルカリ燃料電池(AFC)にはプロトン伝導性の酸ベースの燃料電池(例えば、ナフィオンベースの燃料電池(ナフィオンはE.I. du Pont de Nemours & Co., Inc.の登録商標))と比べていくつか有利な点がある。カソードでの反応速度がはるかに速く、そのため安価な非貴金属の触媒の使用が可能である(例えば、アノードにニッケル、カソードに銀)。また、アルカリ性の環境は触媒を腐食しにくく、メタノールの酸化を促進する。AFCはナフィオンベースの固体高分子電解質膜形燃料電池(PEMFC)と比べて燃料のクロスオーバが少ない。更に、エタノールやプロパノールといった高級アルコールを燃料として用いることが可能であり、それによりシステムのエネルギー密度が向上する。
【0003】
しかしながら、AFCは主として液体電解質を用いていることから問題が生じ得る。水性電解質はCO
2により被毒され易く、そのため、AFCは通常、純粋なO
2で駆動されるが、それによりコストが高くなる。別の問題はガス電極のフラッディングである。従って、液体電解質を良好な機械的及び化学的安定性と良好なイオン伝導度を備えたアニオン交換膜(またはアニオン伝導性電解質膜)で置き換えることに大きな関心が寄せられている。いくつかのアニオン交換膜が入手可能であるが、それらの主たる問題は、プロトン伝導性膜であるナフィオンまたは他のプロトン伝導性電解質膜と比べて伝導度及び機械的強度がやや低いことである。
【0004】
一方、特開2014−216059号公報(特許文献1)には、酸化グラフェンを二次電池の固体電解質として用いることが提案されている。
図1Aに模式的に示すように、酸化グラフェンは、カルボン酸基、ヒドロキシル基、エポキシ基等を含む酸素含有官能基(酸素官能基または酸素基ということもある)で覆われた単層のグラファイト状カーボンからなる。酸化グラフェンは大量に製造することができ、水に分散することができ、水以外のものに対し高い不透過性を示す機械的強度の高い膜(
図1Bに示した走査型電子顕微鏡像を参照)を形成することができる。表面の酸素官能基は、表面を更に化学的に機能化して新たな化合物を形成するのに用いることができる。これらの特性により、酸化グラフェンは膜技術において用いる理想的な膜となっている。
【0005】
しかしながら、特許文献1はプロトン伝導性を有する酸化グラフェンを開示するのみで、特許文献1にはアニオン伝導性を有するように酸化グラフェンを改質することについては何も記載がない。
【0006】
米国特許第8,715,610号明細書(特許文献2)には、塩基の存在下で還元剤を付加することで酸化グラフェン分散液を還元することを含む安定なグラフェン分散液の製造方法が開示されている。しかしながら、特許文献2には、アニオン伝導性を有するように酸化グラフェンを改質するプロセスについては何も開示がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2014−216059号公報
【特許文献2】米国特許第8,715,610号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このような従来技術の問題に照らし、本発明の主たる目的は、酸化カーボンベースのアニオン交換膜及びそのようなアニオン交換膜を簡単に形成するための方法を提供することである。
【0009】
また本発明の第2の目的は、高いイオン伝導度、高い機械的強度及び/または高いガスバリア特性を有するアニオン交換膜及びそのようなアニオン交換膜を簡単に形成するための方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を達成するため、本発明の一側面によると、酸素含有官能基を有する酸化カーボンを含み、前記酸素含有官能基の少なくとも一部の水素カチオンがアルカリまたはアルカリ土類金属カチオンにより置換されているアニオン交換膜が提供される。これにより、酸化カーボンベースのアニオン交換膜が提供される。
【0011】
好ましくは、前記酸素含有官能基の少なくとも一部の前記水素カチオンがアルカリ金属カチオンにより置換されており、アルカリ金属カチオンは好適にはLi
+及びK
+の少なくとも一つを含む。これらのカチオンは、酸化カーボンの酸素含有官能基の水素カチオンを置換し易く、高いイオン伝導度を有する酸化カーボンベースのアニオン交換膜の実現に貢献する。
【0012】
本発明の別の側面によると、酸素含有官能基を有する酸化カーボンを塩基性溶液で処理することを含む、アニオン交換膜の製造方法が提供される。この方法によれば、酸化カーボンベースのアニオン交換膜を簡単に形成することができる。
【0013】
好ましくは、前記塩基性溶液の塩基はアルカリ及びアルカリ土類金属の水酸化物、酸化物、水素化物及び炭酸塩からなる群から選択された少なくとも一つであり、より好ましくは、アルカリ金属の水酸化物、酸化物、水素化物及び炭酸塩からなる群から選択された少なくとも一つである。アルカリ金属は好適にはLiとKの少なくとも一つを含む。このような塩基性溶液に含まれるカチオンは、酸化カーボンの酸素含有官能基の水素カチオンを置換し易く、高いイオン伝導度を有する酸化カーボンベースのアニオン交換膜の実現に貢献する。
【0014】
本発明の更に別の側面によると、酸素含有官能基を有する酸化カーボンを含み、前記酸化カーボンが塩基性溶液で処理されたものであるアニオン交換膜が提供される。塩基性溶液で処理された酸化カーボンはアニオン伝導性を有し、従って、酸化カーボンベースのアニオン交換膜を提供する。
【0015】
好ましくは、前記塩基性溶液の塩基はアルカリ及びアルカリ土類金属の水酸化物、酸化物、水素化物及び炭酸塩からなる群から選択された少なくとも一つであり、より好ましくは、アルカリ金属の水酸化物、酸化物、水素化物及び炭酸塩からなる群から選択された少なくとも一つである。アルカリ金属は好適にはLiとKの少なくとも一つを含む。このような塩基性溶液に含まれるカチオンは、酸化カーボンの酸素含有官能基の水素カチオンを置換し易く、高いイオン伝導度を有する酸化カーボンベースのアニオン交換膜の実現に貢献する。
【0016】
本発明の好適実施形態では、上記したアニオン交換膜またはその製造方法における酸化カーボンは、酸化グラフェン、酸化グラファイト、酸化カーボンナノチューブ及び酸化フラーレンの少なくとも一つを含み、特に好適には、単層または複数層の酸化グラフェンを含む。このような酸化カーボンは高い機械的強度及び高いガスバリア特性を有するので、それらから形成されたアニオン交換膜も高い機械的強度及び高いガスバリア特性を有するものとなる。更に、アルカリ金属またはアルカリ土類金属により水素カチオンを置換することで、酸化カーボンのガスバリア特性が向上する。
【0017】
前記酸素含有官能基は、通常、カルボン酸基、ヒドロキシル基及びエポキシ基の少なくとも一つを含む。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1A】
図1Aは、カルボン酸官能基を含む様々な官能基を有する酸化グラフェンの化学的構造を模式的に示す図である。
【
図1B】
図1Bは、酸化グラフェン膜の断面の走査型電子顕微鏡像である。
【
図2】
図2は、本発明の実施形態に基づく酸化グラフェンの改質プロセスにおいて生じるカチオン交換を模式的に示す図である。
【
図3A】
図3Aは、例1におけるカリウムカチオン交換後の酸化グラフェンの広スパンX線光電子スペクトルを示すグラフである。
【
図3B】
図3Bは、電子結合エネルギーが280から292eVの範囲のX線光電子スペクトルを示すグラフであり、C1s 信号を示している。
【
図3C】
図3Cは、電子結合エネルギーが526から538eVの範囲のX線光電子スペクトルを示すグラフであり、O1s信号を示している。
【
図3D】
図3Dは、電子結合エネルギーが290から298eVの範囲のX線光電子スペクトルを示すグラフであり、K2p信号を示している。
【
図4A】
図4Aは、例1で得られた酸化グラフェン膜のアニオン伝導度の湿度に対する依存性を様々な温度に対し示すグラフである。
【
図4B】
図4Bは、例1で得られた酸化グラフェン膜の活性化エネルギーを様々な相対湿度に対し示すアレニウスプロットである。
【
図4C】
図4Cは、例1で得られた酸化グラフェン膜の活性化エネルギーの湿度に対する依存性を示すグラフである。
【
図5A】
図5Aは、4つの異なるタイプの膜(15及び40μm厚の従来の酸化グラフェン、及び、カチオン交換により改質された15及び40μm厚の酸化グラフェン)を透過した水素のガスクロマトグラフィ−熱伝導度検出器(GC−TCD)信号を示すグラフである。
【
図5B】
図5Bは、4つの異なるタイプの膜を通過する水素の透過率(permeability)及び透過度(permeance)を示すバーチャートである。
【
図6】
図6は、例1で得られた酸化グラフェン膜のカリウム含有量と攪拌時間との間の関係を示すグラフである。
【
図7A】
図7Aは、例2で得られた酸化グラフェン膜のアニオン伝導度の湿度に対する依存性を様々な温度に対して示すグラフである。
【
図7B】
図7Bは、例2で得られた酸化グラフェン膜の活性化エネルギーを様々な相対湿度に対し示すアレニウスプロットである。
【
図7C】
図7Cは、例2で得られた酸化グラフェン膜の活性化エネルギーの湿度に対する依存性を示すグラフである。
【
図8】
図8は、例3で得られたLiOHにより改質された酸化グラフェン膜のイオン伝導度を様々な温度及び湿度に対し示すグラフである。
【
図9A】
図9Aは、処理された酸化グラフェンベースの膜を電解質として用いたアニオン伝導性膜装置(アルカリ燃料電池)を示す模式図である。
【
図9B】
図9Bは、酸化グラフェンアニオン交換膜を用いて形成されたアルカリ燃料電池の分極曲線及び電力密度データを示すグラフである。
【
図10A】
図10Aは、本発明のアニオン交換膜を適用可能なアルカリ膜電解槽を示す模式図である。
【
図10B】
図10Bは、本発明のアニオン交換膜を適用可能なアルカリ膜レドックスフロー電池を示す模式図である。
【
図10C】
図10Cは、本発明のアニオン交換膜を適用可能なアルカリ膜排水処理装置を示す模式図である。
【
図10D】
図10Dは、本発明のアニオン交換膜を適用可能なアルカリ膜海水淡水化装置を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して詳細に説明する。
【0020】
本発明の好適実施形態では、アルカリ及び/またはアルカリ土類カチオン(例えば、限定するものではないが、Li
+、K
+、Na
+、Ca
2+)を含む塩基性溶液中で酸化グラフェンを処理することにより、アニオン交換膜を合成する。
図1Aを参照して上記したように、酸化グラフェンは、カルボン酸官能基あるいはヒドロキシル官能基といった酸素含有官能基が表面に結合している。酸化グラフェンを塩基性溶液で処理すると、酸化グラフェンの酸素含有官能基の一部において塩基性溶液中でカチオン交換が生じる。即ち、酸化グラフェンの酸素含有官能基に含まれる水素カチオンが、塩基性溶液中のアルカリまたはアルカリ土類金属カチオンによって置換され、酸素−アルカリ金属(またはアルカリ土類金属)結合が形成される。
【0021】
よく知られているように、例えば、カルボン酸を水溶液中のアルカリと反応させると、例えば以下のような自発的な中和反応が起きる:
HCO
2H(aq) + NaOH(aq)−> HCO
2Na(aq) + H
2O(l)
CH
3CO
2H(aq) + KOH(aq)−> CH
3CO
2K(aq) + H
2O(l)
【0022】
即ち、カチオン交換反応が起き、カルボン酸官能基中の水素カチオンがアルカリカチオン(例えば、Li
+、K
+、Na
+)に置換され、カルボン酸塩を形成する。同じまたは類似のカチオン交換反応が、強塩基の存在下で酸化グラフェンの酸素含有官能基に対して生じる。
【0023】
カルボン酸基(及びヒドロキシル官能基)が表面に固定された酸化グラフェンを、例えばpH=12のアルカリカチオンを含む塩基性溶液で処理する例では、同様の中和反応が生じる。即ち、塩基性溶液中のアルカリカチオンがカルボン酸基と反応し、それにより、カルボン酸基内の水素カチオンがアルカリカチオンに置き換えられ、新たな化合物を形成する。
図2は、酸化グラフェン(酸化カーボン)のカルボン酸基におけるカチオン交換を例示的に示す模式図であり、ここでは、塩基はLiOHであり、アルカリカチオンはLi
+である。
【0024】
塩基性溶液で処理された酸化グラフェンから膜が形成され乾燥されると、アルカリカチオン(またはアルカリ土類カチオン)は比較的動かなくなり、塩基性になった環境においてOH
−イオンの移動度が向上する。このように、酸化グラフェンを塩基性溶液中で処理して酸化グラフェンにおいてカチオン交換を生じさせることにより、酸化グラフェンがアニオン伝導性を有するようになり、また、それから形成された膜はアニオン交換膜となる。
【0025】
このようにして形成された酸化グラフェンベースのアニオン交換膜は、現在商業的に入手可能なアニオン交換膜に比べて、より高い機械的強度及びより高いガスバリア特性を呈し、また、匹敵する(潜在的にはより高い)伝導性を有し、更にコストが安く、高い加工性を有する。
【0026】
上記したプロセスでは、様々な酸素濃度の酸化グラフェンを用いることができる(例えば、限定するものではないが、1乃至50原子百分率(at%))。また、酸化グラフェンは溶剤(例えば、限定するものではないが、水、エタノールなど)に分散可能であり、様々な酸化グラフェン濃度の酸化グラフェン分散液を用いることができる。酸化グラフェン濃度は好適には約0.1mg/mlより大きく、より好適には、約1乃至約10mg/mlである。尚、酸化グラフェン濃度が低すぎると、酸化グラフェンベースのアニオン交換膜を得るべく大量の溶剤を蒸発またはろ過するのに、工業処理として時間がかかり過ぎたり過大なエネルギー消費を必要としたりすることとなり、一方、濃度が高すぎると、酸化グラフェン分散液の粘度が高くなり過ぎ、酸化グラフェン分散液の攪拌、スプレー、印刷、塗布、ろ過等が困難となったり、酸化グラフェン分散液から得られるアニオン交換膜の膜圧が不均一になり易くなる。
【0027】
本発明の実施形態において、カチオン交換のための塩基性溶液中に用いることができるアルカリ及びアルカリ土類金属塩(または塩基)は、例えば、限定するものではないが、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、ベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム及びラジウムのようなアルカリまたはアルカリ土類金属の水酸化物、酸化物、水素化物または炭酸塩である。これらの混合を用いてもよい。
【0028】
本発明の実施形態では、酸化グラフェン分散液(例えば、酸化グラフェン濃度5mg/ml、酸素含有量20at%)が用いられる。アニオン交換膜は、水分散液中の酸化グラフェンと水酸化カリウム水溶液のような塩基性溶液との間の化学反応により形成される。
【0029】
アルカリまたはアルカリ土類金属塩(例えば水酸化物)を様々な濃度で含む塩基性溶液を、様々な時間に渡って、様々な温度で酸化グラフェン分散液と混合してよい。混合プロセスの間、アルカリ(またはアルカリ土類)カチオン交換が生じ、酸化グラフェンの表面の官能基がアルカリまたはアルカリ土類カチオンを含むように改質する。尚、このときヒドラジンなどの還元剤を用いると、酸化グラフェンに含まれる酸素含有官能基の大部分が除去されてしまうため(特許文献2参照)、還元剤は使用しないことが望ましい。
【0030】
酸化グラフェンアニオン交換膜は、アルカリ処理された酸化グラフェン分散液を例えばポリカーボネートフィルタでろ過することにより生成することができる。分散液を様々な基板(例えば、限定するものではないが、カーボン紙、シリコンウェハ、ガラス、またはプラスチック)にスプレーする、印刷する、或いは塗ることにより、様々な厚さの電解質層(またはアニオン交換膜)を形成することも可能である。本発明の好適実施形態では、ポリカーボネートフィルタ上で真空ろ過することにより膜が形成される。ろ過の後、膜は例えば室温で、例えば48時間乾燥され、フィルタから剥がされる。
【0031】
改質された酸化グラフェンから形成されるアニオン交換(または電解質)膜の厚さは、分散液の濃度及び体積に基づき容易に変更可能である。例えば、限定するものではないが、5μm乃至80μmの厚さの範囲の電解質膜が通常使用される。本発明の一実施形態において燃料電池に用いられる電解質膜の厚さは、例えば、15μmである。
【0032】
<例>
以下の例は本発明の例示を意図としたもので、限定的に解釈されるべきではない。
【0033】
各例で得られたサンプル膜のイオン伝導度(mS/cm)を、以下のようにして得た。
【0034】
厚み方向(through-plane)イオン伝導度を、インピーダンスアナライザ(Solatron SI1260)と共に膜試験装置(Scribner Associates Inc. MTS 740)を用いて特定した。10×30mm
2の大きさの厚さ約40μmの膜について、2電極/4端子(後者はリード線抵抗を低減するため)の設定で、100mVのAC振幅とし、30MHz乃至10Hzの周波数範囲で測定を行った。ガス拡散電極(E-TEK、高温用ELAT、140E-W、18×5mm
2)を導電性カーボン塗料(SPI Supplies、コロイド状グラファイト、Part #05006-AB)を用いて白金電極に取着し、電極間に酸化グラフェンベース膜のサンプルを配置した。良好な電極の接触を得るため1.074MPaの圧力でセルの圧縮を行った。そして、100から0%の相対湿度(RH)で等温変化させつつ、30°Cから80°Cの温度でインピーダンスを測定した。インピーダンス測定の前にサンプルを100%のRHで4時間前処理し、また、異なるRHに対する測定間でも前処理を1時間行った。得られた膜抵抗R(Ω)、厚さL(cm)及び重なり合う電極間の有効測定面積A(0.55cm
2)から、伝導度(通常ギリシャ文字σで表す)を以下の式を用いて算出した。
σ=L/(R・A)
【0035】
<例1:KOHで改質した酸化グラフェン膜>
210.8mgの水酸化カリウム(KOH)を43.01mlの酸化グラフェン水分散液(酸化グラフェン濃度5mg/ml、酸素含有量20at%)に溶解し、磁気攪拌機を用いて室温で24時間500rpmの条件で攪拌した。その結果得られた分散液(即ち、塩基性溶液)のpHは12.5であった。これをポリカーボネートフィルタ上に真空ろ過し、乾燥させ、剥がすことで膜を得た。伝導度測定に用いた膜は厚さ約40μmであった。水素透過性テスト用の膜はそれぞれ約15及び40μmの厚さであり、それぞれ約15及び40μmの厚さの2つの改質されていない酸化グラフェン膜と対比して測定を行った。
【0036】
X線光電子分光(XPS)(
図3A−3D)によると、カーボン含有量81.6at%、酸素含有量16.5at%、及びカリウム含有量5.7at%であり、イオン伝導度(アニオン伝導度)は湿度及び温度の増加に対し強い増加傾向を示した(
図4A)。最も高い伝導度は70°Cにおける6.1mS/cmであった。活性化エネルギーは湿度の低下と共に低下し、100%のRHにおける0.44eVから0%のRHにおける0.01eVの範囲にあった(
図4B及び4C)。100%のRHにおける活性化エネルギーは商業的に入手可能なトクヤマA201アニオン交換膜(株式会社トクヤマ、日本)の活性化エネルギーに近い値であった。
【0037】
上記のようにして得られた改質された酸化グラフェン膜のガスバリア特性を確認するため、水素透過性テストを行った。水素透過性テスト用に準備した2枚の改質された酸化グラフェン膜はそれぞれ15及び40μmの厚さであった。比較のため、それらをそれぞれ15及び40μmの厚さを有する2枚の改質されていない酸化グラフェン膜と比較した。
【0038】
これらの膜(直径1cm、面積0.785cm
2)を通過する乾燥水素透過速度(ガス透過単位(GPU))を、乾燥ガスバリア分析装置(GTR-11A/31A、GTRテック株式会社、日本)を用いて30°Cの一定温度で測定した。この装置は、熱伝導度検出器を備えたガスクロマトグラフに接続された自動ガスサンプリングユニットを有する。膜のフィード側とスイープ側の間の総圧力差は200kPaであった。膜のスイープ側を真空に引いた後のサンプル収集時間は30分であった。KOH処理により機能化された酸化グラフェン膜の水素透過率(または透過速度)は、純粋な(即ち、改質されていない)酸化グラフェン膜に比べて約5分の1であり、このことはKOH処理によりガスバリア特性が向上したことを示している(
図5A及び5B)。尚、
図5Bにおいて、透過度(permeance)は圧力に依存せず厚さに依存し、透過率(permeability)は理想的には厚さに依存しない。
【0039】
更に、10分、30分及び24時間のアルカリカチオン交換反応時間後における、改質された酸化グラフェンから形成された膜のカリウム含有量をXPSを用いて測定した(
図6)。反応時間の増加に対するカリウム含有量の傾向は見られず、このことは、文献で報告されているように、カチオン交換反応は室温において自発的に非常に速く起きることを示している。従って、酸化グラフェン分散液の量、それに溶解するアルカリまたはアルカリ土類金属塩の量(または塩基性溶液のpH)、攪拌速度等の様々な条件にもよるが、酸化グラフェンの塩基性溶液による処理を量産スケールで行う場合においてもカチオン交換反応の工程は数秒で完了し得ると考えてよい。尚、ここで測定されたカリウム含有量の値(約5.0乃至7.5at%、
図6)は先の膜で観察されたカリウム含有量(5.7at%)に近い値であった。
【0040】
<例2:KOH−改質された酸化グラフェン膜>
98.6mgの水酸化カリウム(KOH)を40.24mlの酸化グラフェン分散液(酸化グラフェン濃度5mg/ml、酸素含有量20at%)に溶解した。これは、例1に比べて約半分のKOH濃度に対応する。これを室温で24時間500rpmで攪拌した。その結果得られた分散液のpHは11.3であった。この改質された酸化グラフェン分散液から、6枚の膜を真空ろ過により形成した(5mlの分散液4つと10mlの分散液2つ)。イオン伝導度測定に用いた膜の厚さは40μmであった。XPSによって測定されたカリウム含有量は1.9at%であった。
【0041】
イオン伝導度は湿度及び温度と共に増加した(
図7A)。最も高い伝導度は70°Cにおける5.3mS/cmであった。この値は、現在市場に出ている商業的に入手可能なアニオン交換膜(例えば、トクヤマA201膜の厚み方向伝導度8〜12mS/cm)に匹敵する値である。活性化エネルギーは湿度の低下と共に低下し、100%のRHにおける0.38eVから0%のRHにおける0.04eVの範囲にあった(
図7B及び7C)。
【0042】
例1のイオン伝導度は例2に比べてより高く、このことはイオン伝導度はカチオン交換反応に用いられるKOHの濃度に依存することを示している。改質された酸化グラフェン膜において十分なイオン(アニオン)伝導性を達成するには、KOHが溶かされた酸化グラフェン分散液におけるKOHの濃度は約1mMより大きいことが好ましく、より好ましくは約10mM〜約1Mである。別の言い方をすると、KOHが溶かされた酸化グラフェン分散液のpHは約11であることが好ましく、約12〜約14が一層好ましい。尚、酸化グラフェンとKOHの反応は、酸化グラフェン上の酸素含有官能基が全て反応しそれ以上反応が起こらなくなるようなKOH濃度において飽和する。従って、KOHの濃度がそのような濃度を大幅に越えないことが好ましいと考えられる。
【0043】
<例3:LiOH−改質された酸化グラフェン膜>
例3では、反応にあずかる特定のカチオンによらず、アルカリカチオン交換法を広く適用できることを示すため、水酸化カリウム(KOH)を水酸化リチウム(LiOH)に置き換えた。LiOHを24時間、分散液中の酸化グラフェンと反応させた。改質された酸化グラフェンのサンプルには、XPSで測定したところによると、0.55at%のLiが存在した。この値はKOHの場合と比べて若干低いが、LiOHはKOHよりも弱い塩基であることにより説明され得る。Liで改質された酸化グラフェンのイオン伝導度は、全ての温度でKOHで処理した酸化グラフェンで観測された伝導度より小さかった(30°Cでは約3分の1)(
図8)。このことは、2つの異なるアルカリ塩の間のアルカリ度の違い、または、アルカリカチオンの電気陰性度の違いにより、OH
−イオンの活性化エネルギーが変ることに起因し得る。このように、本発明の実施形態に基づくアニオン交換膜は、KOHに限らず様々なアルカリ金属(またはアルカリ土類金属)塩を用いて形成することができる。
【0044】
<例4:燃料電池>
例1で説明したプロセスで得られた15μmの厚さを有する塩基処理した酸化グラフェンベースのアニオン交換膜を用いて、膜電極アセンブリ(MEA)を形成した。また、Pt/C電気触媒(田中貴金属工業株式会社、46.2wt%Pt)を5wt%のアニオン伝導性高分子電解質溶液(株式会社トクヤマ)、エタノール(Chameleon)、及び脱イオン水と混合することで触媒インクを調製した。また、触媒インクを10時間攪拌した後、使用前に30分超音波処理した(SMT社製超音波分散機UH-600)。この触媒インクをアニオン伝導性を有する改質された酸化グラフェン膜に、マスクを用いてスプレー装置(ノードソン株式会社製スプレー装置C-3J)でスプレーし、酸化グラフェン膜の両面に0.5cm
2の大きさの電極を形成した。各電極の触媒充填量は0.3mgPt/cm
2であった。撥水性カーボンペーパ(EC-TP1-060T)ガス拡散層(GDL)を、電気触媒層上に精密に配置した。これにより、
図9Aに示すような酸化グラフェン−膜電極アセンブリ(GO−MEA)が形成される。形成されたGO−MEAを単一セル試験ホルダ(1cm
2)内に配置し、自家製の燃料電池試験装置に設置した。こうして得られたアルカリ燃料電池をオーブン内に入れ、30°Cに加熱した。そして、水素と空気を100ml/分及び100%のRHで流し、セルの性能をポテンショスタット(Solartron SI 1287)を用いて調べた。その結果、開放電圧は0.88Vであり、最大電力密度は2.6mA/cm
2の電流密度において1.13mW/cm
2であった(
図9B)。このように、本発明の実施形態に係る酸化グラフェンベースのアニオン交換膜は、アルカリ燃料電池の電解質として好適に用いることができる。
【0045】
<例5:他の用途>
アルカリ燃料電池の電解質としての用途の他に、本発明に基づく酸化グラフェンベースのアニオン交換膜は他の膜利用技術に用いることができる。例えば、酸化グラフェンベースのアニオン交換膜は、微生物燃料電池または酵素燃料電池におけるアニオン伝導性電解質、アルカリ高分子電解質電解槽のアニオン交換膜(AEM)(
図10A)、レドックスフロー電池のイオン交換膜(IEM)(
図10B)、アルカリ膜排水処理装置のイオン交換膜(
図10C)、及びアルカリ膜海水淡水化装置のAEM(
図10D)として用いることができる。更に、本発明に基づく酸化グラフェンベースのアニオン交換膜は逆電気透析電池、アルカリ電池、金属空気電池、ガスバリア用途、加湿用途等に用いることができる。
【0046】
本発明をその好適な実施形態について説明してきたが、本発明はこれら実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲から逸脱することなく様々な変形変更が可能であることは当業者にとって自明である。
【0047】
例えば、上記実施形態では酸化グラフェンを用いたが、好適には高い機械的強度及び/または高いガスバリア特性を有する、酸化グラファイト、酸化カーボンナノチューブまたは酸化フラーレンなどの他の酸化カーボンを酸化グラフェンの代わりに用いることもできる。
【0048】
また、上記実施形態では、塩基処理した酸化グラフェン分散液をポリカーボネートフィルタ上でろ過することによりアニオン交換膜を作製した。しかしながら、塩基処理した酸化グラフェンを含む分散液、インクまたは塗料を印刷、流し込み、圧縮またはスプレーすることによりアニオン交換膜を形成することもできる。更に、アニオン交換膜は、高分子、フラーレン、ナノチューブ等との複合体であってよい。このような複合体は、アルカリ改質された酸化グラフェンの分散液を、膜形成前にこれらの材料と混合することにより得ることができる。更に、塩基処理した酸化グラフェンに対し、所望に応じて適宜、更なる化学的表面機能化処理を行ってもよい。