【実施例】
【0021】
参考例
内視鏡を例えば直腸などの消化管に挿入し、内視鏡で消化管内を観察することができる。消化管4に出血があると消化管内に血液3が溜まって出血部位2を観察することができない(
図2A)。このようなとき、シリンジに水道水を充填し、該シリンジで、チューブ13、鉗子口15、およびチャンネルを経て、内視鏡先端部1の開口から水を消化管に送り込み、溜まっていた血液を水で洗い流すことを試みた。ところが、溜まっていた血液と送り込んだ水とが混ざりあって懸濁され、濁り水3”となってしまった。濁り水3”が消化管内に溜まると、内視鏡の視野が濁り水3”で遮られてしまい、出血部位2を観察することができず、手術を続行できない(
図2B、
図9)。
なお、本発明の粘弾性組成物によれば、
図3A、
図3Bに示したように、消化管4に出血部位2が生じた場合、内視鏡の先端部からこの粘弾性組成物を送り込むことにより、消化管内に溜まった血液3を押し退け(血液3’)、出血部位2を観察することを可能にする。
【0022】
実施例および比較例
本実施例または比較例では、内視鏡に使用する粘弾性組成物の粘弾性特性と、内視鏡操作における視野の確保および操作性との関係について検討した。
【0023】
以下に、粘弾性組成物の物性値の測定方法、ならびに粘弾性組成物を内視鏡に用いたときの視野確保の観点、および操作性の観点からの評価方法を示す。
【0024】
(1)粘度及び損失正接
粘度・粘弾性HAAKE RS−6000(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)を用いて測定する。粘弾性組成物を試料台にのせ、P35 Ti Lパラレルプレートを用いて測定し(測定条件:温度25℃、ギャップ1.000mm、応力1000mPa、周波数0.5000Hz)、測定開始30分後の値を計測した。
【0025】
(2)硬さ
クリープメータModel RE2−33005C(株式会社山電)を用いて測定する。ステンレスシャーレ(外径45mm、内径41mm、外寸18mm、内寸15mm)に粘弾性組成物を満たし、シャーレの高さに揃えて検体表面を平らにした。プランジャー(株式会社山電、形状:円板、型式:P−56、摘要:φ20×t 8)を用いて測定した(測定条件:格納ピッチ0.02sec、測定歪率66.67%、測定速度10mm/sec、戻り距離5.00mm、サンプル厚さ15.00mm、接触面直径20.00mm、接触面積0.000mm
2)。
【0026】
(3)電気伝導率
電気伝導率計CM−41X(東亜DKK株式会社)、低電気伝導率用CT−57101Cセルを用いて測定した(測定条件:温度25℃)。
【0027】
(4)視野確保の評価方法
ディーン・スターク管に1%エバンスブルー溶液(色素液)を3mL注入し、針金を取り付けたカテーテルチューブを挿入した。この状態では、色素液によって視野が遮られチューブ先端の針金は見えない(
図4A、
図5A)。カテーテルチューブ(内径2.5〜3mm、長さ1000mm)を通じて損失正接、硬さ及び粘度の異なる粘弾性組成物を色素液中に10mL注入し、目視で視野確保の合否を判定した。ある粘弾性組成物Aを注入したとき、物理的な空間が確保でき、且つ色素液とも混ざり難かったことから、当該粘弾性組成物Aは所期の粘弾性特性を発揮したと判断され、粘弾性組成物として「合格」と判定した(
図4B)。一方、粘弾性組成物Aとは異なるある粘弾性組成物Bを注入したとき、物理的な空間の確保が不明瞭であり、色素液との混ざり合いも見られたことから当該粘弾性組成物Bは所期の粘弾性特性を発揮していないと判断され、粘弾性組成物として「不合格」と判定した(
図5B)。
【0028】
この視野確保の評価で得られた結果は、例えば
図9、
図10に示したような視野の提供において差が生じることに対応する。すなわち、内視鏡を出血部位に挿入し、水道水を注入したところ、
図9に示したように、濁った水によりカメラから得られる視野は不良であった。また、内視鏡を出血部位に挿入し、所期の粘弾性特性を発揮する粘弾性組成物を注入したところ、
図10に示したように、出血部位2はカメラから得られる視野に明確に把握することができた。
【0029】
(5)操作性の評価方法
視野確保に用いる粘弾性組成物は、内視鏡の鉗子口(内径2.8〜3.8mm)を通じて消化管内に注入するため、過度な抵抗なくスムーズに注入できることが望ましい。損失正接、硬さ及び粘度の異なる粘弾性組成物を50mLシリンジ(株式会社ジェイ・エム・エス)に充填し、シリンジ先端に内視鏡の鉗子口内径を模擬したカテーテルチューブ(内径3mm、長さ1.000mm)を取り付け、粘弾性組成物の通過性を主観的に判定した。スムーズに通過できる、又は若干の抵抗はあるものの実用許容範囲である粘弾性組成物を「適」と判定した。一方、抵抗がありすぎて実用には耐えられない、又は抵抗がありすぎて通過不可である粘弾性組成物を「不適」と判定した。
【0030】
[試験例1]粘弾性組成物の損失正接、硬さ及び粘度の関係について
損失正接、硬さ及び粘度の異なる粘弾性組成物を調製し、各粘弾性組成物について視野確保及び操作性を判定し、各物性値と関連性について評価した。視野確保が「合格」と判定された粘弾性組成物の損失正接は全て約0.6以下であり、それ以上になると全て「不合格」であった(
図6)。操作性が「適」と判定された粘弾性組成物の硬さは約550N/m
2以下、粘度は約2000mPa・s以下であり、それ以上になると全て「不適」であった(
図7)。視野確保が「合格」及び操作性が「適」の両方を満たす粘弾性組成物の損失正接及び硬さは上記と同じ値であった(
図8)。これらの実験例から、内視鏡治療における視野確保及び操作性に優れた粘弾性組成物は、損失正接が0.6以下、硬さが550N/m
2以下、粘度が200〜2000mPa・sとするのが好ましいことがわかった。
【0031】
[試験例2]粘弾性組成物の電気伝導率について
内視鏡による止血には、高周波電流を用いた熱凝固による方法、クリップによる方法、薬剤による方法と3つの方法がある。熱凝固法は、出血部に高周波電流を流して出血部位に集中して発生する熱により組織を凝固止血する。この時、一般的に出血部位周囲に電気伝導率の高い溶液や物質が存在すると高周波電流が漏電してしまい、十分な熱凝固が行えない。
この知見に基づいて、以下の手順で処理及び評価を行った。
ラットの肝表面に小さな筒(直径約1.5cm)を圧着させ、その中を生理食塩液、蒸留水、又は電気伝導率の異なるよう調製した粘弾性組成物で満たし、モノポーラーの先端(Edgeコーティングブレード電極E1450X)を肝表面に軽く当て、凝固モード(サージスタットII、コヴィディエンジャパン株式会社、凝固出力20に設定)で2秒間通電した。気相中(
図11)及び電気伝導率の低い水道水中(
図12)では十分な熱凝固が見られたが、電気伝導率の高い生理食塩液中(
図13)では熱凝固不良が認められた。また、電気伝導率が12.8mS/m(128μS/cm)以下の粘弾性組成物(
図14、
図15)では十分な熱凝固が見られ、また25mS/m(250μS/cm)以下、例えば22.4mS/m(224μS/cm)以下の粘弾性組成物(
図16)では実用上問題ない程度に熱凝固が見られたものの、大きな電気伝導率、例えば60.8mS/m(608μS/cm)(
図17)では熱凝固不良が認められた。これらの実験例から、内視鏡治療における視野確保及び操作性に優れた粘弾性組成物は、高周波電流を用いた熱凝固止血を考慮し、電気伝導率が好ましくは25mS/m以下、さらに好ましくは20mS/m以下であることがわかった。結果を以下の表1にも示す。
【0032】
【表1】
【0033】
以下の表2に、内視鏡治療における操作性において「適」と評価され、また高周波電流を用いた熱凝固を実現する粘弾性組成物を示し、それぞれについて視野確保の合否も併せて示した。
【0034】
【表2】