特許第6476388号(P6476388)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6476388
(24)【登録日】2019年2月15日
(45)【発行日】2019年3月13日
(54)【発明の名称】粘弾性組成物
(51)【国際特許分類】
   A61L 31/14 20060101AFI20190304BHJP
   A61L 31/06 20060101ALI20190304BHJP
   A61B 1/00 20060101ALI20190304BHJP
   A61B 1/12 20060101ALI20190304BHJP
【FI】
   A61L31/14 300
   A61L31/06
   A61B1/00 650
   A61B1/12 520
【請求項の数】6
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2017-543515(P2017-543515)
(86)(22)【出願日】2016年9月28日
(86)【国際出願番号】JP2016078704
(87)【国際公開番号】WO2017057504
(87)【国際公開日】20170406
【審査請求日】2018年8月9日
(31)【優先権主張番号】特願2015-195105(P2015-195105)
(32)【優先日】2015年9月30日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】505246789
【氏名又は名称】学校法人自治医科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000149435
【氏名又は名称】株式会社大塚製薬工場
(74)【代理人】
【識別番号】110001173
【氏名又は名称】特許業務法人川口國際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】矢野 智則
(72)【発明者】
【氏名】大畑 淳
(72)【発明者】
【氏名】後藤 敏裕
(72)【発明者】
【氏名】平木 勇次
【審査官】 常見 優
(56)【参考文献】
【文献】 特表2007−506463(JP,A)
【文献】 特表2000−513970(JP,A)
【文献】 特表2011−509932(JP,A)
【文献】 特表2013−510175(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2009/0186094(US,A1)
【文献】 矢野智則 ほか,Gel immersion endoscopy;緊急内視鏡における視野確保の新たな方法,Progress of Digestive Endoscopy,2015年 6月 1日,Vol. 87, No. Supplement,p. s85,ISSN 2187-4999
【文献】 YANO, Tomonori et al.,Gel Immersion Endoscopy; a Novel Method Using Gel to Secure the Visual Field During Endoscopy,Gastrointestinal Endoscopy,2015年 5月,Vol. 81, No. 5, Supplement,p. AB177,ISSN 1097-6779
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L15/00−33/18
A61B 1/00− 1/32
A61F 2/00− 4/00
A61F13/00−13/84
A61F15/00−17/00
A61B13/00−18/28
A61M25/00−99/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
増粘性物質と水とを含有する内視鏡の視野確保用の粘弾性組成物であって、損失正接が0.6以下である、粘弾性組成物。
【請求項2】
硬さが550N/m以下、25℃における粘度が200〜2000mPa・sである、請求項1に記載の粘弾性組成物。
【請求項3】
気伝導率が250μS/cm以下である請求項1〜2のいずれか1項に記載の粘弾性組成物。
【請求項4】
増粘性物質と水とを含有する内視鏡の視野確保用の粘弾性組成物であって、電気伝導率が250μS/cm以下である、粘弾性組成物。
【請求項5】
硬さが550N/m以下、25℃における粘度が200〜2000mPa・sである、請求項4に記載の粘弾性組成物。
【請求項6】
前記増粘性物質が多糖類又は親水性高分子からなる請求項1〜5のいずれか1項に記載の粘弾性組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内視鏡の視野を確保する用途に好適な粘弾性組成物および当該粘弾性組成物を用いた内視鏡の視野を確保する方法に関する。より詳細には、管内部に見通しのきかない濃い色の液が溜まって内視鏡の視野が遮られたときに該液を押し退けて内視鏡の視野を確保する用途に好適であり、操作性に優れた粘弾性組成物および当該粘弾性組成物を用いた内視鏡の視野を確保する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
内視鏡は、消化管、胆管などの細い管の内部を観察することができる。ところが、管の内部に、血液、腸液、胆汁などの光を遮るような濃い色の液体や食物残渣や排泄物等の半固形物が溜まっていると、内視鏡の視野が遮られ、管の内部の状態を十分に観察することができない。このような場合に、従来は管内部を送水ないし送気することにより内視鏡視野の確保を行っていた。送水とは、水道水等の水を管内に注入して管内部の液体や半固形物を洗い流す方法である。この方法は、管内部の液体や半固形物を除去することで視野が一時的に確保されるものの、除去された液体や半固形物が水道水等と混ざり合い、懸濁された不透明な液体が管内に拡散され依然として視野の確保が困難であることも多い。また、送気とは、管内部に空気を送り込み管内部の液体や半固形物を除去する方法である。この方法も、管内部の液体や半固形物を除去することで視野が一時的に確保されるものの、出血部位が存在する場合は血液を除去することが難しく、視野が確保されないため、出血部位の特定や止血処置の操作に困難を伴うことが問題とされていた。このため、操作性に優れ、且つ内視鏡の視野を確保する方法の開発が急務とされていた。
【0003】
ところで、特許文献1は、架橋されたポリマーからなるヒドロゲルを尿道や直腸に注入して尿失禁、肛門失禁、または膀胱尿管逆流などを治療する方法を開示している。
特許文献2は、多糖類及び合成ポリマーと架橋剤を有するヒドロゲル組成物を開示している。このヒドロゲル組成物は緩衝液によって架橋硬化して粘着性ヒドロゲルになるようである。
特許文献3は、生理食塩水または乳酸塩化したリンゲル溶液のような生理的流体を充填することによって子宮などの体腔を膨らませて該体腔内を治療する方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2007−506463号公報
【特許文献2】特表2013−510175号公報
【特許文献3】特表2000−513970号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、管内部に見通しのきかない濃い色の液が溜まって内視鏡の視野が遮られたときに該液を押し退けて内視鏡の視野を確保する用途に好適であり、操作性に優れた粘弾性組成物およびかかる粘弾性組成物を用いた内視鏡の視野を確保する方法を提供することにある。また、望ましくは簡便な止血処置の補助を可能とする該粘弾性組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上述の課題を解決すべく鋭意検討した結果、粘性とともに弾性を有する粘弾性組成物の使用が有用であり、特に硬さ、粘度、損失正接の物性値を規定することにより、内視鏡における操作性に優れ、かつ良好な視野を確保することができることを見出し、下記の本発明を完成するに至った。さらに、本発明に係る粘弾性組成物の電気伝導率を調整することにより、良好な視野を確保しつつ簡便な止血処置の補助を可能とすることを見出した。
【0007】
〔1〕 増粘性物質と水とを含有する内視鏡の視野確保用の粘弾性組成物。
〔2〕 硬さが550N/m以下、25℃における粘度が200〜2000mPa・sであり、損失正接が0.6以下である、〔1〕に記載の粘弾性組成物。
〔3〕 さらに、電気伝導率が250μS/cm以下である、〔2〕に記載の粘弾性組成物。
【0008】
〔4〕 前記〔1〕〜〔3〕のいずれかひとつに記載の粘弾性組成物を、
内視鏡の手元部から、チャンネルを通して、内視鏡の先端部に送り込み、
内視鏡の視野を確保する方法。
〔5〕 内視鏡が医療用内視鏡である、〔4〕に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の粘弾性組成物は、粘性及び弾性の性質を有し、その粘弾性によって血液、腸液、胆汁などの液体や食物残渣や排泄物等の半固形物を物理的に押しのけることが可能である。また、本粘弾性は先の液体や半固形物と混ざり合い難いため、懸濁せず、かつ程よいまとまりを持つため、拡散せず、良好な視野を確保することができる。また、本発明の粘弾性組成物は、電荷をもつ物質を含有しない、又は最小限に含有させることにより電気伝導率を小さくすることで、粘弾性組成物の存在下で視野を確保しつつ電気切断または電気凝固などによる止血措置の補助を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】医療用内視鏡の手元部の写真を示す図である。
図2A】出血した消化管内の状態を示す概念図である。
図2B】出血した消化管内に水を送り込んだときの状態を示す概念図である。
図3A】出血した消化管内の状態を示す概念図である。
図3B】出血した消化管内に本発明の粘弾性組成物を送り込んだときの状態を示す概念図である。
図4A】粘弾性組成物を注入する前の管内を示す概念図である。
図4B】粘弾性組成物を内視鏡に用いたときの視野確保の観点からの評価方法を説明する図である。本発明の粘弾性組成物の注入後を示す図である。
図5A】粘弾性組成物を注入する前の管内を示す概念図である。
図5B】粘弾性組成物を内視鏡に用いたときの視野確保の観点からの評価方法を説明する図である。比較例として粘性組成物の注入後を示す図である。
図6】粘弾性組成物の粘度および損失正接と、内視鏡に用いたときの視野確保の合否との関係を示すグラフである。
図7】粘弾性組成物の粘度および硬さと、内視鏡に用いたときの操作性の適否との関係を示すグラフである。
図8】粘弾性組成物の硬さおよび損失正接と、内視鏡に用いたときの視野確保及び操作性の合否・適否との関係を示すグラフである。
図9】内視鏡の鉗子口から水を注入したときに得られるカメラ画像の一例を示す図である。
図10】内視鏡の鉗子口から本発明の粘弾性組成物を注入したときに得られるカメラ画像の一例を示す図である。
図11】気相を注入し、内視鏡による高周波電流を用いた熱凝固処理の結果を示す図である。
図12】水道水を注入し、内視鏡による高周波電流を用いた熱凝固処理の結果を示す図である。
図13】生理食塩水を注入し、内視鏡による高周波電流を用いた熱凝固処理の結果を示す図である。
図14】電気伝導率1.8mS/mの粘弾性組成物を注入し、内視鏡による高周波電流を用いた熱凝固処理の結果を示す図である。
図15】電気伝導率12.8mS/mの粘弾性組成物を注入し、内視鏡による高周波電流を用いた熱凝固処理の結果を示す図である。
図16】電気伝導率22.4mS/mの粘弾性組成物を注入し、内視鏡による高周波電流を用いた熱凝固処理の結果を示す図である。
図17】電気伝導率60.8mS/mの粘弾性組成物を注入し、内視鏡による高周波電流を用いた熱凝固処理の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の粘弾性組成物は、増粘性物質と水とを含有する。
【0012】
本発明の粘弾性組成物は、水に分散させたときに、粘度を高める作用を有する増粘性物質を一種または二種以上組合わせることで調製される。このような増粘性物質としては、例えば、メタノール、エタノール、2‐プロパノール、1,4−ブタンジオール、1,3−ブチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリンカテキン、グルコース、フルクトース、ガラクトース、スクロース、ラクトース、マルトース、トレハロース、キシリトール、ソルビトール、マンニトール、グルコサミン、ガラクトサミンなどのアルコール類;アウレオバシジウム培養液、アマシードガム、アラビアガム、アラビノガラクタン、アルギン酸およびその塩類、アルギン酸プロピレングリコールエステル、ウェランガム、カシアガム、ガティガム、カードラン、カラギナン、カラヤガム、キサンタンガム、グァーガム、グァーガム酵素分解物、サイリウムシードガム、サバクヨモギシードガム、ジェランガム、スクシノグリカン、タマリンドガム、タラガム、デキストラン、トラガントガム、フルセララン、フノラン、プルラン、ペクチン、マクロホモプシスガム、ラムザンガム、レバン、ローカストビンガム、アクリル酸デンプン、アセチル化アジピン酸架橋デンプン、アセチル化酸化デンプン、アセチル化リン酸架橋デンプン、オクテニルコハク酸デンプンナトリウム、カルボキシメチルセルロースおよびその塩類、カルボキシメチルエチルセルロース、酢酸デンプン、酸化デンプン、デンプングリコール酸ナトリウム、ヒドロキシプロピル化リン酸架橋デンプン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルデンプン、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、エチルセルロース、メチルセルロース、セルロース、リン酸架橋デンプン、リン酸化デンプン、リン酸モノエステル化リン酸架橋デンプン、フコイダン、ダイユータンガム、グルコマンナン、ヒアルロン酸およびその塩類、ケラタン硫酸、ヘパリン、コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸、スクレログルカン、シゾフィラン、オクラ抽出物、キダチアロエ抽出物、セスバニアガム、アガロース、アガロペクチン、アミロース、アミロペクチン、アルファー化デンプン、イヌリン、レバン、グラミナン、カンテン、疎水化ヒドロキシプロピルメチルセルロース、デンプングリコール酸ナトリウム、デキストラン、デキストリン、クロスカルメロースナトリウム、グルクロノキシラン、アラビノキシラン、などの多糖類;ゼラチン、加水分解ゼラチン、コラーゲンなどのタンパク質;ポリグルタミン酸、ポリリジン、ポリアスパラギン酸などのポリアミノ酸;カルボキシビニルポリマー、ポリアクリル酸およびその塩類、ポリアクリル酸部分中和物、ポリビニルアルコール、ポリビニルアルコール・ポリエチレングリコールグラフトコポリマー、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリブチレングリコールなどの親水性高分子;塩化カルシウム、水酸化アルミニウム、塩化マグネシウム、硫酸銅などの金属塩などを挙げることができる。
【0013】
本発明の粘弾性組成物に用いられる水は、特に制限されないが、軟水、純水、脱イオン水、蒸留水などや生理食塩水、リンゲル液、酢酸リンゲル液などの生理的水溶液が好ましい。
【0014】
本発明の粘弾性組成物は、保存剤、防腐剤などの添加剤を含有していてもよい。
【0015】
本発明は、操作性に優れ、良好な視野を確保できる粘弾性組成物を提供すること、望ましくは簡便な止血処置の補助を可能とする粘弾性組成物を提供することを課題とするところ、これら課題のうち、内視鏡の視野が遮られる要因は、血液、腸液、胆汁などの液体や、食物残渣や排泄物等の半固形物が、1)管腔内に溜まるため、2)水と混ざり合い透明性が損なわれるため、3)送水により流動や拡散するため、と考えられる。視野を良好に確保するためには、血液、腸液、胆汁などの液体や排泄物等の半固形物とは異なる粘弾性を有した透明組成物を管腔内に注入することでこれらの物質を物理的に押しのけ、除去することで空間を確保するとともに、血液、腸液、胆汁などの液や排泄物等の半固形物と混ざり難く、液の流動や拡散を抑えることが可能となる。また、操作性に優れるという課題は、該粘弾性組成物を過度な抵抗なく内視鏡の鉗子口を通過させることができることを意味する。簡便な止血処置の補助を可能とするという課題は、該粘弾性組成物の存在下において出血部位を確認することができること、また高周波電流を用いた止血処置の補助が可能となることを意味する。
【0016】
本発明の粘弾性組成物は、硬さが550N/m以下、好ましくは400N/m以下、粘度(25℃)が200〜2000mPa・s、好ましくは500〜1500mPa・sであり、損失正接が0.6以下であることが好ましい。
硬さを上述の範囲とすることにより、内視鏡のチャンネルを通じての注入時の操作性が良好となる。また、粘度および損失正接を上述の範囲とすることにより、視野確保の観点で改善される。なお、視野確保の観点から、粘弾性組成物は透明であってもよい。
【0017】
また、本発明の粘弾性組成物は、電気伝導率が好ましくは250μS/cm以下、さらに好ましくは200μS/cm以下である。
また、電気伝導率を上述の範囲とすることにより、漏電を抑制し、特に電気切断または電気凝固などの処置に好適な粘弾性組成物が得られる。
【0018】
本発明の粘弾性組成物は、上述したような増粘性物質を水と混合することにより得られるところ、具体的には該増粘性物質を二種以上組み合わせる、もしくは、一種類の増粘性物質を水等に溶解させて、加熱処理を施すことにより弾性を付加することなどにより得られる。本発明の粘弾性組成物は、その中に気泡が有ると視野を遮るので、気泡を実質的に有しないものであることが好ましい。
【0019】
本発明の内視鏡の視野を確保する方法は、本発明の粘弾性組成物を、内視鏡の手元部から、チャンネルを通して、内視鏡の先端部に送り込むことを含む。
【0020】
図1は内視鏡の代表例としての医療用内視鏡の手元部の写真を示す図である。手元部には、アングル操作を行うためのダイヤル11、光源装置から光を伝送し、電子内視鏡用プロセッサへ画像情報を伝送するためのスコープコネクタ部12、鉗子などの処置具類を挿入し先端部1に送るための鉗子口15を具備している。鉗子口から先端部までを連通するチャンネル、先端部のレンズの水洗浄などのための送水管、光学システムなどが内視鏡軟性管17の中に設けられている。図1に示す医療用内視鏡の鉗子口15には鉗子蓋16が取り付けられている。チューブ13の一端が鉗子蓋16に繋がっていて、チューブの別の一端がシリンジなどを装着するためのコネクタ14に繋がっている。鉗子蓋16の中に弁体があり、チューブ13の一端は鉗子蓋16内の弁体の鉗子口15側の壁面に開口しており、鉗子などの処置具類を挿入したときにも弁体によって、チューブを通して送った液が流出しないようになっている(例えば、特関2014−155677号公報参照)。
【実施例】
【0021】
参考例
内視鏡を例えば直腸などの消化管に挿入し、内視鏡で消化管内を観察することができる。消化管4に出血があると消化管内に血液3が溜まって出血部位2を観察することができない(図2A)。このようなとき、シリンジに水道水を充填し、該シリンジで、チューブ13、鉗子口15、およびチャンネルを経て、内視鏡先端部1の開口から水を消化管に送り込み、溜まっていた血液を水で洗い流すことを試みた。ところが、溜まっていた血液と送り込んだ水とが混ざりあって懸濁され、濁り水3”となってしまった。濁り水3”が消化管内に溜まると、内視鏡の視野が濁り水3”で遮られてしまい、出血部位2を観察することができず、手術を続行できない(図2B図9)。
なお、本発明の粘弾性組成物によれば、図3A図3Bに示したように、消化管4に出血部位2が生じた場合、内視鏡の先端部からこの粘弾性組成物を送り込むことにより、消化管内に溜まった血液3を押し退け(血液3’)、出血部位2を観察することを可能にする。
【0022】
実施例および比較例
本実施例または比較例では、内視鏡に使用する粘弾性組成物の粘弾性特性と、内視鏡操作における視野の確保および操作性との関係について検討した。
【0023】
以下に、粘弾性組成物の物性値の測定方法、ならびに粘弾性組成物を内視鏡に用いたときの視野確保の観点、および操作性の観点からの評価方法を示す。
【0024】
(1)粘度及び損失正接
粘度・粘弾性HAAKE RS−6000(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)を用いて測定する。粘弾性組成物を試料台にのせ、P35 Ti Lパラレルプレートを用いて測定し(測定条件:温度25℃、ギャップ1.000mm、応力1000mPa、周波数0.5000Hz)、測定開始30分後の値を計測した。
【0025】
(2)硬さ
クリープメータModel RE2−33005C(株式会社山電)を用いて測定する。ステンレスシャーレ(外径45mm、内径41mm、外寸18mm、内寸15mm)に粘弾性組成物を満たし、シャーレの高さに揃えて検体表面を平らにした。プランジャー(株式会社山電、形状:円板、型式:P−56、摘要:φ20×t 8)を用いて測定した(測定条件:格納ピッチ0.02sec、測定歪率66.67%、測定速度10mm/sec、戻り距離5.00mm、サンプル厚さ15.00mm、接触面直径20.00mm、接触面積0.000mm)。
【0026】
(3)電気伝導率
電気伝導率計CM−41X(東亜DKK株式会社)、低電気伝導率用CT−57101Cセルを用いて測定した(測定条件:温度25℃)。
【0027】
(4)視野確保の評価方法
ディーン・スターク管に1%エバンスブルー溶液(色素液)を3mL注入し、針金を取り付けたカテーテルチューブを挿入した。この状態では、色素液によって視野が遮られチューブ先端の針金は見えない(図4A図5A)。カテーテルチューブ(内径2.5〜3mm、長さ1000mm)を通じて損失正接、硬さ及び粘度の異なる粘弾性組成物を色素液中に10mL注入し、目視で視野確保の合否を判定した。ある粘弾性組成物Aを注入したとき、物理的な空間が確保でき、且つ色素液とも混ざり難かったことから、当該粘弾性組成物Aは所期の粘弾性特性を発揮したと判断され、粘弾性組成物として「合格」と判定した(図4B)。一方、粘弾性組成物Aとは異なるある粘弾性組成物Bを注入したとき、物理的な空間の確保が不明瞭であり、色素液との混ざり合いも見られたことから当該粘弾性組成物Bは所期の粘弾性特性を発揮していないと判断され、粘弾性組成物として「不合格」と判定した(図5B)。
【0028】
この視野確保の評価で得られた結果は、例えば図9図10に示したような視野の提供において差が生じることに対応する。すなわち、内視鏡を出血部位に挿入し、水道水を注入したところ、図9に示したように、濁った水によりカメラから得られる視野は不良であった。また、内視鏡を出血部位に挿入し、所期の粘弾性特性を発揮する粘弾性組成物を注入したところ、図10に示したように、出血部位2はカメラから得られる視野に明確に把握することができた。
【0029】
(5)操作性の評価方法
視野確保に用いる粘弾性組成物は、内視鏡の鉗子口(内径2.8〜3.8mm)を通じて消化管内に注入するため、過度な抵抗なくスムーズに注入できることが望ましい。損失正接、硬さ及び粘度の異なる粘弾性組成物を50mLシリンジ(株式会社ジェイ・エム・エス)に充填し、シリンジ先端に内視鏡の鉗子口内径を模擬したカテーテルチューブ(内径3mm、長さ1.000mm)を取り付け、粘弾性組成物の通過性を主観的に判定した。スムーズに通過できる、又は若干の抵抗はあるものの実用許容範囲である粘弾性組成物を「適」と判定した。一方、抵抗がありすぎて実用には耐えられない、又は抵抗がありすぎて通過不可である粘弾性組成物を「不適」と判定した。
【0030】
[試験例1]粘弾性組成物の損失正接、硬さ及び粘度の関係について
損失正接、硬さ及び粘度の異なる粘弾性組成物を調製し、各粘弾性組成物について視野確保及び操作性を判定し、各物性値と関連性について評価した。視野確保が「合格」と判定された粘弾性組成物の損失正接は全て約0.6以下であり、それ以上になると全て「不合格」であった(図6)。操作性が「適」と判定された粘弾性組成物の硬さは約550N/m以下、粘度は約2000mPa・s以下であり、それ以上になると全て「不適」であった(図7)。視野確保が「合格」及び操作性が「適」の両方を満たす粘弾性組成物の損失正接及び硬さは上記と同じ値であった(図8)。これらの実験例から、内視鏡治療における視野確保及び操作性に優れた粘弾性組成物は、損失正接が0.6以下、硬さが550N/m以下、粘度が200〜2000mPa・sとするのが好ましいことがわかった。
【0031】
[試験例2]粘弾性組成物の電気伝導率について
内視鏡による止血には、高周波電流を用いた熱凝固による方法、クリップによる方法、薬剤による方法と3つの方法がある。熱凝固法は、出血部に高周波電流を流して出血部位に集中して発生する熱により組織を凝固止血する。この時、一般的に出血部位周囲に電気伝導率の高い溶液や物質が存在すると高周波電流が漏電してしまい、十分な熱凝固が行えない。
この知見に基づいて、以下の手順で処理及び評価を行った。
ラットの肝表面に小さな筒(直径約1.5cm)を圧着させ、その中を生理食塩液、蒸留水、又は電気伝導率の異なるよう調製した粘弾性組成物で満たし、モノポーラーの先端(Edgeコーティングブレード電極E1450X)を肝表面に軽く当て、凝固モード(サージスタットII、コヴィディエンジャパン株式会社、凝固出力20に設定)で2秒間通電した。気相中(図11)及び電気伝導率の低い水道水中(図12)では十分な熱凝固が見られたが、電気伝導率の高い生理食塩液中(図13)では熱凝固不良が認められた。また、電気伝導率が12.8mS/m(128μS/cm)以下の粘弾性組成物(図14図15)では十分な熱凝固が見られ、また25mS/m(250μS/cm)以下、例えば22.4mS/m(224μS/cm)以下の粘弾性組成物(図16)では実用上問題ない程度に熱凝固が見られたものの、大きな電気伝導率、例えば60.8mS/m(608μS/cm)(図17)では熱凝固不良が認められた。これらの実験例から、内視鏡治療における視野確保及び操作性に優れた粘弾性組成物は、高周波電流を用いた熱凝固止血を考慮し、電気伝導率が好ましくは25mS/m以下、さらに好ましくは20mS/m以下であることがわかった。結果を以下の表1にも示す。
【0032】
【表1】
【0033】
以下の表2に、内視鏡治療における操作性において「適」と評価され、また高周波電流を用いた熱凝固を実現する粘弾性組成物を示し、それぞれについて視野確保の合否も併せて示した。
【0034】
【表2】
【符号の説明】
【0035】
1 内視鏡先端部
2 出血部位
3、3’ 血液
3” 濁り水
11 ダイヤル
12 スコープコネクタ部
13 チューブ
14 コネクタ
15 鉗子口
16 鉗子蓋
17 内視鏡軟性管
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図4A
図4B
図5A
図5B
図6
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図17