(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記晶癖を有するRリッチ相結晶粒子の断面形状を、下記(1)式で示す円形度係数で評価したときに、円形度係数が0.8未満であるRリッチ相結晶粒子を、焼結磁石の表面から500μmの範囲の中に含んでいることを特徴とする請求項3に記載のR−T−B系焼結磁石。
円形度係数=(L1/L2)2 =4πS/ L22 (1)
ここで、 L1 :対象粒子の断面積に等しい面積をもつ円の周長
L2 :対象粒子の周長
S :対象粒子の断面積
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
R−T−B系焼結磁石の保磁力を向上させるには、上記したように、主相であるR
2T
14BのRの一部を、TbやDyといった重希土類元素で置換することが最も簡便である。しかしながら、Dy、Tbといった重希土類元素は産出地、産出量が限られているので、資源的な問題がある。置換に伴い、例えばNdとDyとの反強磁性的な結合により残留磁束密度(Br)の減少も避けられない。さらには、これら重希土類元素を含んだ化合物は、保磁力の源となる異方性磁場が、温度とともに急激に減少することが知られており、高温での保磁力の大きな変化が予測される。上記のCu元素の添加等も保磁力の向上に有効な方法ではあるが、R−T−B系焼結磁石の適用領域の拡大のためには、保磁力の更なる向上が望まれる。
【0007】
R−T−B系焼結磁石の保磁力を向上させるには、主相であるR
2T
14B結晶粒子間の磁気的結合を分断することが重要である。各主相結晶粒子を磁気的に孤立させることができれば、ある結晶粒子に逆磁区が発生したとしても、隣接結晶粒子に影響を及ぼすことがなく、よって保磁力を向上させることができる。
【0008】
従来、R−T−B系焼結磁石は、R
2T
14B主相結晶粒子と、該主相結晶粒子よりもRの濃度が高いRリッチ相と、前記主相結晶粒子よりもB濃度の高いBリッチ相と、これらの相の間に存在する粒界相とからなることが知られていた。これらのうち、Rリッチ相とBリッチ相とは、磁気特性上は特に重要ではなく、残留磁束密度Brの向上の観点からは少ないほうが好ましいとされてきた。粒界相に関しては、近年、高保磁力化のために重要であることが指摘され、隣接する主相結晶粒子間の磁気的分断効果を高めるため、厚く均質な粒界相を形成することが重要であると認識されるようになっている。
【0009】
R−T−B系焼結磁石を構成する結晶粒子間に厚い粒界相を形成するには、合金原料をRリッチな組成にすることが考えられる。こうすることにより、主相であるR
2T
14B化合物を形成するのに費やされない余剰のR元素が、厚い粒界相を形成することが期待される。しかしながら、本発明者等の実験によれば、合金原料をRリッチな組成とすることで、粒界相を厚くすることができる一方、R元素が偏在した、いわゆる粒子状のRリッチ相が形成されてしまい、このRリッチ相が、R元素を多く含むことから極めて耐食性に劣るという新たな課題が顕在化することが明らかとなった。
【0010】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであり、R−T−B系焼結磁石において、粒子状のRリッチ相の耐食性を向上させることにより、高保磁力と優れた耐食性とを併せ持ったR−T−B系焼結磁石を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで、本発明者等は、上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、以下の発明を完成させるに到った。
【0012】
すなわち、本発明に係るR−T−B系焼結磁石は、R
2T
14B主相結晶粒子と、該R
2T
14B主相結晶粒子よりもR元素の濃度が高いRリッチ相結晶粒子と、粒界相と、を少なくとも含み、前記Rリッチ相結晶粒子には、晶癖を有するRリッチ相結晶粒子を含むことを特徴としている。
【0013】
上記のように、R−T−B系焼結磁石の中に形成されるRリッチ相結晶粒子を、晶癖を有する結晶粒子とすることで、Rリッチ相結晶粒子を結晶性の高い安定な化合物として存在させることができる。この結果、この化合物は酸素、水分等との反応性が極めて低いものへと改質されるので、耐食性を向上させることができる。R−T−B系焼結磁石の腐食の要因となる前記酸素、水分等は焼結体の表面から侵入してくるので、晶癖を有するRリッチ相結晶粒子は、焼結体の表面近傍にあると良い。ここで表面近傍とは、焼結体表面から500μm以内の範囲を意味する。
【0014】
上記晶癖を有するRリッチ相結晶粒子は、Rの酸化物相であることが好ましい。このようにすることで、R−T−B系焼結磁石に不可避的に存在する酸素を、晶癖を有するRリッチ相結晶粒子内で消費してやることにより、主相結晶粒子から酸素を追い出し、よって焼結体の磁気特性を向上させることができる。
【0015】
さらに、上記晶癖を有するRリッチ相結晶粒子は、R−O−C−N化合物であると良い。R−T−B系焼結磁石は、一般に粉末冶金法で製造されるが、この粉末冶金工程においては、例えば原料合金の一部に若干の酸素、窒素、炭素を混入させるほうが工程の安定化のために好ましいことが知られている。粉砕工程は窒素雰囲気で行われることが多く、ここでも原料合金へ窒素が混入される。また、成形工程においては、成形の容易性のためステアリン酸亜鉛等の潤滑剤が添加されており、焼結体への炭素の混入がなされる。従って、上記晶癖を有するRリッチ相結晶粒子が、前記R−O−C−N化合物であると、これらC、Nといった不可避的な混入不純物が、Rリッチ相結晶粒子内に固定、消費されるので、焼結体の磁気特性を向上させることができると同時に、晶癖を有するRリッチ相結晶粒子が生成しやすくなる。尚、この晶癖を有するRリッチ相結晶粒子は、R−O−C化合物であっても、R−O−N化合物であってもよい。すなわち、本明細書でいうR−O−C−N化合物とは、R−O酸化物を基本構成として、これにC、Nが付加されたものをいう。
【0016】
本発明に係るR−T−B系焼結磁石は、RとしてはNdまたはPr、あるいはNdとPrをともに含むものであることが好ましい。Rとしてこのような元素を用いることにより、R−T−B系焼結磁石を低コストなものとすることができる。Rの極一部を重希土類元素で置換することもできる。
【0017】
本明細書でいう「晶癖を有する」Rリッチ相結晶粒子とは、焼結後の再結晶化により、Rリッチ相の結晶粒子の断面外形が、Rリッチ相を構成する化合物の結晶構造に起因した不等辺多角形状となっているものをいう。結晶が成長する場合、結晶学的に等価な面は同じ成長速度をもつものと考えられるが、局所的な結晶成長条件の差異により、結晶形に変化があらわれ、結果として結晶粒子の断面形状が不等辺多角形状となる。このような結晶粒子の成長様式を、一般に、晶癖を有する結晶粒子と称する。Rリッチ相を構成する化合物の好ましい形態としてRの酸化物相R−O化合物があげられる。この化合物は立方晶を呈するが、結晶成長時の局所環境により、結果として現れるRリッチ相の晶癖は様々な形状を呈する。が、その断面外形が、直線部分を多く含む不等辺多角形状を呈していることにより、晶癖を有していることを認めることができ、安定な化合物が形成されていることを確認できる。Rリッチ相結晶粒子が晶癖を有しているかどうかは、後述のような結晶粒子の成長面の結晶方位の解析を行うことによっても確認できる。
【0018】
直線部分を多く含む不等辺多角形状とは、丸みをおびた角部を有さないか、あるいは角部の丸みが小さいことを意味し、このことは、円形度係数を用いても評価できる。本発明における晶癖を有するRリッチ相の断面形状の円形度係数は、0.80未満である。断面形状の円形度係数が0.80未満であれば、結晶性の高いRリッチ相が成長しているということができ、Rリッチ相が安定な化合物に改質できているということができる。尚、円形度係数については後述する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、高い保磁力を有しつつ、耐食性にも優れたR−T−B系焼結磁石を提供でき、よって高温環境下で使用されるモーター等にも適用できるR−T−B系焼結磁石を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、添付図面を参照しながら、本発明の好ましい実施形態を説明する。尚、本発明でいうR−T−B系焼結磁石とは、R
2T
14B主相結晶粒子とRリッチ相結晶粒子と、粒界相と、を含む焼結磁石であり、Rは一種以上の希土類元素を含み、TはFeを必須元素とした一種以上の鉄族元素を含み、Bを含み、さらには各種公知の添加元素が添加されたものをも含むものである。
【0022】
図1は、本発明に係る実施形態のR−T−B系焼結磁石の断面構造を示す図である。本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石は、R
2T
14B主相結晶粒子1と、Rリッチ相結晶粒子2と、2個以上の隣接する結晶粒子間に形成される粒界相3とを含み、前記Rリッチ相結晶粒子2には、
図1に示すような晶癖を有するRリッチ相結晶粒子2を含むことを特徴としている。
【0023】
本実施形態における晶癖を有するRリッチ相結晶粒子2は、Rの酸化物であり、さらに詳しくはR−O−C−N化合物により構成する。Rリッチ相結晶粒子を、このように安定な化合物、すなわち晶癖を有するRリッチ相結晶粒子として形成することにより、焼結体の耐食性を向上させることができる。
【0024】
結晶粒子が晶癖を有するとは、結晶粒子の断面形状が丸みを持たず、あるいは丸みの少ない不等辺多角形状となることである。一般に、粒子は球形すなわち断面形状で円形である方が同じ体積での表面積(比表面積)が少なく、よって表面エネルギーが低く抑えられる。従って、液相状態から急激に固相へと変化させると、形成される粒子は丸みを帯びたものとなる。しかしながらこの場合、急激な相変化に伴い、格子欠陥、歪等を内包することになり、化学的に活性の高いものとなり、その結果耐食性が低下してしまう。一方、本実施形態における晶癖を有するRリッチ相結晶粒子では、焼結体に含有される、あるいは粒界拡散により焼結体表面から導入されるO、C、NがRと化合し形成されたRリッチ相結晶粒子の少なくとも表面近傍を再溶融、再結晶成長させ安定な化合物とするので、結晶性の高いRリッチ相結晶粒子とすることができ、Rリッチ組成であるにも拘わらず耐食性を向上させることができる。逆に、Rリッチ相結晶粒子を結晶性のよい安定な化合物とすることにより、Rリッチ相結晶粒子が晶癖を有するということもできる。
【0025】
ここで、本明細書における「円形度係数」について説明する。上記したように、晶癖を有する結晶粒子は、その属する晶系と結晶成長速度の局所的な差異を反映して、結晶粒子断面形状が不等辺多角形状となる。すなわち、丸みを帯びた角部が無いか、若しくは角部に小さな丸みしかないような不等辺多角形状となる。よって、この結晶粒子の丸み度合いを評価すれば、それはこの粒子の晶癖の現れ度合いと関連付けられることになる。本明細書においては、この結晶粒子断面形状の丸み度合いを、以下の(1)式で定義される円形度係数により評価する。
円形度係数=(L1/L2)
2 =4πS/ L2
2 (1)
ここで、 L1 :対象粒子の断面積に等しい面積をもつ円の周長
L2 :対象粒子の周長
S :対象粒子の断面積
周長比を二乗しているのは、円形度係数の評価において平方根の計算を回避するためである。電子顕微鏡等を用いて、対象とする結晶粒子断面の面積とその面積を囲む周長を測定することにより上記円形度係数は容易に評価することができる。結晶粒子の断面形状が真円となると円形度係数は最大値1となり、異方的な結晶成長により真円からずれて不等辺多角形状になるに従い小さくなる。本実施形態のRリッチ相結晶粒子の場合、この円形度係数が0.8未満であると、晶癖を有する結晶成長をしているということができ、化学的に安定な化合物が形成されているといえる。
【0026】
本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石を構成するR
2T
14B主相結晶粒子においては、希土類Rとしては軽希土類元素、重希土類、あるいは両者の組み合わせのいずれであっても良いが、材料コストの観点からNd、Prあるいはこれら両者の組み合わせが好ましい。鉄族元素Tとしては、FeあるいはFeとCoの組み合わせが好ましいが、これらに限定されない。また、Bはホウ素を示す。本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石を構成するRリッチ相結晶粒子においては、希土類元素Rとしては、材料コストの観点からNd、Prあるいはこれら両者の組み合わせが好ましい。本実施形態の焼結磁石において、全質量に対する各元素の含有量は、それぞれ以下の通りである。なお、本明細書においては、質量%は重量%と同じ単位であるとみなすこととする。
R:29.5〜33質量%、
B:0.7〜0.95質量%、
M:0.03〜1.5質量%、
Cu:0.01〜1.5質量%、及び、
Fe:実質的に残部、及び、
残部を占める元素のうちのFe以外の元素の合計含有量:5質量%以下
【0027】
以下、各元素の含有量や原子比等の条件について更に詳細に説明する。
【0028】
本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石中のRの含有量は、29.5〜33質量%である。Rとして重希土類元素を含む場合は、重希土類元素も含めた希土類元素の合計の含有量がこの範囲となる。重希土類元素とは、希土類元素のうちの原子番号が大きいものをいい、一般に64Gdから71Luまでの希土類元素がこれに該当する。Rの含有量がこの範囲であると、高い残留磁束密度及び保磁力が得られる傾向にある。Rの含有量がこれよりも小さいと、主相であるR
2T
14B相が形成され難くなって、軟磁性を有するα−Fe相が形成され易くなり、その結果保磁力が低下する。一方、Rの含有量がこれよりも大きいとR
2T
14B相の体積比率が低くなり、残留磁束密度が低下する。Rの含有量は、30.0〜32.5質量%であることが好ましい。このような範囲であると、主相であるR
2T
14B相の体積比率が特に高くなり、更に良好な残留磁束密度が得られるようになる。
【0029】
Rとしては、Nd及びPrのいずれか一方を必ず含むが、R中のNd及びPrの割合は、Nd及びPrの合計で80〜100原子%であることが好ましく、更に好ましくは95〜100原子%である。このような範囲であると、さらに良好な残留磁束密度及び保磁力が得られるようになる
【0030】
上記のように、本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石は、RとしてDy、Tb等の重希土類元素を含んでいてもよいが、その場合、本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石の全質量中の重希土類元素の含有量は、重希土類元素の合計で1.0質量%以下であり、0.5質量%以下であると好ましく、0.1質量%以下であるとより好ましい。本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石によれば、このように重希土類元素の含有量を少なくしても、他の元素の含有量及び原子比が特定の条件を満たすことによって、良好な高い保磁力を得ることができる。
【0031】
本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石は、さらに微量の添加元素を含む。添加元素としては周知のものを用いることができる。添加元素は、R
2T
14B主相結晶粒子の構成要素であるR元素およびRリッチ相結晶粒子の構成要素であるR元素と状態図上に共晶点を有するものが好ましい。この点から、添加元素としてはCu等が好ましいが、他の元素であっても良い。Cuの添加量としては、全体の0.01〜1.5質量%である。
【0032】
本発明において、上記R元素と状態図上に共晶点を有する添加元素は、晶癖を有するRリッチ相結晶粒子を形成するうえで重要な役割を果たす。この添加元素は、Rリッチ相結晶粒子の近傍の粒界相に存在することで、少なくともRリッチ相結晶粒子の表面層を粒界相と反応させ、これによってRリッチ相結晶粒子の少なくとも表面層を再結晶成長させ、安定な化合物例えばR−O−C−N化合物を形成するものと考える。このとき、添加元素、例えばCuは、このRリッチ相結晶粒子には取り込まれずに、粒界相中に残るものと思われる。すなわち、元素Cuの添加により、R−O−C−N化合物の結晶成長において、その反応を促進する触媒的な役割を果たさせることができると考える。Cu元素の具体的な添加方法の一事例については後述する。
【0033】
本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石は、さらに粒界相においてRおよびT元素を含んで化合物を形成するための元素を含む。この目的のためには、Al、Ge、Si、Sn、GaなどのM元素を添加することが好ましい。R−T−B系焼結磁石に、上記Cuに加えてこれらの元素を添加することで、Rリッチな原料合金のR元素を消費して、幅の広い均一な粒界相を形成できる。余剰なR元素を粒界相における化合物として消費することにより、幅の広い粒界相が形成され、これによって主相結晶粒子の磁気的分断効果が奏され、保磁力を向上させることができると同時に、R元素の一部を化合物として消費することにより耐食性も向上できる。本実施形態のR−T−B系焼結磁石において、Mの含有量は、0.03〜1.5質量%である。Mの含有量がこの範囲よりも小さいと、幅の広い粒界相が形成されず保磁力が不十分となり、この範囲よりも大きいと、飽和磁化が低くなって、残留磁束密度が不十分となる。保磁力及び残留磁束密度をより良好に得るために、Mの含有量は、0.13〜0.8質量%であることが好ましい。
【0034】
本実施形態のR−T−B系焼結磁石は、上述した各元素に加え、Fe及びその他の元素を含み、Fe及びその他の元素が、焼結磁石の全質量中、上記各元素を合計した含有量を除いた残部を占める。ただし、本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石が十分に磁石として機能するためには、残部を占める元素のうち、Fe以外の元素の合計含有量は、焼結磁石の全質量に対し、5質量%以下であることが好ましい。
【0035】
またCoは、Feと同様、R
2T
14Bの基本組成におけるTで表される元素であり、Feと同様の相を形成する。本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石は、Coを含むことができる。その場合、Coの含有量は0質量%を超え、3.0質量%以下であることが好ましい。R−T−B系焼結磁石にCoを含む相を含むことにより、キュリー温度が向上するほか、粒界相にもCoを残存させることにより、粒界相の耐食性が向上するため、全体として高い耐食性を有するものとなる。このような効果をより良好に得るために、より好ましくは、Coの含有量は、0.3〜2.5質量%である。
【0036】
また、本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石のCの含有量は、0.05〜0.3質量%である。Cの含有量がこの範囲よりも小さいと、保磁力が不十分となり、この範囲よりも大きいと、保磁力に対する、磁化が残留磁束密度の90%であるときの磁界の値(Hk)の比率、いわゆる角形比(Hk/保磁力)が不十分となる。保磁力及び角形比をより良好に得るために、より好ましくは、Cの含有量は、0.1〜0.25質量%である。Cの一部はRリッチ相結晶粒子であるR−O−C−Nに取り込まれ安定な化合物を形成する。
【0037】
また、本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石のOの含有量は、0.03〜0.4質量%である。Oの含有量がこの範囲よりも小さいと、焼結磁石の耐食性が不十分となり、この範囲よりも大きいと、焼結磁石中に液相が十分に形成されなくなり、保磁力が低下する。耐食性及び保磁力をより良好に得るために、Oの含有量は、0.05〜0.3質量%であることが好ましく、より好ましくは0.05〜0.25質量%である。Oの一部はRリッチ相結晶粒子であるR−O−C−N化合物に取り込まれ安定な化合物を形成する。
【0038】
本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石は、その他の元素として、例えばZrを含むことができる。その場合、Zrの含有量は、焼結磁石の全質量中、0.25質量%以下であると好ましい。Zrは、本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石の製造過程での結晶粒の異常成長を抑制することができ、得られる焼結体(焼結磁石)の組織を均一且つ微細にして、磁気特性を向上することができる。そのような効果をより良好に得るために、より好ましくは、Zrの含有量は、0.03〜0.25質量%である。
【0039】
本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石は、上記以外の構成元素として、Mn、Ca、Ni、Cl、S、F等の不可避不純物を、0.001〜0.5質量%程度含んでいてもよい。
【0040】
また、本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石において、Nの含有量は、0.15質量%以下であると好ましい。Nの一部はRリッチ相結晶粒子であるR−O−C−N化合物に取り込まれ安定な化合物を形成する。
【0041】
次に、本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石の製造方法の一例を説明する。本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石は通常の粉末冶金法により製造することができ、該粉末冶金法は、原料合金を調製する調製工程、原料合金を粉砕して原料微粉末を得る粉砕工程、原料微粉末を成形して成形体を作製する成形工程、成形体を焼成して焼結体を得る焼結工程、及び焼結体に時効処理を施す熱処理工程を有する。本実施形態においては、前記熱処理工程の前に添加元素の拡散工程を有する。
【0042】
調製工程は、本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石に含まれる各元素を有する原料合金を調製する工程である。まず、所定の元素を有する原料金属を準備し、これらを用いてストリップキャスティング法等を行う。これによって原料合金を調製することができる。原料金属としては、例えば、希土類金属や希土類合金、純鉄、純コバルト、フェロボロン、またはこれらの合金が挙げられる。これらの原料金属を用い、所望の組成を有するR−T−B系焼結磁石が得られるような原料合金を調製する。尚、原料合金の調製においては、主に主相を形成する原料合金と、主に粒界相およびRリッチ相を形成する原料合金とを別に調製する二合金法を用いることもできる。上記したR元素と状態図上で共晶点を有する添加元素の一部は、この原料合金に含ませる。二合金法を用いる場合は、この添加元素の一部を、粒界相およびRリッチ相を形成する原料合金に含ませるとよい。
【0043】
粉砕工程は、調製工程で得られた原料合金を粉砕して原料微粉末を得る工程である。この工程は、粗粉砕工程及び微粉砕工程の2段階で行うことが好ましいが、1段階としても良い。粗粉砕工程は、例えばスタンプミル、ジョークラッシャー、ブラウンミル等を用い、不活性ガス雰囲気中で行うことができる。水素を吸蔵させた後、粉砕を行う水素吸蔵粉砕を行うこともできる。粗粉砕工程においては、原料合金を、粒径が数百μmから数mm程度となるまで粉砕を行う。
【0044】
微粉砕工程は、粗粉砕工程で得られた粗粉末を微粉砕して、平均粒径が数μm程度の原料微粉末を調製する。原料微粉末の平均粒径は、焼結後の結晶粒の成長度合を勘案して設定すればよい。微粉砕は、例えば、ジェットミルを用いて行うことができる。Rリッチ相結晶粒子の形成に有用な酸素、炭素、窒素を材料中に導入するのに、粒界拡散法の代わりに微粉砕工程を用いることができる。例えば、粉砕時の不活性雰囲気中に微量の酸素を導入することにより、材料中の酸素量を制御できる。また、例えば、粉砕時の不活性雰囲気を窒素とすることにより、材料中の窒素量を増やすことができる。さらに、ステアリン酸亜鉛、オレイン酸アミド等の粉砕助剤を添加することにより、次の成形工程で微粉末の高い配向性を得ることができるが、これらの粉砕助剤を炭素源に用いてもよい。導入された酸素、炭素、窒素によるRリッチ相結晶粒子は、この後の成形後の焼結工程で生成される。前もって再結晶を促進するための添加物を添加しておけば、熱処理工程において、晶癖を有するRリッチ相結晶粒子を得やすい。
【0045】
成形工程は、原料微粉末を磁場中で成形して成形体を作製する工程である。具体的には、原料微粉末を電磁石中に配置された金型内に充填した後、電磁石により磁場を印加して原料微粉末の結晶軸を配向させながら、原料微粉末を加圧することにより成形を行う。この磁場中の成形は、例えば、1000〜1600kA/mの磁場中、30〜300MPa程度の圧力で行えばよい。
【0046】
焼結工程は、成形体を焼成して焼結体を得る工程である。磁場中成形後、成形体を真空もしくは不活性ガス雰囲気中で焼成し、焼結体を得ることができる。焼成条件は、成形体の組成、原料微粉末の粉砕方法、粒度等の条件に応じて適宜設定することが好ましいが、例えば、1000℃〜1100℃で1〜10時間程度行えばよい。
【0047】
粒界拡散工程は、上記で得られた焼結体の表面から、Rリッチ相結晶粒子の生成に必要なO、C、Nおよび晶癖を有するRリッチ相結晶粒子の形成に有効と考えられる添加元素、例えばCuを焼結体内に拡散させる。添加元素としてCuを用いる場合は、拡散材として、例えば共晶組成のNd−Cu合金粉末を作製する。前記微粉砕工程における酸素量、窒素量の制御は行わなくとも、拡散材合金粉末の微粉砕時に拡散材合金に酸素、窒素を含有させてもよい。また、微粉砕工程における添加剤を炭素源とする代わりに、拡散材を焼結体表面に付着させるためのバインダー樹脂を炭素源として用いてもよい。
【0048】
拡散材を焼結体表面に付着させた後、550℃〜650℃の温度で1時間から50時間程度加熱すればよい。これにより酸素、炭素、窒素およびCuが粒界相を通して焼結体内に導入される。焼結体内に拡散材成分を導入するためには、まず焼結体を加熱することにより、焼結体の三重点および二粒子粒界を含む粒界部分から十分な量の液相を生じさせ、液相を焼結体表面に染み出させる必要がある。その液相に拡散成分が溶出し焼結体内へ拡散が可能となる。加熱温度が低すぎると液相量が少なく、十分に拡散材の成分を焼結体に拡散させることができない。例えば、Nd−Cuの共晶合金を拡散材に用いた場合、520℃で拡散材自身が熔融するため、550℃の液相が不足するような比較的低温からの拡散が可能となる。一方、650℃を超える温度で加熱を行うと、十分な液相の染み出しがあるのに加え、熔融した拡散材により焼結体表面付近がRリッチになりすぎ、R
2T
14B結晶粒子が異常粒成長を起こして磁気特性低下につながるおそれがある。
【0049】
熱処理工程は、焼結体を時効処理する工程である。この工程を経た後、R−T−B系焼結磁石内部の組織・微細構造が確定する。例えば再結晶化を促進するCuなどが添加されていれば、晶癖を有するRリッチ相結晶粒子が形成されやすい。晶癖を有するRリッチ相結晶粒子を得るには再結晶化を促進できる適度な温度で熱処理を行う必要があり、そのために、熱処理工程は500℃〜900℃の温度範囲で行えばよいが、800℃近傍での熱処理を行った後550℃近傍での熱処理を行うというふうに2段階に分けて行ってもよい。
【0050】
本実施形態に係るR−T−B系焼結磁石の微細構造、すなわちRリッチ相結晶粒子の晶癖、断面形状等は、電子顕微鏡により評価することができる。倍率は観測対象の観測対象の粒子径に応じて適宜設定すればよい。R−T−B系焼結磁石の耐食性を上げるには、腐食性因子が侵入する焼結磁石表面近傍の耐食性を上げることが重要である。酸素等の侵入を考えると焼結磁石表面から500μm程度の深さまでの耐食性が重要であり、本明細書では、この領域を表面近傍と称している。よって、前記したRリッチ相結晶粒子の評価は、この領域で行えば足りる。
【0051】
次に、本発明を具体的な実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されない。
【実施例】
【0052】
(焼結体の作製)
焼結体の作製は、二合金法で行った。まず、表1に示す磁石組成の焼結磁石が得られるように、ストリップキャスティング法により原料合金を準備した。原料合金としては、主に磁石の主相を形成する主相系合金Aと、主に粒界を形成する粒界相系合金Bの2種類を作製して準備した。なお、表1では、bal.は、各合金の全体組成を100質量%とした場合の残りを示し、(T.RE)は、希土類の合計質量%を示す。
【0053】
【表1】
【0054】
次いで、合金に対してそれぞれ室温で水素を吸蔵させた後、Ar雰囲気下で、600℃、1時間の脱水素を行う水素粉砕処理(粗粉砕)を行った。
【0055】
なお、本実施例では、この水素粉砕処理から焼結までの各工程(微粉砕および成形)を、50ppm未満の酸素濃度のAr雰囲気下で行った(以下の実施例および比較例において同じ)。
【0056】
次に、各合金に対して、水素粉砕後微粉砕を行う前に粗粉末に粉砕助剤として、ステアリン酸亜鉛0.1質量%を添加し、ナウタミキサを用いて混合した。その後、ジェットミルを用いて微粉砕を行い、平均粒径が4.0μm程度の原料微粉末とした。
【0057】
その後、ナウタミキサを用いて、主相系合金の原料微粉末と粒界相系合金の原料微粉末を95:5の質量割合で混合し、R−T−B系焼結磁石の原料粉末である混合粉末を調製した。
【0058】
得られた混合粉末を、電磁石中に配置された金型内に充填し、1200kA/mの磁場を印加しながら120MPaの圧力を加える磁場中成形を行い、成形体を得た。
【0059】
その後、得られた成形体を、真空中1060℃で4時間保持して焼成した後、急冷して、表1に示す磁石組成の焼結体(R−T−B系焼結磁石)を得た。その後、バーチカル研磨による加工を行い、20.2mm×20.2mm×4.2mmの直方体とした。R
2T
14B結晶粒のc軸の配向方向は4.2mmの厚さの方向となるようにした。
【0060】
(拡散材粉末の準備)
拡散材粉末を用いた粒界拡散法により焼結体内にCuなどの元素を導入するための拡散材には、市販のCuの試薬粉末(平均粒径13μm)と、NdとCuが原子比で70:30のNd−Cu共晶合金粉末を準備した。Nd−Cu共晶合金粉末の作製については、まずNdとCu単体金属を秤量してアーク溶解炉で溶解・鋳造を3回繰り返した。得られた合金を高周波誘導加熱で熔解し、熔湯をロール急冷することにより急冷薄帯とした。得られた急冷薄帯を窒素雰囲気で粗粉砕した後、ステンレス製メディアとともに窒素で雰囲気置換された密閉容器に封入して粉砕し、平均粒径10〜20μmの粉末を得た。得られた粉末は、そのまま大気中に曝すと発火する危険性があるため、窒素雰囲気のグローブボックス内のバットに置き、グローブボックスに徐々に空気を導入する徐酸化処理を行った。このようにして得られたNd−Cu合金粉末の酸素量は3500ppm、炭素量は250ppm、窒素量は500ppmであった。一方、Cu粉末の酸素量は1200ppm、炭素量は280ppmであり、窒素は検出されなかった。Cuまたは作製したNd−Cu粉末にバインダー樹脂を添加し、アルコールを溶媒として拡散材の塗料を作製した。混合の比率は拡散材粉末の質量を100とした場合、バインダー樹脂としてのブチラール微粉末を2、アルコールを100とした。Ar雰囲気中で樹脂製の円筒形フタ付き容器に前記混合物を入れてフタを閉め、ボールミル架台に置き24時間120rpmで回転させて塗料化した。
【0061】
加工後の焼結体を前記拡散材の塗料に完全に浸し、引き上げて乾燥する操作を繰り返し、焼結体に拡散材を付着させた。拡散材については、比較例1以外は、Nd−Cu粉末を付着させることにより作製した。焼結体への拡散材の付着量は、焼結体の質量を基準とし、Cu粉末の場合は、0.72%、Nd−Cu粉末の場合は4.5%の質量とした。両者で付着量が異なるのは、焼結体にCu元素が同じ量付着するようにしたためである。その後、Ar雰囲気で表2の拡散熱処理の欄に示した安定温度、安定時間で拡散熱処理を行った。安定温度からArガス吹き付けによる急冷後、炉から取り出し、焼結体表面に残った拡散材の残渣をサンドペーパーで落とした。
【0062】
その後、得られた試料を再度炉に投入し、安定温度および時間を表2の熱処理1の欄に示した条件で熱処理を施した。表2の熱処理2の欄に条件の記載のないものは冷却後に炉から取り出し、条件の記載のあるものは、引き続き熱処理2の条件で熱処理を施し、冷却後炉から取り出した。なお、熱処理1、熱処理2のどちらも、安定温度からArガス吹き付けによる急冷を行った。
【0063】
表2に記載した条件で拡散熱処理、熱処理1、熱処理2の各熱処理を終えた後、全ての試料の直方体の6面をなるべく均等な研削量で加工し、20mm×20mm×4.0mmの直方体形状とし、拡散材の残渣の影響が出ないようにした。各実施例および比較例ともに、前記直方体形状の試料をそれぞれ四個準備し、一個を微細構造観察用、残り三個を耐食性の評価用として供した。
【0064】
【表2】
【0065】
各試料の組成分析結果を表3に示す。焼結体に元々含まれていたCu量は0.03質量%であるのに対し、比較例1、3および5のCu量は0.03〜0.1質量%とほとんど増えていないが、それ以外の試料では0.5〜0.6質量%と増加している。O、CおよびNの含有量についても比較例1、3および5が他の試料に比べて少ない傾向にある。このことから、比較例1、3および5以外では拡散材の各成分Cu、O、CおよびNが焼結体に十分に導入されたと考えられる。一方、Ndは拡散材の84質量%を占めるが、もともと焼結体の粒界相にはNdが多く含まれるため、拡散の駆動力となる濃度勾配が得られず、Ndはほとんど焼結体内にとりこまれていないことが分かった。
【0066】
【表3】
【0067】
各試料の表面から500μmの領域でEPMAによる観察を行い、Rリッチ相結晶粒子の形状と組成の評価を行った結果を表4に示す。それぞれの試料において、同一試料内の五個のRリッチ相結晶粒子について評価した。Rリッチ相結晶粒子の形状評価において、電子顕微鏡像による確認で、不等辺多角形の形状を呈し、晶癖を有していると判断される場合は晶癖の欄に有と示し、丸みを帯びている場合は無と示す。実施例1〜4では、いずれのRリッチ相結晶粒子も
図1に見られるような不等辺多角形をしていることから晶癖を有していることが認められ、円形度係数を調べると0.8未満のものが存在する。一方、比較例2、3、4のRリッチ相結晶粒子の形状については丸みを帯びて晶癖が認められず、結晶粒子断面の円形度係数も実施例に比べて高い。比較例1および比較例5にはRリッチ相結晶粒子の存在が確認されなかった。比較例3ではRリッチ相結晶粒子の存在が確認はされたものの、実施例に比べ著しく数が少なかった。Rリッチ相結晶粒子の組成はほぼR(NdとPr)、O、C、Nで構成されており、実施例、比較例で組成差は見られなかった。
【0068】
【表4】
【0069】
耐食性の評価は、120℃、2気圧、相対湿度100%の飽和水蒸気雰囲気中に200時間放置し、腐食による質量減少量を評価した。R−T−B系焼結磁石の場合、腐食が発生すると粒界相の溶出、結晶粒子の脱離等により焼結体の質量が減少する。よって、この質量の減少量を評価することにより耐食性を評価できる。具体的には、上記した20mm×20mm×4.0mm(2.0cm×2.0cm×0.40cm)の直方体形状試料を用い、該直方体形状の総表面積を基準とした質量減少量(mg/cm
2)で評価した。すなわち、この総表面積を基準とした質量減少量が少ないほど、耐食性が向上しているということができる。各実施例、比較例において、それぞれ三個の試料について行った耐食性試験の評価結果の平均値を表4に合わせて示す。実施例1〜4では、比較例1〜5に比べ、質量減少量が明らかに低減しており、耐食性が大幅に改善されている。
【0070】
尚、確認のため、前記耐食性の評価に供した試料についても、Rリッチ相結晶粒子の観察を行った。その結果、実施例1〜4に属する耐食性の良好な試料においては、表面近傍にあるRリッチ相結晶粒子は、晶癖を有する結晶粒子があることを確認できた。一方、比較例1〜5に属する試料においては、表面層が溶出脱落したことも相俟って、晶癖を有するRリッチ相結晶粒子の存在は確認できなかった。以上の結果から、晶癖を有するRリッチ相結晶粒子を含むR−T−B系焼結磁石で耐食性が大幅に向上することが認められた。
【0071】
比較例1では、熱処理条件が実施例1と同じであったにもかかわらず、Rリッチ相結晶粒子が確認されなかった。Cu粉末は含有するO、Nも少ないことと、焼結体から染み出た液相との反応性が低いためと考えられる。また、比較例3および比較例5においては、Nd−Cu共晶合金の拡散材を用いたにも関わらずCu、O、CおよびNの各成分の導入が不十分となった。比較例5においては拡散温度が低すぎたためにNd−Cu粉末が熔融できず、Rリッチ相結晶粒子の形成に必要なO、CおよびNが焼結体内部に導入されなかったためと考えられる。比較例3においては、拡散温度は適正であるが、熱処理の時間が短すぎると考えられる。よって、比較例1、3、5の試料においては、R元素が粒界相に多く存在し、耐食性を劣化させているものと考える。
【0072】
比較例2、4および実施例1では、晶癖の有無が異なるが、製造プロセスにおいて、熱処理1の条件のみが異なる。Rリッチ相結晶粒子は570℃10hの拡散熱処理では晶癖を有しておらず、熱処理1で晶癖を有すると考えられる。実施例1は熱処理1が適切な熱処理条件で行われたが、比較例2では熱処理の温度が低すぎ、比較例4では高すぎると考えられる。
【0073】
晶癖を有するRリッチ相結晶粒子を含む実施例1、2、4では、拡散熱処理に適した温度域550〜650℃よりも比較的高い温度で熱処理1が行われている。したがって、晶癖を有するRリッチ相結晶粒子は750〜900℃で得られ易いと考えられる。しかしながら、実施例3においては、熱処理1の温度は540℃2hと低温短時間でかつ熱処理を2段に分けなくても晶癖を有するRリッチ相結晶粒子が得られている。同じく熱処理1のみを同条件で行っている比較例4との比較から、実施例3は、拡散熱処理工程においてRリッチ相結晶粒子の生成と晶癖の獲得が行われたと考えられる。これは、拡散熱処理が長時間で比較的高温であったためと考えられる。
【0074】
晶癖を有するRリッチ相結晶粒子の表面に現われる結晶面を調べた。一例を
図2および
図3に示す。
図2は実施例2の試料断面の電子顕微鏡像であり、Rリッチ相粒子2の呈する不等辺多角形の各辺の接線を実線、一点鎖線、二点鎖線で書き加えた。
図3にはこれらの接線を方向を変えずに示した。
図3の中央にある立方体は、Rリッチ相結晶粒子2の結晶の向きを示す。前述のようにRリッチ相結晶粒子は立方晶を呈し、その向きを電子線後方散乱回折法で確認して立方体で示した。立方体の各辺が結晶軸の向きを示す。Rリッチ相結晶粒子が呈する不等辺多角形の各辺の接線は、立方晶の<111>方向を示す3本の矢印か<100>を示す1本の矢印のいずれかと垂直に交わった。<111>方向と垂直に交わる接線は{111}面内に含まれることから、{111}面がRリッチ相結晶粒子の表面に現われている可能性がある。実施例の複数の粒子に同じ方法で解析を試みたところ、Rリッチ相結晶粒子が呈する不等辺多角形のほとんどの接線が<111>方向と垂直に交わり、<100>や<120>と垂直に交わるものも見られたがまれであった。これらの結果から、晶癖を有するRリッチ相結晶粒子の表面には{111}面が現われ易いと考えられる。
【0075】
以上はNd−Cu合金を用いた場合の効果の確認であるが40原子%Nd−30原子%Pr−30原子%Cu合金および60原子%Nd−10原子%Dy−30原子%Cu合金についても、Nd−Cu合金と同様に拡散材の塗料を作製した。その後、焼結体に前述の実施例、比較例と同様に塗布を行った。塗布量も同様に4.5wt%とした。表5に示す条件で熱処理を行い、残渣の除去、加工についても前述と同じ方法で行った。表6の各試料の分析結果から、前述の各実施例と同様にCuが導入されていることが確認された。
【0076】
【表5】
【0077】
【表6】
【0078】
Rリッチ相結晶粒子の形状と組成の評価を行った結果を表7に示す。40原子%Nd−30原子%Pr−30原子%Cu合金および60原子%Nd−10原子%Dy−30原子%Cu合金のいずれを拡散材に用いた場合にもRリッチ相結晶粒子が晶壁を有することが認められる。また、耐食性についても良好な結果が得られた。
【0079】
【表7】
【0080】
以上、実施例をもとに説明したように、Rリッチ相結晶粒子を効率的に生成するには、原料合金をRリッチ組成とするとともに、R元素に加えて酸素、炭素、窒素を粒界に導入すると良い。比較例5以外において、いずれもRリッチ相結晶粒子が形成されたのは、拡散材粉末の含有するOとN、およびバインダーが含有するCが粒界に適性に供給されたことによると考える。さらに、実施例1、比較例2、比較例4の比較から、晶癖を有するRリッチ相を得るには、熱処理条件が重要であり、さらに再結晶成長促進のためにCuなどを添加することが望ましい。すなわち、Rリッチ相結晶粒子の生成およびその結晶性、化学的安定性を制御するには、O、C、NとRリッチ相結晶粒子の再結晶成長を促進する添加材を焼結体内の粒界に導入および熱処理を適正に行うと良い。
【0081】
以上、本発明を実施の形態をもとに説明した。実施の形態は例示であり、いろいろな変形および変更が本発明の特許請求範囲内で可能なこと、またそうした変形例および変更も本発明の特許請求の範囲にあることは当業者に理解されるところである。例えば、Rリッチ相結晶粒子は、Rの酸化物R−O化合物を主成分としていれば良く、R−O−N化合物であってもR−O−C化合物であっても良い。焼結により生成されたRリッチ相結晶粒子が、焼結後の熱処理により再結晶成長させられ、その結果、晶癖を有するほどに結晶性を高められれば、耐食性を向上させることができる。従って、本明細書での記述および図面は限定的ではなく例証的に扱われるべきものである。