(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献1に記載された内燃機関のピストンでは、複数の条痕がピストン本体の摺動方向に対して一方側にのみ傾斜して延びているため、溝に入り込んだ潤滑油(オイル)がピストンの往復摺動とともに溝内を移動して溝の端部から排出されやすいと考えられる。このため、摺動部におけるオイル保持能力が十分に得られないので、ピストン本体の耐焼付性が確保できないという問題点がある。
【0006】
この発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、この発明の1つの目的は、摺動部に十分なオイル保持能力が得られてピストン本体の耐焼付性を確保することが可能な内燃機関用ピストンおよび内燃機関用ピストンの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために本願発明者が鋭意検討した結果、上記課題を解決するために以下のような構成を見出した。すなわち、この発明の第1の局面における内燃機関用ピストンは、内燃機関用のピストン本体と、ピストン本体の表面
のうちの第1表面、第2表面、および、第1表面および第2表面とは異なる表面であるピストンピン穴の内周面に形成されたクロスハッチ状の溝と、を備え、クロスハッチ状の溝は、クロスハッチが交差する角度であるクロスハッチ角度が15度以上35度以下の範囲に設定されて
いるとともに、ピストンピン穴の内周面に形成されたクロスハッチ状の溝は、ピストンピン穴の内周面とピストンピンとの摺動方向に対し、互いに異なる方向に複数の溝が延びて交差することによってクロスハッチ状に形成されているとともに、ピストンピン穴の内周面とピストンピンとの摺動方向に対するクロスハッチ角度が15度以上35度以下の範囲内に設定されており、第1表面のクロスハッチ状の溝は
、第1表面の両側に隣接する第2表面のクロスハッチ状の溝と異なる形状を有する。
【0008】
この発明の第1の局面における内燃機関用ピストンでは、上記のように、
ピストン本体の表面のうちの第1表面および第2表面とは異なる表面であるピストンピン穴の内周面にクロスハッチ角度が15度以上35度以下の範囲に設定されたクロスハッチ状の溝を設ける
とともに、ピストンピン穴の内周面に形成されたクロスハッチ状の溝を、ピストンピン穴の内周面とピストンピンとの摺動方向に対し、互いに異なる方向に複数の溝が延びて交差することによってクロスハッチ状に形成されているとともに、ピストンピン穴の内周面とピストンピンとの摺動方向に対するクロスハッチ角度が15度以上35度以下の範囲内に設定する。また、ピストン本体の表面うちの第1表面のクロスハッチ状の溝は、ピストン本体の表面うちの第1表面の両側に隣接する第2表面のクロスハッチ状の溝と異なる形状を有する。これにより、オイル(潤滑油)を互いに交差するクロスハッチ状の溝内に保持しやすくすることができる。すなわち、各々が独立して一方向にのみ延びる溝(複数の条痕)を形成する場合と異なり、溝がクロスハッチ状となる分、往復動するピストン本体に供給されたオイルをクロスハッチ状の溝内により長時間留めることができる。なお、この点は、後述する本発明の効果を確認するために行った実験により確認済みである。この結果、摺動部に十分なオイル保持能力が得られてピストン本体の耐焼付性を確保することができる。
上記第1の局面における内燃機関用ピストンにおいて、好ましくは、第2表面は、第1表面が摺動する摺動方向に直交する方向の両側にそれぞれ隣接して設けられている。
上記第1の局面における内燃機関用ピストンにおいて、好ましくは、第1表面のクロスハッチ状の溝の深さは、第2表面のクロスハッチ状の溝の深さよりも大きく、第1表面のクロスハッチ状の溝のピッチは、第2表面のクロスハッチ状の溝のピッチよりも小さい
。
【0009】
上記第1の局面における内燃機関用ピストンにおいて、好ましくは、クロスハッチ状の溝は、40μm以上60μm以下のピッチで設けられている。
【0010】
このように構成すれば、溝のピッチが40μm未満の場合に比べてピストン本体の表面粗さを小さくすることができる。また、溝のピッチが60μmよりも大きい場合に比べて溝以外の平滑面の面積が過大になるのを抑制することができる。この結果、ピストン本体表面(摺動部)の滑らかさとオイル保持能力とを適切に維持することができる。
【0011】
上記第1の局面における内燃機関用ピストンにおいて、好ましくは、クロスハッチ状の溝は、4μm以上8μm以下の深さを有する。
【0012】
このように構成すれば、溝の深さが4μm未満の場合にはピストン本体の表面粗さが過小になりオイル保持能力が低下するため、これを抑制することができる。また、溝の深さが8μmよりも大きい場合には表面粗さが過大になり溝以外の平滑面に油膜切れが生じやすくなるため、これを抑制することができる。この結果、ピストン本体表面(摺動部)の滑らかさとオイル保持能力とを適切に維持することができる。
【0013】
上記第1の局面における内燃機関用ピストンにおいて、好ましくは、ピストン本体は、
第1表面および第2表面を有するピストンスカート部を含み、
第1表面および第2表面に形成されたクロスハッチ状の溝は、ピストンスカート部の摺動方向に直交する方向に対するクロスハッチ角度の範囲内に設定されている。
【0014】
このように構成すれば、溝がピストンスカート部の摺動方向寄りに傾斜している場合と異なり、往復動の慣性力に起因してピストン本体に供給されたオイルが溝内を移動してピストンスカート部の端部から短時間のうちに排出されるのを効果的に抑制することができる。この結果、ピストンスカート部でのオイル保持能力が十分に得られるので、ピストン本体の耐焼付性を確実に確保することができる。
【0015】
上記ピストン本体がピストンスカート部を含む構成において、好ましくは、クロスハッチ状の溝形状を反映した状態で
第1表面および第2表面を覆うように形成された樹脂製のクロスハッチ状被覆層をさらに備える。
【0016】
このように構成すれば、クロスハッチ状の溝を反映したクロスハッチ状被覆層の表面にオイルを長時間保持することができる。したがって、樹脂製のクロスハッチ状被覆層でピストンスカート部を覆うことで、焼付を防止し、摩擦を低減することができる。これに加えて、クロスハッチ状の溝を反映したクロスハッチ状被覆層の表面に十分なオイル保持能力が得られて摩擦をさらに低減することができる。
【0017】
上記ピストン本体がピストンスカート部を含む構成において、好ましくは、
第1表面および第2表面のクロスハッチ状の溝を埋め込んで覆うように形成された樹脂製の平坦面状被覆層をさらに備える。
【0018】
このように構成すれば、樹脂製の平坦面状被覆層でピストンスカート部を覆うことで、ピストン本体の焼付防止効果および摩擦低減効果を本来的に得ることができる。
【0019】
この発明の第2の局面における内燃機関用ピストンの製造方法は、内燃機関用のピストン本体の表面
のうちの第1表面、第2表面、および、第1表面および第2表面とは異なる表面であるピストンピン穴の内周面に、クロスハッチが交差する角度であるクロスハッチ角度が15度以上35度以下の範囲を有する
とともに、ピストンピン穴の内周面において、ピストンピン穴の内周面とピストンピンとの摺動方向に対し、互いに異なる方向に複数の溝が延びて交差することによってクロスハッチ状に形成するとともに、ピストンピン穴の内周面とピストンピンとの摺動方向に対するクロスハッチ角度が15度以上35度以下の範囲を有するクロスハッチ状の溝を、レーザ加工を用いて形成する工程を備え、クロスハッチ状の溝を形成する工程は
、第1表面のクロスハッチ状の溝を、ピストン本体の表面うちの第1表面に、第1表面の両側に隣接する第2表面のクロスハッチ状の溝と異なる形状を有するように形成する工程を含む。
【0020】
この発明の第2の局面における内燃機関用ピストンの製造方法では、レーザ加工を用いてクロスハッチ状の溝をピストン本体の表面に容易に形成することができる。すなわち、一般的なショットピーニング処理(SP処理)などを用いてピストン本体の表面に凹凸を形成する場合などと異なり、SP処理で使用する微粒子(メディア)の洗浄などを必要とせず、また、溝を形成する領域以外の部分にマスキングを施す必要もない。したがって、簡素化された製造プロセスによりオイル保持能力を有するクロスハッチ状の溝を容易に形成して、耐焼付性が十分に確保された内燃機関用ピストンを容易に製造することができる。
【0021】
なお、第1の局面による内燃機関用ピストンにおいて、以下のような構成も考えられる。
【0022】
(付記項1)
すなわち、上記第1の局面による内燃機関用ピストンにおいて、ピストン本体のクロスハッチ状の溝以外の平滑面は、Raが0.2μm以下の表面粗さで形成されている。
【0023】
(付記項2)
また、上記第1の局面による内燃機関用ピストンにおいて、ピストン本体は、ピストンピンを挿入してコンロッドが連結されるピストンピン穴を含み、ピストンピン穴の内周面に形成されたクロスハッチ状の溝は、ピストンピン穴の内周面とピストンピンとの摺動方向に対するクロスハッチ角度の範囲内に設定されている。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0026】
(第1実施形態)
図1〜
図4を参照して、本発明の第1実施形態によるピストン10について説明する。
【0027】
第1実施形態によるピストン10は、自動車用のエンジン100(内燃機関)に用いられる機械部品である。また、ピストン10は、
図1に示すように、ピストン本体11と、ピストンリング20とを備える。ピストン本体11は、ピストンピン穴13を有する一対のボス部12と、スカート部14(ピストンスカート部)とを有する。そして、コンロッド40の一方端がボス部12間に挟まれた状態でボス部12のピストンピン穴13にピストンピン30が挿入されるとともに、コンロッド40の他方端がクランクシャフト(図示せず)に接続されている。
【0028】
スカート部14は、ピストンピン穴13の延びるX方向に対して水平面内で直交するY方向に一対設けられている。また、スカート部14の表面14aは、シリンダ50の内径よりも僅かに小さい直径を有する曲面である。また、表面14a上には、樹脂製の被覆層15(クロスハッチ状被覆層の一例)が形成されている。エンジン100では、ピストン10の往復動とともに被覆層15が油膜を介してシリンダ50の内面50aに対してZ方向に摺動する。なお、ピストン本体11はアルミニウム合金製であり、被覆層15は耐熱性を有する熱硬化性樹脂からなる。
【0029】
ここで、第1実施形態では、
図2に示すように、スカート部14の表面14aには、クロスハッチ状の溝1が形成されている。溝1は、一方方向に沿って延びる複数の溝1aと他方方向に沿って延びる溝1bとが互いに交差している。そして、溝1aと溝1bとが交差するクロスハッチ角度αは、ピストンピン30の挿入されるX方向(スカート部14の摺動方向(Z方向)に直交する水平方向)に対して15度以上35度以下の範囲に設定されている。
【0030】
また、互いに平行に延びる溝1a同士は、40μm以上60μm以下の溝ピッチPを有して形成されている。同様に、互いに平行に延びる溝1b同士も40μm以上60μm以下の溝ピッチPを有して形成されている。また、
図3に示すように、溝1aおよび1bは、4μm以上8μm以下の溝深さHを有するとともに、11μm以上15μm以下の溝幅Wを有している。また、溝1の深底部分は鋭角に折れ曲がることなく曲面状に形成されている。
【0031】
そして、被覆層15は、溝1のクロスハッチ形状を反映した状態で表面14aを覆っている。したがって、被覆層15の表面にも、溝1とほぼ同じ溝深さHおよび溝ピッチPを有した凹部15aが残されている。なお、被覆層15の厚みtは、溝深さHの2倍未満であるのが好ましい。たとえば、溝深さHを約5μmに形成した場合、約9μmの厚みtを有する被覆層15が形成される。なお、スカート部14の表面14aおける溝1以外の平滑面14bは、表面粗さRa(算術平均粗さ)が0.2μm以下で形成されている。
【0032】
なお、ピストン10がシリンダ50内に組み付けられた後、エンジン100の使用開始とともに被覆層15がシリンダ50の内面50a(
図1参照)に対して摺動する。これにより、
図4に示すように、被覆層15は部分的に擦り減って下地の表面14aが露出する。また、露出した表面14aの部分も内面50aに対して摺動するので、溝1は、若干溝深さHが浅くなる。しかしながら、残された被覆層15のクロスハッチ状の凹部15aに保持されているオイルが徐々に露出する表面14aの領域へと引き込まれる。これにより、溝深さHが浅くなった表面14a上にもオイルが保持されて、スカート部14全体の摺動抵抗が低く維持される。したがって、エンジン100の使用期間に関係なく、スカート部14でのオイル保持能力が維持される。このようにして、エンジン100に用いられるピストン10は構成されている。
【0033】
次に、
図3および
図5を参照してピストン10の製造方法について説明する。
【0034】
まず、所定の鋳型(図示せず)を用いてアルミニウム合金の鋳物からなるピストン本体11(
図5参照)を製造する。そして、スカート部14(
図5参照)の表面14aを、Raが約0.2μm以下になるように研磨して鏡面にする。その後、
図5に示すように、ピストン本体11を加工機101にセットする。
【0035】
ここで、第1実施形態の製造プロセスでは、短パルスレーザ光発生装置102を用いてスカート部14の表面14aにクロスハッチ状の溝1(
図3参照)を形成する。具体的には、波長が約515nm、パルス幅が約10ps(ピコ秒)、発振周波数が約100kHz、照射エネルギが約9μJ/パルスに調整されたレーザ光を表面14aに向けて断続的に照射する。なお、焦点距離f=100mmのfθ(エフシータ)レンズ103を用いるとともに、約15.5μmのレーザスポット径を有するように光学系が調整される。そして、スキャンピッチを約40μm(溝ピッチP)とした状態で、等速度スキャンを行う。
【0036】
これにより、レーザ光が照射された表面14aに、溝ピッチPが約40μm、溝深さHが約5μm、溝幅Wが約12μmを有するクロスハッチ状の溝1(
図3参照)が形成される。なお、加工機101に対するピストン本体11の固定角度を調整することにより、スカート部14の摺動方向(Z方向)に直交する方向に対して15度以上35度以下の範囲のクロスハッチ角度αとなるような溝1が形成される。なお、溝ピッチPおよび溝深さHが所定値(所定範囲)になるように光学系が調整されるため、約12μmとなる溝幅Wは、溝1の形成結果として得られた値である。
【0037】
その後、
図3に示すように、表面14a上に被覆層15を形成する。この際、被覆層15には溝1の形状を反映したクロスハッチ状の凹部15aが形成される。このようにして、ピストン10が製造される。
【0038】
第1実施形態では、以下のような効果を得ることができる。
【0039】
第1実施形態では、クロスハッチ角度αが15度以上35度以下の範囲に設定されたクロスハッチ状の溝1をスカート部14の表面14aに設けることによって、オイル(潤滑油)を互いに交差するクロスハッチ状の溝1内に保持しやすくすることができる。すなわち、各々が独立して一方向にのみ延びる溝(複数の条痕)を形成する場合と異なり、溝1がクロスハッチ状となる分、往復動するピストン本体11に供給されたオイルをクロスハッチ状の溝1内により長時間留めることができる。この結果、スカート部14に十分なオイル保持能力が得られてピストン本体11の耐焼付性を確保することができる。
【0040】
また、第1実施形態では、レーザ加工を用いることによって、上述のクロスハッチ角度α、溝ピッチPおよび溝深さHを有するクロスハッチ状の溝1をスカート部14の表面14aに容易に形成することができる。すなわち、ショットピーニング処理(SP処理)を用いて表面14aに凹凸を形成する場合などと異なり、SP処理で使用する微粒子(メディア)の洗浄を必要とせず、溝1を形成する領域以外の部分にマスキングを施す必要もない。したがって、簡素化された製造プロセスによりオイル保持能力を有する溝1を容易に形成して、耐焼付性が十分に確保されたピストン10を容易に製造することができる。
【0041】
また、第1実施形態では、スカート部14の摺動方向(Z方向)に直交する水平方向に対するクロスハッチ角度αの範囲内で溝1を表面14aに形成することによって、溝1がスカート部14の摺動方向寄りに傾斜している場合と異なり、往復動の慣性力に起因してピストン本体11に供給されたオイルが溝1内を移動してスカート部14の端部から短時間で排出されるのを効果的に抑制することができる。この結果、スカート部14でのオイル保持能力が十分に得られてピストン本体11の耐焼付性を確実に確保することができる。
【0042】
また、第1実施形態では、クロスハッチ状の溝1を40μm以上60μm以下の溝ピッチPで設けるので、溝ピッチPが40μm未満の場合に比べてピストン本体11の表面粗さを小さくすることができる。また、溝ピッチPが60μmよりも大きい場合に比べて溝1以外の平滑面14bの面積が過大になるのを抑制することができる。
【0043】
また、第1実施形態では、クロスハッチ状の溝1を4μm以上8μm以下の深さで設けるので、溝深さHが4μm未満の場合にはピストン本体11の表面粗さが過小になりオイル保持能力が低下するため、これを抑制することができる。また、溝深さHが8μmよりも大きい場合には表面粗さが過大になり平滑面14bに油膜切れが生じやすくなるため、これを抑制することができる。これらの結果、表面14a(摺動部)の滑らかさとオイル保持能力とを適切に維持することができる。
【0044】
また、第1実施形態では、スカート部14の表面14aを覆うように被覆層15を設けるので、クロスハッチ状の溝1を反映した被覆層15の凹部15aにオイルを長時間保持することができる。したがって、被覆層15でスカート部14を覆うことで、焼付を防止し摩擦を低減することができる。加えて、クロスハッチ状の溝1を反映した被覆層15(凹部15a)に十分なオイル保持能力が得られて摩擦をさらに低減することができる。
【0045】
(第1実施形態の第1変形例)
次に、
図3および
図6を参照して、第1実施形態の第1変形例について説明する。この第1実施形態の第1変形例では、平坦面状の被覆層16(平坦面状被覆層の一例)を用いてスカート部14をコーティングする例について説明する。
【0046】
すなわち、第1実施形態の第1変形例によるピストン70では、
図6に示すように、スカート部14の表面14a上に樹脂製の被覆層16が形成されている。被覆層16は、表面14aのクロスハッチ状の溝1(1aおよび1b)を埋め込んで覆うように形成されている。そして、被覆層16は、溝1のクロスハッチ形状を反映することなく、その最表面16aは平坦面状を有している。この場合、被覆層16は、被覆層15(
図3参照)よりも若干厚い。なお、ピストン70のその他の構成は、上記第1実施形態と同様である。
【0047】
第1実施形態の第1変形例では、以下のような効果を得ることができる。
【0048】
第1実施形態の第1変形例では、スカート部14の表面14aを覆うように被覆層16を設けるので、最表面16aが平坦面状である被覆層16でスカート部14を覆うことで、ピストン本体11の焼付防止効果および摩擦低減効果を本来的に得ることができる。なお、第1実施形態の第1変形例のその他の効果は、上記第1実施形態と同様である。
【0049】
(第1実施形態の第2変形例)
次に、
図7を参照して、第1実施形態の第2変形例について説明する。この第1実施形態の第2変形例では、溝1の形状を表面14aにおいて局所的に異ならせる例について説明する。
【0050】
すなわち、第1実施形態の第2変形例によるピストン80では、
図7に示すように、スカート部14の表面14aにおける中央(中心)寄りの領域Aと領域Aの両側に隣接する領域Bとで、各々に形成される溝1の溝ピッチPおよび溝深さHが異なる。この場合、摺動により被覆層15が摩耗しやすい領域Aにおける溝1の溝深さHは、被覆層15が相対的に摩耗しにくい領域Bにおける溝1の溝深さHよりも大きい。また、領域Aにおける溝1の溝ピッチPは領域Bにおける溝1の溝ピッチPよりも小さい。これにより、領域Aは領域Bよりも溝1が相対的に密に形成されている。なお、領域Aも領域Bもクロスハッチ角度αは同じである。なお、ピストン80のその他の構成は、上記第1実施形態と同様である。
【0051】
第1実施形態の第2変形例では、以下のような効果を得ることができる。
【0052】
第1実施形態の第2変形例では、領域Aでの溝1の溝ピッチPが領域Bよりも相対的に小さくかつ溝深さHを領域Bよりも相対的に大きいので、ピストン本体11の往復動に伴い領域Aの被覆層15が擦り減ってスカート部14の表面14aが広範囲に露出したとしても、溝1をより多く残すことができる。これにより、スカート部14(凹部15aおよび領域Aに露出する表面14a)でのオイル保持能力をより長期間維持し続けることができる。なお、第1実施形態の第2変形例のその他の効果は、上記第1実施形態と同様である。
【0053】
(第2実施形態)
次に、
図2、
図5および
図8を参照して、第2実施形態について説明する。この第2実施形態では、スカート部14に加えて、ピストンピン穴13の内周面13aにもクロスハッチ状の溝2を形成した例について説明する。
【0054】
第2実施形態によるピストン90においては、
図8に示すように、ピストンピン穴13の内周面13aにクロスハッチ状の溝2が形成されている。溝2は、一方方向に沿って延びる複数の溝2aと他方方向に沿って延びる溝2bとが互いに交差している。そして、溝2aと溝2bとが交差するクロスハッチ角度βは、ピストンピン30との摺動方向(内周面13aまわりの方向)に対して15度以上35度以下の範囲に設定されている。
【0055】
ここで、第1実施形態における溝1(
図2参照)と第2実施形態における溝2とでは、クロスハッチ角度α(β)が共に同じ範囲内に設定される一方、クロスハッチの形成方向が互いに異なる。溝2が内周面13aとピストンピン30との摺動方向(Y方向)に対して15度以上35度以下の範囲に設定される理由は、次の通りである。
【0056】
ピストン90の使用に伴って内周面13aには内周面13aとピストンピン30との摺動に伴ってピストンピン穴13が半径方向外側に裂けやすい傾向にある。また、このような亀裂(クラック)は、ピストンピン30の挿入方向(X方向)に沿って成長しやすい。仮に溝2の形成方向がピストンピン30の挿入方向に対してクロスハッチ角度βを有していた場合、内周面13aにおいてX方向に亀裂が入った場合に溝2が亀裂の成長を助長する。
【0057】
そこで、ピストンピン穴13については溝2の形成方向を内周面13aとピストンピン30との摺動方向(内周面13aまわりの方向)に概略沿わせることにより、X方向に沿って亀裂が生じやすくなるのを抑制している。なお、内周面13aおける溝2以外の平滑面13b(
図8参照)は、表面粗さRaが0.2μm以下で形成されている。また、溝2が形成された内周面13aには、被覆層15は形成されていない。
【0058】
また、溝2(
図8参照)の形成方法についても、短パルスレーザ光発生装置102(
図5参照)を用いた短パルス状のレーザ光をピストンピン穴13の内周面13aに照射して形成する。この場合、加工機101(
図5参照)に対するピストン本体11の固定角度を調整することにより、内周面13aとピストンピン30との摺動方向(Y方向)に対して15度以上35度以下の範囲のクロスハッチ角度βとなるような溝2が形成される。なお、第2実施形態のその他の構成は、上記第1実施形態と同様である。
【0059】
第2実施形態では、以下のような効果を得ることができる。
【0060】
第2実施形態では、クロスハッチ角度βが15度以上35度以下の範囲に設定されたクロスハッチ状の溝2をピストンピン穴13の内周面13aに設けることによって、ピストンピン30と内周面13aとの摺動部分に供給されたオイルを溝2内により長時間留めることができる。この結果、ピストンピン穴13に十分なオイル保持能力が得られるのでピストンピン30と内周面13aとの耐焼付性を確保することができる。
【0061】
また、第2実施形態では、内周面13aとピストンピン30との摺動方向に対するクロスハッチ角度βの範囲内で溝2を内周面13aに形成することによって、半径方向外側に裂けやすいピストンピン穴13に対して溝2を形成した場合であっても、溝2に起因してX方向に成長する亀裂が拡大するのを極力防ぐことができる。なお、第2実施形態のその他の効果は、上記第1実施形態と同様である。
【0062】
[実施例]
次に、
図5および
図9〜
図14を参照して、上述した実施形態の効果を確認するために行った確認実験(実施例)について説明する。以下、確認実験として行った摩擦試験としてのリングオンディスク試験および往復摺動試験について説明する。
【0063】
(リングオンディスク試験、往復摺動試験)
まず、リングオンディスク試験(スラストシリンダ式(鈴木式)の試験方法に準ずる)では、上記実施形態におけるスカート部14への溝1の形成方法(
図5参照)と同様の製造プロセスにより、クロスハッチ角度α=30度、溝ピッチP=40μm、溝深さH=5μmおよび溝幅W=12μmを有するクロスハッチ状の溝をアルミニウム合金製の試験片に形成して、上記実施形態に対応する実施例1の試験片を作製した。
【0064】
また、実施例1に対する比較例1として、クロスハッチ状の溝を形成しない試験片(未処理品)を作製した。さらに比較例2として、一般的なショットピーニング処理(SP処理)によりスカート部の表面に微小かつ不規的な凹凸(凹部の深さは5μm程度)を形成した試験片を作製した。
【0065】
そして、80℃に保たれた潤滑油(0W−20オイル)中に、実施例1、比較例1および2の試験片をそれぞれ浸した状態でリング部材を試験片の表面に押し付けて回転させながら荷重を一定の割合で増加させていき、焼付発生時の摺動面に作用する単位面積当たりの荷重(焼付限界面圧(MPa))を測定した。なお、リングの回転速度を1.2m/秒、荷重を2分毎に245Nずつ増加させた。なお、リング部材に摩擦係数計測器(図示せず)を取り付けておき、摩擦係数計測器により計測されたリング部材と試験片との摩擦係数が所定値を超えた際に焼付が発生したと見なして試験設備が停止されるように設定した。
【0066】
図9に示した試験結果では、実施例1の試験片は、溝を全く形成しない比較例1の試験片(未処理品)に対して焼付限界面圧が27%増加するとともに、SP処理により表面に微小な凹凸を形成した比較例2の試験片に対しても焼付限界面圧が9%増加した。
【0067】
次に、往復摺動試験では、上記実施例1と同様の試験片、クロスハッチ状の溝を形成しない上記比較例1と同様の試験片、および、ショットピーニング処理(SP処理)を行った上記比較例2と同様の試験片を用いた。
【0068】
150℃の雰囲気中において、試験開始時に実施例1、比較例1および2の試験片の表面に潤滑油(0W−20オイル)を塗布した状態で、先端部が半球状を有する柱状ピンを試験片の表面に押し付けて往復摺動させて、焼付発生時の往復摺動回数を測定した。なお、荷重を500g重、摺動速度を60往復/分、および、摺動ストロークを10mmとした。なお、柱状ピンに摩擦係数計測器(図示せず)を取り付けておき、摩擦係数計測器により計測されたリング部材と試験片との摩擦係数が所定値を超えた際に焼付が発生したと見なして試験設備が停止されるように設定した。
【0069】
図10に示した試験結果では、実施例1の試験片は、SP処理により表面に微小な凹凸を形成した比較例2の試験片に対して焼付限界往復回数が100%増加(2倍に増加)した。
【0070】
また、実施例1の試験片、比較例1の試験片(未処理品)および比較例2の試験片における表面粗さ等の形状特性を比較した。測定項目として、JIS B 0671−2に基づく摩擦試験前の各試験片が有する表面粗さ(Ra:算術平均粗さ)、油溜まり深さ(Rvk)および有効負荷粗さ(Rk)をそれぞれ測定した。そして、試験片ごとのRa値、Rvk値、および、Rvk/Rk値(油溜まり深さと有効負荷粗さとの比:油溜まり深さ率)を比較した。
【0071】
図11において、まず、表面粗さ(左側の棒グラフ群)に関して、実施例1の試験片では比較例1の試験片(未処理品)に対して約3分の1に減少し、比較例2の試験片に対して約半分まで減少した。すなわち、スカート部14に溝1が形成されていても表面粗さRaは十分に小さいことが分かった。
【0072】
次に、油溜まり深さ(中央の棒グラフ群)に関して、実施例1の試験片では比較例1の試験片に対して約12倍増加し、比較例2の試験片に対して約2.3倍増加した。すなわち、実施例1の試験片には最も大きい油溜まり形状が形成されていることが分かった。
【0073】
さらには、油溜まり深さ率(右側の棒グラフ群)に関して、実施例1の試験片では比較例2の試験片に対して約13倍に増加していた。すなわち、実施例1の試験片では、有効負荷粗さに対して約6.7倍の大きさの油溜まり深さを有する十分な油溜まり形状が形成されていることが分かった。
【0074】
上記試験結果および表面形状測定結果(
図9〜
図11参照)から、実施例1の試験片は、比較例1および2の試験片よりも表面粗さが相対的に小さく滑らかな摺動面を有し、かつ、オイルを保持するに十分な油溜まり深さを有する摺動面を有していることが判明した。
【0075】
次に、本発明のクロスハッチ状の溝を構成するクロスハッチ角度α、溝ピッチPおよび溝深さHの各々の最適な範囲を調べるために行った確認実験1〜3について説明する。
【0076】
(確認実験1)
まず、
図12を参照して、クロスハッチ角度αの最適な範囲を調べた確認実験1について説明する。確認実験1では、溝ピッチP=40μm、溝深さH=5μm、溝幅W=12μmを固定し、クロスハッチ角度αを10度、15度、20度、30度、35度、40度、45度および55度まで変化させた試験片を作製した。そして、各々の試験片に対して上記説明した往復摺動試験を行った。なお、焼付限界往復回数が800回以上の場合に、その試験片に耐焼付性があると判断した。
【0077】
図12に示した往復摺動試験の結果から、クロスハッチ角度αが30度の場合に耐焼付性の最大値が存在することが分かった。なお、耐焼付性の有無を判断する焼付限界往復回数のしきい値を800回としたが、十分な耐焼付性を確保するためには、クロスハッチ角度αを15度以上35度以下の範囲に設定するのが好ましいとの判断に至った。
【0078】
(確認実験2)
次に、
図13を参照して、溝ピッチPの最適な範囲を調べた確認実験2について説明する。確認実験2では、クロスハッチ角度α=30度、溝深さH=5μm、溝幅W=12μmを固定し、溝ピッチPを40μmおよび100μmに変化させた試験片を作製して各々の試験片に対して往復摺動試験を行った。また、作製された各試験片の表面粗さ(Ra:算術平均粗さ)を測定した。
【0079】
図13に示した往復摺動試験の結果から、溝ピッチPを広げれば溝のオイル保持量が減少して焼付限界往復回数が減少する(グラフ左縦軸)一方、溝ピッチPを狭めれば試験片の表面が粗くなる(グラフ右縦軸)ことが分かった。そして、十分な耐焼付性を確保するためには、溝ピッチPを40μm以上60μm以下に設定するのが好ましいと判断した。
【0080】
(確認実験3)
次に、
図14を参照して、溝深さHの最適な範囲を調べた確認実験3について説明する。確認実験3では、クロスハッチ角度α=30度、溝ピッチP=40μm、溝幅W=12μmを固定とし、溝深さHを3μm、5μm、7μmおよび10μmに変化させた試験片を作製して各々の試験片に対して往復摺動試験を行った。また、作製された各試験片の表面粗さ(Ra:算術平均粗さ)を測定した。
【0081】
図14に示した往復摺動試験の結果から、溝深さHの増加とともに溝のオイル保持量が増加して焼付限界往復回数が増加する(グラフ左縦軸)一方、試験片の表面が粗くなる(グラフ右縦軸)ことが分かった。そして、十分な耐焼付性を確保するためには、溝深さHを4μm以上8μm以下の範囲に設定するのが好ましいと判断した。
【0082】
これらの結果から、摺動面にクロスハッチ状の溝を設けることによって、溝を全く設けない場合(比較例1)や、ショットピーニング処理により溝を設ける場合(比較例2)と比べて、オイル保持能力を向上させることが可能であることが判明した。この際、溝のクロスハッチ角度αを15度以上35度以下、溝ピッチPを40μm以上60μm以下、溝深さHを4μm以上8μm以下の範囲で形成することによって、母材表面(摺動面)の滑らかさを損ねることなく、オイル保持能力が維持されて十分な耐焼付性を有する摺動面を得ることが可能であることが確認された。
【0083】
今回開示された実施形態は、全ての点で例示であり制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記実施形態の説明ではなく特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更(変形例)が含まれる。
【0084】
たとえば、上記第1実施形態とその第1および第2変形例および第2実施形態では、自動車のエンジン100に用いられるピストン10に本発明を適用したが、本発明はこれに限られない。たとえば、船舶用の内燃機関など、設備機器用の内燃機関などに用いられるピストンに対して、本発明を適用してもよい。
【0085】
また、上記第2実施形態では、クロスハッチ状の溝1および2をスカート部14の表面14aおよびピストンピン穴13の内周面13aにそれぞれ形成したが、本発明はこれに限られない。溝2のみを内周面13aに形成してピストン本体11を構成してもよい。
【0086】
また、上記第1実施形態の第2変形例では、領域Aも領域Bもクロスハッチ角度αを同じにしたが、本発明はこれに限られない。すなわち、シリンダ内面との摺動領域(領域Aや領域Bなど)に応じて溝1のクロスハッチ角度αも異ならせてオイル保持能力がさらに維持されるように構成してもよい。
【0087】
また、上記第1実施形態とその第1および第2変形例および第2実施形態では、スカート部14の表面14a上に樹脂製の被覆層15(16)を形成したが、本発明はこれに限られない。すなわち被覆層15(16)を形成せずにピストン本体11を構成してもよい。