特許第6479246号(P6479246)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人明治大学の特許一覧

特許6479246特定の機能細胞を欠損する臓器を発達させる方法
<>
  • 特許6479246-特定の機能細胞を欠損する臓器を発達させる方法 図000002
  • 特許6479246-特定の機能細胞を欠損する臓器を発達させる方法 図000003
  • 特許6479246-特定の機能細胞を欠損する臓器を発達させる方法 図000004
  • 特許6479246-特定の機能細胞を欠損する臓器を発達させる方法 図000005
  • 特許6479246-特定の機能細胞を欠損する臓器を発達させる方法 図000006
  • 特許6479246-特定の機能細胞を欠損する臓器を発達させる方法 図000007
  • 特許6479246-特定の機能細胞を欠損する臓器を発達させる方法 図000008
  • 特許6479246-特定の機能細胞を欠損する臓器を発達させる方法 図000009
  • 特許6479246-特定の機能細胞を欠損する臓器を発達させる方法 図000010
  • 特許6479246-特定の機能細胞を欠損する臓器を発達させる方法 図000011
  • 特許6479246-特定の機能細胞を欠損する臓器を発達させる方法 図000012
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6479246
(24)【登録日】2019年2月15日
(45)【発行日】2019年3月6日
(54)【発明の名称】特定の機能細胞を欠損する臓器を発達させる方法
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20060101AFI20190225BHJP
   C12N 15/877 20100101ALI20190225BHJP
   C12N 5/077 20100101ALI20190225BHJP
   C12N 15/56 20060101ALN20190225BHJP
【FI】
   A01K67/027
   C12N15/877 Z
   C12N5/077
   !C12N15/56
【請求項の数】13
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2018-173749(P2018-173749)
(22)【出願日】2018年9月18日
【審査請求日】2018年10月5日
(31)【優先権主張番号】特願2017-178552(P2017-178552)
(32)【優先日】2017年9月19日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「革新的先端研究開発支援事業インキュベートタイプ(LEAP)」「発生原理に基づく機能的立体臓器再生技術の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】801000027
【氏名又は名称】学校法人明治大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107870
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100098121
【弁理士】
【氏名又は名称】間山 世津子
(72)【発明者】
【氏名】長嶋 比呂志
(72)【発明者】
【氏名】松成 ひとみ
(72)【発明者】
【氏名】中野 和明
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 航希
【審査官】 吉森 晃
(56)【参考文献】
【文献】 特表2013−521253(JP,A)
【文献】 日消誌,2008年,Vol.105,p.669-678
【文献】 日本繁殖生物学会 講演要旨集,2014年,Vol.107,OR1-27
【文献】 第78回特定胚及びヒトES細胞等専門委員会資料,2010年,URL,http://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/n721_01.pdf
【文献】 胆とすい,2014年,Vol.35 臨時増刊特大号,p.987-991
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 67/027
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS/WPIDS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
膵臓の形成が阻害された非ヒト動物を用いて膵臓の二次臓器を発達させる方法であって、膵臓の形成の阻害がPdx1プロモーター制御下でHes1遺伝子を過剰発現させることによって行われ、以下の工程を含むことを特徴とする方法、
(1)前記膵臓の形成が阻害された非ヒト動物の新生仔又は胎仔を、インスリン及び消化酵素を投与して、育成する工程。
【請求項2】
前記膵臓の二次臓器は、インスリン及び消化酵素を産生する機能の少なくとも一部が損なわれたまま発達する請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記膵臓の二次臓器が、特定の機能細胞を欠損する膵臓であることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記機能細胞が、β細胞であることを特徴とする請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記非ヒト動物が、ブタであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
膵臓の形成が阻害された非ヒト動物の新生仔又は胎仔を、インスリン及び消化酵素を投与して、育成することによって得られる非ヒト動物であって、膵臓の形成の阻害がPdx1プロモーター制御下でHes1遺伝子を過剰発現させることによって行われ、特定の機能細胞を欠損する膵臓の二次臓器を有することを特徴とする非ヒト動物。
【請求項7】
前記機能細胞が、β細胞であることを特徴とする請求項6に記載の非ヒト動物。
【請求項8】
前記非ヒト動物が、ブタであることを特徴とする請求項6又は7に記載の非ヒト動物。
【請求項9】
膵臓の形成が阻害された非ヒト動物の新生仔又は胎仔を、インスリン及び消化酵素を投与して、育成することによって発達させた膵臓の二次臓器であって、膵臓の形成の阻害がPdx1プロモーター制御下でHes1遺伝子を過剰発現させることによって行われ、特定の機能細胞を欠損していることを特徴とする膵臓の二次臓器
【請求項10】
前記機能細胞が、β細胞であることを特徴とする請求項9に記載の膵臓の二次臓器
【請求項11】
前記非ヒト動物が、ブタであることを特徴とする請求項9又は10に記載の膵臓の二次臓器
【請求項12】
前記膵臓の二次臓器に、移植した細胞が定着していることを特徴とする請求項9乃至11のいずれか一項に記載の膵臓の二次臓器
【請求項13】
請求項1又は2に記載の非ヒト動物を育成する工程を含むことを特徴とする、非ヒト動物体内での細胞の作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、臓器の形成が阻害された非ヒト動物を用いて二次臓器を発達させる方法に関する。また、本発明は、特定の機能細胞を欠損する二次臓器を有する非ヒト動物に関する。更にまた、本発明は、細胞の作製方法に関する。更にまた、本発明は、特定の機能細胞を欠損している二次臓器に関する。
【背景技術】
【0002】
胚盤胞補完法とは、臓器が欠損した動物の胚盤胞に、正常動物の細胞を注入し、正常動物の細胞由来の臓器を形成させる方法である。この胚盤胞補完法を利用し、本発明者は、膵臓欠損ブタ由来の胚(ホスト胚)に、正常ブタ由来の胚(ドナー胚)を注入し、仮親の体内で成長させることにより、ドナー由来の膵臓を持ったキメラブタの作出に成功している(非特許文献1)。非特許文献1では、ブタ同士のキメラを作出しているが、ドナーとしてヒト多能性幹細胞を用いれば、ヒト膵臓を持ったブタの作出も可能であり、そのようなヒト膵臓は、膵島移植などに利用し得る。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Matsunari et al., PNAS 110: 4557-4562(2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ブタなどの動物体内に、ヒトの臓器(膵臓など)や機能細胞(β細胞など)を作製することができるようになれば、ドナー不足に悩む移植医療の問題を解決できる。
【0005】
一方で、発生の初期段階においてヒトと動物のキメラ状態を誘導し、それによって作製された臓器や機能細胞をヒトに移植することは、現状倫理的に解決すべき課題が多い。それに比べると、発生の初期段階においてヒトと動物のキメラ状態を誘導せず、ブタなどの動物の臓器において、ヒトに定着可能な特定の機能細胞(β細胞など)を増殖させ、その機能細胞をヒトに移植するような細胞移植を行うことは、倫理的な障壁が低いと考えられる。
【0006】
しかしながら、このような細胞移植を行うための細胞の増殖に適した、特定の機能細胞(例えばβ細胞など)だけが存在せず、かつ当該特定の機能細胞を作製及び増殖させるための環境として機能する臓器又は組織は、これまで知られていなかった。
【0007】
本発明は、このような背景の下、動物体内に機能細胞を作製する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
膵臓形成が阻害されたブタ新生仔は、高血糖及び消化不良により出生後3日程度で死亡する。本発明者は、このような新生仔を生存させるため、インスリンと複合消化酵素を投与して育成したところ、成長に伴い本来膵臓が形成される部位に、膵臓様組織が形成されることを見出した。また、この膵臓様組織は、消化酵素やグルカゴンを産生するようになるが、インスリンを産生するようにはならないこと(即ち、β細胞は形成されないこと)も見出した。胎仔時には見られなかったこの膵臓様組織が、上記育成により、発達を開始し、さらにインスリンを産生するβ細胞が形成されない一方で、他の内分泌細胞や外分泌細胞を備えるような不完全な膵臓として形成されることは全く予想外のことであった。また、消化酵素やグルカゴンが産生されるにもかかわらず、インスリンだけが産生されないことも、全く予想外のことであった。
【0009】
上記育成により形成されるβ細胞を欠損する膵臓様組織は、β細胞以外の環境(組織構造や機能など)を備えており、β細胞の前駆細胞や多能性幹細胞を増殖させるための「あき空間」として非常に優れていると考えられる。従って、このβ細胞を欠損する膵臓様組織にヒト由来のβ細胞の前駆細胞などを移植することにより効率的にヒトβ細胞を作製できると考えられる。
【0010】
本発明は、以上の知見に基づき完成されたものである。
【0011】
即ち、本発明は以下の〔1〕〜〔18〕を提供するものである。
〔1〕臓器の形成が阻害された非ヒト動物を用いて二次臓器を発達させる方法であって、以下の工程を含むことを特徴とする方法、
(1)前記臓器の形成が阻害された非ヒト動物の新生仔又は胎仔を、形成が阻害された前記臓器の機能の少なくとも一部を補完して、育成する工程。
【0012】
〔2〕前記二次臓器は、前記育成において補完した機能の少なくとも一部が損なわれたまま発達する〔1〕記載の方法。
【0013】
〔3〕前記二次臓器が、特定の機能細胞を欠損する臓器であることを特徴とする〔1〕又は〔2〕に記載の方法。
【0014】
〔4〕前記機能細胞が、β細胞であることを特徴とする〔3〕に記載の方法。
【0015】
〔5〕前記工程(1)において、前記非ヒト動物の遺伝子改変により臓器形成を阻害することを特徴とする〔1〕乃至〔4〕のいずれかに記載の方法。
【0016】
〔6〕形成が阻害された前記臓器が膵臓であり、形成が阻害された膵臓の機能の補完を、少なくともインスリン及び消化酵素の投与により行うことを特徴とする〔1〕乃至〔5〕のいずれかに記載の方法。
【0017】
〔7〕前記遺伝子改変が、前記非ヒト動物においてPdx1プロモーター制御下でHes1遺伝子を過剰発現させることであることを特徴とする〔5〕に記載の方法。
【0018】
〔8〕前記非ヒト動物がブタであることを特徴とする〔1〕乃至〔7〕のいずれかに記載の方法。
【0019】
〔9〕臓器の形成が阻害された非ヒト動物の新生仔又は胎仔を育成することによって得られる非ヒト動物であって、特定の機能細胞を欠損する二次臓器を有することを特徴とする非ヒト動物。
【0020】
〔10〕前記臓器が膵臓であり、前記機能細胞がβ細胞であることを特徴とする〔9〕に記載の非ヒト動物。
【0021】
〔11〕前記非ヒト動物の新生仔又は胎仔がPdx1プロモーター制御下でHes1遺伝子を過剰発現させることにより臓器形成が阻害されたものであることを特徴とする〔10〕に記載の非ヒト動物。
【0022】
〔12〕前記非ヒト動物がブタであることを特徴とする〔9〕乃至〔11〕のいずれかに記載の非ヒト動物。
【0023】
〔13〕臓器の形成が阻害された非ヒト動物の新生仔又は胎仔の育成によって発達させた二次臓器であって、特定の機能細胞を欠損していることを特徴とする二次臓器。
【0024】
〔14〕前記臓器が膵臓であり、前記機能細胞がβ細胞であることを特徴とする〔13〕に記載の二次臓器。
【0025】
〔15〕前記非ヒト動物の新生仔又は胎仔がPdx1プロモーター制御下でHes1遺伝子を過剰発現させることにより臓器形成が阻害されたものであることを特徴とする〔14〕に記載の二次臓器。
【0026】
〔16〕前記非ヒト動物がブタであることを特徴とする〔13〕乃至〔15〕のいずれかに記載の二次臓器。
【0027】
〔17〕前記二次臓器に、移植した細胞が定着していることを特徴とする〔13〕乃至〔16〕のいずれかに記載の二次臓器。
【0028】
〔18〕〔1〕又は〔2〕に記載の非ヒト動物を育成する工程を含むことを特徴とする、非ヒト動物体内での細胞の作製方法。
【発明の効果】
【0029】
本発明は、臓器形成が阻害された非ヒト動物を用いて二次臓器を発達させる方法、特定の機能細胞を欠損する二次臓器を有する非ヒト動物、細胞の作製方法、及び特定の機能細胞を欠損している二次臓器を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】膵臓形成阻害ブタ(右)及び野生型ブタ(左)の内臓の写真。
図2】膵臓形成阻害ブタ及び野生型ブタの体重(上)と血糖値(下)の経時的変化を示す図。
図3】膵臓形成阻害ブタ及び野生型ブタの血液生化学値(23日齢及び60日齢)を示す図。
図4】膵臓形成阻害ブタ(右)及び野生型ブタ(左)の膵臓組織の免疫染色の結果を示す写真(38日齢)。膵臓形成阻害ブタの膵臓は、グルカゴン産生細胞を含む膵島様構造を持つが、インスリンの産生がみられなかった。
図5】介護育成(インスリン及び消化酵素を投与する育成)によって発達させた膵臓形成阻害ブタの二次膵臓(右)及び野生型ブタの膵臓(左)の写真。外部から細胞を注入するのに十分な容積を有する。
図6】介護育成によって発達させた膵臓形成阻害ブタの膵臓組織(下段)及び野生型ブタの膵臓組織(上段)のHE染色写真。膵臓形成阻害ブタの小葉は野生型ブタの小葉に比べ小さかったが、β細胞以外の組織を備えていた。
図7】膵臓形成阻害ブタ(上段)及び野生型ブタ(下段)の体重、膵臓重量、及び膵臓重量比を示す図。
図8】膵臓形成阻害ブタ(右)及び野生型ブタ(左)の膵臓組織のアミラーゼの免疫染色の結果を示す写真。膵臓形成阻害ブタの膵臓組織中にアミラーゼ陽性細胞が認められた。
図9】繊維芽細胞を移植した膵臓形成阻害ブタの膵臓組織の写真。左がHE染色画像、右が蛍光画像である。移植した繊維芽細胞は、CM-Dilで染色している。
図10】膵臓形成阻害ブタ(右)及び野生型ブタ(左)網膜の免疫組織化学的染色像。膵臓形成阻害ブタの網膜では、糖尿病網膜症による新生血管が発生している。
図11】膵臓形成阻害ブタ(右)及び野生型ブタ(左)の右眼の写真。膵臓形成阻害ブタは、糖尿病に特徴的な白内障を発症している。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明を詳細に説明する。
(A)臓器形成が阻害された非ヒト動物を用いて二次臓器を発達させる方法
本発明の臓器形成が阻害された非ヒト動物を用いて二次臓器を発達させる方法は、(1)前記臓器の形成が阻害された非ヒト動物の新生仔又は胎仔を、形成が阻害された前記臓器の機能の少なくとも一部を補完して、育成する工程を含むことを特徴とするものである。
【0032】
形成を阻害する臓器としては、膵臓を挙げることができるが、生存した新生仔又は胎仔を得ることができる臓器であれば、膵臓以外の臓器であってもよい。膵臓以外の臓器としては腎臓を挙げることができる。
【0033】
臓器形成の阻害は、臓器を有する非ヒト動物の遺伝子を改変する遺伝子改変により行うことができる。例えば、膵臓の形成を阻害する場合は、Pdx1遺伝子のプロモーターにHes1遺伝子を連結したPdx1-Hes1遺伝子を用いる、すなわちPdx1プロモーター制御下でHes1遺伝子を過剰発現させて行うことができる(Matsunari et al., PNAS 110: 4557-4562(2013))。また、薬剤の投与によって、臓器形成を阻害してもよい。一方、Pdx1遺伝子を破壊することによって臓器形成を不可能としてしまうと、本発明の効果が得られない。腎臓の形成を阻害する場合は、Six2-Notch2 遺伝子を過剰発現させること (Fujimura et al., J Am Soc Nephrol, 21:803-810, 2010)や、Sall1やPax2等腎臓発生を制御する遺伝子の発現阻害又は抑制することによって行うことができる。
【0034】
臓器形成を阻害させる動物は、ヒト以外の動物であればどのような動物でもよいが、好ましくは、哺乳動物である。動物の具体例としては、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ウマ、ウシ、ヒツジ、ブタ、ヤギ、サルを挙げることができる。これらの中でも、ブタを好ましい動物として挙げることができる。
【0035】
本発明において「二次臓器」とは、形成が阻害された臓器(例えば膵臓)が本来形成される体内の部位に、非ヒト動物を育成し成長させることによって形成された臓器様の組織をいう。二次臓器は、本来の臓器としての機能を100%有していてもよく、一部しか有していなくてもよい。好ましい二次臓器としては、特定の機能細胞を欠損する二次臓器を挙げることができる。ここで、「機能細胞」とは、臓器中に含まれる細胞で何らかの機能を持つ細胞を意味し、例えば、膵臓におけるα細胞、β細胞、γ細胞などである。好ましい機能細胞としては、β細胞を挙げることができる。特定の機能細胞を欠損する好ましい臓器としては、β細胞を欠損する膵臓を挙げることができる。
【0036】
臓器形成が阻害された非ヒト動物の新生仔又は胎仔は、公知の方法によって得ることができる。例えば、Pdx1-Hes1遺伝子を利用して膵臓形成を阻害したブタの新生仔又は胎仔は、以下の(a)〜(d)の方法により得ることができる。
(a)Pdx1-Hes1 遺伝子を組み込んだ精子を用いて、野生型雌に人工授精を行う。
(b)Pdx1-Hes1 遺伝子を組み込んだ精子を用いて野生型雌に由来する卵に体外授精を施す。
(c)Pdx1-Hes1 遺伝子を組み込んだ精子を産する雄を、野生型雌と交配する。
(d)Pdx1-Hes1 遺伝子を組み込んだ体細胞の核移植によって、クローンブタを作出する。
【0037】
「形成が阻害された臓器の機能の少なくとも一部を補完する」とは、例えば、臓器が本来産生する酵素やホルモン若しくはそれらと同等の機能を有する薬剤を投与すること、臓器の機能を代替する細胞等を移植すること、又は臓器の機能を代替する機器を使用することなどである。臓器の機能は、完全に補完される必要はなく、非ヒト動物の新生仔又は胎仔が生存できる限り部分的な補完であってもよい。具体的な補完方法は、臓器の種類に応じて適宜決めることができる。例えば、膵臓の機能を補完する場合は、膵臓が産生するホルモンや消化酵素の全部又は一部を投与すればよい。具体的には、膵臓はグルカゴン、インスリン、ソマトスタチンなどのホルモンを産生するので、これらの全部又は一部を投与することができ、また、タンパク質分解酵素(キモトリプシン、トリプシン)、多糖分解酵素(アミラーゼ)、脂肪分解酵素(リパーゼ)などの消化酵素を産生するので、これらの全部又は一部を投与することができる。また、膵臓が産生するホルモンや消化酵素そのものを投与する代わりに、それらと同等の機能を有する薬剤を投与してもよい。膵臓の機能を補完する好ましい育成方法としては、インスリン及び消化酵素を投与する育成方法を挙げることができる。ここで投与する消化酵素としては、タンパク質分解酵素、多糖分解酵素、及び脂肪分解酵素を挙げることができる。
【0038】
新生仔又は胎仔の育成は、形成が阻害された臓器の機能の少なくとも一部を補完すること以外は、通常の方法に従って行うことができる。
【0039】
上記方法により形成させた二次臓器には、後述するように、ヒト由来の細胞を移植する場合があるが、このような異種移植により拒絶反応が起きる。この拒絶反応を回避するため、二次臓器を発達させる非ヒト動物の遺伝子を改変し、免疫不全(SCID)を誘導することが好ましい。このような免疫不全を誘導する方法は、多くの文献において報告されており、本発明者もIL2RG遺伝子のノックアウトにより免疫不全ブタを作製している(Watanabe et al., PLoS One 8(10): e76478 (2013))。従って、免疫不全の誘導は、このような文献の記載に従って行うことができる。また、免疫系確立前の胎仔に多量のヒト由来の細胞を移植することにより、ヒト由来の細胞に対する免疫寛容を誘導することが可能なので、そのような方法によって異種移植による拒絶反応を回避してもよい。
【0040】
二次臓器を発達させるための育成期間は特に限定されない。発達させた二次臓器を後述する機能細胞の作製方法に用いる場合には、機能細胞を採取できる時期まで育成を行う。
【0041】
(B)非ヒト動物
本発明の非ヒト動物は、臓器形成が阻害された非ヒト動物の新生仔又は胎仔を育成することによって得られる非ヒト動物であって、特定の機能細胞を欠損する二次臓器を有することを特徴とするものである。
【0042】
本発明の非ヒト動物は、後述する機能細胞の作製方法に用いることができるが、それ以外にも、疾患や奇形のモデル動物として用いることもできる。例えば、欠損した特定の機能細胞が、インスリン産生に寄与するβ細胞である非ヒト動物の場合、糖尿病に起因する合併症、例えば網膜症、腎症、神経障害、血管障害や白内障などのモデル動物として用いることができる。
【0043】
機能細胞の種類、特定の機能細胞を欠損する二次臓器の種類、臓器形成を阻害させる動物の種類は上記の「臓器形成が阻害された非ヒト動物を用いて二次臓器を発達させる方法」と同様のものでよい。また、臓器形成を阻害する方法、及び新生仔又は胎仔を育成する方法も上記の「臓器形成が阻害された非ヒト動物を用いて二次臓器を発達させる方法」と同様に行うことができる。
【0044】
なお、上述のように、本明細書においては、「非ヒト動物」という「物」を構造や特性ではなく、製造方法によって特定しているが、これは、「非ヒト動物」は生物であることから、その構造や特性は極めて複雑であり、それらを特定する作業を行うことは、著しく過大な経済的支出や時間を必要とするからである。
【0045】
(C)機能細胞の作製方法
本発明の機能細胞の作製方法は、(1)前記非ヒト動物の前記二次臓器に、少なくとも前記機能細胞の前駆細胞又は多能性幹細胞を移植する工程及び(2)前記前駆細胞又は前記多能性幹細胞を前記機能細胞に誘導する工程を含むことを特徴とするものである。
【0046】
「機能細胞の前駆細胞」とは、幹細胞から発生し、機能細胞へ分化することのできる細胞を意味し、例えば、膵臓におけるα細胞の前駆細胞、β細胞の前駆細胞、γ細胞の前駆細胞などである。好ましい機能細胞の前駆細胞としては、β細胞の前駆細胞を挙げることができる。機能細胞の前駆細胞の代わりに、適切に分化誘導した多能性幹細胞を移植してもよい。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)などを用いることができる。また、機能細胞の前駆細胞や多能性幹細胞に加え、他の細胞を移植してもよい。例えば、膵臓の場合、膵島形成に関連する細胞を移植することが好ましい。膵島形成に関連する細胞の例としては、間質細胞や血管の誘導に関連する細胞、内分泌細胞等が挙げられる。
【0047】
本発明の機能細胞の作製方法は、ヒトへの移植用の機能細胞の作製を主たる目的とするものなので、移植する前駆細胞や多能性幹細胞はヒト由来のものであることが好ましい。
【0048】
二次臓器に移植する細胞の数は、動物の種類、細胞の種類、二次臓器の種類などに応じて適宜決めることができ、特に限定されるものではないが、例えば、ブタの膵臓に細胞を移植する場合は、通常、1×106〜5×108である。
【0049】
移植を行う時期は、細胞の種類、二次臓器の種類、動物の種類などに応じて適宜決めることができ、特に限定されるものではないが、ブタの膵臓に細胞を移植する場合は、通常、ブタの日齢が10〜90日である時期に行う。
【0050】
移植する細胞がヒト由来の細胞である場合、異種移植による拒絶反応が起きる。細胞を移植する非ヒト動物が、上述した免疫不全動物又はヒト由来の細胞に対する免疫寛容を誘導した動物であれば、これを回避できるが、そうでない場合は、非ヒト動物に免疫抑制剤(例えば、シクロスポリンなど)を投与することにより、拒絶反応を回避することが好ましい。
【0051】
特定の機能細胞を欠損する二次臓器は、特定の機能細胞を欠くものの、他の機能細胞や組織を備えていることから、特定の機能細胞に分化し易い環境を有しているということができる。従って、この臓器に、前駆細胞や多能性幹細胞を移植した場合、特別な処理をしなくても、それらは特定の機能細胞に分化していくと考えられる。但し、特定の機能細胞への分化を促進するため、薬剤や成長因子などの物質を二次臓器に注入してもよい。
【0052】
移植後適当な時期に二次臓器から機能細胞を採取する。採取時期は、細胞の種類、二次臓器の種類、動物の種類などに応じて適宜決めることができ、特に限定されるものではないが、ブタの膵臓からβ細胞を採取する場合は、通常、移植から1〜12ヶ月後に採取する。
【0053】
ヒト由来の機能細胞を非ヒト動物中で作製することは、本発明の方法以外の方法、例えば、胚盤胞補完法などによっても可能であるが、本発明の方法は、以下の点で、従来の方法よりも優れている。
【0054】
(a)胚盤胞補完法では、胚盤胞のような発生の初期段階にヒト由来の細胞を移植する。このような発生の初期段階に移植を行うとヒト由来の細胞は希釈されてしまう。即ち、移植されたヒト由来の細胞の一部は機能細胞に分化するが、大部分は機能細胞以外の細胞に分化あるいは消失するため、得られるヒト由来の機能細胞の量は少なくなる。これに対し、本発明の方法では、既に分化した臓器にヒト由来の細胞を移植するので、移植した細胞の大部分が機能細胞に分化し、多量のヒト由来の機能細胞を得られると考えられる。
【0055】
(b) 胚盤胞補完法では、胚盤胞にヒト由来の細胞を移植するが、胚盤胞中に含まれる細胞は未分化な細胞であり、これらは時間の経過に伴い成体の細胞に分化していく。移植されたヒト由来の細胞は、このようなホスト細胞の分化進度に合わせながら、自らも分化していかなければ最終的に機能細胞になることはできない。このため、ホスト細胞の分化進度との関係で、機能細胞になることができないヒト由来の細胞も多数存在すると考えられる。本発明の方法では、既に分化した臓器にヒト由来の細胞を移植するので、前記したホスト細胞の分化進度との問題は生じないと考えられる。
【0056】
(D)二次臓器
本発明の二次臓器は、臓器形成が阻害された非ヒト動物の新生仔又は胎仔の育成によって発達させた二次臓器であって、特定の機能細胞を欠損していることを特徴とするものである。
【0057】
機能細胞の種類、特定の機能細胞を欠損する二次臓器の種類、臓器形成を阻害させる動物の種類は上記の「臓器形成が阻害された非ヒト動物を用いて二次臓器を発達させる方法」と同様のものでよい。また、臓器形成を阻害する方法、及び新生仔又は胎仔を育成する方法も上記の「臓器形成が阻害された非ヒト動物を用いて二次臓器を発達させる方法」と同様に行うことができる。
【実施例】
【0058】
次に、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0059】
〔実施例1〕 膵臓形成が阻害されたブタ新生仔の取得
本発明者は、以前に、Pdx1-Hes1遺伝子を有し、膵臓形成が阻害されたブタ由来の胚(ホスト胚)に正常ブタ由来の胚(ドナー胚)を注入した後、これを仮親の体内で成長させることにより、ドナー由来の膵臓を持つキメラブタを作出している(Matsunari et al., PNAS 110: 4557-4562(2013))。このキメラブタの雄を、野生型雌ブタと自然交配することにより、常に一定の割合で膵臓形成が阻害された新生仔を得ることができる。
【0060】
本実施例において使用する膵臓形成が阻害されたブタ新生仔は、このようなキメラブタとの自然交配により取得した。
【0061】
〔実施例2〕 膵臓形成が阻害されたブタ新生仔の育成
Pdx1-Hes1遺伝子を有することにより膵臓形成を阻害された(厳密には痕跡的な膵臓組織のみを有する。)ブタ新生仔は、内分泌細胞(インスリンを生産するβ細胞など)と外分泌細胞を欠く。そのため、出生後は強度の高血糖及び消化不良のために、3日程度で死亡する。
【0062】
このような膵臓形成阻害ブタ新生仔に、インスリンと複合消化酵素を適宜投与することにより、血糖値を正常値に近づけ、かつ個体成長と膵臓の発達を誘導した。
【0063】
1) インスリン製剤:
レベミル(ノボノルディクス)0.2-0.3 IU/kg/回 1日2回あるいはトレシーバ(ノボノルディクス)1日1回を投与した。
【0064】
2) インスリン投与法:
皮下注射、あるいはインスリンポンプによって連続的に投与した。
【0065】
3) 消化酵素複合剤:
ベリチーム(塩野義製薬)を、日量150mg-750mgを代用乳あるいは固形(粉末)飼料に混合して給与した。ベリチームには、リパーゼ、セルラーゼ、ビオヂアスターゼ、パンクレアチンが含まれる。
【0066】
4) 飼料および給餌法:
0-7日齢では、代用乳の人工哺乳あるいは母豚による哺乳を行い、8日齢以後は、代用乳粉末あるいは粉末飼料による制限給餌(自由摂食ではなく、一日量を決めた給餌)を行った。
【0067】
〔実施例3〕 膵臓形成が阻害されたブタ新生仔の介護育成に伴う膵臓の発達
1) 血糖値制御と成長:
膵臓形成が阻害されたブタ新生仔を実施例2に記載の方法により育成した結果、図2に示すように血糖値はある程度制御され、個体は成長した。
【0068】
2) 血液生化学値:
膵臓形成阻害ブタの血液生化学値(図3)は、インスリン産生が廃絶していることと、成長に伴いグルカゴン生産が認められることを示す。グルカゴン生産は、発達した膵臓組織の免疫染色においても確認された(図4)。一方、インスリン産生は膵臓組織の免疫染色においても認められなかった(図4)。
【0069】
3) 膵臓の発達:
膵臓形成阻害ブタ新生仔の介護育成によって、膵臓組織は発達した(図5、6)。膵臓組織の大きさは、野生型に比べて約10分の1であったが(図7)、アミラーゼの生産も認められた(図8)。
【0070】
〔実施例4〕 β細胞を欠く膵臓組織への自家細胞の移植
膵臓形成阻害ブタ新生仔の介護育成によって発達させた膵臓組織は、特定の機能細胞であるβ細胞を欠くものの、他の機能細胞・組織を備えていることから、その組織中に特定の機能細胞の前駆細胞や、適切に分化誘導した多能性幹細胞を移植することで、特定の機能細胞を定着・増殖させることができると推測される。
【0071】
これを確認するため、3.5ヶ月齢の膵臓形成阻害ブタの膵臓組織内に、自家細胞(繊維芽細胞)を注入した。その結果、自家細胞はコロニーを形成した(図9)。移植細胞がβ細胞の前駆細胞あるいは多能性幹細胞であった場合、膵臓組織の環境を利用してβ細胞の形成・増殖が可能であると推測される。すなわち、発達過程にある膵臓形成阻害ブタの膵臓組織内の環境にヒト多能性幹細胞を定着させることによって、ヒトの膵臓機能細胞(β細胞等)を発達させ得ると考えられる。
【0072】
〔実施例5〕 膵臓形成が阻害されたブタの疾患
1) 糖尿病性網膜症
膵臓形成が阻害されたブタ新生仔を実施例2に記載の方法により育成し、育成80日後の網膜の免疫組織化学的染色像を観察した結果、糖尿病性網膜症に特徴的な病理像が確認された(図10)。一方、野生型の同期間育成後の網膜は健常であった(図10)。
【0073】
2) 白内障
膵臓形成が阻害されたブタ新生仔を実施例2に記載の方法により育成し、育成39日後の眼を観察した結果、白内障を発症していることが確認された(図11)。一方、野生型の同期間育成後の眼は健常であった(図11)。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明は、特定の機能細胞を欠損する二次臓器を有する非ヒト動物に関するものなので、このような動物を取り扱う産業分野に利用可能である。
【要約】
【課題】 ブタなどの動物体内に、β細胞などの機能細胞を作製する手段を提供する。
【解決手段】 臓器の形成が阻害された非ヒト動物を用いて二次臓器を発達させる方法であって、前記臓器の形成が阻害された非ヒト動物の新生仔又は胎仔を、形成が阻害された前記臓器の機能の少なくとも一部を補完して、育成する工程を含む方法。
【選択図】 なし
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11