【文献】
北崎 訓 他,酵母の成長特性に対する大気圧DBD照射効果,応用物理学関係連合講演会講演予稿集 第59回,2012年,08−183, 17a−B8−8
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、具体的な実施形態について、真核細胞の増殖方法および真核細胞の生産方法を例に挙げて図を参照しつつ説明する。
【0018】
(第1の実施形態)
1.プラズマ発生装置
1−1.装置全体の構成
本実施形態の真核細胞の増殖方法および真核細胞の生産方法に用いられるプラズマ発生装置100について説明する。プラズマ発生装置100は、非平衡大気圧プラズマを発生させる装置である。
図1は、プラズマ発生装置100の概略構成を示す図である。
図1に示すように、プラズマ発生装置100は、チャンバー110と、載置台120と、ガス供給部130と、ガス排出部140と、プラスチックカバー150と、ラジカル照射部200と、を有している。
【0019】
チャンバー110は、ラジカル照射部200を収容するとともに、大気から遮断したガスを収容するためのものである。載置台120は、プラズマを照射する対象であるサンプルを載置するための台である。また、載置台120は、プラズマの照射方向に対して垂直な方向にスライドできるようになっている。そのため、プラズマ生成物を対象物に照射する際に、対象物に均等にプラズマ生成物を照射することができる。
【0020】
ガス供給部130は、チャンバー110の内部にガスを供給するためのものである。ガス排出部140は、チャンバー110の内部からガスを排出するためのものである。プラスチックカバー150は、ラジカルを照射している間に、プラスチックカバー150の内部に大気が入るのを防止するためのものである。そのため、外部の大気の影響を排除した状態で、ラジカルを好適に懸濁液に照射できる。
【0021】
ラジカル照射部200は、プラズマ発生領域に発生するプラズマ生成物のうちラジカルを照射するためのものである。ここで、プラズマ生成物とは、プラズマ発生領域に発生する化学種等のことをいうものとする。つまり、プラズマ生成物として、イオン、電子、ラジカル、光等が挙げられる。ラジカル照射部200は、これらのプラズマ生成物のうちラジカルを照射する。具体的には、ラジカル照射部200は、三重項酸素原子と一重項酸素分子とを照射する。また、ラジカル照射部200は、オゾンを照射することもある。なお、後述するように、ラジカル照射部200は、紫外線等の光を照射することはない。また、ラジカル照射部200は、電子やイオンを照射することもない。
【0022】
ここで、ラジカルとは、不対電子を備える中性粒子である。厳密には、三重項酸素原子は不対電子を有しない。しかし、本明細書では、ラジカルは、三重項酸素原子と一重項酸素分子とを含むこととする。
【0023】
図1に示すように、ラジカル照射部200は、照射口210と、プラズマガス供給部220と、電力供給部230と、ロボットアーム240と、を有している。照射口210は、ラジカルをサンプルに照射するためのものである。プラズマガス供給部220は、ラジカル照射部200にプラズマガスを供給するためのものである。電力供給部230は、ラジカル照射部200の各部に電力を供給するためのものである。ロボットアーム240は、ラジカル照射部200を移動させるためのものである。
【0024】
図2は、照射口210を示す斜視図である。照射口210は、2つのスリット211を有している。スリット211は、長さ16mm、幅0.5mmで開口している開口部である。スリット211から、ラジカルが照射される。照射口210は、スリット211の幅方向に移動することができるようになっている。サンプルにまんべんなくラジカルを照射するためである。
【0025】
1−2.ラジカル照射部
図3は、ラジカル照射部200の内部構造を示す図である。ラジカル照射部200は、照射口210の他に、放電部250と、中間構造部260と、ノズル部270と、を有している。
【0026】
放電部250は、その内部にプラズマ発生領域を有している。そのため放電部250は、対向する電極対を有している。そして、その電極対の間の空間でプラズマが発生する。そのプラズマは、イオン、電子、ラジカル、紫外線等を含んでいる。
【0027】
中間構造部260は、上記のプラズマから、イオンと、電子と、紫外線と、を除去する構造体である。そのため、プラズマから発生したもののうち、ラジカルを含む中性粒子がノズル部270に供給される。
【0028】
ノズル部270は、ラジカルを含む中性粒子を照射口210のスリット211に送出するためのものである。つまり、本実施形態のラジカル照射部200は、サンプルに、プラズマ生成物のうち中性粒子を吹き付けるものである。この中性粒子には、ラジカルとアルゴン原子とが含まれている。
【0029】
2.ラジカルの照射量
2−1.面積照射量と体積照射量
ラジカルの照射量には、面積照射量と体積照射量とがある。面積照射量は、平坦面の上に配置されている真核細胞にラジカルを直接照射する場合に用いる。体積照射量は、液体中の真核細胞にラジカルを照射する場合に用いる。体積照射量については後述する。
【0030】
2−2.面積照射量の定義
ここで、ラジカルの面積照射量は、次式で表される。
DV = RD × V1 × ET × S1 / S2
DV:ラジカルの面積照射量(cm
-2)
RD:ラジカル密度(cm
-3)
V1:ラジカルの流速(m/sec)
ET:ラジカルの照射時間(sec)
S1:照射口の面積(cm
2 )
S2:照射する領域の面積(cm
2 )
面積照射量は、照射する領域に照射される単位面積あたりの三重項酸素原子の数である。ここで、ラジカル密度RDは、三重項酸素原子の密度である。
【0031】
なお、ラジカルのフラックスは、次式で表される。
F1 = RD × V1
F1:フラックス(cm
-2/sec)
【0032】
3.ラジカルの照射による真核細胞の増殖方法
本実施形態における真核細胞の増殖方法は、プラズマ発生装置100により発生させたラジカルを真核生物に照射するラジカル照射工程を有する。そして、ラジカル照射工程では、ラジカルの照射量を予め定めた第1の照射量以下として、ラジカルを真核細胞に照射し、真核細胞を増殖させる。また、ラジカル照射工程では、三重項酸素原子と一重項酸素分子との少なくとも一方を真核細胞に照射する。実際には、三重項酸素原子と一重項酸素分子との両方を真核細胞に照射する。また、さらにオゾンを照射することとしてもよい。
【0033】
3−1.真核細胞準備工程
まず、真核細胞を準備する。例えば、寒天培地に真核細胞を培養する。または、その他の平坦面上に真核細胞を配置する。
【0034】
3−2.ラジカル照射工程
次に、プラズマ発生装置100からラジカルを寒天培地の真核細胞に向けて照射する。本実施形態では、3.8×10
17cm
-2以下の三重項酸素原子を真核細胞に照射する。ここで、第1の面積照射量は、3.8×10
17cm
-2である。これにより、真核細胞は、増殖する。また、この照射に際して、一重項酸素分子も、真核細胞に照射される。
【0035】
4.本実施形態の効果
三重項酸素原子と一重項酸素分子とを含むラジカルを真核細胞に第1の照射量以下だけ照射すると、その真核細胞は増殖する。なお、ラジカルを真核細胞に第1の照射量より多い量だけ照射すると、その真核細胞は減少する。ラジカルの照射量の大小によって真核細胞が増殖したり減少する理由は、必ずしも明らかではない。実験結果については、後述する。
【0036】
5.真核細胞の生産方法
以上により説明した真核細胞の増殖方法を用いて、真核細胞を生産することができる。つまり、真核細胞の数を増加させて、短い時間で真核細胞を増産することができる。
【0037】
6.本実施形態のまとめ
以上詳細に説明したように、本実施形態の真核細胞の増殖方法は、第1の面積照射量として3.8×10
17cm
-2以下のラジカルを真核細胞に照射することにより、真核細胞を増殖させる。
【0038】
なお、本実施形態は単なる例示にすぎない。したがって当然に、その要旨を逸脱しない範囲内で種々の改良、変形が可能である。例えば、プラズマを発生させるガスはアルゴンに限らない。その他の希ガスであってもよい。
【0039】
また、プラズマ照射装置におけるプラズマ条件を、真空紫外吸収分光法を用いることによりフィードバックをかけることとするとなおよい。これにより、電子密度やガス温度、そしてラジカル密度を調整することができる。
【0040】
(第2の実施形態)
第2の実施形態について説明する。本実施形態では、第1の実施形態と同様に、真核細胞にラジカルを照射することに変わりない。ただし、本実施形態では、真核細胞を懸濁した懸濁液にラジカルを照射する。そのため、本実施形態では、懸濁液に供給されたラジカルは、液体中で真核細胞に作用することとなる。
【0041】
1.ラジカルの照射量
1−1.面積照射量と体積照射量
ラジカルの照射量には、面積照射量と体積照射量とがある。体積照射量は、液体中の真核細胞にラジカルを照射する場合に用いる。
【0042】
1−2.体積照射量の定義
液体に供給されるラジカルの体積照射量は、次式で表される。
SV = RD × V1 × ET × S1 / C1
SV:ラジカルの体積照射量(cm
-3)
RD:ラジカル密度(cm
-3)
V1:ラジカルの流速(m/sec)
ET:ラジカルの照射時間(sec)
S1:照射口の面積(cm
2 )
C1:懸濁液の容積(cm
3 )
体積照射量は、真核細胞を含む液体(懸濁液)の容積に対して供給される三重項酸素原子の数である。ここで、ラジカル密度RDは、三重項酸素原子の密度である。
【0043】
2.ラジカルの照射による真核細胞の増殖方法
本実施形態における真核細胞の増殖方法は、プラズマ発生装置100により発生させたラジカルを真核生物に照射するラジカル照射工程を有する。そして、ラジカル照射工程では、ラジカルの照射量を予め定めた第1の照射量以下として、ラジカルを真核細胞に照射し、真核細胞を増殖させる。また、ラジカル照射工程では、三重項酸素原子と一重項酸素分子との少なくとも一方を真核細胞に照射する。実際には、三重項酸素原子と一重項酸素分子との両方を真核細胞に照射する。その際に、真核細胞は、懸濁液中に分散されている。
【0044】
2−1.懸濁液作製工程
寒天培地において真核細胞を培養する。そして、寒天培地から真核細胞を取り出し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS(−))に懸濁する。このように、真核細胞を懸濁した懸濁液を作製する。
【0045】
2−2.ラジカル照射工程
次に、プラズマ発生装置100からラジカルを懸濁液の真核細胞に向けて照射する。ここでは、第1の照射量以下の三重項酸素原子を真核細胞に照射する。第1の照射量は、懸濁液の容積に対して供給される三重項酸素原子の数である第1の体積照射量である。第1の体積照射量は、3.0×10
17cm
-3である。これにより、真核細胞は、増殖する。また、この照射に際して、一重項酸素分子も、真核細胞に照射される。
【0046】
3.本実施形態の効果
三重項酸素原子と一重項酸素分子とを含むラジカルを真核細胞に第1の照射量以下だけ照射すると、その真核細胞は増殖する。なお、ラジカルを真核細胞に第1の照射量より多い量だけ照射すると、その真核細胞は減少する。ラジカルの照射量の大小によって真核細胞が増殖したり減少する理由は、必ずしも明らかではない。実験結果については、後述する。
【0047】
4.真核細胞の生産方法
以上により説明した真核細胞の増殖方法を用いて、真核細胞を生産することができる。つまり、真核細胞の数を増加させて、短い時間で真核細胞を増産することができる。
【0048】
5.変形例
5−1.懸濁方法
または、液体培養しておいた真核細胞から、遠心分離機を用いて集菌する。そして、それらの真核細胞をリン酸緩衝生理食塩水(PBS(−))3mlに懸濁してもよい。
【0049】
6.本実施形態のまとめ
以上詳細に説明したように、本実施形態の真核細胞の増殖方法は、第1の体積照射量として3.0×10
17cm
-3以下のラジカルを真核細胞を含む懸濁液に照射することにより、真核細胞を増殖させる。
【0050】
なお、本実施形態は単なる例示にすぎない。したがって当然に、その要旨を逸脱しない範囲内で種々の改良、変形が可能である。例えば、プラズマを発生させるガスはアルゴンに限らない。その他の希ガスであってもよい。
【0051】
また、プラズマ照射装置におけるプラズマ条件を、真空紫外吸収分光法を用いることによりフィードバックをかけることとするとなおよい。これにより、電子密度やガス温度、そしてラジカル密度を調整することができる。
【0052】
(第3の実施形態)
第3の実施形態について説明する。本実施形態では、第2の実施形態と同様に、懸濁液中の真核細胞にラジカルを照射する。第2の実施形態と異なる点について説明する。
【0053】
1.真核細胞と細胞周期
図4に、真核細胞の細胞分裂の細胞周期を示す。真核細胞は、いずれも、
図4に示す細胞周期により細胞分裂を引き起こす。すなわち、
図4に示す細胞周期は、あらゆる真核細胞に共通の事象である。
【0054】
図4に示すように、細胞周期には、G1期、S期、G2期、M期、が、この順序で存在する。S期は、DNAを複製する期間である。M期は、倍加したDNAおよび細胞内小器官を均等に分割する期間である。G1期、G2期は、これらの間に位置する期間である。
【0055】
ある容器内に多数の真核細胞がある場合には、それらの真核細胞は、一般に、異なる細胞周期にある。例えば、容器内の真核細胞のうち、ある真核細胞は、G1期を迎えており、別の真核細胞は、M期を迎えている。
【0056】
2.ラジカルの周期的な照射による真核細胞の増殖方法
ここで、本実施形態における真核細胞の増殖方法について説明する。本実施形態のラジカル照射工程では、第1の周期でラジカルを真核細胞に周期的に照射する。この第1の周期は、真核細胞の細胞周期におけるG1期に同調している。これにより、真核細胞がG1期にあるときに、ラジカルを真核細胞に照射することができる。後述するように、真核細胞のうち、G1期にあるものが増殖し、G1期にないものがわずかに減少する。その結果、全体としては、通常よりも早く、真核細胞が増殖する。
【0057】
2−1.懸濁液作製工程
寒天培地において真核細胞を培養する。そして、寒天培地から真核細胞を取り出し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS(−))に懸濁する。このように、真核細胞を懸濁した懸濁液を作製する。
【0058】
2−2.ラジカル照射工程
次に、プラズマ発生装置100からラジカルを懸濁液の真核細胞に向けて照射する。ここでは、第1の照射量以下の三重項酸素原子を真核細胞に照射する。第1の照射量は、懸濁液の容積に対して供給される三重項酸素原子の数である第1の体積照射量である。第1の体積照射量は、3.0×10
17cm
-3である。これにより、真核細胞は、増殖する。また、この照射に際して、一重項酸素分子も、真核細胞に照射される。
【0059】
なお、ここで、ラジカルの照射を周期的に行う。つまり、第1の周期でラジカルを真核細胞に周期的に照射する。この第1の周期は、真核細胞の細胞周期におけるG1期に同調している。そのため、第1の周期は、その真核細胞の細胞周期の平均値である。また、第1の周期は、その真核細胞の細胞周期の平均値の80%以上120%以下の範囲内であってもよい。好ましくは、その真核細胞の細胞周期の平均値の90%以上110%以下の範囲内である。より好ましくは、その真核細胞の細胞周期の平均値の95%以上105%以下の範囲内である。また、ラジカルを照射する時間は、G1期に相当する期間内であればよい。つまり、G1期の少なくとも一部の期間であればよい。
【0060】
3.本実施形態の効果
後述するように、真核細胞は、G1期に第1の照射量以下のラジカルを照射されると、増殖する。真核細胞は、G1期に第1の照射量より多い量のラジカルを照射されると、減少する。また、S期、M期では、真核細胞は、第1の照射量以下のラジカルを照射されると、わずかに減少する。
【0061】
そのため、G1期の期間に相当する時間だけ、周期的にラジカルを照射すれば、真核細胞は増殖する。多数の真核細胞を培養している懸濁液等にラジカルを照射すると、G1期、S期、G2期、M期のそれぞれに該当する真核細胞にラジカルが照射されることとなる。そのため、G1期の真核細胞は、増殖を促進される。S期、G2期、M期の真核細胞は、わずかに減少する。これらの増殖する効果とわずかに減少する効果とを合わせて、真核細胞は全体として増殖する。
【0062】
4.真核細胞の生産方法
以上により説明した真核細胞の増殖方法を用いて、真核細胞を生産することができる。つまり、真核細胞の数を増加させて、短い時間で真核細胞を増産することができる。
【0063】
5.本実施形態のまとめ
以上詳細に説明したように、本実施形態の真核細胞の増殖方法では、真核細胞のG1期に合わせて周期的にラジカルを真核細胞に照射する。これにより、真核細胞を好適に増殖させることができる。
【0064】
(第1の実施形態から第3の実施形態までの効果)
上記の実施形態で説明したように、ラジカルを照射することにより、真核生物を増殖させることができる。真核生物は、真核細胞を有する生物である。真核細胞は、動物細胞と、植物細胞と、を含む。
【0065】
以上の実施形態で説明した真核細胞の増殖方法を用いることにより、農業、食品、薬品、医療などで用いられる有用な生物を効率よく増産できる。
【実施例】
【0066】
A.ラジカルの測定
A−1.測定装置
ラジカルと真核細胞との関係について説明する前に、プラズマ発生装置100とそのプラズマ発生装置100から照射されるラジカルとの関係について説明する。
図5は、本実験で用いたプラズマ発生装置300の概略構成を示す図である。本実験で用いるプラズマ発生装置300は、
図1で説明したプラズマ発生装置100に、ラジカル等の中性粒子を測定する真空紫外吸収分光器350を付加したものである。なお、プラスチックカバー150については、
図5では省略してある。また、既にプラズマ発生装置100で説明した構成については、記載を省略する。
【0067】
真空紫外吸収分光器350は、真空紫外ランプ310と、MgF
2 窓311と、排気口312と、光電子増倍管320と、MgF
2 窓321と、排気口322と、を有している。真空紫外吸収分光器350は、真空紫外ランプ310から放出された光を、MgF
2 窓311と、MgF
2 窓321との間の吸収長Lで吸収させ、光電子増倍管320で検出された吸収スペクトルを解析することにより、ラジカル等の種類を特定するためのものである。そして、その吸収スペクトルの強度から、そのラジカル密度を測定することができる。
【0068】
A−2.プラズマの条件
ここで、実験で用いた条件について説明する。表1に示すように、放電部250のプラズマ発生領域で発生したプラズマの密度は、2×10
16cm
-3であった。そして、照射距離、すなわち、照射口211からサンプルまでの距離を10mmとした。そして、その照射距離における三重項酸素原子の密度は、2.25×10
14cm
-3であった。また、その照射距離におけるラジカルの流速は、10.4m/sであった。
【0069】
プラズマガスとして、Arと酸素ガスとの混合ガスを用いた。このプラズマガスにおけるガスの総流量は、5.0slmであった。プラズマガスに含まれるO
2 の含有率は、0.6%であった。なお、雰囲気ガスとしてArガスを供給した。そのため、ラジカルは、酸素原子を含むもののみ生成される。ただし、Arガス等を除く。例えば、窒素原子を含むものは生成されない。すなわち、発生するラジカルは、三重項酸素原子ラジカル(O(
3 P
j ))および一重項酸素分子ラジカル(O
2 (
1 Δ
g ))である。また、オゾンが発生することもある。
【0070】
[表1]
プラズマ密度(発生領域) 2×10
16cm
-3
照射距離 10mm
三重項酸素原子の密度(照射領域) 2.25×10
14cm
-3
流速(照射領域) 10.4m/s
プラズマガス Ar+O
2
総流量 5.0/min
O
2 の含有率 0.6%
雰囲気ガス Arガス
【0071】
A−3.ラジカル
図6は、スリット211からサンプルまでの照射距離と、三重項酸素原子の密度との関係を示すグラフである。
図6に示すように、三重項酸素原子の密度は、照射距離が離れるにつれて、指数関数的に減少する。そして、スリット211からサンプルまでの照射距離が10mmのとき、三重項酸素原子の密度は、2.25×10
14cm
-3である。
【0072】
図7は、ラジカルの照射距離と、ラジカル密度との関係を示すグラフである。
図7の横軸は、ラジカルの照射距離である。
図7の縦軸の一方は、ラジカル密度である。
図7の縦軸の他方は、D値である。D値については、後述する。三重項酸素原子の密度は、ラジカルの照射距離が大きくなるほど、指数関数的に減少する。一方、一重項酸素分子の密度は、ラジカルの照射距離が大きくなってもほぼ一定で変わらない。
【0073】
図8は、表1のプラズマガスにおけるO
2 の含有率とラジカル密度との関係を示すグラフである。
図8の横軸は、プラズマガスにおける酸素濃度である。
図8の縦軸の一方は、ラジカル密度である。
図8の縦軸の他方は、D値である。D値については、後述する。
図8に示すように、酸素濃度が0.6%の付近で三重項酸素原子の濃度が最も高い。そのため、表1に示すように、酸素濃度を0.6%程度とすると、三重項酸素原子の密度が高い中性粒子をサンプルに照射することができる。また、三重項酸素原子の濃度が高いほど、D値は低い。
【0074】
ここで、D値とは、プラズマを照射し続けることにより、菌数が初期の10%以下となる時間を表したものである。この値が小さいほど、殺菌効果が強い。
図7において、三重項酸素原子の密度が高いほど、D値は小さいという傾向が見られる。このように、出芽酵母の殺菌効果は、三重項酸素原子に由来すると考えられる。
図8に示すように、三重項酸素原子の密度が高いほど、D値は小さい。すなわち、殺菌効果は高い。
【0075】
B.出芽酵母1
以下、ラジカルと真核細胞との関係について説明する。
【0076】
B−1.実験手順
まず、サンプルの作製方法について説明する。直径90mmのシャーレに寒天培地を作成した。この寒天培地は、酵母エキス、ペプトン、ブドウ糖を含むものであった。そして、この寒天培地に、出芽酵母を培養した。出芽酵母は、真核細胞のうちの一つである。このように形成したコロニーを爪楊枝で取り出し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS(−))3mlに懸濁した。培養した出芽酵母の菌の濃度は、1000000細胞/ml以上3000000細胞/ml以下の範囲内であった。
【0077】
または、液体培養しておいた出芽酵母から、遠心分離機を用いて集菌した。そして、それらの出芽酵母をリン酸緩衝生理食塩水(PBS(−))3mlに懸濁した。
【0078】
次に、これらのサンプルに上記の条件でプラズマを所定時間だけ照射する。そして、出芽酵母の菌数を数えた。その際に、血球計算盤を用いた。出芽酵母の生菌数を次の式(1)に示す生菌率の変化量により評価した。
生菌率の変化量(%) = (N−N
0 )/N
0 × 100 ………(1)
N :ラジカルを照射したサンプルの生菌数
N
0 :ラジカルを照射していないサンプルの生菌数
【0079】
したがって、式(1)の生菌率の変化量が正の値であれば、出芽酵母の菌数は、ラジカルを照射することにより増加したことを示している。逆に、生菌率の変化量が負の値であれば、出芽酵母の菌数は、ラジカルを照射することにより減少したことを示している。
【0080】
B−2.実験結果
実験結果を
図9に示す。
図9の横軸は、サンプルにプラズマを照射した時間である。
図9の縦軸は、その場合における式(1)の生菌率の変化量である。そして、例えば、生菌率の変化量が10%であった場合には、ラジカルを照射することで出芽酵母の菌数が10%増加したことを示唆している。
【0081】
図9に示すように、ラジカルの照射時間が30秒から90秒にかけて、出芽酵母の菌数は増加している。一方、ラジカルの照射時間が120秒から180秒にかけて、出芽酵母の菌数は減少している。このように、ラジカルの面積照射量を少ない照射量とした場合には、出芽酵母の菌数は増加し、ラジカルの面積照射量を多い照射量とした場合には、出芽酵母の菌数は減少する。
【0082】
図9より、ラジカルの照射時間が90秒以下では、出芽酵母は増殖している。このときの三重項酸素原子の密度は、2.25×10
14cm
-3である。また、流速は10.4m/secである。したがって、三重項酸素原子の面積照射量は、これらを掛け合わせて、3.8×10
17cm
-2以下の場合に、出芽酵母は増殖している。この範囲内では、出芽酵母の増殖率は10%程度である。
【0083】
一方、ラジカルの照射時間が120秒以上では、出芽酵母は減少している。このときの三重項酸素原子の密度は、2.25×10
14cm
-3である。また、流速は10.4m/secである。したがって、三重項酸素原子の面積照射量は、これらを掛け合わせて、2.8×10
19cm
-2以上の場合に、出芽酵母は減少している。
【0084】
C.出芽酵母2
C−1.実験手順
実験条件は、実験Bで用いた実験条件とほぼ同じである。
【0085】
まず、酵母をYPD培地で培養した。その後、集菌し、出芽酵母をリン酸緩衝生理食塩水(PBS(−))3mlに懸濁した。プラスチックカバー150を用いて、周囲の大気の影響を排除した上で、プラズマを懸濁液に照射した。その後、酵母を再びYPD培地で培養した。その後、24時間ごとに、酵母の生菌数を数えた。
【0086】
C−2.実験結果
図10は、プラズマの照射時間に対する酵母の生菌数を示すグラフである。
図10の横軸は、ラジカルの照射時間である。
図10の縦軸は、式(1)の生菌率の変化量である。ここでの、生菌率は、ラジカルを照射してから48時間経過後の生菌数から算出したものである。
図10の領域L1は、酵母の生菌数が通常より多い場合を示す。領域L2は、酵母の生菌数が通常より少ない場合を示す。
【0087】
図10では、
図9と同様の傾向がみられる。すなわち、ラジカルの照射が少ない場合には、酵母の生菌数が多く、ラジカルの照射が多い場合には、酵母の生菌数が少ない。
【0088】
図11は、ラジカルの体積照射量に対する細胞数の変化率を示すグラフである。このグラフを描くにあたって、
図10のデータを用いた。
図11の横軸は、ラジカルの体積照射量である。
図11の縦軸は、ラジカルを照射しなかった場合と比較した酵母の生菌率である。
【0089】
図11に示すように、領域R1では、酵母の増殖が促進される。領域R2では、酵母の増殖が抑制される。領域R3では、酵母が不活性化される。領域R1と領域R2との境界は、2.7×10
17cm
-3である。そのため、第1の体積照射量は、2.7×10
17cm
-3である。つまり、第1の体積照射量は、3.0×10
17cm
-3程度である。領域R2と領域R3との境界は、1.5×10
18cm
-3である。そのため、第2の体積照射量は、1.5×10
18cm
-3である。
【0090】
図12は、ラジカルの照射時間と懸濁液中の出芽酵母の増殖率との関係についての照射距離依存性を示すグラフである。
図12に示すように、出芽酵母を増殖させるピークは、照射口210からサンプルまでの距離が短いほど、照射時間の短い時間の側に位置している。一方、
図6では、照射口210からサンプルまでの距離が短いほど、三重項酸素原子の密度は高い。これらのことから、三重項酸素原子の供給量が、ある一定値近傍である場合に、出芽酵母の増殖が促進されると考えられる。したがって、出芽酵母の増減に主要な役割を果たしているのは、酸素ラジカルのうちの三重項酸素原子であると推測される。
【0091】
D.出芽酵母3(細胞周期)
D−1.実験手順
まず、酵母をYPD培地で培養した。その後、集菌し、出芽酵母をリン酸緩衝生理食塩水(PBS(−))3mlに懸濁した。酵母の培地に、α−factor、Hydroxyurea、Nocodazoleのそれぞれを処理した。α−factorを処理した酵母は、G1期のまま停止する。Hydroxyureaを処理した酵母は、S期のまま停止する。Nocodazoleを処理した酵母は、M期のまま停止する。これにより、G1期のみの酵母、S期のみの酵母、M期のみの酵母、を作製した。
【0092】
そして、G1期のみの酵母、S期のみの酵母、M期のみの酵母のそれぞれにラジカルを照射した。その後、酵母を再びYPD培地で培養した。その後、60時間経過した後に、酵母の生菌数を数えた。
【0093】
D−2.実験結果
実験結果を
図13に示す。
図13に示すように、G1期において、ラジカルを10秒照射した場合に、酵母は増殖した。その増加の割合は10%程度であった。G1期において、ラジカルを20秒照射した場合には、酵母は、減少した。ラジカルを照射しなかった場合に比べて、酵母の生菌数は、90%程度であった。G1期において、ラジカルを30秒照射した場合には、酵母は、減少した。ラジカルを照射しなかった場合に比べて、酵母の生菌数は、60%程度であった。
【0094】
図13に示すように、S期において、ラジカルを10秒照射した場合に、酵母はわずかに減少した。ラジカルを照射しなかった場合に比べて、酵母の生菌数は、97%程度であった。ラジカルを20秒照射した場合には、ラジカルを照射しなかった場合に比べて、酵母の生菌数は、96%程度であった。ラジカルを30秒照射した場合には、ラジカルを照射しなかった場合に比べて、酵母の生菌数は、90%程度であった。
【0095】
図13に示すように、M期において、ラジカルを10秒照射した場合に、酵母はわずかに減少した。ラジカルを照射しなかった場合に比べて、酵母の生菌数は、98%程度であった。ラジカルを20秒照射した場合には、ラジカルを照射しなかった場合に比べて、酵母の生菌数は、93%程度であった。ラジカルを30秒照射した場合には、ラジカルを照射しなかった場合に比べて、酵母の生菌数は、80%程度であった。
【0096】
このように、G1期に、第1の照射量以下のラジカルを酵母に照射した場合に、酵母は増殖した。そのため、第3の実施形態で説明したように、酵母の細胞周期に合わせて、G1期に同期させた周期でラジカルを照射すれば、酵母は好適に増殖すると考えられる。S期やM期の酵母にラジカルを照射したとしても、わずかに減少するのみである。つまり、S期やM期の酵母に対しては、ラジカルの影響は十分に小さい。
【0097】
E.マウスの胎児皮膚細胞(NIH3T3)
E−1.培養細胞
本実験では、動物の真核細胞を用いた。つまり、マウスの胎児皮膚細胞(NIH3T3)である。
【0098】
E−2.実験手順
まず、マウスの胎児皮膚細胞(NIH3T3)をディッシュ上に培養する。その細胞を集めてリン酸緩衝生理食塩水(PBS(−))3mlに懸濁した。プラスチックカバー150を用いて、周囲の大気の影響を排除した上で、プラズマを懸濁液に照射した。その後、遠心分離機で培養細胞を集めた後、血清入り培養液中でNIH3T3を培養した。そして、60時間経過後に、生存している細胞数を数えた。
【0099】
E−3.実験結果
図14は、三重項酸素原子ラジカルのドーズ量と、マウスの胎児皮膚細胞(NIH3T3)の細胞増殖率と、の関係を示すグラフである。
図14に示すように、ラジカルの照射量が3.0×10
17cm
-3以下の範囲内では、NIH3T3細胞は、増殖する。ラジカルの照射量が3.0×10
17cm
-3より大きい場合には、上記の実験との整合性から、NIH3T3細胞は、減少するものと考えられる。
【0100】
つまり、第1の体積照射量が3.0×10
17cm
-3以下の場合に、NIH3T3細胞は、増殖する。特に、第1の体積照射量が2.0×10
17cm
-3以上2.7×10
17cm
-3以下の場合には、NIH3T3細胞は、30%以上も増殖した。ラジカルを照射していないものに比べて、NIH3T3細胞の細胞数が135%程度であった。
【0101】
このように、ラジカルを照射することにより、動物細胞であるNIH3T3細胞は増殖した。上記の実験B−Eより、実験した細胞に限らず、植物細胞に対しても、動物細胞に対しても、ラジカルを照射することにより、細胞を増殖させることができると考えられる。