(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C:0.05mass%以下、Si:0.10〜1.00mass%、Mn:0.3〜2.0mass%、P:0.010〜0.050mass%、S:0.0001〜0.02mass%、Al:0.001〜0.05mass%、N:0.05〜0.4mass%、Ni:4.0〜9mass%、Cr:20.0〜27mass%、Mo:2.0〜5mass%、Cu:0.01〜0.30mass%、W:0.01〜0.4mass%、B:0.0001〜0.001mass%およびCa:0.0006〜0.01mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、金属組織内にσ相が存在せず、かつ、α/γ相界面からγ相側に0.5μmまでの領域の最低Cr濃度と、同一γ相内で、α/γ相界面からγ相側に0.5μmより離れた領域の平均Cr濃度の差が1.5mass%未満であることを特徴とする二相ステンレス鋼板。
上記成分組成に加えてさらに、V:0.003〜0.5mass%およびNb:0.003〜0.5mass%のうちから選ばれる1種または2種を含有することを特徴とする請求項1に記載の二相ステンレス鋼板。
請求項1〜3のいずれか1項に記載の二相ステンレス鋼板を製造するに際し、常法に従って製造した熱延鋼板あるいは冷延鋼板を1000〜1100℃の温度に加熱した後、800℃以上の温度まで冷却速度3℃/s以上で冷却し、その後、直ちに6℃/s以上で冷却する固溶化熱処理を施すことを特徴とする二相ステンレス鋼板の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0016】
まず、本発明の基本的な技術思想について説明する。
前述したように、同一成分で、かつ、
図1に示した写真のように、α/γ相界面(結晶粒界)や結晶粒内にσ相や炭化物、窒化物等の析出物が全く観察されない二相ステンレス鋼板においても、粒界腐食試験における腐食速度に大きな差異が生じることが多々認められた。
そこで、発明者らは、上記耐粒界腐食性の差は、粒界近傍における何らかの成分濃度の差異によるものと考え、α/γ相界面近傍の成分分析を行った。具体的には、耐粒界腐食性に劣る二相ステンレス鋼板と耐粒界腐食性が良好な二相ステンレス鋼板から試料を採取し、圧延方向に垂直な断面を観察面とする透過電子顕微鏡(TEM)用の試料を作製し、TEMに付属のエネルギー分散X線分光分析(EDX分析)装置を用いて、α/γ相界面を基準にし、α相側およびγ相側に、それぞれ60nm間隔で点分析を行った。
【0017】
その結果、耐粒界腐食性が良好な二相ステンレス鋼板では、
図2に示したように、α/γ相界面に対してγ相側のα/γ相界面近傍にはCr濃度分布に大きな変動は認められなかったが、耐粒界腐食性に劣る二相ステンレス鋼板では、
図3に示したように、α/γ相界面に対してγ相側のα/γ相界面近傍には、γ相の内部よりCr濃度の低い領域(以降、本発明では、この領域を「Cr欠乏領域」という)が存在しており、これが、耐粒界腐食性を低下させている原因であること、特に、上記のα/γ相界面近傍のCr欠乏領域の最低Cr濃度と、上記Cr欠乏領域が存在するγ相内部の平均Cr濃度の差が、1.5mass%以上になると、耐粒界腐食性が大きく低下することが明らかとなった。なお、この「Cr欠乏領域」は、クロム炭化物の形成を伴わないことから、従来から知られている「Cr欠乏層」とは全く異なるものである。
【0018】
そこで、上記Cr欠乏領域が形成される原因を究明するため、耐粒界腐食性に劣る二相ステンレス鋼板と耐粒界腐食性が良好な二相ステンレス鋼板の製造履歴を詳細に調査した。その結果、両鋼板の間には、固溶化熱処理における焼鈍温度や冷却速度に違いがあり、特に、Cr欠乏領域が認められた鋼板は、Cr欠乏領域が認めらないあるいは軽度であった鋼板と比較して、冷却速度が遅い傾向があることがわかった。
【0019】
以上の結果から、発明者らは、上記Cr欠乏領域が形成されるメカニズムについて、以下のように推定している。
固溶化熱処理において二相域の温度に加熱した二相ステンレス鋼を冷却すると、フェライト相(α相)とオーステナイト相(γ相)は、それぞれ平衡状態における相比になろうとしてα/γ相界面(粒界)が移動すると同時に、α相中およびγ相中のCr濃度も平衡濃度になろうとしてCrの拡散が起こる。
本発明の成分組成を有する二相ステンレス鋼の場合、状態図上では、固溶化熱処理温度から低下するほど、γ相の比率が増加し、平衡Cr濃度は低下する。そのため、本発明の二相ステンレス鋼は、固溶化熱処理温度からの冷却中に、α/γ相界面がα相側に移動してγ相の領域が拡大するとともに、新たにγ相となった領域は、従来からあるγ相と比較してのCr濃度が低くなる。
【0020】
ここで、上記の冷却速度が遅く、Crの拡散時間が十分に確保できる場合には、Cr濃度が低い領域にCrが供給されて、上記Cr濃度の低い領域は解消される。しかし、固溶化熱処理において通常行われているような緩速冷却では、上記のようなCr拡散によるCr濃度の均一化効果を期待することはできないため、局所的な「Cr欠乏領域」が残存してしまう。そこで、本発明は、固溶化熱処理温度から急速冷却し、冷却中におけるα/γ相界面の移動を防止することで、「Cr欠乏領域」の形成を抑止することとした。
本発明は、上記の新規な知見に、さらに検討を加えてなされたものである。
【0021】
次に、本発明の二相ステンレス鋼板が有すべき成分組成について説明する。
C:0.05mass%以下
Cは、Crとクロム炭化物を形成し、耐食性の向上に必要なCrの濃度を低下させ、いわゆる「Cr欠乏層」を生成させる元素であるので、できる限り低減するのが望ましい。しかし、Cの過度の低減は、鋼の強度低下を招いたり、製造コストの上昇を招いたりする。よって、Cの含有量は0.05mass%以下とする。好ましくは0.005〜0.040mass%、より好ましくは0.010〜0.035mass%の範囲である。
【0022】
Si:0.10〜1.00mass%
Siは、脱酸材として添加される元素であり、0.10mass%以上含有させる必要がある。しかし、Siの過剰添加は、上記効果が飽和する他、延性の低下や強度の上昇を招き、さらには、σ相やχ相などの金属間化合物の析出を助長して耐食性を低下させる。よって、Siの含有量は0.10〜1.00mass%の範囲とする。好ましくは0.15〜0.75mass%、より好ましくは0.20〜0.60mass%の範囲である。
【0023】
Mn:0.3〜2.0mass%
Mnは、オーステナイト生成元素であり、同じオーステナイト生成元素である高価なNiの代替となり得るものであるので、0.3mass%以上添加する。しかし、過度の添加は、耐食性を低下させるσ相やχ相などの金属間化合物の析出を促進するので、上限は2.0mass%とする。好ましくは0.4〜1.5mass%、より好ましくは0.5〜1.2mass%の範囲である。
【0024】
P:0.010〜0.050mass%
Pは、不可避的に混入してくる不純物元素であり、結晶粒界に偏析し易く、耐食性や熱間加工性を低下させるので、できる限り低減するのが望ましい。しかし、Pは、耐粒界腐食性を大きく低下させるBと競合して粒界に偏析するため、一定量のPを含有させることで、Bの粒界への偏析を軽減することができる。また、一定量のPを粒界に偏析させることで、冷却中の相比変化によるα/γ相界面の移動が抑制されるので、Cr欠乏領域の形成を抑制する効果もある。上記の効果は、0.010mass%以上の添加で得られる。しかし、0.050mass%を超える添加は、耐粒界腐食性を著しく低下させる。よって、Pの含有量は0.010〜0.050mass%の範囲とする。好ましくは0.015〜0.040mass%の範囲である。
【0025】
S:0.0001〜0.02mass%
Sは、Pと同様、不可避的に混入してくる不純物元素であり、結晶粒界に偏析し易く、耐食性や熱間加工性を低下させるので、上限を0.02mass%とする。しかし、Sは、Pと同様、一定量を含有させることで、冷却中のα/γ相界面の移動を抑制し、Cr欠乏領域の生成を抑止する効果がある。そこで、本発明では、Sの含有量は0.0001〜0.02mass%の範囲とする。好ましくは0.0003〜0.01mass%の範囲である。
【0026】
Al:0.001〜0.05mass%
Alは、強力な脱酸材であり、0.001mass%以上添加する必要がある。しかし、0.05mass%を超えて添加しても、その効果が飽和するだけでなく、鋼板の表面品質(外観)や耐食性に悪影響を及ぼす巨大介在物の形成を助長し、さらには、Nと結合してAlNを形成し、耐食性に有効なNを低減する。よって、Alは0.001〜0.05mass%の範囲とする。好ましくは0.005〜0.04mass%の範囲である。
【0027】
N:0.05〜0.4mass%
Nは、強力なオーステナイト生成元素であり、また、CrやMoと同様、耐食性を向上するとともに、金属間化合物の析出を抑制するのに有効な元素であるので、0.05mass%以上含有させる必要がある。しかし、0.4mass%を超えて添加すると、熱間変形抵抗が上昇して熱間加工性を害するだけでなく、二相組織を維持することが困難になる。よって、Nは0.05〜0.4mass%の範囲とする。好ましくは0.06〜0.3mass%、より好ましくは0.08〜0.25mass%の範囲である。
【0028】
Ni:4〜9mass%
Niは、オーステナイト生成元素であり、フェライト組織との二相組織を維持するためには、4mass%以上含有させる必要がある。しかし、9mass%を超える添加は、オーステナイト組織が過剰になると共に、過不動態腐食の加速因子となり、耐食性を低下させる。よって、Niの含有量は4〜9mass%の範囲とする。好ましくは5.0〜8.5mass%、より好ましくは5.5〜8.0mass%の範囲である。
【0029】
Cr:20〜27mass%
Crは、耐食性を向上させる元素であり、その効果を得るためには20mass%以上含有させる必要がある。しかし、27mass%を超えて添加すると、σ相やχ相などの金属間化合物の形成を助長し、かえって耐食性を低下させる。また、Crは、フェライト生成元素であり、過剰な添加は二相組織の維持を困難とする。よって、Crの含有量は20〜27mass%の範囲とする。好ましくは22〜26.5mass%、より好ましくは23〜26mass%の範囲である。
【0030】
Mo:2〜5mass%
Moは、耐食性の向上に有効な元素である。その効果を得るためには2mass%以上添加する必要がある。しかし、5mass%を超えて添加すると、金属間化合物の析出を助長し、かえって耐食性を低下させるので、上限は5mass%とする。好ましくは2.5〜4.3mass%、より好ましくは3.0〜4.0mass%の範囲である。
【0031】
Cu:0.01〜0.30mass%
Cuは、一般的な耐食性の向上に有効な元素である。上記効果を得るためには0.01mass%以上含有させる必要がある。一方、尿素プラント等の特定の腐食環境においては、却って腐食を進行させる元素となるので、上限は0.30mass%に制限する必要がある。よって、Cuは0.01〜0.30mass%の範囲とする。好ましくは0.05〜0.25mass%、より好ましくは0.08〜0.20mass%の範囲である。
【0032】
W:0.01〜0.4mass%
Wは、Moとの共存下において、二相ステンレス鋼の耐食性を向上させる元素であり、0.01mass%以上の添加が必要である。しかし、0.4mass%を超える添加は、σ相やχ相などの金属間化合物の析出を助長し、耐食性を低下させる。よって、Wは0.01〜0.4mass%の範囲とする。好ましくは0.05〜0.3mass%、より好ましくは0.08〜0.2mass%の範囲である。
【0033】
B:0.0001〜0.001mass%
Bは、熱間加工性の向上に極めて有効な元素であり、上記効果は極微量の添加でも得られる。しかし、Bは、粒界に偏析し、耐粒界腐食性を大きく低下させる元素でもある。よって、Bの含有量は0.0001〜0.001mass%の範囲とする。
【0034】
Ca:0.0006〜0.01mass%
Caは、熱間加工性に有害なSと結合してCaSを形成し、熱間加工性を改善するのに有効な元素であり、上記効果を得るためには0.0006mass%以上含有させる必要がある。しかし、0.01mass%を超える添加は、CaOを含有する介在物を形成し、かえって耐食性を低下させる。よって、Caは0.0006〜0.01mass%の範囲とする。好ましくは0.0007〜0.005mass%の範囲である。
【0035】
本発明の二相ステンレス鋼は、上記必須とする成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。ただし、必要に応じて、VおよびNbのうちから選ばれる1種または2種を下記の範囲で含有してもよい。
V:0.003〜0.5mass%、Nb:0.003〜0.5mass%
VおよびNbは、耐食性の向上に有効な元素であり、その効果を得るためには、それぞれ0.003mass%以上添加するのが好ましい。しかし、0.5mass%を超えて添加すると、σ相やχ相などの金属間化合物の析出を助長し、耐食性を低下させたり、熱間加工性を害したりする。よって、上記元素を添加する場合には、それぞれの上記範囲で添加するのが好ましい。より好ましくは、それぞれ0.003〜0.2mass%の範囲である。
【0036】
次に、本発明の二相ステンレス鋼板の製造方法について説明する。
本発明の二相ステンレス鋼板(熱延鋼板、冷延鋼板)は、従来公知の方法・条件で製造すればよく、特に制限はない。例えば、電気炉や転炉等で鋼を溶製し、二次精錬して上述した成分組成の鋼に調整した後、連続鋳造法あるいは造塊−分解圧延法で鋼素材(スラブ)とする。次いで、熱延鋼板は、上記スラブを再加熱し、熱間圧延し、固溶化熱処理を施した後、酸洗して製品板とする。一方、冷延鋼板は、上記スラブを再加熱し、熱間圧延し、必要に応じて適宜の条件で熱処理を施し、酸洗して熱延焼鈍板とし、さらに、上記熱延焼鈍板を冷間圧延し、固溶化熱処理を施した後、酸洗して製品板とする。
【0037】
ただし、上記熱延鋼板および冷延鋼板の製造工程における固溶化熱処理は、以下の条件で行うことが必要である。
固溶化熱処理温度:1000〜1100℃
固溶化熱処理は、鋼板中の炭化物を固溶化するために行う熱処理であり、この熱処理温度(焼鈍温度)は1000〜1100℃の範囲とする必要がある。1000℃未満では、固溶化処理温度に平衡するγ相のCr濃度が低下するため、冷却中に形成されるCr欠乏領域の最低Cr濃度との差は小さくなる。しかし、1000℃未満では、σ相の析出を招く他、熱間圧延時に析出したσ相が、固溶化熱処理によっても消失せずに残存し、耐食性や靭性の低下を招く。一方、熱処理温度が1100℃を超えると、元素の拡散が活発になり過ぎるため、後述する1次冷却中にCr欠乏領域が形成され易くなり、耐食性の低下を招く。よって、固溶化熱処理温度は1000〜1100℃の範囲とする。好ましくは1030〜1080℃の範囲である。
なお、上記温度に保持する時間は30〜600秒とするのが好ましい。30秒未満では、固溶化の効果が十分に得られず、一方、600秒を超えると、上記効果が飽和する他、生産性を阻害するようになるからである。
【0038】
上記熱処理後の冷却は、800℃以上の温度まで冷却速度3℃/s以上で冷却(以降、この冷却を「1次冷却」という)し、その後、直ちに6℃/s以上で冷却する(以降、この冷却を「2次冷却」という)必要がある。
1次冷却:800℃以上の温度まで、冷却速度3℃/s以上で冷却
固溶化熱処理後の1次冷却速度が3℃/s未満では、冷却中に元素が拡散する時間が確保され、Cr欠乏領域の形成が進行するため、耐食性低下を招く。また、σ相や窒化物、炭化物が析出して、耐食性の低下を招くこともある。上記1次冷却の冷却速度は、好ましくは4℃/s以上、より好ましくは5℃/s以上である。なお、1次冷却の冷却速度の上限は、特に制限はないが、20℃/s以下が好ましい。また、上記1次冷却の冷却方法は、上記冷却速度が確保できれば特に制限はないが、ガス冷却とするのが好ましい。
【0039】
また、上記1次冷却の終了温度を800℃以上とする理由は、Crの平衡濃度は、固溶化熱処理温度(1000〜1100℃)から低くなるほど、α相においては高くなり、γ相においては低くなる。特に、800℃未満の温度においては、その傾向が顕著となる。Cr欠乏領域は、冷却中に生成したγ相に相当するため、800℃未満まで冷却した際に形成されるCr欠乏領域は、Cr濃度が低く、耐食性に劣る。従って、耐食性に劣るCr欠乏領域の生成を抑制するため、1次冷却の冷却終了温度は800℃以上とした。好ましくは900℃以上である。なお、冷却終了温度の上限は、上記固溶化熱処理温度(1000〜1100℃)以下であればよく、特に制限はない。
【0040】
2次冷却速度:6℃/s以上
上記1次冷却に続く2次冷却は、冷却速度を6℃/s以上として行う必要がある。2次冷却速度が6℃/s未満では、やはり、Cr欠乏領域の生成が促進されたり、σ相や炭化物が析出したりするため、耐食性の低下を招く。また、475℃付近を緩冷却すると、475℃脆化が起こり、製造性の低下を招く。好ましくは7℃/s以上、より好ましくは8℃/s以上である。なお、上記2次冷却の冷却方法は、上記冷却速度が確保できれば特に制限はなく、例えば、走行する鋼板表面に冷却ガスを吹き付けるガスジェット冷却方式、冷却水を吹き付ける注水冷却方式、ガスと冷却水を混合して吹き付けるミスト冷却方式、鋼板を水中に浸漬して冷却する水冷方式、水冷ロールを鋼板に接触させて冷却するロール冷却方式等、いずれの方法を用いてもよい。
【0041】
なお、上記の説明では、焼鈍温度からの冷却過程を1次冷却と2次冷却とに分けているが、上記の冷却速度を確保できれば、2つに分ける必要はなく、例えば、全冷却過程を6℃/s以上で冷却するようにしてもよいことは勿論である。
【0042】
また、冷延鋼板を製造する場合、熱延板に施す熱処理は、熱間圧延時の歪を除去し、軟化すること目的として行うものであり、上記目的を達成できればその条件については特に制限しないが、例えば、1000〜1150℃の温度で、30〜300秒間均熱保持した後、6℃/s以上の冷却速度で冷却する条件とするのが好ましい。
【0043】
次に、本発明の二相ステンレス鋼板について説明する。
上記成分組成を有する鋼板に上記条件の固溶化熱処理を施した本発明の二相ステンレス鋼板は、金属組織内にσ相が存在していないことが必要である。σ相はCrとMoを主体とするものであるため、σ相近傍に局所的なCrとMoの欠乏領域が形成されて耐食性が低下したり、σ相は硬質で脆いため靭性が低下したりするからである。なお、このσ相の存在は、透過型電子顕微鏡やエッチング後の光学顕微鏡観察等で容易に確認することができる。
【0044】
また、本発明の二相ステンレス鋼板は、金属組織内にσ相が存在していないことに加えて、α/γ相界面からγ相側に0.5μmまでの領域の最低Cr濃度と、同一γ相内で、α/γ相界面からγ相側に0.5μmより離れた領域の平均Cr濃度の差が1.5mass%未満であることが必要である。上記Cr濃度差が1.5mass%以上となると、低Cr濃度領域と高Cr濃度領域との間で局部電池を形成し粒界腐食が顕著となるからである。また、最低Cr濃度の測定領域をα/γ相界面からγ相側に0.5μmの範囲とした理由は、
図3からもわかるように、α/γ相界面の移動によって形成される低Cr領域はα/γ相界面から0.5μm程度にまで及ぶからである。なお、上記Cr濃度差は、好ましくは1.3mass%以下、より好ましくは1.2mass%以下である。
【0045】
ここで、上記Cr濃度の測定方法については、特に制限はないが、微小部分のCr濃度を精度よく測定する観点からは、TEMやSEM等に付属のエネルギー分散X線分光分析(EDX分析)装置を用いることが好ましく、その際、より測定精度を高める観点から、線分析より点分析することが好ましい。また、Cr濃度を測定するα/γ相界面(粒界)は、試料表面(観察面)に対して垂直な界面であることが好ましい。界面が傾斜していると、α/γ相界面からの距離が不正確となってしまうからである。
【0046】
上記したα/γ相界面からγ相側に0.5μmまでの領域の最低Cr濃度と、同一γ相内で、α/γ相界面からγ相側に0.5μmより離れた領域の平均Cr濃度の差が1.5mass%未満である二相ステンレス鋼板は、耐粒界腐食性に極めて優れたものとなる。そのため、例えば、ASTM A262 PracticeC(Huey Test)に準拠して、70mass%沸騰硝酸を腐食液とし、48時間を1バッチとする浸漬試験を各バッチで腐食液を更新しながら5バッチ行う粒界腐食試験における腐食速度を0.30g/m
2・hr未満とすることができる。
【実施例】
【0047】
表1に示した種々の成分組成を有するFe−Ni−Cr−Mo系二相ステンレス鋼を常法の精錬プロセスで溶製し、連続鋳造法でスラブとし、1100〜1200℃の温度に再加熱した後、熱間圧延して厚さが4〜6mmの熱延板とした。
次いで、上記熱延板から以下の方法で熱延鋼板および冷延鋼板を製造した。
まず、熱延鋼板は、上記熱延板に表2に示した種々の焼鈍温度、冷却速度で固溶化熱処理を施した後、酸洗して製造した。
また、冷延鋼板は、上記熱延板に1000〜1150℃の温度で熱処理を施し、酸洗し、冷間圧延して厚さが3〜4mmの冷延板とした後、表2に示した種々の焼鈍温度、冷却速度の固溶化熱処理を施した後、酸洗して製造した。
【0048】
【表1】
【0049】
【表2-1】
【0050】
【表2-2】
【0051】
上記のようにして得た各種の熱延鋼板および冷延鋼板について、以下の評価試験に供した。
<α/γ相界面近傍のCr濃度分布測定>
上記の熱延鋼板および冷延鋼板から圧延方向に対して垂直な断面を有する試料を採取し、該試料から、電解研磨により、上記断面を観察面とし、厚さが50nm程度の領域が存在するTEM−EDX分析用試料を作製した。
次いで、上記TEM−EDX分析用試料をTEMで観察して、電子ビームと平行する、すなわち、観察面にほぼ垂直なα/γ相界面を探し出し、該α/γ相界面のγ相側を、α/γ相界面から垂直方向に60nm間隔で点分析を行った。なお、分析精度を確保するため、1点あたりのビーム照射時間は200秒とした。
次いで、上記測定の結果から、α/γ相界面から垂直方向に0.5μm以内の領域の最低Cr濃度と、0.5μmより離れた領域の平均Cr濃度の差ΔCrを求めた。
<σ相の存在有無>
上記Cr濃度分布測定に用いた試料を用いて、TEMでσ相の存在有無を確認した。
<粒界腐食試験>
上記の熱延鋼板および冷延鋼板から、板厚×20mm×25mmの試験片を採取し、該試験片の表面を#120まで湿式研磨し、腐食試験片とした。
上記腐食試験片に対して、ASTM A262 PracticeC(Huey Test)に準拠して、70mass%沸騰硝酸を腐食液とし、48時間を1バッチとする浸漬試験を、各バッチで腐食液を更新しながら5バッチ行う粒界腐食試験を行い、試験前後の質量差から腐食減量を求めて、腐食速度を算出し、上記腐食速度が0.30g/m
2・hr未満のものを耐粒界腐食性が優(○)、0.30g/m
2・hr以上0.33g/m
2・hr未満のものを耐粒界腐食性が良(△)、0.33g/m
2・hr以上のものを耐粒界腐食性が劣(×)と評価した。
【0052】
上記評価試験の結果を表2中に併記した。
この結果から、本発明に適合する成分組成を有する熱延鋼板または冷延鋼板に対して、本発明に適合する条件の固溶化熱処理を施した鋼板は、いずれもα/γ相界面におけるCr濃度差が1.5mass%未満で、粒界腐食速度が0.30g/m
2・hr未満であり、耐粒界腐食性に優れている。
これに対して、本発明の成分組成を満たしていても、本発明に適合しない固溶化熱処理を施した鋼板は、α/γ相界面におけるCr濃度差が1.5mass%以上、粒界腐食速度も0.30g/m
2・hr以上で、耐粒界腐食性に劣っている。
また、本発明の成分組成を満たしていても、本発明より低い温度で固溶化熱処理を施した鋼板は、金属組織内にσ相が生成し、耐粒界腐食性が低下する傾向にある。
また、本発明の成分組成を満たしていない鋼板は、例え本発明に適合する条件で固溶化熱処理を施してCr濃度差ΔCrを1.5mass%未満としても、鋼板自体の耐食性に劣るため、粒界腐食速度は0.30g/m
2・hr以上となっている。