【実施例】
【0028】
<<実験例1.末梢血からの細胞ペレットの分離>>
ヒトの末梢血から,肝臓由来の正常細胞が分離できるかについて検討を行うに際し,肝臓由来正常細胞と推定される細胞ペレットの分離を行うことを目的として行った。
【0029】
<実験概容>
1.チューブに,18〜20℃に調整したヒト末梢血サンプル14mLと等量のbalanced solutionを入れ転倒混和した。なお,balanced solutionについては,下記,solution Aとsolution Bを1対9の比で混合したものを用いた。
[Solution A]
D-glucose(20mg),CaCl
2(0.148mg),MgCl
2(3.984mg),KCl(8.052mg),Tris
(349.13mg)を超純水にて溶解し,pH7.6に調整後,20mLにメスアップしたもの
[Solution B]
NaCl(368.55mg/45mL)
2.50mLチューブにFicoll-Paque mediaを20mL分取し,その上に血液とbalanced salt solutionの混合溶液を加え,1750rpmで40分間遠心した。
3.上清を除去後,中間層を新しいチューブに入れ,3倍量のbalanced salt solutionを加えて1750rpmで15分間遠心した。
4.上清を除去後,7mLのbalanced salt solutionを加え,1750rpmで10分間遠心し,上清を除去し細胞ペレットを得た。
【0030】
<<実験例2.asialofetuinのbiotin化>>
細胞ペレットを間接的にMicrobeadsに結合させるためのターゲット抗原としてbiotinを用いることから,asialofetuinのbiotin化を目的として行った。
【0031】
<実験概容>
1.0.2mg asialofetuinを100μLのWS bufferで溶かし,Filtration Tube に入れ,ピペッティングした後,8000×gで10分間遠心し,洗浄を行った。
2.NH
2-Reactive Biotinに10μL DMSOを加え溶解させた。
3.1のFiltration tubeに,100μL Reaction buffer,DMSOで溶解したNH
2-Reaction Biotin全量の順に加えた後,37℃で10分間インキュベートし,asialofetuinのbiotin化反応を行った。
4.3の溶液に,100μL WS bufferを加え,8000×gで10分間遠心し,上清を除去することにより,洗浄作業を行った。同様の洗浄作業をさらに1回行った。
5.4で得られた溶液の上清を除去後,200μL WS buffer を加え,10回以上ピペッティングしたものをbiotinylated asialofetuin溶液として得た。この溶液は,4℃で保存し,後の実験に用いた。
【0032】
<<実験例3,Asialofetuin,microbeadsによる標識と磁気分離>>
細胞ペレット中に存在するであろう肝臓由来正常細胞を分離するために行った。
【0033】
<実験概容>
1.WS Bufferで細胞ペレットを懸濁した後,biotinylated asialofetuin溶液20μLと混合し,37℃で45分間インキュベートを行い,正常肝細胞のasialofetuin受容体とbiotinylated asialofetuinを反応させた。
2.1で得られた反応溶液を400×gで5分間遠心後,上清を除去し,1mL Bufferを加えさらに300×gで10分間遠心し,洗浄作業を行った。なお,Bufferとしては下記のとおり調製したものを用いた。
[Buffer]
dH
2O 16mL,10×PBS 2mL,0.5 M EDTA 80μLを混合し,pH 7.6に調整し
19mLにメスアップした後,1mL 10% BSA を加えたもの
3.2で遠心分離したものの上清を除去し,残渣を80μLのBufferで溶出した。これに,20μL Anti-Biotin MicroBeadsを加えて十分に混合した後,4℃で15分間インキュベートした。これにより,正常肝細胞にasialofetuin受容体を介して結合しているbiotinと,microbeads上のAnti-biotinを反応させた。
4.3の反応液を300×gで遠心後,上清を除去し500μL Bufferを加え300×gで遠心して洗浄作業を行った。残渣を500μL Bufferで溶出し細胞懸濁液として,その後の分離に用いた。
5.MACS separatorにカラムを設置し,500μL Bufferでカラムをリンスした。
6.4で得られた細胞懸濁液中の凝集塊を取り除くために,プレセパレーションフィルターを設置した。
7.細胞懸濁液をフィルターにapplyし,溶液が落ち切った後に500 μL Bufferで3回洗浄した。
8.MACS separator からカラムを外し,安定な場所へ設置して1mL Bufferを加えてプランジャーで押し出し,磁気分離細胞を得,その後の実験に用いた。
【0034】
<<実験例4.GSTP1プロモーター領域のメチル化解析>>
実験例3で得られた磁気分離細胞が肝臓由来正常細胞であること,および,肝臓由来正常細胞のDNAメチル化解析が可能かどうかを確認するために行った。
DNAメチル化解析として,プロモーター領域が肝細胞特異的にメチル化されていることが報告されているGlutathione S-transferase P1(GSTP1)のDNAメチル化解析を行い,肝臓由来正常細胞と肝正常細胞のDNAメチル化状態の比較を行うことにより,磁気分離細胞が肝臓由来正常細胞であるかどうかの確認を行った。
【0035】
<実験概容>
1.バイサルファイトシークエンス法を用いて,磁気分離細胞におけるGSTP1のDNAメチル化解析を行った。比較対象として,ヒト正常肝細胞,および磁気分離作業前の細胞ペレットのDNAメチル化解析を合わせて行った。
2.DNAメチル化解析については,文献報告によればGSTP1 遺伝子の転写開始点から数えて-7〜+4までのCpG sitesについてメチル化の報告があることから,GSTP1遺伝子の転写開始点から数えて-7〜+4までのCpG sitesについてメチル化解析を行い,解析についてはそれぞれ10個のクローンを解析した。
3.
図1に結果を示す。DNAメチル化解析の結果,ヒト肝組織(A)では,GSTP1のDNAはメチル化状態であることが確認された。
4.磁気分離前の末梢血由来細胞(B)は非メチル化状態であったのに対し,磁気分離後の細胞(C)はメチル化状態であった。加えて,磁気分離後の細胞のメチル化状態は,ヒト肝組織のメチル化状態と類似していた。
5.これらの結果から,実験例3で行った一連の分離作業により,磁気分離細胞に肝細胞が含まれている可能性が強く示唆された。加えて,末梢血由来細胞から,肝臓由来正常細胞と推定される細胞のDNAメチル化解析が可能であることが確認された。
【0036】
<<実験5.SmartFlare
TM RNA検出プローブによる確認>>
実験例3で得られた磁気分離細胞が,肝臓由来正常細胞であることを確認するために行った。
SmartFlare
TM RNA 検出プローブを用いて肝細胞特異的に発現する microRNA である miR-122 の蛍光染色を行った。
【0037】
<実験概容>
1.SmartFlare
TM RNA検出プローブを用いて,肝細胞特異的に発現するmicroRNAであるmiR-122の蛍光染色を行った。同時に,ポジティブコントロールとしてほとんどの細胞に発現する GAPDH mRNA,ネガティブコントロールとして細胞内のいずれの配列も認識しないmiRNA Scramble,さらに肝細胞に発現せず血球細胞に発現するmiR-137の蛍光染色を行った。
2.
図2および
図3に結果を示す。磁気分離前の細胞においては,GAPDH mRNAとmiR-137の蛍光が観察され,血球細胞の存在が確認された(
図2)。
3.磁気分離細胞において,GAPDH mRNAとmiR-122の蛍光が観察され,血球に発現するmiR-137は観察されなかった(
図3)。
4.miR-122は肝細胞に特異的に発現することから,磁気分離により,末梢血細胞から肝細胞が分離された可能性が示唆された。
【0038】
<<実験例6.HepG2細胞におけるDNAメチル化のCYP3A4遺伝子発現への影響評価>>
DMRにおけるDNAメチル化がCYP3A4遺伝子の転写活性に影響を与えるか否かを調べるため行った。
【0039】
<実験概容>
1.サンプルとして,ヒト肝がん由来細胞であるHepG2 細胞を用いて解析を行った。
2.HepG2細胞を,DNA脱メチル化剤である5-aza-dCを各濃度で含んだDMEM培地で3日間培養を行った。なお,5-aza-dCを溶解する際に用いたDMSO溶液を0.025%含むDMEM培地で培養したものを比較対象とした。
3.培養後,HepG2細胞を回収し,全量の約3分の1を用いて,RNA抽出を行った。
4.抽出したRNAについて,quantitative real-time PCR法によりCYP3A4のmRNA量を測定した。合わせて,比較対象として,GAPDHのmRNA量の測定も行った。なお,これらを増幅するプライマーについては,下記のものを用いた。
[CYP3A4]
Forward : 5’- CCCTCGAGTTCTACTCCGGTAAAC -3’(配列1)
Reverse : 5’- CCCTCGAGCACTACTTTCCTTACTTATCTCTCT -3’(配列2)
[GAPDH]
Forward : 5’- CCTCCCGCTTCGCTCTCTGCT -3’(配列3)
Reverse : 5’- GAGCGATGTGGCTCGGCTGG -3’(配列4)
5.結果を
図4に示す。コントロール(DMSOのみ)のmRNAを1としたとき,CYP3A4遺伝子は0.5,1,2μMの5-aza-dC処理によりそれぞれ2.1倍,2.7倍,3.4倍と濃度依存的なmRNA量の増加を示した。
6.この結果から,脱メチル化が起きやすい環境にあるほど,CYP3A4 mRNA量が増加していることが分かった。
【0040】
<<実験7.CpG islandのCYP3A4 転写活性への影響評価>>
DMRがCYP3A4転写活性に与える影響について評価を行った。
【0041】
<実験概容>
1.ヒストンアセチル化とCYP3A4発現に相関の得られているCYP3A4転写開始点近傍約2kbpの配列,および,それぞれ下記3つの配列を挿入したレポーターベクターを作製し,luciferase reporter assayを行った。
配列5はDMRであり,
配列6,
配列7は,それぞれDMR近傍の配列であって,それぞれ低メチル化状態,高メチル化状態の比較対象として選択した。
配列5(DMR):
5’-CACAGTCTGCGCTCCTGGTACACGCGCTTCAACTTCGGTTGGTGTG-3’
(82563-82608 [GenBank accession number : AC069292])
配列6:
5’-CAGCGTGGCCACCGCCCCCACCCCCATCCCCCATCCCCGCACCCCC-3’
(82447-82492 [GenBank accession number : AC069292])
配列7:
5’-CGAGCCTGGCGAAAGGTCCGCTGAGCGGGCTGTCGTCCGGAGCCAC-3’
(82659-82704 [GenBank accession number : AC069292])
2.挿入したCpG islandの配列は非メチル化状態とした。ヒストンアセチル化状態での影響を評価するため,細胞にアセチル化促進剤であるTSA処理を行った。
3.Luciferase reporter assayの結果,DMR 領域を含んだレポーターベクターはTSA存在下で約34.8倍の転写活性を示した。これはTSA処理を行っていないコントロールに比べて有意な転写活性の上昇であった(p < 0.01)。
4.
配列6および
配列7を挿入したレポーターベクターはどちらにおいてもコントロールに比べて有意な転写活性の上昇は認められなかった。
5.これらの結果から,DMR領域がCYP3A4の転写活性に重要な役割を果たしていることを示すことが分かった。
【0042】
<<実験8.CYP3A4遺伝子発現に関与するCpG islandのメチル化解析>>
DMRにおけるメチル化頻度が,ヒトCYP3A4発現にどのような影響を与えているかを調べるために行った。
【0043】
<実験概容>
1.CYP3A4遺伝子が座位するヒト7番染色体に存在するCpG islandsにおいて,ヒト肝臓より抽出したgenome DNAを用い,DNAメチル化解析を行った。
2.対象検体は,CYP3A4 mRNA発現量が低い検体(HHL No. 12, 16, 20, 36)と高い検体(HHL No. 6, 7, 14, 15)を4検体ずつ,合計8つのヒト肝臓由来の検体を用いた(
図6)。
3.各検体において,解析対象としたCpG islandsを
図7に示す。
(1) DMRが含まれる,SGCE-PEG10遺伝子間に存在する3ヵ所のCpG islandsを解析対象とした。
(2) 合わせて,CYP3Aファミリー遺伝子近傍に存在する4か所のCpG islandsも解析対象とした。
(3) なお,各CpG islandsにおいて,実験手技的に解析が困難なCG sitesが存在したことから,それらについては解析を行わず,その場合は,いくつかのCG sitesに限局してメチル化解析を行った。
4.DNAメチル化解析は,バイサルファイトパイロシークエンス法により行った。プライマーとしては,下記のプライマーを用いた。
バイサルファイトPCRプライマー
Forward:5’- GTTAGTTTGGTTAGTTTAGTATTAGTA -3’(配列8)
Reverse:5’- Bio-AAAACCCAATCAAATTTCTTC -3’(配列9)
バイサルファイトシークエンスプライマー
I:5’- TTAGTTTGGTTAGTTTAGTATTAG -3’(配列10)
II:5’- TTAGAGGAGGGTTATTGTAG -3’(配列11)
III:5’- GAGGAGTAAGTTGGGAT -3’(配列12)
IV:5’- TTTTTAGGTGTAATTTATATAAGG -3’(配列13)
5.メチル化解析の結果を
図8に示す。
(1) メチル化頻度の比率は,各CG sitesによって異なっていた。
(2) CpG islandsごとにみると,8検体一様にメチル化頻度の比率は同じような傾向を示しており,個人差と考えられるメチル化頻度の差は認められなかった。
(2) しかしながら,DMRを含む領域である,SGCE-PEG10遺伝子間CpG island 82363-82893の中で,14,15,16,17番目のCG siteにおいてメチル化頻度に個人差が認められた(
図8,(b))。
6.DNAメチル化解析の結果をもとに,
図8(b)に示す4か所のCG sitesにおけるメチル化頻度について,AERとの相関を解析した。結果を
図9に示す。
(1) メチル化頻度に個人差が見られる14番目のCG siteにおいて,メチル化頻度とAERについて,逆相関の傾向が得られた (rs = -0.655 , p = 0.079) 。
(2) この解析結果は,メチル化頻度が高くなるにつれて,2本の染色体間でアリル発現に大きな偏りが生じていることを示すものである。
7.さらに,DNAのメチル化が直接CYP3A4遺伝子発現に及ぼす影響を検討した。結果を
図10に示す。
(1)
図8(b)に示す4か所のCG sitesにおけるメチル化頻度とCYP3A4 mRNA発現量の間には,14,16番目のCG sitesにおいて有意な相関が得られた (rs = -0.822, p = 0.009,rs = -0.751, p = 0.029, Fig. 9) 。
(2) 特に14番目のCG siteでは強い相関関係が認められた。
(3) すなわち,これらのCG siteにおいては,メチル化頻度が高くなるにつれてAERと同様,CYP3A4 mRNA発現量も低下することを示すものである。
【0044】
<<実験例9.末梢血からの細胞ペレットの分離>>
ヒト末梢血から分離したヒト肝細胞ペレットを用いて一連のメチル化解析操作を行い,メチル化解析が可能かどうかを確認する目的で実験を行った。
【0045】
<実験概容>
1.Ficoll-Paque PLUS (GE Healthcare)を用いて,ヒト末梢血20mLより細胞粗画分を得た。
2.得られた細胞粗画分に対して,TrypLE(ライフテクノロジージャパン株式会社製) 3mLを加え,37℃で 5 分間インキュベートした後,DMEM 3mLを加えて失活させ,1500rpmで1分遠心した。
3.上清を除去後,沈殿した細胞ペレットを回収し,精製・洗浄作業を行った。その後,PBSにて懸濁した細胞溶液をサンプルとして,実験例2から8に準じる方法にて,メチル化解析を行った。
4.得られたサンプルについてメチル化解析の代表的な手法であるクローニング-シークエンス法とCOBRA (Combined Bisulfite Restriction Analysis)法により解析した結果を
図11に示す。
(1) 左図は,上記5.により得られたDNAについてサブクローニングにて分離した計9つクローンについてシークエンスを行い,各CpG siteのメチル化有無の結果を示している。検討を行った9つのクローンのうち,3つのクローンについては,CpG site number 14から17いずれのDMR領域においてもメチル化されていたことから,当該検体についてはCpG site number 14から17において約30%のDNAメチル化頻度であることが示された。
(2) 右図は,上記5.により得られたDNAついてCOBRA法によりCpG site number 15におけるDNAメチル化頻度を測定した結果の例を示す。電気泳動の結果,CpG site number 15は,約20%のDNAメチル化頻度であった。
5.今回確立した方法により末梢血からヒト肝細胞の分離と分離した肝細胞におけるDNAメチル化頻度が定量的に測定可能であることが示された。得られたDNAメチル化頻度は,肝組織におけるDNAメチル化頻度を反映しており肝組織のDNAメチル化頻度を非侵襲的に評価することが可能であると思われる。