【実施例】
【0024】
以下には、銅合金を具体的に製造した例を実験例として説明する。実験例3−1〜3−3、4−1〜4−3が本発明の実施例に相当し、実験例1−1〜1−3、2−1〜2−3が参考例に相当する。
【0025】
[実験例1(1−1〜1−3)]
粉
末として高圧Arガスアトマイズ法で作製したCu−Zr系合金粉末を用いた。この合金粉末は、平均粒径D50が20〜28μmであった。Cu−Zr系合金粉末のZrの含有量は、1at%、3at%、5at%であり、それぞれ実験例1−1〜1−3の合金粉末とした。合金粉末の粒度は、島津製作所製レーザー回折式粒度分布測定装置(SALD−3000J)を用いて測定した。この粉末の酸素含有量は0.100mass%であった。焼結工程としてのSPS(放電プラズマ焼結)は、SPSシンテックス(株)製放電プラズマ焼結装置(Model:SPS−210LX)を用いて行った。直径20mm×10mmのキャビティを持つ黒鉛製ダイス内に粉末40gを入れ、3kA〜4kAの直流パルス通電を行い、昇温速度0.4K/s、焼結温度1173K(約0.9Tm;Tmは合金の融点)、保持時間15min、加圧30MPaで実験例1−1〜1−3の銅合金(SPS材)を作製した。なお、この方法で作製したものを「実験例1」と総称する。
【0026】
[実験例2(2−1〜2−3)]
市販のCu粉末(平均粒径D50=33μm)、市販のZr粉末(平均粒径D50=8μm)を用い、Cu−Zr系合金粉末のZrの含有量を1at%、3at%、5at%となるよう配合し、それぞれ実験例2−1〜2−3の合金粉末とした。20℃、200MPaの条件でCIP成形を行ったのち、実験例1と同様の工程を経て、得られた銅合金を実験例2(2−1〜2−3)とした。実験例2では、すべてAr雰囲気中で処理を行った。
【0027】
[実験例3(3−1〜3−3)]
市販のCu粉末(平均粒径D50=1μm)と、市販のCu−50質量%Zr合金を用い、Zrボールを用いたボールミルにて24時間混合粉砕を行った。得られた粉末の平均粒径D50は18.7μmであった。
図1は、実験例3の混合粉末の粒度分布である。Cu−Zr系合金粉末のZrの含有量を1at%、3at%、5at%となるよう配合し、それぞれ実験例3−1〜3−3の合金粉末とした。この粉末を用い、実験例1と同様の工程を経て、得られた銅合金を実験例3(3−1〜3−3)とした。
図2は、実験例3のSPS条件の説明図である。
【0028】
[実験例4(4−1〜4−3)]
市販のCu粉末(平均粒径D50=1μm)と、市販のZrH
2粉末(平均粒径D50=5μm)を用い、Zrボールを用いたボールミルにて4時間混合粉砕を行った。得られた粉末を用い、Cu−Zr系合金粉末のZrの含有量を1at%、3at%、5at%となるよう配合し、それぞれ実験例4−1〜4−3の合金粉末とした。この粉末を用い、実験例1と同様の工程を経て、得られた銅合金を実験例4(4−1〜4−3)とした。
【0029】
(ミクロ組織の観察)
ミクロ組織の観察は、走査型電子顕微鏡(SEM)と走査型透過電子顕微鏡(STEM)、およびナノビーム電子線回折法(NBD)を用いて行った。SEM観察は、日立ハイテクノロジーズ製S−5500を用い、加速電圧2.0kVで2次電子像及び反射電子像を撮影した。TEM観察は、日本電子製JEM−2100Fを用い、加速電圧200kVでBF−STEM像やHAADF−STEM像を撮影し、ナノ電子線回折を行った。また、EDX(日本電子製JED−2300T)を用いた元素分析を適宜行った。測定試料は、日本電子製SM−09010クロスセクションポリッシャ(CP)を用い、イオン源をアルゴン、加速電圧5.5kVでイオンミリングすることで調製した。
【0030】
(XRD測定)
化合物相の同定は、Co−Kα線を用いてX線回折法により行った。XRD測定は、リガク製RINT RAPIDIIを用いた。
【0031】
(電気的特性評価)
得られた実験例のSPS
材の電気的性質は、常温においてプローブ式導電率測定および長さ500mmでの四端子法電気抵抗測定によって調べた。導電率はJISH0505に準じて銅合金の体積抵抗を測定し、焼き鈍した純銅の
体積抵抗
率(0.017241μ
Ωm)との比を計算して導電率(%IACS)に換算した。換算には、以下の式を用いた。導電率γ(%IACS)=0.017241÷体積抵抗ρ×100。
【0032】
(Cu−Zr系化合物相の特性評価)
実験例3の銅合金に含まれるCu−Zr系化合物相に対してヤング率E及びナノインデンテーション法による硬さHの測定を行った。測定装置は、Agilent Technologies社製Nano Indenter XP/DCMを用い、インデンターヘッドとしてXP、圧子をダイヤモンド製バーコビッチ型を用いた。また、解析ソフトはAgilent Technologies社のTest Works4を用いた。測定条件は、測定モードをCSM(連続剛性測定)とし、励起振動周波数を45Hz、励起振動振幅を2nm、歪速度を0.05s
-1、押し込み深さを1000nm、測定点数Nを5、測定点間隔を5μm、測定温度を23℃、標準試料をフューズドシリカとした。サンプルをクロスセクションポリッシャ(CP)により断面加工を行い、熱溶融性接着剤を用いて試料台及びサンプルを100℃、30秒加熱してサンプルを試料台に固定し、これを測定装置に装着してCu−Zr系化合物相のヤング率E及びナノインデンテーション法による硬さHを測定した。ここでは、5点測定した平均値をヤング率E及びナノインデンテーション法による硬さHとした。
【0033】
(結果と考察)
まず、原料について検討した。
図3は、(a)実験例1−3,(b)実験例3−3,(c)実験例4−3の原料粉体のSEM像である。実験例1−3の原料粉体は、球状であり、実験例3−3,4−3の原料粉体は、粗大な涙滴状のCu粉末と微細な球状のCuZr粉末又はZrH
2粉末がそれぞれに混在していた。
図4は、実験例1−3,3−3,4−3の原料粉体のX線回折測定結果である。実験例1−3の原料粉体では、Cu相、Cu
5Zr化合物相と、Unknown相であった。実験例3−3の原料粉体では、Cu相、CuZr化合物相およびCu
5Zr化合物相であった。また、実験例4−3の原料粉体では、Cu相とZrH
2相、およびα−Zr相の複相組織であった。これらの粉末を用いて、以下検討したSPS材を作製した。
【0034】
図5は、実験例1〜4の断面のSEM−BEI像である。実験例1では、CuとCu−Zr系化合物(主としてCu
5Zr)との2相が、共晶相を含むことなく、断面視したときに大きさ10μm以下の結晶が分散した構造を有していた。この実験例1では、断面視したときのCu−Zr系化合物の粒径が小さく、比較的均一な構造を有していた。一方、実験例2〜4では、α−Cu母相内に、比較的大きい第二相が分散する構造を有していた。
図6は、実験例1〜4の銅合金の導電率測定結果である。実験例1〜4の銅合金は、上述した構造の違いはあるが、Zrの含有量と導電率との傾向は、実験例1〜4の銅合金において大きな違いはなかった。これは、銅合金の導電性はCu相に依存しており、Cu相には構造的な違いは無いためであると推察された。また、銅合金の機械的強度はCu−Zr系化合物相に依存すると考えられ、これらを有することから、実験例2〜4についても、機械的強度は比較的高い値を示すものと推察された。
図7は、実験例1−3,3−3,4−3のX線回折測定結果である。
図7に示すように、実験例1、3〜4では、α−Cu相及びCu
5Zr化合物相及びunknown相が検出され、これらの複合組織を有するものと推察された。これは、粉末の出発原料が異なっていても、SPS材の構造が同じであることを示している。なお、実験例1−1,1−2,3−1,3−2,4−1,4−2のSPS材の構造は、Zr量によってX線回折強度は異なるものであったが、それぞれ
図7に示すSPS材と同じ複相構造であった。
【0035】
次に、実験例3について詳しく検討した。
図8は、実験例3−1の断面のSEM−BEI像であり、
図9は、実験例3−2の断面のSEM−BEI像であり、
図10は、実験例3−3の断面のSEM−BEI像である。撮像したSEM写真から、第二相の平均粒径D50を求めた。第二相の平均粒径は、100倍〜500倍の領域の反射電子像を観察し、その画像に含まれる粒子の内接円の直径を求め、これをこの粒子の直径とした。そして、その視野範囲に存在するすべての粒子の粒径を求めた。これを5視野について行うものとした。得られた粒径から累積分布を求め、そのメディアン径を平均粒径D50とした。
図8〜10のSEM写真に示すように、実験例3の銅合金は、断面視したときに第二相の平均粒径D50が、1μm〜100μmの範囲にあることがわかった。また、第二相は、粗大な粒子の最外殻に酸化膜が形成されていると推察された。また、第二相の中心核には、多数のくびれた微粒子と双晶を形成していることがわかった。
図11は、実験例3−3の断面のSEM−BEI像及びEDX測定結果である。
図12は、実験例3−3の断面のSEM−BEI像、STEM−BF像、EDX分析結果及びNBD図形である。
図13は、実験例3−3の断面のSTEM−BF像、EDX分析結果及びNBD図形である。
【0036】
元素分析の結果より、第二相は、外殻にCu
5Zrを含むCu−Zr系化合物相を有し、中心核部分にCuが10at%以下であるZrリッチなZr相を包含していることがわかった。
図14は、
図13に示したポイント1,4におけるナノ電子線回折解析結果である。
図13に示すように、色の薄い微粒子ではZrが94at%であり、Zr相であることがわかった。また、色の
縞部分は、Cuが85at%でありZrが15at%であり、Cu
5Zr相であることが予想された。また、
図13に示すように、ポイント1〜3では、Zrが92at%以上のZr相であり、ポイント4,5では、Cu
5Zr相であることが予想された。また、
図14に示すように、ナノ電子線回折及び元素分析の結果からすれば、ポイント1のZr相は、α−Zr相の可能性があると考えられた。また、ポイント4は、Cu
5Zr相であると裏付けられた。
【0037】
図15は、ナノインデンテーション法による硬さHの測定結果である。ヤング率E及び硬さHは、多点測定を実施し、測定後、SEM観察によりZr相内に押し込まれた測定点を抜粋した。測定結果から、ヤング率E及びナノインデンテーション法による硬さHを求めた。その結果、Zr相のヤング率は、平均値で75.4GPaであり、硬さHは、平均値で3.37GPa(ビッカース硬さ換算値MHv=311)であった。Cu−Zr系化合物相は、後述するようにヤング率Eが159.5GPaであり、硬さHが6.3GPa(ビッカース硬さ換算値MHv=585)であり、Zr相と異なることがわかった。この際の換算は、MHv=0.0924×Hを用いた(ISO14577−1 Metallic Materials−Instrumented Indentation Test for Hardness and Materials Parameters − Part 1:Test Method,2002.)。
【0038】
図16は、実験例3−3のEBSD分析結果である。
図16には、SEM像のポイント1(第二相であるCu-Zr系化合物相)、ポイント2(Cu−Zr系化合物相内部のZrリッチなZr相)、ポイント3(Cu−Zr系化合物相内部の別な箇所のZrリッチなZr相)のうち、ポイント2について菊池線のチャネリングパターンから結晶構造のフィッティングを行った結果を示した。ポイント1、2、3は、異なるパターンが観察され、結晶方位が異なっていた.またフィッティングの結果より、Zr相の結晶構造は、面心立法格子(FCC)、六方最密格子(HCP)、体心立方格子(BCC)のいずれとも一致せず、Cuを少量含んだ不完全な構造を持つことがわかった。
図17、18は、実験例3−3のEBSD法による結晶方位マップである。TSLソリューションズ社製OIM(Orientation Imaging Microscopy)ソフトを用いて表示した。この結果から、ZrリッチなZr相は周囲のCu−Zr系化合物相を含んだ領域が独立して存在しているのではなく、化合物相の中にZr相が点在した構造であることがわかった。
【0039】
次に、実験例4について詳細に検討した。
図19は、実験例4−1の断面のSEM−BEI像であり、
図20は、実験例4−2の断面のSEM−BEI像であり、
図21は、実験例4−3の断面のSEM−BEI像である。撮像したSEM写真から、上述と同様に第二相の平均粒径D50を求めた。
図19〜20のSEM写真に示すように、実験例4の銅合金は、断面視したときに第二相の平均粒径D50が、1μm〜100μmの範囲にあることがわかった。また、第二相は、粗大な粒子の外殻にCu
5Zrを含むCu−Zr系化合物相を有し、中心核部分にZrリッチなZr相を包含していることがわかった(
図21)。
図22は、実験例4−3の組成でSPS温度及び時間を変更した銅合金の断面のSEM−BEI像である。925℃で5分間SPS処理を行うと、Zr相が生成することがわかった。
図23は、実験例4の断面のSEM−BEI像及びEDX法による元素マップである。
図23に示すように、第二相の中心核部分は、Cuが少なく、Zrが極めて多い、ZrリッチなZr相であると推察された。
図24は、(a)実験例4−3の断面のTEM−BF像及び(b)Area1のSAD図形、(c)Area2のSAD図形である。
図24に示すSPS材のCu
5Zr化合物相にも、内部に双晶を持つ微細組織が観察された。
図24(b)は、
図24(a)に示す微細組織内のArea1のSAD(Selected Area Diffraction:制限視野回折)図形であり、
図24(c)は、
図24(a)に示す微細組織内のArea2のSAD図形である。なお、制限視野絞りは200nmであった。これらのAreaの中心部において、EDX分析も行った。その結果、Area1で観察された微細組織は、実験例3のSPS材と同様にCuを5at%含むZrリッチな相であり、測定した3つの格子面間隔は、1.2%以下の差でα−Zr相の格子面間隔と一致した。また、Area2の化合物相は、実験例1,3のSPS材と同様のCu
5Zr化合物相であった。
【0040】
また、実験例1,2について検討した。
図25は、Cu−Zr系合金粉末をSPSした実験例1−3の銅合金のSEM−BEI像である。
図25に示すように、Cu−Zr系化合物相は、ヤング率Eが159.5GPaであり、硬さHが6.3GPa(ビッカース硬さ換算値MHv=585)であった。
図26は、実験例2−3の断面のSEM−BEI像及びEDX法による元素マップである。
図26に示すように、Cu粉末とZr粉末とで作製した銅合金では、α−Cu母相内に、比較的大きい第二相が分散する構造を有していた。第二相は、外殻にCu
5Zrを含むCu−Zr系化合物相を有し、中心核部分にZrリッチなZr相を包含していることがわかった。実験例2においては、焼結工程を経てもZr粉末が残ったものと推察された。
【0041】
さらに、実験例1、3、4を用いてピン・オン・ディスク摺動摩耗試験(JIS K7218に準拠)を行った。
図27は、実験例1のピン・オン・ディスク摺動摩耗試験(JIS K7218に準拠)の結果である。
図28は、実験例3、4のピン・オン・ディスク摺動摩耗試験の結果である。
図29は、実験例1、3、4のピン・オン・ディスク摺動摩耗試験結果をまとめた図である。ピン・オン・ディスク摺動摩耗試験は、実験例のSPS材から、直径2mm、高さ8mmの試験ピンを切り出し、200rpmで回転させたS45製ディスクに接触させて行った。この際、回転するディスク上には、出光興産製ダフニー・スーパーハイドロ46Aの鉱油を液摘下した。面圧2MPaを負荷した状態で1min保持し、さらに1MPaずつ各1min保持しながら面圧を20MPaまでステップアップさせる試験を行い、(a)摩擦係数の変化、(b)試験後のピンの摩耗長さ、(c)摩耗による重量損失を3回測定し、その平均値を求めた。また比較例として、OFC(無酸素銅;JIS C1020)のピン・オン・ディスク摺動摩耗試験も合わせて行った。
図27に示すように、実験例1では、Cu−Zr系化合物の粒径が小さく、比較的均一な構造を有しているため、OFCに比べて、面圧が高くなっても摩擦係数が低くて安定であり、ピンの長さの摩耗量や重量損失も小さく抑えられることがわかった。また、
図27〜29に示すように、実験例3、4においても実験例1と同様に、OFCに比べて優れた摩擦係数の安定性や耐摩耗性を有することが分かった。
【0042】
以上のように、本実施例の実験例3、4では、原料として比較的化学的に安定なCu−Zr母合金を用いるか、ZrH
2を用いるかによって、より簡便な処理で導電性や機械的強度をより高め、耐摩耗性にも優れる実験例1と同等の銅合金を作製することができることがわかった。
【0043】
なお、本発明は上述した実施例に何ら限定されることはなく、本発明の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【0044】
本出願は、2015年5月22日に出願された米国仮出願第62/165,366号及び2015年10月16日に出願された日本国特許出願第2015−204590号を優先権主張の基礎としており、引用によりその内容の全てが本明細書に含まれる。