特許第6483644号(P6483644)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6483644
(24)【登録日】2019年2月22日
(45)【発行日】2019年3月13日
(54)【発明の名称】車線逸脱抑制装置
(51)【国際特許分類】
   B60T 8/1755 20060101AFI20190304BHJP
   B60W 30/12 20060101ALI20190304BHJP
   G08G 1/16 20060101ALI20190304BHJP
   B60W 10/184 20120101ALI20190304BHJP
   B60W 30/02 20120101ALI20190304BHJP
【FI】
   B60T8/1755 A
   B60W30/12
   G08G1/16 C
   B60W10/184
   B60W30/02
   B60T8/1755 C
【請求項の数】5
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2016-159254(P2016-159254)
(22)【出願日】2016年8月15日
(65)【公開番号】特開2018-27727(P2018-27727A)
(43)【公開日】2018年2月22日
【審査請求日】2017年6月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】501125231
【氏名又は名称】ローベルト ボッシュ ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング
(74)【代理人】
【識別番号】100104765
【弁理士】
【氏名又は名称】江上 達夫
(74)【代理人】
【識別番号】100099645
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 晃司
(74)【代理人】
【識別番号】100107331
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 聡延
(72)【発明者】
【氏名】永江 明
(72)【発明者】
【氏名】近藤 久美子
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 広矩
(72)【発明者】
【氏名】土井 智之
(72)【発明者】
【氏名】猪俣 亮
(72)【発明者】
【氏名】池田 将之
(72)【発明者】
【氏名】杉澤 利文
【審査官】 竹村 秀康
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2016/075893(WO,A1)
【文献】 特開平06−016119(JP,A)
【文献】 特開2000−033860(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 7/12−8/1769
B60T 8/32−8/96
B60W 10/184
B60W 30/02
B60W 30/12
G08G 1/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
現在走行している走行車線から車両が逸脱する可能性がある場合に、(i)前記走行車線からの前記車両の逸脱を抑制可能な抑制ヨーモーメントを算出し、(ii)当該算出した抑制ヨーモーメントが前記車両に付与されるように、車輪に制動力を付与可能な制動手段を制御する制御手段と、
前記抑制ヨーモーメントが付与されている場合に、前記車輪のうちの前輪のスリップ率が、第1閾値より大きいか否か、及び、前記車輪のうちの後輪のスリップ率が、第2閾値よりも大きいか否かを判定する判定手段と
を備え、
前記制御手段は、前記前輪のスリップ率が前記第1閾値より大きいと判定された場合、及び、前記後輪のスリップ率が前記第2閾値より大きいと判定された場合の夫々において、前記算出した抑制ヨーモーメントを付与可能な前記制動力と比較して、前記制動手段が付与する前記制動力が小さくなるように前記制動手段を制御し、
前記後輪のスリップ率の増加が前記前輪のスリップ率の増加よりも優先的に抑制されるように、前記第2閾値が前記第1閾値よりも小さな値に設定されている
ことを特徴とする車線逸脱抑制装置。
【請求項2】
前記判定手段は、前記第1及び第2閾値のうちの少なくとも一方を、前記走行車線の曲率半径が小さくなるほど小さい値に設定する
ことを特徴とする請求項1に記載の車線逸脱抑制装置。
【請求項3】
前記制御手段は、前記前輪への前記制動力の付与を開始してから所定時間が経過した後に、前記後輪への前記制動力の付与を開始するように、前記制動手段を制御する
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の車線逸脱抑制装置。
【請求項4】
前記制御手段は、前記所定時間を、前記走行車線の曲率半径が小さくなるほど長い時間に設定する
ことを特徴とする請求項3に記載の車線逸脱抑制装置。
【請求項5】
前記制御手段は、前記前輪のスリップ率が前記第1閾値より大きいと判定された場合、及び、前記後輪のスリップ率が前記第2閾値より大きいと判定された場合の夫々において、前記制動手段による前記制動力の付与を中止する
ことを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の車線逸脱抑制装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、現在走行している走行車線からの車両の逸脱を抑制することが可能な車線逸脱抑制装置の技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
車線逸脱抑制装置として、走行車線から車両が逸脱する可能性がある場合に、車輪に付与される制動力を制御することで、走行車線からの車両の逸脱を抑制可能なヨーモーメントを車両に付与する車線逸脱抑制装置が知られている(例えば、特許文献1から特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−310719号公報
【特許文献2】特許第3826758号
【特許文献3】特開2006−206032号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
走行車線からの逸脱を抑制するための制動力が付与されている期間中の車両の走行状態によっては、制動力の付与に起因して、意図しないヨーレート(つまり、車両の逸脱を抑制可能なヨーモーメントが付与された場合に発生するはずのヨーレートとは異なるヨーレート)が車両に発生する可能性がある。このような意図しないヨーレートは、車両がどのような走行車線を走行している場合であっても発生する可能性はあるが、走行車線の摩擦係数(つまり、路面の摩擦係数)が相対的に低い場合や走行車線が旋回路である場合に発生する可能性が相対的に高くなる。つまり、このような意図しないヨーレートは、所望のグリップ力を確保できない程度に車輪のスリップ率が大きくなる場合に発生する可能性が相対的に高くなる。
【0005】
車輪のスリップ率の増加による車輪のグリップ力の低下は、このような意図しないヨーレートの発生を引き起こしかねず、何らかの対応策が施されなければ、車両の挙動の不安定化につながり得る。そこで、対応策の一例として、このような車両の挙動の不安定化を抑制するために、走行車線からの逸脱を抑制するための制動力が付与されている状況下で車輪のスリップ率が所定率以上に大きくなった場合には、制動力の付与を中止する(或いは、付与する制動力を小さくする)ことが考えられる。その結果、車輪のスリップ率が所定率以上に大きくなった状況下で制動力を付与し続けた場合(或いは、付与する制動力を小さくしなかった場合)と比較して、車輪のスリップ率の増加が抑制される。このため、車輪のグリップ力の低下もまた抑制されるがゆえに、結果として、車両の挙動が安定する。
【0006】
ところで、車両の挙動が不安定な場合には、車輪が路面に対してスリップする可能性がある。この場合、後輪よりも前輪が先にスリップすることもあれば、前輪よりも後輪が先にスリップすることもある。ここで、車両の挙動の特性(言い換えれれば、車両の運動性能)を考慮すると、前輪よりも後輪が先にスリップする場合の車両の挙動は、後輪よりも前輪が先にスリップする場合の車両の挙動よりも不安定となる。従って、車両の挙動の不安定化をより効果的に避けるためには、前輪が先にスリップすることを抑制することよりも、後輪が先にスリップすることを優先的に抑制することが好ましい。
【0007】
本発明は、前輪よりも後輪が先にスリップすることを優先的に抑制することで車両の挙動の不安定化をより一層効果的に抑制ながら、走行車線からの車両の逸脱を抑制するように車輪に制動力を付与することが可能な車線逸脱抑制装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
<1>
開示の車線逸脱抑制装置は、現在走行している走行車線から車両が逸脱する可能性がある場合に、(i)前記走行車線からの前記車両の逸脱を抑制可能な抑制ヨーモーメントを算出し、(ii)当該算出した抑制ヨーモーメントが前記車両に付与されるように、車輪に制動力を付与可能な制動手段を制御する制御手段と、前記抑制ヨーモーメントが付与されている場合に、前記車輪のうちの前輪のスリップ率が、第1閾値より大きいか否か、及び、前記車輪のうちの後輪のスリップ率が、前記第1閾値よりも小さい第2閾値よりも大きいか否かを判定する判定手段とを備え、前記制御手段は、前記前輪のスリップ率が前記第1閾値より大きいと判定された場合、及び、前記後輪のスリップ率が前記第2閾値より大きいと判定された場合の夫々において、前記算出した抑制ヨーモーメントを付与可能な前記制動力と比較して、前記制動手段が付与する前記制動力が小さくなるように前記制動手段を制御する。
【0009】
開示の車線逸脱抑制装置によれば、前輪のスリップ率が第1閾値より大きいと判定された場合、及び、後輪のスリップ率が第2閾値より大きいと判定された場合の夫々において、制御手段の制御下で付与される制動力が、抑制ヨーモーメントを付与可能な制動力よりも小さくなる。制動力が小さくなると、前輪及び後輪のうちの少なくとも一方のスリップ率の増加が抑制されるがゆえに、車両のグリップ力が確保される。このため、制動力の付与に起因した車両の挙動の不安定化が抑制される。
【0010】
更には、第2閾値が第1閾値よりも小さいため、後輪のスリップ率の増加は、前輪のスリップ率の増加よりも優先的に抑制される。このため、前輪のグリップ力の低下よりも、後輪のグリップ力の低下が優先的に抑制される。つまり、前輪よりも後輪が先にスリップすることが優先的に抑制される。このため、開示の車線逸脱抑制装置は、前輪よりも後輪が先にスリップすることを優先的に抑制することで車両の挙動の不安定化をより一層効果的に抑制しながら、走行車線からの車両の逸脱を抑制するように車輪に制動力を付与することができる。
【0011】
<2>
開示の車線逸脱抑制装置の他の態様では、前記判定手段は、前記第1及び第2閾値のうちの少なくとも一方を、前記走行車線の曲率半径が小さくなるほど小さい値に設定する。
【0012】
この態様によれば、後に詳述するように、車輪のスリップを抑制することで車両の挙動の不安定化が効果的に抑制される。
【0013】
<3>
開示の車線逸脱抑制装置の他の態様では、前記制御手段は、前記前輪への前記制動力の付与を開始してから所定時間が経過した後に、前記後輪への前記制動力の付与を開始するように、前記制動手段を制御する。
【0014】
この態様によれば、後輪への制動力の付与が前輪への制動力の付与に遅れて開始されるため、前輪よりも後輪が先にスリップすることが適切に抑制される。
【0015】
<4>
上述の如く前輪への制動力の付与を開始してから所定時間が経過した後に後輪への制動力の付与を開始する車線逸脱抑制装置の他の態様では、前記制御手段は、前記所定時間を、前記走行車線の曲率半径が小さくなるほど長い時間に設定する。
【0016】
この態様によれば、後に詳述するように、車輪のスリップ(特に、前輪よりも先に後輪がスリップすること)を抑制することで車両の挙動の不安定化が好適に抑制される。
【0017】
<5>
開示の車線逸脱抑制装置の他の態様では、前記制御手段は、前記前輪のスリップ率が前記第1閾値より大きいと判定された場合、及び、前記後輪のスリップ率が前記第2閾値より大きいと判定された場合の夫々において、前記制動手段による前記制動力の付与を中止する。
【0018】
この態様によれば、制動力の付与が中止される(つまり、制動力がゼロにまで小さくなる)がゆえに、制動力の付与に起因した車両の挙動の不安定化が抑制される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、本実施形態の車両の構成を示すブロック図である。
図2図2は、車線逸脱抑制動作の流れを示すフローチャートである。
図3図3は、第1及び第2スリップ閾値と曲率半径との関係を示すグラフである。
図4図4は、将来の横位置、制動力、後輪スリップ率、並びに、ヨーレートの時間推移を示すタイミングチャートである。
図5図5は、将来の横位置、制動力、後輪スリップ率、並びに、ヨーレートの時間推移を示すタイミングチャートである。
図6図6は、車線逸脱抑制動作の第1変形例の流れを示すフローチャートである。
図7図7は、時間閾値と曲率半径との関係を示すグラフである。
図8図8は、第1変形例における、将来の横位置、制動力、後輪スリップ率、並びに、ヨーレートの時間推移を示すタイミングチャートである。
図9図9は、車線逸脱抑制動作の第1変形例の流れを示すフローチャートである。
図10図10は、第2変形例における、将来の横位置、制動力、後輪スリップ率、並びに、ヨーレートの時間推移を示すタイミングチャートである。
図11図11(a)から図11(e)の夫々は、第1及び第2スリップ閾値と曲率半径との関係の他の例を示すグラフである。
図12図12(a)から図12(c)の夫々は、時間閾値と曲率半径との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照しながら、本発明の車線逸脱抑制装置の実施形態について説明する。以下では、本発明の車線逸脱抑制装置の実施形態が搭載された車両1を用いて説明を進める。
【0021】
(1)車両1の構成
図1のブロック図を参照して、本実施形態の車両1の構成について説明する。図1に示すように、車両1は、ブレーキペダル111と、マスタシリンダ112と、ブレーキパイプ113FLと、ブレーキパイプ113RLと、ブレーキパイプ113FRと、ブレーキパイプ113RRと、左前輪121FLと、左後輪121RLと、右前輪121FRと、右後輪121RRと、ホイールシリンダ122FLと、ホイールシリンダ122RLと、ホイールシリンダ122FRと、ホイールシリンダ122RRと、ブレーキアクチュエータ13と、ステアリングホイール141と、振動アクチュエータ142と、車速センサ151と、車輪速センサ152と、ヨーレートセンサ153と、加速度センサ154と、カメラ155と、ディスプレイ161と、スピーカ162と、「車線逸脱抑制装置」の一具体例であるECU(Electronic Control Unit)17とを備えている。
【0022】
ブレーキペダル111は、車両1を制動するためにドライバによって踏み込まれるペダルである。マスタシリンダ112は、マスタシリンダ112内のブレーキフルード(或いは、任意の流体)の圧力を、ブレーキペダル111の踏み込み量に応じた圧力に調整する。マスタシリンダ112内のブレーキフルードの圧力は、ブレーキパイプ113FL、113RL、113FR及び113RRを夫々介してホイールシリンダ122FL、122RL、122FR及び122RRに伝達される。このため、ホイールシリンダ122FL、122RL、122FR及び122RRに伝達されるブレーキフルードの圧力に応じた制動力が、夫々、左前輪121FL、左後輪121RL、右前輪121FR及び右後輪121RRに付与される。
【0023】
ブレーキアクチュエータ13は、ECU17の制御下で、ブレーキペダル111の踏み込み量とは無関係に、ホイールシリンダ122FL、122RL、122FR及び122RRの夫々に伝達されるブレーキフルードの圧力を調整可能である。従って、ブレーキアクチュエータ13は、ブレーキペダル111の踏み込み量とは無関係に、左前輪121FL、左後輪121RL、右前輪121FR及び右後輪121RRの夫々に付与される制動力を調整可能である。
【0024】
ステアリングホイール141は、車両1を操舵する(つまり、転蛇輪を転蛇する)ためにドライバによって操作される操作子である。尚、本実施形態では、転蛇輪は、左前輪121FL及び右前輪121FRであるものとする。振動アクチュエータ142は、ECU17の制御下で、ステアリングホイール141を振動させることが可能である。
【0025】
車速センサ151は、車両1の車速Vvを検出する。車輪速センサ152は、左前輪121FL、左後輪121RL、右前輪121FR及び右後輪121RRの夫々の車輪速Vwを検出する。ヨーレートセンサ153は、車両1のヨーレートγを検出する。加速度センサ154は、車両1の加速度A(具体的には、前後方向の加速度A1及び横方向の加速度A2)を検出する。カメラ155は、車両1の前方の外部状況を撮像する撮像機器である。車速センサ151から加速度センサ154の検出結果を示す検出データ及びカメラ155が撮像した画像を示す画像データは、ECU17に出力される。
【0026】
ディスプレイ161は、ECU17の制御下で、任意の情報を表示可能である。スピーカ162は、ECU17の制御下で、任意の音声を出力可能である。
【0027】
ECU17は、車両1の全体の動作を制御する。本実施形態では特に、ECU17は、現在走行している走行車線からの車両1の逸脱を抑制するための車線逸脱抑制動作を行う。従って、ECU17は、いわゆるLDA(Lane Departure Alert:レーンデパーチャーアラート)又はLDP(Lane Departure Prevention:レーンデパーチャープリベンション)を実現するための制御装置として機能する。
【0028】
車線逸脱抑制動作を行うために、ECU17は、ECU17の内部に論理的に実現される処理ブロックとして又は物理的に実現される処理回路として、データ取得部171と、「制御手段」の一具体例であるLDA制御部172と、「判定手段」の一具体例であるLDA制限部173とを備えている。尚、データ取得部171、LDA制御部172及びLDA制限部173の夫々の動作については、後に図2等を参照しながら詳述するが、以下にその概略について簡単に説明する。データ取得部171は、車速センサ151から加速度センサ154の検出結果を示す検出データ及びカメラ155が撮像した画像を示す画像データを取得する。LDA制御部172は、データ取得部171が取得した検出データ及び画像データに基づいて、現在走行している走行車線から車両1が逸脱する可能性がある場合に、左前輪121FL、左後輪121RL、右前輪121FR及び右後輪121RRのうちの少なくとも一つに付与される制動力を用いて、走行車線からの車両1の逸脱を抑制可能な抑制ヨーモーメントが車両1に付与されるように、ブレーキアクチュエータ13を制御する。尚、本実施形態における「走行車線からの車両1の逸脱の抑制」とは、抑制ヨーモーメントが付与されていない場合に想定される走行車線からの車両1の逸脱距離と比較して、抑制ヨーモーメントが付与されている場合における走行車線からの車両1の実際の逸脱距離を小さくすることを意味する。LDA制限部173は、抑制ヨーモーメントの付与を中止するか否か(つまり、抑制ヨーモーメントを付与可能な制動力の付与を中止するか否か)を決定する。
【0029】
(2)車線逸脱抑制動作の詳細
続いて、図2のフローチャートを参照しながら、ECU17が行う車線逸脱抑制動作について説明する。
【0030】
図2に示すように、まず、データ取得部171は、車速センサ151から加速度センサ154の検出結果を示す検出データ及びカメラ155が撮像した画像を示す画像データを取得する(ステップS10)。
【0031】
その後、LDA制御部172は、ステップS10で取得された画像データを解析することで、車両1が現在走行している走行車線の車線端(本実施形態では、車線端の一例として白線が用いられる)を、カメラ155が撮像した画像内で特定する(ステップS20)。
【0032】
その後、LDA制御部172は、ステップS20で特定した白線に基づいて、車両1が現在走行している走行車線の曲率半径Rを算出する(ステップS21)。尚、走行車線の曲率半径Rは、実質的には、白線の曲率半径と等価である。このため、LDA制御部172は、ステップS20で特定した白線の曲率半径を算出すると共に、当該算出した曲率半径を、走行車線の曲率半径Rとして取り扱ってもよい。但し、LDA制御部172は、GPS(Global Positioning System)用いて特定される車両1の位置情報及びナビゲーション動作に用いられる地図情報を用いて、車両1が現在走行している走行車線の曲率半径Rを算出してもよい。
【0033】
LDA制御部172は、更に、ステップS20で特定した白線に基づいて、車両1の現在の横位置Xを算出する(ステップS22)。本実施形態の「横位置X」は、走行車線が延伸する方向(車線延伸方向)に直交する車線幅方向に沿った、走行車線の中央から車両1までの距離(典型的には、車両1の中央までの距離)を示す。この場合、走行車線の中央から右側に向かう方向及び左側に向かう方向のいずれか一方が、正の方向に設定され、走行車線の中央から右側に向かう方向及び左側に向かう方向のいずれか他方が、負の方向に設定されることが好ましい。後述する横速度Vlや、上述した抑制ヨーモーメント等のヨーモーメントや、上述した加速度Aや、上述したヨーレートγ等についても同様である。
【0034】
LDA制御部172は、更に、ステップS20で特定した白線に基づいて、車両1の逸脱角度θを算出する(ステップS22)。本実施形態の「逸脱角度θ」は、走行車線と車両1の前後方向軸とがなす角度(つまり、白線と車両1の前後方向軸とがなす角度)を示す。
【0035】
LDA制御部172は、更に、白線から算出された車両1の横位置Xの時系列データに基づいて、車両1の横速度V1を算出する(ステップS22)。但し、LDA制御部172は、車速センサ151の検出結果及び算出した逸脱角度θと、加速度センサ154の検出結果の少なくとも一方に基づいて、車両1の横速度Vlを算出してもよい。本実施形態の「横速度Vl」は、車線幅方向に沿った車両1の速度を示す。
【0036】
LDA制御部172は、更に、許容逸脱距離Dを設定する(ステップS23)。許容逸脱距離Dは、走行車線から車両1が逸脱する場合において走行車線からの車両1の逸脱距離(つまり、白線からの車両1の逸脱距離)の許容最大値を示す。このため、車線逸脱抑制動作は、走行車線からの車両1の逸脱距離が許容逸脱距離D内に収まるように、車両1に対して抑制ヨーモーメントを付与する動作となる。
【0037】
LDA制御部172は、法規等の要請(例えば、NCAP:New Car Assessment Programmeの要請)を満たすという観点から許容逸脱距離Dを設定してもよい。この場合、法規等の要請を満たすという観点から設定された許容逸脱距離Dは、デフォルトの許容逸脱距離Dとして用いられてもよい。
【0038】
逸脱角度θが相対的に大きい場合には、逸脱角度θが相対的に小さい場合と比較して、走行車線から車両1が逸脱した場合における車両1の逸脱距離が大きくなる可能性が高い。同様に、横速度Vlが相対的に大きい場合には、横速度Vlが相対的に小さい場合と比較して、走行車線から車両1が逸脱した場合における車両1の逸脱距離が大きくなる可能性が高い。つまり、逸脱角度θ及び横速度Vlの少なくとも一方が相対的に大きい場合には、脱角度θ及び横速度Vlの少なくとも一方が相対的に小さい場合と比較して、車両1の逸脱距離を許容逸脱距離D内に収めるように車両1に付与される抑制ヨーモーメントが大きくなる可能性が高い。一方で、過度に大きい抑制ヨーモーメントの付与は、車両1の挙動の不安定化を招く可能性がある。このため、LDA制御部172は、ステップS22で算出した脱角度θ及び横速度Vlの少なくとも一方に基づいて許容逸脱距離Dを設定してもよい(或いは、デフォルトの許容逸脱距離Dを調整してもよい)。例えば、LDA制御部172は、逸脱角度θ及び横速度Vlの少なくとも一方が大きくなるほど許容逸脱距離Dが大きくなるように、許容逸脱距離Dを設定又は調整してもよい。
【0039】
その後、LDA制御部172は、現在走行している走行車線から車両1が逸脱する可能性があるか否かを判定する(ステップS24)。具体的には、LDA制御部172は、将来の横位置Xfを算出する。例えば、LDA制御部172は、車両1が現在の位置から前方注視距離に相当する距離を走行した時点における横位置Xを、将来の横位置Xfとして算出する。将来の横位置Xfは、現在の横位置Xに対して、横速度Vlと車両1が前方注視距離を走行するために必要な時間Δtとの乗算値を加算又は減算することで算出可能である。その後、LDA制御部172は、将来の横位置Xfの絶対値が逸脱閾値以上であるか否かを判定する。車両1が車線延伸方向に平行な方向を向いていると仮定する場合、逸脱閾値は、例えば、走行車線の幅及び車両1の幅に基づいて定まる値(具体的には、(走行車線の幅−車両1の幅)/2)である。この場合、将来の横位置Xfの絶対値が逸脱閾値と一致する状況は、車線幅方向に沿った車両1の側面(例えば、走行車線の中央から遠い方の側面)が白線上に位置する状況に相当する。将来の横位置Xfの絶対値が逸脱閾値より大きくなる状況は、車線幅方向に沿った車両1の側面(例えば、走行車線の中央から遠い方の側面)が白線の外側に位置する状況に相当する。このため、将来の横位置Xfの絶対値が逸脱閾値以上でない場合には、LDA制御部172は、現在走行している走行車線から車両1が逸脱する可能性がないと判定する。一方で、将来の横位置Xfの絶対値が逸脱閾値以上となる場合には、LDA制御部172は、現在走行している走行車線から車両1が逸脱する可能性があると判定する。但し、実際には車両1が車線延伸方向に平行な方向を向いている場合もあるため、逸脱閾値として、上述の例とは異なる任意の値が用いられてもよい。
【0040】
尚、ここで説明した動作は、現在走行している走行車線から車両1が逸脱する可能性があるか否かを判定する動作の一例に過ぎない。従って、LDA制御部172は、任意の判定基準を用いて、現在走行している走行車線から車両1が逸脱する可能性があるか否かを判定してもよい。尚、「走行車線から車両1が逸脱する可能性がある」状況の一例として、近い将来に(例えば、上述した前方注視距離に相当する距離を走行した時点で)車両1が白線を跨ぐ又は踏む状況があげられる。
【0041】
ステップS24の判定の結果、走行車線から車両1が逸脱する可能性がないと判定される場合には(ステップS24:No)、図2に示す車線逸脱抑制動作が終了する。従って、走行車線から車両1が逸脱する可能性があると判定される場合に行われる動作(ステップS25からステップS32)は行われない。つまり、LDA制御部172は、抑制ヨーモーメントを車両1に付与しない(つまり、抑制ヨーモーメントを車両1に付与可能な制動力を付与しない)ように、ブレーキアクチュエータ13を制御する。更に、LDA制御部172は、走行車線から車両1が逸脱する可能性がある旨を、ドライバに対して警告しない。
【0042】
走行車線から車両1が逸脱する可能性がないと判定されたことに起因して図2に示す車線逸脱抑制動作が終了した場合には、ECU17は、第1所定期間(例えば、数ミリ秒から数十ミリ秒)が経過した後に再度図2に示す車線逸脱抑制動作を開始する。つまり、図2に示す車線逸脱抑制動作は、第1所定期間に応じた周期で繰り返し行われる。尚、第1所定期間は、図2に示す車線逸脱抑制動作を繰り返し行うデフォルトの周期に相当する期間である。
【0043】
他方で、ステップS24の判定の結果、走行車線から車両1が逸脱する可能性があると判定される場合には(ステップS24:Yes)、LDA制御部172は、走行車線から車両1が逸脱する可能性がある旨を、ドライバに対して警告する(ステップS25)。例えば、LDA制御部172は、走行車線から車両1が逸脱する可能性があることを示す画像を表示するように、ディスプレイ161を制御してもよい。或いは、例えば、LDA制御部172は、上述したようにディスプレイ161を制御することに加えて又は代えて、走行車線から車両1が逸脱する可能性があることをステアリングホイール141の振動でドライバに伝えるように、振動アクチュエータ142を制御してもよい。或いは、例えば、LDA制御部172は、上述したようにディスプレイ161及び振動アクチュエータ142の少なくとも一方を制御することに加えて又は代えて、走行車線から車両1が逸脱する可能性があることを警報音でドライバに伝えるように、スピーカ(いわゆる、ブザー)162を制御してもよい。
【0044】
走行車線から車両1が逸脱する可能性があると判定される場合には更に、LDA制御部172は、抑制ヨーモーメントを車両1に付与可能な制動力を付与するように、ブレーキアクチュエータ13を制御する(ステップS26からステップS29)。
【0045】
具体的には、車両1が走行車線から逸脱する可能性がある場合には、車両1は、走行車線の中央から離れるように走行している可能性が高い。このため、車両1の走行軌跡が、走行車線の中央から離れるように走行する走行軌跡から、走行車線の中央に向かって走行する走行軌跡に変更されれば、走行車線からの車両1の逸脱が抑制される。このため、LDA制御部172は、検出データ、画像データ、特定した白線、算出した曲率半径R、算出した横位置X、算出した横速度Vl、算出した逸脱角度θ及び設定した許容逸脱距離Dに基づいて、走行車線の中央から離れるように走行していた車両1が走行車線の中央に向かうように走行することになる新たな走行軌跡を算出する。このとき、LDA制御部172は、ステップS23で設定した許容逸脱距離Dの制約を満たす新たな走行軌跡を算出する。更に、LDA制御部172は、算出した新たな走行軌跡を走行する車両1に発生すると推定されるヨーレートを、目標ヨーレートγtgtとして算出する(ステップS26)。
【0046】
その後、LDA制御部172は、車両1に目標ヨーレートγtgtを発生させるために車両1に付与するべきヨーモーメントを、目標ヨーモーメントMtgtとして算出する(ステップS27)。尚、目標ヨーモーメントMtgtは、抑制ヨーモーメントと等価である。
【0047】
その後、LDA制御部172は、目標ヨーモーメントMtgtを車両1に付与することが可能な制動力を算出する。この場合、LDA制御部172は、左前輪121FL、左後輪121RL、右前輪121FR及び右後輪121RRの夫々に付与される制動力を個別に算出する。その後、LDA制御部172は、算出した制動力を発生させるために必要なブレーキフルードの圧力を指定する圧力指令値を算出する(ステップS28)。この場合、LDA制御部172は、ホイールシリンダ122FL、122RL、122FR及び122RRの夫々の内部でのブレーキフルードの圧力を指定する圧力指令値を個別に算出する。
【0048】
例えば、車両1の進行方向に対して右側に位置する白線を跨いで車両1が走行車線から逸脱する可能性があると判定される場合には、走行車線からの車両1の逸脱を抑制するためには、車両1の進行方向に対して左側に向けて車両1を偏向させることが可能な抑制ヨーモーメントが車両1に付与されればよい。この場合には、右前輪121FR及び右後輪121RRに制動力が付与されない一方で左前輪121FL及び左後輪121RLの少なくとも一方に制動力が付与されれば、又は、右前輪121FR及び右後輪121RRの少なくとも一方に相対的に小さい制動力が付与される一方で左前輪121FL及び左後輪121RLの少なくとも一方に相対的に大きい制動力が付与されれば、左側に向けて車両1を偏向させることが可能な抑制ヨーモーメントが車両1に付与される。車両1の進行方向に対して左側の白線を跨いで車両1が走行車線から逸脱する可能性があると判定される場合には、逆に、左前輪121FL及び左後輪121RLに制動力が付与されない一方で右前輪121FR及び右後輪121RRの少なくとも一方に制動力が付与されれば、又は、左前輪121FL及び左後輪121RLの少なくとも一方に相対的に小さい制動力が付与される一方で右前輪121FR及び右後輪121RRの少なくとも一方に相対的に大きい制動力が付与されれば、車両1の進行方向に対して右側に向けて車両1を偏向させることが可能な抑制ヨーモーメントが車両1に付与される。
【0049】
その後、LDA制御部172は、ステップS28で算出した圧力指令値に基づいて、ブレーキアクチュエータ13を制御する。従って、圧力指令値に応じた制動力が、左前輪121FL、左後輪121RL、右前輪121FR及び右後輪121RRのうちの少なくとも一つに付与される(ステップS29)。その結果、車両1には目標ヨーモーメントMtgtと等価な抑制ヨーモーメントが付与されるがゆえに、走行車線からの車両1の逸脱が抑制される。
【0050】
その後、抑制ヨーモーメントが車両1に付与されている状況下で、LDA制限部173は、左前輪121FL及び右前輪121FRの少なくとも一方のスリップ率に応じて定まる前輪スリップ率、並びに、左後輪121RL及び右後輪121RRの少なくとも一方のスリップ率に応じて定まる後輪スリップ率に基づいて、抑制ヨーモーメントの付与を中止するか否かを決定する。
【0051】
このため、LDA制御部173は、前輪スリップ率を算出する。尚、前輪スリップ率は、左前輪121FLのスリップ率と右前輪121FRのスリップ率との単純平均であってもよい。前輪スリップ率は、左前輪121FLのスリップ率と右前輪121FRのスリップ率との加重平均であってもよい。前輪スリップ率は、左前輪121FLのスリップ率であってもよい。例えば、車両1の進行方向に対して右側に位置する白線を跨いで車両1が走行車線から逸脱する可能性があると判定される場合には、左前輪121FLに制動力が付与される可能性があるがゆえに、前輪スリップ率は、左前輪121FLのスリップ率であってもよい。前輪スリップ率は、右前輪121FRのスリップ率であってもよい。例えば、車両1の進行方向に対して左側に位置する白線を跨いで車両1が走行車線から逸脱する可能性があると判定される場合には、右前輪121FRに制動力が付与される可能性があるがゆえに、前輪スリップ率は、右前輪121FRのスリップ率であってもよい。左前輪121FLのスリップ率は、左前輪121FLの車輪速Vwと車速Vvとから算出可能である。右前輪121FRのスリップ率は、右前輪121FRの車輪速Vwと車速Vvとから算出可能である。
【0052】
また、LDA制御部173は、後輪スリップ率を算出する。後輪スリップ率は、左後輪121RLのスリップ率と右後輪121RRのスリップ率との単純平均であってもよい。後輪スリップ率は、左後輪121RLのスリップ率と右後輪121RRのスリップ率との加重平均であってもよい。後輪スリップ率は、左後輪121RLのスリップ率であってもよい。例えば、車両1の進行方向に対して右側に位置する白線を跨いで車両1が走行車線から逸脱する可能性があると判定される場合には、左後輪121RLに制動力が付与される可能性があるがゆえに、後輪スリップ率は、左後輪121RLのスリップ率であってもよい。後輪スリップ率は、右後輪121RRのスリップ率であってもよい。例えば、車両1の進行方向に対して左側に位置する白線を跨いで車両1が走行車線から逸脱する可能性があると判定される場合には、右後輪121RRに制動力が付与される可能性があるがゆえに、後輪スリップ率は、右後輪121RRのスリップ率であってもよい。左後輪121RLのスリップ率は、左後輪121RLの車輪速Vwと車速Vvとから算出可能である。右後輪121RRのスリップ率は、右後輪121RRの車輪速Vwと車速Vvとから算出可能である。
【0053】
その後、LDA制限部173は、前輪スリップ率が、「第1閾値」の一具体例である第1スリップ閾値KSfrよりも大きいか否かを判定する(ステップS30)。更に、LDA制限部173は、後輪スリップ率が、「第2閾値」の一具体例である第2スリップ閾値KSrrよりも大きいか否かを判定する(ステップS31)。尚、図2は、ステップS30の判定が行われた後にステップS31の判定が行われる例を示しているが、ステップS31の判定が行われた後にステップS30の判定が行われてもよい。
【0054】
ここで、図3に示すグラフを参照しながら、第1スリップ閾値KSfr及び第2スリップ閾値KSrrについて説明する。
【0055】
図3に示すように、第1スリップ閾値KSfr及び第2スリップ閾値KSrrの夫々は、曲率半径Rに応じて変動する。具体的には、第1スリップ閾値KSfr及び第2スリップ閾値KSrrの夫々は、曲率半径Rが所定半径R11より小さい領域では、曲率半径Rが小さくなるほど小さくなる。一方で、第1スリップ閾値KSfr及び第2スリップ閾値KSrrの夫々は、曲率半径Rが所定半径R11より大きい領域では、曲率半径Rに関わらず一定値となる。従って、LDA制限部173は、ステップS21で算出された曲率半径Rに応じた第1スリップ閾値KSfr及び第2スリップ閾値KSrrを用いて、ステップS30及びS31の判定を行う。言い換えれば、LDA制限部173は、ステップS21で算出された曲率半径Rに基づいて第1スリップ閾値KSfr及び第2スリップ閾値KSrrを設定すると共に、設定した第1スリップ閾値KSfr及び第2スリップ閾値KSrrを用いてステップS30及びS31の判定を行う。
【0056】
更に、図3に示すように、第2スリップ閾値KSrrは、第1スリップ閾値KSfrよりも小さい。つまり、ある曲率半径Rに対応する第2閾値KSrrは、当該ある曲率半径Rに対応する第1閾値KSfrよりも小さい。尚、第2スリップ閾値KSrrが第1スリップ閾値KSfrよりも小さくなる理由は、主として、後にその技術的効果として詳述するように、左前輪121FL及び右前輪121FRよりも左後輪121RL及び右後輪121RRが先にスリップすることを優先的に抑制しつつも、抑制ヨーモーメントが車両1に付与される機会を可能な限り確保するためである。
【0057】
第1閾値KSfrは、左前輪121FL及び右前輪121FRの夫々が所望のグリップ力(具体的には、左前輪121FL及び右前輪121FRの夫々の転がり方向である縦方向及び左前輪121FL及び右前輪121FRの夫々の幅方向である横方向のうちの少なくとも一方における所望のグリップ力)を確保可能なスリップ率の上限に相当するタイヤ限界から定まる閾値であってもよい。具体的には、第1閾値KSfrは、タイヤ限界と一致する又はタイヤ限界を超えない閾値であってもよい。一方で、第2閾値KSrrは、第1閾値KSfrよりも小さいがゆえに、タイヤ限界から所定のマージンを差し引くことで得られる閾値であってもよい。
【0058】
再び図2において、ステップS30及びS31の判定の結果、前輪スリップ率が第1スリップ閾値KSfrよりも大きいと判定される場合(ステップS30:Yes)、及び、後輪スリップ率が第2スリップ閾値KSrrよりも大きいと判定される場合(ステップS31:Yes)の夫々において、LDA制限部173は、抑制ヨーモーメントの付与を中止すると決定する(ステップS32)。その結果、LDA制御部172は、抑制ヨーモーメントを車両1に付与可能な制動力の車両1への付与を中止する。つまり、LDA制御部172は、抑制ヨーモーメントを車両1に付与可能な制動力を付与しないように、ブレーキアクチュエータ13を制御する。
【0059】
抑制ヨーモーメントの付与を中止した後、ECU17は、図2に示す車線逸脱抑制動作を終了する。抑制ヨーモーメントの付与が中止された後に図2に示す車線逸脱抑制動作が終了した場合には、ECU17は、上述した第1所定期間よりも長い第2所定期間(例えば、数百ミリ秒から数秒)が経過した後に再度図2に示す車線逸脱抑制動作を開始することが好ましい。第2所定期間が経過した後に再度図2に示す車線逸脱抑制動作を開始する理由は、走行車線から車両1が逸脱する可能性があると判定されることに起因した抑制ヨーモーメントの付与の開始と、前輪スリップ率及び後輪スリップ率に基づく抑制ヨーモーメントの付与の中止とが短い間に何度も繰り返されるのを防ぐためである。このため、第2所定期間は、抑制ヨーモーメントの付与の開始と抑制ヨーモーメントの付与の中止との繰り返しがドライバに対して煩わしさを与えない程度に両者の時間間隔を確保するという観点から設定されてもよい。或いは、第2所定期間は、走行車線から車両1が逸脱する可能性があると判定されてから当該車両1に抑制ヨーモーメントを付与し続けることで走行車線から車両1が逸脱する可能性がなくなったと判定されるようになるまでに要する期間であってもよい。この場合には、走行車線から車両1が逸脱する可能性があると判定された後に一旦抑制ヨーモーメントの付与が中止された場合には、今回の車両1の逸脱を抑制するための抑制ヨーモーメントの付与が再度行われることはない。
【0060】
他方で、ステップS30及びS31の判定の結果、前輪スリップ率が第1スリップ閾値KSfrよりも小さく且つ後輪スリップ率が第2スリップ閾値KSrrよりも小さいと判定される場合には(ステップS30:No且つステップS31:No)、LDA制限部173は、抑制ヨーモーメントの付与を中止しないと決定する。その結果、LDA制御部172は、抑制ヨーモーメントを車両1に付与可能な制動力の車両1への付与を継続する。その後、ECU17は、図2に示す車線逸脱抑制動作を終了する。制動力の付与が中止されることなく図2に示す車線逸脱抑制動作が終了した場合には、ECU17は、上述した第1所定期間が経過した後に再度図2に示す車線逸脱抑制動作を開始する。つまり、抑制ヨーモーメントが車両1に付与されたまま、車線逸脱抑制動作が再度開始される。この場合、再度開始された車線逸脱抑制動作のステップS24において、抑制ヨーモーメントが車両1に付与されているものの未だ走行車線から車両1が逸脱する可能性があると判定される場合には(ステップS24:Yes)、ステップS25以降の動作が繰り返されることで抑制ヨーモーメントが付与され続ける(但し、その後ステップS32の動作が行われる場合は除く)。一方で、再度開始された車線逸脱抑制動作のステップS24において、抑制ヨーモーメントが車両1に付与されたことに起因して走行車線から車両1が逸脱する可能性がなくなったと判定される場合には(ステップS24:No)、抑制ヨーモーメントの付与が終了した上で図2に示す車線逸脱抑制動作が終了する。
【0061】
尚、図2に示す例では、前輪スリップ率が第1スリップ閾値KSfrと一致し且つ後輪スリップ率が第2スリップ閾値KSrrと一致する場合には(ステップS30:No且つステップS31:No)、LDA制限部173は、抑制ヨーモーメントの付与を中止しないと決定している。しかしながら、前輪スリップ率が第1スリップ閾値KSfrと一致する場合及び後輪スリップ率が第2スリップ閾値KSrrと一致する場合の夫々において、LDA制限部173は、抑制ヨーモーメントの付与を中止すると決定してもよい。
【0062】
(3)車線逸脱抑制動作の技術的効果
続いて、図4から図5に示すタイミングチャートを参照しながら、本実施形態の車線逸脱抑制動作によって実現される技術的効果について説明する。
【0063】
本実施形態の車両1によれば、走行車線から車両1が逸脱する可能性がある場合には、抑制ヨーモーメントが車両1に付与される。このため、走行車線からの車両1の逸脱が抑制される。
【0064】
一方で、抑制ヨーモーメントが車両1に付与されている期間中の車両1の走行状態によっては、抑制ヨーモーメントの付与に起因して、意図しないヨーレート(つまり、抑制ヨーモーメントが付与された場合に発生するはずの本来のヨーレート(つまり、目標ヨーレートγtgt)とは異なるヨーレート)が車両1に発生する可能性がある。このような意図しないヨーレートは、上述したように、車両1が所望のグリップ力を確保できない程度に前輪スリップ率及び後輪スリップ率の少なくとも一方が大きくなる場合に発生する可能性が高くなる。
【0065】
具体的には、例えば、図4は、時刻t41において将来の横位置Xfの絶対値が逸脱閾値を超えたことに起因して抑制ヨーモーメントを付与するための制動力が右前輪121FR及び右後輪121RRに付与された場合の、横位置Xf、制動力、後輪スリップ率、並びに、ヨーレートの時間推移を示すタイミングチャートである。図4に示す例では、車両1は、路面の摩擦係数が相対的に低い(或いは、所定係数よりも低い)走行車線を走行しているものとする。この場合、上述したように、抑制ヨーモーメントは、走行車線の摩擦係数を考慮することなく算出される。このため、路面の摩擦係数が相対的に低い走行車線を走行している車両1に抑制ヨーモーメントを付与した場合には、路面の摩擦係数が相対的に高い走行車線を走行している車両1に同じ抑制ヨーモーメントを付与した場合と比較して、後輪スリップ率が(或いは、図4に示す例では図示しないものの、前輪スリップ率もまた)大きくなる。従って、路面の摩擦係数が相対的に低い走行車線を走行している車両1に抑制ヨーモーメントを付与した場合には、路面の摩擦係数が相対的に高い走行車線を走行している車両1に同じ抑制ヨーモーメントを付与した場合と比較して、前輪スリップ率及び後輪スリップ率が大きくなることに起因して、制動力が付与されている右前輪121FR及び右後輪121RRのグリップ力(特に、横方向のグリップ力)が小さくなる可能性がある。その結果、右前輪121FR及び右後輪121RRのグリップ力が小さくなることに起因して、路面の摩擦係数が相対的に低い走行車線を走行している車両1に発生するヨーレートは、路面の摩擦係数が相対的に高い走行車線を走行している車両1に発生するヨーレートより大きくなる可能性がある。つまり、路面の摩擦係数が相対的に低い走行車線を走行している車両1に発生するヨーレートは、本来のヨーレート(つまり、目標ヨーレートγtgt)より大きくなる可能性がある。このため、路面の摩擦係数が相対的に低い走行車線を走行している車両1には、意図しないヨーレートが発生している可能性がある。このような意図しないヨーレートの発生は、車両1の挙動の不安定化に繋がる可能性がある。更には、このような意図しないヨーレートが発生している状況下で後輪スリップ率がタイヤ限界を超える(図4の時刻t42)と、左後輪121RL及び右後輪121RRの少なくとも一方がスリップしてしまう可能性がある。このため、車両1の挙動の不安定化が、車輪のスリップという形でより一層顕著に現れる可能性がある。このため、このような後輪スリップ率(更には、前輪スリップ率)の増加に伴う意図しないヨーレートの発生は、車両1の挙動の不安定化につながるおそれがある。
【0066】
尚、路面の摩擦係数が相対的に低い走行車線を車両1が走行している場合に限らず、車両1の走行状態に依存して、車両1に実際に発生するヨーレートが、抑制ヨーモーメントが付与された場合に発生するはずの本来のヨーレートとは異なる状況は発生し得る。
【0067】
そこで、本実施形態では、前輪スリップ率が第1スリップ閾値KSfrより大きいと判定された場合、及び、後輪スリップ率が第2スリップ閾値KSrrより大きいと判定された場合の夫々において、抑制ヨーモーメントの付与が中止される。つまり、走行車線からの車両1の逸脱を抑制する目的で車両1に付与される制動力は、ゼロにまで小さくなる。抑制ヨーモーメントの付与が中止されると(つまり、制動力の付与が中止されると)、左前輪121FL、左後輪121RL、右前輪121FR及び右後輪121RRのスリップ率の増加が抑制される。このため、抑制ヨーモーメントの付与が中止される前と比較して、左前輪121FL、左後輪121RL、右前輪121FR及び右後輪121RRのグリップ力が回復する。つまり、車両1のグリップ力が回復する。このため、前輪スリップ率が第1スリップ閾値KSfrより大きい又は後輪スリップ率が第2スリップ閾値KSrrより大きいと判定された場合であっても抑制ヨーモーメントが付与され続ける場合と比較して、制動力の付与に起因した車両1の挙動の不安定化が抑制される。
【0068】
例えば、図5に示すように、時刻t51において抑制ヨーモーメントが付与されたことに起因して、前輪スリップ率及び後輪スリップ率が増加していく。その結果、時刻t52において、後輪スリップ率が第2スリップ閾値KSrrより大きくなる。このため、時刻t52において、抑制ヨーモーメントの付与が中止される。その結果、時刻t52以降において、前輪スリップ率及び後輪スリップ率の増加が抑制される。このため、車両1に意図しないヨーレートが発生することが抑制されるがゆえに、車両1の挙動の不安定化が抑制される。
【0069】
加えて、本実施形態では、後輪スリップ率と比較される第2スリップ閾値KSrrは、前輪スリップ率と比較される第1スリップ閾値Ksfrよりも小さい。従って、後輪スリップ率が前輪スリップ率ほどには大きくない場合(つまり、左前輪121FL及び右前輪121FRと比較して、左後輪121RL及び右後輪121RRがスリップしにくい場合)であっても、後輪スリップ率が第2スリップ閾値KSrrより大きくなった時点で、抑制ヨーモーメントの付与が中止される。このため、後輪スリップ率の増加は、前輪スリップ率の増加よりも優先的に抑制される。このため、左前輪121FL及び右前輪121FRのグリップ力の低下(特に、横方向におけるグリップ力の低下)よりも、左後輪121RL及び右後輪121RRのグリップ力の低下(特に、横方向におけるグリップ力の低下)が優先的に抑制される。つまり、左前輪121FL及び右前輪121FRよりも左後輪121RL及び右後輪121RRが先にスリップすることが優先的に抑制される。このため、本実施形態の車両1では、左前輪121FL及び右前輪121FRよりも左後輪121RL及び右後輪121RRが先にスリップすることを優先的に抑制することで車両1の挙動の不安定化をより一層効果的に抑制しながら、抑制ヨーモーメントが車両1に付与される。
【0070】
更に、本実施形態では、第1スリップ閾値Ksfrが第2スリップ閾値KSrrよりも大きいがゆえに、前輪スリップ率が大きくなることに起因した抑制ヨーモーメントの付与の中止は、後輪スリップ率が大きくなることに起因した抑制ヨーモーメントの付与の中止ほどには高頻度に行われない。このため、後輪スリップ率に基づいて抑制ヨーモーメントの付与を中止することで、スリップを抑制することが好ましい左後輪121RL及び右後輪121RRのスリップを極力抑制しながら、前輪スリップ率に基づいて抑制ヨーモーメントの付与が中止される頻度を相対的に低くすることで、抑制ヨーモーメントが車両1に付与される機会が可能な限り確保可能となる。言い換えれば、左前輪121FL、左後輪121RL、右前輪121FR及び右後輪121RRのうちの少なくとも一つのスリップを抑制して車両1の挙動の安定化を図ることのみが目的であれば、前輪スリップ率及び後輪スリップ率の双方と比較される共通の閾値を用意すると共に、当該共通の閾値を単純に小さくすればよいとも考えられる。しかしながら、共通の閾値を単純に小さくするだけでは、抑制ヨーモーメントが車両1に付与される機会が不必要に減ってしまう。本実施形態では、第1スリップ閾値Ksfr及び第2スリップ閾値KSrrを別個に用意すると共に、第1スリップ閾値Ksfrを第2スリップ閾値KSrrよりも大きくすることで、抑制ヨーモーメントが車両1に付与される機会の確保及び車両の挙動の不安定化の抑制という双方の技術的効果が実現されるという点で実践上大変有益である。
【0071】
尚、左前輪121FLの縦方向のグリップ力は、左前輪121FLのスリップ率が0%から概ね20%程度となる状況では、スリップ率の増加に伴って急激に大きくなる。更に、左前輪121FLの縦方向のグリップ力は、左前輪121FLのスリップ率が概ね20%以上となる状況では、スリップ率の増加に伴って緩やかに小さくなる。一方で、左前輪121FLの横方向のグリップ力は、スリップ率の増加に伴って急激に小さくなる。また、左前輪121FLのスリップ率が概ね20%以上となる状況では、左前輪121FLの横方向のグリップ力は、左前輪121FLの縦方向のグリップ力よりもずっと小さくなる。このため、左前輪121FLのスリップ率が相対的に大きい(或いは、増加している)状況では、左前輪121FLは、縦方向にスリップするよりも横方向に先にスリップする可能性が高い。右前輪121FR、左後輪121RL及び右後輪121RRについても同様である。ここで、上述したように、左前輪121FL及び右前輪121FRの夫々は転蛇輪である。このため、仮に左前輪121FL及び右前輪121FRがスリップした(典型的には、横方向にスリップした)場合には、左前輪121FL及び右前輪121FRの蛇角を制御する(例えば、縦方向とスリップ方向とを揃える)ことで、左前輪121FL及び右前輪121FRのグリップ力の回復が可能である。一方で、左後輪121RL及び右後輪121RRの夫々は転蛇輪ではない(つまり、非転蛇輪である)。このため、仮に左後輪121RL及び右後輪121RRがスリップした(典型的には、横方向にスリップした)場合には、左後輪121RL及び右後輪121RRの蛇角を制御することができないがゆえに、左後輪121RL及び右後輪121RRのグリップ力の回復は容易ではない。従って、上述の「課題を解決する手段」の項目で説明した車両1の挙動の特性(言い換えれれば、車両の運動性能)の観点のみならず、このような転蛇輪及び非転蛇輪の特性の違いから見ても、左前輪121FL及び右前輪121FRよりも左後輪121RL及び右後輪121RRが先にスリップすることを優先的に抑制することは、技術的意義が大きいと言える。
【0072】
加えて、本実施形態では、第1スリップ閾値KSrf及び第2スリップ閾値KSrrの夫々は、曲率半径Rが小さくなるほど小さくなる。ここで、曲率半径Rが小さくなるほど、前輪スリップ率及び後輪スリップ率が増加しやすくなるがゆえに、左前輪121FLのグリップ力(特に、横方向におけるグリップ力)が低下しやすくなる。その結果、曲率半径Rが小さくなるほど、左前輪121FLはスリップしやすくなる(特に、横方向に沿ってスリップしやすくなる)。左後輪121RL、右前輪121FR及び右後輪121RRについても同様である。このような曲率半径Rとスリップ率との関係を考慮して、本実施形態では、曲率半径Rが相対的に小さい状況(つまり、左前輪121FL、左後輪121RL、右前輪121FR及び右後輪121RRが相対的にスリップしやすい状況)下では、前輪スリップ率が第1スリップ閾値KSfrより大きいと判定されやすくなることで制動力の付与が中止されやすくなるように、相対的に小さい第1スリップ閾値KSfrが用いられる。第2スリップ閾値KSrrについても同様である。このため、左前輪121FL、左後輪121RL、右前輪121FR及び右後輪121RRのスリップを抑制することで車両1の挙動の不安定化が効果的に抑制される。
【0073】
(4)車線逸脱抑制動作の変形例
(4−1)車線逸脱抑制動作の第1変形例
図6を参照しながら、車線逸脱抑制動作の第1変形例について説明する。尚、図2を用いて説明した車線逸脱抑制動作中の処理と同様の処理については、同一のステップ番号を付してその詳細な説明を省略する。
【0074】
図6に示すように、第1変形例においても、上述したステップS10からステップ28までの処理が行われる。
【0075】
第1変形例では、ステップS28において圧力指令値が算出された後に、LDA制御部172は、左前輪121FL及び右前輪121FRの少なくとも一方に、圧力指令値に応じた制動力を付与するように、ブレーキアクチュエータ13を制御する(ステップS121)。この時点では、左後輪121RL及び右後輪121RRに制動力は付与されない。更に、LDA制御部172は、左前輪121FL及び右前輪121FRの少なくとも一方に制動力が付与された後に、左前輪121FL及び右前輪121FRの少なくとも一方に対する制動力の付与を開始してからの経過時間をカウントする(ステップS122)。その後、左前輪121FL及び右前輪121FRの少なくとも一方に制動力が付与されている状況下で、LDA制限部173は、前輪スリップ率が、第1スリップ閾値KSfrよりも大きいか否かを判定する(ステップS30)。
【0076】
ステップS30の判定の結果、前輪スリップ率が第1スリップ閾値KSfrよりも大きいと判定される場合(ステップS30:Yes)、LDA制限部173は、抑制ヨーモーメントの付与を中止すると決定する(ステップS32)。抑制ヨーモーメントの付与が中止された場合には、左前輪121FL及び右前輪121FRの少なくとも一方に対する制動力の付与が中止されるがゆえに、経過時間のカウントが停止すると共にカウントがリセットされる。他方で、ステップS30の判定の結果、前輪スリップ率が第1スリップ閾値KSfrよりも小さいと判定される場合(ステップS30:No)、LDA制限部173は、カウントした経過時間が、「所定時間」の一具体例である時間閾値TKSよりも大きいか否かを判定する(ステップS123)。
【0077】
ここで、図7に示すグラフを参照しながら、時間閾値TKSについて説明する。図7に示すように、時間閾値TKSの夫々は、曲率半径Rに応じて変動する。具体的には、時間閾値TKSは、曲率半径Rが所定半径R21より小さい領域では、曲率半径Rが小さくなるほど大きくなる。一方で、時間閾値TKSは、曲率半径Rが所定半径R21より大きい領域では、曲率半径Rに関わらず一定値となる。従って、LDA制限部173は、曲率半径Rに基づいて時間閾値TKSを設定すると共に、競ってした時間閾値TKSを用いてステップS123の判定を行う。
【0078】
再び図6において、ステップS123の判定の結果、経過時間が時間閾値TKSよりも大きいと判定される場合には(ステップS123:Yes)、LDA制御部172は、左後輪121RL及び右後輪121RRの少なくとも一方に、圧力指令値に応じた制動力を付与するように、ブレーキアクチュエータ13を制御する(ステップS124)。その後、左後輪121RL及び右後輪121RRの少なくとも一方に制動力が付与されている状況下で、LDA制限部173は、後輪スリップ率が、第2スリップ閾値KSrrよりも大きいか否かを判定する(ステップS31)。ステップS31以降の処理は、図2に示す処理と同一である(但し、ステップS32においてカウントがリセットされることは上述したとおりである)。
【0079】
他方で、ステップS123の判定の結果、経過時間が時間閾値TKSよりも小さいと判定される場合には(ステップS123:No)、圧力指令値に応じた制動力は、左後輪121RL及び右後輪121RRに未だ付与されない。この場合、ECU17は、図6に示す車線逸脱抑制動作を終了する。経過時間が時間閾値TKSよりも小さいと判定された後に図2に示す車線逸脱抑制動作が終了した場合には、ECU17は、上述した第1所定期間が経過した後に再度図6に示す車線逸脱抑制動作を開始する。
【0080】
尚、図6に示す例では、経過時間が時間閾値TKSに一致する場合には(ステップS123:No)、左後輪121RL及び右後輪121RRに、圧力指令値に応じた制動力が付与されない。しかしながら、経過時間が時間閾値TKSに一致する場合には、LDA制御部172は、左後輪121RL及び右後輪121RRの少なくとも一方に、圧力指令値に応じた制動力を付与するように、ブレーキアクチュエータ13を制御してもよい。
【0081】
以上説明したように、車線逸脱抑制動作の第1変形例によれば、上述した車線逸脱抑制動作によって享受可能な効果と同様の効果が享受可能である。加えて、第1変形例では、図8のタイミングチャートに示すように、左前輪121FL及び右前輪121FRの少なくとも一方への制動力の付与を開始してから時間閾値TKSに相当する時間が経過した後に、左後輪121RL及び右後輪121RRの少なくとも一方への制動力の付与が開始される。図8に示す例では、時刻t81に右前輪121FRへの制動力の付与が開始され、時刻t81から時間閾値TKSに相当する時間が経過した時刻t82に右後輪121RRへの制動力の付与が開始されている。このため、左後輪121RL及び右後輪121RRへの制動力の付与が左前輪121FL及び右前輪121FRへの制動力の付与に遅れて開始されるため、左前輪121FL及び右前輪121FRよりも左後輪121RL及び右後輪121RRが先にスリップすることが適切に抑制される。尚、図8に示す例では、時刻t83において前輪スリップ率が第1スリップ閾値KSfrより大きくなり、その結果、時刻t83において抑制ヨーモーメントの付与が中止されている。
【0082】
更に、第1変形例では、時間閾値TKSは、曲率半径Rが小さくなるほど小さくなる。ここで、曲率半径Rが小さくなるほど、左前輪121FL、左後輪121RL、右前輪121FR及び右後輪121RRがスリップしやすくなることは、上述したとおりである。このような曲率半径Rとスリップ率との関係を考慮して、第1変形例では、曲率半径Rが相対的に小さい状況(つまり、左前輪121FL、左後輪121RL、右前輪121FR及び右後輪121RRが相対的にスリップしやすい状況)下では、左後輪121RL及び右後輪121RRへの制動力の付与をより一層遅らせるように、相対的に大きい時間閾値TKSが用いられる。このため、左前輪121FL及び右前輪121FRよりも左後輪121RL及び右後輪121RRが先にスリップすることが適切に抑制される
(4−2)車線逸脱抑制動作の第2変形例
図9を参照しながら、車線逸脱抑制動作の第2変形例について説明する。尚、図2を用いて説明した車線逸脱抑制動作中の処理と同様の処理については、同一のステップ番号を付してその詳細な説明を省略する。
【0083】
図2に示す車線逸脱抑制動作では、前輪スリップ率が第1スリップ閾値KSfrより大きいと判定された場合、及び、後輪スリップ率が第2スリップ閾値KSrrより大きいと判定された場合の夫々において、LDA制御部172は、抑制ヨーモーメントの付与を中止する。一方で、車線逸脱抑制動作の第2変形例では、前輪スリップ率が第1スリップ閾値KSfrより大きいと判定された場合、及び、後輪スリップ率が第2スリップ閾値KSrrより大きいと判定された場合の夫々において、LDA制御部172は、抑制ヨーモーメントの付与を中止する代わりに、実際に付与される制動力を、抑制ヨーモーメントを付与可能な制動力(つまり、本来付与するべき制動力)よりも小さくするための制動力制限処理を行う(ステップS231)。このため、第2変形例では、LDA制御部172は、抑制ヨーモーメントを付与可能な制動力よりも実際に付与される制動力を小さくしながら、制動力の車両1への付与を継続する。
【0084】
具体的には、例えば、図10のタイミングチャートに示すように、時刻t101において右前輪121FR及び右後輪121RRへの制動力の付与が開始され、時刻t102において後輪スリップ率が第2スリップ閾値KSrrより大きいと判定された場合を例にあげて説明する。この場合、時刻t102以降は、本来の制動力(つまり、制動力制限処理が行われない場合に付与されるはずであった制動力)よりも小さな制動力が、前輪121FR及び右後輪121RRに付与される。その結果、時刻t102以降に車両1に付与される抑制ヨーモーメントもまた、本来の抑制ヨーモーメント(つまり、制動力制限処理が行われない場合に付与されるはずであった抑制ヨーモーメント)よりも小さくなる。このため、時刻t102以降の車両1の横位置Xの補正量は、本来の抑制ヨーモーメントの付与によって実現されるはずであった横位置Xの補正量よりも小さくなる。但し、制動力制限処理が行われる場合であっても、抑制ヨーモーメントが全く付与されない場合と比較すれば、走行車線からの車両1の逸脱距離は少なくなる。
【0085】
制動力制限処理を行った後、ECU17は、図9に示す車線逸脱抑制動作を終了する。制動力制限処理が行われた状態で図9に示す車線逸脱抑制動作が終了した場合には、ECU17は、上述した第1所定期間が経過した後に再度図9に示す車線逸脱抑制動作を開始する。但し、制動力制限処理が行われた後に再度行われる車線逸脱抑制動作では、LDA172は、制動力制限処理が終了するまでは、実際に付与される制動力が、再度行われる車線逸脱抑制動作において改めて算出された圧力指令値に応じた制動力よりも小さくなるようにブレーキアクチュエータ13を制御する。制動力制限処理は、前輪スリップ率が第1スリップ閾値KSfrより小さく且つ後輪スリップ率が第2スリップ閾値KSrrより小さいと判定された場合に終了する。
【0086】
制動力制限処理は、圧力ゲインを調整する処理であってもよい。圧力ゲインは、圧力指令値に応じた制動力の大きさを調整するために用いられるパラメータである。LDA制御部172は、目標ヨーモーメントMtgtに基づいて算出した圧力指令値に対して圧力ゲインを掛け合わせることで新たな圧力指令値を算出し、新たな圧力指令値に応じた制動力を付与するようにブレーキアクチュエータ13を制御する。この場合、LDA制御部172は、前輪スリップ率が第1スリップ閾値KSfrより小さく且つ後輪スリップ率が第2スリップ閾値KSrrより小さいと判定された場合には、デフォルトの圧力ゲインを用いてもよい。一方で、LDA制御部172は、前輪スリップ率が第1スリップ閾値KSfrより大きいと判定された場合、及び、後輪スリップ率が第2スリップ閾値KSrrより小さいと判定された場合の夫々において、デフォルトの圧力ゲインよりも小さい圧力ゲインを用いてもよい。
【0087】
以上説明したように、車線逸脱抑制動作の第2変形例によれば、上述した車線逸脱抑制動作によって享受可能な効果と同様の効果が享受可能である。加えて、第2変形例では、抑制ヨーモーメントの付与が中止される代わりに、抑制ヨーモーメントを付与可能な制動力よりも小さな制動力が付与され続けるがゆえに、走行車線からの車両1の逸脱がより効果的に抑制される。
【0088】
(3−3)車線逸脱抑制動作のその他の変形例
(3−3−1)第1スリップ閾値KSfr及び第2スリップ閾値KSrrの変形例
図11(a)に示すように、LDA制限部173は、曲率半径Rに応じて第1スリップ閾値KSfrが変化する領域と曲率半径Rに関わらず第1スリップ閾値KSfrが一定値となる領域とを区分する曲率半径R(所定半径R12)が、曲率半径Rに応じて第2スリップ閾値KSrrが変化する領域と曲率半径Rに関わらず第2スリップ閾値KSrrが一定値となる領域とを区分する曲率半径R(所定半径R13)と異なるように、第1スリップ閾値KSfr及び第2スリップ閾値KSrrを設定してもよい。この場合、LDA制限部173は、所定半径R12を、所定半径R13より大きくしてもよいし小さくしてもよい。
【0089】
図11(b)に示すように、LDA制限部173は、第1スリップ閾値KSfr及び第2スリップ閾値KSrrの夫々を、曲率半径Rがどのような値になる場合であっても、曲率半径Rが小さくなるほど小さくなる値に設定してもよい。
【0090】
図11(c)に示すように、LDA制限部173は、曲率半径Rに対する第1スリップ閾値KSfrの変化率(傾き)が、曲率半径Rに対する第2スリップ閾値KSrrの変化率(傾き)と異なるように、第1スリップ閾値KSfr及び第2スリップ閾値KSrrを設定してもよい。この場合、LDA制限部173は、曲率半径Rに対する第1スリップ閾値KSfrの変化率を、曲率半径Rに対する第2スリップ閾値KSrrの変化率よりも大きくしてもよいし小さくしてもよい。
【0091】
図11(d)に示すように、LDA制限部173は、第1スリップ閾値KSfr及び第2スリップ閾値KSrrの夫々を、曲率半径Rが所定半径R16より小さく且つ所定半径R15(但し、R15<R16)より大きい領域では、曲率半径Rが小さくなるほど小さくなる値に設定してもよい。LDA制限部173は、第1スリップ閾値KSfr及び第2スリップ閾値KSrrの夫々を、曲率半径Rが所定半径R16より大きい領域及び曲率半径Rが所定半径R15より小さい領域の夫々では、曲率半径Rに関わらず一定値に設定してもよい。
【0092】
図11(e)に示すように、LDA制限部173は、第1スリップ閾値KSfr及び第2スリップ閾値KSrrの夫々を、曲率半径Rに関わらず一定値に設定してもよい。図示しないものの、LDA制限部173は、第1スリップ閾値KSfrを曲率半径Rに関わらず一定値に設定する一方で、第2スリップ閾値KSrrを曲率半径Rに応じて変動する値に設定してもよい。図示しないものの、LDA制限部173は、第2スリップ閾値KSrrを曲率半径Rに関わらず一定値に設定する一方で、第1スリップ閾値KSfrを曲率半径Rに応じて変動する値に設定してもよい。
【0093】
(3−3−2)時間閾値TKSの変形例
図12(a)に示すように、LDA制限部173は、時間閾値TKSを、曲率半径Rがどのような値になる場合であっても、曲率半径Rが小さくなるほど大きくなる値に設定してもよい。図12(b)に示すように、LDA制限部173は、時間閾値TKSを、曲率半径Rが所定半径R23より小さく且つ所定半径R22(但し、R22<R23)より大きい領域では、曲率半径Rが小さくなるほど大きくなる値に設定してもよい。LDA制限部173は、時間閾値TKSを、曲率半径Rが所定半径R23より大きい領域及び曲率半径Rが所定半径R22より小さい領域の夫々では、曲率半径Rに関わらず一定値に設定してもよい。図12(c)に示すように、LDA制限部173は、時間閾値TKSを、曲率半径Rに関わらず一定値に設定してもよい。
【0094】
上述した実施形態及び変形例の構成要件の少なくとも一部は、実施形態及び変形例の構成要件の少なくとも他の一部と適宜組み合わせることができる。実施形態及び変形例の構成要件の少なくとも一部が用いられなくてもよい。
【0095】
尚、本発明は、請求の範囲及び明細書全体から読み取るこのできる発明の要旨又は思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う車線逸脱抑制装置もまた本発明の技術思想に含まれる。
【符号の説明】
【0096】
1 車両
13 ブレーキアクチュエータ
17 ECU
172 LDA制御部
173 LDA制限部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12