特許第6484300号(P6484300)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6484300RFeB系磁石製造方法、RFeB系磁石及び粒界拡散処理用塗布物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6484300
(24)【登録日】2019年2月22日
(45)【発行日】2019年3月13日
(54)【発明の名称】RFeB系磁石製造方法、RFeB系磁石及び粒界拡散処理用塗布物
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/057 20060101AFI20190304BHJP
   H01F 41/02 20060101ALI20190304BHJP
   B22F 3/00 20060101ALI20190304BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20190304BHJP
   C22C 28/00 20060101ALN20190304BHJP
【FI】
   H01F1/057 170
   H01F41/02 G
   B22F3/00 F
   C22C38/00 303D
   !C22C28/00 A
【請求項の数】1
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2017-139055(P2017-139055)
(22)【出願日】2017年7月18日
(62)【分割の表示】特願2015-506727(P2015-506727)の分割
【原出願日】2014年3月13日
(65)【公開番号】特開2017-224831(P2017-224831A)
(43)【公開日】2017年12月21日
【審査請求日】2017年7月19日
(31)【優先権主張番号】特願2013-55737(P2013-55737)
(32)【優先日】2013年3月18日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】591044544
【氏名又は名称】インターメタリックス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐川 眞人
(72)【発明者】
【氏名】高木 忍
(72)【発明者】
【氏名】橋野 早人
【審査官】 田中 崇大
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−303436(JP,A)
【文献】 特開2010−114200(JP,A)
【文献】 特開2010−263172(JP,A)
【文献】 特開2011−082467(JP,A)
【文献】 特表2013−504881(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00−8/00
C22C 1/04−1/05
5/00−25/00
27/00−28/00
30/00−30/06
33/02
35/00−45/10
H01F 1/00−1/117
1/40−1/42
41/00−41/04
41/08
41/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類R、鉄Fe及びホウ素Bを含有するR2Fe14Bを主相とするRFeB系磁石であって、Tb及びDyの重量百分率をそれぞれx1、x2とし、室温における保磁力HcJをkOeの単位で表して、
0<x1≦0.5、0≦x2であって、
HcJ≧20.8×x1+2×x2+14.7
の関係を満たし、
該RFeB系磁石の厚みが5.5mm以下であり、
該RFeB系磁石内での位置毎のTb、Ni及びAlの濃度が該RFeB系磁石の表面に近いほど高く、
該RFeB系磁石内での位置毎の保磁力の最大値と最小値の差が1kOe以下である
ことを特徴とするRFeB系磁石。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、R2Fe14Bを主相とするRFeB系磁石(Rは希土類元素)の製造方法に関する。特に、RFeB系磁石の主相がNd及びPrのうちの少なくとも1種を主たる希土類元素(以下、これら2種の希土類元素を「軽希土類元素RL」と総称する)として含有する主相粒子の表面付近に、該主相粒子の粒界を通して、Dy, Tb及びHoのうちの少なくとも1種の希土類元素(以下、これら3種の希土類元素を「重希土類元素RH」と総称する)を拡散させる方法に関する。また、本発明は、該方法により作製されるRFeB系磁石、及び該方法において使用する粒界拡散処理用塗布物に関する。
【背景技術】
【0002】
RFeB系磁石は、1982年に佐川(本発明者)らによって見出されたものであるが、残留磁束密度等の多くの磁気特性がそれまでの永久磁石よりもはるかに高いという特長を有する。そのため、RFeB系磁石はハイブリッド自動車や電気自動車の駆動用モータ、電動補助型自転車用モータ、産業用モータ、ハードディスク等のボイスコイルモータ、高級スピーカー、ヘッドホン、永久磁石式磁気共鳴診断装置等、様々な製品に使用されている。
【0003】
初期のRFeB系磁石は種々の磁気特性のうち保磁力HcJが比較的低いという欠点を有していたが、その後、RFeB系磁石の内部に重希土類元素RHを存在させることにより、逆磁区が生じ難くなり、それにより保磁力が向上することが明らかになった。逆磁区は、磁化の向きとは逆向きの磁界がRFeB系磁石に印加されたときに、最初に結晶粒の粒界付近で発生し、そこから結晶粒の内部及び隣接する結晶粒に拡がってゆくという特性を有する。従って、最初に逆磁区が発生することを防ぐ必要がある。そのためには、RHは結晶粒の粒界付近に存在しさえすればよく、それにより結晶粒の粒界付近に逆磁区が発生することを防ぐことができる。一方、RHの含有量が増加すると、残留磁束密度Brが低下し、それにより最大エネルギー積(BH)maxも低下するという問題を有する。また、RHが希少、且つ産出される地域が偏在しているという点からも、RHの含有量を増加させることは望ましくない。従って、RHの含有量を極力抑えつつ、保磁力を高める(逆磁区が形成され難くする)ために、結晶粒の内部よりも表面(粒界)付近に高濃度のRHを存在させることが望ましい。
【0004】
特許文献1及び2には、RH又はRH化合物を含有する粉末等をRFeB系磁石の表面に付着させ、該RFeB系磁石を塗布物ごと加熱することにより、該RFeB系磁石の粒界を通して結晶粒の表面付近にRHの原子を拡散させることが記載されている。このように粒界を通してRHの原子を結晶粒の表面付近に拡散させる方法は、「粒界拡散法」と呼ばれている。以後、粒界拡散処理を施す前のRFeB系磁石を「基材」と呼び、粒界拡散処理を施した後のRFeB系磁石と区別する。
【0005】
特許文献1では、RH又はRH化合物を含有する粉末や箔を基材の表面に単に接触させているのみであるため、粉末や箔と基材の間の付着力が弱く、十分な量のRH原子をRFeB系磁石の結晶粒の表面付近に拡散させることができない。それに対して特許文献2では、RH又はRH化合物の粉末を有機溶剤に分散させた塗布物を基材の表面に塗布している。このような塗布物を用いることにより、粉末(のみ)や箔よりもRFeB系磁石への付着力を高めることができるため、より多くのRH原子をRFeB系磁石の結晶粒の表面付近に拡散させることができる。
【0006】
このような塗布物を基材に塗布する方法は種々あるが、特許文献2には、スクリーン印刷の手法を用いて、RH又はRHの化合物の粉末を有機溶剤に分散させることでスラリー状にした塗布物を基材表面に塗布する方法が記載されている。具体的には、上記塗布物を透過させる透過部を有するスクリーンを基材表面に接触させ、スクリーンを挟んで基材の反対側からスクリーンの表面に塗布物を供給したうえで、そのスクリーン表面でスキージを接触させながら移動させることにより、透過部を通して塗布物を基材表面に供給する。これにより、透過部に対応した形状を有する塗布物のパターンが基材の表面に形成される。また、基材を多数配置し、各基材に対応して1枚のスクリーンに透過部を多数設けておくことにより、多数の基材に対して同時に塗布物を塗布することができる。
【0007】
さらに、特許文献2には、板状の基材の1つの表面に塗布物を塗布した後に、基材の向きを変え、反対側の表面にも塗布物を塗布することが記載されている。この反対側の表面への塗布物の塗布の際には、基材の外形よりもやや小さい孔が板材に設けられたトレイに、塗布済の表面の縁を該孔の周囲の板材に掛けるように基材を載置することにより、該孔の位置において塗布済の塗布物がトレイに接触することを防止している。また、塗布物の塗布後における粒界拡散処理のための加熱の際には、複数の突起を設けた支持具を用い、塗布物を塗布した2つの面のうちの一方を下に向けて基材の該突起上に載置する(従って、他方の面は上側を向く)ことにより、下側の面の塗布物と支持具の接触を最小限に抑えている。
【0008】
なお、RFeB系磁石には主に、(i)主相粒子を主成分とする原料合金粉末を焼結させた焼結磁石、(ii)原料合金粉末を結合剤(高分子やエラストマなどの有機材料から成る。バインダ。)で固めて成形したボンド磁石、(iii)原料合金粉末に熱間塑性加工を施した熱間塑性加工磁石があるが、これらのうち粒界拡散処理を行うことができるのは、粒界に有機材料のバインダが存在しない(i)焼結磁石及び(iii)熱間塑性加工磁石である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007-258455号公報
【特許文献2】国際公開WO2011/136223号
【特許文献3】特開2006-019521号公報
【特許文献4】特開平11-329810号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前記塗布物は、粉末や箔よりは基材表面への付着力が強いものの、それでもなお、RHを基材の粒界に拡散させるために加熱をした際に、基材表面から剥離してしまうおそれがある。特に、加熱時に下側に向けた基材表面では、重力の影響により塗布物が剥離し易くなる。また、剥離には至らなくとも、RHが塗布物から基材の粒界に移動し難くなり、粒界拡散処理による保磁力の向上効果が低下してしまう。
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、粒界拡散処理用塗布物の密着性を高くし、それにより保磁力を高めることができるRFeB系磁石(RFeB系焼結磁石又はRFeB系熱間塑性加工磁石)製造方法を提供することである。併せて、該RFeB系磁石製造方法により製造されるRFeB系磁石、及びRFeB系磁石製造方法で使用される粒界拡散処理用塗布物も提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明に係るRFeB系磁石製造方法は、
Nd及びPrのうちの少なくとも1種である軽希土類元素RLを主たる希土類元素として含有する焼結磁石又は熱間塑性加工磁石であるRL2Fe14B系磁石を製造する方法であって、
Dy, Tb及びHoのうちの少なくとも1種から成る重希土類元素RHを含有するRH含有粉末とシリコーングリースを混合した塗布物を、RL2Fe14B系磁石の基材の表面に塗布し、
該基材を前記塗布物ごと加熱する
ことを特徴とする。
【0013】
シリコーンは一般式X3SiO-(X2SiO)n-SiX3(Xは有機基であり、各有機基は同じものである必要はない)で表される高分子であり、Si原子とO原子が交互に結合した主鎖を持つ。この主鎖におけるSi原子とO原子の結合は「シロキサン結合」と呼ばれる。本発明では、このようにシロキサン結合を有するシリコーンを主成分とするシリコーングリースを、基材の表面に塗布する塗布物に含有させることにより、RHを基材の粒界に拡散させるために加熱をした際に、塗布物が基材表面から剥離することを防ぐことができる。特に、従来は重力の影響によって塗布物が剥離し易かった、加熱時に下側に向けた基材表面においても、剥離を防止することができる。また、従来の塗布物よりも基材への密着性が高まり、それによりRHが基材の粒界に移動し易くなる。これにより、RFeB系磁石の保磁力を高めることができる。
【0014】
本発明は、前記塗布物を透過させることができる透過部が設けられたスクリーンを前記基材の表面に接触させ、該透過部を通して該基材の表面に該塗布物を塗布する(すなわち、スクリーン印刷の手法を用いる)場合に好適に適用することができる。
【0015】
本発明において、前記塗布物に、前記RH含有粉末の分散性を高める分散剤を添加してもよい。これにより、塗布物中においてRH含有粉末が凝集することが防止される。そのため、基材の表面にRH含有粉末を均一に行き渡らせることができ、また、スクリーン印刷の手法を用いる場合にはRH含有粉末によるスクリーンの目詰まりを防止することができる。
【0016】
前記分散剤には、RFeB系磁石を製造する際に原料の合金粉末の充填密度及び配向度を高めるために合金粉末に添加されている潤滑剤をそのまま用いることができる。そのような分散剤として、脂肪酸エステルを主成分とするものがある。具体的には、カプリル酸メチル、カプリン酸メチル、ラウリン酸メチル、ミリスチン酸メチル、カプリル酸エチル、カプリン酸エチル、ラウリン酸エチル、ミリスチン酸エチルのうちの少なくとも1種を主成分とするものを好適に用いることができる。
【0017】
本発明において、前記塗布物に、前記シリコーングリースよりも粘性が低い、シリコーンオイルを添加してもよい。この方法は、RH含有粉末とシリコーングリースだけでは塗布物の粘性が高すぎる場合、特に、スクリーン印刷の手法において塗布物がスクリーンを透過し難い場合に有効である。
【0018】
RH含有粉末には、RH、Ni及びAlの合金(RH-Ni-Al合金)の粉末を用いることが望ましい。Ni及びAlは、基材の粒界において主相よりもRLの含有率が高いRLリッチ相の融点を低下させる作用があるため、RH-Ni-Al合金の粉末をRH含有粉末に用いることにより、粒界拡散処理時にRLリッチ相が融解した粒界を通してRHを基材内に拡散させやすくすることができる。
【0019】
本発明に係るRFeB系磁石製造方法により、以下のような高い保磁力を有するRFeB系磁石を得ることができる。
Tbは前記基材には含有させずに、前記塗布物に含有させ、Dyは前記基材では有無を問わずに、前記塗布物に含有させない場合には、粒界拡散処理後のRFeB系磁石に含有されるTb及びDyの重量百分率をそれぞれx1、x2とし、室温(23℃)における保磁力HcJをkOeの単位で表して、
0<x1≦0.7、0≦x2であって、
HcJ≧15×x1+2×x2+14 …(1)
の関係を満たす。
なお、x2の上限値は特に無いが、Dyの量を多くしすぎるとコストが上昇する。そのため、x2は5(重量%)以下とすることが望ましい。
また、本発明に係るRFeB系磁石は、0<x1≦0.5、0≦x2であって、
HcJ≧20.8×x1+2×x2+14.7
の関係を満たすことが望ましい。
【0020】
また、Tbは前記基材及び前記塗布物のいずれにも含有させず、Dyは前記基材では有無を問わずに、前記塗布物には含有させる場合には、粒界拡散処理後のRFeB系磁石に含有されるDyの重量百分率をx2とし、室温(23℃)における保磁力HcJをkOeの単位で表して、
0<x2≦0.7において
HcJ≧8.6×x2+14、 …(2)
0.7<x2において
HcJ≧2×x2+18.6 …(3)
の関係を満たすRFeB系磁石を得ることができる。
なお、この場合にも、Dyの量を多くしすぎるとコストが上昇するという理由により、x2は5(重量%)以下とすることが望ましい。
【0021】
本発明に係る粒界拡散処理用塗布物は、Dy, Tb及びHoのうちの少なくとも1種から成る重希土類元素RHを含有するRH含有粉末とシリコーングリースを混合したものであることを特徴とする。この粒界拡散処理用塗布物において、分散剤又は/及びシリコーンオイルを添加してもよい。RH含有粉末には、RH-Ni-Al合金の粉末を用いることが望ましい。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、シロキサン結合を有するシリコーンを主成分とするシリコーングリースを塗布物に含有させることにより、基材への塗布物の密着性が高まるため、粒界拡散処理の際に塗布物が基材表面から剥離することを防ぐことができると共に、RFeB系磁石の保磁力を高めることができる。この剥離防止の効果は特に、加熱時に下側に向けた基材表面において顕著となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明に係るRFeB系磁石製造方法の一実施例を示す概略図。
図2】本発明に係るRFeB系磁石製造方法で用いる塗布装置及びその部分拡大図。
図3】スクリーン印刷法で用いるトレイの一例を示す上面図。
図4】実験1、3及び4で測定されたDyの含有量と保磁力の関係を示すグラフ。
図5】実験1及び2で測定されたTbの含有量と保磁力の関係を示すグラフ。
図6】実験5で測定された磁石表面からの位置と保磁力の関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明に係るRFeB系磁石製造方法、RFeB系磁石及び粒界拡散処理用塗布物の実施形態を、図1図6を用いて説明する。
【0025】
本実施形態において、基材Mには、通常の粒界拡散処理を用いた方法と同様に、有機材料のバインダを含有しない焼結磁石又は熱間塑性加工磁石を用いることができる。焼結磁石の場合には、以下に述べるプレス法及びプレスレス法のいずれの方法で作製されたものも用いることができる。プレス法は、原料の合金粉末を磁界で配向中に、又は配向させた後にプレス機で所定の形状に圧縮成形し、その後焼結するものである。プレスレス法は、近年本願発明者の一部(佐川)が発明したものであり、プレス成形を行うことなく、原料合金の粉末を所定の形状を有するモールドに充填したうえで磁界中配向及び焼結を行うものである(特許文献3参照)。プレス法よりもプレスレス法の方が、プレスによる原料の合金粉末の配向の乱れが生じないため、残留磁束密度及び最大エネルギー積の低下を抑えつつ保磁力を高めることができる。熱間塑性加工磁石は、原料の合金粉末をホットプレス成形した後に、熱間押出し加工を行うことによって結晶の方位を揃えた磁石である(特許文献4参照)。
【0026】
基材Mには、上述のように、軽希土類元素RLを主たる希土類元素として含有するものを用いる。希少且つ高価なRHの使用量を少なくすること、あるいは、残留磁束密度及び最大エネルギー積の低下を抑えることを重視する場合、基材にはRHが含まれないものを用いるのが望ましいが、本発明は基材M中に重希土類元素RHを含有させることを排除しない。すなわち、保磁力を高めることを重視する場合には、基材にはRHが含まれるものを用いてもよい。
【0027】
図1(a)に示すように、本実施形態では、粒界拡散処理用塗布物10(以下、「塗布物」とする)は、シリコーングリース11、シリコーンオイル12、分散剤13及びRH含有粉末14を混合することにより作製される。なお、これら4種を同時に、あるいは順序を問わずに混合してもよいが、まずシリコーングリース11とシリコーンオイル12を混合した混合物(「混合物A」とする)を作製し、混合物Aと分散剤13及びRH含有粉末14を混合してもよい。これにより、混合物Aがシリコーングリース11よりも粘性が低くなるため、RH含有粉末14が分散しやすくなる。また、まず分散剤13とRH含有粉末14を混合した混合物(「混合物B」とする)を作製し、混合物Bとシリコーングリース11及びシリコーンオイル12を混合してもよい。これにより、RH含有粉末14の粒子の表面に分散剤13をなじませることができるため、RH含有粉末14が分散しやすくなる。もちろん、まず混合物A及び混合物Bを作製し、その後混合物Aと混合物Bを混合してもよい。
【0028】
シリコーングリース11及びシリコーンオイル12の種類は特に問わず、市販のものをそのまま用いることができる。分散剤13は、RH含有粉末の分散性を高めるものであれば特に問わないが、脂肪酸エステルを好適に用いることができ、その中でもエステル部にメチル基又はエチル基を含むものが好ましい。そのような分散剤には、例えばカプリル酸メチル、カプリン酸メチル、ラウリン酸メチル及びミリスチン酸メチル、並びにそれらのメチル基がエチル基に置換されたもの(カプリル酸エチル等)がある。
【0029】
分散剤13は、揮発性が低いほど、塗布前の塗布物から揮発し難くなることから、時間経過に伴うRH含有粉末の凝集性を抑制することができる。そのため、分散剤13の揮発性が低いほど、より長時間に亘って、スクリーンの目詰まりを生じさせることなく、連続的に効率よく基材Mへの塗布作業を行うことができる。従って、塗布作業の効率性を重視する場合には、上述のカプリル酸メチル、カプリン酸メチル、ラウリン酸メチル及びミリスチン酸メチルのうち、揮発性が最も低いミリスチン酸メチルを用いることが望ましい。一方、分散剤13の揮発性が高いほど、分散剤13に含まれる炭素が粒界拡散処理後の磁石に残留し難くなり、それにより、炭素の残留を原因とする保磁力の低下を抑えることができる。そのため、保磁力の向上を重視する場合には、上述の4種の分散剤のうち、揮発性が最も高いカプリル酸メチルを用いることが望ましい。また、塗布作業の効率性と保磁力の向上の均衡を重視する場合には、上述の4種の分散剤のうちラウリン酸メチルを用いることが望ましい。
【0030】
但し、シリコーンオイル12及び分散剤13は、本発明では必須ではなく、それらの一方又は双方を含まない塗布物を用いてもよい。例えば次に述べるようにスクリーン印刷法を用いて塗布物を基材に塗布する場合には、スクリーンにおいて目詰まりが生じるのを防ぐために分散剤及び/又はシリコーンオイルを添加することが望ましいが、スクリーンを通さずに直接塗布物を基材表面に塗布する場合には、目詰まりの問題が生じないため、それらを添加しなくてもよい。
【0031】
RH含有粉末は、RHを含有していれば特に問わない。RHは単体の金属の状態で含有されていてもよいし、RHと他の金属元素との合金の状態で含有されていてもよく、さらには、フッ化物や酸化物等の化合物の状態で含有されていてもよい。また、RHを含有する粒子と、RHを含有しない粒子が混合された粉末であってもよい。
【0032】
この塗布物10を基材Mの表面に塗布する(図1(b))。
以下、基材Mに塗布物を塗布する方法の1つであるスクリーン印刷法について、図2及び図3を用いて説明する。図2は、スクリーン印刷法で用いる塗布装置20の一例を示したものである。塗布装置20は大きく分けて、ワークローダ20Aと、ワークローダ20Aよりも上側に設けられた印刷ヘッド20Bから成る。ワークローダ20Aは、ベース21と、ベース21に対して上下方向に移動可能なリフト22と、リフト22上に着脱可能に載置される桟23と、桟23上に着脱可能に載置されるトレイ24と、トレイ24の上面に設けられたサポータ25と、上下動可能な磁石クランプ26とを有する。印刷ヘッド20Bは、スクリーン27と、スクリーン27の上面に接しながら移動可能なスキージ28A及び戻しスクレーパ28Bを有する。
【0033】
トレイ24には、図3に示すように、長方形の板材に、基材Mを収容する孔241が複数個設けられており、孔241の下面には基材Mを引っ掛けるようにして載置する支持部242が設けられている。スクリーン27には、トレイ24の孔241の位置に対応して、塗布物10を透過させる透過部271が孔241と同数個設けられている。スクリーン27には、ポリエステル製やステンレス鋼製のものを用いることができる。
【0034】
トレイ24の下面の四隅には、桟23に対する位置を固定するための位置決めピン243が設けられており、桟23には位置決めピン243に対応する位置に孔が設けられている。トレイ24以外のスクリーン27や桟23等は、横方向の位置関係が定まっているため、桟23に対するトレイ24の位置決めを行うことにより、トレイ24の孔241とスクリーン27の透過部271の位置を上述のように対応させることができる。
【0035】
本実施形態のスクリーン印刷法では、まず、トレイ24の支持部242に基材Mを載置する。次に、リフト22を降下させた状態でトレイ24を桟23の上に載置する。その後、トレイ24の上にサポータ25を載置する。次に、リフト22を上昇させることにより、トレイ24上の基材Mの上面をスクリーン27の透過部271に接触させる。ここで、サポータ25は、基材Mの上面とトレイ24の上面の段差を埋めて、スクリーン27を傷付けさせない役割を有する。続いて、スクリーン27の上面に塗布物10を供給し、スキージ28Aをスクリーン27に押しつけながら移動させる。これにより、塗布物10が、スクリーン27の透過部271を通過して、基材Mの上面に塗布される。
【0036】
その後、リフト22を降下させ、孔241を通して磁石クランプ26で基材Mの下面を押し上げることにより、基材Mをトレイ24から取り出す。また、スクリーン27上に残された塗布物10を、次のスクリーン印刷の操作の際に再利用すべく、戻しスクレーパ28Bを用いて集める。
【0037】
上記のように塗布物を塗布した基材Mの面の反対側にも塗布物を塗布する場合には、図示しない装置により基材Mの上下を反転させたうえで、再び基材Mを支持部242に載置する。そして、再度リフト22を上昇させて基材Mの上面を透過部271に接触させ、スクリーン27の上面でスキージ28Aを移動させる。
【0038】
ここまでスクリーン印刷法について説明したが、上述のようにスクリーンを通さずに塗布物を直接基材に塗布してもよい。また、スプレー法やインクジェット法を用いて塗布物を基材に塗布してもよい。
【0039】
基材に塗布物を塗布した後は、従来の粒界拡散処理と同様に、所定の温度に加熱することにより、塗布物中のRHの原子を、基材の粒界を通して主相粒子の表面付近に拡散させる(図1(c))。その際の加熱温度は、通常は800〜950℃程度である。
【0040】
以下、本実施例のRFeB系磁石製造方法及び粒界拡散処理用塗布物に関する実験の結果、並びに本実験において得られたRFeB系磁石について説明する。
【実施例】
【0041】
まず、実際に作製した塗布物の例を説明する。本実施例では、表1の塗布物P1〜P8を作製した。分散剤13にはミリスチン酸メチル又はラウリン酸メチルを用いた。なお、シリコーングリース11は本実施例の全ての塗布物P1〜P8において使用したが、シリコーンオイル12及び分散剤13は一部の塗布物では使用していない。RH含有粉末14には、Tb又はDy、Ni及びAlを重量比で92:4.3:3.7で含有するTbNiAl合金又はDyNiAl合金を、平均粒径10μm(レーザ回折式粒度分布測定で求めた値)に粉砕した粉末を用いた。なお、含有率は便宜上、シリコーングリース11、シリコーンオイル12、及びRH含有粉末14の含有率の合計を100重量%として表し、これら3種よりも含有率の低い分散剤13の含有率は、これら3種の合計の重量に対する比で表した。併せて、比較例のための塗布物として、シリコーングリース11の代わりに流動性パラフィンを使用した塗布物(比P1〜比P4)を作製した。これら塗布物P1〜P8及び比P1〜比P4の成分、スクリーンの目詰まりの有無、及び基材表面における塗布量のばらつきの有無を表1に示す。
【表1】
【0042】
これら塗布物P1〜P8をスクリーン印刷法で基材Mに塗布する操作を繰り返し行った。その結果、1回目の操作では、いずれの塗布物を用いた場合でも基材Mに塗布物を塗布することができた。しかし、塗布物P1〜P4ではこの操作を数回繰り返すとスクリーン27に目詰まりが生じたのに対して、塗布物P5〜P8ではこの操作を100回繰り返しても目詰まりが生じなかった。これは、塗布物P1〜P4がシリコーンオイル12及び/又は分散剤13を含有していないか微量である(塗布物P5〜P8の場合よりも1桁以上少ない)ことによる。従って、スクリーン27の目詰まりを生じさせることなく、それにより製造効率を高めるために、塗布物にはシリコーンオイル12及び分散剤13を含有させることが望ましい。また、比較例では塗布物の粘度を均一にすることができず、塗布量にばらつきが発生するおそれがある。
【0043】
本実施例では、表2に示す量のDyを含有し、同表に示す磁気特性(一部の基材では測定せず)を有する基材M1〜M10を使用した。なお、基材M1〜M10はそれぞれ複数個ずつ作製した。
【表2】
【0044】
以下、上記基材に上記塗布物を塗布したうえで粒界拡散処理を行った実験の結果を示す。
[実験1]
スクリーン印刷法を用いて基材M1〜M8に塗布物P7を塗布し、900℃に加熱することにより粒界拡散処理を行った。基材M1及びM5に関しては、塗布物P7の量、すなわちTb及びDyの含有量が異なるものを複数個用意した。なお、塗布した塗布物では含有量は測定せず、その代わりに、粒界拡散処理後の試料における含有量を見積った(後述)。また、本実施例との比較のために、基材M5に塗布物比P1を塗布したもの(試料番号:比1−1)、及び基材M1に塗布物比P2を塗布したもの(試料番号:比1−2)を作製した。
【0045】
得られた各試料につき、磁気特性として、残留磁束密度Br及び保磁力HcJを測定した。また、得られた各試料を、表面に残存した塗布物を残したまま、重量測定法によってTb及びDyの含有量を測定した(下掲の表3の"合計"欄)。本実験では、この測定により得られた含有量から、基材における含有量を差し引くことにより、塗布物に由来したTb及びDyの含有量を求めた(表3の"塗布物由来"欄)。この塗布物由来のTb及びDyの含有量は、(i)基材内(粒界及び主相粒子の表面近傍)に拡散した量と、(ii)基材内に拡散することなく試料の表面に残存した量の和である。
【0046】
各試料の作製条件、磁気特性、並びにTb及びDyの含有量のデータを表3に示す。なお、表3、及び後掲の表4〜6において、磁気特性の欄で括弧内に示した数値は、各試料で使用した基材の磁気特性を表す。
【表3】
【0047】
実1−5及び実1−6の試料と比1−1の試料を比較すると、塗布物及び基材には同じものを使用し、ほぼ同じ磁気特性が得られている。これは、実1−5及び実1−6の試料と比1−1の試料ではいずれも、基材内に拡散したTbの含有量(上記(i))がほぼ同じであることを意味する。しかし、Tbの含有量(塗布物由来値、合計値共)は、比1−1よりも実1−5及び実1−6の方が少ない。これらのデータは、比1−1よりも実1−5及び実1−6の方が、塗布物中のTbのうち、基材内に拡散したTbの割合が多いことを意味する。従って、本実施例(実1−5及び実1−6)の方が、比較例(比1−1)よりも無駄なく効率的に基材内にTbを拡散させることができた、といえる。
【0048】
次に、Tbの含有量の相違が0.01以内(0.49〜0.50重量%)である実1−1〜実1−5、及び実1−7の試料につき、Dyの含有量(合計値)と保磁力の関係をグラフにして図4に示す。いずれの実験データも、上述の式(1)の関係を満たしている。
【0049】
[実験2]
実験1と同様の方法により、基材M1及びM5に塗布物P7を塗布したうえで粒界拡散処理を行った。この実験2では、最終的に得られる試料におけるTbの含有量が実験1よりも多くなるように、実験1よりも塗布物の塗布量を増加させた(なお、塗布した塗布物自体のTbの含有量は測定していない)。得られた実験結果を表4に示す。
【表4】
【0050】
実験1及び2において、Dyを含有しない試料(実1−1、実1−10〜実1−13、実2−1、実2−2)におけるTbの含有量(合計値)と保磁力及び残留磁束密度の関係を図5(a)にグラフで示す。同様に、実験1及び2において、Dyを2.43重量%含有する試料(実1−5、実1−6、実1−14〜実1−16、実2−4〜実2−6)についても同様のグラフを図5(b)に示す。実験1の試料は、いずれもTbの含有量が0.7重量%以下であり、保磁力が式(1)の条件を満たしている。それに対して実験2の試料は、いずれもTbの含有量が0.7重量%を超えており、保磁力が式(1)の条件を満たしていない。さらに、図5に示されているように、Tbの含有量が増加するほど残留磁束密度は小さくなるうえに、Tbの含有量が0.7重量%を超えると保磁力の値がほぼ飽和する。これらの実験結果から、Tbの含有量は0.7重量%以下であることが望ましいといえる。
【0051】
[実験3]
次に、Tbを含有せずDyを含有する塗布物P8を用いた実験を行った。この実験では、実験1と同様の方法により、基材M1に塗布物P8を塗布したうえで粒界拡散処理を行った。得られた実験結果を表5、及び前述の図4のグラフに示す。図4のグラフより、得られた試料はいずれも、上記式(2)の関係を満たしていることがわかる。
【表5】
【0052】
[実験4]
次に、実験3よりも試料におけるDyの含有量(合計値)が多くなるように、Dyを含有させた基材M3を用いて、実験3と同様の実験を行った。実験結果を表6、及び前述の図4のグラフに示す。図4のグラフより、比較例である比4-1, 4-2の試料は上記式(3)の関係を満たしていないのに対して、本実施例の試料はいずれも上記式(3)の関係を満たしていることがわかる。なお、比4-3の試料については図4に図示していないが、上記式(3)の関係を満たしていない。
【表6】
【0053】
[実験5]
基材M9を17mm平方×厚み5.5mmに加工し、表裏両面に塗布物P7を塗布したうえで、900℃に加熱して10時間保持することにより、粒界拡散処理を行った。得られた試料から、一方の面からの厚み方向の位置が異なる5箇所から1mm平方の薄片を切り出し、パルス磁束計を用いて保磁力を測定した。薄片を切り出した残りの試料につき、実験1と同様の方法によりTb及びDyの含有量(合計値)を求めたところ、Tbが0.47重量%、Dyが3.90重量%であった。厚み方向の位置と保磁力の関係を図6のグラフに示す。厚み方向の中央付近では、表裏両面付近よりも保磁力がやや低いものの、厚み方向の全体に亘って、30.7〜31.7kOeという、基材M9のみの場合(22.4kOe)よりも高い値が得られた。これは、本実施例において、塗布物に含有されていたTbが、粒界拡散処理によって基材の厚み方向の中央付近にまで行き亘っていることを示している。
【0054】
本願発明は上記実施例には限定されない。
例えば、上記実施例では、塗布物にはシリコーングリースとシリコーンオイルを共に10重量%含有させるか、又はシリコーングリースのみを20重量%含有させた(シリコーンオイルは0)が、これらの含有率は上記の値に限定されない。具体的には、塗布物の粘度がおおむね0.1〜100Pa・sの範囲内であれば、塗布物が基材Mの表面から流れ落ちることなく、且つ、少なくとも1回はスクリーンの目詰まりが生じることなくスクリーン印刷法を実施することができるため、粘度が上記範囲内になるように、シリコーングリース及びシリコーンオイルの含有率を適宜設定すればよい。
分散剤は、上記実施例ではミリスチン酸メチル又はラウリン酸メチルを使用したが、カプリル酸メチル等、その他の分散剤を用いることもできる。RH含有粉末も上記のTb-Ni-Al合金製のものには限られず、RHを含有していれば特に問わない。
【符号の説明】
【0055】
10…塗布物
11…シリコーングリース
12…シリコーンオイル
13…分散剤
14…RH含有粉末
20…塗布装置
20A…ワークローダ
20B…印刷ヘッド
21…ベース
22…リフト
23…桟
24…トレイ
241…トレイの孔
242…支持部
243…位置決めピン
25…サポータ
26…磁石クランプ
27…スクリーン
271…透過部
28A…スキージ
28B…戻しスクレーパ
図1
図2
図3
図4
図5
図6