【文献】
今西純一、外2名,樹木のストレス状態に応じた遅延蛍光曲線の変化,第53回日本植物生理学会年会要旨集,2012年 3月 9日,第53回,第255頁、PF025
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
環境保全、農業、農産加工業等のため、野外で樹木、園芸植物、野菜等の農産品植物の生育診断を行うには、簡便に、短時間で、非破壊にかつ精度良く植物の生育状態を診断できる方法、及び計測装置が必要である。
【0010】
特許文献1及び特許文献2に記載の方法は、それぞれ分光率の変化、及びクロロフィル蛍光に基づく方法である。分光率の変化はクロロフィル濃度や葉の構造の変化に由来する現象で、光合成系の状態を反映する指標ではない。また、クロロフィル蛍光は、励起光下で観察される蛍光であり、遅延発光と比べて、光合成に関して間接的な情報しか得られない。すなわち、遅延発光は光合成プロセスからの逆反応の結果、光化学系IIから微弱な発光が生じる現象で、励起光下で観察されるクロロフィル蛍光よりも、直接的に光合成に関わる情報が得られる。このため、特許文献1及び特許文献2に記載の方法では、精度が充分とはいえない。
【0011】
一方、非特許文献1及び2に記載の方法は、遅延蛍光を利用しているため、精度がより高いものであるが、上記第一及び第二の補正遅延発光量を測定及び算出する必要がある。このため、計測時間の短縮という点で、改良の余地があった。
【0012】
そこで本発明は、簡便に、短時間で、非破壊にかつ精度良く植物の活力を診断する方法の提供を目的とする。本発明はまた、当該活力診断方法に用いられる計測システム及び活力診断システムの提供も目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、植物の葉の遅延発光パターンにおいて、木部圧ポテンシャルを下げた場合に遅延発光量が減少する時間領域に対応する遅延発光量である第二の遅延発光量は個体差が大きいのに対し、木部圧ポテンシャルを下げた場合に遅延発光量が増加する時間領域に対応する遅延発光量である第一の遅延発光量は比較的個体差が小さく、遅延発光量と渇水ストレスの程度との間の相関が高くなりうることを見出し、この知見に基づいて本発明に到った。
【0014】
すなわち、本発明は、(a)診断対象とする植物群の各植物について葉の遅延発光を測定し、木部圧ポテンシャルを下げた場合に遅延発光量が増加する時間領域における遅延発光量のデータを得るステップと、(b)得られた複数の遅延発光量のデータを処理し、予め設定された上限閾値以上の遅延発光量を示した植物を生育不良な個体として診断するか、又は予め設定された下限閾値以下の遅延発光量を示した植物を生育良好な個体として診断する、ステップと、を含む、植物の活力診断方法を提供する。
【0015】
上記活力診断方法は、上記所定の遅延発光量に基づいて植物の生育状態を診断するものであるため、簡便に、短時間で、非破壊にかつ精度良く、活力診断を行うことが可能になる。特に、本発明の活力診断方法によれば、計測初期の遅延発光によって植物の生育状態を判定することができるので、短時間に多量のサンプルを処理することが可能になり、従来法と比べて計測時間の短縮効果が顕著である。
【0016】
本発明者らは、更に、木部圧ポテンシャルを下げた場合に遅延発光量が増加する時間領域において、遅延発光量と渇水ストレスの程度との間の相関が、光合成の活性状態を反映する一般的な指標として知られるクロロフィル蛍光(Fv/Fm)と渇水ストレスとの間の相関と比べて、著しく良好な相関を示す時間領域が存在することを見出した。したがって、遅延発光量のデータを当該時間領域において測定することにより、従来法よりも高い精度での活力診断が可能となる。
【0017】
上記活力診断方法では、遅延発光量のデータは、励起光照射後0.01秒〜5秒の時間領域におけるものであることが好ましい。上記範囲内の遅延発光量データを用いることによって、より高い精度での診断が可能となる。
【0018】
上記活力診断方法は、(c)植物の葉のクロロフィル量を測定し、クロロフィル量データを得るステップと、(d)ステップ(a)で得られた遅延発光量のデータを所定の面積あたりのクロロフィル量で補正して補正遅延発光量のデータを算出するステップと、を更に含み、ステップ(b)において、遅延発光量のデータに代えて補正遅延発光量のデータを使用してもよい。クロロフィル量で補正することにより、より一層高い精度での診断が可能となる。
【0019】
本発明者らはまた、別の態様では、植物の葉の遅延発光パターンにおいて、特定の時間領域における遅延発光量が、ストレスの程度との相関が高い場合があることを見出した。
【0020】
すなわち、本発明は、(a’)診断対象とする植物群の各植物について葉の遅延発光を測定し、励起光照射後10〜50秒の時間領域における遅延発光量のデータを得るステップと、(b’)得られた複数の遅延発光量のデータを処理し、予め設定された上限閾値以上の遅延発光量を示した植物を生育良好な個体として診断するか、又は予め設定された下限閾値以下の遅延発光量を示した植物を生育不良な個体として診断する、ステップと、を含む、植物の活力診断方法を提供する。
【0021】
上記活力診断方法によれば、所定の遅延発光量に基づいて植物の生育状態を診断するものであるため、簡便に、短時間で、非破壊にかつ精度良く、植物の活力診断を行うことが可能になる。
【0022】
遅延発光量のデータは、葉の水ポテンシャル(浸透ポテンシャルは0に近いことから、木部圧ポテンシャルは水ポテンシャルとみなすことができる。)又は頂枝成長量と遅延発光量との相関係数の絶対値が、葉の水ポテンシャル又は頂枝成長量とクロロフィル蛍光(Fv/Fm)との相関係数の絶対値よりも大きくなる時間領域におけるものであることが好ましい。
【0023】
上記活力診断方法は、ステップ(b)又は(b’)において、データの処理を下記(i)、(ii)及び(iii)のいずれかにより行ってもよい。
(i)遅延発光量に基づいてデータに順位付けする
(ii)正規分布を仮定して、予め設定された上限閾値又は下限閾値に対応する予測区間を計算し、当該予測区間に基づいてデータを分別する
(iii)ブートストラップ法により、予め設定された上限閾値又は下限閾値に対応するパーセンタイル値の信頼区間を計算し、当該信頼区間に基づいてデータを分別する
【0024】
(i)によれば、所定数の個体を選抜することができるため、所定数の生育良好な又は生育不良な個体を選抜する場合に有利である。(ii)及び(iii)によれば、データのばらつきも加味されるため、植物群の生育状態の特徴付けも併せて行うことができるという利点がある。データの処理は、(i)、(ii)又は(iii)のいずれか一つにより行ってもよく、いずれか二つ又は三つを併用して行ってもよい。
【0025】
本発明はまた、診断対象とする植物について、励起光照射後x秒及びy秒(ただし、x及びyは正の実数であり、かつx≠yである。)の葉の遅延発光量を測定し、2つの遅延発光量データD
x1及びD
x2を得るステップと、D
x1及びD
x2を用いて下記式(1)、(2)又は(3)により演算値を得るステップと、得られた演算値と所定の閾値とを比較することによって、植物の活力状態を診断するステップと、を含む、植物の活力診断方法を提供する。
O=D
x1/D
x2 ・・(1)
O=D
x1−D
x2 ・・(2)
O=(D
x1−D
x2)/(D
x1+D
x2)・・(3)
[式(1)、(2)及び(3)中、D
x1は励起光照射後x秒の遅延発光量データを示し、D
x2は励起光照射後y秒の遅延発光量データを示し、Oは演算値を示す。]
【0026】
上記活力診断方法によれば、所定の遅延発光量に基づいて植物の活力生育状態を診断するものであるため、簡便に、短時間で、非破壊にかつ精度良く、植物の活力診断が可能になる。また、2つの遅延発光量データの関係性を示す演算値を用いることにより、計測器の違いによる誤差及び測定ノイズの影響を軽減する効果を奏する。また、上記(1)又は(3)によって演算値を得る場合には、サンプルごとに異なるクロロフィル濃度の影響を軽減する効果があるため、より一層高い精度での診断が可能となる。
【0027】
上記活力診断方法において、x及びyが、励起光照射後0.2〜300秒の時間領域にあることが好ましい。上記時間領域における遅延発光量データを用いて得られる演算値と活力指標との相関関係が特に高いため、より一層高い精度での診断が可能となる。
【0028】
本発明はまた、診断対象とする植物について、予め設定した時間領域中の複数の点における葉の遅延発光量を測定し、複数の遅延発光量データを得るステップと、上記複数の遅延発光量データを使用し、励起光照射後の経過時間Xと、それに対応する遅延発光量Yとの関係を、曲線の近似式で近似し、近似式中の定数からなる群から選択される少なくとも1つの値を係数値として得るステップと、得られた係数値と所定の閾値とを比較することによって、植物の活力状態を診断するステップと、を含む、植物の活力診断方法を提供する。
【0029】
上記活力診断方法によれば、所定の遅延発光量に基づいて植物の生育状態を診断するものであるため、簡便に、短時間で、非破壊にかつ精度良く、植物の活力診断を行うことが可能になる。また、時間領域中の複数の点における遅延発光量データを用いて得た係数値を用いることにより、計測器の違いによる誤差及び測定ノイズの影響を軽減する効果を奏する。
【0030】
上記係数値は、下記式(4)、(5)及び(6)中のa、b、c、d、e及びλからなる群から選ばれる1つ以上の値とすることができる。
Y=a・b
X ・・(4)
Y=a・e
(−λ・X) ・・(5)
Y=c+d・X+e・X
2 ・・(6)
[式(4)、(5)及び(6)中、X及びYは、予め設定した時間領域における励起光照射後の経過時間Xと、それに対応する遅延発光量Yである。]
【0031】
上記係数値を用いることにより、より精度の高い診断が可能となる。また、b又はλを係数値として用いる場合には、サンプルごとに異なるクロロフィル濃度の影響を軽減する効果があるため、より一層高い精度での診断が可能となる。
【0032】
上記活力診断方法において、時間領域が、励起光照射後0.1〜300秒の範囲内に含まれることが好ましい。この範囲の時間領域における遅延発光量データは、得られる係数値と、活力指標との相関が特に高いため、より一層高い精度での診断が可能となる。
【0033】
上記診断するステップにおいては、データの処理を下記(i)、(ii)及び(iii)のいずれかにより行ってもよい。
(i)得られた演算値又は係数値に基づいてデータに順位付けする
(ii)正規分布を仮定して、予め設定された上限閾値又は下限閾値に対応する予測区間を計算し、当該予測区間に基づいてデータを分別する
(iii)ブートストラップ法により、予め設定された上限閾値又は下限閾値に対応するパーセンタイル値の信頼区間を計算し、当該信頼区間に基づいてデータを分別する
【0034】
上記活力診断方法では、上記植物の葉のクロロフィル量を測定し、クロロフィル量データを得るステップと、得られた遅延発光量のデータを所定の面積あたりのクロロフィル量で補正して補正遅延発光量のデータを算出するステップと、を更に含み、上記処理結果を得るステップにおいて、遅延発光量データに代えて補正遅延発光量データを使用することもできる。クロロフィル量で補正することにより、より一層高い精度での診断が可能となる。
【0035】
上記活力診断方法において、活力は急性ストレス又は慢性ストレスの影響を反映したものであることが好ましい。
【0036】
本発明はまた、開閉自在の開口部を有する、植物の葉の一部又は全部を遮光するための暗処理具と、上記開口部に着脱可能な集光部、植物の葉に光を照射するための光源部、及び上記光源部が照射する光によって生じる上記植物の葉の遅延発光を検出する遅延発光検出部を有する計測装置と、を備える、植物の活力を診断するための計測システムを提供する。
【0037】
本発明の計測システムによれば、このような構成を採用することにより、簡便に、短時間で、非破壊にかつ精度良く、植物の活力診断を行うことが可能となる。特に、暗処理具を備えることにより、樹木の個葉を切除せずに個葉全体又は一部に暗処理を施すことが可能となり、判定精度の向上と計測時間の短縮化が可能になる。本発明の計測システムは、本発明の活力診断システムに好適に用いられる。
【0038】
上記計測システムは、上記暗処理具を複数備えることが好ましい。
【0039】
上記暗処理具を複数備えることによって、複数の葉を予め暗処理することができ、暗処理済みの個葉を随時計測することが可能となるため、計測時間が大幅に短縮される。
【0040】
上記計測装置は、上記光源部が照射する光によって生じる上記植物の葉のクロロフィル量を反映する光を検出する光検出部、並びに上記遅延発光検出部によって検出した上記遅延発光に対応する遅延発光量のデータ、及び上記光検出部によって検出した上記クロロフィル量を反映する光に対応するクロロフィル量データを記録する記録部を更に有していてもよい。
【0041】
これにより、クロロフィル量での補正が可能となる。
【0042】
本発明はまた、植物の葉の遅延発光量データを取得する取得手段と、取得した遅延発光量データを処理して指標値を算出する演算手段と、指標値と所定の閾値とを比較することにより植物の活力を診断する診断手段と、診断結果をユーザーに提示する表示手段と、を有し、上記演算手段は、下記(A)、(B)及び(C)からなる群から選ばれる1つ以上の演算方法により得られる値を指標値として算出する、植物の活力診断システムを提供する。
(A)励起光照射後予め設定された一定時間経過後における遅延発光量の値を指標値とする方法
(B)下記式(1)、(2)又は(3)で表される値を指標値とする方法
D
x1/D
x2 ・・(1)
D
x1−D
x2 ・・(2)
(D
x1−D
x2)/(D
x1+D
x2)・・(3)
[式(1)、(2)及び(3)中、D
x1は励起光照射後x秒の遅延発光量を示し、D
x2は励起光照射後y秒の遅延発光量を示す。ただし、x及びyは正の実数であり、かつx≠yである。]
(C)励起光照射後の経過時間Xと、それに対応する遅延発光量Yとの関係を近似した曲線の近似式中の定数からなる群から選択される少なくとも1つの値を指標値とする方法
【0043】
本発明の活力診断システムによれば、このような構成を有することにより、簡便に、短時間で、非破壊にかつ精度よく植物の活力診断を行うことが可能である。
【0044】
上記(C)における指標値は、下記式(4)、(5)及び(6)中のa、b、c、d、e及びλからなる群から選ばれる1つ以上の値とすることができる。
Y=a・b
X ・・(4)
Y=a・e
(−λ・X) ・・(5)
Y=c+d・X+e・X
2 ・・(6)
[式(4)、(5)及び(6)中、X及びYは、予め設定した時間領域における励起光照射後の経過時間Xと、それに対応する遅延発光量Yである。]
【0045】
上記活力診断システムにおいて、上記閾値は、予め設定されたものとすることができる。
【0046】
上記活力診断システムは、植物の活力指標を入力する入力手段を更に有し、上記演算手段が、更に、上記(A)、(B)及び(C)からなる群から選ばれる2つ以上の演算方法により算出された指標値と、入力された活力指標との相関係数を算出し、最も高い相関係数を示す演算方法を決定し、上記表示手段が、更に、当該演算方法をユーザーに提示するものとすることができる。
【0047】
活力診断システムがこのような構成を有することにより、より簡便に精度よく診断を行うことができる。
【0048】
上記活力診断システムにおいて、上記活力指標は、水ポテンシャル(木部圧ポテンシャル)、枝成長量、幹成長量、専門家による活力評価ランク(専門家による活力評価結果を定量的に表した値)であることが好ましい。
【0049】
上記活力診断システムは、上記計測システムと、上記計測システムにより得られた遅延発光量データを出力し、当該遅延発光量データを上記取得手段に入力するデータ転送手段とを更に備えるものとしてもよい。診断システムがこのような構成を有することにより、遅延発光量の計測と植物の活力診断とを一体的に行うことができる。
【0050】
また、上記活力診断システムは、上記計測システムと、上記計測システムにより得られた遅延発光量データ及びクロロフィル量データを出力し、当該遅延発光量データ及びクロロフィル量データを上記取得手段に入力するデータ転送手段とを更に備え、上記演算手段が、得られた上記遅延発光量データを所定の面積あたりのクロロフィル量で補正することにより補正遅延発光量データを算出し、当該補正遅延発光量データを上記遅延発光量データに代えて使用するものとすることもできる。
【発明の効果】
【0051】
本発明によれば、短時間で、非破壊にかつ精度良く、植物の活力を診断することが可能な方法が提供される。また、本発明によれば、当該活力診断方法に用いられる計測システム及び活力診断システムが提供される。本発明の計測システムによれば、個葉を切除せずに暗処理を施せる暗処理具を備えるため、非破壊に計測を行うことでき、判定精度の向上と計測時間の短縮化が可能になる。本発明の活力診断システムによれば、短時間で、非破壊にかつ精度よく、植物の活力を診断することが可能である。
【0052】
街路樹、公園樹、庭園樹の管理において、樹木の生育診断は、樹木を健全に育成してその価値を高めることや、倒木を未然に防ぐ安全管理において欠かせない。また園芸植物、野菜等の農産品植物についても、その生育状態を診断して、病変、老化又は枯死等の変異を早期に判別することや、適度なストレスを負荷する栽培によって高付加価値の農産品(例えば、高糖度トマト)を生産することは重要な課題になっている。しかし、現在これらの植物の生育診断は経験的に判定されることが多い。例えば行政による樹木の保全では、調査員の主観的判断による個人差が生じやすく、貴重な樹木や並木の保全の予算化を積極的に進めることが難しい。世界的な気候変化や大気汚染、土壌汚染によって、樹木の衰退や農産品植物の変異は多く発生すると予想され、簡便に、短時間で、非破壊にかつ精度良く、植物の生育状態を診断でき、植物の選抜が可能である本発明に係る活力診断方法、計測システム及び活力診断システムは有用性が期待される。
【発明を実施するための形態】
【0054】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0055】
本発明の第1実施形態に係る植物の活力診断方法は、(a)診断対象とする植物群の各植物について葉の遅延発光を測定し、木部圧ポテンシャルを下げた場合に遅延発光量が増加する時間領域における遅延発光量のデータを得るステップと、(b)得られた複数の遅延発光量のデータを処理し、予め設定された上限閾値以上の遅延発光量を示した植物を生育不良な個体として診断するか、又は予め設定された下限閾値以下の遅延発光量を示した植物を生育良好な個体として診断する、ステップと、を含む。
【0056】
第1実施形態に係る植物の活力診断方法は、(b)ステップにおける「予め設定された閾値」が、急性ストレスを反映した活力指標に基づいて設定された閾値である場合、より一層高い精度で活力の診断が可能となる。すなわち、第1実施形態に係る植物の活力診断方法は、植物の急性ストレス評価方法であってもよい。急性ストレスとしては、例えば、水ポテンシャル(木部圧ポテンシャル)の急激な変動に伴う水ストレス、渇水ストレス等が挙げられる。
【0057】
本発明の第2実施形態に係る植物の活力診断方法は、(a’)診断対象とする植物群の各植物について葉の遅延発光を測定し、励起光照射後10〜50秒の時間領域における遅延発光量のデータを得るステップと、(b’)得られた複数の遅延発光量のデータを処理し、予め設定された上限閾値以上の遅延発光量を示した植物を生育良好な個体として診断するか、又は予め設定された下限閾値以下の遅延発光量を示した植物を生育不良な個体として診断する、ステップと、を含む。
【0058】
第2実施形態に係る植物の活力診断方法は、(b’)ステップにおける「予め設定された閾値」が、慢性ストレスを反映した活力指標に基づいて設定された閾値である場合、より一層高い精度で活力の診断が可能となる。すなわち、第2実施形態に係る植物の活力診断方法は、植物の慢性ストレス評価方法であってもよい。慢性ストレスとしては、例えば、頂枝成長量等の枝成長量、幹成長量、専門家による活力評価ランク等が挙げられる。
【0059】
<第1実施形態、(a)ステップ>
本発明の第1実施形態に係る活力診断方法では、(a)所定の遅延発光量のデータを取得するステップで、診断対象とする植物群の各植物について葉の遅延発光を測定し、木部圧ポテンシャルを下げた場合に遅延発光量が増加する時間領域における遅延発光量のデータを得る。
【0060】
診断対象とする植物群としては、例えば、ある地域に生育している植物群、所定の間隔で植えられた街路樹群等の一定の生育環境で生育している同種の植物群が挙げられる。
【0061】
第1実施形態では、ステップ(a)において取得する遅延発光量のデータは、木部圧ポテンシャルを下げた場合に遅延発光量が増加する時間領域(以下、「時間領域A」ともいう。)におけるものである。例えば、
図1に示すように、木部圧ポテンシャルを変化させてヤマザクラの葉の遅延発光パターンをみた場合、木部圧ポテンシャルを下げた場合に遅延発光量が増加する時間領域とは(A)の領域である。この時間領域Aは、植物の種類によって異なる。植物の種類に応じて、木部圧ポテンシャルを変化させることで、その植物に固有の時間領域Aを決めることが可能である。また、ストレスを受けていることが明確なサンプル群と、適正な生育であると判断できるサンプル群についてあらかじめ計測した結果を参考に、より最適な時間領域Aを設定することもできる。
【0062】
ステップ(a)において取得する遅延発光量のデータは、時間領域Aにおいて取得されたものであればよく、例えば、時間領域A内の特定の点(例えば、励起光照射後0.4秒)における遅延発光量のデータであってもよく、時間領域A内の特定の時間の間(例えば、励起光照射後0.1秒〜2秒の間)に測定された遅延発光量の累積データであってもよい。遅延発光量データは、励起光照射後0.01〜5秒の時間領域において取得されたものを用いることが好ましい。上記時間領域内の遅延発光量データを用いることによって、より高い精度での活力診断が可能となる。特に、上記時間領域内の遅延発光量データを用いることによって、より高い精度での急性ストレスの評価が可能となる。
【0063】
ステップ(a)において取得する遅延発光量のデータは、葉の水ポテンシャル等の植物の活力状態を示す活力指標と遅延発光量との相関係数の絶対値が、活力指標とクロロフィル蛍光(Fv/Fm)との相関係数の絶対値よりも大きくなる時間領域(以下、「時間領域B」ともいう。)におけるものであることが好ましい。例えば、
図2に示すように、1つの態様では、葉の水ポテンシャルと遅延発光量との相関係数の絶対値は、計測初期に極大値をとる。この極大値近辺の相関係数の絶対値は、実施例において後述するように、葉の水ポテンシャルとクロロフィル蛍光(Fv/Fm)との相関係数の絶対値よりも大きくなる。クロロフィル蛍光(Fv/Fm)は、常法に従って測定することができる。例えば、パルス変調クロロフィル蛍光測定装置(例えば、FluorPen100、Photon Systems Instruments社製)によって測定することができる。Fmは蛍光強度の最大値で、Foが蛍光強度の最小値、FvはFm−Foである。Fv/Fmは光合成の最大収率を示し、高等植物では、最適条件で0.80〜0.83程度の値になることが一般的に知られている(園池公毅,光合成研究法(4章分光測定 3部パルス変調蛍光),低温科学,第67巻,2008年,北海道大学低温科学研究所・日本光合成研究会共編,507頁参照)。
【0064】
この時間領域Bは、植物の種類によって異なる。植物の種類に応じて、葉の水ポテンシャルと遅延発光量との相関係数の絶対値、及び葉の水ポテンシャルとクロロフィル蛍光(Fv/Fm)との相関係数の絶対値を比較することで、その植物に固有の時間領域Bを決めることが可能である。
【0065】
時間領域Bは、例えば、励起光照射後0.01秒〜5秒の時間領域としてもよい。時間領域Bにおける遅延発光量のデータとしては、例えば、時間領域B内の特定の点(例えば、0.4秒)における遅延発光量のデータであってもよく、時間領域B内の特定の時間の間(例えば、0.1秒〜5秒の間)に測定された遅延発光量の累積データであってもよい。時間領域Bは、励起光照射後0.05秒〜4秒の時間領域、0.1秒〜3秒の時間領域、0.1秒〜2秒の時間領域であってもよい。また、極大値をとる時間を中心とし、±1秒の時間領域とするのが好ましく、±0.5秒の時間領域とするのがより好ましく、±0.1秒の時間領域とするのが更に好ましい。
【0066】
(第2実施形態、(a’)ステップ)
本発明の第2実施形態に係る活力診断方法では、(a’)所定の遅延発光量のデータを取得するステップで、診断対象とする植物群の各植物について葉の遅延発光を測定し、励起光照射後10〜50秒の時間領域における遅延発光量のデータを得る。
【0067】
診断対象とする植物群としては、第1実施形態と同様の植物群を対象とすることができる。
【0068】
第2実施形態では、ステップ(a’)において取得する遅延発光量のデータは、励起光照射後10〜50秒の時間領域において取得されたものであればよく、例えば、当該範囲内の特定の点(例えば、励起光照射後30秒)における遅延発光量のデータであってもよく、当該範囲内の特定の時間の間(例えば、励起光照射後25秒〜35秒の間)に測定された遅延発光量の累積データであってもよい。特に、励起光照射後20〜40秒の時間領域において取得された遅延発光量のデータを用いることが好ましい。また、極大値をとる時間を中心とし、±10秒の時間領域とするのが好ましく、±5秒の時間領域とするのがより好ましく、±1秒の時間領域とするのが更に好ましい。
【0069】
ステップ(a’)において取得する遅延発光量のデータは、頂枝成長量等の植物の活力状態を示す活力指標と遅延発光量との相関係数の絶対値が、活力指標とクロロフィル蛍光(Fv/Fm)との相関係数の絶対値よりも大きくなる時間領域(時間領域B)におけるものであることが好ましい。第2実施形態に係る診断方法においては、例えば、
図5に示すように、慢性ストレスを反映した活力指標である頂枝成長量と遅延発光量との相関係数の絶対値は、計測の比較的後期に極大値をとる。この例では、相関係数の絶対値は、励起光照射後の約1秒から急激に相関係数が上昇し、30秒前後に極大値を示し、それ以降減少傾向となり、約300秒には再び相関係数が下がる。この極大値近辺の相関係数の絶対値は、頂枝成長量等の慢性ストレスを反映した活力指標とクロロフィル蛍光(Fv/Fm)との相関係数の絶対値よりも大きくなる。
【0070】
この時間領域Bは、植物の種類によって異なる。植物の種類に応じて、慢性ストレスを反映した活力指標と遅延発光量との相関係数の絶対値、及び慢性ストレスを反映した活力指標とクロロフィル蛍光(Fv/Fm)との相関係数の絶対値を比較することで、その植物に固有の時間領域Bを決めることが可能である。
【0071】
第2実施形態に係る活力診断方法は、例えば、フィールドにおける長期的な生育指標との相関に基づいて植物の活力を診断することに適していると考えられる。長期とは例えば、月単位、季節単位、年単位である。このような生育指標とは、例えば枝成長量、幹成長量、専門家による活力評価ランク等である。第2実施形態に係る活力診断方法において、長期的な生育指標としては、慢性ストレスを反映した活力指標であってもよい。慢性ストレスを反映した活力指標は、好ましくは頂枝成長量である。頂枝成長量は、1つ又は複数の頂枝の当年に成長した長さを測定することによって得ることができる。
【0072】
第1及び第2実施形態に係る活力診断方法においては、遅延発光を測定する際、葉は植物から採取したものを用いてもよいし、植物に生えている葉を直接用いてもよい。
【0073】
遅延発光の測定における温度条件は、測定中一定であれば特に制限はないが、5〜35℃が好ましく、20〜30℃がより好ましい。
【0074】
遅延発光の測定は、公知の装置及び方法、例えば、国際公開第2005/062027号に記載の装置及び方法により、行うことができる。より具体的には、例えば、植物の葉に暗処理を施し、励起光を照射した後、暗黒条件下で上記植物の葉が発する微弱発光を測定する方法が挙げられる。このような装置としては例えば、励起光源と光電子増倍管を備えた微弱発光計測装置又は高感度カメラシステムなどを用いることができる。
【0075】
上記植物の葉に暗処理を施す時間は、5〜1200秒間が好ましく、150〜600秒間がより好ましい。
【0076】
上記植物の葉に照射する励起光の波長は、280〜900nmが好ましく、400〜750nmがより好ましい。
【0077】
上記植物の葉に励起光を照射する時間は、0.1〜60秒間とすることができ、0.5〜20秒間とすることもできる。また、20〜300秒間とすることもでき、30〜100秒とすることもできる。
【0078】
遅延発光の測定において、遅延発光の検出器に対する葉の露出面積は、所定の面積であることが好ましい。上記所定の面積は、特に制限はないが0.15〜80cm
2が好ましく、0.5〜10cm
2がより好ましい。
【0079】
<第1実施形態、(b)ステップ>
本発明の第1実施形態に係る活力診断方法において、(b)得られた複数のデータを処理し、一部の植物個体を生育良好又は生育不良な個体として診断するステップでは、得られた複数の遅延発光量のデータを処理し、予め設定された上限閾値以上の遅延発光量を示した植物を生育不良な個体として診断するか、又は予め設定された下限閾値以下の遅延発光量を示した植物を生育良好な個体として診断する。生育良好又は生育不良な個体として診断することにより、それらの個体を生育不良又は生育良好な個体として選抜するステップとしてもよい。
【0080】
上述のとおり、ステップ(a)で得られる遅延発光量は、葉の水ポテンシャルと負の相関がある。すなわち、遅延発光量が高い場合、葉の水ポテンシャルは低く、逆に、遅延発光量が低い場合、葉の水ポテンシャルは高い。したがって、選抜対象とする植物群の中で、遅延発光量が高い個体(群)は、生育状態が不良な傾向にあり、遅延発光量が低い個体(群)は、生育状態が良好な傾向にある。
【0081】
このような観点から、遅延発光量のデータを処理(分析)する方法としては、遅延発光量が予め設定した上限閾値以上の個体、又は予め設定した下限閾値以下の個体を識別可能となるような方法であれば、制限されない。上限閾値及び下限閾値は、データの処理(分析)方法や選抜の目的等に応じて、適宜設定される。
【0082】
遅延発光量のデータを処理(分析)し、植物個体を選抜するか、又は診断する方法の例として、これに限定されるものではないが、以下の(i)〜(iii)の方法が挙げられる。
【0083】
(i)順位付け
遅延発光量に基づいてデータに順位付けし、上位X%(例えば、遅延発光量が多い順に順位付けした場合の上位10%)、又は下位X%(例えば、遅延発光量が多い順に順位付けした場合の下位10%)の範囲にある個体を識別し選抜するか、又は診断する。例えば、遅延発光量が多い順に順位付けした場合、上位10%を生育不良な個体として識別し選抜すること、又は診断することができる。また、下位10%を生育良好な個体として識別し選抜すること、又は診断することができる。この場合の上限閾値及び下限閾値は、それぞれ上位10%及び下位10%である。この方法では、必ず規定数のサンプルが選抜、又は診断されるため、森林や農場において、決まった数の生育良好又は不良サンプルを識別する場合、例えば間伐、間引きの場合や、商品として生育良好な苗木、成木、作物を選抜したい場合に有効である。
【0084】
(ii)正規分布の利用
母集団においてデータが正規分布に従うことを仮定して、Y%の予測区間(将来観察されるであろう標本値がどの範囲に収まるかを予測した範囲)を計算する。これまでの測定値がY%の予測区間に収まっていない場合、その個体を生育良好又は不良な個体として識別し選抜するか、又は診断する。例えば、Y=80の時、両端の予測区間外はそれぞれ10%となり、これまでの測定値が80%の予測区間に収まっていない場合、そのサンプルを生育良好(上位10%)又は不良(下位10%)として識別し選抜すること、又は診断することができる。
【0085】
(iii)ブートストラップ法の利用
ブートストラップ法(1つの標本から復元抽出を繰り返して大量の標本を生成し、それらの標本から推定値を計算し、母集団の性質やモデルの推測の誤差などを分析する方法)により、母集団のZ
1パーセンタイル値(例えば、10パーセンタイル値)及びZ
2パーセンタイル値(例えば、90パーセンタイル値)の、それぞれの信頼区間(例えば、95%信頼区間)を推定する。これまでの測定値が、Z
1パーセンタイル値の信頼区間とZ
2パーセンタイル値の信頼区間に挟まれる区間に収まっていない場合に、そのサンプルを生育良好(上位10%)又は不良(下位10%)な個体として識別し選抜するか、又は診断する。
【0086】
(iii)の方法では、例えば、10パーセンタイル値(又は90パーセンタイル値)の95%信頼区間内にある個体も含んで生育良好又は不良な個体を識別してもよく(
図3のAの矢印で示した範囲)、10パーセンタイル値(又は90パーセンタイル値)の95%信頼区間内にある個体は含めずに生育良好又は不良な個体を識別してもよい(
図3のBの矢印で示した範囲)。
【0087】
(ii)及び(iii)の方法では、データのばらつきを見ながら生育良好及び不良を識別するため、計測したサンプル群によっては、生育良好又は不良として選抜又は診断される数が変化するが、データのばらつきから群の特徴を調べることができる。例えば、ある地域での植物の生育状態の特徴づけを併せて行いたい場合に有効である。
【0088】
上記(i)、(ii)及び(iii)の方法は、いずれか二つ又は三つ全てを併用してもよい。併用した全ての方法において生育良好又は不良と識別された個体を選抜又は診断すれば、より顕著に生育良好又は不良な個体を選抜又は診断することが可能となる。
【0089】
(第2実施形態、(b’)ステップ)
本発明の第2実施形態に係る活力診断方法において、(b’)得られた複数のデータを処理し、一部の植物個体を生育良好又は不良な個体として診断するステップでは、得られた複数の遅延発光量のデータを処理し、予め設定された上限閾値以上の遅延発光量を示した植物を生育良好な個体として診断するか、又は予め設定された下限閾値以下の遅延発光量を示した植物を生育不良な個体として診断する。生育良好又は生育不良な個体として診断することにより、それらの個体を生育良好又は生育不良な個体として選抜するステップとしてもよい。
【0090】
ステップ(a’)で得られる遅延発光量は、頂枝成長量と正の相関がある。すなわち、遅延発光量が高い場合、頂枝成長量は大きく、逆に、遅延発光量が低い場合、頂枝成長量は小さい。したがって、選抜対象とする植物群の中で、遅延発光量が高い個体(群)は、生育状態が良好な傾向にあり、遅延発光量が低い個体(群)は、生育状態が不良な傾向にある。
【0091】
第2実施形態において、遅延発光量のデータを処理(分析)する方法としては、遅延発光量が予め設定した上限閾値以上の個体、又は予め設定した下限閾値以下の個体を識別可能となるような方法であれば、制限されない。上限閾値及び下限閾値は、データの処理(分析)方法や選抜の目的等に応じて、適宜設定される。
【0092】
遅延発光量のデータを処理(分析)し、植物個体を診断又は選抜する方法の例としては、上記第1実施形態における(i)〜(iii)の方法を用いることができる。例えば(i)の方法では、遅延発光量に基づいてデータに順位付けし、上位X%を生育良好な個体として識別し診断又は選抜し、下位X%を生育不良な個体として識別し診断又は選抜する他は、第1実施形態の場合と同様に行うことができる。
【0093】
植物の活力はストレスの影響を受けて低下する。ストレスとしては、渇水、高温、凍結、貧栄養、微量元素欠乏、塩類障害、病虫害等が挙げられる。第1実施形態に係る活力診断方法では、上記活力が急性ストレス、特に渇水ストレスの影響を反映したものであることが好ましい。第2実施形態に係る活力診断方法では、上記活力が慢性ストレスの影響を反映したものであることが好ましい。
【0094】
上記第1実施形態に係る活力診断方法は、(c)植物の葉のクロロフィル量を測定し、クロロフィル量データを得るステップと、(d)ステップ(a)で得られた遅延発光量のデータを所定の面積あたりのクロロフィル量で補正して補正遅延発光量のデータを算出するステップと、を更に含んでいてもよい。ステップ(c)及びステップ(d)を含む場合、ステップ(b)において、遅延発光量のデータに代えて補正遅延発光量のデータを使用することが好ましい。
【0095】
ステップ(c)では、上記植物の葉のクロロフィル量を測定し、クロロフィル量データを取得する。
【0096】
クロロフィル量を測定する方法は公知の方法であれば特に制限はないが、特開2011−38879号公報に記載の、上記植物の葉に光を照射して得られる反射光を利用した方法やSPAD−502葉緑素計(コニカミノルタ社製)等のような、上記植物の葉に光を照射して得られる透過光を利用した方法が好ましく用いられる。
【0097】
反射光又は透過光を利用してクロロフィル量を測定する場合、反射光や透過光の検出器に対する葉の露出面積は、所定の面積であることが好ましい。このようにすることで、ステップ(d)をより簡便に行える。上記所定の面積は、特に制限はないが、0.06〜80cm
2が好ましく、0.5〜10cm
2がより好ましい。
【0098】
ステップ(d)では、ステップ(a)で得られた遅延発光量のデータを所定の面積あたりのクロロフィル量で補正して補正遅延発光量のデータを算出する。
【0099】
補正遅延発光量のデータは、例えば、植物の葉の所定の面積あたりのクロロフィル量で除することによって補正する。また、補正遅延発光量のデータ(S)は以下の式から算出してもよい。
【数1】
T:遅延発光量
U:所定の面積あたりのクロロフィル量
e,g:遅延発光量とクロロフィル量の値の重み付け
f,h:遅延発光の測定値及びクロロフィル量の測定値のベースライン
【0100】
(第3、第4実施形態)
本発明の第3実施形態に係る植物の活力診断方法は、診断対象とする植物について、励起光照射後x秒及びy秒(ただし、x及びyは正の実数であり、かつx≠yである。)の葉の遅延発光量を測定し、2つの遅延発光量データD
x1及びD
x2を得るステップと、D
x1及びD
x2を用いて下記式(1)、(2)又は(3)により演算値を得るステップと、得られた演算値と所定の閾値とを比較することによって、植物の活力状態を診断するステップと、を含む。
O=D
x1/D
x2 ・・(1)
O=D
x1−D
x2 ・・(2)
O=(D
x1−D
x2)/(D
x1+D
x2)・・(3)
[式(1)、(2)及び(3)中、D
x1は励起光照射後x秒の遅延発光量データを示し、D
x2は励起光照射後y秒の遅延発光量データを示し、Oは演算値を示す。]
【0101】
第3実施形態に係る植物の活力診断方法は、「所定の閾値」が、急性ストレスを反映した活力指標に基づいて設定された閾値である場合であっても、慢性ストレスを反映した活力指標に基づいて設定された閾値である場合であっても、より一層高い精度で活力の診断が可能となる。すなわち、第3実施形態に係る植物の活力診断方法は、植物の急性ストレス評価方法であってもよく、植物の慢性ストレス評価方法であってもよい。
【0102】
本発明の第4実施形態に係る植物の活力診断方法は、診断対象とする植物について、予め設定した時間領域中の複数の点における葉の遅延発光量を測定し、複数の遅延発光量データを得るステップと、複数の遅延発光量データを使用し、励起光照射後の経過時間Xと、それに対応する遅延発光量Yとの関係を、曲線の近似式で近似し、近似式中の定数からなる群から選択される少なくとも1つの値を係数値として得るステップと、得られた係数値と所定の閾値とを比較することによって、植物の活力状態を診断するステップと、を含む。
【0103】
第4実施形態に係る植物の活力診断方法は、「所定の閾値」が、急性ストレスを反映した活力指標に基づいて設定された閾値である場合であっても、慢性ストレスを反映した活力指標に基づいて設定された閾値である場合であっても、より一層高い精度で活力の診断が可能となる。すなわち、第4実施形態に係る植物の活力診断方法は、植物の急性ストレス評価方法であってもよく、植物の慢性ストレス評価方法であってもよい。
【0104】
(第3実施形態、遅延発光量のデータを得るステップ、指標値を得るステップ)
本発明の第3実施形態に係る活力診断方法では、所定の遅延発光量のデータを得るステップにおいて、診断対象とする植物について、励起光照射後x秒及びy秒(以下、それぞれ「第1の時刻」及び「第2の時刻」ともいう。xとyは逆の順であってもよい。)の葉の遅延発光量を測定し、2つの遅延発光量データD
x1及びD
x2を得る。x及びyは正の実数であり、かつx≠yである。D
x1及びD
x2は同一の植物個体における遅延発光量データである。
【0105】
遅延発光量を測定する時間領域は、励起光照射後、遅延発光を測定できる時であればいずれの時間領域であってもよい。例えば、第1の時刻を、木部圧ポテンシャルを下げた場合に遅延発光量が増加する時間領域(時間領域A)とし、第2の時刻を時間領域A経過後とすることができ、第1及び第2の時刻の両方を、時間領域A内としてもよく、第1及び第2の時刻の両方を時間領域A経過後としてもよい。したがって、遅延発光を測定する時刻を選択するために、時間領域Aを特定する必要はない。時間領域Aが特定されており、かつ急性ストレスを反映した活力指標に基づいて活力診断を行う場合には、第1の時刻を時間領域A内とし、第2の時刻を時間領域A経過後とするか、又は第1及び第2の時刻をともに時間領域A内とすることが好ましく、第1及び第2の時刻をともに時間領域A内とすることがより好ましい。測定時刻をこれらの時間領域とすることで、より診断の精度を高めることができる。
【0106】
遅延発光量を測定する時刻としては、急性ストレスを反映した活力指標に基づいて活力診断を行う場合には、上記x及びyを励起光照射後0.2〜100秒の時間領域にあるものとすることができ、例えば0.8〜20秒の時間領域にあるものとすることができる。x及びyは、励起光照射後0.8〜5秒の時間領域にあることが好ましい。慢性ストレスを反映した活力指標に基づいて活力診断を行う場合には、上記x及びyが励起光照射後10〜300秒の時間領域にあることが好ましい。測定時刻を上記時間領域の範囲内とすることで、より診断の精度を高めることができる。
【0107】
第3実施形態に係る活力診断方法においては、遅延発光量の測定の具体的な方法は、上述のとおり測定する時刻を調整する他は、第1又は第2実施形態に係る活力診断方法における測定方法と同様のものとすることができる。
【0108】
第3実施形態に係る活力診断方法では、上記得られたD
x1及びD
x2の2つの遅延発光量データを用いて、それらを除算、減算又は正規化差分型演算を行うことにより、演算値を指標値として得る。各演算方法を示す計算式は下記式(1)、(2)又は(3)のとおりである。
【0109】
O=D
x1/D
x2 ・・(1)
O=D
x1−D
x2 ・・(2)
O=(D
x1−D
x2)/(D
x1+D
x2)・・(3)
[式(1)、(2)及び(3)中、D
x1は励起光照射後x秒の遅延発光量データを示し、D
x2は励起光照射後y秒の遅延発光量データを示し、Oは演算値を示す。]
【0110】
診断対象とする植物は個体単独であってもよく、植物群中の複数の植物であってもよい。
【0111】
上記各式によって得られる演算値は、同一の植物個体について2つの異なる時刻において測定された遅延発光量データ間の関係を示しており、当該植物の遅延発光量の、特定の時間領域における減衰速度又は減衰量を示すものである。このように、元となる遅延発光量のデータから演算値を得る過程で、ノイズによる測定値のばらつき、用いる装置間の測定感度の差、出力値の絶対誤差等の問題を軽減することができる。そのため、必ずしも複数の植物における相対評価を行う必要がなく、植物を個体単独で診断することが可能であり、多数のサンプルのデータを収集する手間を必ずしも要しない。
【0112】
(第4実施形態、遅延発光量のデータを得るステップ、指標値を得るステップ)
本発明の第4実施形態に係る活力診断方法では、所定の遅延発光量のデータを得るステップにおいて、診断対象とする植物について、予め設定した時間領域中の複数の点における葉の遅延発光量を測定する。
【0113】
遅延発光量を測定する時間領域は、励起光照射後、遅延発光を測定できる時であればいずれの時間領域であってもよい。例えば、木部圧ポテンシャルを下げた場合に遅延発光量が増加する時間領域(時間領域A)内の一部の時間領域としてもよく、時間領域A経過後の一部の時間領域としてもよく、時間領域Aから時間領域A経過後にまたがる時間領域としてもよい。したがって、遅延発光を測定する時間領域を選択するために、時間領域Aを特定する必要はない。時間領域Aが特定されており、かつ急性ストレスを反映した活力指標に基づいて活力診断を行う場合には、時間領域A内の一部の時間領域、又は時間領域Aから時間領域A経過後にまたがる時間領域とすることが好ましく、時間領域A内の一部の時間領域とすることがより好ましい。測定する時間をこれらの時間領域とすることで、より診断の精度を高めることができる。
【0114】
遅延発光量を測定する時間領域は、急性ストレスを反映した活力指標に基づいて活力診断を行う場合には、励起光照射後0.1〜100秒の範囲内に含まれる時間領域とすることができ、例えば0.8〜20秒の範囲内に含まれる時間領域とすることができる。遅延発光量を測定する時間領域は、励起光照射後0.7〜5秒の範囲内に含まれる時間領域とすることが好ましい。慢性ストレスを反映した活力指標に基づいて活力診断を行う場合には、遅延発光量を測定する時間領域は、励起光照射後10〜300秒の時間領域にあることが好ましい。測定する時間領域を上記範囲内とすることで、より診断の精度を高めることができる。
【0115】
第4実施形態に係る活力診断方法においては、遅延発光量の測定の具体的な方法は、上述のとおり測定する時間領域を調整する他は、第1又は第2実施形態に係る活力診断方法における測定方法と同様のものとすることができる。
【0116】
第4実施形態に係る活力診断方法では、指標値を得るステップにおいて、得られた複数の遅延発光量データを使用し、励起光照射後の経過時間Xと、それに対応する遅延発光量Yとの関係を、曲線の近似式で近似し、近似式中の定数からなる群から選択される少なくとも1つの値を係数値として得るステップとすることができる。
【0117】
上記係数値は、例えば、下記式(4)、(5)及び(6)中の定数a、b、c、d、e及びλからなる群から選ばれる1つ以上の値とすることができる。
Y=a・b
X ・・(4)
Y=a・e
(−λ・X) ・・(5)
Y=c+d・X+e・X
2 ・・(6)
[式(4)、(5)及び(6)中、X及びYは、予め設定した時間領域における励起光照射後の経過時間Xと、それに対応する遅延発光量Yである。]
【0118】
データを上記近似式に近似して係数値を得る方法としては、例えば統計ソフトウェアRのglm関数を用いることができる。
【0119】
診断対象とする植物は個体単独であってもよく、植物群中の複数の植物であってもよい。
【0120】
上記近似式によって得られる係数値は、遅延発光量の一定時間内の減衰の特徴を表すものである。このように、元となる遅延発光量のデータから係数値を得る過程で、ノイズによる測定値のばらつき、用いる装置間の測定感度の差、出力値の絶対誤差等の問題を軽減することができる。よって、必ずしも複数の植物における相対評価を行う必要がなく、植物を個体単独で診断することが可能であり、多数のサンプルのデータを収集する手間を必ずしも要しない。
【0121】
第3及び第4実施形態に係る活力診断方法では、指標値として得られた上記演算値又は係数値を、所定の閾値と比較することによって、植物の活力を診断する。
【0122】
所定の閾値としては、例えば、上限閾値、下限閾値又はこれらの組み合わせを設定することができる。閾値と比較して診断する方法は、遅延発光量自体の代わりに遅延発光量データを用いて得られた演算値又は係数値を用いる以外は、上記第1又は第2実施形態に係る診断方法と同様に行うことができる。すなわち、例えば、予め設定した上限閾値以上の演算値又は係数値を持つ個体を、生育良好又は生育不良な個体として識別し、診断又は選抜することができ、予め設定した下限閾値以下の演算値又は係数値を持つ個体を、生育良好又は生育不良な個体として識別し、診断又は選抜することができる。生育良好な個体として識別するか、生育不良な個体として識別するかは、木部圧ポテンシャル、頂枝成長量等の活力指標と、その演算値又は係数値(指標値)とが正の相関を有するか、負の相関を有するかによって異なる。正の相関を有する場合には、指標値が高い程、より生育が良好であることを示し、負の相関を有する場合には、指標値が高い程、より生育が不良であることを示す。
【0123】
指標値に基づいて、植物個体を識別し、診断又は選抜する際には、これに限定されるものではないが、上記第1又は第2実施形態に係る診断方法と同様に、上記(i)〜(iii)の方法を用いることができる。
【0124】
上記閾値を設定する方法としては、例えば、ある植物群について遅延発光量データとともに木部圧ポテンシャル、頂枝成長量等の植物の活力指標を予め測定しておき、遅延発光量データを用いて各指標値を算出した上で、上記活力指標と指標値との相関を調べ、所望の活力を有する又は有さないレベルの指標値を算出することによって、設定することができる。
【0125】
植物の活力はストレスの影響を受けて低下する。ストレスとしては、渇水、高温、凍結、貧栄養、微量元素欠乏、塩類障害、病虫害等が挙げられる。第3及び第4実施形態に係る診断方法では、上記活力が、急性ストレスの影響を反映したものであってもよく、慢性ストレスの影響を反映したものであってもよい。
【0126】
上記第3又は第4実施形態に係る活力診断方法は、急性ストレスの影響を反映した活力指標を用いる場合には、植物の葉のクロロフィル量を測定し、クロロフィル量データを得るステップと、得られた遅延発光量のデータを所定の面積あたりのクロロフィル量で補正して補正遅延発光量のデータを算出するステップと、を更に含んでいてもよい。補正遅延発光量のデータを算出する場合、演算値又は係数値を得るステップにおいて、遅延発光量のデータに代えて補正遅延発光量のデータを使用することが好ましい。
【0127】
本発明に係る活力診断方法において、上記各実施形態のいずれの方法により活力診断を行うかは、対象植物の種類、活力指標の種類等に応じて、適宜設定することができる。また、例えば、対象植物について、上記各実施形態に係る方法の複数又は全部を予め実施し、活力指標と相関の高い方法を選択してもよい。具体的な例として、活力指標を木部圧ポテンシャル(水ポテンシャル)とした場合、クスノキ、ヤブツバキ、ヤマボウシ、ヤマザクラ、トマトでは、第3実施形態に係る方法(特に、減算型の演算値(式(2))を指標値とする方法)が最も相関が高く、ソメイヨシノでは、第1実施形態に係る方法(木部圧ポテンシャルを下げた場合に遅延発光量が増加する時間領域における遅延発光量のデータを指標とする方法)が最も相関が高い。
【0128】
〔計測システム〕
本実施形態に係る植物の活力を診断するための計測システム(以下、単に「計測システム」ともいう。)は、暗処理具と、計測装置と、を少なくとも備える。暗処理具は、複数あることが好ましい。
【0129】
暗処理具は、開閉自在の開口部を有し、植物の葉の一部又は全体を遮光する。暗処理具は、植物の個葉を切除せず、個葉の一部又は全体に暗処理を施せるものであることが好ましい。開閉自在の開口部としては、例えば、シャッター機構であってもよい。
【0130】
図13は、一実施形態に係る暗処理具を示す模式図である。
図14及び
図15は、
図13に示す暗処理具の使用方法を示す説明図である。
【0131】
図13に示す暗処理具100は、本体部20と、軽量なシャッター機構から構成されるシャッター開口部10とを有している。暗処理具100は、本体部20で個葉の一部又は全体を覆って遮光する。本体部20は、遮光性の高い素材で形成されている。本体部20を形成する素材としては、例えば、樹脂板や軽量な金属の薄板、紙製や木製の板、アルミホイルが挙げられる。これらは外光を通さないように黒色に塗装されていると更によい。さらに、本体部20の葉を挟む内面の全域、又は葉の計測部位に相当するシャッター開口部10の周辺は、遮光性を有しながら、柔軟であり、植物表面との密着性を高め、かつ植物を損傷しない素材を使用することが好ましい。これには、例えば発泡ウレタンやゴム素材を使用したり、さらに同様の素材のパッキンを計測部位を取り巻くように配置したり、そのパッキンをヒダ状に多重にしたり、さらに、同様の素材で迷路状の構造を作り遮光性を高めたりすることで実現できる。
【0132】
図14に示すように、暗処理具100は、本体部20を折り畳んで個葉の全部(
図14(a))又は一部(
図14(b))を覆うように用いられる。本体部20を折り畳んだ後、本体部20の端部21を折り返して固定してもよい。このとき、シャッター開口部10が個葉の計測部位に位置するようにする。計測システムは、必要に応じて、計測対象である個葉及びその周辺の葉、枝等を覆うことによって遮光する遮光手段(図示せず)をさらに備えていてもよい。遮光手段を備えていることによって、例えば、外光の強い屋外で計測する場合に、計測対象の個葉周辺の光の強さを室内程度まで下げることができる。遮光手段は、例えば、暗幕、黒色の袋などの遮光性のある袋であってもよい。
【0133】
図15に示すように、暗処理具100を樹木の個葉に保持するために、枝や幹にまきつけるための治具30及び31(
図15(a)及び(b))、又は地面に固定する治具30及び32(
図15(b)及び(c))を更に備えていてもよい。
【0134】
暗処理具100で個葉を遮光し、暗処理(例えば、300秒間)を行った後、計測装置の集光部とシャッター開口部10とを接続して、遅延発光の計測を行う。計測装置とは別に暗処理具100は複数個用意してあるのが好ましい。これにより、計測装置で遅延発光を計測している間に、次の測定対象となる個葉の暗処理を行うことができ、ある個葉における計測が終了して直ぐに次の個葉の計測を開始することができるため、計測時間の大幅な短縮が可能となる。
【0135】
計測装置は、暗処理具の開口部に着脱可能な集光部、植物の葉に光を照射するための光源部、及び光源部が照射する光によって生じる植物の葉の遅延発光を検出する遅延発光検出部を有する。集光部と遅延発光検出部は一体でもよいし、以下に述べるように分離していてもよい。
【0136】
図16は、一実施形態に係る計測システムの使用方法を示す説明図である。
図17は、一実施形態に係る計測装置を示す模式図である。
図18は、計測装置の複数の実施形態を示す模式図である。
図19は、一実施形態に係る計測装置を示す模式図である。
【0137】
図16(a)に示す計測システムは、暗処理具100と計測装置200とを備える。計測装置200は、集光部50と、集光部50に配置された光源部60と、遅延発光検出部80と、を有する。また、遅延発光検出部80で測定されたデータを記録する記録部、測定データの処理を行う演算部、処理方法を入力する入力部及び光源部60や遅延発光検出部80等の動作を制御する制御部を有していてもよい。記録部、演算部、入力部及び制御部は、例えば、これらの機能を備えるコンピューターを使用してもよい。コンピューターは、計測装置200内に組み込まれていてもよいし、外部から接続されていてもよい。
【0138】
集光部50は、暗処理具100のシャッター開口部10と接続できるようになっており、接続後は計測に影響のある光漏れが無く一体化した計測装置と見なすことができる(
図16(b)参照)。集光部50とシャッター開口部10を接続し、シャッターを開けることにより計測可能な状態となる。このとき、シャッターは計測者が手動で開けてもよいし、又は接続されることにより自動的にシャッターが開く機構を備えていてもよい(
図16(c)及び
図16(d)参照)。シャッターが開いた状態では、葉の所定の形状、面積のみを露出させるようになっている。
【0139】
集光部50は、遅延発光を発生させるための励起光源(光源部60)を備えている。光源部60は、複数の波長が照射可能な単一又は複数の光源から構成されている。すなわち、ハロゲンランプのように多波長の光源やそれに波長選択フィルターを組み合わせたもの、また異なるピーク波長のLEDの集合体などである。
【0140】
光源部60は、個葉に所定の波長の光を照射するものであって、その波長は、400nm〜1000nmである。ここで、光源部60は、単色光源であっても、複数の光源を組み合せた光源であってもよい。光源部60の発光は、所定時間連続してもよいし、任意のパターンでパルス点灯させてもよい。同一又は異なる波長特性を有する複数の光源を順番に発光させたり、複数の光源を同時に発光させたりしてもよい。また、光源の残光をカットするため、光源の点灯及び消灯と同期して開閉するシャッターを組み合わせてもよい。
【0141】
図18及び
図19に示すように、光源部60から照射された光により葉が励起され、葉から発生した遅延発光は遅延発光検出部80に配置された光検出器85へと導かれる。この際に遅延発光を光検出器85へ効率よく届けるように、集光用のレンズ55を備えたり、さらに遅延発光を長距離中継できる光ファイバーやリレー光学系70を使用することができる。遅延発光を長距離中継できる光ファイバーやリレー光学系70を採用することにより、集光部50と遅延発光検出部80を分離することが可能となり、集光部50が小型・軽量化され、個葉に取付けられた暗処理具100と連結して計測する作業をより効率よく実施することができる。
【0142】
遅延発光検出部80に配置される光検出器85には、光電子増倍管やアバランシェフォトダイオード、シリコンフォトダイオード等を用いることができる。光検出器85の前には、励起光の入射を防ぐためのシャッター81を配置してもよい(
図18(a)及び(b)参照)。また、光検出器85が励起光照射時に受光しないように制御する事によりシャッターを省略することが可能である(
図18(c)参照)。
【0143】
光検出器85の前に更に集光レンズ82を配置して集光効率を高めることもできる(
図18(a)参照)。集光レンズ82を配置すると、光ファイバーやリレー光学系70を使用した場合に有効である。
【0144】
図19に示すように、遅延発光検出部80は、計測時の情報を表示するための表示部83や、計測装置を操作するためのボタンなどによる入力部84を有していてもよい(
図19(a)参照)。計測装置は持ち運び可能なように小型、軽量であれば計測者が装着して、移動しながら計測を行うことができる。そのために、集光部や検出部には装着用のベルトやストラップを取付けてもよい(
図19(b)参照)。
【0145】
計測装置は、例えば、信頼精度高く識別可能な数のデータが収集されるまでは、データが足りないことをメッセージで出力する機構を有していてもよい。
【0146】
計測装置は、上記構成に加え、光源部が照射する光によって生じる上記植物の葉のクロロフィル量を反映する光を検出する光検出部、並びに遅延発光検出部によって検出した遅延発光に対応する遅延発光量のデータ、及び光検出部によって検出したクロロフィル量を反映する光に対応するクロロフィル量データを記録する記録部を更に有していてもよい。また、これら光検出部及び記録部は、計測装置とは独立の装置であってもよい。
【0147】
上記のような複数の葉を予め暗処理できる暗処理具と、持ち運び可能な小型、軽量な計測装置により、植物の個葉を切除することなく短時間での遅延発光計測が可能になり、切除することにより誤差が生じる問題を解決することができる。
【0148】
(活力診断システム)
活力診断システム300の構成について説明する。
図20は活力診断システム300のハードウェア的構成を示す概要図であり、
図21は活力診断システム300の機能的構成を示す概要図である。
【0149】
図20に示すように、活力診断システム300は、物理的には、CPU等の演算処理装置311、ROM、RAM等の主記憶装置312、キーボード及びマウス等の入力デバイス313、ディスプレイ等の出力デバイス314、例えば無線機能を備えたスマートフォンなどのポータブルデバイスや、USB接続しているコンピューターとの間でデータの送受信を行うためのネットワークカード等の通信モジュール315、ハードディスク等の補助記憶装置316などを含む通常のコンピューターとして構成される。後述する活力診断装置の各機能は、演算処理装置311、主記憶装置312等のハードウェア上に、所定のコンピュータソフトウェアを読み込ませることにより、演算処理装置311の制御の下で入力デバイス313、出力デバイス314、通信モジュール315を動作させるとともに、主記憶装置312や補助記憶装置316におけるデータの読み出し及び書き込みを行うことで実現される。
【0150】
図21に示すように、活力診断システム300は、機能的構成要素として、取得手段301、演算手段302、診断手段303及び表示手段304を備える。
【0151】
取得手段301は、植物の葉の遅延発光量データを取得するものである。演算手段302は、取得した遅延発光量データを処理して指標値を算出するものである。診断手段303は、得られた指標値と所定の閾値とを比較することによって植物の活力を診断するものである。表示手段304は、得られた診断結果をユーザーに提示するものである。
【0152】
演算手段302は、下記(A)、(B)及び(C)からなる群から選ばれる1つ以上の演算方法によって得られる値を指標値として算出する。
(A)励起光照射後予め設定された一定時間経過後における遅延発光量データを指標値とする方法
(B)下記式(1)、(2)又は(3)で表される値を指標値とする方法
D
x1/D
x2 ・・(1)
D
x1−D
x2 ・・(2)
(D
x1−D
x2)/(D
x1+D
x2)・・(3)
[式(1)、(2)及び(3)中、D
x1は励起光照射後x秒の遅延発光量を示し、D
x2は励起光照射後y秒の遅延発光量を示す。ただし、x及びyは正の実数であり、かつx≠yである。]
(C)励起光照射後の経過時間Xと、それに対応する遅延発光量Yとの関係を近似した曲線の近似式中の定数からなる群から選択される少なくとも1つの値を指標値とする方法
【0153】
(C)における指標値は、例えば、下記式(4)、(5)及び(6)中のa、b、c、d、e及びλからなる群から選ばれる1つ以上の値とすることができる。
Y=a・b
X ・・(4)
Y=a・e
(−λ・X) ・・(5)
Y=c+d・X+e・X
2 ・・(6)
[式(4)、(5)及び(6)中、X及びYは、予め設定した時間領域における励起光照射後の経過時間Xと、それに対応する遅延発光量Yである。]
【0154】
演算手段302は、上記(A)、(B)及び(C)からなる群から選ばれる任意の1つの演算方法を行うものとしてもよく、2つ以上の演算方法を行うものとしてもよい。
【0155】
診断手段303は、演算手段302によって得られた指標値と所定の閾値とを比較することにより植物の活力を診断する。指標値を閾値と比較するための処理方法として、例えば、上述の診断方法における(i)〜(iii)の方法を用いることができる。
【0156】
診断手段303において用いられる所定の閾値は、予め設定されたものであってもよい。予め設定される閾値は、植物種、植物の生育地域等の条件によって異なるものとしてもよく、これらの複数の閾値が設定されていてもよい。診断対象とする植物の種類や生育地域等の条件によって最もふさわしい閾値を診断時に選択することもできる。
【0157】
活力診断システム300は、入力手段を更に有していてもよい(図示せず)。入力手段は、植物の活力指標を入力するものである。植物の活力指標は、例えば、頂枝成長量、木部圧ポテンシャル、専門家による活力評価ランクとすることができ、その他の生育指標であってもよい。急性ストレスの評価を目的とする場合、活力指標としては、水ポテンシャル(木部圧ポテンシャル)であることが好ましい。また、慢性ストレスの評価を目的とする場合、活力指標としては枝成長量、幹成長量又は専門家による活力評価ランクであることが好ましい。枝成長量としては例えば当年の頂枝の枝成長量を用いることができる。活力指標として複数種を用いてもよい。活力診断システム300が入力手段を有する場合、演算手段302は、更に上記(A)、(B)及び(C)からなる群から選ばれる2つ以上の演算方法により算出された指標値と、入力された活力指標との相関関係数を算出し、最も高い相関係数を示す演算方法を決定するものであってもよい。表示手段304は、決定された演算方法をユーザーに提示することができる。
【0158】
演算手段302は、上記(A)、(B)及び(C)の全ての演算方法により指標値を算出することが好ましい。最も相関係数の高い最適な演算方法は、診断対象の植物の種類や生育地域等の条件ごとに決定することもできる。診断対象とする植物の最適な演算方法を一度決定した後は、ユーザーは、その後の診断時に当該方法を利用して植物の活力診断を行うことができる。また、植物の活力指標の種類、植物の種類、植物の生育地域等の条件によって、ユーザーが閾値を診断時に決定することもできる。一度閾値を決定した後は、当該閾値をその後の診断において所定の閾値として用いることもできる。
【0159】
活力診断システム300は、更に上述の計測システムを有していてもよい。この場合、活力診断システム300は、更にデータ転送手段を備えるものであってもよい。データ転送手段は、計測システムにより得られた遅延発光量データを出力し、当該遅延発光量データを取得手段301に入力するものである。また、計測システムが、クロロフィル量データを記録する上記記録部を更に有するものであってもよい。この場合、演算手段302は、遅延発光量データを所定の面積当たりのクロロフィル量で補正することにより補正遅延発光量データを算出し、当該補正遅延発光量データを遅延発光量データに代えて使用することができる。
【0160】
本発明は、以下の実施形態とすることもできる。
【0161】
〔活力診断に基づく植物の選抜法〕
本実施形態に係る活力診断に基づく植物の選抜法(以下、単に「選抜法」ともいう。)は、(a)所定の遅延発光量のデータを得るステップと、(b)得られた複数のデータを処理し、生育良好又は生育不良な個体を選抜するステップと、を含む。
【0162】
(a)所定の遅延発光量のデータを取得するステップでは、選抜対象とする植物群の各植物について葉の遅延発光を測定し、木部圧ポテンシャルを下げた場合に遅延発光量が増加する時間領域における遅延発光量のデータを得る。
【0163】
選抜対象とする植物群としては、例えば、ある地域に生育している植物群、所定の間隔で植えられた街路樹群等の一定の生育環境で生育している同種の植物群が挙げられる。
【0164】
ステップ(a)において取得する遅延発光量のデータは、木部圧ポテンシャルを下げた場合に遅延発光量が増加する時間領域(以下、「時間領域A」ともいう。)におけるものである。例えば、
図1に示すように、木部圧ポテンシャルを変化させてヤマザクラの葉の遅延発光パターンをみた場合、木部圧ポテンシャルを下げた場合に遅延発光量が増加する時間領域とは(A)の領域である。この時間領域Aは、植物の種類によって異なる。植物の種類に応じて、木部圧ポテンシャルを変化させることで、その植物に固有の時間領域Aを決めることが可能である。また、ストレスを受けていることが明確なサンプル群と、適正な生育であると判断できるサンプル群についてあらかじめ計測した結果を参考に、より最適な時間領域Aを設定することもできる。
【0165】
ステップ(a)において取得する遅延発光量のデータは、時間領域Aにおいて取得されたものであればよく、例えば、時間領域A内の特定の点(例えば、0.4秒)における遅延発光量のデータであってもよく、時間領域A内の特定の時間の間(例えば、0.1秒〜2秒の間)に測定された遅延発光量の累積データであってもよい。
【0166】
ステップ(a)において取得する遅延発光量のデータは、葉の水ポテンシャルと遅延発光量との相関係数の絶対値が、葉の水ポテンシャルとクロロフィル蛍光(Fv/Fm)との相関係数の絶対値よりも大きくなる時間領域(以下、「時間領域B」ともいう。)におけるものであることが好ましい。例えば、
図2に示すように、葉の水ポテンシャルと遅延発光量との相関係数の絶対値は、計測初期に極大値をとる。この極大値近辺の相関係数の絶対値は、実施例において後述するように、葉の水ポテンシャルとクロロフィル蛍光(Fv/Fm)との相関係数の絶対値よりも大きくなる。クロロフィル蛍光(Fv/Fm)は、常法に従って測定することができる。例えば、パルス変調クロロフィル蛍光測定装置(例えば、FluorPen100、Photon Systems Instruments社製)によって測定することができる。Fmは蛍光強度の最大値で、Foが蛍光強度の最小値、FvはFm−Foである。Fv/Fmは光合成の最大収率を示し、高等植物では、最適条件で0.80〜0.83程度の値になることが一般的に知られている(園池公毅,光合成研究法(4章分光測定 3部パルス変調蛍光),低温科学,第67巻,2008年,北海道大学低温科学研究所・日本光合成研究会共編,507頁参照)。
【0167】
この時間領域Bは、植物の種類によって異なる。植物の種類に応じて、葉の水ポテンシャルと遅延発光量との相関係数の絶対値、及び葉の水ポテンシャルとクロロフィル蛍光(Fv/Fm)との相関係数の絶対値を比較することで、その植物に固有の時間領域Bを決めることが可能である。
【0168】
時間領域Bは、例えば、励起光の照射後0.01秒〜5秒の時間領域としてもよい。時間領域Bにおける遅延発光量のデータとしては、例えば、時間領域B内の特定の点(例えば、0.4秒)における遅延発光量のデータであってもよく、時間領域B内の特定の時間の間(例えば、0.1秒〜5秒の間)に測定された遅延発光量の累積データであってもよい。時間領域Bは、励起光の照射後0.05秒〜4秒の時間領域、0.1秒〜3秒の時間領域、0.1秒〜2秒の時間領域であってもよい。また、極大値をとる時間を中心とし、±1秒の時間領域とするのが好ましく、±0.5秒の時間領域とするのがより好ましく、±0.1秒の時間領域とするのが更に好ましい。
【0169】
遅延発光を測定する際、葉は植物から採取したものを用いてもよいし、植物に生えている葉を直接用いてもよい。
【0170】
遅延発光の測定における温度条件は、測定中一定であれば特に制限はないが、5〜35℃が好ましく、20〜30℃がより好ましい。
【0171】
遅延発光の測定は、公知の装置及び方法、例えば、国際公開第2005/062027号に記載の装置及び方法により、行うことができる。より具体的には、例えば、植物の葉に暗処理を施し、励起光を照射した後、暗黒条件下で上記植物の葉が発する微弱発光を測定する方法が挙げられる。
【0172】
上記植物の葉に暗処理を施す時間は、5〜1200秒間が好ましく、150〜600秒間がより好ましい。
【0173】
上記植物の葉に照射する励起光の波長は、280〜900nmが好ましく、400〜750nmがより好ましい。
【0174】
上記植物の葉に励起光を照射する時間は、0.1〜60秒間が好ましく、0.5〜20秒間がより好ましい。
【0175】
遅延発光の測定において、遅延発光の検出器に対する葉の露出面積は、所定の面積であることが好ましい。上記所定の面積は、特に制限はないが0.15〜80cm
2が好ましく、0.5〜10cm
2がより好ましい。
【0176】
(b)得られた複数のデータを処理し、生育良好又は生育不良な個体を選抜するステップでは、得られた複数の遅延発光量のデータを処理し、予め設定された上限閾値以上の遅延発光量を示した植物を生育不良な個体として選抜するか、又は予め設定された下限閾値以下の遅延発光量を示した植物を生育良好な個体として選抜する。
【0177】
上述のとおり、ステップ(a)で得られる遅延発光量は、葉の水ポテンシャルと負の相関がある。すなわち、遅延発光量が高い場合、葉の水ポテンシャルは低く、逆に、遅延発光量が低い場合、葉の水ポテンシャルは高い。したがって、選抜対象とする植物群の中で、遅延発光量が高い個体(群)は、生育状態が不良な傾向にあり、遅延発光量が低い個体(群)は、生育状態が良好な傾向にある。
【0178】
このような観点から、遅延発光量のデータを処理(分析)する方法としては、遅延発光量が予め設定した上限閾値以上の個体、又は予め設定した下限閾値以下の個体を識別可能となるような方法であれば、制限されない。上限閾値及び下限閾値は、データの処理(分析)方法や選抜の目的等に応じて、適宜設定される。
【0179】
遅延発光量のデータを処理(分析)し、植物個体を選抜する方法の例として、これに限定されるものではないが、以下の(i)〜(iii)の方法が挙げられる。
【0180】
(i)順位付け
遅延発光量に基づいてデータに順位付けし、上位X%(例えば、遅延発光量が多い順に順位付けした場合の上位10%)、又は下位X%(例えば、遅延発光量が多い順に順位付けした場合の下位10%)の範囲にある個体を識別し、選抜する。例えば、遅延発光量が多い順に順位付けした場合、上位10%を生育不良な個体として識別し選抜することができる。また、下位10%を生育良好な個体として識別し選抜することができる。この場合の上限閾値及び下限閾値は、それぞれ上位10%及び下位10%である。この方法では、必ず規定数のサンプルが選抜されるため、森林や農場において、決まった数の生育良好又は不良サンプルを識別する場合、例えば間伐、間引きの場合や、商品として生育良好な苗木、成木、作物を選抜したい場合に有効である。
【0181】
(ii)正規分布の利用
母集団においてデータが正規分布に従うことを仮定して、Y%の予測区間(将来観察されるであろう標本値がどの範囲に収まるかを予測した範囲)を計算する。これまでの測定値がY%の予測区間に収まっていない場合、その個体を生育良好又は不良な個体として識別し、選抜する。例えば、Y=80の時、両端の予測区間外はそれぞれ10%となり、これまでの測定値が80%の予測区間に収まっていない場合、そのサンプルを生育良好(上位10%)又は不良(下位10%)として識別し選抜することができる。
【0182】
(iii)ブートストラップ法の利用
ブートストラップ法(1つの標本から復元抽出を繰り返して大量の標本を生成し、それらの標本から推定値を計算し、母集団の性質やモデルの推測の誤差などを分析する方法)により、母集団のZ
1パーセンタイル値(例えば、10パーセンタイル値)及びZ
2パーセンタイル値(例えば、90パーセンタイル値)の、それぞれの信頼区間(例えば、95%信頼区間)を推定する。これまでの測定値が、Z
1パーセンタイル値の信頼区間とZ
2パーセンタイル値の信頼区間に挟まれる区間に収まっていない場合に、そのサンプルを生育良好(上位10%)又は不良(下位10%)な個体として識別し、選抜する。
【0183】
(iii)の方法では、例えば、10パーセンタイル値(又は90パーセンタイル値)の95%信頼区間内にある個体も含んで生育良好又は不良な個体を識別してもよく(
図3のAの矢印で示した範囲)、10パーセンタイル値(又は90パーセンタイル値)の95%信頼区間内にある個体は含めずに生育良好又は不良な個体を識別してもよい(
図3のBの矢印で示した範囲)。
【0184】
(ii)及び(iii)の方法では、データのばらつきを見ながら生育良好及び不良を識別するため、計測したサンプル群によっては、生育良好又は不良として選抜される数が変化するが、データのばらつきから群の特徴を調べることができる。例えば、ある地域での植物の生育状態の特徴づけを併せて行いたい場合に有効である。
【0185】
上記(i)、(ii)及び(iii)の方法は、いずれか二つ又は三つ全てを併用してもよい。併用した全ての方法において生育良好又は不良と識別された個体を選抜すれば、より顕著に生育良好又は不良な個体を選抜することが可能となる。
【0186】
植物の活力はストレスの影響を受けて低下するが、ストレスとしては、渇水、高温、凍結、貧栄養、微量元素欠乏、塩類障害、病虫害等が挙げられる。本実施形態に係る選抜法では、上記活力が渇水ストレスの影響を反映したものであることが好ましい。
【0187】
本実施形態に係る選抜法は、(c)植物の葉のクロロフィル量を測定し、クロロフィル量データを得るステップと、(d)ステップ(a)で得られた遅延発光量のデータを所定の面積あたりのクロロフィル量で補正して補正遅延発光量のデータを算出するステップと、を更に含んでいてもよい。ステップ(c)及びステップ(d)を含む場合、ステップ(b)において、遅延発光量のデータに代えて補正遅延発光量のデータを使用することが好ましい。
【0188】
ステップ(c)では、上記植物の葉のクロロフィル量を測定し、クロロフィル量データを取得する。
【0189】
クロロフィル量を測定する方法は公知の方法であれば特に制限はないが、特開2011−38879号公報に記載の、上記植物の葉に光を照射して得られる反射光を利用した方法やSPAD−502葉緑素計(コニカミノルタ社製)等の様な、上記植物の葉に光を照射して得られる透過光を利用した方法が好ましく用いられる。
【0190】
反射光又は透過光を利用してクロロフィル量を測定する場合、反射光や透過光の検出器に対する葉の露出面積は、所定の面積であることが好ましい。このようにすることで、ステップ(d)がより簡便に行える。上記所定の面積は、特に制限はないが0.06〜80cm
2が好ましく、0.5〜10cm
2がより好ましい。
【0191】
ステップ(d)では、ステップ(a)で得られた遅延発光量のデータを所定の面積あたりのクロロフィル量で補正して補正遅延発光量のデータを算出する。
【0192】
補正遅延発光量のデータは、例えば、植物の葉の所定の面積あたりのクロロフィル量で除することによって補正する。また、補正遅延発光量のデータ(S)は以下の式から算出してもよい。
【数2】
T:遅延発光量
U:所定の面積あたりのクロロフィル量
e,g:遅延発光量とクロロフィル量の値の重み付け
f,h:遅延発光の測定値及びクロロフィル量の測定値のベースライン
【0193】
〔計測システム〕
本実施形態に係る植物の活力を診断するための計測システム(以下、単に「計測システム」ともいう。)は、暗処理具と、計測装置と、を少なくとも備える。暗処理具は、複数あることが好ましい。
【0194】
暗処理具は、開閉自在の開口部を有し、植物の葉の一部又は全体を遮光する。暗処理具は、植物の個葉を切除せず、個葉の一部又は全体に暗処理を施せるものであることが好ましい。開閉自在の開口部としては、例えば、シャッター機構であってもよい。
【0195】
図13は、一実施形態に係る暗処理具を示す模式図である。
図14及び
図15は、
図13に示す暗処理具の使用方法を示す説明図である。
【0196】
図13に示す暗処理具100は、本体部20と、軽量なシャッター機構から構成されるシャッター開口部10とを有している。暗処理具100は、本体部20で個葉の一部又は全体を覆って遮光する。本体部20は、遮光性の高い素材で形成されている。本体部20を形成する素材としては、例えば、樹脂板や軽量な金属の薄板、紙製や木製の板が挙げられる。これらは外光を通さないように黒色に塗装されていると更によい。さらに、本体部20の葉を挟む内面の全域、又は葉の計測部位に相当するシャッター開口部10の周辺は、遮光性を有しながら、柔軟であり、植物表面との密着性を高め、かつ植物を損傷しない素材を使用することが好ましい。これには、例えば発泡ウレタンやゴム素材を使用したり、さらに同様の素材のパッキンを計測部位を取り巻くように配置したり、そのパッキンをヒダ状に多重にしたり、さらに、同様の素材で迷路状の構造を作り遮光性を高めたりすることで実現できる。
【0197】
図14に示すように、暗処理具100は、本体部20を折り畳んで個葉の一部(
図14(a))又は全体(
図14(b))を覆うように用いられる。本体部20を折り畳んだ後、本体部20の端部21を折り返して固定してもよい。このとき、シャッター開口部10が個葉の計測部位に位置するようにする。
【0198】
図15に示すように、暗処理具100を樹木の個葉に保持するために、枝や幹にまきつけるための治具30及び31(
図15(a)及び(b))、又は地面に固定する治具30及び32(
図15(b)及び(c))を更に備えていてもよい。
【0199】
暗処理具100で個葉を遮光し、暗処理(例えば、300秒間)を行った後、計測装置の集光部とシャッター開口部10とを接続して、遅延発光の計測を行う。計測装置とは別に暗処理具100は複数個用意してあるのが好ましい。これにより、計測装置で遅延発光を計測している間に、次の測定対象となる個葉の暗処理を行うことができ、ある個葉における計測が終了して直ぐに次の個葉の計測を開始することができるため、計測時間の大幅な短縮が可能となる。
【0200】
計測装置は、暗処理具の開口部に着脱可能な集光部、植物の葉に光を照射するための光源部、及び光源部が照射する光によって生じる植物の葉の遅延発光を検出する遅延発光検出部を有する。集光部と遅延発光検出部は一体でもよいし、以下に述べるように分離していてもよい。
【0201】
図16は、一実施形態に係る計測システムの使用方法を示す説明図である。
図17は、一実施形態に係る計測装置を示す模式図である。
図18は、計測装置の複数の実施形態を示す模式図である。
図19は、一実施形態に係る計測装置を示す模式図である。
【0202】
図16(a)に示す計測システムは、暗処理具100と計測装置200とを備える。計測装置200は、集光部50と、集光部50に配置された光源部60と、遅延発光検出部80と、を有する。また、遅延発光検出部80で測定されたデータを記録する記録部、測定データの処理を行う演算部、処理方法を入力する入力部及び光源部60や遅延発光検出部80等の動作を制御する制御部を有していてもよい。記録部、演算部、入力部及び制御部は、例えば、これらの機能を備えるコンピューターを使用してもよい。コンピューターは、計測装置200内に組み込まれていてもよいし、外部から接続されていてもよい。
【0203】
集光部50は、暗処理具100のシャッター開口部10と接続できるようになっており、接続後は計測に影響のある光漏れが無く一体化した計測装置と見なすことができる(
図16(b)参照)。集光部50とシャッター開口部10を接続し、シャッターを開けることにより計測可能な状態となる。このとき、シャッターは計測者が手動で開けてもよいし、又は接続されることにより自動的にシャッターが開く機構を備えていてもよい(
図16(c)及び
図16(d)参照)。シャッターが開いた状態では、葉の所定の形状、面積のみを露出させるようになっている。
【0204】
集光部50は、遅延発光を発生させるための励起光源(光源部60)を備えている。光源部60は、複数の波長が照射可能な単一又は複数の光源から構成されている。すなわち、ハロゲンランプのように多波長の光源やそれに波長選択フィルターを組み合わせたもの、また異なるピーク波長のLEDの集合体などである。
【0205】
光源部60は、個葉に所定の波長の光を照射するものであって、その波長は、400nm〜1000nmである。ここで、光源部60は、単色光源であっても、複数の光源を組み合せた光源であってもよい。光源部60の発光は、所定時間連続してもよいし、任意のパターンでパルス点灯させてもよい。同一又は異なる波長特性を有する複数の光源を順番に発光させたり、複数の光源を同時に発光させたりしてもよい。また、光源の残光をカットするため、光源の点灯及び消灯と同期して開閉するシャッターを組み合わせてもよい。
【0206】
図17及び
図18に示すように、光源部60から照射された光により葉が励起され、葉から発生した遅延発光は遅延発光検出部80に配置された光検出器85へと導かれる。この際に遅延発光を光検出器85へ効率よく届けるように、集光用のレンズ55を備えたり、さらに遅延発光を長距離中継できる光ファイバーやリレー光学系70を使用することができる。遅延発光を長距離中継できる光ファイバーやリレー光学系70を採用することにより、集光部50と遅延発光検出部80を分離することが可能となり、集光部50が小型・軽量化され、個葉に取付けられた暗処理具100と連結して計測する作業をより効率よく実施することができる。
【0207】
遅延発光検出部80に配置される光検出器85には、光電子増倍管やアバランシェフォトダイオード、シリコンフォトダイオード等を用いることができる。光検出器85の前には、励起光の入射を防ぐためのシャッター81を配置してもよい(
図18(a)及び(b)参照)。また、光検出器85が励起光照射時に受光しないように制御する事によりシャッターを省略することが可能である(
図18(c)参照)。
【0208】
光検出器85の前に更に集光レンズ82を配置して集光効率を高めることもできる(
図18(a)参照)。集光レンズ82を配置すると、光ファイバーやリレー光学系70を使用した場合に有効である。
【0209】
図19に示すように、遅延発光検出部80は、計測時の情報を表示するための表示部83や、計測装置を操作するためのボタンなどによる入力部84を有していてもよい(
図19(a)参照)。計測装置は持ち運び可能なように小型、軽量であれば計測者が装着して、移動しながら計測を行うことが出来る。そのために、集光部や検出部には装着用のベルトやストラップを取付けてもよい(
図19(b)参照)。
【0210】
計測装置は、例えば、信頼精度高く識別可能な数のデータが収集されるまでは、データが足りないことをメッセージで出力する機構を有していてもよい。
【0211】
計測装置は、上記構成に加え、光源部が照射する光によって生じる上記植物の葉のクロロフィル量を反映する光を検出する光検出部、並びに遅延発光検出部によって検出した遅延発光に対応する遅延発光量のデータ、及び光検出部によって検出したクロロフィル量を反映する光に対応するクロロフィル量データを記録する記録部を更に有していてもよい。また、これら光検出部及び記録部は、計測装置とは独立の装置であってもよい。
【0212】
上記のような複数の葉を予め暗処理できる暗処理具と、持ち運び可能な小型、軽量な計測装置により、植物の個葉を切除することなく短時間での遅延発光計測が可能になり、切除することにより個体差が生じる問題を解決することができる。
【実施例】
【0213】
以下、本発明について、実施例を挙げて更に詳細に説明する。ただし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0214】
実施例1:急性渇水ストレス負荷試験
〔個葉に対する急性渇水ストレス負荷試験方法〕
1日1回十分に潅水している対象植物の葉を採取し、湿潤暗黒条件で直ちに実験室に輸送し、次のプロトコールに従って測定を行った。まず、葉をプレッシャーチャンバー(大起理化社製、商品名:DIK−7000)に入れ、高圧窒素ガスにより自然状態の木部圧ポテンシャルを測定した。なお、浸透ポテンシャルは0に近いことから、木部圧ポテンシャルを水ポテンシャルとみなした。次に、葉を微弱発光測定装置(浜松ホトニクス社製、TYPE−6100A、マスク付きリーフアダプター)に入れ、300秒間の暗処理を施し、10秒間励起光(680nm、10μmol/m
2/s)を照射した後、暗黒条件下で400秒間微弱発光を測定した。この時、検出器に対して露出する葉の面積が直径7mmの円形部分2個が、葉の中央の葉脈(主脈)を挟んで対称に露出するようにした。その後、クロロフィル蛍光(Fv/Fm)、蒸散速度(ET)、葉緑素計値(SPAD)、分光反射率の測定を順次行った。なお、Fv/Fmは、パルス変調クロロフィル蛍光測定装置(FluorPen100、Photon Systems Instruments社製)で測定した。また、蒸散速度はポロメーターAP4(Delta−T Devices社製)で、葉緑素計値は葉緑素計SPAD−502(ミノルタ社製)で、分光反射率は分光反射計FieldSpec HandHeld及び専用リーフクリップ(Analytical Spectral Devices社製)で測定した。同様に、プレッシャーチャンバーで木部圧ポテンシャルが−2.0MPa、−3.0MPaになるまで脱水して、上記のプロトコールに従って測定を行った。10個体から3枚ずつの合計30枚測定を繰り返した。
【0215】
対象植物として、生育良好なヤマザクラ、ヤブツバキの野外植栽木と、クスノキ、ヤマザクラ、ソメイヨシノ、ヤマボウシ、トマトの鉢植え苗を用いた。ヤマザクラの野外植栽木は、他の対象植物(2012年実施)の前年の2011年に試験を行い、プレッシャーチャンバーでの−2.0MPaの脱水はせず、−3.0MPaの脱水のみ、合計60枚測定を繰り返した(以下、「ヤマザクラ2011」と示す)。また、トマトは微弱発光の測定時間が150秒間で、プレッシャーチャンバーによる脱水は−1.5MPaまで行い、15個体から2枚又は3枚ずつの合計32枚測定を繰り返した。
【0216】
〔鉢植え苗に対する急性渇水ストレス負荷試験方法〕
ヤマザクラの鉢植え苗を28個体用意し、対照群14個体については1日1回、自動潅水装置で朝4時頃潅水し、処理群14個体については潅水を停止し、潅水停止から0,2,5,9日目に以下のように測定した。対照群、処理群の各個体から葉を採取し、葉をプレッシャーチャンバー(大起理化社製、商品名:DIK−7000)に入れ、高圧窒素ガスにより自然状態の木部圧ポテンシャルを測定した。微弱発光測定装置(浜松ホトニクス社製、TYPE−6100A、マスク付きリーフアダプター)に入れ、300秒間の暗処理を施し、10秒間励起光(680nm、10μmol/m
2/s)を照射した後、暗黒条件下で400秒間微弱発光を測定した。この時、検出器に対して露出する葉の面積が直径7mmの円形部分2個が、葉の中央の葉脈(主脈)を挟んで対称に露出するようにした。その後、クロロフィル蛍光(Fv/Fm)、葉緑素計値(SPAD)、分光反射率の測定を順次行った。なお、これらの測定は、上記の装置、方法によって行った。対照群の内1個体は、測定時に葉にコナジラミ類の害が観察されたため、解析から除外したので、解析対象となったのは対象群13個体、処理群14個体の27個体である。
【0217】
〔結果〕
(渇水ストレスによる遅延発光パターンの変化)
対象植物の葉に渇水ストレスを与えたストレス群は、渇水ストレスを与えていない対照群に対して、計測初期の時間領域で遅延発光量が増加した。
図1に、一例として、ヤマザクラの葉における、対照群とストレス群(ストレス小:木部圧ポテンシャル−2.0MPa、ストレス大:木部圧ポテンシャル−3.0MPa)の遅延発光量の時間変化(「遅延発光パターン」ともいう。)を示す。計測初期の時間領域、例えば0.7秒後で、脱水により水ポテンシャルが下がったストレス群は、対照群に比べて遅延発光量が増加することがわかる。なお、渇水ストレスにより遅延発光パターンは変化し、対照群の遅延発光パターンとストレス群の遅延発光パターンが交わる点(クロスポイント)ができる。ストレス群では、クロスポイントより前の時間領域では、対照群に比べて遅延発光量が増加し、クロスポイントより後の時間領域では対照群に比べて遅延発光量は減少する。
【0218】
(遅延発光量と水ポテンシャルとの相関係数)
図2に計測時間毎の遅延発光量と水ポテンシャルとの相関係数を示す。
図2中、縦軸は、対象植物の葉の各計測時間での遅延発光量と水ポテンシャルの相関係数(Pearson’s correlation coefficient)を示し、横軸は、計測時間を示す。計測値が飽和したデータについては、そのデータのみデータなしとして解析した。なお、ヤマザクラ2011は、対照群と、水ポテンシャル−3.0MPaのストレス群について、計測時間毎の遅延発光量と水ポテンシャルの相関係数を示しており、比較のためヤマザクラXも示した。ヤマザクラXは、ヤマザクラのデータから水ポテンシャル−2.0MPaのデータを除いたものである。
図2から、全ての対象植物について、計測開始(励起光の照射終了直後)から0.1秒後〜2秒後で相関係数の絶対値が大きくなり、水ポテンシャルとの相関が強いことがわかる。
【0219】
各対象植物において、相関係数の絶対値が極大となる時間は、例えば、ヤマザクラでは1秒、クスノキでは0.4秒、ヤブツバキでは0.2秒、ソメイヨシノでは1.4秒、ヤマボウシでは0.5秒、トマトでは0.6秒である(
図2参照)。
【0220】
次に、遅延発光量(DF)、SPAD値、SPADIND、Fv/Fm又は蒸散速度(ET)と水ポテンシャルとの相関係数を表1に示す。SPADINDは、ストレス状態のSPADを、同サンプルの対照群のSPADに置き換えたデータである。
【0221】
【表1】
【0222】
表1では、遅延発光量と水ポテンシャルとの相関係数は、計測開始(励起光の照射終了直後)から0.3秒後又は0.7秒後の遅延発光量に対する値を用いた。遅延発光量の水ポテンシャルとの相関係数の絶対値は他の変数の水ポテンシャルとの相関係数に比べて大きく、水ポテンシャルとの相関が比較的強いことがわかる。特に光合成の活性状態を反映する一般的な指標として知られるFv/Fmより水ポテンシャルとの相関が強いことは、遅延発光量が植物の生育診断や光合成研究に有効であることを示している。
【0223】
(遅延発光量データからのサンプルの選抜)
上述の〔鉢植え苗に対する急性渇水ストレス負荷試験方法〕における対象植物の葉について、潅水停止から5日目のストレス群と対照群の計測開始(励起光の照射終了直後)から0.3秒後の遅延発光量の分布から、以下の3つの選抜法により、生育良好又は不良サンプルを識別した。
【0224】
方法1.順位による識別
遅延発光量が多い順にサンプルに順位をつけて、上位10%及び下位10%の範囲にあるサンプルを識別した。上位10%が生育良好サンプル、下位10%が生育不良サンプルである。
【0225】
方法2.正規分布を仮定した予測区間の計算による識別
母集団においてデータが正規分布に従うことを仮定して、80%の予測区間を計算した。このとき、両端の予測区間外はそれぞれ10%となる。測定値が80%の予測区間に収まっていない場合、そのサンプルを生育良好(上位10%)または不良(下位10%)として識別した。
【0226】
方法3.ブートストラップ法による信頼区間の計算による識別
ブートストラップ法により、母集団の10パーセンタイル値及び90パーセンタイル値それぞれの95%信頼区間を推定した。測定値が、10パーセンタイル値の95%信頼区間と90パーセンタイル値の95%信頼区間に挟まれる区間に収まっていない場合に、そのサンプルを生育良好(上位10%)又は不良(下位10%)として識別した。このとき、95%信頼区間内にある個体について、下記方法3−1又は方法3−2により識別した。
方法3−1.10パーセンタイル値(又は90パーセンタイル値)の95%信頼区間内にある個体も含んで生育良好・不良個体を識別した(
図3参照)。
方法3−2.10パーセンタイル値(又は90パーセンタイル値)の95%信頼区間内にある個体は含めずに生育良好・不良個体を識別した(
図3参照)。
【0227】
上記の方法1、方法2及び方法3により、対象植物の葉について、計測開始(励起光の照射終了直後)から0.3秒後の遅延発光量の分布から、上位10%及び下位10%を識別し、それぞれ生育良好、不良と識別した結果を表2に示す。生育良好を○、不良を×、どちらにも識別されなかったサンプルを空欄で示した。方法1では、サンプル数に応じて決められた数の生育良好及び不良が識別された。方法2及び方法3では、サンプル群の遅延発光量の分布に応じて生育良好及び不良と識別されるサンプル数は異なった。方法3−1では生育良好及び不良の範囲が広めなので、対照群の中で生育不良と識別されたり、ストレス群の中で生育良好と識別されたものが見られた。識別される範囲はそれぞれの方法で異なるが、生育良好又は不良が顕著なサンプルは、全ての方法で共通して生育良好又は不良と識別される。
【表2】
【0228】
(演算値と水ポテンシャルとの相関係数)
2点の測定時刻の遅延発光量データを用いて得られる演算値と、水ポテンシャルとの相関を検討した。上記実施例1で得られた遅延発光量データを用いて、除算型、減算型又は正規化差分型の演算を行うことにより演算値を得、演算値と水ポテンシャルとの相関係数を算出した。
図7及び
図8は、実施例1において測定された遅延発光量データを用いて演算することにより得られた演算値と水ポテンシャルとの相関係数の絶対値を示すグラフである。グラフに示された値は鉢植えヤマザクラ以外の7つの植物データの平均値である。
【0229】
図7(a)に、測定時刻による、除算型演算、すなわち下記式(1)によって得られた演算値Oと水ポテンシャルとの相関係数の絶対値を示す。各植物種について、最も高い相関係数が得られる測定時刻とその相関係数を表3に示す。
O=D
x1/D
x2 ・・(1)
【0230】
【表3】
【0231】
図7(b)に、測定時刻による、減算型演算、すなわち下記式(2)に示す計算によって得られた演算値Oと水ポテンシャルとの相関係数の絶対値を示す。各植物種について、最も高い相関係数が得られる測定時刻とその相関係数を表4に示す。
O=D
x1−D
x2 ・・(2)
【0232】
【表4】
【0233】
図8に、測定時刻による、正規化差分型演算、すなわち下記式(3)に示す計算によって得られた演算値Oと水ポテンシャルとの相関係数の絶対値を示す。各植物種について、最も高い相関係数が得られる測定時刻とその相関係数を表5に示す。
O=(D
x1−D
x2)/(D
x1+D
x2)・・(3)
【0234】
【表5】
【0235】
従来技術であるクロロフィル蛍光のFv/Fm値の、水ポテンシャルとの相関係数の絶対値(7つの植物データの平均値)は0.351であり、図中に太線で示されている。上記演算方法においては、いずれの方法であっても、クロロフィル蛍光のFv/Fm値を指標として用いる場合よりも高い相関係数を示し得ることが分かった。
【0236】
1時刻の遅延発光量と水ポテンシャルとの相関係数を表6に示す。
【0237】
【表6】
【0238】
(係数値と水ポテンシャルとの相関係数)
一定時間の測定時刻Xにおける遅延発光量Yのデータについて、下記の近似式を得、近似式中の係数と水ポテンシャルとの相関係数を算出した。
図9〜12は、測定時刻による、各種係数値と水ポテンシャルとの相関係数の絶対値を示すグラフである。グラフに示された値は鉢植えヤマザクラ以外の7つの植物データの平均値である。
【0239】
図9(a)に、測定時刻による、式(4)で表される指数関数中の係数aと水ポテンシャルとの相関係数の絶対値を示す。各植物種について、最も高い相関係数が得られる測定時刻とその相関係数を表7に示す。
Y=a・b
X ・・(4)
【0240】
【表7】
【0241】
図9(b)に、測定時刻による、式(4)で表される指数関数中の係数bと水ポテンシャルとの相関係数の絶対値を示す。各植物種について、最も高い相関係数が得られる測定時刻とその相関係数を表8に示す。
【0242】
【表8】
【0243】
図10に、測定時刻による、式(5)で表される指数関数中の係数λと水ポテンシャルとの相関係数の絶対値を示す。各植物種について、最も高い相関係数が得られる測定時刻とその相関係数を表9に示す。
Y=a・e
(−λ・X) ・・(5)
【0244】
【表9】
【0245】
図11(a)に、測定時刻による、式(6)で表される2次関数中の係数cと水ポテンシャルとの相関係数の絶対値を示す。各植物種について、最も高い相関係数が得られる測定時刻とその相関係数を表10に示す。
Y=c+d・X+e・X
2 ・・(6)
【0246】
【表10】
【0247】
図11(b)に、測定時刻による、式(6)で表される2次関数中の係数dと水ポテンシャルとの相関係数の絶対値を示す。各植物種について、最も高い相関係数が得られる測定時刻とその相関係数を表11に示す。
【0248】
【表11】
【0249】
図12に、測定時刻による、式(6)で表される2次関数中の係数eと水ポテンシャルとの相関係数の絶対値を示す。各植物種について、最も高い相関係数が得られる測定時刻とその相関係数を表12に示す。
【0250】
【表12】
【0251】
クスノキ、ヤブツバキ、ヤマボウシ、ヤマザクラ及びトマトの5種においては、上記演算方法のうち、減算型演算値が最も水ポテンシャル(急性ストレスを反映した活力指標)との相関が強く、活力診断の指標値として最も良好であった。ソメイヨシノは、第1の実施形態に係る診断方法である、時間領域A内の1点の時刻の遅延発光量データを指標値とする方法が、最も水ポテンシャルとの相関が高かった。よって、診断システムにおいて、例えば、上記5種の植物の診断においては、最適な指標値を減算型の演算値とし、ソメイヨシノでは遅延発光量データとすることによって、より精度の高い診断を行うことができる。
【0252】
実施例2:フィールドでの計測(ヤマザクラ)
フィールド(野外)に生育するヤマザクラ(Cerasus jamasakura var. jamasakura)の樹頂部の頂枝を採取し、傷つけないよう注意して計測場所まで運搬し、次のプロトコールに従って測定を行った。運搬された頂枝の枝成長量を測定し、その頂枝の葉の中で外見上代表的である葉2枚を選定し、その2枚を直ちに微弱発光を測定した。微弱発光の測定は、計測時間が300秒である点を除き、その他の条件は実施例1と同一の条件で行った。ここでいう頂枝成長量は、その年の春先から計測時にかけての当年の枝の伸長量のことで、対象植物の生育状態を表す指標であり、慢性ストレスを反映した活力指標でもある。102個体の樹木から採取した計204枚の葉の内、頂枝成長量が短い下位10%の群と頂枝成長量が長い上位10%の群について、その頂枝成長量と計測開始(励起光の照射終了直後)から0〜5秒の間の(累積)遅延発光量を
図4に示した。
【0253】
図4(a)は、上位10%の群と下位10%の群について、頂枝成長量と遅延発光量との関係を示すプロット図であり、
図4(b)は、頂枝成長量と補正遅延発光量(各遅延発光量を各クロロフィル量で除した値)との関係を示すプロット図である。クロロフィル量による補正なしでは、下位10%と上位10%に遅延発光量の違いはあまりないが、クロロフィル量による補正を行うことにより、下位10%の一部で上位10%に比べて遅延発光量が多くなった。
【0254】
実施例2において、励起光照射直後からの、頂枝成長量と遅延発光量との相関係数の経時的変化を
図5に示す。相関係数は励起光照射後30秒で最大の0.488となった。実施例2の結果から、励起光照射後数十秒後の遅延発光量は、より長期的な生育指標である頂枝成長量(慢性ストレスを反映した活力指標)と関連していると考えられる。
【0255】
実施例2の、上記と同じ102個体の樹木から採取した計204枚の葉の内、頂枝成長量が短い下位10%の群と頂枝成長量が長い上位10%の群について、その頂枝成長量と計測開始から30秒の遅延発光量を
図6に示した。
【0256】
図6(a)は、上位10%の群と下位10%の群について、頂枝成長量と遅延発光量との関係を示すプロット図であり、
図6(b)は、頂枝成長量と補正遅延発光量(各遅延発光量を各クロロフィル量で除した値)との関係を示すプロット図である。励起光照射後30秒の遅延発光量では、クロロフィル量による補正なしでも、頂枝成長量が長い群(上位10%)と頂枝成長量が短い群(下位10%)のプロットは分離されていた。慢性ストレスの評価においては、クロロフィル量による補正の効果は特に見られなかった。