(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6486246
(24)【登録日】2019年3月1日
(45)【発行日】2019年3月20日
(54)【発明の名称】凍結保存細胞からの生細胞の回収方法およびシステム
(51)【国際特許分類】
C12N 5/077 20100101AFI20190311BHJP
C12M 1/00 20060101ALN20190311BHJP
A61K 35/34 20150101ALN20190311BHJP
A61P 21/00 20060101ALN20190311BHJP
A61P 43/00 20060101ALN20190311BHJP
【FI】
C12N5/077
!C12M1/00 A
!A61K35/34
!A61P21/00
!A61P43/00 105
【請求項の数】4
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2015-168631(P2015-168631)
(22)【出願日】2015年8月28日
(62)【分割の表示】特願2014-62311(P2014-62311)の分割
【原出願日】2014年3月25日
(65)【公開番号】特開2015-231386(P2015-231386A)
(43)【公開日】2015年12月24日
【審査請求日】2017年3月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102842
【弁理士】
【氏名又は名称】葛和 清司
(72)【発明者】
【氏名】頼 紘一郎
(72)【発明者】
【氏名】竹内 涼平
【審査官】
鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−081829(JP,A)
【文献】
特表2001−518079(JP,A)
【文献】
特表平10−508314(JP,A)
【文献】
特許第5802298(JP,B2)
【文献】
後藤美津夫、他,鶏精液の凍結保存実用化に関する研究(第II報) −精液の凍結・保存方法の検討と授精試験−,群馬農業研究C畜産,1990年,第7号,P. 117-122
【文献】
岡崎哲司,ブタ精液の凍結及び融解法の開発による人工授精技術の高度化,農林水産技術研究ジャーナル,2011年 4月,Vol. 34, No. 4,<http://www.s.affrc.go.jp/docs/researcher_praise/pdf/h22_okazaki.pdf>、2014年11月6日検索
【文献】
富樫伶、他,ストロー内液層の長さが凍結融解後の媒液の浸透圧に及ぼす影響(予報),北海道牛受精卵移植研究会会報,2010年 8月,P. 24-27,<http://clover.rakuno.ac.jp/dspace/bitstream/10659/2795/1/S-2011-49_Koyama.pdf>、2014年11月6日検索
【文献】
桑山正成,ヒト卵子および胚のガラス化保存について,Journal of Reproduction Engineering,2002年,Vol. 5, Supplement,P. 226-230
【文献】
堂地修,牛凍結胚のダイレクト法による移植技術の現状,畜産診療,2007年 8月,Vol. 58, No. 8,P. 457-465
【文献】
Animal Science Journal,2009年,Vol. 80,P. 121-129
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00−5/28
C12N 1/00−1/38
C12M 1/00−3/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
DWPI(Derwent Innovation)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
凍結保存された骨格筋芽細胞を融解し、希釈液で希釈して得られる細胞懸濁液であって、希釈時の最大浸透圧負荷が、40〜250mOsm/秒となるように希釈すること、および融解後の全細胞数に対する融解後の生細胞数の割合が90%以上であることを特徴とし、増殖培養を経ずに用いるための前記細胞懸濁液。
【請求項2】
希釈時の最大浸透圧負荷が、50mOsm/秒以下となることを特徴とする、請求項1に記載の細胞懸濁液。
【請求項3】
凍結保存細胞が、1×105〜1×107個/mlの細胞密度に調製して凍結されたものである、請求項1または2に記載の細胞懸濁液。
【請求項4】
シート状骨格筋芽細胞培養物の製造方法であって、
凍結保存細胞を融解するステップ、
該凍結保存細胞を融解して得られた細胞懸濁液を希釈するステップ、および
該希釈した細胞懸濁液を増殖培養を経ずに用いてシート状細胞培養物を形成するステップ
を含み、前記希釈するステップにおいて、希釈時の最大浸透圧負荷が、40〜250mOsm/秒となるように希釈し、前記希釈するステップの後、細胞を実質的に増殖させることなくシート状細胞培養物を形成し得る密度で播種し、シート状細胞培養物を形成する、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凍結保存細胞を融解して回収する際に、生細胞を高効率で回収する方法、およびそのためのシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、損傷した組織等の修復のために、種々の細胞を移植する試みが行われている。例えば、狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患により損傷した心筋組織の修復のために、胎児心筋細胞、骨格筋芽細胞、ES細胞等の利用が試みられている。
【0003】
このような試みの一環として、スキャフォールドを利用して形成した細胞構造物や、細胞をシート状に形成したシート状細胞培養物が開発されてきた(例えば、特許文献1〜3参照)。
【0004】
シート状細胞培養物の治療への応用については、火傷などによる皮膚損傷に対する培養表皮シートの利用、角膜損傷に対する角膜上皮シート状細胞培養物の利用、食道ガン内視鏡的切除に対する口腔粘膜シート状細胞培養物の利用などの検討が進められている。
【0005】
このように、再生医療に基づく新たな治療方法の確立とともに、自家細胞を凍結させて保存し、人工組織やシート状細胞培養物などの三次元構造体を形成したり、直接細胞を移植したりする際に、かかる凍結保存細胞を融解して自家細胞を回収し、それを用いて治療を行う機会が近年増加してきている。
【0006】
細胞は、液体窒素内などで凍結することにより、半永久的に保存することが可能であるが、凍結する際に発生する潜熱や、細胞内に発生する氷晶などにより細胞がダメージを受けてしまい、凍結保存された細胞を回収する際には全てを生細胞として回収することはできない。通常は凍結保存細胞を融解後、必要な量の細胞を確保するために、融解後の細胞を培養して増殖させる必要がある。しかしながら長時間培養を行うことは手間であるため、かかる手間を削減するためになるべく多くの生細胞を回収することが望まれる。そのため、凍結・融解方法を工夫して細胞への物理的ダメージを減らし、生細胞数を多くする試みが為されるのが一般的である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2007−528755号公報
【特許文献2】特開2010−81829号公報
【特許文献3】特開2010−226991号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
シート状細胞培養物の製造においては、拒否反応の少なさ等の観点から自家細胞を用いることが好ましいが、自家細胞を用いてシート状細胞培養物を製造する場合、細胞の増殖や分化に時間を要するため、製造工程を律速してしまう。そこで、細胞を実質的に増殖させることなくシート状細胞培養物を形成し得る密度で細胞を播種することにより、シート状細胞培養物を形成する方法が提供された(例えば特許文献2など参照)。かかる方法により、従前より高い物理的強度を有するシート状細胞培養物を、従前より短時間で製造することが可能となった。
【0009】
この方法でシート状細胞培養物を形成する場合、通常よりも多くの細胞を必要とするため、多くの場合レシピエントから採取した細胞を増殖培養などで増やし、凍結保存させておいたものを用いる。一方、かかる方法を用いてシート状細胞培養物を調製する場合、必要十分な量の細胞を播種しないとシート状細胞培養物が形成されず、増殖培養となったり、細胞が分化したりしてしまう。例えばかかるシート状細胞培養物を移植手術に用いる場合、術式の直前にシート状細胞培養物を調製するが、必要十分な量の細胞が確保できない場合、シート状細胞培養物の調製が間に合わなくなってしまう。したがって通常は、多くの生細胞を回収するため、凍結保存細胞を凍結および/または融解する際に、細胞に物理化学的ダメージを極力与えない工夫がされる。
【0010】
したがって本発明の目的は、凍結保存細胞を融解して回収する際に、凍結保存細胞に与えられる物理化学的ダメージを従来よりも低減させることで、生細胞を高効率で回収する方法、およびそのためのシステムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
細胞を凍結させる際に、細胞が氷晶による物理的ダメージを受けないようにするために通常行われるのが、凍害保護剤の添加である。凍害保護剤として一般的に用いられているものの例としては、ジメチルスルホキシド(DMSO)が挙げられる。しかしながらDMSOは、37℃付近では細胞毒性を有することが知られており、凍結保存細胞を融解した時点で細胞毒性を発揮してしまうことから、例えば手早く希釈するなどにより、この細胞毒性を極力減らすようにするのが一般的である。
【0012】
本発明者らは、凍結細胞から高効率に生細胞を回収する方法を検討する中で、DMSOの細胞毒性を低減させるために、融解後の細胞懸濁液を素早く希釈すればするほど回収できる生細胞数が低下するという、従来認識されていたこととは異なる現象に直面した。この現象についてさらに研究するうち、素早く希釈すると急激な浸透圧変化により、細胞に大きなダメージが与えられてしまうこと、希釈の際に浸透圧負荷を抑えることにより、かかる細胞へのダメージを低減し、細胞の生存率を向上できることを見出し、さらに研究を続けた結果、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち本発明は以下に関する。
[1]凍結保存細胞を融解すること、および融解した細胞懸濁液を希釈液で希釈することを含む凍結保存細胞からの生細胞の回収方法であって、希釈時の最大浸透圧負荷が、250mOsm/秒以下となるように希釈することを特徴とする、前記方法。
[2]希釈時の最大浸透圧負荷が、50mOsm/秒以下となるように希釈液を添加することを特徴とする、[1]の方法。
[3]希釈時の最大浸透圧負荷が、40mOsm/秒〜50mOsm/秒となるように希釈液を添加することを特徴とする、[1]または[2]の方法。
[4]細胞が、骨格筋芽細胞である、[1]〜[3]の方法。
[5]希釈液が、融解した細胞懸濁液を別の容器に移した後の凍結保存容器をリンスしたリンス液を含む、[1]〜[4]の方法。
[6](i)希釈液を注入する動作部、および
(ii)動作部の希釈液注入速度を決定し、制御する演算制御部
を含む、凍結保存細胞融解システム。
[7]さらに
(iii)液体の浸透圧を測定する測定部
を含む、[6]のシステム。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、浸透圧負荷を制御することにより、従来注目されていなかった急激な浸透圧変化によって死に至る細胞数を減少させ、それにより回収可能な生細胞数を向上させるものである。本発明により、凍結、融解を経ても高いバイアビリティを保ったまま細胞を回収できるため、とくに融解後に増殖培養を経ずに使用する場合であっても、十分な生細胞数を確保することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、凍結保存細胞から、高効率で生細胞を回収するための方法およびシステムに関する。
以下、本発明の好適な実施態様に基づき、本発明を説明する。
(1)生細胞の回収方法
本発明は、1つの側面において、凍結保存細胞を融解すること、および融解した細胞懸濁液を希釈液で希釈することを含む凍結保存細胞からの生細胞の回収方法であって、希釈時の浸透圧変化を十分緩慢にすることを特徴とする、前記方法に関する。
【0016】
本発明において、「凍結保存細胞」とは、通常は凍結保存された細胞そのものを意味するが、凍結保存された細胞の1つの凍結保存単位を意味することもある。この場合、凍結保存単位とは、例えば1つのチューブなど、1群として一緒に凍結保存される細胞群を意味する。したがってこの場合、「凍結保存細胞」を融解した場合、凍結されていた「細胞懸濁液」が得られることとなる。
【0017】
本発明において、「希釈時の浸透圧負荷」とは、希釈液を加えたことによって変化する浸透圧の単位時間当たりの変化率を意味する。浸透圧負荷は、希釈液の添加速度(単位時間当たりの添加量)や、希釈液と希釈対象の液(例えば融解した細胞懸濁液など)との浸透圧の差などの因子により変化する。「最大浸透圧負荷」とは、希釈開始から希釈終了までの間に、希釈液の添加により変化する浸透圧負荷のうち、最大の数値を意味する。
【0018】
本発明の方法は、凍結保存細胞を融解して得られた細胞懸濁液を希釈し、その希釈時の浸透圧変化を十分緩慢にすることを特徴とするものである。通常凍結保存細胞を融解して生細胞を回収する際、融解した細胞懸濁液中にある細胞毒性成分の影響を低減させるためなどの目的で、融解した細胞懸濁液に培養培地などを加えて希釈する。本発明者らは、かかる希釈の工程において急激に希釈すると、懸濁液の浸透圧の急激な変化により細胞に与えられるダメージにより、生細胞の生存率が低下してしまうことを見出した。
【0019】
希釈時の浸透圧変化が十分緩慢であれば、細胞に与えられるダメージが低減され、生細胞の回収量が増大する。浸透圧変化を緩慢にする方法は、例えば希釈液を添加する速度を遅くする、細胞懸濁液と浸透圧差の少ない希釈液を用いるなど、当該技術分野において知られたあらゆる方法を用いてよいが、例えば細胞毒性を有する希釈液を用いないなど、浸透圧負荷以外のダメージを与えないことが好ましい。
【0020】
本発明において用い得る希釈液は特に限定されないが、細胞に物理化学的ダメージを与えないものが好ましい。希釈液の例としては、これに限定するものではないが、例えばDMEM培地などの液体培地、ハンクス平衡塩溶液、PBSなどの緩衝液、生理食塩水などの等張液、蒸留水などが挙げられる。また、これらにさらにアルブミンなど他の成分が添加されていてもよい。
本明細書においては、単位Osmは浸透圧の単位として用いており、1Osmは1mol/Lの理想溶液の有する浸透圧と等価な浸透圧を意味するものである。また、希釈時の浸透圧負荷は、室温条件下における1秒あたりの浸透圧の変化(単位:Osm/秒)として表しているが、浸透圧変化の大きさを表現できる単位であればどんな単位を用いてもよく、これに限定するものではないが、例えば希釈液の添加速度、体積または重量の増加速度などが挙げられる。
【0021】
浸透圧負荷は、浸透圧変化をリアルタイムで計測してもよいし、ある2つの時点での浸透圧を求め、その間の単位時間当たりの平均変化として求めてもよい。ある時間幅において一定の速度で希釈液を添加している場合、同一の希釈液を添加している限りにおいては、一般的に、希釈液添加開始時点での浸透圧負荷がその時間幅における浸透圧負荷の最大値となり、希釈液の添加量が増大するにつれて浸透圧負荷は減少していくと考えられる。したがって、ある態様において、一定の速度で同一の希釈液を添加している場合、希釈液添加開始時の浸透圧およびその単位時間後(例えば本発明の上記例においては1秒後)の浸透圧を求め、両時点での浸透圧の差分をその希釈における最大浸透圧負荷とみなす。
【0022】
以下本実施態様の方法について、工程ごとに説明する。
<凍結保存細胞の融解>
本工程において、凍結保存細胞を融解する際の条件としては、当該技術分野において知られたいかなる条件を用いてもよい。一般に、緩慢に融解すると氷晶などにより細胞への物理的ダメージが起こりやすくなるため、通常は例えば約37℃に設定したウォーターバスなどを用いて一気に温めて融解する。本工程においては、当該技術分野において生細胞の回収量を向上させるとして知られた任意の方法を用いることができる。
【0023】
本方法に用いることができる細胞は、凍結保存することができる細胞であればとくに限定されず、当該技術分野において知られたあらゆる細胞を用いることができる。好ましくは胚性幹細胞、神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞などの体性幹細胞、線維芽細胞、骨格筋芽細胞、骨芽細胞などの芽細胞など、再生医療に用いられる細胞が好ましく、中でも自家細胞として採取、増殖が可能な体性幹細胞、芽細胞などが好ましく、有用性や取扱いの簡便さなどの観点から、骨格筋芽細胞が最も好ましい。細胞は、対数増殖期の細胞を用いるのが、生細胞回収量の観点から好ましい。
【0024】
凍結保存細胞の量は、凍結保存する容器の用量に応じて変化し得るが、通常凍結保存用の細胞懸濁液は1×10
5〜5×10
7個/ml程度の細胞密度に調整し、凍結細胞用容器に分注したものを用いる。理想的には凍結保存した全ての細胞が生細胞として回収されるため、凍結保存前の細胞懸濁液中の細胞数が回収される生細胞数を計算する際の母数となり得る。
【0025】
凍結保存液としては、当該技術分野において細胞の凍結保存に用いられることが知られた任意のものを用いることができ、多くのメーカーから販売されている。また、通常の細胞培養培地を用いてもよく、培地にジメチルスルホキシド(DMSO)やグリセロールなどの凍害保護剤を、通常は1〜20%程度、好ましくは5〜10%程度添加したものを用いてもよい。さらに、培地に代えて100%血清を用いてもよい。
凍結細胞用容器は、当該技術分野において通常使用されている任意のものを用いてよく、例えば市販のクライオバイアル、アンプル、凍結保存バッグ等が用いられる。
【0026】
<細胞懸濁液の希釈>
上述のとおり、融解により得られた細胞懸濁液は細胞毒性成分(例えばDMSOなど)を含み得るため、希釈することで該細胞毒性成分の影響を低減することができる。本発明の方法は、この希釈の際に浸透圧変化を十分緩慢にする、すなわち浸透圧負荷を十分小さくすることにより、融解細胞の生存率を増大させることに特徴を有するものである。
本発明の方法において、「十分緩慢な浸透圧変化」の閾値は、用いる細胞、融解の条件、温度などにより変化し得る。例えば通常の凍結保存液(例えば10%程度のDMSOを含有するDMEM培地など)および通常の希釈液(例えば市販のDMEM培地など)を用いる場合、ある態様において最大浸透圧負荷は約250mOsm/秒以下であり、約220mOsm/秒であることが好ましい。より好ましくは約100mOsm/秒以下であり、さらに好ましくは約50mOsm/秒以下である。
【0027】
また、希釈に時間をかけすぎると、例えば細胞懸濁液中の細胞毒性成分の影響で、浸透圧負荷以外の理由によるダメージが細胞に与えられてしまう場合があるため、この観点からは速やかに希釈されることが好ましい。本発明の方法においては、最大浸透圧負荷の下限値は特に設定されなくてもよいが、通常の凍結保存液(例えば10%程度のDMSOを含有するDMEM培地など)および通常の希釈液(例えば市販のDMEM培地など)を用いる場合であれば、約2mOsm/秒以上が好ましく、約20mOsm/秒以上がより好ましく、約40mOsm/秒以上がさらに好ましい。
【0028】
したがって本発明の方法の好ましい一態様において、最大浸透圧負荷は、2mOsm/秒〜250mOsm/秒であり、より好ましくは2mOsm/秒〜220mOsm/秒であり、さらに好ましくは20mOsm/秒〜100mOsm/秒であり、回収可能な生細胞量の観点から、最も好ましくは40mOsm/秒〜50mOsm/秒である。
【0029】
本工程においては、希釈は、融解した細胞懸濁液を凍結保存容器に入れたまま行ってもよいし、別の容器に移して行ってもよい。別の容器に移して行う場合、融解細胞の生存率を上げるため、細胞懸濁液を移した後の凍結保存容器を希釈液でリンスし、このリンス液を細胞懸濁液に添加する。かかるリンス液の添加もまた本発明の希釈に該当する。したがって本発明の一態様において、希釈液は融解した細胞懸濁液を別の容器に移した後の凍結保存容器をリンスしたリンス液を含む。
【0030】
上述のとおり、本発明の方法において、融解した細胞懸濁液に最初に添加される希釈液が最大浸透圧負荷に最も影響しやすい。したがって、本発明の一態様において、最大浸透圧負荷は、希釈開始から3倍に希釈されるまでの間の最大浸透圧負荷であり、別の一態様においては、2倍に希釈されるまでの間の最大浸透圧負荷である。
【0031】
本発明の好ましい一態様において、希釈は浸透圧を計測して最大浸透圧負荷を調節しながら行われる。浸透圧の計測は常時継続的に行われてもよいし、例えば1秒ごと、10秒ごと、30秒ごと、1分ごとなど、特定の時間間隔で行われてもよい。浸透圧の計測方法は、当該技術分野において知られたあらゆる方法を用いることができ、これに限定するものではないが、例えばオスモメーターなどを用いて計測することができる。
【0032】
(2)凍結保存細胞融解システム
本発明は、1つの側面において、凍結保存細胞を融解し、生細胞を高効率で回収するためのシステムに関する。本態様のシステムは、(i)希釈液を注入する動作部、および(ii)動作部の希釈液注入速度を決定し、制御する演算制御部を具備している。
【0033】
希釈液を注入する動作部は、液を注入することができる形状であればいかなる形状であってもよいが、好ましくは液を滴下により添加できる形状である。動作部は、演算制御部からの信号にしたがって、希釈液の添加速度を調節することができる。
演算制御部は、動作部から注入される希釈液の注入速度を決定し、制御するものである。注入速度の決定は、あらかじめ入力された数値を用いてもよいし、その瞬間の細胞懸濁液の浸透圧などから算出してもよい。あらかじめ入力された数値を用いる場合は、これに限定するものではないが、例えば最初の細胞懸濁液の液量および浸透圧を入力し、添加した希釈液の量、浸透圧および温度などから現在の浸透圧や添加速度を決定する、希釈液の添加速度の変化をあらかじめプログラムしておくなどが挙げられる。
【0034】
その瞬間の細胞懸濁液の浸透圧から希釈液の添加速度を算出する場合、本発明のシステムはさらに液体の浸透圧を測定する測定部を具備してもよい。測定部を具備する場合、演算制御部は測定部からの入力情報に基づいて添加速度を決定することができる。
本発明のシステムは凍結保存細胞を融解し、生細胞を回収するためのシステムであり、上記動作部、演算制御部および測定部以外の、凍結保存細胞を融解するための任意の設備をさらに具備していてよい。凍結保存細胞を融解し、生細胞を回収するための設備は当該技術分野において公知であり、当業者であればいかなる設備を具備するかただちに理解できる。かかる設備の例としては、これに限定するものではないが、例えば凍結保存細胞を融解したり、システム内を一定の温度に保ったりするための温度調節部、凍結保存容器から細胞懸濁液を移し替えるためのピペット部、細胞懸濁液を遠心分離するためのスピン部、生細胞数を計数するセルカウント部などが挙げられる。
【0035】
以下に本発明の具体的な態様を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの具体例に限定されるものではない。
【実施例】
【0036】
例1.希釈液の添加速度と細胞生存率の相関
凍結保存細胞の融解および生細胞の回収は次の通りに行った。凍結保存したクライオチューブを37℃に設定したウォーターバスに3〜4分間入れ、凍結保存細胞を融解した。融解した細胞懸濁液を、1.8mLクライオチューブから225mLコニカルチューブに移した。またクライオチューブに残存した細胞も回収するために、1mLの洗浄液(HBSSにアルブミンを加えたもの)でクライオチューブをリンスし、それを、添加速度を変えて前記細胞懸濁液に加えた。さらに前記リンス液と同様に添加速度を変えて、コニカルチューブに洗浄液を30mL加え、4℃、240×gで7分間遠心した後上清を廃棄した。再び洗浄液を30mL加えて4℃、240×gで7分間遠心した後上清を廃棄し、洗浄液を5mL加えて細胞懸濁液を得た。
得られた細胞懸濁液の一部を抜き取り、トリパンブルーに混合した後セルカウントを実施し、セルカウント結果から融解後の生存細胞数を算出し、下記の式にて細胞生存率を算出した。
細胞生存率(%)=融解後の生細胞数/融解後の全細胞数×100
【0037】
リンス液の添加速度は、それぞれ1.2mL/分、4.0mL/分、15.0mL/分および360mL/分以上とし、洗浄液の添加速度は滴下条件ではリンス液の添加速度の4倍、非滴下条件ではリンス液の2倍とした。
最大浸透圧負荷は以下の計算式にしたがって算出した。なお細胞懸濁液の初期浸透圧値としては1400mOsmを、希釈液の浸透圧値として300mOsmを用いた。
【数1】
結果を下表に示す。なお表中、希釈開始時容量は、希釈を開始する際の細胞懸濁液の量を表す。
【0038】
【表1】
【0039】
滴下1〜4の4パターンでは、細胞生存率の平均値はいずれの場合も90%を超えたのに対し、滴下しなかった場合は87%程度にとどまった。また滴下して希釈したものでも、細胞懸濁液の量を減らした条件(滴下5)では、最大浸透圧負荷が約610mOsm/秒となり、この場合は細胞生存率の平均値は83%程度となった。また、滴下した中でも最大浸透圧負荷が約44mOsm/秒となった滴下3の場合が最も細胞生存率が高くなった。