【文献】
Isao Matsui, et al,Strategy for Electrodeposition of Highly Ductile Bulk Nanocrystalline Metals with a Face-Centered Cubic Structure ,Materials Transactions,日本,公益社団法人 日本金属学会,2014年,Vol.55,No.12,p.1859-1866
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
[発明の実施形態の説明]
最初に、本発明の実施形態の内容を列記して説明する。
本発明の一実施形態に係るニッケルタングステン合金は、ニッケルおよびタングステンを含み、タングステンの含有量は、2.0原子%を超えて10.0原子%以下であり、XRDスペクトルにおいて、(200)面の配向度N
200は、N
200>1.0である。なお、本実施形態に係るニッケルタングステン合金は、特に、電解析出法(めっき法)で形成される結晶粒径が100nm以下の合金を対象としている。
【0012】
ニッケルタングステン合金では、ニッケル金属と比較して、耐熱性や耐食性が向上すると期待される。しかし、実際には、タングステンの含有量が多くなると、合金はもろくなり、延性に劣る。タングステンの含有量が少ない合金では、ある程度の延性が確保できるものの、耐熱性や耐食性が不十分となる。
【0013】
ニッケルタングステン合金において、XRDスペクトルにおける(200)面の配向度が高くなると、延性が高くなる傾向がある。しかし、従来のニッケルタングステン合金では、タングステン含有量が2原子%を超えると、(111)面や(220)面の配向度が高くなり、(200)面の配向度を向上することは困難であった。そのため、従来、ニッケルタングステン合金において、タングステン含有量が2原子%を超える場合には、高い延性を確保できなかった。
【0014】
本実施形態では、タングステン含有量が、2.0原子%を超えて10.0原子%以下と高いものの、(200)面の配向度N
200を、N
200>1.0と高くすることができる。よって、ニッケルタングステン合金の延性を向上でき、合金の脆化を抑制することができる。また、タングステン含有量が多いため、合金の高い耐熱性を確保できるとともに、耐食性を高めることもできる。
【0015】
なお、ニッケルタングステン合金の配向度N
200には、合金の製造方法が大きく影響するものと考えられる。例えば、めっき法(電析法)で合金を形成する場合には、めっき浴の添加剤および/または温度などがN
200に影響すると考えられる。例えば、めっき浴の添加剤として、グルコン酸ナトリウムなどの錯化剤を所定量使用することで、ニッケルタングステン合金における配向度N
200を高めることができる。これは、副反応が抑制されて、水素などの副生物の生成が抑制されることによるものと考えられる。副生物の生成が抑制されると、電析により生成するニッケルタングステン合金の結晶粒が整列し易くなり、配向度N
200を高めることができる。また、合金への水素などの副生物の混入が抑制されるため、合金の脆化を抑制することができる。副反応が抑制されることで、電析の電流効率を高めることもできる。ただし、めっき浴の添加剤は、上記のものに限定されない。
【0016】
配向度N
200は、合金の粉末XRDスペクトルで測定される(200)面の相対的なピーク強度I
r1の、XRDスペクトルのデータベースから求められるNiの(200)面の相対的なピーク強度I
r0に対する比として求められる。具体的には、まず、データベースのNiのXRDスペクトルデータから、(111)面のピーク強度i
111を100としたときの、(200)面のピーク強度i
200および(220)面のピーク強度i
220をそれぞれ求める。そして、i
200を、i
111、i
200およびi
220の合計で除することにより、Niの(200)面の相対的なピーク強度I
r0を求める。次いで、合金の粉末XRDスペクトルにおいて、(111)面のピーク強度I
111を100としたときの、(200)面のピーク強度I
200および(220)面のピーク強度I
220をそれぞれ求める。I
200を、I
111、I
200およびI
220の合計で除することにより、合金の(200)面の相対的なピーク強度I
r1を求める。そして、ピーク強度I
r1をピーク強度I
r0で除することにより、配向度N
200が求められる。
【0017】
なお、XRDスペクトルのデータベースとしては、例えば、国際回析データセンター(ICDD(登録商標):International Centre for Diffraction Data(登録商標))のデータベースが使用できる。ICDD(登録商標)のNiのXRDスペクトルは、JCPDSカード4−0850である。
【0018】
合金の厚みが小さいと延性が発現しないため、高い延性を確保するためには、合金がある程度の厚みを有する必要がある。本実施形態では、合金の厚みを大きく、例えば、100μm以上とすることができ、高い延性を確保することができる。
【0019】
なお、合金の厚みとは、合金で形成された金属構造体(例えば、被膜やバルク体など)の厚みをいい、平均厚みであってもよい。また、金属構造体がくびれた部分を有するなど、厚みにばらつきがある場合には、最小厚み(くびれた部分の最小厚みなど)としてもよい。めっきにより形成される合金の厚みは、電析の方向(合金の堆積方向)に沿った長さである。
【0020】
配向度N
200は、1.0<N
200であればよいが、1.3≦N
200≦5.0、または1.5≦N
200≦3.0であることが好ましい。配向度N
200がこのような範囲である場合、合金の延性をさらに高めることができる。
【0021】
ニッケルタングステン合金において、タングステンの含有量は、2.0原子%を超えていればよく、2.3原子%以上または2.5原子%以上であることが好ましく、2.8原子%以上または3.0原子%以上であることがさらに好ましい。タングステンの含有量は、10.0原子%以下であり、8.0原子%以下または6.0原子%以下であってもよい。これらの下限値と上限値とは任意に組み合わせることができる。合金におけるタングステンの含有量は、例えば、2.3原子%〜10.0原子%、2.3原子%〜8.0原子%、または2.3原子%〜6.0原子%であってもよい。
タングステンの含有量がこのような範囲であることで、アモルファス相の形成が抑制されて、高い延性をさらに確保し易くなる。
【0022】
ニッケルタングステン合金は、室温(25℃)で引張試験を行ったときの伸び率が7%以上であることが好ましく、10%以上または12%以上であることがさらに好ましい。配向度N
200が、N
200>1.0であることで、高い延性が得られるため、タングステンの含有量が高いにも拘わらず、合金はこのような高い伸び率を示す。
【0023】
なお、合金の伸び率は、
図2に示す試験片Sを用いて、引張試験を行った際の伸び率である。試験片Sは、長さL
1(=44mm)、幅W(=10mm)、厚み(=100μm以上)の板状試験片である。試験片Sは、両端に形成されたつかみ部11と、長さ方向の中央部に形成され、かつ、つかみ部11よりも幅が小さくなった平行部12とを有する。平行部12とつかみ部11との間には、平行部12の端部からつかみ部11に向かって徐々に幅が拡大する肩部13が形成されている。試験片Sの端部に形成された、幅がWの部分の長さL
2は10mmである。平行部12には、試験片Sの長さ方向における中心を挟んで対称な位置に2つの標点14が記されている。2つの標点14間には、試験片Sの長さ方向と平行なけがき線15が記されている。2つの標点14間の距離Dは、12mmである。また、肩部13の半径Rは、7.5mmである。
【0024】
引張試験は、JIS Z 2241に準拠して行うことができる。具体的には、試験片Sの一方のつかみ部11を、引張試験機(例えば、インストロン社製の万能試験機)に固定し、他方のつかみ部11を引っ張ることにより行うことができる。このとき、一定のひずみ速度で試験片Sを引っ張ってもよい。弾性領域において最大伸びを示した時点のけがき線15の長さを測定し、引張試験前のけがき線15の長さを100%としたときの最大伸びの比率(%)を、合金の伸び率とする。引張試験機で試験片を引っ張る際のひずみ速度は、一般的な引張試験のひずみ速度(例えば、10
−5s
−1〜10
−4s
−1)であれば、伸び率はひずみ速度にはほとんど依存しない。なお、ひずみ速度とは、試験片を引っ張る際の引張速度(mm/min)を、平行部12の初期長さ(mm)で除したものである。
【0025】
上記のニッケルタングステン合金は、三次元的な構造を有する金属構造体(またはバルク体)として利用するのに適している。また、ニッケルタングステン合金は、延性が高く、脆化が抑制されることに加え、耐熱性も高いため、このような特性が求められるコンタクトプローブとして用いるのに特に適している。コンタクトプローブに上記のニッケルタングステン合金を用いることで、高温環境下でも、機械物性の低下や変形を抑制することができる。また、変形による位置精度の低下や押し付け荷重の不安定化を抑制することができる。
【0026】
[発明の実施形態の詳細]
本発明の実施形態に係るニッケルタングステン合金の具体例を、適宜図面を参照しつつ以下に説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、添付の特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【0027】
(ニッケルタングステン合金)
ニッケルタングステン合金において、タングステン(W)は、ニッケル(Ni)との固溶体として存在することが好ましい。この場合、合金の結晶粒の粒径が小さくなり易く、高い延性を確保し易くなる。
【0028】
合金は、NiおよびW以外の元素(第3元素)を含んでいてもよい。このような第3元素としては、水素、炭素、窒素、酸素などの典型非金属元素、NiおよびW以外の金属元素が挙げられる。合金は、第3元素を一種含んでいてもよく、二種以上含んでいてもよい。第3元素としての金属元素(第3金属元素とも言う)としては、特に制限されないが、例えば、クロム、モリブデンなどの周期表第6族元素(ただし、Wを除く)などが挙げられる。合金中の第3元素の含有量は、例えば、0.1原子%以下である。合金が炭素を含む場合、高い強度が得られ易い。高い強度および高い延性の双方を確保する観点からは、合金中の炭素の含有量は、例えば、0.1原子%以下であり、0.04原子%以下とすることが好ましい。
【0029】
ニッケルタングステン合金は、ナノサイズの結晶粒(Crystal grain)を含み、ナノ結晶合金とも呼ぶことができる。合金の結晶粒の粒径は、例えば、10nm〜100nmであり、10nm〜50nmであることが好ましく、10nm〜30nmであることがさらに好ましい。結晶粒がこのような粒径を有することで、合金の高い延性を確保しながらも、高い強度を確保し易くなる。
なお、結晶粒の粒径とは、合金のXRDパターンの(111)面のピークのピーク幅から、シェラーの式を用いて求められる粒径である。
【0030】
ニッケルタングステン合金は、めっき処理の副反応により生成した水素を含むことがある。ただし、本実施形態では、副反応が大きく抑制されるため、合金中の水素の含有量を大幅に低減することができる。合金中の水素の含有量は、例えば、0.03原子%以下であり、0.02原子%以下であることが好ましい。
合金中の水素の含有量は、例えば、不活性ガス溶融−熱伝導度法により求めることができる。合金を溶融させる際の不活性ガス(キャリアガス)としては、アルゴンや窒素が使用される。
【0031】
(金属構造体)
本実施形態に係る合金は、耐熱性や耐食性に優れるとともに、高い延性を有するため、三次元的な構造を有する金属構造体(またはバルク体)として利用するのに適している。バネ性を有する微細金属構造体として用いることもできる。なお、バネ性とは、ある材料に力を加えると変形し、その力を取り除くと変形することなく、元の同じ形状に復元する性質である。バネ性は、材料が有する弾性により発揮される。
【0032】
バネ性を有する微細金属構造体(以下、単に金属構造体と称する)としては、特に限定されない。例えば、コンタクトプローブ、スプリングコネクタやリングコネクタなどのコネクタ、マイクロアクチュエータ、微細な歯車やタービンブレードなどが挙げられる。
【0033】
図1aおよび
図1bは、それぞれ別の実施形態に係るコンタクトプローブを模式的に示す斜視図である。コンタクトプローブ10は、支持部1と、支持部1から延びるバネ部2と、バネ部2の支持部1とは反対側に形成された先端部3とを備える。コンタクトプローブ10のバネ性は、主にバネ部2により与えられ、バネ部2の弾性によって発揮される。コンタクトプローブ10の最大長さはL
maxで示され、最小長さはL
minで示される。コンタクトプローブ10の最小長さL
minは、コンタクトプローブ10の厚みに相当する。
【0034】
コンタクトプローブなどの金属構造体は、上記のニッケルタングステン合金を含んでいればよく、全体が合金で形成されていてもよく、合金を一部に含んでいてもよい。特に、金属構造体のバネ性を与える部分(例えば、コンタクトプローブ10のバネ部2)を、合金で形成することが好ましい。金属構造体は、導電性を高めるために、金属構造体の少なくとも一部を覆うコート層を備えていてもよい。
【0035】
金属構造体の形状は特に限定されず、用途に応じて適宜設定することができる。例えば、コンタクトプローブの場合、その形状は、
図1aに示すような垂直型であってもよく、
図1bに示すようなカンチレバー型であってもよい。コンタクトプローブ10は、支持部1、バネ部2および先端部3が一体成型されてもよいし、各部材を成型した後、溶接等により接合してもよい。コネクタの場合、その形状は、例えば、リング状や渦巻き状である。
【0036】
金属構造体の大きさは、特に限定されず、用途に応じて適宜設定できる。コンタクトプローブでは、最大長さL
maxは、例えば、100μm〜10mmであり、最小長さL
minは、例えば、100μm〜200μmである。
【0037】
(合金の製造方法)
本実施形態に係るニッケルタングステン合金の製造方法は、タングステン含有量および配向度N
200が上記の範囲である合金を得ることができる限り、特に制限されないが、例えば、電析法により得ることができる。より具体的には、合金の製造方法は、基材の表面にめっき浴中で合金を電析させる工程を含む。電鋳(Electroforming)の場合には、合金の製造方法は、基材となる母型を準備する準備工程と、母型に金属を電析(または電着)させる電鋳工程と、母型と電着層(めっき物)とを剥離する剥離工程と、を含むことができる。製造方法は、さらに合金を熱処理する工程を含んでもよい。なお、電鋳とは、電気めっき技術の一種であり、電気分解した金属イオンを母型(マスター)の表面へ電着させ、その後、電着層を剥離することにより、母型に忠実に従った金属製品を製造する方法である。
【0038】
(電析工程(または電着工程))
電析工程では、基材(または母型)をめっき浴中に浸漬し、電流を印加することにより、基材の表面にニッケルタングステン合金を電析させる。
合金中のタングステン含有量が高いにも拘わらず、配向度N
200を高めるには、電析に使用されるめっき浴(電析浴)の組成および/または電析条件が重要である。中でも、めっき浴に添加される添加剤の種類および量、電析の温度、浴流などが、合金の配向度に大きく影響する。例えば、浴流は、基材の主面に対して、平行となるよりも、ある程度の角度(例えば、60°〜90°)で当たるようにすると、配向度N
200を高め易くなる。特に、基材の主面に対して、垂直またはそれに近い角度(例えば、80°〜90°)で浴流が当たるようにすることが好ましい。
【0039】
電析(または電着)に使用されるめっき浴としては、スルファミン酸浴が好ましい。スルファミン酸浴を用いて得られる合金は内部応力が小さく剥離し易いため、電鋳用途に適している。スルファミン酸浴は、スルファミン酸ニッケルなどのニッケル源を含むが、このほか、タングステン源、添加剤などを含む。
【0040】
ニッケル源としては、スルファミン酸ニッケル、塩化ニッケル、金属ニッケルなどが例示される。スルファミン酸浴では、ニッケル源は、少なくともスルファミン酸ニッケルを含む。
めっき浴におけるスルファミン酸ニッケルの濃度は、50〜700g/Lであることが好ましく、100〜500g/Lであることがより好ましい。スルファミン酸ニッケルの濃度がこの範囲であれば、厚みが大きな合金が得られ易く、ある程度大きな析出速度を確保しながらも、水酸化ニッケルなどの副生物の沈殿を抑制することができる。
【0041】
タングステン源としては、例えば、タングステン酸ナトリウム、タングステン酸カリウムなどのタングステン酸塩が挙げられる。ニッケル源およびタングステン源は、それぞれ一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0042】
めっき浴におけるタングステン源の濃度は、例えば、10g/L〜60g/Lであり、10g/L〜55g/Lであることが好ましく、12g/L〜50g/Lであることがより好ましい。タングステン源の濃度がこの範囲であれば、合金におけるタングステンの含有量を上述の範囲に調節し易い。
【0043】
添加剤としては、錯化剤(キレート剤)、光沢剤、pH緩衝剤、ピット防止剤(界面活性剤)、応力調整剤、硬度上昇剤などが挙げられる。添加剤は、一種を単独でまたは二種以上を組み合わせて使用できる。
【0044】
錯化剤は、めっき浴中の金属イオンと錯体を形成し、安定化させる。錯化剤としては、プロピオン酸、クエン酸、グルコン酸、エチレンジアミン四酢酸などのカルボン酸またはその塩が例示される。錯化剤は、一種を単独で使用してもよく、二種以上を組み合わせて使用してもよい。錯化剤の中でも、モノカルボン酸またはその塩が好ましい。
【0045】
モノカルボン酸としては、グルコン酸、プロピオン酸が挙げられる。モノカルボン酸の塩としては、無機塩、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩などが挙げられる。中でも、錯化剤として、グルコン酸ナトリウムを用いることが好ましい。グルコン酸ナトリウムを用いることで、合金中のタングステン含有量を高く維持しながらも、(200)面の配向度N
200を大きくすることができる。
【0046】
めっき浴中のグルコン酸ナトリウムなどの錯化剤の濃度は、10g/L〜60g/Lであることが好ましく、10g/L〜55g/Lまたは10g/L〜50g/Lであることがさらに好ましい。錯化剤の濃度がこのような範囲であることで、合金中のタングステン含有量を高く維持しながらも、(200)面の配向度N
200を高めることができる。
【0047】
錯化剤のタングステン源に対するモル比(=錯化剤/タングステン源)は、例えば、0.2〜2.0であり、配向度N
200を高め易い観点からは、0.3〜1.7であることが好ましく、0.5〜1.5であることがさらに好ましい。
【0048】
光沢剤は、電着層の表面を平滑化する。光沢剤としては、有機物が使用される。有機物としては、サッカリン、サッカリンナトリウム、ナフタレンジスルホン酸ナトリウム、アリルスルホン酸ナトリウム、ブチンジオールなどが挙げられる。光沢剤は、一種を単独でまたは二種以上を組み合わせて使用できる。
【0049】
pH緩衝剤は、金属イオンの沈殿を防止するものであり、スルファミン酸浴に利用されるものが特に制限なく使用できる。pH緩衝剤としては、例えば、ホウ酸、酢酸、および/またはクエン酸などが挙げられる。界面活性剤、応力調整剤、硬度上昇剤としては、それぞれ、スルファミン酸浴に利用されるものが特に制限なく使用できる。界面活性剤としては、ドデシル硫酸ナトリウム、および/またはポリオキシエチレンアルキルエーテルなどが例示される。pH緩衝剤、界面活性剤、応力調整剤、硬度上昇剤などの量については、適宜決定できる。
【0050】
スルファミン酸浴のpHは、3.5〜5であることが好ましく、3.5〜4.5であることがより好ましい。pHがこのような範囲である場合、ある程度高い電流効率を確保しながらも、水酸化ニッケルなどの副生物の沈殿を抑制できる。pHの調整は、硫酸、水酸化ナトリウム等の添加により行ってもよい。
【0051】
めっき浴は、陰極と、陽極とを備えている。
陰極としては、導電性基板が使用される。導電性基板としては、例えば、銅、ニッケル、ステンレス鋼などを含む金属製基板、または、チタン、クロムなどの金属材料をスパッタリングしたシリコン基板などが挙げられる。
【0052】
陽極としては、金属板および/または金属棒などが利用される。金属板や金属棒を構成する金属としては、ニッケル、タングステンなどが挙げられる。例えば、ニッケルを含む金属板や金属棒と、タングステンを含む金属板や金属棒とを、組み合わせて用いてもよい。
【0053】
ある程度高い電析速度を確保しながらも、均一な合金が得られ易い観点から、めっき処理を行う際の陰極電流密度は、例えば、0.1A/dm
2〜20A/dm
2であり、1A/dm
2〜15A/dm
2であってもよい。めっき浴の温度は、例えば、30℃〜60℃であり、40℃〜60℃であってもよい。めっき浴の温度がこのような範囲である場合、ある程度高い電析速度を確保しながらも、めっき浴の組成を安定化し易くなる。N
200を高める観点からは、特に、45℃〜50℃とすることが好ましい。
めっき処理を行う時間は、所望の電着層の厚みが得られるように、適宜設定すればよい。
【0054】
(母型の準備工程)
電鋳用途では、電析工程(または電鋳工程)に先立って、基材となる母型を準備する。母型は、所望の形状を有する合金(金属構造体)と同一の形状の凹部を備える型であり、この凹部にニッケルタングステン合金が堆積(電着)する。母型の材質は特に限定されず、金属製であってもよいし、樹脂製であってもよい。中でも、後の剥離工程において電着層との剥離が容易である点で、樹脂製であることが好ましい。樹脂製の母型を使用する場合、母型に対して導電処理を行う。導電処理は、母型の表面に、酸化インジウムスズ(ITO:Indium Tin Oxide)などの導電膜を形成することにより行ってもよく、導電性基板に母型を貼り付けることにより行ってもよい。
【0055】
樹脂製の母型は、例えば、導電性基板上に形成された樹脂層に、リソグラフィ技術により所望する金属構造体の形状と同じ形状の凹凸を形成することで、得ることができる。導電性基板は、電析工程(電鋳工程)において、陰極として機能し、電析工程について例示した導電性基板が使用される。
【0056】
樹脂層の材質としては、光エネルギーによって硬化する樹脂であればよく、特に限定されない。例えば、アクリル系樹脂、感光性ポリイミド樹脂などが挙げられる。樹脂層の厚みは、目的とする合金(金属構造体)の厚み(最小厚みなど)に合わせて適宜設定すればよい。
【0057】
(剥離工程)
電鋳用途では、電析工程(または電鋳工程)後に、母型と電着層(金属構造体)とを剥離する。剥離方法は特に限定されない。微細な電着層の形状が保持され易い観点から、ドライエッチングまたはウェットエッチングにより母型から電着層を剥離してもよい。
【0058】
次いで、導電性基板をウェットエッチングまたは機械的加工などにより除去することで、所望の形状の合金(金属構造体)を得ることができる。得られた合金(金属構造体)には、必要に応じて、コート層を形成してもよい。
【0059】
(熱処理工程)
電析工程で電着層を形成した後、熱処理(固溶化熱処理)を行うと、合金の耐熱性をさらに高めることができる。熱処理温度は、例えば、300℃以上であり、400℃以上であってもよい。このような温度で熱処理を行うと、ニッケルタングステン合金の固溶をさらに進行させることができ、耐熱性を高める効果が得られ易い。
【0060】
熱処理時間は、適宜設定することができるが、合金の耐熱性をさらに高める観点からは、0.5時間以上であることが好ましく、1時間以上であることがより好ましい。なお、熱処理は、電着層を形成した後に行えばよく、電鋳用途では、剥離工程の後に行ってもよい。
【実施例】
【0061】
以下、本発明を実施例および比較例に基づいて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0062】
《実施例1〜7》
スルファミン酸ニッケルをベースとするめっき浴中で、電析を行うことで、合金を形成した。めっき浴が備える陽極としては、ニッケル板(ニッケルの純度:99.9質量%)およびタングステン棒(タングステンの純度:99.9質量%)を用い、陰極としては銅板(銅の純度:99.9質量%)を用いた。なお、陰極には、露出部分が所定のサイズとなるように、マスキングを施し、キリンス処理を行った。
【0063】
スルファミン酸ニッケル、タングステン酸ナトリウム、塩化ニッケル、プロピオン酸(錯化剤)、グルコン酸ナトリウム(錯化剤)、サッカリンナトリウム(光沢剤)、およびラウリル硫酸ナトリウム(界面活性剤)を用いて、めっき浴A〜Gを調製した。具体的なめっき浴の組成を表1に示す。表1には、めっき浴におけるグルコン酸ナトリウムのタングステン酸ナトリウムに対するモル比(G/T比)およびpHも合わせて示した。
【0064】
そして、50℃のめっき浴中で、陰極電流密度3A/dm
2の条件で、電析を行い、陰極表面にニッケルタングステン合金を形成した。このとき、めっき浴の浴流が、電極の主面に対して、垂直に当たるようにした。合金としては、厚みが約300μmの被膜(電着層)と、厚みが約1mmのバルク体とを作製した。なお、めっき浴A〜Gを用いた例を、それぞれ実施例1〜7とする。
【0065】
【表1】
【0066】
《比較例1》
めっき浴Aと同じ組成のめっき浴(温度50℃)を用い、めっき浴の浴流が、電極の主面に対して平行になるようにしたこと以外は、実施例1と同様にニッケルタングステン合金を形成した。合金中のタングステン含有量は、1.9原子%であった。
【0067】
《比較例2》
めっき浴Aにおいてサッカリンナトリウムの濃度を、5.0g/Lに変更した以外は、実施例1と同様にめっき浴Iを調製した。そして、めっき浴I(温度45℃)を用いて、
実施例1と同様にニッケルタングステン合金を形成した。合金中のタングステン含有量は、1.5原子%であった。
【0068】
《比較例3》
比較例2のめっき浴Iと同じ組成のめっき浴(温度50℃)を用い、実施例1と同様にニッケルタングステン合金を形成した。合金中のタングステン含有量は、1.0原子%であった。
【0069】
《比較例4》
比較例2のめっき浴Iと同じ組成のめっき浴(温度55℃)を用い、実施例1と同様にニッケルタングステン合金を形成した。合金中のタングステン含有量は、1.5原子%であった。
【0070】
《比較例5》
実施例1のめっき浴Aと同じ組成のめっき浴(温度60℃)を用い、実施例1と同様にニッケルタングステン合金を作製した。合金中のタングステン含有量は、5.3原子%であった。
【0071】
《評価》
得られた合金を用いて下記の評価を行った。
(a)合金中のタングステン含有量
合金の表面を鏡面研磨して、組成分析を行い、合金中のタングステン含有量(原子%)を求めた。分析には、SEM−EDS[エネルギー分散型X線分析装置(EDS:Energy Dispersive X−ray Spectroscopy) を装備した走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)]を用いた。分析は、印加電圧25V、エミッション10μAの条件で行った。
【0072】
(b)XRD解析および(200)面の配向度N
200
鏡面研磨した合金について、CuKα線による粉末XRD解析を行った。解析は、電圧40kV、電流40mAの条件で、30°〜90°の範囲について行った。得られたXRDパターンとシェラーの式から、合金の結晶粒の粒径を算出した。なお、XRDピークの半値幅は、積分強度計算により平滑化し、加重平均およびSonneveld−Visser法を利用して強度比0.5で、バックグランドおよびCuKα分を除去することにより算出した。
また、XRDパターンから、既述の方法により、(200)面の配向度N
200を求めた。
【0073】
(c)引張試験
合金のバルク体を、放電加工することにより、
図2に示す試験片を作製した。得られた試験片を用いて、既述の手順で引張試験を行い、合金の伸び率(%)を求めた。また、弾性領域において、最大伸びを示した時点での引張強度(MPa)を求めた。
【0074】
(d)耐熱性試験
まず、表面を鏡面研磨した合金のマイクロビッカーズ硬さを、マイクロビッカーズ硬さ試験機を用いて、荷重500g、負荷時間10秒の条件で測定した。
合金を、300℃で1時間、熱処理(固溶化熱処理)し、上記と同様にマイクロビッカーズ硬さを測定するとともに、上記(b)と同様にして結晶粒の粒径を測定した。また、熱処理の温度を変更して、硬さと結晶粒の粒径を測定した。
【0075】
(e)陰極の電流効率
電析前と電析後の陰極の質量変化から合金の析出量を求めた。この析出量の理論析出量に対する比率(%)を算出し、陰極の電流効率として評価した。なお、理論析出量は、電析に要した電気量から求めた。
【0076】
タングステン含有量と合金中の結晶粒の粒径との関係を
図3aに示す。また、合金のホール・ペッチプロットと純ニッケルのホール・ペッチの関係を
図3bに示す。
図3aに示されるように、実施例の合金では、タングステン含有量が増加するにつれて、結晶粒の粒径は小さくなった。また、
図3bに示されるように、実施例の合金では、結晶粒の粒径が小さくなるにつれて、硬さが増加した。また、実施例の合金は、金属ニッケルに比べても硬さが増加した。
【0077】
図4は、タングステン含有量と合金の(200)面の配向度N
200との関係を示すグラフである。めっき浴D、EおよびFでは、めっき浴中のタングステン濃度は同じである。しかし、グルコン酸ナトリウムの濃度が異なることで、タングステン含有量および配向度N
200が異なる合金が得られることが分かる。また、比較例では、配向度N
200が1.0よりも大きい場合には、合金中のタングステン含有量が小さくなり、タングステン含有量が大きくなると配向度N
200は1より小さくなる傾向がある。なお、図中では、比較例1〜3を黒い丸印で示し、比較例4および5を黒い三角印で示した。
【0078】
表2に、実施例3および7の合金の引張試験、およびマイクロビッカーズ硬さ試験の結果を示す。実施例7については、同様にして作製した3つの試験片について評価を行った(G−1、G−2、およびG−3)。表2中、「硬さ」とは、マイクロビッカーズ硬さである。
【0079】
【表2】
【0080】
表2に示されるように、実施例の合金では、伸び率および引張強度が高く、ビッカーズ硬さにも優れていた。それに対し、比較例では、合金が脆すぎて、引張試験を行うことができなかった。
【0081】
図5は、実施例1、4および5で得られた合金を熱処理した場合の、熱処理温度と結晶粒の粒径との関係を示すグラフである。
図6は、実施例5で得られた合金を熱処理した場合の熱処理温度とマイクロビッカーズ硬さとの関係を示すグラフである。
図5に示されるように、合金中のタングステン含有量が多くなるにつれて、熱処理での結晶粒の粒径が大きくなることが抑制されている。また、
図6から、実施例5では、400℃の熱処理を行った場合でも、熱処理前と同等の硬さが得られており、高い耐熱性が示された。
【0082】
図7は、合金中のタングステン含有量と、陰極の電流効率との関係を示すグラフである。
図7から、合金中のタングステン含有量が増加するにつれて、陰極の電流効率は、減少する傾向にある。しかし、いずれの実施例でも、70%を超える高い電流効率が得られた。