(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記溶融Zn系めっき鋼板のめっき層は、Znを主成分とし、1.0質量%以上22.0質量%以下のAlを含有することを特徴とする請求項1に記載の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法。
前記溶融Zn系めっき鋼板のめっき層は、0.05質量%以上10.0質量%以下のMgを含有することを特徴とする請求項2に記載の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法。
前記溶融Zn系めっき鋼板のめっき層の組成が、Ti:0.002〜0.1質量%、B:0.001〜0.05質量%、Si:0〜2.0質量%、およびFe:0〜2.5質量%からなる群から選ばれる1つ以上の条件を満たしていることを特徴とする請求項3に記載の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法。
下記(1)式で示されるブローホール占有率Brが30%以下となり、かつ溶接ビードを中心とした縦100mm、横100mmの領域のスパッタ付着個数が20個以下となることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法。
Br=(Σdi/L)×100 ・・・(1)
(ここで、
di:前記溶接ビードにおいて観察されたi番目のブローホールの長さ
L:溶接ビードの長さ)
【背景技術】
【0002】
溶融亜鉛系めっき鋼板(溶融Zn系めっき鋼板)は、耐食性が良好であるため建築部材や自動車部材をはじめとする広範な用途に使用されている。なかでも、Alを1質量%以上含む溶融Zn−Al−Mgめっき鋼板は、長期間にわたり優れた耐食性を維持することから、従来の溶融Znめっき鋼板に代わる材料として需要が増加している。なお、従来の溶融Znめっき鋼板におけるめっき層中のAl濃度は通常0.3質量%以下である(JIS G3302参照)。
【0003】
溶融Zn系めっき鋼板を建築部材、自動車部材等に用いる場合、アーク溶接法を用いて組み立てられることが多い。しかし、溶融Zn系めっき鋼板をアーク溶接すると、通常、スパッタ、ピット、およびブローホール(以下、特に記述しない限りブローホールはピットを含める)の発生が著しく、アーク溶接性に劣る。これは、Feの融点(約1538℃)に比べてZnの沸点(約906℃)が低いため、アーク溶接時にZn蒸気が発生してアークが不安定になり、スパッタおよびブローホールが発生し易いためである。なお、スパッタ、ブローホール、およびピットについて、
図7の(a)〜(c)を用いて説明すれば、以下のとおりである。すなわち、
図7の(a)に示すように、スパッタ111とは、例えば鋼板101・101’の溶接時に、溶接ワイヤ102や溶融池103等から飛散するスラグや金属粒等の溶接カスのことである。
図7の(b)に示すように、ブローホール112とは、溶接ビード106に包含された気孔のことである。この溶接ビード106とは、溶接時に溶融した金属(母材の一部と溶着金属とが溶け合った部分)が冷え固まった部分であって、被溶接材同士を冶金的に接合している溶接金属のことである。また、
図7の(c)に示すように、ピット113とは溶接ビード106の表面に現れた気孔によって形成された窪みを意味している。
【0004】
スパッタが溶融Zn系めっき鋼板のめっき面に付着すると、溶接部外観が損なわれるだけでなく、該スパッタが付着した部分が腐食の起点となる。そのため、スパッタが大量に付着すると耐食性が著しく低下して問題となる。また、スパッタをワイヤーブラシ等で除去する工程が必要となり、コストが増加する。一方、ブローホールの発生が著しいと、溶接強度が低下して問題となることがある。
【0005】
特に、長期耐久性が要求される部材では、片面あたりのめっき付着量が90g/m
2以上の厚目付の溶融Zn系めっき鋼板が使用されるが、片面あたりのめっき付着量が大きくなるほどアーク溶接時のZn蒸気量が多くなるため、スパッタおよびブローホールの発生がより一層著しくなる。
【0006】
なお、本明細書では、溶融Zn系めっき鋼板の片面あたりのめっき付着量の多少について、めっき付着量が少ないものを薄目付、めっき付着量が多いものを厚目付と記載することがある。
【0007】
溶融Zn系めっき鋼板の溶接時におけるスパッタおよびブローホールの発生を抑制する方法として、溶接ワイヤを電極としたパルスアーク溶接法が提案されている。このパルスアーク溶接法によれば、電極として用いられる溶接ワイヤから母材への溶滴移行がスプレー移行となり溶滴が小粒でスパッタが抑制される。また、パルスアークにより溶融池(凝固する前の溶接ビード部分)が攪拌されるとともに、溶融池が押し下げられて溶融池が薄くなり、Zn蒸気の排出が促進されてブローホールの発生が抑制される。
【0008】
例えば、特許文献1、2には溶接ワイヤ組成と、ピーク電流、ピーク期間、および周波数等のパルス電流波形とを適正範囲内に制御してスパッタを抑制するパルスアーク溶接法が開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、特許文献1、2には、片面当たりのめっき付着量が45g/m
2である薄目付の溶融Znめっき鋼板の実施例が開示されているのみであり、厚目付の溶融Zn系めっき鋼板におけるスパッタおよびブローホールの抑制方法については記載されていない。
【0011】
上述のように、溶融Zn系めっき鋼板はめっき付着量が多くなるほど耐食性に優れるが、アーク溶接時にスパッタおよびブローホールが著しく発生して溶接部外観と溶接強度が低下する。本発明はこのような現状に鑑み、溶融Zn系めっき鋼板が厚目付であっても、アーク溶接におけるスパッタおよびブローホールの発生を抑制することができ、溶接部外観と溶接強度に優れた溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法、溶接部材の製造方法および溶接部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
発明者らの詳細な研究の結果、溶融Zn系めっき鋼鈑のアーク溶接において、パルスアーク溶接法を用いてアーク溶接を行うにあたり、溶接ワイヤの先端から、溶接対象である溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部における溶接対象部までの距離を適切なものとすることで、溶融Zn系めっき鋼板のめっき付着量が薄目付のものから厚目付のものまで、スパッタおよびブローホールの発生を抑制できるという知見を得た。この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法は、ピーク電流とベース電流とを交互に供給することによってアークを発生させるパルスアーク溶接法により溶融Zn系めっき鋼板同士を溶接するアーク溶接方法であって、溶接ワイヤの先端から、溶接対象である溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部における溶接対象部までの距離が、前記溶接ワイヤと前記当接部に生じた溶融池とが互いに短絡しない長さであり、かつアークが消灯しない長さにて溶接することを特徴としている。
【0014】
また、本発明における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法は、前記距離が、2mm以上20mm以下であることが好ましい。
【0015】
さらに、本発明における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法は、前記ピーク電流が350A以上650A以下であり、パルスの周期が1ms以上20ms以下であることが好ましい。
【0016】
また、本発明における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法は、前記溶融Zn系めっき鋼板のめっき層は、Znを主成分とし、1.0質量%以上22.0質量%以下のAlを含有するとすることができる。
【0017】
さらに、本発明における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法は、前記溶融Zn系めっき鋼板のめっき層は、0.05質量%以上10.0質量%以下のMgを含有することが好ましい。
【0018】
さらに、本発明における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法は、前記溶融Zn系めっき鋼板のめっき層の組成が、Ti:0.002〜0.1質量%、B:0.001〜0.05質量%、Si:0〜2.0質量%、およびFe:0〜2.5質量%からなる群から選ばれる1つ以上の条件を満たしていることが好ましい。
【0019】
また、本発明における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法は、下記(1)式で示されるブローホール占有率Brが30%以下となり、かつ溶接ビードを中心とした縦100mm、横100mmの領域のスパッタ付着個数が20個以下となるようにアーク溶接するとすることができる。
【0020】
Br=(Σdi/L)×100 ・・・(1)
(ここで、
di:前記溶接ビードにおいて観察されたi番目のブローホールの長さ
L:溶接ビードの長さ)。
【0021】
本発明における溶接部材の製造方法は、溶融Zn系めっき鋼板同士がパルスアーク溶接法により溶接された溶接部材の製造方法であって、前記溶融Zn系めっき鋼板の片面あたりのめっき付着量が15g/m
2以上250g/m
2以下であり、溶接ワイヤの先端から、溶接対象である溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部における溶接対象部までの距離が2mm以上20mm以下であり、パルスアークを発生させる溶接電流のピーク電流が350A以上650A以下であり、パルスの周期が1ms以上20ms以下であるパルスアーク溶接によって前記溶融Zn系めっき鋼板同士を溶接することを特徴としている。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、溶融Zn系めっき鋼板が厚目付であっても、アーク溶接におけるスパッタおよびブローホールの発生を抑制することができ、溶接部外観と溶接強度に優れた溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法、溶接部材の製造方法および溶接部材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、以下の記載は発明の趣旨をより良く理解させるためのものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。また、本明細書において、「A〜B」とは、A以上B以下であることを示している。
【0025】
以下の説明においては、本発明の実施の形態における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法についての理解を容易にするため、先ず、従来のパルス無しのアーク溶接法におけるアーク溶接現象について
図6を用いて説明し、次に、一般的なパルスアーク溶接法の概要を
図1および
図2に基づいて説明する。本発明の実施形態におけるパルスアーク溶接の原理は、一般的なパルスアーク溶接法の原理と同様である。
【0026】
図6は、従来のパルス無しのアーク溶接法におけるアーク溶接現象を模式的に示す断面図である。
図6に示すように、パルス無しのアーク溶接法では、例えば溶融Zn系めっき鋼板201・201’の溶接時において、溶接ワイヤ202から生じた溶滴205が溶融池へ接触(短絡)することによって移行する短絡移行現象が生じる。この場合、溶滴205と溶融池とが混在する部分において、Zn蒸気の噴出によってスパッタが大量に発生することがある。また、Zn蒸気が抜けにくいためにブローホールが大量に発生する。
【0027】
次に、一般的なパルスアーク溶接法の概要を説明する。
図1は、パルスアーク溶接法におけるパルス電流波形を模式的に示す図である。
図1に示すように、パルスアーク溶接法は、ピーク電流IPとベース電流IBとを交互に繰り返して供給するアーク溶接法であって、ピーク電流IPは溶滴がスプレー移行する臨界電流以上に設定される。ピーク電流IPが流れている時間をピーク期間PPとし、ピーク電流IPおよびベース電流IBからなるパルス電流のパルス周期を周期PFQとする。ピーク電流IPを臨界電流以上に設定すると、電磁力によるワイヤ先端の溶滴を引き絞る効果(電磁ピンチ効果)が生じ、この電磁ピンチ効果により溶接ワイヤ先端の溶滴にくびれが生じ、溶滴が小粒化してパルス周期ごとに規則正しい溶滴の移行(スプレー移行)が行われる。これにより、溶滴はスムーズに溶融池に移行し、スパッタの発生が抑制される。
【0028】
図2は、パルスアーク溶接現象を模式的に示す断面図である。ここでは、重ね継手による隅肉溶接を例に説明する。
図2に示すように、ピーク電流値を適切に設定したパルスアーク溶接法では、小粒の溶滴5が溶接ワイヤ2から溶融池3にスプレー移行するので短絡が発生しにくく、また、パルスアーク4によりアーク直下の溶融池3が押し下げられ溶融池の深さが薄くなるとともに攪拌されて、Zn蒸気の排出が促進されてスパッタおよびブローホールの発生が抑制される。溶融池3が冷え固まった部分は、溶接ビード6となる。
【0029】
さらに説明すれば、このようなパルスアーク溶接法では、溶接ワイヤ2の先端と溶融池3との間隔、すなわちアーク長が短くなるほど、パルスアーク4による溶融池3の押し下げ効果が大きくなるため、Zn蒸気の排出が促進される。しかし、アーク長が短くなり過ぎると、溶接ワイヤ2の先端と溶融池3とが短絡してスパークし、溶融池3が吹き飛ばされて大量のスパッタが発生する。特に、溶融Zn系めっき鋼板が厚目付の場合、Zn蒸気の発生量が多くなるため、パルスアーク溶接法を用いても溶融池3からZn蒸気が抜けきらず溶融池3内に滞留したZn蒸気が一気に噴出して溶融池3が波打ち、溶接ワイヤ2の先端と短絡してスパッタの発生が著しくなってしまう。
【0030】
そこで、本発明では溶接ワイヤ2の先端と溶融池3との短絡を防止して、溶融Zn系めっき鋼板が厚目付であってもZn蒸気の影響を抑制して溶滴移行を安定化させ、スパッタおよびブローホールの発生を抑制する。
【0031】
なお、本明細書におけるパルスアーク溶接法という語の意味するところは、以下のようなものである。すなわち、一般に、各種のアーク溶接法において、パルス電圧を印加してパルスアークを発生させることができるが、そのような各種のパルスアーク溶接法の中で、本発明のパルスアーク溶接法は、パルスMAG(Metal Active Gas)溶接法およびパルスMIG(Metal Inert Gas)溶接法を対象としている。つまり、本発明は、溶接ワイヤと母材との間に発生させたアークにより該溶接ワイヤと母材とを同時に溶かしながら溶接を行うと共に、溶接時において、アークの周辺にシールドガスが存在するパルスアーク溶接法に関する。
【0032】
以下に本実施の形態について詳述する。
【0033】
〔溶接ワイヤと溶接前の溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部との位置関係〕
本実施の形態における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法における、溶接ワイヤと溶接前の溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部との位置関係について、
図3に基づいて説明する。
【0034】
図3の(a)は、本実施の形態における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法において、重ね継手による隅肉溶接の場合の溶接ワイヤ2と溶融Zn系めっき鋼板1・1’同士の当接部7との位置関係を模式的に示す断面図である。
図3の(b)は、T字継手による隅肉溶接の場合の溶接ワイヤ2と溶融Zn系めっき鋼板1・1’同士の当接部7との位置関係を模式的に示す断面図である。
図3の(a)(b)はいずれも、溶接方向に対して垂直な方向の断面を示していると共に、溶接前の状態を示している。
【0035】
図3の(a)および(b)に示すように、溶接前において、溶接の対象となる溶融Zn系めっき鋼板1と溶融Zn系めっき鋼板1’とは、種々の継手形状に配置され得る。
図3の(a)では重ね継手に配置され、
図3の(b)ではT字継手に配置されている。配置された溶融Zn系めっき鋼板1と溶融Zn系めっき鋼板1’との間には、それらが互いに当接する当接面としての当接部7が形成される。ここで、当接部7において、溶接ワイヤ2の先端に最も近い端部を、隅部7aと称する。隅部7aは、溶融Zn系めっき鋼板1と溶融Zn系めっき鋼板1’とが隣接する部分において溶接ビード6(
図4参照)が形成される部分である。
【0036】
換言すれば、隅部7aは、溶融Zn系めっき鋼板1および溶融Zn系めっき鋼板1’が任意の継手形状に配置された状態において、溶融Zn系めっき鋼板1と溶融Zn系めっき鋼板1’とを溶接するためにアークが照射される部分であり、溶接対象部と称することもできる。なお、継手形状が突合せ継手の場合には、上記溶接対象部は、溶融Zn系めっき鋼板1の端部と溶融Zn系めっき鋼板1’の端部とが対向する面における、溶接ワイヤ2側の縁部(稜線)を意味する。
【0037】
前述のように、溶接ワイヤ2の先端と溶融池3との短絡によるスパッタの発生を抑制するには、アーク長を適正範囲内に管理することが重要である。しかし、再び
図2を参照して説明すると、溶融池3はパルスアーク4による押し下げ効果によりパルスアーク4の波形とほぼ同調してごく短時間の内に上下動しており、溶接中にアーク長そのものを測定し、管理することは困難である。そこで、本発明では、
図3の(a)および(b)に示すように、溶接ワイヤ2の先端であるワイヤ先端部2aから、溶接前の溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部7における溶接ワイヤ2側の隅部7aまでの距離Dが、溶接ワイヤ2と溶融池3とが互いに短絡しない長さであり、かつパルスアーク4が消灯しない長さにする。
【0038】
ここで、例えば
図3の(a)および(b)に示す継手形状についてパルスアーク溶接を行う場合、溶接ワイヤ2は紙面に対して垂直な方向に移動して上記溶接対象部を順次溶接していくことになる。それゆえ、上記距離Dとは、点としてのワイヤ先端部2aから、線としての上記溶接対象部(隅部7a、または溶接ワイヤ2側の縁部)へと引いた垂線の長さを示している。なお、溶接ワイヤ2の中心軸を通る直線が隅部7aを通過する必要は必ずしもなく、上記直線が隅部7aの近傍を通過していればよい。そのため、広い意味では、上記距離Dは、溶接ワイヤ2の中心軸を通る直線が溶融Zn系めっき鋼板1または溶融Zn系めっき鋼板1’と交差する点(溶接対象部)とワイヤ先端部2aとの間の距離である。
【0039】
このように、本実施の形態の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法では、ワイヤ先端部2aから、隅部7aまでの距離Dを、溶接ワイヤ2と溶融池3とが互いに短絡しない長さであり、かつアークが消灯しない長さに維持して溶接する。この方法は、アーク長そのものを測定するのではなく、上記距離Dを維持しつつ溶接することにより、溶融Zn系めっき鋼板が厚目付であっても、アーク溶接におけるスパッタおよびブローホールの発生を簡単な構成で抑制することができる。
【0040】
本実施の形態の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法において、ワイヤ先端部2aから隅部7aまでの距離Dを、2〜20mmの範囲とすることが好ましい。距離Dが2mmを下回ると溶接ワイヤ2と溶融池3とが短絡してスパッタが発生してしまう。スパッタが発生すると溶融池3の押し下げによる撹拌が行われないのでZn蒸気が排出されず、ブローホールも発生してしまう。一方、距離Dが20mmを超えるとアークが消灯する、いわゆるアーク切れが発生する。アーク切れが発生すると、溶接ワイヤ2が溶融池3と短絡してパルスアーク4が再点弧する時にスパークして溶融池3が吹き飛ばされてスパッタが発生する。さらに、パルスアーク4が消灯している間は溶融池3の押し下げによる撹拌が行われないのでZn蒸気が排出されず、ブローホールが発生する。その上、距離Dが20mmを超えるとアークが広がって電磁力によるピンチ効果が弱くなるので溶滴5が切れにくくなり、その結果、溶滴5が粗大化して浮遊し大粒のスパッタも発生してしまう。
【0041】
ここで、ワイヤ先端部2aの金属は、溶融Zn系めっき鋼板をパルスアーク溶接している間において、溶融池3へと移行するため、溶接ワイヤ2の先端は、徐々に溶接ワイヤ2への電圧供給側へと後退していくことになる。上記距離Dは、種々の溶接条件に応じて変化し得るため、一義的に求まるものではなく、溶接ワイヤ2の供給速度、後述するピーク電流IPおよび周期PFQを適宜調節して2〜20mmの範囲内に調整される。
【0042】
このように、ワイヤ先端部2aから隅部7aまでの距離Dを、2〜20mmの範囲とすることにより、溶融Zn系めっき鋼板が厚目付であっても、スパッタおよびブローホールの発生を効果的に抑制して、溶接部外観と溶接強度に優れた溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法とすることができる。
【0043】
次に、本実施の形態の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法において用いられる各種の条件の、好ましい具体例について説明する。
【0044】
〔ピーク電流〕
パルスアークを発生させるためのピーク電流IPを、350〜650Aの範囲とすることが好ましい。例えば、溶接ワイヤ2の供給速度が15m/min以上の場合に、ピーク電流IPが350Aを下回ると溶接ワイヤ2が溶融不足となって、溶接ワイヤ2の供給が過剰となり距離Dが2mmを下回る。また、アーク力が弱くなり、溶融池3の押し下げによる撹拌効果が弱くなる。逆にピーク電流IPが650Aを超えると溶接ワイヤ2が溶融過多となって距離Dが20mmを超え、アーク切れや溶滴5の粗大化が発生する。
【0045】
〔周期〕
パルスアークにおけるパルスの周期PFQを、1〜20msの範囲とすることが好ましい。周期PFQが短くなるとパルスアーク4で溶融池3を押し下げる回数が増加するのでZn蒸気の排出が促進される。しかし、周期PFQが短くなり過ぎると、溶接ワイヤ2の供給速度が遅い場合(例えば、3m/min以下の場合)に、溶接ワイヤ2が溶融過多となって上記距離Dが20mmを超え、アーク切れや溶滴5の粗大化が発生する。それにより、溶滴移行が不安定になり、スパッタが発生する。一方、周期PFQが長くなり過ぎると溶接ワイヤ2が溶融不足となって上記距離Dが2mmを下回り、溶融池3と短絡してスパッタが発生する。また、パルスアーク4で溶融池3を押し下げる回数が減少するのでZn蒸気が排出されなくなり、スパッタおよびブローホールが発生する。
【0046】
〔シールドガス〕
パルスマグ溶接法では、溶滴をスプレー移行させるためにAr−CO
2混合ガスが、シールドガスとして用いられる。このシールドガスは、溶接中のアークや溶融池の周辺を大気からシールドするためのものでもある。本実施の形態でもシールドガスは、Ar−CO
2混合ガスを用いる。Ar−CO
2混合ガスとしては、Ar−30体積%CO
2ガス、Ar−20体積%CO
2ガス、Ar−10体積%CO
2ガス、または、さらにCO
2濃度を下げたAr−5体積%CO
2ガスを用いてもよい。
【0047】
また、本実施の形態においてパルスミグ溶接法を用いる場合、上記シールドガスはアルゴンガスまたはアルゴン−ヘリウム混合ガスである。
【0048】
〔継手形状〕
図3の(a)に示した重ね継手による隅肉溶接、および
図3の(b)に示したT字継手による隅肉溶接以外に、角継手、十字継手、当て金継手、フレアー継手等のいずれの継手形状にも本発明は適用できる。また、本発明は、突合せ継手、角継手、十字継手およびT字継手による突合せ溶接にも適用できる。
【0049】
〔溶融Zn系めっき鋼板〕
本実施の形態において溶接の対象となる溶融Zn系めっき鋼板は、溶融Znめっき鋼板、合金化溶融Znめっき鋼板、溶融Zn−Alめっき鋼板、溶融Zn−Al−Mgめっき鋼板等の、めっき層がZnを主成分とする溶融めっき鋼板が好ましい。
【0050】
溶融Zn系めっき鋼板のなかでも溶融Zn−Al−Mgめっき鋼板は、Al:1.0〜22.0質量%、Mg:0.05〜10.0質量%を含有し、耐食性に優れるので好適である。溶融Zn−Al−Mgめっき鋼板のめっき層は、めっき層外観と耐食性を低下させる原因となるZn
11Mg
2系相の生成および成長を抑制するためにTi:0.002〜0.1質量%、B:0.001〜0.05質量%を添加してもよい。また、めっき原板表面とめっき層との界面に生成するFe−Al合金層の過剰な成長を抑制して加工時のめっき層の密着性を向上させるためにSiを2.0質量%まで添加してもよい。
【0051】
〔めっき付着量〕
溶融Zn系めっき鋼板のめっき付着量が少ないと、めっき面の耐食性および犠牲防食作用を長期にわたって維持するうえで不利となる。種々検討の結果、片面当たりのめっき付着量は15g/m
2以上とすることがより効果的である。一方、片面当たりのめっき付着量が250g/m
2を超えるとZn蒸気の発生量が多くなり過ぎ、本実施の形態の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法を用いてもスパッタおよびブローホールの発生を抑制することが困難になるので、片面当たりのめっき付着量が250g/m
2以下とすることが好ましい。
【0052】
〔溶接ワイヤ〕
溶接ワイヤ2は、JIS Z3312 YGW11、またはJIS Z3312 YGW12を用いることが好ましい。これら以外に、JIS Z3312に規定された各種ソリッドワイヤを用いてもよく、他の種類のものでもよい。例えば、メッキレスワイヤ、フラックス入りワイヤ、スラグ系ワイヤ、等を用いてもよい。
【0053】
溶接ワイヤ2のワイヤ径は、例えば直径1.2mmのものを用いることができ、直径0.8〜1.6mmの範囲のものであってもよい。
【0054】
本実施の形態では、溶接ワイヤ2の供給速度を3m/min以上15m/min以下の範囲とする。これにより、溶接ワイヤ2が溶融不足となること、および、溶接ワイヤ2が溶融過多となることを抑制することができる。尚、上記した溶接ワイヤ2の供給速度は、平均溶接電流の設定値に応じて設定されてよい。
【0055】
〔溶接速度〕
溶接速度は、例えば0.4m/minとすることができ、0.1〜2.0m/minの範囲で、各種の溶接条件に応じて設定すればよい。
【0056】
〔ブローホール占有率、スパッタ付着個数〕
本実施の形態の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法によれば、スパッタおよびブローホールの発生を抑制して溶融Zn系めっき鋼板同士の溶接を行うことができ、該溶接されてなる溶接部材を提供することができる。該溶接部材の評価(ブローホール占有率、スパッタ付着個数)について、
図4および
図5に基づいて説明する。
【0057】
図4は、溶融Zn系めっき鋼板同士が溶接されてなる溶接部材10におけるブローホール占有率の測定方法を説明する平面図である。
図4に示すように、溶融Zn系めっき鋼板1と溶融Zn系めっき鋼板1’とが溶接されてなる溶接部材10には溶接ビード6が形成されており、該溶接ビード6はブローホール6aを有していることが多い。また、溶接ビード6の長手方向(溶接線方向)の長さを長さLとし、溶接ビード6の一端部からi番目のブローホールの長さをdiとする。ここで、例えば継手形状がT字継手の場合、
図4に示す溶融Zn系めっき鋼板1と溶融Zn系めっき鋼板1’とは3次元的には垂直に溶接されている。
【0058】
建築用薄板溶接接合部設計・施工マニュアル(建築用薄板溶接接合部設計・施工マニュアル編集委員会)によれば、
図4に模式的に示す各ブローホール6aの長さdiの積算値、すなわち溶接ビード6に形成された全てのブローホール6aの長さを測定して積算した積算値Σdi(mm)の測定値から下記(1)式により算出されるブローホール占有率Brが30%以下であれば溶接強度に問題ないとされている。本発明における溶接部材10は、ブローホール占有率Brが30%以下であり、溶接強度に優れる。
【0059】
Br=(Σdi/L)×100 ・・・(1)
ここで、
di:溶接ビードにおいて観察されたi番目のブローホールの長さ
L:溶接ビードの長さ
である。
【0060】
図5は、溶融Zn系めっき鋼板同士が溶接されてなる溶接部材10におけるスパッタ付着個数の測定方法を説明する平面図である。
図5の点線で示す、溶接ビード6を中心とした縦100mm、横100mmの領域8のスパッタ付着個数が20個以下であればスパッタが目立たず、耐食性への影響も小さい。ここで、領域8の中心は、溶接ビード6の中央とすればよく、縦100mmとは、溶接ビード6から一方(溶融Zn系めっき鋼板1)の側に50mm、他方(溶融Zn系めっき鋼板1’)の側に50mmを意味する。このとき、例えば溶接部材10の継手形状がT字継手の場合、領域8の縦100mmは、溶接ビード6を中心として直角方向にそれぞれ50mmとすればよい。また、横100mmとは、溶接ビード6の長手方向と同じ方向における、領域8の横幅を意味する。
【0061】
本発明における溶接部材10は、領域8のスパッタ付着個数が20個以下であり、溶接外観と耐食性に優れる。
【実施例】
【0062】
表1に示す4種類の溶融Zn系めっき鋼板を用いて、重ね隅肉溶接継手を構成してパルスアーク溶接を行った。溶接ワイヤ2は直径1.2mmのJIS Z3312 YGW12を用い、溶接速度0.4m/min、ビード長さ180mm、重ね代30mmとした。
【0063】
【表1】
【0064】
また、溶接中に、溶接ワイヤ2の先端と、溶接前の溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部7における溶接ワイヤ2側の隅部7aとを含む部分の溶接状態を下記に示す条件でハイスピードカメラ撮影することにより、溶接ワイヤ2の先端から隅部7aまでの距離Dを測定した。パルスアーク溶接後、前述の方法でスパッタ付着個数およびブローホール占有率Brを測定した。
【0065】
〔ハイスピードカメラ撮影条件〕
ハイスピードカメラ:(株)ノビテック社製M310
可視化用レーザ光源:Cavitra社製CAVLUX HF
パルス波長:810nm
撮影コマ数:4000コマ/秒。
【0066】
表2および表3に、溶融Zn系めっき鋼板の種類、パルスアーク溶接条件、溶接ワイヤ2の先端から隅部7aまでの距離D、そして、スパッタ付着個数、ブローホール占有率Brの測定結果を示す。
【0067】
表2は、溶融Zn系めっき鋼板として溶融Zn−6%Al−3%Mgめっき鋼板を用い、シールドガスの種類、ピーク電流IP、周期PFQ、溶接ワイヤ2の先端から隅部7aまでの距離Dを変化させてスパッタ付着個数、ブローホール占有率Brを調査した結果である。
【0068】
【表2】
【0069】
距離D、ピーク電流IP、周期PFQが本発明の範囲内であるNo.1〜20の実施例はスパッタ付着個数が20個未満、ブローホール占有率が30%未満で、本実施例から本発明によりスパッタ、ブローホールが抑制されて溶接部外観と溶接強度に優れたアーク溶接部材が得られることがわかる。
【0070】
一方、距離D、ピーク電流IP、周期PFQが本発明の条件範囲外であるNo.21〜26の比較例ではスパッタ、ブローホールの発生が著しく、溶接部外観と溶接強度に優れたアーク溶接部材が得られない。
【0071】
表3は、種々のめっき組成と付着量を有する溶融Zn系めっき鋼板の種類を用いて、種々のパルスアーク溶接条件、距離Dにおいて溶接を行い、スパッタ付着個数、ブローホール占有率Brを調査した結果である。
【0072】
【表3】
【0073】
No.27〜39に示すように、溶接ワイヤ2の先端から隅部7aまでの距離D、ピーク電流IP、周期PFQ、めっき付着量が本発明の範囲内の実施例では、いずれの溶融Zn系めっき鋼板による溶接部材においても、スパッタ、ブローホールが抑制されている。特に、No.35〜38ではめっき付着量が15g/m
2の薄目付から250g/m
2の厚目付までスパッタおよびブローホールの発生が抑えられており、溶接部外観と溶接強度に優れた溶融Zn系めっき鋼鈑アーク溶接部材が得られることがわかる。
【0074】
それに対して、表3のNo.40〜48の比較例ではめっき付着量が本発明の上限である250g/m
2を超えており、溶接ワイヤ2の先端から隅部7aまでの距離D、ピーク電流IP、周期PFQが本発明の範囲内であってもZn蒸気の発生が著しいためスパッタおよびブローホールの発生が抑制できず、溶接部外観と溶接強度に優れた溶融Zn系めっき鋼鈑アーク溶接部材が得られていない。