(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6487943
(24)【登録日】2019年3月1日
(45)【発行日】2019年3月20日
(54)【発明の名称】真空中の陰極アーク物理蒸着(PVD)においてマクロ粒子をフィルタリングする方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/32 20060101AFI20190311BHJP
C23C 14/24 20060101ALI20190311BHJP
H05H 1/48 20060101ALI20190311BHJP
【FI】
C23C14/32 B
C23C14/24 F
H05H1/48
【請求項の数】14
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-566967(P2016-566967)
(86)(22)【出願日】2014年5月13日
(65)【公表番号】特表2017-524803(P2017-524803A)
(43)【公表日】2017年8月31日
(86)【国際出願番号】IB2014061393
(87)【国際公開番号】WO2015173607
(87)【国際公開日】20151119
【審査請求日】2017年3月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】505430964
【氏名又は名称】アルゴール アルジャバ ソシエテ アノニム
【氏名又は名称原語表記】ARGOR ALJBA S.A.
(74)【代理人】
【識別番号】100121120
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 尚
(74)【代理人】
【識別番号】100169904
【弁理士】
【氏名又は名称】村井 康司
(72)【発明者】
【氏名】セルゲイ ウハノフ
【審査官】
岡田 隆介
(56)【参考文献】
【文献】
独国特許出願公開第04103981(DE,A1)
【文献】
特開平10−025564(JP,A)
【文献】
J. VYSKOCIL et al.,Cathodic arc evaporation in thin film technology,Journal of Vacuum Science & Technology A,1992年,Volume 10, Number 4,pp. 1740-1748
【文献】
WITKE T et al.,Comparison of filtered high-current pulsed arc deposition (phi-HCA) with conventional vacuum arc methods,Surface and Coatings Technology,Elsevier,2000年,Volume 126, Number 1,pp. 81-88
【文献】
P. SIEMROTH et al.,High-current arc -- a new source for high-rate deposition,Surface and Coatings Technology,Elsevier,1994年,Volume 68-69,pp. 314-319
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00−14/58
DWPI(Derwent Innovation)
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空中のパルス陰極アーク物理蒸着(PVD)においてマクロ粒子をフィルタリングする方法であって、固体ソース(1)上にアークを照射することによって固体ソースから炭素材料を蒸発させ、蒸発した材料の電子、ミクロ粒子(蒸気)およびイオンを前記ミクロ粒子およびイオンよりサイズの大きいマクロ粒子と共に含むプラズマを形成するステップと、を含む方法において、
前記アークが、点P2で蒸発した材料の前記電子、前記ミクロ粒子および前記イオンが、以前に前記アークが通過した点P1で形成された前記マクロ粒子を、前記固体ソースに対向するコーティングすべき基板(2)に向かう経路からそらすことが可能な速度Vcs(表面速度)にて前記固体ソース上で移動され、前記プラズマから前記マクロ粒子を自己浄化し、かつ浄化されたプラズマのみの前記基板上での凝縮を可能とし、
前記アークは、300アンペアよりも大きい電流を有するパルスを有し、前記プラズマを磁力システムを用いることなく集中させ、
前記マクロ粒子は、大きいサイズのために、前記プラズマの前記電子、ミクロ粒子およびイオンに対して遅れて移動し、前記プラズマの外側で正電荷を得、
前記アークは所定の持続時間(T)のパルスにパルス化され、
パルスアークの前記パルスの照射(T)の間隔(I)中に前記マクロ粒子を前記基板から遠ざける静電場(E)を、mV2/2e(m:前記マクロ粒子の質量、V:前記基板に向かう前記マクロ粒子の速度、e:前記マクロ粒子の電荷量)以上の電位差を有する電極対により、前記固体ソース(1)と前記基板(2)との間に印加し、
前記マクロ粒子と同じ電位を有する前記電極対の電極は、前記基板(2)又はその近傍に配置されている、
方法。
【請求項2】
前記ソース上の前記アークの移動速度Vcsが、前記ソース上の前記アークの入射点Piと前記アークの終点Pfとの間の距離(Ract)と、前記アークの持続時間tとの比率以上である(Vcs≧Ract/t)ことを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ソース上の前記アークの移動速度Vcsが、前記アークのパルス(Imp)の電流(C)を変化させることによって調節されることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記ソース上の前記アークの移動距離(Ract)が、前記アークの電流(C)のパルス(Imp)の持続時間を変化させることによって調節されることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記アークによって発生した前記マクロ粒子が前記基板に到達することができない前記ソースの表面部分上に位置する点Pfで、前記アークが終了することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記アークの終点Pfおよび/または前記アークの入射点Piが、前記基板に対向しないことを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記アークの終点Pfおよび/または前記アークの入射点Piが、前記ソースの側面上に位置することを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
前記経路からそれた前記マクロ粒子を機械的に遮断するように構成されたフィルタリング電極であって、前記浄化されたプラズマが、コーティングすべき前記基板に向かって通過する開口部を有するフィルタリング電極を含むことを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記パルスアークの持続時間Tが、
D/Vmp+Δt
以下であり、式中、Dは、前記ソース(1)と前記対向する基板(2)との間の距離であり、Vmpは、前記マクロ粒子の速度であり、およびΔtは、前記マクロ粒子が正電荷を得る間の時間であることを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
真空チャンバ(3)が、前記電極対の静電陰極に接続されることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
電極対の陽極(4)が、前記フィルタリング電極(5)であることを特徴とする、請求項8に記載の方法。
【請求項12】
陽極(4)がリブ付きであることを特徴とする、請求項1〜11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
真空中の陰極アーク物理蒸着(PVD)においてマクロ粒子をフィルタリングするシステムであって、炭素の固体ソース(1)上にパルスアークを照射する手段を含むシステムにおいて、
前記手段は、前記ソース上にて前記アークを、所定の速度Vcs(表面速度)にて、点P1から点P2に移動させ、
前記所定の速度Vcsは、前記点P1で形成された前記マクロ粒子を、前記点P2で蒸発した炭素の電子、ミクロ粒子およびイオンを通過させ、前記ソースに対向するコーティングすべき基板(2)に向かう経路からそらすことを可能とするものであり、
前記手段によりパルス化された電流は300アンペアよりも大きく、
プラズマを集中させるための磁力システムは設けられておらず、
前記アークのパルスは所定の持続時間(T)を有し、
前記システムは、mV2/2e(m:前記マクロ粒子の質量、V:前記基板に向かう前記マクロ粒子の速度、e:前記マクロ粒子の電荷量)以上の電位差を有する電極対を備え、
前記マクロ粒子と同じ電位を有する前記電極対の電極は、前記パルスアークの前記パルスの照射(T)の間隔(I)中に、前記マクロ粒子を前記基板から遠ざけるために静電場(E)を、前記ソース(1)と前記基板(2)との間に印加するために、前記基板(2)又はその近傍に配置されている、
システム。
【請求項14】
前記手段は、
D/Vmp+Δt
以下である前記パルスアークの持続時間Tを設定し、式中、Dは、前記ソース(1)と前記対向する基板(2)との間の距離であり、Vmpは、前記マクロ粒子の速度であり、およびΔtは、前記マクロ粒子が正電荷を得る間の時間であることを特徴とする、請求項13に記載のシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空中の陰極アーク物理蒸着(PVD)においてマクロ粒子をフィルタリングする方法に関する。
【0002】
特に本発明は、前述のタイプの方法であって、固体ソース(「陰極」)上にアークを照射することによってソースから材料を蒸発させ、蒸発した材料の電子、中性ミクロ粒子(蒸気)およびイオンをミクロ粒子およびイオンよりサイズの大きいマクロ粒子と共に含むプラズマを形成するステップを含み、プラズマからマクロ粒子が除去され、それにより、コーティングすべき基板上でのマクロ粒子の堆積を防ぐ、方法に関する。
【0003】
本発明はまた、上述の方法を実施するシステムに関する。
【背景技術】
【0004】
真空中の陰極アーク物理蒸着(PVD)においてマクロ粒子をフィルタリングする方法およびシステムは知られている。
【0005】
上述のタイプの堆積では、固体ソース(「陰極」)上にアークを照射することによって、真空チャンバ内部でソースの材料が蒸発し、蒸発した材料の電子、中性ミクロ粒子(蒸気)およびイオンを前記材料のマクロ粒子と共に含むプラズマが形成される。アークの照射は、ソース上に電流を放電し、その上でアークを移動させ、それにより、ソースの異なる表面部分を蒸発させることを含む。
【0006】
発生するマクロ粒子のサイズは中性ミクロ粒子およびイオンより大きく、マクロ粒子が基板に到達すれば、プラズマの残りと共に基板上に凝縮し、コーティングの欠陥を生む。
【0007】
特に、要求されるコーティングが薄いほど、プラズマ流中のマクロ粒子はなおさら望ましくない。場合によっては、形成すべきコーティングの厚さはマクロ粒子のサイズと同程度であり、プラズマ流中にいくつかのマクロ粒子が存在するだけでコーティングの品質に悪影響がでる。
【0008】
欠陥のないコーティングを形成する難しさをより理解するには、ソースの浸食による主な生成物がイオンおよびマクロ粒子であることを考慮することで十分である。中性ミクロ粒子(蒸気)は、プラズマの1%のみを構成する。ソースが、熱伝導率および電気伝導率の低い低融点金属(Zn、Cd、Sn、Pb、Bi)である場合、およびグラファイトの場合には、マクロ粒子の割合は特に高く、この場合、ソースから蒸発する質量は、例えば0.1〜100ミクロンの可変サイズを有するマクロ粒子によって最大90%が構成される。
【0009】
フィルタリングしなければならないマクロ粒子の移動速度は、約10
2〜2
*10
4センチメートル毎秒(cm/s)であり、より低い速度で移動するマクロ粒子は、ソースに対向して位置する基板に到達することができない。さらに、陰極から生じるマクロ粒子の数は、陰極材料、アーク電流および熱的条件を含む様々な因子に依存する。
【0010】
したがって、基板上へのマクロ粒子の堆積を低減または防止するためには、上述の因子、すなわちマクロ粒子の速度、マクロ粒子の割合、陰極材料、アーク電流、熱的条件などを考慮して、プラズマからマクロ粒子を除去する必要がある。
【0011】
ソースと基板との間にフィルタを適用するフィルタリングシステムが知られている。マクロ粒子の低減に特に有効なものは、磁気フィルタである。これらのフィルタは、コイルを備えた磁気システムが適用される非線形プラズマチャネルを含む。本質的には、コイルが非線形プラズマチャネルに巻き付けられ、湾曲したチャンネルの軸に沿ってプラズマを案内する電磁場を発生させる。マクロ粒子は、チャンネルの軸方向経路を進まず、フィルタの所定のゾーンに捕集される。換言すれば、マクロ粒子はプラズマとは異なり、直線に移動するようにフィルタリングされ得る。
【0012】
しかしながら、磁気フィルタは、フィルタを横切るプラズマの流れの顕著な低下に主に関連する多くの欠点を有し、その低下によって、基板へのコーティング材の堆積速度が著しく低下し、ひいてはプラント(システム)の効率が低下する。例えば堆積速度は、トロイダルフィルタと比較して75%よりも大きく低下し、またS字フィルタと比較して90%よりも大きく低下する。
【0013】
したがって、磁気フィルタを使用する場合、特にプラントの電力増加による生産性(効率)の損失を補償する必要がある。さらに、電力増強プラントでの高品質なコーティングを確保するためには、より高性能なフィルタを設ける必要があり、その複雑さおよび必然的にそのコストが高まる。
【0014】
前述の改良を行っても、非線形プラズマチャネルからマクロ粒子を除去することを含む、フィルタの定期的な保守の必要性を含む他の欠点が生じる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の基礎を形成する技術的課題は、真空中の物理蒸着においてマクロ粒子をフィルタリングする方法および関連するシステムであって、したがって他のフィルタリングシステムとは独立して、またはそれらと組み合わせて、パルスアーク、パルスレーザ、HIPIMSなどと共に使用することができ、蒸発した材料のイオンおよびミクロ粒子の堆積速度の低下を最小限にして、コーティングすべき基板へのマクロ粒子の堆積を防ぐことができる方法および関連するシステムを考案することと、システムの効率を高めながら、既知のフィルタが必要とする複雑さ、コストおよび保守を低減し、それによって、先行技術のフィルタリング方法およびシステムにこれまで影響を与えているすべての制限を実質的に克服することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の基礎を形成する考えは、アークによってソースの1つの点で発生したプラズマが、ソースの別の点で発生したプラズマ中に存在するマクロ粒子をそらし得るような方法で、陰極アークをソース上で移動させ、それた粒子が、ソースに対向して真空中に位置するコーティングすべき基板に向かって進み続けるのを防ぎ、実質的にミクロ粒子、イオンおよび電子のみがソースに向かって進み、基板上に凝縮するという考えである。
【0017】
特に、上述の考えによれば、ソース上の陰極アークはスポットを生成し、ソース表面上のその伝搬速度は、マクロ粒子をプラズマの外側に押し、かつマクロ粒子が除去されたプラズマのみを、コーティングすべき基板に向かって略直線方向に進ませるように制御される。
【0018】
前述のフィルタリング方法は、1つの点でのプラズマ自体の発生を使用して、別の点で発生したプラズマから、その内部に含まれるマクロ粒子を除去するため、自己浄化である。この自己浄化方法では、プラズマ中のミクロ粒子、イオンおよび電子の自然な斥力を使用して、ソースと基板との間の直線方向からマクロ粒子をそらせ、その代りにミクロ粒子、イオンおよび電子がその直線方向に沿って進み得る。
【0019】
上述の考えによれば、本発明のベースにある技術的問題は、真空中の陰極アーク物理蒸着(PVD)においてマクロ粒子をフィルタリングする方法であって、固体ソース(陰極)上にアークを照射することによってソースから材料を蒸発させ、蒸発した材料の電子、中性ミクロ粒子(蒸気)およびイオンをミクロ粒子およびイオンよりサイズの大きいマクロ粒子と共に含むプラズマを形成するステップを含む、方法において、アークが、1つの点P
2で蒸発によって発生した材料の電子、ミクロ粒子およびイオンが、以前アークが通過した点P
1で発生したマクロ粒子を、ソースに対向して位置するコーティングすべき基板に向かう経路からそらすことが可能な速度V
csにてソース上で移動され、それにより、マクロ粒子に対してプラズマの自己浄化を行い、かつフィルタリングされたプラズマの基板上での凝縮を可能にすることを特徴とする、方法(請求項1)によって解決される。
【0020】
プラズマの中性ミクロ粒子、電子およびイオンの速度は、マクロ粒子の速度と比較して大きいため、前述の自己浄化動作が可能である。目安として、イオンの速度は、マクロ粒子の速度より約100倍大きく、電子の速度は、マクロ粒子の速度より約1000倍大きい。
【0021】
換言すれば、本発明によれば、ソース上のアークによって発生する陰極点は速度V
csで移動し、前記速度V
csにて、点P2で発生したイオン、電子および中性粒子によって、陰極点が通過した前の点P
1で発生したマクロ粒子を推進させる。実際、点P1で発生したマクロ粒子は、次の点P
2で発生したイオン、電子および中性粒子より低い速度を有し、P2で発生したイオン、電子および中性粒子によって素早く到達され、それらによって、基板に向かう直線経路からそれ、その結果、マクロ粒子は基板に到達することができない。
【0022】
本発明によれば、アークは、基板に対向して位置していないソース表面上の点で終了し、その点では、発生したマクロ粒子は、プラズマがそれに沿って基板に向かって進み得る直線経路の外側に位置する。
【0023】
アークが終了するソースの点で発生したマクロ粒子を遮断し、マクロ粒子が基板に向かって通過するのを防ぐために、前記点に機械的シールドを適用することが好ましい。このようにすれば、アーク終点では自己浄化動作を備えた他のプラズマが続かないために終点のプラズマが自己浄化方法で浄化されない可能性があっても、この点でアークが発生させたマクロ粒子は、機械的シールドによって遮断されるので、基板に到達することができない。
【0024】
出願人は、ソース上のアークの入射点P
iとアークの終点P
fとの間の距離R
actと、アークの持続時間tとの比率以上の速度V
cs(V
cs≧R
act/t)で、アークをソース上で移動させることによって、実質的にマクロ粒子のすべてが基板に到達しないことを発見した。
【0025】
本発明の一態様によれば、ソース上のアークの移動速度V
csは、アークのパルス(Imp)の電流(C)を変化させることによって調節される。
【0026】
本発明の別の態様によれば、ソース上のアークの移動距離R
actは、アークの電流(C)のパルス(Imp)の持続時間を変化させることによって調節される。
【0027】
好ましい実施形態では、アークによって発生したマクロ粒子が基板に到達することができないソースの表面部分上に位置する点P
fで、アークが終了する。アークの終点P
fおよび/または始点P
iは、基板に対向しないことが好ましい。例えば、終点P
fおよび/または前記始点P
iは、基板と一直線にならず、かつ基板に対向しない、ソースの側面上に位置する。
【0028】
また、基板に向かう経路からそれたマクロ粒子を機械的に遮断するように構成され、かつ、浄化されたプラズマを、コーティングすべき基板に向かって通過させる開口部を有するフィルタリング電極を使用することが想定される。フィルタリング電極のこの開口部は、ソースと基板との間の直線上に位置する。
【0029】
本発明の別の態様によれば、静電タイプのさらなるフィルタを適用することが想定される。特に、出願人は、イオン、電子およびミクロ粒子の速度とは異なるマクロ粒子の速度を利用する、特に有利な静電フィルタを考案した。実際、マクロ粒子は、ミクロ粒子およびイオンよりサイズが大きいため、プラズマの電子、ミクロ粒子およびイオンと比較して遅れて移動し、かつプラズマの外側で正電荷を得る。
【0030】
出願人は、マクロ粒子の移動の遅れを考慮して、所定の持続時間(T)のパルスでソース上にアークを照射することと、パルスアークの前記パルスの照射(T)の間隔(I)中にマクロ粒子を基板から遠ざける静電場(E)を、ソースと基板との間に印加することとを有利に想定している。
【0031】
パルスアークの持続時間Tは、
D/V
mp+Δt
以下であることが好ましく、式中、Dは、ソースと対向する基板との間の距離であり、V
mpは、マクロ粒子の速度であり、およびΔtは、マクロ粒子が正電荷を得る間の時間である。
【0032】
本発明の一態様によれば、静電場(E)は、
U≧(mV
2)/2e
以上の電位差Uを有する電極対によって発生し、式中、mは、マクロ粒子の質量であり、Vは、基板に向かうマクロ粒子の速度であり、およびeは、マクロ粒子の電荷である。
【0033】
特に、基板は、電極対の静電陽極に関連付けられ、および真空チャンバは、この電極対の静電陰極に関連付けられる。
【0034】
一実施形態では、電極対の陽極はまた、既に上で述べた実施形態による、基板に向かう経路からそれたマクロ粒子を機械的に遮断するように構成されたフィルタリング電極としての役割を果たす。
【0035】
したがって、本発明による方法は、陰極の表面からのプラズマと同時に放出されるミクロ粒子とマクロ粒子との異なる速度に基づく。イオンの速度は約10
6cm/secであり、マクロ粒子の速度は約10
2〜2×10
4cm/secである。
【0036】
本方法は、陰極と基板との間の距離を利用し、その距離に沿ってマクロ粒子が、ミクロ粒子、イオンおよび電子から空間的に分離される。特に、イオンおよびミクロ粒子は速度がより大きいため、マクロ粒子より素早く基板に向かって移動する。マクロ粒子の中から、まず、サイズがより小さく、より速いマクロ粒子が、次いで、サイズがより大きく、より遅いマクロ粒子が、基板に向かって移動する。
【0037】
本方法によれば、任意のサイズのマクロ粒子の自己浄化が行われ、すなわちプラズマ中の斥力を使用して、基板に向かう経路の外側にマクロ粒子を推進させる。静電フィルタは、上記手順によって十分に反発されていないマクロ粒子のフィルタリングを行うことを促進する。
【0038】
本発明のさらなる特徴および利点は、単なる非限定例としての添付図面を参照して記す以下の説明から明らかになる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【
図1】本発明によるフィルタリングシステムの概略図を示す。
【
図2】それぞれの実施形態による、
図1に示すフィルタリングシステムの詳細な概略図を示す。
【
図3】それぞれの実施形態による、
図1に示すフィルタリングシステムの詳細な概略図を示す。
【
図4】それぞれの実施形態による、
図1に示すフィルタリングシステムの詳細な概略図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0040】
基板をコーティングするためのプラズマを発生させる工程中における、本発明によるフィルタリング方法について、添付図を参照して以下に説明する。
【0041】
陰極ソース1上にアークを照射することによって、プラズマが発生する。例えば、ソース1上へのパルス放電によって、イオン、ミクロ粒子および電子を含むプラズマ中にマクロ粒子が放出される。主放電パルスの発生中、マクロ粒子は負に帯電し、プラズマの残りの成分と比較して速度が低いためにプラズマの外側に残った場合、マクロ粒子は電荷を変化させ、そのため正電荷を帯びる。
【0042】
電荷を変化させた結果、マクロ粒子およびイオンの温度が上昇し、紫外線放射から電子の熱電子放出および光電子放出が起こる。特に、プラズマがない場合、ソースと基板との間の空間に正電荷を帯びたマクロ粒子が過剰に生じる。これは、パルスの持続時間より短い時間間隔で、プラズマのイオン、電子およびミクロ粒子が既にその空間を出て、コーティングすべき基板2に向かって移動しているために起こる。例えば、パルスの持続時間を100msとした場合、パルスの時間間隔100ms中に、イオン、電子およびミクロ粒子は、マクロ粒子を既に追い越している場合がある。
【0043】
本発明の別の態様によれば、減速場または偏向場とも呼ばれる電場が、ソース1から基板2までのマクロ粒子の経路に沿って印加され、その電場によって、静電的に帯電したマクロ粒子が反発され、またはそれる。特に、陰極1(ソース)から基板2までの空間にプラズマ(イオン、ミクロ粒子および電子)がなく、低密度の帯電マクロ粒子が存在するために、パルス間の時間間隔I中に(静電場の印加によって)静電分離を行うことができる。
【0044】
実際、これらの条件では、電場のプラズマスクリーニング(screening)に関連する制限はない。したがって、例えば大きいメッシュ(10〜50mm)格子を使用して、または独立型電極によって、正に帯電したマクロ粒子の経路に沿って遅延静電場を作るために、電極を使用することができる。
【0045】
遅延静電場は、陰極浸食ゾーン(ソース1)と基板2のコーティング面との間に配置される少なくとも2つの電極によって作られる。マクロ粒子と電位が同じ電極、すなわち静電陽極が、基板のコーティングされる面に、例えばそれに近接して関連付けられる。静電陽極が、基板自体、例えば
図1の基板2からなってもよい。第2の電極、すなわち静電陰極は、例えば真空チャンバ3に関連付けられてもよい。
【0046】
本発明によれば、値が
U≧(mV
2)/2e
の電位を電極間に印加することによって、基板2に向かうプラズマ(イオン、電子およびミクロ粒子)の移動方向と反対方向に、質量mおよび電荷eの粒子を押すことができる。式中、mはマクロ粒子の質量であり、Vは基板に向かうマクロ粒子の速度であり、およびeはマクロ粒子の電荷である。
【0047】
上記条件Uが生じているマクロ粒子は、基板2に到達することができずに、静電場によって反発される。
【0048】
上記条件Uが生じていないマクロ粒子は、基板2に到達することができる。しかしながら、これらのマクロ粒子は運動エネルギーが著しく小さく、基板2への付着性が乏しい場合がある。上記は特に、例えば炭素、タングステンまたはクロムからなる耐溶融性(melting resistance)の高い材料からなる陰極1で生じ、陰極1は、ミクロ液滴でない、固体フラグメントの形態のミクロ粒子を主に発生させる。
【0049】
さらに、基板2上に堆積するマクロ粒子は基板2と同じ極性を有するため、反発される。真空チャンバ3の壁から基板2のコーティングすべき表面上に落ちる低温中性マクロ粒子も、基板2によって同様に反発される。
【0050】
マクロ粒子の速度はサイズのより小さいマクロ粒子の速度より低いにもかかわらず、静電場フィルタリング方法の効率は、マクロ粒子のサイズの増加に比例して低下する。効率のこの損失は、条件U≧(mV
2)/2eにおいて、サイズのより大きいマクロ粒子の電荷eと質量mとの比率が、サイズのより小さいマクロ粒子の電荷eと質量mとの比率より小さいことによる。実際、電荷は、表面積または半径の2乗に比例して増加し、一方、質量は、半径の3乗に比例して増加する。しかしながら、大きいマクロ粒子はまた、より小さい粒子より低い速度を有する。
【0051】
したがって有利には、本発明は、特に、所定の閾値より小さいサイズで、かつ高速のマクロ粒子をフィルタリングする静電場を印加することを想定する。この場合、基板上にプラズマ(イオン、電子、ミクロ粒子)の堆積がない時、マクロ粒子と同じ極性を有する静電陽極内に一定電圧および/またはパルス電圧が印加される。
【0052】
上記のように、陽極は基板2自体であってもよい。しかしながら、静電陽極は、基板2と陰極1との間に位置する別個の構成要素からなってもよい。静電陽極のこの別個の配置は、コーティングすべき表面が導電性でなく、そのため基板が静電陽極としての役割を果たすことができない場合、または基板2に電位を印加することが望ましくない場合に適している。基板2はまた、静電陽極と陰極1との間に位置してもよい。静電陽極のこの別個の配置はまた、非導電性コーティングに、または基板に電位を印加するのが望ましくない場合に適している。例えば、基板2の前後両方に陽極を位置決めすることによって、異なる構成が可能となる。
図2〜
図4は、陽極4に対する基板2の異なる構成を示し、陰極は、ソース1に関連付けられている。
【0053】
サイズが所定の閾値より大きく、マクロ粒子の電荷と質量との比率がより大きく、そのため基板2に向かう速度がより低いマクロ粒子、すなわち、電子の熱電子放出を生じさせるには不十分な熱さであるそれらのマクロ粒子には、正電位を帯びたフィルタリング電極5を使用することが想定される。フィルタリング電極5(
図2〜
図4)は、所定の角度xを超えて陰極から放出された粒子の機械的フィルタリングを行う。特に、フィルタリング電極5はまた、その正電位のために、静電フィルタ4として使用されてもよい。
【0054】
フィルタリング電極5は、大きい低温マクロ粒子を遮断するのに特に有効であり、実際、高温マクロ粒子は、電荷の符号を変更する時間を有するために静電フィルタ4によって有効に遅れ得るが、大きい低温マクロ粒子は、それらの電荷を逆にすることができず、基板2に向かって進み得る危険がある。この場合、フィルタリング電極5は、負に帯電したマクロ粒子から基板2を保護するシールドを形成する。
【0055】
陰極1と陽極4との間の放電のパラメータは、以下のことが好ましい。
【0056】
電流パルスは300Aより大きい。有利には、同じ電流パルスを使用することで、プラズマビームを集束させる磁気システムを不要にする物理現象が生じる。
【0057】
ソース1の表面上における陰極点の移動速度は、プラズマの自己浄化を行うように選択される。
【0058】
この自己浄化モードは、サイズがより大きく、より遅いマクロ粒子と、サイズがより小さく、より速いマクロ粒子との両方に効果があり、主に、本発明によるプラズマのフィルタリングに使用される。
【0059】
例えば、直径30mmで、入射ゾーンがソースの中心にある、炭素からなる陰極1の場合には、パルスの持続時間は0.8〜1.1ミリ秒に設定される。
【0060】
パルスの最小持続時間は、浸食ゾーンが、視覚ラインが基板の方向を向いていない点に到達するまで陰極1の表面上を移動する間の時間間隔と等しい。
【0061】
パルスアークの持続時間Tは、D/V
mp+Δt以下であり、式中、Dはソース1と対向する基板2との間の距離であり、V
mpは、マクロ粒子の速度であり、およびΔtは、マクロ粒子が正電荷を得る間の時間である。
【0062】
アークは、陰極1の端部かつ側面L(例えば、
図2)上で開始してもよく、基板の可視域の外側に位置するゾーン(例えば、
図2のL1)の陰極表面1上で終了しなければならない。端部表面は、陰極の側面L1、またはマクロ粒子の伝搬を阻止および防止する被覆手段6に関連付けられた陰極1の一端部であってもよい。これらの被覆手段は、入射電極に関連付けられてもよい。
【0063】
アークを陰極1と基板2との間のまっすぐな可視線上の点で開始する場合、コンデンサC1を設けてもよい(
図1)。前記コンデンサは、個々のパルスの吐出条件を安定させ、初期のアーク発生電流を低下させるために使用される。
【0064】
陰極点の移動速度は、陰極上のインダクタンス7によって調節される。
【0065】
複数の陰極点は、放電電流に依存する速度で互いに対して陰極1上を移動する。複数の陰極点は、最初素早く移動し、次いで、陰極1の表面を占有するにつれて減速する。減速は、陰極1の占有表面に比例する。
【0066】
例えば、炭素陰極1内の陰極点は、約100〜200msの動作時間にわたって現われ、徐々に消滅する。この時間の間、速度が200m/sのマクロ粒子は、陰極から2〜4cmのところでプラズマから除去され、速度が50m/sのマクロ粒子は、0.5〜1cmのところで除去される。
【0067】
本発明によれば、陰極点が、以下の考察および分析に基づいて出願人が決定した所定の速度を有する場合、大きいサイズのマクロ粒子をプラズマから除去するのに好ましい条件が生じる。
【0068】
陰極1内のパルス放電の持続時間は、プラズマ流Pl
iの発生にそれぞれ対応する複数の間隔に基本レベルで分割されている。実際には、最後の終了間隔においてプラズマ流P
endが発生するまで、第1の間隔「1」では第1のプラズマ流P
1が発生し、第2の間隔「2」では第2のプラズマ流P
2が発生するなどである。
【0069】
点2で発生し、陰極1上のアークの移動によって引き起こされるプラズマPl
2は、プラズマ流Pl
1が発生した前の点1で陰極1の表面から放出されているマクロ粒子を推進させ、または押しやる効果がある。
【0070】
アークの移動速度は、特に重要である。
【0071】
実際、陰極点の速度が高すぎる場合、プラズマPl
2は、プラズマPl
1で放出されたマクロ粒子が点1で発生した点から遠くに遠ざかりすぎてしまうため、これらのマクロ粒子を基板2に向かう経路の外側に推進させる(一掃する)ことができない。
【0072】
逆に、陰極点の速度が低すぎる場合、点1で発生したプラズマ流Pl
1は、点2においてプラズマPl
2で発生したマクロ粒子を基板2に向かって推進させる。
【0073】
出願人は、プラズマからマクロ粒子を除去するのに理想的なソース1上のアークの移動速度V
csが、ソース上のアークの入射点P
iとアークの終点P
fとの間の距離(R
act)と、アークの持続時間tとの比率以上である(V
cs≧R
act/t)ことを決定した。
【0074】
速度V
cs(表面速度)でソース上を移動するアークは、点P
2で蒸発した材料の電子、ミクロ粒子およびイオンが、以前アークが通過した点P
1で形成されたマクロ粒子を、ソース1に対向するコーティングすべき基板2に向かう経路からそらすことで、プラズマの自己浄化を行う。
【0075】
有利には、基板2上へのミクロ粒子およびイオンの堆積は、実質的にマクロ粒子なしで生じ、先行技術によって想定される堆積とは異なり、基板に向かう浄化されたプラズマの流れを減速させるフィルタがないため、高い生産性を有する。
【0076】
異なる材料がソース1上で使用される場合に、特にDLCコーティングでは、堆積するイオンのエネルギーを調節することが重要である。前記調節の結果、ステップsp2とステップsp3との比率を制御し、ひいては広範囲のコーティングを得ることができる。イオンの最大エネルギーは、陰極と陽極との間の電圧によって決定され、100〜500ボルトであることが好ましい。
【0077】
プラズマビーム(流)中のイオンのエネルギーは、同じではない。ビームは、その前部で電子を、次に高エネルギーイオンを、続いてその後部で低エネルギーイオンを搬送する。後者は、コーティングの品質を低下させ得る。
【0078】
本発明の一態様によれば、エネルギーが所定の閾値未満のイオンもフィルタリングされ得る。このフィルタリング操作には、特定の電流値が静電フィルタ内に設定される。特に、静電フィルタの影響を受けるイオンの割合が増加するのに伴って、電流が増加する。
【0079】
最後に、イオンの電流を超える電流値を静電フィルタ内に設定することによって、プラズマのイオン成分を完全に遮断し、プラズマ電子により基板の浄化を行うことができる。
【0080】
本発明による方法を実施するフィルタリングシステムの構造部品および電気部品について、
図1を参照して以下に説明する。
【0081】
本システムは、真空チャンバ3を含む。ソースまたは陰極1、および陽極4は、互いに対して軸方向に配置される。例えば、陽極4は、リブ付き陽極であり、陰極1とコーティングすべき基板2との間に位置する。あるいは、例えば電源ブロックによって、正極性を有する静電位(パルスまたはDC)が、静電陽極としての役割も果たすコーティングすべき基板2に供給される。アーク放電陽極4は静電陽極に対応せず、かつそれに電気的に接続されない。負極性を有する静電位は、例えばチャンバ3に接続される。
【0082】
陰極1の浸食ゾーン9は、コーティングすべき基板3に対向して位置する。前記基板2は、例えば、回転式または固定式カルーセルに取り付けられてもよい。本システムは、調整可能なインダクタンス7を含む放電回路を含む。
【0083】
入射システム10は、陰極1の表面上でアークを点火する。プラズマが基板2に向かって素早く移動する間の時間間隔t中に、陽極4と静電陰極3との間で放電が起きる。連続する放電の間隔中に、静電陽極および陰極を使用して、プラズマのマクロ粒子を遅らせ、またはそらせるように構成された場が作られる。
【0084】
プラズマイオンおよびミクロ粒子は、通常の条件下で基板上に堆積し、すなわち、静電場はそれらにいかなる影響も与えない。マクロ粒子は、イオンより遅く移動し、特にまず、より小さく、より速い粒子が移動し、より遅く、より重い粒子が後に続く。
【0085】
パルス放電中、陰極点の速度は加速器によって調節され、その結果、陰極1の浸食は、自己浄化方法で、すなわち基板経路の外側の点で発生したマクロ粒子を、別の点で発生したプラズマの向こうに押し出すことによって行われる。特に、浸食ゾーンにより、基板の視野の外側に位置する陰極の表面が終端する。
【0087】
マクロ粒子を機械的にフィルタリングするための正電位を帯びたフィルタリング電極5は、陽極4の出力部に設けることが好ましい。
【0088】
静電陽極4は、静電陰極より低い、少なくとも40ボルトの正電位に接続される。