特許第6489373号(P6489373)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6489373醗酵組成物その製造方法およびそれを用いる食品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6489373
(24)【登録日】2019年3月8日
(45)【発行日】2019年3月27日
(54)【発明の名称】醗酵組成物その製造方法およびそれを用いる食品
(51)【国際特許分類】
   A21D 2/36 20060101AFI20190318BHJP
   A21D 13/00 20170101ALI20190318BHJP
   A21D 13/41 20170101ALI20190318BHJP
   A21D 13/80 20170101ALI20190318BHJP
   A23L 7/109 20160101ALI20190318BHJP
   A23L 7/104 20160101ALI20190318BHJP
【FI】
   A21D2/36
   A21D13/00
   A21D13/41
   A21D13/80
   A23L7/109 A
   A23L7/104
【請求項の数】7
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2015-223421(P2015-223421)
(22)【出願日】2015年11月13日
(65)【公開番号】特開2016-163560(P2016-163560A)
(43)【公開日】2016年9月8日
【審査請求日】2016年12月26日
(31)【優先権主張番号】特願2015-38952(P2015-38952)
(32)【優先日】2015年2月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】597095348
【氏名又は名称】有限会社ソーイ
(74)【代理人】
【識別番号】100080159
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 望稔
(74)【代理人】
【識別番号】100090217
【弁理士】
【氏名又は名称】三和 晴子
(72)【発明者】
【氏名】石垣 哲治
【審査官】 伊藤 良子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2001−346506(JP,A)
【文献】 国際公開第98/001042(WO,A1)
【文献】 特開2005−269996(JP,A)
【文献】 特開2007−111043(JP,A)
【文献】 特開平11−018714(JP,A)
【文献】 特開平11−113513(JP,A)
【文献】 特表平09−504952(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A21D 2/00−17/00
A23L 7/00−7/104
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
小麦胚芽、大豆、ゴマ、小麦粉および米粉からなる群から選択される少なくとも二つの天然物のヌルク醗酵物を含有する醗酵組成物。
【請求項2】
前記選択される天然物が少なくとも三つである請求項1に記載の醗酵組成物。
【請求項3】
請求項1または2に記載の醗酵組成物を含有する食パンまたはハード系パン。
【請求項4】
請求項1または2に記載の醗酵組成物を含有するうどんまたはパスタ。
【請求項5】
請求項1または2に記載の醗酵組成物を含有するクラッカー。
【請求項6】
請求項1または2に記載の醗酵組成物を含有する焼き菓子、ケーキまたはピザ。
【請求項7】
小麦胚芽、大豆、ゴマ、小麦粉および米粉からなる群から選択される少なくとも二つの天然物を原材料として水を加えて混合し、リパーゼで分解し、その後ヌルクを加えて、意図的に加熱工程をすることなく醗酵させる醗酵組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、従来小麦粉膨張加工食品に添加材料として用いる化学合成物を含まず天然物のみで製造できる醗酵組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
本来パンは、小麦粉に水を混ぜて捏ね、酵母で醗酵した後に焼成したものであるが、塩や砂糖を捏ね合わせることでそれぞれ小麦粉のグルテン架橋形成や酵母の醗酵が効率的に行える。また工業的には水質の差異による醗酵のばらつきを無くし一定の製品を得るためにイーストフードや、機械による捏ね工程で生地の機械耐性を高めるために様々な化学合成された添加物などが用いられてきた。しかし昨今の健康志向から化学合成された添加物からの脱却が望まれ、これまでの製パン法から化学合成された添加物を使用していない製品を求める傾向が市場でますます強まってきている。
パンの風味、焼き上がり形状、食感などを改善するために、パン生地に用いられる添加物として、たとえば糖類、さらには糖化酵素などを添加することによりパン酵母が資化する糖を供給してパン酵母の活性を高める方法が知られている。さらに香付けとして、酒粕、乳酸醗酵物、などを添加することも知られている。一方で種生地製造時には、柔かい食感を出すなどのためにイーストフードとして無機物が添加されているという現状がある。またイーストフードとともに乳化剤なども添加されるが、特にグリセリドなどの乳化剤は、化学合成品の方が入手しやすいことおよび製品の均質性の面などから商業的に多用されている。
【0003】
パンは高い頻度で喫食される主食であって、微量では無害だからとはいえ化学合成添加物を使用することは本来望ましいものではない。しかし、従来、化学合成添加物を全く使用せず、天然素材だけで、特に種生地製造時のイーストフード、乳化剤などの機能を充分に果たすものが検討されているが満足できるものが得られていない。
そこで、現在多用されているこれら化学合成された添加物に代えて、所望の品質のパンが得られ、また生産性を低下させることなく商業的なパンの生産においても利用しうる天然素材のみから得られるパン用品質改良剤の開発が求められている。
【0004】
特許文献1では、イーストフード等の合成化合物を使用しない「油脂、無蒸煮醗酵大豆ペーストからなる乳化油脂組成物」が、パン生地の製造に使用されるイーストフードの全部または一部と置換して使用できることが記載されている。
合成化合物を使用しないパン用品質改良剤が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2571513号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
気泡を含有させることで、膨張加工された小麦粉製品は口どけや柔らかさが良好な状態であることが食品として好まれる。小麦粉膨張加工食品は直ぐに消費されることもあるが、工業的に多くは2〜3日経てから提供される。そのため、風味・食感などが劣化し、もともとの小麦粉膨張加工食品と全く異なってしまうことが問題である。特に、劣化した小麦粉膨張加工食品は硬く、パサパサした食感および触感となる傾向にあり、しっとりとした食感および触感が維持されていることが求められており、その解決方法が古くから模索されてきた。
【0007】
乳化剤による解決策では、乳化剤濃度あるいは種類により、乳化剤特有の臭気や苦味が生じることがあり、小麦粉膨張加工食品本来の風味を損ねる問題が指摘されている。また、デンプンや多糖類などの増粘剤を用いることも報告されている。この場合には、製造した小麦粉膨張加工食品の味が本来のものとは異なる上、口どけが悪くなり、くちゃつき、不自然な粘りと弾性の原因になることが知られている。
このように従来の方法では、老化抑止効果をもたせようとすると、小麦粉膨張加工食品本来の風味や食感が保てないことが問題であった。
【0008】
本発明の課題は、本来の味や風味を損ねることなく、柔らかく、しっとりした食感および触感を保持でき老化防止効果を有する、小麦粉膨張加工食品に添加して用いることのできる天然物のみからなる小麦胚芽醗酵組成物を提供し、その製造方法、用途を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の課題は、小麦胚芽、大豆、ゴマ、小麦粉および米粉からなる群から選択される少なくとも二つの天然物を醗酵させてなる醗酵組成物の提供によって解決され、また、その製造方法、用途を提供する。
【0010】
すなわち本発明は、以下を提供する。
(1)小麦胚芽、大豆、ゴマ、小麦粉および米粉からなる群から選択される少なくとも二つの天然物のヌルク醗酵物を含有する醗酵組成物。
(2)前記選択される天然物が少なくとも三つである(1)に記載の醗酵組成物。
(3)上記(1)または(2)に記載の醗酵組成物を含有する食パンまたはハード系パン。
(4)上記(1)または(2)に記載の醗酵組成物を含有するうどんまたはパスタ。
(5)上記(1)または(2)に記載の醗酵組成物を含有するクラッカー。
(6)上記(1)または(2)に記載の醗酵組成物を含有する焼き菓子、ケーキまたはピザ。
(7)小麦胚芽、大豆、ゴマ、小麦粉および米粉からなる群から選択される少なくとも二つの天然物を原材料として水を加えて混合し、リパーゼで分解し、その後ヌルクを加えて、意図的に加熱工程をすることなく醗酵させる醗酵組成物の製造方法
【発明の効果】
【0011】
本発明の醗酵組成物を加えて製造される小麦粉膨張加工食品は、焼成後に柔らかくしっとりした食感および触感が得られ、小麦粉製品のしっかりした旨みおよび風味を有し、増粘剤が利用された場合のように苦味や不快な臭気、食したときのくちゃつきおよび不自然な粘りと弾性を感じることなく、または保存後においても柔らかくしっとりした食感を維持することができる。または本発明の醗酵組成物を加えて製造される小麦粉膨張加工食品は、保存時間が長くなっても硬化の進行が遅く、冷蔵庫のような乾燥しやすい環境下においても、しっとりした食感および小麦製品の旨みおよび風味を維持する時間を引き延ばすことができる。本発明の醗酵組成物を用いた食品はこのような効果の少なくとも一つを達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例2のパンの焼成後のふくらみを示す図である。図1(A)は、正面図。図1(B)は、裏面図である。
図2】比較例1のパンの焼成後のふくらみを示す図である。図2(A)は、正面図。図2(B)は裏面図である。
図3】実施例2のパンの焼成後のふくらみを示す図である。図3(A)は、上面図。図3(B)は底面図である。
図4】比較例1のパンの焼成後のふくらみを示す図である。図4(A)は、上面図。図4(B)は底面図である。
図5】実施例2のパンの焼成後のふくらみを示す図である。図5(A)は、左側面図。図5(B)は右側面図である。
図6】比較例1のパンの焼成後のふくらみを示す図である。図6(A)は、左側面図。図6(B)は右側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.〔本発明の醗酵組成物の製造方法〕
<原材料>
本発明の醗酵組成物の原材料は、小麦胚芽、大豆、ゴマ、小麦粉および米粉からなる群から選択される少なくとも二つの天然物である。本発明の醗酵組成物は、より詳細には小麦粉膨張加工食品に用いる化学合成添加物に代わる天然物のみで製造できる醗酵組成物である。
【0014】
本発明の醗酵組成物の原材料は、小麦胚芽、大豆、ゴマ、小麦粉および米粉からなる群から選択される少なくとも二つの天然物、好ましくは少なくとも三つの天然物である。
これらの天然物の組合せは以下の組合せが例示できる。
(1)小麦胚芽、小麦粉、ゴマ
(2)小麦胚芽、小麦粉、米粉
(3)小麦胚芽、小麦粉
(4)小麦胚芽、大豆、小麦粉
(5)米粉、小麦粉、ゴマ
(6)大豆、小麦粉、米粉
(7)大豆、小麦粉、ゴマ
上記の組合せは、量比を変えた組合せがさらに可能である。
【0015】
(小麦胚芽)
小麦粒を構成する胚芽部分を意味し粒全体の約2質量%を占める。小麦胚芽は、ビタミンやミネラルなどの栄養を豊富に含み、タンパク質も大豆と等しく多量に含有しており、疲労回復や老化予防などの効果が期待され健康食品として利用されている。リン脂質供給源として原料に小麦胚芽を選択することができる。小麦胚芽は、植物の中では大豆に次ぎ多量のリン脂質が含まれているのでリン脂質供給源として有用であると考えられる。
(小麦粉)
本発明の醗酵組成物の原料としての小麦粉は、特に限定されず、小麦粉は小麦粒の胚乳の部分を挽いたものであるが、タンパク質の割合が12質量%以上の強力粉、タンパク質の割合が9質量%前後の中力粉、タンパク質の割合が8.5質量%以下の薄力粉のいずれでもよい。また、全粒粉と言われる小麦の表皮、胚芽、胚乳をすべて粉にしたものでもよい。好ましくは中力粉または強力粉である。
(大豆)
大豆は、牛乳や卵と同等の良質な植物タンパク質である。大豆は強い乳化作用のあるリン脂質を多量に含む優れた天然物の原料である。しかし大豆を利用しない場合の本発明の醗酵組成物は、アレルギー問題が騒がれる昨今の潮流において、大豆アレルゲンを除くことが出来る。また、従来の乳酸菌の醗酵製品で使用していた乳製品、特に脱塩したチーズホエーについて乳製品がアレルゲンとして表示義務があることから乳製品も使用しない醗酵組成物が可能となる。
(ゴマ)
洗って乾燥させた状態(洗いゴマ)で食用となるが、一般の食用としては炒ったもの(炒りゴマ)を利用する。本発明の原料は炒ったゴマである必要は無くゴマなら特に限定されない。皮むきゴマであっても、なくてもよい。ゴマの油分には、すでにジグリセリド、モノグリセリドがわずかに含まれているが、醗酵させると、ゴマの油分の主成分であるトリグリセリドを加水分解し、ジグリセリド、モノグリセリドを得ることが出来、乳化剤としても利用することが出来る。
(米粉)
本発明の醗酵組成物の原料としての米粉は、特に限定されず、うるち米、もち米のいずれでもよく、加工法の違い等による上新粉、白玉粉のいずれでもよい。従来の米粉(上新粉)より小麦粉の代用として使いやすくした微細粉米粉であってもよい。
【0016】
上記の組合せ(1)〜(7)においてそれぞれの量比を変えると以下の9の組合せがある。ここで以下の組合せの中で最初に示す原料が最も多く約6.5質量部、次に示す原料が約4.5質量部、最後に書いた原料が約2.1質量部の質量比が好ましいが、これに限定されない。下記の4)、5)に記載の組合せは二種類の原料の組合せであり他は三種類の原料の組合せであるがそれぞれの量比を同様の比率で用いることが有効であるので、すべて三種類の原料の形式で記載している。以下の(1)〜(9)の原料を例えば下記表1の例で用いて本発明の製造方法で本発明の醗酵組成物を製造することができる。
1)小麦胚芽、小麦粉、ゴマ
2)小麦胚芽、小麦粉、米粉
3)米粉、小麦粉、ゴマ
4)小麦胚芽、小麦粉、小麦胚芽
5)小麦胚芽、小麦胚芽、小麦粉
6)大豆、小麦粉、米粉
7)大豆、小麦粉、ゴマ
8)大豆、小麦粉、小麦胚芽
9)大豆、小麦胚芽、小麦粉
以上の一例を表にすると以下の表になる。
【0017】
【表1】
表中の数字は例示であり、これに限定されない。単位は質量部である。上記の原材料の比率で各質量部の比率で各原料を用いることが出来る。
【0018】
[本発明の醗酵組成物の製造方法]
<原材料の磨砕工程>
湿式および乾式のいずれの磨砕でもよい。湿式磨砕すると、磨砕とホモジナイズを同時に行える。
【0019】
<原材料の分解>
上記原料を、それぞれ粉砕して紛体として、所定量ずつ組合せ、水を加えて混合する。原材料の混合比率は特に限定されないが、それぞれ最初に書いた原料が6〜7質量部、次に書いた原料が4〜5質量部、および最後に書いた原料が2〜3質量部の比率が好ましい。得られた混合物にリパーゼ等を混合し、必要な場合はさらに水を加えて混合し原材料を分解する。pH6.0±0.2の結果物を得る。
【0020】
<ヌルクの添加>
ヌルクは、主に小麦などの穀物を練り自然に麹菌(クモノスカビ)を繁殖させ適温で熟成させた麹であり、加熱等の工程を一切加えない、韓国伝統の製法によって製造される。ヌルクは餅麹(ヘイギク)で塊の状態の麹である。韓国では古くから醗酵食品のスターターとして酒類の製造に広く使われてきた。自然条件下で製造されるため多種類の生物が存在する。最も多く付着している微生物は、Rhyzopus sp.で、Mucor sp.Absidia sp.Aspergillusなどのカビ類と、酵母類、乳酸菌類等が含まれる。本発明で使用するヌルクは、株式会社秋田今野商店(〒019-2112 秋田県大仙市字刈和野248)で、希望する人に頒布されている。本発明で用いるヌルクは小麦を基質としている。
【0021】
<醗酵工程>
醗酵は意図的に加熱工程をすることなく醗酵させる。
本発明が従来の麹添加の醗酵組成物と異なる点は醗酵工程前に原料を殺菌水に浸漬しているのみで、熱、水蒸気等による加熱工程を行っていない無蒸煮原材料を醗酵させる。醗酵時間は限定されないが7〜30時間でpH=4以下が好ましい。醗酵物は、原料の澱粉を糊化させてない状況であるのにもかかわらず、醗酵液の呈味の際に甘さを感じている点からβアミラーゼ活性の高いことが示唆される。
【0022】
得られた液状物を濾過して固形物を除去する。
製品は液体と粉体のいずれでも得ることができる。液状の製品から水分を除去して粉体としてもよい。
液状で得るには、デンプンの液化酵素を添加してデンプン糊化と液化とをさらに進めるのも好ましい。
【0023】
<最終殺菌処理>
最終製品として市場に流通させるには加熱して製品中の酵素を失活させ、合わせて殺菌する場合は殺菌のレベルをf値まで殺菌できる最低温度を用いて熱処理する。125℃、30秒以上、121℃、4分以上等の条件を例示することができる。殺菌装置の加熱方法や、機種によっても変動するが、好ましくはプレート殺菌機(高温瞬間殺菌機)で、オートクレーブ処理では、121±1℃で、1〜7分間、好ましくは3〜5分間行う。殺菌処理後冷却して容器に充填して製品化される。
【0024】
<本発明の醗酵組成物の他の態様:タンパク質の安定剤としての用途>
殺菌前に十分液化している本発明の醗酵組成物がオートクレーブ殺菌で高温加熱をした後に、再加熱および冷却するとゲル化が起こる。液化後の殺菌工程で高温に再加熱されると冷えるとゲル化現象が観察できる。一般的に、デンプンにリン酸塩を加えて加熱すると増粘作用が起こるという科学的事実があることからその状況が起こるものと考えられ、結果として酸性下でのタンパク質の安定剤が本発明の原料中の成分のみで生成できる。食品添加物を意図的に添加しない状態で液状の醗酵組成物は再加熱して冷却後ゲル化によりタンパク質の安定剤が得られる。
【0025】
〔本発明の醗酵組成物を用いる小麦膨張加工食品〕
本発明における小麦粉膨張加工食品とは、小麦粉を使用した食品で、焼成、蒸し、フライなどの加熱によって小麦粉を含有する生地を膨張させた食品をいい、加熱により気泡を膨張させた食品などがその一例である。小麦粉膨張加工食品として具体的には、食パンとハード系パンとを含むパン、蒸しパン、麺、パスタ、ピザまたはピザ生地、クラッカー、洋菓子、和菓子およびバッターを加熱により膨張させたものなどが挙げられる。
【0026】
(パンの製造方法)
本発明の醗酵組成物を用いる小麦膨張加工食品の例としてパンを例示して以下に説明するが、本発明の醗酵組成物を添加する食品は、小麦粉膨張加工食品ならいずれでもよく限定されない。パンの原材料としては、小麦粉、糖類、卵、油脂、乳成分、塩、水、雑穀、膨化剤などが挙げられる。
【0027】
小麦粉としては、強力粉を主として用い、薄力粉を用いることもあり、これに適宜、強力粉、中力粉、雑穀などを混合することができる。小麦粉の種類は、国外産、国内産は問わない。本発明の醗酵組成物はパンの小麦粉100質量%に対して0.05質量%〜2質量%まで適宜加えることができる。通常のパン製造においては、強力粉に酵母とイーストフードおよび乳化剤とを加えて、水で練って中種とするが、本発明の醗酵組成物を使用する場合は、イーストフード、ビタミンCおよび乳化剤の添加を必要としない。本発明の醗酵組成物を加えるとイーストフード、ビタミンCおよび乳化剤等の化学合成した添加剤を使用しなくても、焼成して得られるパンが柔らかくしっとりした食感が得られる、または保存後においても柔らかくしっとりした食感を維持することができる。または本発明の醗酵組成物を加えて製造される小麦粉膨張加工食品は、保存時間が長くなっても硬化の進行が遅くなり、冷蔵庫のような乾燥しやすい環境下においても、しっとりした食感を維持することができる。本発明の醗酵組成物を用いたパンはこのような効果の少なくとも一つを達成することができる。
【0028】
パンを製造する方法として、製パン原材料(製パン用穀粉、糖分、油分、塩、酵母、水、パン用品質改良剤)のすべてを一度に混ぜ合わせる直捏法と一部の製パン用穀粉に酵母と水を混ぜて醗酵させ、中種を作った後に残りの材料を混ぜ合わせて製造する中種法があげられるが、本発明のパン用品質改良剤はどちらの方法を使用しても、ボリューム感、ソフトな食感、老化抑制があり、香味のよいパンが得られる。本発明の醗酵組成物を有するパンはイーストフード、ビタミンCおよび乳化剤を添加しなくても焼き上がり形状がよく、ボリューム感があり、ソフトな食感、老化抑制のいずれかに優れる。
【0029】
(クラッカーの製造方法)
小麦粉(薄力、又は中力粉)、油脂(オリーブ油またはショートニング)、塩、イースト、本発明の醗酵組成物、ベーキングパウダーおよび水を混ぜ、醗酵約1時間置いて、クラッカーの型で押し、焼き孔をフォーク等であけて、必要な大きさとして、オーブン中で焼く。本発明の醗酵組成物を用いたクラッカーは、本発明の醗酵組成物を使用しないクラッカーと比較してグルテンネットワークの網目状模様が生地内部に観察される。
【0030】
以下の実施例を用いて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0031】
(実施例1)
醗酵組成物の調整
1)下記原料をマスコロイダー(増幸産業(株)社製)で下記の比率で磨砕混合した。
小麦胚芽 6.5質量部
小麦粉 4.5質量部
米粉 2.1質量部
水(殺菌水) 76.7質量部
2)得られた混合物に下記を混合した後添加した。pH=6.2±0.1の結果物が得られた。
リパーゼ 適量
水 適量
3)定温放置 35℃ ± 1℃ ×2時間。定低速攪拌を行った。pH=6.0±0.1の結果物が得られた。
【0032】
4)結果物に予備醗酵したヌルク0.3質量部(秋田今野商店製、含水物)をスターターとして添加する。
5)予備醗酵時にも醗酵時にも、醗酵前熱殺菌等の加熱の工程をせず 35℃±1℃×15時間醗酵を行った。
6)pH=3.4±0.2の結果物が得られた。
7)得られた結果物に下記を混合した後添加して下記の工程で液化する。
液化酵素 適量
水 適量
【0033】
8)加温および保温 60℃×60分、定低速攪拌を行った。
9)加温および保温 70℃×30分、定低速攪拌を行った。
10)加温および保温 90℃×30分、定低速攪拌を行った。
11)殺菌 オートクレーブにて121℃×4分。
12)得られた醗酵組成物を製品として充填および冷却した。
【0034】
(実施例2および実施例3)
実施例1の醗酵組成物を用いたパンの製造を実施例2および実施例3で行った。実施例3は実施例2と同じ材料を用いて、ただし、醗酵組成物を表2および3に記載した実施例3の比率へと少量増量させて、同様の材料と工程でパンを焼成した。
【0035】
実施例1の醗酵組成物を用いて実施例2および実施例3のパンを製造し評価した。
原材料は下記表の通り表2の材料を実施例2の比率で捏ね4時間醗酵させて中種を製造し、中種に表3の材料を表記の比率で混ぜ合わせて焼成温度と時間を上火210℃ 下火230℃ 35分間にて製造した。表中の数字はベーカーズ%で、粉を100質量%とする相対値で示している。
【0036】
【表2】
【0037】
【表3】
【0038】
[パン製造工程]
【0039】
(比較例1)
実施例1の醗酵組成物の代わりにビタミンCを用いたパンの製造
【0040】
1)ビタミンCを用いて実施例2と同様の醗酵時間、焼成温度、および時間でパンを製造し評価した。
原材料は下記表の通りであった。
【0041】
【表4】
【0042】
【表5】
【0043】
[パンの評価]
実施例2、実施例3および比較例1で得られたパンを中種4時間醗酵後の生地、焼成後の実施例2と比較例1のパンの様子を写真で撮影し評価した結果を図1〜6に示す。
パンの焼成
実施例2の焼成後のパンの計量で、焼成後1時間後の焼減蒸発率は10.6±0.1%であった。味は、酸味弱まり、酸味を感じることは感じるが、すぐに消えて甘さにおおわれる、甘さの引き立つパンであった。保存10日後でもまだしっとり感あり、パンの品質が10日後でもかなり保たれ、老化の遅いことがわかる。
比較例1の焼成後のパンの計量で、焼成後1時間後での焼減蒸発率は9.4±0.1%であった。 味は、特に特徴のない通常のパンと変わらない甘さが引き立たない味であった。 保存は、3〜4日でパサつき出した。
[パンの焼成後の膨らみ形状]
(1)正面図および裏面図
1)実施例2の焼成後のパンを正面から撮った写真および裏面から撮った写真が図1(A)および図1(B)であり、比較例1の焼成後のパンを正面から撮った写真および裏面から撮った写真が図2(A)および図2(B)である。
パンのふくらみが型枠まで至っていっぱいに膨らんでいる場合は、焦げ色が全面についており[図1(A)]および[図1(B)]、白い部分は壁面まで膨らまずに焦げ色がつかなかった部分[図2(A)]および[図2(B)]を示す。
(2)平面図および底面図
1)実施例2の焼成後のパンを上面から撮った写真および底面から撮った写真が図3(A)および図3(B)であり、比較例1の焼成後のパンを上面から撮った写真および底面から撮った写真が図4(A)および図4(B)である。実施例2[図3(A)および図3(B)]と比較して比較例1[図4(A)および図4(B)]は平面、底面とも白い部分が目立ち、型枠まで十分膨らんでいない。
(3)左側面図および右側面図
1)実施例2の焼成後のパンを左側面から撮った写真および右側面から撮った写真が図5(A)および図5(B)であり、比較例1の焼成後のパンを左側面から撮った写真および右側面から撮った写真が図6(A)および図6(B)である。実施例2[図5(A)および図5(B)]と比較して比較例1[図6(A)および図6(B)]は、ふくらみが不十分で均一ではないことがわかる。
【0044】
[パンの数値による評価]
得られた、実施例2、3、比較例1のパンを、混捏した生地の伸展性、焼き上がりの食パンの膨張加工状態、食感、ソフト感(10日後の老化抑制)を評価した。評価方法は下記の通り行い、結果を表6に示した。
【0045】
1)混捏した生地の伸展性の評価
混捏した生地の伸展性の評価は10名の専門パネラーにより、以下の3段階で判定し、パネラー10名が評価した値の平均値で示した。得られた結果は、表6に示した。
<生地の伸展性の評価>
点数 生地の伸展性
0 生地に伸展性がない
1 生地に伸展性が少しある
2 生地に伸展性がある
【0046】
2)焼き上がりのパンの各評価
得られたパン用品質改良剤を使用した焼き上がりのパンの各評価をした。官能評価は、10名の専門パネラーにより、呈味性、ソフト感(10日後の老化抑制状態をソフト感で評価)の各評価を以下の3段階で判定し、パネラー10名が評価した値の平均値で示した。得られた結果は、表6に示した。
2−1)< 膨張加工>
点数 膨張度合(焼成時の膨張度)
0 膨張が型枠に達せず白い部分が見られる。
1 焼成が型枠通りでなく少し、変形が見られる。
2 膨張が型枠に十分達し白い部分が見られない。
【0047】
2−2)<呈味性>
実施例では酸味と小麦の甘さの強弱、比較例では小麦粉の甘さの強弱として評価した。
点数 呈味性
0 口中に酸味が強く感じる、または酸味は感じないが小麦の甘さを感じない
1 口中に酸味が感じる、または酸味は感じない小麦の甘さも感じる
2 口中に酸味を微かに感じるか、または酸味は感じないその後小麦の甘さで席巻される
2−3)<ソフト感(10日後)の評価>
点数 ソフト感
0 ソフト感がない
1 ソフト感が少しある
2 ソフト感がある
【0048】
【表6】
【0049】
表6の結果から、本発明の醗酵組成物を用いた実施例のパンは、比較例の従来公知のパンに比べて、生地の伸展性ではそれほど変わらなかったが、膨張度合では実施例のパンの膨らみ具合が高いことがわかる。それは実施例2で得られたパンと比較例1のパンを比較した図の結果と同様であった。実施例のパンの呈味性は非常に優れ、小麦の甘さを生かせていることがわかる。保存性を示す10日後のソフト感は、実施例が比較例に比べて大きく保存性があることがわかる。
【0050】
(実施例4)
醗酵組成物の調整
1)下記原料をマスコロイダー(増幸産業(株)社製)で磨砕混合した。
小麦胚芽 6.5質量部
小麦粉 4.5質量部
ゴマ(洗いゴマ) 2.1質量部
水(殺菌水) 76.7質量部
2)得られた混合物に下記を混合した後添加した。pH=6.6の結果物が得られた。
リパーゼ 適量
プロテアーゼ) 適量
水 適量
3)定温放置 35℃ ± 1℃ ×2時間。定低速攪拌を行った。pH=6.0の結果物が得られた。
【0051】
4)結果物に予備醗酵したヌルク0.3質量部(秋田今野商店製、含水物)をスターターとして添加する。
5)予備醗酵時にも醗酵時にも、醗酵前熱殺菌等の加熱の工程をせず 35℃±1℃×15時間醗酵を行った。
6)醗酵後茶こしでろ過して、pH=3.8の結果物が得られた。
7)得られた結果物に下記を混合した後添加して下記の工程で液化する。
液化酵素 適量
水 適量
【0052】
8)加温および保温 60℃×60分、定低速攪拌を行った。
9)加温および保温 70℃×30分、定低速攪拌を行った。
10)加温および保温 90℃×30分、定低速攪拌を行った。
11)殺菌 オートクレーブにて121℃×4分。
12)得られた醗酵組成物を製品として充填および冷却した。
【0053】
(実施例5)
実施例4の醗酵組成物を用いたパンの製造を実施例5で行った。
【0054】
原材料は下記表の通り表7の材料を表中の比率で捏ね4時間醗酵させて中種を製造し、中種に表8の材料を表記の比率で混ぜ合わせて焼成温度と時間を上火210℃下火230℃、35分間にて製造した。表中の数字はバーカーズ%である。
評価結果を表9に示す。
【0055】
【表7】
【0056】
【表8】
【0057】
【表9】
【0058】
本発明の醗酵組成物を用いた実施例5のパンは、比較例の従来公知のパンに比べて、生地の伸展性ではそれほど変わらなかったが、膨張度合では実施例のパンの膨らみ具合が高いことがわかる。実施例5のパンの呈味性は非常に優れ、ハード系のパンの風味、食感が強く、小麦の甘さを生かせていることがわかる。保存性を示す10日後のソフト感は、実施例5が比較例1に比べて大きく保存性があることがわかる。
【0059】
(実施例6)
実施例4の醗酵組成物を用いたパン(カンパーニュ風)の製造を実施例6で行った。
製造は食パンの中種法のように一部の種を前日に捏ねて置き、翌日その種を入れて本捏ねを行う方法で製造する。カンパーニュ風と呼ばれるパンで、フランスでは本来ライ麦を入れるが、この実施例ではライ麦を使用しない代わりにその分をすべて小麦粉とした。表10の原料を捏ねた種を2時間29℃庫内で醗酵後15時間冷蔵庫に保管し、15時間後に表11の原料に表10の種を入れて本捏ねし、上火210℃下火230℃にて焼き初めに蒸気を入れて35分焼成した。
【0060】
(比較例2)
実施例6と同様にただし、本発明の醗酵組成物を用いずに原料を表10,11に示す量で用いて実施例6と同様の製造方法で製造した。表10,11に実施例6と併せて比較例2を示す。
【0061】
【表10】
【0062】
【表11】
【0063】
実施例6と比較例2で得られたパン(カンパーニュ風)を比較して評価した。すでに記載した生地の伸展性の評価および焼き上がりの呈味生の評価に加えて以下の小麦焼成による香ばしい風味の評価を行って、結果を表12に示す。
<小麦焼成による香ばしい風味の評価>
点数 小麦焼成による風味の評価
0 小麦焼成による香ばしい風味性がない
1 小麦焼成による香ばしい風味性が少しある
2 小麦焼成による香ばしい風味性がある
【0064】
【表12】
【0065】
(実施例7)
実施例1の醗酵組成物を用いたクラッカーの製造を実施例7で行った。
【0066】
以下のように実施例1の醗酵組成物を用いてクラッカーを製造し評価した。
原材料は下記表13の材料を表中の比率で捏ね生地を取り出してひとまとめにし、麺棒で2mm程度の厚さに伸ばす。包丁の背などで3cm角の切れ目を入れ、フォークで空気穴をあける。オーブンで上火210℃下火230℃ で10分間焼成した。表中の数字はベーカーズ%である。
本発明の醗酵組成物を用いたクラッカーは、本発明の醗酵組成物を使用しない市販のクラッカーと比較してグルテンネットワークの網目状模様が生地内部に観察され、しっとりした風味がしっかりとありながら全体が軽く触感にも優れていた。
【0067】
【表13】
【0068】
別に、本発明の醗酵組成物を含有するピザ生地を製造し焼成して得られたピザは、グルテンネットワークの網目状模様が生地内部に観察され、しっとりした風味がしっかりとありながら全体が軽く触感にも優れていた。また、蒸しパン、うどん、パスタを、製造し、蒸したり、ゆでて製品とすると、しっとりした風味がしっかりとありながら全体が軽く触感にも優れていた。製品にコシがあり、塩分を少なくしても充分コシが見られた。劣化の程度も遅かった。
以上の実施例、比較例およびその結果を示す表番号を以下の表14にまとめて示す。
【0069】
【表14】
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の醗酵組成物は、小麦膨張加工食品に用いると、食品は、焼成で型枠いっぱいに膨らみ、焼成後柔らかくしっとりした食感が得られる、保存後においても柔らかくしっとりした食感を維持することができる。本発明の醗酵組成物を加えて製造される小麦粉膨張加工食品は、保存時間が長くなっても硬化の進行が遅く、冷蔵庫のような乾燥しやすい環境下においても、しっとりした食感を維持することができる。また、原材料を小麦胚芽、小麦粉および米粉とする本発明の醗酵組成物は、小麦以外のアレルゲンとして表示義務のあるアレルゲンを原材料に含まない。天然物のみで構成できる。原材料には、小麦胚芽、小麦粉および米粉以外にも、ゴマ、大豆を組み合わせて本発明の醗酵組成物を製造でき、それぞれ異なる醗酵特性を有するので、小麦膨張加工食品に用いると、焼成、蒸す,焼く、ゆでる等の加工により、しっとりした風味がしっかりとありながら全体が軽く触感にも優れている小麦膨張加工食品が得られる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6