(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6490102
(24)【登録日】2019年3月8日
(45)【発行日】2019年3月27日
(54)【発明の名称】時計ネジおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 28/04 20060101AFI20190318BHJP
C23C 8/14 20060101ALI20190318BHJP
B05D 7/14 20060101ALI20190318BHJP
B05D 7/24 20060101ALI20190318BHJP
F16B 33/06 20060101ALI20190318BHJP
【FI】
C23C28/04
C23C8/14
B05D7/14 Z
B05D7/24 302L
F16B33/06 H
【請求項の数】7
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-566174(P2016-566174)
(86)(22)【出願日】2015年12月17日
(86)【国際出願番号】JP2015085378
(87)【国際公開番号】WO2016104329
(87)【国際公開日】20160630
【審査請求日】2017年4月6日
(31)【優先権主張番号】特願2014-261363(P2014-261363)
(32)【優先日】2014年12月24日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001960
【氏名又は名称】シチズン時計株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100128495
【弁理士】
【氏名又は名称】出野 知
(74)【代理人】
【識別番号】100102990
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 良博
(74)【代理人】
【識別番号】100144417
【弁理士】
【氏名又は名称】堂垣 泰雄
(72)【発明者】
【氏名】山崎 晴子
(72)【発明者】
【氏名】平居 芳郎
【審査官】
祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭58−045374(JP,A)
【文献】
特開2010−077457(JP,A)
【文献】
特開平09−157828(JP,A)
【文献】
特開昭48−072549(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 24/00−30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素を0.5〜1.0質量%含む鋼製のネジ基材、前記ネジ基材上の厚さ60nm〜80nmの前記鋼の酸化物層、および前記酸化物層上のフッ素コーティング膜、を含んでなり、前記酸化物層が、50μm四方の表面積あたり、直径0.3μm以上のピンホールを10個以下有することを特徴とする、時計ネジ。
【請求項2】
前記フッ素コーティング膜の厚さが、2nm〜6nmであることを特徴とする、請求項1に記載の時計ネジ。
【請求項3】
前記ネジ基材の表面硬度がHv500〜700であることを特徴とする、請求項1または2に記載の時計ネジ。
【請求項4】
炭素を0.5〜1.0質量%含む鋼製のネジ基材、前記ネジ基材上の厚さ60nm〜80nmの前記鋼の酸化物層、および前記酸化物層上のフッ素コーティング膜、を含んでなる時計ネジの製造方法であって、
前記ネジ基材を用意する工程、
前記ネジ基材を大気雰囲気中で300℃以下の温度で30分以上加熱して、前記酸化物層を形成する工程、
前記酸化物層に前記フッ素コーティング膜を形成する工程、
を含んでなる、前記時計ネジの製造方法。
【請求項5】
前記加熱時間が6時間以下であることを特徴とする、請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記加熱工程の前に、前記ネジ基材を焼き入れ焼き戻しする工程をさらに含んでなる、請求項4または請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
前記加熱工程において、1000個以上の前記ネジ基材を同時に加熱することを特徴とする、請求項4〜6のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は時計ネジに関係する。特に、本発明の時計ネジは、装飾性に寄与する深く濃い干渉膜ブルー色を有し、耐傷性および耐食性に優れた時計ネジである。
また、本発明は前記の時計ネジの製造方法に関係する。特に、本発明の製造方法は、前記時計ネジを容易に大量生産し得る。
【背景技術】
【0002】
時計のような装飾品には、精確性や耐久性のような実用性に加えて、優れた美的外観も要求される。ブルー色は人気のある色の一つであり、特に、干渉色によるブルー色は奥深く濃い高級感があって好まれる。
【0003】
従来、鉄製の時計針や鋼製の時計ネジ等の物品に着色をするには、塗装加工、湿式メッキ加工、乾式メッキ加工などが用いられる。この内、塗装加工や湿式メッキ加工に依って得られる色は自発色であり、干渉色にすることは出来ない。又、乾式メッキ加工では透明膜による干渉色を得ることは出来るが、深く濃い干渉膜ブルー色にはならない。加えて、乾式メッキ加工は真空装置を使用しなければならないためにコストが増大するという問題や、均一な膜を形成させるために個々に基材を装置内の冶具に並べる必要があり非常に手間がかかるという問題があった。
【0004】
深く濃い干渉膜ブルー色の時計針を得る技術として、特許文献1は、純鉄製の時計針を大気中で300〜450℃数十秒加熱処理し、基材の表面を酸化させて酸化鉄層(着色層)を形成することを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−77457号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】市原 明恵、塗 嘉夫(2001年6月)、加熱、圧延鋼材の脱炭現象の解析、山陽特殊製鋼技報第8巻、p43―50
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
優れた美的外観をもたらす、深く濃い干渉膜ブルー色の時計ネジが求められている。一方で時計ネジは当然のことながら、時計の製造時・メンテナンス時に締めたり、緩めたりする。ネジ、特にネジ頭やネジ溝部には相応の応力がかかるので、その応力に耐えうる強度、特に表面硬度も必要とされる。さもないと、ネジの表面に容易に傷が生じる。そのため、ネジの基材としては、炭素鋼や浸炭鋼を焼き入れ・焼き戻ししたものが一般的に用いられる。
【0008】
このような炭素(C)を含有している鋼製の時計ネジを、特許文献1の教示にしたがって、大気中で300〜450℃数十秒、加熱処理し酸化させた場合、深く濃い干渉膜ブルー色を有することが出来るが耐食性が著しく悪い。具体的には、この時計ネジを高温多湿環境(温度40 ℃、湿度90% RH)に24時間曝すと、錆が発生した。
【0009】
特定の理論に拘束されるものではないが、この耐食性が著しく悪い原因として、以下が考えられる。基材の表面を酸化させて形成された酸化鉄層(着色層)を観察したところ、多くのピンホールが確認された。このピンホールを起点として基材の腐食が進行しやすいせいで、耐食性が著しく悪いことが考えられる。
【0010】
ピンホールが多く発生する理由としては、着色層形成のための加熱処理中に基材に含まれる炭素分がCOやCO
2となり基材表面から炭素(C)が抜け落ちた箇所がボイドとなってピンホール化したものと考えられる。非特許文献1には、基材のC量が増加するほど、COやCO
2ガス発生量が多く、その結果として基材界面のボイド発生率が高くなることが記載されている。
【0011】
本発明は、装飾性に寄与する深く濃い干渉膜ブルー色を有し、耐傷性および耐食性に優れた時計ネジを提供することを目的とする。また、本発明はこの時計ネジを製造する方法、特にこの時計ネジを容易に大量生産し得る方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明により、以下が提供される。
[1] 炭素を0.5〜1.0質量%含む鋼製のネジ基材、前記ネジ基材上の厚さ60nm〜80nmの前記鋼の酸化物層、および前記酸化物層上のフッ素コーティング膜、を含んでなる、時計ネジ。
[2] 前記酸化物層が、50μm四方の表面積あたり、直径0.3μm以上のピンホールを10個以下有することを特徴とする、項目[1]に記載の時計ネジ。
[3] 前記フッ素コーティング膜の厚さが、2nm〜6nmであることを特徴とする、請求項1または2に記載の時計ネジ。
[4] 前記ネジ基材の表面硬度がHv500〜700であることを特徴とする、項目[1]〜[3]のいずれか1項に記載の時計ネジ。
[5] 項目[1]〜[4]のいずれかに記載の時計ネジの製造方法であって、
前記ネジ基材を用意する工程、
前記ネジ基材を大気雰囲気中で300℃以下の温度で30分以上加熱して、前記酸化物層を形成する工程、
前記酸化物層に前記フッ素コーティング膜を形成する工程、
を含んでなる、前記時計ネジの製造方法。
[6] 前記加熱時間が6時間以下であることを特徴とする、項目[5]に記載の製造方法。
[7] 前記加熱工程の前に、前記ネジ基材を焼き入れ焼き戻しする工程をさらに含んでなる、項目[5]または[6]に記載の製造方法。
[8] 前記加熱工程において、1000個以上の前記ネジ基材を同時に加熱することを特徴とする、項目[5]〜[7]のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、装飾性に寄与する深く濃い干渉膜ブルー色を有し、耐傷性および耐食性に優れた時計ネジが提供される。また、本発明により、この時計ネジを製造する方法、特にこの時計ネジを容易に大量生産し得る方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の時計ネジのピンホールを観察した電子顕微鏡画像。
【
図2】比較例の時計ネジのピンホールを観察した電子顕微鏡画像。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明による時計ネジは、炭素を0.5〜1.0質量%含む鋼製のネジ基材、前記ネジ基材上の厚さ60nm〜80nmの前記鋼の酸化物層、および前記酸化物層上のフッ素コーティング膜、を含んでなる。
【0016】
本発明による時計ネジは、炭素を0.5〜1.0質量%含む鋼製のネジ基材を有することを必須とする。本願明細書において、ネジ基材とは、ネジ形状に加工された鋼材を指し、炭素を0.5質量%以上〜1.0質量%以下含む。鋼材に炭素が含まれることにより、鋼材の硬度、引張強度が向上する。炭素を含む鋼材は、焼き入れ焼き戻しをすることによりさらに表面硬度を高めることもできる。炭素含有量が少なすぎると、硬度や強度の向上効果が十分でないため、炭素含有量の下限は0.5質量%とする。ただし、炭素含有量が多すぎると、鋼材の靱性が低下することがある。また後述するように、ネジ基材上の酸化物層に、Cの脱炭によるピンホールが多数生じ、錆が生じやすくなる。したがって、炭素含有量の上限は1.0質量%とする。この範囲の炭素含有量を含むネジ基材は、十分な強度と硬度を有し、優れた耐傷性を有する。本願発明において、ネジ基材の大きさは特に限定されないが、時計用ネジであることから、概ねネジ径が0.4mm〜1.0mm、ネジ全長は1.0mm〜3.0mmのものを対象としてもよい。
なお、本発明のネジは、後述するとおり、フッ素コーティング膜を有しており、このフッ素コーティング膜によっても耐傷性が向上している。
【0017】
鋼材は、上記の炭素含有量のものであれば、特に制限はされず、入手性、加工性、焼き入れ・焼き戻し性等を考慮して、市販の炭素工具鋼や浸炭鋼を用いてもよい。
【0018】
ネジ基材の表面硬度はビッカース硬度(Hv;マイクロビッカース硬度計、5g荷重、保持時間10秒で測定)500以上〜700以下であってもよい。ネジ基材が炭素を含んでいるので、焼き入れ焼き戻しをすることによって、所望の表面硬度を実現することが可能である。Hv500未満では実用的なネジとしての強度が十分でない。Hvの上限は特に限定されるものではないが、炭素含有量が1.0質量%以下の鋼材で、Hvを高くしようとすると、靱性の低下等の問題が生じるおそれがある。そのため、Hvの上限は700としてもよい。
【0019】
本発明の時計ネジは、前記ネジ基材の表面上に、ネジ基材が酸化された酸化物層を厚さ60nm以上〜80nm以下で有することを必須とする。この酸化物層によって、装飾性に寄与する深く濃い干渉膜ブルー色をもたらされる。このブルー色は干渉によって実現される色を含むため、酸化物層の厚さが薄すぎたりまたは厚すぎたりすると、所望のブルー色が得られない。酸化物層の厚さが60nm未満であると、透明、濃紫、紫等の色がもたらされ、80nm超であると、紫、緑、黄、赤等の色がもたらされる。そのため、酸化物層の厚さを60nm以上〜80nm以下とする。
【0020】
酸化物層の表面には、ピンホールが存在することがある。酸化物層は、ネジ基材を大気中で加熱処理し、ネジ基材の表面を酸化することによって得ることができるが、この加熱処理中にネジ基材に含まれる炭素分がCOやCO
2となり基材表面から炭素(C)が抜け落ちた箇所がボイドとなってピンホール化するためである。酸化物層の表面にピンホールが存在すると、そのピンホールを起点として基材の腐食が進行しやすくなり、耐食性が悪くなる。ただし、本発明のネジは、後述するとおり、酸化物層の上にフッ素コーティング膜を含んでおり、このフッ素コーティング膜によって優れた耐食性が確保される。
耐食性をさらに高めるために、酸化物層において、50μm四方の表面積あたり、表面開口部の直径が0.3μm以上のピンホールが10個以下としてもよい。この範囲であれば、酸化物層の表面に存在するピンホールは十分に少なく、基材の腐食がより進行しにくくなり、耐食性はさらに向上する。
【0021】
酸化物層は、ネジ基材を大気中で加熱処理し、ネジ基材の表面を酸化することによって得ることができる。酸化物層を得るための加熱条件について、本発明者が鋭意検討した結果、ネジ基材を大気中で300℃以下の温度で30分以上加熱することにより、所望の酸化物が得られることが見出された。温度を300℃以上とすると、酸化が進みすぎて、酸化物層の厚みが厚くなりすぎて、所望のブルー色が得られない。300℃以上でも加熱時間を短くすることにより、酸化物層の厚みを調整することが考えられる。例えば、特許文献1は、炭素を含まない純鉄製の時計針を大気中で300〜450℃で数十秒加熱処理している。しかし、炭素を含むネジ基材を300℃以上で加熱すると、酸化物層の表面に多数のピンホールが発生しやすく、耐食性が悪化する。ネジ基材に含まれる炭素分がCOやCO
2となり基材表面から炭素(C)が抜け落ちた箇所がボイドとなってピンホール化する現象は加熱開始直後からみられるが、驚くべきことに、加熱を30分以上続けることによってネジ基材(鋼材)のピンホール部が塞がれる。これは、ネジ基材(鋼材)の鉄が大気中の酸素と反応して酸化物層を形成し、ピンホール部が塞がれたためである。この驚くべき現象は、本発明者らによって見出された。この発見に基づき、300℃以下で30分以上加熱することにより、所望のブルー色を有し、ピンホールが少なく耐食性に優れた、酸化物層を得ることができる。
【0022】
加熱温度は、ネジ基材(鋼材)の酸化物層を形成し得る温度であれば特に限定されるものではないが、加熱温度が低すぎると酸化物層の形成に時間を要し、生産性が低下するので、240℃を下限としてもよい。
また加熱時間が長すぎても、生産性が低下するので、6時間を上限としてもよい。さらに好ましくは、4.5時間を上限としてもよい。
また酸化物層の厚みは、加熱温度、加熱時間と正の相関を有すると考えられる。つまり、加熱温度が高いほど酸化物層は厚くなり、また加熱時間が長いほど酸化物層は厚くなると考えられる。したがって、加熱温度と加熱時間とを組み合わせて、より適当な加熱条件を設定してもよい。ネジ基材が極端に大きすぎたり、小さすぎたりすると、加熱条件(伝熱条件)や雰囲気条件の変化が大きくなり、酸化物層の厚さにバラツキを生じるおそれがある。ネジ径が0.4mm〜1.0mm、ネジ全長が1.0mm〜3.0mmのネジ基材であれば、加熱条件(伝熱条件)や雰囲気条件の大きな変化はなく、酸化物層の厚さにバラツキを生じることがなく、均一な深く濃い干渉ブルー色がもたらされる。
【0023】
この加熱条件は、ネジ基材を1000個以上同時処理することにも適用可能である。30分以上加熱されるため、1000個以上のネジ基材のそれぞれに均質な加熱条件を提供することができ、酸化物層の厚さにバラツキを生じることがなく、均一な深く濃い干渉ブルー色がもたらされる。特許文献1のように数十秒の加熱では、1000個以上のネジ基材を同時に均質に加熱することは困難である。
【0024】
ネジ基材の表面に酸化物層を形成する前に、ネジ基材の表面を洗浄しておいてもよい。ネジ基材は、空気中に放置している間も錆びが発生していることがあり、均一な酸化物層を形成するために、ネジ基材表面を洗浄しておくことが好ましい。洗浄の方法は、特に限定されるものではなく、一般的な鋼材の洗浄方法を用いることができる。アルカリ洗浄、酸洗、純水リンス、アルコール洗浄、超音波洗浄等を用いてもよく、およびそれらを適当に組み合わせてもよい。
【0025】
本発明の時計ネジは、前記酸化物層の表面上に、フッ素コーティング膜を有することを必須とする。フッ素コーティング膜の原材料としては、フッ素化ポリオレフィン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、及びそれらの重合性物質の共重合体などの、フッ素系樹脂が挙げられ得るが、これらに限定されない。フッ素系樹脂を含んだ液状塗料を、酸化物層を備えたネジ基材に浸漬塗布し、この塗料を乾燥することにより、酸化物層の表面に均一にフッ素コーティングすることが可能である。酸化物層の表面にフッ素樹脂ネジがフッ素コーティングされていることにより、優れた耐傷性と耐食性が実現される。また、フッ素コーティング膜は十分に薄くすることができ、酸化物層による深く濃い干渉ブルー色を損なわない。そして、このような薄いフッ素コーティング膜であっても、優れた耐傷性と耐食性を発揮することができる。フッ素コーティング膜の厚さは、深く濃い干渉ブルー色を損なわず且つ優れた耐傷性と耐食性を発揮するものであれば特に限定されるものではなく、2nm以上〜6nm以下としてもよい。フッ素コーティング膜の厚さが2nm未満であると、耐傷性と耐食性が低下するおそれがあり、6nm超であると酸化物層による干渉ブルー色に影響を与えるおそれがある。なお、酸化物層は、耐食性に影響を与えない範囲でピンホールを有してもよく、ピンホールにフッ素コーティング膜が浸入してアンカー効果を生むことにより、フッ素コーティング膜がより強固に酸化物層に密着し、さらに耐食性・耐傷性が向上しうる。アンカー効果を確実に得るために、酸化物層において、50μm四方の表面積あたり、表面開口部の直径が0.3μm以上のピンホールが1個以上存在してもよい。ただし、ピンホールが多すぎると、ピンホールからの腐食作用が促進され、フッ素コーティング膜による保護作用でも優れた耐食性・耐傷性を得ることができない。
【0026】
酸化物層の表面上に、フッ素コーティング処理を施す前に、ネジ基材の表面(酸化物層)を洗浄しておいてもよい。フッ素コーティングが均質に浸漬塗布されやすくなり、均一に深く濃い干渉ブルー色がもたらされる。洗浄方法としては、前述した酸化物層を形成する前にネジ基材を洗浄する方法を用いてもよいが、比較的薄い酸化物層が剥離することのないように、マイルドな洗浄方法を用いることが好ましい。エタノール等のアルコール溶液中で超音波洗浄してもよい。
【実施例】
【0027】
以下に実施例を用いて、本発明について具体的に説明をする。ただし、本発明はこれらの実施例に限定して解釈されるべきものではない。
【0028】
炭素工具鋼材であるSK95(SK4)(JIS G 4401:2006)を切削加工して、時計ネジのためのネジ基材(ネジ径0.4〜1.0mm、ネジ全長1.0〜3.0mm)に成形した。その後焼入れ焼き戻しを行なって硬さがHv650となるよう処理した。
酸化物層(ブルー色着色層)を得るための加熱処理の前に、ネジ基材の洗浄を行った。ネジ基材を用意した後(焼き入れ焼き戻しを行った後)、空気中に放置している間も錆びが発生し、ネジ基材の表面にはFe
2O
3の酸化膜が不均一に形成されていることもあるからである。具体的には、ネジ基材をアルカリ水溶液に5分間浸漬し、次に純水で5分間リンスし、次に純水をエタノールに置換し、その後大気吸引式の乾燥機を用いて100℃以下の温度で3分以上吸引乾燥した。
深く濃い干渉膜ブルー色の酸化物層を得るための加熱処理を行った。加熱処理条件は表1に示したとおりである。ネジ基材の加熱処理は、数千個単位で同時処理可能な大気循環式の大気炉内で実施した。
酸化物層を備えたネジ基材を、エタノール中で超音波洗浄し乾燥させた後、フッ素樹脂塗料((株)ハーベス社製 DURASURF DS5210TH)を浸漬塗布し、この塗料を乾燥することにより、酸化物層の表面にフッ素コーティングした。
【0029】
比較例として、本発明の範囲外である加熱処理条件で加熱をした(表2参照)。また、比較例ではフッ素コーティングを行わないものも作製した。
【0030】
実施例、比較例で作製した時計ネジについて、以下を評価した。
(1)表面ピンホールの観察:時計ネジの表面に存在するピンホールを、走査型電子顕微鏡(倍率×1000)を用いて観察した。「○」は、50μm四方の表面積あたり、表面開口部の直径が0.3μm以上のピンホールが10個以下である。「×」は、ピンホールが10個超のものである。
(2)耐食性:時計ネジを温度40 ℃、湿度90% RHの環境下において、所定時間後に錆が発生しているかどうかを目視で確認する。「○」は、錆が発生しなかったものである。「×」は、24時間後に錆が発生したものである。「△」は、1週間後には錆が確認されたものである。
(3)耐傷性:時計自動組立では、手作業による組立よりも多少乱暴に取り扱われる。得られた時計ネジの耐傷性を評価するために、時計自動組立ラインの振動パーツフィーダーに時計ネジを投入し、その後時計ネジの表面の疵を目視観察した。「○」は、傷が発生しなかったものである。「×」は、目視で確認できる傷が発生したものである。「△」は、倍率10倍の双眼顕微鏡で確認できる傷が発生したものである。
(4)総合評価:ピンホールの有無、耐食性、耐傷性に関して、すべてが「○」であれば、総合評価「○」とした。すべてが「×」であれば、総合評価「×」とした。それ以外を総合評価「△」とした。
【0031】
【表1】
【0032】
【表2】
【0033】
本発明の時計ネジは、装飾性に寄与する深く濃い干渉膜ブルー色を有し、耐傷性および耐食性に優れていた。
図1は、本発明の時計ネジのピンホールを観察した電子顕微鏡画像である。
比較例は、本発明に比べて高温で加熱処理を行っており、その分短めにすることにより、酸化物層厚さを調節して深く濃い干渉膜ブルー色を得た。しかし、ピンホールが多かった。
図2は、比較例の時計ネジのピンホールを観察した電子顕微鏡画像である。そのため、耐食性・耐傷性が悪く、フッ素コーティング膜があっても、本発明よりも低い耐食性・耐傷性しか得られなかった。
なお、参考のために、フッ素コートをしないこと以外は、実施例と同じ条件で作製した時計ネジについても評価した。この参考例の時計ネジの耐食性・耐傷性は、比較例よりは優れていたが、実施例よりは劣るものが見られた。