特許第6491031号(P6491031)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6491031
(24)【登録日】2019年3月8日
(45)【発行日】2019年3月27日
(54)【発明の名称】積層型硬質皮膜および切削工具
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20190318BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20190318BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20190318BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20190318BHJP
【FI】
   C23C14/06 H
   C23C14/06 P
   B23B27/14 A
   B23C5/16
   B23B51/00 J
【請求項の数】7
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-89285(P2015-89285)
(22)【出願日】2015年4月24日
(65)【公開番号】特開2016-27192(P2016-27192A)
(43)【公開日】2016年2月18日
【審査請求日】2017年9月1日
(31)【優先権主張番号】特願2014-129122(P2014-129122)
(32)【優先日】2014年6月24日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】特許業務法人栄光特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】阿部 麻衣子
(72)【発明者】
【氏名】山本 兼司
(72)【発明者】
【氏名】二井 裕瑛
【審査官】 今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−139696(JP,A)
【文献】 特開2008−168365(JP,A)
【文献】 特開2010−111952(JP,A)
【文献】 特開2012−166320(JP,A)
【文献】 特開2006−225703(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成の異なる層Aと層Bが積層されてなる積層型硬質皮膜であって、
上記層Aが、
(MAlCrTa)(B)からなり、
0≦a≦0.250.5≦b≦0.8
0.10≦c≦0.30、0.05≦d≦0.35
0≦x≦0.15、0≦y≦0.50
a+b+c+d=1、x+y+z=1
但し、Mは、V、Nb、MoおよびWよりなる群から選択される少なくとも1種であり、a、b、cおよびdは、夫々M、Al、CrおよびTaの原子比、x、yおよびzは、夫々B、CおよびNの原子比を示す。
の関係を満足すると共に、
上記層Bが、
(TiαSiβ)(B)からなり、
0.05≦β≦0.35
0≦x≦0.15、0≦y≦0.50
α+β=1、x+y+z=1
但し、αおよびβは、夫々TiおよびSiの原子比、x、yおよびzは、夫々B、CおよびNの原子比を示す。
の関係を満足し、これらが夫々1層以上交互に積層したものであることを特徴とする積層型硬質皮膜。
【請求項2】
0≦a≦0.1である請求項1に記載の積層型硬質皮膜。
【請求項3】
0.5≦b≦0.65である請求項1または2に記載の積層型硬質皮膜。
【請求項4】
前記層Aおよび層Bの厚みが、夫々1.5nm以上である請求項1〜3のいずれかに記載の積層型硬質皮膜。
【請求項5】
前記層Aおよび層Bの厚みが、夫々100nm以下であり、積層数が複数である請求項1〜4のいずれかに記載の積層型硬質皮膜。
【請求項6】
請求項1〜のいずれかに記載の積層型硬質皮膜を基材表面に形成した切削工具。
【請求項7】
前記基材が、炭化タングステン基超硬合金、サーメット合金、高速度工具鋼、合金工具鋼のいずれかからなるものである請求項に記載の切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた耐摩耗性を発揮する積層型硬質皮膜、およびこうした積層型硬質皮膜を基材表面に形成した切削工具に関する。より詳細には、チップ、ドリル、エンドミル等の切削工具の表面に形成され、切削工具の耐摩耗性を向上させることのできる積層型硬質皮膜、および耐摩耗性を向上した切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、超硬合金、サーメット、高速度工具鋼または合金工具鋼等を基材とする治工具の耐摩耗性を向上させることを目的に、TiNやTiCN、TiAlN等の硬質皮膜をコーティングすることが行なわれている。しかしながら、被削材の高硬度化や切削速度の高速度化に伴い、更に耐摩耗性の高められた硬質皮膜の実現が求められている。
【0003】
TiNやTiCN、TiAlN等の硬質皮膜よりも耐摩耗性に優れた硬質皮膜として、例えば特許文献1には、MをTi、Nb、W、TaおよびMoよりなる群から選択される少なくとも1種としたとき、(M,Al,[Cr1−αα)(C1−dNd)で示される硬質皮膜(但し、a、b、cは夫々M、Al、Cr+Vの原子比、dはNの原子比、αはVの原子比を示す。)で、所定の組成比を満たす技術が提案されている。
【0004】
この技術によって、従来から使用されているTiNやTiCN、TiAlN等の硬質皮膜よりも耐摩耗性が一層優れた硬質皮膜が実現できたのであるが、高温環境下での硬度維持、即ち、高温での安定性向上を図ることによって、耐摩耗性を更に改善することが望まれている。また、耐摩耗性を高めるためには、高速切削時における耐酸化性を向上させることも必要となる。これらの特性は、湿式潤滑剤を用いた環境下においても要求される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−34859号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記のような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、耐摩耗性を更に向上させた積層型硬質皮膜、およびこうした積層型硬質皮膜を基材上に形成することによって、従来よりも更に高い耐摩耗性を発揮する切削工具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決し得た本発明の硬質皮膜とは、
組成の異なる層Aと層Bが積層されてなる積層型硬質皮膜であって、
上記層Aが、
(MAlCrTa)(B)からなり、
0≦a≦0.250.5≦b≦0.8
0.10≦c≦0.30、0.05≦d≦0.35
0≦x≦0.15、0≦y≦0.50
a+b+c+d=1、x+y+z=1
但し、Mは、V、Nb、MoおよびWよりなる群から選択される少なくとも1種であり、a、b、cおよびdは、夫々M、Al、CrおよびTaの原子比、x、yおよびzは、夫々B、CおよびNの原子比を示す。
の関係を満足すると共に、
上記層Bが、
(TiαSiβ)(B)からなり、
0.05≦β≦0.35
0≦x≦0.15、0≦y≦0.50
α+β=1、x+y+z=1
但し、αおよびβは、夫々TiおよびSiの原子比、x、yおよびzは、夫々B、CおよびNの原子比を示す。
の関係を満足し、これらが夫々1層以上交互に積層したものであることを特徴とする。
【0008】
本発明の硬質皮膜においては、前記層Aおよび層Bの厚みが、夫々1.5nm以上であることが好ましい。また前記層Aおよび層Bの厚みが、夫々100nm以下であり、積層数が複数であることも好ましい要件である。
【0009】
上記のような積層型硬質皮膜を基材表面に形成することによって、耐摩耗性のより一層優れた切削工具を実現できる。こうした切削工具で用いる基材としては、炭化タングステン基超硬合金、サーメット合金、高速度工具鋼、合金工具鋼のいずれかからなるものが挙げられる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、高温環境下での硬度維持を示す層Aと、高温での高い耐酸化性を示す層Bを積層した積層型の硬質皮膜とすることで、従来の硬質皮膜よりも耐摩耗性を向上させた硬質皮膜を実現できる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の硬質皮膜は、高温環境下での硬度維持を示す層Aと、高温での高い耐酸化性を示す層Bを、夫々1層以上交互に積層した積層型硬質皮膜であることを特徴とする。
【0012】
本発明の積層型硬質皮膜を構成する層Aは、(MAlCrTa)(B)からなり、下記の関係を満足する。
0≦a≦0.35、0.05≦d≦0.35
0≦x≦0.15、0≦y≦0.50
a+b+c+d=1、x+y+z=1
但し、Mは、V、Nb、MoおよびWよりなる群から選択される少なくとも1種であり、a、b、cおよびdは、夫々M、Al、CrおよびTaの原子比、x、yおよびzは、夫々B、CおよびNの原子比を示す。
【0013】
上記層Aは、所定量のTaを含むことによって、高温環境下での硬度低下を抑制して安定した硬度維持が図れる。こうした特性を発揮させるためには、Taの原子比を0.05以上、即ち、0.05≦dとする必要がある。好ましいdの値は、0.10以上であり、より好ましくは0.15以上である。
【0014】
しかしながら、Ta量が過剰になると、耐酸化性が低下することから、Taの原子比は0.35以下、即ち、d≦0.35とする必要がある。好ましいdの値は、0.30以下であり、より好ましくは0.25以下である。
【0015】
上記Mは、V、Nb、MoおよびWよりなる群から選択される少なくとも1種の元素である。これらの元素は、切削工具の摺動下において、潤滑性の有る酸化物を形成し、自己潤滑性の発揮を期待できる。しかしながら、M量が過剰になると、耐酸化性が低下することから、Mの原子比は0.35以下、即ち、a≦0.35とする必要がある。好ましくは、0.30以下であり、より好ましくは0.25以下である。また上記の効果を発揮させるためには、Mは原子比で0.05以上であることが好ましく、より好ましくは0.10以上である。但し、Mは含有されていなくても、所定量のTaを含有させることによって、高温環境下での硬度維持の効果を発揮できる。
【0016】
層AにおけるMおよびTa以外の元素は、AlおよびCrである。これらの元素は硬質皮膜の高硬度を達成する上で必要な元素である。これらの元素の含有量(合計)は、原子比で0.30≦(b+c)≦0.95の値をとり得る。このうちAlの原子比bは、0.5≦b≦0.8とすることが好ましい。Alの原子比bが0.5よりも小さくなると、岩塩構造型のAlNの析出量が少なくなって、高硬度化の効果が得られ難くなる。Alの原子比bのより好ましい下限は0.6以上であり、更に好ましくは0.65以上である。一方、Alの原子比bの好ましい上限を0.8としたのは、Alの比率が大きくなり過ぎると、相対的にCrの含有量が少なくなって、軟質なZnS型のAlNの析出によって皮膜が軟質化することになる。Alの原子比bのより好ましい上限は0.77以下であり、更に好ましくは0.75以下である。
【0017】
上記層Aは、基本的に窒化物、即ち、x+y=0、z=1の場合をベースとするものであるが、BやCを添加して硼化物や炭化物を一部若しくは原子で0.5まで含ませることによって、硬質皮膜の硬さを更に向上させることができる。こうした効果を発揮させるためには、Bの原子比は0.01以上、即ち、0.01≦xであることが好ましく、より好ましくは0.05以上、即ち、0.05≦xである。またCの原子比は0.05以上、即ち、0.05≦yであることが好ましく、より好ましくは0.10以上、即ち、0.10≦yである。
【0018】
但し、BやCの添加量が過剰になると、硬質皮膜の硬度が却って低下することから、Bの原子比は0.15以下、即ち、x≦0.15、Cの原子比は0.50以下、即ち、y≦0.50とする必要がある。Bの原子比は好ましくは0.10以下、即ち、x≦0.10であり、より好ましくは0.08以下、即ち、x≦0.08である。また、Cの原子比は0.40以下、即ち、y≦0.40であることが好ましく、より好ましくは0.25以下、即ち、y≦0.25である。
【0019】
一方、本発明の積層型硬質皮膜を構成する層Bは、(TiαSiβ)(B)からなり、下記の関係を満足する。
0.05≦β≦0.3
0≦x≦0.15、0≦y≦0.50
α+β=1、x+y+z=1
但し、αおよびβは、夫々TiおよびSiの原子比、x、yおよびzは、夫々B、CおよびNの原子比を示す。
【0020】
上記層Bは、Tiを含有して高い耐酸化性を示す硬質皮膜中に対して所定量のSiを含有させることによって、Tiだけを含有する硬質皮膜よりも硬さを更に向上させたものである。こうした特性を発揮させるためには、Siの原子比を0.05以上、即ち、0.05≦βとする必要がある。好ましくは、0.10以上、即ち、0.10≦βであり、より好ましくは0.15以上、即ち、0.15≦βである。
【0021】
但し、Siの添加量が過剰になると、皮膜が非晶質化し硬度が却って低下することから、Siの原子比は0.35以下、即ち、β≦0.35とする必要がある。Siの原子比は好ましくは0.30以下、即ち、β≦0.30であり、より好ましくは0.25以下、即ち、β≦0.25である。
【0022】
上記層Bは前記層Aと同様に、基本的に窒化物、即ち、x+y=0、z=1の場合をベースとするものであるが、BやCを添加して硼化物や炭化物を一部若しくは原子比で0.5まで含ませることによって、硬質皮膜の硬さを更に向上させることができる。こうした効果を発揮させるためには、Bの原子比は0.01以上、即ち、0.01≦xであることが好ましく、より好ましくは0.05以上、即ち、0.05≦xである。またCの原子比は0.05以上、即ち、0.05≦yであることが好ましく、より好ましくは0.10以上、即ち、0.10≦yである。
【0023】
但し、BやCの添加量が過剰になると、前記層Aと同様に、層Bの硬度が却って低下することから、Bの原子比は0.15以下、即ち、x≦0.15、Cの原子比は0.50以下、即ち、y≦0.50とする必要がある。Bの原子比は好ましくは0.10以下、即ち、x≦0.10であり、より好ましくは0.08以下、即ち、x≦0.08である。また、Cの原子比は0.40以下、即ち、y≦0.40であることが好ましく、より好ましくは0.25以下、即ち、y≦0.25である。
【0024】
層Aおよび層Bにおいて、B、CおよびNの夫々の原子比を示す添字、即ち、x、yおよびzは同じものを用いているが、硬質皮膜内での層Aおよび層Bの夫々において同じ値である意味ではなく、上記の範囲内であれば、同じ添字であっても層Aおよび層Bの夫々において別個の値をとり得る。
【0025】
上記の層Aおよび層Bの各々の機能を有効に発揮させるためには、各々の層A、Bの組成が混合状態では無く、夫々の層が1層以上交互に積層して各層A、Bが独立した積層状態で存在する必要がある。
【0026】
層Aおよび層Bの各々の機能を有効に発揮させるためには、層Aおよび層Bの厚みは、夫々1.5nm以上であることが好ましい。より好ましい厚みは、夫々10nm以上であり、更に好ましくは夫々20nm以上である。
【0027】
例えば、皮膜全体の膜厚が3μm、即ち3000nmとした場合、層Aおよび層Bの夫々の厚みが1500nmとした2層構造の皮膜とすることができる。但し、積層した状態での両層A、Bによる機能を最大限に発揮させるためには、積層数が複数であることが好ましい。こうした観点から、層Aおよび層Bの厚みは、夫々100nm以下として積層数を複数とすることが好ましい。層Aおよび層Bの厚みは、より好ましくは夫々80nm以下であり、更に好ましくは夫々50nm以下である。ここで、積層数とは、層Aと層Bの積層を積層数1としたときの値である。皮膜全体の膜厚は、厚ければ厚いほど良いが、生産性を考慮すれば5μm以下であることが好ましく、より好ましくは4μm以下である。また積層数は10回以上、2000回以下であることが好ましく、好ましくは50回以上、1000回以下である。
【0028】
尚、層Aおよび層Bの厚みは、必ずしも同じである必要はなく、例えば層Aの厚みが20nmで、層Bの厚みが1.5〜100nmとすることもできる。また複数積層する皮膜では、基材側が必ずしも層Bである必要がなく、層Aが基材側に存在していてもよい。また基材と直接接触する層Aまたは層Bと同じ組成の層が、最表面側に存在するような膜構造であってもよく、目的に応じて、様々な積層構造とすることができる。
【0029】
上記のような積層型硬質皮膜を基材表面に形成することによって、耐摩耗性がより一層優れた切削工具が実現できる。こうした切削工具で用いる基材としては、例えばWC−Co系合金、WC−TiC−Co系合金、WC−TiC−(TaCまたはNbC)−Co系合金、WC−(TaCまたはNbC)−Co系合金等の炭化タングステン基超硬合金;例えばTiC−Ni−Mo系合金、TiC−TiN−Ni−Mo系合金等のサーメット合金;例えばJIS G 4403:2006に規定されるSKH51やSKD61等の高速度工具鋼材;例えばJIS G 4404:2006に規定されるSKS11やSKD1等の合金工具鋼材、等が挙げられる。
【0030】
硬質皮膜は、物理的気相成長法(PVD法:Physical vapor deposition process)や化学的気相成長法(CVD法:Chemical vapor deposition process)等、公知の方法を用いて基材表面に被覆できる。これらの方法のうち、硬質皮膜の密着性などの観点から、PVD法を用いて製造することが好ましい。具体的には、固体蒸発源として用いるターゲットを蒸発またはイオン化させ、窒素、炭化水素または硼素を含むガス雰囲気中で、被処理体(基材)上に成膜する、例えば、アークイオンプレーティング(AIP:Arc Ion Plating)法等のイオンプレーティング法やスパッタリング法等の反応性PVD法が有効である。またスパッタリング法を適用する場合には、成膜対象の基材へのイオン照射量が多いアンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS:Unbalanced Magnetron Sputtering)が適している。
【0031】
いずれの皮膜形成方法を採用するにしても、使用するターゲットの成分組成が、形成される皮膜の成分組成を決定付けることから、ターゲットの成分組成は、目的とする皮膜組成と同一であることが好ましい。尚、硼化物を含む皮膜を形成する場合には、雰囲気中に硼素を含むガス、例えばBF4等を含有させずに、ターゲット中にBを含有させるように
してもよい。
【0032】
アークイオンプレーティング法で成膜するときの好ましい条件としては、例えば下記の条件が挙げられる。
全圧力:0.5Pa以上、4Pa以下
印加電流(放電電流):100〜200A
成膜時の基材温度:300℃以上、800℃以下
【0033】
本発明の積層型硬質皮膜は、切削工具の基材表面に形成する皮膜として有用であるが、その優れた耐摩耗性を考慮すれば、上記切削工具として特に湿式環境下での穴開け加工用ドリルとして有用である。
【実施例】
【0034】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前記、後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0035】
(実施例1)
下記表1に示す組成の層A、層Bを積層した皮膜を、複数の蒸発源を有するAIP装置にて形成した。このとき基材として、硬さ測定用に、13mm×13mm×5mm厚さの鏡面超硬合金製試験片、および耐摩耗性の測定用に、直径:8.5mmの超硬合金製2枚刃ドリルを用いた。
【0036】
【表1】
【0037】
これらの基材をエタノール中にて超音波脱脂洗浄し、AIP装置に導入した。装置内の圧力を5×10-3Paとなるまで排気した後、基材を500℃まで加熱し、Arイオンによるエッチングを5分間実施した。その後、窒素ガスまたは炭化水素ガスを4Paまで導入し、ターゲット径が100mmのアーク蒸発源を放電電流150Aで運転し、合計厚さ約3μm、即ち約3000nmの皮膜を基材上に形成した。尚、Bを含有させて硼化物を形成する場合には、Bを含有するターゲットを用いた。
【0038】
積層型硬質皮膜を形成する場合には、層Aおよび層Bの組成のターゲットを別々の蒸発源に取り付け、基材を搭載したテーブルを装置内で回転させ、まず層Aのターゲットのみを窒素雰囲気中で単独で短時間放電させ、約100nmの層を形成して基材との密着性を確保した後、層Bのターゲットを放電させ、層Aおよび層Bを同時放電させながら、テーブルを回転させることで、各層A、Bの厚さが夫々20nmで積層数が75回である多層膜を形成した。多層膜における層Aの厚み、層Bの厚みおよび積層回数は、テーブルの回転速度を変えることで調節した。即ち、回転速度を速くすれば、層Aの厚み、層Bの厚みが薄くなり、積層回数が大きくなり、回転速度を遅くすれば層Aの厚み、層Bの厚みが厚くなり、積層回数が小さくなる。尚、比較例として、表1の試験No.26に示すとおり、TiAlN単層、および試験No.27に示すとおり、TiN単層を形成した。
【0039】
得られた各硬質皮膜被覆部材について、下記の方法で硬質皮膜の硬さと耐摩耗性を測定した。
【0040】
(硬さ測定)
前記硬さ測定用試験片を用いて、ビッカース硬さ(HV)を荷重1Nの条件で測定した。具体的な基準として、硬さがHV3400以上のものは硬度が十分にあると判定した。尚、硬さは好ましくはHV3700以上、より好ましくはHV3800以上である。硬さは大きい方が良いため、特に上限は定めないがあまり大きすぎると、皮膜内部での破壊につながるため、その上限はHV4700以下であることが好ましい。より好ましくはHV4600以下である。
【0041】
(耐摩耗性の測定)
耐摩耗性に関しては、上記超硬合金製2枚刃ドリルに成膜したサンプルを用いて、下記の条件で切削試験を行ない、ドリル外周面のフランク摩耗幅、即ち逃げ面摩耗幅を測定して耐摩耗性を評価した。具体的な基準として、逃げ面摩耗幅が69μm以下のものを耐摩耗性に優れると評価した。尚、逃げ面摩耗幅は好ましくは64μm以下であり、より好ましくは59μm以下であり、更に好ましくは54μm以下であり、より更に好ましくは49μm以下である。
【0042】
(切削試験条件)
被削材料:SCM440(機械構造用合金鋼鋼材:JIS G 4053:2003
熱処理する前の状態のもの(生材))
切削速度:75m/分
送り:0.24mm/回転
切り込み深さ:2mm
潤滑:外部給油(エマルジョン)
評価条件:1000穴加工後のドリル外周面でのフランク摩耗幅で評価
【0043】
これらの結果を、下記表2の試験No.1〜30に併記する。尚、この結果は、各層A、Bの厚さを夫々20nmに固定し、組成の異なる皮膜を形成、切削性能に及ぼす組成比の影響について調査したものである。
【0044】
【表2】
【0045】
これらの結果から、次のように考察できる。即ち、試験No.2〜7、9〜14、16、17、20〜22、24、25、28〜30は、層Aおよび層Bの組成が本発明で規定する範囲を満足しているので、良好な硬さと耐摩耗性を発揮していることが分かる。
【0046】
これに対し、試験No.1、8、15、18、19、23、26、27は、本発明で規定する要件のいずれかを満足せず、耐摩耗性が劣化している。即ち、試験No.1は、層A中にTaを含まない例であり、層Aの高温環境下での硬度が低下し、硬質皮膜の耐摩耗性が劣化している。また試験No.8は、層A中のTa含有量が過剰になっている例であり、層Aの耐酸化性が低下し、硬質皮膜の耐摩耗性が劣化している。
【0047】
試験No.15は、層AにおけBの含有量が過剰になった例であり、皮膜の硬さがHV3400未満となり耐摩耗性が劣化している。試験No.18は、Cの含有量が過剰になった例であり、皮膜の硬さが低下して耐摩耗性が劣化している。
【0048】
試験No.19は、層BにおけるTi含有量が過剰になった例であり、その分Si量が少なくなって硬度がHV3400未満となり耐摩耗性が劣化している。試験No.23は、層BにおけるTiの含有量が少なくなると共に、Si含有量が過剰になった例であり、皮膜の硬さがHV3400未満となり耐摩耗性が劣化している。
【0049】
試験No.26は、従来のTiAlN単層膜であり、本発明で規定する要件を満足する硬質皮膜より硬さが低いため耐摩耗性が劣化している。試験No.27は、従来のTiN膜であり、本発明で規定する要件を満足する硬質皮膜より硬さが低いため耐摩耗性が極端に劣化している。
【0050】
(実施例2)
前記表1の試験No.4に示した組成および構造の皮膜を、最初に100nmの層Aを形成しない以外は、サンプル毎に層Aおよび層Bの厚さを変えつつ積層数を変え、合計厚さを3μmの一定として硬質皮膜を形成した。このときの製造方法は、実施例1に示した方法と同様である。尚、試験No.37では、合計厚さを3.2μm、即ち3200nmとした。
【0051】
得られた各硬質皮膜被覆部材について、実施例1と同様の方法で硬質皮膜の硬さと耐摩耗性を測定した。
【0052】
その結果を下記表3の試験No.31〜38に示す。尚、表3の試験No.34は、最初に100nmの層Aを形成しない以外は、前記表1、2の試験No.4に相当するものである。
【0053】
【表3】
【0054】
これらの結果から、次のように考察できる。即ち、試験No.31〜38は、層Aおよび層Bの組成が本発明で規定する範囲を満足しているので、良好な耐摩耗性を発揮していることが分かる。このうち、試験No.33〜35では、本発明における膜厚のより好ましい下限の要件、または膜厚の更に好ましい上限の要件を満足しているので、耐摩耗性向上効果がより良好であった。