(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記少なくとも1つのタイプの分子が、タンパク質、ペプチド、ポリサッカライド、脂質、RNA、DNA、および代謝産物からなる群から選択される、請求項2に記載の方法。
前記標識された分子をイオン化することが、エレクトロスプレーイオン化(ESI)、ナノエレクトロスプレーイオン化(nESI)、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)、大気化学イオン化(APCI)、大気光イオン化(APPI)、およびソニックスプレーイオン化(SSI)からなる群から選択される行為を含む、請求項2に記載の方法。
前記標識された前駆体イオンを選択することが、四重極イオントラップ(QIT)、四重極マスフィルター(QMF)、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計(FT−ICR)、Orbitrap、および飛行時間分析器(TOF)からなる群から選択されるデバイスによって実施される、請求項2に記載の方法。
前記標識された前駆体イオンをフラグメント化するステップが、高エネルギー衝突解離(HCD)、衝突誘起解離(CID)、パルス化−q解離(PQD)、赤外多光子解離(IRMPD)、紫外光子解離(UVPD)、表面誘起解離(SID)、インソース解離、電子移動解離(ETD)、および電子捕獲解離(ECD)からなる群から選択される行為を含む、請求項1に記載の方法。
前記標識された前駆体イオンをフラグメント化するステップにより、少なくとも1つの電荷の喪失を伴って、または伴わないで少なくとも1つのそれぞれのタグが破断する、請求項1に記載の方法。
前記標識された前駆体イオンに対する追加の操作を実施するステップを、前記前駆体イオンが選択された後であるが、前記前駆体イオンがフラグメント化される前に、さらに含む、請求項2に記載の方法。
前記複数の試料のそれぞれにおける少なくとも1つのタイプの前駆体イオンの相対存在量を決定するステップが、イオンの前記第1および第2のサブセットにおける同位体変動を補正することを含む、請求項1に記載の方法。
イオンの前記第2のサブセットにおける同位体変動を補正することが、前記少なくとも1つのタイプの前駆体イオンの同位体組成に関する情報、および前記複数の化学的タグのそれぞれの同位体組成に関する情報を使用することを含み、該情報が、理論的に導出され、または質量分析計で測定される、請求項15に記載の方法。
イオンの前記第2のサブセットの各タイプのイオンの理論相対存在量を生成することが、前記複数の試料の第1の試料の同位体エンベロープを、前記それぞれの化学的タグに関連した不純物行列でコンボリューションすることを含む、請求項19に記載の方法。
前記複数の試料のそれぞれの少なくとも1つのタイプの分子を標識することが、該複数の試料のそれぞれの複数のタイプの分子を標識することを含む、請求項2に記載の方法。
前記少なくとも1つの特性が、前記前駆体イオンの荷電状態、該前駆体イオンの質量対電荷比、該前駆体イオンの強度、または該前駆体イオンの分子のタイプからなる群から選択される、請求項22に記載の方法。
前記標識された分子のそれぞれにおける同位体変動を補正することが、前記少なくとも1つのタイプの分子の同位体エンベロープを補正することを含む、請求項25に記載の少なくとも1つのコンピューター可読媒体。
前記標識された分子のそれぞれにおける同位体変動を補正することが、前記複数の化学的タグのそれぞれの同位体不純物を補正することを含む、請求項26に記載の少なくとも1つのコンピューター可読媒体。
前記第2の部分の各タイプの理論相対存在量を生成することが、前記複数の試料の第1の試料の同位体エンベロープを、前記それぞれの化学的タグに関連した不純物行列でコンボリューションすることを含む、請求項28に記載の少なくとも1つのコンピューター可読媒体。
前記複数の試料のそれぞれの前記少なくとも1つのタイプの分子を標識することが、該複数の試料のそれぞれの複数のタイプの分子を標識することを含む、請求項25に記載の少なくとも1つのコンピューター可読媒体。
前記標識された分子をフラグメント化するステップが、高エネルギー衝突解離(HCD)、衝突誘起解離(CID)、パルス化−q解離(PQD)、赤外多光子解離(IRMPD)、紫外光子解離(UVPD)、表面誘起解離(SID)、インソース解離、電子移動解離(ETD)、および電子捕獲解離(ECD)からなる群から選択される行為を含む、請求項25に記載の少なくとも1つのコンピューター可読媒体。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、複合混合物を分析するとき、フラグメンテーションのために選択されたペプチドは一般に、より低い存在量の共溶出イオンが夾雑していることを認識および十分に理解した。したがって、レポーターイオンは、標的イオンおよび干渉イオンの両方に由来し得、それは、定量化のゆがみ(distortion of the quantification)を引き起こす。この場合、タグ付き標的ペプチドの量を決定することは、標的ペプチドのレポーターイオンが干渉イオンのレポーターイオンと区別不能になっていることに起因して困難である。したがって、標的ペプチドと共単離された(co−isolated)いずれの干渉イオンも、試料中の標的ペプチドの相対量を正確に決定する能力を破壊した。
【0013】
図1は、この干渉問題を例示する。
図1Aは、LysC消化TMT標識ヒトペプチドの複合混合物と1対1の比で混合されたLysC消化TMT標識酵母ペプチドの複合混合物を示す。酵母ペプチドは、この図解の実例の目的に関して、標的と見なされ、ヒトペプチドは、干渉イオンを生成する。酵母ペプチドを6種のTMT試薬(126〜131)のそれぞれで標識し、10:4:1:1:4:10(126:127:128:129:130:131)の比で混合した。ヒトペプチドは、最初の3種のTMT試薬126〜128でのみ標識されている。これらを1:1:1の比で混合し、酵母ペプチドとともにプールした。ヒトペプチドからの干渉がまったくなかった場合、酵母ペプチドイオンMS
2スペクトル中のレポーターイオンは、標的試料の最初の比、すなわち、10:4:1:1:4:10と完全に一致するはずである。この理想的なスペクトルは、
図1Aの右下に示されたレポーターイオン強度分布によって例示されている。しかし、ヒトペプチドイオンからの干渉があると、
図1Aの右上のMSスペクトルによって例示したように、酵母ペプチドレポーターイオン強度比はゆがめられ、定量的データを不正確にする。ヒトペプチドイオンによる最初の3種のTMTチャネルの寄与に起因して、最初の3つのタグのm/z値と関連したピークの強度は正確でない。この干渉は、酵母試料で使用された各タグの相対比を正確に決定する能力を破壊する。
【0014】
この干渉問題を、実験データに基づいて
図1Bのスペクトルにも例示する。ペプチドNAAWLVFANKを、10:4:1:1:4:10の比にてTMT標識で標識し、MS
1前駆体をフラグメント化したMS
2スキャンを使用する連続スキャンで調べた。フラグメンテーションは、例えば、CID−NCE35またはHCD−NCE45を使用して行われうる。左のスペクトルは、衝突誘起解離(CID:collision induced dissociation)を使用して酵母ペプチドイオンをフラグメント化することによって生成した上述した試料のMS
2プロダクトイオンスペクトルを表す。
図1Bの右のスペクトルは、125〜133のm/z値範囲のみを示すMS
2プロダクトイオンスペクトルの一部を表し、この範囲は、使用した6種の異なるタイプのTMTタグの6種の異なるレポーターイオンのm/z値を包含する範囲である。上記に論じたように、第1〜第3のTMTチャネルの強度比は、ヒトペプチドからの干渉の非存在下で10:1であるはずである。この特定の実験では、比は4.6:1であり、2超倍だけ(by a factor of more than two)予期されたものより低い比にシフトしている。相対定量測定のこの劇的な不正確さは、共単離前駆体によって引き起こされるこの干渉問題の解決策を見つける必要性を例示する。
【0015】
本発明者らは、同重体化学的タグは、低質量レポーターイオンを使用して複合試料中の分子の相対存在量を定量化するように設計することができるが、共単離ペプチドの問題は、レポーターイオン強度に基づいて各差次的に標識されたペプチドの量を定量化する代わりに、各標識ペプチドと関連した各高質量相補イオンの強度を測定することによって矯正されうることを認識および十分に理解した。標識ペプチドのフラグメンテーション機構は、低質量レポーターイオンの形成と同時に、高質量相補イオンも同様に形成されるようなものである(
図2Aの上を参照)。
図2A中のアステリスクは、重同位体(
13Cまたは
15N)の部位を示す。TMTレポーターイオンおよびTMT
Cイオンは、示された位置での結合切断によって形成される。レポーターイオンおよびTMT
Cイオンの両方のm/zは、チャネル特異的である。高質量相補イオン(TMT
Cイオン)はTMTタグの質量収支基(mass−balancing group)のほとんどを担持する。したがって、標識試料の相対存在量に関する情報は、相補イオンの相対存在量を測定することによって得ることができる。
【0016】
本発明者らは、低m/zレポーターイオンの使用と対照的に、これらの相補イオン(TMTタグの場合では、TMT
Cイオンと呼ばれる)のm/z値は、前駆体特異的であることを認識および十分に理解した。標的分子の相補イオンが干渉分子の相補イオンとMS
2スペクトルにおいて厳密に同じ場所でスペクトルエンベロープを有するリスクは非常に低い。したがって、干渉ペプチドは、対象のTMT
Cイオンの測定に対してはるかに小さい効果を有する。さらに、他のペプチドがTMT
Cイオンクラスターと干渉する場合には、干渉ペプチドが対象のペプチドによってのみ生成されうるイオンクラスターをもたらす可能性は低い。観察されるイオンクラスターを理論的なイオンクラスターと比較することによって、不正確な定量を伴うペプチドを除去し、不正確な定量をさらに低減することができる。相対存在量を定量化するための相補イオンの使用は、広範囲の質量分析計、例えば、四重極飛行時間型(Q−TOF:quadrupole time−of−flight)、四重極Orbitrap計測器(QExactive)、ハイブリッド四重極イオントラップOrbitrap質量分析計、およびフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴分析器(FT−ICR:Fourier−transform ion cyclotron resonance analyzers)で実行することができる。この相補イオン技法は、標識された分子の定量化においてより高い正確さをもたらすだけでなく、多重タグの並列化も維持し、したがってこれは、所与の時間枠内で定量化されうる別個のペプチドの数を増やす潜在性を有する。
【0017】
本発明者らは、MS
3スペクトルの分析を必要とし、またはプロトン転移反応を利用するいくつかの技法と異なり、本願の実施形態は、いずれの追加の気相精製ステップも必要とせず、したがってより高い感度およびより速いデータ取得をもたらしうることを認識および十分に理解した。本発明者らは、高い質量正確さおよび高い分解能の質量分析計は、TMT
Cイオンを使用するペプチドの定量化を可能にすることを認識および十分に理解した。MS
2スペクトルで低m/zレポーターイオンを使用する代替として、諸実施形態では、TMT
Cイオンに基づいて様々な試料間の差異が定量化される。相補イオンは、差次的に標識されたペプチドの相対的レベルについて、低m/zレポーターイオンと等価な定量的情報を持つが、干渉ペプチドイオンによって最小限に影響される。低質量m/zレポーターイオンは、異性体であり、したがって標的イオンまたは夾雑イオン由来のそれらの起源に関して区別不能であるが、標的イオンおよび夾雑イオンから生じるTMT
Cイオンは、そのm/z値の差異を示すことが予期され、それによりこれらが最新の質量分析法を使用して区別可能になる。
【0018】
本発明者らは、相補イオンの観察される量は、相対存在量の情報を直接与えないが、この情報は、タグおよび標識された分子についての詳細を使用するデータ分析に基づくデータから抽出されうることを認識および十分に理解した。相対存在量が測定される量で直接的に観察可能でない理由の1つは、測定されるペプチド内に天然の同位体変動があることである。例えば、炭素−12は、世界で天然に存在する炭素の約99%を構成するが、炭素−13は、1%の寄与をする。標的ペプチドは、12アミノ酸の長さであり得、およそ1200ダルトン(Da)の質量を有しうる。炭素の各同位体の天然存在量に基づいて、同じ12アミノ酸を有するペプチドの質量は、数ダルトン変動しうる。例えば、MSスペクトルは、同位体が自然において出現するこれらの相対存在量から純粋に、1200Da、1201Da、1202Da、および1203Daのピークを示すスペクトルエンベロープをもたらしうる。
図2Aは、右上において、例えば、炭素−12と炭素−13の間の質量差を表す1ダルトンによって分離されたピークを有する同じペプチドスペクトルを表すペプチド同位体エンベロープを例示する。最も左のピークは、すべて炭素−12原子からなるペプチドの存在量を表し、モノアイソトピックピークと呼ばれる。隣接するピークは、多くの炭素原子のうちの単一のものが、単一の炭素−13(または単一のN−15)であるペプチドの存在量を表す。同様に、約1ダルトンによってそれぞれの前のピークから分離されている追加のピークは、追加の炭素−13原子を有するペプチドを表す。
【0019】
測定される量で相対存在量が直接観察可能でない別の理由は、化学的タグが特定の同位体構成を有するように操作されているという事実にもかかわらず、同位体不純物が同重体タグの各タイプの全質量の変動のみだけでなく、レポーターイオン部分およびTMT
Cイオンの変動も引き起こすことである。例えば、
図2Aの左側は、6種のTMTタグのそれぞれについてのレポーターイオンスペクトルを例示する。各スペクトルは、軽同位体が存在するように設計された場所で意図せずに使用された重同位体によって引き起こされた、または逆の場合も同様の主ピークより1ダルトン重いまたは軽い小さい二次ピークを示す。したがって、
図2Bは、等数の各タイプの化学的タグでペプチドをタグ付けすることから生じるレポーターイオンスペクトルを例示する。レポーターイオンスペクトルの異なるフィルパターンは、どのタイプのタグが各ピークにおける特定のイオンの源であったかを表す。例えば、TMT−126タグは、126Daのピークに対する唯一の寄与であるが、127Daのピークに少量寄与する。他のタイプのTMTタグは、これらのそれぞれのピークに対して同様の方法で寄与する。TMT−131タグ中の不純物は、他のタグが寄与しない132Daのピークをもたらす。
【0020】
図2Aの右側は、各TMT
Cイオンの同位体エンベロープを例示する。エンベロープは、ペプチド自体のエンベロープと同一でない場合があり、理由は、フラグメンテーション後にペプチドに結合して留まる化学的タグの一部における不純物からの追加の寄与がありうるためである。フラグメンテーション後にレポーターイオンにもTMT
Cイオンにも結合して留まらない各同重体タグの部分が存在しうることに留意されたい。この部分は、同じ質量を有する2種のTMT
Cイオン(例えば、それぞれTMT−129タグおよびTMT−130タグと関連した相補イオンであるTMT
C−129およびTMT
C−130)をもたらしうる。したがってこれらの2種のTMT
Cイオンは、区別不能であり得、異なる試料をタグ付けするのに同時に使用されるべきでない。これらの2種の相補イオンのコンボリューションは、どのようにこれらの特定の化学的タグが操作されたかの結果である。一部の実施形態では、このような区別可能性問題をまったく有さない一連の化学的タグを使用することができる。
【0021】
図2Cは、等数の各タイプの化学的タグでペプチドをタグ付けすることから生じるTMT
Cイオンスペクトルを例示する。
図2B中のレポーターイオンスペクトルと同じように、TMT
Cイオンスペクトルの異なるフィルパターンは、どのタイプのタグが各ピークにおける特定のイオンの源であったかを表す。しかし、TMT
Cイオンスペクトルは、2つを超えるピークに寄与する各TMT
Cイオンに起因してTMTレポーターイオンスペクトルより複雑である。示した例では、各TMT
Cイオンは、5m/zの領域に及ぶ全体的な同位体エンベロープに寄与する。諸実施形態は、5m/zに限定されない。TMT
Cイオンは、タグのサイズおよびペプチドのサイズに応じて、より多くてもまたはより少なくても任意の数のピークに寄与しうる。同位体不純物を無視すると、TMT
Cイオンスペクトルの最低質量ピークは、もっぱらTMT
C−131イオンから生じる。次のピークは、TMT
C−131イオンならびにTMT
C−129およびTMT
C−130イオン(ともにこれらの区別不能性に起因して寄与する)からの寄与を受ける。他のピークのそれぞれは、それらのそれぞれのTMT
Cイオンからの寄与を受ける。TMT
Cイオンスペクトルは、9つのピークを有し、これらは、区別可能なTMT
Cイオンを有する5種のタグでコンボリューションされたペプチドエンベロープの5つの最初のピークに由来する。各ピークの相対存在量の読みは、多重試料中のタグ付きペプチドの各タイプの存在量を直接与えない。代わりに、この情報は、TMT
Cイオンスペクトル内に埋まっており、抽出されなければならない。各TMTチャネルの高m/z TMT
Cイオンエンベロープの重複に起因して、ペプチドは、理論的または実験的に得ることができる前駆体ペプチドの同位体エンベロープのイオン強度分布を使用してTMT
Cクラスターをデコンボリューションすることによって定量化される。
【0022】
TMT
Cイオンスペクトルに由来するタグ付きペプチドの各タイプの相対存在量を決定するために、標的分子中の同位体変動およびタグの同位体不純物の両方が考慮されなければならない。不純物の詳細は、どのように、いつ、かつどこで化学的タグが製造されたかに応じて異なりうる。製造される化学的タグの各バッチは、以前のバッチと異なりうる。化学的タグの製造者は、MSデバイスのユーザーに特定のバッチについての不純物の詳細を提供することができる。代わりに、MSデバイスのユーザーは、化学的タグを使用して1つまたは複数の実験を実施することによって不純物の詳細を決定してもよい。一部の実施形態では、化学的タグは、タグの不純物が無視できるように設計することができ、分析は、このこれらの不純物について明らかにすることを省略することができる。
【0023】
図3A〜Bは、TMTタグの6種のタイプについての不純物情報を判定するのに使用した1つのこのような例示的実験の結果を例示する。実験はTMTタグのそれぞれの同位体組成を決定する。実験では、タグタイプのそれぞれが炭酸水素アンモニウムと別個に反応させられ、得られるNH
2−TMT同位体エンベロープがOrbitrap Elite質量分析計でMSを使用して測定される。NH
2−TMTイオン全体の標的m/zは、247Daである。
図3A〜B中のスペクトルエンベロープは、247DaにおけるNH
2−TMTイオンの6種のタイプのそれぞれについての主ピークを例示する。主ピークの両側の追加のピークは、同位体不純物から生じ、それは、NH
2−TMTイオン全体が標的質量より1ダルトン多いまたは少ない質量を有する原因となる。各ピークの相対的ポピュレーションは、全体としてNH
2−TMTイオンの異なる質量についての情報をもたらすが、不純物が分子内でどこに位置しているかについての情報をもたらさない。この情報は、各スペクトルエンベロープの各個々のピークをフラグメント化し、MS
2スペクトルを測定することによって推測されうる。MS
2スペクトルは、NH
2分子に結合して留まるタグの部分の質量についての情報をもたらす。タグの6種のタイプのそれぞれは、異なるタイプの陰影によって表されており、同位体エンベロープのそれぞれにおけるピークのそれぞれへのその寄与は、
図3A〜Bに例示されている。例えば、TMT−128−NH
2エンベロープの247Daにおける中心ピークは、フラグメンテーションで156Daを失った化学的タグにもっぱら由来する。一方、248Daにおけるピーク(全体的に1追加質量を有するNH
2−TMTイオンを表す)は、フラグメンテーションで156Daを失った化学的タグおよび157Daを失った化学的タグからの寄与を受ける。
【0024】
上記実験によって得られ、
図3A〜Bのスペクトルエンベロープで例示される不純物情報は、行列形式で書くことができる。したがって、6種のタグのそれぞれは、「不純物行列」、I
TMTと関連付けることができ、これは、上記実験で使用されるタグのバッチについて、
【数1】
【数2】
である。
【0025】
不純物行列の列は、タグ中の不純物がフラグメンテーションの前に化学的タグ全体の質量にどのように影響するかを表し、すなわち、列は、TMT−NH
2前駆体同位体エンベロープ中の位置を定義する(左から右に、約246、247、248Da)。例えば、中央の列は、247Daの標的質量に等しい実際の質量を有するバッチ内タグの比率を反映する。他の2つの列は、質量の1ダルトン上/下のシフトを表す。行列は、1ダルトンの差異でカットオフされ、理由は、より大きな質量差を示すイオンは、これらがTMT
Cイオンエンベロープの全体的な分布における変化に有意に寄与しない低強度のものであると予期されるためである。しかし、より大きい質量シフトが見込まれる実施形態では、不純物行列は、より多くの列を含むように拡張することができることを当業者は認識するはずである。また、6種を超える異なるタグタイプを有する一連の化学的タグが使用される場合、より多くの行を追加することができる。
【0026】
不純物行列の行は、MS
2実験でのフラグメンテーションから生じる6つの異なる質量減分(Δm)、すなわち、この前駆体イオンとフラグメンテーション後のその得られるTMT
Cイオンとの間の質量差を表す(上から下に約154Da〜約159Da)。例えば、一番上の行は、フラグメンテーションで約154Daの質量を失ったタグを表す。最初の後の各行は、1ダルトンの増分で、フラグメンテーションでより多くの質量を失うタグを表し、フラグメンテーションで159Daを失うタグを表す一番下の行まで続く。6つの異なる質量減分は、5種の異なるTMTチャネル(126〜131、上述したようにTMT−129とTMT−130の間にΔmは存在しないので129を含まない)、およびTMT−131タグ中の同位体不純物の結果である約132Daの追加のイオンから生じる。
【0027】
タグのタイプのそれぞれについて、「同位体不純物ベクトル」t
126...t
131を、それぞれの行列I
126...I
131の行を合計することによって定義することができる。例えば、数値が、フラグメンテーションパターンにかかわらず、それぞれ約246、247、および248Daを有するTMT−NH
2イオンの相対存在量を表す、同位体不純物ベクトルt
126=[0.032 0.889 0.079]。言い換えれば、同位体不純物ベクトルは、各ピークをフラグメント化してMS
2スペクトルを決定する前の、MS
1段階後に化学的タグの不純物を特性化するために上記実験で得られたデータを表す。
【0028】
同位体不純物が相補イオンのスペクトルエンベロープにどのように影響するかの上記記述に基づくと、相補イオンが、重なりうるピークのクラスターをどのようにもたらすかが明確であるはずである。
図4は、多重MS
2実験でこれらの相補イオンクラスターを使用して標識試料のそれぞれの相対存在量を定量化することができる一般的原理を例示する。
図4の上は、TMT−131タグで標識された標的ペプチド(Pep1)の第1の試料、およびTMT−126タグで標識された標的ペプチドの第2の試料を例示する。両形態は、1:1の比で混合されている。MS
1前駆体は、当技術分野で公知であるように、単離ウィンドウを使用してMSデバイスで単離される。しかし、TMT−131でタグ付けされた干渉ペプチド(Pep2)も単離ウィンドウ内に入り、標的ペプチドとともに共溶出する。単離ペプチドが、例えば、HCDを使用してフラグメント化されるとき、2種のタグタイプが
図4の上で破線によって示された2つの位置でフラグメント化する。最も左の部分は、低質量レポーターイオンであり、これらは、各試料の相対存在量を決定するために先行技術で使用される。最も右の部分は、高質量相補イオンであり、これらは、ペプチド、およびTMTタグの少なくとも一部(すなわち、質量収支部分)を含む。イオンに伴ったアステリスクは、炭素−13同位体が炭素−12同位体の代わりに意図的に使用され、または窒素−15が窒素−14の代わりに意図的に使用されている場所を示す。
【0029】
図4の下は、得られるMS
2スペクトルを例示し、126Thおよび131Thにおけるレポーターイオンピークに対する相対存在量測定に基づいて生じる上述の問題を明らかに示す。2種の標的ペプチド試料を1:1の比で混合したが、TMT−131タグでやはりタグ付けされた干渉ペプチドは、TMT−131の寄与を増大させる。干渉ペプチドに由来するシグナルは、標的ペプチドに由来するシグナルと区別不能であるため、TMT−126レポーターイオンおよびTMT−131レポーターイオンの相対存在量を使用して標的ペプチドの各試料の相対存在量を正確に定量化することは可能でない。しかし、上述したように、標的ペプチドに由来する相補イオンクラスターは、干渉ペプチドに由来する相補イオンクラスターと区別可能である。したがって、TMT
Cイオンクラスターの測定を使用して、干渉ペプチドからの干渉を伴うことなく、各試料に由来する標的ペプチドの相対存在量を正確に得ることができる。したがって、TMT
Cイオンクラスターは、単一のMS
2スペクトルで複数のペプチドを定量化するのに使用されうる正確な定量的情報を含む。
図4で示した例では、例えば、ペプチド1およびペプチド2をそれぞれ定量化することができ、理由は、各ペプチドのTMT
Cイオンは重複しないためであることが分かる。
【0030】
図5A〜Eは、実験データに基づいてTMTレポーターイオン対TMT
Cイオンクラスターを使用する定量化のより詳細な比較を例示する。試料の調製を
図5Aに例示する。既知の混合比および既知の量の干渉ペプチドの2種の試料を使用して、定量化の正確さおよび干渉の効果を調査する。試料は、それぞれチャネル126、127、128、130、および131においてTMTで標識された1μg:4μg:10μg:4μg:1μgのLys−C消化酵母ペプチドを含む。干渉は、それぞれTMT−126およびTMT−127で標識された10μg:10μgのヒトLys−C消化ペプチドの混合物を添加することによってシミュレートする。以前に記載したように、TMT
C−129イオンおよびTMT
C−130イオンは区別不能であるので、TMT−129チャネルは省略する。
【0031】
図5Cは、設定した単離ウィンドウ内のMS
1前駆体スペクトル領域を例示する。干渉イオンから生じる多くの小さいピークが、MS
2分析用のより大きい標的ピークを捕捉するのに使用した単離幅内で明らかである。したがって、前駆体が、例えば、HCDを使用してフラグメント化されるとき、標的および干渉ペプチドがともにフラグメント化され、
図5Bに示したMS
2スペクトルに寄与する。
図5Bは、
図5Aに記載のヒト−酵母干渉試料から採用した5種のTMTタグで標識された酵母ペプチドAIELFTKのMS
2スペクトル全体を例示する。MS
2スペクトルは、35kの名目上の分解能設定および±2m/zの単離ウィンドウによるQExactiveで取得した。MS
2スペクトルは、対象の2つの範囲:5種のタグのそれぞれについてのレポーターイオンの相対存在量を示す低質量範囲(126〜131m/zの範囲内に位置した)、およびTMT
Cクラスターの相対存在量を示す高質量範囲(約1125m/zに位置した)を有する。これらのm/z領域の両方のイラストの拡大図を、それぞれ
図5Dおよび
図5Eに例示する。低質量レポーターイオンを使用して決定した場合の標的試料のそれぞれの相対存在量も
図5Dに示す。試料のそれぞれの比は、
図5Aに示した最初の比、すなわち、1:4:10:4:1に一致するはずである。しかし、レポーターイオン定量化は、無干渉チャネル(128〜131)内で正確である一方、ヒトペプチドからの干渉は、チャネル間の比をゆがめ、TMT−126およびTMT−127標識試料の相対存在量を正確に決定する能力を破壊する。同位体不純物について補正した後に得られた比を
図5Dの左側に示す。混合比が未知である現実の生体試料では、MSデバイスのユーザーは、レポーターイオンのどの画分が対象のペプチドに由来し、どの画分が干渉ペプチドに由来するかを区別することができないはずである。
【0032】
諸実施形態では、高質量TMT
Cイオンクラスターを使用して、干渉イオンからの干渉が低減された試料の相対存在量を得ることができる。
図5Eは、標的ペプチドに関連した検出されたTMT
Cイオンクラスターを例示する。レポーターイオンと異なり、このイオンクラスターの位置は、前駆体イオンの厳密な質量および荷電状態に依存する。c(−1)〜c(+7)でラベル表示された9つのチャネルが例示されている。c(0)のピークは、TMT−131標識疑似モノアイソトピック前駆体に由来するピークであり、他のピークは、この位置に対してラベル表示されている。各ピークは、異なるタイプの1種または複数のTMT標識ペプチドの結果である。各バーの各部分の陰影は、どのタイプのTMTタグがペプチドを標識しており、そのそれぞれの部分をもたらしていたかを表す。以下により詳細に記載した方法を使用して、
図5Eの右側に例示したように、上述の不純物行列を使用して、標識試料のそれぞれの実際の相対存在量を決定することができる。TMT試薬126および127で標識されたペプチドのレポーターイオン強度について測定される比のゆがみは、定量化が高質量相補イオンの強度に基づいているとき存在せず、無干渉定量化をもたらす。
【0033】
図6は、一部の実施形態に従って質量分析法を実施する例示的な方法を例示する。行為602で、分析されている異なる試料がそれぞれの化学的タグで標識される。任意の適当な化学的タグを使用することができる。タグは、フラグメンテーションの前に異なるタイプが同じ質量を有するように同重体でありうる。例えば、同重体タグは、タンデム質量タグ(TMT)または相対および絶対定量化のための同重体タグ(iTRAQ)であり得、これらは、2つの市販タイプの試薬であるが、諸実施形態はそのように限定されない。
【0034】
行為604で、標識された前駆体イオンの少なくとも1種のタイプが単離される。これは、任意の適当な方法で行うことができ、MSデバイスの細目に依存する。例えば、単離ウィンドウは、MSデバイスのイオントラップを制御する波形発生器を使用して作製することができる。しかし、諸実施形態は、前駆体イオンを単離するいずれの特定の方法にも限定されない。
【0035】
行為606で、MSデバイスで単離された少なくとも1種の標識された前駆体イオンがフラグメント化される。これは、HCDなどの任意の適当な方法で実現されうる。フラグメンテーションは、各化学的タグの部分が標識イオンの残りから離脱するとき起こる。離脱する化学的タグの部分は、レポーターイオンとして公知である場合があり、理由は、これが先行技術に従って測定されるように設計された化学的タグの部分であるためである。
【0036】
様々なタグからのレポーターイオンは、フラグメンテーションを介して生成される分子の第1のサブセットを形成する。レポーターイオンより大きな質量を有する最初の標識された分子の部分を代表する分子の第2のサブセットもフラグメンテーション行為によって生成される。分子の第2のサブセットは、各試料に由来する標識された分子に結合したままである化学的タグの部分、および分子自体、および潜在的に他のフラグメント化されていない、またはフラグメント化されたタグを含む。分子の第2のサブセットは、相補イオン、例えば、TMTタグの場合ではTMT
Cイオンでありうる。しかし、諸実施形態は、そのように限定されない。
【0037】
行為608で、分子の第2のサブセットの各タイプのイオンの相対存在量が測定される。一部の実施形態では、この測定は、MS
2測定である。測定がどのように実施されるかの詳細は、使用されるMSデバイスのタイプに依存し、当技術分野で公知である。
【0038】
行為610で、タグ付き分子の各タイプの相対存在量が決定される。行為610の一例示的実施形態は、
図7A〜Bおよび
図8とともに以下に記載する。
【0039】
標識試料の相対的存在量を決定する方法を、分析で使用される様々な相対強度を例示する
図7A〜B、および一実施形態による例示的な方法を例示する流れ図である
図8に関して記載する。本明細書に記載の方法の実施形態は、タグのそれぞれのタイプについて上述の不純物行列を使用する。これらの不純物行列は、任意の適当な方法で得ることができる。例えば、これらは、化学的タグの製造者から提供されてもよい。代わりに、MSデバイスのユーザーは、
図3A〜Bとともに上述したように、不純物行列を実験的に得ることができる。諸実施形態は、上述した不純物行列を使用することに限定されない。例えば、当業者は、不純物行列が化学的タグの詳細に応じて任意の数の行および列を有しうることを認識するはずである。さらに、行列形式で不純物情報を書くことが好都合であるが、分子を標識するのに使用される化学的タグ内の同位体変動を記述する不純物情報は、任意の適当な方法で表されうる。
【0040】
本方法は、定量化される非標識分子の同位体エンベロープであって、各m/zチャネルの相対的ポピュレーションを表す同位体エンベロープを決定することによって
図8の行為802から始まる。このエンベロープは、ベクトルpによって表される。ベクトルpは、任意の適当な方法で決定されうる。一部の実施形態では、ベクトルpは、分子の組成および自然における様々な同位体の天然存在量を詳述する情報に基づいて計算することができる。他の実施形態では、例えば、質量分析法を使用して分子の同位体エンベロープを実験的に決定することによってベクトルpを決定することができる。代わりに、一部の実施形態では、分子のライブラリーのスペクトルエンベロープ情報を記憶するデータベースからスペクトルエンベロープを単に調べることができる。
【0041】
図7Aの最も左のグラフは、非標識分子の同位体エンベロープ、すなわち、ベクトルpを例示する。ベクトル内の最初の位置、p(0)は、モノアイソトピックピークの位置である。ベクトルp内の他の位置は、モノアイソトピックピークより1ダルトン重いピークに対応する。ベクトルpは、1に正規化することができる。非標識分子の同位体エンベロープは、分子の原子構成、および原子の1つまたは複数が自然において存在する最も存在量の多い同位体以外の同位体になる確率に基づいて理論的に決定することができる。代わりに、非標識分子の同位体エンベロープのピークは、MSを使用して実験的に測定することができる。
【0042】
図8の行為804で、標識された分子の理論相対存在量を計算するのに使用されうる多重前駆体行列(multiplexed precursor matrix)P
Mが、分子の非標識同位体エンベロープに基づいて決定される。多重前駆体行列は、使用されるタグのタイプのそれぞれについて個々の前駆体行列P
TMTを最初に決定することによって決定することができる。個々の前駆体行列P
TMTは、例えば、不純物行列(I
TMT)、同位体不純物ベクトル(t
TMT)、分子に結合したTMTタグの数(k)、および非標識分子の同位体エンベロープ(p)に基づいて決定されうる。TMT=126、127、128、129、130、131について、タグの各タイプの個々の前駆体行列は、
【数3】
として決定することができ、式中、*記号は、畳み込み操作を表し、
【数4】
は、(k−1)の畳み込み操作を実施することを示す。得られるP
TMT行列は、I
TMTについて記載されるフラグメンテーション後のデルタ質量を示す行、および同位体エンベロープにおける位置を示す列を有する。本実施例では列p(−1)〜p(10)が計算されているが、任意の適当な数の列を使用することができる。(疑似)−モノアイソトピックピークはやはり、p(0)の位置を定義する。
【0043】
次いで前駆体行列P
Mを、P
126...P
131行列の加重和を実施することによって、所与の混合比のr
TMT(1に正規化することができる、r
126:r
127:r
128:r
130:r
131として表現される)について決定することができる:
【数5】
図7Aの中央のグラフは、前駆体行列P
Mを視覚的に例示し、各ピークは、タグ付き試料の同位体エンベロープにおける位置(すなわち、前駆体行列の列)を表し、異なるフィルパターンは、フラグメンテーション後のタグのデルタ質量のそれぞれからの寄与(すなわち、前駆体行列の行)を表す。
【0044】
実験データに最良に適合する相補イオンの相対存在量をもたらす混合比は、反復技法を使用して決定されうる。
図8の行為805で、理論混合比を自由裁量で選択することができる。例えば、反復技法の出発点は、混合比1:1:1:1:1でありうる。
【0045】
図8の行為806で、理論的な相補イオンクラスターにおけるイオンの相対存在量は、選択された混合比に基づいて決定され、ベクトル
【数6】
によって表される。位置
【数7】
は、疑似モノアイソトピックピーク
【数8】
のTMT−131レポーターイオンの喪失から生じる位置として定義される。本実施例では、
【数9】
は、式:
【数10】
(式中、i+k−5=j、k=−1...14、i=1...6、j=−1...10である)を使用して−1位〜14位について計算され、これは、多重前駆体行列P
Mの対角要素(diagonals)を合計することに対応する。理論的な相補イオン内のイオンの一例示的相対存在量
【数11】
は、
図7Aの最も左のグラフに例示されている。この例は、1:1:1:1:1のTMTチャネル126:127:128:130:131について自由裁量で選択された混合比を使用し、これは、上記に論じたように、実験データに最良に適合する混合比を決定するための反復アルゴリズムの出発点でありうる。グラフは、前駆体イオンクラスターにおける質量減分の分布に基づくTMT
Cクラスターにおける予測された強度分布(様々なフィルパターンを有するバー)を観測値(破線のバー)に対して比較する。
【0046】
行為808で、TMT
Cイオンクラスターについて理論的に計算されたベクトル
【数12】
が観察されたイオンクラスターcと比較される。この比較は、相似関数または差分関数を使用することができる。任意の適当な差分関数を使用することができる。例えば、コサイン距離(cosine distance)関数またはユークリッド距離関数を使用して、2つのベクトル、cと
【数13】
の間の差異を計算することができる。
【0047】
一部の実施形態では、空の位置のノイズのフィッティングは、理論的に予測されるTMT
Cエンベロープ
【数14】
内のどの位置が理論的な比
【数15】
について全イオンクラスターの1%未満で占められているかを最初に計算することによって回避されうる。例えば、いくつかのペプチドについて、この要件は、モノアイソトピック位置
【数16】
から
【数17】
〜
【数18】
について満たされている。
【0048】
次いで
【数19】
における比を、行為805に戻り、行為808での比較に基づいて異なる理論的な混合比を選択することによって変更することができる。理論的な混合比を反復し、洗練させて実験データをより良好に表すことによって、差分関数は、最小限にされる。例えば、
【数20】
関数を、最小化がすべての
【数21】
について操作:
【数22】
を実施することによって実現されるように二次式の差分関数として定義することができ、式中、
【数23】
であり、
【数24】
および
【数25】
である。イオンエンベロープの差分関数を最小限にする混合比率を決定することは、標準的な多変量最適化問題である。一部の実施形態では、最小化は、凸最適化の一事例であり、MATLABのfmincon関数などのローカルサーチソルバーで解くことができる。
【0049】
諸実施形態は、混合比を決定するいずれの特定の方法にも限定されない。一部の実施形態では、理論エンベロープは、いくつかの混合比に基づいて見積もり、実験的測定値と比較することができる。このプロセスは、理論エンベロープを変更し、それを実験データと比較することによって反復することができる。このようにして、実験データに最良に適合する理論エンベロープを決定することができる。この最良の適合は、実験で使用される実際の混合比であると決定されるものである。一部の実施形態では、例えば、異なる制約、例えば、理論エンベロープのコンポーネントは実数値および非負値であるという要件などを分析ルーチンに設定してもよい。代替の制約は、同じタンパク質に由来するペプチドは、同じ混合比を共有することでありうる。
【0050】
図7Aの最も右のグラフは、1.0:3.5:10:4.4:1.0のTMTチャネル126:127:128:130:131についての比を有する観察されたTMT
Cクラスターエンベロープ(破線のバー)の、1:1:1:1:1のTMTチャネル126:127:128:130:131についての自由裁量で選択された混合比に基づく理論エンベロープ(様々なフィルパターンを伴ったバーとして示されている)との比較を例示する。陰影付きのバーの高さは、測定結果とあまり一致しないことに留意されたい。しかし、上記最適化ルーチンが最適混合比を計算するのに使用される場合、観察されたおよび理論的TMT
Cイオンクラスターエンベロープは、
図7Bの最も右のグラフに例示したように非常に密接に一致している。
【0051】
図9A〜Eは、複数の試料中の分子の相対存在量を定量化するのにTMT
Cイオンクラスターを使用することのさらなる利点を例示する。MS
2スペクトル中の同位体エンベロープの位置は、標識されている分子のm/zに依存するので、1種を超える分子を単一実験で定量化することができる。標識された分子を定量化するのに区別不能なレポーターイオンを使用する先行技術は、単一実験で複数のタイプの分子を定量化することができず、理由は、標識された分子のそれぞれに由来するレポーターイオンが正確に同じm/zチャネル内で重複するためである。
図9Aは、2つの異なるペプチド(酵母由来のYTTLGKおよびヒト由来のLDEREAGITEK)が同じ5種の化学的タグで標識されている分析からのMS
2スペクトルを例示する。
図9Cは、依然としてインタクトであり、フラグメント化しなかった標識された前駆体イオンクラスターを例示する。2つの同位体エンベロープの位置は、共に十分すぐ近くにあり、その結果、単一単離ウィンドウを使用して2種の前駆体イオンを同時に単離することができる。この特定の例では、±3m/zの単離ウィンドウを使用した。一部の実施形態では、2つの前駆体同位体エンベロープが互いに近くにない場合、異なる場所の前駆体の部分を単離するマルチノッチ単離ウィンドウを使用することができる。
【0052】
図9Bは、レポーターイオンの位置に対応するMS
2スペクトルの部分の拡大図を示す。どんな比率の各チャネルが酵母ペプチドイオンまたはヒトペプチドイオンのいずれかから生成されたかを見分けることができない5種のレポーターイオンチャネルがある。したがって、複数のペプチドの定量化は、レポーターイオンを使用して可能でない。
【0053】
図9Dおよび9Eはそれぞれ、ヒトTMT
Cイオンクラスターおよび酵母TMT
Cイオンクラスターに対応するMS
2スペクトルの部分の拡大図を例示する。各TMTチャネルからのTMT
Cイオンクラスターへの寄与は、異なるフィルパターンを使用して示されており、デコンボリューションによって決定される。デコンボリューションに基づいて得られた予測は、2プロテオーム試料中の酵母とヒトペプチドの実際の混合比(mixing ration)に近い。スペクトル中のTMT
Cイオン同士を区別する能力は、両ペプチドを、例えば、上記分析技法を使用して分析するのを可能にする。諸実施形態は、2分子を同時に定量化することに限定されない。分子のそれぞれの同位体エンベロープが区別可能である場合、任意の適当な数の分子を定量化することができる。
【0054】
他の実施形態では、2種以上の前駆体を同時に慎重に単離、フラグメント化、および分析することができる。一部の実施形態では、複数の前駆体の慎重な共単離は、複数の前駆体イオンを同時に捕獲する非常に広い単離ウィンドウを使用することを包含し得る。他の実施形態では、各前駆体イオンは、別個のステップで、または複数の別個のノッチを伴った単離波形を用いて単離されうる。一部の実施形態では、すべての前駆体イオンが一緒にフラグメント化され、他の実施形態では、各前駆体イオンが個々に分析されうる。
【0055】
本発明の実施形態は、任意の特定のタイプの化学的タグを使用することに限定されない。上記実施形態は、一例としてTMTタグを使用して記載した。しかし、相対および絶対定量化のための同重体タグ(iTRAQ)または任意の他の適当なセットの化学的タグを使用してもよい。さらに、1ダルトン超によって質量が分離された化学的タグを使用することが有利でありうる。例えば、
図10A〜Hは、上述したものと同様のシミュレーション実験についてのボックスプロットを例示する。
図10Aは、5種の化学的タグがデータを定量化するのに使用されるときのボックスプロットを例示する一方、
図10B〜Gは、実験から1種または複数の化学的タグを取り除く結果を例示する。例えば、
図10Dは、得られる定量化の精度は、3種のタグのみが使用されるときにより高く、タグのそれぞれは、1ダルトン質量差ではなく2ダルトン質量差によって分離されていることを示す。同様に、
図10Fは、2種の化学的タグ間の4ダルトン質量差を有する2種の該化学的タグのみを使用して生じる精度の増大を示す。さらに、
図10Hは、
図10A〜Gに例示した異なるタグ構成についてのTMT
Cクラスターにおけるイオンの中央値偏差と数との間の関係を例示する。予期されるはずであるように、すべての実験でイオンの数が増加するにつれて精度は改善するが、2Da質量間隔によって分離された3チャネルを使用する実験で実現されるものと同様の精度を得るのに、およそ10倍多くのイオンが5重試料(5−plex sample)に必要とされる。したがって、一部の実施形態では、1ダルトンより大きい質量差を有する化学的タグを使用することが有利でありうる。
【0056】
本発明の実施形態は、単一のスキャンのみを使用して各前駆体を調べることに限定されない。ある特定の実施形態では、各前駆体を、2回以上のスキャンを使用して調べることができる。例えば、一対のスキャンを利用する実施形態では、第1のスキャンを使用して所与の前駆体のTMT
C生成効率を迅速に決定することができる。この最初のサーベイスキャンに基づいて、後続の繰り返し分析を、適当な定量化のために十分なTMT
Cシグナルを生成するように適合させることができる。一部の実施形態では、第2のスキャンは、任意の適当な手段においてサーベイスキャンと異なりうる。例えば、前駆体集団を蓄積するのに使用される注入時間を変更することができる。他の実施形態では、第2のスキャンは、使用されるフラグメンテーション方法(例えば、HCD対CID)、フラグメンテーションエネルギー(低対高正規化衝突エネルギー)などが異なりうる。一部の実施形態では、サーベイキャンのスキャン範囲は、サーベイスキャン分析時間を短時間に保つ目的で、小さく保たれる(TMT
Cイオンを包含するだけ)。
【0057】
本発明の他の実施形態では、各前駆体は、一対のスキャンを使用して調べられ、第1のスキャンは、前駆体イオンを同定する目的で収集され、第2のスキャンは、各試料の前駆体集団への相対的な寄与を決定する目的で収集される。このようにして、2つのスキャンは、これらの特定の目的のために最適化される。したがって、フラグメンテーション方法、分析方法、スキャン速度などは、2つのスキャン間で異なりうる。
【0058】
図11は、本発明の実施形態が実行されうる適当なコンピューティングシステム環境1100の例を例示する。本発明の実施形態、例えば、
図6および
図8に記載の方法は、コンピューティングシステム環境1100で部分的または完全に実行することができる。例えば、このようなコンピューティングシステム環境は、
図6および
図8の行為の一部またはすべての実施、ならびにまた理論ベクトル
【数26】
を観察ベクトルcに一致させる計算で使用される質量分析計を制御するソフトウェアを実行することができる。
【0059】
コンピューティングシステム環境1100は、適当なコンピューティング環境の単に一例であり、本発明の使用または機能性の範囲に関していかなる限定事項も示唆するように意図されていない。コンピューティング環境1100は、例示的な動作環境1100に例示したコンポーネントのいずれか1つまたは組合せに関していかなる依存性や要件を有すると決して解釈されるべきでない。
【0060】
本発明は、多数の他の汎用または特殊目的コンピューティングシステム環境または構成で動作可能である。本発明で使用するのに適し得る周知のコンピューティングシステム、環境、および/または構成の例としては、それだけに限らないが、パーソナルコンピューター、サーバーコンピューター、携帯用またはラップトップデバイス、マルチプロセッサシステム、マイクロプロセッサベースシステム、セットトップボックス、プログラム可能消費者向け電子機器、ネットワークPC、ミニコンピューター、メインフレームコンピューター、上記システムまたはデバイスのいずれかを含む分散コンピューティング環境などが挙げられる。
【0061】
コンピューティング環境は、プログラムモジュールなどのコンピューター実行可能命令を実行することができる。一般に、プログラムモジュールは、特定のタスクを実施し、または特定の抽象データ型を実行するルーチン、プログラム、オブジェクト、コンポーネント、データ構造などを含む。本発明は、タスクが通信ネットワークによってリンクされたリモート処理デバイスによって実施される分散コンピューティング環境でも実行されうる。分散コンピューティング環境では、プログラムモジュールは、メモリー記憶デバイスを含めたローカルおよびリモートコンピューター記憶媒体の両方に設置されうる。
【0062】
図11を参照すると、本発明の実施形態を実行するための例示的なシステムは、コンピューター1110の形態での汎用コンピューティングデバイスを含む。コンピューター1110のコンポーネントとしては、それだけに限らないが、プロセシングユニット1120、システムメモリー1130、およびシステムメモリーを含めた様々なシステムコンポーネントをプロセシングユニット1120にカップリングするシステムバス1121を挙げることができる。システムバス1121は、メモリーバスまたはメモリーコントローラー、周辺機器用バス(peripheral bus)、および様々なバスアーキテクチャのいずれかを使用するローカルバスを含めた、バス構造のいくつかのタイプのいずれかでありうる。例として、かつ限定ではなく、このようなアーキテクチャとしては、業界標準アーキテクチャ(ISA:Industry Standard Architecture)バス、マイクロチャネルアーキテクチャ(MCA:Micro Channel Architecture)バス、エンハンストISA(EISA:Enhanced ISA)バス、ビデオエレクトロニクススタンダーズアソシエーション(VESA:Video Electronics Standards Association)ローカルバス、およびメザニンバスとしても公知のペリフェラルコンポーネントインターコネクト(PCI:Peripheral Component Interconnect)バスが挙げられる。
【0063】
コンピューター1110は一般に、様々なコンピューター可読媒体を含む。コンピューター可読媒体は、コンピューター1110がアクセスすることができる任意の利用可能な媒体であり得、揮発性および不揮発性媒体、リムーバブルおよび非リムーバブル媒体の両方を含む。例として、かつ限定ではなく、コンピューター可読媒体は、コンピューター記憶媒体および通信媒体を含みうる。コンピューター記憶媒体としては、情報を記憶するための任意の方法または技術、例えば、コンピューター可読命令、データ構造、プログラムモジュール、または他のデータで実行される揮発性および不揮発性、リムーバブルおよび非リムーバブル媒体の両方が挙げられる。コンピューター記憶媒体としては、それだけに限らないが、RAM、ROM、EEPROM、フラッシュメモリー、もしくは他のメモリー技術、CD−ROM、デジタル多用途ディスク(DVD)、もしくは他の光ディスクストレージ、磁気カセット、磁気テープ、磁気ディスク記憶デバイスもしくは他の磁気記憶デバイス、または所望の情報を記憶するのに使用することができ、コンピューター1110がアクセスすることができる任意の他の媒体が挙げられる。通信媒体は一般に、コンピューター可読命令、データ構造、プログラムモジュール、または変調データ信号、例えば、搬送波もしくは他の輸送機構での他のデータを具現化し、任意の情報送達媒体を含む。用語「変調データ信号」は、信号での情報をコード化する様式で設定または変更されたその特性の1つもしくは複数を有する信号を意味する。例としてかつ限定ではなく、通信媒体としては、有線媒体、例えば、有線ネットワークまたは直接有線接続、ならびに無線媒体、例えば、音響、RF、赤外線、および他の無線媒体が挙げられる。上記のいずれかの組合せも、コンピューター可読媒体の範囲内に含められるべきである。
【0064】
システムメモリー1130には、揮発性および/または不揮発性メモリー、例えば、リードオンリーメモリ(ROM)1131およびランダムアクセスメモリ(RAM)1132の形態でのコンピューター記憶媒体が含まれる。起動中などにコンピューター1110内のエレメント間で情報を転送するのに役立つ基本ルーチンを含有する基本入出力システム1133(BIOS)は、一般にROM 1131内に記憶される。RAM 1132は一般に、プロセシングユニット1120に直ちにアクセス可能な、かつ/またはそれによって現在運転されているデータおよび/またはプログラムモジュールを含有する。例として、かつ限定ではなく、
図11は、オペレーティングシステム1134、アプリケーションプログラム1135、他のプログラムモジュール1136、およびプログラムデータ1137を例示する。
【0065】
コンピューター1110は、他のリムーバブル/非リムーバブル、揮発性/不揮発性コンピューター記憶媒体も含みうる。単なる例として、
図11は、非リムーバブル、不揮発性磁気媒体から読み取り、またはそれに書き込むハードディスクドライブ1141、リムーバブル、不揮発性磁気ディスク1152から読み取り、またはそれに書き込む磁気ディスクドライブ1151、およびリムーバブル、不揮発性光ディスク1156、例えば、CD ROMまたは他の光媒体から読み取り、またはそれに書き込む光ディスクドライブ1155を例示する。例示的な動作環境で使用されうる他のリムーバブル/非リムーバブル、揮発性/不揮発性コンピューター記憶媒体としては、それだけに限らないが、磁気テープカセット、フラッシュメモリーカード、デジタル多用途ディスク、デジタルビデオテープ、ソリッドステートRAM、ソリッドステートROMなどが挙げられる。ハードディスクドライブ1141は一般に、インターフェース1140などの非リムーバブルメモリインターフェースによってシステムバス1121に接続されており、磁気ディスクドライブ1151および光ディスクドライブ1155は一般に、インターフェース1150などのリムーバブルメモリインターフェースによってシステムバス1121に接続されている。
【0066】
上記に論じ、
図11に例示したドライブおよびこれらの関連したコンピューター記憶媒体は、コンピューター1110のためのコンピューター可読命令、データ構造、プログラムモジュール、および他のデータを記憶する。
図11では、例えば、ハードディスクドライブ1141は、オペレーティングシステム1144、アプリケーションプログラム1145、他のプログラムモジュール1146、およびプログラムデータ1147を記憶するとして例示されている。これらのコンポーネントは、オペレーティングシステム1134、アプリケーションプログラム1135、他のプログラムモジュール1136、およびプログラムデータ1137と同じであっても、異なっていてもよいことに留意されたい。オペレーティングシステム1144、アプリケーションプログラム1145、他のプログラムモジュール1146、およびプログラムデータ1147は、最低でもこれらが異なるコピーであることを例示するようにここでは異なる番号が与えられている。ユーザーは、入力デバイス、例えば、キーボード1162、および一般にマウス、トラックボール、またはタッチパッドと呼ばれるポインティングデバイス1161によってコンピューター1110にコマンドおよび情報を入力することができる。他の入力デバイス(図示せず)として、マイクロフォン、ジョイスティック、ゲームパッド、サテライトディッシュ、スキャナーなどを挙げることができる。これらおよび他の入力デバイスは、システムバスにカップリングされたユーザー入力インターフェース1160によってプロセシングユニット1120に接続されていることが多いが、他のインターフェースおよびバス構造、例えば、パラレルポート、ゲームポート、またはユニバーサルシリアルバス(USB)によって接続されていてもよい。モニター1191または他のタイプの表示デバイスも、ビデオインターフェース1190などのインターフェースを介してシステムバス1121に接続されている。モニターに加えて、コンピューターは、他の周辺出力デバイス、例えば、スピーカー1197およびプリンター1196も含むことができ、これらは、出力周辺インターフェース1195によって接続されうる。
【0067】
コンピューター1110は、リモートコンピューター1180などの1つまたは複数のリモートコンピューターに論理結合を使用してネットワーク化された環境内で稼働しうる。リモートコンピューター1180は、パーソナルコンピューター、サーバー、ルーター、ネットワークPC、ピアデバイス、または他の一般的なネットワークノードであり得、一般にコンピューター1110に関連して上述したエレメントの多くまたはすべてを含むが、メモリー記憶デバイス1181のみが
図11に例示されている。
図11に表した論理結合は、ローカルエリアネットワーク(LAN)1171および広域ネットワーク(WAN)1173を含むが、他のネットワークも含みうる。このようなネットワーキング環境は、オフィス、エンタープライズワイドコンピューターネットワーク、イントラネット、およびインターネットに普及している。
【0068】
LANネットワーキング環境で使用される場合、コンピューター1110は、ネットワークインターフェースまたはアダプター1170によってLAN 1171に接続されている。WANネットワーキング環境で使用される場合、コンピューター1110は一般に、インターネットなどのWAN 1173に対して通信を確立するためのモデム1172または他の手段を含む。モデム1172は、内蔵であっても外付けであってもよく、ユーザー入力インターフェース1160または他の適切な機構を介してシステムバス1121に接続されうる。ネットワーク化された環境では、コンピューター1110に関連して表されたプログラムモジュール、またはその部分は、リモートメモリー記憶デバイスに記憶されうる。例として、かつ限定ではなく、
図11は、メモリーデバイス1181に存在しているリモートアプリケーションプログラム1185を例示する。示したネットワーク接続は、例示的であり、コンピューター間の通信リンクを確立する他の手段も使用されうることが十分に理解されるであろう。
【0069】
図12は、本発明の実施形態の諸態様を実施することができる質量分析法装置1200のブロック図を例示する。装置1200自体も本発明の諸態様を具現化しうる。装置1200は、本発明の使用または機能性の範囲に関していずれの限定事項も示唆するように意図されていない。また装置1200は、例示的な装置1200に例示したコンポーネントのいずれか1つまたは組合せに関していかなる依存性や要件も有するとは解釈されるべきではない。
【0070】
装置1200は、ハードウェア、ソフトウェア、またはハードウェアとソフトウェアの組合せから構成されうるコントローラー1202を備えうる。一部の実施形態では、コントローラー1202は、イオンを単離するのに使用される1つまたは複数のノッチの中心および幅を決定する。例えば、コントローラー1202は、
図6および
図8に表された行為の少なくともいくつかを実施しうる。装置1200は、単一のコントローラーに限定されない。
【0071】
装置1200は、イオントラップ1204および単離波形発生器1206を備えうる。コントローラー1202は、イオントラップ1204および/または単離波形発生器1206にカップリングされて通信を可能にすることができる。任意の適当な形態のカップリングを使用することができる。例えば、コンポーネントは、システムバスを介してカップリングされうる。代わりに、装置1200のコンポーネントは、イーサネット(登録商標)ネットワークなどの通信ネットワークを介してカップリングされうる。本発明の実施形態は、いずれの特定のタイプのカップリングにも限定されない。
【0072】
イオントラップ1204は、質量分析法で使用するのに適した任意のイオントラップでありうる。例えば、イオントラップ1204は、四重極イオントラップ、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FTICR)MS、またはOrbitrap MSでありうる。
【0073】
単離波形発生器1206は、フラグメンテーションの前にイオントラップ1204内で前駆体イオンを単離するのに使用される単離波形を生成するための任意の適当なデバイスでありうる。例えば、単離波形発生器1206は、無線周波数(RF)信号発生器でありうる。
【0074】
本発明者らは、多重定量化に関して、同重体定量化のために相補イオンクラスターを使用すると、低質量レポーターイオンが使用されるとき干渉イオンによって引き起こされる問題を克服することができることを認識および十分に理解した。
【0075】
したがって、本発明の態様は、相補イオンクラスターを使用して1種または複数の標識された分子の相対存在量を決定する方法として具現化されうる。一部の態様は、相補イオンクラスターを使用して1種または複数の標識された分子の相対存在量を決定することができるMS装置として具現化されうる。一部の実施形態は、実行されるとき、相補イオンクラスターを使用して1種または複数の標識された分子の相対存在量を決定するための方法を実施する命令でコード化された少なくとも1つのコンピューター可読媒体として実行されうる。方法は、それだけに限らないが、
図6および
図8に記載の方法でありうる。
【0076】
本発明は、いずれかの特定の数の化学的タグまたは化学的タグのタイプを使用することに限定されない。さらに、本発明は、前駆体イオンをフラグメント化してMS
2スペクトルを生成するのに使用される技法によって限定されないことが理解されるべきである。さらに、本発明は、フラグメンテーションの前に前駆体イオンを単離するのに使用される技法によって限定されないことが十分に理解されるべきである。
【0077】
上記技法の具体例
本発明の少なくとも1つの実施形態のいくつかの態様をこうして記載して、以下は、一部の実施形態で記載した技法の具体例である。
【0078】
緒言
質量分析法(MS)ベースプロテオミクスは、過去数年にわたって注目すべき改善が行われ、単一実験で哺乳動物試料からの10,000超のタンパク質の同定を今日ではもたらしている。タンパク質同定は、現在では成熟しているが、複数の条件の中での正確な定量化は、いまだ課題である。予測不可能なイオン化効率により、ハイスループット実験におけるタンパク質存在量の絶対定量化が現在妨げられている。この制限を回避するために、異なる条件に由来するペプチドを、これらの化学構造は同一であるが、これらの同位体組成が異なるように同位体標識することができる方法が開発された。MSによって分析されるとき、タンパク質存在量の相対的変化は、調査される異なる条件にとってユニークであるイオンの相対存在量から推測することができる。
【0079】
最も一般には、ペプチドは、差次的に標識された種の相対存在量に基づいてMS
1スペクトルから定量化される。一例は、代謝標識である。代わりに、異なる実験条件から得られたタンパク質に由来するペプチドを化学修飾して安定同位体を組み込み、定量化することができる。これらのMS
1ベース定量化法の主要な不利点は、MS
1スペクトルの複雑性が異なって修飾されるペプチドの数とともに増大し、その結果、データ取得速度および感度が冗長なMS
2収集に起因して低減されることである。MS
1ベース定量化を用いた多重プロテオミクスは実現可能であり、例えば、Lys−C消化ペプチドに対して還元的ジメチル化すると、5つの区別可能な種の生成が可能になるが、同定および定量化され得るタンパク質の数は、スペクトルの複雑性の増大に起因して低減される。したがって、MS
1ベース定量化を使用する複合混合物の深いカバレッジは現在、2または最大で3条件についてのみ使用されている。したがって、カバレッジの深さを犠牲にすることなく単一実験で多数の試料を比較する実用的手段の大きな必要性がある。
【0080】
TMTまたはiTRAQなどの同重体タグは、深いカバレッジを伴ったこのような定量的多重プロテオミクスを期待させた。これらのタグで標識されたペプチドは、MS
1スペクトルで区別不能な質量を有し、したがってスペクトルの複雑性を増大させないが、フラグメンテーション後、多重試料の各コンポーネントは、低m/z領域でユニークな質量を有するレポーターイオンを生成し、これを相対定量化に使用することができる。現在、最大8チャネルが商業化されている
7。同重体標識は、従来のMS
1ベース定量化と組み合わせて多重化容量を増大させることができる。18重(18−plex)実験が実証された。
【0081】
同重体標識の深刻な欠点がある。複合混合物を分析するとき、フラグメンテーションのために選択されたペプチドは一般に、より低い存在量の共溶出イオンが夾雑している。したがってレポーターイオンは、標的イオンおよび干渉イオンの両方に由来し、それは、定量化のゆがみを引き起こす。この問題を克服するために2つのストラテジーが導入された。Tingらは、MS
2スペクトルで最も存在量の多いイオンを再単離し、それを再フラグメント化した。MS
3スペクトルで得られるレポーターイオンは、その時標的ペプチドにほとんどもっぱら由来した。代わりに、Wengerらは、フラグメンテーションの前にプロトン移動イオン−イオン反応(PTR:proton transfer ion−ion reaction)を使用して前駆体ペプチドの荷電状態を低減し、それによって異なる荷電状態を有する干渉イオンを除去した。両方法は、定量化の正確さおよび精度を大幅に改善するが、これらは、データ取得速度および感度の減少という代償を払う。
【0082】
ここで、本発明者らは、正確な同重体定量化のための代替手法を導入する。これは、追加の精製ステップを必要としないが、むしろOrbitrap、FT−IR、およびTOF計測器を含めた最新の質量分析計の高い質量正確さおよび分解能を活用する。MS
2スペクトルの低m/z領域内のレポーターイオン(TMTレポーターイオン)を使用する代替として、本発明者らはTMTタグの部分的な喪失に由来する相補体TMTフラグメントイオンクラスター(TMT
Cクラスター)に基づいて試料差異を定量化する(
図2A〜C、
図4)。TMT
Cクラスターは、低質量レポーターイオンとして異なって標識されたペプチドの相対的レベルについて等価な定量的情報を担持し、本質的にこれらの相補体である。TMT
Cクラスターの位置は、荷電状態特異的であり、最新の計測器の質量正確さは、TMT
Cクラスターを正確に定量化するのに十分である0.02m/z未満異なるフラグメントイオンを容易に区別することができる。既知であるが異なる混合比を有するTMT標識酵母ペプチドおよびヒトペプチドの混合物を分析することによって、本発明者らは、本方法が干渉ペプチドイオンによって影響されていない正確な定量的データを生成することを示す。最後に、本発明者らは、本方法が、同じMS
2スペクトル内の複数の別個のペプチドを、これらが共フラグメント化される場合、定量化することができることを実証する。これは、同重体標識ペプチドの定量化を並列処理する将来の可能性を広げ、多重プロテオミクス実験で定量化されるペプチドの数を潜在的に増やす。
【0083】
結果および考察
相補体TMTイオンクラスター
6種の異なるTMTチャネルのいずれか1つで標識されたペプチドは、MS
1スペクトルで区別不能であるが、これらの低m/zレポーターイオン(レポーターイオン)に基づいてフラグメント化すると定量化することができる。TMT標識ペプチドからのMS
2スペクトルをより詳しく検査すると、本発明者らは、本発明者らがTMTタグ内の一結合においてもっぱらフラグメント化されたペプチドイオンに割り当てた別のイオンクラスターを観察した(
図4、5B)。これらのイオンは、TMT標識のカルボニル炭素と二級アミンとの間の結合の切断によって生成される(
図2A)。脱離基は一般に一電荷を取得し、したがってTMT
Cプロダクトイオンは、前駆体より1つ少ない電荷を有する。本発明者らは、これらのフラグメントイオンを相補体TMT(TMT
C)イオンと呼んだ。
【0084】
TMT
Cイオンは、質量収支基のほとんどを担持し、したがって標識ペプチドの相対的差異についての情報を含有する。標識されたカルボニル炭素は、脱離基の一部であるので、TMT
C−130イオンとTMT
C−129イオンは、本発明者らの分析では区別不能である(
図2A)。これらの相補イオンクラスターは、これらの関連する低質量レポーターイオンより複雑であり、理由は、それぞれも標識ペプチドの同位体エンベロープを反映するためである。したがって、隣接するTMTチャネルのTMT
Cイオンクラスターは、重複する。相対的なペプチドレベル比を得るために、本発明者らは、前駆体ペプチドイオンの同位体エンベロープでTMT
Cイオンクラスターを本質的にデコンボリューションしなければならない(
図4)。低m/zレポーターイオンの定量的情報が容易に入手可能であるとき、定量化のためにTMT
Cクラスターを使用するのは反直観的のようであるが、TMT
Cイオンは、スペクトル内のこれらのユニークな場所がタグ付きペプチドの厳密な質量および電荷に依存するという原理的利点を有する(
図4)。対照的に、標的ペプチドおよび任意の共単離ペプチドの両方からの小TMTレポーターイオンは、区別不能である。したがって本発明者らは、ペプチド特異的TMT
Cクラスターは、共溶出ペプチドからの干渉を無視できる状態で、追加の気相精製ステップの必要性を回避して、MS
2レベルでの定量化を可能にするはずであると論断した。
【0085】
著しい干渉を伴ったMS
2スペクトル内のTMT
Cクラスターのデコンボリューション
TMT
Cクラスターを使用する定量化の正確さを評価するために、特に、干渉に対するその感度を試験するために、本発明者らは、本発明者らが共溶出ペプチドの干渉を同定および定量化することができる既知の混合比の試料を作製した。本発明者らは、それぞれチャネル126、127、128、130、および131内で、TMTで標識された1μg:4μg:10μg:4μg:1μgのLys−C消化酵母ペプチドを組み合わせた。干渉をシミュレートするために、本発明者らは、それぞれTMT−126およびTMT−127で標識された10μg:10μgのヒトLys−C消化ペプチドの混合物を添加した(
図5A)。TMT
C−129イオンおよびTMT
C−130イオンは区別不能であるので、本発明者らはTMT−129チャネルを省略した(
図2A)。本発明者らが従来のTMTレポーターイオンを使用して干渉試料を分析したとき、本発明者らは、酵母だけに限定されているペプチドは、無干渉チャネル(128、130、および131)内で正確に定量化されたが、ヒト干渉を有するチャネル(126および127)内の相対存在量は、ヒト起源の夾雑レポーターイオンに起因して重くゆがめられることを見出した(
図5D)。混合比が未知である現実の生体試料では、本発明者らは、レポーターイオンのどの画分が対象のペプチドに由来し、どの画分が干渉共溶出ペプチドに由来するかを区別することができないはずである。
【0086】
図5Cに示したMS
2スペクトルは、±2m/zの単離幅、90分の勾配、および200m/zで35kの名目上の分解能を用いたQExactiveで分析した実験からのものである。このスペクトルは、酵母ペプチドAIELFTKを同定する。先行するMS
1スペクトルでは、前駆体の同位体エンベロープは、褐色でマークされている。多くの他のピークもMS
2分析の単離幅内で明らかである(
図5C)。TMTレポーターイオンは、MS
2スペクトルの低m/z領域内に位置している。強度情報はピーク面積に由来するので、
図5D中のスペクトルのピーク高さと推定相対存在量は完全には照応せず、本発明者らは、同位体不純物を補償するために供給業者によって提供された補正係数を適用する。TMT
Cクラスターは、スペクトルの高m/z領域内に位置する(
図5B、E)。この例では、前駆体イオンは、2電荷を担持する一方、TMT
Cイオンは単一荷電している。レポーターイオンと異なり、このイオンクラスターの位置は、前駆体の厳密な質量および荷電状態に依存する。本発明者らは、TMT−131標識疑似モノアイソトピック前駆体に由来するTMT
Cイオンのピークをc(0)位と定義し、この位置に対してすべての他のピークをラベル表示する。いくつかのスペクトルでは、共単離ペプチドのTMT
Cクラスターが容易に観察可能であるが(例えば、
図9A〜Eを参照)、多くの場合これは当てはまらない。本発明者らは、これは、おそらく多くの場合異なる荷電状態を伴った多くの異なる低存在量のペプチドに由来し、スペクトル全体にわたって非常に低存在量で高度に分散したTMT
Cイオンをもたらしている干渉に起因すると考えている。本発明者らは、Coon labで実施されたPTR実験が、前駆体ペプチド単独の荷電状態を有するイオンの単離は、ほとんどの干渉を除去するのに十分であることを実証したことに留意する。
【0087】
TMT
Cイオンクラスターから元の混合比を推定することは、低m/zレポーターイオンからそれを導出することより複雑である。TMTタグの質量収支部分は、レポーターイオンと同様に相対的な定量的情報を本質的にコード化する一方、この情報は、標識ペプチドの同位体エンベロープでコンボリューションされている。元の混合比を推定するために、したがって本発明者らは本質的に、前駆体ペプチドの同位体エンベロープでTMT
Cクラスターをデコンボリューションしなければならない。またTMTタグに由来する同位体不純物が考慮される必要がある(本発明者らの計算の詳細な説明については、材料および方法(以下)ならびに
図3A〜Bおよび7A〜Bを参照)。
図5中のTMT
C定量化は、1.0:3.5:10:4.4:1.0の相対比を報告し、これは、既知の混合比に近い、干渉を伴った、および伴わないチャネルについての同様の比を示す(
図5E)。対照的に、レポーターイオン比は、干渉を伴ったチャネル内に強い比のゆがみを伴って5.3:7.9:10:4.4:1.0と報告されている(
図5Dと比較されたい)。
【0088】
完全な実験でのTMT
C定量化の評価
完全な実験にわたるTMT
C定量化(試料が
図5A〜Eのものである)を
図14に示す。方法を評価するために、相対的な酵母ペプチドTMTチャネル強度を、TMT
Cイオンクラスターをデコンボリューションすることによって計算し、干渉を伴った、および伴わない1:10および4:10のチャネルについての絶対偏差の中央値を、本発明者らがTMT
Cクラスター内で観察することができたイオンの数に対してプロットした(
図13A)。測定をヒトペプチドによる干渉の非存在下およびこの干渉の影響下で行った。さらなる分析のために、本発明者らは、自信のある定量化のカットオフポイントである、TMT
Cクラスターにおける1000イオン未満のペプチドを除外した。品質の追加の尺度として、本発明者らは、観察されたTMT
Cクラスターがいかに良く理論分布にフィットするかを評価した(
図13B)。予測されたTMT
Cイオンクラスターと観察されたTMT
Cイオンクラスターとの間の二乗差の合計(Diff)を第2のフィルター基準として使用した。測定されたTMTチャネル比と予測されたTMTチャネル比との間で0.02未満のコサイン距離を有するペプチドを、十分に定量化されたペプチドとして定義した。グラフは、十分に定量化されたペプチドおよび他のペプチドを、TMT
Cクラスターにおけるイオンのこれらの合計および観察されたTMT
Cクラスターと計算されたTMT
Cクラスターとの間の二乗差の合計について示す。
図13Cは、フィルター基準(filer criteria)(Diff=0.0017)を満たさなかったペプチドの予測および観察されたTMT
Cクラスターを表し、
図13Dは、フィルター基準(Diff=0.002)を確かに満たしたペプチドの予測および観察されたTMT
Cクラスターを表す。
図14Aは、20に正規化された比を有するフィルタリングされた酵母ペプチドのボックスプロットを示す。ウィスカーは、5〜95パーセンタイルに到達する。
図14Bは、
図14Aに示した比についての対応する頻度分布を表す。干渉は、系統的な誤差を引き起こさないが、干渉イオンを伴ったチャネルの比の分布は、干渉を伴わないチャネルのものより広い。また、
図14Aで分かるように、126チャネルおよび127チャネルは、130チャネルおよび131チャネルより広い比の分布を示すが、干渉を伴った、および伴わない等価なチャネルの中央値は、注目すべきことに同様であり、既知の混合比に非常に近い。異常値は、干渉を伴った、および伴わないチャネルの中で事実上同様に分布しているようである。本発明者らは、以下の干渉を伴ったチャネルのより広い分布に対処する。総合すると、ボックスプロットおよびヒストグラムは、TMT
Cイオンクラスターをデコンボリューションすると、異なる混合比を有する共溶出ヒトペプチドにもかかわらず、MS
2スペクトル内の同重体標識ペプチドが忠実に定量化されることを実証する。
【0089】
本発明者らはまた、慣例的なMS
2レポーターイオン法および無干渉MS
3法の両方でTMT
C定量化の性能を比較した。本発明者らは、QExactiveで、TMT
Cイオンおよびレポーターイオンについて干渉を伴った1:10および4:10の比(126/128および127/128)の酵母を定量化し(上述したのと同じ実験)、MS
3法および同等の溶出勾配を用いてOrbitrap Eliteで分析した同じ試料とそれを比較した。MS
2レポーターイオンによって得られた比は、強くゆがめられた(
図14C、D)。対照的に、干渉を有する1:10および4:10の比についてTMT
Cで導出した中央値は、干渉に起因するゆがみが無視できる状態で既知の混合比の近くに集中した。同じことがMS
3法で得られた比についても当てはまった。この例では、本発明者らは、MS
3法と比較してTMT
C手法で約30%多いペプチドを定量化したが(以下の表1を参照)、比の分布は、特に4:10比についてTMT
Cでとりわけ、より広い(
図14D)。
【0090】
TMT
C定量化の精度の理論的限界を評価するために、本発明者らは、干渉および他の測定誤差を無視してモンテカルロ計算で観察されるイオンの数についての実験的なサンプリングエラーをシミュレートした。シミュレートおよび測定された比の得られた中央値絶対偏差は、注目すべきことに同様であった(
図13A、E)。
図13Aは、実際の実験から測定された比の中央値絶対偏差を表し、一方、
図13Eは、アミノ酸配列、ならびに
図13Aおよび
図13Dの実験で観察されたイオンの数に基づく既知の混合比を用いてモンテカルロでシミュレートした酵母ペプチドについてのデータを表す。シミュレーション実験は、極端な異常値が無かった(
図13F、これは、
図13Bに記載したようにプロットされたモンテカルロ結果を示す)。
図14Eは、モンテカルロでシミュレートした酵母ペプチドの比のボックスプロットである。TMT
Cエンベロープを、既知の混合比に基づいてシミュレートした。興味深いことに、シミュレーション実験のボックスプロットおよびヒストグラムは、130チャネルおよび131チャネルと比較して126チャネルおよび127チャネルのより広い分布を示した(
図14E、F)。本発明者らは最初、本発明者らが実際の実験でも観察したこの広幅化を干渉に起因するとした。しかし、シミュレーションは、干渉が無い。したがって本発明者らは、より低いTMTチャネル内のより広い分布は、TMT
Cクラスター内に
【数27】
イオンが埋もれていることに起因する可能性があると結論付ける(
図5E)。結果として、計測誤差は、蓄積するようであり、測定の精度は減少する。全体的に、シミュレーションデータは、極端な異常値を除いて現実の実験と非常に同様であり、本方法が理論的限界に近接していることを示唆した。
【0091】
TMT
C法の精度の改善
本発明者らは、実際の実験とモンテカルロシミュレーションとの間の明らかな照応を利用し(
図14A、B、
図14E、F)、TMT
C定量化の精度がTMTチャネル間のより大きい質量分離によって改善されうるかを試験した。この目的を達成するために、本発明者らは、アミノ酸配列および
図14A、Bに記載の実験で観察されたイオンの数に基づいて10:10:10:10:10の比をシミュレートした。次いで本発明者らは、実際の実験のために本発明者らが使用した同じ方法によって、シミュレートされたTMT
Cクラスターを分析した。
図10Aは、得られた比のボックスプロットを示す。中間チャネル(127〜130)の精度は、縁部のチャネルの精度より著しく悪い。本発明者らが128チャネルを取り除いたとき、すべてのチャネルの精度は増大する(
図10B)。対照的に、131チャネルのみを取り除いたとき、精度の利得はより小さかった(
図10C)。これは、精度の改善が1チャネル当たりのイオンのより大きい数ではなく、TMT
Cクラスターにおけるイオンのより広い間隔に主に起因することを示唆する。精度のより大きい利得は、各チャネルが少なくとも2ダルトン離れている場合実現されうる(
図10D〜H)。本発明者らは、複数のTMTレポーターイオンの除去に由来するイオンクラスターは、5重試料に対してこの所望の性質を有するはずであることに言及したい(データを示さず)。
【0092】
TMT
Cイオン形成の効率
図15Aは、異なるMS
2分解能設定:18k、35k、および70kを使用する相補イオンベース定量化を比較するものである。最大イオン注入時間は、異なる分解能設定:それぞれ60ms、120ms、および240msでのOrbitrapスキャン時間に従って設定した。垂直線は、1:10(破線)および4:10(実線)の既知の混合比を示す。
図15Aは、18kという低分解能設定でさえ、干渉に起因する系統的な誤差は軽微であることを例示する。しかし、18kの分解能に関連してイオン注入時間がより短いことにより、そしてその結果として、蓄積されるイオンの数が低いことにより、
図13A〜Fに関して記載したデータフィルタリング基準を満たさなかったTMT
Cクラスターイオンが増大した。35kの分解能において、ほとんどのペプチドはフィルタリング基準に合格し、より狭い比の分布は、これらの設定により、取得される定量的データの精度が増大することを示す。
【0093】
図15Bは、異なる単離幅設定の比較、および35kの分解能でのTMT
Cイオンベース定量化に対する効果を示す。±1.5m/zという単離幅は、前駆体イオンエンベロープの不完全な単離をもたらし、定量的結果の正確さに強く影響する。正確さは、単離ノッチ幅を±2.0m/zに拡大することによって改善される。単離ノッチ幅を±2.5m/zおよび±3.0m/zにさらに拡大すると、定量化の正確さは有意に改善されないが、夾雑ペプチドイオンの共単離の増大に起因して同定されるペプチドの数が減少する。
【0094】
図15Cは、
図15A〜Bに示した実験からのMS
2スペクトルの数、同定および定量化されたペプチドの数を含む表を示す。
【0095】
以下の表1は、TMT
CおよびMS
3定量化法を使用してQExactiveおよびOrbitrap Eliteで実行した干渉試料実験を要約する。
【表1】
【0096】
各分析では、約90分の同等の溶出勾配を使用した。特に、120msの注入時間および35kの名目上の分解能を用いたQExactiveでの取得したMS
2スペクトルの数および同定されたペプチドの数は、等価なTMT
C実験をほんのわずかにより高い名目上の分解能(42kの分解能、50kのAGC標的、250msの最大注入時間)を用いてOrbitrap Eliteで実行したとき取得したMS
2スペクトルの数のほぼ2倍である。異なる実験セットアップは、厳密な比較を妨げるが、異なる負荷サイクルは、QExactiveでのイオン注入およびスペクトル取得の並列化に起因する可能性がある。対照的に、Orbitrap Eliteでのイオン注入およびスペクトル取得は、逐次である。
【0097】
MS
3法と比較したときのTMT
C手法の利点の1つは、無干渉定量化をもたらすのに追加の精製ステップはまったく必要でなく、前駆体イオンのより大きい画分が(相補体)レポーターイオンに潜在的に変換されることである。これは、定量化のための注入時間を低減し、かつ/または感度を増大させることができる。しかし、現在のインプリメンテーションで、所与の時間内に定量化されうるペプチドの数は、MS
3法で得られる数と同様である(表1)。これは、ペプチドの大部分について有意な数のTMT
Cイオンの形成が不十分であることに主に起因する。本発明者らが同定された酵母ペプチドイオンをこれらの荷電状態によって分離する場合、本発明者らは、120msの注入時間で、フラグメンテーション後、二重荷電ペプチドイオンの70%が定量化を可能にする強度でTMT
Cイオンを作製することを観察する。例えば、
図16Aは、異なる前駆体荷電状態についてのTMT
Cイオンの数の頻度分布を例示する。より高い荷電状態ペプチドの大部分は、有意な量のTMT
Cイオンを生成しない。破線の垂直線は、定量的データをフィルタリングするのに本試験全体にわたって使用した1,000イオンカットオフを表す。ペプチドのこの画分は、より高い荷電状態を有するペプチドに関してさらに減少する。しかし、TMT
Cイオン形成の効率をより低くするのは荷電状態自体ではなく、荷電状態とアミノ酸組成との組合せであるようである。おそらく、塩基性残基(アルギニン、リシン、ヒスチジン、およびN末端)より多くの電荷を含有するペプチドイオンは、高度に移動性である少なくとも1つのプロトンを呈する。本発明者らがこの基準に基づいてペプチドイオンを分離するとき、本発明者らは、高度に移動性のプロトンを有するペプチドは一般に、十分な強度でTMT
Cイオンを生成しないことを見出した。本発明者らは、高度に移動性のプロトンがペプチド骨格でのフラグメンテーションを増大させ、それによってTMT
Cイオンの形成を抑制すると考える。高移動性プロトンを担持しないペプチドイオンを考慮するときでさえ、より高い荷電状態のペプチドイオンは、あまり効率的にTMT
Cイオンを形成しない傾向があることを本発明者らは依然として観察することに言及しなければならない。例えば、
図16Cは、異なる荷電状態のペプチドイオンについての高移動性プロトンを担持しないペプチドの頻度分布を例示する。このプロットは、ペプチド荷電状態とTMT
Cイオン強度の負の相関を示す。ある程度、これは、イオンでない電荷の数によってMS
2スペクトルのための前駆体に優先順位をつけるデフォルトのMS計測器設定によって説明されうる。さらに、より高い荷電状態のペプチドは、より長い傾向があり、したがってペプチド骨格で破断する可能性がより高くなり得、TMT
Cイオン形成の可能性を低下させる。
【0098】
ペプチドの大部分についての非効率なTMT
Cシグナルは、TMT
C定量化にとってその現在のインプリメンテーションにおいて制限事項である。重大な問題であるが、調整するための実行可能なパラメータである同重体タグの化学反応を用いた実行可能な解決策がある。慣例的なTMTタグは、TMT
Cイオンのためでなく低m/zレポーターイオンの形成のために合成および最適化される。現在のTMTタグより効率的に相補体レポーターイオンを形成するタグを作製することが可能である。例えば、ホスホ−エステル結合を有するタグを作製することができる。ホスホ基のニュートラルロスは一般に、特に共鳴CIDフラグメンテーションを伴ってリンペプチドのMS
2スペクトルで優位を占める。さらに、同重体標識中の追加の塩基性基は、ペプチド骨格から高移動性プロトンを隔離しうる。相補体レポーターイオンをより効率的に形成すると、定量化に適用できるペプチドの画分が著しく増大するはずであり(
図16B)、すべてのペプチドの定量化の精度に役立つはずである(
図10A)。例えば、
図16Bは、
図16Aで観察される差異が、荷電状態に関係なく、高移動性のプロトンを含む、および含まないペプチドを比較することによって部分的に説明されうることを例示する。高移動性プロトンを含むペプチドは、微々たる数のTMT
Cイオンを生じる傾向がある。高移動性プロトンは、ペプチド骨格で結合破壊を支持する可能性があり、それによってTMT
Cイオンの形成を抑制する。
【0099】
TMT
Cイオンクラスターは、ペプチド定量化の並列化を促進する
MS
3またはPTRのような代替の定量化法に対する相補体レポーターイオン手法の一利点は、定量的なシグナルが前駆体特性に依存することである。本質的に、これは、干渉を除去するだけでなく、共単離ペプチドの並列の定量化を可能にすることができる。
図9では、単一MS
2スペクトルで複数のペプチドを並列定量化するための原理の証明が示されている。2種のペプチドを、±3m/zの単離幅でヒト−酵母干渉試料の分析中のフラグメンテーションのために単離した(
図9A)。デコイを含むヒト−酵母ペプチドデータベースに対してSequestで2つの前駆体を検索すると、+2前駆体について酵母ペプチドYTTLGK、および+3前駆体についてヒトペプチドLDEREAGITEKが同定された。レポーターイオンは、酵母起源およびヒト起源の両方から生じた(
図9B)。対照的に、TMT
Cクラスターは、各ペプチドにユニークであり、これらの前駆体特異的フラグメントイオンから、2種のペプチドが独立して定量化された。ヒトペプチドは、10.5:9.3:0.1:0.0:0.0で定量化され、酵母ペプチドは、1.5:4.6:9.6:2.1:1.1で定量化された(20に正規化された比)。本発明者らは、酵母ペプチドの定量化が、単離ウィンドウの縁部に近いペプチド前駆体の局在化を被ったと考える(ヒトペプチドの疑似モノアイソトピックピークがMS
2スペクトルについて計測器によって選択される標的であった)。したがって、酵母同位体エンベロープのより低いm/z側のピークは、あまり効率的に単離されず、TMT−126チャネルおよびTMT−127チャネルの過大評価をもたらした。この警告があっても、両ペプチドの定量化は、既知の異なる混合比に合理的に近く、相補体レポーターイオン定量化が、複数の前駆体がSWATH MSのように意図的に単離およびフラグメント化される方法にユニークに適用可能であることを実証した。多重プロテオミクス実験におけるデータ取得速度は、定量化のためにMS
nスペクトル内に十分な(相補体)レポーターイオンを蓄積するのに必要とされるイオン注入時間によって主に制限される。これらのイオン注入時間と比較して、同定のためのMS
2スペクトルの全取得時間は短く、同定および定量化のためのMS
2スペクトルは、分離されうる。相補体レポーターイオン手法は、相補体レポーターイオンを蓄積するためのイオン注入を並列化することを可能にし、それによって所与の時間枠内で定量化されうるペプチドの数を増やす機会を広げる。
【0100】
材料および方法
試料調製およびデータ取得:
別段の注記のない限り、干渉試料は、以前に記載された通り調製した。HeLa S3細胞を、懸濁液中で増殖させて1×10
6細胞/mLにした。酵母細胞は、1.0のODまで増殖させた。細胞を6Mチオシアン酸グアニジウム、50mM Hepes pH8.5(HCl)中に溶解した。タンパク質含量は、BCAアッセイ(Thermo Scientific)を使用して測定し、ジスルフィド結合をジチオトレイトール(DTT)で還元し、システイン残基を、以前に記載された通りヨードアセトアミドでアルキル化した。タンパク質溶解産物をメタノール−クロロホルム沈殿によって浄化した。試料を6M チオシアン酸グアニジウム、50mM Hepes pH8.5中に取り込み、希釈して1.5Mチオシアン酸グアニジウム、50mM Hepes、pH8.5にした。両溶解産物を、1:50の酵素:タンパク質比の消化(digest)で、Lys−C(Wako)を用いて一晩消化させた。消化後、試料を三フッ素酸(tri−fluoric−acid)でpH<2まで酸性化し、C
18固相抽出(SPE:solid−phase extraction)(Sep−Pak、Waters)に供した。アミノ反応性TMT試薬(126〜131、Thermo Scientific、ロット番号MJ164415、0.8mg)をアセトニトリル40μl中に溶解させ、溶液10μlを50mM HEPES(pH8.5)100μl中に溶解したペプチド100μgに添加した。室温(22℃)で1時間後、5%ヒドロキシルアミン8μlを添加することによって反応をクエンチした。標識した後、試料を所望の比(例えば、1:4:10:4:1)で組み合わせた。標識酵母試料の画分を標識ヒト試料から別個に保持し、その試料を無干渉分析のために用意した。試料をC
18固相抽出(SPE)(Sep−Pak、Waters)に供した。
【0101】
LC−MS実験は、Orbitrap EliteまたはQEactive MS(Thermo Fischer Scientific)で実施した。Orbitrap Eliteは、Famosオートサンプラー(LC Packings)およびAgilent1100バイナリ高圧液体クロマトグラフィー(HPLC)ポンプ(Agilent Technologies)を備えていた。各ランについて、ペプチド約1μgを、Magic C
4樹脂(5μm、200Å、Michrom Bioresources)およそ0.5cmを最初に充填し、その後Maccel C
18 AQ樹脂(3μm、200Å、Nest Group)20cmを充填した内径100または75μmのマイクロキャピラリーカラムで分離した。分離は、約300nl/分で90分にわたって0.125%ギ酸中9〜32%のアセトニトリル勾配を適用することによって実現した。エレクトロスプレーイオン化は、マイクロキャピラリーカラムの入口のPEEKマイクロ−ティー(micro−tee)によって1.8kVの電圧を印加することによって可能にした。Orbitrap Eliteは、データ依存モードで運転した。サーベイスキャンを、84kの分解能で300〜1,500m/zの範囲にわたってOrbitrapで実施し、その後、±2m/zの前駆体単離幅ウィンドウを使用してHCD−MS
2フラグメンテーションのために10の最も強いイオン(トップ10)を選択し、その後、42kの分解能でMS
2を行った。自動利得制御(AGC:automatic gain control)設定は、サーベイおよびMS
2スキャンについてそれぞれ、3×10
6イオンおよび5×10
5イオンであった。イオンは、これらの強度が500カウントの閾値に到達し、同位体エンベロープが割り当てられたときMS
2のために選択した。最大イオン蓄積時間は、サーベイMSスキャンについて1,000ms、およびMS
2スキャンついて250msに設定した。HCD−MS
2実験のための正規化衝突エネルギーは、30msの活性化時間で32%に設定した。単一荷電イオンおよび荷電状態を決定することができなかったイオンは、MS
2に供さなかった。MS
2のために選択されたイオンの周りの±10ppm m/zウィンドウ内のイオンは、120秒間さらなる分析から除外した。
【0102】
QExactiveは、easy−nLC 1000 UHPLCポンプを備えていた。各ランについて、ペプチド約1μgを、Magic C
4樹脂(5μm、200Å、Michrom Bioresources)およそ0.5cmを最初に充填し、その後GP−C18樹脂(1.8μm、120Å、Sepax Technologies)25cmを充填した内径75μmのマイクロキャピラリーカラムで分離した。分離は、約400nL/分で90分にわたって0.125%ギ酸中9〜32%のアセトニトリル勾配を適用することによって実現した。エレクトロスプレーイオン化は、マイクロキャピラリーカラムの入口でPEEKジャンクションによって1.8kVの電圧を印加することによって可能にした。QExativeは、データ依存モードで運転した。サーベイスキャンを、70kの分解能設定で実施し、その後、HCD−MS
2フラグメンテーションのために10の最も強いイオン(トップ10)を選択した。HCD−MS
2実験のための正規化衝突エネルギーは、30%に設定した。単一荷電イオンおよび荷電状態を決定することができなかったイオンは、MS
2に供さなかった。MS
2のためのイオンは、40秒間、フラグメンテーションのためのさらなる選択から除外した。QExactiveでのTMT
C定量化のための異なるパラメータの試験については、
図15A〜Cを参照。
【0103】
データ分析
ひと揃いの組織内開発ソフトウェアツールを使用してRAWファイルからmzXMLフォーマットに質量分析データを変換し、かつペプチドイオン荷電状態およびモノアイソトピックm/zの誤った割り当てを補正した。本発明者らは、ReAdW.exeを改良してmzXMLファイルフォーマットへの変換中の各ピークのシグナル対ノイズ比(S/N)を含めた(http://sashimi.svn.sourceforge.net/viewvc/sashimi/)。MS
2スペクトルの割り当ては、ヒト国際タンパク質指標データベース(バージョン3.6)からのすべてのエントリーを含むタンパク質配列データベース、その後すべての公知のS.cerevisiae ORFによってコードされるタンパク質の配列、およびヒトケラチンなどの公知の夾雑物に対してデータを検索することによってSequestアルゴリズムを使用して実施した。この順方向(標的)データベースコンポーネントの後に、逆の順序ですべての列挙されたタンパク質配列を含むデコイコンポーネントが続いた。ヒトデータベースからのタンパク質配列は、酵母からのものの前に列挙され、その結果、両データベース内に含まれるペプチドは、ヒトタンパク質に常に割り当てられ、干渉効果の測定を邪魔しなかった。検索は、20ppmの前駆体イオントレランスを使用して実施し、この場合、両ペプチド末端は、Lys−C特異性と一致することが必要とされた一方、最大2つの逸した切断を許した。リシン残基およびペプチドN末端上のTMTタグ(+229.162932Da)、ならびにシステイン残基のカルバミドメチル化(+57.02146Da)を静的修飾として設定し、メチオニン残基の酸化(+15.99492Da)を可変修飾として設定した。1%未満のMS
2スペクトル割り当て偽発見率が、標的−デコイデータベースサーチストラテジーを適用することによって達成された。フィルタリングは、以下のペプチドイオンおよびMS
2スペクトルの性質:SequestパラメータXCorrおよびΔCn、絶対ペプチドイオン質量正確さ、ならびに荷電状態から1つの組み合わされたフィルターパラメータを作製するのに線形判別分析法を使用して実施した。前駆体の理論的m/zの3標準偏差内の順方向ペプチドを正のトレーニングセットとして使用した。すべての逆ペプチドを負のトレーニングセットとして使用した。線形判別スコアを使用して、少なくとも6残基を有するペプチドを分類し、デコイデータベースに基づいて1%の偽発見率のカットオフでフィルタリングした。
【0104】
各検索は、ソフトウェアで再較正して、ペプチド溶出時間または観察されるm/zに依存したいずれの系統的な質量誤差も軽減した。MS
1スペクトル全体におけるすべてのイオンを最初に調整した。ペプチドの代表的なサブセットは、中央値XCorrを超えた、かつ全体的な質量誤差の1標準偏差内のものを使用して選択した。次に、このサブセットの質量誤差を、LOESS回帰を使用して各パラメータにフィッティングした。MS
1スペクトル内のあらゆるイオンのm/zを、次に、回帰モデル内の最近傍のデータ点の値を補間することによって予測された誤差によって調整した。2つのパラメータのそれぞれの調整を反復して行った。次いでMS
2スペクトルを同様の方法で較正した。質量誤差は、全体的な質量誤差の2標準偏差以内であり、かつ強度の上位四分位点を超えるマッチしたペプチドフラグメントイオンから計算した。質量誤差を、LOESS回帰を使用して各パラメータにフィッティングし、MS
2スペクトル内のあらゆるイオンのm/zを上記の通り調整した。
【0105】
レポーターイオンを介した定量化のために、±20ppmウィンドウ内の理論的なm/zに最も近いシグナルの強度を記録した。レポーターイオン強度は、製造者が推奨したすべてのレポーターイオンの同位体エンベロープの重複に基づいて調整した。
【0106】
TMT−131の最も存在量の多いピークで標識されたモノアイソトピック前駆体から生じたピークは、分画後、0位として定義した。−1位〜+10位のピーク強度(S/N)を定量化のために抽出した。予測された質量に最も近いピークを±20ppmのウィンドウ内で選択した。本発明者らは、C13とC12の質量差異(1.00336Da)を引いた、またはそれを足した疑似モノアイソトピック質量から理論質量差異を計算した。
【0107】
図9については、データファイルを手作業で編集して、MS
2スペクトル内の残存前駆体の荷電状態およびm/z値に基づいて2種のペプチドを表した。このデータファイルを、5ppmのウィンドウで酵母ヒト−ペプチドデータベース(デコイを含む)に対して検索した。
【0108】
TMT
Cイオンクラスターの理論前駆体エンベロープでのデコンボリューション
TMT−試薬のTMT同位体不純物を測定するために、本発明者らは、各アミノ反応性TMTを炭酸アンモニウムと別個に組み合わせ、MS
1内の得られたTMT−NH
2から同位体エンベロープを測定した(本発明者らは、エンベロープ全体が1に正規化されるとき+1のピークについて約0.4%であるNH
2同位体エンベロープを無視した)。本発明者らは、エンベロープ全体が1に正規化されるとき1%超の存在量で約246、247、および248m/zにおける3つのピークで構成された同位体エンベロープを観察した。これらの同位体エンベロープから、本発明者らは、各ピークを個々に選択し、HCDでそれをフラグメント化し、得られたレポーターイオンを測定した(約126Da〜約132Da)。これらのスペクトルから、本発明者らは、
図3A〜Bで、グラフで表されている6つのTMT−不純物行列
【数28】
を導出する。各エントリーは、同位体の相対存在量およびこれらのフラグメンテーションパターンを報告する(行列は、1に正規化されている)。列は、TMT−NH
2前駆体同位体エンベロープにおける位置を定義し(左から右に約246、247、248Da)、一方、上から下の行は、この前駆体イオンとフラグメンテーション後のその得られるTMT
Cイオンとの間の質量差であるデルタ質量(Δm)に対応する(上から下に約154Da〜約159Da)。6つの異なるデルタ質量は、5つの異なるTMTチャネル(本発明者らは、129および130のデルタ質量を区別することができないので129を含まない126〜131;
図2Aを参照)、および131−TMTタグにおける同位体不純物の結果である約132Daにおける追加のイオンから生じる。
【数29】
【0109】
TMTチャネルのそれぞれについて、本発明者らは、それぞれの行列
【数30】
の行を合計することによって同位体不純物のベクトル
【数31】
も定義することができる。すなわち、同位体不純物ベクトル
【数32】
、ここで数値は、フラグメンテーションパターンにかかわらず、それぞれ約246、247、および248Daを有するTMT−NH
2イオンの相対存在量を表す。
【0110】
ベクトル
【数33】
は、所与の非TMT標識ペプチドについての同位体エンベロープの相対的ポピュレーションを表す。このベクトルは、同位体の天然存在量に基づいてアミノ酸組成から計算することができる。このベクトルの最初の位置
【数34】
は、モノアイソトピックピークの位置である。続く位置は、1質量単位(約1.003Da)重いピークである。
【数35】
内の値は、1に正規化されている。
【0111】
ペプチドに結合したTMTタグの数
【数36】
は、リシン残基+1(N末端)の数である。
【数37】
および
【数38】
から、本発明者らは、前駆体行列
【数39】
を計算することができる(
図7A〜Bも参照)。
【数40】
について
【数41】
【0112】
これらの行列
【数42】
では、行は、
【数43】
について記載したとおりのフラグメンテーション後のデルタ質量を示し、列は、同位体エンベロープにおける位置を示す。本発明者らは、位置p(0)を定義する疑似モノアイソトピックピークを用いて、列p(−1)〜p(10)を計算する。
【0113】
所与の混合比
【数44】
(
【数45】
として表現され、1に正規化された)について、本発明者らは、
【数46】
行列の加重和として計算される前駆体行列
【数47】
:
【数48】
でコード化される同位体前駆体エンベロープ全体にわたるデルタ質量の分布を計算することができる。
【0114】
この行列
【数49】
から、本発明者らは、本発明者らがベクトル
【数50】
で表す理論的なTMT
Cイオンクラスターにおけるイオンの相対存在量を計算することができる。位置
【数51】
は、疑似モノアイソトピックピーク
【数52】
のTMT−131レポーターイオンの喪失から生じる位置として定義される。本発明者らは、−1位〜14位について
【数53】
を計算する。
【数54】
式中、i+k−5=j、k=−1...14、i=1...6、j=−1...10である。
これは、
【数55】
の対角要素を合計することと等価である。
【0115】
次に本発明者らは、TMT
Cイオンクラスターについて理論的に計算されるベクトル
【数56】
を、観察されるイオンクラスター
【数57】
と比較する。空の位置のフィッティングノイズを回避するために、本発明者らは、理論的に予測されるTMT
Cエンベロープ
【数58】
におけるどの位置が、理論的な比
【数59】
について全イオンクラスターの1%未満で占められているかを最初に計算する。一般的なペプチドについて、この要件は、疑似モノアイソトピック位置
【数60】
から
【数61】
〜
【数62】
について満たされる。次いで本発明者らは、
【数63】
の比を変更し、
【数64】
を最小限にする。
【数65】
(すべての
【数66】
について)(式中、
【数67】
であり、
【数69】
および
【数70】
である)
【0116】
イオンエンベロープ相似関数を最小限にする混合比率についての検索は、標準的な多変量最適化問題である。
【数71】
は、二次式の相似関数として定義される。したがって本発明者らは、凸最適化の事例を得、MATLAB中のfmincon関数によって実行される単純なローカルサーチソルバーで最適化問題を解決することができる。
【0117】
十分定量化されたペプチドについてフィルタリングするために、本発明者らは、TMT
Cエンベロープ中の少なくとも約1000イオンおよび0.005未満の
【数72】
値を必要とする。本論文の目的に関して、本発明者らは、各ペプチドについてこれを個々に解くことに重点を置き、一方、本方法の他の実施形態では、所与のタンパク質のすべてのペプチドについて合同で解くことができる。
【0118】
MS
3法をOrbitrap Eliteで以前に記載した通り実施した。好結果の定量化のために、本発明者らは、少なくとも500レポーターイオンを必要とし、これは、本発明者らの研究室で使用される標準となった。
【0119】
ピークにおけるイオンの数の見積もり
Orbitrapで取得されるスペクトルについて、本発明者らは、ピークにおけるイオンの数は、電荷に対するシグナル対ノイズに比例すると仮定する。本発明者らは、ノイズ帯域は、過渡現象(transient)が30msの長さであり、D20 Orbitrapで収集されるとき5電荷におよそ等しいという仮定を使用して、所与のフラグメントイオンピークにおける分子の数を見積もる。この数は、Orbitrapにおける電荷の、Orbitrap Eliteにおけるイオントラップとの比較に基づいて見積もった。これは、以前の公開された結果と十分相関する。EliteのD20 Orbitrapは、QExactiveのD30 Orbitrapと比較したとき、同じイオンの所与の数についての同じシグナル対ノイズを半分の時間で取得する。異なる分解能(より長い取得時間)について、ノイズは、取得時間の平方根とともに減少する一方、シグナルはおよそ一定に留まる。結果として、本発明者らは、QExactiveでのMS
2スペクトルのノイズ帯域は、以下のような電荷(e)に等価であると仮定する:18kの名目上の分解能で5e、35kで3.5e、および70kで2.5e。同様に、Orbitrap Eliteについてのノイズ帯域は、21kで5e、および42kで3.5eであると見積もられる(すべての名目上の分解能は、200m/zに対して表現されている)。
【0120】
結論
ここで本発明者らは、相補体レポーターイオンクラスター(TMT
C)がMS
2レベルで同重体標識ペプチドの正確な定量化に使用されうることを示す。本明細書に示した例を生成するのに使用されたインプリメンテーションでは、ペプチドのおよそ半分が好結果の定量化を可能にするのに十分なTMT
Cイオンを形成しなかった。それでもやはり、本方法は、現存する方法に対して依然として競争力があり、取得データは、干渉ペプチドイオンによってほとんど完全に無影響であることが判明した。本発明者らは、相補体レポーターイオン生成効率を改善し、より大きい数のペプチドをより高い精度で定量化するのを可能にするルートを示す。最後に、本発明者らは、相補体レポーターイオン手法が単一MS
2スペクトルにおいて複数の別個のペプチドを定量化するのに使用されうることを実証した。これは、多重プロテオミクスでの取得速度を実質的に増大させる潜在性を有する。
【0121】
他の実施形態
本発明の少なくとも1つの実施形態のいくつかの態様をこうして記載してきたが、様々な変更、改変、および改善は、当業者が容易に思いつくことが十分に理解されるべきである。
【0122】
このような変更、改変、および改善は、本開示の一部であるように意図されており、本発明の趣旨および範囲内であるように意図されている。さらに、本発明の利点が示されているが、本発明のあらゆる実施形態があらゆる記載した利点を含むわけではないことが十分に理解されるべきである。一部の実施形態では、本明細書および一部の事例において有利であると記載された任意の機能を実行しない場合がある。したがって、前述の記述および図面は、単なる例としてのものである。
【0123】
本発明の上述した実施形態は、多数の方法のいずれかで実行されうる。例えば、諸実施形態は、ハードウェア、ソフトウェア、またはこれらの組合せを使用して実行されうる。ソフトウェアで実行される場合、ソフトウェアコードは、単一コンピューターに備えられていても、複数のコンピューター間に分布していても任意の適当なプロセッサまたはプロセッサのコレクションで実行することができる。このようなプロセッサは、集積回路コンポーネントにおいて1つまたは複数のプロセッサを伴った集積回路として実行されうる。しかし、プロセッサは、任意の適当なフォーマットで回路網(circuitry)を使用して実行されてもよい。
【0124】
また、本明細書に概説した様々な方法またはプロセスは、様々なオペレーティングシステムまたはプラットフォームのいずれか1つを使用する1つまたは複数のプロセッサで実行可能なソフトウェアとしてコード化することができる。さらに、このようなソフトウェアは、いくつかの適当なプログラミング言語および/またはプログラミングツールもしくはスクリプトツールのいずれかを使用して書くことができ、また、フレームワークまたは仮想機械で実行される実行可能な機械語コードまたは中間コードとしてコンパイルされてもよい。
【0125】
用語「プログラム」または「ソフトウェア」は、上記に論じた本発明の様々な態様を実行するためにコンピューターまたは他のプロセッサにプログラムするのに使用されうる任意のタイプのコンピューターコードまたはコンピューター実行可能命令のセットを指すための一般的な意味で、本明細書で使用される。さらに、本実施形態の一態様によれば、実行されると本発明の方法を実施する1つまたは複数のコンピュータープログラムは、単一のコンピューターまたはプロセッサに存在する必要はないが、本発明の様々な態様を実行するためにいくつかの異なるコンピューターまたはプロセッサにおいて、モジュール様式で分布していてもよいことが十分に理解されるべきである。
【0126】
コンピューター実行可能命令は、1つまたは複数のコンピューターまたは他のデバイスによって実行されるプログラムモジュールなどの多くの形態でありうる。一般に、プログラムモジュールとしては、特定のタスクを実施し、または特定の抽象データ型を実行するルーチン、プログラム、オブジェクト、コンポーネント、データ構造などが挙げられる。一般に、プログラムモジュールの機能性は、様々な実施形態において所望される通り組み合わせ、または分布させることができる。
【0127】
また、データ構造は、任意の適当な形態でコンピューター可読媒体に記憶されうる。例示の単純性のために、表などのデータ構造は、データ構造内の場所を介して関連するフィールドを有するように示すことができる。このような関係は、フィールド間の関係を伝えるコンピューター可読媒体内の場所でフィールドに記憶領域を割り当てることによって同様に実現されうる。しかし、ポインター、タグ、またはデータ要素間の関係を確立する他の機構の使用によるものを含めて、データ構造のフィールド内の情報間の関係を確立するのに、任意の適当な機構を使用することができる。
【0128】
本発明の様々な態様は、単独で、組み合わせて、または上記に記載した実施形態で特に論じられていない様々な配列(arrangement)で使用することができ、したがって、上記の記述で示した、または図面に例示した詳細およびコンポーネントの配列へのその適用に限定されない。例えば、一実施形態で記載した態様を、他の実施形態で記載した態様と任意の方法で組み合わせることができる。
【0129】
また、本発明は、少なくとも1つの例が提供されている一方法として具現化されうる。本方法の一部として実施される行為は、任意の適当な方法で並べることができる。したがって、行為が例示されているのと異なる順序で実施される実施形態を構築することができ、それは、例示的な実施形態では逐次の行為として示されているが、いくつかの行為を同時に実施することも含みうる。
【0130】
請求項要素を修飾するのに特許請求の範囲での順序の用語、例えば、「第1の」、「第2の」、「第3の」などの使用は、それ自体、一請求項要素の、別のものに対するいかなる優先、先行、もしくは順序を内包せず、また方法の諸行為が実施される時間的順序も内包しないが、請求項要素を区別するために、ある特定の名称を有する一請求項要素を同じ名称を有する別の要素と区別するための(しかし順序の用語の使用のための)標識として単に使用されている。
【0131】
また、本明細書で使用される表現法および専門用語は、記述の目的のためであり、限定的として見なされるべきでない。本明細書での「含む(including)」、「含む(comprising)」、または「有する(having)」、「含有する(containing)」、「伴う(involving)」ならびにこれらの変形の使用は、それより後に列挙されるアイテムおよびこれらの均等物、ならびに追加のアイテムを包含することを意味する。