特許第6491265号(P6491265)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ アサヒビール株式会社の特許一覧

特許6491265ノンアルコールビールテイスト飲料、ノンアルコールビールテイスト飲料の製造方法、及びノンアルコールビールテイスト飲料の香味劣化抑制方法
<>
  • 特許6491265-ノンアルコールビールテイスト飲料、ノンアルコールビールテイスト飲料の製造方法、及びノンアルコールビールテイスト飲料の香味劣化抑制方法 図000009
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6491265
(24)【登録日】2019年3月8日
(45)【発行日】2019年3月27日
(54)【発明の名称】ノンアルコールビールテイスト飲料、ノンアルコールビールテイスト飲料の製造方法、及びノンアルコールビールテイスト飲料の香味劣化抑制方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 2/00 20060101AFI20190318BHJP
   A23L 2/52 20060101ALI20190318BHJP
   C12C 5/02 20060101ALN20190318BHJP
   C12G 3/02 20190101ALN20190318BHJP
【FI】
   A23L2/00 B
   A23L2/52
   !C12C5/02
   !C12G3/02
【請求項の数】9
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-111876(P2017-111876)
(22)【出願日】2017年6月6日
(62)【分割の表示】特願2013-100443(P2013-100443)の分割
【原出願日】2013年5月10日
(65)【公開番号】特開2017-143842(P2017-143842A)
(43)【公開日】2017年8月24日
【審査請求日】2017年6月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】311007202
【氏名又は名称】アサヒビール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(72)【発明者】
【氏名】中島 浩二
(72)【発明者】
【氏名】水谷 浩平
【審査官】 柴原 直司
(56)【参考文献】
【文献】 特開平01−165358(JP,A)
【文献】 特開2012−060980(JP,A)
【文献】 国際公開第2004/000990(WO,A1)
【文献】 特開2010−178628(JP,A)
【文献】 特開2007−110910(JP,A)
【文献】 J. Brew. Distilling, (2011), 2, [2], p.16-22
【文献】 Hop Oil, Product specs, Hopsteiner, 2017
【文献】 Kawamura Y.,「CIRAL SIDS Initial Assessment Report」, UNEP PUBLICATIONS, 2001, p.7
【文献】 J. Agric. Food Chem., (2008), 56, [13], p.5172-5180
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 2/00−2/84
C12C 1/00−13/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/FSTA/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
δカジネンを1.2ppb以上50ppb以下含有することを特徴とする、ノンアルコールビールテイスト飲料。
【請求項2】
さらに、シトラールを含有する、請求項1に記載のノンアルコールビールテイスト飲料。
【請求項3】
前記シトラールが、柑橘類の果汁又は柑橘系香料である、請求項2に記載のノンアルコールビールテイスト飲料。
【請求項4】
穀物原料及び糖質原料からなる群より選択される1種以上から糖液を調製する糖液調製工程と、
調製された糖液又はその発酵液に、下記式(1)
【化1】
の化合物又はδカジネンを添加する添加工程と、
を有し、
製造されたノンアルコールビールテイスト飲料中のδカジネン含有量が1.2ppb以上50ppb以下であることを特徴とする、ノンアルコールビールテイスト飲料の製造方法。
【請求項5】
製造されたビールテイスト飲料が、トランス−2−ノネナールを含有する、請求項4に記載のノンアルコールビールテイスト飲料の製造方法。
【請求項6】
前記糖液の原料が、麦芽を含まない、請求項4又は5に記載のノンアルコールビールテイスト飲料の製造方法。
【請求項7】
さらに、前記調製された糖液に、シトラールを添加するシトラール添加工程、
を有し、前記シトラールが、柑橘類の果汁又は柑橘系香料である、請求項4〜6のいずれか一項に記載のノンアルコールビールテイスト飲料の製造方法。
【請求項8】
ノンアルコールビールテイスト飲料における、トランス−2−ノネナール又はシトラール劣化に起因する香味悪化を抑制する方法であって、
製造されたビールテイスト飲料中のδカジネン含有量が1.2ppb以上50ppb以下となるように、下記式(1)
【化2】
の化合物又はδカジネンを原料として添加することを特徴とする、ノンアルコールビールテイスト飲料の香味劣化抑制方法。
【請求項9】
前記ノンアルコールビールテイスト飲料が、柑橘類の果汁又は柑橘系香料を含有する、請求項8に記載のノンアルコールビールテイスト飲料の香味劣化抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビールテイスト飲料における、トランス−2−ノネナール(E2N)又はシトラール劣化に起因する香味悪化を抑制する方法、当該方法を用いて製造されたビールテイスト飲料、並びに当該ビールテイスト飲料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、ビール、発泡酒、リキュール、ノンアルコールビールテイスト飲料を含むビールテイスト飲料の多くは、酸化劣化により好ましくない香気が生成され、香味が大きく損なわれる。ビールテイスト飲料の酸化劣化の指標として、特徴的なカードボード臭や、好ましくない甘味、粉っぽい味感などが認められている。中でもカードボード臭に関しては研究が進んでおり、E2Nがその主原因であることなど、その生成機構が明らかとなっている。原料に由来する脂質や脂肪酸が、麦汁調製過程で酵素的、非酵素的な両面の酸化を受けることによってE2Nの前駆体(ヒドロキシド誘導体)が形成され、これがさらに酸化的分解を経てE2Nに変化する。フレッシュな柑橘香の成分であるシトラールも、劣化により好ましくない香気が生成されるため、柑橘系の香料を含むビールテイスト飲料の場合は特に、シトラールの劣化とE2Nの生成が同時に起こることにより著しく香味が悪化してしまう傾向がある。
【0003】
ビールテイスト飲料のE2N含有量は、製造工程において、原料、半製品、及び製品中における溶存酸素による酸化を防止することによって低減させ得る。そこで、原料等の溶存酸素量を低減させるべく、製麦方法の制御や、仕込方法の制御などが実施されてきた。例えば、予め仕込原料水の一部を張込んでおいた仕込槽に、仕込原料液供給用パイプの先端を可及的に低くした状態で、麦芽及び原料水を含む仕込原料液を供給することにより、仕込原料への溶存酸素量を低下させる方法が挙げられる(例えば、特許文献1参照。)。
【0004】
一方で、リフレッシング効果を有する化合物として、(−)−(1R,4S,5R,6R,7S,10R)−7−イソプロピル−4,10−ジメチル−トリシクロ[4.4.0.0(1,5)]デカン−4−オール(下記式(1))(以下、「クベボール」)がある(例えば、特許文献2参照。)。当該化合物は、天然のクベブオイルに含まれる多数の香味成分のうちの1つであり、香味は非常に弱いものの、リフレッシング効果が長時間持続することを特徴としている。当該化合物は、Piper cubeba又はtrue cubebの液果から単離でき、また、非環式のピロリン酸テルペン前駆体からセスキテルペン合成酵素によって合成することもできる(例えば、特許文献3参照。)。
【0005】
【化1】
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−167042号公報
【特許文献2】特開2000−313898号公報
【特許文献3】特開2006−500942号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
製造工程において、できるだけ酸素に接触させる機会を減らすように製麦や仕込を制御することによって、E2Nの生成を低減させることは可能であるものの、E2Nの生成を完全に停止することは不可能である。
また、クベボールは、甘味を有する飲料やチューインガム、グレープフルーツ飲料や歯磨き用ジェル等において使用実績があるが(特許文献2)、酸化劣化香味との関係については、現在までに全く知られていない。
【0008】
本発明は、ビールテイスト飲料における、トランス−2−ノネナール(E2N)又はシトラール劣化に起因する香味悪化を抑制する方法、当該方法を用いて製造されたビールテイスト飲料、並びに当該ビールテイスト飲料の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、クベボール又はその分解産物であるδカジネンを添加することにより、ビールテイスト飲料中の酸化劣化香味がマスキングされることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明に係るビールテイスト飲料、ビールテイスト飲料の製造方法、及びビールテイスト飲料の香味劣化抑制方法は、下記[1]〜[9]である。
[1] δカジネンを1.2ppb以上50ppb以下含有することを特徴とする、ノンアルコールビールテイスト飲料。
[2] さらに、シトラールを含有する、前記[1]のノンアルコールビールテイスト飲料。
[3] 前記シトラールが、柑橘類の果汁又は柑橘系香料である、前記[2]のノンアルコールビールテイスト飲料。
[4] 穀物原料及び糖質原料からなる群より選択される1種以上から糖液を調製する糖液調製工程と、
調製された糖液又はその発酵液に、下記式(1)
【0011】
【化2】
【0012】
の化合物又はδカジネンを添加する添加工程と、
を有し、
製造されたノンアルコールビールテイスト飲料中のδカジネン含有量が1.2ppb以上50ppb以下であることを特徴とする、ノンアルコールビールテイスト飲料の製造方法。
[5] 製造されたビールテイスト飲料が、トランス−2−ノネナールを含有する、前記[4]のノンアルコールビールテイスト飲料の製造方法。
[6] 前記糖液の原料が、麦芽を含まない、前記[4]又は[5]のノンアルコールビールテイスト飲料の製造方法。
[7] さらに、前記調製された糖液又はその発酵液に、シトラールを添加するシトラール添加工程、
を有し、前記シトラールが、柑橘類の果汁又は柑橘系香料である、前記[4]〜[6]のいずれかのノンアルコールビールテイスト飲料の製造方法。
[8] ノンアルコールビールテイスト飲料における、トランス−2−ノネナール又はシトラール劣化に起因する香味悪化を抑制する方法であって、
製造されたビールテイスト飲料中のδカジネン含有量が1.2ppb以上50ppb以下となるように、前記式(1)の化合物又はδカジネンを原料として添加することを特徴とする、ノンアルコールビールテイスト飲料の香味劣化抑制方法。
[9] 前記ノンアルコールビールテイスト飲料が、柑橘類の果汁又は柑橘系香料を含有する、前記[8]のノンアルコールビールテイスト飲料の香味劣化抑制方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、原料としてクベボール又はδカジネンを用いることによって、トランス−2−ノネナール又はシトラール劣化に起因する酸化劣化臭を低減させたビールテイスト飲料を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】参考例1において、クベボールを含有する市販香料FH12を100ppm添加した5容量%エタノール溶液(pH3、5、及び7)を37℃で保存した場合における、クベボール濃度の経時的変化を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明及び本願明細書において、ビールテイスト飲料とは、アルコール含有量や麦芽の使用の有無に関わらず、ビールと同等の又はそれと似た風味・味覚及びテクスチャーを有し、高い止渇感・ドリンカビリティーを有する発泡性飲料を意味する。すなわち、ビールテイスト飲料は、アルコール飲料であってもよく、アルコール含量が1容量%未満であるいわゆるノンアルコール飲料又はローアルコール飲料であってもよい。また、麦芽を原料とする飲料であってもよく、麦芽を原料としない飲料であってもよい。さらに、発酵飲料であってもよく、無発酵飲料であってもよい。ビールテイスト飲料としては、具体的には、ビール、麦芽を原料とする発泡酒、麦芽を使用しない発泡性アルコール飲料、ローアルコール発泡性飲料、ノンアルコールビール等が挙げられる。その他、麦芽を原料とし、発酵工程を経て製造された飲料を、アルコール含有蒸留液と混和して得られたリキュール類であってもよい。アルコール含有蒸留液とは、蒸留操作により得られたアルコールを含有する溶液であり、スピリッツ等の一般に蒸留酒に分類されるものを用いることができる。
【0016】
ビールテイスト飲料における、E2N又はシトラール劣化に起因する香味悪化は、クベボール[(−)−(1R,4S,5R,6R,7S,10R)−7−イソプロピル−4,10−ジメチル−トリシクロ[4.4.0.0(1,5)]デカン−4−オール(前記式(1)の化合物)]又はδカジネンを原料として添加することにより抑制することができる。ビールテイスト飲料は一般的にpH5以下の酸性であるが、クベボールは、pH5以下では速やかにδカジネンを含むテルペン類へと分解される。ビールテイスト飲料にδカジネンを含有させることにより香味悪化が抑制される理由は明らかではないが、E2Nやシトラール劣化物に起因するカードボード臭をはじめとする酸化劣化香味が、δカジネンによってマスキングされるためではないかと推察される。
【0017】
ここで、クベボールは、リフレッシング効果を有する香味成分として知られているが、その分解物であるδカジネンは、セスキテルペン類の一つであり、親水性が極めて高いものの、特徴的な香気は有していないため、一般的には香料として流通していない。δカジネンに、E2N又はシトラール劣化に起因する酸化劣化香味へのマスキング効果があることについては、本発明者らによってはじめて見出された知見である。
【0018】
δカジネンによるマスキング効果は、ビールテイスト飲料中のδカジネン含有量に依存する。ビールテイスト飲料に添加するクベボール又はδカジネンの量は、ビールテイスト飲料の種類や組成、酸化劣化香味の産生されやすさ等を考慮して適宜決定することができる。多くのビールテイスト飲料においては、製造されたビールテイスト飲料中のδカジネン含有量が1.2ppb以上、好ましくは3ppb以上、より好ましくは6ppb以上、さらに好ましくは10ppb以上、よりさらに好ましくは12ppb以上となるように、クベボール又はδカジネンを添加することにより、酸化劣化香味へのマスキング効果が得られる。なお、過剰量のδカジネンを添加したとしても、マスキング効果は頭打ちになってしまうものの、δカジネン自体は香味が弱いため、含有量を多くした場合でも、ビールテイスト飲料の酸化劣化香味以外の香味に与える影響は非常に小さい。例えば、δカジネンの含有量を50ppb程度とした場合でも、ビールテイスト飲料が本来有する好ましい香味や味特性を損なうことなく、酸化劣化香味に対するマスキング効果が得られる。
【0019】
クベボール又はδカジネンを原料として添加することによりE2N又はシトラール劣化に起因する香味悪化を抑制するビールテイスト飲料としては、E2Nを含有するビールテイスト飲料やシトラールを含有するビールテイスト飲料が好ましく、E2Nとシトラールを共に含有するビールテイスト飲料がより好ましい。シトラールの劣化により生ずる臭気に対しても、δカジネンによるマスキング効果が奏されるためである。柑橘系香料と共にクベボール又はδカジネンを原料として添加することにより、香味劣化を顕著に抑制できる。シトラールを含有するビールテイスト飲料としては、レモンやグレープフルーツ等の柑橘類の果汁や柑橘系香料を原料とするビールテイスト飲料が挙げられる。
【0020】
本発明において使用されるクベボールやδカジネンは、それぞれ、合成品であってもよく、天然物から抽出・精製されたものであってもよい。また、クベボールやδカジネンを含有している市販の香料をそのまま用いることもできる。当該化合物を合成する方法としては、例えば、特許文献3に記載のように、セスキテルペン合成酵素を用いて非環式のピロリン酸テルペン前駆体から合成する方法が挙げられる。また、当該化合物は、Piper cubeba又はtrue cubebの液果から常法により単離することもできる(例えば、特許文献2参照。)。その他、クベボールは、クベブオイルに数パーセント含まれている。そこで、ビールテイスト飲料の所望の香味を損なわないかぎり、本発明においては、製造されたビールテイスト飲料中のδカジネン含有量が所望の範囲内となるように、クベブオイルを添加してもよい。
【0021】
δカジネンを含有するビールテイスト飲料は、クベボール又はδカジネンを製造工程のいずれかの時点において添加する以外は、その他のビールテイスト飲料の製造方法と同様にして製造することができる。例えば、ビールや発泡酒等のビールテイスト飲料は、仕込(糖液調製)、発酵、貯酒、濾過の工程で製造することができる。
【0022】
まず、仕込工程(糖液調製工程)として、穀物原料及び糖質原料からなる群より選択される1種以上から糖液を調製する。具体的には、まず、穀物原料と糖質原料の少なくともいずれかと原料水とを含む混合物を調製して加温し、穀物原料等の澱粉質を糖化させる。糖液の原料としては、穀物原料のみを用いてもよく、糖質原料のみを用いてもよく、両者を混合して用いてもよい。穀物原料としては、例えば、大麦や小麦、これらの麦芽等の麦類、米、トウモロコシ、大豆等の豆類、イモ類等が挙げられる。穀物原料は、穀物シロップ、穀物エキス等として用いることもできるが、粉砕処理して得られる穀物粉砕物として用いることが好ましい。穀物類の粉砕処理は、常法により行うことができる。穀物粉砕物としては、麦芽粉砕物、コーンスターチ、コーングリッツ等のように、粉砕処理の前後において通常なされる処理を施したものであってもよい。本発明においては、用いられる穀物粉砕物は、麦芽粉砕物であることが好ましい。麦芽粉砕物を用いることにより、ビールテイストがよりはっきりとしたビールテイスト飲料を製造することができる。麦芽粉砕物は、大麦、例えば二条大麦を、常法により発芽させ、これを乾燥後、所定の粒度に粉砕したものであればよい。また、本発明において用いられる穀物原料としては、1種類の穀物原料であってもよく、複数種類の穀物原料を混合したものであってもよい。例えば、主原料として麦芽粉砕物を、副原料として米やトウモロコシの粉砕物を用いてもよい。糖質原料としては、例えば、液糖等の糖類が挙げられる。
【0023】
当該混合物には、穀物原料等と水以外の副原料を加えてもよい。当該副原料としては、例えば、ホップ、食物繊維、果汁、苦味料、着色料、香草、香料等が挙げられる。また、必要に応じて、α−アミラーゼ、グルコアミラーゼ、プルラナーゼ等の糖化酵素やプロテアーゼ等の酵素剤を添加することができる。
【0024】
本発明においては、副原料としてシトラールを添加することが好ましい。シトラールは、レモンやグレープフルーツ等の柑橘類の果汁や柑橘系香料としても添加できる。なお、シトラールやこれを含有する柑橘系香料は、糖液以外にも、発酵後の発酵液や濾過後の濾液に添加してもよい。
【0025】
糖化処理は、穀物原料等由来の酵素や、別途添加した酵素を利用して行う。糖化処理時の温度や時間は、用いた穀物原料等の種類、発酵原料全体に占める穀物原料の割合、添加した酵素の種類や混合物の量、目的とするビールテイスト飲料の品質等を考慮して、適宜調整される。例えば、糖化処理は、穀物原料等を含む混合物を35〜70℃で20〜90分間保持する等、常法により行うことができる。
【0026】
糖化処理後に得られた糖液を煮沸することにより、煮汁(糖液の煮沸物)を調製することができる。糖液は、煮沸処理前に濾過し、得られた濾液を煮沸処理することが好ましい。また、この糖液の濾液に替わりに、麦芽エキスに温水を加えたものを用い、これを煮沸してもよい。煮沸方法及びその条件は、適宜決定することができる。
【0027】
煮沸処理前又は煮沸処理中に、香草等を適宜添加することにより、所望の香味を有するビールテイスト飲料を製造することができる。特にホップは、煮沸処理前又は煮沸処理中に添加することが好ましい。ホップの存在下で煮沸処理することにより、ポリフェノールをはじめとするホップの風味・香気成分を効率よく煮出することができる。ホップの添加量、添加態様(例えば数回に分けて添加するなど)及び煮沸条件は、適宜決定することができる。
【0028】
仕込工程後、発酵工程前に、調製された煮汁から、沈殿により生じたタンパク質等の粕を除去することが好ましい。粕の除去は、いずれの固液分離処理で行ってもよいが、一般的には、ワールプールと呼ばれる槽を用いて沈殿物を除去する。この際の煮汁の温度は、15℃以上であればよく、一般的には50〜80℃程度で行われる。粕を除去した後の煮汁(濾液)は、プレートクーラー等により適切な発酵温度まで冷却する。
【0029】
次いで、発酵工程として、冷却した濾液に酵母を接種して、発酵を行う。冷却した濾液は、そのまま発酵工程に供してもよく、所望のエキス濃度に調整した後に発酵工程に供してもよい。発酵に用いる酵母は特に限定されるものではなく、通常、酒類の製造に用いられる酵母の中から適宜選択して用いることができる。上面発酵酵母であってもよく、下面発酵酵母であってもよいが、大型醸造設備への適用が容易であることから、下面発酵酵母であることが好ましい。
【0030】
また、発酵工程におけるアルコール発酵を抑制することにより、発酵により生成されるアルコール量がより低減される。したがって、特に、アルコール濃度が1容量%未満のノンアルコールビール等の非常にアルコール濃度が低いビールテイスト飲料を製造する場合には、発酵工程における発酵度を下げることも好ましい。
【0031】
さらに、貯酒工程として、得られた発酵液を、貯酒タンク中で熟成させ、0℃程度の低温条件下で貯蔵し安定化させた後、濾過工程として、熟成後の発酵液を濾過することにより、酵母及び当該温度域で不溶なタンパク質等を除去して、目的のビールテイスト飲料を得ることができる。当該濾過処理は、酵母を濾過除去可能な手法であればよく、例えば、珪藻土濾過、平均孔径が4〜5μm程度のフィルターによるフィルター濾過等が挙げられる。
【0032】
また、所望のアルコール濃度とするために、濾過後に適量の加水を行って希釈してもよい。得られたビールテイスト飲料は、通常、充填工程により瓶詰めされて、製品として出荷される。
【0033】
その他、酵母による発酵工程以降の工程において、例えばスピリッツと混和することにより、酒税法におけるリキュール類に相当するビールテイスト飲料を製造することができる。スピリッツの添加は、アルコール濃度の調整のための加水前であってもよく、加水後であってもよい。添加するスピリッツは、より好ましい麦感を有するビールテイスト飲料を製造し得ることから、麦スピリッツが好ましい。
【0034】
前記発酵工程、貯酒工程、及び濾過工程に代えて、前記仕込工程により調製された煮汁を濾過し、得られた濾液に炭酸ガスを加える、又は、前記仕込工程により調製された煮汁に炭酸ガスを加えた後に濾過し、濾液を回収する炭酸ガス導入工程を有することもできる。炭酸ガス導入工程後に得られたビールテイスト飲料は、通常、充填工程により瓶詰めされて、製品として出荷される。炭酸ガス導入工程が、前記仕込工程により調製された煮汁を濾過し、得られた濾液に炭酸ガスを加える場合には、当該工程後、充填工程前に、再度濾過処理を行ってもよい。例えば、前記仕込工程により調製された煮汁を珪藻土濾過した後、回収された濾液に炭酸ガスを導入した後、さらにフィルター濾過処理を行うことが好ましい。酵母による発酵工程を有さないことにより、ノンアルコールビール等のアルコールを含有しないビールテイスト飲料を製造することができる。
【0035】
炭酸ガス導入工程において行う濾過処理は、常法により行うことができる。また、炭酸ガス導入工程において行う炭酸ガスの添加方法も、常法により行うことができる。
【0036】
仕込工程後、炭酸ガス導入工程前には、発酵工程前と同様にして、調製された煮汁から、沈殿により生じたタンパク質等の粕を除去してもよい。予め粕を除去した後に濾過処理や炭酸ガス導入処理を行うことにより、最終製品における沈殿の原因となる混濁物質を充分に除去することができる。
【0037】
また、炭酸ガス導入工程前には、煮汁(炭酸ガス導入工程前に粕を除去する場合には、粕を除去した後の煮汁)は、撹拌し均一化しておくことが好ましい。攪拌方法は特に限定されるものではなく、バブリングや撹拌翼による撹拌等の公知の撹拌方法の中から適宜選択して用いることができる。特に、原料として麦芽粉砕物を用いた場合に、麦汁臭を抑制し、よりビールに近いテクスチャーや風味・味感等を実現することができるため、バブリング法により煮汁を撹拌することが好ましい。バブリングに用いるガスとしては、例えば、炭酸ガスや窒素ガス等が挙げられる。バブリングの条件は、バブリングを行う容器の容量や大きさ、内部に含む煮汁の量等を考慮して適宜決定することができるが、流量が所定の時間で均一となる条件で行うことが好ましい。また、過度にバブリングして煮汁が起泡しないような条件で行うことも好ましい。具体的には、例えば、煮汁3000リットル当たり2〜55リットル/分の割合、好ましくは2〜20リットル/分の割合で行うことができる。
【0038】
ビールテイスト飲料の製造工程において、クベボール又はδカジネンを添加する時期は、最終製品中に十分量のδカジネンが残留可能な添加時期であれば特に限定されるものではない。添加後にδカジネンの分解や変性等のリスクが小さいため、クベボール又はδカジネンは、糖化処理後の糖液や、発酵後の発酵液、濾過後の濾液に添加することが好ましい。より詳細には、糖液に添加する場合には、糖化処理後に直ちに添加してもよく、煮沸後の糖液(煮汁)に添加してもよく、煮沸後沈殿物除去後の糖液に添加してもよく、酵母接種前の冷却済の糖液に添加してもよい。また、発酵工程を経ずに、炭酸ガスを導入する場合には、炭酸ガス導入前の糖液に添加してもよく、炭酸ガス導入後の糖液に添加してもよい。
【実施例】
【0039】
次に実施例及び参考例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例等に限定されるものではない。
【0040】
[実施例1](参考例)
ビールにクベボールを添加することによる、保存後の酸化劣化香気に対する影響を調べた。
まず、200Lスケールの仕込設備を用いて、ビールの製造を行った。仕込槽に、40kgの麦芽粉砕物及び160Lの原料水を投入し、当該仕込槽内の混合物を常法に従って加温して糖化液を製造した。得られた糖化液を濾過し、得られた濾液にホップを添加した後、煮沸して麦汁(穀物煮汁)を得た。次いで、80〜99℃程度の麦汁を沈降槽に移して沈殿物を分離、除去した後、約7℃に冷却した。当該冷麦汁にビール酵母を接種し、約10℃で7日間発酵させた後、7日間貯酒タンク中で熟成させた。熟成後の発酵液をフィルター濾過(平均孔径:0.65μm)し、目的のビールを得た。
【0041】
ついで、得られたビールに、クベボールを0.02質量%含有する市販香料(製品名:テーストインプルーバーFH12、日本フィルメニッヒ社製)(以下、「FH12」と略記する。)を終濃度が100ppmとなるように添加した後、37℃で1週間保存した(試験品A)。対照として、FH12を添加しなかったビールも、同様に保存した(試験品B)。
保存後の両試験品について、δカジネン含有量の測定と、訓練されたパネリスト6名による酸化劣化を指標にした官能検査を実施した。δカジネンの分析はGC/MSにより行った。具体的には、まず、試験品10mLを水酸化ナトリウムを用いてpH9に調整した後、ヘキサン40mLと混合してヘキサン抽出を行った。次いで、抽出後のヘキサン層をエバポレーションにより1mLにまで濃縮し、この濃縮液をGC/MSに供した。
官能評価は、具体的には、両試験品を比較し、酸化劣化臭が強いほうを、より酸化劣化が進行していると評価した。
【0042】
結果を表1に示す。表中、「酸化劣化評価(人)」は、より酸化劣化が進行していると評価した人数を表す。また、「N.D.」は、δカジネンの濃度が検出限界以下であったことを示す。この結果、FH12を添加した試験品Aよりも、添加しなかった試験品Bのほうが、より酸化劣化が進行していると判断したパネリストが多く、クベボールを添加することにより、酸化劣化臭を抑制し得ることがわかった。
【0043】
【表1】
【0044】
[実施例2](参考例)
柑橘系香料を含有する発泡酒にクベボールを添加することによる、保存後の酸化劣化香気に対する影響を調べた。
まず、40kgの麦芽粉砕物に代えて、10kgの麦芽粉砕物と30kgの液糖を用い、かつ濾過後の濾液にレモン香料を添加した以外は、実施例1と同様にしてビールテイスト飲料(レモン香料入り発泡酒)を製造した。
ついで、得られた発泡酒に、FH12を終濃度が100ppmとなるように添加した後、37℃で1週間保存した(試験品C)。対照として、FH12を添加しなかった発泡酒も、同様に保存した(試験品D)。
【0045】
保存後の両試験品について、実施例1と同様にして、δカジネン含有量の測定と、訓練されたパネリスト6名による酸化劣化を指標にした官能検査を実施した。結果を表2に示す。この結果、FH12を添加した試験品Cよりも、添加しなかった試験品Dのほうが、より酸化劣化が進行していると判断したパネリストが多く、クベボールを添加することにより、柑橘系香料入りのビールテイスト飲料の酸化劣化臭を抑制し得ることがわかった。
【0046】
【表2】
【0047】
[実施例3]
麦由来の原料を使用せず、大豆を原料に製造されたノンアルコールビールにクベボールを添加することによる、保存後の酸化劣化香気に対する影響を調べた。
まず、40kgの麦芽粉砕物に代えて大豆蛋白質を用いた以外は、実施例1と同様にしてビールテイスト飲料(ノンアルコールビール)を製造した。
ついで、得られたノンアルコールビールに、FH12を終濃度が100ppmとなるように添加した後、37℃で1週間保存した。対照として、FH12を添加しなかったノンアルコールビールも、同様に保存した。
保存後の両試験品について、実施例1と同様にして、δカジネン含有量の測定と、訓練されたパネリスト6名による酸化劣化を指標にした官能検査を実施したところ、実施例1や2と同様に、FH12を添加した試験品よりも、添加しなかった試験品のほうが、より酸化劣化が進行していると判断したパネリストが多く、クベボールを添加することにより、麦芽を使用しないノンアルコールビールの酸化劣化臭を抑制し得ることがわかった。
【0048】
[実施例4](参考例)
ビールにδカジネンを添加することによる、保存後の酸化劣化香気に対する影響を調べた。
実施例1と同様にして製造したビールに、δカジネンを1質量%含有するδカジネンエタノール溶液を3ppm添加した後、37℃で1週間保存した(試験品E)。対照として、δカジネンエタノール溶液を添加しなかったビールも、同様に保存した(試験品F)。
保存後の両試験品について、実施例1と同様にして、訓練されたパネリスト6名による酸化劣化を指標にした官能検査を実施したところ、6名全員が、δカジネンを添加した試験品Eよりも、添加しなかった試験品Fのほうが、より酸化劣化が進行していると判断した。
【0049】
[実施例5](参考例)
ビールにクベボールを各種濃度で添加することによる、保存後の酸化劣化香気に対する影響を調べた。
実施例1と同様にして製造したビールに、FH12を終濃度が12.5〜200ppmとなるように添加した後、37℃で1週間保存した(試験品G1〜G5)。対照として、FH12を添加しなかったビールも、同様に保存した(試験品H)。
保存後の各試験品について、実施例1と同様にして、δカジネン含有量の測定と、訓練されたパネリスト5名による酸化劣化を指標にした官能検査を実施した。結果を表3に示す。表3中、「酸化劣化評価(人)」は、パネリスト5名中、各試験品のほうがFH12無添加の試験品Hよりもより酸化劣化されていると評価したパネリストの数を示す。
【0050】
【表3】
【0051】
この結果、δカジネン濃度が1.27ppb以上であった試験品G1〜G4は、いずれも、試験品Hよりも酸化劣化されていると評価したパネリストよりも、試験品Hよりも酸化劣化されていないと評価したパネリストのほうが多く、δカジネンによる香味劣化抑制効果が得られた。特にδカジネン含有量が6.42ppb以上である試験品G1及びG2は、試験品Hよりも酸化劣化されていると評価したパネリストが1名以下しかいなかった。
【0052】
[参考例1]
pH3、5、又は7に調整した5容量%エタノール溶液に、FH12を終濃度が100ppmとなるように添加した後、37℃で1週間保存した。保存後1、3、7日目に、各溶液中のクベボールの含有量及びδカジネンの含有量を測定した。δカジネンの含有量の測定は実施例1と同様にして行った。また、クベボールの分析は、δカジネンと同様に、試験品10mLを水酸化ナトリウムを用いてpH9に調整した後、ヘキサン40mLと混合してヘキサン抽出を行い、抽出後のヘキサン層をエバポレーションにより1mLにまで濃縮し、この濃縮液をGC/MSに供することにより行った。
【0053】
測定結果を図1に示す。この結果、pH5以下では、クベボールはほとんど検出できなかったが、δカジネンが検出された。pH7では、保存期間経過に従い、クベボールの含有量は低下し、7日目では検出できなくなったが、δカジネンの検出量は経時的に増大した。これらの結果から、pH5以下においては、クベボールはδカジネンに分解されることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明により、保存後における酸化劣化臭を低減させたビールテイスト飲料を得ることができるため、本発明は特にビールテイスト飲料及びその製造分野で利用が可能である。
図1