(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
SUS繊維を酸化処理することにより得られた酸化処理SUS繊維が互いに交絡してなる音響透過性材料であって、前記SUS繊維及び前記酸化処理SUS繊維における各成分が下記の関係にあることを特徴とする音響透過性材料の製造方法。
(1)前記酸化処理SUS繊維の表面におけるFe酸化成分の原子濃度>前記SUS繊維の表面におけるFe酸化成分の原子濃度
(2)前記酸化処理SUS繊維におけるFe成分の原子濃度がFe酸化成分の原子濃度よりも高くなる深度>前記SUS繊維におけるFe成分の原子濃度がFe酸化成分の原子濃度よりも高くなる深度
(3)前記酸化処理SUS繊維におけるCr酸化成分の最大原子濃度地点深度>前記SUS繊維におけるCr酸化成分の最大原子濃度地点深度
前記酸化処理SUS繊維におけるFe酸化成分の最大原子濃度地点深度<前記酸化処理SUS繊維におけるCr酸化成分の最大原子濃度地点深度の関係にある、ことを特徴とする請求項1記載の音響透過性材料の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、まず、本発明に係る音響透過性材料の材料、製造方法及び酸化処理方法を説明し、次いで、本発明に係る音響透過性材料の物性を説明することとする。尚、本発明の技術的範囲は、以下で説明する最良形態には限定されない。
1)音響透過性材料
1−1)原料
1−2)SUS繊維シート
1−2−1)SUS繊維シートの構造
1−2−2)SUS繊維シートの製造方法
1−3)SUS繊維板
1−3−1)SUS繊維板の構造
1−3−2)SUS繊維板の製造方法
1−4)酸化処理方法
2)音響透過性材料の物性
2−1)SUS繊維表面の原子濃度分布
2−2)音響特性
2−3)音響透過のばらつきの低減
2−4)ポップノイズの低減
3)音響透過性材料の用途
【0015】
≪音響透過性材料≫
本発明に係る音響透過性材料は、SUS繊維を酸化処理することにより得られた酸化処理SUS繊維が互いに交絡してなる音響透過性材料であって、その最表面の原子濃度比が特定の組成を有する音響透過性材料である。
【0016】
本発明に係る音響透過性材料の形状は、特に限定されない。例えば、繊維シート状であってもよく、また、板状であってもよい。尚、SUS繊維板は、自立性を有するものが好適である。
【0017】
<原料>
本発明に係る音響性透過材料の原料は、ステンレスである。ステンレスであれば、本発明の効果を奏する限り、特に限定されない。尚、本発明において規定している原子濃度比は、Fe、Cr及びその酸化物についてのみであるが、それらの原子にステンレスを構成する元素が限定されるものではない。その他に一種、又は、二種以上の遷移金属元素を更に含有するものであってもよい。例えば、Mo、Ni、Al、Ti、Cu又はNb等が挙げられる。
【0018】
また、本発明の音響透過性材料に用いられる繊維の径は、特に限定されないが、例えば、0.1〜100μmが好適であり、0.5〜50μmがより好適であり、1〜40μmが更に好適である。このような範囲の繊維径とすることにより、繊維の強度を高めることができると共に、適度な音響透過性を得やすくなる。
【0019】
<SUS繊維シート>
(SUS繊維シートの構造)
当該SUS繊維シートは、金属繊維が互いに交絡した構造を採っている。また、当該SUS繊維シートを構成するSUS繊維の繊維径は、1μm〜50μmが好適であり、より好適には8μm〜20μmであり、かつアスペクト比が500〜3000のものが好ましく、更に好ましくは、アスペクト比が1000〜2000のものである。このようなSUS繊維であれば、SUS繊維同士を交絡させるのに好適であり、また、このようなSUS繊維同士を交絡させることにより、表面がけば立ちの少ないSUS繊維シートとすることが可能となる。尚、当該金属繊維シート及びその製造方法として、特開2000−80591、特許2649768及び特許2562761の記載内容も本明細書に組み込まれているものとする。
【0020】
(SUS繊維シートの製造方法)
本発明に係るSUS繊維シートの製造方法は、1種又は2種以上のSUS繊維を含んで構成されるスラリーを湿式抄造法によりシート形成する際に、網上の水分を含んだシートを形成している前記SUS繊維を互いに交絡させる繊維交絡処理工程を含んで構成される。ここで、繊維交絡処理工程としては、例えば、抄紙後のSUS繊維シート面に高圧ジェット水流を噴射する繊維交絡処理工程を採用するのが好ましく、具体的には、シートの流れ方向に直交する方向に複数のノズルを配列し、この複数のノズルから同時に高圧ジェット水流を噴射することにより、シート全体に亘ってSUS繊維同士を交絡させることが可能である。即ち、湿式抄紙により平面方向に不規則に交差したSUS繊維で構成されるシートに、例えば、高圧ジェット水流をシートのZ軸方向に噴射することにより、高圧ジェット水流が噴射された部分のSUS繊維がZ軸方向に配向する。このZ軸方向に配向したSUS繊維が平面方向に不規則に配向したSUS繊維間に絡みつき、各繊維が互いに三次元的に絡み合った状態、即ち交絡することで物理的強度を得ることができるものである。また、抄造方法は、例えば、長網抄紙、円網抄紙、傾斜ワイヤ抄紙等、必要に応じて種々の方法を採用することができる。
【0021】
尚、長繊維のSUS繊維を含むスラリーを製造する場合、SUS繊維の水中での分散性が悪くなることがあるので、造粘作用のあるポリビニールピロリドン、ポリビニールアルコール、CMC等の高分子水溶液を少量添加してもよい。また、SUS繊維シートの製造方法は、上述した湿式抄造工程後、得られたSUS繊維シートを真空中又は非酸化雰囲気中でSUS繊維の融点以下の温度で焼結する焼結工程を含んで構成されるのが好ましい。即ち、上述した湿式抄造工程後、焼結工程が行われれば、繊維交絡処理が施されるため、SUS繊維シートに有機バインダ等を添加する必要がないので、有機バインダ等の分解ガスが焼結工程において障害となることもなく、金属特有の光沢面を有するSUS繊維シートを製造することが可能となる。また、SUS繊維が交絡しているので、焼結後のSUS繊維シートの強度を一層向上することが可能となる。
【0022】
<SUS繊維板>
(SUS繊維板の構造)
当該SUS繊維板においても、繊維が互いに交絡した構造を採っている。また、SUS繊維板が自立性を有するためには、テーバーこわさが5mN・m以上、曲げ抗力が100mN以上であることが好適である。また、このように、自立性を有する音響透過性材料において、空隙率を50%以上、厚さ3mm以下が好適であり、この範囲に設定することで、高い音響透過性を有する材料が得られる。尚、当該SUS繊維板及びその製造方法として、特開2013−061406の記載内容も本明細書に組み込まれているものとする。
【0023】
本発明のSUS繊維板のテーバーこわさは、5mN・m以上であり、8mN・m以上が好適であり、10mN・m以上がより好適である。テーバーこわさの上限値は特に限定されないが、例えば、100mN・mである。当該範囲のテーバーこわさを有することにより、自立性を有する材料が得られる。テーバーこわさは、JIS−P8125に従って測定する。なお、テーバーこわさの値は、当業者の知識に基づいて、使用する繊維の硬さや、音響透過性材料の密度や、圧縮成形における圧力によって調整することができる。
【0024】
本発明のSUS繊維板の曲げ抗力は、100mN以上であり、150mN以上が好適であり、200mN以上がより好適である。曲げ抗力の上限は特に限定されないが、例えば、2000mNである。当該範囲のテーバーこわさを有することにより、自立性を有する材料が得られる。曲げ抗力は、JIS−P8125のテーバーこわさ試験に従って測定して得られた値である。なお、曲げ抗力の値は、当業者の知識に基づいて、使用する繊維の硬さや、音響透過性材料の密度や、圧縮成形における圧力によって調整することができる。
【0025】
本発明のSUS繊維板の空隙率は、50%以上であり、60〜90%が好適であり、70〜90%がより好適である。空隙率の上限は特に限定されないが、例えば、95%である。繊維が交絡してなる材料において、空隙率が当該範囲内に含まれる材料を選択することによって、自立性を有しつつ、音響透過性が担保されるという効果を奏する。また好適な範囲、より好適な範囲においては空隙率が高すぎないため、壁材などとして用いた場合にも、音響透過性材料を介して反対側が透視できないようにすることができる。
【0026】
音響透過の角度依存性を考慮すると、音響透過性材料の空隙率は、80〜90%であることが特に好適である。このような範囲とすることで、材料に対する音の入射角度にほとんど依存しない、高い音響透過性を発揮することができる。
【0027】
空隙率は、音響透過性材料の体積に対して繊維が存在しない空間の割合で、音響透過性材料の体積と重量及び繊維素材の比重から算出される。
空隙率(%)=(1−音響透過性材料の重量/(音響透過性材料の体積×繊維の比重))×100
なお、空隙率の値は、当業者の知識に基づいて、使用する繊維の太さ、量や、繊維が交絡した材料の密度や、圧縮成形における圧力によって調整することができる。
【0028】
ここで、SUS繊維板の厚さは、3mm以下が好適であり、50μm〜2000μmがより好適であり、100μm〜1500μmが更に好適であり、500μm〜1000μmが特に好適である。上記の空隙率を有する材料において、当該範囲の厚みとすることにより、高い音響透過性を有する材料が得られる。
【0029】
(SUS繊維板の製造方法)
製造方法は、上述の繊維を含んで構成される原料を湿式抄造法によっても得られるが、自立性を付与するためには、より、圧縮成形により製造することが好適である。圧縮成形により、金属繊維を用いて本発明の音響透過性材料を製造する場合には、まずは繊維をまとめ、予備的に圧縮等することでウェブを形成する。又は繊維間の結合を付与するために繊維間にバインダーを含浸させてもよい。かかるバインダーとしては、特に限定されないが、例えば、アクリル系接着剤、エポキシ系接着剤、ウレタン系接着剤などの有機系バインダーの他に、コロイダルシリカ、水ガラス、ケイ酸ソーダなどの無機質接着剤を用いることができる。なお、バインダーを含浸する代わりに、繊維の表面に熱接着性樹脂を予め被覆しておき、金属繊維の集合体を積層した後に加熱し接着してもよい。バインダーの含浸量は、シートの面重量1000g/m
2に対して、5〜130gが好適であり、20〜70gがより好適である。
【0030】
また、金属繊維材料の製造方法は、上述した湿式抄造工程又は、圧縮成形後、得られた金属繊維材料を真空中又は非酸化雰囲気中で金属繊維の融点以下の温度で焼結する焼結工程を含むことが好ましい。金属繊維が交絡しているので、焼結後の金属繊維材料の強度を高めることが可能となる。
【0031】
<酸化処理方法>
本発明に係るSUS繊維の酸化処理方法について、以下、装置の構成、酸化処理工程、次に、酸化条件について順に説明する。本発明に係るSUS繊維の表面元素濃度分布と同様の構成が形成される限り、その酸化方法は特に限定されない。以下、一例として酸素雰囲気下の熱処理について詳述するが、例えば、酸化剤を含む溶液中への浸漬や電解溶液中での陽極酸化による酸化処理を行うことも可能である。
【0032】
(酸化処理装置の構成)
酸化処理に用いる装置の構成としては、長手方向の両端が入口及び出口として開口した筒型ヒーターと、SUS繊維を移送して、筒型ヒーター内を通過させる線材移動手段と、ヒーター内に入口側から不活性ガスを導入する不活性ガス導入手段と、ヒーター内の酸素ガスの濃度を調整する酸素濃度調整手段と、繊維の移動速度を調整する移送速度調整手段を備えることが好適である。
【0033】
(酸化処理工程)
上記の構成の酸化処理装置を使用してSUS繊維を熱処理、本発明においては低温焼き鈍しをする場合、ヒーター内を満たす酸化性ガス(空気と窒素ガス)中の酸素ガスの濃度が均一化された中に低温のSUS繊維が移送されてくることになる。この過程におけるヒーター温度、窒素導入量、SUS繊維の移送速度の3つのパラメータを調整することで、所望の厚さの酸化皮膜を均一にSUS繊維の表面に形成することができる。なお、SUS繊維の移送中に、酸素濃度などの条件を変えてもよい。
【0034】
(酸化条件)
酸化条件については、以下、ヒーター温度、窒素導入量、次に、線材(SUS繊維)の移動速度について順に説明する。
【0035】
・ヒーター温度
ヒーター温度は、特に限定されないが、300〜700℃とすることが好適である。より好適には、400℃〜600℃であり、形成する酸化皮膜の態様に応じて適宜調節が可能である。
【0036】
・窒素導入量
窒素導入量は、特に限定されないが、0.10L〜1.00L/分を導入することが好適である。より好適には、0.20〜0.80L/分であり、形成する酸化皮膜の態様に応じて適宜調節が可能である。
【0037】
・線材の移動速度
加熱時の線材の移動速度は、特に限定されないが、0.10m〜1.00m/分であることが好適である。より好適には、0.20〜0.80m/分であり、形成する酸化皮膜の態様に応じて適宜調節が可能である。
【0038】
(酸化時期)
酸化処理工程を施す時期としては、特に限定されない。繊維を交絡させ、シート状や板状にする前でもよく、後でもよい。但し、焼結されたSUS繊維は、本発明に好適であるが、焼結の条件によっては、表面元素濃度分布に影響を与えるため、その条件と酸化時期については、考慮する必要がある。
【0039】
≪音響透過性材料の物性≫
<SUS繊維表面の原子濃度分布>
上述の酸化処理工程を経ることにより、本発明のSUS繊維の深さ方向の表面プロファイルは、大きく変化するという特徴を有する。通常、ステンレスは、その表面が、空気中の酸素によって酸化されて厚さ数nm程度の極めて薄い不動態膜(Crに酸素、水酸基、水が結合した化合物)が形成されている。本発明においては、上述の酸素雰囲気下、酸化処理を施すことで、この不動態膜の更に表面側にFe酸化成分を主な構成要素とする酸化皮膜を形成することが可能となる。
【0040】
具体的には、酸化処理SUS繊維の表面におけるFe酸化成分の原子濃度が前記SUS繊維の表面におけるFe酸化成分の原子濃度より大きく、Fe成分の原子濃度がFe酸化成分の原子濃度よりも高くなる深度は、SUS繊維におけるFe成分の原子濃度がFe酸化成分の原子濃度よりも高くなる深度より大きいことを特徴とする。更に、酸化処理SUS繊維におけるCr酸化成分の最大原子濃度地点深度は、SUS繊維におけるCr酸化成分の最大原子濃度地点深度よりも大きい。
【0041】
また、前記酸化処理SUS繊維におけるFe酸化成分の最大原子濃度地点深度は、酸化処理SUS繊維におけるCr酸化成分の最大原子濃度地点深度より小さいことが好適である。
【0042】
(測定方法)
SUS繊維表面の深さ方向に対する解析は、下記スパッタ条件によりSUS繊維表面層を微量に削りながら下記測定条件によりエッチングESCA法により測定する。
【0043】
[測定条件]
分析装置 : Quantera SXM(アルバック・ファイ社製)
X線光源 : 単色化AlKα
X線出力、X線照射径 : 25.0W、φ100μm
測定領域 : Point 100μm
2
光電子取込み角 :45deg
Narrow Scan:140eV;0.125eV/Step
【0044】
[スパッタ条件]
加速電圧・電流 : 2.0kV
スパッタレート : 5.4nm/min(SiO
2 換算)
【0045】
<音響特性>
(音響透過性)
本発明に係る音響透過性材料は、以下の測定方法1に従い測定された周波数特性の差(以下、「挿入損失」とする。)が中心周波数63Hz〜8kHzの各1/1オクターブ帯域で5dB以内(好適には2dB以内)となる性質を有することが好適である。なお、音響透過性材料は、中心周波数31.5Hz〜16kHzの各1/3オクターブ帯域で6dB以内(好適には3dB以内)、であることが好適である。連続正弦波スイープを用いる場合は1/3オクターブ帯域で評価する場合に準じるものとする。
【0046】
音響透過性に関する評価方法としては、種々の方法が想定される。より具体的には、無響室、或いは高度吸音性の室に、マイクとスピーカを前者が後者に対し直接音領域(直接音が間接音(反射音・残響音)より十分大きい音源近領域)になるように対向して設置し、その間に当該試料を基準線(マイクとスピーカを結ぶ線)に直角に置いた時と、試料を置かない時の、スピーカに対するマイクの応答のレベル差(dB)を挿入損失△(dB)として評価する。因みに、スピーカから発音する信号は正弦波・ピンクノイズ・震音(FM音)のいずれでも良く、また継続時間についても連続・短音のいずれでも良く、更には、帯域制限するためのフィルタは音源側でも受音側でも、或いは短音でも連続周波数スイープ音でも良い。同時に、試料の位置もスピーカ直前・マイク直前・両者中間のいずれでも良く、これらは測定系を線形系とみなす限りほぼ同一の結果となる性質のものである。因みに、ここでは試料は基準線に直角において評価するよう規定したが、必要に応じて試料を基準線に対し角度を持たせて設置し、その角度依存性を評価することもできる。なお、測定方法1により結果に違いが生じる場合には、明細書における音響透過性においては、下記の方法により得られた結果を優先することとする。
【0047】
測定方法1:挿入損失を最も簡便に測定する方法としては、無響室、又はこれに準じる高度吸音性の室において、スピーカとマイクを結ぶ軸(以下「スピーカ‐マイク軸」とする。)と、音響透過材料の法線方向のなす角度θ=0°(
図7のような状態を角度θ=ゼロとする。)として、20Hzから20kHz間の連続正弦波スイープ音(バックグラウンドノイズに対してS/N比で20dB以上の音)を放射し、このスピーカから数10cm〜数m(好適には30cm〜5m程度)離隔した位置に設置されたマイクロホン、又は騒音計などで受音した後、レベルレコーダなどに記録した時の周波数応答特性と、スピーカ或いはマイクロホンの直前、又は両者の中間に該部材を設置した場合の周波数応答特性の差を測定し、これを挿入損失△(dB)とする。
【0048】
<表面元素濃度分布と音響透過のばらつき低減効果>
本発明の音響透過性材料はその表面において、特定の表面元素濃度分布を有することにより、音響透過のばらつきを低減する効果を有する。ここで、一般に音を通す音響透過材料は、材料の空隙や材料の表面状態及び比重によって、音の通しやすさが左右される。即ち、空隙が小さく、材料表面がやわらかく、もしくは比重が小さくなると音は通りにくい傾向となる。これは音がそのような材料に当たった時に、その材料によって、反射・吸収される事で、音の透過を阻害するからである。
【0049】
今回の効果の発現要因は定かではないが、以下のように推測することができる。これまで全音響透過版として見出されたステンレス繊維板は、ステンレス鋼を繊維化し凝集させた構成をしている。一般に知られている通り、ステンレス鋼(SUS)は鉄の弱点である錆の発生を抑える目的でCrを含む合金鋼である。Crが含まれることで、SUS表面には数nm程度の不動態膜が形成され、この不動態膜によって鉄の錆が防止されている。一方で、この薄いCrの不動態膜は鉄表面にできる酸化鉄に比べ、やわらかく比重も小さい。このやわらかさと比重の小ささが、音響透過のばらつきを生む原因となったのではないかと推測する。
【0050】
その問題に対して、今回の処理はCrの不動態膜の上に酸化鉄を形成させることで、鉄の錆びにくさを保ったまま、表面の固さを増し、比重を大きくすることが出来たものである。それによって、音響透過の阻害因子である音の吸収や振動が少なくなり、ばらつきを減らすことが出来たと推定される。
【0051】
即ち、本発明は、音響透過性を劣化させることなく、ステンレス繊維表面の固さを増し、もしくは、表面の比重を大きくすることにより音響透過のばらつきの低減を可能としたものである。
【0052】
音響透過のばらつきの低減についての評価は、以下の方法により行う。
【0053】
(評価方法)
評価対象とする音響透過性材料(例えば、n=10)について、上述した挿入損失Δ(dB)を測定し、その平均値、標準偏差から変動係数を算出して評価する。
【0054】
<ポップノイズ低減効果>
ポップ音による雑音(ポップノイズ)はマイクが取り込む低周波域の雑音である。有声音とは別に直近風源からの衝撃風(空気の移動)をマイクロホンユニットが感知してしまうことにより生じる。この衝撃風は直近風源からの風であるという点で、自然風、室内空調、又は扇風機などのファン風とは異なる。従来品である酸化処理を行わない音響透過性材料においても、このポップ音を低減させる効果が認められていた。しかし、本発明の音響透過性材料はこのポップノイズを更に低減する効果を有する。
【0055】
ポップノイズは、例えば、以下に記載するポップノイズ測定装置で測定することが出来る。
【0056】
(ポップノイズ測定方法及びノイズ測定装置)
以下、図面を参照して本発明に使用できるポップノイズ測定方法及びノイズ測定装置の説明をする。また、以下説明では、
図4及び
図5における右側をX側と称し、左側を−X側と称することがある。
【0057】
即ち、衝撃風を再現してポップノイズを安定的に測定するためには、空気の移動のみを伴う無音であること、及びその空気の移動が急激であることが求められる。したがって、衝撃風発生装置には、駆動源に対して充分な応答性及び制御性があること、及びノイズ測定に際して障害となる装置の駆動音や衝撃風による異音等の雑音発生が無いことが求められる。
【0058】
ポップノイズを発生させるp、t、k等の破裂音には息を吐き出す過程、即ち、閉鎖の形成→持続→開放の3過程で形成される外破と、大きく息を吸い込む過程で発生する内破とがある。このうち、マイクロホンにポップノイズを発生させるのは主に前者、即ちp、t、k等の無声破裂音に対応する外破であり、指向性の歌唱用マイクロホンやコンデンサマイクロホンで特に顕著である。
【0059】
図6はコンデンサマイクロホン前50mmで有声音「pu」を発した時の初期部(衝撃風を伴う破裂音「p」)と、後続母音部「u」との周波数スペクトル(10ms毎のFFT最大値)を示す。
図6中符号(u)が付されたスペクトルは複数ピークを持つ母音フォルマントに対応する。一方、(p)が付されたスペクトルは子音「p」の最大傾斜部に対応し、10〜15dB/Oct前後で定率減衰するノイズ、即ちポップノイズである。無音衝撃風発生装置はこの部分のスペクトルを正確に、かつ再現よく発生させる必要がある。
【0060】
図4はノイズ測定装置を示す構成図である。このノイズ測定装置2は、無音衝撃風発生装置をコントロールするためのコントロール装置3、直流結合サウンドカード4、直流パワーアンプ5、無音衝撃風発生装置6、及び収音装置7を有する。
【0061】
コントロール装置3は、無音衝撃風発生装置6を駆動させるための電気信号を発信するとともに、収音装置7から直流結合サウンドカード4を経由して送られてきた周波数毎の信号を処理するための装置である。通常は一般的なPCで代用が可能である。
【0062】
直流結合サウンドカード4は、コントロール装置3から送られた電気信号を、無音衝撃風発生装置6を駆動させるためのアナログ信号(正弦波等)に変換して、直流パワーアンプ5に送るための装置である。
【0063】
直流パワーアンプ5は、直流結合サウンドカード4から送られてきたアナログ信号を増幅させるための装置である。これにより、ポップノイズ再現に足る充分な衝撃風を無音衝撃風発生装置6から発生させることができる。
【0064】
図5は無音衝撃風発生装置6の詳細を説明するための図である。向かって左側が側面図、右側が無音衝撃風発生装置6の開口端側から見た図である。無音衝撃風発生装置6は、駆動源に対して充分な応答性及び制御性があることと、ノイズ測定に際して、障害となる装置の駆動音や衝撃風により異音等の雑音発生が無いこととを満たすため、
図5のような構成とする。
【0065】
図5に示すように、充分な振幅での駆動が可能なハイコンプライアンスロールエッジスピーカ61の開口面に、異音が発生しないように、連続的に管径が細くなるように形成された略円錐台形状の第一スピードアップアダプタ621(第一増速部)と、第二スピードアップアダプタ622(第二増速部)とを設けている。これにより、ハイコンプライアンスロールエッジスピーカ61から発生した無音衝撃風は、第一スピードアップアダプタ621と第二スピードアップアダプタ622とで増速されて、X側に放出されることになる。ここでハイコンプライアンスロールエッジスピーカ61にはヤマハ株式会社製JA0801を使用する。
【0066】
また、第一、第二スピードアップアダプタの材質は、異音発生の無いものであればどのような材質でもよく、例えば金属又はプラスチック等の硬質材料が例示できる。また、必要であれば整流用の直管部であるパイプ623を設けることもできる。さらには、異音発生を低減するために、パイプ623の開口端側に機械インピーダンス調整部材624を設けることもできる。パイプ623と機械インピーダンス調整部材624とを合わせた長さは、30mmとする。スピーカボックス8及び吸音材のグラスウール9は、背後に発生した空気流が収音装置7側に逆流することを低減するための目的によって設置され、当該現象の存在が認められなければ、設ける必要はない。このような構成により、無音衝撃風発生装置6の開口端から100mm離れた場所で束径約50mm、風速数m〜数十m/secの破裂音から音声部分を除いた無音衝撃風を発生させることができる。収音装置7としては、株式会社アコー社製、TYPE4152Nを用いる。
【0067】
以下、上記構成からなる本発明のノイズ測定装置の動作、及びノイズ測定方法についてより詳細に説明する。
【0068】
まず、上記無音衝撃風発生装置6の駆動信号は以下の観点から決定した。無音衝撃風発生装置6に、
図7のような正弦波信号〜余弦波信号(1)、(2)及び(3)を直流パワーアンプ5経由で印加する。
図7中、参照番号(2)が付された、発音状況に近い正弦波上昇部から信号継続時間が25msecである範囲(
図7中、二点破線で囲まれた範囲の正弦波)にてノイズを測定する。
【0069】
次に、ノイズ測定装置の動作及びノイズ測定方法について説明する。無音衝撃風発生装置6を駆動するための信号を、コントロール装置3から直流結合サウンドカード4を経由して、直流パワーアンプ5に印加する。この駆動信号により、無音衝撃風発生装置6のハイコンプライアンスロールエッジスピーカ61のスピーカコーンは
図5の左側図において、−X側に除々に移動し、次いで一気にX側に戻ることで無音衝撃風を放射する。放射された無音衝撃風は、第一スピードアップアダプタ621と第二スピードアップアダプタ622とで増速されて、X側に放出される。X側に放出された無音衝撃風は収音装置7に到達する。収音装置7によって検知されたポップノイズは電気信号に変換され、無音衝撃風発生装置コントロール装置3に戻り、周波数毎のポップノイズとして記録される。このようにして測定対象の収音装置のポップノイズによる影響を調査することができる。
【0070】
ここで、無音衝撃風発生装置6と収音装置7との間に本発明の音響透過性材料を設置することで、本発明の音響透過性材料について、ポップノイズの低減効果を測定することができる。
【0071】
(ポップノイズ低減の原理)
本発明の音響透過性材料が、ポップノイズを大きく低減させる理由については、明らかではないが、以下の原理が推定される。
【0072】
まず、このポップノイズの低減効果について詳述する。本発明の音響透過性材料は、一定圧力で吹き付ける自然風や空調ドラフト等のいわゆる定常風に対して有効な風雑音除去性能を発揮するばかりではなく、特に空気分子塊の急激な移動である「衝撃風」に対しても遮蔽物として機能する。他方、気圧変化の移動(媒体自体は振動するだけで移動しない)である「音」に対しては、ほぼ完全な透過性を呈する特性を有する。これら特質を併せ持つことによりポップノイズを低減できると考えられる。この特性は、従来品においても共通する。
【0073】
更に、本発明の音響透過材料は酸化処理を施されていることによって、前述したようにSUS繊維表面の固さを増し、比重を大きくすることが出来る。この酸化処理によって付与された性質が、前記「衝撃風」に対する遮蔽物としての機能を増大できることによると推定される。
【0074】
≪音響透過性材料の用途≫
本発明の音響透過性材料の用途としては、一般的には文化施設や住宅の壁、博物館や美術館や室内プールの天井、又は、マイクロフォン用風防若しくは映画スクリーン等が挙げられる。
【実施例】
【0075】
(SUS繊維板の製造)
SUS繊維(ステンレスAISI316L、繊維径30μm)を均一になるように重ね合わせて綿状のウェブを作成した。このウェブを目付けが950g/m
2になるように量り取り、厚みが800μmになるように平板間で圧縮した。この圧縮し、板状になったものを焼結炉に入れ、真空雰囲気中で1100℃に加熱し、焼結させSUS繊維板1を得た。
【0076】
(SUS繊維シートの製造)
SUS繊維(ステンレスAISI316L、繊維径30μm)を厚さ50μmにした点を除いては特許2562761の実施例1と同様の手法で、SUS繊維シート1を製造した。
【0077】
(酸化処理工程)
SUS繊維板1及びSUS繊維シート1を表1に示す条件でそれぞれ酸化処理を行った。比較例1〜2及び実施例1〜7の酸化処理SUS繊維板及びシートを得た。
【0078】
【表1】
【0079】
(表面原子濃度分布測定)
比較例1及び実施例1〜6について、エッチングESCA法により、上述した条件に従って、深さ方向の表面元素濃度分布について測定を行った。測定対象は、Fe成分、Fe酸化成分、Cr成分、Cr酸化成分、酸素原子及びNiであった。比較例1の測定結果を
図1に、実施例1〜6についての測定結果をそれぞれ
図2A〜
図2Fに示した。尚、比較例1は酸化処理前のSUS繊維板1についての測定結果を記載したが、酸化処理後のSUS繊維板について上述した酸処理を施したものについての測定結果も略同一であった。更に、SUS繊維シートについても、酸化未処理、酸処理後及び酸化処理後の表面元素濃度分布において、同様の結果が得られた。
【0080】
(音響透過性確認試験)
・測定方法
本願明細書中で説明した測定方法1に基づいて、音響透過性を評価した。伝送周波数特性については連続正弦波スイープ・FM短音・定常態ピンクノイズ・FM震音を用いるなど種々の方法があるが、ここでは
図3に示すように、有効径10数cmのスピーカaを取り付けた約2250cm
3の発音装置から連続正弦波スイープ音を放出し、その前面に、各実施例及び各比較例の音響透過性材料bを設置して、スピーカa前面より約1500mmの位置に設置したマイクcで測定される音圧応答の実効値を伝送周波数特性としレベルレコーダ等に記録した。その状態で音響透過性材料bの有り、無しの変化を挿入損失△(dB)として測定・確認した。スピーカaから放出した音源には、20Hzから20kHzまで、周波数変調を掛けない連続正弦波スイープを信号として用いた。ここで使用する音は、バックグラウンドノイズに対してS/N比で20dB以上とした。挿入損失は下記の式により求めた。
挿入損失△(dB)=試料の無い時のマイクロホンの周波数応答(dB)−試料を置いた時の周波数応答(dB)
【0081】
ここで、音の透過性は、挿入損失△(dB)が中心周波数63Hz〜8kHzの各1/1オクターブ帯域で2dB以内の場合、又は、中心周波数31.5Hz〜16kHzの各1/3オクターブ帯域で3dB以内の場合は「良」、それぞれ5dB以内、6dB以内のいずれかである場合は「やや劣る」、それぞれ5dB越え、及び6dB越えである場合には「劣る」とした。また、連続正弦波スイープを用いたので上記1/1及び1/3オクターブ帯域で評価した。
【0082】
(音響透過のロット間のばらつき試験)
実施例1〜7及び比較例1〜2のそれぞれ10個について、上述した試験方法により、挿入損失△(dB)を測定し、変動係数を算出した。算出した音響透過材の音響透過性の変動係数が0.5以下の場合は◎、1以下の場合は○、1以上の場合は×とした。
【0083】
(ポップノイズの低減)
ポップノイズを上述した方法に従い、実施例1〜7及び比較例1〜2のそれぞれ10個について測定した。そのポップノイズの減衰量の平均値が、40dBを下回る場合は×、40dB以上は○、43dB以上は◎とした。
【0084】
(自立性)
5cm角の試料の端部を持って逆の端部を持ちあげて、折曲がらない場合には自立性「有」とし、折れ曲がる場合には自立性「無」として評価した。
【0085】
上記結果を表2に示した。実施例1〜7におけるロット間ばらつき及びポップノイズの低減について◎であり、比較例1〜2はそれぞれ○となり、実施例の方が比較例よりも、より音響透過性能を安定して発揮し、同時にポップノイズを低減させることができることを示している。
【0086】
【表2】