特許第6492716号(P6492716)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 味の素株式会社の特許一覧

特許6492716アミノ酸水溶液の濃縮方法とアミノ酸の分離方法
<>
  • 特許6492716-アミノ酸水溶液の濃縮方法とアミノ酸の分離方法 図000006
  • 特許6492716-アミノ酸水溶液の濃縮方法とアミノ酸の分離方法 図000007
  • 特許6492716-アミノ酸水溶液の濃縮方法とアミノ酸の分離方法 図000008
  • 特許6492716-アミノ酸水溶液の濃縮方法とアミノ酸の分離方法 図000009
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6492716
(24)【登録日】2019年3月15日
(45)【発行日】2019年4月3日
(54)【発明の名称】アミノ酸水溶液の濃縮方法とアミノ酸の分離方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 227/40 20060101AFI20190325BHJP
   C07C 229/08 20060101ALI20190325BHJP
   C07C 229/36 20060101ALI20190325BHJP
   C07C 229/26 20060101ALI20190325BHJP
   C07C 227/42 20060101ALI20190325BHJP
【FI】
   C07C227/40
   C07C229/08
   C07C229/36
   C07C229/26
   C07C227/42
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-21811(P2015-21811)
(22)【出願日】2015年2月6日
(65)【公開番号】特開2016-145158(P2016-145158A)
(43)【公開日】2016年8月12日
【審査請求日】2018年2月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085109
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 政浩
(72)【発明者】
【氏名】神田 英輝
(72)【発明者】
【氏名】岸野 光広
【審査官】 奥谷 暢子
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭61−009295(JP,A)
【文献】 特開昭53−123377(JP,A)
【文献】 特開2007−083122(JP,A)
【文献】 特公昭25−004485(JP,B1)
【文献】 特開2014−113578(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 227/40
C07C 227/42
C07C 229/08
C07C 229/26
C07C 229/36
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノ酸水溶液に液体のジメチルエーテルを接触させてアミノ酸水溶液中の水分の一部をジメチルエーテル相に移行させ、その後アミノ酸水溶液相とジメチルエーテル相を分離することを特徴とするアミノ酸水溶液の濃縮方法
【請求項2】
アミノ酸水溶液に液体のジメチルエーテルを接触させてアミノ酸水溶液中の水分の一部をジメチルエーテル相に移行させるとともにジメチルエーテルの一部をアミノ酸水溶液相に移行させてアミノ酸水溶液からアミノ酸結晶を析出させてこれを分離することを特徴とするアミノ酸水溶液からのアミノ酸の分離方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジメチルエーテル(DME)を用いて、発酵法、合成法などで生産されている各種アミノ酸の水溶液を濃縮し、あるいはそこからアミノ酸を析出させて分離する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アミノ酸は生体成分として重要なものであり、現在では多種多様のアミノ酸が発酵法や合成法で生産されている。そして、アミノ酸は一般的に水溶液の形で生成され、この水溶液を濃縮してアミノ酸結晶を析出させ、これを分離することにより生産されている。この濃縮は、一般に蒸気による加熱が利用されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
アミノ酸の生産コストに占めるエネルギーの割合はかなり高く、その低減が求められている。
【0004】
本発明の目的は、アミノ酸水溶液の濃縮コストを下げることにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
ところで、含水溶媒または含水溶質溶液である液体に乾燥不活性気体を吹き込んで両者を接触させることにより、液体中の水分を蒸発・除去することによる液体の脱水方法は公知であり(特開平10−338653号公報)、この乾燥不活性気体には、窒素、空気、水素、二酸化炭素、ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、メタン、エタン、プロパン、ブタン、フロン、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、モノクロロメタン、ジクロロメタンが例示されている(同公報請求項13)。
【0006】
本発明者は、アミノ酸水溶液の濃縮方法として、ジメチルエーテルを液状で接触させることによりアミノ酸水溶液中の水分の一部をジメチルエーテル相へ移動させることを検討した。その結果、アミノ酸水溶液中の水分をジメチルエーテル相に移動させることができること、その移動量はアミノ酸の濃度が高いことを見出した。そして、驚くべきことに、アミノ酸の溶解度が低下して、高い収率でアミノ酸を析出させることも見出した。これは、ジメチルエーテルの一部がアミノ酸水溶液相へ移行したことによる貧溶媒効果であると考えられる。
【0007】
これまで沸点が−25℃のジメチルエーテルを高圧液化して対象物質に接触させた例はなく、溶剤を水相側へ高圧にして強制的に移行させ、貧溶媒効果を促進させる晶析系は他にはない。また、ジエチルエーテルほど沸点が低い有機物質を晶析の貧溶媒効果に用いた例はない。
【0008】
本発明では、この沸点温度が低いジメチルエーテルを高圧化で液化して用いることにより、アミノ酸水溶液の濃縮コストを低下させ、また、アミノ酸を効率よく析出させて、アミノ酸の製造コストの低減に成功したものである。
【0009】
すなわち、本発明は、アミノ酸水溶液に液体のジメチルエーテルを接触させてアミノ酸水溶液中の水分の一部をジメチルエーテル相に移行させ、その後アミノ酸水溶液相とジメチルエーテル相を分離することを特徴とするアミノ酸水溶液の濃縮方法と、アミノ酸水溶液に液体のジメチルエーテルを接触させてアミノ酸水溶液中の水分の一部をジメチルエーテル相に移行させるとともにジメチルエーテルの一部をアミノ酸水溶液相に移行させてアミノ酸水溶液からアミノ酸結晶を析出させてこれを分離することを特徴とするアミノ酸水溶液からのアミノ酸の分離方法を提供するものである。
【0010】
本発明では、水の沸点よりも著しく低い沸点をもつジメチルエーテルを高圧化で液化状態にしてアミノ酸水溶液に接触させると、ジメチルエーテル相と水相に分層し、ジメチルエーテルの一部に水相に移行する。このとき高圧にすることでジメチルエーテルを積極的に水相へ移行させる。その結果、貧溶媒効果により、アミノ酸結晶が析出し回収される。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、アミノ酸水溶液中の水分の一部をジメチルエーテル相に移動させて、これを分離することによって、アミノ酸水溶液を効率よく濃縮することができる。また、それによって、ジメチルエーテルの一部がアミノ酸水溶液中に移動してアミノ酸の溶解度を下げるので、アミノ酸の析出率を高め、効率よく分離することができる。本発明では、沸点温度が低いジメチルエーテルを高圧化で用いることにより、蒸発・回収に従来廃棄されていた低い温度の熱源を用いることが可能になり、低コスト化が可能になった。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の方法の一態様を示す工程図である。
図2】初期アミノ酸水溶液/DMEの比率と水分脱水率の関係を測定した結果を示すグラフである。
図3】本発明の方法をバリン発酵液に適用して物質収支を求めた工程図である。
図4】DMEと水のそれぞれの圧力と沸点の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明が適用されるアミノ酸水溶液のアミノ酸は、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン、チロシン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、シスチン、システイン、メチオニン、アスパラギン、グルタミン等の中性アミノ酸、アスパラギン酸、グルタミン酸等の酸性アミノ酸、リジン、ヒスチジン、アルギニン、オルニチン等の塩基性アミノ酸等である。これらは、発酵法、合成法、蛋白質の加水分解などで得られ、L−体、D−体、ラセミ体等があるが、そのいずれであってもよい。
【0014】
発酵液の場合は、発酵液、それから菌体を除去した除菌発酵液、それからアミノ酸結晶を分離するに至る各種中間工程液があるが、本発明は、それらを濃縮するいずれの工程にも適用できる。特に、最近のアミノ酸発酵液はアミノ酸が飽和溶解度近くまで蓄積されているので、本発明の方法でアミノ酸結晶を大量に析出させることができ、特に好ましい。合成法の場合にも合成した液からアミノ酸結晶を分離するに至るいずれの工程液にも適用できる。
【0015】
水溶液中のアミノ酸の濃度は限定されないが、濃度が高い方が水分除去率が高くなるので好ましい。好ましい濃度は、30〜60質量%程度、より好ましくは50〜60質量%であり、飽和度では0〜110%程度、より好ましくは70〜100程度である。尚、アミノ酸水溶液は、アミノ酸結晶が既に析出しているものでもよく、その場合、アミノ酸結晶は上記濃度に算入されない。
【0016】
ジメチルエーテルの添加量は、アミノ酸水溶液中の水含量に対する質量比で1:1〜1:5程度、好ましくは1:3〜1:5程度が適当である。アミノ酸水溶液との液量比では、1:1〜1:5程度得、好ましくは1:3〜1:5程度にするのがよい。
【0017】
ジメチルエーテルは沸点が−25℃であるので、高圧で添加される必要がある。圧力は、ジエチルエーテルが液化する圧力以上にすればよく、これは温度によって異なるが、例えば、20℃では0.5MPa以上である。この液化圧力は文献があり、(神谷信行 『環境に優しい21世紀の新エネルギー:ジメチルエーテル』 水素エネルギーシステム Vol.30,
No.2 (2005)103頁)実用上は、10〜40℃で圧力を0.4MPa〜0.9MPaにすればよい。ジメチルエーテルと水について、圧力と沸点の関係を図4に示す。図中の枠は、そのなかで脱水・凝縮をスイングさせる範囲の例を示している。圧力の上限は特に限定されないが、実用的観点から1.0MPa程度まで、好ましくは0.7MPa程度までである。従って、アミノ酸水溶液とジメチルエーテルを接触させる容器は、密閉形でこの圧力に耐える圧力容器が用いられる。容器はプロセス処理前にDME蒸気で置換しておくのがよい。
【0018】
アミノ酸水溶液とジメチルエーテルの接触を効率よく行わせるために、容器内に撹拌機を設け、あるいは、アミノ酸水溶液へジメチルエーテルを吹き込んだり、あるいは、逆にジメチルエーテル液中にアミノ酸水溶液を吹き込んだりするのがよい。接触時間は、アミノ酸水溶液相とジメチルエーテル相の間の水分およびジメチルエーテルの移動がほぼ平衡に達するまでが好ましいが、実用的には1分〜5分程度でよい。
【0019】
アミノ酸水溶液とジメチルエーテルの接触が終わったら両相の分離を行う。ジメチルエーテル相はアミノ酸水溶液相よりかなり比重が軽いので分離は静置で比重分離することができる。その外、フィルター分離もできる。アミノ酸水溶液にアミノ酸結晶が存在している場合には、アミノ酸結晶は、先に分離してもよく、あるいはジメチルエーテルを分離してからアミノ酸水溶液からアミノ酸結晶を分離してもよい。
【0020】
分離したアミノ酸結晶は、そのまま、あるいは残存しているジメチルエーテルを気化させる等で除去してから精製工程に送ればよい。
【0021】
分離したアミノ酸水溶液には、ジメチルエーテルが相当量含まれているのでまずジエチルエーテルの分離を行う。この分離は、圧力を低下させてジメチルエーテルを蒸留することで行うことができる。蒸留する温度は40〜50℃程度が工場から排出さえる低温の排熱や地下水などを利用できる点で好ましい。例えば、系の圧力を5気圧に設定すれば沸点20℃を境にジメチルエーテルを蒸発・凝縮させて分離することができる。
【0022】
分離したジメチルエーテルはアミノ酸水溶液の濃縮に再利用することができる。一方、ジメチルエーテルを除去したアミノ酸水溶液からは常法によりアミノ酸を分離する。
【0023】
一方、アミノ酸水溶液相を分離したジメチルエーテル相は、水分が含まれているので、これを蒸留法等で分離する。蒸留条件は前述の分離したアミノ酸水溶液と同様でよく、蒸留温度は40〜50℃程度とするのがよい。分離したジメチルエーテルはアミノ酸水溶液の濃縮に再利用することができる。一方、水分は、そのままあるいはさらに処理して放流しあるいは工場内で再利用することができる。
【0024】
本発明の一実施態様を図1に示す。同図に示すように、アミノ酸水溶液に液化ジメチルエーテルを20℃5気圧で添加し混合し、これを静置して分層させる。アミノ酸相である水相とジメチルエーテル相を分離し、水相は40℃に加熱してジメチルエーテルを蒸発させてアミノ酸濃縮液を得る。アミノ酸濃縮液は、必要によりさらに濃縮して、析出したアミノ酸結晶を分離する。ジメチルエーテル相も40℃に加熱してジメチルエーテルを蒸発させ、これを10℃に冷却して凝縮させる。水相から蒸発させたジメチルエーテルも含めてここで冷却凝縮させることができる。得られた液化ジメチルエーテルは濃縮するアミノ酸水溶液へ循環して再利用する。
【実施例】
【0025】
L−ロイシン、L−フェニルアラニンおよびL−リジン(遊離型)の純系の水溶液並びにL−バリンの除菌発酵液を表1の濃度で作製した。
【0026】
【表1】
上記の各アミノ酸水溶液の表1に示す液量をそれぞれ圧力容器に入れて、これに表1に示す液量のジメチルエーテルを加えて20℃5気圧で1分間混合後、3分間静置して分層させた。純系アミノ酸水溶液(Exp.1〜5)について、分層した水相のアミノ酸濃度を測定した結果を表2に示す。
【0027】
【表2】
上記の水分除去率は、除去水分量/初期アミノ酸水溶液中水分量w/w%である。
【0028】
また、水相とジメチルエーテル相それぞれの水分、ジメチルエーテルおよびアミノ酸の量を測定した結果を表3に示す。
【0029】
【表3】
得られた、初期アミノ酸水溶液中の水分とジメチルエーテルの比率と水分の脱水率の関係を図2に示す。同図に示すようにアミノ酸の濃度が高い程高い脱水率になる。また、アミノ酸がジメチルエーテル相に移行しないことも明らかになり、ジメチルエーテルによってアミノ酸水溶液を脱水濃縮できることを確認した。
【0030】
また、バリンの除菌発酵液について測定した結果を表4に示す。
【0031】
【表4】
この結果をバリン発酵液の処理に適用すると、例えば、図3に示す物質収支が得られる。
【0032】
すなわち、バリン0.86gと水14gを含むバリン除菌発酵液15ml(バリン濃度5.7w/w%)に液体ジメチルエーテル65.0ml(46g)を加えて混合し、静置して分層させる。そして、そこからバリン結晶、水相15ml、ジメチルエーテル相65ml(45.5g)を分取する。バリン結晶はフィルター濾過で分離する。バリン結晶には、バリン0.51gが、水相には、バリン0.35g、水11g、ジメチルエーテル3gが、そして、ジメチルエーテル相には、ジメチルエーテル43g、水3.0g、バリン0.000gがそれぞれ含まれている。水相からはジメチルエーテルを除去し、水11g、バリン0.35gを含む12gのバリン濃度溶液(バリン濃度3.1w/w%)を得る。ジメチルエーテル相から採取した12gの試料(水含有量0.8g、6.5w/w%)からジメチルエーテルを分離して、水0.78gを得る。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、アミノ酸水溶液を効率よく濃縮し、そこからアミノ酸結晶を高い晶析率で晶析してこれを分離できるので、各種アミノ酸の製造工程に適用できる。
図1
図2
図3
図4