【課題を解決するための手段】
【0013】
前記目的を達成するために、本発明の一つの態様として、(a)網膜前駆細胞をIGF1R(insulin-like growth factor-1 receptor)活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を含む培地で培養して未成熟網膜神経節細胞に分化させる段階と、(b)前記(a)段階の培地からWntシグナル伝達経路活性剤を除去し、IGF1R活性剤を添加して製造した培地で未成熟網膜神経節細胞を培養する段階と、を含む幹細胞を成熟網膜神経節細胞に分化させ、成熟網膜神経節細胞を製造する方法を提供する。
【0014】
網膜(retina)は、脊椎動物の中枢神経系内で最もよく研究された器官であり、詳細な形態、神経のシナプス連結、各網膜神経細胞の生理学的現象が数十年間調べられていた。しかし、これとは反対に、網膜神経細胞の構造的の発生及びそれらの多様な機能的メカニズムについてはまだ多くの部分が明らかになっていない。
【0015】
用語、「網膜神経節細胞(retinal ganglion cells、RGCs)」とは、脊椎動物の網膜内に存在する出力(output)神経細胞であり、細胞の軸索(axon)は視神経を形成し、大脳に画像を送る。網膜神経節細胞は、神経系の構成単位であるニューロン、即ち、神経細胞であり、多数の樹状突起と1つの長い繊維性軸索を有する。樹状突起は、他の細胞とシナプスを形成し、神経細胞の電気活性を調節して細胞体内に流れてくる電気的刺激を送信する。軸索は、神経刺激に応答して神経伝達物質を放出する顆粒又は小胞を含む多くの分枝末端を有し、シナプスは、ニューロン間のインパルス伝達のポイントである。神経伝達物質と呼ばれる化学物質は、シナプス間隙を通過し、神経インパルスが維持される。発生過程の中、網膜神経節細胞は多能性網膜前駆細胞から産生される。例えば、マウスの場合、胎生期11.5日(embryonic day(E)11.5)から開始し、出生時0まで(postnatal day(P)0)生成され、E14.5にその生成がピークに至る。主要な増殖期はE14.5〜E17.5の間であることが知られているが、これは動物に応じて変化するが、これに限定されない。
【0016】
前記網膜神経節細胞は、網膜の多様な細胞から視覚情報を脳の視神経の中心に伝達するように機能する。目を通過した光は、光受容体細胞で電気信号に変換され、生成された電気信号は、網膜の多様な神経細胞を経て網膜神経節細胞に伝達される。網膜神経節細胞は
、この信号を受けて脳の視神経中枢に伝達する役割を果たす。
【0017】
網膜神経節細胞の発生は、系統的な遺伝子調節ネットワークにより調節され、 主要な転写因子により発生及び分化が 媒介される
【0018】
前記網膜神経節細胞は、分化の程度に応じて、未成熟網膜神経節細胞及び成熟網膜神経節細胞に分けることができる。
【0019】
前記「未成熟網膜神経節細胞」とは、細胞形態学的特徴及び網膜神経節細胞のタンパク質及び遺伝的マーカー特性を獲得する細胞をいう(非特許文献2)。 前記「成熟網膜神経節細胞」とは、「未成熟網膜神経節細胞」の前記特性をすべて備えた以降のニューロンとして成熟された状態を示す細胞を意味する。即ち、形態学的特徴には、軸索成長、軸索枝化及び軸索リング;樹状突起枝化、樹状突起の階層化、樹状突起のリング;樹状突起の棘突起、シナプスボタン(synaptic bouton)などを有し、プレシナプス又はポストシナプスタンパク質形態のタンパク質及び遺伝的マーカー特徴、及び興奮性神経としての様々な受容体特性を示す。「成熟網膜神経節細胞」の電気生理学的な特徴は、自発性の興奮性ポストシナプスの電流(spontaneous excitatory postsynaptic currents、sEPSCs))の形成であり、これは、網膜神経節細胞間のシナプスの連結を形成することができる機能的な成熟を意味する(非特許文献3 )。
【0020】
前記「未成熟網膜神経節細胞」とは、網膜前駆細胞から網膜神経節細胞への分化の初期段階の細胞を意味する。そのような未成熟網膜神経節細胞は、網膜前駆細胞から網膜神経節細胞になる細胞、又は網膜神経節細胞になる細胞であるが、成熟網膜神経節細胞の形態学的特性及び生理学的特性を完全に有さない細胞である。本発明において、前記未成熟網膜神経節細胞及び早期網膜神経節細胞は混用される。
【0021】
前記「成熟網膜神経節細胞」とは、網膜前駆細胞から網膜神経節細胞への分化の後期段階の網膜神経節細胞、又はすでに分化された網膜神経節細胞をいう。前記成熟網膜神経節細胞は、高周波活動電位を発生する生理学的特性及び長い軸索を有する形態学的特性を有するが、これらに限定されない。
【0022】
網膜神経節細胞が未成熟網膜神経節細胞であるか成熟網膜神経節細胞であるかは、それぞれの細胞に特異的なマーカーの発現レベル、並びに、その形態学的及び生理学的特性(例えば、電気化学的特性)を同定することによって決定することができる。
【0023】
まず、網膜神経節細胞の発生及び分化において重要な役割を担う転写因子は以下のとおりである。網膜神経節細胞の生成に関与する転写因子として、ATOH7(Math5)、Brn3ファミリー(Brn3A、Brn3B、Brn3C)及びIsl1(Islet-1)がある。
【0024】
Math5とも命名されるATOH7は、網膜前駆細胞が網膜神経節細胞になる運命を決定する因子であり、網膜神経節細胞の形成に必須である。したがって、Math5は、好ましくは未成熟網膜神経節細胞で発現される。
【0025】
また、遺伝子ネットワーク上、ATOH7の下流に位置するPOU4F2とPOU4F1(又はそれぞれBrn3BとBrn3Aとも呼ばれる)及びIsl1(Islet-1)は、RGCの発生には必要ではないことが知られており、RGCの分化及び生存のために必要であることが知られている。それらは、網膜神経節細胞の分化の初期段階で発現され、成熟網膜神経節細胞においても発現されることが知られている。
【0026】
具体的には、Brn3ファミリーは、RGC分化の調節、RGCの樹状突起の階層化、
及び発生中のRGCs軸索の突出に関与する。Brn3ファミリー中、Brn3BはRGC発生中の初期に発現され、RGCの初期マーカーの一つであり、RGCの軸索成長及び生存に重要な因子として作用する。
【0027】
マウスにおいて、Brn3Aの発現は、胎生期12.5(E12.5)から開始され、ラットにおいては、RGC個体数の92.2%で発現する。Brn3Bは、RGC軸索の形成に作用するのに対し、Brn3Aは樹状突起の形成に関与することが知られている。
【0028】
Isl1は、網膜発生中に発現されるホメオドメインのLIMタンパク質である。Isl1遺伝子は、RGCsの生成直後に活性化され、発現は胎生期(embryonic day、E)14.5前のPOU4F2の発現と同一である。また、 Isl1は、RGCの分化及び生存に必要とされる因子であり、その発現はATOH7により影響を受ける。Isl1の発現は、完全に分割された細胞においてマウス胎生期(embryonic day、E)11.5で開始され、Brn3B陽性RGC細胞の一部でBrn3Bと共発現することが知られている。
【0029】
前記の転写因子は、網膜神経節細胞の生成に重要な役割を果たし、そのため、未成熟網膜神経節細胞は、(1)Math5及び/又は、(2)Brn3B、Brn3A及びIslet1からなる群から選択された1つ、具体的には、2つ、より具体的には、3つを発現することができる。また、これらマーカー遺伝子の発現は、網膜前駆細胞に比べて発現が増加していることができるが、これに限定されない。
【0030】
また、前記未成熟網膜神経節細胞は、NF200又は/及びTuj1が発現する細胞であってもよい。NF200は、ニューロフィラメント200kDaと命名されるタンパク質であり、網膜神経節細胞の分化初期から発現する。また、Tuj1も網膜神経節細胞の分化初期から発現することが知られている。したがって、これら2つの両遺伝子は、網膜神経節細胞、具体的には、未成熟網膜神経節細胞及び成熟網膜神経節細胞を区別するために使用されてもよいが、これらに限定されるものではない。また、成熟網膜神経節細胞に特異的なマーカー遺伝子には、Thy1.2、TrkB、NMDAR1、Map2、Vglut1、PSD−95、シナプトフィジン(Synaptophysin)及びシナプシン1(Synapsin1)がある。これら遺伝子は、成熟網膜神経節細胞で発現することが知られているマーカー遺伝子である。
【0031】
したがって、成熟網膜神経節細胞は、Brn3B、Brn3A、Islet−1、NF200、Tuj1、Thy1.2、TrkB、NMDAR1、Map2、Vglut1、PSD−95、シナプトフィジン(Synaptophysin)及びシナプシン1(Synapsin1)からなる群から選択された1つ、具体的には2つ、より具体的には3つ、より具体的には4つ、5つ、6つ、7つ、8つ、9つ及び10個のマーカー遺伝子を発現してもよいが、これに限定されない。また、成熟網膜神経節細胞は、網膜前駆細胞又は未熟網膜神経節細胞と比較して、これら遺伝子の高発現を示すことができるが、これに限定されない。
【0032】
本発明の方法は、未成熟網膜神経節細胞を介して網膜前駆細胞を成熟網膜神経節細胞に高収率で分化させる方法であって、Wntシグナル伝達経路活性剤を含む培地で網膜前駆細胞を培養して未成熟網膜神経節細胞に分化させ、 未成熟網膜神経節細胞を、Wntシグナル伝達経路活性剤を含まない培地中で成熟網膜神経節細胞に分化させる。すなわち、本発明の技術的特徴は、Wntシグナル伝達経路活性剤を用いて特定の分化段階で幹細胞を処理することにより幹細胞の網膜神経節細胞への運命を決定し、様々な網膜細胞集団の60%〜95%又はそれ以上を、Wntシグナル伝達経路活性剤を除去することによって成熟網膜神経節細胞に分化させる。成熟網膜神経節細胞への高効率の分化を誘導するこの方法は、本発明によって初めて開発された。
【0033】
本発明の方法について具体的に記述すると、下記のとおりである。
【0034】
本発明の方法において、(a)段階は、網膜前駆細胞をIGF1R活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を含む培地で培養し、未成熟網膜神経節細胞に分化させる段階である。(a)段階は1〜10日間行われることができるが、これらに限定されるものではない。
【0035】
本発明における用語、「網膜前駆細胞(retinal progenitor cell)」とは、網膜又は網膜色素上皮細胞に存在する細胞に分化することができる多分化能前駆細胞をいう。前記網膜前駆細胞は、Rax、Pax6、Chx10、Otx2、Sox2、Lhx2、Six3、Six6及びMitfからなる群から選択されたマーカーから構成される群から選択される1つ、2つ、又は3つ以上のマーカーが発現する特徴があり、特にRax及びPax6が1つ又は2つ発現するが、これに限定されない。
【0036】
網膜発生と関連して、前述したように、網膜前駆細胞は、様々な種類の網膜内細胞(ロッド及びコーン光受容体細胞、網膜神経節細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、ミューラーグリア細胞など)と、Crx、リカバリン、ロドプシン、赤/緑オプシン、青オプシン、ペリフェリン2、PDE6B、SAG、Islet1/NF200、Prox1、PKC−a、Hu C/D、GFAP、ZO−1及びRPE65のようなマーカーの陽性発現を特徴とする網膜色素上皮細胞に分化することができる。しかし、これらマーカーの発現レベル及び陽性率は、成熟網膜細胞又は網膜色素上皮細胞よりも網膜前駆細胞において弱くなるが、これに限定されない。
【0037】
前記網膜前駆細胞を未成熟網膜神経節細胞に分化させるための培地は、IGF1R活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を全て含むことを特徴とする。また、前記網膜前駆細胞を未成熟網膜神経節細胞に分化させるための培地は、これに限定されないが、IGF1R活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤以外にも、BMP(bone morphogenetic protein)シグナル伝達経路阻害剤及びFGF(fibroblast growth factor)シグナル伝達経路活性剤を含むものであり得る。また、前記培地は、前述の物質以外に、1%のB27サプリメント及び1%のN2サプリメント(N2 supplement)を含むDMEM/F12培地であってもよいが、これらに限定されるものではない。
【0038】
本発明における用語、「IGF1R活性剤」とは、チロシンキナーゼ受容体ファミリーの一種であるIGF−1受容体(insulin-like growth factor-1 receptor、IGF1R)を活性化する物質を指す。活性化されたIGF1Rはインスリン受容体基質(insulin receptor substrate、IRS)とで相互作用する。次に、IGF1Rによって活性化されるIRSは、 PI3K、Akt、mTORからなる一方の経路とRaf、MEK、ERKからなる他方の経路の活性剤として作用する(非特許文献4)。IGF−1及びIGF−2はIGF1R活性剤の範囲内にある。インスリンに類似した分子構造を有するIGF−1は、細胞成長、細胞増殖、分化、及び細胞死滅などに関与するが、これに制限されない。
【0039】
本発明において、前記IGF1R活性剤は、IGF1Rを活性化させる物質であれば制限なく使用することができ、その例としてIGF−1又はIGF−2があり、具体的には、IGF−1であるが、これに制限されるものではない。
【0040】
前記網膜前駆細胞を未成熟網膜神経節細胞に分化させるために用いた培地は、具体的には0.01〜100ng/mlであり、より具体的には0.1〜50ng/ml、より具体的には1〜20ng/mlであり、最も具体的には10ng/mlの濃度のIGF1R活性剤を含むが、これに限定されない。
【0041】
本発明における用語、「Wntシグナル伝達経路活性剤」とは、細胞運命の決定、組織の再構築、極性、形態、接着及び増殖、及び未分化細胞の維持及び増殖を含む、胚形成中の様々なプロセスを調節することが知られているWntシグナル伝達経路を活性化する物質を意味する。任意の活性剤は、 Wnt媒介シグナル又はβカテニン媒介シグナルを 伝達することができる限り、制限なくWntシグナル伝達経路内に含まれ得る。Wntシグナル伝達経路は、Wntシグナル伝達経路の第1トリガーであるWntがその受容体に結合することによって、又は細胞内Wntシグナル伝達の下流標的であるβ-カテニンの安定化によって媒介される一連のプロセスである。前記Wntシグナル伝達経路活性剤は、特にこれに限定されないが、以下のとおりである。
【0042】
1)Wntタンパク質の直接添加:Wntシグナル伝達経路の第1トリガーであるWntは分泌性糖タンパク質のファミリーであり、19種類が知られている:Wnt1、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11及びWnt16b。
【0043】
2) β−カテニンのレベルの増加:ほとんどの細胞は、β−カテニンのレベルの増加によりWntシグナル伝達経路に反応する。即ち、脱リン酸化されたβ−カテニンのレベル(又は安定化)の増加は、核内のβ−カテニンの転座を意味する。
【0044】
3)Dishevelledリン酸化またはWntの補助受容体であるLRP尾のリン酸化。
【0045】
4)グリコーゲンシンターゼキナーゼ(glycogen synthase kinase 3、GSK3)阻害剤:リチウム(Li)、LiCl、2価の亜鉛、BIO(6-bromoindirubin-3’-oxime)、SB216763、SB415286、QS11水和物、TWS119、ケンパウロン(Kenpaullone)、アルスターパウロン(alsterpaullone)、インジルビン−3−オキシム(Indirubin-3’-oxime)、TDZD−8及びRo 31−8220メタンスルホン酸塩(Ro
31-8220 methanesulfonate salt)。
【0046】
5)Axin及びAPCのようなWntシグナル伝達経路の陰性調節因子 の抑制、又はRNAi使用。
【0047】
6)ノリン(Norrin)及びR−spondin2のようなWntシグナル伝達経路を活性剤:ノリンはFrizzled 4受容体と結合し、R−スポンジン2は、Frizzled 8及びLRP6と相互作用する。
【0048】
7)トランスフェクションを含む遺伝子導入:Wnt過発現構成物又は β−カテニン過発現構成物を使用してもよい。
【0049】
本発明において、前記Wntシグナル伝達経路活性剤は、Wntシグナル伝達経路を活性化させることができる物質であれば、制限なく使用することができる。具体的には、Wnt1、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11、Wnt16b;β−カテニンを増加させる物質;リチウム、LiCl、2価の亜鉛、BIO、SB216763、SB415286、CHIR99021、QS11水和物、TWS119、ケンパウロン、アルスターパウロン、インジルビン−3−オキシム、TDZD−8又はRo 31−8220メタンスルホン酸塩のようなGSK3阻害剤;Axin阻害剤、APC阻害剤、ノリン又はR
−spondin2であり、より具体的には、Wnt3a、Wnt1、Wnt5a、Wnt11、ノリン、LiCl、BIO又はSB415286であるが、特にこれに限定されるものではない。
【0050】
未成熟網膜神経節細胞への網膜前駆細胞の分化誘導に用いられるWntシグナル伝達経路活性剤は、LiCl、BIO及びSB415286を除いた0.01〜500ng/mlであり、具体的には0.1〜200ng/mlであり、より具体的には1〜100ng/mlである。前記Wntシグナル伝達経路活性剤のうち、培地中のLiClの含量は0.1〜50mMであり、具体的には0.5〜10mMであり、より具体的には1〜10 mMであり;BIOの含量は0.1〜50μMであり、具体的には0.1〜10μMであり、より具体的には0.5〜5μMであり;SB415286の含量は0.1〜500μMであり、具体的には1〜100μMであり、より具体的には5〜50μMである。
【0051】
本発明における用語、「BMPシグナル伝達経路阻害剤」とは、BMPシグナル伝達経路を阻害することができる物質群を意味する。BMPは、TGF−β(transforming growth factor-β)スーパーファミリーに属するシグナル伝達経路のタンパク質であり、早期胎児分化、胎生期の組織形成及び成体組織の恒常性に含まれている。細胞外に分泌されたBMPは、タイプIとタイプIIセリン/トレオニンキナーゼ受容体に結合してBMPシグナル伝達経路を開始する。タイプII受容体は、タイプI受容体をリン酸化させ、リン酸化されたタイプI受容体は、細胞内の基質であるSmadタンパク質をリン酸化させ、細胞内シグナル伝達経路を媒介する。受容体により調節されるSmadタンパク質はR−Smad(Receptor regulated Smad)といい、Smad−1、2、3、5、及び8がR−Smadに属する。それらは細胞内共通パートナーSmad(Co-Smad)Smad−4に結合することができる。それらは核内に移動して蓄積し、そこで転写因子として作用し、標的遺伝子発現の調節に関与する (非特許文献5)。BMPシグナル伝達経路阻害剤は、細胞表面受容体への細胞外BMPの結合を阻止する物質を指す。BMPシグナル伝達経路阻害剤の例としては、ノギン(Noggin)、コーディン(Chordin)、ツイスト嚢胚形成因子(Twisted gastrulation、Tsg)、サーベラス(Cerberus)、ココ(Coco)、グレムリン(Gremlin)、PRDC(protein related to DAN and Cerberus)、DANdifferential screening-selected gene aberrative in neuroblastoma)、ダンテ(dante)、ホリスタチン(follistatin)、USAG−1(uterine sensitization-associated gene 1)、ドルソモルフィン(dorsomorphin)又はスクレロスチン(Sclerostin)が含まれる。BMPシグナル伝達を阻害することにより、ノギンは、神経誘導及び背側神経外胚葉又は中胚葉の腹腔内での重要な役割を果たす。ノギンはBMPsグループである、BMP−2、BMP−4及びBMP−7と結合し、これらBMPがそれらの受容体に結合することを妨げる(非特許文献6)。
【0052】
本発明において、いかなるBMPシグナル伝達経路阻害剤は、BMPシグナル伝達経路を阻害させることができる限り、制限なく使用することができる。その例としては、ノギン、コーディン、ツイスト嚢胚形成因子、サーベラス、ココ、グレムリン、PRDC、DAN、ダンテ(dante)、ホリスタチン(follistatin)、USAG−1(uterine sensitization-associated gene 1)、ドルソモルフィン(dorsomorphin)又はスクレロスチンであってもよいが、これらに限定されない。本発明の一実施例では、ノギンを使用した。
【0053】
本発明において、前記網膜前駆細胞を未成熟網膜神経節細胞に分化させる培地に使用されるBMPシグナル伝達経路阻害剤の濃度は0.01〜100ng/mlであり、具体的には0.1〜50ng/mlであり、より具体的には0.5〜20ng/mlであり、最も具体的には10ng/mlであるが、特にこれに限定されるものではない。
【0054】
本発明における用語、「FGFシグナル伝達経路活性剤」とは、FGFシグナル伝達経
路を誘導又は促進することができる物質を意味する。FGFは、細胞増殖及び細胞分化をはじめ、血管形成、骨形態形成及び神経誘導を含む有糸分裂誘発に関与する因子である。今まで、22種類のFGFファミリーが知られていて、FGF受容体ファミリー(FGFR)の4種類が存在する。 それらのmRNAは、選択的にスプライシングされた受容体異形に結合してFGF受容体を活性化する。活性化されたFGFRは細胞質内のRas/Raf/MeK経路を介してシグナルを媒介してMAPキナーゼを活性化し、次にシグナル伝達を誘導する(非特許文献7)。FGFファミリー中、FGF2はbasic FGF(bFGF)とも呼ばれ、主にFGFR 1b、FGFR 1c、FGFR 2c、FGFR 3c、FGFR4Δに結合し、特にFGFR 1c及びFGFR 3cを強く活性化させる。FGFR 1c及びFGFR 3cの活性剤、FGF1、FGF4、FGF8、FGF9、FGF17、FGF19などを代替物質として使用することができるが、これに限定されない。
【0055】
本発明において、任意のFGFシグナル伝達経路活性剤は、FGFシグナル伝達を刺激することができる限り、制限なく使用され得る。その例としてFGFR 1c又はFGFR 3cを活性剤として含んでもよく、FGF1、FGF2、FGF4、FGF8、FGF9、FGF17又はFGF19などがあるが、これらに限定されない。本発明の一実施例では、FGF2を使用した。
【0056】
本発明において、前記網膜前駆細胞から未成熟網膜神経節細胞へと分化を誘導させる培地に使用されるFGFシグナル伝達経路活性剤の濃度は0.01〜100ng/mlであり、具体的には0.1〜50ng/mlであり、より具体的には1〜20ng/mlであり、最も具体的には5ng/mlであるが、特にこれに限定されるものではない。
【0057】
また、前記(a)段階の網膜前駆細胞は、幹細胞をIGF1R活性剤、Wntシグナル伝達経路阻害剤及びBMPシグナル伝達経路阻害剤を含む培地で培養し、浮遊凝集体の形態の眼球領域前駆体(eye field precursor)に分化させる(a')段階;及び(a')段階の浮遊凝集体の形態の眼球領域前駆体を、(a')段階の培地にFGFシグナル伝達経路活性剤を添加して調製した培地中で培養して網膜前駆細胞に分化させる(b')段階により得ることができる。
【0058】
幹細胞は、網膜前駆細胞に分化することができれば特に限定されず、骨髄幹細胞(bone
marrow stem cell、BMS)、臍帯幹細胞(cord blood stem cell)、羊水性幹細胞(amniotic fluid stem cell)、脂肪幹細胞(fat stem cell)、網膜幹細胞(retinal stem
cell、RSC)、網膜内ミューラー膠細胞、胚性幹細胞(embryonic stem cell、ESC)、誘導多能性幹細胞(induced pluipotent stem cell、iPSC)及び体細胞核移植幹細胞(somatic cell nuclear transfer cell、SCNT)からなる群から選択されるものであり得る。
【0059】
これら幹細胞は、IGF1R活性剤、Wntシグナル伝達経路阻害剤及びBMPシグナル伝達経路阻害剤を含む培地で培養することにより、眼球領域前駆体に分化させることができる。ここで、IGF1R活性剤、BMPシグナル伝達経路阻害剤及びその濃度は、未成熟網膜神経節細胞への分化を誘導するために使用される前記培地におけるものと同じである。
【0060】
本発明における用語、「Wntシグナル伝達経路阻害剤」とは、細胞外Wntタンパク質と膜タンパク質Frizzled受容体又は共受容体LRPとの間の相互作用を妨害するか、又は細胞内Wnt媒介シグナル伝達を阻害する因子をいう。Wntシグナル伝達経路阻害剤は、Wntにより媒介されるシグナル伝達経路を抑制するものであれば、特に限定されない。Wntシグナル伝達経路阻害剤の例は、共受容体LRPの抑制剤である、Dkk(Dickkopf)ファミリー(Dkk-1、Dkk-2、Dkk-3及びDkk-4)、Wise、Wnt受容
体阻害剤(sFRP:secreted Frizzled-related protein)ファミリー、FrizzledのCRD結合ドメイン(Frizzled-CRD domain)、WIF−1(Wnt inhibitory factor-1)、IWP−2、IWP−3、IWP−4、サーベラス、Wnt抗体、ドミナントネガティブWntタンパク質、Axinの過発現、GSK(グルコゲン合成酵素キナーゼ)の過発現、ドミナントネガティブTCF、Dishevelledドミナントネガティブ又はカゼインキナーゼ阻害剤(CKI−7、D4476など)などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。本発明の実施例では、Dkk−1を使用した。
【0061】
さらに、Wntシグナル伝達は、Wntシグナル伝達経路阻害剤に加えて、RNAiのようなWnt経路に関与する各成分を抑制することによって阻害され得る。
【0062】
該培地において、幹細胞を眼領域前駆細胞を介して網膜前駆細胞に分化させるために使用されるWntシグナル伝達経路阻害剤の濃度は、0.01〜10,000ng/mlであり得るが、特にこれに限定されるものではない。
【0063】
本発明における用語、「眼球領域前駆体(eye field precursor)」とは、 胎児発生期分化過程で前脳神経板の眼球領域の前駆体に見出される特定のマーカー(眼球領域転写因子;非特許文献8)を発現する細胞を指す。前記眼球領域前駆体は、Six3、Rax、Pax6、Otx2、Lhx2及びSix6からなる群から選択されたマーカーが1つ以上、2つ以上、又は3つ以上発現する特徴を有することができるが、これに限定されない。
【0064】
前記眼球領域前駆体は、浮遊凝集体の形態を有する。ここで、前記浮遊凝集体は、胚芽幹細胞のコロニーをマウス繊維芽細胞(embryonic fibroblasts、MEF)栄養細胞株及び血清の供給なしに非接着性の培養器で少なくとも1日間培養したときに形成される培地内の浮遊細胞塊をいう。供給される培地の組成に応じて、前記眼球領域前駆体は眼球領域転写因子を発現することができる。
【0065】
また、(a’)段階は1日〜30日間行われ、そして(b’)段階は5日〜15日間行われることができるが、これに限定されない。
【0066】
本発明において、(b’)段階の眼球領域前駆体の浮遊凝集体は、ポリ−D−リジン、ラミニン、ポリ−L−リジン、マトリゲル(matrigel)、アガー(agar)、ポリオルニチン(polyornithine)、ゼラチン、コラーゲン、フィブロネクチン(fibronectin)及びビトロネクチン(vitronectin)からなる群から選択される細胞外基質でコーティングされたプレートに接着された状態で培養されるものであり得る。
【0067】
前記プレートに接着する浮遊凝集体当たりの細胞群は、最適の効率を示す細胞数である。眼球領域前駆体の浮遊凝集体は200〜400個の細胞で構成されてもよいが、これに限定されない。
【0068】
また、前記(a’)段階の培地は、IGF1R活性剤、Wntシグナル伝達経路阻害剤及びBMPシグナル伝達経路阻害剤以外にも、10%のノックアウト血清代替剤及び1%のB27サプリメントをさらに含むDMEM/F12培地であり得る。
【0069】
一方、前記(b’)段階の培地は、前述のIGF1R活性剤、Wntシグナル伝達経路阻害剤、BMPシグナル伝達経路阻害剤及びFGFシグナル伝達経路活性剤以外にも、1%のB27サプリメント及び1%のN2サプリメントをさらに含むDMEM/F12培地であり得る。
【0070】
本発明の方法において、(b)段階は、(a)段階で分化した未成熟網膜神経節細胞を培養する段階である。未成熟網膜神経節細胞は(b)段階を通じて成熟網膜神経節細胞に分化することができる。
【0071】
成熟網膜神経節細胞への高効率の分化のために、(b)段階で使用される培地は(a)段階の培地に含まれていたWntシグナル伝達経路活性剤が含まれていないことを特徴とする。
【0072】
より具体的には、(b)段階は、(a)段階の培地からBMPシグナル伝達経路阻害剤、FGFシグナル伝達経路活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を除去することにより製造された培地で、前記(a)段階の細胞を培養する段階であり、より具体的には、(a)段階の培地からBMPシグナル伝達経路阻害剤、FGFシグナル伝達経路活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を除去し、Shh(sonic hedgehog)シグナル伝達経路活性剤をさらに添加して製造した培地で前記(a)段階の細胞を培養する段階であり得る。
【0073】
また、(b)段階は、(i)(a)段階の培地からWntシグナル伝達経路活性剤を除去し、IGF1R活性剤、BMPシグナル伝達経路阻害剤及びFGFシグナル伝達経路活性剤を含む培地で未成熟網膜神経節細胞を培養する段階と、(ii)(i)段階の培地からBMPシグナル伝達経路阻害剤及びFGFシグナル伝達経路活性剤を除去し、Shh(sonic hedgehog) シグナル伝達経路活性剤をさらに添加した培地で未成熟網膜神経節細胞を培養する段階を含むものであり得る。
【0074】
一方、本発明で使用される用語、「除去」とは、除去の対象となる物質を含まない培地を使用するという意味と解釈することができる。
【0075】
また、前記培地は、前述の物質以外に、1%のB27サプリメント及び1%のN2サプリメントを含むDMEM/F12培地であることができるが、これに限定されない。
【0076】
本発明における用語、「Shh(sonic hedgehog)シグナル伝達経路活性剤」とは、Shhシグナル伝達経路を誘導又は活性化する物質をいう。Shhは、胚発生期中、細胞の運命決定、極性、形態、増殖、分化などの多様な過程を調節するシグナル伝達経路物質として知られている(非特許文献9)。Shhシグナル伝達経路は、2つの膜貫通タンパク質であるPtc(Patched)及びSmo(Smoothened)含む。Shhがない場合、PtcはSmoと相互作用してSmoを阻害する。一方、Shhが存在する場合、ShhはPtcと結合し、Smoはもはや抑制されず、細胞質内のCi/Gliタンパク質は核内に流入され、標的遺伝子の転写活性剤として作用する。Shhシグナル伝達経路活性剤は、Shhにより媒介されるシグナル伝達経路を増強することができるものであれば、特に限定されない。Shhシグナル伝達経路活性剤としては、例えば、ヘッジホッグファミリーに属するタンパク質(例えば、Shh)、Smoに対するPtcの抑制作用の阻害剤、Smo受容体の活性剤、Shh受容体活性剤(例えば、Hg−Ag、プルモルファミン(Purmorphamine)など)、Ci/Gliファミリーレベルを増加させる物質、Ci/Gliタンパク質の細胞内分解抑制剤、及びトランスフェクションによるShh過発現構成物又はCi/Gli過発現構成物などを含むことができる。
【0077】
本発明において、Shhシグナル伝達経路を活性化させるものであれば、いかなるShhシグナル伝達経路活性剤も使用することができる。例えば、Shh、Smo受容体の活性剤、Smoに対するPtcの抑制作用の阻害剤、Ci/Gliファミリーレベルを増加させる物質、Ci/Gli因子の細胞内分解阻害剤、及びShh受容体活性剤であるHg−Ag又はプルモルファミンを含んでもよいが、これに限定されない。前記Shhシグナル伝達経路活性剤のより具体的な例としては、Shh又はプルモルファミンを挙げること
ができる。
【0078】
本発明において、成熟網膜神経節細胞を未成熟網膜神経節細胞に分化させるために使用された培地内のShhシグナル伝達経路活性剤の濃度は0.1〜5000ng/mlであり、具体的には1〜2,500ng/mlであり、より具体的には10〜1,000ng/mlであり、最も具体的には250ng/mlであるが、特にこれに限定されない。
【0079】
(b)段階は1〜120日間行うことができる。
【0080】
成熟網膜神経節細胞への高効率の分化のために、前記方法は、前記(b)段階の培地にRA(retinoic acid)を添加して製造した培地で、(b)段階で培養された細胞を培養する段階をさらに含むことができる。
【0081】
本発明における用語、「RA(retinoic acid)」とは、親油性(lipophilic)分子であり、ビタミンAの代謝産物をいう。RAにはオールトランスレチノイン酸(all-trans retinoic acid)及び9−シスレチノイン酸(9-cis retinoic acid)の2種類がある。RAは、核内に流入され、それぞれRARs(Retinoic acid Receptors、レチノイン酸受容体)及びRXR(Retinoid X Receptor、レチノイドX受容体)と結合して標的遺伝子の転写を調節するが、これに制限されない。
【0082】
本発明の方法に使用されるRAは、トランス型レチノイン酸及びシス型レチノイン酸であることができ、使用されるRAの濃度は0.5〜10,000nM、具体的には5〜5,000nMであり、より具体的には50〜2,000nM、さらに具体的には500nMであることができるが、特にこれに限定されない。
【0083】
(c)段階は1〜120日間行われることができるが、これに限定されない。
【0084】
本発明の方法は、前記(c)段階の培地からIGF1R活性剤、Shhシグナル伝達経路活性剤及びRAからなる群から選択された1つ以上、2つ以上又は3つ以上を除去、より具体的には、IGF1R活性剤、Shhシグナル伝達経路活性剤及びRAすべてを除去して製造した培地で未成熟網膜神経節細胞又は成熟網膜神経節細胞を培養する(d)段階をさらに含むことができる。
【0085】
本発明の実施例において、成熟が進められた未成熟網膜神経節細胞は、IGF1R活性剤、Shhシグナル伝達経路活性剤及びRAを全てがない培地で培養される場合にも、前記成分を全て含む培地で培養された場合と同等程度の成熟度を示した。
【0086】
また、本発明の方法は、前述の段階を行った後、目的とする細胞、例えば、(a)段階を行った後に未成熟網膜神経節細胞の分化有無を判定する、又は(b)、(c)又は(d)段階を行った後に成熟網膜神経節細胞の分化有無を判定する段階を含むことができる。
【0087】
目的とする細胞、具体的に未成熟網膜神経節細胞及び成熟網膜神経節細胞の分化有無は、前記細胞に特異的なマーカー遺伝子発現の測定、及び/又は形態学的特徴及び/又は生理学的特性を確認して決定することができる。
【0088】
前記マーカー遺伝子の発現の測定は、前記マーカー遺伝子のmRNA又はタンパク質の発現レベルを測定することにより行うことができ、前記発現レベルの測定は、当業界において公知となった多様な方法を用いて行うことができる。
【0089】
mRNAレベルでマーカー遺伝子発現を分析する任意の技術は、当技術分野で公知のm
RNAを解析する方法であれば特に限定されない。例えば、逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応、競争的逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応、リアルタイム逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応、RNase保護分析法、ノーザンブロッティング及びDNAチップアッセイが挙げられる。
【0090】
また、タンパクレベルでマーカー遺伝子発現を分析する任意の技術は、当技術分野で公知のタンパク質を解析する方法であれば特に限定されない。例えば、ウェスタンブロット、ELISA、放射線免疫分析、放射免疫拡散法、オクタロニー免疫拡散法、ロケット免疫電気泳動、免疫組織染色法、免疫沈降分析法、補体固定分析法、フローサイトメトリー分析法(FACS)及びタンパク質チップアッセイが挙げられる。
【0091】
本発明の方法により分化された前記成熟網膜神経節細胞は、前分化性網膜前駆細胞に比べて、下記特徴中の1つ以上を示すことができる。
【0092】
(1)Brn3Bの発現増加;(2)Brn3Aの発現増加;(3)Islet1の発現増加;(4)NF200の発現増加;(5)TuJ1の発現増加;(6)Thy1.2の発現増加;(7)TrkBの発現増加;(8)NMDAR1の発現増加;(9)Map2の発現増加;(10)Vglut1の発現増加;(11)PSD−95の発現増加;(12)シナプトフィジンの発現増加;及び(13)シナプシン1の発現増加。
【0093】
前記遺伝子の発現レベルの増加又は減少は、前記遺伝子がコードするタンパク質に対する抗体を使用する、又はRT−PCRなどの当業者に周知の方法を用いて確認することができる。前記特性を多く有するほど分化した細胞は成熟網膜神経節細胞により近いと定義される。前記成熟網膜神経節細胞は、前記特性の中で、1つ以上、具体的には2つ以上、より具体的には3つ以上、より具体的には4つ以上、最も具体的には5つ以上を有する細胞であることが望ましい。本発明の方法で分化させた細胞の約40%、60%、80%、90%、95%又は98%以上が、目的とする特性を有する細胞であることが好ましく、割合が増加するほどより好ましいが、これに制限されない。
【0094】
本発明のもう一つの態様は、未成熟網膜神経節細胞をIGF1R活性剤及びShhシグナル伝達経路活性剤を含む培地で培養する段階を含む、未成熟網膜神経節細胞を成熟網膜神経節細胞に分化させる方法を提供する。
【0095】
前記未成熟網膜神経節細胞、IGF1R活性剤、Shhシグナル伝達経路活性剤及び成熟網膜神経節細胞については、前記で説明したとおりである。
【0096】
未成熟網膜神経節細胞を成熟網膜神経節細胞に分化させる方法に適用されない培地は、Wntシグナル伝達経路活性剤を含まないことを特徴とする。
【0097】
方法において、前記IGF1R活性剤は、特にこれに限定されないが、具体的には0.01〜100ng/mlであり、より具体的には0.1〜50ng/ml、より具体的には1〜20ng/mlであり、最も具体的には10ng/mlの濃度で使用することができる。
【0098】
方法において、前記Shhシグナル伝達経路活性剤は、特にこれに限定されないが、0.1〜5000ng/mlであり、具体的には1〜2,500ng/mlであり、より具体的には10〜1000ng/mlであり、最も具体的には250ng/mlの濃度で使用することができる。
【0099】
また、前記培地は、前述の物質以外に、1%のB27サプリメント及び1%のN2サプ
リメントを含むDMEM/F12培地であることができるが、これに限定されない。
【0100】
前記方法は、前記IGF1R活性剤及び前記Shhシグナル伝達経路活性剤を含む培地にRA(retinoic acid)を添加して製造した培地で未成熟網膜神経節細胞を培養する段階をさらに含むことができる。ここで、「添加」とは、培地に物質を加える以外に、既存の培地組成に前記物質を含む培地で既存の培地を交換したという意味とも解釈することができる。
【0101】
ここで、RAは、前記で説明したとおりであり、使用するRAの濃度は0.5〜10,000nM、具体的には5〜5,000nMであり、より具体的には50〜2,000nM、さらに具体的には500nMであることができるが、特にこれに限定されない。
【0102】
前記方法は、前述の培地からIGF1R活性剤、Shhシグナル伝達経路活性剤及びRAからなる群から選択された1以上の成分、より具体的には、IGF1R活性剤、Shhシグナル伝達経路活性剤及びRAを全て除去して製造した培地で未成熟網膜神経節細胞又は成熟網膜神経節細胞を培養する段階をさらに含むことができる。
【0103】
本発明のもう一つの態様は、前述の方法により製造された未成熟網膜神経節細胞及び成熟網膜神経節細胞を提供する。
【0104】
前記方法、前記未成熟網膜神経節細胞及び前記成熟網膜神経節細胞については、先に説明したとおりである。
【0105】
本発明のもう一つの様態は、(a)前記成熟網膜神経節細胞に分化して得られた単離された成熟網膜神経節細胞を成熟網膜神経節細胞の死滅抑制剤候補又は増殖促進剤候補で処理する段階;及び(b)非候補治療群と比較して、候補物質が成熟網膜神経節細胞の死滅を阻害する、又は成熟網膜神経節細胞の増殖を促進する場合、前記候補物質が成熟網膜神経節細胞の死滅阻害剤又は増殖促進剤であることを決定する段階を含む、成熟網膜神経節細胞の死滅抑制剤又は増殖促進剤をスクリーニングする方法を提供する。
【0106】
前記成熟網膜神経節細胞に分化させる方法及び成熟網膜神経節細胞については、先に説明したとおりである。
【0107】
(a)段階は、本発明により成熟網膜神経節細胞に分化する前記方法により得られた、分離された成熟網膜神経節細胞に成熟網膜神経節細胞の死滅抑制又は増殖促進候補物質を処理する段階である。
【0108】
前記候補物質を処理した成熟網膜神経節細胞は、特にこれに限定されないが、健康な人又は患者から由来した幹細胞に、本発明の方法を適用して分化させた成熟網膜神経節細胞であることができる。
【0109】
本発明における用語、「成熟網膜神経節細胞の死滅抑制剤」とは、成熟網膜神経節細胞の死滅を抑制することができる物質を意味する。具体的には、前記死滅抑制剤は成熟網膜神経節細胞の死滅誘導条件に適用した場合、適用しない場合と比較して、成熟網膜神経節細胞の死滅程度を減少させる物質を含むことができる。前記死滅抑制剤の種類は、特に制限されず、化合物、タンパク質、ペプチド、及び核酸を含む。
【0110】
本発明における用語、「成熟網膜神経節細胞の増殖促進剤」とは、成熟網膜神経節細胞の増殖を誘導又は促進させることができる物質を意味する。具体的には、前記増殖促進物質は、成熟網膜神経節細胞に適用した場合、適用しない場合と比較して、成熟網膜神経節
細胞の増殖程度を増加させる物質を含むことができる。前記増殖促進物質の種類は、特に制限されず、化合物、タンパク質、ペプチド、又は核酸を含む。
【0111】
また、本発明の方法は、(b) 候補物質の非処理群に比べて、前記候補物質が成熟網膜神経節細胞の死滅を抑制する、又は成熟網膜神経節細胞の増殖を促進する場合、それぞれ成熟網膜神経節細胞の死滅抑制剤又は増殖促進剤であると判定する。 また、前記成熟網膜神経節細胞の死滅抑制剤又は増殖促進剤は、緑内障又は視神経病症の治療剤であることができる。
【0112】
本発明における用語、「緑内障」とは、網膜神経節細胞の損失を伴う視神経の損傷を有する疾患をいう。
【0113】
本発明における用語、「視神経病症」とは、網膜を構成する神経節細胞及びその軸索が徐々に消失され誘導される視野障害が発生する疾患をいう。前記視神経病症は視神経炎、虚血性視神経病症、中毒−栄養視神経病症、遺伝性視神経病症及び視神経萎縮を含む。
【0114】
前述のように、緑内障及び視神経病症は、網膜神経節細胞の損失を伴う疾患であるため、網膜神経節細胞の死滅を抑制する、増殖を促進することができる物質は、緑内障又は視神経病症の治療剤として使用することができる。
【0115】
本発明のもう一つの様態は、前述した本発明による方法で製造された成熟網膜神経節細胞を含む、成熟網膜神経節細胞の死滅抑制剤又は増殖促進剤をスクリーニングするためのキットを提供する。また、前記キットは、緑内障又は視神経病症の治療剤をスクリーニングするために使用することができる。
【0116】
前記成熟網膜神経節細胞、死滅抑制剤及び増殖促進剤は、先に説明したとおりである。
【0117】
前記キットは、当技術分野で公知の成熟網膜神経節細胞に加えて、網膜神経節細胞の死阻害剤又は増殖促進剤をスクリーニングすることができる様々なツールおよび/又は試薬を含み得る。必要に応じて、各成分を混合するためのチューブ、ウェルプレート、及びそれらの使用を説明する取扱説明書をさらに含んでもよい。
【0118】
前記方法において使用することができる実験の過程、試薬及び反応条件は、当業界において公知となったものを利用することができ、これは当業者に自明である。
【0119】
本発明のもう一つの様態は、前述の本発明の方法により生成された成熟網膜神経節細胞を含む、緑内障又は視神経病症の治療用薬学的組成物を提供する。
【0120】
前記成熟網膜神経節細胞、緑内障及び視神経病症については、先に説明したとおりである。
【0121】
本発明の前記薬学的組成物の使用は、幹細胞、例えば、ヒト胚性幹細胞又は誘導多能性幹細胞から成熟網膜神経節細胞への分化をインビトロで誘導し、成熟網膜神経節細胞を大量に増殖及び分化させた後、前記疾患を有する患者に投与する。前記薬学的組成物は当業界において一般的な剤形、例えば、注射剤の形態で製剤化することができる。前記組成物は外科手術的に網膜部位に直接移植するか、又は静脈内注射して網膜部位に移動させることができる。本発明の薬学的組成物は、移植する時の免疫拒絶反応が起こらないように、免疫抑制剤をさらに含むことができる。また、前記組成物は、薬学的に許容可能な担体をさらに含むことができる。本発明の治療用組成物の投与量は、患者の重症度、投与経路、投与方法、投与回数、治療期間、患者の年齢及び性別、及び疾病の程度に応じて変わるこ
とができ、医学分野において周知の様々な要因に従って、当業者によって容易に決定され得る。
【0122】
本発明のもう一つの様態は、本発明の方法により製造した成熟網膜神経節細胞を緑内障又は視神経病症が疑われる個体に投与する段階を含む、緑内障又は視神経病症の治療方法を提供する。
【0123】
前記方法、成熟網膜神経節細胞、緑内障及び視神経病症については、先に説明したとおりである。
【0124】
本発明の成熟網膜神経節細胞は、任意の動物に投与することができ、前記動物はヒト及び霊長類だけでなく、牛、豚、羊、馬、犬、マウス、ラット及び猫などの家畜を含む。
【0125】
本発明における用語、「投与」とは、適切な方法により、分化した細胞の移植を含む、緑内障又は視神経病症が疑われる個体に本発明の組成物を導入することを意味する。本発明の組成物の投与経路は、目的組織に到達することができれば、多様な経路を通じて投与されることができ、網膜内注射が望ましい。
【0126】
本発明のもう一つの様態は、(a)網膜前駆細胞をIGF1R(insulin-like growth factor-1 receptor)活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を含む培地で培養して未成熟網膜神経節細胞に分化させる段階;及び(b)前記(a)段階の培地からWntシグナル伝達経路活性剤を除去し、IGF1R活性剤を添加して製造した培地で未成熟網膜神経節細胞を培養する段階を含む、成熟網膜神経節細胞株を製造する方法を提供する。
【0127】
前記培地は、Shhシグナル伝達経路活性剤又はRA(retinoic acid)、又は両方をさらに含むものであり得る。
【0128】
また、前記方法は、前記IGF1R活性剤及びShhシグナル伝達経路活性剤を含む培地で培養した細胞を分離した後、(i)L−グルタミン、メルカプトエタノール及びインスリン/トランスフェリン/セレ二ウム−Xを含む培地、又は(ii)L−グルタミン、メルカプトエタノール、FGF2、IGF−1及びEGFを含む培地で前記細胞を培養する段階をさらに含むことができる。前記培地は、具体的には、L−グルタミン、メルカプトエタノール、及びインスリン/トランスフェリン/セレ二ウム−Xを含むIMDM培地、又はL−グルタミン、メルカプトエタノール、FGF2、IGF−1及びEGFを含むIMDM培地であり得る。本発明の一実施例では、IMDM、15%のFBS、1mMのL−グルタミン、0.1mMのメルカプトエタノール及び1%のインスリン/トランスフェリン/セレン−Xを含む培地1、及びIMDM、15%のFBS、1mMのL−グルタミン、0.1mMのメルカプトエタノール、5 ng/mLのFGF2、10ng/mLのIGF−1及び5ng/mLのヒト組換えEGFを含む培地2を使用した。