特許第6493938号(P6493938)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6493938幹細胞を網膜神経節細胞に分化させる方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6493938
(24)【登録日】2019年3月15日
(45)【発行日】2019年4月3日
(54)【発明の名称】幹細胞を網膜神経節細胞に分化させる方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/079 20100101AFI20190325BHJP
   C12N 5/0793 20100101ALI20190325BHJP
   C12N 5/0797 20100101ALI20190325BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20190325BHJP
   A61P 27/06 20060101ALI20190325BHJP
   A61P 27/00 20060101ALI20190325BHJP
【FI】
   C12N5/079
   C12N5/0793
   C12N5/0797
   C12Q1/02
   A61P27/06
   A61P27/00
【請求項の数】39
【全頁数】42
(21)【出願番号】特願2017-531436(P2017-531436)
(86)(22)【出願日】2015年8月27日
(65)【公表番号】特表2017-528163(P2017-528163A)
(43)【公表日】2017年9月28日
(86)【国際出願番号】KR2015009004
(87)【国際公開番号】WO2016032263
(87)【国際公開日】20160303
【審査請求日】2017年3月23日
(31)【優先権主張番号】10-2014-0112638
(32)【優先日】2014年8月27日
(33)【優先権主張国】KR
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】513246872
【氏名又は名称】ソウル大学校産学協力団
【氏名又は名称原語表記】SEOUL NATIONAL UNIVERSITY R&DB FOUNDATION
(73)【特許権者】
【識別番号】504314133
【氏名又は名称】ソウル ナショナル ユニバーシティ ホスピタル
(74)【代理人】
【識別番号】100166372
【弁理士】
【氏名又は名称】山内 博明
(72)【発明者】
【氏名】パク ソン ソプ
(72)【発明者】
【氏名】キム ジ ヨン
【審査官】 飯室 里美
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/043591(WO,A1)
【文献】 IOVS, 2010, Vol.51, p.5970-5978
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)網膜前駆細胞(retinal progenitor cell)をIGF1R(insulin-like growth
factor-1 receptor)活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を含む培地で培養して未成熟網膜神経節細胞(imMature retinal ganglion cell)に分化させる段階と、
(b)未成熟網膜神経節細胞を(a)段階の培地のWntシグナル伝達経路活性剤を含まない培地中で培養する段階と、
を含む幹細胞を成熟網膜神経節細胞(Mature retinal ganglion cell)に分化させ、成熟網膜神経節細胞を製造する方法。
【請求項2】
前記(a)段階の培地が、IGF1R活性剤、BMP(bone morphogenetic protein)シグナル伝達経路阻害剤、FGF(fibroblast growth factor)シグナル伝達経路活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を含むものである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記(b)段階が、前記(a)段階の培地からBMPシグナル伝達経路阻害剤、FGFシグナル伝達経路活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を除去し、Shh(sonic hedgehog)シグナル伝達経路活性剤を添加した培地で未成熟網膜神経節細胞を培養するものである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
(c)前記(b)段階の培地にRA(retinoic acid)を添加した培地中で未成熟網膜神経節細胞を培養する段階をさらに含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記(b)段階が、
(i)前記(a)段階の培地からWntシグナル伝達経路活性剤を除去した培地で未成熟網膜神経節細胞を培養する段階と、
(ii)前記(i)段階の培地からBMPシグナル伝達経路阻害剤及びFGFシグナル伝達経路活性剤を除去し、Shh(sonic hedgehog) シグナル伝達経路活性剤を添加した培地で未成熟網膜神経節細胞を培養する段階と、
を含むものである、請求項2に記載の方法。
【請求項6】
(c)前記(b)段階の(ii)段階の培地にRA(retinoic acid)を添加した培地で未成熟網膜神経節細胞を培養する段階をさらに含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
(d)前記(c)段階の培地からIGF1R活性剤、Shhシグナル伝達経路活性剤及びRAからなる群から選択された1以上を除去した培地で未成熟網膜神経節細胞又は成熟網膜神経節細胞を培養する段階をさらに含む、請求項4又は6に記載の方法。
【請求項8】
前記(a)段階の網膜前駆細胞が、
(a’)幹細胞をIGF1R活性剤、Wntシグナル伝達経路阻害剤及びBMPシグナル伝達経路阻害剤を含む培地で培養し、浮遊凝集体の形態の眼球領域前駆体に分化させる段階と、
(b’)前記(a’)段階の浮遊凝集体の形態の眼球領域前駆体を(a’)段階の培地にFGFシグナル伝達経路活性剤を添加した培地で培養し、網膜前駆細胞に分化させる段階と、
を含む方法により得られる、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記(a’)段階が1〜30日間行われ、前記(b’)段階が5〜15日間行われる、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記幹細胞が、骨髄幹細胞(bone marrow stem cell、BMS)、臍帯幹細胞(cord blood
stem cell)、羊水性幹細胞(amniotic fluid stem cell)、脂肪幹細胞(fat stem cell)、網膜幹細胞(retinal stem cells、RSCs)、網膜内ミューラーグリア細胞、胚性幹細胞(embryonic stem cells、ESCs)、誘導多能性幹細胞(induced pluipotent stem cells、iPSCs)及び体細胞核移植幹細胞(somatic cell nuclear transfer cells、SCNTs)からなる群から選択されるものである、請求項8に記載の方法。
【請求項11】
前記(a)段階が1〜10日間行われ、前記(b)段階が1〜120日間に行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
未成熟網膜神経節細胞をIGF1R(insulin-like growth factor-1 receptor)活性剤及びShh(sonic hedgehog)シグナル伝達経路活性剤を含む培地で培養する段階を含む、未成熟網膜神経節細胞を成熟網膜神経節細胞に分化させ、成熟網膜神経節細胞を製造する方法であって、
前記培地はWntシグナル伝達経路活性化剤を含まない方法
【請求項13】
IGF1R活性剤、Shhシグナル伝達経路及びRA(retinoic acid)を含む培地で未成熟網膜神経節細胞を培養する段階をさらに含む、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記IGF1R活性剤がIGF−1又はIGF−2である、請求項1又は12に記載の方法。
【請求項15】
前記培地内IGF1R活性剤の濃度が0.01〜100ng/mlである、請求項1又は12に記載の方法。
【請求項16】
前記Wntシグナル伝達経路活性剤が、Wnt1、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11、Wnt16b;β-カテニン(β−catenin)レベルを増加させる物質;リチウム、LiCl、2価の亜鉛(bivalent Zn)、BIO(6-bromoindirubin-3’-oxime)、SB216763、SB415286、CHIR99021、QS11水和物、TWS119、 ケンパウロン(kenpaullone)、アルステルパウロン(alsterpaullone)、インジルビン−3−オキシム(indirubin-3-oxime)、TDZD−8及びRo 31−8220メタンスルホン酸塩(Ro 31-8220 methanesulfonate salt)のようなGSK3(glycogen synthase kinase 3)阻害剤;Axin阻害剤;APC(adenomatous polyposis coli)阻害剤;ノリン(norrin)及びR−スポンジン2(R-spondin2)からなる群から選択された1種以上のものである、請求項1に記載の方法。
【請求項17】
前記(a)段階のWntシグナル伝達経路活性剤中、LiCl、BIO(6-bromoindirubin-3’-oxime)及びSB415286を除いたWntシグナル伝達経路活性剤の培地内の濃度が0.01〜500ng/mlであり、前記Wntシグナル伝達経路活性剤中、前記LiClの培地内の濃度が0.1〜50mMであり、前記BIOの培地内の濃度が0.1〜50μMであり、SB415286の培地内の濃度が0.1〜500μMである、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記BMPシグナル伝達経路阻害剤が、ノギン(noggin)、コーディン(chordin)、ツイステッド嚢胚形成因子(Twisted gastrulation、Tsg)、サーベラス(cerberus)、ココ(Coco)、グレムリン(gremlin)、PRDC(Protein related to DAN and Cerberus)、DAN(differential screening-selected gene aberrative in neuroblastoma)、ダンテ(dante)、ホリスタチン(follistatin)、USAG−1(uterine sensitization-associated gene 1)、ドルソモルフィン(dorsomorphin)及びスクレロスチン(sclerostin)からなる群から選択された1種以上のものである、請求項2又は8に記載の方法。
【請求項19】
前記培地内のBMPシグナル伝達経路阻害剤の濃度が0.01〜100ng/mlである、請求項2又は8に記載の方法。
【請求項20】
前記FGFシグナル伝達経路活性剤が、FGF1、FGF2、FGF4、FGF8、FGF9、FGF17及びFGF19からなる群から選択された1種以上のものである、請求項2又は8に記載の方法。
【請求項21】
前記培地内のFGFシグナル伝達経路活性剤の濃度が0.01〜100ng/mlである、請求項2又は8に記載の方法。
【請求項22】
前記Shhシグナル伝達経路活性剤が、Shh、Smo(smoothened)受容体活性剤、Ptc(Patched)によるSmo抑制作用の阻害剤、Ci/Gliファミリーレベルを増加させる物質、Ci/Gliタンパク質の細胞内分解抑制剤及びHg−Ag又はプルモルファミン(Purmorphamine)のようなShh受容体活性剤からなる群から選択された1種以上のものである、請求項3、5又は12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項23】
前記培地内のShhシグナル伝達経路活性剤の濃度が0.1〜5000ng/mlである、請求項3、5又は12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項24】
前記培地内のRAの濃度が0.5〜10,000nMである、請求項4、6又は13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項25】
前記Wntシグナル伝達経路阻害剤が、Dkk−1、Dkk−2、Dkk−3及びDkk−4からなる群から選択された1種以上のものである、請求項8に記載の方法。
【請求項26】
前記培地内のWntシグナル伝達経路阻害剤の濃度が0.01〜10,000ng/mlである、請求項8に記載の方法。
【請求項27】
分化した細胞が目的とする成熟網膜神経節細胞に分化したかどうかを判定する段階をさらに含む、請求項1又は12に記載の方法。
【請求項28】
前記成熟網膜神経節細胞に分化したかどうかが、Brn3B、Brn3A、Islet−1、NF200、Tuj1、Thy1.2、TrkB、NMDAR1、Map2、Vglut1、PSD−95、シナプトフィジン(Synaptophysin)及びシナプシン1(Synapsin1)からなる群から選択された1種以上の遺伝子のmRNA又はタンパク質の発現レベルを測定することにより決定されるものである、請求項27に記載の方法。
【請求項29】
前記(b’)段階の浮遊凝集体の形態の眼球領域前駆体が、ポリ−D−リジン、ラミニン、ポリ−L−リジン、マトリゲル(matrigel)、アガー(agar)、ポリオルニチン(polyornithine)、ゼラチン、コラーゲン、フィブロネクチン(fibronectin)及びビトロネクチン(vitronectin)からなる群から選択された細胞外基質でコーティングされたプレートに接着された状態で培養されたものである、請求項8に記載の方法。
【請求項30】
前記(a’)段階の培地が、DMEM/F12、10%のノックアウト血清代替剤及び1%のB27サプリメントをさらに含むものであり、前記(b’)段階の培地が、DMEM/F12、1%のB27サプリメント及び1%のN2サプリメントをさらに含むものである、請求項8に記載の方法。
【請求項31】
前記(a)と(b)段階の培地が、DMEM/F12、1%のB27サプリメント及び1%のN2サプリメントをさらに含むものである、請求項1に記載の方法。
【請求項32】
前記未成熟網膜神経節細胞が、(i)Brn3B、Brn3A、Islet−1、NF200及びTuj1からなる群から選択された1種以上の遺伝子、及び(ii)Math5遺伝子を発現するものである、請求項1又は12に記載の方法。
【請求項33】
前記方法により得られた成熟網膜神経節細胞が、全細胞の60〜95%、又はそれ以上を占めるものである、請求項1又は12に記載の方法。
【請求項34】
(a)網膜前駆細胞(retinal progenitor cell)をIGF1R(insulin-like growth
factor-1 receptor)活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を含む培地で培養して未成熟網膜神経節細胞(imMature retinal ganglion cell)に分化させる段階と、
(b)未成熟網膜神経節細胞を成熟網膜神経節細胞を得るために(a)段階の培地のWntシグナル伝達経路活性剤を含まない培地中で培養する段階と、
(c)段階(b)から得られた成熟網膜神経節細胞に成熟網膜神経節細胞の死滅抑制又は増殖促進の候補物質を処理する段階と、
(d)候補物質の非処理群に比べて、前記候補物質が成熟網膜神経節細胞の死滅を抑制する、又は成熟網膜神経節細胞の増殖を促進する場合、それぞれ成熟網膜神経節細胞の死滅抑制剤又は増殖促進剤と判定する段階と、
を含む成熟網膜神経節細胞の死滅抑制剤又は増殖促進剤をスクリーニングする方法。
【請求項35】
前記成熟網膜神経節細胞の死滅抑制剤又は増殖促進剤が、緑内障又は視神経病症の治療剤である、請求項34に記載の方法。
【請求項36】
(a)成熟網膜神経節細胞を得るために未成熟網膜神経節細胞をIGF1R(insulin-like growth factor-1 receptor)活性剤及びShh(ソニックヘッジホッグ)シグナル伝達経路活性化剤を含む培地中で未成熟網膜神経節細胞(imMature retinal ganglion cell)を培養する段階と、
(b)段階(a)から得られた前記成熟網膜神経節細胞に成熟網膜神経節細胞の死滅抑制又は増殖促進の候補物質を処理する段階と、
(c)候補物質の非処理群に比べて、前記候補物質が成熟網膜神経節細胞の死滅を抑制する、又は成熟網膜神経節細胞の増殖を促進する場合、それぞれ成熟網膜神経節細胞の死滅抑制剤又は増殖促進剤と判定する段階と、
を含む成熟網膜神経節細胞の死滅抑制剤又は増殖促進剤をスクリーニングする方法。
【請求項37】
(a)IGF1R(insulin-like growth factor-1 receptor)活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を含む培地で網膜前駆細胞を培養して未成熟網膜神経節細胞に分化させる段階と、
(b)前記(a)段階の培地からWntシグナル伝達経路活性剤を除去した培地で未成熟網膜神経節細胞を培養する段階と、
を含む成熟網膜神経節細胞株を製造する方法。
【請求項38】
前記(b)段階の培地が、Shhシグナル伝達経路活性剤又はRA(retinoic acid)、又は両方を含むものである、請求項37に記載の方法。
【請求項39】
前記培養された細胞を分離した後、
(i)IMDM(Iscove’s Modified Dulbecco’s Media)、L−グルタミン、メルカプトエタノール及びインスリン/トランスフェリン/セレニウム−Xを含む培地、又は(ii)IMDM(Iscove’s Modified Dulbecco’s Media)、L−グルタミン、メルカプトエタノール、FGF2、IGF−1及びEGFを含む培地で前記細胞を培養する段階をさらに含む、請求項37又は38に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞を網膜神経節細胞に分化させ、網膜神経節細胞を製造する方法、前記方法で分化させた網膜神経節細胞、前記方法で分化させた網膜神経節細胞を用いて網膜神経節細胞の死滅抑制物質又は増殖促進物質をスクリーニングする方法、前記方法で分化させた網膜神経節細胞を含む、網膜神経節細胞の死滅抑制物質又は増殖促進物質をスクリーニングするためのキット、前記網膜神経節細胞を含む緑内障又は視神経病症の治療用薬学組成物、前記網膜神経節細胞を緑内障又は視神経病症が疑われる個体に投与する段階を含む、緑内障又は視神経病症の治療方法、及び成熟網膜神経節細胞株を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
失明は、医学的に光覚がないことをいい、現在、世界人口の0.2〜0.5%を占める数千万人の患者が苦しんでいる疾患であり、個人的、社会的及び経済的に大きな損失をもたらしている。全世界的に失明の主要原因の一つは、網膜の緑内障及び視神経病症である。緑内障は、最も重要で広く知られている進行性視神経の疾患で、不可逆的に失明につながる疾病である。40歳以上の世界的な緑内障の有病率は約2〜3%を占めるほど非常に高く、世界的に、2010年には約6万人の緑内障患者がおり、2020年には8000万人まで増加すると予想されている(非特許文献1)。社会的に活動する中高年層の緑内障の有病率は2〜3%を示し、人口の年齢とともに患者数が大幅に増加し、社会的、経済的負担となることが予想される。緑内障の治療において、現在、眼圧の低下が臨床で適用される唯一の治療法であるが、かなりの割合の緑内障患者が未だに失明に進行していることが知られている。また、眼圧低下は、緑内障の進行を一部抑制することができる保存的な方法に過ぎず、根本的な治療は不可能と知られている。
一方、視神経病症は、多様な原因による視神経の病症を総称し、視神経炎、虚血性視神経病症、中毒−栄養視神経病症、遺伝性視神経病症、視神経萎縮症などを含む。このうち、視神経の退行と損傷により引き起こされる疾患は、幹細胞療法によって助けられ得る。具体的には、緑内障は、網膜神経節細胞(retinal ganglion cell、RGC)の退行と損傷により発生する。光は、目を通過した後、光受容体細胞で電気信号に変換され、網膜神経節細胞はこれらの電気信号を受けて脳の中枢視神経に伝達する。
一方、幹細胞/再生医療は、緑内障及び視神経病症の最適な治療法になり得る。単一細胞型の退行と損失による疾病は、幹細胞治療の最適な候補である。特に、眼は外科的操作のために非常に容易であり、既に多様な手術方法が確立されており、幹細胞を病変部位に適用するのに困難がなく、また、目は治療薬剤の開発のモデルになることができる。
緑内障及び視神経病症において幹細胞治療の目的は、1)退行及び損傷した網膜神経節細胞(retinal ganglion cells、RGCs)を新たなRGCsに代替し、2)幹細胞治療の傍分泌効果(paracrine effects)として、抗炎症、抗アポトーシス化、神経保護、並びに変性及び損傷したRGCsに対する血管保護の治療効果を誘導し、3)まだ直接治療剤が開発されていない緑内障の治療のために、幹細胞を利用して新薬を選別して開発することにある。このような治療法は、患者由来の多能性幹細胞を利用して個人化された幹細胞の治療につなげることができる。このような治療組成物の開発や治療薬物の開発モデルの開発のために絶対に必要なのは、高効率の網膜神経節細胞の生産である。特に、疾患により変性又は損傷を受けた網膜神経節細胞をin vitroで調製することができず、そのため、正常又は異常な網膜神経節細胞を用いた緑内障及び視神経障害の新薬の開発が不可能であるという問題がある。したがって、幹細胞から網膜神経節細胞を大量に生産することができる場合、緑内障及び視神経病症のような網膜神経節細胞に関連する疾患のモデル構築が可能になり、これに対する薬剤を容易に開発することができる。特に、患者由来−誘導多能性幹細胞から分化させたRGCs(iPSC-RGCs)の生産は、視神経の退行を予防
及び抑制することができる新薬の開発を可能にする。また、本発明者らは、先行特許である特許文献1及び特許文献2を通じて幹細胞から網膜細胞を分化させる方法を開示した。しかし、前記各文献に開示された方法によると、網膜前駆細胞の約6%のみが網膜神経節細胞に分化される。したがって、網膜神経節細胞への分化を最大化する分化方法の開発が依然として求められている。
本発明者らは、ヒト胚性幹細胞から分化した網膜神経節細胞を生産しようしたが、その成績はよくなかった。そこで、本発明者らは、幹細胞から網膜神経節細胞を生成することができる新たな方法を開発するために鋭意努力した結果、遺伝子の移植又は網膜組織との共培養なしに、化学的に規定された培養条件下で、5週間の短期間に高効率でヒト胚性幹細胞を網膜神経節細胞に分化させる方法を開発した。本発明の方法により開発された網膜神経節細胞の数は、ヒト胚性幹細胞の約200倍であり、網膜神経節細胞は優れた神経生理学的な機能を有することを見出し、本発明を完成した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】大韓民国登録特許第10−1268741号公報
【特許文献2】国際公開特許WO2011/043591号明細書
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Quigley HA and Broman AT、Br J Ophthalmol 2006;90:262-267
【非特許文献2】Barres, et al, Neuron. 1988;1:791-803.
【非特許文献3】Pfrieger Barres, Science. 1997;277:1684-7.
【非特許文献4】Ryan & Goss、Oncologist. 2008;13:16-24
【非特許文献5】Yamamoto & Oelgeschlager、Naturwissenschaften. 2004;91:519-34
【非特許文献6】Yanagita、Cytokine Growth Factor Rev.2005;16:309-17
【非特許文献7】Bottcher & Niehrs、Endocr Rev. 2005;26:63-77
【非特許文献8】eye field transcription factors ;Zuber、et al., Development. 2003;130:5155-67
【非特許文献9】Bertrand & Dahmane、Trends Cell Biol.2006;16:597-605
【非特許文献10】Connors et al.,1982;McCormick & Prince、1987
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の一つの目的は、(a)IGF1R(insulin-like growth factor-1 receptor)活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を含む培地中で網膜前駆細胞を培養して未熟な網膜神経節細胞に分化させる段階と、(b) 未成熟網膜神経節細胞を、段階(a)の培地からWntシグナル伝達経路活性剤を除去し、それにIGF1R活性剤を添加することによって調製した培地中で培養する段階と、を含む幹細胞を成熟網膜神経節細胞に分化することにより、成熟網膜神経節細胞を製造する方法を提供することにある。
【0006】
本発明の他の目的は、未成熟網膜神経節細胞をIGF1R活性剤及びShh(sonic hedgehog)シグナル伝達経路活性剤を含む培地で培養する段階を含む、未成熟網膜神経節細胞を成熟網膜神経節細胞に分化させ、成熟網膜神経節細胞を製造する方法を提供することにある。
【0007】
本発明のもう一つの目的は、(a)前述の方法で得られ、分離された成熟網膜神経節細胞を成熟網膜神経節細胞の死滅抑制又は増殖促進候補物質で処理する段階と、(b)非候補治療群と比較して、前記候補物質が成熟網膜神経節細胞の死を阻害するか、又は成熟網膜神経節細胞の増殖を促進する場合、前記候補物質が成熟網膜神経節細胞の死滅阻害剤又は増殖促進剤であると 判定する段階と、を含む成熟網膜神経節細胞の死滅抑制物質又は
増殖促進物質をスクリーニング方法を提供することにある。
【0008】
本発明のもう一つの目的は、前述した本発明の方法により製造された未成熟網膜神経節細胞及び成熟網膜神経節細胞を提供することにある。
【0009】
本発明のもう一つの目的は、前記成熟網膜神経節細胞を含む、成熟網膜神経節細胞の死滅抑制物質又は増殖促進物質をスクリーニングするためのキットを提供することにある。
【0010】
本発明のもう一つの目的は、成熟網膜神経節細胞を含む、緑内障又は視神経病症の治療用薬学的組成物を提供することにある。
【0011】
本発明のもう一つの目的は、緑内障又は視神経病症の疑いのある個体に成熟網膜神経節細胞を投与する段階を含む、緑内障又は視神経病症の治療方法を提供することにある。
【0012】
本発明のもう一つの目的は、(a)網膜前駆細胞をIGF1R活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を含む培地中で培養して未成熟網膜神経節細胞に分化させる段階と、(b)前記(a)段階の培地からWntシグナル伝達経路活性剤を除去し、IGF1R活性剤を添加して製造した培地で未成熟網膜神経節細胞を培養する段階と、を含む成熟網膜神経節細胞株を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記目的を達成するために、本発明の一つの態様として、(a)網膜前駆細胞をIGF1R(insulin-like growth factor-1 receptor)活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を含む培地で培養して未成熟網膜神経節細胞に分化させる段階と、(b)前記(a)段階の培地からWntシグナル伝達経路活性剤を除去し、IGF1R活性剤を添加して製造した培地で未成熟網膜神経節細胞を培養する段階と、を含む幹細胞を成熟網膜神経節細胞に分化させ、成熟網膜神経節細胞を製造する方法を提供する。
【0014】
網膜(retina)は、脊椎動物の中枢神経系内で最もよく研究された器官であり、詳細な形態、神経のシナプス連結、各網膜神経細胞の生理学的現象が数十年間調べられていた。しかし、これとは反対に、網膜神経細胞の構造的の発生及びそれらの多様な機能的メカニズムについてはまだ多くの部分が明らかになっていない。
【0015】
用語、「網膜神経節細胞(retinal ganglion cells、RGCs)」とは、脊椎動物の網膜内に存在する出力(output)神経細胞であり、細胞の軸索(axon)は視神経を形成し、大脳に画像を送る。網膜神経節細胞は、神経系の構成単位であるニューロン、即ち、神経細胞であり、多数の樹状突起と1つの長い繊維性軸索を有する。樹状突起は、他の細胞とシナプスを形成し、神経細胞の電気活性を調節して細胞体内に流れてくる電気的刺激を送信する。軸索は、神経刺激に応答して神経伝達物質を放出する顆粒又は小胞を含む多くの分枝末端を有し、シナプスは、ニューロン間のインパルス伝達のポイントである。神経伝達物質と呼ばれる化学物質は、シナプス間隙を通過し、神経インパルスが維持される。発生過程の中、網膜神経節細胞は多能性網膜前駆細胞から産生される。例えば、マウスの場合、胎生期11.5日(embryonic day(E)11.5)から開始し、出生時0まで(postnatal day(P)0)生成され、E14.5にその生成がピークに至る。主要な増殖期はE14.5〜E17.5の間であることが知られているが、これは動物に応じて変化するが、これに限定されない。
【0016】
前記網膜神経節細胞は、網膜の多様な細胞から視覚情報を脳の視神経の中心に伝達するように機能する。目を通過した光は、光受容体細胞で電気信号に変換され、生成された電気信号は、網膜の多様な神経細胞を経て網膜神経節細胞に伝達される。網膜神経節細胞は
、この信号を受けて脳の視神経中枢に伝達する役割を果たす。
【0017】
網膜神経節細胞の発生は、系統的な遺伝子調節ネットワークにより調節され、 主要な転写因子により発生及び分化が 媒介される
【0018】
前記網膜神経節細胞は、分化の程度に応じて、未成熟網膜神経節細胞及び成熟網膜神経節細胞に分けることができる。
【0019】
前記「未成熟網膜神経節細胞」とは、細胞形態学的特徴及び網膜神経節細胞のタンパク質及び遺伝的マーカー特性を獲得する細胞をいう(非特許文献2)。 前記「成熟網膜神経節細胞」とは、「未成熟網膜神経節細胞」の前記特性をすべて備えた以降のニューロンとして成熟された状態を示す細胞を意味する。即ち、形態学的特徴には、軸索成長、軸索枝化及び軸索リング;樹状突起枝化、樹状突起の階層化、樹状突起のリング;樹状突起の棘突起、シナプスボタン(synaptic bouton)などを有し、プレシナプス又はポストシナプスタンパク質形態のタンパク質及び遺伝的マーカー特徴、及び興奮性神経としての様々な受容体特性を示す。「成熟網膜神経節細胞」の電気生理学的な特徴は、自発性の興奮性ポストシナプスの電流(spontaneous excitatory postsynaptic currents、sEPSCs))の形成であり、これは、網膜神経節細胞間のシナプスの連結を形成することができる機能的な成熟を意味する(非特許文献3 )。
【0020】
前記「未成熟網膜神経節細胞」とは、網膜前駆細胞から網膜神経節細胞への分化の初期段階の細胞を意味する。そのような未成熟網膜神経節細胞は、網膜前駆細胞から網膜神経節細胞になる細胞、又は網膜神経節細胞になる細胞であるが、成熟網膜神経節細胞の形態学的特性及び生理学的特性を完全に有さない細胞である。本発明において、前記未成熟網膜神経節細胞及び早期網膜神経節細胞は混用される。
【0021】
前記「成熟網膜神経節細胞」とは、網膜前駆細胞から網膜神経節細胞への分化の後期段階の網膜神経節細胞、又はすでに分化された網膜神経節細胞をいう。前記成熟網膜神経節細胞は、高周波活動電位を発生する生理学的特性及び長い軸索を有する形態学的特性を有するが、これらに限定されない。
【0022】
網膜神経節細胞が未成熟網膜神経節細胞であるか成熟網膜神経節細胞であるかは、それぞれの細胞に特異的なマーカーの発現レベル、並びに、その形態学的及び生理学的特性(例えば、電気化学的特性)を同定することによって決定することができる。
【0023】
まず、網膜神経節細胞の発生及び分化において重要な役割を担う転写因子は以下のとおりである。網膜神経節細胞の生成に関与する転写因子として、ATOH7(Math5)、Brn3ファミリー(Brn3A、Brn3B、Brn3C)及びIsl1(Islet-1)がある。
【0024】
Math5とも命名されるATOH7は、網膜前駆細胞が網膜神経節細胞になる運命を決定する因子であり、網膜神経節細胞の形成に必須である。したがって、Math5は、好ましくは未成熟網膜神経節細胞で発現される。
【0025】
また、遺伝子ネットワーク上、ATOH7の下流に位置するPOU4F2とPOU4F1(又はそれぞれBrn3BとBrn3Aとも呼ばれる)及びIsl1(Islet-1)は、RGCの発生には必要ではないことが知られており、RGCの分化及び生存のために必要であることが知られている。それらは、網膜神経節細胞の分化の初期段階で発現され、成熟網膜神経節細胞においても発現されることが知られている。
【0026】
具体的には、Brn3ファミリーは、RGC分化の調節、RGCの樹状突起の階層化、
及び発生中のRGCs軸索の突出に関与する。Brn3ファミリー中、Brn3BはRGC発生中の初期に発現され、RGCの初期マーカーの一つであり、RGCの軸索成長及び生存に重要な因子として作用する。
【0027】
マウスにおいて、Brn3Aの発現は、胎生期12.5(E12.5)から開始され、ラットにおいては、RGC個体数の92.2%で発現する。Brn3Bは、RGC軸索の形成に作用するのに対し、Brn3Aは樹状突起の形成に関与することが知られている。
【0028】
Isl1は、網膜発生中に発現されるホメオドメインのLIMタンパク質である。Isl1遺伝子は、RGCsの生成直後に活性化され、発現は胎生期(embryonic day、E)14.5前のPOU4F2の発現と同一である。また、 Isl1は、RGCの分化及び生存に必要とされる因子であり、その発現はATOH7により影響を受ける。Isl1の発現は、完全に分割された細胞においてマウス胎生期(embryonic day、E)11.5で開始され、Brn3B陽性RGC細胞の一部でBrn3Bと共発現することが知られている。
【0029】
前記の転写因子は、網膜神経節細胞の生成に重要な役割を果たし、そのため、未成熟網膜神経節細胞は、(1)Math5及び/又は、(2)Brn3B、Brn3A及びIslet1からなる群から選択された1つ、具体的には、2つ、より具体的には、3つを発現することができる。また、これらマーカー遺伝子の発現は、網膜前駆細胞に比べて発現が増加していることができるが、これに限定されない。
【0030】
また、前記未成熟網膜神経節細胞は、NF200又は/及びTuj1が発現する細胞であってもよい。NF200は、ニューロフィラメント200kDaと命名されるタンパク質であり、網膜神経節細胞の分化初期から発現する。また、Tuj1も網膜神経節細胞の分化初期から発現することが知られている。したがって、これら2つの両遺伝子は、網膜神経節細胞、具体的には、未成熟網膜神経節細胞及び成熟網膜神経節細胞を区別するために使用されてもよいが、これらに限定されるものではない。また、成熟網膜神経節細胞に特異的なマーカー遺伝子には、Thy1.2、TrkB、NMDAR1、Map2、Vglut1、PSD−95、シナプトフィジン(Synaptophysin)及びシナプシン1(Synapsin1)がある。これら遺伝子は、成熟網膜神経節細胞で発現することが知られているマーカー遺伝子である。
【0031】
したがって、成熟網膜神経節細胞は、Brn3B、Brn3A、Islet−1、NF200、Tuj1、Thy1.2、TrkB、NMDAR1、Map2、Vglut1、PSD−95、シナプトフィジン(Synaptophysin)及びシナプシン1(Synapsin1)からなる群から選択された1つ、具体的には2つ、より具体的には3つ、より具体的には4つ、5つ、6つ、7つ、8つ、9つ及び10個のマーカー遺伝子を発現してもよいが、これに限定されない。また、成熟網膜神経節細胞は、網膜前駆細胞又は未熟網膜神経節細胞と比較して、これら遺伝子の高発現を示すことができるが、これに限定されない。
【0032】
本発明の方法は、未成熟網膜神経節細胞を介して網膜前駆細胞を成熟網膜神経節細胞に高収率で分化させる方法であって、Wntシグナル伝達経路活性剤を含む培地で網膜前駆細胞を培養して未成熟網膜神経節細胞に分化させ、 未成熟網膜神経節細胞を、Wntシグナル伝達経路活性剤を含まない培地中で成熟網膜神経節細胞に分化させる。すなわち、本発明の技術的特徴は、Wntシグナル伝達経路活性剤を用いて特定の分化段階で幹細胞を処理することにより幹細胞の網膜神経節細胞への運命を決定し、様々な網膜細胞集団の60%〜95%又はそれ以上を、Wntシグナル伝達経路活性剤を除去することによって成熟網膜神経節細胞に分化させる。成熟網膜神経節細胞への高効率の分化を誘導するこの方法は、本発明によって初めて開発された。
【0033】
本発明の方法について具体的に記述すると、下記のとおりである。
【0034】
本発明の方法において、(a)段階は、網膜前駆細胞をIGF1R活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を含む培地で培養し、未成熟網膜神経節細胞に分化させる段階である。(a)段階は1〜10日間行われることができるが、これらに限定されるものではない。
【0035】
本発明における用語、「網膜前駆細胞(retinal progenitor cell)」とは、網膜又は網膜色素上皮細胞に存在する細胞に分化することができる多分化能前駆細胞をいう。前記網膜前駆細胞は、Rax、Pax6、Chx10、Otx2、Sox2、Lhx2、Six3、Six6及びMitfからなる群から選択されたマーカーから構成される群から選択される1つ、2つ、又は3つ以上のマーカーが発現する特徴があり、特にRax及びPax6が1つ又は2つ発現するが、これに限定されない。
【0036】
網膜発生と関連して、前述したように、網膜前駆細胞は、様々な種類の網膜内細胞(ロッド及びコーン光受容体細胞、網膜神経節細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、ミューラーグリア細胞など)と、Crx、リカバリン、ロドプシン、赤/緑オプシン、青オプシン、ペリフェリン2、PDE6B、SAG、Islet1/NF200、Prox1、PKC−a、Hu C/D、GFAP、ZO−1及びRPE65のようなマーカーの陽性発現を特徴とする網膜色素上皮細胞に分化することができる。しかし、これらマーカーの発現レベル及び陽性率は、成熟網膜細胞又は網膜色素上皮細胞よりも網膜前駆細胞において弱くなるが、これに限定されない。
【0037】
前記網膜前駆細胞を未成熟網膜神経節細胞に分化させるための培地は、IGF1R活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を全て含むことを特徴とする。また、前記網膜前駆細胞を未成熟網膜神経節細胞に分化させるための培地は、これに限定されないが、IGF1R活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤以外にも、BMP(bone morphogenetic protein)シグナル伝達経路阻害剤及びFGF(fibroblast growth factor)シグナル伝達経路活性剤を含むものであり得る。また、前記培地は、前述の物質以外に、1%のB27サプリメント及び1%のN2サプリメント(N2 supplement)を含むDMEM/F12培地であってもよいが、これらに限定されるものではない。
【0038】
本発明における用語、「IGF1R活性剤」とは、チロシンキナーゼ受容体ファミリーの一種であるIGF−1受容体(insulin-like growth factor-1 receptor、IGF1R)を活性化する物質を指す。活性化されたIGF1Rはインスリン受容体基質(insulin receptor substrate、IRS)とで相互作用する。次に、IGF1Rによって活性化されるIRSは、 PI3K、Akt、mTORからなる一方の経路とRaf、MEK、ERKからなる他方の経路の活性剤として作用する(非特許文献4)。IGF−1及びIGF−2はIGF1R活性剤の範囲内にある。インスリンに類似した分子構造を有するIGF−1は、細胞成長、細胞増殖、分化、及び細胞死滅などに関与するが、これに制限されない。
【0039】
本発明において、前記IGF1R活性剤は、IGF1Rを活性化させる物質であれば制限なく使用することができ、その例としてIGF−1又はIGF−2があり、具体的には、IGF−1であるが、これに制限されるものではない。
【0040】
前記網膜前駆細胞を未成熟網膜神経節細胞に分化させるために用いた培地は、具体的には0.01〜100ng/mlであり、より具体的には0.1〜50ng/ml、より具体的には1〜20ng/mlであり、最も具体的には10ng/mlの濃度のIGF1R活性剤を含むが、これに限定されない。
【0041】
本発明における用語、「Wntシグナル伝達経路活性剤」とは、細胞運命の決定、組織の再構築、極性、形態、接着及び増殖、及び未分化細胞の維持及び増殖を含む、胚形成中の様々なプロセスを調節することが知られているWntシグナル伝達経路を活性化する物質を意味する。任意の活性剤は、 Wnt媒介シグナル又はβカテニン媒介シグナルを 伝達することができる限り、制限なくWntシグナル伝達経路内に含まれ得る。Wntシグナル伝達経路は、Wntシグナル伝達経路の第1トリガーであるWntがその受容体に結合することによって、又は細胞内Wntシグナル伝達の下流標的であるβ-カテニンの安定化によって媒介される一連のプロセスである。前記Wntシグナル伝達経路活性剤は、特にこれに限定されないが、以下のとおりである。
【0042】
1)Wntタンパク質の直接添加:Wntシグナル伝達経路の第1トリガーであるWntは分泌性糖タンパク質のファミリーであり、19種類が知られている:Wnt1、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11及びWnt16b。
【0043】
2) β−カテニンのレベルの増加:ほとんどの細胞は、β−カテニンのレベルの増加によりWntシグナル伝達経路に反応する。即ち、脱リン酸化されたβ−カテニンのレベル(又は安定化)の増加は、核内のβ−カテニンの転座を意味する。
【0044】
3)Dishevelledリン酸化またはWntの補助受容体であるLRP尾のリン酸化。
【0045】
4)グリコーゲンシンターゼキナーゼ(glycogen synthase kinase 3、GSK3)阻害剤:リチウム(Li)、LiCl、2価の亜鉛、BIO(6-bromoindirubin-3’-oxime)、SB216763、SB415286、QS11水和物、TWS119、ケンパウロン(Kenpaullone)、アルスターパウロン(alsterpaullone)、インジルビン−3−オキシム(Indirubin-3’-oxime)、TDZD−8及びRo 31−8220メタンスルホン酸塩(Ro
31-8220 methanesulfonate salt)。
【0046】
5)Axin及びAPCのようなWntシグナル伝達経路の陰性調節因子 の抑制、又はRNAi使用。
【0047】
6)ノリン(Norrin)及びR−spondin2のようなWntシグナル伝達経路を活性剤:ノリンはFrizzled 4受容体と結合し、R−スポンジン2は、Frizzled 8及びLRP6と相互作用する。
【0048】
7)トランスフェクションを含む遺伝子導入:Wnt過発現構成物又は β−カテニン過発現構成物を使用してもよい。
【0049】
本発明において、前記Wntシグナル伝達経路活性剤は、Wntシグナル伝達経路を活性化させることができる物質であれば、制限なく使用することができる。具体的には、Wnt1、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11、Wnt16b;β−カテニンを増加させる物質;リチウム、LiCl、2価の亜鉛、BIO、SB216763、SB415286、CHIR99021、QS11水和物、TWS119、ケンパウロン、アルスターパウロン、インジルビン−3−オキシム、TDZD−8又はRo 31−8220メタンスルホン酸塩のようなGSK3阻害剤;Axin阻害剤、APC阻害剤、ノリン又はR
−spondin2であり、より具体的には、Wnt3a、Wnt1、Wnt5a、Wnt11、ノリン、LiCl、BIO又はSB415286であるが、特にこれに限定されるものではない。
【0050】
未成熟網膜神経節細胞への網膜前駆細胞の分化誘導に用いられるWntシグナル伝達経路活性剤は、LiCl、BIO及びSB415286を除いた0.01〜500ng/mlであり、具体的には0.1〜200ng/mlであり、より具体的には1〜100ng/mlである。前記Wntシグナル伝達経路活性剤のうち、培地中のLiClの含量は0.1〜50mMであり、具体的には0.5〜10mMであり、より具体的には1〜10 mMであり;BIOの含量は0.1〜50μMであり、具体的には0.1〜10μMであり、より具体的には0.5〜5μMであり;SB415286の含量は0.1〜500μMであり、具体的には1〜100μMであり、より具体的には5〜50μMである。
【0051】
本発明における用語、「BMPシグナル伝達経路阻害剤」とは、BMPシグナル伝達経路を阻害することができる物質群を意味する。BMPは、TGF−β(transforming growth factor-β)スーパーファミリーに属するシグナル伝達経路のタンパク質であり、早期胎児分化、胎生期の組織形成及び成体組織の恒常性に含まれている。細胞外に分泌されたBMPは、タイプIとタイプIIセリン/トレオニンキナーゼ受容体に結合してBMPシグナル伝達経路を開始する。タイプII受容体は、タイプI受容体をリン酸化させ、リン酸化されたタイプI受容体は、細胞内の基質であるSmadタンパク質をリン酸化させ、細胞内シグナル伝達経路を媒介する。受容体により調節されるSmadタンパク質はR−Smad(Receptor regulated Smad)といい、Smad−1、2、3、5、及び8がR−Smadに属する。それらは細胞内共通パートナーSmad(Co-Smad)Smad−4に結合することができる。それらは核内に移動して蓄積し、そこで転写因子として作用し、標的遺伝子発現の調節に関与する (非特許文献5)。BMPシグナル伝達経路阻害剤は、細胞表面受容体への細胞外BMPの結合を阻止する物質を指す。BMPシグナル伝達経路阻害剤の例としては、ノギン(Noggin)、コーディン(Chordin)、ツイスト嚢胚形成因子(Twisted gastrulation、Tsg)、サーベラス(Cerberus)、ココ(Coco)、グレムリン(Gremlin)、PRDC(protein related to DAN and Cerberus)、DANdifferential screening-selected gene aberrative in neuroblastoma)、ダンテ(dante)、ホリスタチン(follistatin)、USAG−1(uterine sensitization-associated gene 1)、ドルソモルフィン(dorsomorphin)又はスクレロスチン(Sclerostin)が含まれる。BMPシグナル伝達を阻害することにより、ノギンは、神経誘導及び背側神経外胚葉又は中胚葉の腹腔内での重要な役割を果たす。ノギンはBMPsグループである、BMP−2、BMP−4及びBMP−7と結合し、これらBMPがそれらの受容体に結合することを妨げる(非特許文献6)。
【0052】
本発明において、いかなるBMPシグナル伝達経路阻害剤は、BMPシグナル伝達経路を阻害させることができる限り、制限なく使用することができる。その例としては、ノギン、コーディン、ツイスト嚢胚形成因子、サーベラス、ココ、グレムリン、PRDC、DAN、ダンテ(dante)、ホリスタチン(follistatin)、USAG−1(uterine sensitization-associated gene 1)、ドルソモルフィン(dorsomorphin)又はスクレロスチンであってもよいが、これらに限定されない。本発明の一実施例では、ノギンを使用した。
【0053】
本発明において、前記網膜前駆細胞を未成熟網膜神経節細胞に分化させる培地に使用されるBMPシグナル伝達経路阻害剤の濃度は0.01〜100ng/mlであり、具体的には0.1〜50ng/mlであり、より具体的には0.5〜20ng/mlであり、最も具体的には10ng/mlであるが、特にこれに限定されるものではない。
【0054】
本発明における用語、「FGFシグナル伝達経路活性剤」とは、FGFシグナル伝達経
路を誘導又は促進することができる物質を意味する。FGFは、細胞増殖及び細胞分化をはじめ、血管形成、骨形態形成及び神経誘導を含む有糸分裂誘発に関与する因子である。今まで、22種類のFGFファミリーが知られていて、FGF受容体ファミリー(FGFR)の4種類が存在する。 それらのmRNAは、選択的にスプライシングされた受容体異形に結合してFGF受容体を活性化する。活性化されたFGFRは細胞質内のRas/Raf/MeK経路を介してシグナルを媒介してMAPキナーゼを活性化し、次にシグナル伝達を誘導する(非特許文献7)。FGFファミリー中、FGF2はbasic FGF(bFGF)とも呼ばれ、主にFGFR 1b、FGFR 1c、FGFR 2c、FGFR 3c、FGFR4Δに結合し、特にFGFR 1c及びFGFR 3cを強く活性化させる。FGFR 1c及びFGFR 3cの活性剤、FGF1、FGF4、FGF8、FGF9、FGF17、FGF19などを代替物質として使用することができるが、これに限定されない。
【0055】
本発明において、任意のFGFシグナル伝達経路活性剤は、FGFシグナル伝達を刺激することができる限り、制限なく使用され得る。その例としてFGFR 1c又はFGFR 3cを活性剤として含んでもよく、FGF1、FGF2、FGF4、FGF8、FGF9、FGF17又はFGF19などがあるが、これらに限定されない。本発明の一実施例では、FGF2を使用した。
【0056】
本発明において、前記網膜前駆細胞から未成熟網膜神経節細胞へと分化を誘導させる培地に使用されるFGFシグナル伝達経路活性剤の濃度は0.01〜100ng/mlであり、具体的には0.1〜50ng/mlであり、より具体的には1〜20ng/mlであり、最も具体的には5ng/mlであるが、特にこれに限定されるものではない。
【0057】
また、前記(a)段階の網膜前駆細胞は、幹細胞をIGF1R活性剤、Wntシグナル伝達経路阻害剤及びBMPシグナル伝達経路阻害剤を含む培地で培養し、浮遊凝集体の形態の眼球領域前駆体(eye field precursor)に分化させる(a')段階;及び(a')段階の浮遊凝集体の形態の眼球領域前駆体を、(a')段階の培地にFGFシグナル伝達経路活性剤を添加して調製した培地中で培養して網膜前駆細胞に分化させる(b')段階により得ることができる。
【0058】
幹細胞は、網膜前駆細胞に分化することができれば特に限定されず、骨髄幹細胞(bone
marrow stem cell、BMS)、臍帯幹細胞(cord blood stem cell)、羊水性幹細胞(amniotic fluid stem cell)、脂肪幹細胞(fat stem cell)、網膜幹細胞(retinal stem
cell、RSC)、網膜内ミューラー膠細胞、胚性幹細胞(embryonic stem cell、ESC)、誘導多能性幹細胞(induced pluipotent stem cell、iPSC)及び体細胞核移植幹細胞(somatic cell nuclear transfer cell、SCNT)からなる群から選択されるものであり得る。
【0059】
これら幹細胞は、IGF1R活性剤、Wntシグナル伝達経路阻害剤及びBMPシグナル伝達経路阻害剤を含む培地で培養することにより、眼球領域前駆体に分化させることができる。ここで、IGF1R活性剤、BMPシグナル伝達経路阻害剤及びその濃度は、未成熟網膜神経節細胞への分化を誘導するために使用される前記培地におけるものと同じである。
【0060】
本発明における用語、「Wntシグナル伝達経路阻害剤」とは、細胞外Wntタンパク質と膜タンパク質Frizzled受容体又は共受容体LRPとの間の相互作用を妨害するか、又は細胞内Wnt媒介シグナル伝達を阻害する因子をいう。Wntシグナル伝達経路阻害剤は、Wntにより媒介されるシグナル伝達経路を抑制するものであれば、特に限定されない。Wntシグナル伝達経路阻害剤の例は、共受容体LRPの抑制剤である、Dkk(Dickkopf)ファミリー(Dkk-1、Dkk-2、Dkk-3及びDkk-4)、Wise、Wnt受容
体阻害剤(sFRP:secreted Frizzled-related protein)ファミリー、FrizzledのCRD結合ドメイン(Frizzled-CRD domain)、WIF−1(Wnt inhibitory factor-1)、IWP−2、IWP−3、IWP−4、サーベラス、Wnt抗体、ドミナントネガティブWntタンパク質、Axinの過発現、GSK(グルコゲン合成酵素キナーゼ)の過発現、ドミナントネガティブTCF、Dishevelledドミナントネガティブ又はカゼインキナーゼ阻害剤(CKI−7、D4476など)などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。本発明の実施例では、Dkk−1を使用した。
【0061】
さらに、Wntシグナル伝達は、Wntシグナル伝達経路阻害剤に加えて、RNAiのようなWnt経路に関与する各成分を抑制することによって阻害され得る。
【0062】
該培地において、幹細胞を眼領域前駆細胞を介して網膜前駆細胞に分化させるために使用されるWntシグナル伝達経路阻害剤の濃度は、0.01〜10,000ng/mlであり得るが、特にこれに限定されるものではない。
【0063】
本発明における用語、「眼球領域前駆体(eye field precursor)」とは、 胎児発生期分化過程で前脳神経板の眼球領域の前駆体に見出される特定のマーカー(眼球領域転写因子;非特許文献8)を発現する細胞を指す。前記眼球領域前駆体は、Six3、Rax、Pax6、Otx2、Lhx2及びSix6からなる群から選択されたマーカーが1つ以上、2つ以上、又は3つ以上発現する特徴を有することができるが、これに限定されない。
【0064】
前記眼球領域前駆体は、浮遊凝集体の形態を有する。ここで、前記浮遊凝集体は、胚芽幹細胞のコロニーをマウス繊維芽細胞(embryonic fibroblasts、MEF)栄養細胞株及び血清の供給なしに非接着性の培養器で少なくとも1日間培養したときに形成される培地内の浮遊細胞塊をいう。供給される培地の組成に応じて、前記眼球領域前駆体は眼球領域転写因子を発現することができる。
【0065】
また、(a’)段階は1日〜30日間行われ、そして(b’)段階は5日〜15日間行われることができるが、これに限定されない。
【0066】
本発明において、(b’)段階の眼球領域前駆体の浮遊凝集体は、ポリ−D−リジン、ラミニン、ポリ−L−リジン、マトリゲル(matrigel)、アガー(agar)、ポリオルニチン(polyornithine)、ゼラチン、コラーゲン、フィブロネクチン(fibronectin)及びビトロネクチン(vitronectin)からなる群から選択される細胞外基質でコーティングされたプレートに接着された状態で培養されるものであり得る。
【0067】
前記プレートに接着する浮遊凝集体当たりの細胞群は、最適の効率を示す細胞数である。眼球領域前駆体の浮遊凝集体は200〜400個の細胞で構成されてもよいが、これに限定されない。
【0068】
また、前記(a’)段階の培地は、IGF1R活性剤、Wntシグナル伝達経路阻害剤及びBMPシグナル伝達経路阻害剤以外にも、10%のノックアウト血清代替剤及び1%のB27サプリメントをさらに含むDMEM/F12培地であり得る。
【0069】
一方、前記(b’)段階の培地は、前述のIGF1R活性剤、Wntシグナル伝達経路阻害剤、BMPシグナル伝達経路阻害剤及びFGFシグナル伝達経路活性剤以外にも、1%のB27サプリメント及び1%のN2サプリメントをさらに含むDMEM/F12培地であり得る。
【0070】
本発明の方法において、(b)段階は、(a)段階で分化した未成熟網膜神経節細胞を培養する段階である。未成熟網膜神経節細胞は(b)段階を通じて成熟網膜神経節細胞に分化することができる。
【0071】
成熟網膜神経節細胞への高効率の分化のために、(b)段階で使用される培地は(a)段階の培地に含まれていたWntシグナル伝達経路活性剤が含まれていないことを特徴とする。
【0072】
より具体的には、(b)段階は、(a)段階の培地からBMPシグナル伝達経路阻害剤、FGFシグナル伝達経路活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を除去することにより製造された培地で、前記(a)段階の細胞を培養する段階であり、より具体的には、(a)段階の培地からBMPシグナル伝達経路阻害剤、FGFシグナル伝達経路活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を除去し、Shh(sonic hedgehog)シグナル伝達経路活性剤をさらに添加して製造した培地で前記(a)段階の細胞を培養する段階であり得る。
【0073】
また、(b)段階は、(i)(a)段階の培地からWntシグナル伝達経路活性剤を除去し、IGF1R活性剤、BMPシグナル伝達経路阻害剤及びFGFシグナル伝達経路活性剤を含む培地で未成熟網膜神経節細胞を培養する段階と、(ii)(i)段階の培地からBMPシグナル伝達経路阻害剤及びFGFシグナル伝達経路活性剤を除去し、Shh(sonic hedgehog) シグナル伝達経路活性剤をさらに添加した培地で未成熟網膜神経節細胞を培養する段階を含むものであり得る。
【0074】
一方、本発明で使用される用語、「除去」とは、除去の対象となる物質を含まない培地を使用するという意味と解釈することができる。
【0075】
また、前記培地は、前述の物質以外に、1%のB27サプリメント及び1%のN2サプリメントを含むDMEM/F12培地であることができるが、これに限定されない。
【0076】
本発明における用語、「Shh(sonic hedgehog)シグナル伝達経路活性剤」とは、Shhシグナル伝達経路を誘導又は活性化する物質をいう。Shhは、胚発生期中、細胞の運命決定、極性、形態、増殖、分化などの多様な過程を調節するシグナル伝達経路物質として知られている(非特許文献9)。Shhシグナル伝達経路は、2つの膜貫通タンパク質であるPtc(Patched)及びSmo(Smoothened)含む。Shhがない場合、PtcはSmoと相互作用してSmoを阻害する。一方、Shhが存在する場合、ShhはPtcと結合し、Smoはもはや抑制されず、細胞質内のCi/Gliタンパク質は核内に流入され、標的遺伝子の転写活性剤として作用する。Shhシグナル伝達経路活性剤は、Shhにより媒介されるシグナル伝達経路を増強することができるものであれば、特に限定されない。Shhシグナル伝達経路活性剤としては、例えば、ヘッジホッグファミリーに属するタンパク質(例えば、Shh)、Smoに対するPtcの抑制作用の阻害剤、Smo受容体の活性剤、Shh受容体活性剤(例えば、Hg−Ag、プルモルファミン(Purmorphamine)など)、Ci/Gliファミリーレベルを増加させる物質、Ci/Gliタンパク質の細胞内分解抑制剤、及びトランスフェクションによるShh過発現構成物又はCi/Gli過発現構成物などを含むことができる。
【0077】
本発明において、Shhシグナル伝達経路を活性化させるものであれば、いかなるShhシグナル伝達経路活性剤も使用することができる。例えば、Shh、Smo受容体の活性剤、Smoに対するPtcの抑制作用の阻害剤、Ci/Gliファミリーレベルを増加させる物質、Ci/Gli因子の細胞内分解阻害剤、及びShh受容体活性剤であるHg−Ag又はプルモルファミンを含んでもよいが、これに限定されない。前記Shhシグナル伝達経路活性剤のより具体的な例としては、Shh又はプルモルファミンを挙げること
ができる。
【0078】
本発明において、成熟網膜神経節細胞を未成熟網膜神経節細胞に分化させるために使用された培地内のShhシグナル伝達経路活性剤の濃度は0.1〜5000ng/mlであり、具体的には1〜2,500ng/mlであり、より具体的には10〜1,000ng/mlであり、最も具体的には250ng/mlであるが、特にこれに限定されない。
【0079】
(b)段階は1〜120日間行うことができる。
【0080】
成熟網膜神経節細胞への高効率の分化のために、前記方法は、前記(b)段階の培地にRA(retinoic acid)を添加して製造した培地で、(b)段階で培養された細胞を培養する段階をさらに含むことができる。
【0081】
本発明における用語、「RA(retinoic acid)」とは、親油性(lipophilic)分子であり、ビタミンAの代謝産物をいう。RAにはオールトランスレチノイン酸(all-trans retinoic acid)及び9−シスレチノイン酸(9-cis retinoic acid)の2種類がある。RAは、核内に流入され、それぞれRARs(Retinoic acid Receptors、レチノイン酸受容体)及びRXR(Retinoid X Receptor、レチノイドX受容体)と結合して標的遺伝子の転写を調節するが、これに制限されない。
【0082】
本発明の方法に使用されるRAは、トランス型レチノイン酸及びシス型レチノイン酸であることができ、使用されるRAの濃度は0.5〜10,000nM、具体的には5〜5,000nMであり、より具体的には50〜2,000nM、さらに具体的には500nMであることができるが、特にこれに限定されない。
【0083】
(c)段階は1〜120日間行われることができるが、これに限定されない。
【0084】
本発明の方法は、前記(c)段階の培地からIGF1R活性剤、Shhシグナル伝達経路活性剤及びRAからなる群から選択された1つ以上、2つ以上又は3つ以上を除去、より具体的には、IGF1R活性剤、Shhシグナル伝達経路活性剤及びRAすべてを除去して製造した培地で未成熟網膜神経節細胞又は成熟網膜神経節細胞を培養する(d)段階をさらに含むことができる。
【0085】
本発明の実施例において、成熟が進められた未成熟網膜神経節細胞は、IGF1R活性剤、Shhシグナル伝達経路活性剤及びRAを全てがない培地で培養される場合にも、前記成分を全て含む培地で培養された場合と同等程度の成熟度を示した。
【0086】
また、本発明の方法は、前述の段階を行った後、目的とする細胞、例えば、(a)段階を行った後に未成熟網膜神経節細胞の分化有無を判定する、又は(b)、(c)又は(d)段階を行った後に成熟網膜神経節細胞の分化有無を判定する段階を含むことができる。
【0087】
目的とする細胞、具体的に未成熟網膜神経節細胞及び成熟網膜神経節細胞の分化有無は、前記細胞に特異的なマーカー遺伝子発現の測定、及び/又は形態学的特徴及び/又は生理学的特性を確認して決定することができる。
【0088】
前記マーカー遺伝子の発現の測定は、前記マーカー遺伝子のmRNA又はタンパク質の発現レベルを測定することにより行うことができ、前記発現レベルの測定は、当業界において公知となった多様な方法を用いて行うことができる。
【0089】
mRNAレベルでマーカー遺伝子発現を分析する任意の技術は、当技術分野で公知のm
RNAを解析する方法であれば特に限定されない。例えば、逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応、競争的逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応、リアルタイム逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応、RNase保護分析法、ノーザンブロッティング及びDNAチップアッセイが挙げられる。
【0090】
また、タンパクレベルでマーカー遺伝子発現を分析する任意の技術は、当技術分野で公知のタンパク質を解析する方法であれば特に限定されない。例えば、ウェスタンブロット、ELISA、放射線免疫分析、放射免疫拡散法、オクタロニー免疫拡散法、ロケット免疫電気泳動、免疫組織染色法、免疫沈降分析法、補体固定分析法、フローサイトメトリー分析法(FACS)及びタンパク質チップアッセイが挙げられる。
【0091】
本発明の方法により分化された前記成熟網膜神経節細胞は、前分化性網膜前駆細胞に比べて、下記特徴中の1つ以上を示すことができる。
【0092】
(1)Brn3Bの発現増加;(2)Brn3Aの発現増加;(3)Islet1の発現増加;(4)NF200の発現増加;(5)TuJ1の発現増加;(6)Thy1.2の発現増加;(7)TrkBの発現増加;(8)NMDAR1の発現増加;(9)Map2の発現増加;(10)Vglut1の発現増加;(11)PSD−95の発現増加;(12)シナプトフィジンの発現増加;及び(13)シナプシン1の発現増加。
【0093】
前記遺伝子の発現レベルの増加又は減少は、前記遺伝子がコードするタンパク質に対する抗体を使用する、又はRT−PCRなどの当業者に周知の方法を用いて確認することができる。前記特性を多く有するほど分化した細胞は成熟網膜神経節細胞により近いと定義される。前記成熟網膜神経節細胞は、前記特性の中で、1つ以上、具体的には2つ以上、より具体的には3つ以上、より具体的には4つ以上、最も具体的には5つ以上を有する細胞であることが望ましい。本発明の方法で分化させた細胞の約40%、60%、80%、90%、95%又は98%以上が、目的とする特性を有する細胞であることが好ましく、割合が増加するほどより好ましいが、これに制限されない。
【0094】
本発明のもう一つの態様は、未成熟網膜神経節細胞をIGF1R活性剤及びShhシグナル伝達経路活性剤を含む培地で培養する段階を含む、未成熟網膜神経節細胞を成熟網膜神経節細胞に分化させる方法を提供する。
【0095】
前記未成熟網膜神経節細胞、IGF1R活性剤、Shhシグナル伝達経路活性剤及び成熟網膜神経節細胞については、前記で説明したとおりである。
【0096】
未成熟網膜神経節細胞を成熟網膜神経節細胞に分化させる方法に適用されない培地は、Wntシグナル伝達経路活性剤を含まないことを特徴とする。
【0097】
方法において、前記IGF1R活性剤は、特にこれに限定されないが、具体的には0.01〜100ng/mlであり、より具体的には0.1〜50ng/ml、より具体的には1〜20ng/mlであり、最も具体的には10ng/mlの濃度で使用することができる。
【0098】
方法において、前記Shhシグナル伝達経路活性剤は、特にこれに限定されないが、0.1〜5000ng/mlであり、具体的には1〜2,500ng/mlであり、より具体的には10〜1000ng/mlであり、最も具体的には250ng/mlの濃度で使用することができる。
【0099】
また、前記培地は、前述の物質以外に、1%のB27サプリメント及び1%のN2サプ
リメントを含むDMEM/F12培地であることができるが、これに限定されない。
【0100】
前記方法は、前記IGF1R活性剤及び前記Shhシグナル伝達経路活性剤を含む培地にRA(retinoic acid)を添加して製造した培地で未成熟網膜神経節細胞を培養する段階をさらに含むことができる。ここで、「添加」とは、培地に物質を加える以外に、既存の培地組成に前記物質を含む培地で既存の培地を交換したという意味とも解釈することができる。
【0101】
ここで、RAは、前記で説明したとおりであり、使用するRAの濃度は0.5〜10,000nM、具体的には5〜5,000nMであり、より具体的には50〜2,000nM、さらに具体的には500nMであることができるが、特にこれに限定されない。
【0102】
前記方法は、前述の培地からIGF1R活性剤、Shhシグナル伝達経路活性剤及びRAからなる群から選択された1以上の成分、より具体的には、IGF1R活性剤、Shhシグナル伝達経路活性剤及びRAを全て除去して製造した培地で未成熟網膜神経節細胞又は成熟網膜神経節細胞を培養する段階をさらに含むことができる。
【0103】
本発明のもう一つの態様は、前述の方法により製造された未成熟網膜神経節細胞及び成熟網膜神経節細胞を提供する。
【0104】
前記方法、前記未成熟網膜神経節細胞及び前記成熟網膜神経節細胞については、先に説明したとおりである。
【0105】
本発明のもう一つの様態は、(a)前記成熟網膜神経節細胞に分化して得られた単離された成熟網膜神経節細胞を成熟網膜神経節細胞の死滅抑制剤候補又は増殖促進剤候補で処理する段階;及び(b)非候補治療群と比較して、候補物質が成熟網膜神経節細胞の死滅を阻害する、又は成熟網膜神経節細胞の増殖を促進する場合、前記候補物質が成熟網膜神経節細胞の死滅阻害剤又は増殖促進剤であることを決定する段階を含む、成熟網膜神経節細胞の死滅抑制剤又は増殖促進剤をスクリーニングする方法を提供する。
【0106】
前記成熟網膜神経節細胞に分化させる方法及び成熟網膜神経節細胞については、先に説明したとおりである。
【0107】
(a)段階は、本発明により成熟網膜神経節細胞に分化する前記方法により得られた、分離された成熟網膜神経節細胞に成熟網膜神経節細胞の死滅抑制又は増殖促進候補物質を処理する段階である。
【0108】
前記候補物質を処理した成熟網膜神経節細胞は、特にこれに限定されないが、健康な人又は患者から由来した幹細胞に、本発明の方法を適用して分化させた成熟網膜神経節細胞であることができる。
【0109】
本発明における用語、「成熟網膜神経節細胞の死滅抑制剤」とは、成熟網膜神経節細胞の死滅を抑制することができる物質を意味する。具体的には、前記死滅抑制剤は成熟網膜神経節細胞の死滅誘導条件に適用した場合、適用しない場合と比較して、成熟網膜神経節細胞の死滅程度を減少させる物質を含むことができる。前記死滅抑制剤の種類は、特に制限されず、化合物、タンパク質、ペプチド、及び核酸を含む。
【0110】
本発明における用語、「成熟網膜神経節細胞の増殖促進剤」とは、成熟網膜神経節細胞の増殖を誘導又は促進させることができる物質を意味する。具体的には、前記増殖促進物質は、成熟網膜神経節細胞に適用した場合、適用しない場合と比較して、成熟網膜神経節
細胞の増殖程度を増加させる物質を含むことができる。前記増殖促進物質の種類は、特に制限されず、化合物、タンパク質、ペプチド、又は核酸を含む。
【0111】
また、本発明の方法は、(b) 候補物質の非処理群に比べて、前記候補物質が成熟網膜神経節細胞の死滅を抑制する、又は成熟網膜神経節細胞の増殖を促進する場合、それぞれ成熟網膜神経節細胞の死滅抑制剤又は増殖促進剤であると判定する。 また、前記成熟網膜神経節細胞の死滅抑制剤又は増殖促進剤は、緑内障又は視神経病症の治療剤であることができる。
【0112】
本発明における用語、「緑内障」とは、網膜神経節細胞の損失を伴う視神経の損傷を有する疾患をいう。
【0113】
本発明における用語、「視神経病症」とは、網膜を構成する神経節細胞及びその軸索が徐々に消失され誘導される視野障害が発生する疾患をいう。前記視神経病症は視神経炎、虚血性視神経病症、中毒−栄養視神経病症、遺伝性視神経病症及び視神経萎縮を含む。
【0114】
前述のように、緑内障及び視神経病症は、網膜神経節細胞の損失を伴う疾患であるため、網膜神経節細胞の死滅を抑制する、増殖を促進することができる物質は、緑内障又は視神経病症の治療剤として使用することができる。
【0115】
本発明のもう一つの様態は、前述した本発明による方法で製造された成熟網膜神経節細胞を含む、成熟網膜神経節細胞の死滅抑制剤又は増殖促進剤をスクリーニングするためのキットを提供する。また、前記キットは、緑内障又は視神経病症の治療剤をスクリーニングするために使用することができる。
【0116】
前記成熟網膜神経節細胞、死滅抑制剤及び増殖促進剤は、先に説明したとおりである。
【0117】
前記キットは、当技術分野で公知の成熟網膜神経節細胞に加えて、網膜神経節細胞の死阻害剤又は増殖促進剤をスクリーニングすることができる様々なツールおよび/又は試薬を含み得る。必要に応じて、各成分を混合するためのチューブ、ウェルプレート、及びそれらの使用を説明する取扱説明書をさらに含んでもよい。
【0118】
前記方法において使用することができる実験の過程、試薬及び反応条件は、当業界において公知となったものを利用することができ、これは当業者に自明である。
【0119】
本発明のもう一つの様態は、前述の本発明の方法により生成された成熟網膜神経節細胞を含む、緑内障又は視神経病症の治療用薬学的組成物を提供する。
【0120】
前記成熟網膜神経節細胞、緑内障及び視神経病症については、先に説明したとおりである。
【0121】
本発明の前記薬学的組成物の使用は、幹細胞、例えば、ヒト胚性幹細胞又は誘導多能性幹細胞から成熟網膜神経節細胞への分化をインビトロで誘導し、成熟網膜神経節細胞を大量に増殖及び分化させた後、前記疾患を有する患者に投与する。前記薬学的組成物は当業界において一般的な剤形、例えば、注射剤の形態で製剤化することができる。前記組成物は外科手術的に網膜部位に直接移植するか、又は静脈内注射して網膜部位に移動させることができる。本発明の薬学的組成物は、移植する時の免疫拒絶反応が起こらないように、免疫抑制剤をさらに含むことができる。また、前記組成物は、薬学的に許容可能な担体をさらに含むことができる。本発明の治療用組成物の投与量は、患者の重症度、投与経路、投与方法、投与回数、治療期間、患者の年齢及び性別、及び疾病の程度に応じて変わるこ
とができ、医学分野において周知の様々な要因に従って、当業者によって容易に決定され得る。
【0122】
本発明のもう一つの様態は、本発明の方法により製造した成熟網膜神経節細胞を緑内障又は視神経病症が疑われる個体に投与する段階を含む、緑内障又は視神経病症の治療方法を提供する。
【0123】
前記方法、成熟網膜神経節細胞、緑内障及び視神経病症については、先に説明したとおりである。
【0124】
本発明の成熟網膜神経節細胞は、任意の動物に投与することができ、前記動物はヒト及び霊長類だけでなく、牛、豚、羊、馬、犬、マウス、ラット及び猫などの家畜を含む。
【0125】
本発明における用語、「投与」とは、適切な方法により、分化した細胞の移植を含む、緑内障又は視神経病症が疑われる個体に本発明の組成物を導入することを意味する。本発明の組成物の投与経路は、目的組織に到達することができれば、多様な経路を通じて投与されることができ、網膜内注射が望ましい。
【0126】
本発明のもう一つの様態は、(a)網膜前駆細胞をIGF1R(insulin-like growth factor-1 receptor)活性剤及びWntシグナル伝達経路活性剤を含む培地で培養して未成熟網膜神経節細胞に分化させる段階;及び(b)前記(a)段階の培地からWntシグナル伝達経路活性剤を除去し、IGF1R活性剤を添加して製造した培地で未成熟網膜神経節細胞を培養する段階を含む、成熟網膜神経節細胞株を製造する方法を提供する。
【0127】
前記培地は、Shhシグナル伝達経路活性剤又はRA(retinoic acid)、又は両方をさらに含むものであり得る。
【0128】
また、前記方法は、前記IGF1R活性剤及びShhシグナル伝達経路活性剤を含む培地で培養した細胞を分離した後、(i)L−グルタミン、メルカプトエタノール及びインスリン/トランスフェリン/セレ二ウム−Xを含む培地、又は(ii)L−グルタミン、メルカプトエタノール、FGF2、IGF−1及びEGFを含む培地で前記細胞を培養する段階をさらに含むことができる。前記培地は、具体的には、L−グルタミン、メルカプトエタノール、及びインスリン/トランスフェリン/セレ二ウム−Xを含むIMDM培地、又はL−グルタミン、メルカプトエタノール、FGF2、IGF−1及びEGFを含むIMDM培地であり得る。本発明の一実施例では、IMDM、15%のFBS、1mMのL−グルタミン、0.1mMのメルカプトエタノール及び1%のインスリン/トランスフェリン/セレン−Xを含む培地1、及びIMDM、15%のFBS、1mMのL−グルタミン、0.1mMのメルカプトエタノール、5 ng/mLのFGF2、10ng/mLのIGF−1及び5ng/mLのヒト組換えEGFを含む培地2を使用した。
【発明の効果】
【0129】
本発明の方法によると、幹細胞から網膜神経節細胞を高効率で分化させることができ、前記方法により得られた網膜神経節細胞を緑内障又は視神経病症のような疾患の治療剤選択試験及び細胞治療剤として使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0130】
図1】細胞形態学的写真を示す。(A)は、未分化状態のヒト胚性幹細胞の細胞コロニー(継代数30):継代数29の細胞から5日間培養した後の細胞株である。前記細胞は、隣接するマウス胚線維芽細胞のフィーダ細胞から明確に分離され、平滑な表面及び均一な形態を有することを特徴とする、未分化状態のヒト胚性幹細胞の典型的な細胞コロニーを示す。(B)は、浮遊凝集体であり、図1(A)の未分化状態のヒト胚性幹細胞コロニーから分離された後、超低接着表面プレートで4日間培養した浮遊凝集体である。前記浮遊凝集体は球形の形態を有し、1つの浮遊凝集体は約292±53個の細胞からなる(C)〜(F)は、網膜神経節細胞に分化されている細胞の形態学顕微鏡写真である。(C)は、前記分化誘導後14日目の細胞:ポリ−D−リジン/ラミニンが コーティングされたプレートに前記浮遊凝集体を移し植えて10日間培養した後、即ち、未分化状態のヒト胚性幹細胞からの分化誘導14日後の細胞の形態である。細胞は浮遊凝集体から分離され、分化し、貧弱な細胞質及び丸く大きな核を有する初期の分化段階の形態学的特徴を有することが観察された。(D)は、前記分化誘導後17日目の細胞:未分化状態のヒト胚性幹細胞からの分化誘導17日後の細胞形態である。活発な細胞増殖と同時に分化が起こっており、多数の丸い花の形態のロゼット(rosette)型の細胞群集を中心に、細胞増殖と分化が起きている。(E)は、前記分化誘導後22日目の細胞:分化が進むにつれて、前記細胞は細胞質がより豊かになり、その核は図1(D)のものよりも小さい。短い又は長い神経軸索を有する神経細胞へ分化された細胞コロニーが観察される。(F)は、前記分化誘導後39日目の細胞:ほとんどの細胞が神経細胞に分化している。神経細胞へ分化が進むにつれて、前記細胞は同様の細胞性であるが、図1(E)の分化誘導22日目の細胞に比べて、成熟した神経細胞の形状を示した。神経細胞体は複数のクラスターを形成し、それらは長い神経細胞の軸索によって互いに連結されていた。*顕微鏡視野:(A)〜(F)(左:40倍;右:100倍)。
図2】ヒト新生児包皮由来のBJ−1繊維芽細胞から再プログラムされた誘導多能性幹細胞の特性を示す。(A)ヒト誘導性多能性幹細胞の位相差顕微鏡画像:継代数6の細胞から培養された6日目後の細胞株である。前記幹細胞はフィーダ細胞として隣接するマウス胚体細胞から明確に分離し、平滑な表面及び均一な形態を有することを特徴とする。周辺の栄養供給因子細胞であるマウス胚体細胞株とうまく分離されており、平らな表面を有する、均一な形状を示す。(B)と(C)は、誘導誘導多能性幹細胞のヒト胚性幹細胞の特性を示すアルカリホスファターゼ、Nanog、及びSSEA−4染色の結果である。(D)は、繊維芽細胞から生成された誘導多能性幹細胞の多能性の評価のためのteratomaアッセイである。免疫抑制SCIDマウスの背部位に繊維芽細胞から生成された誘導多能性幹細胞を移植した後、10週目に多能性を示す外胚葉(左:神経組織)、中胚葉(中期:軟骨)、及び内胚葉(右:消化系)の3つの胚葉を有する奇形腫を発症した。*スケールバー:(A)、(B)、(C):200μm。
図3】本発明におけるヒト多能性幹細胞から網膜神経節細胞への分化を 示した模式図である。網膜神経節細胞の発生学的発達を参照して、化学的に規定された培地、インビトロでの細胞の接着、及び分化因子を各段階で考慮した。発生学的発達の段階及び期間は、マウスのものに基づいて計画した。
図4】本発明におけるヒト多能性幹細胞から網膜神経節細胞への分化模式図を示したもので、分化誘導後14日目から17日目までの3日間Wnt3aを処置するプロトコール(プロトコールAと呼ぶ)に従って実施した。このプロトコールは本発明のプロトコールのプロトタイプである。それぞれの分化段階における細胞型及び分化マーカーを示し、図1のプロトコールに従って分化した細胞の写真である。
図5】本発明によるヒト多能性幹細胞から網膜神経節細胞への分化模式図を示したもので、分化誘導後11日目から14日目までWnt3aを3日間処理したプロトコール(プロトコールBと命名)である。
図6】本発明におけるヒト多能性幹細胞から網膜神経節細胞への分化模式図を示したもので、分化誘導後11日目から17日目までWnt3aを6日間処理したプロトコール(プロトコールCと命名)である。
図7】プロトコールAに従い、ヒト胚性幹細胞株H9の分化誘導後17日目の細胞マーカー発現を調べた結果を示す。(A)網膜前駆細胞のマーカーであるRaxとPax6が同時に染色された細胞が観察された。網膜前駆細胞は、前記マーカーに同時に染色される特性を有する。(B)未成熟網膜神経節細胞のマーカーであるMath5が観察された。全細胞(DAPI染色される)に比べて、ほぼ100%の細胞がMath5陽性を示す。(C)網膜神経節細胞の特異的なマーカーであるBrn3Bが、ほぼすべての細胞で観察された。Math5により網膜神経節細胞の運命が決定され、網膜神経節細胞に分化し始めていることが示されている。(D)すべての細胞は、網膜神経節細胞特異的マーカーの1つであるBrn3A(緑色染色:核染色)及び神経細胞の細胞質に特異的なTuj1(赤色染色:β-チューブリンIIIとも呼ばれる)の両方に対して陽性である 。(E)細胞の約20%は、網膜神経節細胞のサブタイプのマーカーであるIslet−1(赤色核染色)及び神経軸索特異的マーカーであるNF200(緑色)の両方に陽性である。*スケールバー:A:50μm; B:200μm&50μm; C〜E:100μm&50μm。全細胞の核染色:DAPI(青色染色)。
図8】プロトコールA(実験結果)に従ってヒト胚性幹細胞株H9の分化誘導後の39日目のマーカー発現を調べるためのフローサイトメトリーの結果を示す。
図9】プロトコールAに従ってヒト胚性幹細胞株H9の分化誘導後39日目の細胞マーカー発現を検討した結果である。(A)図7で観察された網膜神経節細胞のマーカーである。(A)Pax6、(B)Brn3B、及び(C)Brn3Aがまだ観察されている。(D)ほとんどすべての細胞は、Brn3A(緑:核)及びTuj1(赤:細胞質染色、軸索及び樹状突起の両方が染色されている)の両方に対して陽性である。図7の17日目の細胞に比べて神経細胞の軸索及び樹状突起がさらに多くなって太くなった形態を示す。軸索の棘突起、軸索リング及び細胞間の接続連結と樹状突起の枝化及び棘突起が観察される。軸索の棘突起とリング、細胞間のシナプス相互作用、樹状突起と棘突起が観察される。(E)細胞はIslet−1(赤:細胞核)及びNF200(緑:軸索)の両方に対して陽性である。図7の17日目の細胞に比べて軸索の数が増えてきて、成熟した形態が観察された。(F)Brn3B(緑)及びTuj1(赤):網膜神経節細胞に対して特異的染色であるBrn3BとTuj1の染色に陽性である。(G)Brn3B(緑)及びThy1.2(赤):網膜神経節細胞の特徴である、Brn3B核染色とThy1.2の細胞質の染色を示す。(H)Brn3A(緑)及びThy1.2(赤):網膜神経節細胞の特徴であるBrn3A核染色とThy1.2の細胞質の染色を示す。(I)Map2(緑):樹状突起を含む細胞質の染色を示す。(J)分化誘導後39日目における、ヒト胚性幹細胞由来−網膜神経節細胞の溶解物を抗体と反応させて得られた、ウェスタンブロット分析の結果として、網膜神経節細胞に特異的なタンパク質を示している。*スケールバー:A〜C:50μm; D:200μm、50μm及び20μm; E:100μm、50μm及び20μm; F:200μm&100μm; G:20μm; H:100μm; I:50μm。全細胞の核染色:DAPI(青色)。
図10】プロトコールAに従ってヒト胚性幹細胞株H9の分化誘導後59日目の細胞マーカー発現を検討した結果である。(A)細胞はBrn3A(緑:細胞核)とTuj1(赤色:細胞質の染色により軸索と樹状突起が同時に染色される)の両方に対して陽性である。図8の39日目の細胞に比べて、軸索及び樹状突起の数及び太さが増加した。(B)Tuj1:軸索の棘突起とリング、細胞間のシナプス相互作用、樹状突起と棘突起が観察される。(C)NF200:樹状突起の棘突起、軸索リングが観察される。(D)Synapsin1:神経伝達物質放出に関与する代表的なタンパク質であるシナプシン1は、シナプス前小胞の樹状突起に沿って機能的に成熟した涙点(puncta)の形態で観察され、細胞間で神経電気刺激を伝達するシナプス相互作用が起こることを示している。(E)Map2/Vglut1:(D)のSynapsin1で表現されたシナプス前小胞の大半がグルタミン酸性小胞(glutamatergic vesicles、 (Vglut1:赤)であることを示す。Map2−陽性樹状突起(緑)に沿ってVglut1の存在が観察される。グルタミン酸性興奮性神経細胞が生成されたことを示す。(F)Map2/Vgat:図(D)のSynapsin1で表現されたシナプス前部小胞のほとんどがギャバ性(GABAergic)小胞(Vgat:赤)であることを示す。Map2が染色された樹状突起(緑)に沿ってVgatが存在する。(G)PSD−95/Map2:シナプス−後部の小胞(postsynaptic vesicles)内のタンパク質の形成を示し、興奮性(excitatory)神経としての特性を示すPSD−95が樹状突起(Map2)に沿って分布する。(H)Synapsin1/PSD−95:超解像度顕微鏡(super resolution microscopy)による物理的なシナプス:シナプス−前部小胞であるSynapsin1と興奮性シナプス−後部小胞であるPSD−95が連接していることを示す。物理的なシナプスは、シナプス前部小胞とシナプス後部小胞の複合体が隣接していることにより確認することができる。「成熟網膜神経節細胞」の電気生理学的な特徴である自発的興奮シナプス−後部の電流 (sEPSCs)を可能にする神経伝達物質が形成されており、これは網膜神経節細胞の機能的な成熟を意味する。*スケールバー:A:100μm; B:100μm&20μm; C:20μm; D:50μm&20μm; E:20μm; F:20μm; G:50μm及び1μm; H:2μm&0.5μm。細胞の核染色:DAPI(青色)。
図11】ヒト胚性幹細胞のH9細胞株にプロトコールBによる方法を適用して分化させた39日目の細胞のマーカー発現を確認した結果を示した図である。(A)Math5、(B)Brn3B、(C)Brn3A、(D)、(E)Islet−1(赤:細胞核)とNF200(緑:細胞の軸索)、(F)NF200、(G)Brn3A、Tuj1、(H)Tuj1、(I)Synapsin1/ Tuj1、*スケールバー:A〜I:50μm。図Hの核染色:DAPI(青色)。
図12】ヒト胚性幹細胞のH9細胞株にプロトコールCによる方法を適用して分化させた39日目の細胞のマーカー発現を確認した結果を示した図である。(A)Math5、(B)Pax6、(C)Brn3B、(D)Brn3A、(E)Brn3A、Tuj1、(F)Islet−1(赤:細胞核)とNF200(緑:細胞の軸索)、(G)TrkB:成熟網膜神経節細胞のneurotrophin受容体マーカーであるTrkBの発現を示す。(H)Synapsin1/ PSD−95、*スケールバー:A〜H:50μm。
図13】ヒト胚性幹細胞のH7細胞株にプロトコールAによる方法を適用して分化させた39日目の細胞のマーカー発現を確認した結果を示した図である。(A)Math5、(B)Brn3B、(C)Brn3A、網膜神経節細胞の特徴的マーカーが、ほぼすべての細胞で観察される。(D)Brn3A(緑:細胞核)とTuj1(赤:細胞染色に軸索と樹状突起が同時に染色される)、(E)、(F)Islet−1(赤:細胞核)とNF200(緑:細胞の軸索)、(G)Synapsin1(緑)、Tuj1(赤):Tuj1で染色された軸索に沿ってシナプス−前部小胞マーカーであるSynapsin1が分布している。(H)Synapsin1/PSD−95:シナプス−前部小胞マーカーであるSynapsin1とシナプス−後部小胞のマーカーであるPSD−95が近接している。H9細胞株と同様に、プロトコールAによりH7細胞株が成熟した電気生理学的な機能を有する「成熟網膜神経節細胞」に分化したことを示す。*スケールバー:A:50μm; B、C:100μm; D:200μm; E:200μm&20μm; F:100μm; G:20μm; H:20μm。図13(E)の核染色:DAPI(青色)。
図14】ヒト誘導多能性幹細胞のプロトコールAによる方法を適用して分化させた39日目の細胞のマーカー発現を確認した結果を示した図である。(A)Math5、(B)Pax6、(C)Brn3B、(D)Brn3A、(E)NF200、(F)Brn3A(赤:細胞核)とNF200(緑:細胞の軸索)、(G)Islet−1(赤:細胞核)とNF200(緑:細胞の軸索):網膜神経節細胞のサブタイプの一種が観察される。(H)NF200、Islet−1、(I)Brn3A、Tuj1、(J)Tuj1:成熟神経細胞の軸索の分化、(K)Synapsin1(緑)、Tuj1(赤色):Tuj1で染色された軸索に沿ってシナプス−前部の小胞マーカーであるSynapsin1が分布している。(L)Synapsin1/PSD−95:シナプス−前部の小胞マーカーであるSynapsin1とシナプス−後部小胞マーカーであるPSD−95が近接している。H9細胞株と同様に、プロトコールAによりヒト誘導多能性幹細胞株が成熟した電気生理学的な機能を有する「成熟網膜神経節細胞」に分化したことを示す。*スケールバー:A〜C、E〜H、J、L:50μm; D、I:100μm; K:20μm。
図15】ヒト胚性幹細胞のH9細胞株にプロトコールAによる方法を適用して分化させた39日目の電気生理学的分析の結果を示した図である。(A)ヒト胚性幹細胞由来−網膜神経節細胞で段階別の電流注入(pA)に反応して活動電位列車の形態の、強力で規則的なスパイキングを示す。これは生成された網膜神経節細胞が成熟した電気生理学的特性を獲得したことを示す。一般に、神経細胞が成熟するにつれて、活動電位は電流注入に応答して単一の短いスパイクから複数の持続するスパイクに変化する。(B)ヒト胚性幹細胞由来−網膜神経節細胞の電圧−開閉ナトリウム通路:−80mV〜+40mVの固定電圧で段階的脱分極反応に対する電流反応が 重ね合わされる。テトロドトキシン(TTX)を適用することにより、急速に活性化し、内向きナトリウム電流を不活性化した。(C)自発的興奮性シナプス後部の電流(sEPSCs)がヒト胚性幹細胞由来−網膜神経節細胞から分化誘導後39日目に、他の網膜組織との共培養なしに検出された。これは、ヒト胚性幹細胞由来−網膜神経節細胞間の機能的な興奮性シナプスが形成されたことを示す。
図16】ヒト胚性幹細胞のH9細胞株をプロトコールAによる方法を適用して分化させた59日目の電気生理学的分析の結果を示した図である。(A)カリウム電流:4−aminopyridine(4−AP)により外向きカリウム電流の急速−活性化分画が抑制された。(B)ヒト胚性幹細胞由来網膜神経節細胞における段階的電流注入(pA)に応答して、強力で規則的に活動電位の列が観察される。分化誘導後39日目と比較して、スパイク数は増加した。(C)段階別の電流注入(pA)に対するスパイク数のグラフ:注入された電流の強さに比例してスパイク数が増加する。(D)樹状突起(dendrite:Map2−陽性)に分布したグルタミン酸性シナプス−前部小胞(Vglut1)染色イメージ、(E)自発的興奮シナプス−後部の電流(sEPSCs):AMPA受容体に対する阻害剤であるCNQXによりsEPSCsが消滅した。グルタミン酸性である興奮性シナプスが形成されたことを示す。
図17】プロトコールBによる方法により分化したヒト胚性幹細胞H9細胞株の分化96日目の電気生理学的分析の結果を示した図である。(A)段階別の電流注入(pA)による列車の形態の活動電位スパイキングを示す。(B)自発的興奮シナプス−後部の電流(sEPSCs)を示す。AMPA受容体に対する阻害剤であるCNQXによりsEPSCsが消滅した。グルタミン酸性である興奮性シナプスが形成されたことを示す。
図18】プロトコールCによる方法により分化されたヒト胚性幹細胞H9細胞株の分化66日目の電気生理学的分析の結果を示した図である。(A)段階別の電流注入(pA)による列車の形態の活動電位スパイキングを示す。(B)自発的興奮シナプス−後部の電流(sEPSCs)を示す。グルタミン酸性である興奮性シナプスが形成されたことを示す。
図19】プロトコールBによる方法により39日目まで分化したヒト胚性幹細胞を分化39日目以降に分化培養液からIGF−1、Shh及び、RA(Retinoic acid)を除去した培養液を供給しながら成熟させた網膜神経節細胞の電気生理学的分析の結果を示した図である。(A)分化96日目のヒト胚性幹細胞由来−網膜神経節細胞において段階別の電流注入(pA)に反応して活動電位が列車の形態の強力で規則的な−スパイキング(regular-spiking)を示す。(B)分化96日目のヒト胚性幹細胞由来−網膜神経節細胞で自発的興奮シナプス−後部の電流(sEPSCs)を示す。グルタミン酸性である興奮性シナプスが形成されたことを示す。
図20】プロトコールAによる方法により分化したヒト誘導多能性幹細胞の分化39日目の電気生理学的分析の結果を示した図である。(A)ヒト誘導多能性幹細胞由来−網膜神経節細胞で段階別の電流注入(pA)に反応して活動電位が列車の形態の強力で規則的な−スパイキング(regular-spiking)を示す。これは、生成された網膜神経節細胞が成熟した電気生理学的特性を獲得したことを示す。(B)カリウム電流:4−aminopyridine(4−AP)により外向きカリウム電流の急速−活性化分画が抑制された。
図21】その他のWntシグナル伝達経路活性剤とShh受容体活性剤によるヒト胚性幹細胞由来−網膜神経節細胞の分化を示した図である。前記分画法に使用したWnt3a以外のWntシグナル伝達経路活性剤であるBIO(6-bromoindirubin-3’-oxime)2μMとノリン(Norrin)50ng/mL、そしてShh受容体活性剤であるPurmorphamine1μMとレチノイン酸(RA)500 nMを使用してプロトコールA法の時間スケジュールを適用して分化させた。分化39日目の免疫蛍光染色した結果、網膜神経節細胞のタンパクマーカーであるIslet−1(赤:細胞核)とNF200(緑:細胞の軸索)は、Wnt3aとShhを使用した分化の結果と同じ結果を示した。*スケールバー:A、C、D:100μm; B:50μm
図22】網膜神経節細胞の作製のためのプロトコールA分化法に用いたWnt3a、Shh及びRAの影響を解析した結果を示す。それぞれの因子を分化スケジュールに従って処理し、分化誘導後39日目に、網膜神経節細胞特異的マーカーを用いて免疫蛍光アッセイを行った。*スケールバー:50μm
図23】ヒト多能性幹細胞由来−網膜神経節細胞株の継代培養した細胞の形態を確認した結果である。細胞株の確立後の継代培養数16(passage number 16)の細胞であり、即ち、継代培養数15の細胞を3日間培養した細胞である。網膜神経節細胞株の継代培養した細胞は、試験管内で神経細胞の形態を示す。(A)培養液1で継代培養した細胞の形態、(B)培養液2で継代培養した細胞の形態、培養液1及び培養液2で継代培養した細胞は全て神経細胞の特徴的な細胞質の延長(elongation)、長い神経突起(neuritis)と位相が明るい細胞体(phase bright soma)を有する明確な神経細胞の形態を示す。*左図:位相差顕微鏡100倍;右側図面:200倍
図24】ヒト多能性幹細胞由来−網膜神経節細胞株の細胞マーカーの発現を確認した結果を示した図である。細胞は、細胞株樹立後継代培養数17の細胞であり、継代16日目の継代後3日目に免疫蛍光染色を行った。網膜神経節細胞の特徴的なマーカーは、ほぼすべての細胞で観察された。(A)Math5、(B)Brn3B、(C)Brn3A/Tuj1、(D)Synapsin1/Tuj1、(E)NF200、(F)KI67、(G)Thy1.2、(H)NMDAR1、(I)TrkB、*スケールバー:A〜I:50μm 核染色:DAPI(青)
図25】ヒト多能性幹細胞由来−網膜神経節細胞株における細胞内カルシウムの顕微鏡イメージであり、前記細胞は神経機能を有することを示す。継代培養数15のヒト胚性幹細胞由来−網膜神経節細胞を3日間培養した。細胞に1uMのfluor−4を処理し、1mMのグルタミン酸(glutamate)で刺激を与えた後、時間微分イメージが得られた。その結果、多くの生細胞でカルシウムが検出された。黒(最低)から白色(最高)までの連続画像スペクトルは、カルシウム濃度を表す。ヒト胚性幹細胞由来−網膜神経細胞節細胞細胞において、グルタミン酸刺激に反応して細胞質カルシウムが相当量増加した(矢印の頭)。
【発明を実施するための形態】
【0131】
以下、本発明を下記例により詳しく説明する。ただし、下記例は本発明を例示するためのもので、本発明の範囲が下記例により制限されるものではない。
【0132】
実施例1:幹細胞の培養
<1−1>ヒト胚性幹細胞の培養
ヒト胚性幹細胞株(human embryonic stem cell:hESC)であるH9(WA09、正常核型XX)とH7(WA07、通常の核型、XX)をWiCell研究機関(WiCell Research Institute、Madison、WI)から購入した。
【0133】
未分化状態のヒト胚性幹細胞株(H9 cells: passages 26 to 41; H7 cells: passages 23 to 32)を放射線が照射されたマウス胚繊維芽細胞株(mouse embryonic fibroblasts、MEF、Global Stem、Gaithersburg、MD)又はマイトマイシンが処理されたマウス胚繊維芽細胞株(EmbryoMax Primary Mouse Embryo Fibroblasts、Millipore、Billerica、MA)のようなフィーダ細胞上で、以下の培養液で培養することにより増殖させた:胚性幹細胞の培地[DMEM/F12(Invitrogen、Grand Island、NY)液、20%(v/v)ノックアウト血
清代替剤(KnockOut serum replacement、Invitrogen、Carlsbad、CA)、1mMのL−グルタミン(L-glutamine、Invitrogen)、0.1mMの非必須アミノ酸(nonessential amino acids、Invitrogen)、0.1mMのメルカプトエタノール(mercaptoethanol、Sigma-Aldrich、St. Louis、MO)、4ng/mlのヒト組換えFGF2(human recombinant basic fibroblast growth factor、Invitrogen)]。
【0134】
前記培養液を毎日交換し、前記未分化状態の幹細胞(図1A)を1:15〜1:18の割合で6日又は7日ごとに手技法やコラゲナーゼV(collagenase IV、Invitrogen)処理で継代培養(passage)した後、新たなマウス胚線維芽細胞株のフィーダ細胞に移した。ヒト胚性幹細胞の継代培養時に、未分化ヒト胚性幹細胞の特異的抗原であるOct4及びSSEA−4(Chemicon、Temecula、CA)を免疫化学染色し、分化の程度を定期的にモニターした。分化された細胞は除去した。一方、ヒト胚性幹細胞の分化に望ましくない影響を与えることができる胚性幹細胞株におけるマイコプラズマ汚染の存在は、MycoAlert mycoplasma detection kit(Cambrex、Rockland、ME)を使用して、周期的にモニターした。
【0135】
<1−2>ヒト誘導多能性幹細胞(induced pluipotent stem cells、iPSCs)の生成及び培養
ヒト誘導多能性幹細胞は、BJ1繊維芽細胞(neonatal foreskin fibroblast、ATCC)内にエピソーマルプラスミドベクター(Okita、Nat method 2011;8:409)を用いて、幹細胞の遺伝子(SOX2、KLF4、OCT4、L-MYC、LIN28、及びp53のための小さなヘアピンRNA)を形質導入して作製した。未分化状態のヒト誘導多能性幹細胞(継代数5〜9)を、放射線が照射されたマウス胚繊維芽細胞株(MEF、Global Stem、Gaithersburg、MD、USA)又はマイトマイシンが処理されたマウスSNL細胞(SNL 76/7 cell line、ECACC、Porton Down、UK)のようなフィーダ細胞上で、以下の培養液で培養することにより増殖させた:胚性幹細胞の培養[DMEM/F12(Invitrogen、Grand Island、NY、USA)液、20%(v/v)ノックアウト血清代替剤(Invitrogen、Carlsbad、CA、USA)を、1mMのL−グルタミン(Invitrogen)、0.1mMの非必須アミノ酸(Invitrogen)、0.1mMのメルカプトエタノール(Sigma-Aldrich、St. Louis、MO)、4ng/mlのヒト組換えFGF2(Invitrogen)]。
【0136】
前記培養液を毎日交換し、前記未分化状態の幹細胞(図2A)を1:12〜1:15の割合で6日又は7日ごとに手技法やコラゲナーゼIV(Invitrogen)処理で継代培養した後、新たなマウス胚線維芽細胞株のフィーダ細胞に移した。ヒト誘導多能性幹細胞の継代培養時、未分化されたヒト誘導多能性幹細胞の特異的抗原であるアルカリホスファターゼ(Sigma-Aldrich)、NANOG(Abcam、Cambridge、MA)及びSSEA−4(Chemicon、Temecula、CA)を免疫化学染色し(図2B及び2C)、分化の程度を定期的にモニターした。分化した細胞は除去した。未分化ヒト誘導多能性幹細胞の多能性を評価するために奇形腫(teratoma)アッセイを行った。免疫が抑制されたマウスモデルであるrd/SCIDマウスの背側にヒト誘導多能性幹細胞を1x10を移植してから10週後、形成された腫瘍を除去してH&E染色を行った(図2D)。
【0137】
ヒト誘導多能性幹細胞の分化に望ましくない影響を与えることができるヒト誘導多能性幹細胞におけるマイコプラズマ汚染の存在は、MycoAlert mycoplasma detection kit(Cambrex、Rockland、ME)を使用して、周期的にモニターした。
【0138】
実施例2:ヒト胚性幹細胞又はヒト誘導多能性幹細胞から眼球領域前駆体への分化
まず、実施例1の方法で培養されたヒト胚性幹細胞又はヒト誘導多能性幹細胞をマウスの胚繊維芽細胞から分離して、6−ウェル超低接着表面プレート(ultra-low attachment
plates、Corning Incorporated、Corning、NY、USA)にそれぞれ移した。
【0139】
前記6−ウェル超低接着表面プレートに移したヒト胚性幹細胞又はヒト誘導多能性幹細胞に眼球前駆細胞への分化を誘導するための培養液[DMEM/F12、10%のノックアウト血清代替剤、1mMのL−グルタミン、0.1mMの非必須アミノ酸、0.1mMのメルカプトエタノール、1%のB27サプリメント(Invitrogen)、1ng/mLの組換えノギン(R&D Systems)、1ng/mLの組換えDkk−1(recombinant Dickkopf-1、R&D Sytstems)及び5ng/mLの組換えIGF−1(recombinant insulin-like growth factor-1、R&D Systems)を加えた。培養液は3日目に吸引して、新たな培養液に交換し、細胞は4〜5日間培養して培養液中の浮遊凝集体の形態の眼領域前駆体を生成させた(図1B、3)。
【0140】
実施例3:眼球領域前駆体から網膜前駆細胞への分化
前記実施例2で生成された眼球領域前駆体(浮遊凝集体)を、6ウェルポリ−D−リジン/ラミニンでコーティングされたプレート(BD Biosciences)にウェルあたり53±8個の細胞(292±53細胞/浮遊凝集体)の密度、12ウェルのポリ−D−リジン/ラミニンでコーティングされたプレートには、ウェルあたり30±5個の細胞の密度、8ウェルのポリ−D−リジン/ラミニンでコーティングされたプレートには、12±4個の細胞の密度で植えた後、網膜前駆細胞への分化誘導培養液[DMEM/F12(Invitrogen)、1mMのエル−グルタミン(Invitrogen)、0.1mMの非必須アミノ酸(Invitrogen)、0.1mMのメルカプトエタノール(Sigma-Aldrich)、1%のB27サプリメント、1%のN2サプリメント(Invitrogen)、10ng/mLのDkk−1、10ng/mLのノギン、10ng/mLのIGF−1、5 ng/mLのFGF2]を供給して、
供給しながら培養して網膜前駆細胞(図1C)に分化させるために10日間培養した(プロトコールA)(図3、4)。プロトコールB(図5)とC(図6)は、本培地を7日間供給することにより実施した。
実施例4:網膜前駆細胞から未成熟網膜神経節細胞(imMature retinal ganglion cells:RGCs)への分化
前記実施例3で生成された網膜前駆細胞を未成熟網膜神経節細胞へ誘導分化するための培養液[DMEM/F12(Invitrogen)、1mMのL−グルタミン(Invitrogen)、0.1mMの非必須アミノ酸(Invitrogen)、0.1mMのメルカプトエタノール(Sigma-Aldrich)、1%のB27サプリメント(Invitrogen)、1%のN2サプリメント(Invitrogen)、10ng/mLのノギン、10ng/mLのIGF−1、5ng/mLのFGF2、50ng/mlの組換えWnt3a(recombinant Wnt3a、R&D Systems)]で3日間培養して、未成熟網膜神経節細胞に分化させた(図1D、3〜5)。プロトコールCは、 本培地を6日間供給することにより実施した(図6)。
【0141】
実施例5:未成熟網膜神経節細胞から成熟網膜神経節細胞への分化:段階1
前記実施例4で生成された未成熟網膜神経節細胞は分化培養液[DMEM/F12(Invitrogen)、1mMのL−グルタミン(Invitrogen)、0.1mMの非必須アミノ酸(Invitrogen)、0.1mMのメルカプトエタノール(Sigma-Aldrich)、1%のB27サプリメント(Invitrogen)、1%のN2サプリメント(Invitrogen)、10ng/mLのIGF−1、250ng/mLの組換えShh(recombinant Sonic hedgehog amino terminal peptide、Shh、R&D Systems)]を5日間供給することより、成熟網膜神経節細胞に分化させた(図1E、3〜6)。
【0142】
実施例6:未成熟網膜神経節細胞から成熟網膜神経節細胞への分化:段階2
前記実施例5で生成された網膜神経節細胞は分化培養液[DMEM/F12(Invitrogen)、1mMのL−グルタミン(Invitrogen)、0.1mMの非必須アミノ酸(Invitrogen)、0.1mMのメルカプトエタノール(Sigma-Aldrich)、1%のB27サプリメン
ト(Invitrogen)、1%のN2サプリメント(Invitrogen)、10ng/mLのIGF−1、250ng/mLのShh、500nMのオール−トランス−レチノ酸(all-trans retinoic acid 、RA、Sigma-Aldrich)]を17日間供給することにより成熟させた。前記実施例2〜6のすべての培養液は、2〜3日ごとに新しい培養液に交換し、前記細胞は5%の二酸化炭素(CO)、37℃で培養した(図1F、3〜6)。本網膜神経節細胞の培養液は分化120日目までの培養に使用した。
【0143】
実施例7:細胞分化関連マーカーアッセイ
<7−1>免疫化学染色及び細胞分化に関連マーカータンパク質発現の確認
前記実施例3〜6で得られた細胞の分化は、下記のように免疫化学染色を使用して確認した。
【0144】
前記眼球領域前駆体(浮遊凝集体)を、8−ウェルポリ−D−リジン/ラミニンがコーティングされたスライド(BD Biosciences、Bedford、MA)で、前記網膜前駆細胞、未成熟網膜神経節細胞及び成熟網膜神経節細胞への分化のために使用した同様の条件で培養した。各段階別で培養が完了した細胞を4%のパラホルムアルデヒド(paraformaldehyde、Sigma-Aldrich)で固定した後、3%のBSA(Jackson Immunoresearch Laboratory、Bar Harbor、ME、USA)と0.25%のトリトン−X−100(Triton X-100、Sigma-Aldrich)が含有されたPBSで非特異的反応をブロックした。
【0145】
90分間ブロックした後、各分化段階のスライドを表1のような各分化段階の細胞に特異的な抗体と共に4℃で一晩反応させた。前記抗体は、使用する前に、1%のBSAと0.25%のトリトンX−100を含有するPBS溶液に希釈した。スライドで培養された各段階の細胞をPBSで5分間、3回洗浄した後、Cy3(1:800、Jackson Immunoresearch Laboratory)又はAlexa488(1:500、Invitrogen)が結合された種特異的二次抗体(表1)と室温で2時間反応させた。一次抗体と二次抗体に対する適切な標準物質を利用し、非特異的染色や抗体間の相互反応有無を確認した。その後、前記細胞をPBSでそれぞれ5分間、3回洗浄した後、DAPI(4’,6-diamidino-2 phenylindole)で対比染色し、ベクタシールド(Vectashield、Vector Laboratories)で計数し、続いて落射蛍光顕微鏡 (Nikon Eclipse, E800, Tokyo, Japan) 及び共焦点顕微鏡 (Zeiss LSM510, Carl Zeiss, Inc, Thornwood, NY, USA) 下で視覚化した。400倍でランダムに選択した20個の顕微鏡視野から500個の細胞を計数し、各抗体に対する陽性反応について評価した。 抗体に対する陽性応答は、少なくとも3回の評価の後に決定された。
【0146】
<7−2>フローサイトメトリー分析及び細胞の分化に関連するマーカータンパク質発現の確認
細胞は、分化誘導後17日目と39日目に0.05%のトリプシン(Invitrogen)で分離させた。細胞は、Cytofix/Cytoperm緩衝液(Biosciences)で固定し、Perm/Wash緩衝液(BD Biosciences)を使用して洗浄した。細胞は、一次抗体と4℃で30分間反応させ、2次抗体と4℃で20分間反応させた(表1)。前記反応試料は、FACSCalibur(BD Biosciences)とFlowJo software(Treestar)で分析した。
【0147】
<7−3>ウェスタンブロットによる網膜神経節細胞の特異的マーカーの確認
前記培養された細胞は、分化誘導後39日目にプロテアーゼ阻害剤を含むタンパク質抽出緩衝液で溶解させた。総タンパク質濃度は、ブラッドフォードタンパク分析キットを使用して測定した。同量のタンパク質をポリアクリルアミドゲル(Any kD Mini-PROTEAN TGX precast polyacrylamide gels、Bio-Rad、Hercules、CA)にローディングした後、ポリビニリデンジフルオリドメンブレイン(polyvinylidene difluoride membrane、Milipore、Billerica、MA)に移した。このメンブレインを1次抗体(表1、Brn3B 1:1
000、Brn3A 1:1000、Tuj1 1:1000、NF200 1:1000、Actin 1:2,000)及び2次抗体(HRP-conjugated secondary antibody、Goat anti-mouse or anti-rabbit IgG、diluted 1:2,000、Santa Cruz、CA)と反応させた後、Chemiluminscence分析キット(Amersham ECL、GE Healthcare Life technology、Piscataway、NJ)を使用し、反応タンパクを検出した。
【0148】
【表1】
【0149】
分化に関連するマーカー発現の調査の結果、前記実施例4のプロトコールAの方法により分化誘導後17日目に得られたマーカーのフローサイトメトリー分析の結果(表2A)は、網膜前駆細胞のマーカーであるRaxが95.8±1.4%、Pax6が93.8±0.7%と示された(図7A)。一方、網膜神経節細胞の特異的マーカーであるMath5、Brn3B及びBrn3Aはそれぞれ95.2±1.2%、96.8±0.6%、及び97.5±0.9%であった。マウスの場合、網膜神経節細胞の初期段階で発現されるMath5は、胎生期11日目から生後1日目まで検出されることが報告されており、B
rn3B及びBrn3Aは胚発生の間に網膜神経節細胞の生成時から検出され、一生維持されることが知られている。また、これらマーカーは、大部分の網膜神経節細胞で同時に発現される。網膜神経節細胞のサブタイプのマーカーであるIslet−1は、16.4±2.7%で検出された。分化誘導後17日目の免疫蛍光染色の結果、陽性率はフローサイトメトリー分析の結果と同じであった。Math5とBrn3Bはほとんどの細胞核で強く染色された(図7B、C)。Brn3A(核染色)−陽性細胞の細胞質は、神経細胞の特異的マーカーであるTuj1(98.2±0.4%)で染色され(表2A、図7D)、神経細胞の一種である網膜神経節細胞への分化が行われたことが確認された。網膜神経節細胞の軸索で発現されるNF200に陽性細胞の約1/5は、網膜神経節細胞のサブタイプのマーカーであるIslet−1で染色された(表2A、図7E)。Islet−1陽性の網膜神経節細胞は、全体の網膜神経節細胞の3分の1程度を占めることが報告されている。細胞の軸索及び樹状突起で枝化、リングの形成、棘突起などの成熟はまだ観察されなかった。
【0150】
前記実施例6のプロトコールAの方法により分化誘導後39日目で得られた細胞マーカーのフローサイトメトリー分析の結果(表2B、図8)、Pax6−陽性細胞が82.3±3.5%と示された。Pax6は網膜前駆細胞だけでなく、網膜神経節細胞に分化した後にも継続的に発現されることが知られている(図9A)。Math5、Brn3B(図9B、F、G)及びBrn3A(図9C、D、H)−陽性細胞はそれぞれ77.3±2.7%、84.7±0.8%、89.9±2.3%と検出された。Math5は、細胞分化の進行により減少した。Islet−1―陽性細胞は、分化誘導後17日目で16.4±2.7%で、分化誘導後39日目には32.8±7.1%に増加し、全体網膜神経節細胞の約3分の1を占めるようになった(図9E)。一方、細胞増殖マーカーであるKI67−陽性細胞は、分化誘導後17日目に81.0±3.5%から18.4±3.5%と格段に減少した。免疫蛍光染色の結果、軸索のリングと棘突起、及び樹状突起の枝化、リング、棘突起などが網膜神経節細胞で観察され、成熟が進行したことが確認された(図9F〜I)。この成熟は分化誘導後59日目でさらに進行した(図10)。
【0151】
ウェスタンブロット分析でも、免疫化学染色及びフローサイトメトリー分析で確認した網膜神経節細胞の特異的マーカーであるBrn3B、Brn3A及び神経細胞特異的マーカーであるNF200、Tuj1が強く発現していることが確認された(図9J)。
【0152】
【表2】
【0153】
前記実施例5及び6のプロトコールB(図5)とプロトコールC(図6)により行った網膜神経節細胞への分化誘導後39日目に、細胞のタンパク発現マーカーを確認した。細胞マーカーのフローサイトメトリー分析の結果(表3A及びB)、細胞は網膜神経節細胞−特異的マーカーであるMath5、Brn3B及びBrn3Aに陽性で、神経軸索及び樹状突起のマーカーであるTuj1とNF200はプロトタイププロトコールAと類似していたが、プロトコールB及びCでは、サブタイプマーカーであるIslet−1に陽性細胞はそれぞれ12.4±2.5%及び7.8±1.6%に減少したことが観察された。一方、免疫蛍光染色法で細胞の形態を分析した結果、プロトコールAに比べて、プロトコールBは細胞の軸索及び樹状突起の陽性率と成熟度は類似するが、電気的機能を担当するシナプス−前部及び−後部のタンパク小胞の陽性率が低下していた(図11)。プロトコールCにおける細胞分化は、シナプス−前部及び−後部のタンパク小胞の生成は盛んであるが、相対的に軸索及び樹状突起の成熟が低下していた(図12)。
【0154】
【表3】
【0155】
ヒト胚性幹細胞株であるH9以外のH7及びヒト誘導多能性幹細胞は、実施例6のプロトコールAによる網膜神経節細胞への分化を誘導した。分化誘導後39日目に細胞マーカーの免疫蛍光染色及びフローサイトメトリーを行った。その結果、ヒト胚性幹細胞H7のMath5、Brn3B及びBrn3Aは、それぞれ95.0%、90.2%、及び94.4%で、H9細胞株と同じ陽性率が検出された(表4A)。免疫蛍光染色の結果は、軸索及び樹状突起の成熟特徴及び電気的機能を有するシナプス前部及びシナプス後部小胞の能動的生成を示した(図13)。
【0156】
ヒト誘導多能性幹胞では、Math5、Brn3B及びBrn3Aは、それぞれ73.0%、61.4%、及び77.0%で、H9細胞株より比較的減少した陽性率を示した(表4B)。免疫蛍光染色の結果は、 軸索及び樹状突起の成熟特徴及び電気的機能を有するシナプス前部及びシナプス後部小胞の能動的生成を示した(図14)。
【0157】
【表4】
【0158】
実施例8:ヒト多能性幹細胞から分化した網膜神経節細胞の電気生理学的特性及び機能評価
全細胞電圧記録と電流クランプ(current-clamp)記録は、人工脳脊髄液を記録チャンバーに1〜1.5mL/分の速度で注入することにより32±1℃で行った。前記人工脳脊髄液は、125mM NaCl、25mM NaHCO、2.5mM KCl、1.25mM NaHPO、2 mMCaCl、1mM MgCl、20mM グルコース、1.2mM ピルビン酸及び0.4mM Na−ascorbate組成で構成し、pH 7.4で95%O、5%CO飽和させた。パッチピペットは、3.5〜4.5MΩのチップ抵抗を有するものを用いた。全細胞の構成以降の連続抵抗(series resistance)は10MΩ〜15MΩであった。記録はEPC−10 amplifier(HEKA、Lambrecht-Pfalz、Germany)を使用して行い、記録時のピペット溶液は、143mM K−グルコン酸、7mM KCl、15mM HEPES、4mM MgATP、0.3mM NaGTP、4mM Na−ascorbate及び0.1mM EGTAで組成し、pHはKOHを使用して7.3に合わせた。自発性の興奮性シナプス−後部の電流(spontaneous excitatory postsynaptic currents(sEPSCs))は、固定電圧−70 mVで記録した。自発的シナプス−後部の電流のパターンを特定するには、6−cyano−7−nitroquinoxaline−2,3−dione(CNQX、50μM)、D−(−)−2−amino−5−phosphonopentanoic acid(AP5、50μM)と(+)−Bicuculline(50μM)を実験チャンバー(Simga−Aldrich)のバス溶液に注入した。CNQXはAMPA受容体、AP5はNMDA受容体、BicucullineはGABA受容体をそれぞれ遮断した。Na+電流はテトロドトキシン(TTX、1uM)で、K+電流は4−アミノピリジン(4−AP、1mM)(Simga−Aldrich)遮断した。
【0159】
<8−1>ヒト多能性幹細胞から分化した網膜神経節細胞の電気生理学的特性の評価
本研究の発明における分化したヒト多能性幹細胞−由来網膜神経節細胞の電気的特性を評価するために、まず、プロトコールAにより分化した網膜神経節細胞を評価した。分化誘導後39日目に行った活動電位の評価で段階的電流注入に反応して活動電位列車形態の強力かつ規則的なスパイキングが観察された(図15A)。全細胞パッチクランプ記録の結
果、電圧−開閉ナトリウム通路が存在することが確認され、テトロドトキシン(tetrodotoxin)により抑制した(図15B)。したがって、ヒト多能性幹細胞−由来網膜神経節細胞は、電気的興奮性細胞に分化したことが確認された。また、分化誘導後59日目の活動電位の評価では、段階的電流注入に反応して活動電位が分化誘導後39日目より成熟していることが確認された(図16B)。 発生学的発達の過程における神経細胞は、経時伴い成熟した電気的な点火が可能な細胞に発達することが報告されている。これは、生体内で観察されるのと同じ現象である(非特許文献10)。プロトコールB(図17A)及びプロトコールC(図18A)及びヒト誘導多能性幹細胞(図20)により分化した網膜神経節細胞でも類似の結果を確認した。本発明のプロトコールにより分化した網膜神経節細胞は、経時に伴い電気的成熟度及び機能が増加することが確認された。
【0160】
<8−2>ヒト多能性幹細胞から分化した網膜神経節細胞の電気生理学的機能の評価
本発明によりヒト多能性幹細胞から分化した網膜神経節細胞は、機能的な興奮性シナプスを形成する。シナプス形成は、神経ネットワークの形成に非常に重要な段階である。ヒト多能性幹細胞由来−網膜神経節細胞間の物質的シナプスの形成は、超解像度顕微鏡を用いてシナプス−前部と−後部の小胞タンパク質の位置を確認した。シナプスは、シナプス−前部と−後部の区画に特異的なタンパク質が並置されたMAP2染色によって検出された樹状突起の近くに見出された直径数百ナノメートルの領域として定義した。シナプス−前部と−後部のタンパク小胞に対する抗体をシナプスを検出するために使用した:興奮性グルタミン酸性シナプス−後部のタンパク小胞のPSD−95(glutamatergic postsynaptic density 95)とシナプス−前部のタンパク小胞のシナプシン1(synapsin1)に対する抗体を使用した。多能性幹細胞−由来網膜神経節細胞で生成されたPSD−95は、樹状突起に沿って又はその100nmサイズ範囲で豊富であり、シナプス−前部の小胞であるシナプシン1と重ならず、並べられた状態で位置した(図10G、H)。これは、別のヒト胚性幹細胞の細胞株であるH7(図13G、H)、及びヒト誘導多能性幹細胞(図14K、L)に由来した網膜神経節細胞の全てで確認され、この現象は、ヒトの多能性幹細胞由来−網膜神経節細胞間に物理的なシナプスを形成していることを立証する現象である。
【0161】
一方、細胞間で形成された物理的シナプスを電気生理学的に評価した。自発性の興奮性シナプス−後部の電流(sEPSCs)は他の網膜組織との共培養なしでヒト胚性幹細胞由来−網膜神経節細胞で分化誘導後39日目に検出され(図15C)、ヒト胚性幹細胞由来−網膜神経節細胞間の機能的な興奮性シナプスが形成されたことを示す。また、分化誘導後59日目(図16E)に評価したsEPSCsの頻度とスパイキングの深さがより増加したことが確認され、神経分化への成熟度が経時に従ってより進行させたことを暗示する。前記sEPSCsはCNQXにより遮断されることが確認され、AMPA媒介興奮性グルタミン酸作動性神経細胞の一種類であることを提示する。類似の結果がプロトコールB(図17B)とC(図18B)により分化された網膜神経節細胞で観察された。
【0162】
実施例9:ヒト胚性幹細胞又はヒト誘導多能性幹細胞から網膜の光受容体細胞への分化及び網膜神経節細胞への分化プロトコールの比較
本発明者らは、先行特許である特許文献1及び特許文献2を通じて幹細胞から網膜細胞を分化する方法を開示した。
【0163】
前記文献に開示された方法によると、網膜前駆細胞からの光受容体細胞の分化は最大約80%に最大化された。しかし、その網膜神経節細胞への分化は部分的で、約6%しか進行しなかった。
【0164】
<9−1>ヒト胚性幹細胞又はヒト誘導多能性幹細胞から網膜の光受容体細胞への分化
ヒト胚性幹細胞又はヒト誘導多能性幹細胞から眼球領域前駆体及び網膜前駆細胞への分
化は、前記実施例1〜3と同様に行った。
【0165】
分化誘導後13日目、前記実施例3で生成された網膜前駆細胞に光受容体前駆体の分化培養液[DMEM/F12(Invitrogen)、1mMのエル−グルタミン(Invitrogen)、0.1mMの非必須アミノ酸(Invitrogen)、0.1mMのメルカプトエタノール(Sigma-Aldrich)、1%のB27サプリメント(Invitrogen)、1%のN2サプリメント(Invitrogen)、10ng/mLのノギン、10ng/mLのIGF−1、5ng/mLのFGF2及び50ng/mlの組換えWnt3a(recombinant Wnt3a、R&D Systems)]を5日間供給しながら培養し、光受容体前駆体に分化させた。分化誘導後18日目は、光受容体前駆体培養液に250ng/mLの組換えShh(recombinant Sonic hedgehog amino terminal peptide、Shh、R&D Systems)]を添加して5日間供給しながら培養して光受容体細胞に分化させた。分化21日目、光受容体細胞の培養液にレチノイン酸(RA)500nMを添加して29日目まで培養し、生成された光受容体細胞を成熟させた。29日目以降の光受容体細胞の維持培養を継続する場合にもWnt3a、Shh及びRAが添加された培養液を継続的に供給した。前記培養法で生成された細胞を免疫蛍光法で分析時の光受容体細胞は80%以上、網膜神経節細胞は、6%程度と確認された。
【0166】
<9−2>ヒト胚性幹細胞又はヒト誘導多能性幹細胞から網膜神経節細胞への分化
ヒト胚性幹細胞又はヒト誘導多能性幹細胞から網膜神経節細胞への分化は、眼球領域前駆体と同様の方法で行い、網膜前駆細胞への分化は、分化14日目に50ng/mlの組換えWnt3aを3日間だけ供給し、それ以後には除去した以外は光受容体細胞への分化と同一であった。また、ShhとRAは、Wnt3aを除去した後に供給した。すなわち、網膜神経節細胞への分化開始後、網膜神経節細胞を分化され成熟した時に、Wnt3aを除去し、各段階でShhとRAを添加した。
【0167】
前記培養法で生成された細胞を免疫蛍光法で分析した結果、光受容体細胞に関連するマーカーであるCrxとRet−P1は観察されなかった。
【0168】
実施例10:未成熟網膜神経節細胞から成熟網膜神経節細胞への分化:段階2
実施例6で得られた成熟網膜神経節細胞は実施例6の分化培養方法を用いてで成熟させることができるが、また、分化誘導後39日目以後から、前記分化培養液からIGF−1、Shh及び、レチノイン酸を除去した培養液を供給しながら、網膜神経節細胞を成熟させることもできる。電気生理学的分析は分化誘導後96日目で行って成熟度を評価した(図19)。また、網膜神経節細胞を分化誘導後32日目から前記のように成熟させ、その結果、IGF−1、Shh及びレチノイン酸を全て含む培養液を使用した場合と成熟度が類似の結果を示した。
【0169】
実施例11:Wntシグナル伝達経路活性剤とShh受容体活性剤によるヒト胚性幹細胞由来−網膜神経節細胞の分化
ヒト胚性幹細胞又はヒト誘導多能性幹細胞から眼球領域前駆体又は網膜前駆細胞への分化は、前記実施例1〜3と同様に行った。
【0170】
分化誘導後14日目に前記実施例3で生成された網膜前駆細胞を分化培養液[DMEM/F12(Invitrogen)、1mMのL−グルタミン(Invitrogen)、0.1mMの非必須アミノ酸(Invitrogen)、0.1mMのメルカプトエタノール(Sigma-Aldrich)、1%のB27サプリメント(Invitrogen)、1%のN2サプリメント(Invitrogen)、10ng/mLのノギン、10ng/mLのIGF−1、5 ng/mLのFGF2及び50ng/mlの組換えWnt3a(recombinant Wnt3a、R&D Systems)]で培養し、50ng/mlの組換えWnt3aの代わりにWntシグナル伝達経路活性剤であるBIO(6-bromoindirubin-3’-oxime)2μM又はノリン(Norrin)50ng/mLを添加した後、3
日間培養して未成熟網膜神経節細胞に分化させた。分化誘導後17日目に、こうして生成された未成熟網膜神経節細胞を培養して、分化培養液[DMEM/F12(Invitrogen)、1mMのエル−グルタミン(Invitrogen)、0.1mMの非必須アミノ酸(Invitrogen)、0.1mMのメルカプトエタノール(Sigma-Aldrich)、1%のB27サプリメント(Invitrogen)、1%のN2サプリメント(Invitrogen)、10ng/mLのIGF−1、250ng/mLの組換えShh(R&D Systems)]に250ng/mLのShhの代わりにShh受容体活性剤であるPurmorphamine 1μMを添加した後、5日間成熟網膜神経節細胞に分化させた。分化誘導後22日目に、前記成熟網膜神経節細胞は前記培養液にレチノイン酸(RA)500nMを添加して製造した培養液を用いて、39日間成熟させた。
【0171】
この方法により生成された細胞の免疫蛍光法は、網膜神経節細胞マーカーであるIslet1とNF200を使用して行い、Wnt3a及びShhを使用した結果と同じ結果を取得した(図21)。
【0172】
実施例12:ヒト多能性幹細胞−由来網膜神経節細胞の細胞株
網膜神経節細胞の産生におけるプロトコルA分化法に用いたWnt3a、Shh及びRAのそれぞれの効果を調べるために、各因子をプロトコールAの分化スケジュールに従って処理し、分化誘導後39日目に網膜神経節細胞特異的マーカーを用いて免疫蛍光アッセイを実施した(図22)。
【0173】
1μg/mLのWnt3aアンタゴニストであるDkk1で分化誘導後14〜17日目にWnt3aの代わりに処理し、ShhとRAを分化スケジュールに従って処理した後、免疫蛍光アッセイを行った。その結果、網膜神経節細胞はWnt3aが添加されず、網膜前駆細胞の内在性Wnt3aがDkk1によって阻害された(すべてのマーカー陽性率:2%未満)ため、ほとんど生成されなかった。
【0174】
Shh及びRAをWnt3aの処置なしにそれぞれの分化スケジュールに従って処置すると、少数の網膜神経節細胞が、網膜前駆細胞の内因性Wnt3aの影響によって産生された(すべてマーカー陽性率:約10%〜15%) (図22(B))。
【0175】
ShhおよびRAの処置なしでWnt3aのみ処置された場合、網膜神経節細胞の80%又はそれ以上がWnt3aの影響により産生された。しかし、網膜神経節細胞の軸索の口径成長及び纖維束攣縮はshhの欠如のために遅延した(NF200染色参照)。さらに、網膜神経節細胞のシナプス形成及び樹状突起棘の発達は、RAが存在しないために観察されなかった(TUJ1染色参照)(図22(C))。
【0176】
RA処置なしでWnt3a及びShhを処置すると、網膜神経節細胞の80%以上がWnt3aの影響により産生され、Shhの効果も観察された。 しかし、網膜神経節細胞のシナプス形成及び樹状突起棘の発達は、RAが存在しないために阻害された(TUJ1染色参照)(図22(D))。
【0177】
Shhの処置なしでWnt3a及びRAを処置すると、網膜神経節細胞の80%以上がWnt3aの影響により産生されるが、shhの欠如のためにNF200陽性軸索の口径成長及び纖維束攣縮が遅延された(NF200染色参照) 。
【0178】
これらの結果は、Wnt3aの処置が網膜神経節細胞の分化において重要な役割を果たすことを示唆している。また、RA及びShhが予定に従って適切に処置された場合、網膜神経節細胞が十分に分化され得ることも確認された。
【0179】
実施例13:ヒト多能性幹細胞由来の網膜神経節細胞の細胞株
幹細胞から各臓器の成熟細胞への分化は、長時間がかかり、専門家らの多くの時間と労力、試薬などが必要される。もし分化の最終、又は中間段階の細胞を細胞株にすることができれば、このような分化誘導時間を大幅に減らすことができる。即ち、分化して成熟した細胞を製作する場合、幹細胞株からではなく、製作された細胞株から分化を誘導し、短時間で成熟細胞を製作することができる。本研究者は、このような目的で分化のほぼ最終段階の成熟した細胞から細胞株の製作を試みて成功した。幹細胞の分化は、非対称細胞分裂(asymmetric division)で進められる。即ち、細胞分裂後に生成される2つの娘細胞がそれぞれ異なる細胞の運命を有しており、一つの細胞は、元来の幹細胞のクローンであり、他の娘細胞は、幹細胞の性向を捨てて分化に進める細胞である。本研究者の発明は、分化成熟した細胞を2次培養すると、成熟した分化細胞は、環境の変化により死滅し、その中にいた幹細胞の性向を有する細胞が増殖して細胞株になるようにする。特に、元来の分化した細胞の性向と幹細胞の性向を同時に有する分化の中間段階の細胞株を作製したことは重要な発明である。
【0180】
細胞は、分化誘導後32日目又は39日目に0.05%のトリプシン(Invitrogen)で解離させた。取得した細胞を、次の培養液中の一種類の培養液を添加し、それぞれ1.5〜1.6x10/cmずつ培養フラスコ、皿又はプレートに植え付けた。下記両培養液(培養液1、培養液2)はいずれも細胞の増殖能力、継代培養回数及び周期、特性などは同じであった。細胞は5%の二酸化炭素(CO)、37℃で下記培養液を、それぞれ2〜3日ごとに交換して培養し、培養増殖した細胞は、1:6〜1:10の割合で3〜4日ごとに0.05%のトリプシン処理で継代培養した。
【0181】
培養液1:[IMDM(Invitrogen)、15%のFBS、1mMのエル−グルタミン(Invitrogen)、0.1mMのメルカプトエタノール(Sigma-Aldrich)、1%Insulin/Transferrin/Selenium-X(Invitrogen)]。
【0182】
培養液2:[IMDM(Invitrogen)、15%のFBS、1mMのエル−グルタミン(Invitrogen)、0.1mMのメルカプトエタノール(Sigma-Aldrich)、5ng/mLのFGF2、10ng/mLのIGF−1、5ng/mLのヒト組換えEGF(human recombinant Epidermal growth factor Peprotech、Rocky Hill、NJ)]。
【0183】
細胞は、継代培養数20(passage number 20:p20)まで培養を行い、培養液1及び培養液2で継代培養した細胞はいずれも試験管内で神経細胞の形態を示した(図23)。継代培養数15〜17(p15〜p17)におけるヒト多能性幹細胞由来−網膜神経節細胞株は細胞特性及び神経的機能を評価するために使用した。網膜神経節細胞に特異的なマーカーに対する抗体を使用して免疫蛍光染色を前記実施例7の方法により行い、神経的機能の評価は、神経細胞の機能をLive Cell Ca2+ imagingを通じて評価した。
【0184】
カルシウムイメージ解析は、18mm coverslipに培養された細胞をTyrode’s溶液(119 mM NaCl、2.5 mM KCl、2 mM CaCl2、2 mM MgCl2、25 mM HEPES、30
mM glucose、pH 7.4)で2〜3回洗浄後、1μM Fluo−4−AM(Life technologies、Carlsbad、CA、USA)染料を添加し、37℃で培養した。15分間培養した後、Tyrode’s溶液で10分間洗浄した。時間差イメージは40x(1.0 NA)oil lensが装着されたOlympus IX−71 inverted microscope(Olympus、Tokyo、Japan)とEMCCD(iXon887、Andor Technologies、Belfast、Northern Ireland)で30分間、0.5秒ごとに得た。10番目のイメージフレームから細胞を1mMグルタミン酸で10秒間刺激した。刺激した後、細胞はTyrode’s溶液で続けて貫流した。
【0185】
免疫蛍光染色の結果は、神経節細胞の特異的なマーカーである、Math5(98.9%)、Brn3B(52.4%)、及びBrn3A(99.7%)が全て発現していることを示し、機能マーカーであるThy1.2(86.1%)、TrkB(44.0%)、NMDAR−1(97.0%)マーカーも発現していた。また、神経細胞の特異的なマーカーであるTuj1(100%)、及び網膜神経節細胞の軸索マーカーであるNF200(98.5%)も強く発現していた。一方、細胞増殖マーカーであるKI67(49.2%)が評価され、細胞増殖能を有する細胞株として評価された(図24)。
【0186】
網膜神経節細胞の細胞株の神経機能は細胞内カルシウムイメージにより検査した。継代培養した細胞に1uMのfluor−4を処理し、1mMグルタミン酸で刺激を与えた。その結果、多数の生きている細胞はグルタミン酸刺激に反応して細胞内カルシウムが相当量増加することが確認された。これは、網膜神経節細胞の細胞株が神経機能を有していることを示す(図25)。
【0187】
以上の説明から、本発明が属する技術分野の当業者であれば、本発明がその技術的思想や必須の特徴を変更することなく、他の具体的な形態で実施されることがあることを理解できるだろう。これに関連し、以上で記述した実施例はあくまで例示的なものであり、限定的なものでないことを理解すべきである。本発明の範囲は前記詳細な説明よりは、後述する特許請求の範囲の意味及び範囲、そしてその等価概念から導かれるあらゆる変更又は変形された形態が本発明の範囲に含まれるものと解釈すべきである。
図1
図2
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図5
図6
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