【実施例1】
【0015】
図1は、実施例1および比較例に係る弾性波デバイスの斜視図である。
図1に示すように、膜厚T1の支持基板10の上面上に膜厚T2の圧電基板12が配置され、圧電基板12の下面が支持基板10の上面と接合されている。支持基板10はサファイア基板である。圧電基板12はタンタル酸リチウム基板である。支持基板10の上面と圧電基板12の下面との間にアモルファス層14が形成されている。なお、アモルファス層14の厚さは10nm以下と非常に小さいため、膜厚T1、T2に対してほとんど無視できる。
【0016】
圧電基板12の上面には、一端子対共振子18が形成されている。一端子対共振子18は、圧電基板12上に形成されたアルミニウム(Al)等の金属層16からなるIDT(Interdigital Transducer)17aと反射電極17bとを有している。IDT17aは、2つの櫛型電極から形成されている。反射電極17bは、IDT17aの両側に配置されている。IDT17aの櫛型電極は弾性表面波(主にSH波)を励振する。励振された弾性波は、反射電極17bにより反射される。弾性波の伝搬方向は、圧電基板12の結晶方位におけるX軸方向である。IDT17aが励振する弾性表面波の波長λはIDT17aの電極指のピッチの2倍に相当する。弾性表面波が実施例1に係る弾性波デバイスの機能に寄与する弾性波である。なお、IDT17aが励振する弾性波は、弾性境界波またはラブ波でもよい。
【0017】
支持基板10と圧電基板12とは常温接合されている。支持基板10と圧電基板12との常温接合の方法の例を説明する。まず、支持基板10の上面および圧電基板12の下面に、不活性ガスのイオンビーム、中性ビーム、またはプラズマを照射する。これにより、支持基板10の上面および圧電基板12の下面に数nm以下のアモルファス層が形成される。アモルファス層の表面には未結合の結合手が生成される。未結合の結合手の存在により、支持基板10の上面および圧電基板12の下面は活性化された状態となる。支持基板10の上面と圧電基板12の下面の未結合の結合手同士が結合する。これにより、支持基板10と圧電基板12は、常温において接合される。接合された支持基板10と圧電基板12との間には、アモルファス層14が一体化して配置される。アモルファス層14は、例えば1nmから8nmの厚さを有する。ここで、常温とは、100℃以下かつ−20℃以上であり、好ましくは80℃以下かつ0℃以上である。
【0018】
支持基板10と圧電基板12とが常温で接合されることにより、支持基板10および圧電基板12に加わる応力を小さくできる。例えば、弾性波デバイスを使用するときに、弾性波デバイスには、常温より高い温度が加わる、また低い温度が加わる。常温接合された弾性波デバイスは、高温および低温の両方において熱応力を抑制できる。常温接合された弾性波デバイスは、高温(例えば150℃)と低温(例えば−65℃)とを繰り返す温度サイクル試験において、基板の割れ等を抑制できる。常温で接合されたか否かは、残留応力の温度依存性により確かめることができる。すなわち、接合された温度において、残留応力が最も小さくなる。
【0019】
タンタル酸リチウムの結晶方位X軸の線熱膨張係数は16.1ppm/℃である。このため、回転YカットX伝搬タンタル酸リチウム基板では弾性波の伝搬方向の線熱膨張係数が大きい。タンタル酸リチウム基板を用い弾性波デバイスを形成すると、タンタル酸リチウム基板が温度により膨張および収縮する。これにより、弾性波デバイスの共振周波数等の周波数温度依存性が大きくなる。
図1の構造では、サファイア基板の線熱膨張係数は7.7ppm/℃と小さい。これにより、支持基板10が圧電基板の膨張および収縮を抑制する。よって、弾性波デバイスの周波数温度依存性が抑制できる。
【0020】
支持基板10がサファイア基板であり、圧電基板12がタンタル酸リチウム基板の場合、弾性波デバイスの周波数温度特性を改善させるためには、特許文献1のように、支持基板10厚さを圧電基板12の3倍以上とすることになる。
【0021】
圧電基板12を支持基板10に常温接合すると圧電基板12と支持基板10との界面は平坦になる。このため、IDT17aが弾性表面波を励振したときに励振されるバルク波が圧電基板12と支持基板10との界面のアモルファス層14において反射される。反射されたバルク波がIDT17aに達するとスプリアスとなる。
【0022】
特許文献1のように、バルク波の反射に起因したスプリアスを抑制するためには、圧電基板12の厚さをIDT17aが励振する弾性表面波の10倍以上とすることになる。
【0023】
弾性波デバイスの小型化のため、支持基板10と圧電基板12と合計の膜厚T1+T2を小さくすることを考える。
図2(a)および
図2(b)は、それぞれ膜厚T1+T2が150μmおよび100μmのときの支持基板10の膜厚T1と圧電基板12の膜厚T2を周波数に対し示した図である。バルク波に起因したスプリアスを抑制するため圧電基板12の膜厚T2を弾性波の波長λの10倍としている。支持基板10をサファイア基板とし、圧電基板12を42°回転YカットX伝搬タンタル酸リチウム基板とし、SH波の音速を4000m/sとする。
【0024】
図2(a)および
図2(b)に示すように、周波数が低くなるとT1+T2に対するT1の割合が小さくなる。これにより、支持基板10が圧電基板12の膨張および収縮を抑制するという機能が妨げられる。例えば、特許文献1において示されているようにT2/T1=1/3となる実線30を示す。特許文献1によれば、実線30より圧電基板12の膜厚T2が大きければ、支持基板10の機能が妨げられる。基板厚T1+T2が150μmのとき、弾性波の周波数が1000MHz以下とすると、支持基板10が機能しなくなる。基板厚T1+T2が100μmのとき、弾性波の周波数が1500MHz以下とすると、支持基板10が機能しなくなる。このように、基板厚T1+T2を小さくすると支持基板10の機能を確保することが難しくなる。
【0025】
以上のように、特許文献1のT1およびT2の範囲で基板厚を小さくすることは難しい。これは、圧電基板12の膜厚T2を10λ以下とすると界面で反射されたバルク波に起因したスプリアスが大きくなるためである。
【0026】
界面で反射されたバルク波によるスプリアスは、特許文献2のように、支持基板10と圧電基板12をともにタンタル酸リチウム基板とした場合、特許文献3にように、支持基板10と圧電基板12とを常温接合せず間に媒質層を挿入した場合は生じない課題である。特許文献3には、SH波の高次の弾性波に起因したスプリアスについて記載されている。しかし、このスプリアスは主応答(SH波に起因した共振点および反共振点)の1.2倍から1.5倍の周波数に現れるものであり、主応答内またはごく近傍に生じる界面で反射されたバルク波に起因したスプリアスとは異なる。
【0027】
発明者らの検討によると、圧電基板12の膜厚T2をλ以下とすると、バルク波に起因したスプリアスが抑制されることがわかった。これは、特許文献1に記載された常識を覆すものである。以下、櫛形電極の弾性波デバイスの実用的な周波数である600MHzから3000MHzにおける検討結果について説明する。
【0028】
以下の条件で、周波数に対するアドミッタンスをシミュレーションした。
支持基板10:サファイア基板、厚さT1が無限大
圧電基板12:42°回転YカットX伝搬タンタル酸リチウム基板、膜厚T2が10λ、1λ、0.8λおよび0.5λ
IDT17a:波長λが4μm、電極指のデュティ比(ライン/(ライン+スペース))が50%、対数が120対、開口長が30λ
【0029】
図3(a)から
図3(d)は、周波数に対するアドミッタンスを示す図である。周波数は、規格化した周波数である。
図3(a)に示すように、圧電基板1の膜厚T2が10λでは、共振周波数より高い周波数において、バルク波に起因したスプリアス32が観察される。
図3(b)に示すように、T2が1λでは、バルク波に起因したスプリアス32はほとんど観察されない。
図3(c)および
図3(d)に示すように、T2が0.8λおよび0.5λでは、バルク波に起因したスプリアスは観察されない。このように、圧電基板12の膜厚T2をλ以下とすることにより、界面におけるバルク波の反射に起因したスプリアスを抑制できる。さらに、T2が0.8λ以下ではスプリアスをさらに抑制できる。
【0030】
次に、周波数に対する減衰量を以下の条件でシミュレーションした。
支持基板10:サファイア基板、厚さT1が約152μm
圧電基板12:42°回転YカットX伝搬タンタル酸リチウム基板、膜厚T2が実施例1では0.65λ、比較例1では8.7λ
IDT17a:波長λが4.6μm、電極指のデュティ比(ライン/(ライン+スペース))が50%、対数が120対、開口長が30λ
【0031】
図4(a)および
図4(b)は、周波数に対する減衰量を示す図である。
図4(b)は
図4(a)の拡大図である。
図4(a)および
図4(b)に示すように、比較例1では反共振周波数より高い周波数領域においてスプリアスが生じている。実施例1ではスプリアスが生じていない。
【0032】
このように、圧電基板12の膜厚T2をλ以下とすると、バルク波に起因したスプリアスが抑制されることがわかった。この理由は明確ではないが、T2がλ以下では、バルク波の膜厚方向の伝搬が抑制されるためと考えられる。
【0033】
図5(a)から
図5(c)は、それぞれ膜厚T1+T2が150μm、100μmおよび50μmのときの支持基板10の膜厚T1と圧電基板12の膜厚T2を周波数に対し示した図である。圧電基板12の膜厚T2を弾性波の波長λとしている。その他は
図2(a)および
図2(b)と同じである。
【0034】
図5(a)から
図5(c)に示すように、周波数が高くなるとT1+T2に対するT1の割合が小さくなる。しかし、いずれの周波数においてもT2は実線30以下である。すなわち、いずれの周波数のおいても支持基板10が圧電基板12の膨張および収縮を抑制するという機能が発揮できる。
図5(c)のように、T1+T2が50μmであっても、スプリアスを抑制し、かつ支持基板10の機能を確保できる。
【0035】
T1+T2が150μm程度のサンプルについて温度サイクル試験を行った。温度サイクル試験の条件は、室温、−65℃、室温、+150℃、室温を1サイクルとして、1000サイクルである。以下に実施例1および比較例1の膜厚は以下である。
実施例1:T1=152μm、T2=3μm
比較例1:T1=115μm、T2=40μm
チップサイズ:1.04mm×0.88mm(送信フィルタ)、1.04mm×0.50mm(受信フィルタ)
【0036】
温度サイクル試験の結果、比較例1ではクラックが発生したが、実施例1では発生しなかった。これは、支持基板10が薄くなると、支持基板10にクラックが入りやすくなる。かつ圧電基板12が厚いと圧電基板12からの熱応力が大きくなるためである。
【0037】
支持基板10と圧電基板12との界面におけるバルク波の反射の課題は、支持基板10と圧電基板12との材料が異なり(音響インピーダンスが異なり)、かつ常温接合している場合特有の課題である。圧電基板12の膜厚T2がλ以下でこのバルク波に起因したスプリアス抑制される理由がバルク波の膜厚方向の伝搬が抑制されるためとすると、支持基板10はサファイア基板以外であってもよく、圧電基板12はタンタル酸リチウム基板以外であってもよい。
【0038】
このように、支持基板10の上面に支持基板10と異なる材料からなる圧電基板12が常温接合すると、界面で反射したバルク波に起因したスプリアスが発生する。実施例1によれば、圧電基板12の厚さT2を櫛型電極が励振する弾性波(弾性表面波)の波長λ以下とする。これにより、界面で反射したバルク波に起因したスプリアスを抑制できる。
【0039】
圧電基板12の厚さT2は波長λの0.8倍以下が好ましく、0.5倍以下がより好ましい。なお、弾性波の波長λは、櫛型電極の電極指の平均ピッチ(IDTとしては電極指の平均ピッチの2倍)とすることができる。
【0040】
支持基板10としては、例えばシリコン基板、スピネル基板またはアルミナ基板を用いることができる。圧電基板12としては、ニオブ酸リチウム基板、水晶基板またはランガサイト基板を用いることができる。例えばシリコンの線熱膨張係数は3.9ppm/℃である。このため、圧電基板12がタンタル酸リチウム基板のときに、支持基板10をサファイア基板とすることで、弾性波デバイスの温度特性を改善できる。
【0041】
支持基板10をサファイア基板、圧電基板12をタンタル酸リチウム基板とした場合、
図5(a)のように支持基板10と圧電基板12と厚さの合計T1+T2を150μm以下とすることができる。また、
図5(b)および
図5(c)のように、T1+T2を100μm以下または50μm以下とすることもできる。
【0042】
温度サイクル試験によるクラックを抑制するため、T2/T1は0.07以下が好ましく、0.05以下がより好ましく、0.03以下が一層好ましい。
【0043】
支持基板10は複数の層を有していてもよい。すなわち、支持基板10は、基板と基板上に形成された基板と材料が異なる層を有し、圧電基板12は層の上面に常温接合されていてもよい。このとき、圧電基板12は、基板および層とは異なる材料からなる。基板上に形成された層は複数でもよい。
【0044】
圧電基板12と支持基板10とは、特開2011−233651号公報に記載されているようなイオン注入剥離法を用いる方法で接合されていてもよい。すなわち、圧電基板12の表面に水素等のイオンを注入する。イオン注入した表面と支持基板10とを常温接合する。その後、熱処理を行なう。これにより、圧電基板12が表面の所望の厚さを残し剥離される。以上により、支持基板10上に圧電基板12が常温接合される。