特許第6495172号(P6495172)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6495172金属めっき被覆ステンレス材、および金属めっき被覆ステンレス材の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6495172
(24)【登録日】2019年3月15日
(45)【発行日】2019年4月3日
(54)【発明の名称】金属めっき被覆ステンレス材、および金属めっき被覆ステンレス材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 28/00 20060101AFI20190325BHJP
   C23C 22/50 20060101ALI20190325BHJP
   C23C 18/42 20060101ALI20190325BHJP
【FI】
   C23C28/00 C
   C23C22/50
   C23C18/42
【請求項の数】10
【全頁数】25
(21)【出願番号】特願2015-537885(P2015-537885)
(86)(22)【出願日】2014年9月11日
(86)【国際出願番号】JP2014074053
(87)【国際公開番号】WO2015041132
(87)【国際公開日】20150326
【審査請求日】2017年8月1日
(31)【優先権主張番号】特願2013-195796(P2013-195796)
(32)【優先日】2013年9月20日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2013-195801(P2013-195801)
(32)【優先日】2013年9月20日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】390003193
【氏名又は名称】東洋鋼鈑株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000486
【氏名又は名称】とこしえ特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】迎 展彰
(72)【発明者】
【氏名】吉田 隆広
【審査官】 祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−138487(JP,A)
【文献】 特開平09−217166(JP,A)
【文献】 特開2010−236091(JP,A)
【文献】 特開2002−124267(JP,A)
【文献】 特開2001−011655(JP,A)
【文献】 特開昭63−282292(JP,A)
【文献】 特開2008−004498(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 18/42
C23C 22/50
C23C 24/00−30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値が0.05〜0.2、かつCr/Fe値が0.5〜0.8の範囲である不動態膜が形成されたステンレス鋼板と、
前記ステンレス鋼板の不動態膜上に形成された、Ag、Pd、Pt、Rh、Ru、Cu、Sn、Crのうちいずれか一の金属またはこれらのうち少なくとも二以上の金属からなる合金により構成された金属めっき層と、を備えることを特徴とする金属めっき被覆ステンレス材。
【請求項2】
前記金属めっき層の被覆率が95%以上であることを特徴とする請求項1に記載の金属めっき被覆ステンレス材。
【請求項3】
X線光電子分光(XPS)による前記不動態膜の表面の測定結果に基づいて求める、鉄の酸化物(Fe−O)のピークの積分値と、単体の鉄のピークの積分値との合計値(Fe(total))に対する、単体の鉄(Fe(metal))のピークの積分値の割合(Fe(metal)/Fe(total))が、14%以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の金属めっき被覆ステンレス材。
【請求項4】
X線光電子分光(XPS)による前記不動態膜の表面の測定結果に基づいて求める、ニッケルの酸化物(Ni−O)のピークの積分値と、単体のニッケルのピークの積分値との合計値(Ni(total))に対する、単体のニッケル(Ni(metal))のピークの積分値の割合(Ni(metal)/Ni(total))が、18%以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の金属めっき被覆ステンレス材。
【請求項5】
前記不動態膜の算術平均粗さRaが、0.015μm以上であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の金属めっき被覆ステンレス材。
【請求項6】
ステンレス鋼板を、硫酸水溶液に浸漬させる浸漬工程と、
前記ステンレス鋼板上に、Ag、Pd、Pt、Rh、Ru、Cu、Sn、Crのうちいずれか一の金属またはこれらのうち少なくとも二以上の金属からなる合金により構成された金属めっき層を形成するめっき工程と、を有する金属めっき被覆ステンレス材の製造方法であって、
前記浸漬工程において、ステンレス鋼板を硫酸水溶液に浸漬させる際の硫酸濃度をx[体積%](ただし、20≦x≦25)、温度をy[℃]、浸漬時間をz[秒]とし、下記式(1)を満たすことを特徴とする金属めっき被覆ステンレス材の製造方法。
【数3】
【請求項7】
ステンレス鋼板を、硫酸水溶液に浸漬させることで、前記ステンレス鋼板上に、表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値が0.05〜0.2、かつCr/Fe値が0.5〜0.8の範囲となる不動態膜を形成する浸漬工程と、
前記ステンレス鋼板の不動態膜上に、Ag、Pd、Pt、Rh、Ru、Cu、Sn、Crのうちいずれか一の金属またはこれらのうち少なくとも二以上の金属からなる合金により構成された金属めっき層を形成するめっき工程と、を有することを特徴とする金属めっき被覆ステンレス材の製造方法。
【請求項8】
X線光電子分光(XPS)による、前記浸漬工程において形成される不動態膜の表面の測定結果に基づいて求める、鉄の酸化物(Fe−O)のピークの積分値と、単体の鉄のピークの積分値との合計値(Fe(total))に対する、単体の鉄(Fe(metal))のピークの積分値の割合(Fe(metal)/Fe(total))が、14%以上であることを特徴とする請求項6または7に記載の金属めっき被覆ステンレス材の製造方法。
【請求項9】
X線光電子分光(XPS)による、前記浸漬工程において形成される不動態膜の表面の測定結果に基づいて求める、ニッケルの酸化物(Ni−O)のピークの積分値と、単体のニッケルのピークの積分値との合計値(Ni(total))に対する、単体のニッケル(Ni(metal))のピークの積分値の割合(Ni(metal)/Ni(total))が、18%以上であることを特徴とする請求項6〜8のいずれかに記載の金属めっき被覆ステンレス材の製造方法。
【請求項10】
前記浸漬工程において形成される不動態膜の算術平均粗さRaが、0.015μm以上であることを特徴とする請求項6〜9のいずれかに記載の金属めっき被覆ステンレス材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属めっき被覆ステンレス材、および金属めっき被覆ステンレス材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、コネクタ、スイッチ、もしくはプリント配線基板などに用いられる電気接点材料として、ステンレス鋼板の表面に、Ag、Pd、Pt、Rh、Ru、Cu、Sn、Crのうちいずれか一の金属またはこれらのうち少なくとも二以上の金属からなる合金により構成された金属めっき層が被覆された金属めっき被覆ステンレス材が用いられている。
【0003】
このような表面に金属めっき層が形成された金属めっき被覆ステンレス材においては、通常、表面の金属めっき層の密着性を向上させるために、金属めっき層を形成する前に、ステンレス鋼板上に下地ニッケルめっきを施して下地ニッケルめっき層が形成される。この場合において、このような下地ニッケルめっき層上に、金属めっき層を形成した際に、金属めっき層にピンホールなどの欠陥が発生すると、下地ニッケルめっき層からニッケルが溶出し、これにより金属めっき層の剥離を発生させてしまうという問題がある。
【0004】
これに対し、たとえば、特許文献1では、このような下地ニッケルめっきを施すことなく、ステンレス鋼板上に、直接、金めっき層を形成する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−4498号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1に開示されている技術では、表面の金めっき層の厚みを薄くしすぎると、金めっき層の被覆率が著しく低下することにより、金めっき層の密着性が低下するとともに、ステンレス鋼板が露出して腐食し易くなってしまうという問題があり、一方、表面の金めっき層の厚みを厚くしすぎると、コスト的に不利になってしまうという問題がある。
【0007】
本発明はこのような実状に鑑みてなされたものであり、表面の金属めっき層を薄膜化させた場合においても、金属めっき層の被覆率および密着性を向上させることができ、これにより、耐食性および導電性に優れ、コスト的に有利な金属めっき被覆ステンレス材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上記目的を達成すべく鋭意検討した結果、ステンレス鋼板に所定の不動態膜を形成し、該不動態膜上に金属めっき層を形成することにより、上記目的を達成できることを見出し本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明によれば、表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値が0.05〜0.2、かつCr/Fe値が0.5〜0.8の範囲である不動態膜が形成されたステンレス鋼板と、前記ステンレス鋼板の不動態膜上に形成された、Ag、Pd、Pt、Rh、Ru、Cu、Sn、Crのうちいずれか一の金属またはこれらのうち少なくとも二以上の金属からなる金属めっき層と、を備えることを特徴とする金属めっき被覆ステンレス材が提供される。
【0010】
本発明の金属めっき被覆ステンレス材は、前記金属めっき層の被覆率が95%以上であることが好ましい。
本発明の金属めっき被覆ステンレス材において、X線光電子分光(XPS)による前記不動態膜の表面の測定結果に基づいて求める、鉄の酸化物(Fe−O)のピークの積分値と、単体の鉄のピークの積分値との合計値(Fe(total))に対する、単体の鉄(Fe(metal))のピークの積分値の割合(Fe(metal)/Fe(total))が、14%以上であることが好ましい。
本発明の金属めっき被覆ステンレス材において、X線光電子分光(XPS)による前記不動態膜の表面の測定結果に基づいて求める、ニッケルの酸化物(Ni−O)のピークの積分値と、単体のニッケルのピークの積分値との合計値(Ni(total))に対する、単体のニッケル(Ni(metal))のピークの積分値の割合(Ni(metal)/Ni(total))が、18%以上であることが好ましい。
本発明の金属めっき被覆ステンレス材において、前記不動態膜の算術平均粗さRaが、0.015μm以上であることが好ましい。
【0011】
また、本発明によれば、ステンレス鋼板を、硫酸水溶液に浸漬させる浸漬工程と、前記ステンレス鋼板上に、Ag、Pd、Pt、Rh、Ru、Cu、Sn、Crのうちいずれか一の金属またはこれらのうち少なくとも二以上の金属からなる合金により構成された金属めっき層を形成するめっき工程と、を有する金属めっき被覆ステンレス材の製造方法であって、前記浸漬工程において、ステンレス鋼板を硫酸水溶液に浸漬させる際の硫酸濃度をx[体積%](ただし、20≦x≦25)、温度をy[℃]、浸漬時間をz[秒]とした場合に、下記式(1)を満たすことを特徴とする金属めっき被覆ステンレス材の製造方法が提供される。
【数1】
【0012】
さらに、本発明によれば、ステンレス鋼板を、硫酸水溶液に浸漬させることで、前記ステンレス鋼板上に、表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値が0.05〜0.2、かつCr/Fe値が0.5〜0.8の範囲となる不動態膜を形成する浸漬工程と、前記ステンレス鋼板の不動態膜上に、Ag、Pd、Pt、Rh、Ru、Cu、Sn、Crのうちいずれか一の金属またはこれらのうち少なくとも二以上の金属からなる合金により構成された金属めっき層を形成するめっき工程と、を有することを特徴とする金属めっき被覆ステンレス材の製造方法が提供される。
本発明の製造方法において、X線光電子分光(XPS)による、前記浸漬工程において形成される不動態膜の表面の測定結果に基づいて求める、鉄の酸化物(Fe−O)のピークの積分値と、単体の鉄のピークの積分値との合計値(Fe(total))に対する、単体の鉄(Fe(metal))のピークの積分値の割合(Fe(metal)/Fe(total))が、14%以上であることが好ましい。
本発明の製造方法において、X線光電子分光(XPS)による、前記浸漬工程において形成される不動態膜の表面の測定結果に基づいて求める、ニッケルの酸化物(Ni−O)のピークの積分値と、単体のニッケルのピークの積分値との合計値(Ni(total))に対する、単体のニッケル(Ni(metal))のピークの積分値の割合(Ni(metal)/Ni(total))が、18%以上であることが好ましい。
本発明の製造方法において、前記浸漬工程において形成される不動態膜の算術平均粗さRaが、0.015μm以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、ステンレス鋼板上に形成する金属めっき層について、厚みを薄くした場合においても、被覆率および密着性を向上させることができ、これにより、耐食性および導電性に優れ、コスト的に有利な金属めっき被覆ステンレス材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、本実施形態に係る金属めっき被覆ステンレス材100の構成図である。
図2図2は、実施例および比較例で得られたステンレス鋼板10の不動態膜11について、X線光電子分光(XPS)により測定した結果を示すグラフである。
図3図3は、実施例および比較例で得られたステンレス鋼板10の不動態膜11について、表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値を測定した結果を示すグラフである。
図4図4は、実施例および比較例で得られたステンレス鋼板10の不動態膜11について、表面粗さを測定した結果を示す図である。
図5図5は、実施例で得られたステンレス鋼板10の不動態膜11について、X線回折装置を用いてXRD分析を行った結果を示すグラフである。
図6図6は、実施例および比較例で得られたステンレス鋼板10の不動態膜11における断面写真である。
図7図7は、実施例および比較例で得られたステンレス鋼板10の不動態膜11における電子線回折パターンを示す図である。
図8図8は、実施例で得られた金属めっき被覆ステンレス材100の表面のSEM写真である。
図9図9は、実施例で得られた金属めっき被覆ステンレス材100の接触抵抗を測定する方法を説明するための図である。
図10図10は、実施例で得られた金属めっき被覆ステンレス材100の接触抵抗を測定した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本実施形態の金属めっき被覆ステンレス材100について説明する。
本実施形態の金属めっき被覆ステンレス材100は、図1に示すように、不動態膜11が形成されたステンレス鋼板10上に、Ag、Pd、Pt、Rh、Ru、Cu、Sn、Crのうちいずれか一の金属またはこれらのうち少なくとも二以上の金属からなる合金により構成された金属めっき層20が形成されることで構成され、ステンレス鋼板10の不動態膜11は、表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値が0.05〜0.2、かつCr/Fe値が0.5〜0.8の範囲であることを特徴とする。
【0016】
<ステンレス鋼板10>
本実施形態の金属めっき被覆ステンレス材100の基板となるステンレス鋼板10としては、特に限定されないが、SUS316、SUS316L、SUS304などのステンレス鋼材が挙げられる。また、ステンレス鋼板にはマルテンサイト系、フェライト系、オーステナイト系などの種類があるが、特にオーステナイト系ステンレス鋼板が好適である。ステンレス鋼板10の形状としては、特に限定されず、使用用途に応じて適宜選択することができるが、たとえば、線形状や板形状に加工された導電性の金属部品、板を凹凸形状に加工してなる導電性部材、ばね形状や筒形状に加工された電子機器の部品などの用途に応じて必要な形状に加工したもの用いることができる。また、ステンレス鋼板10の太さ(直径)や厚み(板厚)は、特に限定されず、使用用途に応じて適宜選択することができる。
【0017】
また、ステンレス鋼板10は、図1に示すように、表面に不動態膜11が形成されている。不動態膜11は、その表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値(Cr/Oのモル比)およびCr/Fe値(Cr/Feのモル比)が、次のような範囲となっている。すなわち、Cr/O値が0.05〜0.2、好ましくは0.05〜0.15の範囲である。またCr/Fe値が0.5〜0.8、好ましくは0.5〜0.7の範囲である。
【0018】
本実施形態においては、ステンレス鋼板10に形成される不動態膜11の表面のオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値を上記範囲に制御することにより、不動態膜11上に形成される金属めっき層20について、被覆率(すなわち、不動態膜11上の金属めっき層20が形成された面における、金属めっき層20によって被覆されている面積の割合)が向上し、密着性も優れたものとなる。
【0019】
なお、本実施形態において、オージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値は、たとえば、次の方法により測定することができる。すなわち、まず、不動態膜11の表面について、走査型オージェ電子分光分析装置(AES)を用いて測定を行い、不動態膜11の表面のCr、O、およびFeの原子%を算出する。そして、不動態膜11の表面のうち、5箇所について、走査型オージェ電子分光分析装置による測定を行い、得られた結果を平均することにより、Cr/O値(Crの原子%/Oの原子%)およびCr/Fe値(Crの原子%/Feの原子%)を算出することができる。なお、本実施形態においては、走査型オージェ電子分光分析装置を用いた測定により得られたピークのうち、510〜535eVのピークをCrのピークとし、485〜520eVのピークをOのピークとし、570〜600eVのピークをFeのピークとし、これらCr,O,Feの合計を100原子%として、Cr、O、およびFeの原子%を測定する。
【0020】
本実施形態において、ステンレス鋼板10の表面に不動態膜11を形成する方法としては、特に限定されないが、たとえば、ステンレス鋼板10を構成する上述したSUS316Lなどのステンレス鋼材を、硫酸水溶液に浸漬させる方法などが挙げられる。
【0021】
不動態膜11を形成するために、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる場合には、硫酸水溶液の硫酸濃度は、好ましくは20〜25体積%である。また、ステンレス鋼材を浸漬させる際の温度は、好ましくは50〜70℃、より好ましくは60〜70℃である。さらに、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる時間は、好ましくは5〜600秒、より好ましくは5〜300秒である。
【0022】
特に、本実施形態においては、ステンレス鋼板を、硫酸濃度x[体積%](ただし、20≦x≦25)の硫酸水溶液に浸漬させる際には、浸漬させる温度をy[℃]とし、浸漬時間をz[秒]とした場合に、下記式(1)を満たすことが好ましい。
【数2】
【0023】
本実施形態によれば、不動態膜11を形成するために、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる方法を用いる場合において、硫酸濃度x[体積%]、温度y[℃]、および浸漬時間z[秒]を上記式(1)の関係を満たすものとすることにより、ステンレス鋼材の表面にもともと形成されていた酸化被膜を除去するとともに、ステンレス鋼材上に、表面のオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値を上述した範囲に制御した不動態膜11を形成することができる。
【0024】
<金属めっき層20>
金属めっき層20は、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に、めっき処理を施すことにより形成される層である。なお、本実施形態においては、金属めっき層20を構成する金属としては、銀(Ag)、パラジウム(Pd)、白金(Pt)、ロジウム(Rh)、ルテニウム(Ru)、銅(Cu)、錫(Sn)、クロム(Cr)のうちいずれか一の金属、またはこれらのうち少なくとも二以上の金属からなる合金が挙げられ、これらのうち、Ag、PdまたはPtが特に好ましい。また、金属めっき層20を形成するめっき方法は特に限定されないが、Ag、Pd、Pt、Rh、Ru、Cu、Sn、Crなどの塩を含むめっき浴を用いて、無電解めっきにより形成することが好ましい。
【0025】
ここで挙げたAg、Pd、Pt、Rh、Ru、Cu、Sn、Crは、いずれも、標準電極電位が大きく貴な金属であり、かつ、接触抵抗が低い、という共通の性質を有している。そのため、金属めっき層20を構成する金属として上記のいずれの金属を用いた場合であっても、得られる金属めっき被覆ステンレス材100は、後述するように、金属めっき層20のめっき性、密着性、耐食性および導電性に優れるものとなる。
【0026】
なお、金属めっき層20の被覆率、すなわち、不動態膜11上の金属めっき層20が形成された面における、金属めっき層20によって被覆されている面積の割合としては、好ましくは95%以上である。金属めっき層20の被覆率を95%以上とすることにより、金属めっき層20のピンホールを低減させることができ、これにより、ピンホールをきっかけとした金属めっき層20の剥離を防止することができるとともに、得られる金属めっき被覆ステンレス材100について、耐食性および導電性をより向上させることができる。
【0027】
金属めっき層20を構成する主な金属として銀を用いる場合には、金属めっき層20の厚みは、好ましくは10〜200nmであり、より好ましくは20〜100nmである。主に銀からなる金属めっき層20の厚みが薄すぎると、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に均一な金属めっき層20が形成されず、金属めっき被覆ステンレス材100として用いる際に、耐食性や、導電性が低下するおそれがある。一方、金属めっき層20の厚みが厚すぎると、コスト的に不利になる。
【0028】
金属めっき層20を構成する主な金属として銀以外の金属を用いる場合には、金属めっき層20の厚みは、好ましくは2〜20nmであり、より好ましくは2〜5nmである。このような銀以外の金属からなる金属めっき層20の厚みが薄すぎると、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に均一な金属めっき層20が形成されず、金属めっき被覆ステンレス材100として用いる際に、耐食性や、導電性が低下するおそれがある。一方、金属めっき層20の厚みが厚すぎると、コスト的に不利になる。
【0029】
以上のようにして、ステンレス鋼板10の不動態膜11に金属めっき処理を施し、金属めっき層20を形成することにより、金属めっき被覆ステンレス材100を得ることができる。本実施形態の金属めっき被覆ステンレス材100によれば、上述したように、ステンレス鋼板10に形成される不動態膜11について、表面のオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値を上記範囲に制御しているため、このような不動態膜11上に形成される金属めっき層20について、被覆率および密着性を向上させることができる。そのため、本実施形態の金属めっき被覆ステンレス材100は、表面の金属めっき層20を薄膜化させた場合においても、金属めっき層20の被覆率および密着性が高く、これにより、耐食性および導電性に優れ、かつコスト的に有利なものとなり、コネクタ、スイッチ、もしくはプリント配線基板などに用いられる電気接点材料として好適に用いられるものである。
【0030】
なお、銀めっき層が形成された金属めっき被覆ステンレス材を製造する方法としては、従来、ステンレス鋼板上に、直接、ハロゲン化銀溶液を用いて、酸性状態にて電気めっきにより銀めっき層を形成する方法が用いられている。しかしながら、このような方法においては、銀めっき層を薄く形成すると、ステンレス鋼板に対する銀めっき層の被覆率が低下することでステンレス鋼板が腐食しやすくなってしまい、一方、銀めっき層を厚く形成すると、高価な銀を多量に用いることとなるため、コスト的に不利になってしまうという問題がある。
【0031】
また、従来、ステンレス鋼板上に、直接、金めっき処理を施して金めっき層を形成する方法も用いられている。しかしながら、このような方法においては、金めっき層を薄く形成すると、ステンレス鋼板に対する金めっき層の被覆率が低下することでステンレス鋼板が腐食しやすくなってしまい、一方、金めっき層を厚く形成すると、高価な金を多量に用いることとなるため、コスト的に不利になってしまうという問題がある。
【0032】
これに対し、本実施形態に係る金属めっき被覆ステンレス材100によれば、ステンレス鋼板10上に形成される不動態膜11について、その表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値を上記範囲に制御することにより、不動態膜11上に、被覆率および密着性に優れた金属めっき層20を形成することができる。そのため、本実施形態によれば、金属めっき層20の厚みを薄くした場合においても、得られる金属めっき被覆ステンレス材100を、耐食性および導電性に優れ、さらにコスト的に有利なものとすることができる。
【0033】
なお、本実施形態においては、上述したように、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる方法を用いる場合において、硫酸濃度、浸漬させる温度、および浸漬時間を、上記式(1)の関係を満たすものとすることにより、表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値を上記範囲に制御した不動態膜11を形成することができ、これにより、不動態膜11上に、被覆率および密着性に優れた金属めっき層20を形成することができる。
【0034】
ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させることでこのような効果が得られる理由としては、必ずしも明らかではないが、以下によるものと考えられる。すなわち、まず、ステンレス鋼材の表面には、もともとCr原子の含有割合が大きい酸化被膜が形成されている。そして、このようなステンレス鋼材を、上記条件にて硫酸水溶液に浸漬させることにより、表面の酸化被膜を除去し、形成される不動態膜11について、金属めっき層20の密着を阻害するCr原子の含有割合を制御することができ、さらに、表面に活性な鉄を露出させることができるため、これにより、金属めっき層20の被覆率および密着性を向上させることができると考えられる。
【0035】
ここで、図2は、後述する実施例および比較例のデータであり、オーステナイト系のステンレス鋼材(SUS316L)を、硫酸濃度が25体積%の硫酸水溶液に、70℃の温度で浸漬させた際における、X線光電子分光(XPS)による測定結果を示すグラフである。
【0036】
なお、図2においては、図2(A)がFe2p、図2(B)がNi2p、図2(C)がCr2p、図2(D)がO1sのピークを測定した結果をそれぞれ示している。また、図2(A)〜図2(D)の各グラフにおいては、硫酸水溶液に浸漬させる前の未処理のステンレス鋼材の測定結果を実線で、硫酸水溶液に10秒間浸漬させた後における測定結果を破線で、硫酸水溶液に60秒間浸漬させた後における測定結果を点線でそれぞれ示している。
【0037】
そして、図2(A)においては、712eVおよび725eV付近のピークが鉄の酸化物(Fe−O)を、707eV付近のピークが単体の鉄(Fe(metal))をそれぞれ示している。図2(B)においては、874eVおよび856eV付近のピークがニッケルの酸化物(Ni−O)を、853.5eV付近のピークが単体のニッケル(Ni(metal))をそれぞれ示している。図2(C)においては、586eVおよび577eV付近のピークがクロムの酸化物(Cr(III)−O)を、574eV付近のピークが単体のクロム(Cr(metal))をそれぞれ示している。図2(D)においては、531eV付近のピークが、鉄、ニッケル、およびクロムなどの金属と結合した酸素(O−metal)を示している。
【0038】
図2(A)に示すように、ステンレス鋼材を、硫酸濃度が25体積%の硫酸水溶液に70℃で10秒間浸漬させた場合には、707eV付近におけるFe(metal)のピークの大きさが、硫酸水溶液に浸漬させていない未処理の状態より大きくなっている。そのため、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させることにより、ステンレス鋼板上におけるCr原子を多く含む酸化被膜が適切に除去されて、形成される不動態膜11の表面に、活性な単体の鉄(Fe(metal))が露出していることが確認できる。
【0039】
ここで、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際における、硫酸濃度が低すぎる場合、浸漬させる温度が低すぎる場合、または浸漬時間が短すぎる場合には、ステンレス鋼板上におけるCr原子を多く含む酸化被膜を除去しきれず、最表面におけるCr原子の含有割合が大きくなり(すなわち、上記Cr/O値およびCr/Fe値が高くなりすぎてしまい)、形成される不動態膜11の表面における単体の鉄(Fe(metal))の露出が不十分となってしまうため、金属めっき層20の被覆率および密着性が低下してしまう。
【0040】
なお、上述した図2(A)〜図2(D)では、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際において、硫酸濃度を25体積%に、温度を70℃に固定して、浸漬時間のみを変化させた例を示したが、このような例においては、図2(A)のグラフに示すように、浸漬時間を60秒間とした場合に、未処理の状態と比較して、707eV付近におけるFe(metal)のピークが小さくなり、不動態膜11の表面における単体の鉄(Fe(metal))の割合が減少する傾向にある。
【0041】
これに対し、本実施形態においては、浸漬時間を60秒以上とした際においても、たとえば、硫酸濃度、温度、および浸漬時間の関係を、上記式(1)を満たすものとすることにより、形成される不動態膜11について、表面におけるFe(metal)のピークの低下を抑制し、これにより、Fe(metal)/Fe(total)の値を上記範囲に制御することができ、不動態膜11上に形成される金属めっき層20の被覆率および密着性を適切に向上させることができる。
【0042】
また、本実施形態においては、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際には、形成される不動態膜11の表面について、Fe原子の総量(Fe(total))に対する、単体の鉄(Fe(metal))の割合(Fe(metal)/Fe(total))は、好ましくは14%以上であり、より好ましくは18%以上である。このようなFe(metal)/Fe(total)の値を14%以上とすることにより、不動態膜11の表面において、活性な単体の鉄を適切に露出させることができるため、このような不動態膜11上に形成する金属めっき層20の被覆率および密着性を、より向上させることができる。
【0043】
なお、Fe(metal)/Fe(total)の値を求める方法としては、たとえば、上述した図2(A)に示すようなX線光電子分光(XPS)による測定結果に基づいて、測定結果からバックグラウンドを差し引いた後、鉄の酸化物(Fe−O)のピークの積分値と、単体の鉄(Fe(metal))のピークの積分値との合計値に対する、単体の鉄(Fe(metal))のピークの積分値の割合を算出することで求める方法が挙げられる。
【0044】
また、不動態膜11の表面におけるFe(metal)/Fe(total)の値を上記範囲とする方法としては、たとえば、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際における硫酸濃度、温度、および浸漬時間を、上記式(1)を満たす関係とする方法が挙げられる。
【0045】
さらに、本実施形態においては、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際に、ステンレス鋼材として、ニッケルを含有するオーステナイト系などのステンレス鋼材を用いる場合には、形成される不動態膜11の表面について、Ni原子の総量(Ni(total))に対する、単体のニッケル(Ni(metal))の割合(Ni(metal)/Ni(total))は、好ましくは18%以上であり、より好ましくは25%以上である。このようなNi(metal)/Ni(total)の値を18%以上とすることにより、不動態膜11の表面において、非常に脆い性質を有するニッケルの酸化物の割合を小さくすることができるため、金属めっき層20の被覆率および密着性を、より向上させることができる。
【0046】
すなわち、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際において、硫酸濃度が高すぎる場合、温度が高すぎる場合、または浸漬時間が長すぎる場合には、ステンレス鋼板が、不動態膜11の形成後に、硫酸水溶液により侵食されてしまい、これにより、ステンレス鋼板からFeが優先的に溶出し、そのため、不動態膜11の表面において、Cr原子の含有割合が相対的に大きくなる(すなわち、上記Cr/O値およびCr/Fe値が高くなりすぎてしまう)とともに、ニッケルの酸化物(Ni−O)が生成されることで、Crおよびニッケルの酸化物の影響により、形成される金属めっき層20の被覆率および密着性が低下してしまう。ここで、ニッケルの酸化物は非常に脆い性質を有するものであるため、不動態膜11におけるニッケルの酸化物が多く含まれる部分の上に金属めっき層20を形成した場合には、ニッケルの酸化物自体がステンレス鋼板10から剥離してしまい、これにより、金属めっき層20の被覆率および密着性が低下してしまう。
【0047】
これに対し、本実施形態においては、不動態膜11の表面において、Ni(metal)/Ni(total)を上記範囲とすることにより、単体のニッケルの割合が大きくなり、非常に脆い性質を有するニッケルの酸化物の割合を小さくすることができるため、金属めっき層20の被覆率および密着性を、より向上させることができる。
【0048】
なお、Ni(metal)/Ni(total)の値を求める方法としては、たとえば、上述した図2(B)に示すようなX線光電子分光(XPS)による測定結果に基づいて、測定結果からバックグラウンドを差し引いた後、ニッケルの酸化物(Ni−O)のピークの積分値と、単体のニッケル(Ni(metal))のピークの積分値との合計値に対する、単体のニッケル(Ni(metal))のピークの積分値の割合を算出することで求める方法が挙げられる。
【0049】
また、不動態膜11の表面におけるNi(metal)/Ni(total)の値を上記範囲とする方法としては、たとえば、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際における硫酸濃度、温度、および浸漬時間を、上記式(1)を満たす関係とする方法が挙げられる。
【0050】
本実施形態においては、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際において、形成される不動態膜11の表面粗さは、算術平均粗さRaが、好ましくは0.015μm以上、より好ましくは0.018μm以上である。不動態膜11の表面粗さを上記範囲とすることにより、不動態膜11上に金属めっき層20を形成する際に、アンカー効果により金属めっき層20の被覆率および密着性がより向上する。
【0051】
不動態膜11の表面粗さを上記範囲とする方法としては、たとえば、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際に、浸漬時間を長くする方法が挙げられる。この際においては、浸漬時間が長いほど、形成される不動態膜11の表面粗さが大きくなる。同様に、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の硫酸濃度または温度を高くした場合においても、形成される不動態膜11の表面粗さが大きくなり、金属めっき層20の被覆率および密着性がより向上する。
【0052】
本実施形態においては、金属めっき被覆ステンレス材100を、燃料電池用セパレータとして用いることもできる。燃料電池用セパレータは、燃料電池スタックを構成する燃料電池セルの部材として用いられ、ガス流路を通じて電極に燃料ガスや空気を供給する機能、および電極で発生した電子を集電する機能を有するものである。金属めっき被覆ステンレス材100を、燃料電池用セパレータとして用いる際には、ステンレス鋼板10については、予めその表面に燃料ガスや空気の流路として機能する凹凸(ガス流路)が形成されたものを用いることが好ましい。ガス流路を形成する方法としては、特に限定されないが、たとえば、プレス加工により形成する方法が挙げられる。
【0053】
なお、通常、表面に金属めっき層が形成されたステンレス鋼板を燃料電池用セパレータとして用いる場合には、燃料電池用セパレータは、燃料電池内における高温かつ酸性雰囲気の環境にさらされるため、表面の金属めっき層の被覆率が低いときには、基板となるステンレス鋼板の腐食が早期に進行してしまい、これにより、ステンレス鋼板表面に生成した腐食生成物により電気抵抗値が増加し、電極で発生した電子を集電する燃料電池用セパレータとしての機能が低下してしまうという問題がある。
【0054】
これに対し、本実施形態の金属めっき被覆ステンレス材100によれば、上述したように、被覆率および密着性に優れた金属めっき層20が形成されているため、このような燃料電池用セパレータとしても好適に用いることができる。
【0055】
なお、本実施形態では、金属めっき層20を構成する金属としては、上述したようにAg、Pd、Pt、Rh、Ru、Cu、Sn、Crのうちいずれか一の金属またはこれらのうち少なくとも二以上の金属からなる合金が挙げられ、金属めっき層20を構成するこれらの金属に応じて、金属めっき被覆ステンレス材100を以下の用途に特に好適に用いることができる。
【0056】
まず、金属めっき層20として銀めっき層を形成した金属めっき被覆ステンレス材100(銀)は、銀の特性である、導電性および熱伝導性に優れ、可視光域の光の反射率が高いという性質を利用して、コネクタ、スイッチ、プリント配線基板などの接点材料として特に好適に用いることができる。
【0057】
また、金属めっき層20としてパラジウムめっき層を形成した金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)は、パラジウムが有する水素を貯蔵する機能や、触媒機能を利用して、燃料電池の部材として特に好適に用いることができる。
【0058】
金属めっき層20として白金めっき層を形成した金属めっき被覆ステンレス材100(白金)は、白金が有する触媒機能を利用して、燃料電池の部材として特に好適に用いることができる。
【0059】
金属めっき層20としてロジウムめっき層を形成した金属めっき被覆ステンレス材100(ロジウム)は、ロジウムが有する触媒機能を利用して、燃料電池の部材として特に好適に用いることができる。さらに、ロジウムは硬度が高く、可視光域の光の反射率が高いという性質を有していることから、金属めっき被覆ステンレス材100(ロジウム)は、コネクタ、スイッチ、プリント配線基板などの接点材料としても好適に用いることができる。
【0060】
金属めっき層20としてルテニウムめっき層を形成した金属めっき被覆ステンレス材100(ルテニウム)は、ルテニウムの特性である、融点及び沸点が高いという性質を利用して、燃料電池の部材として特に好適に用いることができる。さらに、ルテニウムは硬度が高いという性質も有していることから、金属めっき被覆ステンレス材100(ルテニウム)は、コネクタ、スイッチ、プリント配線基板などの接点材料としても好適に用いることができる。
【0061】
金属めっき層20として銅めっき層を形成した金属めっき被覆ステンレス材100(銅)は、銅の特性である導電性および熱伝導性に優れるという性質を利用して、コネクタ、スイッチ、プリント配線基板などの接点材料として特に好適に用いることができる。
【0062】
金属めっき層20として錫めっき層を形成した金属めっき被覆ステンレス材100(錫)は、錫の特性である、はんだ等の接合材料との接合を容易に行うことができるという性質を利用して、コネクタ、スイッチ、プリント配線基板などの接点材料として特に好適に用いることができる。
【0063】
金属めっき層20としてクロムめっき層を形成した金属めっき被覆ステンレス材100(クロム)は、クロムの働きにより、金属めっき被覆ステンレス材100(クロム)において、鉄の拡散を抑制し、これにより鉄の溶出を抑制できることから、燃料電池の部材として特に好適に用いることができる。
【0064】
なお、これらの金属のうち、Pt以外の金属(Ag、Pd、Rh、Ru、Cu、Sn、Cr)は、比較的安価であり、得られる金属めっき被覆ステンレス材100はコスト的に有利になる。
【実施例】
【0065】
以下に、実施例を挙げて、本発明についてより具体的に説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
なお、各特性の定義および評価方法は、以下のとおりである。
【0066】
<Cr/O値およびCr/Fe値の測定>
表面に不動態膜11を形成したステンレス鋼板10について、走査型オージェ電子分光分析装置(AES)(日本電子社製、型番:JAMP−9500F)を用いて、5箇所について、Cr、OおよびFeの原子%を測定し、得られた結果を平均することにより、Cr/O値(Crの原子%/Oの原子%)およびCr/Fe値(Crの原子%/Feの原子%)を求めた。なお、Cr/O値およびCr/Fe値の測定は、後述するすべての実施例および比較例について行った。
【0067】
<XRD分析>
表面に不動態膜11を形成したステンレス鋼板10の表面を、X線回折装置(リガク社製、型番:RINT−2500)を用いて、ステンレス鋼板10の表面に含まれる結晶の同定を行った。なお、XRD分析は、後述する実施例および比較例のうち、実施例3についてのみ行った。また、比較のため、併せて、硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)についても、同様にXRD分析を行った。
【0068】
<XPS測定>
ステンレス鋼板10上に形成した不動態膜11の表面について、X線光電子分光装置(アルバック・ファイ社製、型番:VersaProbeII)を用いて、Fe2p、Ni2p、Cr2p、O1sのピークをそれぞれ測定することにより、XPS測定を行った。なお、XPS測定は、後述する実施例および比較例のうち、実施例2、および比較例2についてのみ行った。また、比較のため、併せて、硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)についても、同様にXPS測定を行った。
【0069】
<表面粗さの測定>
ステンレス鋼板10上に形成した不動態膜11の表面について、レーザー顕微鏡(オリンパス社製、LEXT OLS3500)を用い、JIS B 0601:1994に準拠して算術平均粗さRaを測定した。なお、表面粗さの測定は、後述する実施例および比較例のうち、実施例1,2,4、および比較例1,2についてのみ行った。また、比較のため、併せて、硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)についても、同様に表面粗さの測定を行った。
【0070】
<断面観察>
表面に不動態膜11を形成したステンレス鋼板10について、炭素蒸着により炭素蒸着膜を形成した後で切断し、切断した断面を、走査型電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ社製、型番:HD−2700)により測定することで断面写真を得た。なお、断面観察は、後述する実施例および比較例のうち、実施例2、および比較例2についてのみ行った。また、比較のため、併せて、硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)についても、同様に断面観察を行った。
【0071】
<電子線回折パターンの測定>
ステンレス鋼板10上に形成した不動態膜11の表面について、透過型電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ社製、型番:HF−2000)により測定することで、電子線回折パターンを得た。なお、電子線回折パターンの測定は、後述する実施例および比較例のうち、実施例2、および比較例2についてのみ行った。また、比較のため、併せて、硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)についても、同様に電子線回折パターンの測定を行った。
【0072】
<接触抵抗値の測定>
金属めっき被覆ステンレス材100について、図9に示すような測定系を用いて、接触抵抗値の測定を行った。なお、図9に示す測定系は、金属めっき被覆ステンレス材100、燃料電池用セパレータにおいてガス拡散層として用いられるカーボンクロス200、金めっき被覆された銅電極300、電圧計400、および電流計500によって構成される。接触抵抗値の測定は、具体的には、まず、金属めっき被覆ステンレス材100を幅20mm、長さ20mm、厚さ1.27mmの大きさに加工し、図9に示すように、カーボンクロス200(東レ社製、品番:TGP−H−090)を介して、金めっき被覆された銅電極300によって両側から挟んで固定することで、図9に示す測定系とした。次いで、金めっき被覆された銅電極300に10kg/cmの荷重を加えながら、抵抗計(日置電機社製、ミリオームハイテスタ3540)を用いて、試験片を挟んだ上下のカーボンクロス200間の接触抵抗値を測定した。なお、接触抵抗値の測定は、後述する実施例および比較例のうち、実施例4についてのみ行った。また、比較として、併せて、硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)についても、幅20mm、長さ20mm、厚さ1.0mmの大きさに加工した後、同様に接触抵抗値の測定を行った。
【0073】
《実施例1》
まず、ステンレス鋼板10を形成するためのステンレス鋼材(SUS316L)を準備した。次いで、準備したステンレス鋼材を、硫酸濃度:25体積%の硫酸水溶液に、温度:70℃、浸漬時間:5秒の条件で浸漬させることにより、表面に不動態膜11が形成されたステンレス鋼板10を得た。
【0074】
そして、このような不動態膜11を形成したステンレス鋼板10について、上述した方法にしたがって、Cr/O値およびCr/Fe値の測定、および表面粗さの測定を行った。結果を表1および図3,4に示す。また、表1には、併せて、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させた際における濃度x[体積%]、温度y[℃]、および浸漬時間z[秒]を上記式(1)にあてはめて計算した結果を示した。
【0075】
なお、図3は、Cr/O値およびCr/Fe値の測定結果を示すグラフであり、横軸にステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させた浸漬時間を、縦軸に走査型オージェ電子分光分析装置(AES)により測定したCr/O値およびCr/Fe値をそれぞれ示している。ここで、図3においては、実施例1、ならびに後述する実施例2〜4および比較例1,2,11の測定結果を示している。
【0076】
また、図4は、表面粗さの測定結果を示すグラフであり、横軸にステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させた浸漬時間を、縦軸に算術平均粗さRaをそれぞれ示している。
【0077】
《実施例2〜8》
ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の濃度、温度、および浸漬時間を、表1に示すものとした以外は、実施例1と同様にしてステンレス鋼板10を作製し、上述した方法にしたがって、Cr/O値およびCr/Fe値の測定、XRD分析、XPS測定、表面粗さの測定、断面観察、電子線回折パターンの測定を行った。結果を表1、図2〜7に示す。
【0078】
なお、図2は、XPS測定により、ステンレス鋼板10上に形成した不動態膜11の表面について、Fe2p、Ni2p、Cr2p、O1sのピークをそれぞれ測定した結果を示している。ここで、図2(A)がFe2p、図2(B)がNi2p、図2(C)がCr2p、図2(D)がO1sのピークを測定した結果をそれぞれ示している。また、図2(A)〜図2(D)の各グラフにおいては、実施例2の結果を破線で、後述する比較例2の結果を点線で、硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)の測定結果を実線でそれぞれ示している。
【0079】
図5は、XRD分析の結果を示すグラフであり、横軸に回折角度を、縦軸にX線回折装置により検出された回折X線の強度をそれぞれ示している。図5のグラフ中においては、各ピークの部分に、ピークの由来となる結晶および結晶面の情報を併記している。なお、図5のグラフ中においては、FeCrNiCはFeCrNiC化合物の結晶を、CrOxideは酸化クロムの結晶を、Cr0.4Ni0.6はCr:Ni比が0.4:0.6(原子%)であるCrNi合金の結晶を、それぞれ示している。
【0080】
図6は、表面に不動態膜11を形成したステンレス鋼板10における断面観察の結果を示す図である。なお、図6(A)が実施例2、図6(B)が後述する比較例2、図6(C)が硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)の結果をそれぞれ示している。
【0081】
図7は、ステンレス鋼板10上に形成した不動態膜11の表面について、電子線回折パターンを測定した結果を示している。なお、図7(A)は実施例2の結果を、図7(B)は後述する比較例2の結果を、図7(C)は硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)の結果を、それぞれ示した図である。ここで、図7(A)においては、単体の鉄を比較的多く含む結晶(元素比:Fe2.96Cr0.03Ni0.01)からの回折パターンの測定結果が示されている。同様に、図7(B)においては、ニッケルの酸化物を比較的多く含む結晶(元素比:Cr0.19Fe0.7Ni0.11)からの回折パターンの測定結果が示され、図7(C)においては、クロムの酸化物の結晶(MnCr)からの回折パターンの測定結果が示されている。
【0082】
《比較例1〜5》
ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際における、硫酸水溶液の濃度、および浸漬時間を、表1に示すものとした以外は、実施例1と同様にしてステンレス鋼板10を作製し、上述した方法にしたがって、Cr/O値およびCr/Fe値の測定、XRD分析、XPS測定、表面粗さの測定、断面観察、電子線回折パターンの測定を行った。結果を表1、図2〜4,6,7に示す。
【0083】
【表1】
【0084】
《比較例6〜9》
ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる処理に代えて、ステンレス鋼材を塩酸に浸漬させる処理を行い、塩酸に浸漬させる際における塩酸濃度、温度、および浸漬時間を表2に示すものとした以外は、実施例1と同様にしてステンレス鋼板10を作製し、上述した方法にしたがって、Cr/O値およびCr/Fe値の測定を行った。結果を表2に示す。
【0085】
《比較例10》
ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる処理に代えて、ステンレス鋼材を硫酸濃度:6体積%、リン酸濃度:4体積%の酸性水溶液に浸漬させる処理を行い、この酸性水溶液に浸漬させる際における温度および浸漬時間を表2に示すものとした以外は、実施例1と同様にしてステンレス鋼板10を作製し、上述した方法にしたがって、Cr/O値およびCr/Fe値の測定を行った。結果を表2に示す。
【0086】
《比較例11》
実施例1で用いたステンレス鋼材(SUS316L)について、硫酸水溶液に浸漬させることなく、上述した方法にしたがって、Cr/O値およびCr/Fe値の測定を行った。結果を表2、図3に示す。
【0087】
【表2】
【0088】
<銀めっき層の形成>
また、上述した実施例および比較例のうち、実施例2,3および比較例1,11のステンレス鋼板10について、無電解銀めっき処理を施すことにより、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に、金属めっき層20として、厚さ約60nmの銀めっき層を形成し、金属めっき被覆ステンレス材100(銀)を得た。
【0089】
そして、このように得られた金属めっき被覆ステンレス材100(銀)について、銀めっき層のめっき性の評価を行った。具体的には、金属めっき被覆ステンレス材100(銀)の表面を蛍光X線分析装置(リガク社製、型番:ZSX100e)により測定してAgの有無を判定し、Agが検知された場合には、銀めっき層が良好に形成されていると判断することで、めっき性の評価を行った。
【0090】
結果としては、実施例2,3および比較例1のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(銀)は、表面からAgが検知され、良好に銀めっき層が形成されていることが確認された。一方、比較例11のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(銀)は、表面からAgが検知されず、銀めっき層のめっき性が不十分であることが確認された。
【0091】
さらに、実施例2,3および比較例1のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(銀)について、銀めっき層の密着性の評価を行った。具体的には、金属めっき被覆ステンレス材100(銀)の銀めっき層に粘着テープ(ニチバン社製、ナイスタック強力タイプ)を貼付した後、剥がすことにより剥離試験を実施し、その後、銀めっき層の剥離状態を観察して、剥離が確認されなかった場合には、銀めっき層の密着性が良好であると判断することで、密着性の評価を行った。
【0092】
結果としては、実施例2,3のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(銀)においては、銀めっき層の剥離は確認されず、銀めっき層の密着性が良好であることが確認された。一方、比較例1のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(銀)においては、銀めっき層の一部が剥離してしまい、銀めっき層の密着性が不十分であることが確認された。
【0093】
これにより、表1の結果より、ステンレス鋼板10上に、表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値が0.05〜0.2、かつCr/Fe値が0.5〜0.8の範囲である不動態膜11を形成した実施例2,3においては、不動態膜11上に形成された銀めっき層は、めっき性および密着性に優れていることが確認された。
【0094】
一方、表1,2の結果より、形成された不動態膜11の表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値が上記範囲から外れた比較例1,11においては、不動態膜11上に形成された銀めっき層は、めっき性や密着性が劣ることが確認された。
【0095】
<パラジウムめっき層の形成>
また、上述した実施例および比較例のうち、実施例3,4および比較例11のステンレス鋼板10について、無電解パラジウムめっき浴(奥野製薬工業社製、品番:パラトップ)を用いて60℃、40秒の条件で無電解めっき処理を施すことにより、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に、金属めっき層20として、厚さ約10nmのパラジウムめっき層を形成し、金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)を得た。そして、得られた金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)について、上述した金属めっき被覆ステンレス材100(銀)と同様に、めっき性の評価および密着性の評価を行った。
【0096】
結果としては、実施例3,4のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)は、表面からPdが検知され、良好にパラジウムめっき層が形成されていることが確認された。一方、比較例11のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)は、表面からPdが検知されず、パラジウムめっき層のめっき性が不十分であることが確認された。
【0097】
さらに、実施例3,4のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)について、パラジウムめっき層の密着性の評価を行った。具体的には、金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)のパラジウムめっき層に粘着テープ(ニチバン社製、ナイスタック強力タイプ)を貼付した後、剥がすことにより剥離試験を実施し、その後、パラジウムめっき層の剥離状態を観察して、剥離が確認されなかった場合には、パラジウムめっき層の密着性が良好であると判断することで、密着性の評価を行った。
【0098】
結果としては、実施例3,4のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)においては、パラジウムめっき層の剥離は確認されず、パラジウムめっき層の密着性が良好であることが確認された。
【0099】
これにより、表1の結果より、ステンレス鋼板10上に、表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値が0.05〜0.2、かつCr/Fe値が0.5〜0.8の範囲である不動態膜11を形成した実施例3,4においては、不動態膜11上に形成されたパラジウムめっき層は、めっき性および密着性に優れていることが確認された。
【0100】
一方、表2の結果より、形成された不動態膜11の表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値が上記範囲から外れた比較例11においては、不動態膜11上に形成されたパラジウムめっき層は、めっき性が劣ることが確認された。
【0101】
<白金めっき層の形成>
また、上述した実施例および比較例のうち、実施例3,4および比較例11のステンレス鋼板10について、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に白金めっき層を形成し、白金めっき層のめっき性および密着性を評価した。具体的には、実施例3,4および比較例11のステンレス鋼板10について、無電解白金めっき浴(日本高純度化学社製、品番:IM−Pt)を用いて55℃、3分の条件で無電解めっき処理を施すことにより、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に、金属めっき層20として、厚さ約20nmの白金めっき層を形成し、金属めっき被覆ステンレス材100(白金)を得た。そして、得られた金属めっき被覆ステンレス材100(白金)について、上述した金属めっき被覆ステンレス材100(銀)および金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)と同様に、めっき性の評価および密着性の評価を行った。
【0102】
結果としては、実施例3,4のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(白金)は、蛍光X線分析装置を用いた測定により表面からPtが検知され、良好に白金めっき層が形成されていることが確認された。一方、比較例11のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(白金)は、表面からPtが検知されず、白金めっき層のめっき性が不十分であることが確認された。
【0103】
さらに、実施例3,4のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(白金)は、粘着テープを用いた剥離試験において、白金めっき層の剥離は確認されず、白金めっき層の密着性が良好であることが確認された。なお、比較例11のステンレス鋼板10については、白金めっき層のめっき性が不十分であることが確認されたことから、白金めっき層の密着性の評価は行わなかった。
【0104】
これにより、表1の結果より、ステンレス鋼板10上に、表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値が0.05〜0.2、かつCr/Fe値が0.5〜0.8の範囲である不動態膜11を形成した実施例3,4においては、不動態膜11上に形成された白金めっき層は、めっき性および密着性に優れていることが確認された。
【0105】
一方、表2の結果より、形成された不動態膜11の表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値が上記範囲から外れた比較例11においては、不動態膜11上に形成された白金めっき層は、めっき性に劣ることが確認された。
【0106】
<金めっき層形成による評価>
さらに、実施例1〜8および比較例1〜11について、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に金めっき層を形成し、金めっき層のめっき性および密着性を評価した。具体的には、実施例1〜8および比較例1〜11のステンレス鋼板10について、無電解金めっき浴(奥野製薬工業社製、品番:フラッシュゴールドNF)を用いて、70℃、5分間の条件で無電解めっき処理を施すことにより、不動態膜11上に、厚さ約23nmの金めっき層を形成し、金めっき被覆ステンレス材を得た。そして、得られた金めっき被覆ステンレス材について、上述した金属めっき被覆ステンレス材100(銀)、金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)および金属めっき被覆ステンレス材100(白金)と同様に、めっき性の評価および密着性の評価を行った。
【0107】
結果としては、実施例1〜8および比較例1〜3のステンレス鋼板10から得られた金めっき被覆ステンレス材は、蛍光X線分析装置を用いた測定により表面からAuが検知され、良好に金めっき層が形成されていることが確認された。一方、比較例4〜11のステンレス鋼板10から得られた金めっき被覆ステンレス材は、表面からAuが検知されず、金めっき層のめっき性が不十分であることが確認された。
【0108】
さらに、実施例1〜8のステンレス鋼板10から得られた金めっき被覆ステンレス材は、粘着テープを用いた剥離試験において、金めっき層の剥離は確認されず、金めっき層の密着性が良好であることが確認された。一方、比較例1〜3のステンレス鋼板10から得られた金めっき被覆ステンレス材においては、剥離試験により金めっき層の一部または全面が剥離してしまい、金めっき層の密着性が不十分であることが確認された。なお、比較例4〜11のステンレス鋼板10については、上述したように金めっき層のめっき性が不十分であることが確認されたことから、金めっき層の密着性の評価は行わなかった。
【0109】
これにより、表1の結果より、ステンレス鋼板10上に、表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値が0.05〜0.2、かつCr/Fe値が0.5〜0.8の範囲である不動態膜11を形成した実施例1〜8においては、不動態膜11上に形成された金めっき層は、めっき性および密着性に優れていることが確認された。
【0110】
一方、表1,2の結果より、形成された不動態膜11の表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値が上記範囲から外れた比較例1〜11においては、不動態膜11上に形成された金めっき層は、めっき性や密着性に劣ることが確認された。
【0111】
なお、表1および図3に示すように、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の濃度、温度、および浸漬時間を上記式(1)の関係を満たすものとした実施例1〜8は、形成された不動態膜11の表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値が上記範囲に制御されていることが確認された。一方、表1,2および図3に示すように、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の濃度、温度、および浸漬時間が上記式(1)の関係を満たさない比較例1〜5、ステンレス鋼材を硫酸水溶液以外の溶液に浸漬させた比較例6〜10、および浸漬を行わなかった比較例11は、形成された不動態膜11の表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値が上記範囲から外れていることが確認された。
【0112】
また、図5は、実施例3および硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)について、X線回折装置を用いてXRD分析を行った結果を示す回折プロファイルである。なお、図5では、横軸が回折角、縦軸が回折強度を示す。図5に示す回折プロファイルの各ピークは、図示するとおり、Cr0.4Ni0.6の結晶面(1 1 1)、(2 0 0)、(2 2 0)と、CrOxideの結晶面(1 1 1)、(2 0 0)、(2 2 1)と、FeCrNiCの結晶面(4 2 0)、(2 0 2)、(4 2 1)、(4 0 2)とに由来するピークが合成されたものである。図5の結果から、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させた実施例3においては、硫酸水溶液に浸漬させなかったSUS316Lと比較して、CrOxideの結晶面(2 2 0)に由来する回折角度66°付近のピーク、およびCr0.4Ni0.6の結晶面(2 2 0)に由来する回折角度75°付近のピークが小さくなっており、そのため、ステンレス鋼板10中におけるCrOxideCrおよびCr0.4Ni0.6の含有割合が低下していることが確認された。これにより、実施例3においては、硫酸水溶液への浸漬によりステンレス鋼板10に形成される不動態膜11の表面におけるCr強度が減少していると考えられ、その結果として、不動態膜11の表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値が低下して、上記範囲に制御されたと考えられる。
【0113】
さらに、図2に示すように、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の濃度、温度、および浸漬時間を上記式(1)の関係を満たすものとした実施例2は、図2(A)のグラフから、707eV付近のFe(metal)のピークが、硫酸水溶液に浸漬させていないSUS316L(未処理)と比較して大きくなっており、これにより、形成される不動態膜11の表面に活性な単体の鉄(Fe(metal))が露出していることが確認できる。
【0114】
また、図4に示すように、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の濃度、温度、および浸漬時間を上記式(1)の関係を満たすものとした実施例1〜4は、硫酸水溶液に浸漬させる前(浸漬時間0秒)と比較して、算術平均粗さRaが大きくなっており、これにより、アンカー効果によって、不動態膜11上に形成される金属めっき層20のめっき性および密着性に優れたものとなることが確認された。
【0115】
さらに、図6,7に示すように、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の濃度、温度、および浸漬時間を上記式(1)の関係を満たすものとした実施例2は、SUS316L(未処理)と比較して、ステンレス鋼材10の表面における結晶構造が変化したことが確認された。
【0116】
具体的には、図6(A)、図6(C)の結果より、実施例2は、SUS316L(未処理)と比較して、硫酸水溶液によってステンレス鋼材10の表面の形状が粗くなっている。加えて、実施例2は、図7(A)に示すように、単体の鉄を比較的多く含む結晶からの回折パターンが測定され、一方、SUS316L(未処理)は、図7(C)に示すように、クロムの酸化物の結晶からの回折が測定された。これにより、実施例2は、SUS316L(未処理)と比較して、ステンレス鋼材10の表面における結晶構造が変化し、単体の鉄を比較的多く含む結晶が露出していることが確認された。
【0117】
一方、図3に示すように、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させなかった比較例11においては、上述したように、ステンレス鋼材の表面にもともと形成されていた酸化被膜のCrの含有割合が大きいことから、上記Cr/O値およびCr/Fe値が高くなりすぎてしまった。また、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の濃度、温度、および浸漬時間が上記式(1)の関係を満たさない比較例1,2においては、上述したように、ステンレス鋼板の表面から上記酸化被膜が完全に(あるいは、ほぼ完全に)除去され、ステンレス鋼板上に不動態膜11が形成された後、硫酸水溶液によってステンレス鋼板が侵食されることで鉄が優先的に溶出し、相対的にCrが多くなるため、上記Cr/O値およびCr/Fe値が高くなりすぎてしまった。
【0118】
また、図2(A)に示すように、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の濃度、温度、および浸漬時間が上記式(1)の関係を満たさない比較例2においては、実施例2と比較して、707eV付近のFe(metal)のピークが小さくなっており、これにより、形成される不動態膜11の表面において、活性な単体の鉄(Fe(metal))の割合が減少していることが確認できる。
【0119】
さらに、図2(B)に示すように、比較例2においては、実施例2と比較して、874eVおよび856eV付近のニッケルの酸化物(Ni−O)によるピークが小さくなっており、これにより、形成される不動態膜11の表面において、非常に脆い性質を有するニッケルの酸化物の割合が増加していることが確認できる。
【0120】
また、図6(B)に示すように、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の濃度、温度、および浸漬時間が上記式(1)の関係を満たさない比較例2は、ステンレス鋼材10の表面が蟻の巣状に腐食して構造的に脆くなっていることが確認できる。加えて、比較例2は、図7(B)に示すように、ニッケルの酸化物を比較的多く含む結晶からの回折パターンが測定され、ステンレス鋼材10の表面における結晶構造が変化し、非常に脆い性質を有するニッケルの酸化物の割合が増加していることが確認できる。
【0121】
さらに、実施例3については、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に金属めっき層20として銀めっき層、パラジウムめっき層および白金めっき層をそれぞれ形成することで、上述した金属めっき被覆ステンレス材100(銀)、金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)および金属めっき被覆ステンレス材100(白金)を得た。そして、得られた金属めっき被覆ステンレス材100(銀)、金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)および金属めっき被覆ステンレス材100(白金)の表面を、それぞれ走査型電子顕微鏡SEM(日立ハイテクノロジーズ社製、S−4800)にて測定することでSEM写真を得た。結果を図8に示す。
【0122】
なお、図8においては、図8(A)は金属めっき層20形成前のSEM写真、図8(B)は金属めっき層20として銀めっき層を形成して得た金属めっき被覆ステンレス材100(銀)のSEM写真、図8(C)は金属めっき層20としてパラジウムめっき層を形成して得た金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)のSEM写真、図8(D)は金属めっき層20として白金めっき層を形成して得た金属めっき被覆ステンレス材100(白金)のSEM写真を示している。
【0123】
表1および図8の結果より、ステンレス鋼板10上に、表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値が0.05〜0.2、かつCr/Fe値が0.5〜0.8の範囲である不動態膜11を形成した実施例3においては、不動態膜11上に金属めっき層20として形成した銀めっき層、パラジウムめっき層および白金めっき層が良好に形成されていることが確認された。
【0124】
さらに、実施例4における金属めっき被覆ステンレス材100(白金)については、上述した方法にしたがって、接触抵抗値の測定を行った。結果を図10に示す。
【0125】
図10の結果より、ステンレス鋼板10上に、表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値が0.05〜0.2、かつCr/Fe値が0.5〜0.8の範囲である不動態膜11を形成した実施例4においては、不動態膜11上に金属めっき層20として白金めっき層を形成して得た金属めっき被覆ステンレス材100(白金)は、従来の燃料電池用セパレータの材料などとして用いられているSUS316Lと比較して、接触抵抗値が低い値となり、導電性に優れる結果となった。
【0126】
以上、実施例を挙げて、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に金属めっき層20として銀めっき層、パラジウムめっき層および白金めっき層を形成した例を示したが、本発明においては、金属めっき層20を構成する金属としては、このような銀(Ag)、パラジウム(Pd)および白金(Pt)以外にも、上述したロジウム(Rh)、ルテニウム(Ru)、銅(Cu)、錫(Sn)、クロム(Cr)を用いることができる。
【0127】
なお、Ag、PdまたはPtからなる金属めっき層20は、上述したようにめっき性、密着性に優れるものであるが、これは、Ag、PdおよびPtが、標準電極電位が大きく貴な金属であることに起因するものである。すなわち、Ag、PdおよびPtは、貴な金属であることから、無電解めっきにより容易にステンレス鋼板10の不動態膜11上に析出し、得られる金属めっき層20について被覆率が高いものとなり、その結果、金属めっき層20のめっき性、密着性が優れたものとなる。更に、Ag、PdおよびPtは、貴な金属であることから、経時後の接触抵抗が劣化しにくいという点においても優れている。また、Ag、PdまたはPtからなる金属めっき層20は、上述したように導電性にも優れるものであるが、これは、Ag、PdおよびPtの接触抵抗が低いことに起因する。
【0128】
ここで、上述したRh、Ru、Cu、SnおよびCrのいずれの金属も、Ag、PdおよびPtと同様に、標準電極電位が大きく貴な金属であり、かつ、接触抵抗が低いという性質を有している。そのため、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に金属めっき層20としてロジウムめっき層、ルテニウムめっき層、銅めっき層、錫めっき層およびクロムめっき層を形成した場合であっても、得られる金属めっき層20は、上述したAg、PdまたはPtからなる金属めっき層20と同様に、めっき性、密着性および導電性に優れるものとなると考えられる。
【0129】
これに対し、上述したAg、Pd、Pt、Rh、Ru、Cu、Sn、Cr以外の金属は、標準電極電位が相対的に小さく卑な金属であるため、無電解めっきによりステンレス鋼板10の不動態膜11上に析出させるのが困難であり、得られる金属めっき層20は、めっき性、密着性が劣るものとなると考えられる。
図1
図2
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図10