【実施例】
【0065】
以下に、実施例を挙げて、本発明についてより具体的に説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
なお、各特性の定義および評価方法は、以下のとおりである。
【0066】
<Cr/O値およびCr/Fe値の測定>
表面に不動態膜11を形成したステンレス鋼板10について、走査型オージェ電子分光分析装置(AES)(日本電子社製、型番:JAMP−9500F)を用いて、5箇所について、Cr、OおよびFeの原子%を測定し、得られた結果を平均することにより、Cr/O値(Crの原子%/Oの原子%)およびCr/Fe値(Crの原子%/Feの原子%)を求めた。なお、Cr/O値およびCr/Fe値の測定は、後述するすべての実施例および比較例について行った。
【0067】
<XRD分析>
表面に不動態膜11を形成したステンレス鋼板10の表面を、X線回折装置(リガク社製、型番:RINT−2500)を用いて、ステンレス鋼板10の表面に含まれる結晶の同定を行った。なお、XRD分析は、後述する実施例および比較例のうち、実施例3についてのみ行った。また、比較のため、併せて、硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)についても、同様にXRD分析を行った。
【0068】
<XPS測定>
ステンレス鋼板10上に形成した不動態膜11の表面について、X線光電子分光装置(アルバック・ファイ社製、型番:VersaProbeII)を用いて、Fe2p、Ni2p、Cr2p、O1sのピークをそれぞれ測定することにより、XPS測定を行った。なお、XPS測定は、後述する実施例および比較例のうち、実施例2、および比較例2についてのみ行った。また、比較のため、併せて、硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)についても、同様にXPS測定を行った。
【0069】
<表面粗さの測定>
ステンレス鋼板10上に形成した不動態膜11の表面について、レーザー顕微鏡(オリンパス社製、LEXT OLS3500)を用い、JIS B 0601:1994に準拠して算術平均粗さRaを測定した。なお、表面粗さの測定は、後述する実施例および比較例のうち、実施例1,2,4、および比較例1,2についてのみ行った。また、比較のため、併せて、硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)についても、同様に表面粗さの測定を行った。
【0070】
<断面観察>
表面に不動態膜11を形成したステンレス鋼板10について、炭素蒸着により炭素蒸着膜を形成した後で切断し、切断した断面を、走査型電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ社製、型番:HD−2700)により測定することで断面写真を得た。なお、断面観察は、後述する実施例および比較例のうち、実施例2、および比較例2についてのみ行った。また、比較のため、併せて、硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)についても、同様に断面観察を行った。
【0071】
<電子線回折パターンの測定>
ステンレス鋼板10上に形成した不動態膜11の表面について、透過型電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ社製、型番:HF−2000)により測定することで、電子線回折パターンを得た。なお、電子線回折パターンの測定は、後述する実施例および比較例のうち、実施例2、および比較例2についてのみ行った。また、比較のため、併せて、硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)についても、同様に電子線回折パターンの測定を行った。
【0072】
<接触抵抗値の測定>
金属めっき被覆ステンレス材100について、
図9に示すような測定系を用いて、接触抵抗値の測定を行った。なお、
図9に示す測定系は、金属めっき被覆ステンレス材100、燃料電池用セパレータにおいてガス拡散層として用いられるカーボンクロス200、金めっき被覆された銅電極300、電圧計400、および電流計500によって構成される。接触抵抗値の測定は、具体的には、まず、金属めっき被覆ステンレス材100を幅20mm、長さ20mm、厚さ1.27mmの大きさに加工し、
図9に示すように、カーボンクロス200(東レ社製、品番:TGP−H−090)を介して、金めっき被覆された銅電極300によって両側から挟んで固定することで、
図9に示す測定系とした。次いで、金めっき被覆された銅電極300に10kg/cm
2の荷重を加えながら、抵抗計(日置電機社製、ミリオームハイテスタ3540)を用いて、試験片を挟んだ上下のカーボンクロス200間の接触抵抗値を測定した。なお、接触抵抗値の測定は、後述する実施例および比較例のうち、実施例4についてのみ行った。また、比較として、併せて、硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)についても、幅20mm、長さ20mm、厚さ1.0mmの大きさに加工した後、同様に接触抵抗値の測定を行った。
【0073】
《実施例1》
まず、ステンレス鋼板10を形成するためのステンレス鋼材(SUS316L)を準備した。次いで、準備したステンレス鋼材を、硫酸濃度:25体積%の硫酸水溶液に、温度:70℃、浸漬時間:5秒の条件で浸漬させることにより、表面に不動態膜11が形成されたステンレス鋼板10を得た。
【0074】
そして、このような不動態膜11を形成したステンレス鋼板10について、上述した方法にしたがって、Cr/O値およびCr/Fe値の測定、および表面粗さの測定を行った。結果を表1および
図3,4に示す。また、表1には、併せて、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させた際における濃度x[体積%]、温度y[℃]、および浸漬時間z[秒]を上記式(1)にあてはめて計算した結果を示した。
【0075】
なお、
図3は、Cr/O値およびCr/Fe値の測定結果を示すグラフであり、横軸にステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させた浸漬時間を、縦軸に走査型オージェ電子分光分析装置(AES)により測定したCr/O値およびCr/Fe値をそれぞれ示している。ここで、
図3においては、実施例1、ならびに後述する実施例2〜4および比較例1,2,11の測定結果を示している。
【0076】
また、
図4は、表面粗さの測定結果を示すグラフであり、横軸にステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させた浸漬時間を、縦軸に算術平均粗さRaをそれぞれ示している。
【0077】
《実施例2〜8》
ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の濃度、温度、および浸漬時間を、表1に示すものとした以外は、実施例1と同様にしてステンレス鋼板10を作製し、上述した方法にしたがって、Cr/O値およびCr/Fe値の測定、XRD分析、XPS測定、表面粗さの測定、断面観察、電子線回折パターンの測定を行った。結果を表1、
図2〜7に示す。
【0078】
なお、
図2は、XPS測定により、ステンレス鋼板10上に形成した不動態膜11の表面について、Fe2p、Ni2p、Cr2p、O1sのピークをそれぞれ測定した結果を示している。ここで、
図2(A)がFe2p、
図2(B)がNi2p、
図2(C)がCr2p、
図2(D)がO1sのピークを測定した結果をそれぞれ示している。また、
図2(A)〜
図2(D)の各グラフにおいては、実施例2の結果を破線で、後述する比較例2の結果を点線で、硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)の測定結果を実線でそれぞれ示している。
【0079】
図5は、XRD分析の結果を示すグラフであり、横軸に回折角度を、縦軸にX線回折装置により検出された回折X線の強度をそれぞれ示している。
図5のグラフ中においては、各ピークの部分に、ピークの由来となる結晶および結晶面の情報を併記している。なお、
図5のグラフ中においては、FeCrNiCはFeCrNiC化合物の結晶を、CrOxideは酸化クロムの結晶を、Cr0.4Ni0.6はCr:Ni比が0.4:0.6(原子%)であるCrNi合金の結晶を、それぞれ示している。
【0080】
図6は、表面に不動態膜11を形成したステンレス鋼板10における断面観察の結果を示す図である。なお、
図6(A)が実施例2、
図6(B)が後述する比較例2、
図6(C)が硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)の結果をそれぞれ示している。
【0081】
図7は、ステンレス鋼板10上に形成した不動態膜11の表面について、電子線回折パターンを測定した結果を示している。なお、
図7(A)は実施例2の結果を、
図7(B)は後述する比較例2の結果を、
図7(C)は硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)の結果を、それぞれ示した図である。ここで、
図7(A)においては、単体の鉄を比較的多く含む結晶(元素比:Fe
2.96Cr
0.03Ni
0.01O
4)からの回折パターンの測定結果が示されている。同様に、
図7(B)においては、ニッケルの酸化物を比較的多く含む結晶(元素比:Cr
0.19Fe
0.7Ni
0.11)からの回折パターンの測定結果が示され、
図7(C)においては、クロムの酸化物の結晶(MnCr
2O
4)からの回折パターンの測定結果が示されている。
【0082】
《比較例1〜5》
ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際における、硫酸水溶液の濃度、および浸漬時間を、表1に示すものとした以外は、実施例1と同様にしてステンレス鋼板10を作製し、上述した方法にしたがって、Cr/O値およびCr/Fe値の測定、XRD分析、XPS測定、表面粗さの測定、断面観察、電子線回折パターンの測定を行った。結果を表1、
図2〜4,6,7に示す。
【0083】
【表1】
【0084】
《比較例6〜9》
ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる処理に代えて、ステンレス鋼材を塩酸に浸漬させる処理を行い、塩酸に浸漬させる際における塩酸濃度、温度、および浸漬時間を表2に示すものとした以外は、実施例1と同様にしてステンレス鋼板10を作製し、上述した方法にしたがって、Cr/O値およびCr/Fe値の測定を行った。結果を表2に示す。
【0085】
《比較例10》
ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる処理に代えて、ステンレス鋼材を硫酸濃度:6体積%、リン酸濃度:4体積%の酸性水溶液に浸漬させる処理を行い、この酸性水溶液に浸漬させる際における温度および浸漬時間を表2に示すものとした以外は、実施例1と同様にしてステンレス鋼板10を作製し、上述した方法にしたがって、Cr/O値およびCr/Fe値の測定を行った。結果を表2に示す。
【0086】
《比較例11》
実施例1で用いたステンレス鋼材(SUS316L)について、硫酸水溶液に浸漬させることなく、上述した方法にしたがって、Cr/O値およびCr/Fe値の測定を行った。結果を表2、
図3に示す。
【0087】
【表2】
【0088】
<銀めっき層の形成>
また、上述した実施例および比較例のうち、実施例2,3および比較例1,11のステンレス鋼板10について、無電解銀めっき処理を施すことにより、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に、金属めっき層20として、厚さ約60nmの銀めっき層を形成し、金属めっき被覆ステンレス材100(銀)を得た。
【0089】
そして、このように得られた金属めっき被覆ステンレス材100(銀)について、銀めっき層のめっき性の評価を行った。具体的には、金属めっき被覆ステンレス材100(銀)の表面を蛍光X線分析装置(リガク社製、型番:ZSX100e)により測定してAgの有無を判定し、Agが検知された場合には、銀めっき層が良好に形成されていると判断することで、めっき性の評価を行った。
【0090】
結果としては、実施例2,3および比較例1のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(銀)は、表面からAgが検知され、良好に銀めっき層が形成されていることが確認された。一方、比較例11のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(銀)は、表面からAgが検知されず、銀めっき層のめっき性が不十分であることが確認された。
【0091】
さらに、実施例2,3および比較例1のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(銀)について、銀めっき層の密着性の評価を行った。具体的には、金属めっき被覆ステンレス材100(銀)の銀めっき層に粘着テープ(ニチバン社製、ナイスタック強力タイプ)を貼付した後、剥がすことにより剥離試験を実施し、その後、銀めっき層の剥離状態を観察して、剥離が確認されなかった場合には、銀めっき層の密着性が良好であると判断することで、密着性の評価を行った。
【0092】
結果としては、実施例2,3のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(銀)においては、銀めっき層の剥離は確認されず、銀めっき層の密着性が良好であることが確認された。一方、比較例1のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(銀)においては、銀めっき層の一部が剥離してしまい、銀めっき層の密着性が不十分であることが確認された。
【0093】
これにより、表1の結果より、ステンレス鋼板10上に、表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値が0.05〜0.2、かつCr/Fe値が0.5〜0.8の範囲である不動態膜11を形成した実施例2,3においては、不動態膜11上に形成された銀めっき層は、めっき性および密着性に優れていることが確認された。
【0094】
一方、表1,2の結果より、形成された不動態膜11の表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値が上記範囲から外れた比較例1,11においては、不動態膜11上に形成された銀めっき層は、めっき性や密着性が劣ることが確認された。
【0095】
<パラジウムめっき層の形成>
また、上述した実施例および比較例のうち、実施例3,4および比較例11のステンレス鋼板10について、無電解パラジウムめっき浴(奥野製薬工業社製、品番:パラトップ)を用いて60℃、40秒の条件で無電解めっき処理を施すことにより、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に、金属めっき層20として、厚さ約10nmのパラジウムめっき層を形成し、金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)を得た。そして、得られた金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)について、上述した金属めっき被覆ステンレス材100(銀)と同様に、めっき性の評価および密着性の評価を行った。
【0096】
結果としては、実施例3,4のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)は、表面からPdが検知され、良好にパラジウムめっき層が形成されていることが確認された。一方、比較例11のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)は、表面からPdが検知されず、パラジウムめっき層のめっき性が不十分であることが確認された。
【0097】
さらに、実施例3,4のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)について、パラジウムめっき層の密着性の評価を行った。具体的には、金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)のパラジウムめっき層に粘着テープ(ニチバン社製、ナイスタック強力タイプ)を貼付した後、剥がすことにより剥離試験を実施し、その後、パラジウムめっき層の剥離状態を観察して、剥離が確認されなかった場合には、パラジウムめっき層の密着性が良好であると判断することで、密着性の評価を行った。
【0098】
結果としては、実施例3,4のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)においては、パラジウムめっき層の剥離は確認されず、パラジウムめっき層の密着性が良好であることが確認された。
【0099】
これにより、表1の結果より、ステンレス鋼板10上に、表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値が0.05〜0.2、かつCr/Fe値が0.5〜0.8の範囲である不動態膜11を形成した実施例3,4においては、不動態膜11上に形成されたパラジウムめっき層は、めっき性および密着性に優れていることが確認された。
【0100】
一方、表2の結果より、形成された不動態膜11の表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値が上記範囲から外れた比較例11においては、不動態膜11上に形成されたパラジウムめっき層は、めっき性が劣ることが確認された。
【0101】
<白金めっき層の形成>
また、上述した実施例および比較例のうち、実施例3,4および比較例11のステンレス鋼板10について、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に白金めっき層を形成し、白金めっき層のめっき性および密着性を評価した。具体的には、実施例3,4および比較例11のステンレス鋼板10について、無電解白金めっき浴(日本高純度化学社製、品番:IM−Pt)を用いて55℃、3分の条件で無電解めっき処理を施すことにより、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に、金属めっき層20として、厚さ約20nmの白金めっき層を形成し、金属めっき被覆ステンレス材100(白金)を得た。そして、得られた金属めっき被覆ステンレス材100(白金)について、上述した金属めっき被覆ステンレス材100(銀)および金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)と同様に、めっき性の評価および密着性の評価を行った。
【0102】
結果としては、実施例3,4のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(白金)は、蛍光X線分析装置を用いた測定により表面からPtが検知され、良好に白金めっき層が形成されていることが確認された。一方、比較例11のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(白金)は、表面からPtが検知されず、白金めっき層のめっき性が不十分であることが確認された。
【0103】
さらに、実施例3,4のステンレス鋼板10から得られた金属めっき被覆ステンレス材100(白金)は、粘着テープを用いた剥離試験において、白金めっき層の剥離は確認されず、白金めっき層の密着性が良好であることが確認された。なお、比較例11のステンレス鋼板10については、白金めっき層のめっき性が不十分であることが確認されたことから、白金めっき層の密着性の評価は行わなかった。
【0104】
これにより、表1の結果より、ステンレス鋼板10上に、表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値が0.05〜0.2、かつCr/Fe値が0.5〜0.8の範囲である不動態膜11を形成した実施例3,4においては、不動態膜11上に形成された白金めっき層は、めっき性および密着性に優れていることが確認された。
【0105】
一方、表2の結果より、形成された不動態膜11の表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値が上記範囲から外れた比較例11においては、不動態膜11上に形成された白金めっき層は、めっき性に劣ることが確認された。
【0106】
<金めっき層形成による評価>
さらに、実施例1〜8および比較例1〜11について、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に金めっき層を形成し、金めっき層のめっき性および密着性を評価した。具体的には、実施例1〜8および比較例1〜11のステンレス鋼板10について、無電解金めっき浴(奥野製薬工業社製、品番:フラッシュゴールドNF)を用いて、70℃、5分間の条件で無電解めっき処理を施すことにより、不動態膜11上に、厚さ約23nmの金めっき層を形成し、金めっき被覆ステンレス材を得た。そして、得られた金めっき被覆ステンレス材について、上述した金属めっき被覆ステンレス材100(銀)、金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)および金属めっき被覆ステンレス材100(白金)と同様に、めっき性の評価および密着性の評価を行った。
【0107】
結果としては、実施例1〜8および比較例1〜3のステンレス鋼板10から得られた金めっき被覆ステンレス材は、蛍光X線分析装置を用いた測定により表面からAuが検知され、良好に金めっき層が形成されていることが確認された。一方、比較例4〜11のステンレス鋼板10から得られた金めっき被覆ステンレス材は、表面からAuが検知されず、金めっき層のめっき性が不十分であることが確認された。
【0108】
さらに、実施例1〜8のステンレス鋼板10から得られた金めっき被覆ステンレス材は、粘着テープを用いた剥離試験において、金めっき層の剥離は確認されず、金めっき層の密着性が良好であることが確認された。一方、比較例1〜3のステンレス鋼板10から得られた金めっき被覆ステンレス材においては、剥離試験により金めっき層の一部または全面が剥離してしまい、金めっき層の密着性が不十分であることが確認された。なお、比較例4〜11のステンレス鋼板10については、上述したように金めっき層のめっき性が不十分であることが確認されたことから、金めっき層の密着性の評価は行わなかった。
【0109】
これにより、表1の結果より、ステンレス鋼板10上に、表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値が0.05〜0.2、かつCr/Fe値が0.5〜0.8の範囲である不動態膜11を形成した実施例1〜8においては、不動態膜11上に形成された金めっき層は、めっき性および密着性に優れていることが確認された。
【0110】
一方、表1,2の結果より、形成された不動態膜11の表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値が上記範囲から外れた比較例1〜11においては、不動態膜11上に形成された金めっき層は、めっき性や密着性に劣ることが確認された。
【0111】
なお、表1および
図3に示すように、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の濃度、温度、および浸漬時間を上記式(1)の関係を満たすものとした実施例1〜8は、形成された不動態膜11の表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値が上記範囲に制御されていることが確認された。一方、表1,2および
図3に示すように、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の濃度、温度、および浸漬時間が上記式(1)の関係を満たさない比較例1〜5、ステンレス鋼材を硫酸水溶液以外の溶液に浸漬させた比較例6〜10、および浸漬を行わなかった比較例11は、形成された不動態膜11の表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値が上記範囲から外れていることが確認された。
【0112】
また、
図5は、実施例3および硫酸水溶液に浸漬させていないステンレス鋼材(SUS316L)について、X線回折装置を用いてXRD分析を行った結果を示す回折プロファイルである。なお、
図5では、横軸が回折角、縦軸が回折強度を示す。
図5に示す回折プロファイルの各ピークは、図示するとおり、Cr0.4Ni0.6の結晶面(1 1 1)、(2 0 0)、(2 2 0)と、CrOxideの結晶面(1 1 1)、(2 0 0)、(2 2 1)と、FeCrNiCの結晶面(4 2 0)、(2 0 2)、(4 2 1)、(4 0 2)とに由来するピークが合成されたものである。
図5の結果から、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させた実施例3においては、硫酸水溶液に浸漬させなかったSUS316Lと比較して、CrOxideの結晶面(2 2 0)に由来する回折角度66°付近のピーク、およびCr0.4Ni0.6の結晶面(2 2 0)に由来する回折角度75°付近のピークが小さくなっており、そのため、ステンレス鋼板10中におけるCrOxideCrおよびCr0.4Ni0.6の含有割合が低下していることが確認された。これにより、実施例3においては、硫酸水溶液への浸漬によりステンレス鋼板10に形成される不動態膜11の表面におけるCr強度が減少していると考えられ、その結果として、不動態膜11の表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値およびCr/Fe値が低下して、上記範囲に制御されたと考えられる。
【0113】
さらに、
図2に示すように、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の濃度、温度、および浸漬時間を上記式(1)の関係を満たすものとした実施例2は、
図2(A)のグラフから、707eV付近のFe(metal)のピークが、硫酸水溶液に浸漬させていないSUS316L(未処理)と比較して大きくなっており、これにより、形成される不動態膜11の表面に活性な単体の鉄(Fe(metal))が露出していることが確認できる。
【0114】
また、
図4に示すように、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の濃度、温度、および浸漬時間を上記式(1)の関係を満たすものとした実施例1〜4は、硫酸水溶液に浸漬させる前(浸漬時間0秒)と比較して、算術平均粗さRaが大きくなっており、これにより、アンカー効果によって、不動態膜11上に形成される金属めっき層20のめっき性および密着性に優れたものとなることが確認された。
【0115】
さらに、
図6,7に示すように、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の濃度、温度、および浸漬時間を上記式(1)の関係を満たすものとした実施例2は、SUS316L(未処理)と比較して、ステンレス鋼材10の表面における結晶構造が変化したことが確認された。
【0116】
具体的には、
図6(A)、
図6(C)の結果より、実施例2は、SUS316L(未処理)と比較して、硫酸水溶液によってステンレス鋼材10の表面の形状が粗くなっている。加えて、実施例2は、
図7(A)に示すように、単体の鉄を比較的多く含む結晶からの回折パターンが測定され、一方、SUS316L(未処理)は、
図7(C)に示すように、クロムの酸化物の結晶からの回折が測定された。これにより、実施例2は、SUS316L(未処理)と比較して、ステンレス鋼材10の表面における結晶構造が変化し、単体の鉄を比較的多く含む結晶が露出していることが確認された。
【0117】
一方、
図3に示すように、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させなかった比較例11においては、上述したように、ステンレス鋼材の表面にもともと形成されていた酸化被膜のCrの含有割合が大きいことから、上記Cr/O値およびCr/Fe値が高くなりすぎてしまった。また、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の濃度、温度、および浸漬時間が上記式(1)の関係を満たさない比較例1,2においては、上述したように、ステンレス鋼板の表面から上記酸化被膜が完全に(あるいは、ほぼ完全に)除去され、ステンレス鋼板上に不動態膜11が形成された後、硫酸水溶液によってステンレス鋼板が侵食されることで鉄が優先的に溶出し、相対的にCrが多くなるため、上記Cr/O値およびCr/Fe値が高くなりすぎてしまった。
【0118】
また、
図2(A)に示すように、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の濃度、温度、および浸漬時間が上記式(1)の関係を満たさない比較例2においては、実施例2と比較して、707eV付近のFe(metal)のピークが小さくなっており、これにより、形成される不動態膜11の表面において、活性な単体の鉄(Fe(metal))の割合が減少していることが確認できる。
【0119】
さらに、
図2(B)に示すように、比較例2においては、実施例2と比較して、874eVおよび856eV付近のニッケルの酸化物(Ni−O)によるピークが小さくなっており、これにより、形成される不動態膜11の表面において、非常に脆い性質を有するニッケルの酸化物の割合が増加していることが確認できる。
【0120】
また、
図6(B)に示すように、ステンレス鋼材を硫酸水溶液に浸漬させる際の濃度、温度、および浸漬時間が上記式(1)の関係を満たさない比較例2は、ステンレス鋼材10の表面が蟻の巣状に腐食して構造的に脆くなっていることが確認できる。加えて、比較例2は、
図7(B)に示すように、ニッケルの酸化物を比較的多く含む結晶からの回折パターンが測定され、ステンレス鋼材10の表面における結晶構造が変化し、非常に脆い性質を有するニッケルの酸化物の割合が増加していることが確認できる。
【0121】
さらに、実施例3については、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に金属めっき層20として銀めっき層、パラジウムめっき層および白金めっき層をそれぞれ形成することで、上述した金属めっき被覆ステンレス材100(銀)、金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)および金属めっき被覆ステンレス材100(白金)を得た。そして、得られた金属めっき被覆ステンレス材100(銀)、金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)および金属めっき被覆ステンレス材100(白金)の表面を、それぞれ走査型電子顕微鏡SEM(日立ハイテクノロジーズ社製、S−4800)にて測定することでSEM写真を得た。結果を
図8に示す。
【0122】
なお、
図8においては、
図8(A)は金属めっき層20形成前のSEM写真、
図8(B)は金属めっき層20として銀めっき層を形成して得た金属めっき被覆ステンレス材100(銀)のSEM写真、
図8(C)は金属めっき層20としてパラジウムめっき層を形成して得た金属めっき被覆ステンレス材100(パラジウム)のSEM写真、
図8(D)は金属めっき層20として白金めっき層を形成して得た金属めっき被覆ステンレス材100(白金)のSEM写真を示している。
【0123】
表1および
図8の結果より、ステンレス鋼板10上に、表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値が0.05〜0.2、かつCr/Fe値が0.5〜0.8の範囲である不動態膜11を形成した実施例3においては、不動態膜11上に金属めっき層20として形成した銀めっき層、パラジウムめっき層および白金めっき層が良好に形成されていることが確認された。
【0124】
さらに、実施例4における金属めっき被覆ステンレス材100(白金)については、上述した方法にしたがって、接触抵抗値の測定を行った。結果を
図10に示す。
【0125】
図10の結果より、ステンレス鋼板10上に、表面におけるオージェ電子分光分析によるCr/O値が0.05〜0.2、かつCr/Fe値が0.5〜0.8の範囲である不動態膜11を形成した実施例4においては、不動態膜11上に金属めっき層20として白金めっき層を形成して得た金属めっき被覆ステンレス材100(白金)は、従来の燃料電池用セパレータの材料などとして用いられているSUS316Lと比較して、接触抵抗値が低い値となり、導電性に優れる結果となった。
【0126】
以上、実施例を挙げて、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に金属めっき層20として銀めっき層、パラジウムめっき層および白金めっき層を形成した例を示したが、本発明においては、金属めっき層20を構成する金属としては、このような銀(Ag)、パラジウム(Pd)および白金(Pt)以外にも、上述したロジウム(Rh)、ルテニウム(Ru)、銅(Cu)、錫(Sn)、クロム(Cr)を用いることができる。
【0127】
なお、Ag、PdまたはPtからなる金属めっき層20は、上述したようにめっき性、密着性に優れるものであるが、これは、Ag、PdおよびPtが、標準電極電位が大きく貴な金属であることに起因するものである。すなわち、Ag、PdおよびPtは、貴な金属であることから、無電解めっきにより容易にステンレス鋼板10の不動態膜11上に析出し、得られる金属めっき層20について被覆率が高いものとなり、その結果、金属めっき層20のめっき性、密着性が優れたものとなる。更に、Ag、PdおよびPtは、貴な金属であることから、経時後の接触抵抗が劣化しにくいという点においても優れている。また、Ag、PdまたはPtからなる金属めっき層20は、上述したように導電性にも優れるものであるが、これは、Ag、PdおよびPtの接触抵抗が低いことに起因する。
【0128】
ここで、上述したRh、Ru、Cu、SnおよびCrのいずれの金属も、Ag、PdおよびPtと同様に、標準電極電位が大きく貴な金属であり、かつ、接触抵抗が低いという性質を有している。そのため、ステンレス鋼板10の不動態膜11上に金属めっき層20としてロジウムめっき層、ルテニウムめっき層、銅めっき層、錫めっき層およびクロムめっき層を形成した場合であっても、得られる金属めっき層20は、上述したAg、PdまたはPtからなる金属めっき層20と同様に、めっき性、密着性および導電性に優れるものとなると考えられる。
【0129】
これに対し、上述したAg、Pd、Pt、Rh、Ru、Cu、Sn、Cr以外の金属は、標準電極電位が相対的に小さく卑な金属であるため、無電解めっきによりステンレス鋼板10の不動態膜11上に析出させるのが困難であり、得られる金属めっき層20は、めっき性、密着性が劣るものとなると考えられる。