特許第6495902号(P6495902)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6495902健康的な加齢に関係する脂質バイオマーカー
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6495902
(24)【登録日】2019年3月15日
(45)【発行日】2019年4月3日
(54)【発明の名称】健康的な加齢に関係する脂質バイオマーカー
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20060101AFI20190325BHJP
【FI】
   G01N27/62 D
   G01N27/62 V
【請求項の数】27
【全頁数】27
(21)【出願番号】特願2016-529475(P2016-529475)
(86)(22)【出願日】2014年11月5日
(65)【公表番号】特表2016-540204(P2016-540204A)
(43)【公表日】2016年12月22日
(86)【国際出願番号】EP2014073781
(87)【国際公開番号】WO2015071145
(87)【国際公開日】20150521
【審査請求日】2017年10月24日
(31)【優先権主張番号】13192937.4
(32)【優先日】2013年11月14日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】599132904
【氏名又は名称】ネステク ソシエテ アノニム
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100107456
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 成人
(74)【代理人】
【識別番号】100162352
【弁理士】
【氏名又は名称】酒巻 順一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100140453
【弁理士】
【氏名又は名称】戸津 洋介
(74)【代理人】
【識別番号】100140888
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 欣乃
(72)【発明者】
【氏名】コリーノ, セバスチアーノ
(72)【発明者】
【氏名】モントリュー ルラ, イヴァン
(72)【発明者】
【氏名】マルティン, フランソワ‐ピエール
(72)【発明者】
【氏名】ベグラン, フィオナ カミーユ
(72)【発明者】
【氏名】レッジ, セルジュ アンドレ ドミニク
【審査官】 佐藤 仁美
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2013/0023054(US,A1)
【文献】 国際公開第2013/139584(WO,A1)
【文献】 特開2012−255793(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/068373(WO,A1)
【文献】 Eugene P. Rhee et al.,Lipid Profiling identifies a triacylglycerol signature of insulin resistance and improves diabetes prediction in humans,The Journal of Clinical Investigation,2011年,121 (4),pages 1402-1411
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62、33/48−33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象における不健康な加齢のリスクを予測する方法であって、
(a)前記対象由来のサンプル中の、次の脂質バイオマーカー:
(i)TAG(46:1)〜TAG(54:6)のトリアシルグリセロール(TAG)の少なくとも1種のバイオマーカー;及び
(ii)PC−O(28:0)〜PC−O(38:6)のエーテル型ホスファチジルコリン(PC−O)の少なくとも1種のバイオマーカー
レベルを測定することと
(b)前記サンプル中の前記バイオマーカーの前記レベルを基準値と比較することと、を含み、
前記基準値と比較した前記サンプル中の前記バイオマーカーの前記レベルが、前記対象における不健康な加齢の前記リスクの指標となる、方法。
【請求項2】
前記対象由来の前記サンプル中の、SM(33:1)〜SM(50:4)のスフィンゴミエリン(SM)の少なくとも1種のバイオマーカーのレベルを測定することを更に含む、請求項に記載の方法。
【請求項3】
前記対象由来の前記サンプル中の、PE(36:2)〜PE(38:4)のホスファチジルエタノールアミン(PE)の少なくとも1種のバイオマーカーのレベルを測定することを更に含む、請求項又はに記載の方法。
【請求項4】
前記対象由来の前記サンプル中の、PI(36:1)〜PI(38:3)のホスファチジルイノシトール(PI)の少なくとも1種のバイオマーカーのレベルを測定することを更に含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記対象由来の前記サンプル中の、PC(32:1)〜PC(40:5)のホスファチジルコリン(PC)の少なくとも1種のバイオマーカーのレベルを測定することを更に含む、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
TAG(46:5)〜TAG(47:5)のTAGの少なくとも1種のバイオマーカーのレベルを測定し、前記基準値と比較した前記対象由来の前記サンプル中の前記TAGの前記レベルの増加が、前記対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる、請求項1〜のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記TAGがTAG(46:5)又はTAG(47:5)である、請求項に記載の方法。
【請求項8】
TAG(48:3)〜TAG(54:6)のTAGの少なくとも1種のバイオマーカーのレベルを測定し、前記基準値と比較した前記対象由来の前記サンプル中の前記TAGの前記レベルの低下が、前記対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる、請求項1〜のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記TAGがTAG(48:6)、TAG(52:2)又はTAG(54:3)である、請求項に記載の方法。
【請求項10】
PC−O(28:0)〜PC−O(30:0)のPC−Oの少なくとも1種のバイオマーカーのレベルを測定し、前記基準値と比較した前記対象由来の前記サンプル中の前記PC−Oの前記レベルの増加が、前記対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる、請求項1〜のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記PC−OがPC−O(28:0)又はPC−O(30:0)である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
PC−O(32:1)〜PC−O(38:6)のPC−Oの少なくとも1種のバイオマーカーのレベルを測定し、前記基準値と比較した前記対象由来の前記サンプル中の前記PC−Oの前記レベルの低下が、前記対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる、請求項1〜11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記PC−Oが、PC−O(32:1)、PC−O(34:1)、PC−O(34:2)、PC−O(36:3)、PC−O(38:4)、PC−O(38:5)、又はPC−O(38:6)である、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
SM(33:1)〜SM(42:4)のSMの少なくとも1種のバイオマーカーのレベルを測定し、前記基準値と比較した前記対象由来の前記サンプル中の前記SMのレベルの低下が、前記対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる、請求項2〜13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
前記SMが、SM(33:1)、SM(34:1)、SM(36:1)、SM(36:2)、SM(38:2)、SM(41:2)、SM(42:2)、SM(42:3)、又はSM(42:4)である、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
SM(50:1)のレベルを測定し、前記基準値と比較した前記対象由来の前記サンプル中の前記SMの前記レベルの増加が、前記対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる、請求項2〜15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
PE(36:2)〜PE(38:4)のPEの少なくとも1種のバイオマーカーのレベルを測定し、前記基準値と比較した前記対象由来の前記サンプル中の前記PEの前記レベルの低下が、前記対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる、請求項3〜16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
PI(36:1)〜PI(38:3)のPIの少なくとも1種のバイオマーカーのレベルを測定し、前記基準値と比較した前記対象由来の前記サンプル中の前記PIの前記レベルの低下が、前記対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる、請求項4〜17のいずれか一項に記載の方法。
【請求項19】
前記PIが、PI(18:1〜16:0)又はPI(20:3〜18:0)である、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
PC(32:1)〜PC(40:5)のPCの少なくとも1種のバイオマーカーのレベルを測定し、前記基準値と比較した前記対象由来の前記サンプル中の前記PCの前記レベルの低下が、前記対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる、請求項5〜19のいずれか一項に記載の方法。
【請求項21】
前記PCが、PC(14:0〜18:1)又はPC(16:0〜18:1)である、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
前記サンプルが前記対象から得られた血清又は血漿を含む、請求項1〜21のいずれか一項に記載の方法。
【請求項23】
前記基準値が前記対象の対照集団における前記バイオマーカーの平均レベルに基づくものである、請求項1〜22のいずれか一項に記載の方法。
【請求項24】
前記バイオマーカーの前記レベルが、質量分析により測定される、請求項1〜23のいずれか一項に記載の方法。
【請求項25】
前記基準値と比較した前記サンプル中の前記バイオマーカーの前記レベルが、前記対象における加齢に関係する慢性炎症疾患の発症の前記リスクの指標となる、請求項1〜24のいずれか一項に記載の方法。
【請求項26】
前記基準値と比較した前記サンプル中の前記バイオマーカーの前記レベルが、前記対象における長寿の指標となる、請求項1〜25のいずれか一項に記載の方法。
【請求項27】
対象における不健康な加齢のリスクを予測する方法であって、
(a)前記対象由来のサンプル中の、TAG(46:1)〜TAG(54:6)のトリアシルグリセロール(TAG)の少なくとも1種のバイオマーカーのレベルを測定することと、
(b)前記サンプル中の前記TAGの前記レベルを基準値と比較することと、を含み、
前記基準値と比較した前記サンプル中の前記TAGの前記レベルが、前記対象における不健康な加齢の前記リスクの指標となる、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、概して、健康なライフスタイル、並びに加齢に関係する慢性疾患の予防に関する。特に、本発明は、加齢のプロセスをモニターするバイオマーカー及びその使用に関する。そのようなものとして、本発明は、対象における不健康な加齢についてのリスクを予想するのに使用可能な、数多くの脂質バイオマーカー及びバイオマーカーの組み合わせを提供する。
【背景技術】
【0002】
加齢は、罹病率及び死亡率のリスク増加に関係する、機能的能力及びストレス耐性の経時的な減退として定義される。更に、ヒトにおける加齢現象は、非常に不均一なものであり、様々な環境的、確率的及び遺伝的−後成的変数が相互作用し、複雑に組み合わされた結果として説明することができる。数十年にわたる加齢研究の結果、加齢のプロセスに関係する数百の遺伝子及び数多くの生物学的プロセスが判明したものの、その一方で数多くの根本的な疑問が尚も未解決のままであり、又は活発な議論の対象となっている。
【0003】
これらの疑問は、しばしば単一遺伝子又は単一経路の評価では解決することができないものの、加齢を全身レベルの複雑な多因子プロセスとして捉えると、良好に解決されるようになる。更に、加齢は、炎症促進プロセスと抗炎症プロセスとの均衡が崩れることにより生じる、病因となり得る状態に起因する、慢性で低悪性度の炎症状態を伴うことが、アテローム性動脈硬化、2型糖尿病、及び神経変性などの主要な加齢に関係する慢性疾患の発症において、臨床的に明らかにされている。
【0004】
この観点によると、健康的な加齢及び長寿の獲得には、炎症応答を蓄積する傾向が低いことだけではなく、抗炎症ネットワークの発達が十分であることも反映される可能性がある。更に、インスリン抵抗性、クローン病、過敏性腸症候群、肥満、及び循環器疾患などのいくつかの疾患の病因に直接影響して宿主哺乳動物のシステムに影響を及ぼすことから、腸細菌叢の多様性が重要であるという認識が高まっている。
【0005】
現在では、メタボノミクスは、環境、薬剤、食習慣、生活習慣、遺伝、及び微生物叢などの様々な内因性及び外因性パラメータに対応した生理応答の結果として生じる代謝表現型を評価する、良好に確立されたシステムとしてみなされている。生理的な変化についての可能性を示す遺伝子発現及びプロテオミクスデータとは異なり、代謝産物並びにその細胞、組織及び臓器内濃度の動的変化は、生理的な制御過程の実際のエンドポイントを表す。
【0006】
これまで、マウス、イヌ、及び非ヒト霊長類において、カロリー制限により誘導される代謝変化などの栄養療法後の加齢プロセスの調節についての研究には、メタボロミクスが良好に用いられてきた。特にイヌ科動物群では、加齢に伴い腸内微生物叢の代謝が大きく変化していた。これらの所見にもかかわらず、加齢のプロセスに影響する分子機序の包括的なプロファイリングは未だ報告されていない。更に、長寿の代謝表現型も未だ不明である。
【0007】
脂質代謝経路の混乱に関与する分子機序を良好に解明する目的で、リピドミクス(lipidomics)の分野が用いられるようになってきている。リピドミクスは、非標的型プロファイル法(ショットガンアプローチ)による単解析をもとに、リピドーム、すなわち、生体脂質のすべてのセットを包括的に測定することにより実施することができる。しかしながら、尚も、対象における健康的及び非健康的加齢の指標となる、信頼のおける脂質バイオマーカーを同定する必要がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
したがって、本発明は、容易に検出することができ、かつ対象における健康的及び非健康的加齢のリスクの予測を容易にする、脂質バイオマーカーを提供することを課題とする。このような脂質バイオマーカーを利用して、不健康な加齢のリスクが増加している対象を特定すること、並びにそれに応じてかかる対象の生活習慣を改善することにより、健康的な加齢を促進できる。これにより、対象において慢性炎症性疾患に関連する加齢を遅延させることもできる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
したがって、本発明は、一態様では、対象において不健康な加齢のリスクを予測する方法であって、(a)対象に由来するサンプル中の2種類以上の脂質バイオマーカーのレベルを測定することであって、バイオマーカーは、次の群:(i)TAG(46:1)〜TAG(54:6)のトリアシルグリセロール(TAG);(ii)PC−O(28:0)〜PC−O(38:6)のエーテル型ホスファチジルコリン(PC−O);(iii)SM(33:1)〜SM(50:4)のスフィンゴミエリン(SM);(iv)PC(32:1)〜PC(40:5)のホスファチジルコリン(PC);(v)PI(36:1)〜PI(38:3)のホスファチジルイノシトール(PI);(vi)PE(36:2)〜PE(38:4)のホスファチジルエタノールアミン(PE)、のうちの2種以上から選択される、測定することと、(b)サンプル中のバイオマーカーのレベルを基準値と比較することと、を含み、基準値と比較したサンプル中のバイオマーカーレベルが、対象における不健康な加齢のリスクの指標となる、方法を提供する。
【0010】
一実施形態では、方法は、対象由来のサンプル中の、(i)TAG(46:1)〜TAG(54:6)のトリアシルグリセロール(TAG)、及び(ii)PC−O(28:0)〜PC−O(38:6)のエーテル型ホスファチジルコリン(PC−O)のレベルを測定することを含む。
【0011】
前述の段落の実施形態では、方法は、好ましくは、対象由来のサンプル中の、SM(33:1)〜SM(50:4)のスフィンゴミエリン(SM)のレベルを測定することを更に含む。
【0012】
2つの前述の段落のいずれかの実施形態において、方法は、好ましくは、対象由来のサンプル中の、PE(36:2)〜PE(38:4)のホスファチジルエタノールアミン(PE)のレベルを測定することを更に含む。
【0013】
3つの前述の段落のいずれかの実施形態において、方法は、好ましくは、対象由来のサンプル中の、PI(36:1)〜PI(38:3)のホスファチジルイノシトール(PI)のレベルを測定することを更に含む。
【0014】
4つの前述の段落のいずれかの実施形態において、方法は、好ましくは、対象由来のサンプル中の、PC(32:1)〜PC(40:5)のホスファチジルコリン(PC)のレベルを測定することを更に含む。
【0015】
一実施形態では、TAG(46:5)〜TAG(47:5)のTAGレベルを測定し、基準値と比較した対象由来のサンプル中のTAGレベルの増加が、対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる。好ましくは、TAGはTAG(46:5)又はTAG(47:5)である。
【0016】
別の実施形態では、TAG(48:1)〜TAG(54:6)のTAGレベルを測定し、基準値と比較した対象由来のサンプル中のTAGレベルの低下が、対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる。好ましくは、TAGは、TAG(48:6)、TAG(52:2)又はTAG(54:3)である。
【0017】
一実施形態ではPC−O(28:0)〜PC−O(30:0)のPC−Oレベルを測定し、基準値と比較した対象由来のサンプル中のPC−Oレベルの増加が、対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる。好ましくは、PC−Oは、PC−O(28:0)又はPC−O(30:0)である。
【0018】
別の実施形態ではPC−O(32:1)〜PC−O(38:6)のPC−Oレベルを測定し、基準値と比較した対象由来のサンプル中のPC−Oレベルの低下が、対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる。好ましくは、PC−Oは、PC−O(32:1)、PC−O(34:1)、PC−O(34:2)、PC−O(36:3)、PC−O(38:4)、PC−O(38:5)、又はPC−O(38:6)である。
【0019】
一実施形態では、SM(33:1)〜SM(42:4)のSMレベルを測定し、基準値と比較した対象由来のサンプル中のSMレベルの低下が、対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる。好ましくは、SMは、SM(33:1)、SM(34:1)、SM(36:1)、SM(36:2)、SM(38:2)、SM(41:2)、SM(42:2)、SM(42:3)、又はSM(42:4)である。
【0020】
別の実施形態では、SM(50:1)のレベルを測定し、基準値と比較した対象由来のサンプル中のSMレベルの増加が、対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる。
【0021】
一実施形態では、PE(36:2)〜PE(38:4)のPEレベルを測定し、基準値と比較した対象由来のサンプル中のPEレベルの低下が、対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる。
【0022】
一実施形態では、PI(36:1)〜PI(38:3)のPIレベルを測定し、基準値と比較した対象由来のサンプル中のPIレベルの低下が、対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる。好ましくは、PIは、PI(18:1〜16:0)又はPI(20:3〜18:0)である。
【0023】
一実施形態では、PC(32:1)〜PC(40:5)のPCレベルを測定し、基準値と比較した対象由来のサンプル中のPCレベルの低下が、対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる。好ましくは、PCは、PC(14:0〜18:1)又はPC(16:0〜18:1)である。
【0024】
一実施形態では、サンプルは、対象から得られた血清又は血漿を含む。
【0025】
一実施形態では、基準値は、対象の対照集団におけるバイオマーカーの平均レベルに基づくものである。
【0026】
一実施形態では、バイオマーカーのレベルは、質量分析により測定される。
【0027】
一実施形態では、基準値と比較したサンプル中のバイオマーカーのレベルが、対象における加齢に関係する慢性炎症疾患の発症のリスクの指標となる。
【0028】
別の実施形態では、基準値と比較したサンプル中のバイオマーカーのレベルが、対象の長寿の指標となる。
【0029】
更なる態様では、本発明は、対象において健康的な加齢を促進する方法であって、(a)上記のとおり不健康な加齢のリスクを予測するための方法を実施することと、(b)対象のバイオマーカーレベルが、不健康な加齢のリスク増加の指標となるものである場合に、対象の生活習慣を改善することと、を含む、方法を提供する。
【0030】
一実施形態では、対象における生活習慣の改善には、食生活の変更を含む。好ましくは、食生活の変更は、対象に少なくとも1種の栄養製剤を投与して、対象における、加齢に関係する慢性炎症疾患の発症のリスクを低減することを含む。
【0031】
例えば、食生活の変更には、炭水化物の削減、脂質の削減、減量、アルコール摂取量の削減、身体活動の増加、低脂肪又は極低脂肪の食事の維持などがあるがこれらに限定されない。
【0032】
好ましい実施形態では、食生活の変更は、対象に少なくとも1種の栄養製剤を投与して、対象における、加齢に関係する慢性炎症疾患の発症のリスクを低減することを含む。
【0033】
栄養療法の例には、ω−3脂肪酸(例えば、魚油)、フィトステロール、超多価不飽和脂肪酸(LC−PUFA)、タウリン、プロバイオティクス、炭水化物、タンパク質、食物繊維、植物栄養素、及びこれらの組み合わせが含まれるがこれらに限定されない。
【0034】
例えば、食生活の変更は、魚、魚油、ω−3多価不飽和脂肪酸、亜鉛、ビタミンE及び/又はビタミンB群の摂食量を増加させることを含み得る。
【0035】
いくつかの実施形態において、栄養療法には、粉乳ベースの製品、インスタント飲料、レディ・トゥ・ドリンク処方物、栄養粉末、乳製品(例えば、ヨーグルト又はアイスクリーム)、シリアル製品、飲料、水、茶(例えば、緑茶又はウーロン茶)、コーヒー、エスプレッソベースの飲料、麦芽飲料、チョコレートフレーバーの飲料、食品及びスープなどを含む食品製品が含まれる。
【0036】
別の実施形態では、栄養剤とは、栄養学的に完全な処方物である。
【0037】
一実施形態では、方法は、対象の生活習慣を改善させた後で、対象において不健康な加齢のリスクを予測する方法を繰り返す工程、を更に含む。
【0038】
更なる態様では、本発明は、対象における不健康な加齢のリスクを予測する方法であって、
(a)対象由来のサンプル中の、TAG(46:1)〜TAG(54:6)のトリアシルグリセロール(TAG)のレベルを測定することと、
(b)サンプル中のTAGレベルを基準値と比較することと、を含み、
基準値と比較したサンプル中のTAGのレベルが、対象における不健康な加齢のリスクの指標となる、方法を提供する。
【発明を実施するための形態】
【0039】
対象における不健康な加齢のリスクを予測すること
本発明は、一態様では、対象における不健康な加齢のリスクを予測する方法に関する。特定の実施形態では、本方法は、不健康な加齢の診断、不健康な加齢の進行のモニター、あるいは不健康な加齢のリスクのある対象の特定に使用することができる。例えば、本方法は、対象が不健康な様式で加齢する尤度の予測、あるいは対象が現在どの程度不健康に加齢しているかの評価に使用することができる。本方法は、健康的な加齢を促進するための治療介入の有効性の評価に、例えば、健康的な加齢を促進するにあたっての生活習慣の変更あるいは食生活の変更の有効性のモニターに使用することができる。
【0040】
本方法は、健康的な加齢の診断にも使用でき、例えば、対象が健康的に加齢する尤度の予測、あるいは健康的に加齢する可能性のある対象を特定するのに使用することもできる。
【0041】
いくつかの実施形態では、対象における、加齢に関係する慢性炎症疾患の発症のリスクの予測に、本方法を使用することができる。他の実施形態では、対象の長寿の予測に本方法を使用することができる。典型的な、加齢に関係する慢性炎症性疾患は、当業界で周知である。加齢に関係する遺伝型の大部分は、加齢に伴う、低悪性度の慢性的な炎症誘発性の状態、「インフラメイジング(inflamm-ageing)」の結果として、炎症性ネットワークと、抗炎症ネットワークとの均衡が崩れていることにより説明される(Candore G.,et al.,Biogerontology.2010 Oct;11(5):565〜73)。
【0042】
典型的な、加齢に関係する炎症性疾患としては、例えば、アテローム性動脈硬化、関節炎、認知症、2型糖尿病、骨粗しょう症、及び循環器疾患が挙げられる。例えば、これらの障害に関し、炎症は、加齢と、加齢に関係する病理過程とを結びつける分子変化の原因となる可能性のある事象として観察される(Chung et al.,ANTIOXIDANTS&REDOX SIGNALING,Volume 8,Numbers 3&4,2006,572〜581)。
【0043】
対象
本発明の方法は、ヒト以外の対象又はヒト対象などの任意の対象に対し実施することができる。一実施形態では、対象は哺乳動物であり、好ましくは、ヒトである。あるいは、対象は、非ヒト哺乳動物、例えば、ウマ、ウシ、ヒツジ、又はブタなどとすることができる。一実施形態では、対象は、イヌ又はネコなどのコンパニオンアニマルである。
【0044】
対象は任意の年齢であってよいものの、好ましくは、初老又は老齢である。例えば、対象は、40歳齢〜100歳齢、より好ましくは、40歳齢〜80歳齢であってよい。対象の性別は雌雄のいずれであってもよい。しかしながら、一実施形態では、対象は雌性体である。
【0045】
試料
本発明の方法は、対象から得られたサンプル中の2種以上の脂質バイオマーカーのレベルを測定する工程を含む。したがって、本発明の方法は、典型的には、ヒト又は動物の体外で実施され、例えば、試験する対象から予め得た体液サンプルに対し実施される。好ましくは、サンプルは血液由来のものであり、すなわち、サンプルは全血又は血液画分を含む。最も好ましくは、サンプルは、血漿又は血清を含む。
【0046】
血液サンプルの採取法及び血液画分の分離法は、当業界で周知である。例えば、注射を利用して患者から静脈血サンプルを採取し、プラスチック製チューブに入れることができる。採取用チューブには、例えば、血清分離用にスプレーコーティングしたシリカ及びポリマーゲルを含有させることもできる。血清は、室温にて、1300RCFで10分間遠心分離して、−80℃にて小型のプラスチック製チューブ内で保存することができる。
【0047】
サンプル中の脂質バイオマーカーのレベルの測定
任意の好適な方法により、サンプル中の個々の脂質分子種のレベルを測定又は評価することもできる。例えば、核磁気共鳴分光法(H−NMR)又は質量分析法(MS)を使用することができる。代替的な実施形態において、その他の分光学的方法、クロマトグラフ的方法、標識方法、又は定量的化学的方法を使用することもできる。最も好ましくは、サンプル中の脂質レベルは、質量分析法により測定される。典型的には、サンプル中の脂質レベル及び基準値は、同じ分析方法を使用して測定される。
【0048】
脂質
本発明の方法は、トリアシルグリセロール(TAG)、エーテル型ホスファチジルコリン(PC−O)、スフィンゴミエリン(SM)、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルイノシトール(PI)及びホスファチジルエタノールアミン(PE)から選択される2種以上の脂質バイオマーカーのレベルを測定することを包含する。典型的には、方法は、上記群の2つ以上のそれぞれに由来する少なくとも1種のバイオマーカーのレベルを測定することを包含する。本発明は、複数の脂質群に由来するバイオマーカーの測定を併用することにより、健康的な加齢に関係する、改良された脂質バイオマーカーシグネチャーを提供し、この脂質バイオマーカーシグネチャーは、加齢に関係する状態の発症を予防するための治療介入の必要のある対象を特定するのに使用できる。
【0049】
トリアシルグリセロール
一実施形態では、TAG(46:1)〜TAG(54:6)のトリアシルグリセロール(TAG)が測定される。用語(X:Y)において、Xは分子の脂肪酸部分中の炭素原子の総数を指し、Yは分子の脂肪酸部分中の二重結合の総数を定義する。したがって、TAG(46:1)〜TAG(54:6)のトリアシルグリセロール(TAG)は、脂肪酸鎖中、46個〜54個の炭素原子と、脂肪酸鎖中1〜6本の二重結合とを含むTAGを指す。本発明の方法は、このような個々のTAG分子種のうち1種以上のレベルを測定することを包含し得る。
【0050】
好ましい実施形態では、TAGは、脂肪酸鎖中に46個又は47個の炭素原子を含む。本実施形態では、TAGは、好ましくは、分子の脂肪酸部分中に、総数5本の二重結合を含む。例えば、TAG(46:5)〜TAG(47:5)のトリアシルグリセロールが測定され得る。本実施形態では、基準値と比較した対象由来のサンプル中のTAGレベルの増加をが、対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる。例えば、TAG(46:5)又はTAG(47:5)のレベルを測定する。
【0051】
別の実施形態では、TAGは、脂肪酸鎖中に48個〜54個の炭素原子と、好ましくは、脂肪酸部分に1〜6本の二重結合とを含む。例えば、TAG(48:1)〜TAG(54:6)のトリアシルグリセロールのレベルが測定され得る。本実施形態では、基準値と比較した対象由来のサンプル中のTAGレベルの低下が、対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる。例えば、TAG(48:6)、TAG(52:2)又はTAG(54:3)のレベルが測定され得る。
【0052】
エーテル型ホスファチジルコリン
一実施形態では、PC−O(28:0)〜PC−O(38:6)のエーテル型ホスファチジルコリン(PC−O)が測定される(上記のとおり、用語(X:Y)を使用する)。したがって、PC−O(28:0)〜PC−O(38:6)のエーテル型ホスファチジルコリン(PC−O)は、脂肪酸鎖中、28個〜38個の炭素原子と、脂肪酸鎖中0〜6本の二重結合とを含むPC−Oを指す。本発明の方法は、このような個々のPC−O分子種のうち1種以上のレベルを測定することを包含し得る。
【0053】
好ましい実施形態では、PC−Oは、分子の脂肪酸部分に28個〜30個の炭素原子を含み、好ましくは、脂肪酸部分に二重結合を含まない。例えば、PC−O(28:0)〜PC−O(30:0)のレベルが測定され得る。本実施形態では、基準値と比較した対象由来のサンプル中のPC−Oレベルの増加が、対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる。例えば、PC−O(28:0)又はPC−O(30:0)のレベルが測定され得る。
【0054】
好ましい実施形態では、PC−Oは、分子の脂肪酸部分に32個〜38個の炭素原子を含み、好ましくは、脂肪酸部分に1本〜6本の二重結合を含む。例えば、PC−O(32:1)〜PC−O(38:6)のレベルが測定され得る。本実施形態では、基準値と比較した対象由来のサンプル中のPC−Oレベルの低下が、対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる。例えば、PC−O(32:1)、PC−O(34:1)、PC−O(34:2)、PC−O(36:3)、PC−O(38:4)、PC−O(38:5)、又はPC−O(38:6)のレベルが測定され得る。
【0055】
スフィンゴミエリン
一実施形態では、SM(33:1)〜SM(50:4)のスフィンゴミエリン(SM)が測定される(上記のとおり、用語(X:Y)を使用する)。したがって、SM(33:1)〜SM(50:4)のスフィンゴミエリン(SM)は、脂肪酸鎖中、33個〜50個の炭素原子と、脂肪酸鎖中1〜4本の二重結合とを含むSMを指す。本発明の方法は、このような個々のSM分子種のうち1種以上のレベルを測定することを包含し得る。
【0056】
好ましい実施形態では、SMは、分子の脂肪酸部分に33個〜42個の炭素原子を含み、好ましくは、脂肪酸部分に1本〜4本の二重結合を含む。例えば、SM(33:1)〜SM(42:4)のレベルが測定され得る。本実施形態では、基準値と比較した対象由来のサンプル中のSMレベルの低下が、対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる。例えば、SM(33:1)、SM(34:1)、SM(36:1)、SM(36:2)、SM(38:2)、SM(41:2)、SM(42:2)、SM(42:3)、又はSM(42:4)のレベルが測定され得る。
【0057】
好ましい実施形態では、SMは、分子の脂肪酸部分に50個の炭素原子を含み、好ましくは、脂肪酸部分に1本の二重結合を含む。例えば、SM(50:1)のレベルが測定され得る。本実施形態では、基準値と比較した対象由来のサンプル中のSMレベルの増加が、対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる。
【0058】
ホスファチジルコリン
一実施形態では、PC(32:1)〜PC(40:5)のホスファチジルコリン(PC)が測定される(上記のとおり、用語(X:Y)を使用する)。したがって、PC(32:1)〜PC(40:5)のホスファチジルコリン(PC)は、脂肪酸鎖中、総数32個〜40個の炭素原子と、脂肪酸鎖中総数1〜5本の二重結合とを含むPCを指す。本発明の方法は、このような個々のPC分子種のうち1種以上のレベルを測定することを包含し得る。
【0059】
一実施形態では、基準値と比較した対象由来のサンプル中のPCレベルの低下が、対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる。例えば、PC(14:0〜18:1)又はPC(16:0〜18:1)のレベルが測定され得る。用語(X1:Y1〜X2:Y2)は、PC分子種の、第1(1)及び第2(2)の脂肪酸鎖中の、炭素原子(X)の数及び二重結合(Y)の数を指す。したがって、PC(14:0〜18:1)は、第1の脂肪酸鎖中に14個の炭素原子を含みかつ二重結合は含まず、第2の脂肪酸鎖中に18個の炭素原子と、1本の二重結合とを含む。
【0060】
ホスファチジルイノシトール
一実施形態では、PI(36:1)〜PI(38:3)のホスファチジルイノシトール(PI)が測定される(上記のとおり、用語(X:Y)を使用する)。したがって、PI(36:1)〜PI(38:3)のホスファチジルイノシトール(PI)は、脂肪酸鎖中、総数36個〜38個の炭素原子と、脂肪酸鎖中総数1〜3本の二重結合とを含むPIを指す。本発明の方法は、このような個々のPI分子種のうち1種以上のレベルを測定することを包含し得る。
【0061】
一実施形態では、基準値と比較した対象由来のサンプル中のPIレベルの低下が、対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる。例えば、PI(18:1〜16:0)又はPI(20:3〜18:0)のレベルが測定され得る。用語(X1:Y1〜X2:Y2)は、PI分子種の、第1(1)及び第2(2)の脂肪酸鎖中の、炭素原子(X)の数及び二重結合(Y)の数を指す。したがって、PI(18:1〜16:0)は、第1の脂肪酸鎖中に18個の炭素原子と、1本の二重結合とを含み、第2の脂肪酸鎖中には16個の炭素原子を含み、二重結合を含まない。
【0062】
ホスファチジルエタノールアミン
一実施形態では、PE(36:2)〜PE(38:4)のホスファチジルエタノールアミン(PE)が測定される(上記のとおり、用語(X:Y)を使用する)。したがって、PE(36:2)〜PE(38:4)のホスファチジルエタノールアミン(PE)は、脂肪酸鎖中、36個〜38個の炭素原子と、脂肪酸鎖中2〜4本の二重結合とを含むPEを指す。本発明の方法は、このような個々のPE分子種のうち1種以上のレベルを測定することを包含し得る。
【0063】
一実施形態では、基準値と比較した対象由来のサンプル中のPEレベルの低下が、対象における不健康な加齢のリスクの増加についての指標となる。
【0064】
バイオマーカーの組み合わせ
各脂質バイオマーカーは、本発明の方法において予測値を有し得るものの、方法の質及び/又は予測力は、不健康な加齢のリスクの予測において複数の脂質バイオマーカーの値を併用することにより向上され得る。
【0065】
したがって、本発明の通常の方法は、これらの上記の定義から少なくとも2種の脂質バイオマーカーのレベルを測定すること、特に、上記に定義したとおりの2つ以上の脂質群の個々に由来する少なくとも1種の脂質バイオマーカーを測定することを包含し得る。更なる実施形態では、方法は、サンプル中の上記脂質分子種のうち2種以上を任意に組み合わせたもののレベルを測定することを含み得る。例えば、方法は、上記のとおりの2、3、4、5、又は10種以上の脂質分子種のレベルを測定することを含み得る。以降の脂質分子種の組み合わせが特に好ましい。
【0066】
一実施形態では、方法は、TAG(46:1)〜TAG(54:6)のトリアシルグリセロール、及びPC−O(28:0)〜PC−O(38:6)のエーテル型ホスファチジルコリンのレベルを測定することを含む。
【0067】
別の実施形態では、方法は、TAG(46:1)〜TAG(54:6)のトリアシルグリセロール、PC−O(28:0)〜PC−O(38:6)のエーテル型ホスファチジルコリン、及びSM(33:1)〜SM(50:4)のスフィンゴミエリン(SM)のレベルを測定することを含む。
【0068】
別の実施形態では、方法は、TAG(46:1)〜TAG(54:6)のトリアシルグリセロール、PC−O(28:0)〜PC−O(38:6)のエーテル型ホスファチジルコリン、SM(33:1)〜SM(50:4)のスフィンゴミエリン(SM)、及びPC(32:1)〜PC(40:5)のホスファチジルコリン(PC)のレベルを測定することを含む。
【0069】
別の実施形態では、方法は、TAG(46:1)〜TAG(54:6)のトリアシルグリセロール、PC−O(28:0)〜PC−O(38:6)のエーテル型ホスファチジルコリン、SM(33:1)〜SM(50:4)のスフィンゴミエリン(SM)、PC(32:1)〜PC(40:5)のホスファチジルコリン(PC)、及びPI(36:1)〜PI(38:3)のホスファチジルイノシトール(PI)のレベルを測定することを含む。
【0070】
別の実施形態では、方法は、TAG(46:1)〜TAG(54:6)のトリアシルグリセロール、PC−O(28:0)〜PC−O(38:6)のエーテル型ホスファチジルコリン、SM(33:1)〜SM(50:4)のスフィンゴミエリン(SM)、PC(32:1)〜PC(40:5)のホスファチジルコリン(PC)、PI(36:1)〜PI(38:3)のホスファチジルイノシトール(PI)、及びPE(36:2)〜PE(38:4)のホスファチジルエタノールアミン(PE)のレベルを測定することを含む。
【0071】
対照に対する比較
本発明の方法は、試験サンプル中の個々の脂質分子種のレベルを、1つ以上の参照又は対照値と比較する工程を更に含む。典型的には、本方法において決定された個々の脂質分子種に特異的な基準値を使用する。基準値は、脂質分子種に正常なレベル、例えば、正常な対象の同種のサンプル(例えば、血清又は血漿)中の脂質レベルとすることができる。基準値は、例えば、対象の対照集団、例えば、5、10、100、又は1000体以上の正常な対象(試験対象に対し、年齢及び/又は性別のいずれかが一致しているか、あるいは一致していない個体群とすることができる)における、脂質分子種の平均レベル又は中央レベルに基づくものとすることができる。
【0072】
対象の脂質バイオマーカーレベルと、対応する基準値との間の差異の程度も、リスクの度合いを評価し、ひいては、特定の治療介入から最も効果を得られる対象を決定するのに有用である。好ましくは、試験サンプル中の脂質レベルは、基準値と比較して少なくとも1%、5%、少なくとも10%、少なくとも20%、少なくとも30%、又は少なくとも50%増加又は低下する。
【0073】
いくつかの実施形態では、基準値は、同じ対象から予め得られた値である。これにより、脂質バイオマーカーレベル及び不健康な加齢のリスクをもとに、対象の現在の生活習慣による効果を以前の生活習慣によるものと直接比較して、改良度を直接評価することができる。
【0074】
基準値は、試験サンプルにおいて脂質レベルを測定するものと対応する方法を用い、例えば、正常な対象から得た1種以上のサンプルを用い、決定することができる。例えば、いくつかの実施形態では、対照サンプル中の脂質レベルは、試験サンプルのアッセイと並行して評価してもよい。あるいは、いくつかの実施形態では、特定のサンプル種(例えば、血清又は血漿)における個々の脂質分子種のレベルについての基準値は、既に利用可能なものであってよく、例えば刊行物に報告されている値であってよい。したがって、いくつかの実施形態では、得られた各試験サンプルに関し対応する対照サンプルの評価を実施せずとも、基準値を予め決定することができ、あるいは算出又は外挿することができる。
【0075】
不健康な加齢のリスクに関係する脂質レベル
概して、基準値と比較した試験サンプル中の上記のいずれかの脂質分子種のレベルの増加又は低下は、対象における不健康な加齢のリスクの増加又は低下の指標となり得るものであり、特に、加齢に関係する慢性炎症性疾患の発症のリスクの増加又は低下の指標となり得る。対象における不健康な加齢に関係する全リスクは、上記のとおりの数多くの異なる脂質バイオマーカーを測定すること、並びに結果を併用することにより評価することもできる。例えば、対象を、対照と比較して変化が生じている、及び/又はレベルが上昇している、個々の脂質分子種の数をもとに、低リスク、中等度リスク、高リスク及び/又は超高リスク群に分類してもよい。
【0076】
2種以上のバイオマーカーを評価する利点には、評価するバイオマーカーの数が多くなるほど、診断の信頼度が増すというものがある。例えば、1、2、3、4、5、6、又は7種以上のバイオマーカーのレベルが上記のとおり上昇又は低下している場合、対象において不健康な加齢のリスクが大幅に上昇していることの指標となる。
【0077】
健康的な加齢を促進する方法
一態様では、本発明は、対象において健康的な加齢を促進する方法を提供する。特に、方法は、対象において加齢に関係する慢性炎症性状態のリスクを低減するのに、あるいは対象において長寿を向上するのに使用できる。
【0078】
健康的な加齢を促進する方法は、典型的には、上記のとおりの方法により、対象において不健康な加齢のリスクを評価する第一工程を含む。不健康な加齢のリスクの評価後、評価したリスクレベルをもとに、対象に適切な治療介入戦略(例えば、生活習慣及び/又は食生活の変更)を選択することができる。
【0079】
典型的には、対象が示す、不健康な加齢のリスクが低レベルである場合、治療介入は必要とされない場合がある。例えば、対象のリスクレベルが閾値以下である場合、薬物療法又は栄養療法は必要とされない。閾値レベルは、例えば、一般集団におけるリスクの正常又は平均レベルと一致させてもよい。
【0080】
あるいは、対象の不健康な加齢に関係するリスクが上昇している場合、方法は、対象の生活習慣を改善する工程を更に含んでもよい。対象における生活習慣の改善は、本明細書に記載のとおりの何らかの変更であってよく、例えば、食生活の変更、運動量の増加、睡眠時間の増加、アルコールの減少、ストレスの減少、喫煙の減少、仕事及び/又は住環境の変更などがある。
【0081】
好ましくは、変更は、それまでに使用していない、又は異なる量で使用していた、少なくとも1種の栄養製剤、例えば、健康的に加齢させる効果を有する、及び/又は加齢に関係する慢性炎症性障害を回避する効果を有する栄養製剤(食品製品、飲料品、ペットフード製品、栄養補助食品、機能性食品、食品添加物、又は栄養製剤)の使用である。特に好ましい実施形態では、食生活の変更は、魚、魚油、ω−3−多価不飽和脂肪酸、亜鉛、ビタミンE及び/又はビタミンB群の摂取量の増加を含む。
【0082】
対象の生活習慣の改善には、自身の生活習慣を変える必要があることを対象に示すこと、例えば、対象に対し上記のとおりの生活習慣の変更を指示する、推奨する、及び/又は提案すること、も含まれる。例えば、方法は、上記のとおりの少なくとも1種の栄養製剤を対象に投与する工程、又は提供する工程を含む。
【0083】
個々の対象において調節される不健康な加齢に関係する、特定の脂質分子種のレベルを低減するのに効果的な生活習慣改善法を選択できることが、本発明の利点である。典型的には、遺伝的変動及び環境などの様々な因子が存在することから、異なる生活習慣改善法(例えば、各種栄養製剤)により、個々の対象における個々の脂質分子種のプロファイルに対し生じる効果は、異なるものであり得る。
【0084】
したがって、本発明の実施形態では、生活習慣の改善は、対象において不健康な加齢のリスクに関係する個々の脂質分子種を低減することを目的とした特定のプログラムと組み合わせて、それらの脂質レベルをモニターするなど、対象に個別のものとすることができる。例えば、方法は、不健康な加齢のリスクの低減に対する治療効果を評価する目的で、対象の脂質レベルを(再)測定する工程(すなわち、最初の生活習慣ベースの介入又は食生活ベースの介入後)を更に含んでもよい。初回の治療介入フェーズ後に、対象が不健康な加齢のリスクの低下を示す場合、低下したレベルでのリスクを維持するためにこの治療介入を継続してもよい。
【0085】
しかしながら、対象が初回の治療介入に対し適切な応答を示さなかった場合(例えば、特定の脂質レベル及び/又は不健康な加齢のリスクにおいて顕著な低減を示さないなど)、対象に対するプログラムを切り替えてもよく、例えば、異なる生活習慣改善法、食生活又は栄養剤に切り替えてもよい。例えば、初回の栄養療法に対する対象の応答が乏しい場合、代替的な栄養製剤を対象に投与してもよい。不健康な加齢のリスクに関係する脂質レベルの低下を達成するまでの間、個々の剤について異なる投与量を選択することを含む、このプロセスを繰り返してもよい。典型的には、再度脂質レベルを測定する前に、少なくとも1週間、2週間、1ヶ月又は3ヶ月にわたって対象に特定の治療法を継続してもよい(例えば、上記のとおりのものなどの栄養剤)。本方法を使用して、生活習慣の変更(食生活の変更、運動レベルの変更、喫煙の変更、アルコール摂取量の変更など)による、不健康な加齢のリスクに関係する脂質レベルに対する効果をモニターすること、並びに不健康な加齢のリスクを低減するのに効果的な因子の組み合わせを特定することもできる。
【0086】
更なる態様では、本発明は、対象において健康的な加齢を促進する(あるいは、不健康な加齢を予防又は処置する)のに使用する、上記のとおりの栄養剤(例えば、食品製品、飲料品、ペットフード製品、食品、機能性食品、食品添加物、又は栄養製剤から選択されるもの)を提供し、ここで、対象における不健康な加齢のリスクは上記のとおりの方法により評価されており、対象は不健康な加齢のリスクの増加を示している。
【0087】
更なる態様では、本発明は、対象において、健康的な加齢を促進する(あるいは、不健康な加齢を予防又は処置する)薬剤を製造する際の、上記のとおりの栄養剤の使用を提供し、ここで、対象における不健康な加齢のリスクは上記のとおりの方法により評価されており、対象は不健康な加齢のリスクの増加を示している。
【0088】
キット
更なる態様では、本発明は、対象の不健康な加齢のリスクを評価するキットを提供する。キットは、例えば、本明細書に記載の方法に使用する1種以上の試薬、基準品及び/又は対照サンプルを含む。例えば、一実施形態では、キットは、既定レベルの(i)TAG(46:1)〜TAG(54:6)のトリアシルグリセロール(TAG);(ii)PC−O(28:0)〜PC−O(38:6)のエーテル型ホスファチジルコリン(PC−O);(iii)SM(33:1)〜SM(50:4)のスフィンゴミエリン(SM);(iv)PC(32:1)〜PC(40:5)のホスファチジルコリン(PC);(v)PI(36:1)〜PI(38:3)のホスファチジルイノシトール(PI);(vi)PE(36:2)〜PE(38:4)のホスファチジルエタノールアミン(PE)を含む、1種以上の基準サンプルと、使用説明書であって、基準サンプル中の既定のレベルと、対象から得られたサンプル中の脂質レベルとを比較することにより対象の不健康な加齢のリスクを評価するキットの使用についての使用説明書と、を含む。キットは、上記の好ましい脂質分子種のなんらかの組み合わせとの併用に適した、対照サンプルを含み得る。
【0089】
当業者であれば、本明細書に記載の本発明のすべての特徴は、本開示のとおりの本発明の範囲から逸脱せずとも自由に組み合わせ可能であることを理解されるであろう。以下に続く、単なる例示目的の具体的な実施形態により、本発明を説明する。
【実施例】
【0090】
健康が向上し、寿命が延長されたことに起因して、世界中の人口統計上の主要な傾向として、人口の高齢化が顕著になっている。この世界的な高齢化現象により、罹病率が上昇しており、必要とされる入院期間/収容期間が長期化していることに起因して、世界中のヘルスケア機関に大きな影響が生じることが予想される。世界中で人口の平均寿命が延長されるに伴い、「健康的な加齢」及び「クオリティ・オブ・ライフ」の重要性についての関心が高まっている。これに加え、加齢は、インフラメイジング[1,2]と呼ばれる慢性の低悪性度の炎症状態の増加を特徴としており、この状態は、虚弱及び変性疾患に関与する病因であると考えられている。人体では、生きている間、常にいくつもの生化学的プロセスが生じ、臓器レベルから細胞レベルまであらゆるレベルで作用して、生化学的機能に様々な変更を加えることから、加齢は非常に複雑なプロセスである。しかしながら、このプロセスは完全には理解されていない。大量のデータにより、炎症は酸化ストレスと密接に関係することが示されている。しかしながら、このプロセスは完全には理解されていない。大量のデータにより、炎症は酸化ストレスと密接に関係することが示されている。インフラメイジングは、循環器疾患(CVD)、糖尿病、アルツハイマー病(AD)、及びがん[3−5]などの主要な加齢に関係する疾患、並びにほとんどの高齢者の死亡に関与する。100歳齢以上では、炎症誘発特性及び抗炎症特性との間の複雑で特有の均衡を保有するインフラメイジングが進行しておらず、結果として、抗炎症応答が急速であるか又は不適当に相殺されていることを特徴とする老人と比較してインフラメイジングの発生がより緩徐であり、より制限されており、より均衡が取れているように見える[6]。
【0091】
代謝調節における変化を包括的に調査し、ひいてはそれらと表現型とを結びつけることにより、複雑で多因子的な加齢の原因を捉える有益なアプローチとして、システムレベルのオミクス法が進展している[7−9]。脂質代謝経路の混乱に関与する分子機序を良好に解明する目的で、リピドミクス分野も急速に進展している。リピドミクスは、非標的型プロファイル方法(ショットガンアプローチ)による単解析により、リピドーム、すなわち、生体脂質のすべてのセットを包括的に測定することにより実施することができる[10]。女性では、合わせて19種類のホスホコリン及びスフィンゴミエリンが家族性の長寿に関係することが判明しており、長寿命マーカーの候補として同定されている。
【0092】
長寿群は100歳齢以上の被験者(平均年齢101歳、±2)で構成する(この被験者は健康なヒト加齢モデルとして十分に認識されている)[1,2,11]。対照加齢群は老齢個体(平均年齢70歳±6)により構成する。すべての被験者はイタリア北部でリクルートした。本発明者らの研究により、エーテル型ホスホコリン(PC−O)及びスフィンゴミエリン(SM)が健康的な加齢のマーカーとして確認され、長寿は、良好な抗酸化能と、インフラメイジングの増大が生じても膜組成及び完全性を維持し得る、脂質介在性ネットワークの獲得と、により表されるとする仮説が更にもっともらしいものになっている。
【0093】
100歳齢以上15名、老齢37名の血清サンプルに対し、MS/MSショットガンリピドミクスを行った(表1)。Random Forests(RF(商標))(Breiman,L.,Random Forests,Machine Learning,2001,45:5〜32)を利用して、13種の異なる脂質クラス由来の相対的定量データに対し、多変量データ解析を実施した:トリアシルグリセロールTG(n=30)、スフィンゴミエリンSM(n=25)、リソホスファチジルコリンLPC(n=7)、ホスファチジルコリンPC(n=34)、エーテル型ホスファチジルコリンPC−O(n=19)、セラミドCer(n=6)、ホスファチジルエタノールアミンPE(n=14)、ホスファチジルエタノールアミン系エーテルPE−O(n=9)、リソホスファチジルエタノールアミンLPE(n=3)、ホスファチジルイノシトールPI(n=7)、ホスファチジン酸PA(n=1)、ジアシルグリセロールDAG(n=19)。
【0094】
RF(商標)に実装した可変性の重要な特徴を利用し、老齢者と、100歳齢以上とを良好に識別する、代謝シグネチャを評価することができた。各シグネチャ成分について個々の判別能を評価するため、対応のあるt検定(両側検定)を実施した。老齢者と比較して(表3、4、5)、100歳齢以上ではスフィンゴ脂質の相対濃度が増加しており(Cer 42:2、SM 33:1、SM 34:1、SM 36:1、SM 36:2、SM 38:2、SM 41:2、SM 42:2、SM 42:3、SM 33:1、SM 42:4)、グリセロールリン脂質のレベルは選択された分子種について変化が生じており(LPC 18:1、PC 14:0/18:1、PC 16:0/18:1、PC 16:0/18:2、PC 14:0/18:2、PC 16:0/18:3、PC 18:0/22:5は増加;飽和PC−O 28:0、PC−O 30:0は減少、多価飽和PC−O 32:1、PC−O 34:1、PC−O 34:2、PC−O 36:3、PC−O 32:1、PC−O 38:4、PC−O 38:5、PC−O 38:6は増加;PE 16:0/20:4、PE 18:0/20:2、PE 18:0/20:3、PE 18:0/20:4は増加;PI 18:0/18:1、PI 18:1/16:0、PI 20:3/18:0は増加;SM 33:1、SM 34:1、SM 36:1、SM 36:2、SM 38:2、SM 41:2、SM 42:2、SM 42:3、SM 42:4、SM 50:では増加)、並びにグリセロール脂質は増加/減少していた(TG 46:5、TG 47:5、DAG 26:0、DAG 26:1は減少、TG 48:6、TG 52:2、TG 54:3は増加)。100歳齢以上のほとんどが女性個体であることから(表1)、性別を分けて、統計的検出力に制限をかけた。しかしながら、定性的指標のため、本発明者らは、女性及び男性の(表4、5)の値において、全体的な傾向は保持されていることを報告する。
【0095】
本発明者らは、本発明において、脂質プロファイリングにおける変化を良好に評価する目的で、13種類の脂質ファミリー分子種を定量可能な、ショットガン式リピドミクスアプローチを展開した。本発明者らは、かかるアプローチにおいて、100歳齢以上では、SMが全体的に増加を示すことを観察した。SMは重要な細胞メッセンジャーであり、低レベルSMは神経変性疾患[12]、アテローム性動脈硬化[13]、及び循環器疾患[14]と関連がある。我々の研究では、100歳齢以上では、なかでも10種のSMのレベルが高く、3種は特に興味深いものであった;SM 41:2、SM 36:2、SM 34:1。SMは、家族性の長寿に関係づけられている[15]。
【0096】
SMはスフィンゴミエリナーゼ(SMase)の酵素活性によりセラミドに変換され得る。SMase活性は年齢とともに増大し[16]、したがってセラミド含有量が増加し、セラミドの蓄積により、炎症誘発性の病状に悪影響が及ぼされるものと考えられている[17,18]。アテローム発生において、例えば、セラミドの蓄積は、LDLの集合、ROSの増加、及び泡沫細胞形成の促進に結びつけられる[19]。しかしながら、我々のデータは、測定した6種のセラミドのうち1種のみ(Cer 42:2)の増加を反映するものであり、長寿についてのリピドームシグネチャに対するこれまでの所見、並びに100歳齢以上は炎症状態の拡大からある程度保護されているという見解が確認される。
【0097】
総合的に、我々の研究で見られるSMにおける増加は、ある種の細胞が、スフィンゴミエリンの代謝を変更して膜組成を変化させることにより、慢性的な酸化ストレスに対処するのに良好に適した機序を有するとする、これまでの所見と一致する[20]。これは、リポタンパク質の酸化を防止し、心臓を保護し得る、プラズマローゲン分子種の多価不飽和エーテル型PC(PC−O)の全体的な増加によっても確認される[21]。
【0098】
大量のデータにより、炎症は酸化ストレスと密接に関係することが示されている。反応性酸素分子種(ROS)は、酸化的代謝の副産物として細胞により持続的に産生され、いくつかの生理機能に必須とされるものの、オキシダントの産生と、保護的な抗酸化システムとの間の不均衡がROSの過剰な蓄積を支持することにより、内分泌(Vitale et al.,2013)及び免疫(Salvioli et al.,2013)を含むいくつかのシステムの細胞内の核酸及びタンパク質に対し細胞性の酸化的損傷が生じ得る。
【0099】
リン脂質の分布変化は膜タンパク質の機能に影響し、二重層の流動性を変化させて、膜を通過する溶質の透過性を変化させる[22]。ヒト赤血球膜脂質の脂肪酸組成の測定により、100歳齢以上の群は、過酸化物による膜損傷に対する脆弱性が低く、なおかつ他のすべての年齢群と比較して膜の流動性が高いことが示されている[23]。特に、これまで、高多価不飽和PEは、アラキドン酸脂質ネットワークなどの炎症誘発性分子を保持し得るものと仮定されていたことから、PEの増加は興味深いものである[24]。
【0100】
別のリン脂質のホスファチジルイノシトール(PI)は、免疫調節能を保有する[25]。我々の研究では、100歳齢以上では3種類のPI分子種の増加が検出されている(PI 18:0/18:1、PI 18:1/16:0、PI 20:3/18:0)。動物組織では、ホスファチジルイノシトールは、酵素ホスホリパーゼA2の作用により、プロスタグランジンを含むエイコサノイド類を生合成するのに必要とされるアラキドン酸の主要な供給源である。本発明者らは、これまでに、100歳齢以上が保有している抗炎症性及び炎症誘発性エイコサノイドの均衡は特有のものであることを示しており、PE及びPIの増加は、100歳齢以上が、アラキドン酸代謝カスケードに対し、炎症状態に対抗するのに有効な特有の変更を有していることを示すこれらの所見を反映するものであると考えている。
【0101】
長寿は、長鎖トリグリセリド(TG 46:5,TG 47:5)の減少、及び炭素数の多い超長鎖TG(TG 48:6,TG 52:2,TG 54:3)濃度の増加も特徴とする。通常、高不飽和TGは過酸化の対象となり、最終的なトリグリセリドファミリーは有害なリスク因子としてみなされるものの、最近の研究では、有害事象には特定のTGが関係しており、炭素数及び二重結合含有量が多い脂質はリスクの低下に関係することが指摘されている[26]。臨床試験に参加した100歳齢以上の被験者では、老齢個体と比較して、TG分子種の示す全体的な実際の増加/減少のバランスが取れている。
【0102】
最後に、本発明者らは、ジアシルグリセロール濃度(DAG 26:0、DAG 26:1)の減少にも言及する。DAGは、TAG及びリン脂質を合成する脂質生合成経路を表すホスファチジン酸経路により生じ得る。現在までの多くの研究により、DAGはこの経路から誘導され、PKCεの活性化及び肝臓のインスリン抵抗性に関与することが明示されている。しかしながら、細胞内DAGは、脂肪組織トリグリセリドリパーゼ(ATGL)により介在される脂質滴のTAG加水分解、並びに膜脂質からDAGを放出するホスホリパーゼCの活性化によっても誘導され得る。最新のエビデンスでは、脂肪酸送達、並びに細胞内脂肪酸酸化及び貯蔵間の不均衡に起因する細胞内ジアシルグリセロール含有量の増加により、新しくプロテインキナーゼC(PKC)アイソフォームが活性化され、ひいては肝臓及び骨格筋においてインスリン作用の阻害がもたらされるという仮説が支持されている[27]。
【0103】
全体として、示される変化は、長寿が、十分に抵抗性の抗酸化能と、細胞の統合性を維持し得る良好に発達した膜脂質リモデリングプロセスとを特徴とすることを反映している。
【0104】
臨床試験
被験者及び試験群。イタリアの4つの都市(ボローニャ、ミラン、フローレンス、パルマ)で登録された合計294名の被験者を2つの年齢群に割り付けた。100歳齢以上の群は、1900年〜1908年にイタリアで出生した98名の被験者から構成された(平均年齢100.7±2.1歳齢)。老齢群には、196名の被験者を含む(平均年齢70±6歳齢)。治験プロトコルは、Sant’Orsola−Malpighi大学病院倫理委員会(ボローニャ、イタリア)により承認された。一晩絶食させて、翌朝、血液サンプルを採取した(午前7時〜8時の間)。凝血させ、4℃、760gで20分間遠心分離した後、血清を得て、すぐに−80℃で凍結保存した。書面でインフォームドコンセントによる同意を得た後、訓練を受けた医師及び看護職員により一般的な問診票を渡し、人口統計データ及び生活習慣データ、身体測定値、機能状態、認知状態、及び健康状態、既往歴について収集した。
【0105】
臨床化学。一晩絶食させて、翌早朝、血液サンプルを採取した。一般的な血液学的手法により、血清総コレステロール及びHDLコレステロール、トリグリセリド、CRP、インスリン抵抗性(HOMA−IR)を評価した。
【0106】
ショットガン式リピドミクスのための自動サンプル調製
リピドミクスによる抽出のため、既存の方法にわずかに変更を加え、Hamilton Microlabstar robot(Hamilton,Bonaduz,Switzerland)を利用した、96サンプルの、ハイスループットな完全自動化脂質/液体抽出法を外注せずに開発した[28]。簡潔に述べると、5μLの血清を脱脂した。内部標準混合物5μM TAG 44:1、0.5μM DAG 24:0、5μM PC 28:0、1μM LPC 14:0、1μM PE 28:0、0.5μM LPE 14:0、1μM PS 28:0、0.5μM LPS 17:1、1μM PI 32:0、0.5μM LPI 17:1、0.5μM PA 28:0、0.5μM LPA 14:0、1μM PG 28:0、0.5μM LPG 14:0、2μM SM 35:1、1μM Cer 32:1を含有させた700μL MTBE/MeOH(10/3)で脂質抽出を行った。サンプルを4℃で1時間ボルテックスにかけた後、150μLの水を加え、相分離させた。5,000gで10分間遠心分離した後、500μLの有機相(上層)を96ウェル深型プレート(Eppendorf,Hamburg,Germany)に移し、アルミ箔で蓋をし、解析までの間−20℃で保存した。MS分析前に、90μLのMS緩衝液(7.5mM酢酸アンモニウムを含有させたイソプロパノール/メタノール/クロロホルム4:2:1(v/v/v))で、10μLの総脂質抽出物を最終希釈した。
【0107】
血漿及び肝臓抽出物中の脂質分子種の同定及び定量
Nanomate nanoinfusionイオン源(Advion Bioscience Ltd,Harlow,Essex,UK)と接続させたLTQ Orbitrap Velos MS(Thermo Fisher Scientfic,Reinach,Switzerland)システムで分析を実施した。個々のサンプル抽出物に関し、陰イオンモード及び陽イオンモードのためそれぞれ2回の連続的注入を実施した。DDAモードで、重心処理(Centroided)した高エネルギー衝突解離(high collsionaldissociation)(HCD)ネガティブMS/MSを得た。各DDAサイクルは、対象とする分解能R=100,000(m/z 400)でのMSスペクトル(MS survey spectra)の取得1回、その後、分解能R=30,000(m/z 400)での20 HCD FT MS/MSスペクトルの取得1回から構成した。1回のDDA実験を25分間で完了した。m/zが、事前に設定したインクルージョンリストの質量と5ppmの精度で合致したら、前駆イオンをMS/MSにかけた。陽イオンモードで、分解能R=100,000(m/z 400)でMSスペクトルを得た。これ以上のMS/MS実験は行わなかった。基準ピークとしてLPA 17:0(m/z 424.492;ネガティブモード)及びd18:1/17:0 Cer(m/z 551.528;ポジティブモード)を用い、ロックマス式の解析を可能とした。
【0108】
Herzog及び共著者らのプロトコル後に、LipidXplorerにより脂質分子種を同定した。次にデータを外挿し、外注せずに開発したソフトウェアツールにより更に加工した。データセットを通常どおりマージし、分析物及び抽出前に注入した内部標準の前駆イオンの豊富さを比較することにより、正規化した値(分析物に対する内部標準の比)と、絶対濃度とを含む、エクセル形式の出力ファイルを作成した。
【0109】
化学物質及び脂質標準
エタノール、クロロホルム及びイソプロパノール(HPLC等級)はBiosolve(Valkenswaard,the Netherlands)から購入した。メタノール、水及び酢酸アンモニウムは、Merck(Darmstadt,Germany)から得た。合成脂質標準は、純度99%超のものをAvanti Polar Lipidsから購入した。メタノールにより、個々の脂質化合物の保存溶液を調製し、−20℃で保存した。イソプロパノール/メタノール/クロロホルム4:2:1(v/v/v)で希釈することにより、所望の濃度の希釈液を調製した。
【0110】
脂質の命名
脂質は、脂質マップ(http://www.lipidmaps.org)に従って、次の略記で命名した:PC、ホスファチジルコリン;PC−O、ホスファチジルコリン−エーテル;LPC、リゾホスファチジルコリン;PE、ホスファチジルエタノールアミン;PE−O、ホスファチジルエタノールアミン−エーテル;LPE、リソホスファチジルエタノールアミン;PS、ホスファチジルセリン;LPS、リソホスファチジルセリン;PI、ホスファチジルイノシトール;LPI、リソホスファチジルイノシトール;PG、ホスファチジルグリセロール;Cer、セラミド;SM、スフィンゴミエリン;DAG、ジアシルグリセロール;TAG、トリアシルグリセロール、ホスファチジン酸;PA。
【0111】
個々の脂質分子種は、次のとおりに注釈される:[脂質クラス][炭素原子の総数]:[二重結合の総数]。例えば、PC 34:4は、炭素原子34個と、二重結合4本とを含む、ホスファチジルコリン分子種を示す。
【0112】
多変量データ解析。いくつかのソフトウェア環境で、多変量データ解析(MVA)を行った。したがって、1H NMR及びターゲットMSデータの両方について、データのインポート及び前加工程は、MATLAB(version 7.14.0,The Mathworks Inc.,Natick,MA,USA)及びR(R Core Team(2012).R:A language and environment for statistical computing.R Foundation for Statistical Computing,Vienna,Austria.ISBN 3−900051−07−0,URL http://www.R−project.org/.)に記載の、「外注せずに」通常用いられる手法により実施した。ターゲットMSデータは、「randomForest」パッケージ(A.Liaw and M.Wiener(2002).Classification and Regression by randomForest.R News 2(3),18−−22.)を用い、R環境でランダムフォレスト法により分析した。パッケージ「stats」を利用し、Rで単変量有意検定も行った。有意差0.05以内のものを有意としてみなした。PUFAに対するMUFAの比は、すべてのMUFA脂質(アシル鎖中の二重結合が1本)のレベルを合算し、得られる値を、すべてのPUFA脂質(アシル鎖中の二重結合が2本以上)のレベルを合算したもので除算することにより算出した。
【0113】
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【0114】
本明細書に記載のすべての参照文献は参照により援用される。実施例を示すことにより本発明を説明したものの、特許請求の範囲に定義されるとおりの本発明の範囲から逸脱せずとも変更及び改変を行うことが可能であることは認識されたい。更に、特定の特徴に周知の均等物が存在する場合、かかる均等物は、本明細書で具体的に引用されているかのように組み込まれる。本発明の更なる利点及び特徴は、図及び非限定例から明らかである。
【0115】
【表1】
【0116】
【表2】
【0117】
【表3】
【0118】
【表4】
【0119】
【表5】