特許第6496061号(P6496061)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6496061転がり軸受の異常診断方法及び異常診断装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6496061
(24)【登録日】2019年3月15日
(45)【発行日】2019年4月3日
(54)【発明の名称】転がり軸受の異常診断方法及び異常診断装置
(51)【国際特許分類】
   G01M 13/04 20190101AFI20190325BHJP
【FI】
   G01M13/04
【請求項の数】8
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2018-68814(P2018-68814)
(22)【出願日】2018年3月30日
【審査請求日】2018年10月24日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000149066
【氏名又は名称】オークマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078721
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 喜樹
(74)【代理人】
【識別番号】100121142
【弁理士】
【氏名又は名称】上田 恭一
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 拓
(72)【発明者】
【氏名】小池 一成
【審査官】 本村 眞也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−071738(JP,A)
【文献】 特開2008−134115(JP,A)
【文献】 特開2001−021453(JP,A)
【文献】 特開平07−260564(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2017/0108406(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 13/00−13/04;99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転体を支持する転がり軸受の異常を診断する方法であって、
前記回転体の振動を測定する振動測定ステップと、
前記振動を周波数分析して、周波数毎の振動の大きさを算出する周波数分析ステップと、
前記転がり軸受の諸元と前記振動測定ステップでの振動測定時の前記回転体の回転速度とから、振動の周波数である特徴周波数を算出する特徴周波数算出ステップと、
前記特徴周波数における振動の大きさを、前記振動測定ステップでの振動測定時の前記回転体の角速度と比例関係にある所定の物理量を底とし正の数をべき指数とする値で除して、前記回転速度の影響を除いた振動値を算出する振動値算出ステップと、
前記振動値に基づいて評価指標を算出する評価指標算出ステップと、
前記評価指標に基づいて異常の有無を判断する判断ステップと、を実行し、
前記振動測定ステップでは、振動センサを用いて前記回転体の振動を測定し、
前記評価指標算出ステップでは、前記振動値を、前記特徴周波数における軸受異常による加振力から前記振動センサの位置における振動への伝達関数で除算し、その除算した値に基づいて前記評価指標を決定し、
前記判断ステップでは、前記評価指標を予め設定したしきい値と比較して異常の有無を判断することを特徴とする転がり軸受の異常診断方法。
【請求項2】
前記べき指数は2であることを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受の異常診断方法。
【請求項3】
前記振動測定ステップでは、複数の前記回転速度において振動測定を行い、
前記評価指標算出ステップでは、前記評価指標として、前記伝達関数の大きさで重み付けした加重平均評価指標を算出することを特徴とする請求項1又は2に記載の転がり軸受の異常診断方法。
【請求項4】
前記加重平均評価指標を算出する際に用いる前記振動値と前記伝達関数とは、前記特徴周波数が予め指定した範囲に含まれる値のみを用いることを特徴とする請求項に記載の転がり軸受の異常診断方法。
【請求項5】
前記判断ステップで異常と判断した際に、前記評価指標又は前記加重平均評価指標の何れか一方と、前記回転体の質量と、前記回転体の剛性ロータの釣合い良さの上限値と、を用いて推奨最高回転速度を算出する推奨最高回転速度算出ステップをさらに実行することを特徴とする請求項3又は4に記載の転がり軸受の異常診断方法。
【請求項6】
前記推奨最高回転速度を表示部に表示する表示ステップをさらに実行することを特徴とする請求項に記載の転がり軸受の異常診断方法。
【請求項7】
前記回転体は工作機械の主軸であって、
前記振動値算出ステップでは、前記主軸に取り付けられた工具又は治具を判別し、判別した前記工具又は治具に応じて、前記評価指標又は前記加重平均評価指標を算出するために用いる前記伝達関数を選択することを特徴とする請求項1乃至6の何れかに記載の転がり軸受の異常診断方法。
【請求項8】
回転体を支持する転がり軸受の異常を診断する装置であって、
前記回転体の振動を測定する振動測定手段と、
前記振動を周波数分析して、周波数毎の振動の大きさを算出する周波数分析手段と、
前記転がり軸受の諸元と前記振動測定手段による振動測定時の前記回転体の回転速度とから、振動の周波数である特徴周波数を算出する特徴周波数算出手段と、
前記特徴周波数における振動の大きさを、前記振動測定手段による振動測定時の前記回転体の角速度と比例関係にある所定の物理量を底とし正の数をべき指数とする値で除して、前記回転速度の影響を除いた振動値を算出する振動値算出手段と、
前記振動値に基づいて評価指標を算出する評価指標算出手段と、
前記評価指標に基づいて異常の有無を判断する判断手段と、を備え
前記振動測定手段は、振動センサを用いて前記回転体の振動を測定し、
前記評価指標算出手段は、前記振動値を、前記特徴周波数における軸受異常による加振力から前記振動センサの位置における振動への伝達関数で除算し、その除算した値に基づいて前記評価指標を決定し、
前記判断手段は、前記評価指標を予め設定したしきい値と比較して異常の有無を判断することを特徴とする転がり軸受の異常診断装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械等に用いられて主軸等の回転体を支持する転がり軸受の異常を診断する方法及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
回転体を支持する転がり軸受に内輪の損傷などの異常が生じると振動が発生する。軸受の異常によって発生する力は単純な正弦波状ではないため、高調波の周波数成分の振動が同時に観測される。この際に発生する振動の周波数(特徴周波数)は、回転速度に比例しており、回転体の回転速度と軸受諸元から算出することが可能である。
基本周波数だけ離れた2つの特徴周波数の振動の大きさがともに大きい場合、測定される振動の波形を見ると、基本周波数で振幅が変動しているように解釈することも可能である。よって、測定された振動の波形に対してエンベロープ処理をしたのちに周波数分析をすることで、振幅の変動の度合いを定量化し、診断する手法が知られている。
例えば特許文献1では、振動もしくは音響を測定してエンベロープ処理および周波数分析し、基本周波数成分の振動の大きさを全スペクトル成分の積分値であるオーバーオール値で除算して得られた算出値の大小によって異常の有無の判定を行う手法が示されている。
特許文献2では、振動を測定してエンベロープ処理および周波数分析し、特徴周波数成分の値を、打撃試験により予め測定した振動応答のレベル差や回転速度を考慮した特徴周波数ごとに個別に設定されるしきい値と比較して診断する手法が示されている。
特許文献3では、振動測定精度の向上を目的として、振動が大きく測定される共振周波数帯において測定し、増幅された信号強度を低減するために伝達関数の逆関数を掛け合わせる手法が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4120099号公報
【特許文献2】特許第5146008号公報
【特許文献3】特開2017−37052号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
同一の異常による同一の大きさの加振力が発生していたとしても、機械の振動モード(伝達関数)の影響を受けるため、振動の大きさは同一に測定することはできない。また、エンベロープ処理は、伝達関数の大きさがそれぞれの周波数において異なることを考慮せず、複数の周波数の振動を一括して捉える処理であり、複数の周波数の情報が不可逆に混ざり合ってしまう処理手法である。
工作機械の主軸のような複雑な振動モードを持つ回転体に対して診断を実施する場合、回転体の回転速度を1割変化させて特徴周波数が1割変化しただけであってもエンベロープ処理後の特徴周波数の振動の大きさは数倍変わってしまうことがある。回転速度の変化に対してその増減は不規則であって、測定ばらつきを考慮すると正常時と異常時の区別がつかないような回転速度も存在する。
【0005】
エンベロープ処理後の特徴周波数の振動の大きさをオーバーオールで除算するという処理は、伝達関数や回転速度の影響を除去する手法ではないため、特許文献1の手法で算出される算出値は、傷の有無の判別程度には用いることができても、定量的な比較をすることはできないという課題がある。
また、エンベロープ処理を行うと複数の周波数の情報が不可逆に混ざり合い、本来の振動の周波数ではない別の周波数の振動となってしまうため、特許文献2で提案されているような、エンベロープ処理後の特徴周波数の振動の大きさに対する、伝達関数や回転速度の影響を考慮したしきい値というのは、伝達関数や回転速度から合理的に決定することはできないといった課題がある。このため、一般に市販されている軸受診断装置では、異常と判断するしきい値の設定は使用者に任されていたり、異常と判断するしきい値を予めもっていても、測定を実施する回転速度によって判定結果が変わってしまい本当に異常であるのか判断できないという課題がある。
さらに、特許文献3の手法では、伝達関数の測定が難しい場合には、元の振動の大きさが算出できないという課題がある。実験で伝達関数を同定するためには、入力と出力の双方の信号を必要とする。軸受の異常による加振力からセンサ位置における振動値への伝達関数を同定するためには、組立後の機械の軸受位置に既知の加振力を入力する必要があるが、組立後の機械の軸受位置への加振は困難であるという課題がある。加振可能な軸受近傍へ加振した場合の伝達関数を代わりに用いる場合では、代わりの伝達関数の値が軸受の異常による加振力からセンサ位置における振動値への伝達関数と大きく異なるような周波数の振動に対応できないという課題がある。
そこで、機械の3次元CADモデルを有限要素法により解析して伝達関数を算出する手法も知られているが、減衰の大きさを適切に設定することは難しく、伝達関数の絶対的な大きさを精度良く算出することはできないという課題がある。
一方、伝達関数によって同じ力に対して生じる振動の大きさが異なるだけでなく、回転速度によっても、軸受異常により生じる力の大きさが変化する。つまり、軸受異常により生じる力の大きさと回転速度の関係と伝達関数の両方を考慮しなければ、測定される振動の大きさから絶対的な評価指標を算出することはできないという課題がある。
【0006】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みなされたものであって、回転速度や伝達関数の影響を受けることなく他の機械との比較が可能な絶対的な評価指標を算出して、異常の有無を高い精度で判断できる転がり軸受の異常診断方法及び装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、回転体を支持する転がり軸受の異常を診断する方法であって、
回転体の振動を測定する振動測定ステップと、
振動を周波数分析して、周波数毎の振動の大きさを算出する周波数分析ステップと、
転がり軸受の諸元と振動測定ステップでの振動測定時の回転体の回転速度とから、振動の周波数である特徴周波数を算出する特徴周波数算出ステップと、
特徴周波数における振動の大きさを、振動測定ステップでの振動測定時の回転体の角速度と比例関係にある所定の物理量を底とし正の数をべき指数とする値で除して、回転速度の影響を除いた振動値を算出する振動値算出ステップと、
振動値に基づいて評価指標を算出する評価指標算出ステップと、
評価指標に基づいて異常の有無を判断する判断ステップと、を実行し、
振動測定ステップでは、振動センサを用いて回転体の振動を測定し、
評価指標算出ステップでは、振動値を、特徴周波数における軸受異常による加振力から振動センサの位置における振動への伝達関数で除算し、その除算した値に基づいて評価指標を決定し、
判断ステップでは、評価指標を予め設定したしきい値と比較して異常の有無を判断するすることを特徴とする。
請求項2に記載の発明は、請求項1の構成において、べき指数は2であることを特徴とする。
請求項に記載の発明は、請求項1又は2の構成において、振動測定ステップでは、複数の回転速度において振動測定を行い、評価指標算出ステップでは、評価指標として、伝達関数の大きさで重み付けした加重平均評価指標を算出することを特徴とする。
請求項に記載の発明は、請求項の構成において、加重平均評価指標を算出する際に用いる振動値と伝達関数とは、特徴周波数が予め指定した範囲に含まれる値のみを用いることを特徴とする。
請求項に記載の発明は、請求項3又は4の構成において、判断ステップで異常と判断した際に、評価指標又は加重平均評価指標の何れか一方と、回転体の質量と、回転体の剛性ロータの釣合い良さの上限値と、を用いて推奨最高回転速度を算出する推奨最高回転速度算出ステップをさらに実行することを特徴とする。
請求項に記載の発明は、請求項の構成において、推奨最高回転速度を表示部に表示する表示ステップをさらに実行することを特徴とする。
請求項に記載の発明は、請求項1乃至6の何れかに記載の構成において、回転体は工作機械の主軸であって、振動値算出ステップでは、主軸に取り付けられた工具又は治具を判別し、判別した工具又は治具に応じて、評価指標又は加重平均評価指標を算出するために用いる伝達関数を選択することを特徴とする。
上記目的を達成するために、請求項に記載の発明は、回転体を支持する転がり軸受の異常を診断する装置であって、
回転体の振動を測定する振動測定手段と、
振動を周波数分析して、周波数毎の振動の大きさを算出する周波数分析手段と、
転がり軸受の諸元と振動測定手段による振動測定時の回転体の回転速度とから、振動の周波数である特徴周波数を算出する特徴周波数算出手段と、
特徴周波数における振動の大きさを、振動測定手段による振動測定時の回転体の角速度と比例関係にある所定の物理量を底とし正の数をべき指数とする値で除して、回転速度の影響を除いた振動値を算出する振動値算出手段と、
振動値に基づいて評価指標を算出する評価指標算出手段と、
評価指標に基づいて異常の有無を判断する判断手段と、を備え
振動測定手段は、振動センサを用いて回転体の振動を測定し、
評価指標算出手段は、振動値を、特徴周波数における軸受異常による加振力から振動センサの位置における振動への伝達関数で除算し、その除算した値に基づいて評価指標を決定し、
判断手段は、評価指標を予め設定したしきい値と比較して異常の有無を判断することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、特徴周波数における振動の大きさを、振動測定時の回転体の角速度と比例関係にある所定の物理量を底とし正の数をべき指数とする値で除して、回転速度の影響を除いた振動値を算出し、当該振動値に基づいて異常の有無を判断するための評価指標を算出するので、特徴周波数を回転周波数で割った値(特徴比周波数)が異なる特徴周波数に対して回転速度を適切に選ぶことで、任意の周波数の振動として測定して比較することができる。これにより、全ての特徴比周波数の振動を伝達関数が同一となる同一の周波数において測定することができるため、例えばある特徴比周波数の回転速度の影響を除いた振動値を、回転速度の影響を除いた振動値の平均値(オーバーオール値)で割った値を算出することができる。この値は伝達関数の影響を受けないため、測定位置や振動モードの影響を受けない評価ができる。よって、回転速度や伝達関数の影響を受けることなく他の機械との比較が可能な絶対的な評価指標を算出して、異常の有無を高い精度で判断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】転がり軸受の異常診断装置の機能ブロック図である。
図2】軸受異常による加振力と角速度との関係を示すグラフである。
図3】異常診断方法のフローチャートである。
図4】診断結果表示の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は転がり軸受の異常診断装置を工作機械の主軸に対して適用した場合の構成を示した機能ブロック図で、この図に基づいて具体的に説明する。
主軸1は、転がり軸受である軸受7を介して主軸ハウジング2に対して回転可能に取り付けられており、加工を行うための工具3が固定されている。モータ4は主軸1を駆動する。モータ4には速度検出器5が設けられて、測定されたモータ4の回転速度が制御装置6に入力されるようになっている。制御装置6は、加工時には、速度検出器5で測定されたモータ4の回転速度を指令回転速度に保つようにモータ4へ供給する電流の制御を行っている。
【0011】
主軸ハウジング2には、振動測定手段としての振動センサ8が取り付けられ、振動センサ8で測定される振動加速度は、A/D変換部9でデジタル値に変換され、振動測定時の回転速度とともに記憶部10に記憶される。記憶部10は、工具3が取り付けられている場合の軸受異常による加振力から振動センサ8の位置における振動への伝達関数、回転体である主軸1の質量、仕様上の主軸1の最高回転速度も記憶する。演算部11は、記憶部10に記憶された振動測定時の回転速度と軸受諸元より軸受異常の特徴周波数の算出を行い、記憶部10に記憶された振動加速度のフーリエ変換を行って、特徴周波数における振動加速度の振幅を算出し、測定時の回転速度、伝達関数、主軸1の質量、仕様上の主軸1の最高回転速度より、評価指標である異常度合い、推奨最高回転速度を算出し、正常か否かを判断する。すなわち、演算部11は、周波数分析手段、特徴周波数算出手段、振動値算出手段、評価指標算出手段、判断手段として機能する。演算部11による診断結果は表示部12に表示される。
【0012】
軸受7において、内輪傷が局所的に存在する場合、内輪傷は主軸1の回転とともに回転し傷の位置を転動体が通過する際に生じる振動の方向が変化するため、内輪傷に対して転動体が通過する周波数に対して、回転周波数fROTだけ低い周波数と回転周波数fROTだけ高い周波数の振動が観測される。この特徴周波数の計算は、以下の数1、数2のように行うことができる。ここで、fI,N−は内輪傷N次の低い側の特徴周波数、fI,N+は内輪傷N次の高い側の特徴周波数、Zは軸受7の転動体の数、Dは軸受7のピッチ円直径、dは軸受7の転動体直径、αは軸受7の接触角である。
【0013】
【数1】
【数2】
【0014】
図2は、内輪傷の存在する軸受7により支持された主軸1について複数の回転速度で振動加速度を測定し、特徴比周波数の振動振幅を算出し、それぞれの特徴比周波数に対応する軸受異常による加振力から振動センサ8の位置における振動への伝達関数で除算して算出された軸受異常による加振力Fを、角速度を横軸にプロットしたものである。
但し、ここで用いた伝達関数は、軸受異常による加振力から振動センサ8の位置における振動への伝達関数ではなく、軸受近傍を加振した際の振動センサ8の位置における振動を測定することで得られた伝達関数を代用している。ここで、軸受近傍とは、有限要素解析などにより求めた、振動センサ8の位置に加振した際に、軸受異常による加振力の発生位置と振動の方向・大きさが少なくともある周波数範囲において、同じと見なせる位置のことを表している。伝達関数の入力と出力を入れ替えても同じとなる相反定理により、ある周波数範囲においては軸受近傍を加振して得られる伝達関数は、軸受異常による加振力から振動センサ8の位置における振動への伝達関数として代用することが可能である。
【0015】
図2から、角速度の増加に対して軸受異常による加振力が増加する傾向があることがわかる。おおむね、軸受異常による加振力は角速度の2乗前後に比例している。内輪傷があると、転動体が通過する際に、主軸1は傷方向に変位・変形させられると考えられるが、この際、主軸1の重心が通る軌跡(変位)が回転速度によらず一定と見なせるのであれば、主軸1の重心を変位させる反作用として発生する力は重心の変位の2階微分に比例することになる。重心の振動変位の周波数は回転周波数や角速度に比例する特徴周波数であるため、この力は振動測定をした際の角速度の2乗に比例することになる。これらの実験結果と仮説により、軸受異常による加振力は角速度の2乗に比例すると推測される。
このように、軸受異常による加振力と回転速度の関係が明らかとなると、測定した振動の値から回転速度の影響を除いた値(回転速度を考慮した振動値)を算出することが可能となるため、着目する特徴周波数の伝達関数が大きい(高感度である)回転速度を選んで振動測定を行うことができる。
【0016】
また、回転速度の2乗に比例する性質も持つ主軸1の異常として不釣り合いがある。不釣り合いによる加振力は、質量と長さの積の次元を持つ不釣り合い量に角速度の2乗をかけた大きさとなる。軸受損傷による振動値を伝達関数と角速度の2乗で割ることで、不釣り合い量と比較可能な評価指標が算出可能である。
なお、測定する回転速度が複数の場合、回転速度によって変化する特徴周波数では議論がしにくいため、特徴周波数を回転周波数で割った値(特徴比周波数)で論じる。内輪傷のN次の低い側の特徴比周波数kI,N−、内輪傷のN次の高い側の特徴比周波数kI,N+は、以下の数3、数4のようにそれぞれ求めることができる。
【0017】
【数3】
【数4】
【0018】
一方、比周波数mの振動周波数がfとなるような回転周波数fROT(f、m)は、以下の数5のように求められる。
【0019】
【数5】
【0020】
求めた回転周波数fROT(f、m)において測定された振動加速度の、周波数f、比周波数mの振動成分の大きさをA(m、fROT(f、m))と表記すると、回転速度を考慮した振動値A(m、fROT(f、m))は、以下の数6のように求めることができる。
【0021】
【数6】
【0022】
また、周波数fにおける軸受異常による加振力から振動センサ8の位置における振動への伝達関数の大きさをG(f)とおくと、不釣り合い量と比較可能な異常度合いU(m、fROT(f、m))は、以下の数7のように求めることができる。後述するが、ここでのG(f)は未知であっても差し支えない。
【0023】
【数7】
【0024】
比周波数mがmMINからmMAXのn条件の回転周波数fROT(f、m)において振動加速度を測定すれば、異常度合いU(m、fROT(f、m))の平均Uaveを以下の数8のように求めることができる。
【0025】
【数8】
【0026】
特徴比周波数kにおける異常度合いU(k、fROT(f、k))の平均Uaveに対する比R(k)は、以下の数9のように求めることができる。
【0027】
【数9】
【0028】
単一の回転速度において測定された振動加速度の場合、特徴比周波数kの振動振幅と一般の比周波数mの振動振幅は、周波数が異なるため伝達関数の大きさが異なり単純比較をすることができない。しかし、数9から明らかなように、周波数fにおける軸受異常による加振力から振動センサ8の位置における振動への伝達関数の大きさG(f)が未知であっても、複数の回転速度において常に同一の周波数fの振動加速度について着目すれば、特徴比周波数kにおける異常度合いU(k、fROT(f、k))の平均Uaveに対する比R(k)を算出することは可能である。実験的にこの値のしきい値を決定してやることで、伝達関数(機械の振動特性)の影響を受けずに異常度合いを判定することができる。
【0029】
また、軸受異常による加振力から振動センサ8の位置における振動への伝達関数の大きさG(f)がfMINからfMAXの範囲で既知であれば、特徴比周波数kについての不釣り合い量と比較可能な異常度合いU(k、fROT(f、k))を、以下の数10を満たす回転周波数fROTにおいて振動加速度の測定を実施することで、以下の数11により算出可能である。
【0030】
【数10】
【数11】
【0031】
不釣り合い量と比較可能な異常度合いU(k、fROT(f、k))は、不釣合い量と同様に機械の振動特性や回転速度(回転周波数)に依存しない値である。しかし、特徴比周波数の伝達関数が小さい回転周波数において測定する場合、測定される振動加速度の大きさは小さくなるため、ノイズの影響を受けやすくなり推定される不釣り合い量と比較可能な異常度合いU(k、fROT(f、k))の信頼性は低くなる。
このため、複数の回転周波数で測定した加速度に基づき算出した不釣り合い量と比較可能な異常度合いU(k、fROT(f、k))について、伝達関数の大きさにより重み付けした加重平均をとることで推定精度の向上を図ることが望ましい。不釣り合い量と比較可能な異常度合いの伝達関数の大きさによる重み付けした加重平均異常度合いU**(k)は、以下の数12のように算出することができる。U**(k)は、U(k、fROT(f、k))の平均を求めただけであるため同様に扱うことが可能な評価指標である。
【0032】
【数12】
【0033】
ところで、回転機械―剛体ロータの釣合い良さについては、JIS B0905に釣合い良さの等級に応じて釣合い良さの上限値が決められている。回転体の質量をMROT、釣合い良さの上限値をGMAX、実用最高回転速度をfROTMAXとすると、許容残留不釣合いUMAXは以下の数13のように求められる。
【0034】
【数13】
【0035】
不釣り合い量と比較可能な異常度合いU(k、fROT(f、k))、または、不釣り合い量と比較可能な異常度合いの伝達関数の大きさによる重み付けした加重平均異常度合いU**(k)が、数13で算出される許容残留不釣合いUMAXを超過するか否かを判断することで、軸受異常により生じる加振力が、釣合い良さの等級を満足しないほどの大きな振動を生じさせる水準であるか否かを判断して異常の有無を診断することができる。
また、算出した不釣り合い量と比較可能な異常度合いU(k、fROT(f、k))、または、不釣り合い量と比較可能な異常度合いの伝達関数の大きさによる重み付けした加重平均異常度合いU**(k)より、代表の異常度合いUrepを算出して、これが数13で算出される許容残留不釣合いUMAXを超過するか否かを判断することで、異常の有無を診断することもできる。この代表の異常度合いUrepは、例えば、以下の数14のように最大値をとる。
【0036】
【数14】
【0037】
逆に、釣合い良さの等級を満足するような振動しか発生しない範囲で使用するための推奨最高回転速度fROTrecommendedは、以下の数15のように求めることができる。
【0038】
【数15】
【0039】
図3は、軸受7の異常診断を行う方法のフローチャートを示したものであり、このフローチャートに基づいて具体的に説明する。
まず、S1で、速度検出器5で測定される速度が非零であるか否か、速度の変化量が基準値以下であるか否か、モータ4へ供給する電流量が基準値以下であるか否かにより、主軸1が一定の回転速度で回転しており、なおかつ加工中でないこと(すなわち異常診断に係る測定が可能な状態であること)を判断する。
ここで、主軸1が一定の回転速度で回転しており、なおかつ加工中でないと判断されたら(S1でYES)、S2へ移行する。そうでなければ(S1でNO)、S3で一時記憶した振動加速度を破棄し、S1へ移行する。
S2では、振動センサ8によって振動加速度を測定し一時記憶する。次に、S4で、データ長が診断に必要な点数となったか否かを判断し、データ長が診断に必要な点数となった場合(S4でYES)、S5で、測定時の回転速度と一時記憶した振動加速度を記録して、S6に移行する。そうでない場合はS1に戻る(S1〜S5:振動測定ステップ)。
【0040】
S6では、振動加速度のフーリエ変換を行って周波数毎の振動加速度の大きさを算出し(S6:周波数分析ステップ)、S7へ移行する。S7では、測定時の回転速度と軸受諸元から、例えば上記数1,2を用いて診断対象の軸受7の全ての特徴周波数を算出する(S7:特徴周波数算出ステップ)。
次に、S8で、P番目の特徴周波数が予め指定された周波数範囲にあるか否かを判断し、ここでP番目の特徴周波数が予め指定された周波数範囲にある場合は、S9に移行する。P番目の特徴周波数が予め指定された周波数範囲にない場合は、次の特徴周波数についてS8の判別を行う。
S9では、加速度のP番目の特徴周波数における振動加速度の大きさを診断時の角速度の2乗で割った値(回転速度を考慮した振動値)を、例えば上記数6を用いて算出し、特徴比周波数ごとに記録する。
次に、S10で、現在の工具番号から取り付けられている工具を判断し、P番目の特徴周波数と工具とから、対応する軸受異常による加振力から振動センサ8の位置における振動への伝達関数を選択し、P番目の特徴周波数における伝達関数の大きさを求めて特徴比周波数ごとに記録する。
次に、S11で、診断対象とする軸受7の特徴周波数の処理が終わっているか否かを判断し、終わっていればS12に移行する(S8〜S11:振動値算出ステップ)。終わっていなければ次の特徴周波数についてS8の判別を行う。
【0041】
S12では、これまでのS10において記録された伝達関数の大きさの合計値をそれぞれの特徴比周波数において算出し、S13で、合計値が最小となる特徴比周波数の合計値が基準値を超えているか否か(異常診断が可能か否か)を判断する。ここで基準値を超えている場合はS14へ移行する。基準値を超えていない場合は、S1に戻る。
S14では、それぞれの特徴比周波数において、これまでのS9において記録された回転速度を考慮した振動値の合計値を算出し、S12で算出したそれぞれの特徴比周波数に対応する伝達関数の大きさの合計値で除することで、伝達関数で重み付けした加重平均評価指標としての異常度合い(例えば数12の加重平均異常度合いU**(k))を算出する。
次に、S15で、全ての特徴比周波数の評価指標の値から、代表の異常度合い(例えば数14の代表の異常度合いUrep)を算出する(S12〜S15:評価指標算出ステップ)。
【0042】
次に、S16で、主軸1の質量、釣合い良さの上限値、実用最高回転速度(仕様上の最高回転速度)から算出されるしきい値としての許容残留不釣合い(例えば数13の許容残留不釣合いUMAX)を、代表の異常度合いが超過しているか否かを判別する(判断ステップ)。
S16の判別で超過している場合は、S17で異常と判断し、主軸1の質量、釣合い良さの上限値、代表の異常度合いから、診断結果として推奨最高回転速度(例えば数15の推奨最高回転速度fROTrecommended)を算出する(推奨最高回転速度算出ステップ)。超過していない場合はS18で正常と判断する。そして、S19で診断結果を記録する。
次に、S20で、S9およびS10において記録された回転速度を考慮した振動値の合計値と伝達関数の大きさの合計値を削除し、S21で、表示部12に図4に示すような診断結果を表示する(表示ステップ)。
図4では、仕様上の最高回転速度と、実際に使われた一定期間ごとの使用最高回転速度(使用実績)と、診断により算出された推奨最高回転速度とが時系列で表示されている。また、使用実績に対して推奨最高回転速度が下回った場合(図4では機械B)には警告を表示することも可能である。
【0043】
このように、上記形態の軸受7の異常診断方法及び装置によれば、測定された振動値から回転速度の影響を除くことができるため、特徴周波数を回転周波数で割った値(特徴比周波数)が異なる特徴周波数に対して回転速度を適切に選ぶことで任意の周波数の振動として測定して比較することができる。これにより、全ての特徴比周波数の振動を伝達関数が同一となる同一の周波数において測定することができるため、例えばある特徴比周波数の回転速度を考慮した振動値を、回転速度を考慮した振動値の平均値(オーバーオール値)で割った値を算出することができる。この値は伝達関数の影響を受けないため、測定位置や振動モードの影響を受けない評価ができる。よって、回転速度や伝達関数の影響を受けることなく他の機械との比較が可能な絶対的な評価指標を算出して、異常の有無を高い精度で判断することができる。
【0044】
一方、異常が重度の場合や複数の異常が同時に存在する場合には、オーバーオール値も大きくなる可能性があるため、特徴比周波数の回転速度を考慮した振動値をオーバーオール値で割った値が小さく算出されてしまう可能性がある。
しかし、ここでは、回転速度を考慮した振動値と伝達関数の大きさを用いて求められる不釣合いと同じ次元を持つ評価指標(異常度合いU(k、fROT(f、k)))を算出しているので、異常の程度を絶対評価をすることが可能となる。
また、不釣合いと同じ次元を持つ評価指標について伝達関数の大きさで重み付けした加重平均評価指標(加重平均異常度合いU**(k))を算出しているので、ノイズの影響を受けやすい伝達関数が小さい条件で測定した振動値の影響を受けにくくできるため、高い診断精度が期待できる。さらに、測定された振動値から回転速度の影響を除くことができるため、診断において考慮する特徴比周波数の範囲が広くても、それぞれの特徴比周波数にあわせた回転速度を選択することで、同一の周波数範囲において測定することが可能である。加えて、軸受異常による加振力から振動センサ8の位置における振動への伝達関数の推定精度が高い周波数範囲のみを使用するため、高い診断精度が期待できる。
【0045】
そして、故障か否かのみを判断する診断装置とは異なり、異常度合いを推奨最高回転速度として定量的に算出することができるため、回転体として工作機械の主軸1を診断対象とする場合、軸受7に異常のある工作機械の管理者は、推奨最高回転速度以下の低回転速度のみの条件で使用する機械として修理せずに使うという選択をとることも可能となる。また、複数の工作機械それぞれの使用最高回転速度(使用実績)と推奨最高回転速度との比較から、どの機械を優先的に修理すべきであるか判断し修理計画を立てることができる。
さらに、主軸1に取り付けられた工具(治具でもよい)により伝達関数が大きく変化する周波数範囲の振動値を使用する場合であっても、それぞれの工具や治具に対応した伝達関数を自動的に選択して評価指標を算出するため、高い診断精度が期待できる。
【0046】
なお、上記形態では、評価指標として、加重平均異常度合いから算出した代表の異常度合いを用いているが、算出した不釣り合い量と比較可能な異常度合い(数11)や加重平均異常度合い(数12)を用いてもよい。上記形態の評価指標としきい値の双方に定数(例えば、2×円周率×実用最高回転速度÷回転体質量)を乗算しても全く同様の理論が成り立つ。この場合、しきい値として釣り合い良さの上限値そのものを用いることができ、工作機械主軸での共通のしきい値とすることも可能である。
また、上記形態では、回転速度を考慮した振動値の算出において、角速度の2乗で除算しているが、正の数であれば他のべき指数であってもよいし、角速度と比例関係にある物理量としては、回転速度や回転周波数も同等の効果が得られるため置換できる。
さらに、全ての特徴比周波数の評価指標の値から代表の評価指標を算出する場合は、全ての特徴比周波数の評価指標の値の最大値としてもよいし、複数の特徴比周波数の評価指標の値を用いた関数等によって決定してもよい。
【0047】
一方、複数の回転速度における振動の測定は、あらかじめ決められた複数の回転速度において同一の工具または治具の付いた状態で連続的に行うことも可能である。この場合、数12の分母の値を予め求めておくことができるため診断時間が短縮できる。また、伝達関数を求めていない工具または治具が取り付けられた場合であっても、慣性モーメントの値が近い伝達関数が既知の工具または治具の数12の分母の値を用いることで近似的に異常度合いは算出可能となる。伝達関数が既知の工具または治具のなかで慣性モーメントの値が近いものがない場合は、慣性モーメントが異なる複数の伝達関数が既知の工具または治具の数12の分母の値から、内挿または外挿することで伝達関数を求めていない工具または治具に対する数12の分母の値を決定してもよい。
【0048】
その他、上記形態では、内輪傷による軸受異常を例に挙げて説明をしたが、転動体の損傷等異なる軸受異常に対して適用しても良い。
また、工作機械以外の機械に用いられる転がり軸受であっても本発明は適用可能である。
【符号の説明】
【0049】
1・・主軸、2・・主軸ハウジング、3・・工具、4・・モータ、5・・速度検出器、6・・制御装置、7・・軸受、8・・振動センサ、9・・A/D変換器、10・・記憶部、11・・演算部、12・・表示部。
【要約】
【課題】回転速度や伝達関数の影響を受けることなく他の機械との比較が可能な絶対的な評価指標を算出して、異常の有無を高い精度で判断する。
【解決手段】転がり軸受の異常診断方法として、主軸の振動を測定する振動測定ステップ(S1〜S5)と、振動を周波数分析して、周波数毎の振動の大きさを算出する周波数分析ステップ(S6)と、軸受の諸元と振動測定時の主軸の回転速度とから、振動の周波数である特徴周波数を算出する特徴周波数算出ステップ(S7)と、特徴周波数における振動の大きさを、振動測定時の主軸の角速度を底とし正の数をべき指数とする値で除して、回転速度の影響を除いた振動値を算出する振動値算出ステップ(S8〜S11)と、振動値に基づいて評価指標を算出する評価指標算出ステップ(S12〜S15)と、評価指標に基づいて異常の有無を判断する判断ステップ(S16)とを実行する。
【選択図】図3
図1
図2
図3
図4